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東京地方裁判所 平成17年(ワ)3056号 判決 2006年8月08日

原告

日本コパツク株式会社

同訴訟代理人弁護士

増田利昭

同補佐人弁理士

佐藤英昭

被告

ミスミ株式会社

被告

被告ら訴訟代理人弁護士

石井義人

濱田佳志

安藤誠一郎

林健太郎

同訴訟復代理人弁護士

村上知子

同補佐人弁理士

杉本勝徳

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告に対し,連帯して,金1901万5494円及びうち金1584万6246円に対する平成17年3月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告に対し,別紙謝罪広告目録第1記載の謝罪文を,同目録第3記載の条件で,同目録第2記載の新聞に掲載せよ。

第2事案の概要

本件は,被告らが,原告の取引先に対し,原告の製品が被告らの特許権及びその専用実施権を侵害している旨の警告書を送付したところ,当該警告書の送付は虚偽の事実の告知により原告の信用を毀損するものであるとして,原告が,被告らに対し,不正競争防止法2条1項14号及び4条に基づき損害賠償及び民法所定の遅延損害金の支払を求めるとともに,不正競争防止法7条に基づく信用回復措置の請求として謝罪広告の掲載を求めた事案である。

1  前提事実

(1)  当事者

ア 原告

原告は,被服用ハンガーの製造販売業者である。

イ 被告ら

被告ミスミ株式会社(以下「被告会社」という。)は,被服用ハンガーの製造販売業者である。

被告甲(以下「被告甲」という。また,被告会社と被告甲を併せて「被告ら」という。)は,被告会社の代表取締役である。

(以上,争いのない事実)

(2)  本件特許権

ア 被告甲は,以下の特許権を有していたところ(以下「本件特許権」といい,その発明を「本件特許発明」という。また,別紙特許公報掲載の明細書及び図面を「本件明細書」という。),被告会社は,本件特許権につき被告甲より専用実施権の設定を受け,平成13年11月1日,その旨登録した。

特許番号  特許第2956956号

発明の名称 合成樹脂製クリップ

出願日   平成7年2月3日

登録日   平成11年7月23日

特許請求の範囲(請求項1)

一端に挟着部を形成したクリップ片を向かい合わせに対峙させ,両クリップ片に亙って"U"字形に折り返されて形成された合成樹脂製バネを装着し,該合成樹脂製バネの弾性力により両クリップ片の挟着部同士が圧接する方向に弾性付勢してなる合成樹脂製クリップにおいて,合成樹脂製バネの先端内面部分に掛合部を形成し,該掛合部が掛合する受け止め部と,受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分を被う飛散防止部とをクリップ片に設けるとともに,受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し,受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成したことを特徴とする合成樹脂製クリップ。

イ 構成要件の分説

本件特許発明を構成要件に分説すると,以下のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A」のように表記する。)。

A 一端に挟着部を形成したクリップ片を向かい合わせに対峙させ,

B 両クリップ片に亙って"U"字形に折り返されて形成された合成樹脂製バネを装着し,

C 該合成樹脂製バネの弾性力により両クリップ片の挟着部同士が圧接する方向に弾性付勢してなる合成樹脂製クリップにおいて,

D 合成樹脂製バネの先端内面部分に掛合部を形成し,

E 該掛合部が掛合する受け止め部と,受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分を被う飛散防止部とをクリップ片に設けるとともに,

F 受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し,

G 受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成し

H たことを特徴とする合成樹脂製クリップ。

ウ 本件特許発明の作用効果

(ア) ハンガーに装着し,衣服等を吊持した状態で検針用の金属探知機に通すことができる。

(イ) 飛散防止部を設けることにより,合成樹脂製バネが折れた際の飛散を防止することができる。

(ウ) 受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成することで,簡単な構造の一対の成形金型で成形することができる。

(以上,争いのない事実)

(3)  本件特許権の出願経過

ア 本件特許権につき,特許庁審査官は,平成10年12月24日,被告甲の出願代理人である弁理士乙(以下「乙弁理士」という。)に対し,以下のとおり記載した拒絶理由通知書を送付した。

「この出願は,特許請求の範囲の記載が下記の点で,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

請求項1には『受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成した』と記載されているが,請求項1全体の記載において,クリップ片と飛散防止部との関係,及びクリップ片と受け止め部との関係が明確に記載されていないため,特許を受けようとする発明の構成が明確に把握できない。

よって,請求項1に係る発明は明確でない。

先行技術文献調査結果の記録

・調査した分野 IPC 第6版

A47G 25/48

D06F 57/00

・先行技術文献

実開平6-13655号公報

特開平7-139524号公報

特開平3-71083号公報

この先行技術文献調査結果の記録は,拒絶理由を構成するものではない。」

イ これに対し,乙弁理士は,平成11年3月9日,前記(2)アの特許請求の範囲(請求項1)の下線部を加える旨の手続補正をした。その結果,特許庁審査官は,同年6月18日,特許査定をした。

(以上,乙12の12~15)

(4)  第1警告書の送付とカルフールらの対応

ア 被告会社は,平成13年11月7日,乙弁理士を代理人として,カルフール・ジャパン株式会社(以下「カルフール」という。)に対し,同社による別紙第1クリップ目録記載の合成樹脂製クリップ(以下「第1クリップ」という。)の使用につき,「警告書」(甲1。以下「第1警告書」という。)を送付した。

第1警告書には,次の記載がある。

「当方は衣類等を吊持するハンガーに使用する合成樹脂製クリップ(以下単に本件クリップという)に関し,登録第二九五六九五六号の特許権を有しております。…

一方,貴社がご使用の右ハンガーに設けられた合成樹脂製クリップは,本件クリップの右特徴をそのまま有するものです。

よってその使用行為は当方の特許権を侵害するものと思われますので,このまま使用を継続されますと,後日不測のご迷惑を御掛けするおそれがあります。

従いましてこれら製品の使用を中止されるよう此処に申し入れ致します。併せて当該ハンガーのメーカー及び現在までの使用数量をご通知下さることを要望しますとともに,本件の対応策を本書到達後,二週間以内に代理人弁理士乙あてにお示し下さるようお願いいたします。…」

(争いのない事実)

イ また,被告会社は,同日,乙弁理士を代理人として,原告に対し,第1警告書と同趣旨の指摘をした上で,製品の輸入・製造・販売等の取扱中止等を申し入れる内容の「警告書」(乙1の1)を送付した。

(乙1の1及び2)

ウ(ア) 原告は,同月13日,被告会社に対し,いかなるハンガーに使用する合成樹脂製クリップが本件特許権を侵害しているのかについて明確かつ具体的に事実を指摘してもらいたい旨回答した(乙3)。

(イ) これに対し,被告会社は,同月22日,原告に対し,侵害品の写真を送付した上(甲23),同年12月12日,回答を催告した(甲24)。

(ウ) 原告は,同月20日,被告会社に対し,被告会社の主張は依然として当該クリップが本件特許権を侵害すると思うとの包括的主張の域を出ていないため回答し得ない旨の回答をした(甲25)。

(以上,争いのない事実)

エ カルフールは,同年11月20日,被告会社に対し,第1警告書に対する「回答書」(乙2)を送付し,第1警告書において指摘された特許権侵害の件については,納入業者である原告との間で,原告が一切の責任を負うとの結論が出ており,今後この件に関しては原告の代理人である弁理士が全面的に対処する旨回答した。

(争いのない事実)

(5)  別件侵害訴訟の提起

ア 被告らは,平成14年7月26日,大阪地方裁判所に対し,原告を相手方とし,原告の製造,販売に係る第1クリップ及び別紙第2クリップ目録記載の合成樹脂製クリップ(以下「第2クリップ」という。また,第1及び第2クリップを併せて「本件各クリップ」という。)が本件特許権を侵害している旨主張して,その製造,販売の差止等及び損害賠償を求める訴訟を提起した(乙4。平成14年(ワ)第7456号特許権侵害差止等請求事件。以下「別件侵害訴訟」という。)。

イ 原告は,別件侵害訴訟の平成14年9月2日付け答弁書(甲10)において,第2クリップにつき,これを製造,販売した事実は過去においても現在においてもない旨主張した。

(以上,争いのない事実)

(6)  第2警告書の送付とカルフールらの対応

ア 被告らは,平成14年10月15日,カルフールに対し,同社による第2クリップの使用につき,「警告書」(甲2。以下「第2警告書」という。また,第1及び第2警告書を併せて「本件各警告書」という。)及び第2クリップの図面(甲3)を送付した。

第2警告書には,次の記載がある。

「今般,貴社店舗において,貴社が,別送する図面記載の合成樹脂製クリップを用いたハンガーを,新たに使用されていることが明らかになりました。

上記クリップは,…上記特許発明の技術的範囲に属するものであり,その使用は上記特許権の侵害となります。

よって,当職らは貴社に対し,上記クリップの使用中止を警告するとともに,上記クリップの製造者,仕入先,仕入数量,仕入金額,使用数量及び在庫数量につき,本書到達後2週間以内に当職ら宛ご回答頂きますよう申し入れます。…」

(争いのない事実)

イ カルフールは,同月29日,被告らに対し,第2クリップの製造業者は原告であり,被告らが求める情報は原告に直接尋ねるよう回答した。

(乙5)

ウ 原告は,同年11月8日,被告らに対し,「通知人(引用者注・原告)は,通知人製品が甲らの特許権…侵害していないとして,その権利侵害を裁判上争っております。…したがいまして,今後,特許権侵害についての公権的判断が下されない限り,カルフール・ジャパン株式会社をはじめ,通知人の取引先に対して,通知人製品が特許権侵害である等,通知人の取引上の信用を害する虚偽の事実を告知し,または流布する行為は,厳にお慎み下さい。」などとする申入れを行った。

(乙6)

エ 被告らは,別件侵害訴訟の同月14日付け準備書面で,上記アのとおり第2クリップの使用につき,カルフールに警告したところ,カルフールは上記イのとおり製造者は原告である旨回答した旨主張した。

これに対し,原告は,別件侵害訴訟の同年12月20日付け準備書面(乙8)において,原告がカルフールに販売している製品と被告らの特定に係る第2クリップとの異同を比較した上,被告らの特定に係る第2クリップの販売はしていない旨再度主張し,予備的に,被告らの主張が原告がカルフールに販売している製品を第2クリップであるというものだとしても,物件の特定に誤りがある旨の主張をした。

(乙7,8)

オ 原告は,別件侵害訴訟の平成15年3月7日付け準備書面(乙9)において,第2クリップの特定について,訴訟の円滑進行に協力する趣旨から,原告の販売する製品と第2クリップの同一性については争わないこととする旨主張した。

(乙9)

カ 原告は,別件侵害訴訟でロ号物件を製造,販売した事実はない旨主張したのは,ロ号物件が模造品である可能性もあり,確たる証拠がない段階でこれを原告の製品と認める訳にはいかないからであり,訴訟当事者の防御活動としては当然の対応である旨主張する。

しかしながら,証拠(乙4)及び弁論の全趣旨によれば,被告らは,別件侵害訴訟でカルフールで使用されている新たなクリップについても本件特許権の侵害を主張し,カルフールの要請に基づき第1クリップを第2クリップに変更していた原告は,被告らの主張の真意を容易に知ることができたものと認められるから,民事訴訟が当事者主義を採用していることを考慮しても,原告としては,単に否認するに止まらず,第2クリップへの変更の事実及び被告らの第2クリップの特定が不十分であることを指摘すべきであったと認められる。

(7)  無効審決

ア 原告は,平成14年12月16日,本件特許権につき無効審判請求をした(無効20 02-35531)。

イ 特許庁は,平成15年6月19日,本件特許権に係る発明は,実開平2-19359号のマイクロフィルム(乙14参照。以下「丸田屋発明」という。)及び米国特許第4701983号明細書に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであるとして,本件特許権を無効とする旨の審決をした(甲7)。

ウ 上記審決は,東京高等裁判所による請求棄却判決(平成16年2月27日。甲8),最高裁判所による上告棄却及び上告不受理決定(同年9月16日。甲9)により,確定した。

(以上,争いのない事実)

(8)  別件侵害訴訟のその後の経過

ア 大阪地方裁判所は,平成15年10月9日,別件侵害訴訟につき,本件特許権に係る発明は,当業者であれば,丸田屋発明に他の公知技術を組み合わせることによって容易に想到し得たものであり,進歩性を欠き無効であるとして,本件特許権に基づき被告らが原告に対して権利行使することは権利濫用として許されない旨の判断をし,被告らの請求を棄却した(甲12)。

イ 上記判決は,大阪高等裁判所による控訴棄却判決(平成16年3月17日。甲13),最高裁判所による上告棄却及び上告不受理決定(同年9月16日。甲14)により,確定した。

(以上,争いのない事実)

2  争点

(1)  「他人」の明示の要否

(2)  原告と被告らとの競争関係の有無

(3)  虚偽の事実

(4)  権利行使による違法性阻却の成否

(5)  故意過失の有無

(6)  損害発生及び因果関係

(7)  損害額

(8)  信用回復措置の必要性

3  争点に関する当事者の主張

(1)  「他人」の明示の要否

(原告の主張)

ア 明示の要否

不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為となるために,競争関係にある「他人」を明示的に特定する必要はない。

イ 第1警告書

前提事実(4)アのとおり,被告会社は,カルフールが他社から第1クリップを仕入れて使用していると考え,第1警告書を送付した。

ウ 第2警告書

前提事実(6)アのとおり,被告らは,カルフールが他社から第2クリップを仕入れて使用していると考え,第2警告書を送付した。

(被告らの主張)

ア 明示の要否

原告の主張アは争う。

不正競争とされる行為は,競争関係にある「他人」の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知であり,誹謗の相手方となる「他人」は明示的に特定されている必要がある。

イ 第1警告書

同イは認める。

ウ 第2警告書

同ウは認める。

(2)  原告と被告らとの競争関係の有無

(原告の主張)

ア 被告会社

(ア) 前提事実(1)のとおり,原告と被告会社は,共に被服用ハンガーの製造販売業者であるから,被告会社は,市場において原告と競争関係にあった。

(イ)a 仮に具体的な競争関係が必要であるとしても,原告は,株式会社西友(以下「西友」という。)においてもハンガーのリサイクル事業を展開していたものであり,平成14年に被告会社がパジャマ・ハンガーのリサイクルをスタートさせるまで,原告が西友と取引していた。

b インナーハンガー(婦人下着)に関しては,原告は,現在も,西友との間でリサイクルを続けている。

イ 被告甲

前提事実(1)及び(2)のとおり,被告甲は,本件特許権の特許権者であり,被告会社の代表取締役であったから,被告甲も,原告と競争関係にあった。

(被告らの主張)

ア 被告会社

(ア) 原告の主張ア(ア)は否認する。

被告会社は,被告甲が,西友の担当者の依頼に基づき,同社及びその関連業者に対してハンガーやその関連商品を納入することに特化した業務を行う会社として設立したものであることから,設立以降,専ら西友及びその関連会社を取引先としてハンガーを製造・販売してきたものであり,これまでにカルフールその他の原告の取引先を対象に営業活動を行ったことは全くなく,また,その予定もなかった。

(イ)a 同ア(イ)aは否認する。

b 同ア(イ)bは否認する。

インナーハンガーが用いられているインナーウェアの売場は,有名アパレルメーカーが自社ブランドの優位性を利用し,西友の店舗内に自社の従業員を配置し,独自の商品構成で商品を販売する場所貸しのような形態の売場であるから,そのような売場へのハンガーの納入は,アパレルメーカーとの取引である。

イ 被告甲

同イは否認する。

(3)  虚偽の事実

(原告の主張)

ア 構成要件充足性

(ア) まとめ

本件各クリップは,いずれも本件特許発明の構成要件を充足しないから,本件各警告書は,虚偽の事実に関するものである。

(イ) 第1クリップ

a 重なり合わない関係は,「受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わない」(構成要件G)というものであり,本件明細書の図3(縦断側面図)に記載されているような関係である。構成要件Gは,凸部材の突起部分の両サイドまで含めて先端部とするものでないことは明らかであるから,凹凸関係にある両部材の各対峙する箇所を「先端」とすることは誤りである。

そして,第1クリップを同様の縦断側面図で見た場合には,受け止め部の先端部と飛散防止部の先端部とが重なるので,構成要件Gを充足しない。

b また,第1クリップは,ガイド部7(別紙原告主張図のイ号物件参照)が受け止め部5に対面するものでなく,「受け止め部に対面する飛散防止部」という構成要件Fをも充足しない。

(ウ) 第2クリップ

a 凹型(6,6a)に形成したサイド部分を飛散防止部の先端とすることや,凸型(5,5a)に形成したサイド部分を含めて受け止め部の先端とすることはできない。構成要件Gは,凹凸部材の両サイドまで含めて先端部とするものでないから,凹凸関係にある両部材の各対峙する箇所を「先端」とすることは間違いであり,さらに,各対峙する先端を,あたかも上記構成要件の先端部と同一であるかのように述べることは,間違いである。

そして,第2クリップを本件明細書の図3(縦断側面図)に記載されているものと同様の縦断側面図で見た場合は,受け止め部の先端部と飛散防止部の先端部とが重なるので,構成要件Gを充足しない。

b また,第2クリップは,ガイド部7(別紙原告主張図のロ号物件参照)が受け止め部5に対面するものでなく,「受け止め部に対面する飛散防止部」という構成要件Fも充足しない。

イ 無効

(ア) 前提事実(7)のとおり,本件特許権については無効審決が確定しているから,本件各警告書は,虚偽の事実に関するものである。

(イ) 被告らは,本件各警告書を送付した時点では本件特許権は有効に存続していたから,本件各警告書の内容は虚偽ではない旨主張するが,進歩性の欠如の瑕疵は,出願時から権利侵害警告時に至るまで一貫して存在していたものであり,それが被告ら及び特許庁審査官によって看過されていたにすぎないものである。

(被告らの主張)

ア 構成要件充足性

(ア) 原告の主張ア(ア)は否認する。

(イ) 第1クリップの構成要件充足性

a 第1クリップの構成は,別紙第1クリップ目録記載のとおりである。

b(a) 第1クリップにおける受け止め部の先端部の形状は凹型,飛散防止部先端部の形状は凸型をしており,各対峙する先端は,金型の摺動方向に直交する方向で重なり合っていない。

(b) また,第1クリップにおいて中央部に垂下した部分は,単にピンチ片の外側部材を延出しただけの構造にすぎない。

(c) したがって,第1クリップの構成fは構成要件Fに該当し,構成gは構成要件Gに該当する。

c さらに,第1クリップの構成aは本件特許発明の構成要件Aに該当し,構成bは構成要件Bに該当し,構成cは構成要件Cに該当し,構成dは構成要件Dに該当し,構成eは構成要件Eに該当し,構成hは構成要件Hに該当する。

(ウ) 第2クリップの構成要件充足性

a 第2クリップの構成は,別紙第2クリップ目録記載のとおりである。

b(a) 第2クリップにおける受け止め部の先端部の形状は凸型,飛散防止部先端部の形状は凹型をしており,各対峙する先端は,金型の摺動方向に直交する方向で重なり合っていない。

(b) したがって,第2クリップの構成fは構成要件Fに該当し,構成gは構成要件Gに該当する。

c さらに,第2クリップの構成aは本件特許発明の構成要件Aに該当し,構成bは構成要件Bに該当し,構成cは構成要件Cに該当し,構成dは構成要件Dに該当し,構成eは構成要件Eに該当し,構成hは構成要件Hに該当する。

イ 無効

同イ(ア)は否認する。

本件各警告書を送付した時点では,本件特許権は有効に存続していたから,本件各警告書の内容は,虚偽ではない。

(4)  権利行使による違法性阻却の成否

(被告らの主張)

ア 法律論

(ア) 民事訴訟の提起は,原則として正当な行為であり,訴えの提起が相手方に対する違法な行為となるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのに,あえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる(最高裁判所昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁)。

(イ) 上記判断は,訴えの提起と同じく原則として正当な行為である特許権に基づく権利行使についても同様に当てはまるというべきであり,特許権に基づく権利行使として権利侵害の告知を行い,後に当該特許権が無効とされた場合において,当該権利侵害の告知が違法な行為となるのは,当該特許権が無効であることを知りながら,又は通常人であれば容易に無効であることを知り得たにもかかわらず,あえて権利侵害の告知を行ったなど,特許制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られるというべきである。

(ウ) また,外形的に権利行使の形式をとっていても,その実質がむしろ競業者の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものであるときには,当該告知の内容が結果的に虚偽であれば,不正競争行為として特許権者は責任を負うべきである。

イ 事実関係

(ア) まとめ

被告らは,本件各警告書を送付した際,本件特許権は有効なものであり,かつ本件各クリップは本件特許発明の構成要件を充足すると認識しており,また,後に無効とされることや,充足性を欠くことを容易に知りうるような事情も存しなかった。

しかも,被告らは,原告の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つといった目的を何ら有していなかった。

(イ) 主として無効関係

a 特許権については,その設定に当たり,審査官による厳格な審査が行われ,いったん登録された特許権者は確固たる地位を有し,容易な理由では無効とはならない制度が採用されている。したがって,出願人にとって,当該発明が特許として登録されれば,当該発明は公知のものであることを知悉している等特段の事由の存しない限り,当該特許権が無効原因を有するものと認識すべき理由は存しない。

また,登録後又は権利行使時において,権利者が進歩性を含めた公知技術の調査を行うことは,特段の事情が存在しない限りあり得ないし,現実にそのような調査を行っても,特許庁審査官を上回る情報を取得して専門的な判断を行うことは困難である。

さらに,一般に,進歩性の存否の判断は,新規性の判断とは異なり極めて微妙な判断を要するものであり,一律的な基準によって判断し得る問題ではない。

b(a) 被告甲は,平成6年ころ,クリップ付きハンガーのクリップとして市場に流通していた商品に使用される合成樹脂製のバネが脆く,使用中に割れて破片が飛散して危険であるとの指摘がされていたことを受けて,市場に流通するクリップ付きハンガーを可能な限り入手し,これら商品のすべてについてバネ部の破損実験を行ったが,いずれもバネが飛散することが確認された。なお,被告甲が入手したクリップ付きハンガーの中には,株式会社丸田屋が製造販売していた商品(以下「丸田屋商品」という。)が含まれており,これは丸田屋発明の実施例とほぼ同一の形状のものであったが,被告甲は,当時,丸田屋発明が出願されていたことは知らなかった。

被告甲は,新商品を開発すべく研究を重ね,試行錯誤の結果,本件明細書の図面に記載された商品を発明し,平成7年1月,本件特許発明の試作品を乙弁理士の事務所に持参して,発明の内容を説明し,特許出願を依頼した。

(b) 乙弁理士は,特許出願の準備に着手し,先行類似技術の調査を行った。乙弁理士は,かつて発明協会和歌山県支部にて先行技術調査を担当していた経験を有する者を補助者として用いつつ,「技術用語による特許分類索引」,「公開特許分類索引」,「公開特許出願人索引」といった書籍や検索システム「パトリス」を利用し,「ハンガー」,「クリップ」,「バネ」などのキーワードを入力して先行技術を検索し,検索にヒットした先行技術の図面や明細書を確認していった。また,乙弁理士は,本件特許発明を出願する際の国際特許分類を「A47G 25/48」と決定し,同分類における先行技術を検索した。これらの検索の結果,乙弁理士は,本件特許発明と同一又は類似しており,本件特許発明の特許出願の妨げとなるような先行技術は存在しないと判断した。

(c) このような先行技術の調査結果及び被告甲の説明を踏まえ,乙弁理士は,本件特許発明が新規性,進歩性を有するものであると判断して,特許出願を行った。

(d) 前提事実(3)アのとおり,乙弁理士は,平成10年12月24日,拒絶理由通知書の送付を受けたが,拒絶理由は発明の構成が明確に把握できないというものであり,新規性,進歩性に関するものではなかった。

これを受けて,乙弁理士は,特許庁審査官と電話で協議を行い,発明の構成を明確にするための補正を行った結果,特許査定を受けた。

c(a) 被告甲及び乙弁理士は,第1警告書を送付するに当たり,本件特許権の新規性,進歩性を再度確認する作業は行わなかった。

(b) しかし,本件特許権の登録後,第1警告書の送付までの間,無効審判請求を提起されるなど,本件特許権の新規性,進歩性に疑念を生じさせるような事情はなかった。

d(a) 被告甲及び乙弁理士は,第2警告書を送付するに当たり,本件特許権の新規性,進歩性を再度確認する作業は行わなかった。

(b) しかし,第1警告書の送付から第2警告書の送付までの間,本件特許権の新規性,進歩性に疑念を生じさせるような事情はなかった。しかも,前提事実(5)のとおり,第2警告書は,原告が別件侵害訴訟の答弁書において第2クリップが原告の製造,販売に係る物件ではない旨答弁したことから,同クリップの使用者であるカルフールに対して発送したものである。

(ウ) 主として充足関係

a 被告らは,本件各クリップは,本件特許権における「飛散防止部」及び「受け止め部」に相当する部分の形状が,本件明細書の図面に記載された実施例のクリップの形状とは若干異なるものの,これらの部分が金型の摺動方向(X)に直交する方向で重なり合わないように形成されたものであり,破損したバネの飛散防止の効果を有し,クリップに装着するバネと掛合するように形成されたものであることなどを具体的に検討した上で,本件各クリップがいずれも本件特許発明の技術的範囲に属する製品であると判断し,本件各警告書を送付した。

b すなわち,被告甲は,カルフール店舗において入手した本件特許権の侵害品と考えられた第1クリップを乙弁理士の事務所に持参し,同クリップが,本件特許発明の技術的範囲に属するものか否かの判定を依頼した。これに対し,乙弁理士は,同クリップが本件特許発明の構成要件を充足し,作用効果も同一であり,本件特許権を侵害するものであると判断した。

c この段階において,被告甲は,カルフールのような世界的規模の流通業者が特許権を侵害する商品を公然と使用していることに強い憤りを感じ,自己の権利保護に加えて,業界の秩序維持のためにも,カルフールに対して特許権に基づく権利行使を行うことを乙弁理士に依頼した。

カルフールに対する第1警告書の内容は,同社が特許法において違法行為をしており,差止め及び損害賠償義務を負担するものの,製造者ではないという点に考慮し,また,後記のとおり,製造業者が完全には特定できていないことから,第1警告書には,「…後日不測のご迷惑を御掛けするおそれがあります。」,「…ご通知下さることを要望します」,「…お示し下さるようお願いいたします。」という穏当な表現を採用した。

d また,被告甲は,カルフールへの納入業者に対しても特許法に基づく権利行使を行うべきであると考えていたが,第1クリップには製造者の表示はなかった。被告甲は,原告がカルフールに商品を納入している業者と取引をしているという情報を入手していたが,第1クリップが原告の商品であることを確定することはできなかった。さらに,カルフールは巨大企業であり世界中に多数の店舗を持っているので,第1クリップの製造にカルフールが何らかの関与をしているのではないかとの疑念もあった。

このような状況下で,乙弁理士は,前提事実(4)イのとおり,原告に対しても,第1警告書と同内容の警告書を送付した。

e 別件侵害訴訟前に,カルフールの店舗において第2クリップを用いた被服用ハンガーが使用されていることが判明したことから,被告らは,同クリップも本件特許発明の技術的範囲に属し,また,原告の製造に係る物件であろうと考え,前提事実(5)アのとおり,同クリップをロ号物件として別件侵害訴訟を提起した。

これに対し,原告は,前提事実(5)イのとおり,同クリップを製造,販売した事実はない旨主張した。

そこで,被告らは,カルフールに対する直接の権利行使又は第2クリップの製造,販売業者に対する権利行使を視野に入れ,カルフールに対し,前提事実(6)アのとおり,同クリップの使用中止及び製造,販売業者の開示等を求める第2警告書を送付した。

f 前提事実(6)イのとおり,第2警告書に対するカルフールからの回答書の内容から,第2クリップも原告の製造に係る物件であることが判明したため,被告らは,まず,原告との間の別件侵害訴訟において問題を解決しようと考え,以後,カルフールに対し,本件特許権に基づき警告書等を送付することはなかった。

(エ) サンワとの交渉経過

a 被告甲は,カルフールにおいて第1クリップが使用されていることを発見した平成13年,同一形状のクリップを用いたハンガーをサンワ株式会社(以下「サンワ」という。)が製造し,住商オットー株式会社が販売している事実を突き止めた。そこで,被告らは,乙弁理士に依頼して,サンワらに対し,同クリップ(以下「サンワクリップ」という。)につき,本件各警告書と同様の警告書を送付した。

乙弁理士は,以後,サンワの代理人である弁理士丙(以下「丙弁理士」という。)と交渉を行った。

b 丙弁理士は,被告らの警告書を受けて,本件特許権の無効理由の有無について調査を開始した。丙弁理士は元特許庁審査官であり,先行技術の調査には熟達しており,まず,本件特許権の出願情報に記載されているFタームを用いてコンピューターによる検索を行った。その結果,Fターム検索では本件特許権を無効にする技術を発見することができなかった。なお,丸田屋発明には「DA13(材料)合成樹脂」というFタームが付与されていなかったので,Fターム検索では発見することはできなかった。

次に,丙弁理士は,本件特許権の国際分類であるA47G 25/48について検索を行った。同検索によって1000件以上の該当出願があり,丙弁理士はこれを逐一検討して丸田屋発明を発見し,本件特許権の関係について検討した。しかし,丙弁理士は,丸田屋発明においてはバネの破損への対処という技術的思想はなく,両者は基本的構成を異にするとの結論に達した。

c このような検討を前提として,被告らとサンワは,平成14年4月ころ,本件特許権には無効理由が存在しないこと及びサンワクリップが本件特許権を侵害するものであることを認め,サンワが被告らに対し,和解金を支払うことを内容とする和解をした。

(オ) その他の事情

a 前記(2)(被告らの主張)ア(ア)のとおり,被告会社は,西友及びその関連業者に対してハンガーやその関連商品を納入することに特化した業務を行う会社として設立され,専ら西友及びその関連会社を取引先としてハンガーを製造,販売してきたものであり,これまでにカルフールその他の原告の取引先を対象に営業活動を行ったことは全くなく,また,その予定もなかった。

b カルフールは世界的な大手企業であり,自社内で特許権に関する判断を行う能力が十分にある。

c 前提事実(4)エのとおり,カルフールは,第1警告書に対する回答書において,原告が全責任を負い,原告の代理人である弁理士が全面的に対処する旨回答したため,被告らは,それに従い,原告と交渉を行った上で,別件侵害訴訟の提訴に及んだ。

(原告の主張)

ア 法律論

(ア) 被告らの主張アは争う。

(イ) 取引先に対する権利侵害の警告は,取引先に対して一方的に当該製品が権利侵害品である旨の通告を行うものであって,裁判手続とは違い,適正な手続に則って通告内容の真実性が明らかにされるものではない。しかも,取引先には,権利侵害という誤ったイメージが一方的に印象づけられ,それを払拭するためには裁判等の別の手段に訴えるしか方法がないというのが現状である。この点で,当事者の主張立証の応酬がされる訴訟とは異なる。したがって,権利行使の正当性の判断においては,権利侵害の警告と訴訟提起とは本質的に異なっており,その両者を同列に扱うことは,誤りである。

上記の不利益及び訴訟との相違に,現在の商慣習等を考慮すれば,特許権の行使は,直接の権利侵害者と目される製造業者に対してのみ権利侵害警告を行えば足り,その取引先に対してまで権利侵害警告を行うことは,正当な権利行使の限度を著しく超える。

イ 事実関係

(ア) 同イ(ア)(まとめ)は否認する。

(イ)a 同イ(イ)(主として無効関係)のうち,aは争う。bは不知。c(a)は認め,(b)は不知。d(a)は認め,(b)は不知。

b 警告書を送付する際に行うべき調査は,当該特許権が無効となる理由があるか否かという観点からされるものであるが,出願前の先行技術調査は,登録審査がされるか否かという観点からされるものであり,出願前の先行技術調査がされたことは,警告書を送付する際に行う調査を不要とさせるものではない。

さらに,特許庁の審査は,当該申請を登録させるか否かの観点からされるものにすぎず,登録された権利に進歩性その他の明らかな無効原因がないことを公的に保証するものではない。

c 丸田屋商品は本件特許権に対する先行技術であり,かつ,被告らがそのことを十分に認識していたことから,後に本件特許権の進歩性が争われた場合には,当然,丸田屋商品との対比によって本件特許権が無効となり得ることも,被告らにおいて容易に推察できたはずである。

丸田屋発明は,Fターム検索等によって容易に検索が可能であり,何らの困難を伴うものではない。しかも,本件特許権のクリップは構造的な外形に特徴のあるものであり,図面を基に,関連する技術範囲なのか否かが理解できるのであるから,丸田屋発明を探し出すのは極めて容易である。

なお,Fターム検索は,特許出願実務においては,先行技術文献を調査するために日常的に利用され,被告らが警告書を送付した平成13年当時も現在と同じように機能していた。

(ウ) 同イ(ウ)(主として充足関係)は不知。

(エ) 同イ(エ)(サンワとの交渉経過)は不知。

(オ) 同イ(オ)(その他の事情)のうち,aは不知,bは不知,cは認める。

(5)  故意過失の有無

(原告の主張)

前記(4)(原告の主張)によれば,被告らには,不正競争を行って原告の営業上の利益を侵害することにつき,故意,少なくとも過失がある。

(被告らの主張)

原告の主張は否認する。

(6)  損害発生及び因果関係

(原告の主張)

ア 第1警告書がカルフールに送付されたことにより,原告は,本件特許権に抵触しない製品への無償交換を要請されたため,それまでカルフールに納品していた第1クリップ付きハンガー製品(型番JB-1)を,新たに第2クリップ付きハンガー製品(型番JB-2)へ変更し,交換した。

イ 第2警告書がカルフールに送付されたことにより,原告は,本件特許権に抵触しない製品への無償交換を要請されたため(甲39),JB-2から,別の製品(型番MB-3)に交換した。

(被告らの主張)

ア 原告の主張アは不知。

イ 同イは不知。

(7)  損害額

(原告の主張)

ア 第1警告書による損害

原告は,カルフールに納品していた製品(JB-1)を新たな製品(JB-2)に無償交換したことにより,以下の費用を要した。

(ア) JB-1の回収費用及び処理費用

a 回収本数

原告のビジネスモデルは,「循環リースシステム」であり,小売店舗から使用済みの合成樹脂製ハンガーを回収し,自社製品については洗浄等して再び市場に戻し,他社製品については廃棄処分にするというシステムになっている。そのため,JB-1については,回収後に廃棄処分し,その分をJB-2に切り替えて市場に投入するという手順となった。そのため,JB-1だけを対象にして回収したものではなく,また,廃棄段階でもJB-1のみを廃棄しているものでもないので,JB-1の回収・廃棄だけに要した費用を区別することができない。そこで,実際に市場に投入されたJB-2の本数が,市場から回収されたJB-1の本数に等しいことから,これを前提に回収費用(運賃)及び処理費用を計算することとする。

実際に市場に投入されたJB-2の本数は,下請業者の製造本数に等しいので,合計11万6138本である。

b 回収費用 33万2820円

(a) 単価は,1箱(100本)当たり,関西地区からの運賃は320円,関西以外からの運賃は270円である。

(b) 第1警告書の発送された平成13年11月7日時点では,カルフールの店舗は,幕張店,南町田店,光明寺池店の3店舗であり,関西地区にあるのは光明寺池店のみであった。そこで,回収本数を店舗数3で除すると,関西地区からの回収本数は3万8712本,関西以外からは7万7426本となる。

(c) 計算の結果,33万2820円となる。

関西地区からの回収費用

38,712本÷100本≒387箱

387箱×\320=\123,840

関西以外からの回収費用

77,426本÷100本≒774箱

774箱×\270=\208,980

\123,840+\208,980=\332,820

c 処理費用 20万3210円

(a) 単価は,1kg当たり35円である。

(b) ハンガー製品1本当たりの重量は50gである。

(c) 計算の結果,20万3210円となる。

116,138本×50g≒5,806kg

5,806kg×\35=\203,210

d 回収費用及び処理費用 合計53万6030円

\332,820(回収運賃)+\203,210(処理費用)=\536,030

(イ) 新製品(JB-2)の製造費用 257万1192円

(ウ) 合計 310万7222円

イ 第2警告書による損害

原告は,カルフールに納品していた製品(JB-2)を新たな製品(MB-3)に無償交換したことにより,以下の費用を要した。

(ア) JB-2の回収費用及び処理費用

a 回収本数

実際に市場に投入されたMB-3の本数は,下請業者の製造本数に等しいので,合計11万9100本である。

b 回収費用 33万6150円

(a) 単価は,1箱(100本)当たり,関西地区からの運賃は320円,関西以外からの運賃は270円である。

(b) 第2警告書の発送された平成14年10月15日時点では,カルフールの店舗は,上記3店舗に加え,狭山店(埼玉県狭山市)が平成14年10月にオープンしていた。そこで,回収本数を店舗数4で除すると,関西地区からの回収本数は2万9775本,関西以外からは8万9325本となる。

(c) 計算の結果,33万6150円となる。

関西地区からの回収費用

29,775本÷100本≒297箱

297箱×\320=\95,040

関西以外からの回収費用

89,325本÷100本≒893箱

893箱×\270=\241,110

\95,040+\241,110=\336,150

c 処理費用 20万8425円

(a) 単価は,1kg当たり35円である。

(b) ハンガー製品1本当たりの重量は50gである。

(c) 計算の結果,20万8425円となる。

119,100本×50g≒5,955kg

5,955kg×\35=\208,425

d 回収費用及び処理費用合計54万4575円

\336,150(回収運賃)+\208,425(処理費用)=\544,575

(イ) 新製品(MB-3)の製造費用303万0100円

(ウ) 合計357万4675円

ウ 営業上の信用毀損

被告らの営業誹謗行為によって,原告は,その営業上の信用が著しく害されるに至ったものであり,その損害を金額に見積もると600万円は下らない。

エ 本件訴訟に関する弁護士費用及び補佐人費用 316万9248円

オ 損害合計 1585万1145円

(被告らの主張)

原告の主張ア及びイは否認し,同ウ及びエは不知ないし否認する。

(8)  信用回復措置の必要性

(原告の主張)

原告の営業上の信用を回復するためには,損害賠償とともに,「繊維新聞」及び「繊研新聞」の各紙に,別紙謝罪広告目録記載のとおりの謝罪広告を掲載することが必要である。

(被告らの主張)

原告の主張は,否認する。

第3当裁判所の判断

1  「他人」の明示の要否

(1)  不正競争防止法2条1項14号の不正競業行為が成立するためには,当該信用毀損行為を組成する文書等を受け取った者に特定の者の商品等を想起させる内容が記載されていれば足り,当該文書等に「他人」の氏名又は名称が明示されている必要はない。けだし,当該文書等に「他人」の氏名等が明示されていなくとも,当該文書等を受け取った者に特定の者の商品,役務等について事実に反する受け止め方を生じさせるのであれば,「他人」の営業上の信用に対する毀損が生じるおそれがあるからである。

(2)ア  前提事実(4)アのとおり,被告会社は,カルフールが他社から第1クリップを仕入れて使用していると考え,カルフールに対し,第1警告書により,同社が他社から仕入れているハンガーが本件特許権を侵害している旨指摘し,当該他社の名称を明らかにするよう求めている。

イ  前提事実(6)アのとおり,被告らは,カルフールが他社から第2クリップを仕入れて使用していると考え,カルフールに対し,第2警告書により,同社が他社から仕入れているハンガーが本件特許権を侵害している旨指摘し,当該他社の名称を明らかにするよう求めている。

(3)  このように,本件各警告書は,製造者が原告であるとの明示はないが,本件各警告書を受け取ったカルフールに,原告の製品である本件各クリップが本件特許権を侵害しているとの受け止め方をさせるものであるから,「他人」の点で不正競争防止法2条1項14号の要件に欠ける点はない。

これに反する被告らの主張は採用し得ない。

2  原告と被告らとの競争関係の有無

(1)  被告会社

ア 前提事実(1)のとおり,原告と被告会社は,共に被服用ハンガーの製造販売業者であるから,被告会社は,市場において原告と競争関係にあったものと認められる。

イ 被告会社は,西友の担当者の依頼に基づき,同社及びその関連業者に対してハンガーやその関連商品を納入することに特化した業務を行う会社として設立され,実際もそのとおりの業務を行ってきたものであり,カルフールその他の原告の取引先を対象に営業活動を行ったことも,その予定もなかった旨主張する。

しかしながら,「競争関係」とは,双方の営業につき,その需要者又は取引者を共通にする可能性があることで足りるから,具体的競争関係が必要であることを前提とする被告会社の上記主張は採用することができない。

ウ 仮に具体的な競争関係の存在が必要であると解しても,証拠(甲20の1~6,21,22の1~18,被告甲)及び弁論の全趣旨によれば,原告も,第1警告書送付当時から現在に至るまで,ハンガーのリサイクル事業において,西友と取引関係にあることが認められるから,原告と被告会社とは,競争関係にあったと認められる。

(2)  被告甲

ア 第1警告書について

前提事実(4)アのとおり,第1警告書は,被告会社の名義で送付されたものであり,被告甲個人の名義によるものではないものの,原告と競争関係にある被告会社の代表取締役である被告甲の依頼を受けて乙弁理士が送付したこと,前提事実(1)イ及び(2)のとおり,同被告は,本件特許権の特許権者であることを考えると,同被告は,第1警告書の送付当時,原告と競争関係にあったものと認められる。

イ 第2警告書について

前提事実(6)アのとおり,第2警告書は,被告会社と被告甲の連名で送付されているところ,上記アと同様に,被告甲は,第2警告書の送付当時,原告と競争関係にあったものと認められる。

3  虚偽の事実

(1)  構成要件充足性

ア 第1クリップ

(ア) 第1クリップの構成及び一部の充足

弁論の全趣旨によれば,第1クリップの構成は,別紙第1クリップ目録記載のとおりであることが認められる。

本件特許権と第1クリップとを対比すると,第1クリップの構成aないしd及びhは,それぞれ本件特許権の構成要件AないしD及びHを充足することが認められる。

(イ) 構成要件E

a 別紙第1クリップ目録によれば,第1クリップのクリップ片は,合成樹脂製バネ3の先端内面部分に形成された掛合部が掛合する受け止め部5を有する。

b 別紙第1クリップ目録によれば,第1クリップの6部分は,その位置関係から,その先端6a側部分に形成された空間に凸型に形成されたガイド部7を含め,上記受け止め部5より折り返し部側の合成樹脂製バネ3を幅方向においても長さ方向においても半分以上を被っていること,このため,合成樹脂製バネ3が破損した場合に,その飛散を防止する効果を奏し得るものであることが認められる。

c したがって,第1クリップは,構成要件E 「該掛合部が掛合する受け止め部と,受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分を被う飛散防止部とをクリップ片に設けるとともに」を充足する。

(ウ) 構成要件F

a 第1クリップには,上記(イ)のとおり,6部分の先端6a側部分から挟着部1方向に形成された空間に凸型に形成されたガイド部7が設けられているところ,その位置関係を見れば,このガイド部7も6部分の端として,受け止め部5に対面しているということができる。

b また,別紙第1クリップ目録によれば,第1クリップの6部分の先端6a側部分には,上記aのとおり,空間が形成されている。

c したがって,第1クリップは,構成要件F 「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し」を充足する。

(エ) 構成要件G

a 別紙第1クリップ目録のとおり,第1クリップにおいて,6部分とガイド部7とが一体的に形成されていることにかんがみれば,6部分の受け止め部側先端部とは,ガイド部7の先端部をも含む6aであると認められる。

b 別紙第1クリップ目録のとおり,第1クリップにおいては,6aの中央部分が凸型に形成されているのに対応して,受け止め部5の中央部分が凹型に形成されている。このため,6aと受け止め部5の飛散防止部側先端部5aとは,クリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合っていない。

c したがって,第1クリップは,構成要件G 「受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成し」を充足する。

イ 第2クリップについて

(ア) 第2クリップの構成及び一部の充足

弁論の全趣旨によれば,第2クリップの構成は,別紙第2クリップ目録記載のとおりであることが認められる。

本件特許権と第2クリップとを対比すると,第2クリップの構成aないしd及びhは,それぞれ本件特許権の構成要件AないしD及びHを充足することが認められる。

(イ) 構成要件E

a 別紙第2クリップ目録によれば,第2クリップのクリップ片は,合成樹脂製バネ3の先端内面部分に形成された掛合部が掛合する受け止め部5を有する。

b 別紙第2クリップ目録によれば,第2クリップの6部分は,クリップ操作部から合成樹脂製バネ3の先端部近傍までほぼ凸型の空間が設けられているものの,その位置関係から,上記受け止め部5より折り返し部側の合成樹脂製バネ3を幅方向においても長さ方向においても半分以上を被っていること,このため,合成樹脂製バネ3が破損した場合に,その飛散を防止する効果を奏し得るものであることが認められる。

c したがって,第2クリップは,構成要件E 「該掛合部が掛合する受け止め部と,受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分を被う飛散防止部とをクリップ片に設けるとともに」を充足する。

(ウ) 構成要件F

a 別紙第2クリップ目録によれば,第2クリップの6部分は,受け止め部5に対面して存在しているということができる。

b また,別紙第2クリップ目録によれば,第2クリップの6部分の先端6a側部分から挟着部1方向に,空間が形成されている。

c したがって,第2クリップは,構成要件F 「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し」を充足する。

(エ) 構成要件G

a 別紙第2クリップ目録のとおり,第2クリップにおいては,6aの中央部分が凹型に形成されているのに対応する形状により,受け止め部5が形成されている。このため,6aと受け止め部5の飛散防止部側先端部5aとは,クリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合っていない。

b したがって,第2クリップは,構成要件G 「受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成し」を充足する。

ウ まとめ

以上より,本件各クリップは,いずれも,本件特許発明の技術的範囲に属すると認められる。

(2)  無効

ア 前提事実(7)のとおり,本件特許権については無効審決が確定しているから,本件各警告書は,虚偽の事実に関するものである。

イ 被告らは,本件各警告書を送付した時点では本件特許権は有効に存続していたから,本件各警告書の内容は虚偽ではない旨主張する。

しかしながら,前提事実(4)ア及び(6)アのとおり,本件各警告書は,本件各クリップは本件特許権を侵害することを要点とし,その当然の前提として本件特許権は無効理由を有しないことを主張しているものであるから,本件特許権は無効理由を有しないとの点において虚偽があったものというべきである。よって,被告らの上記主張は,採用し得ない。

4  権利行使による違法性阻却の成否

(1)  法律論

競業者が特許権侵害を疑わせる製品を製造,販売している場合において,特許権者が競業者の取引先に対し,競業者が製造,販売する当該製品が自己の特許権を侵害する旨を告知する行為は,後日,特許権の無効が審決等により確定し,又は当該製品が侵害ではないことが判決により判断されたときには,競業者との関係で,その取引先に対する虚偽事実の告知に一応該当することとなるものの,この場合においても,特許権者によるその告知行為が,その取引先自身に対する特許権等の正当な権利行使の一環としてされたものであると認められる場合には,違法性が阻却されると解される。

そして,特許権者が競業者の取引先に対する訴え提起の前提としてなす警告も,特許権者が事実的,法律的根拠を欠くことを知りながら,又は特許権者として,特許権侵害訴訟を提起するために通常必要とされる事実調査及び法律的検討をすれば,事実的,法律的根拠を欠くことを容易に知り得たといえるのに,あえて警告をした場合には,競業者の営業上の信用を害する虚偽事実の告知又は流布として違法となると解すべきである。しかし,そうでない場合には,このような警告行為は特許権者による特許権の正当な権利行使の一環としてされたものというべきであり,正当行為として違法性を阻却されるものと解すべきである。

もっとも,競業者の取引先に対する上記告知行為が,特許権者の権利行使の一環としての外形を取りながらも,社会通念上必要と認められる範囲を超えた内容,態様となっている場合,すなわち,その実質が競業者の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものであると認められる場合には,もはやこれを正当行為と認めることはできない。現在の商慣習等を考慮しても,製造業者の取引先に対して権利侵害警告を行うこと自体が特許権者の権利行使として許されないと解することはできない。当該警告が特許権の権利行使の一環としてされたものか,そのような外形を取りながらも,社会通念上必要と認められる範囲を超えた内容,態様となっているかどうかについては,当該警告文書等の形式,文面のみならず,当該警告に至るまでの競業者との交渉の経緯,警告文書等の配布時期,期間,配布先の数,範囲,警告文書等の配布先である取引先の業種,事業内容,事業規模,競業者との関係,取引態様,当該侵害被疑製品への関与の態様,特許権侵害訴訟への対応能力,警告文書等の配布に対する当該取引先の対応,その後の特許権者及び当該取引先の行動等の,諸般の事情を総合して判断するのが相当である。

(2)  事実認定

前提事実,証拠(各項に掲げたもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(一部は,当事者間に争いがない。)。

ア 出願経過

(ア) 被告甲は,クリップ付きハンガーのクリップとして市場に流通していた商品に使用される合成樹脂製のバネが脆く,使用中に割れて破片が飛散し,人に当たってけがをさせる危険があることから,合成樹脂製のバネを用いつつ,このような危険を解消するバネを作ることを考えた。そこで,被告甲は,平成6年ころ,市場に流通するクリップ付きハンガーを可能な限り入手し,これら商品のすべてについてバネ部の破損実験を行ったが,いずれもバネが飛散することが確認された。この際,被告甲が入手したクリップ付きハンガーの中には丸田屋商品が含まれており,これは,丸田屋発明の実施例とほぼ同一の形状のものであった。

(イ) 被告甲は,こうした実験結果をも踏まえ,本件明細書の図面に記載された商品を発明し,平成7年1月,本件特許発明の試作品を乙弁理士の事務所に持参して同弁理士に発明の内容を説明し,特許出願を依頼した。

(ウ) 乙弁理士は,特許出願の準備に着手し,先行類似技術の調査を行った。乙弁理士は,かつて発明協会和歌山県支部にて先行技術調査を担当していた経験を有する者を補助者として用いつつ,「技術用語による特許分類索引」,「公開特許分類索引」,「公開特許出願人索引」といった書籍や検索システム「パトリス」を利用し,「ハンガー」,「クリップ」,「バネ」などのキーワードを入力して先行技術を検索し,検索の結果検出された先行技術の図面や明細書を確認した。

また,乙弁理士は,本件特許発明を出願する際の国際特許分類を「A47G 25/48」と決定し,同分類における先行技術を検索した。これらの検索の結果,乙弁理士は,本件特許発明と同一又は類似しており,本件特許発明の特許出願の妨げとなるような先行技術は存在しないと判断した。

(エ) このような先行技術の調査結果及び被告甲の説明を踏まえ,乙弁理士は,本件特許発明が新規性,進歩性を有するものであると判断して,特許出願を行った。

(オ) 乙弁理士は,平成10年12月24日,拒絶理由通知書の送付を受けたことから,特許庁審査官と電話で協議を行い,発明の構成を明確にするため,前提事実(3)イの補正を行った。

その後,新規性,進歩性に関する拒絶理由は全く指摘されないまま,本件特許権が登録された。

(以上,争いのない事実,乙12の1ないし15,15,17,証人乙,被告甲)

イ 本件特許権の無効

(ア) 本件特許権の登録後,第1警告書を送付するまでの間,無効審判請求を提起されるなど,本件特許権の新規性,進歩性が改めて問題とされるような事態が生じたことを認めるに足りる証拠はない。

(イ) 第2警告書は,別件侵害訴訟の答弁書において原告が本件特許権の無効主張を行った後に発送したものであるが,原告は,同答弁書において,出願前公知の点は明確に主張していたが,進歩性違反の点については,「(2) 無効審判請求(予定) 被告においては,前項(引用者注・出願前公知)ならびにその他の証拠により,本件特許権が無効であることは明かであることから,近日中に特許庁に対して無効審判申立てを行う予定である。」と主張されていたとおり,主張するのか否か自体が明確ではなかった。

(甲10)

(ウ) 被告甲及び乙弁理士は,本件各警告書を送付するに当たり,本件特許権の新規性,進歩性を再度確認する作業は行わなかった。

(争いのない事実)

ウ 第1警告書の送付に至る経緯

(ア) 被告甲は,カルフール店舗において入手した第1クリップを乙弁理士の下に持参し,同クリップが本件特許発明の技術的範囲に属するものか否かの判定を依頼した。これに対し,乙弁理士は,同クリップが本件特許発明の構成要件を充足し,作用効果も同一であり,本件特許権を侵害するものであると判断した。

そこで,被告甲は,乙弁理士に対し,カルフールに対して本件特許権に基づく権利行使を行うことを依頼した。

(イ) また,被告甲は,原告がカルフールに商品を納入している業者と取引をしている旨の情報を入手していたことから,第1クリップが原告の商品である可能性が高いと考え,乙弁理士に対し,原告に対しても本件特許権に基づく権利行使を行うことを依頼した。

(以上,甲1,乙1の1,15,17,証人乙,被告甲)

エ 第2警告書の送付に至る経緯

(ア) 被告甲は,別件侵害訴訟の提起前に,カルフール店舗において第2クリップを用いた被服用ハンガーが使用されていることを知った。そこで,被告らは,同クリップも本件特許発明の技術的範囲に属するものであり,また,その製造者は原告であろうと考えて,前提事実(5)アのとおり,同クリップをロ号物件として別件侵害訴訟を提起した。

(イ) しかし,前提事実(5)イのとおり,原告は,別件侵害訴訟において,第2クリップを製造,販売した事実はない旨主張したことから,被告らは,カルフールに対し,第2警告書を送付した。

(以上,前提事実,甲2,10,乙15,17,被告甲)

オ サンワとの交渉経過

(ア) 被告甲は,カルフールにおいて第1クリップが使用されていることを発見したころ,同一形状のクリップを用いたハンガーをサンワが製造等している事実を知った。

そこで,被告らは,平成13年11月ころ,乙弁理士に依頼して,サンワらに対し,サンワクリップにつき,本件各警告書と同様の警告書を送付した。

その結果,乙弁理士は,サンワの代理人である丙弁理士と交渉を行うこととなった。

(イ) 丙弁理士は,本件特許権の無効理由の有無について調査する中で,丸田屋発明を見つけ,乙弁理士との交渉過程においてこれを同弁理士に対して示したが,結局,被告らとサンワとは,平成14年4月ころ,本件特許権には無効理由が存在しないことを前提として,サンワが被告らに対し和解金を支払う内容の和解をした。

(乙16,証人乙,弁論の全趣旨)

カ その他の事情

(ア) 被告会社は,第1警告書の送付時から第2警告書の送付時ころまで,西友及びその関連業者を主要な取引先としていた。

また,当時の原告の営業形態は,ハンガーを製造し,これをアパレルメーカー各社に販売,納品するとともに,店舗から排出される使用済みハンガーを回収し,これを洗浄,補修,再生産等の工程を経て,再びアパレルメーカー各社に販売,納品するというリサイクルシステムを採用していた。これに対し,被告会社の営業形態は,ハンガーを製造し,これをアパレルメーカー各社に販売,納品するとともに,店舗から排出される使用済みハンガーを回収し,粉砕した上でこれを原料としてハンガーを再生産し,再びアパレルメーカー各社に販売,納品するというリサイクルシステムを採用していた。

(甲19,乙10,11,13,15,被告甲)

(イ) 第1警告書の送付後,被告らが,カルフールに対し,新たに被告会社と取引を行うよう働きかけたことを認めるに足りる証拠はない。

(ウ) カルフールは,世界的な大手スーパーマーケット会社である。

(甲4,弁論の全趣旨)

(エ) 前提事実(4)エのとおり,カルフールは,第1警告書に対する回答書において,原告が全責任を負い,原告の代理人である弁理士が全面的に対処する旨回答したため,被告らは,それに従い,原告と交渉を行った上で,別件侵害訴訟の提訴に及んだ。

(争いのない事実)

(3)  違法性阻却の成否について

ア 前記(2)アないしカの事実に,前提事実(3),(4),(6)及び(7)を併せ考慮すると,本件特許権者であった被告甲及びその専用実施権者であった被告会社が,カルフールに対して本件各警告書を送付するに当たり,本件特許権が無効であることを知っていたと認めることはできない。

イ(ア) また,一般に,特許の進歩性に関する判断は,微妙な判断を要することが少なくない。本件においても,本件特許権は,別件侵害訴訟及び審決取消訴訟において,進歩性欠如を理由に無効とされたとはいえ,いずれも原告及び被告らの主張を踏まえた慎重な判断の結果であり,丸田屋発明の存在を踏まえても,明らかな無効理由が存在したとまではいえない。

この事実と上記アに掲げた諸事情を併せ考慮すれば,被告らが,カルフールに対して本件各警告書を送付するに当たり,特許権侵害訴訟を提起するために通常必要とされる事実調査及び法律的検討をすれば,本件特許権が無効であることを容易に知り得たのに,あえて警告をしたものと認めることもできない。

(イ) この点につき,原告は,被告らには,本件各警告書送付に当たり,本件特許権が無効であることを容易に知り得たにもかかわらず,あえて権利侵害の告知を行った旨主張する。

確かに,乙弁理士は,出願前の調査において丸田屋発明を検出しておらず,これを検討していなかったこと,本件各警告書の送付に先立ち,再度,本件特許権の有効性に関する調査・検討を全く行わなかったこと,その後,サンワとの交渉過程において丸田屋発明の存在を知ったにもかかわらず,これを十分に検討したことを窺わせる事情がないことを考えると,被告らには,本件特許権が無効であることを知らなかったことにつき,慎重さを欠いた面があることが認められるが,本件特許権が無効であることを通常人であれば容易に知り得たにもかかわらず,あえて権利侵害の告知を行ったものとまで認めることはできない。

ウ また,前提事実(3)ないし(6)及び上記(2)アないしカの事実を総合的に考慮すれば,本件各警告書の送付は,いずれも本件特許権の権利行使の一環としてされたものというべきであり,形式的に権利行使の外形を取っているが,社会通念上必要と認められる範囲を超えた内容,態様となっていたものとは認められない。殊に,第2警告書の送付は,別件侵害訴訟において原告が第2クリップの製造,販売を否認したことが契機となって行われたものであることから,形式的に権利行使の外形を借用したものとは到底認められない。

エ したがって,被告会社による第1警告書の送付行為及び被告らによる第2警告書の送付行為は,いずれも違法性を欠き,不正競争行為に該当するということはできない。

5  結論

以上によれば,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市川正巳 裁判官 杉浦正樹 裁判官 頼晋一)

別紙第1クリップ目録

(図面の説明)

第1図 合成樹脂製クリップの斜視図

第2図 合成樹脂製クリップの縦断側面図

第3図 クリップ片の正面図(合成樹脂製クリップとなったときの外側をクリップ片の正面とする。)

第4図 クリップ片の裏面図(合成樹脂製クリップとなったときの内側をクリップ片の裏面とする。)

第5図 クリップ片の縦断側面図

第6図 合成樹脂製クリップ2個を装着したハンガーの斜視図

(構成の説明)

a 一端に挟着部1を形成したクリップ片2を向かい合わせに対峙させ,

b 両クリップ片に亙って"U"字形に折り返されて形成された合成樹脂製バネ3を装着し,

c 該合成樹脂製バネ3の弾性力により両クリップ片の挟着部1同士が圧接する方向に弾性付勢してなる合成樹脂製クリップにおいて,

d 合成樹脂製バネ3の先端3b内面部分に掛合部4を形成し,

e 該掛合部4が掛合する受け止め部5と,受け止め部5より折り返えし部3a側の合成樹脂製バネ3部分を被う6部分とをクリップ片2に設けるとともに,

f 受け止め部5に対面する6部分の先端6a側部分に空間を形成するとともに同6aの中央部分を凸型に形成し,

g 受け止め部5の6部分側先端5a部と6部分の受け止め部側先端部6aとがクリップ片2を形成する金型の摺動方向Xに直交する方向で重なり合わないように形成し

h たことを特徴とする合成樹脂製クリップ         以上

第1図

file_2.jpg第2図

file_3.jpg第3図

file_4.jpg第4図

file_5.jpg第5図

file_6.jpg第6図

file_7.jpg

別紙第2クリップ目録

(図面の説明)

第1図 合成樹脂製クリップの斜視図

第2図 合成樹脂製クリップの縦断側面図

第3図 クリップ片の正面図(合成樹脂製クリップとなったときの外側をクリップ片の正面とする。)

第4図 クリップ片の裏面図(合成樹脂製クリップとなったときの内側をクリップ片の裏面とする。)

第5図 クリップ片の縦断側面図

第6図 合成樹脂製クリップ2個を装着したハンガーの斜視図

(構成の説明)

a 一端に挟着部1を形成したクリップ片2を向かい合わせに対峙させ,

b 両クリップ片に亙って"U"字形に折り返されて形成された合成樹脂製バネ3を装着し,

c 該合成樹脂製バネ3の弾性力により両クリップ片の挟着部1同士が圧接する方向に弾性付勢してなる合成樹脂製クリップにおいて,

d 合成樹脂製バネ3の先端3b内面部分に掛合部4を形成し,

e 該掛合部4が掛合する受け止め部5と,受け止め部5より折り返えし部3a側の合成樹脂製バネ3部分を被う6部分とをクリップ片2に設けるとともに,

f 受け止め部5に対面する6部分の先端6a側部分に空間を形成するとともに同6aの中央部分を凹型に形成し,

g 受け止め部5の6部分側先端5a部と6部分の受け止め部側先端部6aとがクリップ片2を形成する金型の摺動方向Xに直交する方向で重なり合わないように形成し

h たことを特徴とする合成樹脂製クリップ         以上

第1図

file_8.jpg第2図

file_9.jpg第3図

file_10.jpg第4図

file_11.jpgEs第5図

file_12.jpgke第6図

file_13.jpg

別紙原告主張図

イ号物件

file_14.jpgロ号物件

file_15.jpg

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