東京地方裁判所 平成17年(ワ)288号 判決 2005年12月27日
東京都中央区<以下省略>
本訴原告(反訴被告)
株式会社X1(以下「原告会社」という。)
同代表者代表取締役
X2
東京都練馬区<以下省略>
本訴原告(反訴被告)
X2(以下「原告X2」という。)
埼玉県草加市<以下省略>
本訴原告(反訴被告)
X3(以下「原告X3」という。)
上記3名訴訟代理人弁護士
岩井昇二
同
飯田秀人
東京都港区<以下省略>
本訴被告(反訴原告)
Y(以下「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士
別紙被告訴訟代理人弁護士目録記載のとおり
主文
1 原告らの本訴請求をいずれも棄却する。
2 被告の反訴請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,本訴について生じた部分は原告らの負担とし,反訴について生じた部分は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 本訴事件
被告は,原告会社に対し8070万円,原告X2に対し2750万円,原告X3に対し1100万円及びこれらに対する平成17年2月20日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴事件
原告らは,被告に対し,連帯して500万円及びこれに対する平成17年1月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本訴事件は,原告らが,弁護士である被告は,弁護士としての誠実義務ないし善管注意義務に違反して,自己のホームページに原告らが業務として取り扱う外国為替証拠金取引が違法である旨記載し,原告会社と同取引をしていた者の代理人として同原告に対して不当訴訟等を提起し,また,後記訴え取下げ前相被告A(以下「A」という。)と共謀して,Aの発行する新聞に原告らの名誉を毀損する記事(以下「本件記事」という。)を掲載したが,これらの不法行為によって,原告会社において8070万円,原告X2において2750万円,原告X3において1100万円の各損害を被った旨主張して,被告に対し,上記額の金員及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成17年2月20日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 反訴事件は,被告が,原告らの本件本訴事件の訴訟提起が不当訴訟として違法であり,これにより精神的損害として500万円の損害を被った旨主張して,原告らに対し,連帯して,上記額の金員及びこれに対する本訴事件訴え提起の日である平成17年1月11日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
3 なお,原告らは,上記本訴事件を提起する際,Aに対する損害賠償請求訴訟も併合提起したが,平成17年11月17日,被告及びAに対する訴えの全部を取り下げる旨申し立てた。これに対し,被告は異議を述べたが,Aに対する訴えは,同人の同意が擬制された結果,取り下げられた。
4 当事者間に争いのない事実等
(1) 当事者等
ア 原告会社は,外国為替証拠金取引を業とする株式会社である。
イ 原告X2は,原告会社の代表取締役であり,原告X3は,同社の従業員である。
ウ 被告は,平成13年10月に弁護士登録をした弁護士であり,平成16年10月1日,弁護士法人a法律事務所(以下「本件法律事務所」という。)を開設し,同事務所に勤務している。
エ Aは,b社の名称で出版業を個人で営み,外国為替証拠金取引・海外先物の情報を掲載する「○○トラブル」と題する新聞(甲第13号証参照)を主宰・発行している者である。
(2) 事実経過
ア 本件法律事務所ホームページ
本件法律事務所では,インターネット上にホームページを開設している。
同ホームページは,トップページに「当事務所は,金融商品,保険,知的財産を主たる取扱分野とする法律事務所です。このホームページでは,主に投資的投機的取引被害事案の解決方法の一例を掲載しています。」との記載があり,また,「外国為替証拠金取引」という項目が設けられ,「一般消費者が参加するべき取引ではありません。万一,『資産運用』であるとか,『老後のため』,『貯金代わり』等と考えて取引をしているのであれば,それは誤りです。業者と1対1で取引をしているのですから,顧客の損失は,すなわち,業者の利益になります。つまり,担当者は,いくら親身になってくれるとしても,経済的な利害は,決定的に対立しているのです。また,業者は,いつ『いなくなってしまう』か分かりません。そのような場合に,預けた資産が返ってくる可能性はきわめて低いと言えます。」との記載があり,さらに,「外国為替証拠金取引の事件処理 弁護士 Y」と題して,「東京弁護士会及び第二東京弁護士会の消費者相談担当弁護士向け講義,全国消費生活相談員協会関東支部での講義等に使用したレジュメであり,消費者法ニュース60号に掲載したもの。被害者が理解できるものではないし,理解しようとも考えなくてよい。被害相談をするに際して,相談相手の理解の便のために交付してよい。」,「はじめに 昨今,『外国為替証拠金取引』等と呼ばれる投機取引ないしこれに藉口してする取引による消費者被害が急増しているが,未だ,取引についての充分な議論が尽くされていないように感じる。そこで,同取引に対する基本的な考え方を提示して,議論のたたき台を提供することとしたい。」と断った上で,外国為替証拠金取引の仕組み及び法的性質の説明や,同取引が賭博罪に該当し,違法性も阻却されず,公序良俗に反して無効であること,同取引が賭博であるとした裁判例の紹介,金融先物取引法その他既存の投機取引法制との関係等についての論稿が掲載され,また,「法律相談の方法」という項目に,本件法律事務所の連絡先が記載されている(以上,甲第1号証,以下,上記ホームページ全体を「本件ホームページ」という。)。
イ Bと原告会社との間の別件訴訟について
(ア) B(以下「B」という。)は,平成16年4月20日ころから,原告会社との間で,外国為替証拠金取引を開始した(甲第16号証の1ないし4,以下,同取引の全体を総称して「本件Bの取引」という。)。
(イ) 原告会社は,同年9月1日午前10時13分,Bに対し,電信郵便振替にて924万8000円を支払った(甲第20号証)。
(ウ) 被告及び本件法律事務所に勤務する同僚弁護士1名は,同日午後6時43分,原告会社に対し,Bの代理人として,Bの委任状とともに,精算金の返還及び本件Bの取引に関する文書の写しの送付を求める旨の通知書を添付した「ご連絡」と題する書面をファクシミリにて送信した(甲第10号証の1ないし3,以下「本件1度目の介入通知」という。)。
(エ) 被告及び上記同僚弁護士は,同月3日午後7時37分,原告会社に対し,再度,同日付けBの委任状とともに,本件Bの取引に関する一切の連絡を被告にするよう求める旨及び同取引に関する文書の写しの送付を求める旨記載された通知書を添付した「ご連絡」と題する書面をファクシミリにて送信した(甲第12号証の1ないし3,以下「本件2度目の介入通知」という。)。
(オ) Bは,同年,当庁に対し,原告会社に対する損害賠償請求権を被保全債権として原告会社の銀行に対する預金債権に対する仮差押命令の申立てをし(当庁平成16年(ヨ)第3362号債権仮差押命令申立事件,以下「本件仮差押命令申立て」という。),同年9月24日,仮差押決定がされた(甲第7号証)。
(カ) Bは,同年10月27日,原告会社に対し,被告及び上記同僚弁護士を訴訟代理人として,不法行為に基づく損害金として6271万4190円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める旨の損害賠償請求訴訟を提起し(甲第8号証,以下「別件訴訟」という。),同年11月25日午前10時に,第1回口頭弁論期日が開かれた。
ウ 本件記事について
Aは,平成16年12月15日,発行所をb社と表記して,○○トラブル第20号と題する新聞を発行した(甲第14号証)。同紙には,別件訴訟の訴状記載内容を基に本件Bの取引を紹介する内容の記事(本件記事)が掲載され,同記事内には,別件訴訟の事件番号及び同訴訟の被告が原告会社であることが明記されるとともに(なお,Bについては,B1という仮名が用いられている。),「素人苛めの無法者集団(株)X1社」の大見出しの下,「『利子が良い』といって騙す」,「儲かっていると信じ込まされ,さらなる入金」,「取引決済を必死に頼んでも拒否され,大損」,「弁護士に被害回復手続を委任」との各小見出しが記事中に配され,また,「取引の仕組み等については『銀行では往復2円の手数料がかかるが,うちはインターバンク市場で直接取引をしているので,往復20銭しかかからない』等という話だけだった。」,「『うちも金融機関です。5月いっぱいか6月初め頃まで,定期預金の預け換えと思ってください』」,「『私は10年間この金融の世界にいますが,今はまたとないチャンスです。Bさん,2倍3倍になるんですよ』等と言ってきた。」,「X3から『120万円くらいになるだろうから,アメリカドルを買え』と電話で言われたB1さんは,『もうお金はない』と答えたが,X3は,少しならいいだろうと30枚210万円を買うことを勝手に決めてしまった。」,「その後,Cから電話があり,『今,900万円くらい残ってます。今後,この資金で敗者復活戦をやり,50~60万円くらいずつ,少しずつでも元本に近づけていきましょう』等と言ってきた。この時初めてB1さんの心に『最初からこのように仕組まれ,騙されていたのではないか』という疑念が沸いてきた。」,「このような経過を経て,B1さんは(株)X1社に対し,金6271万4190万円の損害賠償を求め,平成16年10月27日に東京地方裁判所に提訴した。第1回公判は11月25日に行われ,次回期日は平成17年1月11日の予定。」との各記載があり(以下,上記引用の各見出し及び記述部分を併せて「本件名誉毀損部分」という。),さらに,原告会社の本社並びに原告X2及び原告X3の各自宅の写真及び住所が掲載されていた。
5 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本訴事件関係
ア 被告が本件ホームページにおいて外国為替証拠金取引が違法であると断定して営業広告を行ったことにより,原告らの営業及び信用等の法益が侵害されたといえるか(争点1)
(原告らの主張)
本件ホームページにおいて,外国為替証拠金取引自体が犯罪に該当し,許されるものではない旨の,外国為替証拠金取引業界の健全な取引の育成,発展に背を向ける被告の論稿が公開されていることによって,外国為替証拠金取引業者である原告らに対する営業妨害がされていることは明らかである。
(被告の主張)
本件ホームページの記述は,原告らに直接向けられているものではないので,本件ホームページによって原告らの営業及び信用等の法益が侵害されたことはない。
イ 被告が,本件ホームページにおいて営業広告を行ったことは,その内容が虚偽かつ不実であって,弁護士としての誠実義務ないし善管注意義務に違反し,違法といえるか(争点2)
(原告らの主張)
(ア) 被告は,事件ねつ造を目的として,外国為替証拠金取引について,その仕組み,賭博性,リスク,スワップ金利等に関し,金融庁の立場及び実務の考え方に反し,本件ホームページ上で依頼者を募集する広告を掲載したのであり,これは弁護士としての誠実義務ないし善管注意義務に違反する不実で違法・不当なものである。
外国為替市場は,今や証券取引市場を凌駕する資本主義経済の重要なインフラとなっており,金融庁の立場も,外国為替証拠金取引の経済的必然性と社会的相当性を確認した上で,取引上の自己責任の確保・徹底,業者の自己資本の充実を図るものであり,被告の立場とは全く異なっている。
(イ) 被告は,独自の見解の広告効果を狙って,自己のホームページにおいてそのリンク先として東京弁護士会,日弁連,金融庁の各々のホームページを挙げるなどして,自己の広告が公的機関のお墨付きである旨表示するとともに,自己の教材が弁護士の指導の教材に使われた事実を誇張し,その内容の権威付けを行った。
(被告の主張)
(ア) 被告の本件ホームページの論稿は正論であるし,被告の考え方と同調する裁判例もある(乙第1,第2号証)。
(イ) また,本件ホームページには,いかなる第三者ともリンクしていない。
ウ 被告がBの代理人として原告会社に対してした本件仮差押命令申立て及び別件訴訟提起が,不当訴訟として違法といえるか(争点3)
(原告らの主張)
(ア) 被告は,本件Bの取引を一方的に手仕舞いし,損失を確定し,また,自ら創出した金額を損害額として,不必要な本件仮差押命令申立て及び別件訴訟提起をした。
被告は,Bが,平成16年8月20日すぎころ,取引により得たポジションを損切りせず,スワップ金利を受け取りながら損失回復を待つ方法を選択していたにもかかわらず,その意に反し,原告会社に対して精算金の返還を求める通知書を発信し,また,本件仮差押命令申立て及び別件訴訟提起に及んだ。
(イ) Bは,原告会社からの精算金を受領した後,自らの意思で和解しようとしたが,被告は,この和解を阻止するため,Bを同原告担当者から隔離し,同原告に対し,「私という弁護士が入っている以上,100パーセントの損害を払わない限り,絶対に和解はさせない。本人が何と言おうと,絶対に訴訟する。」などの暴言を吐き,無条件に証拠書類を提出するよう求め,万が一応じなければ直ちに刑事告訴すると脅迫した。
(ウ) 被告の提起した別件訴訟等は,その主張する権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであり,意図的に不法行為をもくろんだ結果である以上,訴えの目的が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に該当する。
(被告の主張)
(ア) 被告は,Bの委任を受け,本件仮差押命令申立てをし,別件訴訟を提起した。
被告は,Bに被害回復を希求する真摯な意思があったからこそ,被告から事実経緯について詳細な聞き取りを行うことができ,別件訴訟の訴状(甲第8号証)を作成することができた。
(イ) Bは,消費生活相談センター及び被告に対し,本件Bの取引について相談し,損害賠償請求手続等を委任したが,それでもなお,原告従業員らが何とかしてくれるのではないかと考え,平成16年9月3日に原告会社に電話をかけ,窮状を訴えたにすぎない。
(ウ) 原告らは,弁護士である被告がBと原告会社との取引に介入した後も,B本人と連絡を取ることについて何とも思わない姿勢を取っており,規範意識の欠如が著しい。
エ 被告が,Aと共謀して本件記事を作成したか(争点4)
(原告らの主張)
被告は,別件訴訟の第1回口頭弁論期日の直後に,Aと共謀して本件記事を作成し,本件名誉毀損部分によって悪意を持って原告らを中傷し,その営業を妨害し,訴訟を有利にするため,不実の記載を公表した。
(被告の主張)
(ア) 被告は,本件訴訟以前にAに会ったことはなく,○○トラブル紙の存在自体,本訴事件の訴状の送達を受けるまで知らなかった。
(イ) Aは,平成16年12月7日,取材を目的として別件訴訟の記録を閲覧したようだが(乙第10号証),仮に,被告がAと何らかの共謀をし,あるいは,訴状の写し等を交付するような関係にでもあったとすれば,Aがわざわざ記録を閲覧する必要もないはずである。
オ 原告らの損害(争点5)
(原告らの主張)
(ア) 原告会社 8070万円
原告会社は,理由もなく一方的に犯罪組織と断罪され,理由なき本件仮差押命令の執行を受けるとともに不当な別件訴訟を提起されて,経済的打撃を受け,損害訴求された6300万円及び仮差押保証金1120万円の合計7420万円の損害を受け,また,弁護士費用650万円の損害を受けた。
(イ) 原告X2 2750万円
(ウ) 原告X3 1100万円
原告X2及び原告X3は,真摯な姿勢と業界トップの自負を,理由なき不法な方法で打ちのめされ,原告X2において2500万円,原告X3において1000万円の各損害を受け,また,弁護士費用として,原告X2において250万円,原告X3において100万円の各損害を受けた。
(被告の主張)
争う。
(2) 反訴事件関係
ア 原告らの提起した本件本訴事件訴訟が,不当訴訟として違法といえるか(争点6)
(被告の主張)
(ア) 本訴請求の原因とされる事実のうち,本件ホームページの記述については原告らに対して向けられた行為であると評価できるものではなく,Bとの関係での訴訟の強制については,事実のねつ造としか評価し得ないものであり,Aとの共謀については原告ら手持ち証拠にも反し,かつ基本的な調査をすれば容易に真実でないと知り得た事実である。
よって,本件本訴事件訴訟の提起は,提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起した場合に当たり,違法と評価すべきことが明らかである。
(イ) さらに,①原告らが,被告が代理人となっている別会社に対する損害賠償請求活動を殊更に主張していること,②被告に対する本訴請求同旨の理由のない懲戒請求を併せて行っていること,③主張する請求金額は認容される余地が全くなく,かつ,個人である被告に対する請求として著しく過大であり,万一認容されれば被告に支払能力がない結果,破産により被告が弁護士資格をも失う金額であること,④被告が,B以外の者を代理して,原告会社に対して損害賠償請求訴訟を提起・追行していたこと,⑤原告ら代理人である岩井弁護士が,原告会社を被告とする別の損害賠償請求訴訟の原告訴訟代理人に対しても理由のない威嚇行為をしていることなどに照らせば,原告らは,被告を威嚇し,その弁護士活動を萎縮させ,妨害することを意図して本件本訴事件訴訟の提起等に至ったものというほかない。
(原告らの主張)
主張事実は否認し,法的主張は争う。
イ 被告の損害(争点7)
(被告の主張)
被告にとっては,自らに対する1億2000万円にも上る損害賠償請求訴訟が係属し,これらに対処するため,正常な業務に充てられるべき時間を大きく奪われ,経済的に多大な損失を被るとともに,精神的にも著しい苦痛を被った。
これを慰謝するに足りる金額は,500万円を下回らない。
(原告らの主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1 本訴事件関係
(1) 被告が本件ホームページにおいて外国為替証拠金取引が違法であると断定して営業広告を行ったことにより,原告らの営業及び信用等の法益が侵害されたといえるか(争点1)について
ア 前記当事者間に争いのない事実等に,証拠(甲第1号証,乙第17号証,被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,本件ホームページは,投資的投機的取引被害事案の解決方法の一例を掲載するなどの目的で開設されたホームページであり,被告は,平成16年4月ころ,外国為替証拠金取引に対する基本的な考え方を提示して,議論のたたき台を提供する目的で,同ホームページ上に,同取引に関し,東京弁護士会及び第二東京弁護士会の消費者相談担当弁護士向け講義,全国消費生活相談員協会関東支部での講義等に使用したレジュメであり,消費者法ニュース60号に掲載した論稿を公開し,その中で,一般消費者が外国為替証拠金取引に参加すべきではなく,外国為替証拠金取引が賭博罪に該当し,違法性も阻却されない旨の内容を含む同取引についての考え方を披露したことが認められる。
イ 原告らは,本件ホームページにおいて,外国為替証拠金取引自体が犯罪に該当し,許されるものではない旨の被告の論稿が公開されたことによって,外国為替証拠金取引業者である原告らに対する営業妨害がされたと主張する。
しかしながら,上記アで認定したとおり,本件ホームページにある論稿は,外国為替証拠金取引に関する一つの考え方を示したものであり,同取引自体の仕組みや法的性質から,同旨の裁判例を引用した上で,その取引の性質上リスクが大きい故に賭博罪に該当するとの考え方が表明されているにすぎないのであって,同取引を行う会社の営業を直接侵害するような内容となっているわけでもなく,さらに,本件ホームページ内に原告会社を含む具体的な外国為替証拠金取引業者の会社名は挙げられておらず,各業者の個別の法益を侵害するような論稿となっているわけではない。
よって,原告らの上記主張は採用することができない。
ウ 以上によれば,本件ホームページが被告の営業広告を行ったものではなく,これによって原告らの営業及び信用等の法益が侵害されたということはできないと解するのが相当である。
(2) 被告がBの代理人として原告会社に対してした本件仮差押命令申立て及び別件訴訟提起が,不当訴訟として違法といえるか(争点3)について
ア 訴えの提起は,提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り,相手方に対する違法な行為となると解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
そして,この理は仮差押命令の申立ての違法性の有無を判断するに当たっても妥当するものと解するのが相当である。
イ 前記当事者間に争いのない事実に,証拠(甲第7ないし第9号証,第10号証の1ないし3,第12号証の1ないし3,第16号証の1ないし4,第31ないし第33号証,第40,第47号証,乙第17号証,証人X3,原告兼原告会社代表者X2本人,被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。
(ア) Bは,平成16年4月20日ころから,原告会社との間で,外国為替証拠金取引(本件Bの取引)を開始した(甲第16号証の1ないし4)。
(イ) Bは,同年8月24日ころ,原告会社に対し,Bの取引についての取引経過及びBの原告会社に対する要望として,いったん仕切った上で,生じた損害は,500万円の運用資金で外国為替証拠金取引を行って取り返すなどのことについて記載した自筆の書簡を送付した(甲第9号証,以下「本件書簡」という。)。
(ウ) Bは,同月26日,被告及び本件法律事務所に勤務する同僚弁護士に対し,Bの取引について相談し,原告会社に対する損害賠償請求等の手続を委任した。被告は,その際,Bから,日付欄が空欄で,同人の署名及び捺印が記入のある訴訟委任状(甲第10号証の2)を受領した(以上,甲第40号証,乙第17号証)。
(エ) 原告会社は,同年9月1日午前10時13分,Bに対し,電信郵便振替にて,Bの取引の精算金として924万8000円を支払った(甲第20号証)。
(オ) 被告及び上記同僚弁護士は,同日午後6時43分,原告会社に対し,Bの代理人として,本件1度目の介入通知を行った(甲第10号証の1ないし3)。
なお,被告は,その際,原告会社からBに対して上記金員の支払があったことをBから聞いておらず,知らなかった。
(カ) Bは,その後の同月3日ころ,精神的に動揺していたことに加え,何とかお金を返してほしいという一心で,原告会社の従業員であるD(以下「D」という。)に対して電話をかけ,話をした。
(キ) 被告は,同日,Bから,Dと電話をした事実を聞いたことから,Bより,改めて同人の署名及び捺印のある同日付け訴訟委任状を受領した上で,同日午後7時37分,原告会社に対し,本件2度目の介入通知を行った(甲第12号証の1ないし3)。
(ク) Bは,同年,当庁に対し,本件仮差押命令申立てをし,同年9月24日,仮差押決定がされた(甲第7号証)。
(ケ) Bは,同年10月27日,原告会社に対し,被告及び上記同僚弁護士を訴訟代理人として別件訴訟を提起し(甲第8号証),同年11月25日午前10時に,第1回口頭弁論期日が開かれた。
ウ 原告らは,被告が,本件Bの取引を一方的に手仕舞いし,損失を確定し,また,自ら創出した金額を損害額として,不必要な本件仮差押命令申立て及び別件訴訟提起をした旨主張する。
(ア) しかしながら,まず,Bが,原告に対し,本件書簡において,外国為替証拠金取引により取り返すとの意思を表明したにもかかわらず,被告がBを翻意させて手仕舞いを行ったと原告らが主張する点については,前記当事者間に争いのない事実等に甲第40号証を総合すると,Bが,当時,自身の取引により損害を被ったことについて精神的に動揺していたことに加え,Bは,まともに取引終了を申し出たとしても取引を終了することはできず,お金を返してもらうためには取引を続ける旨表明した方がむしろよいと考えて本件書簡を作成したこと,また,本件書簡を送付した直後である平成16年8月26日,Bが被告に原告会社との取引について相談し,同日,被告に対して訴訟委任状を提出していることが認められ,以上の各事実に照らすと,被告がBを翻意させて手仕舞いを行ったと認めることは困難である。
(イ) また,被告が,Bが原告会社から平成16年9月1日の午前中に電信郵便振替にて924万8000円の入金を受けた直後である同日午後に,Bの意思を無視して,原告会社に対し,Bを代理して本件1度目の介入通知を行ったと原告らが主張する点については,前記認定したとおり,被告は,Bから,同年8月26日の時点で訴訟委任状を受領していた上,介入通知の内容は,精算金の支払を請求すると同時に,金銭返還ないし損害賠償について,任意に解決することが可能であるかを判断するために,Bと原告会社との間の取引に関する各種文書等の写しの送付を求めるというものであり,また,被告は,Bから入金を受けたことを知らずに本件1度目の介入通知をしたのであるから,Bが入金を受けた後に被告が本件1度目の介入通知を行ったとしても,そのことがBの意思に反するということはできない。
(ウ) さらに,被告が,Bが平成16年9月3日に原告会社に電話をかけ,話合いを求めてきたにもかかわらず,その後の同日午後に,Bの意思を無視して,原告会社に対し,Bを代理して本件2度目の介入通知を行ったと原告らが主張する点については,前記認定事実によれば,当時,Bが精神的に動揺していたことに加え,何とかお金を返してほしいという一心で電話をしたというのであり,また,Bは,原告会社に電話をした後,さらに被告らに相談し,再度訴訟委任状を提出していることも総合すると,本件2度目の介入通知がBの意思に反すると認めることも困難である。
(エ) むしろ,前記イで認定した事実によれば,被告は,Bが自身の取引により被った損害を賠償することを希望したので,Bから事情を聴取した上で,原告会社に対して本件仮差押命令申立てをし,別件訴訟を提起したのであり,Bの原告らに対する正当な権利行使を代理したにすぎないということができる。
(オ) そうすると,原告らの上記主張はいずれも採用することができない。
エ 以上によれば,本件仮差押命令申立て及び別件訴訟提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとはいえず,これらの訴訟代理人としての被告の行為が違法であるということはできない。
(3) 被告が,Aと共謀して本件記事を作成したか(争点4)について
原告らは,被告が,別件訴訟の第1回口頭弁論期日の直後に,Aと共謀して本件記事を作成し,悪意を持って原告らを中傷し,その営業を妨害し,訴訟を有利にするため,不実の記載を公表した旨主張する。
しかしながら,本件全証拠によってもかかる主張を認めるに足りる証拠はなく,かえって,証拠(乙第10,第17号証,丙第9号証,被告本人,訴え取下げ前相被告A本人)によれば,Aは,別件訴訟の訴状を裁判所で閲覧し,その訴状の内容をメモ書きした上で,本件記事を作成したこと,被告及びAは,本件本訴事件の訴状がそれぞれ送達された後に初めて連絡を取り合ったことを認めることができる。
よって,被告が,Aと共謀して本件記事を作成したということはできず,原告らの上記主張を採用することはできない。
(4) 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの本訴請求は理由がない。
2 反訴事件関係
(1) 原告らの提起した本件本訴事件訴訟が,不当訴訟として違法といえるか(争点6)について
ア 原告らの本訴請求に理由がないことは前記第3,1で判示したとおりであるが,訴訟提起が違法となる場合については,前記第3,1,(2),アで判示したとおりであり,これに基づき,原告らの提起した本件本訴事件訴訟が不当訴訟として違法といえるか否かを検討する。
イ 被告は,原告らの本訴請求の原因とされる事実のうち,本件ホームページの記述は原告らに対して向けられた行為であると評価できるものではなく,Bとの関係での訴訟の強制は,事実のねつ造としか評価し得ないものであり,Aとの共謀は原告ら手持ち証拠にも反し,かつ基本的な調査をすれば容易に真実でないと知り得た事実である旨主張する。
(ア) このうち,本件ホームページの評価については,前記第3,1,(1)で認定したとおり,これによって原告らの営業及び信用等の法益が侵害されたということはできない。
しかしながら,前記当事者間に争いのない事実等のとおり,本件ホームページには,外国為替証拠金取引について,一般消費者が参加すべき取引ではないこと,業者と顧客の経済的な利害は決定的に対立しており,顧客の損失は業者の利益となること,業者がいついなくなるか分からず,そのような場合,預けた資産が返還される可能性が小さいこと,業者が賭博罪に該当する違法なものであり,経済的存在意義は何ら認められず,公序良俗に違反して無効であることなどの各記載があり,これらの記載を見た者が,外国為替証拠金取引に対して消極的,懐疑的な考え方を有するに至る可能性は否定できず,このような意味において,上記各記載が原告会社を含む同取引を行う会社にとって,営業上不利益となる記載であると認められるから,原告らが,本件ホームページの記載によって営業及び信用等の法益が侵害されたと主張することが,およそ事実的,法律的根拠を欠くということは困難である。
(イ) 次に,被告がBを代理してした本件仮差押命令申立て及び別件訴訟提起については,前記第3,1,(2)で認定したとおり,被告はBの原告らに対する正当な権利行使を代理したにすぎず,不当訴訟として違法ということはできない。
しかしながら,前記認定事実によれば,Bが原告会社に対して送付した本件書簡には,その文面上は取引を続行する意思が表明され,客観的な事実経過としては,Bが精算金を受領したその日に被告が本件1度目の介入通知をし,また,その後にBが原告会社に対して電話をかけてきた後,被告が本件2度目の介入通知をしているのであるから,原告会社の立場からみればBと被告の行動は相互に矛盾していると理解する余地はあり,原告らが,これらの各事実を根拠として,本件仮差押命令申立て及び別件訴訟提起が違法であると主張することが,およそ事実的,法律的根拠を欠くものということは困難である。
(ウ) さらに,本件記事作成に関するAとの共謀についても,原告会社が別件訴訟の被告であり,Aが本件記録を閲覧したか否かは別件訴訟の記録を閲覧すれば容易に判明することであることを考慮すると,これに関する原告らの主張が事実的,法律的根拠を欠くものであり,このことを容易に知り得たと認める余地はあるものの,本件記事が被告の作成した訴状内容と一致し,原告らを非難する内容であったことをも総合すると,直ちにそのように断定することは困難である。
ウ また,被告は,前記第2,5,(2),ア,(イ)記載の事情を挙げて,原告らが,被告を威嚇し,その弁護士活動を萎縮させ,妨害することを意図して本件本訴事件訴訟の提起等に至ったと主張するが,上記(ア)ないし(ウ)記載の事実を前提とする限り,これらの事情を考慮しても,被告の上記主張事実を認めることは困難である。
エ そうすると,上記イ及びウの各事情を総合すれば,原告らの主張が事実的,法律的根拠を欠くものである上,原告らが,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとまではいえないので,被告の上記主張は採用することができない。
オ 以上によれば,原告らの提起した本件本訴事件訴訟が,不当訴訟として違法ということはできないと解するのが相当である。
(2) 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被告の反訴請求は理由がない。
3 結論
以上の次第で,原告らの本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないからそれぞれ棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富田善範 裁判官 関述之 裁判官 不破大輔)
(別紙)
被告訴訟代理人弁護士目録
茨木茂,飯田修,一樂邦彦,大迫惠美子,大橋正典,笠井收
北村晋治,國吉朋子,栗原浩,齋藤雅弘,渋谷和洋,島幸明
清野英之,瀬戸和宏,髙畠希之,武井共夫,田中富美子,付岡透
十枝内康仁,豊崎寿昌,永井健三,中村昌典,平澤慎一,本間紀子
丸山裕司,宮城朗,柳楽晃秀,山本政明,横塚章,吉原美由希
米川長平,白井晶子,洞澤美佳,山口廣
外108名