東京地方裁判所 平成17年(ワ)16913号 判決 2006年1月30日
原告
A野太郎
訴訟代理人弁護士
冨田さとこ
被告
B山松夫
訴訟代理人弁護士
中山敬規
主文
一 被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する平成一七年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成一七年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、いわゆるワンクリック詐欺の被害にあったとして、サイト運営者である被告を訴えた事案である。すなわち、被告運営にかかるサイトに掲載された女性の写真画像をクリックした原告が、画像閲覧サービスの会員登録の意思がないのに自動的に会員登録され、画像閲覧サービスの利用料金名目で不当な支払を請求されたとして、被告に対し、不法行為に基づき損害賠償を請求した事案である。
一 前提となる事実
以下の各事実は、当事者間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨によりこれを認める。
(1) 原告は、東京都渋谷区に事務所を有する弁護士である。
(2) 被告は、複数のサイトを運営する者であり、その一つとして、平成一七年七月ころ、http://《省略》のURLで、「SNAP×SNAP」というわいせつ写真画像閲覧サービスのサイト(以下「本件サイト」という。)の運営を開始した。
(3) 同年八月一五日、原告が業務用に使用しているパソコンに、被告の依頼を受けた第三者から電子メール(件名:「田舎から夢見て上京したトマト娘たち」)を送信され、原告はこれを開いた。
(4) 原告がその電子メールのメッセージ欄に記載されていた二つのURLのうちの一つであるhttp://《省略》をクリックしたところ、被告運営にかかる本件サイトがパソコンディスプレイ上に表示された。
(5) 原告は、同年八月一七日、被告に対して、原告が同月一五日に本件サイトのトップページに掲載されている女性の写真画像をクリックしたところ、原告のパソコンに対して、スパイウェアによるデータの窃取が行われ、数秒後に「入会登録が完了したので三日以内に三九〇〇〇円支払え」との催告ページが現れたとし、被告のスパイウェアの侵入によりコンピュータの使用を控えざるを得なくなり業務に支障が生ずるとともに悪質な架空請求により精神的苦痛を被ったなどとして、本訴を提起し、本件訴状は、同月二七日、被告に送達された。
(6) 被告は、同月三〇日、被告代理人に訴訟委任した。
(7) 平成一七年八月三〇日時点における本件サイトの仕組みは次のとおりであった(以下「八月三〇日時点の本件サイトの仕組み」という。)。
ア 本件サイトのトップページには、「SNAP×SNAP ストリートガールズ丸見え写真集/スナップ×スナップ」との表題の下に、上段に複数の女性のわいせつ写真画像が列挙してあり、さらに下段左側に「Cover girl this month」と記載された水着姿の女性の写真画像があるところ、この上でクリックすると、「当サイトご利用にあたって」というポップアップウィンドウ(以下「ポップアップウィンドウ」という。)が表示される。
イ このポップアップウィンドウには、「本サイトはアダルト有料コンテンツを含むサイトです。ここは規約を要約していますのでサイト内に入る場合は必ず完全な利用規約をお読みになり同意した方のみご入場下さい。入場する前に必ず当サイトの完全な利用規約をご覧いただき必ず同意した上で「ENTER」を押して下さい。「ENTER」をクリックした時点で利用規約を読み同意したものとみなしますので十分にご注意下さい。」と記載され、その真下に、「ENTER」及び「LEAVE」の部分が設けられている。
ウ 利用規約は、ポップアップウィンドウに記載された説明文章中の「利用規約」という部分をクリックするか、あるいは、本件サイトのトップページの最下部にある「利用規約」という部分をクリックして表示される画面に掲載されており、そこには、「本番組は定額会員制であり、入会金及び登録料金を合わせクレジットカードでお支払いの場合は$三五〇・〇〇、お振込みでお支払いの場合は三九、〇〇〇円の料金が登録日より発生します。登録日より三〇日間ご利用できます。」、「支払期限は登録日より三日以内です。三日以内にクレジット決済($三五〇・〇〇)もしくは銀行振り込み(三九、〇〇〇円)でお支払い下さい。」などとする利用規約が記載されている。
エ ポップアップウィンドウの「ENTER」という部分をクリックすると、二~三秒間、ディスプレイが真っ黒になって文字や記号が羅列された後に、「個人情報取得終了」という赤い文字が点滅する仕組みになっている(以下「個人情報取得終了画面」という。)。
オ その後、「正常に会員登録が完了しました! ご利用料金は¥三九、〇〇〇 ただいまより七二時間以内にクレジット決済もしくはお振込にてお支払い下さい!」と記載された画面(以下「利用料金請求画面」という。)がディスプレイ上に表示されるが、同画面には以下の内容が表示されている。
(ア) 「ご登録情報」
①お客様個体識別番号
②お客様ご登録日時
③お客様IPアドレス
④お客様リモートホスト
⑤お客様契約プロバイダ
⑥お客様ご利用回数
⑦お客様前回ご利用日時
⑧お客様お支払い期限
上記①お客様個体識別番号の欄には、アルファベットと数字の組合せによる識別番号が表示されるとともに、「お客様のパソコンより抽出したデータを暗号化したものです。」と記載されている。
さらに、「ご登録情報」欄の下段には、IPアドレスの説明として、「インターネットやイントラネットなどのIPネットワークに接続されたコンピュータ一台一台に割り振られた識別番号。世界中にあるコンピュータを一意に決めるための住所のようなものです。」と記載されている。
(イ) 「お支払い案内」
①金額
②支払口座名義等
(ウ) 「番組の利用システム案内」
①ご利用期間
②ご利用料金
③振込ID番号
④お振込み期限
この部分には、「サイト利用されたにも関わらず、支払期限を過ぎても入金が確認出来ない場合は『お客様情報』を元にプロバイダに対して法的な手段を経て、情報開示を求めます。」と記載され、情報開示情報として、勤務先情報、勤務先電話番号、自宅住所、自宅電話番号があげられている。さらに、「上記ログを元に自宅や勤務先へ直接請求させて頂く可能性がございます。その際に当番組管理部より延滞料金$三五〇、延滞一日に付き$一〇の損害金を加算して計算して請求されることがありますので期日の方、お忘れないようにお願い致します。」という記載がなされている。
(8) 原告は、本訴提起後にコンピュータの技術者に依頼して自己のパソコンを点検した結果、スパイウェアの侵入の事実がないことが判明した。
(9) インターネットユーザーからの苦情や相談をもとに、不当請求等を行っている悪質業者のサイトのURLや振込先を掲載している「どんぐりのお部屋」というサイトには、悪質業者の口座として、本件サイトに記載された振込先口座と同じ「北陸銀行 名古屋支店 (普) 《省略》ビイヤママツオ」の外、「三井住友銀行 名古屋栄支店 (普) 《省略》ビイヤママツオ」という口座が掲載され(http://《省略》)、同様の「架空請求事業者データベース」というサイトの不当請求口座として、「百五銀行伊勢支店 普通 《省略》 ビイヤママツオ」及び「郵便局:《省略》 ビイヤママツオ」が掲載され(http://《省略》、http://《省略》)、同様に「So What」というサイトの「悪質業者利用の銀行口座」に本件サイトに記載された振込先口座と同じ「北陸銀行 名古屋支店 普通 《省略》 ビイヤママツオ」の外、「りそな銀行 名古屋支店 普通 《省略》 ビイヤママツオ」、「東京三菱銀行 名古屋支店 普通 《省略》 ビイヤママツオ」及び「百五銀行 鵜方支店 普通 《省略》 ビイヤママツオ」という口座が掲載されており(http://《省略》)、これらの「ビイヤママツオ」が自己を示すものであることを被告も本人尋問で自認している。
(10) 平成一七年一二月中旬ころには、被告の前記URLにおいては、本件サイトは閉鎖され、別のサイトに変わっている。
二 争点
(1) 本件サイトによる不当請求の有無(争点一)
平成一七年八月一五日の時点において、本件サイトは、閲覧者の会員登録の意思を確認することなく、閲覧者が画面の写真画像をクリックしただけで直ちに会員登録が完了したとして、不当に利用料を請求する仕組みになっていたかどうか。
(原告の主張)
平成一七年八月一五日の時点においては、本件サイトのトップページ掲載の写真画像をクリックすると、ポップアップウィンドウが表示されることなく、直ちにディスプレイが真っ黒になって文字や記号が羅列された後に個人情報取得終了画面が表示され、会員登録が完了したとして、利用料金請求画面が表示された。八月三〇日時点の本件サイトの仕組みにおけるポップアップウィンドウは、本訴提起後に被告がワンクリック詐欺の証拠を隠滅するために、プログラムの改造を行ったものである。
(被告の主張)
平成一七年八月一五日の時点においても、同月三〇日の時点と同様に、本件サイトのトップページの後に、必ずポップアップウィンドウが表示され、このウィンドウの「ENTER」という部分をクリックしなければ個人情報取得終了画面が表示されることはなく、利用料金請求画面も表示されない仕組みになっていた。
(2) 損害額(争点二)
(原告の主張)
平成一七年八月一五日からパソコン技術者による点検が完了してパソコンに異常がないことが確認されるまでの四日間、パソコンを使用することができず業務に支障が生じて三〇〇万円の損害が生じたとともに、悪質な架空請求を受けたこと等により精神的苦痛を覚え、金銭評価して一〇〇万円の損害が生じ、合計四〇〇万円の損害を被った。
(被告の主張)
原告の主張は否認する。
第三争点に対する判断
一 争点一について
(1) 原告は、本人尋問において、平成一七年八月一五日、本件サイトのトップページに掲載された女性の写真画像をクリックすると、画面が真っ黒になり数字や文字の羅列の後、個人情報取得完了という文字が表示され、その後、会員登録が完了したので利用料三九〇〇〇円を請求する画面が現れたことから、スパイウェアをパソコン内に侵入され、個人情報を窃取されたのではないかと不安になるとともにワンクリック詐欺による不当請求を受けたと思った旨供述する。
これに対して、被告は、本人尋問において、平成一七年七月に本件サイトを開設以来、本件サイトの仕組みは八月三〇日時点の本件サイトの仕組みと同じであり、本件サイトのトップページに掲載された写真画像をクリックすると必ずポップアップウィンドウが現れ、「ENTER」をクリックしないと会員登録されない仕組みとなっているのであって、本訴提起後にプログラムを改造してポップアップウィンドウを設けたものではないと供述する。
(2) そこで、これらの供述の信用性を検討するに、以下に述べる諸点に照らして、原告の供述は信用性を有するのに対して、被告の供述は信用することができないものと言うべきである。
すなわち、第一に、原告は、本件サイトにアクセスしたその日のうちに、送信された電子メールメッセージ、本件サイトのトップページ及び利用料金請求画面をプリントアウトし、本件サイトに記載されている利用料金の支払先口座について銀行照会して被告の氏名・住所を特定し、二日後には被告に対して本訴を提起しているほか、自己のパソコンについてコンピュータ技術者に依頼して点検を行っている事実が認められ、これらの原告の一連の行動は原告が主張するような不当請求を真実受けたことを窺わせるに十分なものがあると言うべきである(原告がかねてからワンクリック詐欺に対して訴訟を提起するなどの活動を行っていたことを窺わせる証拠はなく、今回の原告の行動も被告から送られたメールに端を発していることからすると、原告が意図的に訴訟を起こしたとは考えがたい。)。
また、仮に、被告主張のようなポップアップウィンドウが必ず現れる仕組みになっていたのであるならば、本件サイトのトップページにもポップアップウィンドウにも利用料金額の記載がなかったのであるから、原告の職業柄、規約の確認をしないまま「ENTER」をクリックすることは考えがたいものがある。
さらに、既に認定したように、本件サイトは八月三〇日時点においても、利用料金請求画面が表示される前に、二~三秒間、画面が暗転し文字や記号が羅列された後に「個人情報取得終了」という赤い文字が点滅し、さらに利用料金請求画面には、IPアドレスによってパソコンが特定できること、三日以内に支払いがなされない場合はプロバイダに対して情報開示を求め、自宅や勤務先に直接請求することがあること、さらに延滞料として直ちに三五〇米ドルが発生し、かつ延滞一日について一〇米ドルの損害金が請求されることが記載されるなど、相手方に不安感を与えるとともに威圧的な印象を与える画面の作りとなっているところ、被告の供述するように本件サイトが開設当初からポップアップウィンドウを設けて会員登録の意思を有する者のみに「ENTER」をクリックさせ、会員登録する仕組みをとっていたのであるならば、会員登録を行う者に氏名・住所・電話番号・電子メールアドレス等を記載させるのが通常の形態であり、このような不安感をあおり威圧的な画面の作りにする必要はないはずである。以上のように、本件サイトの画面の作りがユーザーとのまっとうな取引を意図するものにはそぐわないものとなっていることは、ポップアップウィンドウが本訴提起後に設けられたことを疑わせるものがあると言うべきである。
また、既に認定したとおり、被告の運営する他のサイトもインターネットユーザーから不当請求であるなどとしてクレームが寄せられていることも、原・被告の供述の信用性を判断する上で当然考慮されるべきである。
(3) 以上によれば、原告の供述するとおりの事実が認められるところ、被告によるかかる不当請求が違法に原告の権利を侵害するものであり、不法行為に当たることは明らかである。
二 争点二について
本件は、相手方に契約締結意思がないにもかかわらず、サイトの画面の写真画像をクリックしただけで、会員登録が終了したとして不当に利用料金を請求する、いわゆるワンクリック詐欺による不当請求事案であるが、その手口は、いきなり画面を暗転させ数字や文字を羅列させた後、個人情報取得終了との表示を行い、いかにも相手方のパソコン内にスパイウェアを侵入させ個人情報を窃取したかのような不安感を与えつつ、IPアドレスによってパソコンが特定でき、自宅や勤務先に直接請求するとともに、延滞料も請求することがあるなどと威圧的に請求を行うもので、しかも、羞恥心から泣き寝入りし、支払いに応じる者もあることを見込んでランダムに多数のメールを送りつけるというものであって、極めて悪質である。原告は、弁護士であり、かかる請求に対して支払義務のないことは理解してはいたが、自らのパソコンにスパイウェアを侵入され、またパソコン内の個人情報を窃取されたかもしれないとの懸念を抱き、パソコンの点検が済むまでの間パソコンの利用を差し控えたほか、自らの権利救済のために時間と費用をかけて本訴を提起しており、被告の行為により看過し難い精神的苦痛を負ったことは明らかである。本件に関する上記のような諸般の事情を総合勘案すると、本件における損害賠償金として三〇万円が相当であると思料する。
三 以上によれば、原告の本訴請求は金三〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成一七年八月一五日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める範囲で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永野厚郎)