東京地方裁判所 平成17年(ワ)18120号 判決 2006年1月27日
原告
X
被告
株式会社フジスタッフ
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
安西愈
同
岩本充史
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、四六万四三一三円及びこれに対する平成一七年八月一〇日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の有期の派遣労働者として採用された原告に対し、採用後二日目までの派遣先研修における原告の行動・勤務状況から被告が試用期間中の解雇をしたのに対して、原告が解雇の無効を前提に契約に基づく雇用期間満了までの賃金相当分及びその遅延損害金を請求した事案である。
1 前提事実(以下の事実は当事者間に大きな争いがないか弁論の全趣旨により容易に認定できる事実である。証拠により容易に認定できるものは末尾に掲記した)
(1) 原告(被用者)と被告(使用者)は、平成一七年八月三日、NHK(日本放送協会)の仕事をする事で労働者派遣雇用契約を締結した。(書証略)
(2) 原告は、同月八日と九日に派遣先のNHKのある渋谷で研修を受けた。
NHKでは近時の不祥事による市民からの受信料不払いが増加している中で受信料回収のための営業を戸別に電話や訪問を通じて展開しようと被告ほかの労働者派遣会社から派遣労働者を募っていた。
(3) 被告は、同月九日、原告に対して、就業規則第一一条二号(勤務状態または能率が極めて悪く就業に適さないと認められたとき)、同条五号(会社または派遣先において、協調性に欠き、業務の遂行に支障が生じ、改善されないとき)、同条九号(業務の都合によりやむを得ない理由があるとき)及び同条一〇号(第五条の規定により試用期間中に会社が派遣スタッフとして不適合であると判断したとき)に該当することを理由に解雇(通常解雇)した。(書証略)
2 争点(解雇の有効性、無効による損害額)及びこれに対する当事者の主張
(1) 原告の勤務状況
【被告の主張】
原告の訴外日本放送協会での研修中の態度は次のとおりである。
<1> 原告が平成一七年八月八日午前一〇時の研修開始時刻に三〇分間遅刻をした。
<2> 同日、研修初日の後半のロールプレイ前に派遣スタッフが疑問に思っている事を質問する時間があり、そこで原告は刃物を持った人に出くわすケースなどレアケースの質問をし、翌日お昼前のロールプレイの最中、も同様のケースばかり実践し、派遣業務の内容を理解していないように受け止められた。
<3> 翌九日、研修が午前一〇時から開始されるのに午前九時五五分になっても原告が着席していないことから、原告の携帯電話に連絡した。当該電話での連絡の際には、腹痛のためという説明は一切行っていないし、原告から「三〇分遅れるので宜しくお願いします」との発言もなかった。
<4> 同日昼休み後の研修再開時刻が午後一時四〇分であったにもかかわらず遅刻をして午後二時一〇分に参加した。
<5> 同月九日午後、小休憩が終了し研修が再開される直前の午後三時一五分に原告は、他社派遣スタッフを罵る口論を行い、研修を中断せざるを得ない事態を起こした。
被告は、同月九日、訴外日本放送協会から、原告の研修中の行動等を理由として、同年四月一日付で交わした労働者派遣契約第三条に基づき原告の交替を要求された。
被告のC支店長は担当のDから事実関係を聞き、原告からも事情聴取した上で、それまでの勤務態度等を考慮して、被告は、原告に対し、やむを得ず解雇の意思表示をせざるを得なかった。
【原告の主張】
原告は、研修の初日である平成一七年八月八日、道に迷い九時五〇分迄にはNHKの研修場所に出社し、就業時間の一〇時には遅れていない。
同月九日の日も一〇時からの研修であったが、原告は三〇分遅れるのでよろしくお願いしますと被告のスタッフに電話で説明し、了解を得た(電車の遅れであったが、腹痛のためにトイレにも行っていたため)。
同日一二時四〇分から一三時四〇分の休憩時間、原告は私的な用件で午後からの研修は三〇分遅れの一三時一〇分(一四時一〇分の間違いと思われる)からの就業となった。一三時四〇分に電話して被告のスタッフに了解を得ている。
原告は、この日体調が悪く、多少無理をして出社していたために、全く食欲がなかった。一五時までに隣りの席の人から飴を一つ取るように言われたが、食欲がないので断り、他の人に回して欲しいと言ったところ、いらないのなら自分が回せと強い口調で言われたため少し大きな声で言い合いをした。その後は普通に研修を受け一八時に予定通り終了している。
(2) 本件解雇の有効性
【原告の主張】
上記事情による被告からのいきなりの解雇は解雇権の濫用である。仕事の配置転換もなく改善のために努力しあうこともなく、一方的な解雇は労基法一八条の二に違反する。
有期雇用契約には、労基法上の試用期間の適用はないから、試用期間中であることを理由とする解雇は許されない。
【被告の主張】
書証(略)の契約書によれば、原告と被告との間の労働者派遣雇用契約は勤務場所・職種が限定された契約である。期間も八月八日から九月三〇日までの所定労働日が四三日間と短期間で一定の業務を処理するための急を要する業務であった。
被告の派遣従業員就業規則(書証略)では、第五条で、「会社は、前条によりスタッフと雇用契約を結ぶときは、一四日の試用期間を設けるものとする。 2 会社が不適切と認めた場合には試用期間中または試用期間の満了時に解雇する」とある。
原告の行為は、就業規則一一条五号から七号まで並びに九号及び一〇号に該当する。
(3) 損害金
【原告の主張】
原告は被告に対し、平成一七年八月一〇日から九月三〇日までの賃金の全額(慰謝料を含む)である四六万四三一三円(一七〇〇円×七・五時間×三四日=四三万三五〇〇円、二一二五円×七時間×一日=一万四八七五円、二一二五×七・五時間×一日=一万五九三八円の合計)と同年八月一〇日以降の遅延損害金を求める。
【被告の主張】
否認ないし争う。
第三当裁判所の判断
1 証拠等によって認定できる事実
証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認定することができる。
(1) 原告は、アルバイト雑誌を見て、被告の求人募集を知り、平成一七年七月ころ電話で応募した。その後原告は面接を経て、今回の仕事がNHKにおける不祥事後のアフターフォローと受信料の回収業務であることを知った。(証拠略)
原告は、同年八月三日、被告と労働者派遣雇用契約書による契約を締結した。同契約書によれば、期間を平成一七年八月八日から同年九月三〇日まで、就業場所は日本放送協会の営業局で池袋センターとなっており、業務内容は営業とある。また、派遣先責任者は、営業局首都圏営業推進センターの副部長のE(以下「E」という)で、派遣元責任者は、被告池袋支店の支店長のC(以下「C」という)となっている。(書証略)
原告はこのときまでに被告から働くに当たっての被告の派遣従業員就業規則を受け取っていた。(証拠略)
(2) 被告の派遣従業員就業規則には次のような条項がある。
第五条 会社は、前条によりスタッフと雇用契約を結ぶときは、一四日の試用期間を設けるものとする。
2 試用期間中は技能・経験のほか、勤務成績・勤務態度その他において総合的に判断し、会社が不適切と認めた場合には、試用期間中または試用期間の満了時に解雇する。
(3) 原告は、同年八月八日から被告の派遣先で就業を開始した。被告の担当者であるD(以下「D」という)は、初日の時間に余裕をもって研修に臨むべきと考え、午前九時三〇分に原告らスタッフと待ち合わせることにした。しかし、原告は午前九時四五分になっても待ち合わせ場所に現れず、電話連絡もなかった。
原告からは「すみません」の一言もなかった。(証拠略)
(4) 研修二日目である同月九日、午前一〇時から研修が開始されるところ、原告は出勤しておらず、同人からは午前九時五五分になっても電話がなかったので、Dは原告の携帯へ連絡を試みると、電車が遅れているため一〇分から一五分遅れるとのことであった。
Dは、派遣先企業の担当者であるEに原告が一〇分から一五分ほど遅れる旨を報告し、研修は先に揃っている者らではじめておいてもらった。原告は午前一〇時の研修開始時刻に三〇分遅刻して出勤した。
(5) 研修二日目の午前中の研修が終了し、午後〇時四〇分から午後一時四〇分までが休憩時間であったところ、原告は、同日昼休み後の研修再開時刻が午後一時四〇分であったにもかかわらず研修室の自分の席に着いていなかった。
原告からは何らの連絡もなかったので、Eからの要請もありDは携帯電話で原告に連絡をした。原告からは銀行の振り込みが混んでいるため席に戻るのが遅れているとのことであった。Dは、原告抜きで研修をはじめておいてもらうよう研修の講師に伝えた。原告は昼休み後研修開始時刻に三〇分遅れて午後二時一〇分に着席した。
(6) 研修二日目の午後の小休憩があり、研修再開直前である午後三時一五分ころ、原告は他社の派遣スタッフで、原告の席の隣の訴外Fと口論になり、大きな声を張り上げた。原因は、着席した研修員間で飴を回していたところ、回ってきた飴をFが隣の原告に渡そうとしたが同人が断ったのに対して、Fが、いいから回せあるいは回せばいいんだよなどと原告に申し向けたのに対して、原告が「喧嘩売っているのか!」などという大きな声を上げたものであり、周囲の者の注目を浴び、DやEの気付くところとなった。研修が再開できないので講師が止めにはいったが、原告は大声を上げ続け、その場の収拾がつかなかったのでEからの機転で一〇分ほど研修再開を延長せざるを得なかった。
当日、Eを通じて派遣先企業から被告の池袋支店長であるCに対して電話で派遣スタッフである原告について交替の要請があった。
CはDから事情を聴取した上で、研修会場へ向かい、当日の研修終了後に原告からも事情を確認し、解雇の意思表示をその場で伝えた。
2 争点について
上記認定事実からすると、二日間にわたる研修における原告の勤務態度や行動性格を観察して派遣先会社の者から原告が今回の派遣業務に不適当であると判断し、そのために交替の要請を被告に対してしたことには一定の合理性が認められる。
そして、上記認定事実及び証拠(略)から窺われるところでは、研修中の各時間に遅れたり、研修前の待ち合わせに遅れたりしたこと、さらには研修二日目の訴外Fとの口論の経緯、その後の思考態度などからすると、原告については、忍耐力がないように見受けられるほか、社会人としての常識的な対応に欠ける自己中心的な言動が顕著であるといわざるを得ず、今回の仕事を単なる自分の労働の切り売りによる対価の取得の場としてしか見ていないのではないかとも感じられ、今後の派遣スタッフの仕事を原告が遂行するのに被告の担当者あるいは支店長が不安を抱くのにはもっともなところがある。前記認定事実から明らかなように、NHKからの派遣スタッフの募集に対応して原告を同所への派遣労働者として有期雇用した趣旨からすると、被告が同人を解雇したこともやむを得ないものと考えられる。
原告は、この程度のことでは解雇は許されないこと、有期雇用契約に試用期間の適用はないこと及び今回の派遣先以外に配転すべきである旨主張する。
しかしながら、被告のように他社との派遣基本契約に基づいて需要に応じて労働者を雇用して当該他社に派遣する会社は、有期雇用とはいっても自社の従業員として他社に派遣するもので、当初の面接・面談あるいは応募者の履歴のみから被用者の能力や適性等の見極めが十全にできるものではなく、派遣社員の質や派遣会社の信用・評判等を維持するためにも自社の従業員を管理する必要があり、そのために認定事実におけるような契約条項により一四日間(この期間中は解雇予告手当支給の対象外)の試用期間を設けているものと思われる。このような契約条項が労基法の強行法規に反するものとまでは考えられず、むしろ私的自治における契約の自由の範囲内による派遣会社の合理的な対応というべきであり、濫用にわたるような試用条項の適用実態があるといった特段の事情がない以上、そのような使用の試みが有期雇用であるということで許されないということはできない。本件における当該雇用の趣旨や二日間の原告の勤務状況・態度にかんがみると、被告が留保解約権の行使により原告を解雇に踏み切ったことには合理性が認められるものであり、原告の上記主張はいずれも採用できない。
3 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく本件請求は理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 福島政幸)