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東京地方裁判所 平成17年(ワ)4734号 判決 2006年8月07日

原告

X1

原告

X2

原告ら訴訟代理人弁護士

竹内義則

被告

日本ビル・メンテナンス株式会社

被告代表者代表取締役

被告訴訟代理人弁護士

早川滋

主文

1  被告は,原告X1に対し,288万4349円及び188万4349円に対する平成16年9月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を,100万円に対する本判決確定の日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員をそれぞれ支払え。

2  被告は,原告X2に対し,286万1736円及び186万1736円に対する平成16年9月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を,100万円に対する本判決確定の日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員をそれぞれ支払え。

3  原告らのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は2分し,その1を原告らの,その1を被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告X1に対し650万7712円及び内325万3856円に対する平成16年9月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告は,原告X2に対し651万8890円及び内325万9445円に対する平成16年9月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

1  本件は,宿直によりビル警備業務に従事する原告らが,宿泊時の仮眠時間を含めて時間外割増賃金,深夜労働割増賃金の支払を求めた事案である。

2  前提となる事実(争いのない事実及び後掲の証拠により容易に認められる事実)

(1)  当事者

ア 被告は,ビルメンテナンス,警備業等を営む株式会社である。

イ 原告らは,いずれも被告と雇用契約(以下「本件各雇用契約」という。)を結び,被告の従業員として,原告X1は平成14年6月から,原告X2は平成13年11月15日から,被告の指示に従い新宿区<以下省略>に所在するaビル(以下「本件ビル」という。)において,宿泊を伴う警備業務(以下「宿直業務」又は「宿直」という。)に従事していた者である。

(2)  本件各雇用契約の内容等

ア 本件各雇用契約に基づき原告らに支払われる賃金(月給)は,毎月10日締め同月25日払いであり,通常の労働時間の賃金単価の計算の基礎となる月額は,以下のとおりである。

原告X1 原告X2

基本給 14万2180円 13万6180円

現場手当 2万円 2万円

職務手当 5000円 5000円

(合計) 16万7180円 16万1180円

イ 原告らの1か月当たりの所定労働時間数は163時間である。

ウ 本件各雇用契約に基づく時間外労働,時間外深夜労働の割増賃金単価は,以下のとおりである(なお,時間外労働,深夜労働又はその双方に対して支払われるべき割増賃金を併せて「割増賃金」という。以下同じ。)。

原告X1 原告X2

通常の労働時間の賃金単価 1026円 989円

時間外労働割増賃金単価 1282円 1236円

時間外深夜労働割増賃金単価 1539円 1484円

(計算式,時間外労働割増賃金単価,時間外深夜労働割増賃金単価の順,1円未満切り上げ)

原告X1 1282円=16万7180円÷163時間×1.25

1539円=16万7180円÷163時間×1.5

原告X2 1236円=16万1180円÷163時間×1.25

1484円=16万1180円÷163時間×1.5

エ 原告らに対しては,給与規程41条1項に基づき,夜勤手当が支払われ,時間外深夜労働割増賃金(深夜時間外勤務手当・給与規程36条),深夜労働割増賃金(深夜勤務手当・39条)は支払われないこととされている(41条2項)。そして,この夜勤手当は,所定労働時間内の深夜労働勤務割増賃金の支払に充当される。

オ 本作各雇用契約に基づく原告らの勤務形態には,本件ビルの防災センター裏にある仮眠室(以下「センター裏の部屋」という。)で夜間の仮眠を取る勤務形態(以下「勤務A」という。)と防災センターとは別の場所にある仮眠室(以下「本件別室」という。)で夜間の仮眠を取る勤務形態(以下「勤務B」という。)の2種類があり,その勤務時間は,勤務Aが別紙表1,勤務Bが別紙表2のとおりである(就業規則(甲3)39条(4)(イ)の規定内容と「aビル警備勤務シフト表(平日)」(甲6)とで,始業時刻等が異なるが,勤務の実態が甲6によることについて争いがないので,いずれの表も甲6に基づく。)。

また,本件ビルにおける宿泊を伴う警備業務は,勤務Aの者と勤務Bの者の2人一組で行われていた(ほかに日中勤務の責任者が1名)。

(3)  原告らの勤務の実績(甲5)

原告らの勤務実績は,別紙表3のとおりである(甲5の各月の勤務割表の記載のうち各原告欄の上段「◎」印が付された日が宿直勤務,下段に「1」と記載された日が勤務A,「2」と記載された日が勤務Bである。)

3  争点

(1)  宿直勤務の仮眠時間は労働時間に当たるか。

(2)  勤務Bの宿直勤務の本件別室における仮眠時間は労働時間に当たるか。

(3)  職務手当の支払が割増賃金の一部弁済に当たるか。

(4)  付加金請求の可否

第3当事者の主張

1  原告らの主張

(1)  仮眠時間が労働時間に含まれること(争点(1))

労働基準法(以下「労基法」という。)上の労働時間とは,労働者が使用者の拘束下にある時間のうち休憩時間を除く実労働時間である。労働時間に当たるか否かは,実作業から解放されているか,解放がどの程度保障されているか,場所的,時間的にどの程度解放されているかなどの実質的な観点により定まる。

原告らが宿直して本件ビルの警備業務に従事する場合,センター裏の部屋,本件別室(以下,併せて「本件各仮眠室」という。)での待機は,その業務の履行として行われるもので,仮眠時間中であっても警報や電話等への対応が義務付けられているから,仮眠時間中であっても労働からの解放は保障されていない。

原告らは,勤務時間中は24時間,本件ビルのマスターキーを携帯すること,事故,不審者侵入,不審物の発見,地震や火災などの非常事態に対応すること,本件ビル内の会議室等の解錠依頼などに応じることを義務付けられていた。非常事態以外であっても,被告からは,常に勤務時間として緊張感を持続させること,本件別室でも制服を着用するよう指導されていたとともに,被告の従業員の中には,実際に仮眠時間中に本件ビルのテナントの会社から執務室の解錠を依頼され対応したことがあり,これに関連して,その時に本件別室で待機していた原告X1にも仮眠時間中でも制服を着用するよう指導がされた。このように,仮眠時間中であっても原告らは,労働から解放されているとはいえない。

また,宿直業務中は,本件ビルからの外出を禁じられており,仮眠場所も本件各仮眠室に限定され,警報器等の警備設備から離れられないのだから,場所的制約も強い。

これらの事実に照らせば,仮眠時間は労働時間として取り扱われるべきである。

(2)  本件別室での仮眠時間も労働時間に含まれること(争点(2))

本件別室における仮眠時間も(1)のとおり,外出禁止,仮眠場所の制約,仮眠時間中でも警報等への対応が義務付けられていることは,センター裏の部屋における仮眠時間と異ならない。また,センター裏の部屋に待機している者(勤務A)が,防災センターを離れる場合には(トイレに行く場合を含めて),勤務Bの指定を受けている者が防災センターで待機することなどもあるのだから,本件別室における仮眠時間も労働時間に該当することに変わりはない。

(3)  弁済の抗弁に対する反論(争点(3))

職務手当の支払がされていたことは認めるが,職務手当が割増賃金に充当されるものであるとの主張は争う。職務手当の支給の開始に当たり,原告らに対し,この手当が深夜時間帯に本件ビルのテナントの従業員が入出館するための扉開閉作業等にかかるものであるとの説明はされていない。

(4)  割増賃金額の算定

ア 割増賃金支給対象外の仮眠時間

勤務Aも勤務Bも24時間勤務であり,本件各雇用契約では休憩時間は560分(9時間20分)とされ,そのうち8時間が時間外労働,深夜労働の各割増賃金支給対象外とされた仮眠時間である。

この8時間の仮眠時間のうち午前0時から午前5時までの5時間が時間外深夜労働時間となり,それ以外の3時間が時間外労働時間となる。

イ 原告らの時間外労働時間及び時間外深夜労働時間

(ア) 原告X1は,別紙表3の「宿直」欄のとおり,281回の宿直勤務をしたから,時間外深夜労働時間は1405時間,時間外労働時間は843時間となる。

(計算式)1405時間=5時間×281回

843時間=3時間×281回

(イ) 原告X2は,別紙表3の「宿直」欄のとおり,293回の宿直勤務をしたから,時間外深夜労働時間は1465時間,時間外労働時間は879時間となる。

(計算式)1465時間=5時間×293回

879時間=3時間×293回

ウ 原告らに対する未払の割増賃金

(ア) 原告X1に支払われるべき割増賃金は,325万3856円となる。

(イ) 原告X2に支払われるべき割増賃金は,325万9445円となる。

(5)  付加金請求について(争点(4))

被告は,最高裁判所平成14年2月28日第一小法廷判決(民集56巻2号361ページ)を知り,宿直勤務の仮眠時間の扱いについて検討をしていた。被告は,仮眠時間が労働時間に当たり,割増賃金を支払う必要があることを知りながら,その費用の負担を警備業務の料金に転嫁することは困難であるなどとして,従業員に対して割増賃金を支払ってこなかったのであって,被告の対応は極めて悪質であるから,原告らに対し,不払いの割増賃金と同額の付加金を支払うべきである。

(6)  まとめ

原告らに支払われるべき割増賃金額は,(4)ウのとおりであり,(5)のとおり,原告らに対する割増賃金の未払に対しては,付加金が支払われるべきであるから,原告らは,被告に対し第1記載のとおりの請求をする。

2  被告の主張

(1)  仮眠時間が労働時間に含まれないこと(争点(1))

被告は,原告らに対して勤務Aの場合に,仮眠時間中に警備に常時対応する体制を採るべき業務命令を出したことはない(深夜に本件ビルに人の出入りがある場合に,原告らが顧客サービスとして対応することは期待していたが。)。

また,勤務Bの場合は,仮眠時間中の警備に対応する指示はしていないし,そのような対応の必要性もなく,顧客サービスも期待していない。勤務Bの場合には,本件別室での仮眠時間は,外出も可能であるから,原告らは,完全に労働から解放されていた。

(2)  本件別室での仮眠時間が労働時間に含まれないこと(争点(2))

ア 仮に,センター裏の部屋での仮眠時間が労働時間に含まれるとしても,本件別室での仮眠時間は,労働時間に含まれない。

イ 本件ビルの警備業務にかかる責任者は,公平性の観点から,2人一組の従業員に対し,勤務Aと勤務Bとがほぼ同数になるよう勤務を指定していた。したがって,勤務Bは,一組の従業員のうち,一方が勤務Aに指定された結果,その反射的効果として他方が勤務Bとなるにすぎないから,勤務Aによりセンター裏の部屋で仮眠時間に業務に従事する命令がされたとしても,勤務Bの指定には,拘束性がなく,しかも本件別室での仮眠時間中は,業務遂行が期待されていないから,本件別室における仮眠時間は労働時間に当たらない。

ウ 本件別室での仮眠時間中の従業員が労働から解放されていることは(1)のとおりであるほか,本件別室は,防災センターからも独立した区画の部屋であり,防災センター裏の部屋と異なり,警報機などの警備用の機器は設置されていない。しかも,本件ビルの警備業務は,2人一組で行われ,勤務Aの者と勤務Bの者は,別々の部屋で仮眠を取っていたのであるから,これらの事実に照らしても本件別室での仮眠時間は,労働から解放されている。

また,本件別室で仮眠中の者が何らかの警備業務に対応することが義務付けられ,それに従事する必要が生じるとしても,その必要が生じることは皆無に等しく,実質的に警備業務に対応することが義務付けられているとはいえないから,かかる点に照らしても,本件別室での仮眠時間は労働時間とはいえない。

(3)  職務手当の支払が割増賃金の一部弁済に当たるか(抗弁)(争点(3))

被告は,勤務A(センター裏の部屋で仮眠)の勤務者に対しては,その手当として職務手当の名称で毎月5000円を支払っている。

本件請求期間中,原告らに対し,それぞれ12万円を払っており,原告らの請求する割増賃金の一部は支払済みである。

(4)  原告らの請求する割増賃金額について

(1)のとおり,原告らの主張する仮眠時間は,勤務A,勤務Bのいずれも労働時間ではないから割増賃金は発生しない。

(5)  原告らの請求する割増賃金額についての反論(勤務Aの仮眠時間のみが労働時間である場合)

ア 原告らの本件各雇用契約に基づく1回の宿直勤務の所定労働時間は,勤務A,勤務Bともに,14時間40分である。

(計算式)

所定労働時間 14時間40分=24時間-560分(9時間20分)

また,別紙表1の「区分」欄に「待機」とあるのは,その実態が「休憩時間」であり,その合計は,1時間35分となる。

したがって,原告らの労働時間の内訳は以下のとおりとなる。

(ア) 勤務Aの場合(仮眠時間は労働時間である。)

<1> 所定労働時間内労働時間

11時間45分(別紙表1のa,b,c,d)

<2> 所定労働時間内深夜労働時間

2時間55分(別紙表1のe,f)

ただし,夜勤手当により該当時間の割増賃金は支払済み(第2の2(2)エ)。

<3> 時間外深夜労働時間

4時間05分(別紙表1のg)

<4> 時間外労働時間

3時間40分(別紙表1のh,i)

(イ) 勤務Bの場合(仮眠時間は労働時間ではない。)

<1> 所定労働時間内労働時間

11時間45分(別紙表2のa,b,c,d)

<2> 所定労働時間内深夜労働時間

2時間00分(別紙表2のe)

ただし,夜勤手当により該当時間の割増賃金は支払済み(第2の2(2)エ)。

<3> 所定労働時間内労働時間

55分(別紙表2のg)

<4> 時間外労働時間

1時間55分(別紙表2のh)

イ 原告らの労働時間数

(ア) 原告X1について

<1> 勤務A

ⅰ 宿直回数 140回

ⅱ 時間外労働時間数 513時間20分(ア(ア)<4>×140)

ⅲ 時間外深夜労働時間数 571時間40分(ア(ア)<3>×140)

<2> 勤務B

ⅰ 宿直回数 141回

ⅱ 時間外労働時間数 270時間15分(ア(イ)<4>×141)

(イ) 原告X2について

<1> 勤務A

ⅰ 宿直回数 142回

ⅱ 時間外労働時間数 520時間40分(ア(ア)<4>×142)

ⅲ 時間外深夜労働時間数 579時間50分(ア(ア)<3>×142)

<2> 勤務B

ⅰ 宿直回数 151回

ⅱ 時間外労働時間数 289時間25分(ア(イ)<4>×151)

ウ 原告らの割増賃金額

(ア) 原告X1について

<1> 時間外労働割増賃金額 100万4554円

(計算式)

100万4554円=1282円×(イ(ア)<1>ⅱ+イ(ア)<2>ⅱ)

<2> 時間外深夜労働割増賃金額 87万9795円

(計算式)

87万9795円=1539円×(イ(ア)<1>ⅲ)

<3> 職務手当控除額 12万円((3)イ)

<4> 合計 176万4349円(<1>+<2>-<3>)

(イ) 原告X2について

<1> 時間外労働割増賃金額 100万1057円

(計算式)

100万4554円=1236円×(イ(イ)<1>ⅱ+イ(イ)<2>ⅱ)

<2> 時間外深夜労働割増賃金額 86万0479円

(計算式)

87万9795円=1484円×(イ(イ)<1>ⅲ)

<3> 職務手当て控除額 12万円((3)イ)

<4> 合計 174万0153円(<1>+<2>-<3>)

(6)  付加金請求について(争点(4))

原告らの主張は争う。被告は,被告が請負う警備業務の時間中の仮眠時間が労働時間に当たるか否か,当たる場合にそのコストをどのように負担するべきかなどを検討していたのであり,割増賃金の支払を免れる目的でそのような検討をし,文書を作成したものではない。実際に平成17年4月からは,本件ビルの警備業務については,センター裏の部屋の仮眠時間について職務手当を支給する,仮眠時間には別途人員配置をするなどの対応を実施しており,被告の対応は悪質なものではない。

(7)  まとめ

以上のとおりであるので,原告らの請求の(ママ)全部棄却されるべきであり,また,少なくとも勤務Bの時間外労働,深夜労働に対する割増賃金にかかる請求の棄却を求める。

第4判断

1  宿直勤務の仮眠時間は労働時間に当たるか(争点(1),(2))

(1)  証拠によれば以下の事実が認められる。

ア 本件各仮眠室の状況(<証拠・人証略>)

(ア) センター裏の部屋は,本件ビルの監視業務を行うために各種の警報装置,火災報知関係の装置,NHK緊急放送装置など,監視業務や緊急事態に対応するための設備が設置された防災センターに隣接しており,ドア一つで出入りする構造となっている。室内には,給湯設備,ソファーが設置されてはいるが,業務予定表が掲げられ,事務用の机数脚のほか,コンピュータなどが設置されている。

(イ) 本件別室は,防災センターに隣接しているが,防災センター,センター裏の部屋など他の部屋からは独立した区画であって,廊下から直接出入りする構造となっている。室内には,ロッカー,テーブルなどが置かれ,更衣室などと兼用されているが,仮眠用のベッドが設置されている。

センター裏の部屋との連絡用にインターホンが設置されているほかは,本件ビル監視業務のための警報機器などは設置されていない。

イ 原告らの仮眠時間帯の勤務状況(<人証略>のほか,後掲の証拠による。)

(ア) センター裏の部屋での仮眠時間等における業務の状況

a 防災センターでの業務は,モニターで館内を監視しながら,鍵の受付,窓口業務などを行うものであり,深夜も防災センターにほぼ常駐することが義務付けられていた。

b 不審者の有無の監視,地震,火災などの非常時に対する対応,平時であっても,本件ビルへの入退館者がある場合には,その確認などに第1次的に対応する必要があった(弁論の全趣旨)。

c 深夜であっても本件ビルのテナントの従業員等の入退館があるためほとんど仮眠はできなかった。しかし,その対応のために,本件別室で待機中の者に防災センターの業務を手伝ってもらうようなことはなかった。また,そのためのドアの開閉は,短時間で済むものであり,その程度の時間,勤務Aの警備員が防災センターを離れることは禁じられていなかった。

なお,例えば本件ビル8階に入居するテナントの従業員の深夜の本件ビル出入りは,平成12年4月から平成17年2月までの間をみると,1か月当たり少ない月で5件,多い月で103件(平均すれば週に1回ないし日に3回)である(原告らの請求期間平成14年9月から平成16年8月でみると1か月当たり6件から61件(平均すれば5日に1回ないし1日に2回程度。<証拠略>)。

(イ) 本件別室での勤務状況

a 本件ビルのマスターキーは24時間携行すること,制服を着用することとされており(弁論の全趣旨),常時連絡が取れるようにしておくことが義務付けられていた。

原告X1は,入居しているテナントの従業員から,執務室の鍵を開けるよう求められ,本件別室待機中の原告X1が対応したことがあり,その際に制服を着用していなかったことで,被告から,制服を着用するよう指導を受けた。

また,仮眠時間中の外出は,届け出れば許されたが,原告らは,そのような就業規則の定めを知らず,仮眠時間も外出することは許されないと考えていたし,実際に上司から,外出は禁止されるとの指導を受けていた。

b 深夜,不審者が本件ビルに侵入した場合や地震,大雨の際には,勤務Aの者は,防災センターに常駐しなければならないので,本件別室に待機する者が確認をしたり,ビル内外の点検などの対応をすることとなる。

実際,原告らは,大雨や地震の際の点検の経験が何回かはある(原告X1は地震の際の点検は1回。)。

また,原告X2は,本件別室で待機中も警報が鳴った際などは,直ちに防災センターに行き対応するよう指導されていた。

c センター裏の部屋に待機している者がトイレに行く場合に,本件別室で待機する者に防災センターにいてくれるよう頼まれることもあった。

(2)  以上の事実を踏まえて,本件の仮眠時間が労基法が規定する労働時間に当たるかを検討する。

ア 労基法が規定する労働時間は,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間である。

本件のような宿直勤務中,実際の労働に従事していない仮眠時間が労基法の規定する労働時間に当たるか否かは,この仮眠時間も原告らが被告の指揮命令下に置かれていたか否かによって定まる。そして,実際の労働に従事していないというだけでは,被告の指揮命令下から離脱しているということはできず,仮眠時間中に原告らが労働から離れることを保障されて初めて,原告らが被告の指揮命令下に置かれていないということができる。

イ センター裏の部屋での仮眠時間について

センター裏の部屋で仮眠時間を取ることとされている勤務Aに従事する場合は,常時,防災センターの監視モニターで本件ビル内を監視するほか,防災センターに設置された各種警報装置に注意を払う必要があり((1)ア(ア),イ(ア)a),また,不審者の侵入や地震等の災害などの緊急時に第一次的な対応を求められていたとともに((1)イ(ア)b),深夜の入退館者のためにドアの開閉などにも対応する必要あ(ママ)った((1)イ(ア)c)のであるから,原則として,仮眠時間であっても防災センターを離れることはできなかった。

そして,このような勤務状況は,センター裏の部屋での仮眠時間とされている間も,常に本件ビルの警備業務に従事しているものということができる。

また,仮にセンター裏の部屋で仮眠を取ることができたとしても,この部屋は,通常は事務室として使われているものであり,休息を取る場所としてはソファーが設置されているのみであって((1)ア(ア)),実質的に仮眠を取れる状況にあるとは認められない。

そうすると,センター裏の部屋での仮眠時間は,まさに被告の業務命令の下で宿直業務に従事していたと評価できるのだから,被告の指揮命令下から離脱しているとはいえず,労働から離れることを保障されていたとはいえない。

したがって,センター裏の部屋での仮眠時間が労働時間に当たるとの原告らの主張は認められる。

ウ 本件別室での仮眠時間について

(ア) 本件別室での仮眠時間も,原告らは制服の着用,マスターキーの携行が求められ,本件別室を離れる際には,常時連絡を取れることが義務付けられていた((1)イ(イ)a)。また,実際にこの仮眠時間中に外出をすることはできなかった(禁止されておらず,届出により外出が可能であるとしても,原告らにそれが周知されていたとはいえず,また急に外出を思い立ったとしても,実際に届け出ることは不可能であるから,被告の主張は採用できない。(1)イ(イ)a)。

そうすると,本件別室での仮眠時間中の所在には,本件別室ないしは本件ビル内に限定されるという場所的な制約が存在していた。

また,地震や火災,大雨,あるいは不審者の侵入などの緊急時には,センター裏の部屋に待機する者とともに,その事態に対応せざるを得なかった((1)イ(イ)b)。被告は,緊急時に原告らが逃げることも自由であり,対応は警備員としての特殊性,道義的な行動を期待するものであると主張するが,現場の責任者(現場所長)は,緊急事態に対応するよう原告らを指導しており,被告のこの主張は,採用できない。

これらの事実に照らせば,原告らは,本件別室での仮眠時間中,宿直業務という労働から離れることが完全に保障されていたものとは認めることができない。

(イ) そこで,本件別室での仮眠時間中の宿直業務への対応の状況をみると,まず,原告らは,地震や大雨の際に本件ビル内の点検に当たったことは数回しかないと述べており((1)イ(イ)b),そのような事態はまれであったものと認められる(原告らが本件ビルの宿直業務に従事していたのは,原告X1が平成14年6月から平成16年8月までの2年2か月間(原告X1本人),原告X2が平成13年11月から平成17年5月の約3年7か月間であり,この間に地震,大雨などの事態にそれぞれ数回対応する必要があったにとどまるのであるから(原告らの勤務が月に12回程度であるとすると,数ヶ月に1回の割合である。))。

次に,緊急事態以外をみると,深夜,本件ビルの入退館者のためのドアの開閉などに対応する必要があった可能性は否定できないものの,現実にそのような事態はほとんど発生していない(原告X1が8階に入居するテナントの従業員の要請に応じたことが1回あるのみである。)。

そうすると,緊急時もそれ以外の場合も,原告らが常に仮眠時間中に宿直業務への対応を求められていたとは認められない。

また,本件別室は,センター裏の部屋と異なり,独立した一室として,一応ベッドが用意され宿泊施設としての最低限の体裁はあり,また,本件別室には,防災センターと結ばれたインターホンがあるほかは,警報装置など警備業務用の機器の設置もないのであるから((1)ア(イ)),完全な静寂等が保たれていないとしても,仮眠を取ることは可能な環境であったものと認められる。

これらの事実を合わせ考えると,本件別室での仮眠時間中,原告らは,実質的には,宿直業務という労働から離れることが保障されていたと評価することが相当であり,原告らについてみれば,本件別室での仮眠時間は,労働時間に当たらないと評価することが相当である。

したがって,本件別室での仮眠時間についての原告らの主張は採用できない。

エ 小括

以上のとおりであるから,センター裏の部屋での仮眠時間は労働時間に当たるが,本件別室での仮眠時間は労働時間に当たらないことを前提として,原告らに支払われるべき割増賃金の額を検討する。

2  割増賃金の一部が支払われていたか否か。

被告は,職務手当が勤務Aの勤務者に対する割増賃金の一部であると主張する。

原告らに職務手当の支給が開始された経緯(<証拠・人証略>)に照らせば,これが割増賃金に類する趣旨を含むことは否定できないものの,それが何時間分の時間外労働や深夜労働に対する報酬であるのかはまったく不明である。また,給与規程では,「職務手当は特別な技能,能力を要する業務に従事する者に対して支払う。」(<証拠略>)と規定されており,およそ割増賃金の性質を有するものとは認め難い。

したがって,職務手当の支給をもって割増賃金の一部弁済であるとの被告の主張は採用できない。

3  割増賃金額の算定

(1)  原告らの労働時間数について

原告らは,勤務A,勤務Bともに,9時間20分の休憩時間中,割増賃金が支払われなかったのは,8時間であると主張するが,この8時間の算定の根拠は不明であり,それを示す的確な証拠もなく,原告らの主張は採用できない。

本件各雇用契約では,9時間20分が休憩時間とされているのであるから,勤務A,勤務Bの所定労働時間は,いずれも14時間40分となる。

また,所定労働時間が終了するのは,勤務Aについては,休憩時間1時間35分を除いて,始業時刻午前8時40分から14時間40分が経過した時点であるから,翌日の午前0時55分(別紙表1参照),勤務Bについては,休憩時間1時間35分と仮眠時間5時間50分を除いて,午前8時40分から14時間40分が経過した時点であるから,翌日の午前6時45分となる(別紙表2参照)。

そうすると,勤務A,勤務Bの場合の労働時間数は,いずれも被告の主張(第3の2(5)ア)のとおりであると認めることができる。

したがって,勤務A,勤務Bの労働時間の時間外労働,深夜労働又はその両方の時間数は,以下のとおりとなる。

ア 勤務Aの場合

<1> 所定労働時間内労働時間 11時間45分

<2> 所定労働時間内深夜労働時間 2時間55分

ただし,夜勤手当により該当時間の割増賃金は支払済み。

<3> 時間外深夜労働時間 4時間05分

<4> 時間外労働時間 3時間40分

イ 勤務Bの場合

<1> 所定労働時間内労働時間 11時間45分

<2> 所定労働時間内深夜労働時間 2時間00分

ただし,夜勤手当により該当時間の割増賃金は支払済み。

<3> 所定労働時間内労働時間 55分

<4> 時間外労働時間 1時間55分

なお,被告は本件各雇用契約について1か月単位の変形労働時間制を採用しており(就業規則・39条(4)(イ)・<証拠略>),その1か月の所定就業時間は163時間(給与規程54条・<証拠略>,争いな(ママ)い。)であるところ,原告らの宿直勤務は最大で13回(別紙表3)であるから,月初から勤務Aが8回以上連続しない限り,1か月の実労働時間が163時間を越(ママ)えることはなく,原告らの請求期間では,1か月当たりの所定労働時間を越(ママ)える勤務はない。

(2)  原告らに支払われるべき割増賃金額

(1)の労働時間数(夜勤手当の支給対象時間(第2の2(2)ウを除く。)及び原告らのそれぞれの割増賃金単価に基づき,割増賃金額を計算すると,以下のとおりとなる。

ア 原告X1について

<1> 時間外労働割増賃金額 100万4554円

<2> 時間外深夜労働割増賃金額 87万9795円

<3> 合計 188万4349円

イ 原告X2について

<1> 時間外労働割増賃金額 100万1263円

<2> 時間外深夜労働割増賃金額 86万0473円

<3> 合計 186万1736円

(なお,原告X2の割増賃金額の算定については,被告の主張に計算の誤りがあり,計算式は以下のとおりとなる。)

<1> 時間外労働割増賃金額

a 勤務Aの時間外深夜労働時間数 3時間40分

b 勤務Bの時間外労働時間数 1時間55分

c 勤務Aの回数 142回

d 勤務Bの回数 151回

e 時間外労働時間割増賃金単価 1236円

f 勤務Aの総時間外労働時間数(a×c) 520時間40分

g 勤務Bの総時間外労働時間数(b×d) 289時間25分

h 原告X2の総時間外労働時間数(f+g) 810時間05分

i 時間外労働時間割増賃金額(e×h) 100万1263円

<2> 時間外深夜労働割増賃金額

a 勤務Aの時間外労働時間数 4時間05分

b 勤務Aの回数 142回

c 時間外労働時間割増賃金単価 1484円

d 勤務Aの総時間外深夜労働時間数(a×b) 579時間50分

e 時間外労働時間割増賃金額(c×d) 86万0473円

<3> 合計((<1>i)+(<2>e)) 186万1736円

4  付加金請求の可否

原告らは,被告が前掲の最高裁判決後,仮眠時間が労働時間に当たることを知りながら,あえてその支払を免れようとしていたなどとして,未払の割増賃金と同額の付加金の請求が認められるべきであるとする。

確かに,甲8の記載の中には,仮眠時間に対する割増賃金の支払を避けることを検討する趣旨と解される記載がないではないが,その全体を通じてみれば,当時の被告の給与体系の見直しの必要性と,警備業務の請負料金に見直しによるコストを反映させることの困難性の中で,対策を検討していたことは否定できず(<人証略>),甲8の存在をもって,被告が意図的に仮眠時間に対する割増賃金の支払の必要性を隠蔽したり,従業員の負担の下でコストの削減を図っていたものとまではいい難い。また,本件紛争を契機に,被告が勤務Aの仮眠時間に対して割増賃金を支払うよう制度を改めるなどの是正を図っている(<人証略>)。

しかし,被告は,本件各雇用契約で休憩時間を9時間20分と表示しながら,実際には,原告らにわずか1時間35分のみを与えていたに過ぎない(被告らの主張通り仮眠時間を休憩時間とみるとしても7時間30分に留まる。)。また,この1時間35分の休憩時間についてみても,本件ビルの現場責任者は,待機であると原告らに説明するなどしており(原告らが実質的に休憩時間として過ごしていたとしても),労働時間の管理,休憩時間の付与を必須とする労基法の趣旨に反した労務管理がされていたことは否定できない。

こら(ママ)らの事情を考慮すれば,原告らに対して,各100万円の付加金の支払を命ずることが相当である。

5  以上のとおりであるから原告らの請求は,3(2)及び4記載の金額の限度で理由がある。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 千葉俊之)

表1 勤務Aの勤務時間

<省略>

表2 勤務Bの勤務時間

<省略>

表3 原告らの宿直勤務実績

<省略>

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