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東京地方裁判所 平成17年(ワ)5272号 判決 2006年6月27日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、四三八万二二〇〇円及びこれに対する平成一四年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、九九三万九九二六円及びこれに対する平成一四年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、小田急線中央林間駅と東急田園都市線中央林間駅を結ぶ構内連絡通路上を歩行していた原告が、交差する通路を右方から進行してきた被告運転の足踏み式自転車と衝突して転倒し、左大腿骨頚部骨折等の傷害を負った事故に関し、原告が民法七〇九条に基づき被告を相手に損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実(証拠を掲記しない事実は争いがない。)及び証拠によって容易に認定できる事実

(1)  次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

ア 日時 平成一四年四月一六日午後二時一〇分ころ

イ 場所 小田急線中央林間駅(以下「小田急線駅」という。)と東急田園都市線中央林間駅(以下「東急線駅」という。)を結ぶ構内連絡通路(以下「本件通路」という。)上

ウ 自転車 被告運転の足踏み式自転車(以下「自転車」という。)

エ 歩行者 原告

オ 事故状況 本件通路上において、東急線駅方面から小田急線駅方面に向かい歩行していた原告が、本件通路と交差する通路(以下「本件交差通路」という。)を進行してきた自転車と衝突して転倒し、左大腿骨頚部骨折等の傷害を負った(後記のとおり、事故態様(被告の責任の有無及び過失相殺の可否・割合)については、当事者間に争いがある。)。(甲一)

(2)  原告は、大和市立病院に、平成一四年四月一六日から同年五月四日まで入院(一九日)し、同月二一日から平成一六年四月三〇日まで通院(実通院日数一一日)した。原告は、平成一五年九月八日、同日症状固定したとの診断を受けた。原告には、左下肢が右下肢に比して一・五センチメートル短縮した左下肢短縮の後遺障害が残存した。(甲二ないし四)

二  争点

本件の争点は、事故の態様(被告の責任の有無及び過失相殺の可否・割合)並びに原告の損害の発生及び額である。

(1)  事故態様(被告の責任の有無及び過失相殺の可否・割合)

(原告の主張)

本件事故は、原告が東急線駅から小田急線駅に向かって幅員約六メートルの本件通路の右側端から約一・五メートルのところを真っ直ぐ歩行していたところ、被告が、本件交差通路を原告進行方向から見て右方から左方に向かいスピードを出して自転車で進行し、本件通路に進入する直前に左前方にビラ配りの若い女性と原告を認めたが、本件通路に進入する際、自転車を停止させることなく、漫然、そのまま自転車を右側に移動させつつ右方を見た直後、左側から進行してきた原告の右体側部に自転車を衝突させ、原告を左前方に突き飛ばし、転倒させたというものである。

原告の本人尋問及び陳述書(甲八)における供述は、経験的・論理的に何ら不合理なものを含んでおらず、極めて信用性が高いといい得る。

被告が主張する事故態様は、<1>東急線駅から小田急線駅に向かって通路中央付近を真っ直ぐ歩行していた原告が、それまでの進行方向から右に九〇度曲がって一瞬にして約二メートルの距離を後ろ向きに進行したことになること、<2>原告が真正面から被告の方向へ向かって近づいたのであれば、当然、原告が被告の左眼の視野に入ったはずであること、<3>原告が左から被告に接触してきて自転車の前輪に衝突したとすると、自転車の前輪が右側に曲がり、自転車が左に転倒する可能性はあるが、原告が、左側に転倒し、しかも、二メートル程度も飛ばされるというのはあり得ないこと、<4>原告が左大腿部骨折という重大な傷害を負っているところ、相当のスピードを出している自転車に衝突したのでなければ、このような重大な傷害が生じるはずがないこと、<5>自転車を降りるという行為が右側を見るという行為に先行するというのが自然であり、被告の年齢及び足の状態によれば、左足のつま先を地面につけ、右足をペダルに乗せたままの不安定な状態で、降車後に進行する方向をのぞき込んで見るというのは考えられないことなど、不合理なものである。

以上のとおり、被告は、進入禁止である駅構内に自転車を進入させた上、徐行・停止義務を怠り、漫然自転車を進行させたため、本件事故を発生させたものであり、民法七〇九条に基づき原告の損害を賠償すべき責任がある。

(被告の主張)

平成一四年四月一六日午後一時四〇分ころ、被告は、本件通路の入口に差しかかるに当たって、前方の通路に女性が何かのチラシを配っていた場所に、原告が後ろ姿でチラシを受け取って何かを聞いている様子を見た。被告は、本件通路に入るに当たり、ブレーキをかけて自転車を止め、降りるべく左足を地面につけ、右側の小田急線駅から出てくる人の流れを見た直後、前輪に何か衝撃があり、前輪が右に曲がり、被告は左に自転車とともに転倒した。原告は、尻餅をつき、痛いと連呼していた。原告は、歩行していたというが、路上配布していた美容室のチラシを見ながら後ろ向きに移動していたものと思われる。

当事者間において、衝突地点の位置については一致しており、被告が自転車の左側に転倒したことは、特に争いがないところ、原告は、自転車には全く気づかず、チラシを見るなどして漫然と進行していたのであるから、自転車に衝突して、その反動で少し距離を離れて自転車の左側に転倒しても何ら不思議はなく、自転車が停止していたならば原告の転倒位置は自転車の右側になるはずであるという原告の主張は、裏付けとなる経験則が全くなく、何ら証明されていない事実である。

原告は、自転車がスピードを出してきたと主張するが、被告は、スピードは出しておらず、ひざを悪くしているため、自転車のペダルを足の真ん中で踏めず、かかとで踏んでゆっくりと走行している。

原告は、被告の年齢等からすれば、自転車を停止して進行させようとするとき、自転車を完全に降りてから右側を確認などするのが自然であるなどと主張するが、停止をしたが、自転車から降車する前の段階で、安全確認を開始しても何ら不思議はない。

被告が本件通路に向かってきた方向から原告の進行してきた方向の、原告が歩行してきた方向から被告の進行してきた方向の、それぞれの見通しはよい。このことから、通路でチラシを配っている女性があり、原告が後ろ姿でチラシを受け取って読むなどしている姿を見たとの被告の供述が信頼できるとともに、被告の進行経路からすれば、小田急線駅改札方面の見通しが悪いのであるから、被告は、一貫して述べているように小田急線駅改札方面から流れて来る人を見るために本件通路に進入する手前で自転車を停止して足を通路につけたという被告の供述は信頼性が高い。

原告は、中央林間病院において、警察官に「ものすごいスピードでぶつかって」などと話し始めたが、小田急線駅事務室では、被告に抗議することなく、むしろ「私も下っちゃったのよね」などと述べており、自転車を衝突前に一切見ていないことを認めているものであり、原告の思い込みが増進してきたものと推測される。

原告と自転車が衝突した地点は、アスファルト敷きであり、自動車も時に通るものであるが、自転車を降りて通るように指導されているところであり、いかに停止していたであろう自転車であっても、事前に見た原告と衝突した以上、仮に被告に過失があると判断された場合には、原告の前記歩行態様からして、原告には大幅な過失相殺が認められるべきである。

(2)  原告の損害の発生及び額

(原告の主張)

原告は、本件事故により、次の損害を被った。

ア 休業損害 四二七万一三五八円

原告は、本件事故発生の直前である平成一四年三月三一日まで知的障害児の入園施設である社会福祉法人くるみ会やすらぎの園(以下「やすらぎの園」という。)に正看護師として勤務しており、その後、同年四月五日にハローワークから紹介を受けた株式会社ベストシニアライフ(以下「ベストシニアライフ」という。)の担当者面接を受け、同月一六日にはベストシニアライフから携帯電話への電話による採用通知を受けたことから、同月中には再就職する見込みであったところ、本件事故による長期間の治療のためにベストシニアライフへの再就職は不可能となった。

原告の休業日数は五一一日である。原告は、大和市立病院の担当医師であるA医師から治療方法として手術と保存的療法があるとの説明を受けたところ、できることならば手術をすることは避けたかったため、保存的療法を選択した。また、平成一六年四月二〇日現在の原告の骨密度は、「m―BMD1.79」であったことは事実であるが、この数値は本件事故から二年を経過した時点のものであり、原告が長期間運動することを制限されたことからすれば、本件事故の二年後の骨密度の低下は当然である。

原告の平成一三年分の年収は三〇五万〇九七〇円である。なお、再就職予定先の採用の条件は、給与月額二五万円程度というものであった。

したがって、原告の休業損害は、次の計算式のとおり、四二七万一三五八円となる。

305万0970円×511日/365日=427万1358円

なお、被告は、原告の誤った意向によって、適切な治療が行われなかったかのように主張する。しかし、原告に対して行われた治療方法である保存的治療は、相当な治療方法のうちの一つであり、原告が本件事故により受けた傷害の治療のために一年半を要したことは事実であるが、現実に行われた治療方法が適切なものである以上、それが不当に長期であるとはいえない。

イ 後遺障害逸失利益 二一六万八五六八円

本件事故により、原告には、左下肢が一・五センチメートル短縮する後遺障害が残存したところ、その労働能力喪失率は一〇パーセントである。そして、労働可能期間については、本件事故直前、原告が、同様の年齢の女性に比して、精神的・肉体的にも活動的であり、福祉施設において他の職員を指導するなどの重責を果たしていたことからすれば、少なくとも平均余命一八・四年の約半分である九年間は就労可能であった。

また、原告は正看護師の資格を有しており、通常の同年齢の女性に比して高額の所得が予想されたことからすれば、基礎収入を平成一三年分の年収三〇五万〇九七〇円とするのが相当である。

以上によれば、後遺障害逸失利益は、次の計算式のとおり、二一六万八五六八円となる。

305万0970円×0.1×7.1078(9年のライプニッツ係数)=216万8568円

ウ 傷害慰謝料 一七〇万〇〇〇〇円

原告の入院期間は一九日であり、通院期間は約一五か月であるから、傷害慰謝料としては、上記金額が相当である。

エ 後遺障害慰謝料 一八〇万〇〇〇〇円

オ 損害総額 九九三万九九二六円

(被告の主張)

ア 原告主張の損害の発生及び額については争う。

イ 原告は、平成一五年五月三〇日の段階で、老人ホームの看護職などへの就業も許可されているのであって、また、現在のその他の状況からしても、もともと加齢の状況も考慮すれば、後遺障害は残存していないものというべきである。

ウ 原告は、医師の強い勧めがあったにもかかわらず、手術をせず、そのために治療を遷延させて、左足が一・五センチメートル短縮する結果となった。これは、原告の独断によるものであって、専門家である医師の指示に従えば、主張されているほどの治療期間と、壊死・変形などの結果は生じなかった蓋然性が極めて高いのであるから、その範囲の損害は、本件事故との因果関係がない。

エ 原告は、労働能力喪失期間を九年間としているが、訴状記載の最後の通院日である平成一五年九月八日現在、七一歳であったことからして八〇歳となってしまうことからすれば、いかに看護師などの資格があるとしても、いかにも長すぎる。

オ 被告は、平成一四年五月七日、入院費用一二万四七五〇円を支払った。

第三当裁判所の判断

一  事故態様(被告の責任の有無及び過失相殺の可否・割合)

(1)  証拠(各項に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

ア 本件事故現場である本件通路は、小田急線駅と東急線駅の駅間を結ぶ連絡通路であり、小田急線駅の東急線駅側の駅舎出入口において、本件交差通路と交差している。本件通路及び本件交差通路は、タイルが表面に張られているが、本件通路と本件交差通路が交差している部分(以下「本件交差部分」という。)は、アスファルト舗装されており、本件通路の本件交差部分以外の部分及び本件交差通路の本件交差部分以外の部分とは、表面の色が明らかに異なっている。本件通路は車両通行禁止となっていたが、本件交差通路は、バイク、自転車等の通行が可能であり、本件事故当時、本件交差部分の手前には、「お願い 自転車・バイクは降りてお通りください 駅長」と記載されているプレートが掲示されていた。本件通路と本件交差通路の幅員は、前者の方が後者よりも広い。(甲一、八、一〇、乙二、三、原告、被告)

イ 平成一四年四月一六日午後二時過ぎころ、原告は、本件通路を東急線駅方面から小田急線駅方面に向かって、原告の進行方向から見て本件通路の右端から約一・五メートル中央寄りを徒歩で進行し、本件交差部分に入ろうとしたところ、本件交差通路の入口付近でチラシを配っている女性がいた。原告は、その女性がチラシを原告の目の前に差し出したので、左手でチラシを受け取った。(甲一、八、乙一、原告)

ウ 被告は、自転車を運転し、原告の進行方向から見て右方から左方に向かい本件交差通路を進行してきたところ、進路の前方で、女性がチラシを配っているのを見た。被告は、本件交差部分に進入する際、進路の右方にある小田急線駅の改札口方向の見通しがよくないことから、ブレーキをかけて左足を路面につけて自転車を止め、上記改札口方向から本件通路を進行してくる歩行者の有無を確認しようとし、自転車のブレーキをかけて、本件交差部分に自転車の前輪が出るくらいの位置に自転車を停止させようとした。(乙一、被告)

エ 原告は、小田急線駅に向かって歩行しながら、チラシを受け取った直後、本件交差通路を原告の進行方向から見て右方から進行してきた自転車と衝突した。原告と自転車が衝突した地点は、小田急線駅の駅舎出入口の約二メートル手前であり、原告の進行方向から見て本件通路の右側端から約一・五メートル中央寄りの地点であった。本件事故当時は、本件通路上の乗降客の流れが途切れており、原告の前後を歩行する歩行者は多くはなかった。原告の右上肢と右下肢が自転車と衝突し、原告は、進行してきた方向から見て左方向に転倒し、左臀部を打撲した。自転車は、前輪が原告と衝突し、被告とともに左方向に転倒した。原告は、自転車と衝突した瞬間には何が起こったか理解できなかったが、振り返ると、被告が倒れた自転車を起こしていたことから、自転車と衝突したことが分かった。被告も、原告と衝突した瞬間には、自転車の前輪に何かがぶつかった衝撃を感じたが、ぶつかったものが目に入らず、原告が衝突したことは分からなかった。原告と自転車の衝突地点と原告が転倒した地点は、少し離れていた。原告は、軽自動車が本件交差通路を進行してきて本件交差部分を通過することがあることを知っていた。(甲三の一、八、乙一、三、原告、被告)

オ 原告は、本件事故により、左大腿骨頚部骨折の傷害を負い、救急車で中央林間病院に搬送されたが、同病院のベッドが満床で入院できなかったため、大和市立病院に転送されて入院した。(甲一、二、三の一及び二、四の一及び二、八、原告)

(2)  そこで、上記認定の事実に基づき検討すると、次のとおり考えることができる。

原告は、自転車が猛スピードで進行してきた旨主張する。しかし、原告は、自転車と衝突するまで自転車の存在に全く気付いていなかったところ、本件通路が、駅間の連絡通路であり、乗り換えの乗降客等が通行しているものであり、本件事故当時は本件通路を歩行する歩行者が多くはなかったものの、原告と自転車の衝突した地点が小田急線駅の駅舎出入口付近であって、自転車の進行方向から見て右方にある小田急線駅の改札口方向の見通しが悪く、上記改札口方向から出てくる乗降客のあり得ることが予想できる状況であったことからすれば、被告が自転車を高速度で進行させたまま本件通路を横切ろうとしたと考えることは困難である上、高速度で進行してきた自転車が原告と衝突し、その反動で左側に転倒するとは考え難い。したがって、原告の上記主張は採用できない。

他方、被告は、自転車を停止して左足を路面につけていたところ、原告が後ろ向きの状態で近づいてきて自転車に衝突した旨主張する。しかし、被告は、原告が自転車と衝突する直前の原告の状態を全く認識していなかった上、仮に被告が事前に原告の存在を認識していたならば、原告が自転車に衝突する直前の原告の状態を全く認識していなかったとは考え難いことからすれば、そもそも被告が本件通路に後ろ向きに立っていた原告を認識していたとする被告の供述の信用性に疑問が残るといわざるを得ないこと、及び、本件通路を直進してきた原告が突然向きを変えて自転車に向かって後退してきたとは考え難いことからすれば、原告が後ろ向きの状態で自転車に近づいてきたとする被告の主張は採用できない。そして、自転車が停止していたとすれば、原告が本件自転車との衝突による衝撃によって、原告の進行してきた方向から見て左方向に自転車と少し離れて転倒し、左大腿骨頚部骨折の傷害を負うとは考え難いから、原告が停止していた自転車に衝突したとする被告の主張も採用できない。なお、被告は、本件事故当時の原告の骨密度が低下していたことから、左大腿骨頚部骨折の傷害を受けた旨主張するが、平成一六年四月二〇日現在の原告の骨密度が「m―BMD1.79」であったことには争いがないものの、これは本件事故から約二年を経過した時点における数値であることからすれば、上記数値をもって直ちに本件事故当時の原告の骨密度が低下していたと認めることはできない。

そうすると、原告と自転車との衝突地点が原告の進行してきた方向から見て本件通路の右側端から約一・五メートルの地点であったと考えられることからすれば、被告が本件交差部分に進入する手前で自転車のブレーキをかけ、右方から進行してくる乗降客の有無を確認するために自転車を停止させようとしたことは認められるが、被告が原告の存在を認識していなかったため、自転車が停止する前に原告と衝突したものと推認できる。

以上によれば、本件事故発生の原因は、本件交差通路を自転車で通行することは可能であったものの、被告が本件通路上の歩行者の動静に注意し、徐行・停止して本件通路上の歩行者の安全を確保すべき注意義務があるのに、これを怠った被告の過失にあるというべきであるから、被告は民法七〇九条に基づき原告の損害を賠償すべき責任がある。

他方、バイク・自転車等が本件交差通路を通行することは可能であり、原告が本件交差通路を軽自動車等が進行してくることを予想できたものである上、原告の進行方向から見て本件交差通路の右方向の見通しについては、本件交差部分に入る手前から原告と自転車の衝突地点に至るまでの地点における本件交差通路の右方向の見通しはよく、原告が原告と自転車の衝突地点に至るまでの間に本件交差通路を右方から進行してくる自転車等の動静を確認することは十分可能であった。ところが、自転車が本件交差通路を高速度で進行してきたことは認められないにもかかわらず、原告が自転車と衝突するまで全く自転車の存在に気付いていなかったことからすれば、原告が本件交差通路を右方から進行してくる自転車等の有無に注意して右方の安全確認を行うべきであったにもかかわらず、これを怠った不注意があり、その不注意の程度は軽微であるとはいえない。

そうすると、本件事故の原因は、主に被告の上記過失にあるといわざるを得ないが、他方、原告の上記不注意にもあると言わざる得ないことを考慮すると、原告の損害について、二〇パーセントの割合による過失相殺を行うこととするのが相当である。

二  損害の発生及び額

(1)  休業損害 二〇七万二九八七円

基礎収入については、原告が正看護師の資格を有していること、原告が平成一四年三月三一日に正看護師として勤務していた知的障害児施設である、やすらぎの園を依願退職したこと、その退職の理由は、同園の施設長が交代し、医師も退職することに伴い、原告が看護面における自己の責任及び負担が加重になると懸念したというものであること、原告が平成一三年分の給与所得として三〇五万〇九七〇円を得ていたこと、本件事故当時、原告が、再就職活動をしており、やすらぎの園を退職した約一週間後にハローワークで紹介されたベストシニアライフにおける面接を終え、その採否の通知を待っていたこと、ベストシニアライフにおける面接では、面接担当者から、採用は九九パーセント大丈夫であるが、正式な採否の決定については一週間ないし一〇日程度してから通知すると言われたこと、原告がベストシニアライフの採用の条件として面接の段階においては給与月額約三〇ないし三一万円を提示されたこと、原告が本件事故発生日にベストシニアライフの採用通知を受けたことが認められる(甲五、七、八、原告)。これらの事情を総合考慮すれば、原告が、ベストシニアライフに採用され、少なくとも平成一三年分の給与所得と同額である年収三〇五万〇九七〇円を得ることができた高度の蓋然性があるというべきであるから、上記金額をもって基礎収入とするのが相当である。

就労制限を受けた期間及び就労制限の程度については、原告は、本件事故発生日である平成一四年四月一六日から症状固定日である平成一五年九月八日までの五一一日間にわたり、一〇〇パーセントの就労制限を受けた旨主張する。しかし、就労制限を受けた期間については、原告が平成一四年四月一六日にベストシニアライフの採用通知を受けたものの、就労開始の時期を認めるに足りる証拠はないから、遅くとも同年五月一日からは就労できたものと認め、同日から平成一五年九月八日までの四九六日間とする。また、就労制限の程度については、平成一四年四月一六日から平成一五年九月八日までの期間における、原告の入院期間が一九日間であり、実通院日数が一一日にとどまることのほか、大和市立病院のカルテの同年四月一八日の欄には「MRIにてnecrosisなければ症状固定へ」と、同年五月三〇日の欄には「看護職(老人ホームなど)への就職の希望→OKです」とそれぞれ記載され、後者については、原告が主治医に仕事はできますかと聞いたところ、まあ大丈夫でしょうと言われた(上記カルテの同日の欄には、「治れば」という条件の記載はない。)こと(甲四の三、原告)、原告の症状が徐々に軽快し、同年九月八日に症状固定したところ、後記のとおり、原告に残存した左下肢短縮の後遺障害が自賠責後遺障害等級(自賠法施行令別表第二)一三級九号に該当することが認められる。

これらの事情を総合考慮すると、原告が本件事故による受傷によって採用通知を受けたベストシニアライフにおける就労を断念せざるを得なかったと認められるところ、原告の通院状況及び症状の経過に照らせば、原告が平成一四年五月一日から平成一五年九月八日までの期間において就労制限を受けたが、上記期間における就労制限の程度は平均五〇パーセントであるとするのが相当である。

そうすると、原告の休業損害は、次の計算式のとおり、二〇七万二九八七円(小数点以下切り捨て。以下同じ。)となる。

305万0970円×0.5×496日/365日=207万2987円

なお、被告は、原告が、医師の強い勧めがあったにもかかわらず、手術をせず、そのために治療を遷延させて、左足が一・五センチメートル短縮する結果となったものであり、医師の指示に従えば、主張されているほどの治療期間と壊死・変形などの結果は生じなかった蓋然性が極めて高いから、その範囲の損害は本件事故との因果関係がない旨主張する。しかし、証拠(甲九、大和市立病院に対する各調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、<1>原告の選択した保存的加療については、短所だけではなく、長所もあり、他方、手術的治療にも、長所だけではなく、短所もあること、<2>医師が、治療法の選択は最終的に本人によってなされるべきであり、選択されなかった手術的治療の方法による結果が必ずしも選択された方法よりも良好であるといえるか否かについては不明であるとしていることが認められ、<3>原告の年齢等からすれば、医師から手術的治療を薦められたにもかかわらず、原告が保存的加療を選択したとしても、やむを得ない面があるといわざるを得ず、原告の選択が不当なものであるとはいえないことをも考慮すると、被告の上記主張は採用できないといわざるを得ない。

(2)  後遺障害逸失利益 九八万五九五一円

労働能力喪失期間については、原告の症状固定時(当時七一歳)である平成一五年簡易生命表によれば、原告の平均余命は一七・九二年であると認められる。そして、本件証拠上、原告が本件事故前において健康面の問題を抱えていたなど、就労制限を受けていたことを窺わせる事情は認められない上、原告が将来的に担当することが予想される具体的な職務内容は明らかではないが、原告の陳述書(甲八)、原告本人尋問及び弁論の全趣旨によれば、やすらぎの園における原告の職務内容は、一八歳を超える知的障害者の健康管理、救急時の措置、病院への診療の介助のほか、運動会、作業療法及び会合等における付添いであったこと、やすらぎの園におけるスタッフは約五〇名であり、医師、指導員、精神保健の担当者等がいたことが認められ、介護等の負担となる職務については職員の援助を期待できるほか、正看護師の資格を有する原告の主たる職務は施設職員の指導であったと考えられるところ、原告が将来的に担当することが予想される職務内容は、やすらぎの園におけると同様であると考えられるので、原告は上記平均余命の二分の一である八年間にわたって就労可能であると認められる。

基礎収入については、原告が正看護師の資格を有しており、その職務内容が上記のとおりであると考えられることからすれば、前記(1)のとおり、年収三〇五万〇九七〇円をもって基礎収入と認める。

労働能力喪失率については、本件事故による原告の後遺障害が左下肢の一・五センチメートルの短縮であり、自賠責後遺障害等級(自賠法施行令別表第二)一三級九号に該当するが、原告の後遺障害の部位・程度、原告が将来的に担当することが予想される職務内容が上記のとおりであると考えられること、下肢短縮については慣れによる労働能力に対する影響の低下があると考えられること、原告が家事を行う際、長く立っているとだんだん腰が痛くなるものの、最近は杖を右手につかなくとも物を持って歩くことができるようになっていること(原告)を総合考慮すると、原告は、就労可能期間において、平均して労働能力の五パーセントを喪失したものとするのが相当である。

以上によれば、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、原告の後遺障害逸失利益の症状固定時における現価を求めると、次の計算式のとおり、九八万五九五一円となる。

305万0970円×0.05×6.4632(8年のライプニッツ係数)=98万5951円

(3)  傷害慰謝料 六五万〇〇〇〇円

前判示のとおり、原告が本件事故により受傷したことによって精神的苦痛を被ったことが認められるところ、原告の傷害の部位・程度、症状固定日までの入通院期間(特に実通院日数)、治療内容、受傷後の経緯など、本件における一切の事情を考慮すると、傷害慰謝料は上記金額をもって相当と認める。

(4)  後遺障害慰謝料 一八〇万〇〇〇〇円

原告の後遺障害の部位・程度、受傷後の経緯など、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、後遺障害慰謝料は上記金額をもって相当と認める。

(5)  過失相殺及び損益相殺

ところで、被告は、平成一四年五月七日、大和市立病院の入院費用一二万四七五〇円を同病院に支払った旨主張するところ、本件においては、過失相殺が行われることから、いったん上記入院費用を原告の損害に計上した上、これを損益相殺の対象とすべきである旨主張するものと解される。そうすると、被告が上記入院費用を大和市立病院に支払ったことが認められる(乙一、被告、弁論の全趣旨)ので、上記入院費用を原告の損害として計上した上、損益相殺の対象とするのが相当であり、原告の損害合計は五六三万三六八八円となる。この金額から過失相殺として二〇パーセントの損害を控除すると、四五〇万六九五〇円となるところ、既払金である上記入院費用一二万四七五〇円を控除すると、損害残額は四三八万二二〇〇円となる。

三  結論

以上によれば、原告の被告に対する請求は、四三八万二二〇〇円及びこれに対する本件事故発生日である平成一四年四月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 湯川浩昭)

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