東京地方裁判所 平成17年(ワ)25552号 判決 2006年7月18日
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載1ないし395の各土地につき、青森地方法務局十和田支局平成17年6月14日受付第9739号抵当権設定仮登記に基づく抵当権設定の本登記手続をせよ。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文に同じ。
第二 事案の概要
一 事案の要旨
本件は、原告が、被告に対し、(ア)スミセイ・リース株式会社(以下「スミセイ」という)が平成2年4月2日から同年11月20日にかけて被告に貸し付けた合計56億9000万円の貸金債権(これら貸金債権をまとめて「本件債権」という。その内訳は別紙一覧表のとおりである)について別紙物件目録記載1ないし395の土地(以下、まとめて「本件土地」という)を含む492筆の土地の被告持分10分の8につき極度額50億円の根抵当権(以下「従前根抵当権」という)を有しており、スミセイが平成10年9月25日に有限会社ケージーアイ・ビー(以下「ケージーアイ」という)にその残債権(元本については52億1956万912円)を譲渡し、ケージーアイが平成16年10月28日にこれを原告に譲渡したところ、前記根抵当権の極度額は原告の前記債権譲受けに伴い20億円に変更され、(イ)また、本件土地を含む前記492筆の土地については原告が10分の2の持分を有して被告と共有していたところ、これらを分割して本件土地を被告が、その余の土地を原告が取得するとの内容の判決が平成17年2月25日に言い渡されてその後確定しており、また、前記のとおり、被告が分割で取得した本件土地の持分10分の8については極度額20億円の根抵当権が既に設定されているところ、被告は清算会社であって本件土地以外に財産はなく、かつ、本件土地の時価は2000万円以下に低下しているため、原告は、本件債権に係る各消費貸借契約7条2項(以下「本件約定」という)の定めるところに従い、青森地方裁判所十和田支部平成17年(モ)第25号仮登記仮処分命令申立ての申立書をもって増担保請求を行い、同年6月3日に、本件土地について別紙登記目録記載の抵当権設定の仮登記を命じる仮登記仮処分命令を得、これに基づき、同様の内容の仮登記を得たとして、右仮登記に基づく本登記手続をすることを求めた事案である。
二 争いのない事実
1 従前根抵当権の登記の存在とその極度額の変更の事実
2 被告は、平成5年5月25日に東京地方裁判所から破産宣告を受け、その後の平成11年6月30日に費用の不足による破産廃止決定が確定し、現在清算会社であること
三 争点
1 その余の請求原因事実
被告は、その余の請求原因事実を争い、ことに、以下のように主張する。
(一) 本件約定は、原告に、その増担保請求のみによって本件土地に抵当権を設定できる権利を認めたものではなく、原告の増担保請求、被告による担保物件の提示、原告によるその承認、原被告による担保権設定契約の内容の確定というプロセスを経て初めて担保を取得できる権利を認めたものにすぎない。
(二) 原告主張の増担保請求権(以下「本件請求権」という)は、前記各債権譲渡の対象となっていない。
2 被告の抗弁
(一) 商事債権である本件債権については、被告の破産廃止の日(平成11年6月30日)から5年間が経過することによって消滅時効が完成している(平成18年2月7日の本件第2回口頭弁論期日において消滅時効の援用があったことは裁判所に顕著)。
(二) 本件請求権についても同様に消滅時効が完成している(平成18年3月14日の本件第3回口頭弁論期日において消滅時効の援用があったことは裁判所に顕著)。
(三) 原告の本件債権譲受けは他人の権利を譲り受けて訴訟等によってその実現を図ることを目的としていること、債権額に比較して極めて少額の代金による譲受けであることから、公序良俗に反し、無効である。
(四) 本件土地の従前の原告の持分10分の2に対応していた部分が違法な共有物分割訴訟により被告の所有となるといった事態は本件債権に係る各消費貸借契約締結当時予想されていなかったから、こうした本来ありえない事実関係に関して本件約定が適用されることもありえない。
第三 争点についての判断
一 請求原因事実のうち、従前根抵当権の登記の存在とその極度額の変更の事実並びに、被告が、平成5年5月25日に東京地方裁判所から破産宣告を受け、その後の平成11年6月30日に費用の不足による破産廃止決定が確定し、現在清算会社である事実については、当事者間に争いがない。
二 その余の請求原因事実について
1 その余の請求原因事実については、証拠(甲1ないし411)及び弁論の全趣旨により、以下のとおり認められるところである。
(一) スミセイは、被告に対し、平成2年4月2日から同年11月20日にかけて、別紙一覧表のとおり、合計56億9000万円を貸し付けた(本件債権。甲396ないし400)。
(二) 被告は、平成元年11月9日付けで、本件土地を含む前記492筆の土地の被告持分10分の8につき極度額50億円の従前根抵当権を設定した。
(三) スミセイは、平成10年9月25日に、ケージーアイに本件債権(残債権。元本については52億1956万912円)を譲渡し、ケージーアイは、平成16年10月28日にこれを原告に譲渡した(甲404ないし409)。
従前根抵当権の極度額は、原告の前記債権譲受けに伴い20億円に変更された。
(四) 本件土地を含む前記492筆の土地については原告が10分の2の持分を有して被告と共有していたところ、これらを分割して、本件土地を被告が、その余の土地を原告が取得するとの内容の判決が平成17年2月25日に言い渡されてその後確定した(甲401、402)。
(五) また、被告が分割で取得した本件土地のうちその持分10分の8については極度額20億円の従前根抵当権が既に設定されているところ、被告は清算会社であって本件土地以外に財産はなく、かつ、本件土地の時価は実際には2000万円以下に低下している。
そこで、原告は、本件債権に係る各消費貸借契約7条2項(本件約定)の定めるところに従い、青森地方裁判所十和田支部平成17年(モ)第25号仮登記仮処分命令申立ての申立書をもって本件請求権を行使して増担保請求を行い、同年6月3日に、本件土地について別紙登記目録記載の抵当権設定の仮登記を命じる仮登記仮処分命令を得(甲403)、これに基づき、本件土地につき、同様の内容の仮登記を得た(なお、右仮処分命令は、前記申立てをもって本件請求権に基づく増担保請求がなされたと解することができることを前提として発せられたものと認められる)。
2 なお、被告の、「本件約定は、原告に、その増担保請求のみによって本件土地に抵当権を設定できる権利を認めたものではなく、原告の増担保請求、被告による担保物件の提示、原告によるその承認、原被告による担保権設定契約の内容の確定というプロセスを経て初めて担保を取得できる権利を認めたものにすぎない」との主張については、本件約定は、合理的に解釈すれば、被告の信用が悪化し、あるいは、担保に提供された担保の価格の低下等のため原告がその必要性を認めた場合には(なお、前記認定によれば、本件においてこの要件が充足されることは明らかである)、原告の請求によって、ただちに、被告が提案し原告の承認する増担保を被告が原告に対し差し入れる義務(あるいは、原告が特定した増担保の請求が不相当なものでない限り被告においてこれを差し入れる義務)が被告に生じることを規定したものとみるべきであり(なお、その行使のために被告の主張するような形式上のプロセスを経なければならないとすれば、本件約定の意味はほとんどなくなってしまう〔原告に対して単なる交渉の機会を認めたにすぎないものとなってしまう〕)、また、本件においては、被告に残された財産は本件土地しかない以上、原告が特定した増担保の請求が不相当なものであるとみる余地もない。
なお、前記仮登記仮処分命令において特定された利息、損害金の定めについても、本件債権に係る前記各消費貸借契約の内容(甲396ないし400)に照らし相当なものということができ、問題はない(利息は各契約の当初利率のうち最低のものである年8.5パーセントとされており、遅延損害金については各契約と同一の年14.6パーセントとされている)。
また、本件債権に付随していた権利である本件請求権が前記の各債権譲渡においてこれに随伴して譲渡されたことは明らかである。
三 被告の抗弁について
1 本件債権の消滅時効について
本件債権については、被告が破産した際にスミセイが届出をし、異議のない債権として認否され、確定し、これに伴い、消滅時効期間は10年となった(乙5。旧破産法287条1項、民法174条の2)。したがって、未だ消滅時効は完成していない。
被告は、この点につき、その後の債権譲渡後に破産手続における認否確定がなされていないことを問題にして5年の消滅時効を主張しているものであるが、この主張は採ることができない(なお、その援用している判例の趣旨も正しく解釈されていない)。
2 本件請求権の消滅時効について
本件請求権は債権者の請求によって初めて具体化するものであり、また、その行使は一度に限られるものでもないから、少なくとも、本件債権の時効消滅以前の段階で時効消滅することは考えにくい。
3 公序良俗違反、本家約定の不適用について
被告は、「原告の本件債権譲受けは他人の権利を譲り受けて訴訟等によってその実現を図ることを目的としているから、公序良俗に反し、無効である」と主張するが、そのことを基礎付けるに足りる事実の的確な主張立証はない。また、証拠(乙一五)によれば、被告は債権額に比較すれば相当少額の代金によって本件債権を譲り受けていることが窺われるが、そのような事態は債権譲渡にあってはよくあることであり、そのことのみをもって債権譲渡が公序良俗違反となるものではない。
「本件土地の従前の原告の持分10分の2に対応していた部分が違法な共有物分割訴訟により被告の所有となるといった事態は本件債権に係る各消費貸借契約締結当時予想されていなかったから、こうした本来ありえない事実関係に関して本件約定が適用されることもありえない」との被告の主張については、前記の共有物分割訴訟の確定した判決についてその違法をいうものである上、全体としてもその趣旨及び法的根拠が明らかではなく、主張自体失当である。
第四 結論
以上によれば、原告の請求は理由がある。
(裁判官 瀬木比呂志)
(別紙)物件目録<略>
一覧表<略>
登記目録<略>