東京地方裁判所 平成17年(ワ)15212号 判決 2008年3月19日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
本田正幸
同
佐藤仁志
被告
ソブリントラスト(香港)株式会社
同代表者取締役
A
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、二七一七万〇二九八円及びこれに対する平成一三年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 前提となる事実
(1) 外国為替取引契約の締結
原告、株式会社小林洋行(以下「小林洋行」という。)及び外国会社であるソブリントラストインターナショナル(以下「STI」という。)は、平成一二年一月二四日、外国為替取引契約である、フォレックスライン契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
(2) 原告のSTIに対する取引証拠金の預託等
ア 原告は、本件契約に基づき、平成一二年二月三日から同年一二月一九日までの間、STIに対し、証拠金を預託し、その預託証拠金合計額は、平成一三年二月一五日時点において、三九一七万〇二九八円と換算される。
イ 原告は、同日、STI及び小林洋行に対し、同額の預託証拠金の引出を求めて、その依頼書を送付し、同年一一月一三日、原告と小林洋行が和解し、小林洋行が、原告に対し、一二〇〇万円を支払った。
二 本件事案
本件は、原告が、被告に対し、STIと被告が実質的に同一人格であると主張して、預託証拠金残金の返還及び遅延損害金の支払を求める事案である。被告は、国際裁判管轄を争うとともに、預託証拠金の返還義務を争っている。
三 争点
(1) 国際裁判管轄の有無
(2) 原告の被告に対する預託証拠金返還請求権の有無
四 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(国際裁判管轄の有無)について
(被告の本案前の主張)
ア 被告は、日本に営業所すらなく、本件訴訟事件の管轄権を受け入れない。
イ 平成一三年三月三一日、STIの営業及び資産が、ソブリン・トラスト(香港)株式会社(以下「ST―HK(IOM)」という。)に売却され、同年五月三一日にSTIの営業が停止し、さらに、平成一五年五月三一日に、ST―HK(IOM)から被告にその営業が譲渡されたが、STIは破産していないし、被告は、営業譲渡条例に基づき、あらゆる債務から保護されている。
ウ また、STIはタークス・カイコス諸島で設立された会社であるところ、被告は香港で設立された会社であり、STIの直接的な後継者ではなく、誰かを誤った方向に導いたり、欺いたりするために設立されたものでもない。
(原告の主張)
ア 本件契約に関する訴訟事件の国際裁判管轄
(ア) STIと原告は、本件契約に関する訴訟事件につき、東京高等・地方裁判所を管轄裁判所とすることを合意している。
(イ) STIが本件契約時に日本に設けていた支店では従業員が雇用されており、同支店は営業所の実質を有していた(民訴法四条五項)。
(ウ) 本件契約に基づく預託証拠金返還義務の履行地は日本である(民訴法五条一号)。
(エ) 本件契約約款二四条は、日本法を準拠法とする旨を定めている。
(オ) 以上によれば、本件契約に関する訴訟事件については、我が国の国際裁判管轄が肯定される。
イ 被告とSTIの実質的同一性
STIは、平成一四年四月一二日に登記簿上抹消されているところ、そのわずか半年後の同年一〇月二一日に被告が設立されている。そして、被告の取締役であるB、C及びDは、STIの取締役でもあった。また、被告とSTIの営業所の住所、営業目的、電話番号及びファックス番号も同一である。
以上によれば、被告とSTIの実質は、前後同一であり、STIの取締役らは、我が国で発生した巨額の損害賠償債務を免れるため、意図的にSTIを偽装倒産させ、その後間もなくしてSTIの営業財産をそのまま流用して被告を設立したものと考えられるから、被告は、原告に対し、信義則上、被告とSTIが別人格であることを主張できない。
ウ したがって、本件訴訟事件につき、我が国の国際裁判管轄が肯定される。
(2) 争点(2)(原告の被告に対する預託証拠金返還請求権の有無)について
(原告の主張)
ア 原告のSTIに対する預託取引証拠金返還請求権の有無
(ア) 小林洋行とSTIは、平成一一年七月一二日、イントロデューシング・ブローカー契約を締結し、小林洋行が、STIのブローカーとして、STIと顧客との契約手続、外国為替取引注文の受付及び確認等、包括的な口座管理業務について、STIを代行していた。
(イ) 原告、STI及び小林洋行は、平成一二年一月二四日、本件契約を締結した。
(ウ) 原告は、以下のとおり、本件契約に基づき、STIに対し、証拠金を預託した。
a 平成一二年二月三日 四万五九七一・九五米ドル
b 同年七月一九日 四万二九七二・〇四米ドル
c 同年九月一一日 八九七一・四六米ドル
d 同月一九日 九九七一・六八米ドル
e 同年一〇月一八日 五〇〇万円
f 同月一九日 五〇〇万円
g 同月二三日 五〇七万円
h 同月二六日 一万五〇〇〇米ドル
i 同年一二月一九日 一一二〇万円
(エ) 前記(ウ)のとおり預託した証拠金合計額を平成一三年二月一五日時点において日本円に換算すると、三九一七万〇二九八円であるところ、原告は、同日、STI及び小林洋行に対し、同額の預託証拠金の引出を求めて、その依頼書を送付した。
(オ) 小林洋行は、前記(エ)の原告の預託証拠金返還請求につき、同年一一月一三日、原告と和解し、原告に対し、一二〇〇万円を返還した。
(カ) したがって、原告は、STIに対し、預託証拠金について返還請求があった日から起算して五営業日以内に当該請求に係る額を返還する旨の規定(本件契約約款七条)に基づき、二七一七万〇二九八円の預託証拠金返還請求権を有する。
イ 被告とSTIとの実質的同一性
前記(1)(原告の主張)イのとおり、被告とSTIの実質は前後同一であり、被告は、原告に対し、信義則上、被告とSTIが別人格であることを主張できない。
したがって、原告は、STIに対する二七一七万〇二九八円の預託証拠金の返還を、被告に対し請求することができる。
ウ よって、原告は、被告に対し、預託証拠金返還請求権に基づき、二七一七万〇二九八円及びこれに対する平成一三年二月二一日(原告が小林洋行に対し証拠金引出依頼書を送付した日から五営業日を経過した日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
エ 被告の主張(営業譲渡)に対する反論
(ア) 被告は、STIから営業譲渡を受けたと主張する。
(イ) しかしながら、被告がSTIから営業譲渡を受ける必要性は考えられない。そして、STIが、本件契約と同種の契約に関する別件訴訟事件において、STIの訴訟代理人は、STIが消滅したことを理由に訴訟を終了すべき旨主張した一方、営業譲渡がされたとの主張は一切していないことからすれば、被告が主張する営業譲渡がされた事実はないと考えられる。また、仮に、STIから被告に営業譲渡がされたとしても、それは、本件類似の訴訟事件が多数提起されていた最中にされたものであるから、同営業譲渡は、それらの債務を免れるためにされたということができる。
(ウ) したがって、被告は、原告に対し、信義則上、被告とSTIが別人格であることを主張できない。
(被告の主張)
ア STIは、企業及びトラストを設立及び運営する業務を行い、関連する事務及び秘書業務を提供していた。その業務は香港のオフィスで行われていた。
STIの営業及び資産は、香港という文字が含まれる管轄区域において設立された会社によって香港の営業が行われることが好ましいなどという理由から、平成一三年三月三一日、営業譲渡条例(香港法第四九章)に基づき、七五万米ドルで、マン島で設立されたST―HK(IOM)に売却され、STIは、同年五月三一日に営業を停止した。
営業譲渡条例九条は、「譲渡によって債務が有効となってから一年以上が過ぎると、本条例に基づき債務を負うすべての人物(本条例がなければ債務を負っていなかった人物)から債務を回収したり、当該人物に義務を負わせたりするためにいかなる措置をも取ってはならない。」旨規定しているから、平成一四年五月三一日の経過により、ST―HK(IOM)は、原告に対する債務の履行を免除された。
ST―HK(IOM)は、マン島で企業及びトラストを設立・運営等する営業を規制する金融監督委員会の認可を取得する必要性を懸念し、平成一四年一〇月二一日に設立された被告に対し、平成一五年五月三一日、その営業を譲渡した。
イ 前記(1)(被告の主張)イのとおり、STIはタークス・カイコス諸島で設立された会社であるところ、被告は香港で設立された会社であり、STIの直接的な後継者ではなく、誰かを誤った方向に導いたり、欺いたりするために設立されたものでもない。
ウ よって、被告は、原告に対し、責任を負わない。
第三争点に対する判断
一 《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) STIについて
ア STIは、香港カンパニー法令に準拠して、昭和六四年(一九八九年)一月三日にタークス・カイコス諸島において設立された外国会社である。
STIは、会社の経営並びに運営管理に関するコンサルタント業務及び投資コンサルタント業務を目的とする。
STIの本店所在地は、中華人民共和国香港セントラルハリウッド通り<以下省略>であり、その電話番号は、<省略>、ファックス番号は、<省略>である。
また、STIの取締役として、B、C、D、E及びFが登記されている。
イ 本件契約当時、STIは日本に支店(東京支店)を有しており、その所在地は、東京都千代田区<以下省略>であり、その代表者はGであった。
ウ 小林洋行とSTIは、平成一一年七月一二日、小林洋行が金融商品につき顧客を紹介し、それに対しSTIが対価を支払う旨のイントロデューシング・ブローカー契約を締結し、小林洋行が、STIのブローカーとして、STIと顧客との契約手続、外国為替取引注文の受付及び確認等、包括的な口座管理業務について、STIを代行していた。なお、上記契約は、STIの東京支店名義で締結されていた。
エ 平成一四年四月一二日、香港の電子登記センターの登記簿に、STIが香港での営業を終了した旨登記された。
(2) 被告について
ア 被告は、平成一四年一〇月二一日に香港で設立された外国会社である。被告は、個人及び法人の税務計画、国内外でのあらゆる会社の設立及び運営、海外銀行口座の開設及びアセットマネジメント等を業務活動内容としている。
被告の登録事務所の所在地は、中華人民共和国香港セントラルハリウッド通り<以下省略>であり、その電話番号は、<省略>、ファックス番号は、<省略>である。
また、被告の取締役として、B、C、D及びAが登記されており、Fについても、平成一六年一一月一八日に辞任するまで、被告の取締役として登記されていた。
イ 被告は、我が国に営業所を有していない。
(3) 本件契約等
ア 原告、STI及び小林洋行は、平成一二年一月二四日、本件契約を締結した。
イ 本件契約においては、証拠金の引出をする場合は、証拠金引出依頼書に必要事項を記載して、小林洋行宛てファクシミリ等で送付すると、その受付日から起算して五営業日以内に顧客が指定した口座に振込支払われることとされていた(本件契約約款七条)。
そして、顧客から清算の申し出があった場合にも、速やかに手続をとり、返還可能額を申し出のあった日から五営業日以内に返還することとされていた。
ウ 本件契約約款においては、我が国の法律を本件契約の準拠法とすること(二四条)、本件契約に関する訴訟・訴訟手続は東京高等・地方裁判所にて行うものとすること(二五条)が規定されている。
(4) 証拠金の預託及び返還請求
ア 原告は、以下のとおり、本件契約に基づき、STIに対し、取引証拠金を振込送金して預託した。
(ア) 平成一二年二月三日 四万五九七一・九五米ドル
(イ) 同年七月一九日 四万二九七二・〇四米ドル
(ウ) 同年九月一一日 八九七一・四六米ドル
(エ) 同月一九日 九九七一・六八米ドル
(オ) 同年一〇月一八日 五〇〇万円
(カ) 同月一九日 五〇〇万円
(キ) 同月二三日 五〇七万円
(ク) 同月二六日 一万五〇〇〇米ドル
(ケ) 同年一二月一九日 一一二〇万円
イ 原告は、平成一三年二月一五日ころ、STI及び小林洋行に対し、預託した証拠金残金合計額を日本円に換算した三九一七万〇二九八円の返還を求めて、証拠金引出依頼書を送付した。
ウ 小林洋行は、前記イの原告の預託取引証拠金返還請求につき、同年一一月一三日、原告と和解し、原告に対し、一二〇〇万円を返還した。
二 争点(1)(国際裁判管轄の有無)について
(1) どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である(最高裁昭和五五年(オ)第一三〇号同五六年一〇月一六日第二小法廷判決・民集三五巻七号一二二四頁)。そして、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁平成五年(オ)第一六六〇号同九年一一月一一日第三小法廷判決・民集五一巻一〇号四〇五五頁参照)。
(2) これを本件について検討する。
ア 本件契約約款には、本件契約に関する訴訟・訴訟手続は東京高等・地方裁判所にて行うものと規定されていること(二五条)、STIが、日本におりる営業所である東京支店を有し、本件契約の締結及びそれに基づく証拠金の受託も、本件契約に基づく東京支店の業務として行われていたことは前記一認定のとおりである。そうすると、原告とSTIとの間では、民訴法四条、五条及び一一条の規定する裁判籍が我が国内にあるということができる。そして、STIについては、前記(1)の特段の事情があると認めるに足りない。
したがって、本件契約に関する訴訟事件について、原告がSTIに対し我が国の裁判所に訴えを提起した場合には、我が国の国際裁判管轄を肯定することができる。
イ 原告は、被告がSTIと実質が同一であり、被告は、信義則上、STIと別人格であることを主張できないことを根拠に、本件訴訟事件につき、国際裁判管轄が肯定される旨主張する。
(ア) 前記一(1)、(2)によれば、確かに、被告とSTIは、その登録事務所ないし本店所在地、電話番号及びファックス番号を同一とし、STIの取締役の五名中四名が、被告の取締役として登記され、被告とSTIの営業目的に共通する部分がある。
(イ) しかしながら、以上の事実のほか、原告は、STIと被告とが別人格であることの主張を許さないとする事情について、具体的な主張立証をしない。
他方、被告が、平成一四年一〇月二一日に設立されたものであることは、前記一認定のとおりであるところ、被告は、STIは破産しておらず、被告が営業譲渡を受けたのは、STIからではなく、ST―HK(IOM)からであり、時期も、平成一五年五月三一日になってからのことであり、その理由も、金融監督委員会の規制を考慮してのことであった旨主張している。
以上に照らせば、STIが、債務負担を免れる手段として、取締役や営業目的に共通する部分のある被告を設立したとまでいうことはできない。
さらに、STI及び被告は日本において設立された会社ではなく、その設立や清算手続が日本と同様のものか否かは明らかでなく、容易な会社設立手続を利用したと直ちにいうことはできない上、STIの会社登記の抹消に至る経緯も明らかでないから、被告が、被告の設立に関し、会社制度を濫用したとまでいうことはできず、そのような事実を認めるに足りる証拠もない。
(ウ) 以上によれば、前記(ア)の事実のみをもって、STIと被告とが別人格であることの主張を許さないとするのは相当でない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 他に、被告に対する本件訴訟事件につき、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあると認めるに足りない。
(3) 以上によれば、本件訴訟事件につき、我が国の国際裁判管轄があるとはいえない。
三 念のため、争点(2)(原告の被告に対する預託証拠金返還請求権の有無)について判断する。
原告は、STIに対し、二七一七万〇二九八円の預託金返還請求権を有するが(前記一(3)(4))、被告が信義則上STIと別人格であることを主張できないとはいえないことは、前記二(2)イ判示のとおりである。
したがって、原告は、被告に対し、上記預託金返還請求権を有するということはできない。
四 結論
以上によれば、原告の本件訴えは不適法で却下を免れない。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙部眞規子 裁判官 桑原直子 吉村弘樹)