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東京地方裁判所 平成17年(ワ)16496号 判決 2005年8月31日

原告

X

被告

日本郵政公社

上記代表者総裁

生田正治

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  被告は,原告に対し,201万4660円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第2  請求原因

1  A1(以下「A1」という。)は,以下の記号番号の郵便貯金(以下「本件貯金」という。)を有していた。

(1)  通常貯金 <口座番号省略> 1万4660円

(2)  定額貯金 <口座番号省略> 50万円

(3)  定額貯金 <口座番号省略> 50万円

(4)  定額貯金 <口座番号省略> 50万円

(5)  定額貯金 <口座番号省略> 50万円

2  A1は,平成4年2月9日,死亡した。

3  A1の相続人は,同人の弟であるA2(以下「A2」という。)並びに同人の弟A3の代襲相続人であるA4(以下「A4」という。)及びBである。

4  A2は,平成10年4月10日,死亡した。

5  A2の相続人は,同人の妻であるA5(以下「A5」という。),同人の長女であるC(以下「C」という。),同人の長男であるA6(以下「A6」という。),及び同人の二女であるD(以下「D」という。)の4名である。

6  A4は,平成15年12月25日,死亡した。

7  A4の相続人は,同人の長男Eである。

8  前記の各相続人の間で,平成17年3月ころ,A1の遺産についての遺産分割協議が成立し,本件貯金は,以下の者が以下の割合で取得した。

(1)  A5 70パーセント

(2)  C 10パーセント

(3)  A6 10パーセント

(4)  D 10パーセント

9  原告は,前記遺産分割協議に際し,相続人全員から「遺産整理業務」を受任し,貯金の解約及び払戻しの請求と受領の権限を付与された。

10  原告は,平成17年7月,被告の牛込郵便局窓口において,戸籍謄本類,遺産分割に関する合意書など,原告の権限を証明する書類を提示して,本件貯金の払戻請求をしようとしたが,被告職員は,郵便貯金相続手続請求書に本件貯金を取得した相続人のうち1名が署名押印してこれを提出することを求め,これがない限りは払戻請求を受理できないとして,上記請求を拒絶した。

11  よって,原告は,前記「遺産整理業務」において本件貯金の受領権限を付与された者として,被告に対し,本件貯金の合計額である201万4660円及びこれに対する払戻請求の後の日である本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による金員の支払を求める。

第3  当裁判所の判断

1  前記請求原因によれば,本訴は,原告が「遺産整理業務」において本件貯金の受領権限を付与された者として,被告に対し,本件貯金の返還を求める訴訟である。そこで,原告が上記のような地位に基づき,自ら当事者として,被告に対し,本件貯金の返還を求める当事者適格があるか否かについて判断する。

2  証拠(甲2の1ないし4)によれば,原告は,A1の各相続人から遺産分割に関する合意書と題する書面に実印にて署名押印をしてもらい,印鑑証明書を添付してこれを受領したこと及び上記合意書には弁護士である原告に対し,不動産を除くすべての金融資産の解約・換価の手続とその金員の受領の権限を与える旨の記載があることが認められる。

3  そこで,検討するに,前記の原告に対する権限の付与は,遺産分割協議を成立させた相続人らが,遺産分割の内容を実現するために,金融資産の解約・換価及び金員の受領という事務を委任若しくは準委任したものと解される。したがって,原告の実体法上の地位は,上記権限を与えた相続人らの代理人と解すべきであって,相続人らとは別の法的地位に基づく固有の権限を有するものではないし,遺産分割協議によって本件貯金債権を取得した相続人は,上記委任によって本件貯金債権の処分権限を失うこともない。そうであれば,遺産分割の対象となった遺産に関する訴訟についても当事者適格を有するのは,相続人らであり,原告が弁護士として相続人から訴訟委任を受けて訴訟代理人となるのは別として,原告自身が自ら当事者としてこれに関与することはできないと解するほかない。

4  この点につき,原告は,遺産整理業務における自らの地位は,遺言執行者に近似しているのであり,遺言執行者が遺産に関する訴訟の当事者適格(法定訴訟担当)を認められることがあるのと同様に,任意的訴訟担当によって当事者適格を認められるべきであると主張する。そして,原告は,最大判昭和45年11月11日民集24巻12号1854ページが,任意的訴訟信託は,民事訴訟法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り,信託法が訴訟信託を禁止していることを潜脱するおそれがなく,これを認める合理的必要性がある場合には,これを許容することを妨げない旨判示していることを引用し,本件においては,原告自身が弁護士であり,当初から訴訟をすることを目的とする授権でもないから,民事訴訟法,信託法を潜脱するおそれはないとも主張している。また,原告の適法な業務の遂行過程で,貯金の払戻請求を被告職員によって拒絶されたのであるから,その当否を巡って裁判所の判断を仰ぐことには合理的な必要性があるとも主張している。

5  しかしながら,遺言執行者は,遺言をした被相続人の意思を実現するために,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする独自の権限を有するのであり,本来の遺言執行に属する行為については,遺言執行者が相続財産の管理処分権を有する。この点において,遺言執行者の地位及び権限は,相続人から授権された代理人にすぎない原告のそれとは基本的に異なるところがあるのである。民事訴訟においても,遺言執行者は,上記のような地位と権限を有することの反映として,法定訴訟担当として当事者適格を認められているのであり,原告の地位及び権限との相違点を見ることなく,近似点を挙げて,たやすく原告に任意的訴訟担当としての当事者適格を認めることはできない。

6  原告は,被告が,原告の払戻請求を受理せず,相続人の署名押印のある書類を持参することを要求しているので,自ら当事者として本件貯金の返還請求をする合理的な必要性があると主張する。しかし,訴訟外において,被告が,相続人の代理人として原告を承認するか否かということと,訴訟において原告に当事者適格を認めるか否かということとは,全く別の次元の問題である。仮に,原告が相続人の代理人であることを承認せず,解約,払戻しに応じなかった被告の対応が債務不履行になるとしても,そのことから直ちに本件貯金の返還請求訴訟において,相続人の代理人にすぎない原告に,任意的訴訟担当による当事者適格を認めるべきであるということはできない。原告としては,本件貯金を取得した相続人の代理人として,本件貯金の返還請求の一環としての訴訟を提起することを決定し,自らあるいはほかの弁護士が各相続人の訴訟代理人となって訴訟を遂行することで,本件貯金の返還と分配という目的は達成できるし,それを越えて,原告の地位を被告が承認しなかったからといって原告に任意的訴訟担当による原告の地位を付与する必要性も合理性もない。したがって,原告主張のその余の点について判断するまでもなく,原告の任意的訴訟担当についての主張は失当である。

7  よって,原告は,本件訴訟につき当事者適格を有しないから,民事訴訟法140条を適用して本件訴えを却下することとし,訴訟費用の負担につき同法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官・水野邦夫)

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