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東京地方裁判所 平成17年(ワ)22957号 判決 2006年10月02日

原告

被告

主文

一  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、一〇万八〇〇〇円を支払え。

二  本訴原告(反訴被告)のその余の本訴請求をいずれも棄却する。

三  反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、一五万七五〇〇円及びこれに対する平成一六年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  反訴原告(本訴被告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを五分し、その三を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

本訴被告は、本訴原告に対し、三二万四〇〇〇円を支払え。

二  反訴

反訴被告は、反訴原告に対し、三六万二五〇〇円及びこれに対する平成一六年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、本訴原告兼反訴被告(以下、単に「原告」ということがある。)及び本訴被告兼反訴原告(以下、単に「被告」ということがある。)が、それぞれ、原告と被告の間の後記一(1)記載の交通事故(以下「本件事故」という。)により物的損害を被ったとして、相互に、相手方に対し、民法七〇九条に基づき、その賠償を請求するとともに、被告が、原告に対し、本件事故後の交渉において原告から脅迫を受けたとして、民法七〇九条に基づき、慰謝料を請求する事案である。

一  前提事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる。

(1)  以下のとおり、本件事故が発生した(甲一)。

日時 平成一六年五月三一日午後九時四〇分ころ

場所 東京都小金井市梶野町二丁目六番五号

原告車両 普通自動二輪車(<番号省略>)

同運転者 原告

同所有者 原告

被告車両 普通乗用自動車(<番号省略>)

同運転者 被告

同所有者 被告

態様 T字路交差点(以下「本件交差点」という。)の突き当たり路から右折してきた被告車両と直線路を突き当たり路から見て左方から右方へ走行してきた原告車両が衝突した。

(2)  原告は、本件事故により原告車両が全損となったため、少なくとも原告車両の時価二七万円の損害を被った。

(3)  原告と被告は、平成一六年六月一日及び同月一七日、電話で、上記(2)記載の損害の賠償問題等について交渉した。

二  争点

(1)  本件事故における原被告の過失及び過失割合

(2)  本件事故による原被告の損害

(3)  本件事故後の交渉において原告が被告を脅迫したか否か

三  主張

(1)  本件事故における原被告の過失及び過失割合

ア 原告の主張

本件事故は、被告が、本件交差点を突き当たり路から直線路に右折する際、直線路を走行する車両の有無、動静を確認すべきであったにもかかわらずこれを怠り、直線路を走行していた原告車両に気付かないまま右折したために発生したものであるから、主たる原因は被告の過失にある。

そして、本件事故が信号機により交通整理の行われている交差点内の事故であること、原告車両の対面信号は青であったこと、原告車両が走行してきた直線路は優先道路であるのに対し、被告車両が走行してきた突き当たり路の本件交差点手前には一時停止の標識があること、本件事故が四輪車と単車の間の事故であり、単車に有利に解釈されるべきであること等を考慮すれば、本件事故の責任はもっぱら被告にある。

イ 被告の主張

本件事故は、被告車両が突き当たり路から直線路への右折を完了した後に、直線路を走行してきた原告車両が前方不注視により被告車両に追突したものである。

したがって、本件事故の原因は原告の過失にあり、被告に過失はない。

(2)  本件事故による原被告の損害

ア 原告の損害

(ア) 原告の主張

原告は、本件事故により、原告車両が全損となったため原告車両の時価二七万円の損害を被ったほか、ヘルメット(購入価格一万五〇〇〇円)、靴(同一万八〇〇〇円)、レインジャケット(同一万五〇〇〇円)及びグローブ(同六〇〇〇円)が全損となったから、合計三二万四〇〇〇円の損害を被った。

(イ) 被告の認否

原告が本件事故により原告車両の時価二七万円の損害を被ったことは認めるが、その余は知らない。

イ 被告の損害

(ア) 被告の主張

被告は、本件事故により被告車両が損傷を受け修理を要したため、その費用二六万二五〇〇円の損害を被った。

(イ) 原告の認否

知らない。

(3)  本件事故後の交渉において原告が被告を脅迫したか否か

ア 被告の主張

原告は、本件事故後の交渉において、以下のとおり、被告を脅迫した。

まず、<1>平成一六年六月一日、電話で、「自分がヤクザだったらどうするのか。そちらに押しかけてもいいんですよ。」と怒鳴った(以下「本件言動<1>」という。)ため、被告は自分や家族に危害が加えられないかと心配した。

また、<2>平成一六年六月一日及び同月一七日、電話で、原告車両の修理費用を過失割合にかかわらず全額支払ってほしい旨述べ(以下「本件言動<2>」という。)、原告車両の修理費用のうち過失相殺により保険から支払われない部分があれば被告自らが支払うよう要求しただけでなく、その金額についても六〇万円であると新車価格を述べて過大な請求をした。

さらに、<3>同月一七日、電話で、「あんたの職場に電話して、会社の人と話をする。」と怒鳴った(以下「本件言動<3>」という。)ため、被告は取引先との仕事に影響が出ないかと心配した。

被告は、原告の上記脅迫行為により精神的苦痛を被ったから、原告に対し、慰謝料一〇万円を請求する(以下「本件慰謝料請求」という。)。

イ 原告の認否・反論

本件言動<1>及び同<3>は否認する。

本件言動<2>について、治療費は全額自己負担するから原告車両の修理費用を優先して支払うようお願いしたことはある。そもそも原告車両の修理費用を被告に請求することは脅迫に当たらず違法ではない。また、六〇万円という金額を述べたことはあるが、これは被告から新車価格を質問された際の回答であり、請求金額を述べたものではない。

第三判断

一  本件事故における原被告の過失及び過失割合

(1)  本件事故における原被告の過失

ア 本件事故現場の状況及び事故態様

証拠(甲一、三、五、七、乙一、二の一、二の二、三、四、五の一、五の二、七、八、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故現場の状況及び事故態様は以下のとおりであったと認められる。

(ア) 本件交差点は、東西に走る片側一車線の直線路と南北に走り北端で直線路に接続する片側一車線の突き当たり路から成るT字路交差点である。本件交差点の東側に、直線路を走行する車両用の信号(以下「車両用信号」という。)、直線路を横断する歩行者用の信号(以下「歩行者用信号」という。)及び横断歩道(以下「東側横断歩道」という。)が設置されているが、突き当たり路から本件交差点に進行してくる車両用の信号は設置されていない。本件交差点の南側には横断歩道(以下「南側横断歩道」という。)が、さらにその南側の突き当たり路上には一時停止線が設置されており、南側横断歩道の中央付近(乙一の図面中の<2>地点)から西方の直線路の見通しは約五〇メートルである。制限速度は直線路及び突き当たり路のいずれも時速四〇キロメートルである。本件事故当時は雨が降っており、路面は湿潤した状態であった。

原告車両は直線路を西方から東方へ、被告車両は突き当たり路を南方から北方へ、いずれも本件交差点に向かって前照灯を点灯して走行していた。

(イ) 本件交差点に差し掛かった被告は、被告車両を南側横断歩道上(乙一の図面中の<2>地点。以下、この地点を「被告車両発進地点」という。)で停止させて左右を確認した上、被告車両を発進させて(以下、この時点を「被告車両発進時点」という。)右折を開始した。この時点で、歩行者用信号は赤であり、車両用信号は青であった。被告車両が右折を完了して東側横断歩道の西端から東方概ね八メートル前後(乙一の図面上の長さと実際の距離との比率による。)の地点(以下「衝突地点」という。)を走行しているとき、直線路を西方から東方へ時速五〇キロメートルで走行してきた原告車両が被告車両の後部に衝突した。原告の身体は衝突前に原告車両から離れており、原告車両は被告車両に衝突したが、原告の身体は被告車両に衝突しなかった。衝突時の被告車両の速度は時速二〇キロメートルであった。

イ 本件事故に至るまでの両車両の位置等の試算

前記のとおり、被告車両は、被告車両発進地点から発進して右折し、右折を完了して東側横断歩道の西端から東方概ね八メートル前後の地点(衝突地点)を走行している時点で時速二〇キロメートルであったことが認められる。

そこで、上記各数値を基礎にして、本件事故に至るまでの両車両の位置等を試算することとする。

被告車両の後端を基準として、被告車両発進地点から南側横断歩道の南端までを一メートル(乙一の図面上の長さと実際の距離との比率による。)、南側横断歩道の南端から東側横断歩道の西端までを一二・五六メートル(半径八メートル(乙一の図面上の長さと実際の距離との比率による。)の円周の四分の一とみる。8×2×3.14÷4=12.56)、東側横断歩道の西端から衝突地点までを八メートルとすると、被告車両発進地点から衝突地点までの距離は二一・五六メートルとなる(1+12.56+8=21.56)。被告車両が被告車両発進地点から等加速度で加速し二一・五六メートル走行して衝突地点で時速二〇キロメートル(秒速約五・五六メートル)になったとすると、被告車両発進時点から衝突まで約七・七六秒であったことになる(21.56÷(5.56÷2)=7.755…)。

原告車両は、時速五〇キロメートル(秒速約一三・八九メートル。なお、衝突直前の減速は考慮していない。)で走行していたから、衝突の七・七六秒前(被告車両発進時点)には衝突地点から西方約一〇七・七九メートルの地点を走行していたことになる(13.89×7.76=107.786…)。被告車両発進地点から衝突地点までの東西の距離を一五メートル(乙一の図面上の長さと実際の距離との比率による。)とすると、被告車両発進時点で原告車両は被告車両発進地点から東西の距離で西方約九二・七九メートルの地点を走行していたことになる(107.79-15=92.79)。

被告車両が被告車両発進地点から約一・九メートル(乙一の図面上の長さと実際の距離との比率による。)進行して、被告車両の運転席が南側横断歩道の北端(乙一の図面中の<3>地点)を通過したのは、被告車両発進時点から約二・三秒後であり(5.56÷7.76=0.716…(加速度)。√(1.9×2÷0.72)=2.297…)、この時点で原告車両は被告車両発進地点から東西の距離で西方約六〇・八四メートルの地点を走行していたことになる(92.79-2.3×13.89=60.843)。また、原告車両が被告車両発進地点から東西の距離で西方五〇メートルの地点を通過したのは、被告車両発進時点から約三・〇八秒後であり((92.79-50)÷13.89=3.080…)、この時点で被告車両は被告車両発進地点から約三・四二メートル先の地点を走行していたことになる(0.72×3.08×3.08÷2=3.415…)。さらに、原告車両が衝突地点から西方三六・七二メートル(時速五〇キロメートルの車両の雨天時の停止距離。交通実務研究会編著「新版図解交通資料集」(立花書房発行)一〇頁)の地点を通過したのは、被告車両発進時点から約五・一二秒後であり((107.79-36.72)÷13.89=5.116…)、この時点で被告車両は被告車両発進地点から約九・四四メートル先の地点を走行していたことになる(0.72×5.12×5.12÷2=9.437…)。

ウ 原告の過失

前記試算によれば、被告車両の運転席が南側横断歩道の北端を通過したのは、被告車両発進時点から約二・三秒後である。また、前記のとおり、時速五〇キロメートルで走行してきた原告車両が雨天時に安全に停止して本件事故の発生を回避し得た地点は衝突地点から西方三六・七二メートルの地点であるところ、前記試算によれば、原告車両が同地点を通過したのは、被告車両発進時点から約五・一二秒後であり、この時点で被告車両は被告車両発進地点から約九・四四メートル先の地点を走行していたことになる。

そうすると、原告は被告車両発進時点から遅くとも約二・三秒後以降は前方を注視していれば被告車両を発見することができたと考えられ、この時点から約二・八二秒(5.12-2.3=2.82)の間に被告車両を発見していれば、本件事故を回避することができたことになる。

また、証拠(乙三、四)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告車両を発見した時点について極めてあいまいな供述をしており、前方を注視していなかったことを実質的に自認するに等しい発言をしていることが認められる。

前記試算は各地点間の距離や原被告車両の速度等の数値の正確性に欠ける点があり誤差があり得るからこの点を差し引いて評価する必要があるとしても、以上に述べたところからすれば、原告は、本件交差点に進入する以前の段階で、概ね二・八秒前後の間、前方を注視していなかったものと認められる。

以上によれば、本件事故について、原告には前方注視義務違反の過失があると認めるのが相当である。

エ 被告の過失

(ア) 乙第一号証(被告立会の実況見分調書)には、被告の指示説明として、被告車両発進地点について、「再度停止 左方に光を見て発進した地点」と記載されているが、交通事故の捜査を担当する警察官が実況見分調書に事故と関係のない記載をすることは通常は考えにくいことからすれば、ここにいう「光」とは原告車両の前照灯の光を指すものと考える余地がある。

しかしながら、前記のとおり、被告車両発進地点から西方の直線路の見通しは約五〇メートルであり、また、前記試算によれば、被告車両発進時点で原告車両は被告車両発進地点から東西の距離で西方約九二・七九メートルの地点を走行していたことになるから、前記試算に誤差があり得ることを考慮しても、被告が被告車両発進地点で左右を確認した際、原告車両の前照灯の光を発見することができたとは考えられない。さらに、乙第一号証には「光」と記載されているのみで、「原告車両の前照灯の光」とは記載されていない。

被告は、上記記載について、警察官にガソリンスタンドの光が見えただけであると述べたにもかかわらず、警察官が上記のように記載した旨説明するが(乙七)、上記の諸点にかんがみると、被告の説明に合理性がないとしてその信用性を否定することはできず、上記記載をもって被告が被告車両発進地点で原告車両の存在を認識したと認めることはできない。

したがって、被告は被告車両発進時点においては直線路の安全を確認する義務を尽くしたということができ、この時点で被告に過失は認められない。

(イ) ところで、突き当たり路には一時停止の規制があり、被告車両発進時点で歩行者用信号は赤であり車両用信号は青であったのであるから、突き当たり路から本件交差点に進入しようとする車両の運転者において、直線路を減速せずに走行してくる車両の存在を予測することは容易であり、また、被告車両発進地点から西方の直線路の見通しは約五〇メートルにとどまり必ずしも見通しがよいとはいえず、しかも、本件事故当時は夜間かつ雨天であり視認性が相当悪かったと考えられる。

このような状況下で突き当たり路から本件交差点に進入しようとする車両の運転者は、交差点手前から見通せる範囲外の直線路を本件交差点に向かって走行している車両があり得ることを念頭に置き、このような車両の走行を妨げないようにする注意義務、具体的には、交差点手前で直線路の安全を確認するだけでなく、その後も、直線路の見通しが十分に開ける位置まで徐行し、その位置で再度確認する注意義務を負うというべきである。

そして、前記試算によれば、被告車両発進時点から約二・三秒後に被告車両の運転席が南側横断歩道の北端を通過した際、被告から直線路の見通しが十分に開けた状態になり、この時点で原告車両は被告車両発進地点から東西の距離で西方約六〇・八四メートルの地点を走行していたことになる。

そうすると、被告は、被告車両発進地点で直線路の安全を一度確認するだけでなく、その後も、被告車両の運転席が南側横断歩道の北端を通過して直線路の見通しが十分に開ける位置(乙一の図面中の<3>地点)まで徐行し、その位置で再度西方の直線路を走行する車両の有無、動静を確認していたとしたら、西方概ね六〇メートル前後の地点を本件交差点に向かって走行している原告車両を発見し、その距離や速度等を勘案して原告車両を先行させることにより、本件事故の発生を回避し得たものと考えられる。

しかしながら、被告車両発進時点以降、被告が西方の直線路の安全を確認した事実を認めるに足りる的確な証拠はない。被告は、被告本人尋問において、乙第一号証(被告立会の実況見分調書)の図面中の<3>地点でも西方の直線路の安全を確認した旨供述し、乙第八号証(被告の平成一八年四月八日付け陳述書)にも同旨の記載部分があるが、本件事故直後に作成された乙第一号証、及び乙第八号証に先立って作成された乙第七号証(被告の平成一八年二月二八日付け陳述書)のいずれにもそのような記載はなく、ほかに被告の上記供述及び記載部分を裏付ける証拠はないから、被告の上記供述及び記載部分は採用できない。

以上によれば、本件事故について、被告には左方確認義務違反の過失があると認めるのが相当である。

(2)  過失割合

以上のとおり、本件事故については原告及び被告の双方に過失があると認められるから、以下では過失割合について検討する。

T字路交差点を突き当たり路から右左折しようとする車両の運転者は、優先性のある直線路を直進する車両の走行を妨げないようにする注意義務を負い、一般論としては、この義務は直線路を直進する車両の運転者の注意義務より相当に重いと解される。

しかし、本件においては、原告には、本件交差点に進入する以前の段階で、概ね二・八秒前後もの間、前方を注視していなかった過失が認められるところ、本件事故当時は夜間かつ雨天であり視認性が相当悪かったと考えられるのであるから、走行中にわずかでも前方注視を怠ることは極めて危険であり、また、このため、原告は、被告車両が本件交差点を右折して東側横断歩道に至るまで被告車両の存在に気付かず、その結果、本件事故が発生したのであるから、本件事故の主たる原因は原告の前方注視義務違反にあり、その注意義務違反の程度は大きいといわざるを得ない。

他方、被告は、被告車両発進地点で一度は直線路の安全を確認したものの、その後直線路の見通しが十分に開けた位置で再度確認することはなく、このため、本件交差点に向かって走行している原告車両の存在に気付かないまま本件交差点を右折して直線路に進入することにより原告車両の走行を妨げ、その結果、本件事故が発生したのであるから、被告の左方確認義務違反も本件事故の原因と認められる。ただし、一度は被告車両発進地点から西方約五〇メートルの範囲で直線路の安全を確認したのであるから、その注意義務違反の程度は相対的に小さいと解される。

以上の諸点を総合考慮すると、本件事故における過失割合は、原告六〇パーセント、被告四〇パーセントと認めるのが相当である。

二  本件事故による原被告の損害

(1)  原告の損害

原告が、本件事故により原告車両が全損となったため、原告車両の時価二七万円の損害を被ったことは当事者間に争いがない。

証拠(甲四の一、四の二)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により原告が着用していたヘルメット、靴、レインジャケット及びグローブが損傷を受けたことが認められるが、これらの購入価格を認めるに足りる的確な証拠はなく、また、購入してから、ヘルメットは約八年、靴は約七年、レインジャケットは約二年、グローブは約一年半がそれぞれ経過しているところ、これらの本件事故当時の残存価値を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告のヘルメット、靴、レインジャケット及びグローブに関する損害は認めることができない。

以上によれば、原告が本件事故により被った損害は二七万円と認められる。

(2)  被告の損害

証拠(乙二の一、二の二、五の一、五の二)及び弁論の全趣旨によれば、被告は本件事故により被告車両が損傷を受け修理を要したためその費用二六万二五〇〇円の損害を被ったことが認められるから、被告が本件事故により被った損害は二六万二五〇〇円と認められる。

三  本件事故後の交渉において原告が被告を脅迫したか否か

(1)  本件言動<1>について

本件言動<1>を認めるに足りる的確な証拠はない。

もっとも、証拠(乙三、四、七、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件言動<1>ないしこれに類する言動をとった可能性を完全に否定することはできない。

しかしながら、仮に原告が本件言動<1>ないしこれに類する言動をとったとしても、これは電話によるもので、かつ、一回限りのことであること、原告が実際に被告宅に押しかけるなど暴力的・威嚇的な行動をとった事実はないこと、原告は、被告との会話において、基本的に丁寧語を使用していることが認められる。

以上の諸点を総合考慮すれば、原告が本件言動<1>ないしこれに類する言動をとった可能性を完全に否定することはできず、原告が「ヤクザ」という言葉を使用したとすれば穏当を欠く言動といわなければならないものの、これを社会通念上相手方の受忍限度を超えるものとして違法とまでいうことはできないから、いずれにしても、本件言動<1>による不法行為の成立を認めることはできない。

(2)  本件言動<2>について

証拠(乙三、四、七、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件言動<2>をとったことが認められる。

しかしながら、交通事故の当事者間の示談交渉において、過失割合のいかんにかかわらず、相手方に自己の被った損害の全額を請求すること自体を違法ということはできない。仮に原告が修理費用ではなく、新車価格である六〇万円を請求したとしても、同様である。

したがって、本件言動<2>を違法ということはできない。

(3)  本件言動<3>について

証拠(乙三、四、七、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、平成一六年六月一七日、原告が、被告に対し、電話で、被告が原告の請求に応じないのであれば、被告の勤務先に電話する旨を述べた事実が認められる。

しかしながら、本件言動<3>は電話によるもので、かつ、一回限りのことであること、原告が実際に被告の取引先等に連絡して金銭の要求をしたり被告を説得するよう依頼したりした事実はないこと、前記のとおり、原告は、被告との会話において、基本的に丁寧語を使用していることが認められ、さらに、本件言動<3>の動機について、本件事故は被告の通勤途中に発生したものであり、被告の勤務先に使用者責任が成立する可能性があると考えたことから、被告との交渉が進展しない場合には、他の損害賠償義務者である被告の勤務先と交渉する可能性を示唆したにとどまるという原告の説明(甲七、原告本人)は、一応の合理性を有しており直ちに排斥できない。

以上の諸点を総合考慮すれば、本件言動<3>を社会通念上相手方の受忍限度を超えるものとして違法とまでいうことはできない。

(4)  小括

以上によれば、被告の本件慰謝料請求は理由がない。

四  まとめ

(1)  本訴

前記のとおり、本訴原告(反訴被告)が本件事故により被った損害は二七万円と認められる。

そして、本件事故における過失割合は、本訴原告(反訴被告)六〇パーセント、本訴被告(反訴原告)四〇パーセントと認められるから、本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、本訴原告(反訴被告)が本件事故により被った損害の四〇パーセントを請求することができる。

したがって、本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故により被った損害のうち一〇万八〇〇〇円を請求することができる。

(2)  反訴

前記のとおり、反訴原告(本訴被告)が本件事故により被った損害は二六万二五〇〇円と認められる。

そして、本件事故における過失割合は、本訴原告(反訴被告)六〇パーセント、本訴被告(反訴原告)四〇パーセントと認められるから、反訴原告(本訴被告)は、反訴被告(本訴原告)に対し、反訴原告(反訴被告)が本件事故により被った損害の六〇パーセントを請求することができる。

なお、反訴原告(本訴被告)の本件慰謝料請求は理由がない。

したがって、反訴原告(本訴被告)は、反訴被告(本訴原告)に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故により被った損害のうち一五万七五〇〇円及びこれに対する本件事故日である平成一六年五月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求することができる。

第四結論

以上の次第で、本訴原告(反訴被告)の本訴請求は主文第一項記載の限度で理由があるからこの限度で認容し、その余の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、反訴原告(本訴被告)の反訴請求は主文第三項記載の限度で理由があるからこの限度で認容し、その余の反訴請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり、判決する。

(裁判官 中園浩一郎)

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