東京地方裁判所 平成17年(ワ)15588号 判決 2006年1月20日
原告
株式会社八千代銀行
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
亀岡宏
被告
有限会社エー・アイ・シー
代表者取締役
B
訴訟代理人弁護士
高橋清一
高橋真司
近藤敦哉
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は、原告に対し、金551万3210円及びこれに対する平成17年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2事案の概要
1 基本的事実関係(争いがないか、各所記載の証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 原告は、株式会社フェイス・ジャパン(以下「フェイス・ジャパン」という。)に対して有していた貸金債権の内金を被保全債権として、平成17年1月24日、東京地方裁判所平成17年(ヨ)第123号をもって、フェイス・ジャパンが、その賃貸人である住友生命保険相互会社(当時。以下「住友生命」という。)に対して有していた敷金返還請求権785万7600円について仮差押命令(以下「本件仮差押命令」という。)の発令を受けた。本件仮差押命令は、そのころ、フェイス・ジャパンと住友生命に送達された。
(2) 被告は、平成17年5月13日付の書面(≪証拠省略≫)をもって、原告に対し、被告が同日に賃貸借契約の目的物を住友生命から譲り受け、賃貸人たる地位も承継したが、賃貸借契約は合意解約し、敷金返還義務については清算中である旨通知した。
(3) C(以下「C」という。)は、東京地方裁判所平成17年(ル)第3636号をもって、債務者をフェイス・ジャパン、第三債務者を被告として、敷金返還請求権について債権差押命令(請求債権額1030万4354円)を得て、同命令は平成17年5月24日、第三債務者である被告に送達された。
被告は、同月27日、敷金721万6623円を供託した。その際、被告は、差押債権者名に、原告名を記載しなかった。
また、被告は、東京地方裁判所平成17年(リ)第2680号事件で裁判所に提出した事情届において、競合する仮差押命令として本件仮差押命令を記載しなかった。
その結果、平成17年7月7日、供託金及び利息についてCに弁済金交付がされた。
(以上につき≪証拠省略≫。以下「別件債権執行手続」という。)
2 請求の概要
原告は、被告が、別件債権執行手続において、競合債権者としての原告の存在を執行裁判所に告げなかったため、原告が全く配当を受けられなかったとして、民事執行法147条2項(もっとも、≪証拠省略≫からは、陳述催告はなく、また、原告は別件債権執行手続の差押債権者ではないので、事情届への不記載をもって同条の類推適用を主張する趣旨と解される。)又は民法709条に基づき、Cと按分配当であれば得られたであろう額551万3210円及びこれに対する上記弁済金交付の日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を請求。
3 争点
原告とCが、別件債権執行手続において競合する関係にあり、被告が同手続で、本件仮差押命令の存在を執行裁判所に告げなかったことが不法行為といえるか
第3争点に関する当事者の主張
1 原告の主張
(1) 債権関係において、債務者の変更は、債権の同一性を失わせるほど本質的なものではない。したがって、本件仮差押命令と、別件債権執行手続において、形式的に第三債務者が異なっていても、実質上は同じ敷金返還請求権に対する仮差押と差押の競合であるといわなければならない。
(2) 被告の平成17年5月13日付書面は、自らの敷金返還請求権について、原告を債権者とする仮差押がされていることを知っている何よりの証拠である。
(3) 被告は、債務引受をするに際しては、債権者及びその仮差押債権者に対し迷惑をかけぬように行動すべきであり、執行裁判所に対し、別件債権執行手続において競合する仮差押債権者として、原告の存在を告げるべきであった。
ところが、被告は、供託をした事実を原告に連絡しながら、別件債権執行手続において、原告の存在を全く執行裁判所に告げなかった。
2 被告の主張
(1) 本件仮差押命令は、被告を第三債務者とするものではない。したがって、別件債権執行手続と法律上競合する関係にはない。
(2) 第三債務者が変動したときは、原告は、改めて、被告を当事者とした差押等の手続をとるべきなのである。原告は、被告から平成17年5月13日付書面により、第三債務者の変更の通知を受け、本件仮差押命令が効を奏さなかったことを知ったのに、何らの措置をとらなかったのであり、自らの怠慢の結果債権回収ができなかったことについて、その責任を被告に押しつけようとするもので、極めて不当である。
被差押債権についての債務引受をするには、本来の債権者だけでなく差押債権者の承諾も要するとの解釈論もあるが、敷金返還請求権の仮差押には、賃貸不動産の処分を禁止するまでの効力はなく、建物所有権移転に伴い敷金返還請求権が承継されるような場合については、上記解釈論は当てはまらない。
第4争点に対する判断
1 敷金返還請求権について差押ないし仮差押がされていても、賃貸借契約の目的物である建物の所有権移転が禁じられる理由はなく、その場合、賃貸人たる地位も新所有者に有効に移転することになるが、このときの敷金返還債務の帰趨が問題となる。
ところで、敷金は、賃貸借契約終了後明渡義務履行までに生ずる賃料請求権その他一切の債権を担保する機能を有するのであるから、賃貸人たる地位と不可分のものである。また、新賃貸人への承継を認めた方が、少なくとも賃貸目的物という責任財産が確保できるという点で、敷金返還請求権の実現にとっても有利である。以上によれば、敷金返還債務も、新所有者に移転すると解するのが相当である。
建物の賃料債権の差押の効力が発生した後に建物を譲り受けた者が賃貸人の地位の移転に伴う賃料債権の取得を差押債権者に対抗することはできないとされているが(最判平成10年3月24日民集52巻2号399頁)、敷金返還請求権には上記の実体法上の特性があるのであるから、この判例と上記結論は矛盾するものではない。
2 そうすると、本件仮差押命令は、住友生命を第三債務者とするものであるから、敷金返還債務の被告への移転が認められる以上、対象を欠くことになる。
原告は、債権関係において、債務者の変更は、債権の同一性を失わせるほど本質的なものではなく、本件仮差押命令と、別件債権執行手続において、形式的に第三債務者が異なっていても、実質上は同じ敷金返還請求権に対する仮差押と差押の競合である旨主張するが、民事執行手続は、権利の迅速な実現のため、執行機関に極力実質的な判断を要求しないものであることから、判断は客観的かつ明確にされることを要するのであって、採用することができない。
結局、本件仮差押命令の名宛人ではない被告に、別件債権執行手続と競合する仮差押として本件仮差押命令を執行裁判所に報告する義務を認めることはできないといわなければならない。
3 なお、原告が「被告は、債務引受をするに際しては、債権者及びその仮差押債権者に対し迷惑をかけぬように行動すべきであり」と主張するのは法律論としては不明確であるが、原告としては、請求債権実現のためには、被告を第三債務者として改めて敷金返還請求権を差し押さえるべきところ(なお、原告は、本件仮差押命令後、被保全債権について、仮執行宣言付支払督促を取得している。≪証拠省略≫)、被告はこれを妨げることはせず、かえって、平成17年5月13日付書面をもって賃貸人の変更を原告に告げ、さらに原告の主張によれば、Cによる敷金返還請求権の差押、これを受けて供託した事実を原告に連絡することまでしているというのであって、原告に十分な権利行使の機会を与えている。
4 いずれにしても、本件は先例も極めて少なく、その法律解釈について誤りがあったとしても、過失を認めることはできない事案であるといえる。
5 結論
以上によれば、原告の請求には理由がない。
(裁判官 本吉弘行)