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東京地方裁判所 平成17年(ワ)17468号 判決 2006年4月13日

原告

山本笑子

原告

上嶋征子

上記2名訴訟代理人弁護士

大川原栄

小沢年樹

松田耕平

被告

甲野太郎

外16名

上記17名訴訟代理人弁護士

柴田保幸

竹野下喜彦

被告ら補助参加人

東京電力株式会社

同代表者代表取締役

田村滋美

同訴訟代理人弁護士

西迪雄

村上敬一

向井千杉

富田美栄子

石井崇

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告らは,被告ら補助参加人に対し,各自金1億0398万7000円及びこれに対する平成17年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告ら補助参加人(東京電力株式会社)の株主である原告らが,同社が株式会社フジテレビジョンの行った株式会社ニッポン放送株式の公開買付けに応募して買付期間終了日まで応募を撤回せずに株式を売却したことについて,被告ら補助参加人の取締役である被告らに善管注意義務・忠実義務違反があり,そのため同社に損害が生じたと主張して,被告らに対して損害賠償を求める株主代表訴訟である。

1  前提となる事実

以下の事実は,いずれも当事者間に争いがない。

(1)  東京電力株式会社(被告ら補助参加人。以下「補助参加人」という。)は,電気事業,熱・ガス供給事業等の公益事業を中心とする資本金約6764億円の株式会社である。

(2)  株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」という。)は,平成17年1月17日,ラジオ放送事業を営む株式会社ニッポン放送(以下「ニッポン放送」という。)の経営権を確保し,完全子会社化することを目的に,ニッポン放送の全発行済株式(ニッポン放送の自己株式は除く。)の取得を目指して公開買付けを実施する旨を決定した(以下「本件公開買付け」という。)。

本件公開買付けの買付期間は,同月18日から同年2月21日まで,この間の買付予定株式総数は1233万5341株であり,1株当たりの買付価格は5950円とされていた。

(3)  その後,インターネット関連事業を営む株式会社ライブドア(以下「ライブドア」という。)は,平成17年2月8日,東京証券取引所の時間外取引により子会社の投資顧問会社の取得分と併せてニッポン放送株式の37.85%を取得し,当該事実は直ちに公表された。

(4)  フジテレビは,平成17年2月10日,ライブドアによるニッポン放送株式の取得に対抗するため,本件公開買付けについて,買付期間を同年3月2日まで延長し,買付予定株式総数を413万5341株とする条件変更をし,さらに,同年2月24日,買付期間を同年3月7日まで延長する条件変更をした。

(5)  補助参加人は,平成17年2月7日,保有していたニッポン放送株式の全てである15万9980株(以下「本件株式」という。)について本件公開買付けに応じてフジテレビに売却する旨の意思決定を行い,同月17日,フジテレビに対して応募申込書を発送した(以下「本件応募」という。)。

(6)  本件公開買付けが成立しため,補助参加人とフジテレビとの間で,平成17年3月7日,本件株式を1株当たり5950円,合計9億5188万1000円で売却する旨の契約が成立した。

(7)  被告らは,本件公開買付けに応募する意思決定をした平成17年2月7日ころから本件公開買付けが成立した同年3月7日までの間,補助参加人の代表取締役,取締役又は社外取締役を務めていた者である。

(8)  ニッポン放送株式の市場における株価

ニッポン放送株式は,東京証券取引所第2部に上場していたところ,平成17年2月8日から同年3月7日までの市場における株価(終値)の推移は,以下のとおりであった。

2月8日   6880円

2月9日   7800円

2月10日  7840円

2月14日  6880円

2月15日  6640円

2月16日  6700円

2月17日  6850円

2月18日  6710円

2月21日  6800円

2月22日  6750円

2月23日  6800円

2月24日  6280円

2月25日  6400円

2月28日  6700円

3月1日   6680円

3月2日   6580円

3月3日   6630円

3月4日   6500円

3月7日   6600円

(9)  原告らは,平成17年3月28日付け内容証明郵便で,本件公開買付けの応募について,補助参加人の監査役に対して提訴請求をした者であり,当該請求をする6か月以上前から引き続き補助参加人株式を保有する株主である。

2  当事者の主張

(原告らの主張)

(1)ア 本件応募当時,補助参加人の経営状況は良好であり,通常の資金調達手段(株式発行,社債発行,金融機関からの借入れ等)以外の手段により緊急に資金調達をする経営上の必要性・合理性は全く存在しなかった。こうした状況の下で本件株式の売却を行うに当たっては,被告らは,できる限り高い金額で資産を処分することにより,会社資産の維持増大を図るべき義務をその善管注意義務及び忠実義務として負っており,少なくとも市場価格を下回る価格で個別的に重要固定資産を処分することは,特段の経営上の必要性・合理性が存在しない限り,原則として許されない。

イ 本件公開買付けに応募すること(本件応募)は,本件公開買付けの買付価格が市場価格を上回っていた時点では,善管注意義務違反ではないものの,その後,ライブドアによるニッポン放送株式の大量取得が行われ,ニッポン放送の経営権の取得をめぐってフジテレビとライブドアとの間に紛争が発生し,平成17年2月8日以降は,ニッポン放送株式の市場価格が買付価格を上回るようになった。

このため,同日以降において本件応募を維持することは,補助参加人にとっては,緊急の資金調達の必要がない状況下での市場価格を下回る価格による重要固定資産の売却に当たるだけでなく,本件公開買付けを実施したフジテレビ現経営陣の当初目的である「ニッポン放送完全子会社化」が実現不可能となり,本件公開買付けは「ライブドアとの経営権紛争において高騰した市場価格によらずにニッポン放送株式の過半数を確保する格好の手段」に転化したのであるから,客観的にも主観的にも,紛争当事者の一方であるライブドアに敵対して他方のフジテレビ現経営陣の側に立つことを意味し,それによって,公共企業に求められる社会的信頼を損ない,電力小売自由化の情勢下でフジテレビとライブドアとの経営権紛争に巻き込まれて,紛争の帰趨によっては補助参加人の業績に影響を受けるリスクを発生させるものである。

ウ したがって,被告らは,補助参加人の取締役として,本件応募を維持するとの補助参加人総務部の判断に対し,取締役会付議事項として取締役会の開催ないし開催された取締役会での付議を求め,また,取締役会での発言その他何らかの方法で異議を唱えるなどすべきであるとともに,かかる判断に承認・決裁を求められた場合は,少なくとも承認・決裁を与えない等の本件応募を撤回させるためにあらゆる対応をすべき義務を負うに至ったものである。

(2) しかるに,被告らは,以下のとおり,善管注意義務及び忠実義務に違反して,特段の経営上の必要性・合理性がないにもかかわらず,補助参加人が市場価格を下回る価格でニッポン放送株式をフジテレビに売却することに関与したものである。

ア 被告丁川の義務違反

被告丁川は,平成17年3月7日,総務部担当者が本件応募の維持について承認を求めてきた際,総務部担当常務取締役として,総務部担当者の本件応募を維持するとの判断に対して承認を与えない義務を負っていたにもかかわらず,これに積極的に承認を与えて,本件公開買付けを成立させた。

イ 被告甲野の義務違反

被告甲野は,代表取締役社長として,総務部担当者の本件応募を維持するとの判断に対し,被告丁川と同様に承認を与えない注意義務を負っていたにもかかわらず,これに積極的に承認を与えて決裁し,本件応募を維持し,本件公開買付けを成立させた。

ウ 被告辛本及び被告壬島

被告辛本及び被告壬島は,社外取締役として,平成17年2月8日以降,本件応募を撤回させるために行動すべき注意義務を負っていたにもかかわらず,臨時の取締役会の開催を要求して異議を述べるなどの行動を一切行わず,漫然と本件応募の維持を追認し,結果的に本件公開買付けを成立させた。

エ その余の被告ら

その余の被告らのうち,被告乙原,被告丙山,被告戊谷,被告己岡及び被告庚町は代表取締役として,他の被告は常勤取締役として,平成17年3月1日開催の常務会に出席し,被告甲野より本件応募の報告を受けたが,当時は既にフジテレビとライブドアの経営権紛争が報道され,ニッポン放送株式の市場価格が本件公開買付けの買付価格を上回って推移する事態となっていたのであるから,常務会において異議を述べ,あるいは臨時の取締役会の招集を求めて異議を述べるなど何らかの方法により本件応募を撤回させるために行動すべき注意義務を負っていたにもかかわらず,何らこうした行動をせずに漫然と本件応募の維持を追認し,結果的に本件公開買付けを成立させた。

(3) 被告らの主張に対する反論

被告らは,補助参加人が本件公開買付けに応じたことは,補助参加人の経営判断事項であり,被告らの判断には,判断の前提となる事実の認識,判断過程,判断内容のいずれの点においても,誤りはなかったと主張するが,その前提事実の認識,判断過程及び判断内容には,それぞれ以下のような重大な誤りがある。

ア 前提事実の認識について

a 被告らは,ニッポン放送株式について上場廃止・株価大幅下落のおそれがあったと主張するが,債務超過等による法的債務整理手続等により「上場廃止」になる場合には上場廃止と株価大幅下落との間に因果関係があるものの,それ以外の理由による上場廃止の場合には上場廃止と株価大幅下落との間には因果関係はなく,上場廃止すなわち株価大幅下落のおそれがあるとの前提事実の認識は誤りである。

b また,被告らは,フジサンケイグループ企業は重要な取引先であったと主張するが,被告らの主張によっても,フジサンケイグループ企業との電気需給契約の売上が年間15億円であるというにとどまり,事業運営の面でも協力を得ているとの事実は存在しないから,その限りで前提事実の認識は誤りである。

イ 判断過程について

補助参加人の総務部担当者による法律専門家の意見聴取が実在したかは疑わしく,本来は取締役会付議事項であるべき本件応募の維持の是非を取締役会に付議しなかった点で意思決定過程に重大な瑕疵がある。

ウ 判断内容について

a 本件応募を撤回して市場売却を選択しても,上場廃止・株価大幅下落のリスクは回避できるのであるから,本件応募の維持は必然的なものではない。

b 電力小売事業自由化の下では,既存企業グループの経営権紛争が生じているのに,紛争当事者の一方に加担して他方に敵対することは,まさに将来の契約の帰趨に影響するリスクを含む判断であり,むしろ地域的な電力供給独占体制の下では存在しなかった営業への悪影響を含むものである。

また,有力メディア企業グループと新興IT企業との企業買収合戦が公然と報道され社会的関心も高まっていた状況下で,その一方に加担し他方に敵対する行為は,公共企業である補助参加人にとっては社会的信頼の低下につながる。

(4) 損害

ニッポン放送株式の市場価格は,ライブドアによるニッポン放送株式の取得が明らかになった平成17年2月8日以降,本件公開買付けの買付価格を大幅に上回り,買付期間の終了日まで下回ることはなかった。そして,損害発生を回避するために本件応募の撤回を行うことができるのは,本件公開買付けの買付期間の終了日である同年3月7日までであるから,その時点でのニッポン放送株式の市場終値6600円と買付価格5950円との差額金額である650円を,1株当たりの損害額と考えるのが相当である。

したがって,補助参加人が被った損害額は,合計1億0398万7000円(=650円×15万9980株)である。

(被告ら及び補助参加人の主張)

(1)ア 本件応募については,補助参加人の経営判断事項であり,権限を委ねられた取締役がその権限の範囲内で会社のために最善であると判断した場合には,判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなく,判断の内容が企業経営者として著しく不合理なものでない限り,基本的にはその判断が尊重されるべきであって,取締役の経営判断が結果的に損失となる部分を含んでいるとしても,それだけでは直ちに当該取締役に善管注意義務の違反があったとすることはできないというべきである。

補助参加人が本件公開買付けに応じることとした被告らの判断には,以下のとおり,判断の前提となる事実の認識,判断過程,判断内容のいずれの点においても,誤りはなかった。

イ 前提事実の認識

a 上場廃止・株価大幅下落になるとの判断について

平成17年3月7日の時点において,ニッポン放送株式は,フジテレビが25%を超える株式の取得を確実にし,ライブドアが約45%を保有するに至っていたのであるから,東京証券取引所の株券上場廃止基準2条により,上場廃止になる可能性が極めて高かった。

そして,本件公開買付けが成立した後の同月9日の東京株式市場では,ニッポン放送の株主のかなり多くが,ニッポン放送株式が上場廃止になり,これによって株価が下落することを予測し,その保有する株式を売却したことが明らかである。なお,ニッポン放送株式は同年7月28日には現実に上場廃止となった。

被告甲野が本件応募を維持するとの判断に当たり,ニッポン放送株式が上場廃止になる可能性があり,これによりニッポン放送株式が大幅に下落する可能性があるとした判断は,将来の事態についての予測に関するものであり,株価は国際的・国内的な様々な要因によって変動するものであることを考慮すると,正鵠を得たものというべきである。

b フジサンケイグループとの協力関係について

補助参加人とフジサンケイグループに属する企業との間には,電気需給契約(少なくとも28件,電気料金年間約15億円)のほか,補助参加人が進めているオール電化マンション普及拡大,二酸化炭素排出量削減に資する氷蓄熱式空調システムの普及促進等の企業グループ間の協力関係があったが,このような企業間の協力関係の維持が,本件応募についての経営判断の前提となった。

ウ 判断過程

a 取締役会の決議事項に該当しないこと

本件株式の売却は,商法260条2項により取締役会の決議を要する事項ではない。また,補助参加人の取締役会付議基準においても,付議事項(16)付議基準⑥「100億円以上(簿価又は時価の高い方)の財産の譲渡,賃貸,廃棄及び譲受」に基づいて判断すべき事項であり,これによると取締役会の決議事項に該当せず,付議事項(22)付議基準①「重要な契約の締結」,④「関係会社に関する重要な事項」及び⑤「その他特に重要な事項」のいずれにも該当しないから,取締役会の決議を要する事項ではない。

b 法律専門家の意見を徴したこと

本件応募に当たっては,随時,A法律事務所及びB法律事務所の意見を聴取しており,これらの法律専門家の意見はいずれも,本件応募が取締役の裁量の範囲内に属する正当な経営判断であって,善管注意義務違反に基づく責任は生じないというものであった。

エ 判断内容

a 株式の市場価格は日々刻々に変動するものであるから,本件応募を撤回して公開買付期間内に本件株式を市場で売却したからといって,当然により多くの売却益を獲得することができるとは限らない。また,本件公開買付けに応じて本件株式をフジテレビに譲渡することにより,重要顧客であるフジサンケイグループとの電気需給契約を安定的に維持,継続し,その他の事業運営の面でも協力を得ることができ,長期的には補助参加人の企業価値・株式価値を高めることになることなどを考慮すれば,経営上の判断として,裁量権の範囲を逸脱したとはいえない。

b 補助参加人の事業の公益性は本件の経営判断を制約するものではない。

フジテレビとライブドアとの企業買収合戦において,一方に加担し他方に敵対する行為は社会的信頼の低下につながると主張するが,補助参加人の社会的信頼の低下が生じた又はその可能性があるとの点については立証されていない。

(2) (1)に述べたとおりであるから,補助参加人が本件公開買付けに応じて本件応募を行い,平成17年3月7日,補助参加人とフジテレビとの間で,本件株式を1株当たり5950円,合計9億5188万1000円で売却する旨の契約を成立させたことについて,被告らには,何らの義務違反も存在しない。

(3) なお,本件応募を維持し,その結果,上記の売買を成立させたことによって本件補助参加人に損害が発生した旨の主張は争う。

3  争点

したがって,本件の争点は,次のとおりである。

(1)  補助参加人が本件公開買付けに応募し,フジテレビとの間で売買契約を成立させたことについて,被告らに代表取締役又は取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反する違法があるか。

(2)  被告らに善管注意義務及び忠実義務に違反した違法がある場合,補助参加人に損害が生じたか。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)(被告らの善管注意義務及び忠実義務違反の有無)について

(1)  原告らは,ニッポン放送株式の市場価格が本件公開買付けの買付価格を上回るに至った平成17年2月8日以降において本件応募を維持することは,緊急の資金調達の必要がない状況下における市場価格を下回る価格による重要固定資産の売却に当たるだけでなく,客観的にも主観的にも,ライブドアに敵対してフジテレビ現経営陣の側に立つことを意味し,紛争当事者の一方に加担することによって,公共企業に求められる社会的信頼を損ない,電力小売自由化の情勢下でフジテレビとライブドアとの経営権紛争に巻き込まれて,紛争の帰趨によっては補助参加人の業績が影響を受けるリスクを発生させるものであるとして,被告らは,補助参加人の取締役として,本件応募を維持するとの補助参加人の総務部の判断に対し,取締役会付議事項として取締役会の開催ないし開催された取締役会での付議を求め,また,取締役会での発言その他何らかの方法で異議を唱えるなどすべきであるとともに,かかる判断に承認・決裁を求められた場合は,少なくとも承認・決裁を与えない等の本件応募を撤回させるためにあらゆる対応をすべき義務を負っていたと主張し,そのような前提に立った対応をしなかった本件各被告には,それぞれ取締役としての善管注意義務及び忠実義務違反があると主張する。

(2)  各項末尾掲記の証拠によれば,以下の各事実がそれぞれ認められる。

ア フジテレビは,本件公開買付けを公表した後,平成17年1月25日,補助参加人に対し,ニッポン放送株主宛の文書を送付し,本件公開買付けに応募することを要請した。本件公開買付けの買付価格(1株につき5950円)は,ニッポン放送株式の東京証券取引所市場第2部における同月14日までの3か月間における株価終値平均4937円に約21パーセントのプレミアムを加算した金額であった。

(丙1,2,5)

イ 補助参加人は,本件株式の管理等を所管する総務部において,上記要請を検討した結果,①補助参加人とフジサンケイグループとの良好な関係維持の観点から,本件公開買付けに応じることが得策であること,②本件公開買付けの買付価格が平成17年1月14日までの3か月間の東京証券取引所における終値平均値4937円に約21パーセントのプレミアムを加えた価格であり,売買手数料の負担もないなど有利な条件となっていること,③ニッポン放送の取締役会が本件公開買付けに賛同する決議をしており,敵対的買収ではないことなどから,本件公開買付けに応じることとし,総務部担当常務である被告丁川の承諾を得たうえで,同年2月7日,代表取締役社長である被告甲野の決裁を得た。

(丙5)

ウ 上記の決裁に当たり,補助参加人の総務部は,本件株式の売却については,取締役会付議基準のうち,付議事項(16)「重要な財産の処分及び譲受」付議基準⑥「100億円以上(簿価又は時価の高い方)の財産の譲渡,賃貸,廃棄及び譲受」との基準を大きく下回り,取締役会への付議は不要であり,被告甲野の決裁事項であると判断した。

なお,補助参加人の取締役会付議基準においては,付議事項(22)「その他業務執行に関する特に重要な事項」付議基準①「重要な契約の締結」,④「関係会杜に関する重要な事項」及び⑤「その他特に重要な事項」との規定がある。

(丙4,5)

エ ライブドアがニッポン放送株式を取得した後,補助参加人の総務部文書グループは,平成17年2月10日,本件公開買付けへの対応について,A法律事務所に相談したところ,フジサンケイグループとの良好な関係を維持するという方針の選択と本件公開買付けの買付価格で売却に応じるという判断は,経営判断として裁量の範囲内であって,合理性が認められ,取締役に善管注意義務,忠実義務又は監視義務に違反するところはないとの意見を得た。

(丙5)

オ 補助参加人の総務部は,平成17年2月16日,①補助参加人は,ニッポン放送の設立以来の安定株主として株式を保有し続けており,その間,配当や無償増資等の経済的メリットを享受してきたこと,②ニッポン放送株式を売却せずに保有し続けることは,今後,ニッポン放送株式が上場廃止となる可能性を考慮すると得策ではないこと,③本件公開買付けを行っているフジテレビは,フジサンケイグループの中核企業であるところ,同グループは,補助参加人と電力の販売面において年間約15億円の取引があり,加えて補助参加人の事業運営の面でも協力を得ているなど非常に重要な取引先であること,④本件公開買付けの買付価格と市場価格との差額は,フジサンケイグループとの良好な関係維持を考慮すると,十分に許容できる範囲内であることなどを踏まえ,補助参加人の利益を考えると,本件公開買付けに応募するという意思決定を変更しないことが妥当であると判断し,同月17日に本件応募をすることとして,総務部担当常務取締役である被告丁川の承認を経て,代表取締役社長である被告甲野の決裁を得た。

(丙5)

カ 被告甲野は,平成17年3月1日,常務会において,常勤取締役15名及び監査役会長に対し,フジサンケイグループとは年間10億円以上の売上高があることなどフジサンケイグループとの良好な関係の維持を考慮すると,本件公開買付けに応じることが得策である旨説明したところ,出席者から本件応募に反対する意見はなかった。

(丙5)

キ 補助参加人の総務部文書グループは,平成17年3月4日,本件公開買付けに応じることについて,B法律事務所へ相談したところ,その時点における関連諸事情を考慮し,経営判断の裁量の範囲内であるとの意見を得た。

(丙5)

ク 補助参加人の総務部は,平成17年3月7日,本件応募の理由に加え,①本件応募以降のニッポン放送株式の株価が6000円台で落ち着いていること,②本件応募以降のニッポン放送株式の最高値と本件公開買付けの買付価格との差額を本件株式の株式数で掛けると約2億0797万円となり,仮にこの金額を若干上回ったとしても,フジサンケイグループとの取引関係を考慮すると,十分許容できる範囲内であるとして,本件応募を撤回しないこととし,総務部担当常務取締役である被告丁川の承認を経たうえ,代表取締役社長である被告甲野の決裁を得た。

(丙5)

ケ 東京証券取引所の当時の株券上場廃止基準によれば,大株主上位10名の持株数が80%を超えている場合は,1年の猶予期間を経て,上場廃止になる旨規定されていたところ,平成17年3月7日の新聞記事によれば,ニッポン放送株式について,フジテレビが本件公開買付けにより25%を超える株式の取得を確実にし,他方で,ライブドアが約45%の株式を保有するに至ったとの報道がされていた。

(乙1,2,4)

コ 補助参加人の平成17年3月期末の業績は,販売電力量2867億キロワット,売上高(営業収益)4兆8232億円,経常収益4兆8517億円及び経常利益3845億円であり,総資産は13兆1011億円であった。

他方で,平成12年3月に電力の部分小売自由化が実施された後,段階的に自由化対象範囲が拡大され,平成17年4月1日以降,補助参加人の供給区域において販売電力量の6割以上に相当する顧客が自由化の対象となった結果,電力購入先を補助参加人から特定規模電気事業者に変更する事例が相次ぎ,補助参加人においては,平成18年1月1日現在で1100件・220万キロワットの顧客を喪失した。

(甲7,丙5)

サ 補助参加人とフジサンケイグループとの電気需給契約は,少なくとも28件あり,補助参加人は年間約15億円の電気料金の収入を得ている。

また,フジサンケイグループは,補助参加人が推進する氷蓄熱式空調システムを採用しているほか,補助参加人が進めるオール電化マンションの普及促進にも協力している。

(丙5)

(3)ア ところで,本件のように,取引先の企業からの公開買付けに応じて欲しい旨の要請があった場合,その要請に応じて買付けに応募するか否かは,その買付価格が合理的なものであるか否かが重要な判断要素の一つであるが,それのみにとどまらず,要請元の企業あるいはそのグループ等との円滑な取引関係の維持や発展の要否など複雑多様な諸要素を勘案したうえで行われる経営判断に属することがらであり,特に差し迫った資金的な需要がない限り,これに応じることが許されないと解すべき理由はないし,応募後に当該株式に係る市場価格が買付価格を上回った場合には,常に応募を撤回しなければならないという一義的処理が要請されるべきものでもなく,これらの点についての経営者の判断は,具体的な当該状況下において,前提とした事実の認識に不注意な誤りがなく,その事実に基づく行為の選択に著しく不合理な点がない限り,尊重されるべきものである。

イ これを本件についてみるに,前記(2)記載の各事実によれば,補助参加人が,本件公開買付けに応じ,その後,ニッポン放送の経営権の取得をめぐってフジテレビとライブドアとの間に紛争が発生し,市場の終値は,平成17年2月8日以降買付期間の最終日である同年3月7日まで本件買付価格を上回ったにもかかわらず,本件応募の撤回をせずにこれを維持し,フジテレビとの間に本件株式の売買を成立させたのは,①フジサンケイグループは,電力の販売面において年間約15億円の取引があり,加えて補助参加人の事業運営の面でも協力を得ているなど非常に重要な取引先であって,本件公開買付けに応じ,同グループとの良好な関係を維持することが適当であること,②ニッポン放送株式を売却せずに保有し続けることは,今後,ニッポン放送株式が上場廃止となる可能性が生じていたことを考慮すると得策ではないこと,③本件公開買付けの買付価格は,売買手数料の負担もないなど有利な条件であり,ライブドアが経営取得の意思を表明して以来上昇した市場価格と比べれば,これを下回るものであったが,それ自体,同年1月14日までの3か月間の東京証券取引所における終値平均4937円に約21パーセントのプレミアムを加えた価格であり,市場価格との差額が存在したとしても,前記のフジサンケイグループとの良好な関係維持を考慮すると,その差は,十分に許容できる範囲内であること,④ニッポン放送の取締役会は本件公開買付けに賛同する決議をしており,本件公開買付けが敵対的買収ではないことなどを総合的に考慮した結果の経営判断に基づくものであり,これらの判断は,主として補助参加人の総務部において検討したうえで,総務部担当の常務取締役である被告丁川を経て,代表取締役社長である被告甲野が決裁したものであることが認められる。

以上のとおり,ニッポン放送株式の市場価格は同年2月8日以降本件買付価格を上回る価格で推移したものの,その差は,市場価格が本件買付価格を約1割上回る程度であること,補助参加人が本件公開買付けに応じた目的が前記のとおり,経営上重要な取引先であるフジサンケイグループとの良好な関係の維持にあったこと,本件買付価格は,同年1月14日までの3か月間の東京証券取引所における終値平均4937円に約21パーセントのプレミアムを加えた価格であったことなどを勘案すれば,被告甲野らが,同年2月8日以降も,市場価格との差は許容される範囲内のものであると判断して,補助参加人の本件買付価格での応募を撤回せず,本件公開買付けによってフジテレビとの間に本件株式の売買を成立させるという選択をしたことが著しく不合理とはいえない。また,本件公開買付期間中に,ライブドアがニッポン放送の経営権取得の意思を表明し,フジテレビとライブドアとの間に上記の経営権取得をめぐる対立が生じていたことは原告らの主張するとおりであるが,公共企業である補助参加人がその一方の行う公開買付けに応じると,それによって,直ちに補助参加人が,その一方に加担し,他方に敵対する行為を行ったものとして,社会的信頼の低下を招来するとまでは認められないから,この点で,補助参加人がフジテレビの公開買付けに応じたことが著しく不合理な選択であったともいえない。

そして,ニッポン放送株式が上場廃止となった場合,株価が大幅に下落したり,換価が困難になる可能性を否定することはできないし,また,前記のとおり,補助参加人にとって,フジサンケイグループは,グループ企業など少なくとも28件の電気需要契約を締結し,年間約15億円を売り上げる大口の顧客であり,オール電化マンションの普及促進や氷蓄熱式空調システムの採用について協力を得ている存在でもあることが認められるから,上記判断の前提となる事実の認識に原告ら主張のような誤りがあるとは認められない。

さらに,本件株式は,仮に原告らが主張するように同年3月7日当時の市場価格である1株当たり6600円で売却したとしても,その総額は10億5586万8000円であり,補助参加人の取締役会付議基準のうち,付議事項(16)「重要な財産の処分及び譲受」付議基準⑥「100億円以上(簿価又は時価の高い方)の財産の譲渡,賃貸,廃棄及び譲受」を大幅に下回り,補助参加人の経営規模を勘案すれば,本件株式の処分が,商法260条2項により取締役会の決議を要する事項に当たるとか,補助参加人の取締役会付議基準における付議事項(22)「その他業務執行に関する特に重要な事項」に該当するとも解されないから,本件応募の維持の是非を取締役会に付議しなかった点に瑕疵があるということもできない。

ウ  したがって,ニッポン放送株式の市場価格が本件公開買付けの買付価格を上回るに至った平成17年2月8日以降において,補助参加人の取締役である被告らには,補助参加人の本件応募を撤回させるべき善管注意義務及び忠実義務があるにもかかわらず,被告らはこれに違反したとする原告らの主張には理由がない。

2  以上の次第であるから,その余について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・市村陽典,裁判官・小川雅敏裁判官・田口治美は,転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官・市村陽典)

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