東京地方裁判所 平成17年(ワ)4556号 判決 2007年2月28日
福井県鯖江市<以下略>
原告
AⅠ
同訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
井上裕史
同
井上義隆
福井県越前市<以下略>
被告
日信化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士
美勢克彦
同
秋山佳胤
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金3億5998万円及びこれに対する平成17年3月15日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告の有する,高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法に関する特許権(以下「本件特許権」という。)に係る発明について,被告の元従業員である原告が,同発明は,原告による職務発明であり,その特許を受ける権利を被告に承継させたと主張して,特許法35条(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)3項に基づき,同項に定める相当の対価として金3億5998万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成17年3月15日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実等(争いがない事実以外は証拠を末尾に記載する。)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和36年に被告に入社し,昭和54年9月から被告武生工場長室長兼環境保安課長を務めた後,昭和62年5月には取締役に就任し,平成6年5月から平成10年5月まで被告の常務取締役を務め,その後,常勤監査役となり,平成16年5月に退任した被告の元従業員である(甲6)。
イ 被告は,有機無機の薬品,工業薬品その他化学製品の製造及び売買等を目的とする株式会社である。
(2) 本件特許権
本件特許権の内容は,以下のとおりである(以下,本件特許権に係る特許を「本件特許」といい,本件特許権の特許請求の範囲記載の発明を「本件発明」という。また,本件特許に係る明細書を「本件明細書」という。)。
発明の名称 高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法
特許番号 第2796486号
出願年月日 平成5年7月16日
登録年月日 平成10年6月26日
特許請求の範囲
「型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させることを特徴とする高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法」
(3) 特許を受ける権利の被告に対する承継
本件発明は,被告の従業者による職務発明であり,この発明についての特許を受ける権利は,被告における発明考案取扱規程に基づいて,本件特許の出願時までに,被告に承継された。
(4) 被告における特許出願及び実施
被告は,平成5年7月16日,本件発明について特許出願をした(以下「本件出願」という。)。
本件出願に当たって,願書には,発明者として,原告と,被告の親会社である信越化学工業株式会社(以下「信越化学」という。)の従業員であったBⅠ(以下「BⅠ」という。)の2名が記載された(甲1)。ただし,BⅠは,本件発明に関与しておらず,本件発明の発明者ではない。
また,被告は,本件発明を実施してステアリン酸亜鉛ブロック(以下「SZB」という。)を製造販売し,昭和55年度から平成15年度までの間に,別表「SZB売上高・経常利益」の該当年度の「売上金額」欄及び「利益」欄記載のとおりの売上げ・経常利益を得た。
(5) 原告に支払われた金員
被告は,原告に対し,発明考案取扱規程に基づき,2万円を支払った。
また,被告には,職務発明に関する追加報償金の制度があるが,原告は,被告に対し,現在まで,追加報償金の支払申請をしていない。
2 争点
(1) 原告は,本件発明の発明者であるか。(争点1)
(2) 本件発明に係る特許を受ける権利の対価の額はいくらか。(争点2)
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点1(原告は,本件発明の発明者であるか。)について
(原告の主張)
本件発明は,原告が単独で完成させたものである(甲1,6)。
ア 本件発明に至る経過(別紙1「SZB 金型法発明までの時系列(原告の主張)」参照)
(ア) 昭和54年12月,株式会社リコー(以下「リコー」という。)は,信越化学に対し,SZBの製造及びSZBの製造に用いるシリコーン型の開発を依頼した(甲7ないし12)。その際,リコーは,昭和55年1月末までに,リコー仕様に基づくSZB100本を製造し,納入することを求めていた(甲13,15)。
信越化学は,リコーの依頼のうちSZBの製造のみを,被告に依頼した。このとき被告に示されたリコーの仕様書(甲11,以下「リコー仕様書」という。)には,形状・寸法のほか,製造工程も詳細に規定されていた。
(イ) 被告は,SZBの製造を当時被告の子会社であったシンワ株式会社(以下「シンワ」という。)で行うこととし,シンワの専務取締役であったCⅠ(以下「CⅠ」という。)が責任者となり,被告元従業員のD(以下「D」という。)及びE(以下「E」という。)並びに現従業員のF(以下「F」という。また,これら3名を併せて「Dら」という。)が技術担当となった。
CⅠ及びDらは,リコー仕様書に基づいて製造を開始したが,その製造効率は低く,昭和55年1月末までに100本のSZB製造というノルマ達成は困難であった。そこで,同月末,CⅠは,昭和49年よりホットメルト樹脂(熱溶融性樹脂)のプラント建設に携わり,その取扱いや設備に精通していた原告に,製造効率の向上に協力してもらえないかと相談し,関連書類(甲7ないし15)を原告に交付した。
原告は,CⅠの相談を受け,同年2月2日に被告において開催された,SZB製造に関する,リコー,信越化学,被告の第2回三社合同会議に出席した(甲16,17の1)。また,同月15日に開かれたSZB量産のための社内会議に出席した(甲17の2)が,CⅠによるSZB製造の生産性の低さに驚いた。さらに,同月19日に被告において開催された第3回三社合同会議にも出席した(甲17の3)が,開発状況に進展がなかったため(甲20の1ないし3,21),リコーが計画した月産1万本など到底できないと強い危機感を抱いた。同時に,シリコーン型で1本ずつ生産するのではなく,金型により多数生産する方法ができなければ月産1万本の量産は不可能と確信した。
(ウ) そして,原告は,昭和55年2月19日,自宅で風呂に入っていたときに,子供のときに覚えていた「上は大水,下は大火事な~に」というなぞなぞをふと思い出し,その逆に,上を「大火事」,言い換えれば,上を電熱で加熱して下が固化して体積が減少した分を溶融した液で補充していけば,割れずに成形できるという本件発明のアイデアを着想した。すなわち,金型による生産法について,自宅風呂でリラックスした状況で,以下のとおり思考を巡らせ,本件発明を完成させた。
「①金型を簡単に安価に作るためにはリコーの試作金型(甲9)のように部品組立式ではなく,1枚の金属板にミゾを多数彫り,重ねればよい。当然金型は縦型になる。②金型を多数重ねて万力等で締め付け組み立てれば相当大きく重くなる。③金型に溶融液を充満させるためには金型を溶融液温以上に予熱することが必要。④シリコンゴム型の予熱のようにオーブンに入れることは大きくまた重くてできないので,多数のヒーターを金型に内蔵させ加熱すればよい。⑤SZB成形時の製品のワレは溶融液が固化するときの大きな体積減少である(甲10の2)。それならば,下から固化させ,体積の減少分を上より溶融液を補充すればよい。⑥金型予熱用ヒーターを上下に配置し,下から適当に時間差をつけてヒーター電源を切断していけばよい。⑦8時間勤務のため,金型予熱,注入,冷却を3時間くらいでできるように熱計算すればよい。⑧問題点1は金型との離型性であるが,翌日フェロ板(アルミの磨き板)で確認すればよい。⑨問題点2は金型を重ねた場合パッキンなしに液漏れをしないかであるが,SZBの溶融液粘度(甲10の1)より粘度が高いのでまず問題ない。」
(エ) 原告は,上記着想を得た翌日の昭和55年2月20日,工場のスクラップ置場で,フェロ板(アルミの磨き板)を拾い,SZB製造現場に行って,Fから,ビーカーに100cc程度の溶融したステアリン酸亜鉛をもらい,その場で凹状に曲げたフェロ板の上に流して,金属板とステアリン酸亜鉛の離型性を確認し,金型が使用可能であることを確認した。
また,原告は,得られた着想を基に試作金型の組立図(甲22,以下「原告組立図」という。)及び部品図(甲23,以下「原告部品図」という。)を制作した。その際,型の材質や表面仕上げと,SZBの離型性の最適な条件を確認するため,異なる材質と仕上げ条件を指定した。すなわち,試作金型を構成する10枚の型のうち,6枚は材質をAl(アルミ)とし,残り4枚はSS(軟鋼)とし,アルミブロックの溝は,「フライス仕上」,「バフ仕上」,「バフ・アルマイト加工」の3種の異なった仕上げ方法に,SSブロックの溝は,「フライス仕上」,「ハードクロムメッキ仕上」の2種の異なった仕上げ方法にした(甲23)。
さらに,原告は,工場長に,SZBの製造における窮状を説明し,その打開のためには,原告のアイデアを用いた金型による製造しかないことを説明し,20万円程度試作に使わせてほしいと要請し,了承を得た。
原告は,直ちに試作型を作成するため,昭和55年2月21日,株式会社山内商店(以下「山内商店」という。)にアルミ平板を手配するとともに,有限会社上田精工(以下「上田精工」という。)に原告の作成した図面を渡し,金型の機械加工を発注した(甲24)。金型に取り付けるカートリッジヒーターは,工務課長に発注を依頼した。
このとき製作を試みたのは,1枚当たり製品が2本成形できる金属製(アルミ板及び鋼板)の金型10枚と,あて板1枚を積層しボルトで締め付け,また上下に3本のカートリッジヒーターを挿入したものであった。
(オ) これらの金型の各部品は,同月28日に納入された(甲23,25)。原告は,金型の組立て・完成後,被告の工務課長に電気配線を依頼し,CⅠに金型の使い方を指示して,SZBを製造したところ,高品質なSZBが,ほぼ100%の非常に高い歩留りで製造できた。このときのCⅠへの指示は,最初に金型に取り付けたカートリッジヒーター3本を使用し,金型全体を160℃に加熱し,そこに溶融したステアリン酸亜鉛を流し込み,その後,30分ごとに金型の下側から順にカートリッジヒーターを切って,ステアリン酸亜鉛を金型の下側から順次自然冷却させるという簡単な操作であった。
原告は,SZBの製造結果を見て,原告が想到した理論とその設備が完ぺきであることを確信し,すぐに大型金型ほか原料熔解槽,金型転倒台等プラント一式の設計製図に着手した(甲26)。
また,原告は,同年3月8日に,200本取り金型での原価計算を行い(甲27),同月13日には,リコー本社で,金型法によるSZBの量産技術の説明を行っている(甲17の4ないし6,28)。
なお,被告は,これらの納品書等(甲24,25)に,原告主張の金型は記載されていないとする。しかし,原告が昭和55年2月20日に設計した原告部品図(甲23)によれば,上田精工からの納品書(甲25,以下「本件納品書」という。)に記載された金型の数量(甲25)は,同図面の金型の数量と一致するし,山内商店への発注を示す納品伝票(甲24,「以下本件伝票」という。)に記載されたアルミ板の寸法は,同図面に記載されたアルミ型を7枚製作するための寸法と合致する。
さらに,被告は,リコーに対し,SZB製造のための金型等の費用及び試作費用等を請求しているが,その見積書(甲30の5)には,上田精工の金型製作費用「55,000円」が明記されており,当該金型が原告設計のSZB用の金型であることは明らかである。
(カ) 平成5年の本件出願に当たり,Dが最初に作成した職務発明に関する発明考案届出書(甲4)における発明者の筆頭は原告であり,被告が発明者であると主張するDの名前は,担当者のE・Fの後に記載されていた。すなわち,D自身,当初から原告が本件発明の主たる発明者であることを認めていた。また,その後,原告が作成した発明考案届出書(甲5)には,出願当時,特許出願等を管轄していた被告開発部長のGが「SZB成型体は溶融液~固体の密度差及び形状因子のためクラック発生し量産困難であったが,合理的に解決し製造技術を確立し実施して多大の成果を上げた。」と記載しており,本件発明の業績が優れていたことを認めている。
以上のとおり,被告従業員は,いずれも本件発明が原告の発明であることを認めていたのである。
(キ) 以上のとおり,本件発明を着想し,完成したのは,原告である。
イ 被告の反論に対する再反論
(ア) Dらが行ったとする開発実験の不自然さ
Dらが本件発明の着想を得るに至ったとする実験の内容には,①当時用いられていた,シリコーンゴムの型をアルミ板で挟み圧力の弱い事務用の目玉クリップ8個で固定する型(甲11)を立てて使用すれば,ステアリン酸亜鉛が容易に型の間から漏れ出すこと,②シリコーンゴムの熱伝導率は極めて低く,寒い部屋の床の上に立てた程度では,温度勾配が生じないこと,③実験室自体が寒かったので,型の上部と下部も同様に冷やされ,型内で温度勾配は生じないこと等の不自然な点がある。
(イ) 昭和55年2月2日の時点で,本件発明は完成していないこと
a 昭和55年2月2日時点で,被告におけるSZB製造の歩留りは,わずか45%である(甲16)。被告は,SZBを型から取り出す際に割れるためとするが,取り出し時に55%も破損するなどあり得ないし,クラックがなければ,注意することで容易に歩留りが改善されるから,三社合同会議で問題となること(甲16)もない。原告が本件発明を完成するまで,被告においては,本件発明の作用効果である「クラック発生のトラブルを生ずることなく,良好なブロック状の高級脂肪酸金属塩成形体を得る」ことができていなかったというほかない。
また,被告は,当業者がこの製造方法に基づいてSZBを製造することが可能であれば,物を製造する方法発明としては既に完成しているとするが,Dらの製造方法は,歩留り45%という生産性の極めて低いもので,当業者が,クラック発生のトラブルなくSZBを製造することは不可能であるから,物を製造する方法発明として完成していない。
b 被告は,Dらが遅くとも昭和55年2月2日までに本件発明を完成させたとするが,DがSZBの製造担当になったのが同年1月24日であり,同月25日にリコー研究員より指導を受けて,翌日の26日に「初めて成形合格品が1本だけ得られる」(乙9の1)状況で,その後も,同月末納期の100本の製造はおろか,同年2月1日までに,25本の良品を製造するのが精一杯だった(甲16)。しかも,Dらは,実験に用いたシリコーン型を自ら製作したのであるから(乙8),実際に試験を開始するまでに,相当の期間が必要となる。
以上からすれば,Dが担当になった後のわずか1週間程度で,本件発明を完成したとの被告の反論は全く理由がない。
c 被告は,昭和55年2月2日の三社合同会議において,リコーに対し,量産への手助けとして,多くの項目を依頼している。また,同会議で,Dは,SZBの量産状況の説明の中で,SZBの量産に苦慮している旨述べ,本来同年1月31日であったSZB100本の納期(甲15)も,50本は同年2月5日,残り50本は同月12日に延期されている(甲16)。
被告において,同月2日までに本件発明を完成していれば,リコーに多くを依頼する必要はなく,SZBを安定的に生産していたはずである。
d 原告が本件発明を完成するまでに,三社合同会議が3回(昭和55年1月25日,同年2月2日,同月19日),社内会議が少なくとも1回(同月15日)行われているが,CⅠの予備実験及びDらの各種実験についての事実は全く報告されていないし,その痕跡すらない。
(ウ) 本件明細書との関係
本件明細書の発明の詳細な説明及び実施例には,本件発明において,強制冷却は必須ではないが,ヒーター加熱を下部より順に停止することは必須である旨の記載がある(【0008】,【0010】及び【0011】)。したがって,被告が主張する「冷たい床の上に置くとよいことを,下から上に順次固化させる温度勾配に結びつけること」は,本件発明と関係がない。
また,被告は,本件明細書上,上部の積極的加熱は要件でないとする。確かに,本件発明の特許請求の範囲は,上部の加熱を要件としていないが,特許請求の範囲が,具体的な発明の構成より広範であっても,原告が本件発明を完成したことは否定されない。また,本件明細書には,実施例として,原告が設計した金型による方法のみが記載され,実施例以外の構成が示唆されている部分(3欄33ないし37行)は,いずれもヒーターの存在が前提であって,冷たい床の上に置く方法は記載されておらず,出願当時,上部を積極的に加熱しない方法が認識されていなかったことは明らかであるから,被告の反論には理由がない。
(エ) 金型による実験について
a Dらによる「リボンヒータを金型上部に巻き,定盤で下部を冷却した金型による確認実験」などは実施されていない。被告は,原告主張の金型について,Dらの開発実験に基づいてその依頼の下に作成されたにすぎないと主張するが,原告は,当時,工場長室長兼環境保安課長であり,職責が下であるDから,金型の設計や製造を依頼される立場にはなかったものである。
b Dが使用していた試験装置の存在をうかがわせる証拠は,被告らが提出する陳述書のみである。
Dは,「量産化及びコストの点を考えると,自然冷却では時間がかかり過ぎるので,金型の上部を加熱するとともに,下部を強制的に冷却しました」(乙7)などと陳述する。しかし,昭和55年2月2日,及び同月19日の三社合同会議のいずれにおいても,これらの試験については報告されていない(甲16,甲17の1・2)。
また,本件発明の実施例は,すべて原告の発明した金型によるもので,Dが主張するような「1本取りの金型」や「2本取りの金型」を用いた実施例はないし,Dが,同年11月及び12月に開催された研究発表会用として作成したと主張する資料(乙9の1・2,以下,両書証を「本件資料」といい,各々を「本件資料1」及び「本件資料2」という。)にも,原告の設計した金型法のみが記載され,Dが使用していた試験装置をうかがわせる記載はない。
さらに,被告は,リコーに対して,SZB製造に要した「試験用金型及び付属品」の費用を請求している(甲30の1ないし5,31)が,明細書の中に,Dが使用していたという,アルミや鉄,鉄にフッ素樹脂加工をしたもの,クロムメッキをしたものなど複数種類の金型を合体させた型は全く記載されていない。また,原告が使用した「シーズヒータ」の記載はあるが,「リボンヒータ」の記載はない。Dらが試作金型を製作したり,試験のためにリボンヒータや耐熱ガラスを使用したのであれば,当然に請求されたはずである。
これに対し,被告は,D作成の製造データ(乙14,以下「Dデータ」という。)記載の「Al」が金型を意味すると主張する。しかし,同型では,昭和55年2月8日に,合格品1本が得られた以外に合格品はなく,同月13日以降は使用すらされていない。
c 被告の主張によれば,Dらは,昭和55年2月4日から原告が金型を設計した日(同月20日)までの間に,実験室の床に置いての自然冷却のほか,時間短縮のため冷却板(定盤)を使った冷却や水での冷却などの試験をした上,アルミや鉄,鉄にフッ素樹脂加工をしたもの,クロムメッキをしたものなど複数種類の金型を合体させた型の設計・作成を依頼して,バンドヒータを巻いた実験を行い,さらに,原告に対して金型の設計を依頼したことになるが,わずか13日間でそのようなことは不可能である。
d Dは,「このようにアルミの金型を用いて製造したSZBも,シリコーン型で製造したSZBと並行して出荷していました。」と陳述する(乙7)。しかし,リコーは,SZBの製造条件を詳細に定めており(甲11),リコーの承諾なく,アルミ型で製造したSZBは出荷できない。
被告が,リコーに対し,金型による製造方法を説明したのは昭和55年3月12日であり,品質判定は,1週間の実装テスト後である(甲28)。結局,被告が,金型によるSZBの製造を許可されたのは,同月20日ころ以降であり,これ以前に,アルミ型で製造したSZBを納入したというDの陳述は,客観的事実に反するものである。
e 昭和55年1月25日の三社合同会議において,被告は,同月末納期のSZB100本の製造と,同年2月16日までに,SZBを溶融・脱気する際の溶融温度・時間,溶融方法・器具に関する問題点の解決,及びステアリン酸亜鉛を型に注ぐ(注型)際の注温度・時間,注型方法(量)・器具の問題点の解決を行うことになり,そもそも型の開発・実験は,被告の担当ではなかった(甲15)。
さらに,被告は,上記SZB100本の納期を延期するに至っており,このような状況で,信越化学やリコーの担当業務である「シリコーンゴム材質の検討や金型での試験」を実施したということはあり得ない。
(オ) 被告提出の証拠について
a ラボノートの不提出について
Dらが行ったとする試験を裏付ける証拠は,本件訴訟提起後に作成された関係者の陳述書のみである。被告が,日々の試験内容や結果の詳細を記載した,いわゆるラボノートを提出できないのは,Dらによる実験が現実には行われていないことを示している。Dらが行っていたのは,研究開発ではなく,単なるSZBの製造作業である。
b 本件資料(乙9の1・2)について
本件資料には,Dの上席者の印がなく,その文書の成立の真正に疑問がある。仮に,当該資料に記載された「55.11.18」に作成されたとしても,本件発明後にDが個人的に作成した資料であることに変わりはない。
また,本件資料1の「成形観察」は,SZB成形用の型のふたをガラスのふたに替え,SZBの成形経過を観察したもので,溶解したステアリン酸亜鉛が下部から順に固化する状況がスケッチされている。しかし,ガラスは,シリコーンゴムよりも熱伝導率が10倍以上高く,型の一部をガラスとすれば,ガラスに面した部分がもっとも早く冷却される。ステアリン酸亜鉛は,固化すれば全く不透明な状態になるから(乙21),ガラスの内面が上記スケッチのように見えることはない。上記観察は,固化しても透明のSZBが存在しない限りできないものであるが,天然油脂を原料とするステアリン酸亜鉛を溶融・固化した透明なSZBは存在しない。少なくとも,被告が過去に生産したSZBは茶色味がかった乳白色であり,もちろん不透明である。
c CⅠ作成の日常業務報告書(乙13,以下「CⅠ報告書」という。)について
CⅠ報告書には,昭和55年2月12日までに265本のSZBが出荷されたとの記載があるが,D作成の本件資料(乙9の1・2)では,同月24日に50本を初出荷したとあり,大きく矛盾している。
また,同報告書には,SZBの製造の有無や製造数量について記載されているものの,当時被告が最も関心のあったはずのSZBの製造方法や製造条件に関する記述は全くない。
d Dデータ(乙14)について
(a) 「型」数の矛盾
昭和55年2月1日時点で,SZB製造に使用する型数は6個であった(甲16)。しかし,上記データによれば,同日までに製造に使用された「型」は,26個であり,明らかに矛盾する。
(b) 「型」番の記載
被告の使用していた金型は,昭和55年2月1日時点で6個であり,その後,順次追加されていったから,上記データが同日以前に作成されたのであれば,最上段の型番は当時保有していた6個が順に並び,その後,追加した型番が続くはずである。しかし,同データでは,「月日」「B(バッチNo.)」及び「A」「B」「C」等の型番が整然と記載されている。これは,同データが,使用した金型がすべてそろった後に作成されたことを意味している。
(c) バッチ回数の矛盾
昭和55年2月1日時点で,SZBを製造するために,1バッチにつき少なくとも4ないし5時間必要であり(甲16),同一の金型で製造できるのは,1日に2ないし3回が限度であった。しかし,上記データには,同一の金型を用い,1日に5バッチ(20ないし25時間)以上製造したとの,現実には不可能な記載が多数存在する。
(d) 上記データは,SZBの製造結果が記載されているものの,製造条件に関する記載が全くない。これは,同データが,リコー仕様書に記載された製造条件に基づいてSZBを製造した記録にすぎず,Dらの試験が,現実には実施されていなかったことを示すものである。
しかも,顧客に出荷する製品の製造と,製造条件をいろいろ変えて行われた実験とが,同時に行われているとの被告の主張は,製品の品質に責任を持つべきメーカーの製造体制として異常というほかない。
e CⅠの陳述書(乙22,以下「CⅠ陳述書」という。)について
CⅠ陳述書には,DがSZBの製造試験に従事する前に,CⅠがSZBの製造試験を行った際に作成されたとする「実験データ」2枚が添付されている。しかし,CⅠがそのような実験をしたとすると,別紙2「矛盾点・疑問点等一覧表」原告の主張欄記載の矛盾や疑問点が生じる。したがって,同陳述書に添付された実験データは信憑性がない。
また,本件発明に係る金型の使用方法は,CⅠがDらに指示したとしか考えられず,CⅠに指示し得るのは,金型を設計し,制作した原告以外にあり得ない。原告に何ら指示を受けていないとの同陳述書の記載は,客観的事実に反する。
f 「SZB第1回納入品」と題する書面(乙24)及び「SZB第二回納入品」と題する書面(乙25)について
被告は,上記書面記載の製造番号は,昭和55年2月2日開催の三社合同会議の報告書(甲16,以下「2月2日報告書」という。)に記載された方法に従った製造番号であり,Dデータ記載の日付,型番とほぼ一致すると主張する。しかし,上記のとおり,同データの記載が製造不可能な虚偽の記載であるから,それとほぼ一致する上記書面は信用性がない。さらに,リコーが定めた製造条件に反するSZBを納入することはできないところ,上記書面(乙25)には,リコー仕様書以外の金型を用いて製造したSZBが含まれており,この点からも客観的事実に反している。
(被告の主張)
本件発明の発明者は,D,E及びFであり,原告ではない。
ア Dらが本件発明の発明者であること(乙7,8及び23)
(ア) 被告は,昭和54年,信越化学のBⅠを通じて,リコーからの,SZBの製造,型の開発実験の依頼を受けた。ステアリン酸亜鉛は,温度変化に伴う体積変化が大きく,成形時に破損しやすいため,ブロック体の製造が困難であったが,体積変化率がシリコーン樹脂の体積変化率に近かったので,シリコーン樹脂の製造メーカーである信越化学に,リコーから開発依頼があり,また,被告には,ホットメルト(加熱溶融して塗布し,冷却により固化する接着剤)の生産実績があったため,信越化学から,更に被告に依頼があったものである。リコーの依頼は,シリコーン樹脂型を使用してSZB製造技術を確立し,製造を開始するとともに,将来的には金型により製造したいというものであった(乙10,11)
昭和55年1月初旬ころ,当時被告の子会社であったシンワのCⅠがSZBの製造の実験を始めた(乙13)。また,同月中旬ころ,当時,被告技術部研究室係長であったHが担当して実験を行ったが,成果が得られなかった。そこで,同月下旬ころ,当時のDの上司が,Dに対してSZBを担当して開発することを命じた。その際,研究スタッフとして,当時,被告武生工場技術部研究室勤務であったE及び被告武生工場製造部第二課勤務であったFが任命された。
昭和55年1月25日,信越化学,リコー,Dを含む被告会社担当者が出席した第1回三社合同会議において,型に流し込んだステアリン酸亜鉛の注型温度,時間,注型方法が被告の担当となり,量産のための基礎実験を行うこと,及びその担当者がDに決められた(乙12)。
(イ) Dらは,最初,クラック発生の原因を,型に接着しているステアリン酸亜鉛が,溶融状態から固化状態に変化する際に,大きく収縮するためと考え,被告の親会社である信越化学が作成した体積変化率の近いシリコーンの型(一度に1本取る1本取りの型)を使用してSZBの製造実験を開始したが,クラック(ひび割れ)が発生してしまったので,これ以外にも何か大きな要因があるのではないかと考えた。
SZB製造開発の前,Dが,Eとともに行っていた珪酸カルシウムの保温材の研究では,熱ショック(急激な温度変化)による割れの防止が重要であった。そこで,Dは,SZBのクラックも熱ショックが原因ではないかと考え,溶けたステアリン酸亜鉛を温めたシリコーン型に流し込んで固化させる際,そのまま室温で冷却したり,保温箱に入れて徐々に冷却する等冷却条件を変え,また,型を横に置いたり,立てて置くなどの実験をした。そうしたところ,室温で研究室のコンクリートの床に縦(垂直)に立てて置いたもののみが,クラックを生じることなく固化した。
そこで,Dは,当時,真冬で研究室の床は冷たく,シリコーン型の下の方が冷たいという温度勾配によってクラックの発生が防止できたと考えた。この時点で,Dは,クラックの原因が熱ショックではないこと,クラックの防止は溶けたステアリン酸亜鉛を下から徐々に冷やして固めるという温度勾配を設ける方法により達成できることに思い至ったのである。
その後,Dは,下から冷やすという温度勾配が,クラックを生じずに固化するポイントであることを確かめるため,シリコーン型に透明なガラスのふたをして,固化の様子を,冷たい床にはいつくばって観察した。
このようにしてDらは,シリコーン型であっても金型であっても,下から上への温度勾配を作り,下から徐々に固まっていくようにすれば,クラックを生じることなくSZBを製造できることを確信したのである。
(ウ) 被告は,Dらが開発した,シリコーン型を冷たいコンクリート床に立てる方法で,昭和55年2月4日,リコーにSZB60本を初出荷し(乙13,24),同月8日にも55本を出荷した(乙13,25)。
Dらによる製造実験を続けながらも,被告としては,リコーにSZB製品を出荷し続ける必要があったので,社内のほかの部署の者のみならず,アルバイトにも応援に来てもらってSZBを製造した。
(エ) 以上のように,被告は,シリコーン型でも,それなりの本数のSZBを製造した。しかし,シリコーン型は,形状が劣化しやすく,製造するSZBも変形してしまう欠点がある上,型からSZBを取り出すのにある程度の熟練を要し,アルバイト等の素人では破損しやすいという問題があり,コスト面でも不利なので,当初からの予定に従い,Dらは,金型を用いての製造実験を引き続き行った。
当初の金型は,信越化学から送られた1本取りのアルミの金型であった。既にシリコーン型による実験の結果,下から順次冷却すれば,クラックを生じることなくSZBを製造できることがわかっていたので,この金型でも,コンクリートの床に縦(垂直)に置くことにより,温度勾配を設けて,下から順次冷却した。すると,予想どおり,金型でもシリコーン型と同様にクラックを生じることなくSZBが製造できた。さらに,Dらは,縦置きの2本取りの金型でも,同様にコンクリートの床の上に縦(垂直)に置く方法でSZBを製造した。そして,被告は,金型を用いて製造したSZBを,シリコーン型で製造したSZBと並行してリコーに出荷していた。
(オ) Dらは,本件発明の完成と量産化に並行して,金型の上部にバンドヒータ(リボンヒータ)を巻いて加熱し,金型をバットの中に入れた定盤の上に立て,溶けたステアリン酸亜鉛を流し込み,バットの中に水を流し続け,定盤を通して金型の下部を冷やすという製造実験を行った。
このとき,SZBの製造に協力していたI電気商会のI(以下「I」という。)は,金型に穴を開けて棒状のヒータ(シーズヒータ)を通し,同時にその下にも小さな穴を開けて棒状の温度計を通して,温度の測定をするよう提案し,Dらは,そのとおり実行した(乙23,26)。それまでは金型の外側に粘土で温度計を固定して温度の測定を行っていたが,棒状の温度センサーを金型の穴に通してからは,温度の変化を連続してチャートで測定できるようになり,金型によるSZBの温度条件も確定していった。
(カ) 被告は,本件発明の完成後,ほぼSZBの全量をシリコーン型により量産し,リコーに納入していた。しかし,シリコーン型はすぐにへたるので,当初からの予定に従い,金型による製造に移行し,昭和55年6月1日からは金型による量産のみとなった(乙9の1)。その後,リコーのSZBを使用する複写機の売上げが,2,3年で立ち上がったが,後は徐々に落ちて平成4年にはなくなり,それに伴い,被告のSZBの製造もなくなった。
ところが,平成5年ころ,SZBの製造が再開されたこともあり,被告は,本件発明について特許出願することになった。当時,被告の出願業務を担当していたJ(以下「J」という。)は,Dから明細書案の原稿を受領し,随時,アドバイスを受けながら推こうした。そして,発明者の記名・押印のある発明・考案届出書を受領すべく,「発明考案届出書」をDに渡した(乙27)。Dが,当時の上司であった原告に,明細書案と「発明考案届出書」(甲4)を持参したところ,原告は,「発明者はわしだ。あとは強いて言えばBⅠとKだ」などと言って怒り出した。Dは,論争しても仕方がないと考えて,「勝手にせい」といって帰り,結局,発明者として届出がなされることを諦めた(乙7)。その後,Jは,原告が発明者であることに疑問を抱きつつも,出願を急いでいた会社の状況に鑑みて,やむなく原告を発明者とする出願手続を行ったのである(乙27)。
(キ) 発明が完成したというためには,その技術的手段が,当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を上げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し,また,これをもって足りるものと解されるところ,本件発明は,物を製造する方法の発明であるが,本件発明が完成したといえるためには,SZBを製造する方法が明らかとなっており,当業者がこの製造方法に基づいてSZBを製造することが可能な状態になっていれば,物を製造する方法の発明としては既に完成しているというべきである。
本件「高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法」の発明について見れば,高級脂肪酸金属塩ブロックであるSZBを固化させる際にクラックが生じるため,これを防止するという技術的課題(目的)が既に存在しており,その課題解決のために,シリコーン型において下部から冷却して温度勾配を設けるという技術的手段を採用し,この技術的手段によりクラックの防止という目的を達成し得るという効果の確認をした時点で,SZBを製造する方法の発明は完成していたのである。当業者であるDらは,シリコーン型において,下部から冷却して温度勾配を設けることにより,反復実施してクラックが生じないSZBを得るという目的とする効果を上げていたばかりか,被告において,このシリコーン型によりSZBの量産まで行い,リコーに納品していた。したがって,この時点で本件発明が完成していたことは明白である。
原告は,「量産型の金型」や「その製作図面」の作成を云々するが,発明が完成したというために,SZBを製造する「量産型の金型」や「その製作図面」が作成されている必要はないから,失当である。シリコーン型における本件発明の完成に原告がかかわっていないことは,原告も自認するところであり,原告が共同発明者である余地はない。
(ク) 以上のとおり,本件発明の発明者は,D,E及びFであり,原告ではない。
イ 原告が昭和55年2月19日に発明を完成したとの主張の不合理性
(ア) DらのSZB製造方法の開発経緯は,①シリコーン型による下部冷却という開発実験とその完成,②金型による上部リボンヒータによる加熱・下部定盤と水による冷却,③金型による上中下シーズヒータによる加熱・下部定盤と水による冷却・複数枚重ね合わせ,というものであり,その経緯は合理的に連続しており,また,極めて自然である。
一方,原告の主張は,SZBの基礎実験,開発の部外者にすぎない原告が,ある日,風呂に入っていて本件発明を完成したという荒唐無稽なものにすぎない。同日想到したという①ないし⑨の事項が何の脈絡もなく唐突に述べられており,矛盾と飛躍に満ちている。
また,上記①ないし⑨は,被告からの指摘を受けた後知恵の主張にすぎない。さらに,⑨は,シリコーン型を立てて目玉クリップで止めただけでは液漏れするという従前の原告主張と矛盾する。
しかも,原告が確認のために行ったとする実験は,フェロ板に溶けたステアリン酸亜鉛100ccを流したというもので,Dらの本件発明に至った経緯等と比較すれば事実でないのは明らかである。さらに,フェロ板に溶けたステアリン酸亜鉛を流すと,実際には,固化の過程で表面に収縮によるしわが発生し,その後,ひびが入って割れてしまう(乙21)。また,原告は,「フェロ板(アルミの磨き板)」とするが,「フェロ板」とは,クロムメッキによる鏡面仕上げした金属板のことである。仮に,フェロ板で剥離性を確認することができたとしても,アルミ型での剥離性は予想できない。
(イ) シリコーン型によるSZBの製造について,原告は,「この型の欠点は目玉クリップの力が十分ではなく,液漏れがしやすいことでした。そこで,垂直に立てて液を注入した後,水平では液が出てしまうので15度に寝かして自然冷却しました。」と述べる(甲6)。しかし,これは被告における現実の製造方法ではない。原告がこのような陳述をしているのは,CⅠが横に寝かせてわずかに起こし,ゴムや布を入れるという製造実験を行っていたからと推測される(甲21,乙22)。
(ウ) 原告が本件発明を完成させたと主張する根拠に,本件伝票(甲24)及び本件納品書(甲25)があるが,これらの書面には,原告主張の金型すら記載されていない。
しかも,原告の主張によっても,本件伝票は,複数種類の金属を組み合わせ,シーズヒータと温度センサーを備えた金型(甲23)に関する伝票であって,同金型は,リボンヒータを上部に巻き,定盤で下部を冷却する実験の後に,金型による製造方法を確認するための金型にすぎない(乙23,26)から,何ら原告が発明者であることの裏付けにはならない。さらに,金属が複数種類あるのは,金属による相違を確認するためであり,このような金型を発注したからといって,「金型による量産化技術にメド」をつけたことにはならない。
なお,原告主張の金型が記載されているという原告組立図(甲22)及び原告部品図(甲23)は,金型の形状が相互に相違している。また,原告は,職責が下であるDから金型の設計や作成を依頼されるような立場にはないなどと反論するが,職責が上か下かは,当初から被告会社として予定していた金型の設計,作成を依頼することと何ら関係しない。
(エ) 原告は,CⅠからの製造効率の向上の依頼に基づいて本件発明をなしたと主張するが,CⅠ陳述書(乙22)から明らかなとおり,事実に反する。また,原告は,CⅠに対して金型の使い方を指示した等主張するが,これも事実に反する(乙22)。
(オ) 原告主張の複数種類の金属を組み合わせた金型(甲22,23)は,Dが,前記のとおり,Iの提案でシーズヒータを採用した(乙23,26)後,それに基づき原告に作成を依頼したものと考えられる。Dらは,さらに,複数種類の金型の中から,アルミを選択し,アルミの量産用の金型を作成してもらい,製造実験を行ったのである。
原告は,金型図面やSZBフローシート等(甲22,23,26,27及び29)を作成したことをもって,原告が発明者であるかのように主張するが,失当である。
(カ) 原告は,Dが,発明考案届出書(甲4)において,発明者の一人として原告を記載していたことを主張するが,むしろ,Dが,D自身と,E,Fを発明者として記載していることが重要である。
被告における出願に際しては,発明者が,出願業務担当のJかGに明細書案を持参してそのチェックを経た後,「発明考案届出書」の「発明・考案の名称」,「発明・考案の要旨(発明者)」,共同発明者の氏名等を記載して,JかGに提出する。本件で,明細書案を起案したのはDであり,当初の発明考案届出書(甲4)では,そのDが,D,E,Fを発明者として記載しているのである。
他方,甲5の発明考案届出書の「発明・考案の名称」,「発明・考案の要旨(発明者)」,「出願公開」,「出願希望日」等の「発明部門記載欄」は,原告の「氏名」を除き,すべてJが記載した。これらの記載は通常,発明者自身がなすところ,Dを排除して原告が「発明者になった」ことを聞いたJが,研究室以外の者である原告が発明者になるのは異例であり,原告が初めて発明者として届出書を提出すると考え,真の発明者ではなく,届出書の記載に慣れない原告のために,Jがこれらの事項を記載して,原告の印をもらったのである(乙27)。
(キ) 原告は,従前,風呂で本件発明の着想を得たのが昭和55年2月15日であり,遅くとも同月20日には本件発明を完成させたと主張していたが,何らの証拠資料にも基づかず,発明に想到したという入浴日,最も重要であるはずの発明完成日についての主張を変更し,同月19日としている。このような主張の変更も,原告が発明者ではないことの裏付けである。
ウ 原告の再反論について
(ア) 開発実験の不自然さについて
原告は,シリコーン型の熱伝導率が低いので,冷たい床に置いても温度勾配は生じないと主張するが,被告においては,シリコーン型を冷たい土間に置くことにより,初めてリコーの納期に合わせてSZBを納入できたのである。また,当該方法は,D作成の社内研究発表会用の本件資料に明記されている(乙9の1・2)。このような製造の実態を知らないことを見ても,原告が本件発明の発明者ではないことは明らかである。
また,シリコーン型をほぼ垂直にしてSZBを製造しても,漏れることはない(乙34)。シリコーン型はゴムのような弾力を有しており,しかも,ステアリン酸亜鉛には一定の粘性があるため,アルミ板で挟む際,目玉クリップ程度の圧力で十分に漏れることなどないのである。
(イ) 昭和55年2月2日時点で発明が完成していないとの主張について
a 原告は,リコーの歩留り60%に対し,被告の昭和55年2月2日の歩留りが45%である(甲16)として,発明が完成していなかったと主張する。
しかし,リコーにおける歩留りは,リコーが発注に当たり述べたもので,実際に確認された数字ではない。しかも,それは実験室レベルにおいて熟練した担当者が実施する場合であり,量産の場合,歩留りは落ちる。さらに,被告の歩留りが高くなかった理由は,2月2日報告書(甲16)に,「不良項目 割れがほとんど」などと明記されているように,クラックを生じることなくSZBが成形しても,シリコーン型から固化したSZBを取り出すときに割れてしまうという「離型時の割れ」であり,本件発明の完成とは無関係である。SZBは,厚さ5mm,幅2cm,長さ30cm以上という極薄い上に,細長い棒状であって(甲11),取り出すには微妙なコツが必要であり,簡単に折れるのである。
b 原告は,DがSZBの担当者となったのが昭和55年1月24日であるところ,初めて成形の合格品が得られたのが同月26日で,さらに,その後短期間で発明に至っていることを論難する。しかし,そもそも,被告は,シリコーン型を作成する型についても供与を受けており,また,シリコーン型を作成する際,Dらはガラス板を切ってシリコーン型を作成する型としていたので,「相当な期間」を要するという原告主張が誤りである。
c 原告は,昭和55年2月2日に,被告がリコーに対し,2月2日報告書に記載された①ないし⑤の事項を依頼していることを理由に,発明が完成していないなどと主張する。しかし,依頼事項①は,冷却温度勾配ではなく,冷却速度勾配,すなわち,急冷によるSZBの品質への影響を照会したもので,むしろ本件発明が既に完成していることをうかがわせる。②は,SZBの長さとクラックの関係であるが,発明が完成していても照会する事項である。③及び④は,そもそも成形時の問題ではなく成形後の記載であるし,⑤は,フレーク状のステアリン酸亜鉛を圧力で成形する方法について照会するものにすぎない。結局,①ないし⑤の照会事項は,何ら本件発明が完成していなかったことを裏付けるものではない。
また,原告は,当初の納期を遅らせたことを云々するが,昭和54年暮れから始まり翌昭和55年1月から開発実験を開始したことを考えると,同月31日の納期は極めてタイトであり,よくぞ同年2月12日の納期に間に合わせたというべきである。納期に追われて製造することなどどこの企業でも見かけることであり,そのことをもって発明未完成をいう原告主張は,企業の実態からかけ離れたものにすぎない。
d 2月2日報告書(甲16)には,Dが,「型冷却勾配下部より冷やすのがポイントではないか」と述べたことが記載されており,この時点で既にDが,シリコーン型において上部から下部に至る温度勾配がクラックの発生を防止するという,本件発明の技術思想に想到していたことは明らかである。
また,原告は,三社合同会議や社内会議で,Dがシリコーン型を床に置く製造方法を述べていないと主張するが,Dが本件発明を完成させたことは前記のとおりであり,そのことを会議で述べたかどうかは全く関係がない。
(ウ) 本件明細書との関係について
本来,本件発明を特許出願すべき時期は,シリコーン型による温度勾配に想到してクラックを生じることなく製造できるようになった時期か,遅くとも試作の金型により上部加熱,下部冷却によりSZBがクラックを生じることなく製造できることを確認した時点である。
もっとも,本件明細書の詳細な説明,図面には,量産型の金型のみが記載されている。Dが本件特許明細書の原案を作成したのは,本件発明を完成し,量産まで行った昭和55年から13年も経過した後の平成5年である。そのため,シリコーン型や試験型の金型について何ら記載せずに,平成5年当時に量産していた量産型の金型のみを記載したにすぎない。出願時期が遅れたことにより,工業的実施形態に関与した者,すなわち,金型を多数重ね合わせるという細部の具体的形状を製作したにすぎない者を,共同発明者に加えることは相当ではない。
また,原告の主張は,上部の積極的加熱が要件ではないことを認めた上で,本件発明を,本件明細書の実施例に限定するものにすぎない。本件明細書の特許請求の範囲と発明の詳細な説明を見れば,下部を上部よりも相対的に冷却することによって下部から上部に「順次冷却固化」させることが発明の要旨であり,上部を積極的に加熱する方法に限定されないことは明白である。
なお,金型の上部の加熱もDらが行ったのであるから,いずれにしても,原告主張の本件明細書の記載は,何ら原告が発明者であることを裏付けるものではない。
(エ) Dらによる金型実験について
a Dデータ(乙14)に,当時使用されていたアルミ型(乙7)を指す「Al」との記載があることからわかるように,シリコーン型による製造実験とSZBの製造,納入において,既にアルミの型も使用されていた。
b Dらは,前記のとおり,シリコーン型がすぐへたってしまうため,当初からの予定に従い,金型における製造実験も行った。すなわち,Dらは,金型における上部加熱・下部冷却という製造条件の設定を行って,金型における温度条件等も完成し(乙8,30),試作の金型でもうまくSZBを製造することができるようになり,金型での製造方法を確立した(乙7,8及び23)。
原告は,Dらが既に完成していた金型,それも複数枚重ね合わせていた金型について,より多くの枚数を重ね合わせた量産型の金型の製作,すなわち,「金型による上中下シーズヒータによる加熱・型内下部に水を通す冷却・多数枚重ね合わせ」という細部の具体的形状の製作をしたにすぎない。
c 原告は,金型による実験は陳述書に記載されているにすぎないとする。しかし,Fの陳述書(乙23)は,現に開発実験を行った者でなければ記載できない内容に満ちている上,第三者であるIが,それを裏付けるばかりか,リボンヒータからシーズヒータに至る経緯について当事者でなければ知り得ない内容を陳述している(乙26)。
さらに,原告は,リボンヒータがCⅠ報告書(乙13)にも,リコーに対する費用請求をした見積書(甲30)にも記載されていないと論難するが,CⅠは開発実験の担当ではないし,日常業務報告は,このような開発実験の内容を記載するものでもない。また,リボンヒータは,既に各研究室に備え置かれていたものであるし,上記見積書は,5月末日,6月末ころの日付けの見積書等であるから,記載されていないとしても何ら異とするに足りない。
d 原告は,シリコーン型による本件発明の完成から,金型による上部加熱,下部冷却の製造条件を経て,アルミの量産試験用金型に至るまで,13日間しかないと論難するが,Dらは,シリコーン型による製造に成功するや,当初の予定どおり,金型による製造確認実験に移行したのであり,温度勾配がポイントであることに気づけば,金型においてその条件を積極的に推し進め,より量産に適した形にするために,上部を加熱し,下部を冷却することに想到するのは当然である。
一方,原告は,風呂につかりながら一体どれくらいの期間で本件発明を完成したというのか。13日間を要したDらの製造実験を経ての金型と,風呂ですべてを完成して,金型での温度条件,下から順にスイッチを切る時間まで決めたという原告主張のいずれが真実であるかは,おのずから明らかである。
e 原告は,リコーの承諾なくアルミ型を用いて製造したSZBを出荷することはできないというが,失当である。当時,リコーにおいてSZBを量産化する目途が立たず,製造方法の開発も含めて被告らに委託したのであり,そのリコーの仕様書の型で,納期までに製造できるはずがない。リコーにしてみれば,製品の出荷に間に合わせて,何とか必要な本数のSZBを入手したかったのであり,製造条件,製造手法などというレベルの話ではなかった。過程はともかく,規格・寸法がほぼ合っていれば,リコーは受領していたのである。
f 原告は,リコーの要求が単なる製造依頼であり,開発依頼であることを否定し,被告による開発実験の存在自体を否定している。しかし,被告は,リコーから,シリコーン型による量産方法のほか,量産体制を確立するため,すぐにへたり,更なる量産には適さないシリコーン型から金属の型への開発実験も依頼されていた(乙10,11)。
(オ) 被告提出の証拠について
a ラボノートの不提出について
原告は,発明完成当時の「ラボノート」の提出がないことを論難するが,本件資料(乙9の1・2)を始め,これまで提出した証拠により,発明者がDら3名であることは明白である。
b 本件資料について
ガラス越しにSZBの固化する様子が観察できることは,乙56のとおりである。
c CⅠ報告書について
日常業務報告書であるCⅠ報告書に,原告が主張するような,SZBの製造方法,条件が記載されていないのは当然である。
d Dデータについて
上記データには型数の矛盾などない。上記データにおけるA1,A2,A3,B1,B2,B3,C1,C2,C3⋯等の記載は,同一タイプの型を使用しても,各種条件が異なるときには,A2,A3等として区分しているのであり,何ら矛盾などしていない。
また,上記データにバッチ回数の矛盾などない。2月2日報告書(甲16)は,最小30分単位という大まかな記載であり,しかも,工程上1バッチ終了まで待つ必要がないし,同時並行して,あるいは少しずつ時間をずらして行うことにより,1日10バッチ以上行うことも可能であることはいわば常識の範囲内である。6バッチと記載されていたら,1バッチが終了するまで次のバッチを開始しないなどという主張は,まさに当時の実態を知らないものである。
さらに,原告は,上記データには試行錯誤の跡がなく,また,型番が記号順,番号順であるから,その作成時が,使用したすべての型がそろった後であり,製造時のものではないと主張する。しかし,上記データは,Dが昭和55年2月以降に,同年1月29日以降の製造の実情を報告するために作成したものである。
e CⅠ陳述書について
原告は,CⅠ陳述書の信憑性を争っているが,理由がないことは,別紙2「矛盾点・疑問点等一覧表」被告の反論欄記載のとおりである。そもそも原告は,CⅠから依頼を受けたとか,CⅠに金型による製造方法の指示をしたという主張を否定されるや,一転してCⅠ陳述書ばかりか,CⅠが当時作成していたCⅠ報告書についても論難するにすぎず,失当である。
f 「SZB第1回納入品」と題する書面及び「SZB第二回納入品」と題する書面について
原告は,Dデータと一致しているから上記書面には信憑性がないと主張するが,Dデータに矛盾がないことは上述のとおりである。
また,原告は,リコー指定以外の型を用いて製造したSZBを納入できないから,上記書面には信憑性がないと論難するが,これも前記のとおり失当である。
(2) 争点2(本件発明に係る特許を受ける権利の対価の額)について
(原告の主張)
ア 被告が本件発明を実施することによる利益に基づく相当の対価
(ア) SZBの製造販売による被告の利益
a 算定期間
被告は,算定期間について,長くとも承継時から20年以内と考えるべきと主張する。
しかし,被告は,本件発明を本件出願まではノウハウとして独占し,同出願後は特許権として排他的に独占している。よって,被告が現実に得た独占の利益に基づいて,原告に対して対価を支払うのは当然である。
b 平成16年3月末までの被告の利益
被告は,原告から本件発明について特許を受ける権利を承継した後,平成16年3月31日までの間に,本件発明を実施してSZBを製造販売し,************の利益を得た。
c 平成16年4月1日以降の被告の利益
別表「SZB売上高・経常利益」のうち,平成16年度及び平成17年度の売上金額・経常利益額は,前年度までと比較して,これらの年度のSZBの単価の下落率が著しいから,信憑性が低い。
被告は,「平成16年下期販売実績」(乙52)と「平成17年上期販売実績」(乙53)を提出し,SZBの売上げが落ち込んでいると主張するが,当該書面は,被告が恒常的に作成している会計帳簿ではなく,いかなる目的で作成されたものか不明である。また,作成名義もない。しかも,被告は,上記書面のうち******なる製品のみが本件特許発明の実施品であると主張するが,各書面の左上欄外には「SZB」との記載があり,当該表全部が「SZB」であるような体裁となっている。したがって,上記書面は,一般的な営業報告用に作成されたものではなく,「SZB」を強く意識して作成されたものであることは明白である。
一方,被告が提出する「SZB販売数量推移」(乙50)によれば,将来的なSZBの販売数量は,信越グループで年間******であり,販売単価は*****であることから,売上高は年間***となるところ,本件特許発明の譲渡の対価を算定するに当たっては,前記のとおり,上記売上金額を根拠に算定されるべきである。
そして,被告作成の別表によれば,被告は,平成16年度に約****,平成17年度に約****のSZBを製造販売しており,今後,被告のSZBの販売数量は,約****を推移すると予想される。
また,SZBの販売価格は*****本であり(乙50),SZBの利益率を***とすれば,被告が,本件特許権の満了日(平成25年7月16日)まで(9.25年)にSZBの販売で得る利益は,*********となる。
(イ) 原告が受けるべき相当の対価額は,下記の式のとおり,被告が得た利益に,本件特許発明を被告が独占することに起因する割合(独占率),本件特許発明が上記被告の利益に寄与した程度(寄与度),原告の貢献度(貢献度)を乗じて算出されるべきある。
相当な対価額=被告が得た利益×独占率×寄与度×貢献度
a 独占による利益
(a) 被告は,以下のとおり,量産性に顕著な効果を有する本件発明を独占することにより,他社の参入を防止し,多大な利益を得た。
すなわち,被告は,本件発明前から,静電複写機用の現像助剤として複写機メーカー向けにSZBを溶融固化法により製造していたが,クラックが入って割れてしまうという問題点のため,当時1個の型で製造できるSZBは1本だけであり,SZBを量産することが非常に困難な状況であった。ところが,本件発明により,1個の型から20ないし1000本のSZBの製造が可能となり,飛躍的な量産化を実現するとともに,その製造コストを大幅に低減することができた。
また,本件発明前の被告のSZBの製造歩留りは,わずか45%であり,全く採算が合わない状況であったが,本件発明により,SZBを100%近い歩留りで製造することができるようになり,初めてSZBの製造販売による莫大な利益を得ることができたのである。
さらに,被告も自認するとおり,本件発明後,被告においては金型による製造のみが行われたところ,SZBを金型で製造するためには,本件発明が必須の技術であり,これを独占している被告の利益は計り知れない。
しかも,本件発明に係る金型で製造されたSZBは,************の商品であり,昭和55年の製造販売開始年から*****の利益を生み出し,当時,************の被告にあって,経営を支えたのである。特に,昭和56年から昭和59年までは,被告の当期利益の********は,SZBによってもたらされたものであり,被告が驚異的急回復で再建を遂げることができたのは,本件発明によるものであることは明らかである。
(b) 被告は,他社の特許の存在から,本件特許を有することによる独占割合は,売上高の10%を超えることはないとする。
しかし,競業他社である株式会社小西製作所(以下「小西製作所」という。)が有するSZBの製造に関する特許権に係る発明(以下「小西特許発明」という。)の1つは,被告が量産性に乏しいことを理由に放棄した「樹脂型」による製造方法を改善したものにすぎないから,本件発明の優位性は揺るがない。
また,別の小西特許発明は,製造工程をライン化しただけの発明であり,製造における歩留り向上には,無関係な技術である。
SZBを金型で量産する方法は,本件発明の方法以外にはなく,本件発明を利用できない競業他社は,量産性に遥かに劣る樹脂型を用いて製造する以外にないから,被告は,本件発明を独占することによって,価格競争面で圧倒的に有利な状況にある。
(c) 被告は,SZBをブラシでなぞり,それを塗布するという機種の製造台数,製造状況によりSZBの需要が左右され,被告の売上数量,売上高もそれに応じて決まると主張する。
しかし,これは,将来の売上高に関するものであり,被告が本件発明を独占することによって得られる「独占割合」とは無関係である。本件発明は,金型によってSZBを製造するためには,必須の技術であるから,被告が高い独占割合を享受していることは明らかである。
(d) 小西特許発明が完成(平成6年)するまでは,本件発明がSZBを量産する唯一の製造方法だったのであるから,上記被告の利益のうち,被告が本件特許発明を独占したことに起因する割合は,平成6年までは,少なくとも50%を下らないことは明らかである。小西特許発明が完成した後についても,本件特許発明は,小西特許発明に比して優位であるから,上記独占率は変わらない。
(e) よって,本件特許を有することによる被告の独占割合は,少なくとも50%を下回ることはない。
b 寄与度
被告は,本件特許発明による方法以外にSZBの製造方法を有していないから,本件特許発明の寄与度は100%である。
c 被告の貢献度
被告は,原告の本件発明行為に何ら関与していない。また,原告の当時の職責は,SZB製造に本来無関係であり,原告は,部外者でありながら,CⅠらが苦境に立っていたことから,SZBの製造について本件発明を行ったのである。
よって,被告の本件発明に対する貢献度は「0」である。
(a) 被告は,原告に対する処遇を対価の算定について考慮すべきと主張するが,被告の処遇が本件発明に対する報償としての要素を全く含んでいないことは,被告の自認するとおりであり,これを本件発明の対価の算定に斟酌する余地はない。
(b) また,被告は,SZBの開発のための人的,物的設備はすべて会社が与えたと主張するが,本件発明には,被告の人的,物的設備は何ら使用されていないから,これを対価の算定に斟酌する余地はない。
(c) さらに,被告は,SZBの仕事が会社の業務として行われたプロジェクトである主張するが,職務発明が常に会社の業務としてなされるのは当然であり,本件発明の対価の算定に斟酌されるべき事情とはいえない。
d 共同発明者としての持分割合について
本件発明は,原告及びBⅠが共同発明者として,特許出願されているが,BⅠが発明者でないことは,原告と被告との間で争いはない。
よって,原告が本件発明の単独の発明者であり,持分割合は無関係である。
e 本件発明完成から平成16年3月31日までのSZBの売上げに基づいて原告が受けるべき対価の額
本件発明完成から平成16年3月31日までのSZBの売上げに基づいて原告が受けるべき対価の額は,************となる。
対価額=被告が得た利益×独占率×寄与度×貢献度
=************************
=************
f 平成16年4月1日以降のSZBの売上げに基づいて原告が受けるべき対価の額
平成16年4月1日から本件特許権の満了日までに,被告が本件特許発明を自己実施することに基づいて原告が受けるべき対価の額は,********となる。
対価額=被告が得る利益×独占率×寄与度×貢献度×中間利息控除
=************************
≒********
(ウ) 以上から,被告が本件発明を実施することによる利益に基づく相当の対価は,************となる。
*********************
=************
イ 被告が本件発明を実施することによる利益に基づく相当の対価-実施料による算定(予備的主張)
仮に,被告が主張するとおり,上記対価額が実施料に基づいて算定されるべきであるとしても,被告の本件特許発明の実施に基づいて算定される相当な対価は,以下のとおりとなる。
(ア) 本件発明から平成16年3月31日まで
被告は,昭和55年2月から平成16年3月31日までの間に,SZBを**********販売した。
原告が受けるべき相当の対価額は,SZBの売上額に,実施料率,本件特許発明を被告が独占することに起因する割合(独占率),本件特許発明が上記被告の利益に寄与した程度(寄与度),原告の貢献度(貢献度)を乗じて算出されるべきある。
相当な対価額=SZBの売上額×実施料率×独占率×寄与度×貢献度
本件における実施料率は20%とすべきであり,独占率は50%,寄与率100%,貢献度100%であるから,本件発明完成から平成16年3月31日までのSZBの売上げに基づいて原告が受けるべき対価の額は,*******となる。
対価額=*************************
=********
(イ) 平成16年4月1日以降
前記ア(ア)cのとおり,被告のSZBの販売数量は,*****を推移すると予想され,販売価格は******(乙50)であることから,平成16年4月1日から本件特許権の満了日まで(9.25年)の売上額は,**********となる。
よって,上記と同様に相当の対価を算定すれば,被告が本件特許発明を自己実施することに基づいて原告が受けるべき対価の額は,中間利息を控除しても,******となる。
対価額=売上額×実施料率×独占率×寄与度×貢献度×中間利息控除
=****************************
≒******
(ウ) 以上から,被告が本件発明を実施することによる利益に基づく相当の対価を実施料に基づいて算定した場合,********となる。
***************
=********
ウ 株式会社シンコーモールドに対する本件特許発明の無償実施許諾
被告は,株式会社シンコーモールド(以下「シンコーモールド」という。)に対し,被告の技術・ノウハウを無償供与した事実を認める(乙51,36)。よって,シンコーモールドによる本件特許発明の実施により本来得られるべき実施料も,原告が受けるべき対価の算定基準となる。
この点,信越グループにおける,平成16年以降のSZBの販売数量は,年間******,販売単価は*******である(乙50)。
これに対し,被告自身が製造販売するSZBは年間*****と見込まれるから,シンコーモールドが,平成16年4月1日から本件特許権の満了日まで(9.25年)に販売するSZB******************の売上高は,**********となる。
そして,前記のとおり,本件特許発明の実施料率は20%であり,独占率は50%,寄与率及び貢献度は100%であるから,平成16年4月1日から本件特許権の満了日までに,被告がシンコーモールドから受けるべき実施料に基づいて原告が受けるべき対価の額は,中間利息を控除しても,********となる。
対価額=売上額×実施料率×独占率×寄与度×貢献度×中間利息控除
=****************************
≒********
エ 被告が,信越化学に本件発明に係る特許を受ける権利を譲渡したことによって取得すべき利益(以下「信越化学への譲渡利益」という。)に基づく相当の対価
本件特許出願においては,発明者として,BⅠの名前が挙げられているが,同人が本件発明に何ら関与していないことは,原告と被告との間で争いがないから,被告は,本件特許出願に当たり,原告が被告に譲渡した本件発明の特許を受ける権利の50%を信越化学に譲渡したことになる。この被告の信越化学への譲渡利益も,本件発明の譲渡の対価算定の対象となる。
そして,被告の信越化学への譲渡利益は,信越化学が本件特許権の満了日(平成25年7月15日)までに本件発明を実施して得ると推定される収益の50%と考えるのが合理的であるところ,信越化学が,本件特許の存続期間中,本件発明を実施して,SZBを製造販売することにより得られる収益は,****と見込まれるから,被告の譲渡利益は****となる。
さらに,信越化学への譲渡利益に基づく相当の対価は,本件発明がされるについて被告が貢献した程度を考慮しても,同利益の10%と評価するのが妥当である。
よって,被告の信越化学への譲渡利益に基づく相当の対価は,少なくとも********を下らない。
オ 結論
以上から,本件発明について,特許を受ける権利の譲渡に基づく相当の対価の額は,少なくとも3億6000万円を下らない。
(被告の反論)
ア 被告が本件発明を実施することによる利益に基づく相当の対価
(ア) SZBの製造販売による被告の利益
a 算定期間
本件発明の実施開始時期は昭和55年であるが,本件特許出願は平成5年になってからであり,本件特許権の存続期間満了は,平成25年7月15日である。
独占の利益の算定について,その始期について裁判例の考え方も分かれており,登録時以降とするもの,発明公開時以降とするもの(ただし,二分の一とする。),ノウハウとして独占できることを理由に承継時からとするものがある。また,その終期について,ノウハウとして出願せずに独占した場合に,独占による利益が未来永劫続くとするといつ公知となるかも知れず,また,差止請求もできず,事実上,密かに独占するにすぎないこと等を考えると,特許出願したときとのバランス上,長くとも承継時から20年以内と考えるべきである。
したがって,相当の対価を算定するための被告売上高については,承継時から20年以内と考えるべきである。
b 過去のSZBの製造販売による被告の利益
昭和55年から平成17年の各年度のSZBの売上数量,売上高,経常利益額の推移は,別表「SZB売上高・経常利益」記載のとおりである。売上数量に比して,売上高・経常利益額が低下しているのは,単価が低くなり,利益率も下がっているからである。平成16年度以降の売上金額及び利益額について,SZBの単価が低く,下落率が高いのは,小西製作所による安価で高品質のSZBによるものである(乙36,52)。
昭和55年から平成11年までの20年間の売上高の合計額は,別表記載のとおり,*************である。
c 将来の売上げについて
仮に,原告主張のごとく,承継時から平成25年7月15日までの34年という極めて長期間と考えるとしても,将来の売上高は不明であり,必ずしも明るいものではない。したがって,将来の売上高については,現在の売上高により評価されるべきものである。そして,昭和55年から平成17年までの26年間の売上高の合計額は,*************である。
また,いかなる製品をどのように製造するかは,権利承継を受けた使用者等の判断に委ねられるべきであり,更に実施をしたり設備投資をすれば売上高が上がったはずであり,その結果相当の対価も上がるなどという原告の主張は,すべて失当である。これらはすべて権利承継を受けた使用者等の裁量と判断に委ねられるべき事項であり,特許法35条の趣旨からしても,従業者等が相当の対価に関して論難すべき事項ではあり得ない。仮に相当の対価として斟酌されるべき場合が存在するとしても,それは使用者等の判断が明らかに不合理,非常識であるような例外的な場合に限られるべきである。
d 利益額に基づく相当の対価の額の主張は,算定方法として失当である。
(イ) 独占による利益
以下の事情を考慮すると,本件特許を有することによる独占割合は,上記売上高の10%を超えることはない。
a 本件発明は,方法の発明であるから,そもそもSZBの製造を独占できない。
b 他特許の存在
小西製作所が,SZBの製造に関する小西特許発明に係る特許権(乙31,32)を有している以上,本件特許について,独占の利益は観念できない。現に,小西製作所は,被告よりも安価で,より高品質のSZBを製造し販売しており,そのため,被告のシェアは奪われ続けている(乙36,52ないし54)。
c 本件特許の特殊性
SZBは,複写機に使用するものであるが,被告の知る限りリコー及びゼロックスの一部機種に使用されるにすぎず,両社のその他の複写機及び他社の複写機においては使用されていない。
したがって,SZBをブラシでなぞり,それを塗布するという機種の製造台数,製造状況によりSZBの需要が左右され,被告の売上数量,売上高もそれに応じて決まるのである。現に,平成4年にはSZBの需要自体がなくなり,売上げも0であった。しかも,競合他社も存在する中で,その納入条件(価格,利益率)は,将来に向かいより厳しくなることが予想される。
d 原告は,本件発明がステアリン酸亜鉛の量産性に顕著な効果を有するなどと述べるが,特許請求の範囲,本件明細書の記載から明らかなとおり,本件発明は,ステアリン酸亜鉛のブロック体(SZB)を含む高級脂肪酸金属塩ブロックのクラック発生による割れを防止する「高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法」の発明であり,原告の主張は,失当である。
また,原告は,被告が本件発明完成前から,SZBを製造していたかのように述べるが,事実と異なる。後述のとおり,被告においては,Dらによる本件発明完成後,初めてSZBの製造が開始されたのである。
さらに,原告は,本件発明によって,「1個の型から20ないし1000本のSZBの製造が可能」となったと主張するが,失当である。そもそも本件明細書には,最大100本の実施例が記載されているにすぎない。しかも,本件発明は,高級脂肪酸金属塩ブロックのクラック発生を防止する製造方法であり,1個の型から20ないし1000本のSZBの製造が可能となることは,本件発明と全く無関係である。
なお,原告は,被告の財務状況がSZBの売上げにより急回復したとか,被告の当期利益の********は,SZBによりもたらされたなどと主張するが,失当である。
(ウ) 実施料率
本件特許の実施料率は,高くとも3%を超えることはない。
(エ) 寄与率
寄与率100%という原告の主張は,根拠を欠くものである。
(オ) 被告の貢献度
被告会社の貢献度は,以下の事情を考慮すると,95%以上である。
a 原告に対する処遇
原告は,昭和36年に被告に入社しているが,被告は,原告に対し,昭和55年から,被告退職,取締役就任,常勤監査役を経て平成16年の退任に至るまでの25年間に限ってみても,給与と賞与,退職金の合計************を支払っている。
b SZBの開発は,被告が会社として取り組んだプロジェクトであり,そのための人的,物的設備はすべて被告が与えたものである。
c SZBの仕事は,そもそも被告元従業員であったBⅠが被告に持ち込んだものであり,被告の業務として行われたプロジェクトである。
なお,相当の対価の算定において,権利承継後の現実の売上高を参酌する以上,このような現実の売上高の向上に関係する,発明完成後・権利承継後の諸事情もすべて考慮されるべきは当然であり,多くの裁判例が認めるところでもある。しかるに,発明完成後,その実現に向けての試験金型,量産金型は,すべて被告会社の業務としてその費用負担の下に行われている。
また,被告が現実にSZBを売り上げることができたのは,リコーという販売先を有したからであるが,このリコーのためのSZB製造販売という業務は,被告の親会社である信越化学が被告にもたらしたものであるし,信越化学が販売を担当することから生ずる,その信用とブランドによるところであり,これらはすべて被告の貢献として考慮されるべき事情である。原告は,本件特許権を譲渡するよう被告に求めたという経緯があるが,仮に原告がSZBの製造販売を行った場合に,現在の販売先であるリコーやゼロックスといった企業が購入するはずもないのであり,被告の貢献率は極めて高い。
原告は,その職責がSZB製造に無関係であるとか,部外者であるから被告の貢献度は0であるなどと主張するが,それ自体,過去の裁判例から見て失当な主張である。原告が発明者であると仮定すれば,原告が金型の図面を作成し,発注したのはすべて被告における業務としてである。
また,被告における原告の処遇が,使用者としての貢献度として考慮されるべきことはいうまでもない。
(カ) 共同発明者としての持分割合について
原告の貢献は,量産型の金型の作成にとどまる。したがって,本件発明の発明者をDら3名及び原告と仮定しても,原告の発明者としても持分は5%を超えることはない。
(キ) 相当の対価の額
a 特許法35条により算定した相当の対価の額(売上高×独占割合10%×実施料率3%×発明者貢献度5%)は,下記のとおりである。
********
=***************** ********
原告主張の期間について算定しても下記のとおりである。
********
=**************************
b したがって,上記本件発明についての相当の対価の額に,原告が共同発明者であると仮定した場合の発明者持分割合5%を乗じると,下記のとおりである。
*******
=****************************
原告主張の期間について算定しても下記のとおりである。
*******
=*****************************
イ 信越化学に特許を受ける権利の50%を承継したことに対する対価について
被告は,親会社である信越化学との間に,その有する特許権について,相互に無償で実施できる契約を締結しており,信越化学は,被告の有する特許の持分の移転を請求し得るのである(乙33)。したがって,職務発明としての権利承継の有無を問わずに,信越化学は被告の有する特許権についてその持分の半分を承継し得るのであり,特許を受ける権利を承継させたことによる被告と信越化学との譲渡価格を云々する原告主張は失当である。
また,仮に譲渡対価を考慮するとしても,特許を受ける権利の承継当時の信越化学は,被告の製造したSZBをリコーに販売していたにすぎないところ,被告において設備投資を伴う増産体制をとらないことが決まっており,さらに,小西製作所という強力な競業者が存在していたから,SZBの売上げは,本件特許による独占の利益などではなく,徹底したコスト削減,品質向上,ブランド,営業力等によらざるを得ない状態になっていたのであって,極めて低い譲渡対価が観念されるにすぎない。
第3争点に対する当裁判所の判断
1 争点1(原告は,本件発明の発明者であるか。)について
(1) 本件発明に至る経過等
前記前提となる事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件発明に至る経過及びその後の本件特許権の設定登録の経過等について,以下の事実が認められる。
ア 昭和54年12月11日,信越化学のBⅠ(当時,珪素樹脂部課長)から,被告に対し,リコーからのSZB月1万本の製造依頼が伝えられた(甲7)。
その内容は,製品の特徴や形態のほか,「信越の分担」として,「シリコーンゴムの型を納入すること」,「金型も信越で紹介してもよい」こと,被告において検討すべき点として,「金型,シリコーン代金,加工賃を含めて総費用を算出」すること,リコーの方式にとらわれなくてもよいが,リコーの承認がいること等であった。その他にも,シリコーンゴムの使用は100回で寿命が尽きること,現在も型の問題があること等が伝えられた(甲7)。
イ 同年12月17日,信越化学とリコーとの間で,SZB製造に関する打合せが行われた(甲13,乙10)。
その際,リコーから,①長さ322m/mのSZBについての,昭和55年1月末までに100本,同年2月末までに200本の試作品納入依頼,②昭和54年12月末に行う打合せにおいて,試作品製作の方法及び見積り提出の依頼がされた。また,被告の役割を含めた試作の段取り等について,以下のような打合せがされた。すなわち,①同月18日及び19日に信越化学のBⅠが信越化学磯部工場に出張し,金型,ゴム型を作って試作品を製作すること,その際,ゴム型の回転数を検討し,100本,150本の試作に必要なゴム型の数を決めること,②適当な金型,ゴム型が完成した時点でBⅠと被告側とで実際に試作し,見積りについての打合せを行うこと,③今回の100本,150本用のゴム型,金型は,信越化学が製作して被告に販売するが,量産用については被告でよりよいものを検討すること,④原料のステアリン酸亜鉛は,被告が国産化学から直接購入すること,⑤成形品は金属板に両面テープで接着して使用するが,輸送等の考慮から被告で接着までできないかを検討し,両面テープの支給はリコーが行うこととして,見積りを行うことが決められた。さらに,リコーから,実験結果を踏まえ,シリコーンゴム型は5回転が限度であり,それ以上では離型性が落ちて中で割れること,50℃になるまで型に入れておいてから脱型すること,接着する場合に押しつけて割れなければ「たわみ」の欠陥とはしないことなどが伝えられた。
ウ 同年12月27日,信越化学磯部工場において,SZB製造に関する,リコー,信越化学,被告の打合せが開かれた(甲14,乙11)。
この打合せにおいて,「信越化学側はシリコンゴムによる鋳込み用の型を製作し,日信側は品物を最終製品迄に仕上げる」との分担が決められ,「リコーと信越とで試作を続けたが,現在までの処,製造方法が確立していない。リコーでの試作では,収率が60%で手作りならば出来たが,量産の方法が完成していない。原因は製品のクラック,精度,シリコーンゴムの耐用,airの巻き込み等要因が多くて困っている」ことが説明されたほか,「1)シリコンゴムの材質を決定する,2)シリコンゴムで鋳込み方法に合った型を製作する(発想を変えてオープン型にする),3)鋳込み方法,除冷方法,原料の溶解装置,4)原料の手配,双方の窓口,見積もり等について討議」が行われ,「来年1月7日より信越磯部工場で試作を開始して,メドをつけて日信へ連絡する。日信としては溶解方法,除冷方法等について考えておく。」との結論に至った(甲14,乙11)。
エ 昭和55年1月12日,BⅠとCⅠ(当時,シンワの専務取締役)が,ステアリン酸亜鉛の加工について打合せを行い,同月17日から,シンワにおいて,SZBの製造試験が開始された。最初の試作は失敗に終わったが,試験は継続され,同月22日には,「完全品は未だ出来ないが,一応持ち帰り,リコーと相談することになった。」(乙13)。
オ 同年1月24日,被告内における,ステアリン酸亜鉛の技術分担がDに決定された(乙13)。
また,SZBの製造・実験を開始するに当たり,研究担当者として,当時,被告武生工場技術部研究室勤務であったE及び被告武生工場製造部第二課勤務であったFが任命され,Dとともに,SZBの製造・実験を行うこととなった(乙7,8,13,22,23)。
カ 同年1月25日,信越化学のBⅠ,リコーの担当者,Dを含む被告会社担当者,シンワのCⅠが出席したSZB製造に関する第1回三社合同会議において,「1月末100本口の納入の見通しについて」,「原則として,1月31日納期を守る」ことが決められた。また,同日実験が行われ(乙13),その結果,割れの問題が残ること,その原因は,型の形状及び劣化による液漏れであること,その対策として,「リコー方式で脱泡条件,締め付け状態を考慮し再実験(1/26)」で,この結果が良好であれば,同年1月31日の納期に間に合うが,問題があるようであれば,納期を別途打ち合わせることが決められた。さらに,「信越化学,日信化学およびリコーの業務事項と分担および納期について」は,型に流し込んだステアリン酸亜鉛の注型温度,時間,注型方法が被告の担当であり,量産のための基礎実験を行うこと,及びその担当者がDに決められた(甲15,乙12)。
キ 同年1月28日,SZBの原料であるステアリン酸亜鉛10kgが,同月29日,シリコーン型4本が,信越化学から送付され,同日から,被告において,SZBの製造・実験が行われた(乙13,14)。
当初,Dらは,信越化学から送られてきたシリコーン型を使用して実験を行っていたが,その後,Eがシリコーン型の配合の割合を調整して,柔らかさの違うシリコーン型を製造し,これらの型を用いてのSZB製造実験も行われた。
さらに,Dらは,D及びEがSZB製造開発の前に行っていた研究の成果から,急激な温度変化がSZBのクラックの原因ではないかと考え,溶けたステアリン酸亜鉛を,温めたシリコーン型に流し込んで固化させる際,室温の自然冷却,保温箱での段階的な冷却,あるいは恒温器で温度コントロールをしながらの冷却など冷却条件を様々に変えて実験を行ったほか,室温で冷却する場合でも,型をテーブルの上に置いたり,研究室のコンクリートの床に置くなどし,これと併せて型を横に置いたり,立てて置くなどの実験を行った。そうしたところ,室温で,研究室のコンクリートの床に立てて置いたもののみが,クラックを生じることなく固化するという結果が得られた。
その後,D及びEは,シリコーン型に透明なガラスのふたをして,固化の様子をガラス越しに観察し,温度勾配が,クラックを生じずに固化するポイントであることを確かめた(乙7,8,23)。
ク 同年2月1日から同月2日にかけて,信越化学のBⅠほか,リコーの担当者ら4名が立ち会っての,SZB製造のための試作が行われた(乙13)ほか,同日,SZB製造に関する第2回三社合同会議が開催され,原告も出席した(甲16,17の1)。
この会議では,「1)100本口量産状況について,2)100本口量産から,その問題点,3)これからの対策」が討議された。そして,100本口量産状況については,Dから,「①2/1現在で良品数25本(歩留まり0.45)不良項目,割れがほとんど,②現在の型数6コ,(2/2より型数11コ,2/5より18コとなる予定)」,「④作ってみて,file_2.jpg不良の大半は,割れである。file_3.jpgゴム型の耐久性が悪い(1~2回で離型性おち,割れる),file_4.jpgゴム型の上下にテフロンテープを貼ると離型性はupし,割れはかなり減少する。が,5回程度使用すると,テフロン表面にシワが発生し,使用不可となる。テフロン剥離するとゴム型表面破壊する,又,漏れが発生しやすくなる,file_5.jpgゴム型が少なく1直で1回のサイクルのみであり,歩留が50%程度であるので本数が取れない(現在は3直),file_6.jpg型冷却勾配 下部より冷やすのがポイントではないか,file_7.jpg溶融温度高い方がス(、)が少ない様だ。型の材質,形状の詰めが最優先!!」との説明がされた上,「1)-1.100本口納品は,50本ずつ分納をする。50本⋯2/5(9:00AM)リコー必着,50本⋯2/12(9:00AM)リコー必着」ことが決定された。また,「日信化学よりリコーへの依頼項目(量産への手助けとして)」として,「①冷却速度勾配と,file_8.jpg品質の対応をとってほしい,②成型体長さとクラックの関係,③熱線で焼き切ることは可能か,④強度のあるfile_9.jpg形状の可能性を検討して欲しい,⑤フレーク状file_10.jpgの圧力成型の可能性を検討して欲しい。」との依頼があった。さらに,型の問題点と対策として,複数の型について検討が行われた。
ケ DらによるSZBの製造実験と平行して,被告は,リコーに出荷するSZBの製造を行っていた。
また,Dらは,当初からの予定に従い,シリコーン型による開発実験に引き続き,金型を用いての製造実験を行った(乙7,8,22,23,26)。
コ 同年2月4日,CⅠは,SZB60本を東京へ持参し,BⅠに手渡した(乙13,24)。同月6日には,リコー技術研究所のLから電話があり,SZBの納入品について合格したとの連絡があった(乙13)。
サ 同年2月8日,被告は,SZB55本をリコーに納入し(乙13,25),同月12日,SZBの2月分150本の制作が完了した(乙13)。さらに,同月14日には,SZBの量産化についての打合せが実施された(乙13)。
シ 同年2月15日,原告は,SZB社内会議(甲17の2)に出席した。
ス 同年2月19日,SZB製造に関する,リコー,信越化学,被告の第3回三社合同会議が開催され,原告も出席した(甲17の3)。同会議では,Dによる実験結果(甲21)が配布された。
セ 同年2月20日,原告は,「ブロック型」との記載のある原告部品図(甲23)を作成した。同図では,試作金型を構成する10枚の型の材質のうち6枚はAl(アルミ),残り4枚はSS(軟鋼)とし,Alブロックの溝を3種の異なった仕上げ方法に,SSブロックの溝を2種の異なった仕上げ方法としている。
ソ 同年2月21日,山内商店に,上田精工が型の材料を発注し(甲24),上田精工は,同月28日,ブロック型Al7個,SS4個を,被告に納品した(甲25)。
タ 同年2月29日,原告は,「Feブロック型の熱設計」と題する書面(甲26)を作成し,200本型の作成に着手した。
チ 同年3月8日,原告は,200本取り金型での原価計算を行った(甲27)。
ツ 同年3月12日,SZBに関するリコーとの会議が東京で開催され,原告とDが出席した(乙13)。
同月13日に,原告は,リコー本社で,金型法によるSZBの量産技術を説明した(甲17の4ないし6,28)。
テ 同年3月15日,原告は,「SZB製造フローシート」(甲29の1枚目)を作成し,甲29の2枚目以降についても,同月28日までに作成した。
ト 同年6月9日及び同月10日,原告は,リコーにSZB製造にかかった費用を請求するためのSZB金型等に関する見積書を作成した(甲30,30の1ないし5,31)。
ナ 同年11月18日,被告社内の同年11月度の研究発表会が行われ,Dは,「11月度研究発表会資料」と題する本件資料1を作成して,同年1月からのSZBの研究開発を振り返って発表した(乙9の1)。
Dは,同発表において,SZBの成形法の検討の経過として,昭和54年12月11日に信越化学からリコーによるSZBの加工依頼が伝えられたが,リコーと信越化学との試作検討では製法未確立で量産化の目途がたたない状況であったこと,昭和55年1月初旬にシンワにおいて試作実験を開始したが成形合格品が1本も得られなかったこと,同月26日に初めて成形合格品が1本だけ得られたこと,同年2月24日にSZB50本を初出荷したこと,同年3月4日に金型法による量産化技術に目途がたったこと,同年6月1日に全量を金型法で生産開始したことを説明した。また,技術の推移として,6点のポイントを掲げており,その中で,テフロンテープ貼付の効果はあったが,同テープにしわがよること,冷却固化条件については土間に置くとよいことを説明した。
また,同年12月23日,被告内の同年12月度の研究発表会が行われ,Dは,「12月度研究発表会資料」と題する本件資料2を作成して,11月度の発表に引き続いて,同年1月からのSZBの研究開発を振り返って発表した(乙9の2)。
Dは,同発表において,金型によるSZB成形の開発に関し,ガラスとシリコンゴムを組み合わせた型による成形状態観察をした結果得た知見として,SZBが固化するにつれて体積が収縮すること,SZBが固化してから離型すること,離型していない部分は型と接着していることを説明し,これらから,固化してから離型するときにも収縮が若干起こるのではないか,離型が断続的に起こる場合にクラックが発生するのではないか,と考え,一方向から固めていくことで,一方向から離型が起こり,クラックが発生しないのではないかという推論を進めたことを発表した。そして,開発の方向として,成形時に温度差を作ることとし,温度の高い方を上部にもっていき,温度が低い下部が固化して収縮を起こす際,その分の液が高温側である上部から自然にフィードできるようにしておくこととした旨が説明された。
ニ 平成5年ころ,Dが作成した発明考案届出書(甲4)には,「1.発明・考案の名称」欄に「高級脂肪酸金属塩ブロックの製造法」との記載,「2 発明・考案者」の欄に「①AⅠ」,「②E」,「③F」,「④D」との記載及びDの押印がある。また,「5.発明・考案の要旨(発明者)」欄には,「溶融状態の高級脂肪酸金属塩を金型低部から順次上部へと冷却し固化物を低部から積み上げることを特徴とする高級脂肪酸金属塩ブロックの製造法」との記載があり,記載した者としてDの署名・押印がある。同届出書は,関連部門記載欄,特許部意見欄等の記載はなく,実際には使用されなかった。
ヌ 平成5年ころ,上記届出書に続いて作成された発明考案届出書(甲5)には,「1.発明・考案の名称」欄に「高級脂肪酸金属塩ブロックの製造法」との記載,また,「5.発明・考案の要旨(発明者)」欄には,「溶融状態の高級脂肪酸金属塩を型内に流し込んだ後,金型低部から順次上部へと冷却し固化物を低部から積み上げることを特徴とする高級脂肪酸金属塩ブロックの製造法」との記載があるが,これらは被告における出願事務を担当していたJが記載したものである。また,「2 発明・考案者」の欄に,「①AⅠ」との記載及び押印が,「5.発明・考案の要旨(発明者)」欄にも原告の署名・押印があるが,これらの署名等は,原告自身が記載したものである。さらに,「15.本社関連部門意見欄」には,「SZB成型体は熔融液~固体の密度差及び形状因子のためクラック発生し量産困難であったが,合理的に解決し製造技術を確立し実施して多大の成果を上げた。」とのG(当時,代表取締役,乙29)の署名押印がある。
ネ 本件発明は,平成5年7月16日,発明者を原告及びBⅠとして特許出願され,平成10年6月26日,本件特許権が設定登録された。
ノ 原告は,平成16年5月に被告の常勤監査役を退任した後,同年6月24日付けで,被告に対し,本件特許の返還等を請求したが,被告は,これを拒絶した(乙1ないし6)。
(2) 本件発明(甲1)
本件発明の特許請求の範囲は,「型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させることを特徴とする高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法」というものである。
また,本件明細書には,従来技術の問題点,解決課題として,「高級脂肪酸金属塩のブロック状物の成形方法としては,・・・溶融固化法が好ましいが,これも固化過程において収縮が大きく,特にアスペクト比の大きい成形体や異形状の成形体ではクラックが入って割れてしまうという問題があった。」【0003】,「【発明が解決しようとする課題】・・・本発明は,アスペクト比の大きい平板状やあるいは円柱状であっても成形時に割れることなく高級脂肪酸金属塩ブロックを製造することのできる溶融固化法を提供しようとしてなされたものである」【0004】とされている。
また,本件発明は,上記固化過程においてクラックが入って割れてしまうという課題を解決する手段として,以下のとおりの記載がある。
「【課題を解決するための手段】・・・溶融高級脂肪酸金属塩を型内に流し込んだ後の冷却方法をコントロールすることにより課題解決の可能性がある・・・本発明は・・・型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させることを特徴とする高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法,を要旨とするものである。」【0005】
「【発明の効果】本発明の製造方法によれば,アスペクト比の大きい平板状やあるいは円柱状の成形体であってもクラック発生のトラブルを生ずることなく,良好なブロック状の高級脂肪酸金属塩成形体を得ることができる。」【0013】
このように,本件発明の特許請求の範囲は,「型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させることを特徴とする高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法」というものであるが,発明の詳細な説明と併せて見れば,本件発明は,溶融高級脂肪酸金属塩(ステアリン酸亜鉛を含む。)を型内に流し込んだ後,冷却方法をコントロールして,下部を上部よりも相対的に冷却することにより,型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させて,従来の技術課題であったクラックを生じることなく,高級脂肪酸金属塩のブロック体を得ることを内容とするものといえる。
(3) 検討
以上の事実をもとに検討すると,原告は,本件発明の発明者であるとは認められない。以下詳述する。
ア 発明の完成と発明への関与
(ア) 発明は,その技術内容が,当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されたときに完成したということができる(最高裁昭和49年(行ツ)第107号同52年10月13日第一小法廷判決民集31巻6号805頁参照)。
本件発明は,前記のとおり,冷却方法をコントロールして,下部を上部よりも相対的に冷却することにより,型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させて,従来の技術の課題であったクラックを生じることなく,高級脂肪酸金属塩のブロック体を得ることを内容とするものである。
したがって,当業者が,溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を,下部を上部よりも相対的に冷却することによって,下部から上部に「順次冷却固化」させる方法に基づいて,クラックを生じることなく,高級脂肪酸金属塩のブロック体を製造することが可能となるのであれば,物を製造する方法発明としては既に完成しているというべきである。
そこで,本件についてみると,上記(1)クのとおり,昭和55年2月2日のリコー,信越化学及び被告の三社合同会議の時点において,Dから,「型冷却勾配 下部より冷やすのがポイントではないか」との説明がされているところ(甲16),この時点で,既に,Dらが,型の下部から冷却するという本件発明の技術思想を想起していたことが認められる。また,被告は,同日の会議において,リコーに対し,5項目にわたる依頼をしており,これは,上記(1)クのとおり,量産への手助けとして行われたものであるところ,依頼項目の1つに,「冷却速度勾配とfile_11.jpg品質の対応をとってほしい」という事項が掲げられている(甲16)。これは,本件発明の技術思想である下部からの冷却という温度勾配を前提として,冷却の速度の変化によるSZBの品質への影響を照会したものであると認められる。そして,上記(1)コ及びサのとおり,被告は,同月4日及び8日,リコーにSZB60本及び55本を現実に出荷している(乙13,14,24及び25)ところ,上記のとおり,被告において,既に本件発明の着想が得られ,SZBの量産に向けての検討が行われていた段階であったと認められるのであるから,これらリコーに納品したSZBは,型の下部から冷却するという製造方法によって製造されたものと考えられるところである。
そうすると,本件では,昭和55年2月2日の時点では,既に,Dらにより,型の下部から冷却するという本件発明の着想が得られていた上,遅くとも同月4日までには,下部を上部よりも相対的に冷却して,下部から上部に順次冷却固化する方法によって,リコーに納品する一定量のSZBを製造しているのであるから,当業者において,溶融状態にある高級脂肪酸金属塩であるステアリン酸亜鉛を,下部を上部よりも相対的に冷却することによって,下部から上部に順次冷却固化させる方法に基づいて,クラックを生じることなく,高級脂肪酸金属塩のブロック体を製造することが可能な状況にあったというべきであり,遅くとも同日までには,本件発明が完成されたということができる。
なお,本件明細書の発明の詳細な説明及び実施例には,量産型の金型のみが記載され,相対的に冷却する方法も,ヒータ加熱を下部より順に停止する方法のみが開示されている。しかし,本件発明が,下部から上部への順次冷却固化をその本質とするものであることは既に述べたとおりであり,それ以上のものではなく,金型による方法や,上部を積極的に加熱する方法に限定されるものではないから,これら本件明細書の記載は,上記本件発明の完成に関する認定を直接左右するものではない。
そして,上記のとおり遅くとも昭和55年2月4日の時点で完成していたと認められる本件発明について,Dがその創作に中心的に関与し,E及びFはこれを積極的に補助していたことから,同人らが本件発明の発明者であると認められる。
(イ) これに係る以下の原告の反論は,いずれも採用できない。
a 原告は,DらによるSZB製造実験の内容の不自然さを指摘する。すなわち,被告は,本件発明に至る経過について,Dらが,温度(冷却)条件を種々検討して冷却固化させたところ,冷たい床に型を縦に置いたものだけクラックが発生しなかったことから,温度勾配に着目し,透明ガラスを用いて追試実験をし,下部から徐々に固まるのに伴って上から順次溶融ステアリン酸亜鉛が供給され,クラックが生じないとの事実を確かめた旨主張するところ,原告は,床に置くだけでは十分な温度勾配が得られないし,シリコーン型を垂直にして製造するとステアリン酸亜鉛が漏れてしまうなどの点を指摘する。
しかし,被告において,シリコーン型を冷たい床に置くことで,納期に合わせてSZBを製造できたことは,Dによる被告の社内研究発表会資料である本件資料(乙9の1・2)に明記されている。また,シリコーン型の弾力と,ステアリン酸亜鉛の粘性のため,シリコーン型をほぼ垂直にしてSZBを製造しても,ステアリン酸亜鉛が漏れないことは,被告による実験で明らかにされている(乙34)。
b 原告は,昭和55年2月2日において,Dらの製造方法による製造では歩留り45%という生産性の極めて低い状態であったから,当業者がクラック発生のトラブルなくSZBを製造することは不可能である旨主張する。しかしながら,当業者が本件発明の方法に基づいて,クラックの発生なく,SZBを一定量製造することが可能であれば,物を製造する方法発明としては既に完成していると評価されるべきもので,工業的生産性が必ずしも十分ではないからといって,同評価が覆るものではない。また,2月2日報告書(甲16)の「不良項目 割れがほとんど」との記載や,リコー仕様書(甲11)に示された細長く薄いSZBの形状からすれば,歩留りを下げている要因は,固化したSZBを型から取り出すときの割れであり,本件発明の完成とは直接関連するものではないと考えられる。さらに,本件発明においては,SZBを安定的に量産することまではその要素とされていないから,SZBの量産が遅れ,リコーに対する当初の納期が守れなかったからといって,本件発明が完成していないことになるものでもない。
c そのほか,被告の主張や被告提出に係る証拠について,原告は,様々な主張をするが,いずれも些末なものであって,前記認定を左右するに足るものとはいえない。
イ 原告の主張について
上記アのとおり,本件発明は,遅くとも昭和55年2月4日の時点で完成し,Dら3人が発明者であると認められるが,原告は,異なる時点において,原告が着想して本件発明を完成させた旨主張するので,この点について以下検討する。
(ア) 原告は,昭和55年2月19日に,自宅風呂場において,子供のときに覚えていた「上は大水,下は大火事な~に」というなぞなぞを思い出し,本件発明を想到するとともに,「①金型を簡単に安価に作るためにはリコーの試作金型のように部品組立式ではなく,1枚の金属板にミゾを多数彫り,重ねればよい,当然金型は縦型になる,②金型を多数重ねて万力等で締め付け組み立てれば相当大きく重くなる,③金型に溶融液を充満させるためには金型を溶融液温以上に予熱することが必要,④シリコンゴム型の予熱のようにオーブンに入れることは大きくまた重くてできないので,多数のヒーターを金型に内蔵させ加熱すればよい,⑤SZB成形時の製品のワレは溶融液が固化するときの大きな体積減少である。それならば,下から固化させ,体積の減少分を上より溶融液を補充すればよい,⑥金型予熱用ヒーターを上下に配置し,下から適当に時間差をつけてヒーター電源を切断していけばよい,⑦8時間勤務のため,金型予熱,注入,冷却を3時間くらいでできるように熱計算すればよい,⑧問題点1は金型との離型性であるが,翌日フェロ板(アルミの磨き板)で確認すればよい,⑨問題点2は金型を重ねた場合パッキンなしに液漏れをしないかであるが,SZBの溶融液粘度より粘度が高いのでまず問題ない」という事項にまで思考をめぐらせ,発明を完成させたと主張する。
そこで検討するに,まず,被告においては,前記(1)アないしクのとおり,昭和54年12月にSZB製造の依頼を受けた後,昭和55年1月17日からシンワのCⅠによるSZBの製造試験が開始され,さらに,同月末からは,DらによるSZBの製造実験が行われていたものと認められる。この点について,原告は,シリコーン型を利用してのCⅠやDらの実験が実際には行われなかった旨の主張をするが,被告は,当初から型の改良・開発等を依頼されており(甲7,13,14,乙10,11),三社合同会議の記録において,製造実験が行われていたことを前提とする記載が見られること(甲15,16,乙12)や,CⅠ報告書(乙13)及びD作成の本件資料(乙9の1・2)にも同様の記載が見られること等からすれば,こうした実験が行われていたことは明らかである。
一方,原告は,前記⑨のとおり,同年2月19日に,粘度が高いので液漏れの問題はないことについて思考をめぐらせていたと主張するが,従前は,シリコーンゴム型を立てて使用すれば,型の間から液漏れを起こす旨繰り返し述べていたところ(弁論の全趣旨),被告から液漏れが生じない旨の試作実験の結果(乙34)に基づく反論を受けたものである。また,ガラス越しにSZBの固化の様子を観察することはできない旨主張して,同じくその主張を覆す実験の結果(乙56)が提出されるなど,シリコーン型によるSZB製造実験には加わっていなかったことがうかがわれるから,少なくとも金型によるSZB製造の段階に至るまで,原告は,被告におけるSZB製造実験・作業に自ら参加してはいないものと認められる。
そうすると,原告は,昭和55年2月19日,原告がCⅠから入手したという資料(甲7ないし15)とそれまでに知り得た社内外の会議での結果から,冷却方法をコントロールし,下部から上部へ徐々に冷却させ,型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させるという技術思想を想到しただけでなく,複数本取ることのできる金型の具体的な構造や,この金型において,ヒーターを用いての具体的な冷却固化の方法を検討したということになる。
しかしながら,金型によるSZB製造の段階に至るまで,被告におけるSZB製造実験・作業に自ら参加していない原告が,一人で,渡された資料とそれまでに知り得た会議での情報を基にして,入浴中とその後のわずかな時間の中で,前記事項をすべて具体的に想到したとの主張は,およそ現実に可能なものとはいえず,採用の限りでない。
(イ) また,原告は,当初,原告が入浴中に本件発明の着想を得た日を,フェロ板による実験を行った昭和55年2月16日の前日,すなわち,同月15日であると主張するとともに,原告本人の陳述書(甲6)においては,同月20日までに着想を得て,本件発明を完成させたとしていた。
しかし,その後,何らの裏付けなく,同月19日に行われた第3回三社合同会議における報告を聞いた後,同日,自宅で風呂に入りながら着想を得た,と従前の主張及び原告自身の陳述書とも異なる主張をするに至っている。
(ウ) さらに,原告は,着想を得た日の翌日の実験について,当初は,溶融ステアリン酸亜鉛を「凹状に曲げたフェロ板の上に流して固化する状況を確認した。その結果,①ステアリン酸亜鉛の固化と同時に,フェロ板から剥離することを確認し,フェロ板とステアリン酸亜鉛との剥離性は良好であり,金型が使用可能であること,②固まった塊は相当程度強度もあり,また,ひび割れもないことから,冷却固化時に金型に拘束されなければ形成可能であること,③SZBのひび割れの原因は,溶融したステアリン酸亜鉛の相変化(液体から固体への変化)に伴う体積減少であり,上から溶融したステアリン酸亜鉛を補充すればひびは発生しないこと,換言すれば,下部から固化を積み上げていけばよいこと,を確認した。」と主張していた。しかし,フェロ板(クロムメッキによる鏡面仕上げした金属板)に溶解したステアリン酸亜鉛を流して固化させると,表面に収縮によるしわが発生し,その後割れてしまうという,追試実験の結果(乙21)が被告から提出された後は,「工場のスクラップ置場で,フェロ板(アルミの磨き板)を拾い,SZB製造現場に行って,Fから,ビーカーに100cc程度の溶融したステアリン酸亜鉛をもらい,その場で凹状に曲げたフェロ板の上に流して,金属板とステアリン酸亜鉛の離型性を確認し,金型が使用可能であることを確認した」とし,さらに,「原告は,金属板とステアリン酸亜鉛の離型性を確認して金型が使用可能であることを確認したものであって,アルミの金型が使用可能になったなどとは主張していない。」と主張している(弁論の全趣旨)。
こうした主張の変遷の不自然さに加え,原告の主張するところによれば,結局,「フェロ板を用いた実験」では,原告が着想したとする内容のうち,金型との離型性という1点のみを検証し,そのほかの点については,何ら実証していないにもかかわらず,「量産化金型の設計」(甲23)を行い,そのとおりの金型を注文(甲24,25)したということとなる。しかも,完成した金型によってSZBを製造するに当たって,原告は,具体的な試験等を実施しないまま,CⅠに対し,金型の加熱の温度や,ヒーターを切る時間などの冷却条件を指示したというのであって,この点でも,原告の主張は,信用性に乏しいといわざるを得ない。
(エ) 原告は,自らが本件発明を完成したことを示す証拠として,陳述書(甲6)のほか,原告組立図(甲22)及び原告部品図(甲23)等を提出する。
しかし,原告が,昭和55年2月19日に入浴中に本件発明を完成させたとの主張の不自然さ,あるいは,その翌日の同月20日に原告部品図までを作成したとの主張の不自然さについては,前述したとおりである。また,原告組立図については,原告自身が昭和55年2月20日以前に書いた旨述べており(甲6),そうだとすれば,原告は,本件発明を入浴中に完成させた同月19日に,同図までも作成したということになる。
結局,上記の部品図等については,Dらの開発実験に基づいて,原告がその依頼を受けて作成したと推測するのが自然であり,原告が,同日,本件発明を完成させたことを認めるには足りないというべきである。
さらに,原告は,発明考案届出書(甲4,5)における発明者の記載を自らが発明者であることの裏付けとするが,これまで述べたところに加え,同届出書作成当時,原告が被告社内において取締役工場長委嘱という地位にあり(甲6),Dの上司として上記書類等の作成について事実上の影響力を有していた(乙7)ことも考慮すれば,同届出書の記載のみをもって,原告を本件発明の発明者であると認めることができないのは明らかである。
(オ) 以上のとおりであって,発明者に関する原告の主張は,採用できない。
ウ 本件発明の実施例設計等への関与
なお,前記のとおり,本件明細書において,当該技術思想の具体化手段として記載があるのは,一度にSZBを10本取ることのできる金型を用いた冷却装置のみであるところ,好適態様として記載される実施例の金型作成の過程への原告の関与が認められる場合に,この点をどのように評価するかが一応問題となり得る。
しかし,本件明細書の実施例に記載のある「10の溝が刻まれた金型を10枚並べ,締めつけ具によりセットした金型」の設計等に原告が関与していることは争いがないものの,上記(1)において認定した事実に照らせば,これをすべて原告一人で行ったと認めることはできない。
そして,リコーからの当初の依頼に型の改良・開発等が含まれていたこと(甲7,13,14,乙10,11)や,リコーにおいても金型を用いた実験が行われていたものの,容易には成功していないこと(甲19,20の1ないし3),及び原告部品図(甲23)の構造等からすれば,同図面を作成する以前の段階で,被告において,金型によるSZBの製造のための種々の試験や実験がある程度行われていたと考えるのが相当であるが,原告は,これらの試験や実験の存在を否定しており,これらに関与していたことを認めるのは困難であって,原告は,被告が主張するように,Dらの開発実験に基づいてその依頼の下に金型の作成に取り組んだにすぎないというべきである。
そうすると,本件発明の完成時期についてひとまず措くとしても,原告が金型図面やSZB製造フローシート等(甲22,23,26,27及び29)を作成したことをもって,本件発明の技術思想を具体化する過程に関与していたとまではいえないから,この点からも原告を発明者と見ることはできない。
2 まとめ
以上検討したとおり,本件発明について原告が発明者であると認めることはできないので,争点2について論ずるまでもなく,原告の請求は理由がないことになる。
第4結論
以上の次第で,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 山田真紀 裁判官 片山信)
別表別表全体につき,閲覧等制限
別紙1SZB 金型法発明までの時系列(原告の主張)
file_12.jpgmms 51 A2 5 Be ¢EME Lh Bisa we #] at Date l27 ery Parr ro
別紙2矛盾点・疑問点等一覧表
file_13.jpgReOEB Emma O) suncsnoryavaameus Uc | sua, SRERECRUERRE a setbmessncancamanens (pz. B) vwesicd se ERTS TOOERPR | CSE TOE RT Beam, eLinaotomnenmce Gau)bamaetenoes, miocin, levouorns panckosrxmunomesne ce sonamenoamenstennrens. be. imnenenno-y raasmnua |tne, Ronen eneREeR Sewennimaerandmastcie [utc mlimventcen, vamen fone. vy ommorwnvmne Guciomeowmmancinsssy [rons oerrnonson TREE TR BRETT SRR amaevcstens oranownt: TREN WWRETRRRGRE COR aemncucpeceie cane 7 (auc lomeowmnmmenvas9 cecioouwostnnr ese ase ford coso-tanonwen ommiene ence pened agonnanaag am, x frontawemmemeret=: ERIC TORRT FETA, WOE, TH eam, vue. wwerxuee, imam fe, MemER) fie, WO. CER fe, amom e89. 19. Bee Fevecuy, unwecvacnnane aueozkemamonicnnen om O| ciesuccawaeomy fea e | Ciomomwa, CaWace ARAM, RBEBemERA LRT 7 — OURIBSRENLOTHS. M-ATED SAMMI LEER ERR OETOR I) SME EEL AS RIE UME ee eg Ib micRRS. lan essn ca Den tas. SohowmiE ZI, (ER) 2202 [RBF—F) OABRAC B-th), 1EOF—Fy— ha, kB FoF bEURLRLOTHS AEBS DUDS, RH [ALIS y hOB O- BE 2 E- UT MRLRE ND TERME es) REL RMT S. LALEHS, 29 © 1RMFR—F Zea b(t) ORGS, RMENTOSF—F NEES BT), Dat, BMSSHZA BOT KAR SM TRIRCRES RELA (BR) SERRERLTMELE LEME TS, MEPMERRL TORN. BER ers etommEMBicL DHL Taki, BED-Fa, 27% Jeor—seRnita chs, = no eR Tue Me ICe, omer 9 eae L TROT PRALERS OURAN, THEO TRRF—7] Rone Lt. #9 2@N cm Wat ERT 7) ARROLDBORMOM RENEE DIMES SEM, T/T 5 11/23) OFFERALESERMOTHS. HEN, MMH AEDS 2 ORRR osmomamm eH. 2028 B (HAZ bE) KUM TSMORBARREARCE EH BTS (Zom1, 22. LmL Eee, BK EG TRMF—7) OM.ISTIE RRR BRERTOSOTH, LROEM Tem 3 c, Ma ses bM0) ERRERERMSH XUBELS, HHREMTS LSI, LER RCI OREM ADRROTH nH, BET Lhe DMB! LENS SED MB, MEST TER bm BERD Shon, Ja-ee Th, EERIE, ARS, SHEMAMORICem SHEER ERMRTLOTHS, EMBLUPERETHSEOIO REMHaTh Ss, CIARHIEL Ps eio Rs LEMS DEL TIS, ER, Cou Tb) LEME lncisceemiic, wmteMe, HERAMORIC RHEE LOT mELoEMe, LELT EIS ommmTR CH 8. Ziso1R RB OME AHI, 1218 lmtec betes, sem krenat, iM, Foe lem rockon EHD AMIS ARIA bRe La oD es. ER, ShOMSMOMTH OT. TRE ORMUD SILL, MER PosmmMORGe TH SBI ESE TERRES HFCL ORREN SMOG | OMB se 1x71 (B21) B, DAMS S Roa ORO= ARAMA MCA R RATS (FS) H, TET EMM RBZ HF HC Tc SRMmDS LoTHEUE, Rea, OURMORMEMEL TST aires, 25K, RETF) ORME, DS ssmominRRL LE LTS RRL FEOUHS. HAI, DIE, SIBORRICE $5 URMORB) ELT. F7arF—7 RADROME FAO RSME SERS (Zz 901 TOMB, M, 16 [Dir TH XL MD). TRRF—7) OMe, 8. No. 91 [F7uy) ORMHDEOTHS. ler satan e osm MTR ems. Bard, DoOMRE—BL CN SRB h S>S DORMS LORMLEMHS TDS. fe, = HORMEC TH /—KEMEODL oo ROOMS B= Ee RR eeEmeLTHSKTERN, DSORRECTORRI—Sm BIERHSOH, PARI WL pcp gRmiery avr a7 emt roceeun, L Engadine emoreminy CTRHSIAISBRRELRCLELER », MARENRESRODEHSAMICe > ROMANE RBRER [215] ELT Ea (uw) DRHORM (A298) BECO MLE EER L TH shaman clones ee (21 9) epson Rona MB EMEL TOS, DRTOR I) O—cRM za Datszem Mic ABER LCR = ose ewe sD, IRM EDORRE LDC Lm MiveiceE ci, DRZOM) ASTRO DORM, BERL OAREEMMLERT CDS, TOM mie REE CRM LRT TS RAUMMBCAA OEY, DEANE Me RO MOMBE EC BED a—raL TSE DERETSRURRON AW, DOMEEC TOMBREBMIBICAS (REO TNS. FCRREC ERMC EDERE REM OTUSET EC. ROR emnnn,