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東京地方裁判所 平成17年(ワ)26475号 判決 2011年6月27日

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一(1)  被告コスモ石油株式会社は、原告に対し、一九億一五三二万六六七〇円及び別紙債権目録一「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  被告昭和シェル石油株式会社は、原告に対し、八億七五五四万七〇〇〇円及び別紙債権目録三「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  被告出光興産株式会社は、原告に対し、七億八一二四万七五五〇円及び別紙債権目録五「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(4)  被告東燃ゼネラル石油株式会社は、原告に対し、五億八一三〇万五八〇〇円及び別紙債権目録六「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(5)  被告太陽石油株式会社は、原告に対し、二七三七万三三〇〇円及び別紙債権目録八「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(6)  被告キグナス石油株式会社は、原告に対し、一億九三四九万三五〇〇円及び別紙債権目録九「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(7)  被告富士興産株式会社は、原告に対し、一六九五万円及び別紙債権目録一〇「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(8)  被告エクソンモービル有限会社は、原告に対し、六億七六三一万三六〇〇円及び別紙債権目録一三「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(9)  被告JX日鉱日石エネルギー株式会社は、原告に対し、三三億四八〇六万六七八四円及び別紙債権目録一二「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、

(1)  原告に生じた費用の一〇〇〇分の二一三と被告コスモ石油株式会社に生じた費用の合計を被告コスモ石油株式会社の、

(2)  原告に生じた費用の一〇〇〇分の九七と被告昭和シェル石油株式会社に生じた費用の合計を被告昭和シェル石油株式会社の、

(3)  原告に生じた一〇〇〇分の八七と被告出光興産株式会社に生じた費用の合計を被告出光興産株式会社の、

(4)  原告に生じた費用の一〇〇〇分の六五と被告東燃ゼネラル石油株式会社に生じた費用の合計を被告東燃ゼネラル石油株式会社の、

(5)  原告に生じた費用の一〇〇〇分の三と被告太陽石油株式会社に生じた費用の合計を被告太陽石油株式会社の、

(6)  原告に生じた一〇〇〇分の二二と被告キグナス石油株式会社に生じた費用の合計を被告キグナス石油株式会社の、

(7)  原告に生じた費用の一〇〇〇分の一と被告富士興産株式会社に生じた費用の合計を被告富士興産株式会社の、

(8)  原告に生じた費用の一〇〇〇分の三七二と被告JX日鉱日石エネルギー株式会社に生じた費用の合計を被告JX日鉱日石エネルギー株式会社の

各負担とし、

(9)  原告に生じた費用の一〇〇〇分の一四〇と被告エクソンモービル有限会社に生じた費用の合計は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告エクソンモービル有限会社の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告コスモ石油株式会社は、原告に対し、一九億一五三二万六六七〇円及び別紙債権目録一「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告昭和シェル石油株式会社は、原告に対し、八億七五五四万七〇〇〇円及び別紙債権目録三「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告出光興産株式会社は、原告に対し、七億八一二四万七五五〇円及び別紙債権目録五「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告東燃ゼネラル石油株式会社は、原告に対し、五億八一三〇万五八〇〇円及び別紙債権目録六「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

五  被告太陽石油株式会社は、原告に対し、二七三七万三三〇〇円及び別紙債権目録八「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

六  被告キグナス石油株式会社は、原告に対し、一億九三四九万三五〇〇円及び別紙債権目録九「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

七  被告富士興産株式会社は、原告に対し、一六九五万円及び別紙債権目録一〇「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

八  被告エクソンモービル有限会社は、原告に対し、一二億五五六八万六〇〇〇円及び別紙債権目録一一「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

九  被告JX日鉱日石エネルギー株式会社は、原告に対し、三三億四八〇六万六七八四円及び別紙債権目録一二「返還請求額」欄記載の各金員に対する同「支払日」欄記載の日の翌日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が平成七年度から平成一〇年度までの間に、陸上自衛隊、海上自衛隊及び航空自衛隊の基地等で消費されるガソリン等の石油製品について、入札形式によって、被告ら(あるいは、被告らに組織変更前の石油販売会社。以下、これらも含めて「被告ら」という。)と売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結したものの、それらの売買契約は、いずれも被告らの談合行為に起因するものであるから、公序良俗に反し無効である旨などを主張し、不当利得返還請求権に基づき、売買代金相当額の金員及びこれに対する商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の全部ないし一部の支払を求めている事案である。

一  前提事実(当事者間に争いがないか、証拠等により容易に認められる事実。以下「本件前提事実」という。)

(1)  当事者等

ア 調達実施本部について

防衛庁(ただし、平成一九年に防衛省に移行前)調達実施本部(以下「調達実施本部」という。)は、全国の自衛隊の基地等における任務遂行に必要な装備品等を一元的に調達する機関であり、この中で石油燃料の入札については、同本部契約第二課が入札事務を行い、入札における落札予定価格の算定は、同本部原価計算第二課がすることとされていた(以下、同本部契約第二課を「契約二課」、同本部原価計算第二課を「原計二課」という。)。

なお、調達実施本部は、平成一三年一月六日に廃止され、契約部門は特別の機関として新設された防衛庁契約本部に、原価計算部門は内部部局たる同庁管理局原価計算部に引き継がれ、平成一八年七月三一日、これが改編されて新たな中央調達機関として防衛庁装備本部が設置された。その後、平成一九年一月九日、防衛庁設置法等の一部を改正する法律(平成一八年法律第一一八号)に基づき、防衛庁が防衛省に移行したのに伴い、防衛庁装備本部は防衛省装備本部となり、同年九月一日、さらに改組された結果、現在は、防衛省装備施設本部となっている。

イ 被告らについて

被告らは、いずれも石油製品の製造又は販売を業とする会社であり、以下のとおり、組織変更、商号変更等を行っている(別表一「被告らの会社変遷」参照。以下、特に明記しない限り「株式会社」「有限会社」の表記は省略し、本件訴訟提起時の被告には「旧被告」という表記を付するものとする。ただし、旧被告新日本石油、同九州石油及び同ジャパンエナジーは、本件訴訟提起以降、後記のとおり、組織変更している。)。

(ア) 被告東燃ゼネラル石油関係

原告との間で本件売買契約を締結したゼネラル石油株式会社は、平成一二年七月一日、東燃株式会社を吸収合併し、同日、商号を東燃ゼネラル石油株式会社に変更した。

(イ) 被告エクソンモービル関係

(a) 原告との間で本件売買契約を締結したモービル石油株式会社は、平成一二年二月四日、組織変更により、モービル石油有限会社となった。

(b) 原告との間で本件売買契約を締結したエッソ石油株式会社は、平成一二年二月一八日、組織変更により、エッソ石油有限会社となった。

(c) エッソ石油有限会社は、平成一四年六月一日、モービル石油有限会社及びエクソンモービルマーケティングを吸収合併し、同日、商号をエクソンモービル有限会社に変更した。

(ウ) 被告JX日鉱日石エネルギー関係

(a) 原告との間で本件売買契約を締結した日本石油株式会社は、平成一一年四月一日、同じく原告との間で本件売買契約を締結した三菱石油株式会社を吸収合併し、同日、日石三菱株式会社に商号を変更した。

(b) 日石三菱は、平成一四年六月二七日、新日本石油株式会社(旧被告新日本石油)に商号を変更した。

(c) 原告との間で本件売買契約を締結した株式会社ジャパンエナジー(以下「旧ジャパンエナジー」という。)は、平成一五年四月一日、商号をジャパンエナジー電子材料株式会社に変更した。

これと同時に、旧ジャパンエナジーから石油部門が分離され、新「株式会社ジャパンエナジー」(旧被告ジャパンエナジー)が新設分割によって設立された(以下「本件新設分割」という。)。

(d) 旧被告新日本石油は、平成二〇年一〇月一日には、原告との間で本件売買契約を締結した旧被告九州石油株式会社を、平成二二年七月一日には、旧被告ジャパンエナジーをそれぞれ吸収合併した上、平成二二年七月一日、商号をJX日鉱日石エネルギー株式会社に変更した。

(エ) その他の被告について

被告コスモ石油株式会社、同昭和シェル石油株式会社、同出光興産株式会社、同太陽石油株式会社、同キグナス石油株式会社及び同富士興産株式会社については、本件売買契約を締結した当時から現在に至るまで、組織変更及び商号変更等を行っていない。

ウ 本件石油製品について

調達実施本部は、自動車ガソリン、灯油、軽油(一般用と艦船用が存在した。)、A重油及び航空タービン燃料(JP―4、JP―5、JP―4Aの三つの油種が存在した)についての発注を行っていた(以下、これらの石油燃料を併せて「本件石油製品」という。)。

このうち、自動車ガソリン、灯油、軽油及びA重油については、一般の市場に流通している製品と同様の製品であった(以下、この四つの油種を併せて「一般燃料」という。)。

他方、航空タービン燃料については、灯油を基材とする点では、民間用の航空タービン燃料(JET―A1)と共通しているが、JP―4は、灯油留分に重質ナフサ留分と軽質ナフサ留分を加え、さらに、酸化防止剤、腐食防止剤及び静電気防止剤を添加して精製され、JP―5は、灯油留分中の軽質分と重質分を取り除いた上で、酸化防止剤及び腐食防止剤を添加して精製される石油製品である。また、JP―4Aは、JP―4に氷結防止剤を添加して精製される石油製品である。

これらの航空タービン燃料は、防衛庁が特別に発注していた石油製品であり、JET―A1とは異なり、一般の市場には流通していなかった。

(2)  入札制度についての概要

ア 原告が締結する売買、賃貸借、請負その他私法上の契約については、適正な処理を確保するために、会計法や予算決算及び会計令(昭和二二年四月三〇日勅令第一六五号。以下「予決令」という。)等の会計法令に手続が定められている。

イ これら会計法令の規定によれば、原告が契約を締結する場合には、原則として公告して申込みをさせることにより一般競争に付さなければならず(会計法二九条の三第一項)、契約の性質又は目的により競争に加わるべき者が少数で一般競争に付する必要がない場合及び競争に付することが不利と認められる場合においては、指名競争に付すべきものとされており、契約に係る予定価格が少額である場合その他政令に定める場合においては、随意契約と選択的ではあるが、指名競争に付すべきものとされている(同法二九条の三第三項、第五項、予決令九四条)。

上記の一般競争及び指名競争は、原則として、入札の方法によるものとされ(同法二九条の五第一項。以下、それぞれ「一般競争入札」、「指名競争入札」という。)、契約の目的に応じ、予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格を持って申込みをした者を契約の相手方としなければならないのが原則である(同法二九条の六第一項)。

そして、落札者を決定したときは、契約の目的、契約金額を記載した契約書を作成し、契約担当官等が契約の相手方とともに契約書に記名押印することにより、契約内容が確定し、原告の締結する契約が成立する(同法二九条の八)。なお、予定価格の制限に達した価格の入札がないときは、直ちに再度の入札をすることができ(予決令八二条及び九八条)、さらに入札者若しくは落札者がない場合には、再度の公告又は指名をした上、新たな予定価格を設定して、入札をすることができる(予決令九二条)。

ウ もっとも、契約の性質または目的が競争を許さない場合や緊急の必要により競争に付することができない場合などには、例外的に競争によらない随意契約が許容される(会計法二九条の三第四項、第五項)。この場合にも、入札の場合に準じて、予定価格を定めておかなければならない(予決令九九条の五)。

また、予定価格の制限に達した価格の入札がないとき、又は、再度の入札をしても落札者がない場合にも随意契約によることが許容されるが、この場合には、契約保証金及び履行期限を除くほか、当初の競争入札時に定められた予定価格その他の条件を変更することはできない(予決令九九条の二)。

エ なお、防衛庁長官は、調達すべき数量が多いときには、予算決算及び会計令臨時特例(昭和二一年一一月二二日勅令第五五八号。以下「予決令臨時特例」という。)四条の二により、複数の指名業者に受注を希望する数量及び単価を入札させ、調達数量に達するまで複数の指名業者による落札を認める複数落札入札制度を採用することができる。

複数落札制度が採用された場合には、最も多い量の受注を希望した指名業者から優先的に落札を認め、最後の順位の落札書の入札数量が他の落札者の数量と合算して需要数量を超えるときは、その超える数量については落札がなかったものとされる。さらに、各業者の希望数量を合算すると需要数量を超えてしまい、かつ、希望数量が最も少ない業者が複数存在する場合には、くじによる抽選で、需要数量を超える数量について落札がなかったものとされる業者を決定すると定められている(予決令臨時特例四条の七)。

(3)  本件石油製品の調達時期、調達方法及び指名業者等について

ア 調達時期について

原告は、本件石油製品について、平成七年度は、六月から八月分までを第一期、九月から一一月分までを第二期、一二月から二月分までを第三期、三月分を第四期とし、このほか、四月から五月分を緊急分、年度末に保管分として合計六回の発注を行った。

これに加えて、平成八年度は、第一期を暫定分と補正分に分けて発注したため、合計七回の発注を行った(以下、各発注を特定するときは、年度と期、さらに必要な場合は緊急分又は保管分という名称で特定する。)。

平成九年度は、平成七年度と同様合計六回の発注を行った。

平成一〇年度については、緊急分を廃止し、通常の会計年度の四半期単位で発注することとしたが、第一期を暫定分と補正分に分けたため、年度末の保管分の発注と合わせて、合計六回の発注を行った。

本件売買契約が締結されたのは、平成七年度第一期緊急分から平成一〇年度第三期までの期間である(以下「本件期間」という。)。

イ 調達方法及び指名業者等について

(ア) 本件期間において、調達実施本部は、原則として、本件石油製品を指名競争入札の方法で調達することとし、指名競争入札参加の要件を満たしている者として登録されていた被告コスモ石油、日本石油、三菱石油、旧ジャパンエナジー、旧被告九州石油、被告昭和シェル石油、被告出光興産、ゼネラル石油、被告太陽石油、被告キグナス石油、被告富士興産、モービル石油、エッソ石油の計一三社の中から発注案件ごとに指名業者を選定していた。

そして、被告コスモ石油、日本石油、三菱石油、旧ジャパンエナジー、旧被告九州石油、被告昭和シェル石油、被告出光興産、ゼネラル石油、被告キグナス石油、モービル石油、エッソ石油は、本件石油製品全てについて、被告太陽石油は、航空タービン燃料を除いた本件石油製品について、被告富士興産は、軽油についてそれぞれ指名を受けて入札に参加した(なお、被告富士興産については、平成九年度第三期から平成一〇年度第二期までは製油施設の事情のために指名業者には選定されていなかった。)。

このうち、モービル石油は扶桑石油に、被告富士興産はタイホー工業にそれぞれ入札手続について委任をしており、実際に入札手続に参加したのは扶桑石油及びタイホー工業であった(以下、扶桑石油及びタイホー工業を含め、実際に入札に参加した一三社を「本件入札参加業者」という。)。

(イ) 調達実施本部は、各基地の油種ごとに指名競争入札の方式で本件石油製品を調達していたことから、発注する案件の総数は、一つの期で四〇〇件から五〇〇件に上ることもあった(各年度の石油製品の調達量は、概ね契約件数二〇〇〇件前後、契約数量一四〇万KL前後、契約金額は四三〇億円前後である。)。

(4)  入札予定価格の算出方法

ア 入札予定価格の算定

入札予定価格は、防衛庁長官が定めた「調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令」に従い、取引の実例価格として一般に公表されている価格その他の売買の基準となる価格を基準として計算価格を計算するという市場価格方式によって計算され、その具体的な算出方法については、調達実施本部長が定めた「予定価格算定事務に関する達」及び原計二課が定めた「算定要領」に従い、①当該石油製品の裸価格である基準価格と、②調達する石油製品が基準価格を決定する際に考慮した石油製品の品質よりも高い場合のグレード差や税金等から構成される固定経費を算出した上で、基準価格に固定経費を加算するものとされていた。

イ 基準価格の算定方法について

(ア) 一般燃料の基準価格については、本件当時の市況値を示す資料であった財団法人経済調査会の発刊する「物価版」、財団法人建設物価調査会の発刊する「建設物価」、日本経済新聞、日刊工業新聞及び財団法人建設物価調査会の発刊する「価格調査報告書」の五市況の中の最低価格が採用されていた(なお、平成一〇年度第三期は、価格調査報告書が廃止されたため四市況となった。以下、平成一〇年度第三期については、五市況を四市況と読み替えるものとする。)。

(イ) 他方、航空タービン燃料の基準価格については、上記(1)ウのとおり、同製品が一般の市場には流通していない製品であったため、市況値が存在しなかったものの、航空タービン燃料が灯油類似の石油燃料であることから、灯油の五市況(ないし四市況)の最低価格を採用し、さらに、①航空タービン燃料については輸送費を別途加算することになっていたため、灯油の市況値に含まれている京浜地区の輸送費一五〇〇円と、②製造、保管等に手間暇がかかる反面、大量に発注していることを考慮した結果算出された六〇〇円の合計二一〇〇円を灯油の市況最低値から控除した金額を基準価格としていた。

ウ 固定経費の算定について

固定経費は、①調達する石油製品と基準価格を決定する際に参考にした石油製品の品質が違う場合の差額としての「グレード差」、②石油燃料を納入する際の輸送費に相当する「地域差」、③ドラム納入にかかる梱包費に相当する「荷姿経費」、④揮発油税等の「税金」及び⑤航空自衛隊春日基地に航空タービン燃料を納入する際に業者が使用する民間タンクの使用料から構成されていた(本件期間における固定経費については別表三参照)。

なお、後述のとおり、本件の入札手続においては、固定経費の金額、計算方法が本件入札参加業者に対して開示されていた。

(5)  エッソ石油を除く本件入札参加業者による受注調整行為の存在

エッソ石油を除く本件入札参加業者は、本件期間中、各期の入札が行われる前に、各案件について受注予定会社を決定するとともに、受注予定会社以外の者は、当該受注予定会社が予定どおりの案件を受注することができるように協力する旨の合意をしていた(以下「本件受注調整行為」といい、本件受注調整行為に参加していた被告コスモ石油、日本石油、三菱石油、旧ジャパンエナジー、旧被告九州石油、被告昭和シェル石油、被告出光興産、ゼネラル石油、被告太陽石油、被告キグナス石油、扶桑石油及びタイホー工業を併せて「本件受注調整会社」という。)。

(6)  本件期間における売買契約締結に至る経緯

ア 入札開始前段階について

上述のとおり、本件期間中、調達実施本部は、発注案件ごとに本件入札参加業者の中から業者を指名し、指名競争入札の方法によって本件石油製品を調達するという方法を原則としていた。

そして、各期の入札実施前には、調達要求番号、品名、納期、納入先部隊、納入場所、数量、納入条件に加え、各案件の指名業者を一覧表の形にした資料を本件入札参加業者に配布の上、契約二課の担当者が入札説明会を実施し、入札日時や場所を連絡していた。また、本件期間中、上記資料の配布等を含めた調達実施本部からの連絡を本件入札参加業者に伝達するために、被告コスモ石油、日本石油、被告昭和シェル石油、被告出光興産、旧ジャパンエナジー、三菱石油及び被告キグナス石油が毎月交代で調達実施本部から本件入札参加業者への連絡を取りまとめて行うことになっていた(以下、これらの会社を「連絡会社」という。)。

イ 指名競争入札の実施

本件期間においては、入札説明会の翌週に入札が行われることが多かったが、全ての案件について、三回の入札(以下、この三回の入札をまとめて「当初入札」という。)を経ても、三回目の入札までには、当該案件の指名業者が受注予定会社一社を残して辞退してしまい、残った一社も入札予定価格を上回る価格での受注を希望したため、結局当初入札は全件不調になってしまっていた。

ウ 随意契約に向けた交渉の実施

そこで、契約二課の担当官は、予決令九九条の二に基づく随意契約を締結するため、当初入札で残った一社との間で価格交渉(以下「商議」といい、当初入札で残った一社を「商議権者」という。)に入った。なお、本件入札参加業者は、少なくとも一つ以上の案件で商議権者となっていたことから、結局、契約二課の担当官は全ての本件入札参加業者との間で商議を行った。

商議は、案件ごとに行われるのではなく、油種ごとに行われ、また、専ら各油種の基準価格について交渉が行われた。そして、商議権者は、調達実施本部に対し、受注を希望する価格を記載した見積書を提出することになっていた(以下、この見積書を「商議札」という。)。

しかし、上記のとおり、予決令九九条の二は、随意契約において入札予定価格の変更を禁止していたところ、商議権者は、二回にわたる商議においても、ほとんどの案件について入札予定価格を上回る価格を記載した商議札を提出したため、結局、契約二課の担当官は、ほとんどの案件について、商議権者と随意契約を締結することもできないという事態に陥っていた(以下、一回目に提出する商議札を「商一札」、二回目に提出する商議札を「商二札」のようにいう。)。

エ 調達実施本部による価格の提示

調達実施本部長が定めていた「契約事務に関する達」には、随意契約を締結するための商議も不調になった場合の規定として、契約二課課長が商議の不調の原因が原計二課の当初入札予定価格にあると認めるときには、原計二課課長に対し、予定価格の再検討を求めることができ、原計二課課長は、不調の原因が当初入札予定価格にあると認めたときには、入札予定価格の再算定を行い、契約二課は、再算定された価格を予定価格として、再度指名競争入札を開催することができる旨の規定が存在した(以下、再度行われる指名競争入札を「新たな入札」という。)。

そして、原計二課の担当官は、予定価格の再算定にあたり最大限許容できる基準価格(以下「計算価格等」という。)を算定した上、契約二課の担当者の求めに応じて、これを教示していた。

契約二課の担当官(主に契約二課課長)は、本件入札参加業者が商二札を提出した時点で、各油種の基準価格について、入札予定価格の基準価格を上回り、かつ、原計二課の算出した計算価格等を下回る範囲で、これまでの商議を踏まえて本件入札参加業者が受け入れると予想される最低基準の価格(以下「最低商議価格」という。)を決定し、これを原計二課及び契約原価計算第二担当副本部長に対し伝えて内諾を得た上で、本件入札参加業者の担当者を一斉に集めて最低商議価格を本件入札参加業者に対し提示した。本件入札参加業者は、最低商議価格のことを「指値」と呼び、調達実施本部の側にも最低商議価格のことを「指値」と呼ぶ者がいた。

このようにして、契約二課の担当官による最低商議価格の提示が行われると、本件入札参加業者は、最低商議価格に事前に公表されていた固定経費を加算した金額で受注を希望する旨の商三札と商三札の価格を下回る価格での契約を辞退する旨の商四札を提出したが、商三札に記載されている価格は入札予定価格を上回るものであったため、結局、商議についてもほとんどの案件で不調ということになった。

オ 新たな入札の実施

ほとんどの案件について、商議が不調に終わると、調達実施本部は「契約事務に関する達」に従い、新たな入札を行うこととし、原計二課は、固定経費については従前どおりとする一方で、基準価格を入札予定価格における基準価格から最低商議価格に変更した上で入札予定価格を算出した。

そして、新たな入札においては、商議権者が新たな入札における入札予定価格で入札し、それ以外の本件入札参加業者が入札予定価格を上回る価格で入札したことから、結局、当該案件の当初入札で残った一社(商議権者)が当該案件を受注していた。

カ なお、昭和五〇年代後半から平成七年度第二期までは、全調達案件のうち調達に緊急を要する全体の二割程度の案件について、先行して第一グループとして入札手続に付した上で、上記アないしオと同様の経緯で調達し、残りの八割程度の第二グループについては、第一グループの落札価格と同額の基準価格に基づき予定価格を設定して入札を実施するという方法を採用していた。

(7)  本件売買契約の内訳について

本件期間において、原告と被告らの本件売買契約は、上記のような経緯で締結されたところ、契約が成立した時期に応じて、①指名競争入札による契約(以下「本件各競争契約」という。)②指名競争入札を経た随意契約(以下「本件各入札後随意契約」という。)③指名競争入札を経ない随意契約(以下「本件随意契約」という。)の三つに区分することができる。

ア ①本件各競争契約について

別表二の「NO欄」の「2637」ないし「2657」、「3373」ないし「3412」、「6322」及び「6425」以外の案件については、いずれも調達実施本部が指名競争入札に付した上、同表「応札者」欄記載の本件入札参加業者のうち、「落札区分」欄に○印を付した本件入札参加業者と、同表「契約日」欄記載の各日に、同表「落札価格」欄記載の金額で、指名競争入札による売買契約を締結したものである。そして、本件各競争契約のうちほとんどが新たな入札の段階で成立したものである。

イ ②本件各入札後随意契約について

別表二の「NO欄」の「2637」ないし「2657」、「3373」ないし「3412」の案件については、いずれも調達実施本部が指名競争入札に付した上、同表「応札者」欄記載の本件入札参加業者のうち、「落札区分」欄に○印を付した本件入札参加業者と、同表「契約日」欄記載の各日に、同表「落札価格」欄記載の金額で、随意契約をしたものである。

ウ ③本件随意契約について

別表二の「NO欄」の「6322」及び「6425」については、調達要領指定書において、納入条件として「五〇〇mフローティングホースを使用」と指定されており、納入形態に合致した納入が可能なのは、被告昭和シェル石油のみであった。

そこで、調達実施本部は、会計法二九条の三第四項の規定に基づき、これらの案件については、当初から入札を行わず、被告昭和シェル石油との間で、同表「契約日」欄記載の各日に、同表「落札価格」欄記載の金額で、随意契約による売買契約を締結した。

(8)  本件売買契約の履行状況

被告らは、原告に対し、本件売買契約により発注を受けた本件石油製品をそれぞれ納入し、その後、原告は被告らに対し、各契約の内容に従ってその代金を支払った(支払年月日、支払金額については別表四参照)。

(9)  公正取引委員会による排除勧告等

ア 排除勧告について

公正取引委員会は、平成一一年一一月一七日、本件受注調整会社に対し、遅くとも平成七年度四月以降、本件石油製品について、本件受注調整行為を行ったとして、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)四八条二項(平成一七年法律第三五号による改正前のもの。以下、この項において同じ。)に基づき排除勧告を行い、同年一二月二〇日、別表一「公正取引委員会からの排除勧告・課徴金対象企業」欄に示す「排除勧告応諾」と記載のある排除勧告を応諾した下記八社(以下「応諾八社」という。)に対し、同条四項に基づき排除勧告と同趣旨の審決をした。

・訴外新日鉱ホールディングス株式会社(ジャパンエナジー電子材料株式会社が同社に吸収合併されたものである。)

・被告出光興産

・被告東燃ゼネラル石油

・旧被告九州石油

・被告太陽石油

・被告キグナス石油

・タイホー工業

・扶桑石油

また、同表同欄に示す「排除勧告不応諾」と記載のある排除勧告不応諾の下記三社については、同日、独禁法四九条一項に基づき審判開始決定が行われ、平成一九年二月一四日に違反行為の排除等を命ずる審決を受けた。

・被告コスモ石油

・旧被告新日本石油

・被告昭和シェル石油

上記三社は、上記審決を不服として、同審決の取消を求めて東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起したが、平成二一年四月二四日、上記三社の請求はいずれも棄却された。このうち、旧被告新日本石油については、上記棄却判決が確定したが、被告コスモ石油及び被告昭和シェル石油については、最高裁判所に上告した。

イ 課徴金納付命令について

公正取引委員会は、平成一二年一一月二七日、応諾八社に対し、独禁法四八条の二第一項に基づき、平成一三年一月二九日を納期限とする合計二〇億〇九一二万円の課徴金納付命令を発し、別表一「公正取引委員会からの排除勧告・課徴金対象企業」欄に示す「課徴金確定」と記載のある下記二社については、同納付命令に基づき課徴金を納付した。

・タイホー工業

・扶桑石油

また、同表同欄に「課徴金不服→確定」と記載のある下記六社については、納付命令を不服としたため、公正取引委員会が、平成一三年二月五日、審判開始決定を行い、平成一七年二月二二日、下記六社に対して、当初の納付命令とほぼ同額の納付を命じる審決が出され、被告東燃ゼネラル石油を除く五社については、同審決が確定した。

・訴外新日鉱ホールディングス株式会社

・被告出光興産

・被告東燃ゼネラル石油

・旧被告九州石油

・被告太陽石油

・被告キグナス石油

そして、被告東燃ゼネラル石油については、同審決を不服として、同審決の取消を求めて東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起したが、平成一八年二月二四日、請求が棄却され、棄却判決が確定した。

なお、同表同欄に「課徴金不服」とある下記三社については、本件口頭弁論終結時点で、公正取引委員会において、課徴金納付命令についての審判が行われている。

・被告コスモ石油

・旧被告新日本石油

・被告昭和シェル石油

ウ 刑事事件について

公正取引委員会は、平成一一年一〇月一三日、独禁法七三条一項に基づき、被告コスモ石油、旧被告新日本石油、被告昭和シェル石油、被告出光興産、被告東燃ゼネラル石油、旧被告九州石油、被告太陽石油、被告キグナス石油、旧ジャパンエナジー(平成一五年四月一日に訴外ジャパンエナジー電子材料株式会社に組織変更)、タイホー工業及び扶桑石油を検事総長に刑事告発した。これを受け、東京高等検察庁は、上記会社らを独禁法三条違反の罪で東京高等裁判所に対し公訴提起し、同裁判所は、平成一六年三月二四日、合併により解散したため平成一五年一一月二八日に公訴棄却になった訴外ジャパンエナジー電子材料株式会社(旧ジャパンエナジー)を除く上記会社に対し、それぞれ罰金刑に処する旨の判決を言い渡した。

これに対し、被告コスモ石油、旧被告新日本石油、被告昭和シェル石油は上告したものの、いずれの上告も平成一七年一一月二一日に棄却され、その他の会社については上告することなく確定した(なお、被告コスモ石油については、最高裁判所の棄却決定に対し、異議申立を行ったが、平成一七年一二月一九日に棄却され確定している。)。

(10)  受注調整行為発覚後の経過

本件受注調整会社の受注調整行為の発覚を受け、原告は、エッソ石油を除く指名業者を平成一一年第四期から平成一二年第二期まで指名停止とする措置をとった。

もっとも、当該期間中においても、一部基地において調達が困難であることから、当該基地に関する石油製品については指名停止が解除されるなどの措置が取られていた。

また、本件石油製品のうち、航空タービン燃料を除く油種については、それまでの指名競争入札から一般入札制度へと制度を変更し、被告ら石油元売会社以外の会社についても、入札に参加することが可能になった。

航空タービン燃料については指名競争入札制度が維持され、指名停止期間後は、被告キグナス石油及び被告東燃ゼネラル石油を除く被告らが入札に参加していたが、平成一八年度第二期以降、航空タービン燃料についても他の油種と同様、一般競争入札制度が導入された。

(11)  本件訴訟に至る経緯

ア 原告は、平成一七年一月一一日、被告らの担当者に対する説明会を開催し、原告が支払った金額から、原告が適正として算出した本件石油製品相当額の金額を控除した金額に、支払日の翌日からの利息を付して被告らが返還するという取り扱いをしたい旨を説明した上で、同月一月一四日付で、上記差額について、国の債権の管理等に関する法律一三条一項に基づき、納入の告知をし、原告が支払った代金額の返還請求権を自働債権、各支払に対応する本件石油製品の価格相当額の返還請求権を受働債権として、対当額により相殺する旨の意思表示をした。

被告出光興産、同東燃ゼネラル石油、同太陽石油、同キグナス石油、同エクソンモービル、旧被告ジャパンエナジー及び同九州石油は、上記納入告知書を同日受領し、被告富士興産には同月一五日、被告コスモ石油、同昭和シェル石油及び旧被告新日本石油には同月一七日にそれぞれ上記納入告知書が到達した。

イ その後、原告が改めて本件石油製品の価格を算定したところ、上記納入の告知をした金額が減額となったため、原告は被告らに対し、同年一〇月二七日、歳入徴収官事務規定一三条一項に基づき、変更後の額で納付書を送付した。

ウ 原告が本件売買契約に基づき各被告らに対して支払った売買代金は、各被告らに対応する別紙債権目録の支払金額欄記載のとおりとなる。また、原告は、本件売買契約に基づいて被告らに支払った売買代金額から原告が算出した本件石油製品の客観的価格の合計金額を控除した金額を被告らに対して請求している(各被告らに対応する別紙債権目録の客観的価格欄及び返還請求額欄記載の金額参照)。

他方、被告らは、本件訴訟において、原告に対する不当利得返還請求権ないし国家賠償請求権を自働債権とし、原告の被告らに対する不当利得返還請求権を受働債権とする相殺の意思表示を行った。

二  争点

①  本件受注調整会社の受注調整行為は独禁法三条一項の不当な取引制限に該当するか(争点一)

②  原告と本件受注調整会社との間の本件売買契約は無効であるか(争点二)

③  原告とエッソ石油との間の本件売買契約は無効であるか(争点三)

④  被告富士興産及び被告エクソンモービルは、本件売買契約の当事者であるか(争点四)

⑤  被告JX日鉱日石エネルギーは旧ジャパンエナジーの不当利得返還債務を承継しているか(争点五)

⑥  原告の不当利得返還請求権が時効により消滅しているか(争点六)

⑦  原告の売買代金の支払は不法原因給付にあたるか(争点七)

⑧  原告の売買代金の支払は非債弁済にあたるか(争点八)

⑨  原告が本件売買契約の無効を主張することないし不当利得返還請求権を行使することは信義則に反しないか(争点九)

⑩  被告らは本件石油製品が返還されるまで、同時履行の抗弁権により原告に対し代金相当額の返還を拒むことができるか(争点一〇)

⑪  被告らの原告に対する不当利得返還請求権としての本件石油製品返還請求権に代わる価格賠償請求権の金額(本件石油製品の価格の算定方法)(争点一一)

⑫  被告らの原告に対する本件石油製品の引渡が不法原因給付にあたるか(争点一二)

⑬  国家賠償請求権との相殺の可否(争点一三)

⑭  信義則ないし過失相殺の類推適用によって原告の請求が減額されるか(争点一四)

⑮  原告の不当利得返還請求権の法定利息は年六分か(争点一五)

三  争点に関する当事者の主張

(1)  争点一(本件受注調整会社の本件受注調整行為は独禁法の不当な取引制限に該当するか)

(原告)

本件受注調整会社は、本件売買契約に先立ち、本件石油製品について各社の安定した受注量及び利益を確保するため、各社の本件石油製品の油種ごとの受注量の割合が、前年度の各社の本件石油製品の油種ごとの受注実績の割合に見合うものになるように案件ごとに受注すべき者を決定し、受注予定者以外の者は、受注予定者が落札できるよう協力する旨の本件受注調整行為を行っていたところ、このような本件受注調整会社の行為は、独禁法二条六項の定める不当な取引制限に該当するものである。

(被告ら)

被告らは、一物一価で石油製品を調達し、かつ、調達不能や遅滞といった事態を起こさないようにするという意向を有していた調達実施本部の担当官の指示、要請を受けて受注調整行為に及んでいたのであり、実際にも本件各入札及びその後に行われる商議の手続は完全に形骸化していた。

このように、本件では、発注者である調達実施本部自身により競争が排除されていたのだから、被告らの行為は独禁法二条六項の定める不当な取引制限には該当しない。

(2)  争点二(原告と本件受注調整会社との間の本件売買契約が無効であるか)

(原告)

ア 本件各競争契約の無効原因について

(ア) 本件各競争契約が公序良俗に反すること

上記のとおり、本件各競争入札に先立ち本件受注調整会社が行っていた本件受注調整行為は、独禁法二条六項及び三条一項の不当な取引制限に該当する。

そして、不当な取引制限は本件各競争契約当時から独禁法により刑事罰の対象とされていたこと、談合が反社会的な行為であるとの認識は本件各競争契約締結当時から著しく高まっていたこと、本件各競争契約は、本件受注調整行為の目的を達成するために必要不可欠なものであり、本件受注調整行為と本件各競争契約は密接不可分の関係にあることにかんがみると、本件各競争契約は、独禁法上違法な本件受注調整行為に起因するという事実だけで公序良俗に反し無効となる。

(イ) 会計法令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められること

(a) 会計法及び予決令の規定やその趣旨に反した契約も、私法上当然に無効となるわけではないが、入札制度の趣旨に反することや随意契約等によることができる場合として会計法及び予決令の規定の掲げる事由のいずれにも当たらないことが何人の目にも明らかである場合、契約の相手方において入札制度の趣旨に反することや随意契約等の方法による当該契約の締結が許されないことを知り又は知り得べかりし場合のように当該契約の効力を無効としなければ会計法及び予決令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められる場合には、私法上無効になるというべきである(最高裁判所昭和六二年五月一九日第三小法廷判決・民集四一巻四号六八七頁参照)。

(b) そして、談合によってあらかじめ決められた受注予定者が実体のない競争入札により国との間で契約を締結することを会計法令はおよそ許容していない。

このことは、何人の目にも明らかであり、少なくとも、契約の相手方である受注予定者において知り又は知ることができたというべきであるから、当該契約の効力を無効としなければ、入札制度や随意契約の制限について定めた会計法及び予決令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められることは当然である。

したがって、本件受注調整行為が行われたことにより締結された本件各競争契約は会計法令の規定の趣旨を没却するものとして無効である。

イ 本件各入札後随意契約の無効原因について

(ア) 本件各入札後随意契約が公序良俗に反すること

本件受注調整会社は、前記ア(ア)のとおり本件各入札後随意契約に先立ち、本件受注調整行為を行っており、このような本件受注調整会社の行為は、独禁法三条一項の定める不当な取引制限に該当するものである。

そして、不当な取引制限が独禁法上刑事罰の対象となること、談合が反社会的な行為であるとの認識は本件当時から著しく高まっていたことは前述のとおりであるところ、本件各入札後随意契約も、本件各競争契約と同様、本件受注調整行為の目的を達成するために必要不可欠な行為であり、本件受注調整行為と本件各入札後随意契約は密接不可分の関係にあることから、本件各入札後随意契約は公序良俗に反し無効となる。

(イ) 会計法令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められること

上述のとおり、契約の効力を認めることが会計法令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められる場合には、当該契約の効力を無効と解すべきところ、実体のない競争入札において入札参加者が予定した当初予定価格を上回る価格で入札し、あえて当初入札を不調とした上、当該受注予定者が国との間で随意契約を締結してしまうことを会計法が許容していないことは、受注予定者において知り又は知ることができたというべきであるから、このような場合に当該契約の効力を無効としなければ、入札制度や随意契約の制限について定めた会計法及び予決令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められることは当然である。

したがって、本件各入札後随意契約も会計法令の規定の趣旨を没却するものとして無効である。

ウ 本件各随意契約の無効原因について

本件随意契約における売買代金の価格は、同年度同期同油種案件についての最終の商議価格を参考に設定したものであるところ、参考となった商議における価格も被告らの談合の結果形成された不当に高い価格であった。

そして、被告昭和シェル石油は、自ら本件受注調整行為に関与していたのだから、このような不当に高い価格が形成された経緯を十分に認識していたにもかかわらず、これを利用し、本件各随意契約の予定価格の前提となった同年度同期同油種案件の価格が適正な競争を経て形成された価格であると原告に誤信させて締結させたものであり、本件各随意契約は、同一期に並行して行われた各入札の際の本件受注調整行為と密接不可分な関係にあるというべきであるから、このような随意契約も公序良俗に反し無効というべきである。

(被告ら)

ア 本件各競争契約の無効原因について

(ア) 本件各競争契約が公序良俗に反するとの主張について

(a) 本件において、本件受注調整会社が行った受注調整行為が独禁法二条六項の不当な取引制限には当たるという点は否認し、本件各競争契約が公序良俗に反することは争う。

(b) 仮に、本件受注調整会社が行った本件受注調整行為が独禁法二条六項の不当な取引制限にあたるとしても、本件各競争契約が締結された平成七年から平成一〇年にかけて、談合行為に起因するという事実だけで、談合行為に起因する契約が無効となるという公序は存在していないから、その事実のみをもって、本件各競争契約が公序良俗に反し無効となる旨の原告の主張は失当である。

また、本件受注調整会社は、上記のとおり、調達実施本部の意向に沿い、国防上の観点から全件不調を出さないように石油製品を納入するために、あらかじめ各基地に石油製品を納入する業者を決定していたのであり、原告の主張するような不当な目的を有していたわけではないこと、入札の方法についても調達実施本部が指示した方法にしたがっていたに過ぎず、本件受注調整会社の行為態様が悪質なものではなかったこと、本件受注調整会社は本件各契約期間中、本件石油製品をその客観的な価格よりも低い価格で原告に売却しており、その価格は争点一一で主張するとおり、むしろ原告に有利な価格であったことからすれば、本件各競争契約は公序良俗には反しないというべきである。

(イ) 会計法令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められるという主張について

(a) 本件受注調整会社は、本件石油製品の調達に係る入札の発注者である調達実施本部の決めた手続・ルールに従い、その意向に沿って本件石油製品を納入し、その代金を受領したに過ぎない。そして、本件受注調整会社は、調達実施本部の決めた手続・ルールが会計法令に違反するかどうかを判断する権限も能力も有していなかったのであるから、本件受注調整会社が会計法令に違反することはあり得ず、発注者である調達実施本部が会計法令に違反したことによる結果について本件受注調整会社が責任を負う理由はない。

(b) 会計法令には、これらに反する契約の効力に関する規定はなく、また、会計法令は、国の内部の行為について規定し、国の内部機関を名宛人とするものであるから、会計法令違反があったとしても、かかる不利益を契約相手方に負わせることについては慎重に検討すべきであり、原告の主張する特段の事情の有無の検討に際しては、相手方の利益ひいては取引の安全に十分に配慮すべきである。

しかし、本件では、調達実施本部の積極的関与により各入札が形骸化していたのであり、本来であれば随意契約によるべきところを、形式的に競争入札に付して締結されたに過ぎないのであって、その手続経緯は、当初から、契約価格については調達実施本部が提示する指値とし、受注者については調達不能を来さないように本件受注調整会社が事前に決定するという方式がとられ、実質的には随意契約と同様の調達方法であったのだから、本件受注調整会社としては、本件売買契約が無効とされることは全く想定外であった。

したがって、調達実施本部が自らの判断により会計法令に違反したことをもって、本件各契約を無効とすることは、調達実施本部の意思に反するものであるのみならず、契約相手方である本件受注調整会社の利益を著しく害し、ひいては取引の安全を害することは明白であり、特に、本件各契約に係る本件石油製品の納入及び代金の支払が完了している状況においてはなおさらである。

(c) 独禁法違反の契約の効力については、民法九〇条によって公序良俗に反するかどうかで判断するのが我が国の判例・通説の立場であり、原告が主張する会計法令違反による無効という特殊な法理を、独禁法違反の契約の効力の判断に拡張適用することは、判例学説の積み重ねを無視するものであって相当ではない。

仮に、このような特殊な無効原因の法理が独禁法違反の契約の効力の有無を判断する際に適用される余地があるとしても、会計法令の趣旨は財源の効率的使用、自由競争価格による支出の確保であるところ、本件では争点一一で主張するとおり、原告は本件受注調整会社から本件石油製品をその価格より大幅に安い価格で取得することができていたのだから、本件では、会計法令の趣旨に反することはない。

(3)  争点三(原告とエッソ石油との間の本件売買契約は無効であるか)

(原告)

エッソ石油は、本件受注調整行為には直接参加していないものの、エッソ石油以外の指名業者が受注調整行為を行い、受注すべき案件を割当てて、自由競争を回避していることを知りながら、これを妨害する動きをすることなく、自社で落札を希望しない案件についてはほとんど二回目で辞退し、落札希望案件は辞退しないという方法により落札希望案件を他の被告らに伝えるなどしていた。

また、他の指名業者らも、エッソ石油のこのような態度を容認し、エッソ石油の入札動向からエッソ石油が受注を希望していると判断した案件については、エッソ石油との価格競争による落札価格の下落を避けるため、受注希望の対象から外していた。

このように、エッソ石油は自社以外の指名業者の本件受注調整行為を積極的に利用して、本件売買契約を締結し、競争が排除され不当に高額に形成された代金により、本件受注調整行為に参加していた本件受注調整会社と同じように不当な利益を得ていたのであるから、エッソ石油の行為は、黙示のうちに談合に参加していた者と評価することができ、本件売買契約のうちエッソ石油を当事者とする契約も、本件受注調整行為に密接不可分なものといえ、公序良俗に反するなどして無効である。

(被告エクソンモービル)

ア 司法手続による刑事責任はもとより、公正取引委員会による独禁法違反の責任も問われていないエッソ石油を本件受注調整行為に参加していたものと同視することはできないし、本件受注調整行為に参加していたものと評価できるなどという原告の主張には何らの法的根拠もない。

また、自社で落札を希望しない案件について入札を辞退するというのは、入札者として当たり前の行為であり、他社が入札しなかったのはエッソ石油の落札希望案件を予測していたに過ぎず、エッソ石油は他社との叩き合いに備えて入札価格の下限について社内決済を得るなどしていたのだから、エッソ石油の入札方法が非難されるべき理由はない。

そして、仮に他の被告らの行為が不適切なものであったとしても、エッソ石油が他社の本件受注調整行為を阻止すべき法的義務はなく、発注者である原告自身がこれを是正すべきところ、これを長年にわたって認識しながら、容認しかつ積極的にこれに関与していたものであるから、原告の主張は失当である。

イ なお、上記被告エクソンモービルの主張に対する反論に当たる上記原告の主張は、これまで行う機会が十分にあったにもかかわらず、実質的にされたことはなく、最終準備書面によりされたものであるから、このような訴訟の経過にかんがみれば、時機に後れた攻撃防御方法にあたり、却下されるべきである。

(4)  争点四(被告富士興産及び被告エクソンモービルが本件売買契約の当事者であるか)

(原告)

本件売買契約に際し、被告富士興産はタイホー工業に、モービル石油は扶桑石油にそれぞれ代理権を授与し、タイホー工業及び扶桑石油は、それぞれ被告富士興産及びモービル石油のために、本件入札手続に参加し、原告との間で本件売買契約を締結したものであるから、タイホー工業及び扶桑石油が原告との間で締結した売買契約の効果は、その瑕疵も含めて、被告富士興産及びモービル石油に帰属する(民法一〇一条一項)。

したがって、本件売買契約が無効である以上、売買契約の効果が帰属する被告富士興産及びモービル石油(現被告エクソンモービル)は、原告に対し、売買代金を返還する義務を負う。

(被告富士興産及び被告エクソンモービル)

否認ないし争う。

本件売買契約は、タイホー工業及び扶桑石油が、それぞれ独立の当事者として原告との間で締結したものであり、その効果が被告富士興産及び被告エクソンモービルに帰属することはない。

また、仮にタイホー工業及び扶桑石油が被告富士興産及びモービル石油の代理人であったとしても、タイホー工業及び扶桑石油は自己又は第三者の利益を図ることを意図していたのであり、このようなタイホー工業及び扶桑石油の行為は代理権の濫用にあたる。

そして、タイホー工業及び扶桑石油が代理権を濫用していることについて、原告は悪意であったか、少なくとも過失があったことから、いずれにしてもタイホー工業及び扶桑石油の行為の効果が被告富士興産及び被告エクソンモービルに帰属することはない。

(5)  争点五(被告JX日鉱日石エネルギーは旧ジャパンエナジーの不当利得返還債務を承継しているか)

(原告)

本件では、原告が旧ジャパンエナジーに対して、本件売買契約が無効であることに起因する不当利得返還請求権を有していたところ、石油事業を中心とする部門の本件新設分割に先立ち、臨時株主総会で承認された分割計画書(以下「本件分割計画書」という。)中に、本件営業に係る一切の資産、負債及び契約上の地位その他の権利義務を承継する旨が定められていることからすれば、旧被告ジャパンエナジーは、平成一七年法律第八七号による改正前の商法三七四条一項及び同条の一〇第一項に基づき、ジャパンエナジー電子材料会社(旧ジャパンエナジー)の有していた本件石油製品に係る本件売買契約の契約上の地位を承継した。

したがって、旧被告ジャパンエナジーを吸収合併した被告JX日鉱日石エネルギーは、ジャパンエナジー電子材料会社(旧ジャパンエナジー)の不当利得返還請求債務を承継している。

(被告JX日鉱日石エネルギー)

ア 売買契約上の地位を承継していないこと

本件で原告が主張する不当利得返還請求権は、本件売買契約が無効であることにより、民法七〇三条及び七〇四条という法律の規定によって発生する債権であり、売買契約等の法律行為から生じたもの又はこれに準ずるもののいずれにも当たらないから、本件売買契約上の地位の承継に伴って承継されるものではない。

また、本件新設分割の効力が発生した時点では、既に本件売買契約の履行は終了していたから、その契約上の地位を移転することはできないし、仮に原告の主張するように本件売買契約が無効であるとすれば、無効な売買契約の地位を承継するということもできないのだから、原告の主張は失当である。

イ 原告が主張する不当利得返還債務を承継していないこと

(ア) 本件分割計画書には、原告が主張する不当利得返還債務を旧ジャパンエナジーから旧被告ジャパンエナジーに承継させる旨の規定はない。

また、上記のとおり、原告が主張する不当利得返還債務は、旧ジャパンエナジーの営業活動とは無関係に生じたものであることから、旧被告ジャパンエナジーが承継する「本件営業に係る負債」ではない。

(イ) さらに、本件分割計画書には、旧被告ジャパンエナジーが承継する負債が「平成一四年九月三〇日現在の貸借対照表その他同日現在の計算を基礎とし、これに分割期日前日までの増減を加減した上で確定する」とされているのに対し、旧ジャパンエナジーが承継する負債は、旧ジャパンエナジーの計算において負債または義務として認識されなかったものが列挙されていることにかんがみれば、本件分割計画書は、会社の計算において負債または義務として認識されるものは旧被告ジャパンエナジーに承継する一方で、会社の計算において負債または義務として認識されないものについては、本件営業以外にかかる義務として旧ジャパンエナジーに承継させるという趣旨で定められたものと解される。

そして、本件分割計画書が作成された時点及び分割期日の時点で、原告が主張する不当利得返還債務は、旧ジャパンエナジーの計算において同社の負債または義務として認識されていなかったのだから、原告が主張する不当利得返還債務は、本件営業以外に係る義務として、ジャパンエナジー電子材料会社(旧ジャパンエナジー)に承継され、旧被告ジャパンエナジーには承継されない。

(ウ) 旧ジャパンエナジーの負債または債務が本件新設分割によって旧被告ジャパンエナジーに承継されるためには、「本件営業に係る負債」に当たることに加えて、上記のとおり、平成一四年九月三〇日現在の貸借対照表その他同日現在の計算を基礎とし、これに分割期日前日までの増減を加減した上で確定される必要があるところ、このような作業を経て分割対象として確定したという事実は存在しないことから、仮に、原告主張の不当利得返還債務が「本件営業に係る負債」に該当するとしても、同債務は旧被告ジャパンエナジーには承継されない。

(6)  争点六(原告の不当利得返還請求権が時効により消滅しているか)

(被告ら)

ア 原告の不当利得返還請求権の表見的法律関係は、商行為たる本件売買契約であるから、仮に本件売買契約が無効であるとした場合には、その巻き戻しである不当利得返還請求権についても、商行為に属する法律関係から生じたもの又はこれに準ずるものとして、商法上の消滅時効の規定が適用されるべきである。

そして、本件では、本件売買契約が締結された時点から既に五年が経過していることから、原告の不当利得返還請求は時効によって消滅している。

イ また、仮に、商法上の短期消滅時効の適用がないと解した場合であっても、被告らが準備書面で時効援用の意思表示をした時点で、契約締結から一〇年間経過している本件売買契約に関する不当利得返還請求権は、民法上の時効によって既に消滅している。

(原告)

ア 商法上の消滅時効の規定が適用されるべきであるという点は争う。

本件で原告が被告らに対して請求している債権は、法律によって生じる不当利得返還請求権であり、商行為に属する法律行為から生じたもの又はこれに準ずるものに当たらない。

イ 民法上の消滅時効が成立しているという点も争う。

原告は、平成一七年一月一四日付けで被告らに対し、国の債権の管理等に関する法律一三条一項の規定による納入告知書を交付ないし送達し、同日ないし同月一七日までの間に被告らに到達している。

そして、会計法三二条では、法令の規定により、国がなす納入の告知は、民法第一五三条の規定にかかわらず、時効中断の効力を有すると規定されていることから、原告の被告らに対する不当利得返還請求権の消滅時効は、被告らの下に納入告知書が到達した時点で中断している。

したがって、被告らの民法上の消滅時効は成立していない。

(7)  争点七(原告の売買代金の支払が不法原因給付にあたるか)

(被告ら)

本件では、歴代の調達実施本部の契約担当官が、本件受注調整行為の存在を知悉していただけでなく、むしろ本件受注調整行為を積極的に利用ないし助長していたのだから、本件受注調整行為における調達実施本部の契約担当官の寄与度は極めて大きく、原告が本件売買契約に基づき、被告らに支払った売買代金は不法原因給付にあたる。したがって、原告が被告らに支払った売買代金を不当利得として請求することは許されない。

(原告)

否認ないし争う。

ア 不法原因給付は、その給付を保護すべき利益がない場合に、返還請求を認めないという趣旨から設けられた規定であるところ、原告の財政基盤は国民の税金にあり、国民のために利用されるべきものであることから、本件における不当利得返還請求権の保護利益は国民全体の利益であるといえる。

このように、本件における不当利得返還請求権の保護利益が国民全体の利益である以上、原告の給付を保護すべき利益がないとはいえないから、本件においては不法原因給付の規定は適用されず、被告らの主張は失当である。

イ また、不法原因給付にあたるというためには、不法の構成要件事実の認識及び不法を弁識する能力が必要であると解されているところ、国の場合については、支出権限を有する各省庁の長を基準として不法の構成要件事実の認識及び不法を弁識する能力について判断すべきであるが、各省庁の長は、契約行為の結果生じた国の債務についての支出の意思決定、当該債務履行のための小切手振出し、又は国庫金振替書発行について支出官を設置してこれを行わせることができるとされており(会計法二四条一項)、調達実施本部においては、会計課長がその官職に指定されていたことから、本件においても、不法の構成要件事実の認識及び不法を弁識する能力の有無については、会計課長を基準として決すべきである。

これに対し、被告らは、契約担当官の認識をもって原告の認識であると主張するが、会計法は、同法一三条一項において、各省各庁の長は、支出負担行為担当官に支出負担行為に関する事務を委任することができると定める一方で、上記のとおり、同法二四条一項で支出官に支出行為を委任することができると定めており、このことからすると、同法は、国の支出負担行為については、支出負担行為担当官が自己の固有事務として行うことを認める一方で、支出行為については支出官が自己の固有権限として行い得ることを定めたものであるといえる。

したがって、支出負担行為担当官は支出については何らの決定をすることもできないのであって、支出についての国の認識は、支出官の認識をもって判断するほかない。

そして、本件において、会計課長は、被告らの談合行為の存在を認識していなかったし、仮に、支出負担行為担当官である契約担当官の認識を基準として、原告の認識とすることができるとしても、上記のとおり、本件では契約担当官が被告らの談合を積極的に利用・助長していたという事実はないのだから、いずれにせよ、原告の被告らに対する売買代金の支払が不法原因給付にあたるという被告らの主張に理由はない。

ウ さらに、原告の被告らに対する売買代金の支払が不法原因給付にあたるとしても、本件では、被告らが調達実施本部発注の石油製品の入札に際し、昭和三〇年代から受注調整会議を開き談合を繰り返してきたこと、オイルショックが終了したのを契機に、そのような談合の手法を今回用いられたのとほぼ同様の手法に変更して競争を回避し、予定価格をつり上げていたこと、これら長年の談合行為により、被告らは莫大な利益を得ていた一方、契約担当官の行為は、被告らの本件談合によって長年にわたって当初入札が全件不調となり、商議も難航する中で、自衛隊が担う国防という重大任務に支障を生じさせないための早期調達・安定調達の要請に応えるためのやむを得ない措置であったこと、石油製品の調達原資が国民の税金であることから、少しでも安く調達しなければならないという財政・会計法令上の要請に応えるという面もあったことからすれば、原告の違法性は被告に比して極めて微弱であり、被告らが不法原因給付を主張することはできない。

(8)  争点八(原告の売買代金の支払が非債弁済にあたるか)

(被告ら)

調達実施本部の契約二課担当官、原計二課担当官及び契約原価計算副部長らは、本件売買契約に基づいて、被告らに売買代金を支払う際に、代金支払債務が存在しないことを知っていた。

したがって、本件売買契約に基づき原告が被告らに各石油製品の代金を支払った行為は非債弁済となり、原告は被告らに対し、その返還を求めることができない。

(原告)

ア 七〇八条の趣旨は、公序良俗に反する行為は無効であるが、これに関与した者は自らの不当不法な行為を言い立てて法の保護を受け得ないという高い法の理念に基づくものであり、非債弁済よりも遙かに高位に位置するというべきであるから、不法原因給付が問題となりうる事例においては、非債弁済の規定は適用されないと解すべきである。

イ また、争点七で主張したとおり、当時の調達実施本部においては、会計課長が支出負担行為担当官に指定されているのだから、契約担当官の認識をもって、原告の認識とする被告の主張は失当である。

ウ 仮に、契約担当官が「債務の弁済として給付をした者」にあたり、契約担当官の認識をもって、原告の認識とすることができると解しても、契約担当官は業者間で何らかの調整行為が行われているのではないかという程度の認識しか有しておらず、また、これを判断するための証拠もないような状態であったのだから、被告らの行為が独占禁止法のどの条項に反するのかを判断することが困難であった。

したがって、契約担当官が談合に基づく入札として、契約が無効であると認識することも困難であり、契約担当官が債務の不存在を知っていたとはいえず、原告の被告らに対する代金の支払は、非債弁済に当たらない。

(9)  争点九(原告の請求が信義則に反するか)

(被告ら)

被告らの談合行為については、現場の契約担当官のみならず、防衛庁の上層部も認識していたにもかかわらず、本件石油製品を滞りなく調達することができたこと、会計検査院に対する説明もしやすくなったことなど原告にとっても有利な事情があったことから、被告らの談合を黙認し、さらには助長することによって、被告らの談合行為を利用していた。さらに、原告は被告らが納入した石油製品を既に使用している。

このような事情があるにもかかわらず、本件談合の発覚を理由として、本件売買契約が無効である旨主張して、不当利得として売買代金の返還を求める原告の行為は、信義則に反し許されない。

(原告)

いずれの事実も否認し、信義則に反するという点は争う。

ア 本件のように、談合が行われていた契約の無効を主張することが信義則に反するかどうかについては、原告との関係だけではなく、国民との関係で判断すべきであるから、調達実施本部の契約担当官等に不適切な行為があったとしても、そのことから直ちに原告の請求が信義則に違反すると解すべきではない。

イ そして、本件では、上記のとおり、調達実施本部の行う石油製品の調達手続において、被告らが長年にわたって談合を繰り返し、競争を回避することによって、予定価格をつり上げ、その結果、莫大な利益を得ていたのであり、他方、調達実施本部の担当官は、国防上の観点から石油製品を安定的に確保するために、やむを得ず今回のような不適切な行為に及んでしまったものであるから、原告が不当利得返還請求権に基づいて、売買代金の返還を求める行為が信義則に反するとは到底認められない。

(10)  争点一〇(本件石油製品現物との引換給付が認められるか)

(被告ら)

本件売買契約が無効である場合には、不当利得返還請求権に基づき、被告らは、原告に対し、被告らが納品した本件石油製品と同種同等同量の現物の返還を請求することができ、原告の請求権と被告らの本件石油製品返還請求権は同時履行の関係に立つ。

そして、原告は、被告らに対し、本件石油製品を現物で返還していないことから、原告の請求が認められる場合には、本件石油製品との引換給付が認められることになる。

(原告)

争う。

本件石油製品は既に全て費消されており、現物が存在しない。したがって、原告が被告らに対し、不当利得返還義務を負っているとしても、その内容は、本件石油製品の現物を返還する義務を負うものではなく、石油製品相当額を返還する義務を負うものであるから、被告らの主張は失当である。

(11)  争点一一(本件石油製品の価格の算定方法)

ア 当事者双方の主張の概要

(被告ら)

(ア) 不当利得返還請求における原物返還に代わる価格の返還は、市場価格(時価)をもって行われるべきであるところ、本件石油製品は、被告らを供給者、原告を需要者とする市場で取引が行われたものであり、当該市場における市場価格が原告の利得、すなわち、被告らの原告に対する不当利得返還請求権の具体的な金額となる。

したがって、原告の利得として被告らが立証すべき「価格」とは、当該市場において自由競争がなされていた場合に形成されたであろう取引価格、すなわち、想定落札価格を指すと解すべきである。

しかし、本件当時と本件以後の本件石油製品の契約価格を単純に比較するだけでは、経済的要因等の変動がある場合には、本件石油製品の想定落札価格を適切に算出できない。

そこで、そのような経済的要因等の変動部分を排除するために、各時点における市況値が当該時点までに生じた経済的要因を反映したものであることに着目し、本件当時から現在まで継続して存在する市況資料に基づく市況値と自由競争期間における実際の契約価格中の基準価格(裸の金額であり、契約価格(単価)から固定経費を控除した金額。以下「基準価格」という。)の一KLあたりの差額を加重平均によって算出した上、本件期間における契約価格に当該差額を加算あるいは減算する方法によって、本件当時の想定落札価格を算定するのが最も適切である(以下、この算定方式を「スプレッド方式」という。)。

(イ) また、①当時の市況平均値は、当時の石油製品の一般的な価値を示しているものであること、②一般的な市場に比べ、本件市場は防衛庁向けのために特殊な納入条件等が設けられていることから、本件市場で形成される石油製品の価格は最低でも当時の市況平均値を下回るものではないことは明らかであり、その意味で、当時の市況平均値が本件市場における本件石油製品の価格であるという考え方もできる。したがって、被告らは、スプレッド方式に加え、市況平均値を基準とする算出方法についても主張する(以下、この算定方式を「市況平均方式」という。)。

(原告)

(ア) 本件では、被告らが予備的主張として、原告に対し、談合行為を理由に本件売買契約が無効であることを前提とする不当利得返還請求権を本訴請求債権に対する相殺の自働債権として行使しているところ、本件の場合は、原告が既に本件石油製品を費消してしまい、現物返還が不可能であるから価格返還をすべき場合であり、その場合の返還価格とは、原告が本件石油製品を取得した時(引渡時)の時価(客観的価格)を意味する。したがって、談合行為による契約の存在を前提として、仮に談合行為がなければ原告が当該契約で支払ったであろう代金額である想定落札価格を指すものではない。

そうすると、被告らは相殺の抗弁において、想定落札価格を立証しただけでは足りず、①一義的に定まる価格(時価相当額)か、②当該一義的に定まる価格が最低でもそれを下回ることがない最低値を主張立証する必要がある。

しかし、被告らの主張するスプレッド方式及び市況平均方式は、いずれも被告らが相殺の抗弁において主張立証責任を負っている上記のような価格を立証しうる算定方法ではない。

(イ) また、仮にスプレッド方式ないし市況平均方式を適用して本件石油製品の価格を立証しうるとしても、本件事案においては、被告らは、いずれの方式を用いても、本件石油製品の客観的価格を立証することができない。

したがって、被告らの主張するスプレッド方式及び市況平均方式によって、本件石油製品の客観的価格は検証できない。

(ウ) 本件石油製品の客観的価格は、当時の市況最低値を基準として算定すべきである。そして、原告は、当時の各石油製品の市況最低値に別表三のとおり定められた一定の固定費を合計した金額を控除した上で、本件請求を行っているものであるから、市況最低値を基準とした場合、被告らは原告が自認する以上の金額の返還請求権を有しておらず、被告らの相殺の主張には理由がない。

イ スプレッド方式に関する当事者の主張

(被告ら)

(ア) スプレッド方式を適用するための前提条件について

(a) スプレッド方式によって価格を算出する石油製品の種類

航空タービン燃料以外の石油製品(以下「一般燃料」という。)については、平成一二年度第三期以降において、調達方法が指名競争入札から一般競争入札へと変更され、また、輸入品等でも納品が可能となるなど、競争の前提となる入札資格及び製品の条件に大きな変更が加えられており、スプレッド方式を適用する前提を欠いている。また、一般競争入札への変更等に伴い、被告らの大半が自由競争期間においては一般燃料を納入しておらず、自由競争期間における基準価格と市況値の乖離値を求めることができない。

そこで、被告らは、以上の理由から、本件石油製品のうち航空タービン燃料(JP―4)についてのみ、その価格を明らかにする(以下、スプレッド方式における「航空タービン燃料」とは、JP―4を指すものとする。)。

(b) 対象とする自由競争期間の設定

本件では、①被告らの大半は、平成一一年一〇月から平成一二年第二期まで指名停止措置を受けていたため、この期間については、市況値と比較対照すべき被告らの基準価格が存在しないこと、②平成一〇年度第四期から指名停止措置が行われるまで、被告らの一部が依然として調達実施本部担当者からの依頼によって、落札業者のいない案件の納入を引き受けていたことから、平成一〇年度第四期から平成一一年一〇月までに行われた契約における航空タービン燃料の価格は自由競争市場における価格ではなく、この期間中の市況値との比較も参考にはできないこと、③平成一八年度第二期以降は、航空タービン燃料の調達方法が指名競争入札から一般競争入札へと変更され、市場の構成が変化したことから、対象とする自由競争期間は、平成一二年度第三期から平成一八年度第一期まで(以下、この期間を「第一次的自由競争期間」という。)とすべきである。

なお、被告東燃ゼネラル石油については、平成一二年度第三期以降、原告と取引を行っていないものの、本件期間において被告東燃ゼネラル石油が納入していた基地については、本件期間後、被告エクソンモービルが概ね納入を行っていたことから、同被告の基準価格を基礎とすることとする。

(c) 実際の基準価格と比較する市況値

航空タービン燃料は、防衛庁のためにのみ生産される特殊な燃料であることから一般的な市況価格は存在しない。

しかし、航空タービン燃料は、灯油を基材として生産される燃料であること、調達実施本部自体も航空タービン燃料の落札価格を決定する基準として灯油の市況値を参考にしていたことから、航空タービン燃料の基準価格と比較する市況値としては灯油の市況値を用いるべきである。

そこで、契約日(認証日)に最も近い時点における灯油の市況値のうち、統計的に見て当時の灯油の市況値として合理的であると考えられる日本経済新聞、日刊工業新聞、物価版及び建設物価に掲載された灯油市況値のうち最低値と最高値を除いた残り二つの市況値の平均値(以下「二市況平均値」という。)を基準とする。

(イ) スプレッド方式による航空タービン燃料の価格の検証

(a) 被告らの各基準価格を基準とした場合

以上の前提条件の下に、第一次的自由競争期間内に被告らがそれぞれ販売した航空タービン燃料の基準価格と二市況平均値との差額の合計を数量加重平均すると(以下「各社個別計算」という。)、別表五―一の①欄記載の金額となり、これに被告らが本件期間中に原告に販売した航空タービン燃料の数量を乗じると、被告らが本件期間中に販売した航空タービン燃料の価格の合計額は、同表の②欄記載の金額になる。

(b) 被告らの加重平均値を基準とした場合

また、第一次的自由競争期間において被告らが販売した航空タービン燃料の基準価格と二市況平均値との差額の合計を数量加重平均すると(以下「全社統一計算」という。)、乖離値は、別表五―一の③欄のとおり一KLあたり三二八九円となり、これに被告らが本件期間中に原告に販売した航空タービン燃料の数量を乗じると、被告らが本件期間中に販売した航空タービン燃料の価格の合計額は、同表の④欄記載の金額になる。

(c) 平成一〇年度第三期から平成一八年度第一期を自由競争期間とした場合(以下、この期間を「第二次的自由競争期間」という。)

上述のとおり、スプレッド方式を適用する前提条件としての自由競争期間は、第一次的自由競争期間とすべきであるが、原告の主張にかんがみて、第二次的自由競争期間を自由競争期間とした上でスプレッド方式を適用して、各社個別計算すると、数量加重平均は別表五―二の①欄記載の金額となり、これに被告らが本件期間中に原告に販売した航空タービン燃料の数量を乗じると、被告らが本件期間中に販売した航空タービン燃料の価格の合計額は、同表の②欄記載の金額になる。

(原告)

(ア) スプレッド方式が失当であること

(a) 上記イで主張したように、被告らが相殺の抗弁において立証すべき本件石油製品の「価格」とは、本件石油製品の納入時の時価相当額を意味すると解すべきところ、被告らの主張しているスプレッド方式は、「想定落札価格」を前提とするものにすぎないから、本件石油製品の価格を主張立証したことにはならない。

(b) また、本件石油製品の納入時の時価相当額については、①一義的に定まる価格(時価相当額)か、②当該一義的に定まる価格が最低でもそれを下回ることがない最低値を主張立証する必要がある。

しかし、スプレッド方式は、実際に存在する取引価格ではない二市況平均値を基礎として用いており、本件石油製品の価格は一義的に定まる価格の基礎にはならないし、市況平均値というものは、対象とする市況値の中にその数値を下回る取引か価格が存在することを当然の前提とすることから、一義的に定まる価格が最低でもそれを下回ることがない最低値の基礎になることもない。

(c) したがって、被告らの主張するスプレッド方式では、被告らが主張立証すべき本件石油製品の「価格」を立証したことにはならず、被告らの主張は失当である。

(イ) スプレッド方式を適用するための前提条件を十分に立証できていないこと

(a) 被告らの主張するスプレッド方式は、価格の絶対値で比較する従来の前後理論ではないものの、相対的な差をもって比較する前後理論の一種であるというべきであることから、その適用に当たっては前提条件の共通性があるかどうかを検討しなくてはならない。そして、航空タービン燃料の客観的価格については、相殺の抗弁を主張する被告らが立証責任を負うのだから、その前提条件についても被告らが立証責任を負うというべきである。しかし、被告らは本件対象期間の前後において価格に影響を及ぼす経済的要因にさしたる変更がないことを立証していない。

(b) また、この点についての立証がなされているとしても、被告らの主張するスプレッド方式においては、灯油の基準価格と航空タービン燃料の価格形成要因等に本件期間中と自由競争期間において相違がないことを立証しなければならない。

しかし、被告らは、①航空タービン燃料の基準価格には影響を与えないが、灯油の基準価格には影響を与える要因の存否、②その逆の要因の存否、③影響の程度に差がある要因の存否、④変動した要因が存在したとして、その影響が実際に等しく及んだのか否か、といった前提条件について何ら立証していないのであり、この点においても被告らのスプレッド方式を本件で採用することはできない。

(ウ) 本件では、スプレッド方式を用いても、航空タービン燃料の客観的価格を検証できないこと

本件においては、以下に述べるとおり、①市場構造等の変化により、本件期間前後において、石油製品の価格形成要因そのものが大きく変動していること、②航空タービン燃料の価格にのみ影響する要因が存在していること、③灯油の市況価格にのみ影響する要因が存在していることから、被告らのスプレッド方式によって算定された航空タービン燃料の価格は同燃料の客観的価格とは言えない。

(a) 市場構造等の変化により石油製品の価格形成要因そのものが大きく変動していること

本件期間の前後においては、下記のとおり、石油製品の価格形成要因に大きな変動が生じている。

① 石油製品の輸入を実質的に制限していた特定石油製品輸入暫定措置法廃止の検討が開始された平成六年当初以降、自由化を先取りした競争の激化等の影響が生じ、ガソリンを中心に石油製品の価格が大幅に下落し、こうした事態を受けて、平成九年度ないし平成一五年度にかけて市場に大きな変化が起きていることから、本件期間の前後において、石油製品の価格形成要因には大きな変動が生じているといえる。

② また、平成一一年七月以降、ガソリン及び灯油の先物取引市場が開設され、元売業者と特約店などとの間の販売価格について、参考価格が参考にされるようになった。

③ 規制緩和に伴う採算の悪化に伴い、石油精製・元売業者において、供給能力の削減や事業者間の再編等による合理化・効率化を図った結果、石油製品の需給関係やコストといった価格形成要因に大きな変動が生じた。

④ 原油価格の向上に加え、上記③の精製・流通部門での合理化や合併・提携によって石油製品の販売価格に含まれる石油元売各社のマージンが回復したことにより、本件期間前後における石油製品の価格形成における要因は大きく変化した。

(b) 航空タービン燃料の価格にのみ影響する要因が存在していること

次に、本件期間の前後においては、航空タービン燃料の価格にのみ影響を及ぼす要因として、以下の事由が存在する。

① 自由競争期間において、被告らは本件談合についての責任をめぐって公正取引委員会から排除勧告を受け、刑事訴追もされていただけでなく、本件では不当利得返還義務をめぐり、原告らと係争状態を続けてきており、このような係争状態における原告と被告らとの間の取引が全くの自由競争状態にあるとはいえず、被告らが自由競争期間中に国に販売した航空タービン燃料については、その価格を上昇させる特別な事情が存在していた。

② 平成一二年度第三期からは、入札前に応札意向調査を実施した上で、応札意思を示した応札予定者が一社しかいなかった場合には、当該会社と随意契約を締結し、指名競争の結果落札されなかった案件については随意契約を締結するという方式に変更した結果、随意契約による契約が多数にのぼっている。

③ 平成一一年度第四期以降、仕様書の変更によって認定工場を有していない企業も入札に参加することが可能になった。

④ 平成一四年度第四期から平成一五年度末までの間にはイラク戦争発生の見込みに伴う原油上昇を避けるための特約(航空タービン燃料に係る参照単価の変動に伴う契約金額の変更に関する特約条項)を設けた。

(c) 灯油の価格のみに影響する事情が存在していること

そして、本件期間の前後には、灯油の価格のみに影響を与える下記の事情も存在する。

① ジョイント・バーター取引の拡大

ジョイント・バーター取引とは、被告ら元売企業が、石油製品の流通において、自社の製油所よりも納入地に近い他社の製油所から石油製品の出荷を融通してもらう取引であり、これによって油槽所までの輸送距離を短縮し、輸送コストが削減されるという効果が生じる。

そして、灯油の取引においては、平成九年度からジョイント・バーター取引が拡大したのに対し、航空タービン燃料の納入形態については、本件期間中も平成一二年度第三期から平成一八年度第一期までの間においても変化していないことからすれば、ジョイント・バーター取引の拡大によるコスト削減効果は、灯油市況にのみ影響を及ぼす要因となる。

② 灯油需要の減少傾向

灯油の需要は平成七年から平成一二年の間にピークを過ぎて徐々に減少傾向を示している。これに対し、航空タービン燃料の需要については昭和三五年から平成一八年にかけてほぼ上昇し続けていることは認められるから、この事実からも航空タービン燃料の価格形成要因に織り込まれない事情が存在することは明らかであり、灯油の市況値との比較により航空タービン燃料の価格を推認するという被告らの主張は認められない。

(d) 以上のとおり、仮に、スプレッド方式による価格の算定が認められるとしても、上記事実からすれば、航空タービン燃料の価格は、灯油の市況値の変動を受けるものであるというスプレッド方式を適用するための前提条件が失われていることは明らかであり、この点でも被告ら主張のスプレッド方式を本件において用いるのは適切ではない。

(エ) 自由競争期間を平成一〇年度第四期から平成一一年度第三期とすべきこと

(a) 平成一〇年度第四期から平成一一年度第三期以外の期間は比較対象期間として相当でないこと

上述のとおり、平成一一年度第四期に認定工場を有しない企業であっても入札が可能になったことをはじめとし、応札意向調査の実施(平成一二年度第三期以降)、航空タービン燃料にかかる参照単価の変動に伴う契約金額の変更に関する特約が付されていたこと(平成一四年度第四期ないし平成一五年度末)、原油価格の高騰(平成一六年度以降)など、航空タービン燃料の調達に関する諸条件について変化があったことに加え、特に平成一一年度第四期から平成一二年度第二期までの期間は、被告らに対する指名停止処分が行われた結果、被告ら元売業者以外の商社や特約店が航空タービン燃料を納入していたところ、これらの商社等は、通常中間マージンを上乗せしており、価格の上昇要因が存在していたことにかんがみれば、平成一一年度第四期から平成一八年度第一期までを自由競争期間とすべきではない。

(b) 平成一〇年度第四期から平成一一年度第三期を比較対象期間とすべきこと

これに対し、本件談合が発覚した直後の平成一〇年度第四期から被告らの大半が指名停止になる平成一一年度第三期までは、本件期間と同じ条件で入札が行われた期間であり、かつ、自由競争が行われていた期間であるといえること、旧被告ジャパンエナジーも同期間においては自由競争が行われていたことを自認していることから、仮に被告ら主張のスプレッド方式を適用するとしても、本件では、平成一〇年度第四期から平成一一年度第三期までを比較対象期間とすべきである。

そして、同期間における航空タービン燃料の契約価格は、灯油の市況最低値より約二〇〇〇円程度安いことから、被告らは航空タービン燃料相当額の不当利得返還請求権を有しない。

(オ) 小括

以上のとおり、被告らの主張するスプレッド方式は、想定落札価格を前提とする点及び市況平均値を基礎とする点で、そもそも価格を算定するための方法論たり得ない上、スプレッド方式の適用に必要な前提条件の主張立証を欠いている点でも失当である。

また、仮に被告らの主張するスプレッド方式が、航空タービン燃料の価格を算定しうるとしても、本件では、本件期間の前後において価格に影響を及ぼすと思料される価格形成要因と灯油の価格のみに影響を及ぼすと思料される価格形成要因のいずれにも変動が認められるから、本件ではスプレッド方式を適用して、航空タービン燃料の価格を算定することはできない。

さらに、本件でスプレッド方式によって航空タービン燃料の価格を算定することができるとしても、その比較対象期間となる自由競争期間は、被告らが主張するような平成一一年度第四期から平成一八年度第一期とすべきではなく、本件期間と同様の条件で、かつ、自由競争が行われていた平成一〇年度第四期から平成一一年度第三期までとすべきであり、そうであるとすれば、被告らに不当利得返還請求権は発生していないから、被告らの相殺の抗弁は認められない。

ウ 市況平均方式に関する当事者の主張

(被告ら)

(ア) 市況平均方式を適用するための前提条件について

(a) 基準となる市況値の選定方法

本件前提事実(1)ウ記載のとおり、本件石油製品のうち、航空タービン燃料を除く一般燃料については、一般の市場に流通している石油製品であり、当該製品の取引価格を示す資料としては、本件前提事実(4)イ記載のとおり、財団法人経済調査会の発刊する「物価版」、財団法人建設物価調査会の発刊する「建設物価」、日本経済新聞、日刊工業新聞、財団法人建設物価調査会の発刊する「価格調査報告書」の五つの市況資料が存在した(平成一〇年度第三期以降は、価格調査報告書が廃止されたため四つになった。)。

そこで、航空タービン燃料を除く一般燃料の市況平均値としては、①上記五つ(平成一〇年度第三期については四つ)の資料の平均値を算定する方法と、②上記五つの資料の中から最高値と最低値を除いた三つ(平成一〇年度第三期については二つ)の資料の平均値を算定する方法がある(以下、①の方法によって算出された平均値を「五市況平均」、②の方法によって算出された平均値を「三シグマ」という。)

そして、市況値の基準時点及び固定経費の金額については、原告と同じく、契約日(認証日)に最も近い日の市況値を基準とし、固定経費についても、別表三のとおり、防衛庁が本件売買契約当時に定めていた額を基準とするものとする(なお、被告らは争点を明確化するために原告の主張する固定経費を採用しただけで、原告主張の固定経費が合理的であると認めるものではない。)。

(b) 航空タービン燃料の市況値について

航空タービン燃料については、上述のとおり防衛庁向けの特殊な商品であることから、一般的な市況値は存在しないものの、上記のように航空タービン燃料は灯油を主原料としていること、原告も航空タービン燃料の価格を決定するに当たっては灯油の市況値を参考にしていたことから、航空タービン燃料の価格については灯油の市況平均値を用いるものとする。

そして、灯油の市況値には、京浜地区にタンクローリーで納入する際の輸送費として一KLあたり一五〇〇円が含まれているので、市況平均方式において航空タービン燃料の価格を算定するに当たってはこれを控除した金額とする。

なお、原告は、後述のとおり、灯油市況最低値からさらに六〇〇円/KLを控除すべきと主張するが、このような原告の主張には理由がないので、市況平均方式を用いて航空タービン燃料の価格を算出するにあたっても、上記輸送費(一五〇〇円/KL)は控除するが、これに加えて六〇〇円/KLの控除は行わないものとする(被告らが六〇〇円/KLを控除しないとする理由も後述のとおり)。

(イ) 市況平均方式による本件石油製品の価格の検証

以上のようにして算出された差額は、別表六のとおりであり、被告らは原告に対し、不当利得返還請求権に基づき、同表①欄(五市況平均を用いた場合)または②欄(三シグマを用いた場合)記載の金銭の支払を請求できる。

(原告)

(ア) 市況平均方式が失当であること

上述のとおり、本件で被告らが主張立証すべき本件石油製品の「価格」は、①当該一義的に定まる価格か、②当該一義的に定まる価格が最低でもそれを下回ることがない最低値であるところ、①そもそも市況平均値は、複数の市況値を平均して得られた観念的な計算結果にすぎず、実際に存在する取引価格ではない上、どの市況値を平均するかによって計算結果が種々に異なることから一義的に定まる価格になり得ず、また、②市況平均値というものは、対象とする市況値の中にその数値を下回る取引価格が存在することを当然の前提とすることから、一義的に定まる価格が最低でもそれを下回ることがない最低値にもなり得ないものである。

したがって、被告らの主張する市況平均方式も、スプレッド方式同様、石油製品の価格を算定しうるものではない。

(イ) 本件では、市況平均方式を用いても、本件石油製品の価格を検証できないこと

本件では以下に述べるとおり、一般燃料の価格が市況最低値を超えるものではなかった蓋然性が極めて高いこと及び五市況平均値は被告らにとって極めて有利な価格であることから、市況平均値が本件石油製品の価格を反映しているとは認められない。

(a) 一般燃料の価格が市況最低値を超えるものではなかった蓋然性が極めて高いこと

本件では、①本件期間中においても、一般燃料については、後述のとおり、現実に市況最低値で落札された事例(国立病院向け燃料油の事例)が存在し、また、②平成一二年度第三期から平成一八年度第一期までの間においても、調達実施本部が発注した一般燃料について市況最低値で落札された事例が存在する。

したがって、他の市況値と比較しても、一般燃料の価格は、市況最低値を超えるものではなかった蓋然性が極めて高く、これを上回る市況平均値が価格を反映しているとすべき合理的な理由は見当たらない。

(b) 五市況平均値は被告らにとって極めて有利な価格であったこと

五市況のなかでも、日刊工業新聞の市況は他の市況よりも高めの価格であり、最低価格をつけていた日本経済新聞の市況を含めた五市況の方が、日刊工業新聞と日本経済新聞を除いて算定される三シグマによって求められる市況値よりも高く、被告ら元売業者側に有利な価格であったことから、これが本件石油製品の価格を正確に反映しているとは認められない。

(ウ) 小括

以上のとおり、被告らの主張する市況平均方式も、市況値の平均値を用いている点で、そもそも価格を算定するための方法論たり得ない。

仮に、被告らの主張する市況平均方式が、本件石油製品の価格を算定しうるとしても、本件では、市況平均値(特に五市況平均値)が本件石油製品の価格を反映しているとは認められないことから、本件では市況平均方式を適用して、本件石油製品の価格を算定することはできない。

エ 市況最低値を基準価格とする算定方法について

(原告)

以下に述べるとおり、本件石油製品の価格は市況最低値を基準とすべきであり、スプレッド方式ないし市況平均方式に基づいて本件石油製品の価格を算定するという被告らの主張には合理的な理由がない。

(ア) 一般燃料について市況最低値を基準価格とすることの合理性

(a) ①市況最低値といえども実際に市場で契約が成立した価格であること、②むしろ、本件石油製品の調達が毎年度市況資料の基準となる取引数量に比して膨大な量を調達しているため、被告らにとってはより利益率のよい条件であること、③原告は、本件石油製品を特約店を通すことなく、石油製品の製造販売会社である被告らから直接調達していたのであり、特約店のマージンがない分、割安な購入が可能であること、④現金決済をしているため、支払条件が一般取引よりもよく、市況最低値でも十分に取引可能な額であることに照らしても、本件石油製品の価格について、市況最低値を基準とするという原告の計算方法には合理性がある。

(b) また、実際にも、国立病院等向け燃料油の入札結果について、①落札価格を受注数量で除した落札単価と②市況資料掲載の油種ごとの市況最低値とを比較すると、市況最低値以下の価格で落札される案件が多数存在し、①には固定経費が含まれていることを考慮すると、①②ともに基準価格のみで比較した場合には、落札単価のうちの基準価格相当額が市況最低値を下回る案件は更に増えることが予想され、このような点からしても、市況最低値をもって価格を算定したことについて合理性が認められる。

(c) さらに、被告らの主張する第一次的自由競争期間である平成一二年度第三期から平成一八年度第一期においても、灯油は概ね市況最低値あるいはそれ以下で落札されており、灯油以外の一般燃料についてもその傾向が同様であることからも、原告が市況最低値を採用した上で、価格を計算していることに合理性が認められる。

(イ) 航空タービン燃料について

(a) 概要

被告らも主張するとおり、航空タービン燃料については、市況資料に掲載がないものの、①灯油が類似品ととらえられ、訓令一四条が定める「類似計算により市場価格が推定できる」場合に当たることから、市況資料による灯油の価格を基準価格とした上、②そこから灯油の基準価格には京浜地区内にタンクローリー車で納入する場合の標準的な輸送費である一五〇〇円/KLが含まれているから、これを控除し、さらに、下記(ウ)の理由から六〇〇円/KLを控除して(すなわち、灯油の市況最低値から合計二一〇〇円/KLを控除して)算定すべきである。

(b) 灯油の市況最低値から六〇〇円/KLを控除することの合理性

① 航空タービン燃料についてはスケールメリットがあること

本件各期について、灯油の調達量は六八三KLないし一万六〇九五KLであるのに対し、航空タービン燃料の調達量は二二〇八KLないし二三万三九三九KLと発注量が極めて大きいことから、航空タービン燃料については、いわゆるスケールメリットがあるといえ、六〇〇円/KLを差し引くべきである。

② タービン燃料油の出荷価格と灯油の出荷価格の比較に基づく検証

工業統計表上、タービン燃料油(灯油から精製されるJetA―1(民間機用タービン燃料油)とJP―5のみならず、灯油とナフサを約半々の割合で精製するJP―4を含む。)の本件期間中の出荷価格は、灯油の出荷価格を常に下回っており、本件期間中の航空タービン燃料(JP―4)の価格は、灯油の出荷価格と比べ六〇〇円を大幅に下回る安さであることは明らかである。

③ JP―4に含まれるナフサの出荷価格に基づく検証

JP―4は、灯油とナフサのそれぞれ約半々から精製されているところ、工業統計表上、ナフサの出荷価格は、灯油の出荷価格の約四分の三程度であることから、航空タービン燃料(JP―4)の価格は、灯油の市況最低値よりも六〇〇円以上安いものと推測することもでき、JP―4の価格が灯油の市況最低値より下回るものであるといえる。

④ 平成一〇年度第四期ないし平成一一年度第三期における実績に基づく検証

上述のとおり、平成一〇年度第四期ないし平成一一年度第三期におけるJP―4の契約単価は、灯油の市況最低値よりも概ね二〇〇〇円以上安くなっていることが認められ、本件期間中におけるJP―4の価格が灯油の市況最低値を下回るという原告の主張が正当であることが明らかになっている。

(ウ) 小括

以上のとおり、本件では、一般燃料及び航空タービン燃料のいずれにおいても、原告が主張する算定方法が合理的であり、被告らの主張するスプレッド方式及び市況平均方式によって算出された本件石油製品の価格はいずれも適切ではない。

(被告ら)

本件石油製品の価格を決めるに当たって、市況値を基準とするとしても、被告ら主張のように市況平均値を基準とすべきであって、原告のように市況最低値を基準とすることは不合理である。

(ア) 一般燃料について市況最低値を基準価格とする合理性がないこと

(a) ①市況最低値といえども実際に市場で契約が成立した価格であるとの点については、そもそも本件で問題となっているのは、本件期間における防衛庁向けの本件石油製品市場における価格であるところ、原告の主張する市況最低値が成立した市場と、上記市場は供給者・需要者が異なる別の市場であり、そのような別の市場において、市況最低値で契約が成立した例があったとしても、そのことを根拠に、本件石油製品全ての価格を市況最低値であるとする根拠にはなり得ない。

②の本件石油製品の調達量が膨大であるという主張については否認する。

防衛庁と被告らの取引は、各期に案件ごとに個別の売買契約を締結するものであり、一つ一つの取引は市況資料の基準となる取引数量に比して膨大な量になっていたわけではないし、継続的な取引を前提としていないことから、安定的・計画的な生産販売ができるものでもなかったことから、原告主張のようなスケールメリットは存在しなかった。

③の原告は被告らから直接本件石油製品を調達しており、特約店のマージンがない分、割安な購入が可能であるとの主張についても否認する。

本来、特約店を介して最終需要家へ石油製品を販売する場合には、営業活動や配送業務等の全部又は一部を特約店が代行し、その費用という趣旨を含めて特約店にマージンを支払っているが、本件のように被告らが直接販売することによって、上記の業務に伴うコスト(被告らが普段行わない業務を行うことにより非効率的であり、高コストになる。)を被告らが負担することになり、結果としてそれが販売価格に転嫁されるため、被告らが直接原告に販売していたことが割安な購入につながることはない。

④の支払条件が一般取引よりもよいという点も否認する。

この点について、一般取引よりも支払条件が有利であるという証拠は何ら提出されておらず、むしろ、原告の取引条件は、納入してから支払が行われるまでの期間が一般取引よりも長いこと、契約書等の書類が多く事務が繁雑である等の事由によって一般取引よりも支払条件が有利であるとはいえない状況であった。

(b) 国立病院向け燃料油について、市況最低値を下回る価格で落札されたという実績があったとしても、そこから本件石油製品についても市況最低値をもって価格を算定するという点については争う。

国立病院向け燃料油と本件石油製品とでは、入札参加業者、油種、納入場所、納入方法の前提条件が全く異なる以上、これを本件石油製品の価格の算出方法の算定方法が妥当であることの根拠として用いることはできないというべきであり、実際にも、防衛庁の関係者らは、国立病院向けの燃料油と防衛庁向けの本件石油製品とを同一基準では比較できないことを供述していた。

(c) 平成一二年度第三期から平成一八年度第一期に、一般燃料について市況最低値以下での落札があったことをもって、原告の算出方法が合理的であるとの主張は争う。

平成一二年度第三期から平成一八年度第一期に行われた一般燃料の調達については、一般競争入札へと入札方法が変更され、納入業者が被告ら元売業者ではなく、商社等の販売業者に変化するなど、前提となる市場ないし取引条件が異なるため、上記期間に行われた一般燃料の落札結果をもって、本件期間における本件石油製品の価格を算定することはできない。

(イ) 航空タービン燃料について

(a) 灯油の市況最低値を基準とすべきではないこと

上記のとおり、石油製品の価格を算定するに当たって基準価格を市況最低値とする原告の主張には合理的な理由がなく、航空タービン燃料についても灯油の市況最低値を基準とすべきではない。

(b) 灯油の市況最低値から六〇〇円/KLを控除すべきではないこと

① 防衛庁向けの航空タービン燃料についてはスケールメリットがないこと

調達実施本部向けの航空タービン燃料については、契約の数量で見れば調達量が多いとしても、案件毎の納入量については、被告らの企業規模からすると決して多いものではない。

また、上記のとおり、防衛庁の調達は、年間を通して行われるものではなく、案件毎の入札によって行われること、また、受入基地の都合により月間納入量が変化することから、将来の納入数量の予測が困難であり、計画的に大量生産を行うことも困難である。

さらに、納入先としても、山間地、離島等の僻地も存在し、納入に際してもコストがかかる。

これらの事実からすれば、防衛庁向けの航空タービン燃料についてスケールメリットがあるから一KL当たり六〇〇円を控除すべきという原告の主張には理由がない。

② 他の石油製品の出荷価格に基づいた検証について

原告の主張するタービン燃料油の出荷価格には民間機用タービン燃料であるJetA―1が含まれ、かつ、工業統計表におけるタービン燃料油の出荷価格についてはJetA―1の出荷価格が大部分を占めている。

また、JP―4、JP―5に使用されている重質ナフサは、脱硫されているものでなければならず、工業統計表上の出荷価格の基準となっているナフサと同一の製品ではない。

したがって、これらの出荷価格に基づいて、航空タービン燃料の価格が灯油の市況値から一KL当たり六〇〇円を控除するという原告の主張が裏付けられることにはならない。

③ 平成一〇年度第四期ないし平成一一年度第三期における実績に基づく検証について

この点については、前述のとおり、上記期間においては、①いまだ自由競争が完全に回復していなかったこと、②コスモの担当者が落札価格を誤って記載したため、落札価格が異常に下落したこと等の事情から、参考とすべき期間ではない。

④ 航空タービン燃料が生産、輸送、保管の各段階で高いコストがかかる製品であること

ⅰ 生産段階におけるコスト

本件前提事実(1)ウ記載のとおり、JP―4、JP―5は、JetA―1とも異なる防衛庁独自の仕様が定められた製品であって、その生産には手間暇がかかる。また、JetA―1の製品規格項目は一一項目であるのに対し、JP―4、JP―5については一六項目とされており、出荷の際にも財団法人防衛調達基盤整備協会の調査担当者による立会検査が行われ、そこに被告らの担当者も立ち会う必要があるなど、厳しい検査が要求されている。

さらに、入札が案件毎に行われることによって、防衛庁の調達に合わせてスポットで生産しなくてはならず、工場の運転効率は明らかに悪い。

ⅱ 輸送段階におけるコスト

JetA―1については、当該空港を利用する航空会社が共同して保有するタンク等にタンカー等を用いて、一度に大量の数量を納入することができる。他方、防衛庁向けの航空タービン燃料については、納入先が山間地や離島等の僻地となっている案件が存在しているだけでなく、その納入方法についても、防衛庁が定める納入条件において納入する必要があり、多頻度の分割納入を求められるため、効率が悪くコストがかかってしまう。

ⅲ 保管段階におけるコスト

JP―4、JP―5については、他の油種が混ざらないようにするために、専用のタンクを確保することや油槽所タンクに注ぎ足しが禁止されるなど厳格な保管が求められている。そして、上記のとおり、案件毎に入札が行われることから、納入がない時期や納入量が安定しない時期が発生してしまうが、そのような時期においても専用タンクのランニングコストが等しく発生するため、設備の稼働率も悪い。

このように、専用設備を確保する必要性に加え、設備の稼働率が悪いことから、結果的に保管段階におけるコストも割高となる。

(ウ) 小括

以上のとおり、本件石油製品の市況最低値を基準として価格を算定すること及び航空タービン燃料について灯油の市況値から一KL当たり六〇〇円を控除することにはいずれも合理的な理由がなく、原告主張の算定方法が適切でないことは明らかである。

(12)  争点一二(被告らの原告に対する本件石油製品の引渡が不法原因給付にあたるか)

(原告)

本件売買契約が公序良俗に反することは争点二において原告が主張したとおりである。また、今日、談合が反社会的な行為であるとの社会的認識は著しく高まっている。

したがって、被告らの本件石油製品の納入は、独禁法上違法とされている不当な取引制限に起因する各売買契約に基づくものである以上、被告らの原告に対する本件石油製品の引渡しは不法原因給付にあたり、本件各石油製品原物ないし本件各石油製品相当額の金銭を不当利得返還請求権に基づいて請求することはできない。

(被告ら)

ア そもそも談合行為が独禁法上禁止されているのは、競争政策を実施するに当たっての一つの手段であって専ら技術的・政策的観点からの規制に過ぎず、それが倫理、道徳に反する醜悪な行為としてひんしゅくすべき程の反社会性を有していたり、人格的非難に値する悪であったりするという理由に基づくものではないことからすると、被告らの原告に対する談合行為に基づく本件各石油製品の納入は民法七〇八条の「不法の原因」にはあたり得ない。

また、本件各石油製品の納入は、給付の内容自体が不法ではないこと、不法な行為の対価でもないこと、給付の動機に不法性があるわけでもないことに照らすと、不法な原因の「ために」なされた給付ではない。

イ さらに、上記争点一及び二における被告らの主張のとおり、本件受注調整行為は原告が主導したものであること、そうでなかったとしても、原告の入札担当者によって被告らの行為が黙認あるいは助長されていたこと、争点一一で述べたように原告は結果として有利な価格で本件各石油製品を調達していたことからすれば、被告らの本件各石油製品の納入が社会の倫理、道徳に反する醜悪な行為に当たらないことは明らかである。

(13)  争点一三(国家賠償請求権との相殺の可否)

(被告ら)

契約二課担当官は被告らの受注調整行為を積極的に容認・助長していたのだから、仮に、本件売買契約が無効であり、原告が被告らに対し不当利得返還請求権を有するとした場合、被告らは上記担当官の違法行為によって、当該不当利得返還債務と同額の損害を被ったことになるから、被告らは、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項に基づき、原告に対し、損害賠償請求権を有する。

したがって、被告らは、原告に対する損害賠償請求権と、原告が被告らに対して有する不当利得返還請求権を対当額において相殺し、その結果、原告の被告らに対する不当利得返還請求権は全て消滅する。

(原告)

争う。

これまで主張してきたとおり、調達実施本部の契約担当官は本件談合を容認ないし助長したものではないから、被告らの主張は前提を欠くものである。

また、専ら公益目的のものや行政の内部的な義務等、個別の国民に対して負担する義務でないものは、国賠法上の違法の前提たる職務上の法的義務とはならないところ、被告らが職務上の法的義務の根拠法令として挙げる独禁法や会計法令は、公益目的のものや行政の内部的義務を規定するものであり、個別の国民としての被告らに対して負担する職務上の法的義務の根拠になるものではない。

さらに、契約担当官の不適切な行為があったとしても、それによって妨げられたのは入札の公正さであり、国民一般が損害を受けたとしても、被告らが損害を受けたとはいえない。

以上のとおり、被告らは原告に対し、国賠法に基づく損害賠償請求権を有するものではなく、同債権を自働債権とする被告らの相殺の主張は失当である。

(14)  争点一四(信義則ないし過失相殺の規定によって原告の請求が減額されるべきか)

(被告ら)

本件では、調達実施本部の契約担当官らが、被告らの談合行為を認識しながら、原告にとっての利益を享受するために、被告らの談合行為を容認し、それを助長するような行為を行っていたのであり、このような契約担当官らの行為が、被告らの談合行為に大きく寄与している。

したがって、本件においては、公平の観点から、信義則ないし過失相殺の規定が類推適用されることによって、原告の請求が制限、減額されるべきである。

(原告)

争う。

不当利得は、法律上の原因がないのに、利得を受益した者に対し、取得した利益を損失者に対し返還させるための制度である。他方、過失相殺は、損害の填補を目的とする損害賠償制度の中において、損害の公平な分担を図るために設けられている制度であり、利得の返還を直接の目的とする不当利得の制度においては、このような過失相殺の趣旨は妥当しないというべきである。

したがって、不当利得において、過失相殺の規定を類推適用することはできず、被告らの主張は失当である。

(15)  争点一五(原告の不当利得返還請求権の法定利息)

(原告)

不当利得制度の基礎にある公平の理念から、受益者が目的物を営業用に使用して収益を上げた場合などは商事法定利率を適用すべきところ、被告らはいずれも商行為をすることを業とする目的で設立された会社であるから、原告から受領した金員をその営業に使用して収益を上げたものとみるべきである。

したがって、本件で原告の不当利得返還請求権に対する利息は、商事法定利率である年六分の割合によるものとするのが相当である。

(被告ら)

争う。

仮に原告が不当利得返還請求権を有しているとしても、当該請求権は、公序良俗違反、入札制度の趣旨違反、入札条件違反または会計法令違反に基づき、本件売買契約が無効であることから発生するものである。

したがって、そのような事由を原因として発生した原告の不当利得返還請求権は、営利性を考慮すべき債権とはいえず、その利息については、商事法定利率が適用されるべきではなく、民事法定利率の年五分が適用されると解すべきである。

第三当裁判所の判断

一  本件前提事実に加えて、《証拠省略》によれば、以下の事実を認定することができる。

(1)  本件期間における受注調整行為の態様

ア 受注調整行為のための会合の開催

被告コスモ石油の担当者であったK(以下「K」という。)は、入札説明会(概ね入札の一週間前に調達実施本部により実施される。)が終わると、その場で契約二課の担当官に対し、部屋を貸して欲しい旨を告げ、担当官が部屋から退出すると、その場で、出席意思のないゼネラル石油及びエッソ石油を除いた本件入札参加業者の担当者に対して、入札日の概ね二日前に各案件について受注予定者を決定するための会議を開催するから、出席するよう呼びかけ(以下、この会議を「受注調整会議」という。)、その開催場所、開始時間等を告げた。

受注調整会議は、平成九年ころまでの間は、主に株式会社ニヤクコーポレーションの会議室で、それ以降は、弘済企業株式会社の会議室で、大抵、当初入札の行われる二日前の午前九時三〇分に開催されていた。

受注調整会議には、本件受注調整会社のうち、被告コスモ石油、日本石油、三菱石油、旧ジャパンエナジー、旧被告九州石油、被告昭和シェル石油、被告出光興産、被告太陽石油、被告キグナス石油、扶桑石油及びタイホー工業の各担当者が出席していた(なお、上述のとおり、被告富士興産が平成九年度第三期から平成一〇年度第二期の間、指名業者には選定されていなかったため、タイホー工業の担当者も同期間の受注調整会議には参加していなかった。以下、同期間について「本件受注調整会社」という場合には、タイホー工業を除くものとする。)。

ゼネラル石油の担当者は、受注調整会議には出席しないものの、Kらに受注を希望する案件を記載したリストを事前に交付し、受注調整会議が終了すると、会議の結果、ゼネラル石油に割り当てられた案件等について連絡を受け、実際の入札においても、受注調整会議に参加している業者と同様に行動していた。

さらに、平成一〇年度第三期については、三菱石油の担当者もゼネラル石油と同様の方法をとっていた。

なお、平成一〇年度第三期当時、調達実施本部では調達実施本部幹部による背任事件の存在が浮上し、東京地方検察庁による捜査が行われているなどと報道されていた。

イ 受注調整会議の内容

(ア) 受注予定者の決定

(a) 一般燃料の受注予定者の決定

本件受注調整会社は、受注調整会議において、まず一般燃料について、自動車ガソリン、灯油、軽油、A重油の順番で受注予定者を決定していった。具体的には、Kが①前年度のシェアを基準として事前に計算していた各社が受注を希望できる数量と②エッソ石油が受注を希望すると予想した案件及びゼネラル石油(平成一〇年度第三期については三菱石油も含む。)が受注調整会議前に、Kに対して受注を希望した案件を本件受注調整会社に示し、その上で、受注調整会議に出席していた各会社の担当者(ただし、旧被告九州石油、被告太陽石油及びタイホー工業を除く。)が順番に受注を希望する案件(複数落札制度が適用される案件については受注を希望する数量を含む。)を述べていき、各会社の担当者の希望が概ね明らかになった段階で、Kが旧被告九州石油、被告太陽石油及びタイホー工業の受注予定案件をそれぞれの会社の希望や前年度のシェアを勘案した上で割り当てていた。

このように各案件についての各社の希望が出揃った段階で、当該案件を希望する会社が一社の場合は当該会社が受注することとし、当該案件を希望する会社が複数の場合は、落札を希望する会社間の話し合いやKの仲介等によって受注予定者を調整していた。

そして、各案件についての受注予定者が決まった後で、受注希望者が出なかった発注数量の少ない案件や離島・山間僻地へ納入する案件についての配分を決定していたが、最後まで受注希望者が出なかった場合には、主にシェアが多い被告コスモ石油と日本石油がそのような案件を引き受けて受注予定者となっていた。

(b) 航空タービン燃料の受注予定者の決定

次に、航空タービン燃料については、一般燃料と異なり、各基地ごとに受注可能な業者が限定されていたり、各社の希望を聞いていたのでは手間がかかる等の事情から、Kが前年度のシェア等を勘案して各案件をどの業者に配分するか(各社ごとの受注案件や受注量の指定)というところまで事前に案を用意していた。そのため、その案に基づいて、各業者間で案件の交換等を行った上で受注予定者を決定していった。

そして、受注調整会議に出席していないゼネラル石油(平成一〇年度第三期については三菱石油も含む。)は、上記アのとおり、受注調整会議に先立ち、Kらに受注を希望する案件を伝達し、Kもゼネラル石油の希望する案件を他の本件受注調整会社に対して示していたことから、ゼネラル石油の希望する案件についても、受注調整会議に参加している各社の担当者に伝達され、それを踏まえて受注予定者が決定されていた。

(イ) 入札時における本件受注調整会社の行動についての合意

本件受注調整会社は、以上のようにして受注予定者を決定すると、実際の入札時における各社の行動について、以下のとおりの合意をしていた。なお、ゼネラル石油(平成一〇年度第三期については三菱石油も含む。)に対しては、受注調整会議終了後、Kから当該調達期における次の合意事項が伝達されていた。

(a) 入札価格について

Kは、受注調整会議に先立ち、市況値を分析して当該調達期における最低商議価格(指値)を推測していたため、当初入札における三回の入札及び商議における二回の商議札の提出に際して入札すべき価格について、前期の基準価格に一定の幅をもった金額を加算・減算する形で示した(以下「価格レンジ」という。)。

その上で、当該調達期において、連絡会社として指定された業者から、各業者に対して、調達要求番号、納入先、固定費、前期の基準価格等が記載されたリストが配布され、各業者は、このリストとKが示した価格レンジを用いて、応札価格等を決定していた。

(b) 受注予定業者以外の入札業者の決定

次に、本件受注調整会社は、受注予定業者以外の業者の行動について、以下のとおり合意した。

① 当初入札の一回目の入札においては、受注予定業者も含め、当該案件について指名を受けている全ての業者が入札を行う。

② 当初入札一回目の入札が不調となる結果、二回目の入札が行われるが、その際には受注予定者を含めた二、三社(「追っかけ」などと呼ばれていた。)が当初予定価格を上回る価格で入札し、残りの業者は入札を辞退する旨の入札をする(以下、辞退する時に入札する入札書を「辞退札」という。)。

「追っかけ」の業者については、当該案件について指名を受けている業者の中から、当該案件を納入することが可能かどうか、当該案件の発注数量、当該案件の人気等を勘案して、Kが受注調整会議において決定していた。

また、平成一〇年度第一期補正分からは、ゼネラル石油が「追っかけ」への指定を拒否する旨をKに告げ、Kもこれを了承したため、ゼネラル石油が「追っかけ」に指定されることはなくなった。

③ 二回目の入札も不調となる結果、三回目の入札が行われるが、その際には二回目の入札に参加した「追っかけ」の業者は辞退札を入札し、受注予定者のみが当初予定価格を上回る価格で入札する。

④ 商議権者となった受注予定者は、商議においても、受注予定会議で示された価格レンジの幅の中で商議札を提出する。

⑤ 契約二課の担当官から最低商議価格(指値)が公表された後、当該最低商議価格(指値)に固定経費を加算した金額を商議札として提出するとともに、辞退札を提出することによって、商議を不調にして、落札予定価格を算定しなおした上で行われる新たな入札に持ち込む。

⑥ 新たな入札において、受注予定者は調達実施本部が提示した最低商議価格(指値)で入札し、その他の受注調整会社は上記最低商議価格を上回る価格で入札することで、受注調整会議で決定したとおり、受注予定者に各案件を受注させる。

(c) 複数落札入札制度が適用される案件について

複数落札入札制度が適用される案件についても、本件受注調整会社は、上記(a)・(b)と同様の合意をしていたが、複数落札入札制度が適用される案件については、価格だけでなく、どの受注予定者がどれだけの数量を受注するのかという点についても、受注予定者間で合意をしていた。

ウ 上記のような本件受注調整行為は、第一次オイルショックを契機に開始され、昭和五〇年ころから本件当時に至るまで行われていたものであった。

(2)  受注調整行為に基づく受注調整会社の行動

ア 当初入札における受注調整会社の行動

本件受注調整会社は、本件期間において、本件受注調整会議で決定された上記(1)の手順に従って行動し、エッソ石油が受注した案件を除いて、受注予定者に各案件を受注させていた。

すなわち、当初入札一回目では全ての本件受注調整会社が、当初入札二回目では受注予定者及び「追っかけ」に指定された業者が、当初入札三回目では受注予定者のみが、それぞれの入札に応じて定められた価格レンジの範囲内で入札し、その他の本件受注調整会社は辞退札を入札することによって、当初入札を不調にするとともに、受注調整会議で定められた受注予定会社を商議権者としていた。

ただし、後述のとおり、エッソ石油が当初入札二回目以降も辞退札を入札せず、継続して受注を希望してきた場合には、当該案件の受注予定者も辞退札を入札していた。

イ 商議における受注調整会社の行動

商議において、各指名業者の担当者は、契約二課の担当官が当該期の五市況や三シグマ等の市況平均値と前期の基準価格の差額を参考にして、できるだけ低い価格での契約締結を目指して交渉してくるのに対抗するため、市況資料などを事前に準備し、できるだけ高い最低商議価格(指値)を引き出せるように商議に臨んでいた。

もっとも、本件受注調整会社は、受注調整会議における合意に従って、Kの示した価格レンジの範囲を下回る価格で契約締結をしようとすることはなく、結果として、本件前提事実記載のとおり、商議において契約が成立することはほとんどなかった。

ウ 新たな入札における受注調整会社の行動

本件受注調整会社は、受注調整会議における合意に従い、受注予定者は、契約二課の担当官が発表した最低商議価格(指値)に当該案件の発注数量を乗じた金額にあらかじめ開示されていた固定経費を加算した価格で入札し、その他の指名業者は当該金額を上回る価格で入札することによって、当該案件の受注予定者が予定どおり当該案件を受注することができるように行動していた。

(3)  本件における調達実施本部担当官の行動について

ア 入札開始前段階における調達実施本部担当官の行為

契約二課の担当官は、入札説明会において、指名業者に対し、①本件石油製品の基準価格を決定する際に用いる市況値がどの時点での市況値であるか、②グレード差、地域差、荷姿経費等の固定経費についての具体的な金額を本件入札参加業者に開示していた。また、平成九年度第二期までは、受注調整会社が作成した案件ごとの固定経費の金額が記載された一覧表を原計二課の担当者が事前にチェックしていた。

さらに、契約二課の担当官は、入札説明会で、当初入札の実施日だけでなく、商議の日程や新しい入札の日程についても本件入札参加業者に告知していた。

イ 当初入札の段階における調達実施本部担当官の行為

(ア) 調達実施本部担当官は、エッソ石油、ゼネラル石油、九州石油、太陽石油、タイホー工業を除く、入札参加業者の担当者に、入札札の整理を手伝ってもらっていた。

そして、入札札の整理をしている際に、契約二課の担当官や入札札の整理をしている上記業者の担当者が入札札の金額や数量等に誤記があるのを発見した場合には、契約二課の担当官は、指名業者に確認した上で、指名業者が誤記であり訂正したい旨を申し出た際には、入札札の書き換えを認めていた。

(イ) 当初入札における入札は、本件前提事実のとおり合計で三回行われたところ、契約二課の担当官は、ほとんど間隔を空けずに連続して各回の入札手続を行っていた。

ウ 商議における行為

本件前提事実記載のとおり、商議では案件ごとに価格交渉を行うのではなく、油種ごとに価格交渉を行うこととされており、かつ、交渉は基準価格についてのみ行われ、固定経費については交渉が行われていなかった。また、最低商議価格(指値)のとおりに記載していない商議札については、指名業者に確認の上、訂正を認めていた。

さらに、平成一〇年度に行われた入札手続の際には、商議が一回しか行われていなかったが、それにもかかわらず、商議札を二回提出させていたこともあった。

エ 新しい入札における行為

(ア) 契約二課の担当官は、新しい入札において、最低商議価格に固定経費を加算した金額よりも低い金額(すなわち、新しい入札におけ落札予定価格)を下回る価格での入札を行った指名業者が存在した場合には、当該業者に対して、確認をした上で、入札札の訂正を認めていた。

(イ) 複数落札制度が適用される案件については、本件前提事実記載のとおり、各指名業者の受注希望数量が需要数量を超え、かつ、希望数量が最も少ない指名業者が複数いる場合には、くじによる抽選で、受注数量を減らされてしまう業者を決定するとされていたところ、契約二課の担当官は、Kから、くじによる抽選によって受注数量を減らされてしまう業者を事前に指定するメモを渡され、これに従って、くじによる抽選を行っていた。

(ウ) 落札業者が決定すると、当該業者は契約書を作成する作業に入るが、契約書には調達要領指定書を添付することが必要とされていたところ、迅速な納入が必要とされている案件については、新たな入札が行われて落札業者が決定する前に、調達要領指定書を交付していた。

オ 昭和六三年から平成二年まで原計二課で勤務していたLの作成した書簡(以下「L書簡」という。)には「各社が入札前に談合をしようとやるまいと入札の結果、調本と各社と個別に商議で詰める価格は同一価格とならざるを得ません。つまり、調本と石油元売り各社の合同商議によって価格が決まります。この最低商議価格は調本で指示します。従って石油元売り会社が自前(原文ママ)に談合したとしても同じ結果となります。」との記載が存在する。

また、防衛庁内部部局武器需要課所属のM作成の「特定石油製品輸入暫定措置法」廃止後の石油製品の調達について」という表題の文書(以下「Mペーパー」という。)には「当初示達は、市況最低値をベースにして示達している。これは、市況自体が日々変動することから、あえて不調にして、その後の商議による価格交渉をねらったものである。」との記載が存在する。

二  争点一(不当な取引制限に該当するか)

(1)  本件前提事実(6)及び上記認定事実(1)及び(2)によれば、本件受注調整会社は、本件期間中、各案件の受注予定者を事前に決定した上、その他の指名業者は当該案件について受注しないようにする旨合意し、実際の入札においても、当該合意に従って行動して、各案件について受注予定者が受注できるように行動していたことが認められる。

そうすると、本件受注調整会社は、調達実施本部が指名競争入札の方法によって発注する本件石油製品について、共同して、案件ごとに受注予定者を決定し、受注予定者が当該案件を受注することができるようにすることにより、公共の利益に反して、調達実施本部発注に係る本件石油製品の油種ごとの取引分野における競争を実質的に制限したものと認めるのが相当である(以下、調達実施本部発注に係る本件石油製品の油種ごとの取引分野のことを「本件取引分野」という。)。

したがって、本件受注調整行為は、独禁法三条、二条六項所定の不当な取引制限に当たる。

(2)  これに対し、被告らは、本件においては、調達実施本部が本件石油製品の調達不能や納入が遅滞するといった事態を防ぐとともに、会計検査院に対して説明がしやすいように、油種ごとの落札価格を統一するという一物一価の考え方に基づき、被告らに対して、最低商議価格(指値)を落札価格とすることや「当初入札三回、商議二回、最低商議価格の公表、商議の不調、新たな入札一回で落札」という手続の流れを遵守するように指示、要請していたのだから、本件取引分野における競争は原告によって排除されており、不当な取引制限が成立する余地はない旨を主張し、証人N及び証人Oの供述、同人らの陳述書を始めとする指名業者の各担当者の陳述書の中にもこれに沿う部分があるので、以下検討する。

確かに、本件前提事実(6)及び上記認定事実(3)によれば、①ほとんど全ての案件について、同じパターンで受注予定者及び落札価格が決定されていたことや複数落札案件についてはあらかじめ数量減となる業者が指定されたくじが用意されていたことなどから、調達実施本部の担当官の中には、本件受注調整会社による受注調整行為の存在を認識していた者が存在していたこと、②それにもかかわらず、長年にわたってそのような手続を是正したり、指名業者に対して受注調整行為の存在を追及したりすることなく、かえって、基準価格を決定する際に用いる市況値を採用する時期や固定経費についての情報を事前に開示したり、入札札及び商議札の差し替えを許容したりするほか、新たな入札での基準価格となる最低商議価格(指値)を指名業者の前で発表するなど本来の入札手続では想定しがたい行為に及んでいたこと、③この結果、Kが当初入札予定価格や最低商議価格(指値)を推測して価格レンジを示すことが可能になるだけでなく、指名業者が開示された最低商議価格と固定経費から新たな入札における落札予定価格を把握することができたことが認められ、結果として、調達実施本部担当官のこれらの行為が本件受注調整会社の受注調整行為を助長することになっていたと認められる。

しかし、本件では、それまで「当初入札三回、商議二回、最低商議価格の公表、商議の不調、新たな入札一回」という入札手続の流れが定着していたこと(本件前提事実(6))や、本件のような経緯を経て石油製品を調達することは、調達実施本部担当官の側にも本件石油製品の調達不能や納入遅滞といった事態を防ぐとともに、四〇〇から五〇〇件に上ることもある発注の入札、開札等の事務を簡略化し、さらに会計検査院や調達実施本部内部に対して競争が行われたという外見を整えることができるという利点が存在していたことが認められる。

そうすると、調達実施本部担当官の上記各行為は、調達実施本部担当官が当初入札及び商議では落札業者が現れず、最終的には最低商議価格(指値)を発表した後に行われる新たな入札を経なければならないという長年にわたる本件石油製品の調達の実態を前提に、上記のような利点を享受するため、換言すれば、上記一連の手続を経なければ発生すると予想された調達不能や事務の煩雑化等の担当官にとって都合の悪い事態を回避するために行われたものであると認めるのが相当であり、上記各行為をもって、調達実施本部の担当官が本件受注調整会社に対して、上記のような入札手続で落札することを指示、要請していたとはいえない。

次に、L書簡について検討すると、同書簡は、本件石油製品の調達手続における上記のような実態を記載したものであって、それ以上に、調達実施本部が入札参加業者に対して当初入札での落札を禁止していたとか、最低商議価格での落札を指示していた等の事実を同書簡から認めることはできない。

また、Mペーパーの記載についても、上記のとおり、当初入札三回では落札予定価格で入札する指名業者が現れることがないという事態が全案件で常態化しており、当初入札での落札の見込みがないことを前提にして、商議での価格交渉を行っていることを記載したものであり、このような状況で長期間にわたって当初入札での予定価格の設定を見直すことなく硬直化した調達手続を継続して行っていた調達実施本部の担当官の行為が適当であったかという問題はあるにせよ、当該記載をもって、調達実施本部が当初入札での落札を禁止していたことや最低商議価格(指値)での落札を指示、要請ないし強制していた等の事実を認めることはできない。

また、本件では、平成一〇年度第一期補正分からそれまで他の本件受注調整会社と同様に「追っかけ」に指定されていたゼネラル石油が「追っかけ」への指定を拒否したこと及び平成一〇年度第三期からそれまで受注調整会議に参加していた三菱石油が同会議への出席を取りやめたことが認められるところ(上記認定事実(1)ア、イ(イ))、仮に、原告から被告らに対して、当初入札での落札を禁止し、最低商議価格(指値)での落札を指示、要請していたのであれば、指定されていた「追っかけ」への指定を拒否したり、出席していた受注調整会議への出席を取りやめたりする必要性はないはずである。特に、三菱石油が受注調整会議への出席を取りやめたのが当時調達実施本部における背任問題が浮上していた時期と一致すること(上記認定事実(1)ア)からすると、三菱石油の上記措置が採られたのはこれに関連する捜査が行われる過程で、本件受注調整会社による受注調整行為が発覚することを恐れたために採られた行動であると考えるのが合理的であり、これらの事実からしても、調達実施本部の担当官が被告らに対して、当初入札での落札を禁止し、最低商議価格(指値)での落札を指示、要請していたとは認めがたい。

以上によれば、本件では、調達実施本部担当官の行為は、これまでの調達の実態から当初入札及び商議では受注業者が決まらず、最低商議価格(指値)を公表し、当該価格を基準とする新たな入札で受注業者が決定されてきたことを前提にして、調達不能や調達遅滞といった事態を避け、調達事務を簡略化・省略化するとともに、会計検査院に対して合理的な競争を行っているという説明を行うために行っていたものであって、本件受注調整会社の行為を是正することなく長年に渡って行われたこれらの担当官の行為が会計法上あるいは指名競争入札によって石油製品の調達を行う公務員の職務倫理に照らして重大な問題があったことは否定できないものの、同担当官が本件受注調整会社に対して、明示的又は黙示的に、当初入札での落札を禁止していたとか、最低商議価格での落札を禁止していたというものでは決してなく、本件受注調整会社側の受注調整行為が先行して行われてきた事態を受けてこれに対応してされたものに他ならない。

そうすると、本件では、指名業者間に自由競争の可能性が存在しており、本件受注調整会社の受注調整行為によってこの自由競争の機会が奪われてしまったことは明らかである。

したがって、上記Nらの供述部分及び陳述書記載部分をたやすく信用することはできず、他に本件受注調整行為が不当な取引制限に当たるとの当裁判所の認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、調達実施本部の担当官が、指名業者に対し、当初入札での落札や商議での随意契約の締結を禁止し、新たな入札において最低商議価格(指値)を基準とする価格で落札するように指示、要請していたため、本件取引分野における競争が排除されており、本件受注調整行為が独禁法三条、二条六項の不当な取引制限に該当しない旨の被告らの主張は理由がなく、採用することはできない。

争点一に関する原告の主張には理由がある。

三  争点二(本件売買契約は無効であるか)

独禁法に違反した行為に起因した私法上の法律行為の効力については、その法律行為が独禁法に違反したことに起因することをもって直ちに無効となることはないが、当該法律行為が公序良俗に違反する場合には無効になると解すべきである(最高裁判所第二小法廷昭和五二年六月二〇日判決・民集三一巻四号四四九頁参照)。

そこで、本件受注調整行為が選考した本件売買契約が公序良俗違反といえるかどうかについて検討する。

この点、被告らは、本件期間である平成七年から平成一〇年当時には、独禁法に違反するというだけで契約が無効になるという公序は存在していなかった旨主張する。

しかし、独禁法上、不当な取引制限に対しては、同法制定当時から本件当時に至るまで、排除措置命令や課徴金等の行政処分だけでなく、刑事罰まで設けられていたところ、その趣旨は、不当な取引制限によって同法の目的である公正かつ自由な競争による一般消費者の利益を確保し、国民経済の民主的で健全な発展を促進するという点が阻害される事態を防止するためであると解されるから、本件期間当時においても、不当な取引制限が経済秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの認識が存在していたものと認められる。

しかして、本件受注調整行為は談合行為であって、不当な取引制限の中でも明らかにその性質上自由競争秩序を阻害する行為であるのみならず、一般消費者の利益を害する行為として社会通念上容認することはできない。

そして、本件売買契約は本件受注調整行為によって競争を消滅させた後に、本件受注調整会社が当該行為から具体的な利益を得るための手段として行われたことからすると、本件売買契約と本件受注調整行為は密接不可分な関係にあり、本件売買契約を無効にしなければ、上記独禁法の趣旨は没却されると言わざるを得ない。したがって、本件売買契約は公序良俗に反し無効であると解するのが相当である。

これに対し、被告らは、①調達実施本部担当官の意向に従って納入業者を決定していたこと、②調達実施本部担当官に不適切な行為があり、被告らはそれに従ったに過ぎないこと、③被告らは、原告に対して、本件石油製品を有利な価格で売却していたなどとして、本件売買契約の締結は、公序良俗に反しない旨を主張する。

しかし、上記認定のとおり、本件で受注予定者を決定していたのは、あくまでも被告らであったのだから、上記①の主張に理由がないことは明らかである。

また、調達実施本部担当官に会計法の趣旨等に照らして、不適切な行為があったこと自体は否定できないものの、被告らが本件受注調整行為によって競争秩序を害していたという点は変わらない。さらに、本件売買契約によって、調達実施本部にも一定のメリットが存在したことは事実であるにせよ、他方で、被告らも長年にわたり競争を行うことなく本件取引分野におけるシェアを維持し続け、利益を獲得してきたことは明らかである。

したがって、本件における上記事情を考慮したとしても、被告らの受注調整行為に起因する本件売買契約の締結が公序良俗に反しないことにはならないというべきである。

争点二に関する原告の主張には理由がある。

四  争点三(原告とエッソ石油との間の本件売買契約の効力)

(1)  《証拠省略》によれば、本件におけるエッソ石油の行動等については、以下のとおり認定できる。

ア エッソ石油は、本件受注調整会議には参加していなかったものの、本件受注調整会社が受注調整行為を行っていることは認識していた。

イ エッソ石油は、当初入札を不調に終わらせるために、当初入札一回目においては全件について当初予定落札価格を上回る価格で入札し、自社が受注を希望しない案件については当初入札二回目の入札で辞退札を入れ、受注を希望する案件については二回目以降も入札を続けた。これによって、他の指名業者は、エッソ石油が二回目以降も入札を続けた案件については、エッソ石油が受注を希望する案件であるということを認識した。

ウ エッソ石油が受注を希望する案件については、毎回ほぼ同じ案件であったことから、他の指名業者は受注調整会議において、エッソ石油が受注を希望すると予想される案件については、受注予定者を決める案件から除外し、当該案件について、エッソ石油との競争を回避した。また、受注調整会議においてエッソ石油が受注を希望しないと予想し、受注予定者を決めた案件について、エッソ石油が当初入札二回目以降も入札を続けてきた場合には、当該案件の受注予定者が辞退札を入れて、エッソ石油との競争を回避した。

エ 上記ウのとおり、エッソ石油以外の指名業者がエッソ石油との競争を回避するという行動に出ていたのは、エッソ石油との間で価格競争になった場合に、エッソ石油は低い価格での競争を厭わない会社であるという認識が存在しており、万が一、エッソ石油が低い価格で受注をしてしまうと、商議においてエッソ石油の落札価格を材料として、価格を引き下げられてしまうおそれが存在したためであった。

そして、実際にも、エッソ石油は、自社が受注を希望する案件について、他の指名業者が当初入札二回目以降も入札を続けてきた場合に備えて、いつでも価格競争に応じられるように準備をしていた。

オ 以上の点を除く、エッソ石油の入札手続及び商議における行動は、他の指名業者と同様であった。すなわち、自社が受注を希望する案件については、当初入札三回、商議二回のいずれにおいても当初予定入札価格を上回る価格で入札してこれを不調とさせた上、調達実施本部の担当官から最低商議価格(指値)の提示を受け、最低商議価格(指値)に固定経費を加算した金額を記載した商三札と、辞退札である商四札を提出し、その後行われる新たな入札において最低商議価格(指値)に固定経費を加算した金額で当該案件を受注していた。

(2)  以上の認定事実及び本件前提事実によれば、エッソ石油は、他の指名業者が受注調整行為に及んでいることを認識しながら、これを利用することによって、競争を経ることなく自己が入札を希望する案件を受注していたことが認められ、このようなエッソ石油の行為は、他の指名業者によって本件取引分野における競争が制限されていたことに便乗して利益を得ていたと指摘されても無理からぬ点もある。

しかし、本件受注調整会社の本件売買契約の締結が公序良俗に反するのは、本件受注調整会社が受注調整行為を行い、他の業者と共同して、積極的に自由競争を停止することによって、競争秩序を害していた点に求められるところ、エッソ石油が自らの経営判断のみによって、受注を希望しない案件について辞退することや他社と競争してまでシェアを拡大する必要がないと判断すること自体は、仮に本件取引分野において自由競争が行われていたとしてもあり得る事態であるのだから、自らの判断のみによって受注を希望する案件について入札をし、そうでない案件については受注をしないという行為自体は、何ら競争秩序を害するものではない。

そして、受注を希望する案件については二回目も入札をし、受注を希望しない案件については当初入札二回目で辞退札を入札するという行動を取ることによって、本件受注調整会社に対し、エッソ石油が落札を希望する案件を暗示していたという点についても、上記のとおり、どの案件について受注を希望するかはエッソ石油が自ら判断していたものであり、希望しない案件についてまで当初入札二回目以降あるいは新たな入札において入札しなければならないわけではないのだから、エッソ石油の当該行動自体が直ちに競争秩序を害するものと評価することはできず、当該行動の結果、本件受注調整会社にエッソ石油が受注を希望する案件が伝わり、本件受注調整会社が競争を回避した結果、原告とエッソ石油との間に本件売買契約が締結されたとしても、そのことが直ちに同売買契約が公序良俗に反することを基礎づけるものとはいえない。

また、確かに、エッソ石油が受注を希望する案件について、本件受注調整会社が共同して辞退札を入札する行為は、エッソ石油との価格競争を回避し、受注調整行為によって作り出す競争制限状態を維持するために行われるものであり、本件受注調整会社にとっては不当な取引制限に当たりうるが、それだからといって、このような他社(本件受注調整会社)の行為を理由にエッソ石油が競争秩序を害していると評価することができないことは明らかである。

この点について、エッソ石油は自由競争が排除された結果、不当に高額に形成された代金により受注調整会議に参加していた本件受注調整会社と同様に不当な利益を得ていた旨原告は主張する。

しかし、ある取引分野において行われている競争制限行為に参加していない事業者が、他の事業者により競争制限行為が行われていることを認識した場合に、自らも利益を拡大しようとこれに追随することを法的に非難することはできず、このような場合に他の事業者の本件受注調整行為を阻止すべき法的義務がエッソ石油にあるとはいえない。

また、当該競争制限行為によって形成された価格に追随していくことが公序良俗に反するとすると、競争制限行為に参加していない事業者は従来どおりの価格での販売を強いられることになり、競争制限行為に参加している事業者に比べて少ない利益しか得ることができず、いずれは市場からの退場を余儀なくされてしまうおそれが高いところ、このような結論はかえって当該取引分野の一部の事業者による競争制限行為による競争制限効果を高めることになりかねない。むしろ、このような場合には、公正取引委員会による速やかな競争秩序の回復が期待されるのであって、そのような措置が執られないリスク又は不利益を競争制限行為に参加していない事業者に負担させる事態は、当該事業者に対し、過大な負担を課すことになり、適切ではないというべきである。

したがって、エッソ石油が他の指名業者により競争制限行為が行われていることを認識しながら、当該行為によって形成された価格に追随して本件石油製品の価格を引き上げた上で、本件売買契約を締結したからといって、直ちに当該行為が競争秩序を害したとはいえず、原告とエッソ石油の間の本件売買契約が公序良俗に反するとまでは認められない。

さらに、原告は、原告とエッソ石油との間の本件売買契約の効力を無効としなければ、会計法令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が存在する旨主張し、その根拠として、受注調整行為によってあらかじめ決められた受注予定者が実体のない競争入札により国との間で契約を締結することを会計法令がおよそ許容してないことを挙げる。

しかし、上記のとおり、本件において、そもそもエッソ石油は本件受注調整行為には参加しておらず、自社の判断によって、受注を希望する案件については入札し、そうでない案件については辞退札を入れたのであるところ、そのこと自体は自由競争が行われていたとしても同様に生じうる事態なのだから、このようなエッソ石油の行為が結果的に本件受注調整会社の競争回避意図と合致することになったとしても、会計法令の規定の趣旨を没却するものであるとは認められない。

そして、本件受注調整会社が競争を回避した結果、エッソ石油が希望した案件について落札することができたとしても、それは自社とは関係のない第三者の行為に起因する以上、そのような事由を原因に原告とエッソ石油との間の本件売買契約を無効にすることはできないというべきである。したがって、この点についての原告の主張は採用できない。

そうすると、本件では、原告とエッソ石油との間の本件売買契約は有効であり、被告エクソンモービルに対する請求のうち、エッソ石油との間の本件売買契約に基づいて支払った売買代金の返還を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  争点四(被告富士興産及び被告エクソンモービルが本件売買契約の当事者であるか)

本件前提事実によれば、本件受注調整行為に参加し、①原告との間で本件売買契約を締結したのは、タイホー工業及び扶桑石油であったこと、②タイホー工業は、被告富士興産の代理人として、扶桑石油は、被告エクソンモービルの代理人として、本件売買契約を締結したことが認められる。

また、タイホー工業及び扶桑石油が原告との間で締結した本件売買契約が公序良俗に反し無効であることは、上記争点一において述べたとおりである。

そして、代理人の法律行為の瑕疵は本人にも及ぶところ(民法一〇一条一項)、本件ではタイホー工業は被告富士興産の代理人として、扶桑石油は被告エクソンモービルの代理人として、それぞれ原告との間で本件売買契約を締結したのだから、タイホー工業及び扶桑石油が行った公序良俗違反行為の効力もそれぞれ本人である被告富士興産、被告エクソンモービルに及ぶと認められる。

これに対し、被告富士興産及び被告エクソンモービル(以下、この項において「被告ら」という。)は、代理人であるタイホー工業、扶桑石油との間の契約では、売り切り・買い切りの契約になっていた旨主張するが、両者の間でどのような取り決めがされていたとしても、それはあくまでもタイホー工業、扶桑石油と被告らの内部関係の問題であり、上記のとおり、タイホー工業、扶桑石油が被告らの代理人として本件売買契約を締結した以上、その瑕疵も本人である被告らに及ぶという結論を左右するものではない。なお、被告らは、代理権の濫用について原告が悪意であり、したがって、代理人の法律行為の効果は本人である被告らに及ばない旨も主張するが、その点はさて措き、そもそも原告は、本件売買契約が無効であることを前提として、不当利得返還請求権に基づき代金相当額の返還を求めているのだから、被告らの代理権の濫用という主張は、原告の主張との関係では意味を持たない。

したがって、被告富士興産及び被告エクソンモービルは、本件売買契約の当事者であると認められ、争点四に関する原告の主張には理由があり、被告らの主張は採用できない。

六  争点五(被告JX日鉱日石エネルギーは旧被告ジャパンエナジーの不当利得返還債務を承継しているか)

(1)  本件では《証拠省略》によれば、本件分割計画書には、本件新設分割について、旧ジャパンエナジーが旧被告ジャパンエナジーに対し、旧ジャパンエナジーの石油部門、事業開発部門及び不動産部門に係る営業(以下「本件営業」という。)を分割し、本件営業に係る一切の資産、負債、契約上の地位その他の権利義務を承継させる旨が定められていたことが認められる。

(2)  原告は、旧被告ジャパンエナジーが旧ジャパンエナジーから本件会社分割によって、不当利得返還債務を承継した旨主張するものと解されるところ、原告の旧ジャパンエナジーに対する不当利得返還請求権は、原告が旧ジャパンエナジーとの間で締結した本件売買契約から直接生じる権利義務ではないものの、旧ジャパンエナジーの石油部門に関する営業に含まれる本件売買契約に起因して生じる権利義務であることから、本件新設分割によって、旧ジャパンエナジーから旧被告ジャパンエナジーに承継された「本件営業に係る…権利義務」に含まれると解される。

そして、本件前提事実(1)イ(ウ)によれば、旧被告新日本石油は、平成二二年七月一日、旧被告ジャパンエナジーをそれぞれ吸収合併した上、同日、商号をJX日鉱日石エネルギーに変更したことが認められることから、本件では、被告JX日鉱日石エネルギーが旧ジャパンエナジーの不当利得返還債務を承継しており、この点に関する原告の主張には理由があり、被告JX日鉱日石エネルギーの主張は採用できない。

七  争点六(原告の不当利得返還請求権の消滅時効の成否)について

(1)  被告らは、原告の不当利得返還請求権は、商事消滅時効によって、全て消滅している旨を主張する。

しかし、商事消滅時効を定めた商法五二二条の適用又は類推適用されるべき債権は商行為に属する法律行為から生じたもの又はこれに準ずるものでなければならないと解されるところ、売買契約が公序良俗に反し無効である場合の代金相当額についての不当利得返還請求権は法律の規定によって生じる債権であり、迅速な解決のため短期消滅時効を定めた立法趣旨からみて、商行為によって生じた債権に準ずるものと解することもできないから、その消滅時効の期間は民事上の一般債権として民法一六七条一項により一〇年と解するのが相当であり(最高裁判所第一小法廷昭和五五年一月二四日・民集三四巻一号六一頁参照)、被告らの主張を採用することはできない。

(2)  また、被告らは、本件売買契約が締結されてから一〇年間が経過した契約については、民法上の消滅時効が成立している旨も主張する。

しかし、会計法三二条は「法令の規定により、国がなす納入の告知は、民法第一五三条の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する」旨規定しているところ。原告は、被告らに対し、国の債権の管理等に関する法律一三条一項に基づき、納入の告知をし、それぞれの被告に到達している(本件前提事実(10))ことから、原告の被告らに対する不当利得返還請求権の消滅時効は、それぞれの被告に対する納入告知の到達時に中断したと認められる。

これに対し、被告らは、原告の納入通知はどのような事実をもって不当利得返還請求権が存在するのかという点について何らの説明もなく、また、請求原因について内訳が添付されているものの具体的な算定根拠が明らかにされていないのだから、原告の納入告知に時効中断の効力は認められない旨主張する。しかし、会計法三二条が民法一五三条の特則として、納入告知だけで時効中断を認めた趣旨は、納入告知が一般の催告とは異なり、関係法令の定めに基づく形式と手続に従ってされるものであり、権利行使についての国の意図が常に明確に表示されている点にあるのであって、債権の成立や内容の認定が正確に行われた点にあるのではないから、納入告知が関係法令の定めに基づく形式と手続に従って行われたものであれば、納入告知による時効中断の効力が発生すると解すべきである。

そして、本件では、原告の被告らに対する納入告知は、国の債権の管理等に関する法律一三条、会計法六条、予決令二九条、国の債権の管理等に関する法律施行令一三条などの関係法令の定めに基づく形式と手続に従ってされたものと認められるから、原告の被告らに対する不当利得返還請求権の消滅時効は、上記のとおり、被告らに対して納入告知が到達した時点で中断していると認められ、被告らの主張には理由がない。

八  争点七(本件売買代金の支払が不法原因給付に該当するか)及び争点一二(本件石油製品の引渡しが不法原因給付に該当するか)

まず、原告は、国の財政基盤が国民の税金であることから、原告には国民全体の利益という保護すべき利益が存在しているため、原告に対しては、不法原因給付の規定の適用が排除する旨主張する。しかし、不法原因給付制度の趣旨は、法の是認しない行為に及んだ者については、法による保護を求めることが許されないという点に求められるところ、このような趣旨は、給付を行ったのが私人であるか、国であるかという違いによって左右されるものではないのだから、この点において原告の主張には理由がない。

しかしながら、民法七〇八条にいう不法の原因のための給付とは、その原因となる行為が公序良俗に違反する場合の全てを意味するものではなく、その行為の実質に即し、当時の社会生活及び社会感情に照らし、真に倫理、道徳に反する醜悪なものによると認められるか否かによって決せられるべきである(最高裁判所昭和三七年三月八日第一小法廷・民集一六巻三号五〇〇頁参照)。

これを本件についてみるに、上記争点二についての判示のとおり、本件売買契約は本件受注調整行為たる談合行為に起因するものであって、これを容認すれば、独禁法の趣旨を没却することになるものとして、社会経済秩序維持の観点から無効とせざるを得ないところではあるが、社会倫理、道徳に反する醜悪な行為によるから無効とされるものではないことが明らかである。

したがって、談合の結果を反映した本件売買契約による不法な利益を収受させないとする必要性はあるものの、同契約により交換された財貨の全ての返還を拒否する必要があるとはいえず、したがって返還範囲の調整は民法七〇八条によるべきではなく、同法七〇三条又は七〇四条の規定の適用により行うべきである。

そうすると、本件において、本件売買契約に基づく売買代金の支払及び本件石油製品の引渡しいずれについても民法七〇八条所定の不法原因給付には当たらないと解するのが相当である。

争点七に関する被告らの主張及び争点一二に関する原告の主張にはいずれも理由がない。

九  争点八(非債弁済の成否)

被告らは、原告が被告らに本件売買契約に基づき代金を支払ったことは、民法七〇五条の非債弁済にあたることから、原告が被告らに対し売買代金相当額の金員の返還を不当利得として求めることはできない旨主張する。

しかし、①民法七〇五条から七〇八条の規定は、いずれも債務の弁済ないし給付の原因が欠けている場合に、当該弁済の返還を求めることができないという効果を定めた規定であるところ、その中でも民法七〇八条の不法原因給付は、法は不法な目的の給付行為に助力しないとの観点から、特に不法な原因を目的として給付を行った場合についての効果を定めるものであること、②民法七〇八条の不法原因給付が適用される場面において、同法七〇五条の非債弁済の規定が適用されるとすると、同法七〇八条ただし書が用いられる場面が極めて限定的になってしまい、受益者に不法な原因がある場合にもなお当事者間の利益を調整するために設けられた同法七〇八条ただし書の規定が実質的に空文化してしまうこと、③他方で、同法七〇八条の不法原因給付が適用される場合においても、同法七〇五条の反対解釈によって、債務の存在することを知らなかった場合には、給付者が受益者に対し、返還請求をすることができる余地が生じかねず、妥当とは言えないことなどに照らして考えると、本件のように、不法な原因があることを認識しながら給付を行った者の返還請求が認められるか否かが問題となる場面においては、専ら同法七〇八条の不法原因給付に当たるか否かを問題とすべきであり、同法七〇五条の非債弁済の規定は適用されないと解すべきである。

これに対し、被告らは、最高裁判所昭和三二年一一月一五日第二小法廷判決・民集一一巻一二号一九六二頁及び同昭和三五年四月一四日第一小法廷判決・最高裁判所民集一四巻五号八四九頁を引用し、本件においても非債弁済の規定が適用される旨主張するが、被告らの引用する判例は、事案を異にし、本件に適切でない。

一〇  争点九(原告の請求が信義則に違反するか)

被告らは、調達実施本部の担当官が被告らの本件受注調整行為を認識していたこと、原告にも石油製品の安定的かつ迅速な調達が可能になる等の利点があったこと、それにもかかわらず、被告らが納入した石油製品を既に全て費消した段階で、本件売買契約の無効を主張し、被告らに対し、売買代金相当額の返還を求めることは信義則に反する旨主張する。

しかし、本件では、上述のとおり、直接的に競争秩序を侵害したのは被告らであって、調達実施本部の担当官が受注調整行為を指示、強制したわけではないこと、被告らも長年にわたって競争を経ることなくシェアを維持することができていたこと、公序良俗に反し無効である法律行為について、無効であると主張すること自体は、法秩序を維持する責務を負っている原告の役割に照らせば当然であること等の事情に照らせば、本件における原告の被告らに対する不当利得返還請求が信義則に反するとまではいえず、被告らの主張を採用することはできない。

一一  争点一〇(同時履行の抗弁権の行使の可否)

被告らは、本件売買契約が無効であるとした場合、原告に対して引き渡し済みの本件各石油製品の原物返還を請求することができる旨主張し、原物返還が履行されない限り、代金相当額の金員の返還を同時履行の抗弁によって拒むことができる旨主張する。

しかし、利得者が代替性のある目的物を費消してしまった場合に、損失者が不当利得返還請求権に基づき、目的物の原物返還を請求することができるとすると、費消後の目的物の価格の変動によって、利得者が必要以上の返還義務を負ってしまい(上昇した場合)、あるいは、利得した全部又は一部の価値の返還を免れる(下落又は無価値になった場合)というように、不当利得制度の趣旨である公平の観念に反する結果が生じかねない。

したがって、利得者が代替性のある目的物を費消してしまった場合には、損失者は当該目的物の原物返還を請求することはできず、当該目的物の価格相当額の金員の返還を請求することができるに止まると解すべきである(第三者に売却処分した事案につき、最高裁判所平成一九年三月八日第一小法廷判決・民集六一巻二号四七九頁参照)。そして、本件石油製品は既に費消されていることは弁論の全趣旨から明らかである。

そうすると、石油製品の現物返還を請求することができることを前提に、石油製品の現物との引換給付を求める争点一〇に関する被告らの主張は採用できない。

一二  争点一一(本件石油製品の価格の算定方法)

(1)  立証対象の価格の内容について

争点一及び二の判示によれば、本件売買契約は公序良俗に反して無効である結果、原告は、被告らに対し、本件売買契約に基づき、被告らに支払った売買代金相当額について不当利得返還請求権を行使することができ、他方、被告らは、原告に対し、不当利得返還請求権に基づき、同契約上の債務の履行として原告に引き渡した本件石油製品の引渡しを求めることができることになる。

しかし、争点一〇の判示によれば、本件においては、原告は、既に上記引渡しに係る石油製品をすべて費消しており(もっとも、上記引渡しの際、当時の防衛庁の認定タンク等に納入されたような場合は、そこに残存している燃料との区別がつかなくなり、混和状態を生じるから、費消前に原物返還不能となる。)、被告らは、原告に対し、本件石油製品の原物返還を請求することができないから、それに代わるものとして、上記引渡しに係る本件石油製品の価格相当額の支払を請求するほかはないことになる。被告らは、この不当利得返還請求権を自働債権として、原告の本訴請求債権である不当利得返還請求権を受働債権とする対当額での相殺を主張するところ、上記石油製品の価格について、当該市場において自由競争がされていた場合に形成されたであろう取引価格、すなわち、想定落札価格であると主張しているのに対し、原告は、上記引渡時における本件石油製品の客観的価格であると主張している。しかしながら、被告らは、原告から上記引渡しに係る本件石油製品の返還を求めることができたところ、これが混和又は費消により不能となったものであるから、公平の観念に照らせば、原物返還不能時における当該石油製品の客観的価格が返還対象価格になると解するのが相当である。

そうすると、被告らは、上記引渡しに係る本件石油製品の原物返還不能時(混和又は費消時)における同製品の客観的価格について主張、立証責任を負うことになる。しかしながら、本件売買契約は、本件期間内の各期ごとに多数締結されている上に、同契約に基づく本件石油製品の引渡しも数回にわたって納入されることもあり(弁論の全趣旨)、さらにその引渡しに係る同製品の混和又は費消が当該物品ごとにいつ生じたものであるのかについては、被告らとしては通常関知し得ない事項である。したがって、被告らに上記の主張、立証責任を課することは著しく酷に過ぎる結果をもたらす反面、原告が被告らに対する不当利得返還請求権を行使するために、本件売買契約の金額を主張、立証することは極めて容易であって、両者の間に明らかに不均衡をもたらしかねない。もっとも、この点については、被告らによる談合という違法行為がされた以上、その結果を被告らが甘受すべきであるとの議論もあり得ようが、そもそも、談合に基づくもの故に本件売買契約を公序良俗に反して無効とする所以は、それを容認することが公正な競争秩序を維持し、一般消費者や国民全体の利益を図るという独禁法の趣旨・目的に反することになるからであって、その目的を達成するために本件売買契約を無効にする以上に、その結果、被告らの原告に対する不当利得返還請求権の行使を困難にさせることまでをも合理化ならしめるものではないはずである。

そうすると、本件売買契約に基づく原物が返還不能な場合における返還対象価格については、上記のとおり、原物返還不能時における物の客観的価格であるとしつつも、その立証責任については、本件事案における実態に照らして、相当な軽減を図る必要がある。

そこで、この点について検討するに、上記認定事実によれば、本件石油製品は、一般燃料と航空タービン燃料とに分かれ、調達実施本部が全国の自衛隊の基地等における任務遂行に必要な物品として、製造又は販売を業とする被告らから定期的に調達していたことや、本件期間中における本件石油製品の調達は、一年度に六回又は七回行われており、各回の間はせいぜい二、三箇月程度の期間しかなく、各回においては、当該基地等における油種ごとに原則として指名競争入札が行われ、その結果、売買契約が締結されていたことが明らかである。そうすると、原告が本件石油製品を本件売買契約に基づき被告らから引渡しを受けてから同製品の大半を費消するまでは、概ねせいぜい三箇月程度の期間に過ぎない蓋然性が高かったと認められ、また、混和となると引渡直後にその状態が生じている蓋然性が高かったと認めるのが相当である。したがって、本件売買契約締結時と原物返還不能時との間にはさほどの間隙はなかったものと推認できる。

また、原物返還不能時における物の客観的価格についてみても、本件前提事実(4)イ(イ)によれば、航空タービン燃料は一般の市場には流通していない当時の防衛施設庁独自の仕様を定めた製品であるという特殊性があって、一般市場における時価というものを想定することは困難であり、一般燃料についても、いかなる市場を予定したものであるかによって、仕入れ条件、仕入れ価格及び販売価格等に大きな影響があり、単純に客観的価格を市況から算出することは容易ではない。他方、本件においては、不当利得構成であっても、原物返還不能の場合であるから、結局は実質的に売買代金額から返還不能時の客観的価格の差額の返還を認めることにほかならないのであり、不法行為構成を採った場合に実際の売買代金額から想定落札価格を控除した差額を損害としてその賠償請求を認める状況に類似することになる。そして、上記のとおり、本件売買契約を公序良俗違反を理由に無効とする趣旨からすれば、損害賠償請求額が上記不当利得返還請求額と一致したとしても、独禁法の目的を一応達成することはできるものといえる。

以上の点を総合勘案すれば、被告らにおいて、本件売買契約締結時における本件石油製品の想定落札価格(その時点で自由な競争がされていたとすれば、少なくともその金額で落札され、それに基づき本件売買契約に係る売買代金の基礎とされていたであろう金額)を主張、立証すれば足り、原告において、同契約締結時から原物返還不能時までの間における有意的な経済事情による変動があり、その変動を反映しなければ適正な価格の算定が困難であるとか、想定落札価格は客観的価格を明らかに上回るとみられる確かな根拠がある等の特段の事情を主張、立証できない限り、上記想定落札価格をもって、原物返還不能時における本件石油製品の客観的価格であると事実上推定するのが相当である。そして、本件の場合は、上記特段の事情についての主張、立証がされているとはいえない。

そこで、かかる観点に立って、本件売買契約締結時における想定落札価格について次に検討する。

ア スプレッド方式について

被告らは、スプレッド方式によって、本件取引分野における本件石油製品の想定落札価格を算定すべきであると主張し、原告は、その算定方式の合理性を争うので、この点について検討する。

被告らの主張するスプレッド方式は、自由競争期間における基準となる商品(以下「基準商品」という。)の市況値と、問題となっている製品(以下「対象商品」という。)の落札価格との乖離値を求め、当該乖離値を競争制限期間における基準商品の市況値に加算ないし減算することによって、当該市場における想定落札価格を求めるという方法である。

この方式は、自由競争期間における基準商品の市況値と対象商品の落札価格との乖離値をもって対象商品の想定落札価格を求める方式であることから、基準商品と対象商品の価格形成要因が同一であり、基準商品の価格変動が対象商品の想定落札価格の変動に反映される場合であれば、対象商品の想定落札価格の形成に影響を及ぼす経済的要因に変動があった場合でも、同一の価格形成要因を有する基準商品の市況値にその変動が反映され、基準商品の市況値に自由競争期間における対象商品の落札価格との乖離値を加算・減算する形で、当該変動が対象商品の想定落札価格にも反映されることになる。

したがって、被告らの主張するスプレッド方式は、経済的要因の変動を排除して想定落札価格を求めうる方法であり、ある商品の想定落札価格を推認する方法としては一定の合理性が認められるといえる。

しかし、仮に、基準商品とは異なる経済要因によって対象商品の価格が変動する可能性がある場合には、この算定方式を用いても、対象商品の想定落札価格の形成に影響を及ぼす経済的要因を排除することができず、基準商品の市況値に乖離値を加算ないし減算しただけでは対象商品の想定落札価格を推認することはできない。そこで、この算定方式を用いるためには、前提として、対象商品の価格が基準商品の価格に連動して形成されること、換言すれば、基準商品と対象商品の間に独自の価格変動要因のないこと、あるいは、独自の価格変動要因が存在していたとしても想定落札価格に及ぼす影響が小さいことが必要となると解すべきである。

そこで、本件について検討すると、被告らは、調達実施本部が発注する航空タービン燃料が灯油を基材とすることや、調達実施本部自身も航空タービン燃料の価格を決定する際に灯油の市況値を参考としていること等を根拠とし、灯油を基準商品として、対象商品である航空タービン燃料の想定落札価格を推認することができる旨主張する。

しかし、航空タービン燃料は、灯油を基材とするとはいえ、その他にもナフサや添加剤等を加工して生産される商品であること(本件前提事実(1))からすると、例えば、灯油の市況値の上昇とナフサの価格の上昇が相まって灯油の市況値の上昇以上に航空タービン燃料の落札価格が上昇する可能性や、灯油の市況値が下落したとしても、添加剤等の価格が下落しなかったために、灯油の市況値の下落に比べて航空タービン燃料の落札価格の下落幅が小さくなる可能性が存在し、また、これら灯油には存在しない精製過程に伴う費用の増減などが生じる可能性も存在することになる。

したがって、例えば、基準商品と対象商品が同一の石油製品である場合には、両者の間に独自の価格変動要因が存在しないことを事実上推認でき、その結果、上記スプレッド方式によって、本件取引分野における石油製品の想定落札価格を推認することができるとしても、灯油と航空タービン燃料とは、あくまでも異なる精製方法によって製産される別個の石油燃料であることにかんがみれば、灯油の価格と航空タービン燃料の価格の間に独自の価格変動要因が存在していないとか、両者の間に存在する価格変動要因は想定落札価格に及ぼす影響が小さいものであるといった事実を直ちに推認することはできないといわざるをえない。そして、被告らは、この点について、灯油と航空タービン燃料の原料及び製造方法が類似していることを主張するにとどまり、それ以外に両者の間に独自の価格変動要因が存在していないことや価格変動要因が存在したとしても想定落札価格に及ぼす影響が小さいという事実について、具体的な立証をしておらず、本件ではそのような事実を認めるに足りる証拠はない。

のみならず、スプレッド方式が機能する前提として、本件期間と自由競争期間における調達実施本部の調達諸条件、すなわち、入札資格や製品に関する条件等が同一又はほとんど変わらないこと等の事情が必要であるところ、この点については、平成一一年度第四期に認定工場を有しない企業でも入札が可能になり、平成一二年度第三期以降応札意向調査が行われるようになったり、平成一四年度第四期ないし平成一五年度末には航空タービン燃料にかかる参照単価の変動に伴う契約金額の変更に関する特約が付せられていたものである。

そうすると、被告ら主張の第一次自由競争期間又は第二次自由競争期間と本件期間とを比較して、上記調達諸条件を同一にしていたとか、その条件にほとんど差異がなかったとまではいえず(その点を認めるに足りる証拠は無い。)、スプレッド方式による相対評価として、経済的要因の変動は無視することが仮にできたとしても、本件においてスプレッド方式が適応するとはいえない。

したがって、本件においては、航空タービン燃料の想定落札価格を灯油の市況値と航空タービン燃料の落札価格の乖離値を求めた上で、競争制限期間中の灯油の市況値に加算ないし減算するというスプレッド方法を用いるための前提条件を満たしておらず、スプレッド方式に基づき算出された航空タービン燃料の価格が想定落札価格である旨の被告らの主張は採用できない。

イ 市況平均方式について

(ア) 上記のとおり、不当利得返還制度が公平の観念に基づく制度であることにかんがみれば、被告らが原告に対し請求することができる石油製品の客観的価格とは、本件市場における本件石油製品の価格であり、その算出にあたっては、同一の市場における実際の取引価格を参考にするのが最も適切な方法である。

これに対し、被告らの主張する市況平均方式は、競争制限期間中の競争が制限されていた市場における製品の客観的価格(以下「対象市場価格」という。)を同期間中の異なる市場での取引価格(以下「比較市場価格」という。)から推認する方法である。

この点について、原告は、市況平均方式について、被告らが立証すべき本件石油製品の「価格」は、①一義的に定まる価格か、②一義的に定まる価格が最低でもそれを下回ることがない最低値を意味するところ、市況平均方式は、平均値を基準とすることから、一義的に定まる価格や一義的に定まる価格が最低でもそれを下回ることがないことを立証したことにはならない旨主張する。

しかし、上述のとおり、ある製品の価格は様々な要因によって形成されうるものであり、競争制限期間中の製品価格について、事後的に一つの数値を確定できるとは必ずしも限らず、一定の推認をもって算定せざるを得ないところ、同製品についての別の市場での実際の価格の平均値を基準として、競争制限期間中の製品価格を推認するという方法にも一応の合理性が認められないとはいえない。

もっとも、市況平均方式による場合には、価格を比較する市場が異なるので、比較市場価格から直ちに対象市場価格を推認することはできず、前提として、対象市場価格が比較市場価格を最低でも下回らないことが立証されなければならないと解される。

そこで、かかる観点に立って、本件につき検討する。

(イ) 一般燃料について

被告らは、一般燃料について、本件市場と一般の市場を比較した場合、①供給者が指名業者に限定されていたこと、②事務経費が割高であること、③決済条件が不利であることなどの要因が存在するので、本件市場における一般燃料の価格は、最低でも一般燃料の五市況平均ないし三シグマを下回ることはない旨主張する。

しかし、他方で、本件では、比較市場価格の基準となる市況値における取引量は、油種によっても異なるもののおよそ一〇KLから五〇KLであるのに対し、本件石油製品の調達量は、少なくとも二〇〇KLから三〇〇KLで、多いときには数万リットルにも上っていたこと(弁論の全趣旨、訴状別表二参照)が認められるところ、一般に需要量が多い場合には価格が下落することに照らして考えると、上記事実だけでは、本件市場における一般燃料の価格が市況平均値を下回ることを推認するには足りず、他にこれを認めるに足りる事実はない。

したがって、本件では、五市況平均ないし三シグマから本件市場における一般燃料の価格を推認することはできず、その他に一般燃料が被告ら主張の金額であることを認めるに足りる事実もない。

(ウ) 航空タービン燃料について

被告らは、航空タービン燃料の比較市場価格は灯油の市況平均値から一KL当たり一五〇〇円の輸送費を控除した金額であるとして、この価格により、対象市場価格を推認すべきであると主張し、原告が同燃料の客観的価格を灯油の市況最低値から一KL当たり二一〇〇円(上記輸送費を控除することについては争いがないから、さらに一KL当たり六〇〇円を控除すべきかどうか及び基準となる価格は市況平均値か市況最低値であるかが問題となる。)を控除した金額であると主張していることを論難する。

しかしながら、被告らの上記主張によれば、本件石油製品のうち、航空タービン燃料について、その比較市場価格が少なくとも一KL当たり一五〇〇円の輸送費を控除する前の金額ベースで、灯油の市況平均値を下回ることがないことが主張、立証される必要があるところ、弁論の全趣旨によれば、工業統計表上、ジェット燃料油(灯油から精製されるJetA―1(民間機用ジェット燃料油)とJP―5のみならず、灯油とナフサを約半々の割合で精製されるJP―4を含む。)の本件期間中の出荷価格は、灯油の出荷価格を常に下回っており、その差額は、それぞれ一KL当たりで、平成七年は二三〇三円、平成八年は一九五二円、平成九年は三八八八円、平成一〇年は二四九八円であること、航空タービン燃料(JP―4)は、灯油とナフサがそれぞれ約半々の割合で精製されているところ、ナフサの出荷価格は、灯油の出荷価格の約四分の三程度であること、本件期間直後の平成一〇年度第四期ないし平成一一年度第三期における航空タービン燃料(JP―4)の市況価格は、灯油の市況最低値よりも下回っており、概ね二〇〇〇円以上安くなっていることが認められる。

これらの事実に照らしてみれば、被告らの上記価格の主張に合理性があるとはいえず、一KL当たり一五〇〇円を控除する前の金額ベースを基準にしても、航空タービン燃料の価格が灯油の市況最低値を下回ることがないとの点についてすら裏付けられているとはいえない。

もっとも、被告らは、これに対し、①防衛庁向けの航空タービン燃料について案件ごとの納入量は、被告らの企業規模からすると決して多いとはいえないし、将来の納入数量の予測が困難であったり、山間地、離島等の僻地も存在するから、コストがかかること、②工業統計表におけるタービン燃料油の出荷価格については、民間航空機用のジェット燃料油であるJetA―1の出荷価格が大部分なところ、その燃料の精製に使用されるナフサは市況に出てくる石油化学会社向けのナフサであるところ、防衛庁向けの航空タービン燃料であるJP―4及びJP―5は、脱硫されている重質ナフサが使用されており、同一製品とはいえないから、上記工業統計表を参考にすることはできないこと、③平成一〇年度第四期ないし平成一一年度第三期の期間は、未だ自由競争が完全に回復しておらず、被告コスモ石油の担当者が落札価格を誤って記載したため、落札価格が異常に下落したことから、同期間の実績は参考にならないこと、④第一次自由競争期間における全指名業者の航空タービン燃料の落札価格と灯油の二市況平均値との乖離値を見ると、平均で一KLあたり三二八九円航空タービン燃料の落札価格が灯油の二市況平均値を上回っていること、さらに、第二次自由競争期間でみても、最高で三〇九一円、最低でも一三二一円航空タービン燃料の落札価格が灯油の二市況平均値を上回っていること、⑤航空タービン燃料は、生産、輸送、保管の各段階で高いコストがかかる製品であること等の事情を掲げて、仮に灯油の市況最低値から輸送費である一KL当たり一五〇〇円を控除することが認められるとしても、さらに一KL当たり六〇〇円を控除すべきであるとする原告の主張についての合理性はない旨主張する。

しかしながら、被告らは、上記①ないし⑤の事情が航空タービン燃料の価格に具体的にどの程度影響を及ぼし、その結果、被告らが主張する灯油の市況平均値(ただし、一KL当たり一五〇〇円を控除した後の価格をベースにしたもの)を下回ることがないことになるのかについて、その価格形成過程を明らかにしておらず、その点の立証がされているとはいえないから、仮にこれらの事実があるとしても、被告ら主張の価格を裏付けることにはならない。

のみならず、上記②の事情については、航空タービン燃料の精製に使用されるナフサが重質ナフサであるとしても、その価格が市況に出される通常のナフサの価格と比較した場合、どのような価格になるのかについての立証はされておらず、上記③の事情については、該当期間において自由競争が回復してはいなかった等とする具体的根拠の立証がされていないばかりでなく、何故同期間航空タービン燃料の落札価格が灯油の最低値よりも一KL当たり概ね二〇〇〇円以上安くなったのかについての原因の解明がされているとはいえないから、この期間の航空タービン燃料の落札価格と灯油の市況価格との比較を本件において無視又は軽視してよいとする合理的根拠があるとはいえない。

また、④の事情については、被告らの主張する第一次自由競争期間又は第二次自由競争期間では、上記アのとおり、航空タービン燃料の調達についての諸条件を同一にしているとか、その条件にほとんど差異がなかったとまではいえないことに加え、売買契約成立時から時間が経過すればするほど、価格に影響を与える様々な経済的要因が生じうることからすると、本件売買契約期間における航空タービン燃料の契約価格が灯油の市況平均値を上回っていることをもって、直ちに本件期間中においても航空タービン燃料の客観的価格が灯油の市況平均値を直ちに下回ることがなかったとは認められず、その他の事情についてみても、一概に航空タービン燃料の価格が高コストになると断定するに足りる的確な証明がされているとはいえない。

以上によれば、航空タービン燃料について、本件売買契約時の想定落札価格(本件の対象市場価格)が、被告ら主張の灯油の市況平均値から一KL当たり一五〇〇円を控除した額を下回ることがないとの点を認めるに足りる証拠はない。

ウ 以上によれば、想定落札価格についての被告ら主張額を認めるに足りる証拠はなく、したがって原物返還不能時における本件石油製品の客観的価格が被告ら主張の価格であると推認するに足らず、これを認めるに足りる証拠もない以上、本件石油製品の価格については、原告が自認している以上の価格を認めることはできない。

したがって、本件石油製品の価格相当の不当利得返還請求権を自働債権とする被告らの相殺の抗弁には理由がない。

一三  争点一三(国賠法に基づく損害賠償請求権との相殺の可否)

国賠法一条一項の「公権力の行使」とは、国又は公共団体の作用のうち純粋な私経済作用と同法二条によって救済される営造物の設置又は管理作用を除く全ての作用を意味すると解されるところ、本件で被告らが主張する調達実施本部担当官の行為は、契約締結という純粋な私経済作用の行使の場面で行われたものであることから、調達実施本部担当官は「公権力の行使に当る」公務員には該当しないと解すべきであり、国賠法に基づく損害賠償請求権との相殺という被告らの主張は失当である。

一四  争点一四(原告の請求の制限又は減額の可否)

上記のとおり、本件では、直接的に競争秩序を侵害したのは被告らであって、調達実施本部の担当官が受注調整行為を指示、要請したわけではないこと、被告らも長年にわたって競争を経ることなくシェアを維持することができたこと、公序良俗に反し無効である法律行為について、無効であると主張すること自体は、法秩序を維持する責務を負っている原告の役割に照らせば当然であること等の事情に照らすと、原告が本件売買契約の無効を主張し、本件売買契約に基づいて被告らに支払った代金について不当利得返還請求権を行使すること自体が信義則に反するとまでは認められない。

また、不当利得制度は、公平の観点から、法律上の原因がなくして受益した者から損失者に対して受益者が取得した利益を返還させることを目的とする制度であるのに対し、不法行為制度は被害者に生じた損害の填補を目的とした制度であることからすると、不当利得制度と不法行為制度とは目的を異にする制度であるといえる。

そして、不法行為制度において、過失相殺が設けられているのは、上記のとおり、損害の填補を目的とした不法行為制度において、公平な損害の填補を図るためであるのだから、取得した利益の返還をさせることを目的とした不当利得制度においては、過失相殺によって不当利得返還請求権の行使が制限されることはないと解すべきである。

なお、この場合においても、個別具体的な事案において、信義則の適用によって、不当利得返還請求権の行使が制限される余地を認めることはできると解されるが、本件では、上記のとおり、原告の不当利得返還請求権の行使が信義則に反すると認めるに足りる事情は存在しない以上、信義則の適用によって、原告が不当利得返還請求権に基づき、被告らに返還請求できる金銭が減額されるべきという被告らの主張には理由がない。

一五  争点一五(不当利得返還請求権の法定利息)

商事法定利率を年六分と定めた商法五一四条の適用又は類推適用されるべき債権は、商行為によって生じたもの又はこれに準ずるものでなければならないところ、不当利得返還請求権は、法律の規定によって生じる債権であり、直接商行為によって生じたものではないし、また、商行為に準じて生じたものともいえないから、その利息の利率については年五分と解するのが相当であり、商事法定利率年六分の割合によるべきとする原告の主張は採用できない。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、被告らに対する請求中、付帯請求の遅延損害金割合を年六分とする部分は、年五分を超える部分についての理由がなく、また、被告エクソンモービルに対する請求中、原告とエッソ石油との取引により生じた不当利得返還請求部分は理由がない。本件前提事実(10)ウによれば、原告のその余の請求部分は理由がある。

よって、主文第一項掲記の限度でこれを認容し、その余については理由がないことからこれをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀内明 裁判官 森山由孝 裁判官遠藤真澄は、転勤のため署名押印できない。裁判長裁判官 堀内明)

別紙 当事者目録

原告 国

代表者法務大臣 A

指定代理人 細野道誉<他15名>

被告 コスモ石油株式会社

代表者代表取締役 B

訴訟代理人弁護士 宮代力 西山彬 石田英遠 中野雄介

訴訟復代理人弁護士 佐橋雄介

被告 昭和シェル石油株式会社

代表者代表取締役 C

訴訟代理人弁護士 梶谷剛 岡正晶 宮島哲也 藤原寛 藤田浩司 荒井俊行 高橋善樹

被告 出光興産株式会社

代表者代表取締役 D

訴訟代理人弁護士 橋本副孝 吾妻望 菊池祐司 笠浩久 飯塚優子 野田学

被告 太陽石油株式会社

代表者代表取締役 E

訴訟代理人弁護士 泉弘之 山崎善久

被告 キグナス石油株式会社

代表者代表取締役 F

訴訟代理人弁護士 宮島康弘 富田純司 布施謙吉 木暮信吉

被告 富士興産株式会社

代表者代表取締役 G

訴訟代理人弁護士 芥川基

被告 東燃ゼネラル石油株式会社

代表者代表取締役 H

被告 エクソンモービル有限会社

代表者代表取締役 I

上記被告東燃ゼネラル株式会社及びエクソンモービル有限会社訴訟代理人弁護士 内藤潤 生田圭

被告 JX日鉱日石エネルギー株式会社

代表者代表取締役 J

訴訟代理人弁護士 西迪雄 村上敬一 向井千杉 富田美栄子 田淵智久 奥田洋一 阿南剛

訴訟復代理人弁護士 渡邉和之

別紙・別表<省略>

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