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東京地方裁判所 平成17年(ワ)15918号 判決 2006年12月27日

千葉県<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

荒井哲朗

國吉朋子

髙畠希之

東京都<以下省略>

被告

株式会社川研ファクター

同特別代理人

主文

1  被告は,原告に対し,4840万5310円及びこれに対する平成17年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

主文同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  当事者

① 原告

原告は,昭和25年○月○日生まれの寡婦であり,10年以上も精神疾患に悩まされ,平成14年6月27日,千葉県から精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第45条の保健福祉手帳3級の交付を受け,平成16年6月17日,同1級に等級が変更された者である。

② 被告

被告は,登記簿上は「有価証券を担保とする金融」,「有価証券の運用」等を目的とする株式会社であるが,その実態は,いわゆる「ニッパチ商法」を行うことを業とする会社である(以下「被告会社」という。)。被告会社は,金融商品取引の許可・免許・登録とも無縁である。A(以下「A」という。)は,被告会社の代表取締役であった者である。同人は,いわゆる「外国為替証拠金取引」を取り扱うと称して詐欺行為を行う訴外株式会社ケイ・アルファトラスト(以下「ケイ・アルファトラスト」という。)の代表取締役でもあった。ケイ・アルファトラスト及びAは,債権者の申立てにより,平成17年2月2日,いずれも破産手続開始決定を受けた。B(以下「B」という。)及びC(以下「C」という。)は,いずれも被告会社の取締役であった者であり,D(以下「D」という。)は,被告会社の監査役であった者である。E(以下「E」という。)及びF(以下「F」という。)は,被告会社の従業員であった者である。

(2)  違法性

① ニッパチ商法

原告は,被告会社との間で,平成15年4月24日に「取引約定書」なる書面記載の契約を締結した(甲1)。同契約は,①原告が,被告会社を通じて,株式を購入する,②被告会社が,上記株式を譲渡担保にとり,原告に対し,上記株式の価格の4倍の金員を貸し付ける,③原告が,被告会社を通じて,上記貸付を受けた金額相当の株式を購入するという内容のものである。このような取引は,顧客が出損した金員を2とした場合に,8の金員を貸し付け,これによって株式を購入するというものであり,俗に「ニッパチ商法」と呼ばれるものである。しかし,被告会社の行うニッパチ商法は,それ自体が,一般的に違法なものである。

さらに,被告会社の行為は,精算金の支払の意思も能力も欠く状態で,そのことを告げないで,金銭の交付を受け,これを自己の財産に転化する行為であり,詐欺行為に該当し,違法であることは明らかである。

② 詐欺行為

ケイ・アルファトラストは,被告会社と同じビルに所在し,いわゆる「外国為替証拠金取引」を行う会社であったところ,ケイ・アルファトラストが行う「外国為替証拠金取引」と被告会社が行う「ニッパチ商法」は,差金決済の指標が,前者は外国為替,後者が株式価格であるという違いがあるのみであり,いずれも会社外に顧客資産を流出させず,のみ行為を行って顧客資産を自己の利得に転化させるものであることは共通している。

そして,ケイ・アルファトラスト破産管財人の報告書によれば,ケイ・アルファトラストの営業の実態は,以下のようなものであった(甲7,第1回債権者集会における破産管財人報告書)。「破産会社は,最初から,顧客の注文をインターバンク市場その他に取り次ぐことなど予定しておらず,ただ単に,顧客から委託証拠金名下に集めた金員を,会社の運営に必要な経費分を除き,AとG,Hらで山分けしていたものである。そのため,破産会社では,いかに多くの顧客を勧誘し,これらの者にいかに多額の資金を出損させるか,そして,いかに顧客から引き出した金員を顧客に返還することなく,破産会社の資産に取り込むかに経営の主眼が置かれていた。」。

被告会社とケイ・アルファトラストの営業行為の類似性,代表者が共通すること,営業場所が同じビルに所在することなどからすれば,被告会社も,ケイ・アルファトラスト同様,顧客の資金を顧客に返還する意思のないままにAらの不当な利得に転化するものであることは,容易に推認される。そうすると,被告会社は,原告から金銭の交付を受けた時点においても,金銭を返還する意図および能力がないのにこれを秘して金銭の交付を受けたものと見るほかはなく,このような行為が詐欺行為として違法であることは明らかである。

以上,被告会社は,交付を受けた金銭について,いかなる名目であろうと返還する意思も能力もないのにこれを秘して,原告から金銭の交付を受けたものであり,このような行為が詐欺罪にも該当する顕著な違法性を有する不法行為であることは明らかである。

③ のみ行為

被告会社は,証券業を行うための登録を有しておらず,証券業を行うことができなかったのであり,被告会社は,あたかも株式取引を行うかのような外観を装いながら現実には証券取引を行わない,いわゆるのみ行為を行っていたものとしか考えられない。のみ行為は,証券取引法で禁じられている違法な行為である。また,のみ行為をする意図でありながらそれを秘し,あたかも正常な証券取引をするかのように偽って金銭の交付を受けた場合には,そのような行為は詐欺行為として違法である。

「顧客からの売買委託を取引所につなぐ意思が全くないのに恰もこれがあるかのように装い,委託証拠金名下に金員を受け入れる行為は,1項詐欺を構成するとみるべきであろう。それは,当初から不正な建値操作により顧客に計算上の損勘定を生ぜしめ泣寝入りさせることを目論んでいたような場合には当然のことであるし,そこまでいかずとも呑み行為をしつつ相場が顧客に不利になるのを待っているような場合も同様とみるべきものと思われる。後者の場合には,顧客が益勘定となった時点で手仕舞いを申し入れても種々言辞を弄してこれに応じないのが通常であるが,稀に,弁護士を介したり行政機関に訴え出るなど強硬な態度をとる顧客に対しては要求に応じて差益金の支払いや委託証拠金の返還に応じることもあり,このようなケースにおいては,業者の側から,顧客の関心事は自己の注文が市場に通じたか否かではなく売買差益金が入手できるか否かの一点に存するとしたうえで,商品取引員は注文を市場に出していないとはいえ結局注文どおりの売買を顧客と自己との間に成立させ,要求に応じて清算処理をしているのだから,そこには可罰的な欺罔も不法領得の意思もないとの弁解がなされることも考えられる。しかし,ごく通常の大衆である顧客の一般的な意思の解釈上は,自己の注文が市場に通じそこで健全な取引が行われるかどうかと言うことが売買委託するか否かを決定する上での重要な要素になっているとみるべきものであり,有利な利殖であると称して自己に取引を勧めている当の業者がその取引の相手方となるというのでは(顧客と業者との利害は相反するのだから)危惧感を抱いて勧誘に応じないであろうとみるのが健全な社会通念と言うべきであるから,殊更にその点を秘して勧誘するのは,そこに可罰的な欺罔行為があるとみて何ら差し支えないと思われるし,また,顧客から預託を受けた委託証拠金が,本来の用途である市場への再委託に用いられることを当初から予定されず,自転車操業的に他の顧客に対する支払いや会社の運転資金に使われているのであれば,たとえ手仕舞を申出た一部の客に対して清算をしていたとしても,一般的には返済の意思も能力もないものとして,委託証拠金受入れの時点における不法領得の意思は否定できず,結局前記の弁解は採用できないものとして1項詐欺の成立は免れないと解すべきものと思われる。」(川合昌幸(法務省刑事局付検事)「商品先物取引をめぐる詐欺事犯について」警察学論集第38巻51頁)。

以上,被告会社は,証券業を行いうる証券業登録を有さないことから,のみ行為を行うほかなかったにもかかわらず,のみ行為であることを秘して,あたかも被告会社を通じて実際に株式を買い付けるものである旨虚偽の事実を述べ,証券取引を行っているかのような虚偽の報告書を送付し,原告から金銭の交付を受けたものであり,このような行為が詐欺罪にも該当する顕著な違法性を有する不法行為であることは明らかである。

④ 無登録営業

被告会社は,貸金業登録を受けているのみで,証券取引業者,投資顧問業者等としての,他人のために株式取引を行う(又は関与する)に必要な登録を有していなかった(甲2の1ないし5。証券会社登録,証券仲介業者登録,有価証券に係る投資顧問業者登録,投資法人登録,金融先物取引業者登録はいずれも見当たらない。)。証券業について登録を要するとされている趣旨は,資産的な基盤を有しない業者による証券業を禁じ,投資者が不測の損害を被ることのないようにし,証券会社一般に対する社会的信用の向上を期するところにある。したがって,証券業登録を受けていないのに証券取引を行うこと,あるいは少なくとも証券取引を行う資格がないのにこれがあるかのように装って(不作為を含む)証券取引を行うと称して金銭の交付を受ける行為は,民法上も不法行為を構成するものというべきである。

⑤ 相場による差金決済行為

本件「ニッパチ商法」は,証券取引を仮想して差金の授受をしようとするものであると解されるが,このような行為は違法である。

証取法201条は,「相場による賭博行為等の罪」と題し,「取引所有価証券市場によらないで,取引所有価証券市場における相場(取引所有価証券市場における有価証券の価格に基づき算出される指数の数値を含む。)により差金の授受の目的とする行為をした者は,1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し,またはこれを併科する。ただし,刑法186条の規定の適用を妨げない。」と規定している。これは,「取引所有価証券市場によらないで,取引所有価証券市場の相場により差金の授受を目的とする行為を行うことを禁止したものである。本条は,差金授受を目的とする取引は一種の賭博であり,同様の行為が取引所有価証券市場内で行われる限りにおいて合法であるが,取引所有価証券市場外で行う場合に違法とすることを明確にするため設けられた。」ものである(河本一郎,関要「逐条解説証券取引法」商事法務1124頁)。差金の授受のみを目的とする株式売買行為は,賭博行為で,公序良俗に反する。大審院も,「取引所に依らずして取引所の相場に依り差金の授受を目的とする行為の如きは本来賭博行為に属し到底法の許す所に非ざるなり」と判示している(大判大正12年11月27日刑集2・866)。

本件「ニッパチ商法」は,違法な相場による私的差金決済行為(賭博行為)であってそれ自体違法な行為であり,このような行為を勧誘する行為は不法行為法上も違法であるとの評価を免れ難い。そうでなくても,上記のみ行為について述べたと同様,私的差金決済を行う意図でそれを秘し,あたかも通常の株式取引を受託するかのように装って金銭の交付を受ける行為は,詐欺行為として違法である。

(3)  事実経緯

① 出生学職歴などについて

原告は,昭和25年○月○日,千葉県<以下省略>で出生し,昭和43年3月,地元の公立高校普通科を卒業し,服飾関係の女学院に進み,同学院でドレス作りを学び,昭和45年3月,卒業した。卒業後,原告は,建築関係会社で営業のアシスタントとして約2年,その後,別の建築関係会社で受付け・庶務係りとして勤務し,昭和49年,結婚を機に退職した。その後は,夫が経営していたプロパンガスの販売(○○という屋号での自営。)について集金を手伝ったりするほかは,職に就くことはなかった。

夫は,平成7年,死亡した。原告は,平成7年4月ころから,心身の不調が続くようになった。症状は時間とともに悪化し,電話に出ることすらできない状況になった。そこで,何カ所か病院で診察を受けたところ,医師に「即,入院をさせなくてはいけない」との診断を受けたが,同行していた姉が「それではかわいそうだから,自分が看る」と言ってくれたため,入院は控えた。しかし,原告の病状は一向に改善せず,平成9年ころ,a病院で受診していた際の担当医であった医師が経営するb病院に入院することになった。入院から約半年後に1度退院したが,退院後も自宅で,ひたすら時計のみを見ている状態が継続し,再度,同じ病院に入院した。2度目の入院は,約2,3ヵ月で退院できたが,その後も現在に至るまで,自宅療養の傍ら,6週間に1度,八王子の病院に通院している。現在も,睡眠,精神状態を全て薬で管理しているが,年に2,3度気持ちが極度に不安定になり,どうしょうもないときがある。原告は,本来の自分が不確かになるほど,精神的に不安定な状態に陥っているのである。原告は,平成14年6月27日,千葉県より,精神保健及び精神障害福祉に関する法律第45条の保健福祉手帳3級の交付を受け,その後,平成16年6月17日,1級に変更された(甲8)。

原告は,平成17年4月以降,二男であるI(以下,「I」という。)と同居しているが,本件取引をしていたころは,独り暮らしであった。

② 取引開始前の保有資産,投機投資経験等について

原告は,平成7年,夫の財産を相続し,現金・預貯金を合わせて約3000万円,生命保険金約4000万円(千代田生命3000万円,郵便局の夫婦保険1000万円),及び,夫が経営していたプロパンガス販売に関する販売権の対価として約3500万円を有し,そこから,現在居住している自宅の建築のために約5000万円を使用し,平成14年ころ△△中古の家屋を600万円で購入した。今回の取引を開始する以前の平成15年4月ころは,その残額として,約5000万円強を有していた。

現金・預貯金は,夫が,生前仕事をしていたころより,こどもたちのための学費保険を毎月約40万円積み立て,その他支払いを差し引いた分の残額を月々積み立てていたものである。原告たち夫婦の収入は多額ではなかったが,原告の実家から相当の援助を受けていたため,上記のような財産を形成することができた。

現在の原告の収入は,家賃収入として毎月約7万円と,障害者年金として2か月あたり約13万円を受給しているだけである。

原告は,平成15年5月ころ,黒川木徳証券株式会社(以下「黒川木徳」という。)で株式現物取引を行っており,また,「海都」という名称の会社(以下「海都」という。)で株式の取引(らしきもの)を行っていたが,それ以外に本件取引を除き,先物取引やオプション取引,外国為替証拠金取引などの経験はない。

③ 黒川木徳との取引について。

原告の夫は,黒川木徳で株式現物取引を行っていたが,夫が死亡したときに取引を終了し,精算をした。原告は,平成13年,長男のJ(以下「J」という。)がTDK株式会社に入社したのを機に,黒川木徳で,TDKの株式を購入した。その後,夫の「株仲間」で,夫の生前に自宅に何度も来訪していた友人のK(以下「K」という。)に勧められ,他の株式も購入するようになった。黒川木徳では500万から1000万円ぐらいの取引を行っていたが,被告会社に入金するため,購入した株式を売却したため,全体での損得は不明である。TDKの株式以外は,原告自身が率先して指示していたことはなく,Kに勧められるまま購入した。

④ 海都との取引について

原告は,Kの紹介で,平成15年ころから,「海都」での株式取引のために金員を交付した。原告は,夫の知り合いであったKを信頼しており,K自身も「海都」で取引をして,「儲けている」と述べていたため,「そんなに儲かるなら,私もやってみてもよいかな」という気持ちなった。Kは常々儲けているといった自慢話をしており,失敗した話などは聞いたことがなく,株式取引の経験の長いKの勧めなら信用ができると思い,取引を行うことにした。しかし,原告自身は「海都」との取引について,契約書に記入したことはなく,「海都」の営業所の場所や担当者,電話番号さえ知らなかった。原告は,Kから,「○○(銘柄)を買うので,○○円振り込む必要がある」と言われ,指示された振込先に送金していただけである。原告自身は実際,「海都」での取引内容については不明瞭であったが,K,L(以下,「L」という。)という友人3人で,株式の取引というより,金員を集め,集めた金員を「海都」に預け入れると,儲かるという仕組みと認識していた。「海都」には,合計918万825円を交付し,合計98万5000円の返金があったが,平成15年8月8日,200万円が返金されたのを最後に,返金が途絶えた。原告は,「海都」から返金が途絶えたため,不安に思ったが,契約書も何もなかったため,一時はKの自作自演による詐欺ではないかと疑った。しかし,Kから「一切そんなことはない」と明確に告げられ,それ以上の追求はできなかった。また,Kは「海都と連絡を取ろうとしても,担当者は逃げた」と述べており,原告自身は,海都の電話番号すら不明であったので,どうすることもできなかった。Kは,証券会社に勤務している息子や,その妻,息子経由で弁護士に依頼していると述べており,原告はそれを信用するしかなかった。その後,平成16年1月末ころ,原告はKから,「海都」が倒産し,行方も分からないと聞かされ,驚愕した。

⑤ 本件取引について

ア 本件取引の勧誘状況

平成15年4月ころ,Kから,急に電話があり,「今,川研の人が来るっていうから来て」と述べた。原告は「えー,なんで私が行かなきゃいけないの」と述べたが,Kは「まあ,いいから来てよ」,「来なくちゃいけないんだよ」と述べ,Kの自宅を訪問するよう催促した。Kの自宅に赴くと,K,Lの他に,C,Eが同席しており,その後,Aが来訪し,紹介をされた。KはAらとしきりに何か話をしていたが,原告は,あまり関心もなかったため,外に出たり,うろうろしたりしていた。そのため,Kらが何を話していたのかは不明であるが,Kの自宅には冷房がないため,Cのワイシャツの襟が「びちょびちょに濡れていた」ことは鮮明に記憶している。「暑いからXさんちに行こうよ」とKに言われたが,原告はその申出を断った。

その後,別の日にKの自宅に,CとEが来訪した。原告は両名と特に話しをした記憶はなく,KがCとEと話をしていた。原告は,同席はしていたが,自分に話しかけられているという認識はなかった。

その後(平成15年4月ころ),Cから原告の自宅に電話があり,「川研ファクターのCです。Kさんとはいつも。安い株を紹介しますから,どうですか。」と述べた。その際,取引についての詳しい説明などはなかったが,Kの自宅で会ったことのある人であったので,特に疑問もなく金員を交付し株式の購入を依頼した。取引約定書は,被告会社から郵送され,署名押印をするところに鉛筆で丸印が記入されていたため,署名押印し返送した(甲1)。原告は,普通の株式取引をするものだと認識していた。

なお,被告会社の件をJに相談後,平成17年7月24日,Jを同行して,Kの自宅に被告会社との取引について問い質したところ,Aがどこからか勝手に海都のことを聞きつけKに電話をかけてきて,「海都から200万円返還されたのは俺のおかげだ」,「口を利いてやったんだし,うちの方が儲かる」と被告会社で取引をするよう勧誘してきたが,Kは不審に思ったので,被告会社と取引は行わなかったと述べていた。

イ 各取引についてのCとのやり取り

原告は1つ1つの取引については,記憶にない。しかし,Cからは度々電話があり,「新規上場があるから,絶対大丈夫だから,絶対儲かりますから入金して下さい」,「お金は振り込まなくていいから,○○を○株買いました」,「(原告が預けたお金が余っていたり利益が出たりしているので),それで買っています」などと述べていた。入金を催促するときは,Cが直接原告の自宅に来訪したこともあった。

Cは原告に無断で株式を購入していたこともあったため,「なんで,買ったのよ,人にだまって」と抗議すると,Cは「今上がるから,そのうち上がるから」と言うのみであった。また,Cは,「これとこれはいいから,買いますから」,「絶対大丈夫だから」と何度も述べていた。

また,原告は,被告会社から送付された「計算明細書」を閲覧し,新聞の株式欄を閲覧し「計算明細書」に記載された値段よりも株価が上がっていることを発見し,Cに「高くなったから売って」と依頼したこともあった。しかし,Cは「社長が印鑑押してくれないから,社長がいないから」,「社長が管理しており,今社長は病院にいるので,できません」と断られた。それでも原告は何度も電話をして,ようやく売却されたこともあったが,利益が振り込まれることは僅かであった。

ウ I名義での取引

平成16年2月末ころ,夫が営んでいたプロパンガスの配達先で知り合いだった人から,「双葉電子」の株が上がると思うから持っているという話を聞き,この時初めて自ら,「私,双葉電子が買いたいだけど」とCに述べた。Cは「Xさんの名前でこんなに小さい株を買うと社長に怒られるよな」,「誰か他の人で買えないかな」と述べた。原告は,Cの言う意味は不明であったが,「じゃあ,Iの名前でお願いします」と答えた。そして,被告会社から取引約定書が送付され,原告がI名義で署名・押印し,返送した(甲4)。それから,I名義でも原告の住所(当時Iは同居していない)に,I名義での取引を記載した「計算明細書」も送付されるようになった。

エ Aとのやり取り

平成16年2月10日ころ,Aから電話があり,「350万円あるか。仕手株やるから」と述べた。原告は,怖くなり送金していた。その数日後にも,Aから電話があり「650万あるか」「今から○時までに東京まで持って来れるか」と言われ,原告が,「時間的に今からだったら,到底無理です」と答えると,Aは「近いところでなんとかならないか」と述べたので,「成田だったら,銀行があるからなんとかなるかも知れません」と答えた。Aは「3万円出すから,タクシーで行ってくれ」と鬼気迫るような感じで述べた。原告は恐怖から断ることができず,指示通り成田空港の東京三菱銀行に行き350万円を送金した。この他,Aの指示に従い郵便局から約900万円を送金した。この900万円については預り証が送付されることはなく,Aが原告の自宅に来訪した際に名刺の裏に仮預り証を記載した(甲9)。

オ 平成16年11月以降のやり取り

平成16年11月ころ,原告は電話でCに「利益が出ているというのに振込みがないじゃない」と抗議をしたところ,Cは「社員が電話をしても,社長は電話に出ないんです。」と述べた。原告は,いつも原告が返金を要求するとAは入院中だと弁明するのみであったため,「どこの病院なの?」と尋ねた。しかし,Cは「分からないんです」というのみであった。原告は「そんな会社ってあるの。そんなので営業できるの」と詰問すると,Cさんは「ここにある」と答え,埒が明かず電話を切った。原告は,その後も何度もCに電話をし,入金を催促したが,「社長が入院している」の一点張りであった。Cは,「(株を買ってほしい)これだったら,俺なんとかXさんに入金できるから」「俺も判押せて,Xさんを助けられるから」と述べ,逆に株式を購入してしまったこともあった。このころ,Eが電話口に出たこともあった。原告が泣きながら「お金を返して欲しい」というと,Eは,声を荒らげ「今は社長がいないから」などと述べ,拒絶された。また「F」という人が電話に出たこともあった。大人しそうな口調であったが,「お金がないから」などと述べ,返金は行われなかった。

カ 弁護士への委任の経緯

原告が何度も返金を要求しても被告会社からは一向に入金がされなかった。しかし,平成17年6月○日の義母の葬式費用さえも工面することができず,再度Aの携帯電話に電話し,「母が亡くなって,お金が1銭もないから,お葬式のお金を300万くらい送って欲しいんです」と述べた。Aは,「200万くらいしかないかな」などと述べていたが,翌日(月曜日)にAから電話があり,「(返金のために)出かけようと思って,洋服を着替えたら,看護婦さんに見つかって,出られなくなってしまった」などと述べ電話を切られた。原告は,翌日には入金されているだろうとわらをもすがる気持ちであったが,やはり返金がなかったため,Aに電話をしてみると,Aは「今看護婦さんがいるから」と述べ,一方的に電話を切った。その後,姉から葬式費用として100万円を借入れたが,不足があったため,Jに金員の借入れを依頼したところ,Jに被告会社との取引が知られることになった。

原告は,平成17年7月4日に被告会社宛に取引の中止と決済金の返還を要求する書面を郵送した(甲10)が,何の応答もなかったので,Jに色々と調べて貰い,消費者相談センターに行き,そこで教えてもらった東京証券業協会にJに電話して貰ったところ,被告会社は証券会社ではないから,どうすることもできないとの説明を受けた。

以上の経緯で原告なりに取引を終了しようとしたが,被告会社は了承せず,これ以上被告会社との交渉は困難であると感じ,平成17年7月25日に原告訴訟代理人に相談し,被告会社に対する損害賠償請求手続等を委任した(甲12)。

(4)  被告会社の責任

本件「取引」は,上記のとおり,その商法自体違法なものであって,原告にこれを勧誘し,金銭の交付を受けたAらの行為が原告に対する不法行為を構成すること,被告会社が使用者責任を負う(民法715条1項)。そして,被告会社の行う営業行為自体が違法性を有するものである以上,被告会社は,単に使用者責任を負うのみでなく,固有の不法行為責任を負うといわなければならない。被告会社及び,原告に対して本件取引を行わせたC(Cが主たる担当者であったことはC自身が認めるところである)の不法行為責任は明らかである。Aは被告会社の代表取締役として,Bは同社の取締役として,同社の違法な営業活動を共同して行った者であり,共同して不法行為責任を負い,

(5)  損害

① 取引損金相当損害金 4400万5310円

原告は,被告会社に対し,本件取引に基づき,I名義での取引分を含めて,別紙一覧表のとおり,合計4535万5000円を交付した。被告会社は,原告に対し,本件取引に基づき,別紙一覧表のとおり,合計134万9690円を交付した。したがって,原告は,本件取引により,上記4535万5000円から134万9690円を控除した4400万5310円の損害を受けたことになる。

② 弁護士費用相当損害金 440万円

本件のごとき専門的な取引について争いとなっている紛争については,一般消費者である私人がその種の商法を業とする事業者に対して適切な請求をなすことは到底期待できず,その権利救済のためには弁護士に委任してすることが必要不可欠であることは明白であるから,原告がその代理人に支払うべき弁護士報酬等の全額が,Aらの本件不法行為と相当因果関係を有する損害であるというべきところ,原告は,その委任に際し,原告代理人に旧東京弁護士会弁護士報酬規定を上回らない着手金及び報酬を支払う旨約したが,うち,金440万円を請求する。

③ 以上によれば,本件不法行為により原告が受けた損害の合計は4840万5310円となる。

(6)  結語

よって,原告は,被告会社に対し,4840万5310円及びこれに対する本件不法行為の日の以降である平成17年7月27日から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による金員の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因事実のうち,Aが被告会社の代表者であったこと,原告は,被告会社との間で,平成15年4月24日に「取引約定書」なる書面記載の契約を締結した,同契約は,①原告が,被告会社を通じて,株式を購入する,②被告会社が,上記株式を譲渡担保にとり,原告に対し,上記株式の価格の4倍の金員の貸し付ける,③原告が,被告会社を通じて,上記貸付を受けた金額相当の株式を購入するという内容のものであったこと,このような商法は,顧客が出損した金員を2とした場合に,8の金員を貸し付けてこれによって株式を購入するというものであり,俗に「ニッパチ商法」と呼ばれるものであったこと,被告会社は,貸金業登録を受けているのみで,証券取引業者,投資顧問業者等として他人のために株式取引を行う(又は関与する)に必要な登録を有していなかったこと,被告会社作成の計算明細書に記載されている証券の全てが被告会社によって買い付けられていないという事実があったこと,平成15年4月ころ,Kの自宅をC及びEが訪問したこと,被告会社は,I名義の取引についても,原告を窓口にし,最終的に,原告の取引に繰り入れて一本化したこと,原告名義の取引についての入出金の経過及びI名義の取引についての入出金の経過は,別紙一覧表のとおりであることは認め,その余の事実は不知又は否認する。

取引の態様や経緯については,被告会社の関係者の記憶と齟齬する部分が多々ある。被告会社は,Kから原告を紹介されて,電話でやり取りをした後に,契約書を郵送して契約を締結したのであり,Cらが最初に原告に会ったのは契約後である。EがKの自宅を訪問したのは一度だけである。

理由

1  前提事実

請求原因事実のうち,Aが被告会社の代表者であったこと,原告は,被告会社との間で,平成15年4月24日に「取引約定書」なる書面記載の契約を締結した,同契約は,①原告が,被告会社を通じて,株式を購入する,②被告会社が,上記株式を譲渡担保にとり,原告に対し,上記株式の価格の4倍の金員の貸し付ける,③原告が,被告会社を通じて,上記貸付を受けた金額相当の株式を購入するという内容のものであったこと,このような商法は,顧客が出損した金員を2とした場合に,8の金員を貸し付けてこれによって株式を購入するというものであり,俗に「ニッパチ商法」と呼ばれるものであったこと,被告会社は,貸金業登録を受けているのみで,証券取引業者,投資顧問業者等として他人のために株式取引を行う(又は関与する)に必要な登録を有していなかったこと,被告会社作成の計算明細書に記載されている証券の全てが被告会社によって買い付けられていないという事実があったこと,平成15年4月ころ,Kの自宅をC及びEが訪問したこと,被告会社は,I名義の取引についても,原告を窓口にし,最終的に,原告の取引に繰り入れて一本化したこと,原告名義の取引についての入出金の経過及びI名義の取引についての入出金の経過は,別紙一覧表のとおりであることは当事者間に争いがない。

上記当事者間に争いのない事実に証拠(甲1,3,4,6,7,8,12,乙イ1,7,乙ハ1,2,乙ニ3,乙ホ1,乙ヘ1,乙ト1,被告B本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告は,昭和25年○月○日生まれの女性であり,平成14年6月27日,千葉県から精神保健及び精神障害者福祉に関する法律45条の保健福祉手帳(障害等級3級)の交付を受け,平成16年6月17日,障害等級3級から1級への変更を受けた。原告は,平成7年に夫を亡くし,本件取引当時,一人暮らしをしていた。

(2)  被告会社は,平成2年に設立され,平成12年に鹿児島市から東京都中央区日本橋に本店を移転した株式会社であり,有価証券を担保とする金融,有価証券の運用等を目的とする株式会社である。被告会社は,貸金業登録を受けていたが,証券取引業者,投資顧問業者等として他人のために株式取引を行うのに必要な登録を受けていなかった。

A(A)は,平成11年3月30日から平成13年3月31日までの間,及び,平成14年12月2日以降,被告会社の代表取締役を務めていた。Aは,平成17年2月2日,破産手続開始決定を受け,被告会社の代表取締役の資格を喪失した。

(3)  被告会社では,「株式購入代金50万円で,250万円の株式を購入できます。」,「株式購入時にお手持ちの資金,株式等を5倍迄御融資」などと記載されたパンフレットを作成しており,①顧客が,被告会社を通じて,株式を購入する,②被告会社が,上記株式を譲渡担保にとり,顧客に対し,上記株式の購入代金の4倍の金員を貸し付ける,③顧客が,被告会社を通じて,上記貸付を受けた金額相当の株式を購入する(上記の結果,顧客は,株式の購入代金として用意した資金の5倍の株式を売買することができる)という内容の取引を行うものとして,顧客から,株式購入代金相当額を入金させるという取引を行っていた。

(4)  被告会社は,本件取引当時,代表者であるAのほか,営業部長であったE(E),営業係長であったB(B),同C(C),総務経理を担当していたF(F),システムを担当していたD(D),E又はBの部下に当たる2ないし3名の営業担当者,以上合計7ないし8名の従業員の会社であった。被告会社では,顧客から株式の取引の申し込みがあると,Bらが伝票を作成し,Eを経由してAに伝票が回されており,実際の株式の売買等はAが行うこととされていた。B及びEは,被告会社の取締役に,Dは,同監査役にそれぞれ就任していたが,被告会社の経営については,Aが一人で決定しており,Bらが経営に関与することはなかった。

Bは,本件の本人尋問において,同人が担当していた顧客は合計20名程度であり,その顧客らから合計1億円程度の株式購入の申し込みを受けた旨供述しており,その顧客らに対し合計400ないし500万円程度の株式を交付したことがある旨供述している。

原告との間の本件取引を担当していたのは,Cであった。

(5)  Aは,G(以下「G」という。)とともに,休眠状態であった株式会社フィールドの株式を買い取り,平成15年3月,同会社の商号を「株式会社ケイ・アルファトラスト」と変更して,外国為替証拠金取引の受託業務を始めた。

その際,AとGは,①会社の営業開始に必要な資金はAが提供する,②会社の経営は,Gが実質的な代表者として行う,③顧客から外国為替証拠金取引の証拠金として入金した金員は,会社の運営経費を控除した残額をAとGで折半するという内容の合意をした。

株式会社ケイ・アルファトラストは,顧客から注文を受けた取引について,インターバンク市場に取り次ぐことなく,机上で為替取引の操作を行い,あたかも実際の取引が行われているかのように装っていた。平成16年3月,Gは,株式会社ケイ・アルファトラストの経営から離れた。その後,Aは,顧客から入金した金員から会社の運営経費を控除した残額を,全て利益として取得していた。

同会社の営業マニュアルには,「為替取引は,適切な方法で仕掛けてさえいれば,最後には必ず利益をとれる投資なんです。為替取引に負けはありません。それに今のこの値段なら,間違いなく大きな利益を取れるはずです。」との勧誘文言が記載されていた。

株式会社ケイ・アルファトラストは,平成17年2月2日,破産手続開始決定を受けた。

(6)  原告は,知人を通じて,被告会社を知り,Cと電話でやり取りをした上で,平成15年4月24日,被告会社から原告宛に郵送された「取引約定書」と題する書面に署名・捺印し,原告との取引を始めた。

上記「取引約定書」と題する書面には,次の内容が記載されている。

①  原告が,株式購入に当たり,被告会社から金銭を借り入れるときには,被告会社に対し,事前に,購入予定の株式の銘柄・数量・買値について連絡する。

②  株式の売買取引は,被告会社の指定する証券会社において,被告会社の指定する所定の方法で行う。

③  原告が被告会社から借り入れる金銭の返還債務を担保するため,原告は,被告会社に対し,購入した株式の全てを譲渡する。

④  原告が被告会社から金銭を借り入れるときは,被告会社が原告に対しその都度発行する計算書の交付をもって,契約書に代える。

⑤  利息は,被告会社が発行する計算書に記載された利率により,1か月ごとに前払いする。

その後,原告と被告会社との間の取引は,主として,原告とCとの間の電話でのやり取りによって行われた。被告会社は,原告に対し,「計算明細書」と題する書面を郵送していたが,同書面には,株式の買付又は売却の別,株式の銘柄,取引所,株式数,単価などが記載されており,株式の買付又は売却の取引に関する事項が記載されていたものの,被告会社が原告に対して金銭貸し付けた旨の記載はされていなかった。上記計算明細書に買い付けた旨記載されている株式について,実際には買い付けられていないものがあった。

(7)  原告は,被告会社に対し,別紙入出金一覧表の入金欄記載のとおり,平成15年4月22日から平成16年9月8日まで,合計4535万5000円を入金し,原告は,被告会社から,同表の出金欄記載のとおり,平成15年5月6日から平成17年5月11日まで,合計134万9690円を受領した。

なお,原告は,被告会社との間で,平成16年3月7日,原告の二男である「I」を借入名義人とする前記と同様の内容の「取引約定書」と題する書面を作成した。別紙入出金一覧表のうち,「I名義分」とあるのは,上記I名義で取引されたものであるが,これらの取引も,全て原告と被告会社との間で行われたものである。

(8)  原告は,平成17年8月3日,被告会社のほか,A,B,C及びDを被告会社として,本件訴訟を提起し,同年9月21日,E及びFを被告として,当庁平成17年(ワ)第19588号損害賠償請求訴訟を提起した。当裁判所は,同年11月18日,本件訴訟に当庁平成17年(ワ)第19588号訴訟事件を併合し,平成18年7月7日,弁論を終結した。その後,原告とB,C,D,E及びFとの間で,それぞれ訴訟上の和解が成立し,原告は,Aに対する訴えを取り下げた。

2  当裁判所の判断

(1)  本件取引の違法性について

前記のとおり,被告会社は,証券取引業者,投資顧問業者等として他人のために株式取引を行うのに必要な登録を受けていなかったこと,被告会社が原告に郵送した計算明細書に買い付けた旨記載されている株式について,実際には買い付けられていないものがあったこと,Bは,本件尋問において,顧客らから合計1億円程度の株式購入の申し込みを受けたが,その顧客らに対し交付したことのある株券は合計400ないし500万円程度であった旨供述していること,被告は,原告からの注文に応じて株式を購入した事実がある旨の立証をおよそ行っていないこと,前記のとおり,Aは,被告会社の代表者を務めるとともに,株式会社ケイ・アルファトラストを実質的に経営していたところ,同会社においては,顧客から注文を受けた取引について,インターバンク市場に取り次ぐことなく,机上で為替取引の操作を行い,あたかも実際の取引が行われているかのように装っていたこと,被告会社は,Aのほかは,従業員7ないし8名程度の規模の会社であり,被告会社の経営については,Aが一人で決定しており,顧客から注文を受けた株式の売買などについても,全てAが一人で行うものとされていたこと,その他証拠(乙イ3,4)及び弁論の趣旨を総合すると,被告会社は,原告から注文を受けた株式の売買等の取引のうち,少なくとも大部分について,実際に株式の売買等の取引を行っておらず,机上で株式の売買等の取引を行っているかのような操作を行っていたものであることが認められる。

また,上記のとおり,被告会社では,顧客から注文を受けた取引について,実際に株式の売買等を行っていなかったのであるから,机上の操作による株式の売買等によって顧客に利益が生じる場合に備えて,その利益の支払に充てるべき資金を常に保有している必要があったといえるところ,前記のとおり,Aが実質的に経営していた株式会社ケイ・アルファトラストにおいては,顧客から入金した金員から会社の運営経費を控除した残額を,Aらが利益として取得していたこと,被告会社の経営も,Aが一人で決定していたこと,A及び株式会社ケイ・アルファトラストは,平成17年2月2日に破産手続開始決定を受けていること,その他弁論の全趣旨を総合すると,仮に,机上での株式取引によって原告に大きな利益が生じることがあったとしても,被告会社には,原告に対し,その利益相当分の金員を常に交付することができるだけの十分な資力がなかったことが認められる。

以上によれば,本件取引は,机上の操作による株式取引の結果,原告に損失が生じれば生じるほど,被告会社に利益が発生するという仕組みのものであるということができるとともに,他方で,机上の操作による株式取引の結果,原告に利益が生じれば生じるほど,その利益相当分の金員を交付することができないという事態が生じるおそれのあるものであったということができる。さらに,前記のとおり,被告会社の取引は,顧客が,株式の購入代金として用意した資金の5倍の株式を売買することができるという仕組みになっていたというのであるから,原告に損失が生じれば生じるほど,被告会社には,より多くの利益が発生するという仕組みになっていたということができるし,他方,原告に利益が生じれば生じるほど,その利益相当分の金員を交付することができないという事態が生じるおそれも,より高いものとなっていたということができる。そうすると,被告会社において,原告に利益が生じることを予想して本件取引を行っていたと考えるのは,およそ不合理というほかないのであって,結局,被告会社は,原告に対して利益相当分の金員を常に交付するという意思及び能力のないままに,いわば原告に利益を生じさせないことを前提に,本件取引を行っていたものと考えるほかないものというべきである。

なお,前記事実及び弁論の全趣旨によれば,Cが,原告に対し,被告会社では実際に株式の買付けなどの取引は行わず,机上で取引の操作をするだけである旨の説明をしていなかったことは明らかであるし,前記のとおり,原告は,平成14年6月27日,精神障害者3級の認定を受けていたこと,原告は,前記「取引約定書」と題する書面に署名・捺印するにあたって,本件取引の内容についてCと電話でやり取りをしただけであったこと,被告会社は,原告に対し,「計算明細書」と題する書面を郵送していたが,同書面には,株式の買付又は売却の別,株式の銘柄,取引所,株式数,単価などが記載されているだけであり,被告会社が原告に対して金銭を貸し付けている旨の記載はされていなかったこと,証拠(甲12)によれば,原告は,被告会社との間で,通常の株式の売買の取引を行うという認識しか有していなかった旨陳述していると認められること,その他弁論の全趣旨を総合すると,本件取引の内容(顧客は,株式の購入代金として用意した資金の5倍の株式を売買することができることになるが,その分,大きな損失を受ける恐れもあること)について,およそ十分な説明をしていなかったことは明らかである。

以上によれば,本件取引は,被告会社が,原告から,株式の購入代金の支払という名目の下に,金員を騙し取っていたものと評価されても仕方のないものというべきであり,少なくとも,原告において,本件取引の実態について知らされていれば,被告会社に対して金員を交付していなかったことは明らかというべきである。したがって,本件取引が違法であることは明らかである。

(2)  被告会社の責任について

前記のとおり,被告会社の経営については,Aが一人で決定しており,顧客から注文を受けた株式の売買などについても,全てAが一人で行うものとされていたこと,その他弁論の全趣旨を総合すると,Aは,本件取引の違法性を十分に認識しながら,Cら従業員をして,本件取引を行わせていたことが認められるのであって,Aが原告に対して不法行為責任を負うことは明らかである。

また,本件取引は,被告会社の取引行為として行われたものであるから,被告会社は,民法44条1項に基づき,被告会社の代表者であったAの行為に基づいて原告に生じた損害について,法人として不法行為責任を負うことは明らかである(なお,原告は,Aの不法行為に基づく被告会社に対する損害賠償請求について,他の従業員らの不法行為に基づく被告会社に対する損害賠償請求と同様に,民法715条に基づく不法行為責任を主張するもののようであるが,Aは被告会社の従業員ではなく代表者であったのであるから,被告会社の不法行為責任は,民法44条1項に基づくものというべきであり,原告の主張は,上記の趣旨を含むものと解される。)。

(3)  原告の損害について

①  前記のとおり,別紙入出金一覧表のとおり,原告は,被告会社に対し,平成15年4月22日から平成16年9月8日まで,合計4535万5000円を入金し,原告から,平成15年5月6日から平成17年5月11日まで,合計134万9690円の出金を受けている。したがって,原告は,本件取引により,少なくとも上記差額に相当する4400万5310円の損害を受けたことは明らかである。

②  原告は,本件訴訟の提起及び遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任しているところ,原告が同代理人弁護士に支払った弁護士費用のうち,Aによる不法行為と相当因果関係にある損害の額は,上記損害の約10パーセントに当たる440万円と評価するのが相当である。

(4)  結論

以上によれば,原告は,被告会社に対し,不法行為に基づく損害賠償として,合計4840万5310円(4400万5310円+440万円)の支払を求める権利を有することになる。

3  結論

以上によれば,本訴請求は理由がある。よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 石川重弘)

<以下省略>

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