東京地方裁判所 平成17年(ワ)25594号 判決 2006年11月10日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
笹瀬健児
同
梶浦明裕
被告
PE&HR株式会社
同代表者代表取締役
W
同訴訟代理人弁護士
後藤勝也
同
藤井康弘
主文
1 被告は,原告に対して,金111万7107円及びこれに対する平成17年10月1日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対して,金111万7107円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用はこれを5分し,その3を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告に対し,160万7548円及びこれに対する平成17年10月1日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,160万7548円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,50万0132円及びこれに対する平成17年12月23日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
4 1株5万円による被告の株式10株分の新株予約権が原告にあることを確認する。
第2事案の概要
本件は,被告に従業員として雇われたとする原告が,勤務期間中の時間外賃金,過重労働とワンマン代表者の暴言により体調不良となったことによる治療費と精神的損害さらには弁護士費用及び新株予約権の確認を請求した事案である。
被告は,原告が管理監督者であるため深夜割増分を除いて時間外賃金は発生しないこと,原告の体調不良は被告における勤務と関係がないこと,新株予約権は社内規定による消却処理によって消滅していることなどを主張して原告の請求をいずれも争っている。
1 前提事実(当事者間に争いがないか証拠により容易に認められる事実)
(1) 原告は,平成17年4月1日から同年9月30日まで被告で就労していた(以下,特に断りのない限り月日の年度は平成17年を指すこととする。)。
被告は,ベンチャー企業に対する投資,経営コンサルタント業,有料職業紹介事業などを目的とする会社である。
(2) 原告は,4月1日,被告と期間を定めず労働契約を締結した。
(3) 被告は就業規則を有しておらず,所定時間外の労働に対する賃金支払の合意もない。
被告の原告に対する給与の支払は,歴(ママ)月ごとに締められ当月25日に支給されている。(<証拠略>,弁論の全趣旨)
(4) 被告は,原告に対し,1株5万円による被告の株式10個の新株予約権を付与した。
2 争点
(1) 原告は管理監督者であったか否か。
【原告の主張】
原告の業務内容は,営業,経理であり,被告の指揮命令下に被告の事業所内で業務に従事した。
【被告の主張】
原告は被告の「パートナー」の職種に応募して採用されたものであり,取締役に準ずる地位にあり,被告の経営に参画する職種であって,経営者と一体的な立場にあるものである。
被告は原告について出退勤時間を管理しておらず,原告は所定労働日(5/30,9/28-30)に出勤しないことや始業時刻に(ママ)9時に出勤していない日(8/1,9/7,20を含む12回)もあったが,被告は欠勤,遅刻扱いをしていない。
原告の賃金等の待遇面は,月額最低28万円でコンサルティング報酬に応じて月額固定報酬は50万円まで上がる可能性あ(ママ)り,加えてインセンティブ報酬が支払われる制度が適用されており,賃金以外にも新株予約権10個を付与するなど一般労働者に比べて優遇されていた。
(2) 時間外労働時間及び時間当たりの賃金単価
【原告の主張】
原告の賃金は月額28万円,当月25日払いであった。
始業は午前9時から,終業は午後6時であり,所定労働時間は8時間,所定休日は土日祝日であった。
4月から9月までの半年間による原告の1月平均の所定労働時間は160時間となり,原告の1時間あたりの所定時間内の労働に対する賃金は1750円となる。
原告の7月から9月における時間外の労務の提供の事実については,原告の手帳(甲3)及びこれを整理した月別一覧表(甲4)のとおりである。
これによれば,7月から9月の退職時までの時間外手当の総額は74万9137円となる。
他方,4月から6月における時間外の労務の提供の事実については,8月を除いた7月と9月の各時間外手当を和し,これを2で除した上3を乗じた額である85万8411円と推計できる。
それゆえ,4月から9月までの原告が被告に在職した間に支払われるべき時間外手当の総額は160万7548円となる。
【被告の主張】
原告のパソコンのログデータに基づき原告の勤務時間を算出すると,乙第3号証のとおりとなる。なお,6月17日より前の日のデータはないものの,システムのログデータのない期間はアプリケーションのログデータにより,両者のデータが異なる場合は終業の遅いデータを採用し,ログデータの存在しない日は原告が主張する時間を採用して集計した。
被告の1日当たりの所定労働時間は8時間,所定休日は土日祝日(ただし,土日以外の祝祭日がある週の土曜日を除く)及び年末年始(12/30-1/3まで)であり,平成17年4月1日から平成18年3月31日までの1年間における1月平均所定労働時間数は,256日×8時間÷12か月=約170.6時間(小数点第2位以下切り捨て)であり,原告の1か月の賃金を28万円とし,これを被告の月における所定労働時間数で除した場合には原告の時間当たりの単価は1642円を上回らない。
(3) 被告による原告に対する不法行為の有無
【原告の主張】
被告代表取締役W(以下「被告代表者」という。)は,8月下旬ころより原告に対し「泥棒」「人間として最低」「話をすると負の言霊がうつるから話をするな」などの暴言を吐き,原告は過重労働もあいまって左耳の心因性難聴,耳鳴りを悪化させた。
そのため,原告が被告代表者に対し退職を申し出たところ,同人は「累積損害金240万円を返さなければ辞めさせない。」などと根拠のない損害金の支払いを要求したため,原告は胃潰瘍及び過敏性腸症候群の疑いで緊急入院し,その後9月30日に被告を退職するに至った。
原告は治療費として10万0132円を支払った。原告が被告代表者から受けた暴言により傷病に至り,退職を余儀なくされたことによる精神的損害の慰謝料として10万円を請求する。原告が被告から被った損害の賠償請求に要した弁護士費用として30万円を請求する。
【被告の主張】
被告代表者は8月下旬ころに原告に対して会話の経緯と文脈に照らして暴言を吐いたことはない。また,原告が過重労働であったことはない。
原告は,被告に勤務しながら通信制の大学院に通学しており,早朝及び深夜に勉強をしていたから,仮に体調を崩したとしても過重労働によるものではない。原告の難聴は入社以前からのものであり,被告勤務中にそれが悪化した事実もない。
原告が退職したのは能力的に被告の業務に対応することができず退職せざるを得なくなったものであり,被告代表者の行為が原因ではない。
(4) 原告の被告に対する新株予約権の有無
【原告の主張】
被告は,原告に対し,1株5万円による被告の株式10株分の新株予約権を付与したから,当該予約権が原告にあることの確認を求める。
【被告の主張】
被告は原告に発行した新株予約権10個の決議は6月14日開催の取締役会決議に基づくものであり,当該新株予約権の発行の細目(7)の<1>で,新株予約権の行使条件について,「新株予約権を割り当てられた者のうち当会社の取締役および監査役ならびに従業員については,権利行使時においてもそのいずれかの地位にある事を要す。」と定められており,細目(8)の<1>で,新株予約権の消却事由について,「前記(7)新株予約権の行使の条件に規定する条件に該当しなくなったため新株予約権を行使できなくなった場合,・・・当社は新株予約権を無償で消却することができる。」と定められている。したがって,9月30日に原告が被告を退社したことにより消却事由が生じ,被告の平成18年1月19日開催の取締役会で消却の決議を行い,同年1月26日にその旨の通知を原告に発送し,遅くとも同年1月30日には原告に到達したので,本件新株予約権は平成18年2月15日をもって消却された。
第3当裁判所の判断
1 証拠等によって認定できる事実
証拠(<証拠略>,原告本人,被告代表者本人のほかは各認定事実の末尾に掲記した。)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認定することができる。
(1) 募集,入社経緯
原告は,インターネットのジョブエンジンの採用情報を通じて被告がパートナーを募集していることを知り,2月初めころこれに応募した。
原告は,2回の面接などを経て,3月8日に被告から内定の通知を得た。通知の内容は次のとおりであった。(<証拠略>)
1. 入社日 2005年4月1日
2. 職制 パートナー
3. 試用期間 3ヶ月
4. 勤務地 本社
5. 勤務時間 9:00~18:00
6. 給与 28万円(※営業交通費含む)
7. 待遇 半期年俸制
プロジェクトインセンティブ
通勤交通費全額支給
各種社会保険完備
8. 支給 引越一時金 10万円支給
(2) 被告の人員構成(当時)
被告の会社は,原告が応募あるいは入社した4月ころには,原告の供述からは被告代表者のWのほかには,パートナーとされるA,B,Cといった者ら(<証拠略>),被告の職制組織図(<証拠略>)からは6月時点で社外役員を除いて被告代表者のほかにはB,D,A,そして原告が表記されており,被告の平成18年4月からの新卒者(パートナー候補)募集の広告には従業員数8名とされ,自社企業紹介欄には「PE&HRでは社員をパートナーと呼んでいます。全員がパートナーであり,・・・」と表記されている。そして,被告代表者の供述によっても,平成18年4月からの新卒者募集以前にはパートナー以外の一般従業員はいない旨述べている(被告代表者)。
(3) 原告の仕事内容,勤務状況
被告においては,代表者取締役のほか実働人員の仕事を管理部門と営業部門に分け,管理部門には経営企画(B),経理・労務(原告),広報・採用(中途)(A),採用(新卒)(D)とし,営業部門にはファンド(被告代表者),コンサルティング(B),人材紹介(A),オフィス(原告),代理店(D),セミナー(持ち回り),新規事業(被告代表者他)に割り振っている。
原告は,被告への入社後,会社の管理部門の仕事としては経理・労務を担当し,営業部門の仕事としてはオフィスを担当することとされているが,部下はいない。(被告代表者)
被告においては,特に出退勤時間の管理をタイムカードなどにより管理しておらず,日課として朝9時過ぎに会社のスタッフ全員が集まって当日の各人の予定を確認仕(ママ)合い,日中はホワイトボードの各人の名前の欄に仕事先とか所在を記入しておき,帰宅までの一日の所在,業務状況を明らかにするようにしている。(原告本人)
(4) 被告における原告の勤務実態
被告の会社は,平成15年5月20日に設立された株式会社であり,資本金は3412万5000円,役員構成は,代表者乙山のほか,取締役にはB,Dとなっており,上記のように人員が10人以下で,就業規則もなく,各人が会社の仕事を分担している。
原告は被告の会社の設立に当たって出資しておらず,入社から退社までの間も特に出資はしていない。
被告における原告の給与は,上記のように半期年俸制で月額28万円,その他にプロジェクトインセンティブとあるほかには特に会社の営業利益にリンクした給与の支給条件は明示されておらず,原告が被告に在籍していた間の実際の給与支給実績もいずれも月額28万円であった。(<証拠略>)
(5) 9月以降の原被告間のやりとりと退職経緯
原告が4月に勤務をはじめて以降,被告代表者から仕事上の厳しい叱咤をはじめて受けたのは9月に入ってからのことであった。(原告本人)
最初は原価管理が甘いんじやないかといったことであったが,退職の2~3週間前には営業成績が上がっていないこと,他の従業員が稼いできたものあるいは株主からの出資金を原告が消費していることは泥棒と同じことをしていること,それは人間として最低じゃないか,来年の4月から新卒が入ってくることを考えると原告のこのままの勤務振りが会社にとって負の影響を与えるといった叱咤を受けた。その際に,被告代表者が時折机を手でたたきながら原告に向かって話す仕草も見受けられた。(原告本人)
被告代表者が原告にこのような厳しい話をする経緯あるいは背景には,被告代表者が依頼したクライアントの投資とコンサルティング案件に関する所長との面談までの事業計画等を原告が精査していなかった状況があったことと原告において顧客会社であるFネットワークに関する度重なるケアレスミスや大きな売掛金の管理,資金繰りに管理上の問題があったことがある。(被告代表者)
原告は,上記のような被告代表者からの言動に被告での仕事のやる気をなくし当月末である9月に被告を退職している。(原告本人)
(6) 新株予約権
被告は,6月14日の取締役会の決議で,株主以外の者である原告に対して新株予約権を発行して無償で10個(10株)を割り当てる旨の決議をしており,当該決議において併せて当該新株予約権の割当について次のような条件を付している。(<証拠略>)
(7) 新株予約権行使の条件
<1> 新株予約権を割当てられた者のうち当会社の取締役及び監査役ならびに従業員(本新株予約権発行後新たに従業員になった者を含む)については,権利行使時においてもそのいずれかの地位にある事を要す。(以下,略)
(8) 新株予約権の消却事由および消却条件
<1> 前記(7)新株予約権の行使の条件に規定する条件に該当しなくなったため新株予約権を行使できなくなった場合,および新株予約権者が新株予約権の全部または一部を放棄した場合は,当社は新株予約権を無償で消却することができる。
<2> (省略)
被告は,原告が9月末で退職したのを受けて,平成18年1月19日付の取締役会で「新株予約権の消却に関する件」として,上記(7)<1>の新株予約権行使の条件及び(8)<1>の新株予約権の消却事由および消却条件の規定に従い原告が保有する未行使の新株予約権10個を平成18年2月15日付で消却することとし,承認可決された。(<証拠略>)
そして,被告は,その旨を原告に対して同年1月26日付の書面で通知した。(<証拠略>)
2 争点(1)(管理監督者)について
原告が被告に在籍中の時間外労働分の賃金を請求するのに対して,被告は労基法における労働時間,休憩及び休日に関する規定の適用除外される者であるところの管理・監督者であることを理由に原告には時間外賃金は発生しないと主張している。
管理監督者とは,労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者と定義されるところ一般的にはライン管理職を想定しているが,他方,企業における指揮命令(決定権限)のライン上にはないスタッフ職をも包含するものとされる。被告における前記認定事実(2)のような人員構成からすると,原告がライン管理職に該当しないのは明らかであるから,管理監督者に該当するスタッフ職に原告があるといえるのかどうかが問題となる。
そこで検討するに,会社に雇用される労働者のうちで,上記のような時間外勤務に関する法制の適用が除外される理由としては,当該仕事の内容が通常の就業時間に拘束される時間管理に馴染まない性質のものであること,会社の人事や機密事項に関与接するなどまさに名実ともに経営者と一体となって会社の経営を左右する仕事に携わるものであることが必要とされる。そして,このような労働時間の制限及び時間管理を受けないことの反面ないし見返りとして,会社における待遇面で勤務面の自由,給与面でのその地位にふさわしい手当支給等が保障されている必要があるものというべきである。
これを本件について見るに,前記認定事実(1)ないし(4)及び各証拠からは,原告についての被告からの出退勤時刻の厳密な管理はなされていたようには思われないものの,出勤日には社員全員が集まりミーティングでお互いの出勤と当日の予定を確認仕(ママ)合っている実態からすると原告には実際の勤務面における時間の自由の幅は余りないか相当狭いものであることが見受けられること(原告本人,被告代表者),時間外手当が付かない代わりに管理職手当であるとか特別の手当が付いている事情が見受けられず,月額支給の給与の額もそれに見合うものとはいえず,被告の会社が平成18年4月からの新卒者の月額給与を25万円としていることとの比較でも管理監督職に見合うものとは考えられないこと(<証拠略>,被告代表者),被告における人員構成からは管理者と事務担当者の職分が未分化であり,原告が経理・労務の責任を負っていたといっても社内で原告しかそれを担当する者がいないこと(<証拠略>)などの勤務実態が認められる。
このような原告の被告における地位・就業面・給与面での待遇に照らすと,原告が労基法の労働時間,休憩及び休日を規制する法の適用の除外を受けるに値する管理・監督者の職にあるものとは認めることができないものといわなければならない。
これに対して,被告は,原告を経営者候補のパートナーとして採用したものであること,会社の新規採用者などの決定事項に参画する経営者と一体となる職種であることを主張するが,原告在職中の被告の人員構成からは社員には被告代表者以外にはパートナーしか存在しないこと,そのような人員構成ゆえに全員の同席の場で決定事項を諮っていたとしても他の一般社員との比較ができず経営者と一体かどうかは疑問であることからすると,上記被告の主張が必ずしも原告が管理監督者であることの証左にはならない。また,被告は,原告の時間管理に関して,遅刻,欠勤扱いをしていなかったことを指摘するが,被告の人員構成が少人数で,また,時間を問わずに業務への従事を要求していた実態との関係で時間管理がルーズであったかあるいは敢えて時間管理を厳格にしなかった可能性も否定できず,このことをもって原告が管理監督者であることの証左にはならない。さらに,被告は,原告の報酬が,月額28万円のほかに原告が獲得したコンサルティング報酬で月額50万円まで報酬が上がる可能性があること,他にインセンティブ報酬があること及びストックオプション制度による新株予約権の付与があることから一般労働者に比した優遇をしていると主張するが,コンサルティング報酬がどのようにして原告のものとなるのかが明確ではないものの,定額でないこと及び原告の営業等による出来高と見る余地もあることから管理職手当に相当するものとは言えないし,インセンティブ報酬も同様であり,いずれの報酬も原告が半年間勤務する中で支給実績がないこと,被告の取締役会決議による予約権発行の取り決め方からすると新株予約権の付与は一般従業員にもありうるようにも見えることからすると,やはりこれら被告が主張する事柄は原告が管理監督者であることの立証には不十分である。
他に,本件証拠上,原告が管理監督者であることを客観的かつ的確に認定することのできるものは見当たらない。
それゆえ,原告が労基法上の労働時間,休憩及び休日の規制の適用除外する職種であるとする被告の主張は採用できず,同人が被告に在職した間に午前9時から午後6時の実働時間を超えて稼働した場合には被告には時間外賃金の支払義務が生じるものというべきである。
3 争点(2)(時間外労働)について
まず,原告の時間外・休日労働の賃金計算のための時間単価について検討するに,被告における1日の所定労働時間は8時間であり,所定休日は土日祝日(ただし,土日以外の祝祭日がある週の土曜日を除く)及び年末年始(12/30-1/3まで)であり,平成17年4月1日から平成18年3月31日までの1年間における1月平均所定労働時間数は256日であることが証拠(<証拠略>,被告代表者【4頁】)及び弁論の全趣旨から認定できる。そうすると年間256日の実働時間は2048時間となり,月当たりの所定労働時間は170.6時間(小数点第2位以下切り捨て)となり,証拠(<証拠略>)によれば割増賃金の基礎となる原告の月例賃金が28万円であるから,これを被告の月当たりの上記所定労働時間数で除した場合には原告の時間当たりの単価は約1641円26銭となるところ,仮に時間外賃金が発生するとした場合に被告は時間当たり単価を1642円としているので本判決においても当該金額によることとする。
次に,原告が被告に在職した4月から9月までの各月ごとに何時間の時間外労働をしたのかについて見るに,上記のように被告においては,職員の勤務管理を厳格に行っていなかったせいもありタイムカードなり労働時間の日々あるいは月次の申告などの労働時間管理の資料が存在しない。原告は,7月以降は被告が時間管理をしないことに疑問を抱くなどして自己の手帳に日々の勤務時間を記したものに基づいて時間外労働時間数を算出し,4月から6月分は手帳に基づく7月と9月の時間外労働数の平均時間で残業時間数を推定する形で当該期間中の残業時間を算出しているが,後記の原告が被告在職時に操作していたパソコンのログデータに照らすと,原告の手帳に記載した始業終業時間が必ずしも正確性を担保されたものとはいえず(例えば,分単位の時間については当該手帳の記載自体からラウンド数字としている点,7月9日の土曜日に原告は午後2時半から午後7時まで出勤したと手書きしているところ,パソコンのログでは7月10日の日曜日に午後2時前から午後5時半過ぎまで出勤していることになっていることなど),原告の手帳にある数字はあくまで原告の主観的な認識によるものでこれを裏付ける客観的な証拠がない以上,全面的にこれによることはできず,当事者間の公平にも反するものというべきである(原告の手帳の記載時間を原告本人尋問や同人の陳述書の供述で補完することもいずれも原告の認識という主観に依存することになり,証拠の優劣において後記の客観的ログデータに劣るものというべきである。)。これに対して,乙第15号証の1は,原告のパソコンのログデータであり,これによる各月の日々のデータを観察するに,土日祝日を除いては所定始業時間の前後にパソコンが立ち上げられており,これは原告が出勤してきたであろう時間にほぼ対応して立ち上げられていると思われ,デスクワークをする人間が,通常,パソコンの立ち上げと立ち下げをするのは出勤と退勤の直後と直前であることを経験的に推認できるので,他に客観的な時間管理資料がない以上,当該記録を参照するのが相当というべきである。同様に休日出勤した日にも出勤してきてまもなく当該パソコンを立ち上げ,帰宅間際に立ち下げをしているものと思われる。少なくとも,上記パソコンのログデータに記録のある時間は原告が被告において各当日に被告の事務所にいて仕事をしていたことを推認できる(具体的には,証拠(甲3,甲4の1ないし3,乙3,乙15の1,2)により,第1次的には原告が日々使用していたパソコンのデータである乙第15号証の1について,システムの立ち上げ(ソース;eventlog,イベント;6009),立ち下げ(ソース;eventlog,イベント;6006)のログデータの日付と時刻を参照し,当該データがないか不十分な場合には同書証のアプリケーションであるマカフィーというセキュリティーソフトが通常はパソコンの起動,シャットダウン時に立ち上げ(ソース;mclogevent,イベント;5000)と立ち下げ(ソース;userenv,イベント;1517)がなされるのが当該証拠及び経験則から合理的に推認できるので,これにより原告が所定の時間に出勤しているかどうか,いつまで勤務していたのかを適正かつ確実に推認できる範囲で取り上げることとした。そして,原告が事務所に居るときはデスクワークが中心となるようであるから,少なくともパソコン立ち上げ時には原告が出勤してきていて,立ち下げ後には帰宅等のため当日の業務を終えたものと考えた。)。
そこで,原告が被告の事務所に確実に居たことを示す資料として,被告が提出した原告が在職中に使用していたパソコンのログデータを利用しつつ足りないところを原告の手帳における資料で補完し,さらに資料のないところは実績のある数字から推認するしかないものと思われる。被告においても,深夜残業時間の計上に限るものではあるが,当該ログデータを基礎にしていることからすると,深夜以外の残業時間の算出に当たってもこれを参照して時間計上することにある程度の合理性・納得性を覚悟しているものと思われる。
これに対して,原告は,パソコンのログデータは事後に改竄可能であることから客観的証拠として不十分である旨指摘するが,ログデータの各時間を参照して見る限りそのような意図的な改竄のなされた形跡が窺われない。また,原告は,パソコン立ち上げ前に事務所内の掃除をしたり,パソコンを立ち下げた後に事務所に残っていることもあったと主張するが,毎日がそのような状態であったとは思われず,原告において各日にちにおいてパソコンのログデータと異なる時間帯に仕事をしていたとする特段の事情(例えば,事務所以外で仕事をしていたことなど)が主張されるなり,客観的な資料でもって立証されない限りは当該データの時間の推定力を破って積極的に原告の主張する各日にちの時間を基礎付けることはできないものといわなければならない。
そして,各日にちの時間外労働時間の算出方法については,以下のとおりとした。
<1> 平日については,原則はログデータの立ち上げ時刻(分以下の端数は一律切り捨て)から立ち下げ時刻(分以下の端数は一律1分切り上げ)までは原告が仕事をしていたものとして,当該時間が立ち上げ時刻が午前9時前のときは,同時刻までの早出残業時間,立ち下げ時刻が午後18時以降の時は同時刻以降の居残り残業時間,立ち下げ時刻が午後22時以降の分は深夜残業時間として計上した。
<2> 被告においては特に変形労働時間制をとっているわけではない以上,法定の週40時間を超える労働を残業として扱うこととし,平日の勤務日においては,原告の出勤が午前9時以降の場合,あるいは退勤が18時以前の場合でも,当日の勤務時間が休憩1時間を除く8時間(実働時間)を超える場合には,残業時間として計上した。
<3> 平日の勤務日で,パソコンの立ち上げ時刻あるいは立ち下げ時刻の一方がなくて,もう一方の時刻が早出あるいは残業時間帯にかかる場合にはデータのない方の時刻を定時である午前9時もしくは午後6時とした(原告の手帳(甲3)に定時前後の時間記入があっても実際の実施いかんは確証がない。)。
<4> 休日は,法定休日である日曜日の割増賃金は1.35倍とし,法内残業である土曜,祝日の勤務は1.25倍で計上した。
<5> 休憩時間を労働時間から控除するのに,土曜,日曜,祝祭日の出勤の場合,午前中から出勤している場合は平日と同様な1時間の休憩時間を取ったものとして控除し,午後からの出勤の場合には当該休憩は特に取らずに稼働したものとして労働時間を計上した。
個別の各日にちにおける甲第3号証の原告の手帳を利用したところについては,まず,当該手帳の証明力としては,パソコンのログデータの立ち上げないし立ち下げの少なくともどちらかのデータがある場合には該当日の出勤の有無をある程度手帳から裏付けることができる。当該手帳の日によっては,予定時間が記入されているものがあるが,これはあくまで予定として記入されているものであることから始業・終業の時刻を推認する証拠としては十分ではないものといわなければならない。
また,休日労働あるいは土曜,祝日の法定外休日の労働については,パソコンのログデータがなかったり,一日の所定労働時間に満たなかったりあるいは立ち上げ,立ち下げのどちらか一方の時刻しかない場合に,手帳の該当日の業務記入情報を参照して別紙「時間外・休日労働一覧表」の時間を特定した。具体的には,次のとおりである。
5月5日(木)の祝日
手帳には「10:30 コンサルMTG 新商品プレゼン」とあり,出勤時刻推定のためのパソコン立ち上げのログデータはなく,退勤時刻推定のためのパソコン立ち下げのログデータが22:07:47とあるので,9:00に出勤したものとするのが相当である。
6月12日(日)
手帳には「10:30amには行っておく。PM14:15-17:00 魂(E,F)」とあり,パソコン立ち上げが10:48であるから(「魂」とあるのは他の平日にも企業家魂と記載があり,仕事の関係であることが推認でき,前日,前々日にも同様の記載がある。),その日は少なくとも17:00までは稼働したものと推認するのが相当である。
6月18日(土)
手帳には「PM企業家魂MTG13-」,とあり,パソコンログデータによる立ち下げ時刻から退勤時間は15:23とあり,他方,前日(6/17)のパソコンは23:02で立ち下げられており,その後6/18の0:59に再び立ち上げられているものの,それからずっと15:23まで勤務したものとは考えにくいので,この日は13:00に出勤したものと推定するのが相当である。
9月9日(金)及び同月10日(土)
パソコンのログデータでは9月9日のシステム立ち上げについて,eventlog(6009)は見当たらないが,アプリケーション立ち上げが9:02:21とあり,これからするとシステムのeventlog(6005)で,8:59:13とあるこの時点で原告がシステムを立ち上げて出勤していたことが推認できるので,8:59の出勤とし,その日のパソコン立ち下げデータは見当たらず,翌日の土曜日である9月10日のパソコン立ち上げデータも見当たらないので,9月9日は定時の18:00で退勤したものとし,翌日9月10日は手帳に被告の月次決算とあり,12:30-18:30の間勤務したと原告が手書きでメモをしていることから,出勤時刻を12:30とし,退勤はログデータどおりとした。
そうすると,各月の原告の時間外労働及び時間外賃金は,別紙「時間外・休日労働一覧表」のとおり,
4月の残業代 16万2801円
5月の残業代 20万9502円
6月の残業代 20万7165円
7月の残業代 23万8842円
8月の残業代 11万8405円
9月の残業代 18万0392円
となり,この期間の原告の時間外賃金の合計は,111万7107円となる。
本件証拠上原告の時間外・休日労働時間として認定することのできる時間は,別紙「時間外・休日労働一覧表」の各時分欄のとおりであり,それに対応した被告における原告への未払賃金残業代は上記金額のとおりとなる。
4 争点(3)(不法行為)について
前記認定事実(5)及び証拠(原告本人,被告代表者)によれば,原告が被告代表者から厳しい言葉なり態度で臨まれたのは9月に入って以降であること,そのような被告代表者の態度の顕現から原告の退職まで一月以内であること,実際に被告代表者が原告に示した言動も原告の就業状況に何らの問題がない中での謂われのない指摘ではなく,私的因縁や嫌がらせといった類の文脈での言動でもなく,叱咤する言動そのものに多少比喩的あるいはきつい表現が見られても,会社の利潤追求目標なり組織の在り方と原告の現状の業務処理状況との落差から被告代表者が取った表現態度であることは明らかであり,その文脈,シチュエーションに鑑みれば被告代表者の当該言動は原告の人格権をいたずらに侵害したりことさらに精神的打撃を原告に加えることを意図したものではなく,業務遂行態度,考え方の改善を促すために行ったもので,不法行為を構成するほどの違法性があるものとまでは評価できない。
また,原告が被告代表者の暴言等によって生じたとする体調不良も,難聴及び耳鳴りについては証拠(<証拠略>,原告本人)による既往症が窺われること,証拠(<証拠略>)からは原告が被告の要求する業務レベルに達していない状況下においても学業に精を出している形跡も窺われることからすると,胃潰瘍及び過敏性腸症候群の疑いといった原告の症状も果たして被告代表者の言動のみが原因か疑問であり,原告主張の損害を被告に帰せしめることは難しいものといわざるを得ない。
その他,被告の原告に対する不法行為を認定するに足りる事情あるいは原告に生じた難聴及び耳鳴りをはじめとする疾病等の損害の帰責原因を被告に帰せしめるに足りる事情は本件証拠からは見い出せない。
5 争点(4)(新株予約権)について
前記認定事実(6)からすると,原告が取得した被告の新株予約権は被告の取締役会において有効に消却されたものと認められるので,原告が現在も新株予約権を有効に有することを前提とした本件確認請求には理由がない。
6 以上によれば,原告の請求のうち,時間外・休日労働の未払賃金111万7107円及びこれと同額の付加金並びにそれらに対する各遅延損害金(賃確法上6条のものと民事法定利息)の支払いの限度で理由があるのでこれを認容し,その余の請求にはいずれも理由がないので棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 福島政幸)