東京地方裁判所 平成17年(ワ)5310号 判決 2006年1月25日
原告
X
上記訴訟代理人弁護士
大貫憲介
同
髙木由美子
同
平下美帆
同
長谷川桃
被告
学校法人文化学園
上記代表者理事
I
被告
文化学園健康保険組合
上記代表者理事
M
上記両者訴訟代理人弁護士
辰野守彦
同
工藤英知
同
柳誠一郎
同
池田竜郎
同
小川朗
同
志摩美聡
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,各自,金2099万1944円及びこれに対する平成17年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
原告は,被告学校法人文化学園(以下「被告学園」という)の職員であったが,平成元年7月から同15年3月までの間,被告文化学園健康保険組合(以下「被告保険組合」という)に出向し,同年4月以降,被告学園に復帰し,同16年11月30日をもって退職した。本件は,原告が,被告保険組合出向中の平成8年ないし同10年の各4月の昇給時期に3度にわたって昇給を停止されたこと(以下「本件昇給停止」という),平成8年から退職するまでの8年間嫌がらせを受けたこと,年次有給休暇の請求権日数を長期療養に引き当てる制度を適用しなかったことがそれぞれ違法であるとして,債務不履行又は不法行為に基づき,これによって原告が被った損害合計2099万1944円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 当事者
ア 被告ら
被告学園は,教育基本法及び学校教育法に従い,私立学校及び私立専修学校を設置することを目的とする学校法人である。被告保険組合は,厚生大臣の認可を受けて設立された健康保険組合である。
イ 原告
(ア) 原告は,昭和46年4月,被告学園との間で,以下の内容の雇用契約を締結し,被告学園に入社した。
a 期間 定めなし
b 給与 月額約3万円
c 支払日 毎月25日
d 業務内容 経理
(イ) 原告は,平成元年7月1日から同15年3月31日までの間,被告学園に在籍のまま,被告保険組合に出向した。原告は,平成15年4月1日,被告学園の経理本部EDP室システム2課に異動後,同16年11月30日,被告学園を退職した。
(2) 原告に対する昇給停止
ア 考課者
原告の昇給や人事を決めるのは,被告保険組合出向中も,被告学園の人事委員会である。被告学園の人事委員会は,原告の昇給や人事を決定するに際し,被告保険組合による原告に対する人事考課を参考にする。被告保険組合における平成7年から同10年までの間の原告の人事評価を担当しし(ママ)た第1次考課者は同組合のA副部長(以下「A副部長」という)であり,第2次考課者は同組合のB理事長(以下「B理事長」という)であった。
イ 平成8年から同10年の昇給停止
原告は,平成8年4月1日(考課期間同7年4月1日から同8年3月31日までの間),同9年4月1日(同8年4月1日から同9年3月31日までの間),同10年4月1日(同9年4月1日から同10年3月31日までの間)の各昇給時期に昇給しなかった。
(3) 年次有給休暇の長期療養への引き当て拒否
ア 被告学園の就業規程等取扱い覚書き(以下「本件覚書」という)第4項は,「時効になった(年次有給休暇の)請求権日数は,別途記録しておき,長期療養を要する場合に考慮することができる。」と規定している。
イ 原告は,平成16年10月9日,被告学園から,同日以降無給扱いの休職を命じられたが,その時点で103日分(約5か月)の時効となった有給休暇請求権を有していた。
ウ 被告学園は,原告について,前記時効となった有給休暇請求権を考慮せず,本件覚書第4項を適用しなかった。
2 争点
(1) 本件昇給停止は有効か(争点1)。
【被告ら】
本件昇給停止処分は,合理的かつ適法な処分であり,何ら違法は点はない。
ア 被告学園の規定等
被告学園の職員給与規程13条1項によれば,学園は,一般職員が現に受けている号俸を受けるに至った日から1年間を良好な成績で勤務した場合は昇給させることができる旨規定している。他方,被告学園の職員給与規程17条によれば,職員が,就業規程に基づくけん責,減給・出勤停止処分を受けた場合,就業に不真面目な場合,もしくは出勤状況が良好と認められない場合には,昇給を停止または昇給の減額をすることができると規定しており,特別な事情がある場合には,職員の給与を昇給停止又は減給することができる。
イ 原告の昇給停止に関する特別な事情の存在
(ア) 原告は,平成2年7月,課長に昇任したが,その後,上司や部下とトラブルを起こすようになった。具体的には,原告は,部下に対し,課長のする仕事ではないなどと課長としての権限を濫用して多くの仕事を部下に押しつけるようになり,上司から指導を受けても,自己の信念を通すことを優先させ,部署内の職員全員で協力して仕事を進めることを一切しなかった。このため,被告保険組合は,原告に担当させる仕事が徐々に少なくなっていった。被告保険組合は,平成5,6年ころ,原告に対し,仕事を与えずに様子見をしたことがあったが,原告は,仕事を積極的に引き受けるよう勤務態度を改めるどころか,日がな一日健保のマニュアルを読むか居眠りすることを繰り返し,周囲の者と協調して仕事を行おうとする姿勢がなく,平成7年に入ってもまったく変化がなかった。そこで,被告学園は,平成7年4月1日から同8年3月31日までの原告の勤務態度は,「良好な成績で勤務した場合」には該当せず,むしろ「就業に不真面目な場合」に該当するとして,被告学園の人事委員会の決定を経て,同8年4月1日,原告の昇給を停止した。
(イ) 被告学園は,平成9年,同10年の原告の昇給については,それぞれ前年度1年間の原告の勤務態度につき改善がなされたか検討した。原告の勤務態度は,「就業意欲に欠け,協調性もない」「自分から進んで働こうとする意欲が全く感じられない」など,前年度からの改善が一向に見られず,仕事をしない状態が続いた。そこで,被告学園は,人事委員会の決定を経て,平成9年4月,同10年4月,原告の昇給を引き続き停止した。
(ウ) 被告学園の原告に対する人事考課は,その時点ごとの原告の勤務態度等を観察して,上司や責任者が,客観的かつ公平に判断したものであり,他の職員との差別等は一切していない。以上のとおり,本件昇給停止は,上記のような原告の勤務態度等における「特別な事情の存在」に照らし,被告学園において,人事権の裁量の範囲内において決定したものであり,何ら違法な点はない。
【原告】
本件昇給停止処分は不当かつ違法な処分であり,被告学園の人事権の裁量の範囲を逸脱した処分である。
ア 被告学園の職員給与規程に,職員の昇給,昇給停止等について,【被告ら】の主張アのとおりの規定が存在することは認める。しかし,被告学園の前記規定内容,これまでの運用によれば,被告学園においては,職員の勤続年数に応じて俸給表に基づいて昇給するシステムであり,昇給停止処分する場合には,被告学園において,当該処分を根拠づける事実を主張立証しなければならない。また,被告学園の職員給与規程13条によれば,昇給させるか否かは,1年間の勤務状況が考慮の対象になるのであり,それ以前の勤務状況を考慮の対象に入れることはできない。
イ 原告の昇給停止に関する特別な事情の存在の主張に対し
(ア) 【被告ら】の主張イ(ア)は否認する。
a 原告の平成7年4月1日から同8年3月31日までの間の人事考課について,<1>第1次考課者のA副部長は,原告は,前上司から,ほとんど仕事を与えられておらず,考課の仕様がありませんとして,第1次考課をしておらず,<2>第2次考課者のB理事長は,人事考課表のすべての項目について最も低い「1」の評価(5段階評価,以下,同じ)をしている。
b しかし,人間の能力,態度に対する評価として,すべての評価項目が1というのは,それ自体評価の不合理性が推認されるものであり,しかも,すべての評価項目が1の考課は,第1次考課者が考課をしないなかでされている。また,原告の平成7年4月1日から同8年3月31日までの間の人事考課表では,「重点目標」が設定されていないにもかかわらず,「目標達成」の項目が1と評価され,部下がいないにもかかわらず,「監督」の項目が1と評価されるなど不合理な評価がされている。
c 前記第2次考課者であるB理事長の原告に対する人事考課は,原告を自主退職に追い込もうとしてされた,ためにする人事考課であって,原告の勤務実態を反映したものではない。
(イ) 【被告ら】の主張イ(イ)は否認する。
a 原告に対するの(ママ)平成8年4月1日から同9年3月31日までの間の人事考課について,<1>第1次考課者のA副部長は,2項目について「2」と評価し,その余を「1」と評価し,<2>第2次考課者のB理事長は,すべての項目について「1」と評価している。
b 原告に対する平成9年4月1日から同10年3月31日までの間の人事考課について,<1>第1次考課者のA副部長は,「本部にすでにご報告済みですが,現在は,仕事を与えておりません。従って考課いたしません。」として人事考課を行わず,<2>第2次考課者のB理事長も人事考課をしていない。
c 前記a,bの各人事考課は,前記(ア)cのとおり,原告を自主退職に追い込もうとしてされた,真摯とはいえない,ためにする人事考課である。
(2) 平成8年から退職するまでの8年間,嫌がらせ等違法行為の存否(争点2)
【原告】
被告らは,原告を被告学園から早期に退職させるため,平成8年から原告が退職する同16年までの8年間,原告に対し,諸々の違法な嫌がらせを行ったが,その主なものは次のとおりである。
ア 平成8年度
(ア) 被告学園は,平成8年4月1日,原告の給与を昇給させなかった。当該処分が違法であることは,前記(1)【原告】イ(ア)で述べたとおりである。
(イ) 原告は,平成8年6月3日,被告学園の苦情処理委員会に,前記(ア)の昇給停止の説明を求めるとともに,不当な処分であるから破棄されるべきであることを明記し,苦情を申し立てた。これに対し,被告学園の苦情処理委員会は,原告に対する聴聞等を一切行なわずに,「人事委員会の決定は全会一致で当然の処置である。」との返答文書を原告に渡したにすぎなかった。
(ウ) 平成7年7月に原告の直属の上司となったA副部長は,同月ころ,仕事の担当替えをし,原告の業務をすべて取り上げ,C(以下「C」という),D(以下「D」という)の両名に配分した上で,ほぼ毎日のように,原告に対し,「組合(被告保険組合)は人数が1人分多過ぎる。君の仕事はない。」「君は毎日職場に来てもやる仕事がないのに,どうするつもりなんだ。」等と言い続けた。また,A副部長は,原告のみに対し,9大学の健康保険組合の職員が参加する懇談会や勉強会へ出席させなかった。
(エ) A副部長は,平成9年3月19日,原告に対し,「学校(被告学園)の都合で辞めて欲しい。」と退職を勧告した。その後も,A副部長は,数日間にわたり,原告に対し,平成9年3月末日付での退職を迫った。
イ 平成9年度
(ア) 原告は,平成9年度中も,前年度と同様一切の仕事からはずされ,会合にも参加させてもらえなかった。また,被告学園は,平成9年4月1日,原告の給与を昇給させなかった。当該処分が違法であることは,前記(1)【原告】(イ)で述べたとおりである。
(イ) A副部長は,平成9年8月8日,原告に対し,退職勧告をした。
ウ 平成10,11年度
平成10年4月,被告学園の新校舎落成に伴い,被告保険組合の事務所も新校舎内に移った。その際,他の職員の席は部屋の中心部分に配置されたのに対し,原告の席だけは壁に側面をつけられ,目の前にはパーテーションが設置された。Aは,前年に引き続き,原告に仕事を分掌することはなく,また,原告の会合への参加も認めなかった。被告学園は,平成10年4月1日,原告の給与を昇給させなかった。当該処分が違法であることは,前記(1)【原告】イ(イ)で述べたとおりである。
エ 平成12年度
原告は,平成12年度中,被告保険組合が毎年組合員に配布している家庭常備薬の発注担当となった。原告は,これまでの納入業者の納入価格が高かったので,A副部長に対し,納入業者を変更するよう提案したが,同人はこれを拒否した。そこで,原告は,被告保険組合理事長M(以下「M理事長」又は「M本部長」という)に対し,A副部長の行動が被告保険組合の組合員の利益に背くものであると訴えたところ,M理事長は,激怒した。
オ 平成13年度
A副部長は,平成13年度中,他の部署の職員らに対し,原告の悪口を言って回った。
カ 平成15年度
(ア) 被告学園は,平成15年4月1日,原告に対し,課長職を解任し,平職員として,被告学園EDP室システム2課に異動させた。
(イ) 被告学園は,原告に対し,EDP室において,印刷,用紙のカット,各種用紙の入ったダンボールの運搬等の作業を担当させた。被告学園の原告に対する当該措置は,経理等の専門知識を豊富に有する原告にとって屈辱的なものであった。原告は,当該異動により作業中の腰痛に悩まされるようになり,平成16年3月5日には変形性腰椎症と診断された。
キ 平成16年度
原告は,平成16年4月30日,医師から変形性腰椎症により約1か月の休業・安静を要すると診断され,以後,職場復帰と安静の繰り返しを余儀なくされた。被告学園は,前記病状に苦しむ原告に対し,本件覚書第4項に規定する年次有給休暇の請求権日数を長期療養に引当てる制度を適用しなかった。
【被告ら】
被告らは,原告に対し,諸々の嫌がらせを行っていない。原告の主張に対する反論は,次のとおりである。
ア 平成8年度についての反論
(ア) 【原告】の主張ア(ア)について
被告学園が平成8年4月1日原告の給与を昇給させなかったことは認めるが,当該処分が適法であることは,前記(1)【被告ら】イ(ア)で述べたとおりである。
(イ) 【原告】の主張ア(イ)について
原告が被告学園の苦情処理委員会に苦情申立てをしたことは認めるが,同委員会が原告に対する聴聞等を一切行なわなかったことは否認する。原告の主張は,被告学園の苦情処理委員会に十分伝えられ,同委員会は,原告の主張に対し,適切に判断している。
(ウ) 【原告】の主張ア(ウ)について
【原告】の主張ア(ウ)は否認する。A副部長が原告に対し同人主張のような発言をした事実はない。むしろ,被告保険組合に着任したA副部長が,原告に対し,将来事務長になったときはもっと仕事してもらうことになると話したところ,原告は,「仕事は楽な方がいいです。」と答え,自分から仕事をする姿勢を一切示さなかった。なお,A副部長は被告保険組合に着任した当時,原告の業務をすべて取り上げた事実もなく,当時,原告は,被告保険組合に毎月送付されてくる診療報酬明細書の整理業務(以下「レセプト業務」という)を担当していた。
(エ) 【原告】の主張ア(エ)について
【原告】の主張ア(エ)のうちA副部長が原告に対し退職勧告したことは認めるが,その日時は知らない。また,A副部長が数日間にわたり原告に対し平成9年3月末日付での退職を迫ったことは否認する。
被告学園が,原告に対し,退職勧告したのは次の理由からであった。すなわち,原告は,平成8年ころから,レセプト業務のシステム化に伴い,被告保険組合内において,一切の業務に携わらなくなり,出勤しても何もしない状況が続き,この状態は改善されなかった。そこで,被告学園は,原告に勤労意欲が認められず,実際に労働していないこと,またその改善の兆しがないことから,原告に対し,退職を勧めたものである。原告は,これに対し,退職金として,相当程度の加算金員を受領できるのであれば退職するとして,交渉を重ねたが,結局,金額が折り合わず,交渉はまとまらず,退職には至らなかった。
イ 平成9年度についての反論
(ア) 【原告】の主張イ(ア)について
a 【原告】の主張イ(ア)のうち,原告が平成9年度中も一切の仕事からはずされ,会合にも参加できなかったことは否認するが,被告学園が平成9年4月1日原告の給与を昇給させなかった事実は認める。当該昇給停止処分が適法であることは,前記(1)【被告ら】イ(イ)で述べたとおりである。
b 前記ア(ウ)のとおり,原告は,A副部長に対し,「仕事は楽な方がいいです。」などと話した。A副部長は,前記発言後,原告の勤務態度が改善されることを期待し,原告の意思表示さえあればいつでも仕事を配分する用意をしていたが,原告から,自主的に仕事を引き受けたいという申し出等は一度としてなかった。原告は,その間,毎日定時に出社し,資料等を机の上に広げていたが,目を通している様子はなく,居眠りをし,定時には退社するということを繰り返していた。
(イ) 【原告】の主張イ(イ)について
【原告】の主張イ(イ)は否認する。前記ア(エ)のとおり,被告文化学園と原告は,退職について話し合いを続けたが,退職金額を巡って合意に至らず,交渉は成立しなかった。
ウ 平成10,11年度についての反論
【原告】の主張ウのうち,被告学園が平成10年4月1日原告の給与を昇給させなかったことは認めるが,その余は否認する。被告学園の昇給停止処分が適法であることは,前記(1)【被告ら】イ(イ)で述べたとおりである。また,原告は,平成10年度の途中から同11年度の終わりまでの間,被告らから嫌がらせのなかったことを自認している。
エ 平成12年度についての反論
【原告】の主張エのうち,M理事長が激怒したことは否認するが,その余は認める。A副部長,M理事長は,原告に対し,これまでの納入業者は被告保険組合設立当初から取引のある業者で,同組合の発展のために尽力してくれたこと,薬品納入業者が新規参入を図る際には往々にしてダンピングを行い,新規の納入価格を安くするのは常套手段であること等を説明したところ,原告はこれを了承した。A副部長は,原告から指摘を受けた後,これまでの納入業者と価格交渉をし,価格を新規取引希望者と同一水準まで引き下げた。
オ 平成13年度についての反論
【原告】の主張オは否認する。
カ 平成15年度についての反論
(ア) 【原告】の主張カ(ア)について
【原告】の主張カ(ア)のうち,被告学園が平成15年4月1日に原告を被告保険組合から被告学園EDP室システム2課に異動させたことは認めるが,課長職を解任し平職員として異動させたことは否認する。確かに,原告は,当該異動に当たり,課長職待遇からは外れているが,資格は従前どおり主査であり,役職も専門職であり,減給等の不利益処分はなかったのであるから,降格処分ではない。
(イ) 【原告】の主張カ(イ)について
【原告】の主張カ(イ)は争う。原告は,被告学園のEDP室に異動となった当初,同室の責任者でもあったM理事長に対し,同室に異動になったことを喜んでいる様子で話していた。
キ 平成16年度についての反論
【原告】の主張キは認める。しかし,被告学園の原告に対する措置が,嫌がらせとして行われたことはない。
(3) 年次有給休暇処理の違法性の存否(争点3)
【原告】
ア 本件覚書第4項は「時効になった請求権日数は,別途記録しておき,長期療養を要する場合に考慮することができる」と,同第5項は「長期病欠3か月後に休職扱いとなる時点で,その者に有給休暇の請求権日数が残っている場合,休職開始日を延期することができる」と規定している。
イ 本件覚書第4項は長期療養のため欠勤を余儀なくされている職員の生活を救済することを目的としたものであること,同第5項が要件を明確にしていることを考慮すると,同第4項の適用要件を例外的と解釈することはできず,また,同項の適用が被告学園の裁量であると解することはできない。
ウ 原告は,平成16年4月30日,医師から変形性腰椎症により約1か月の休業・安静を要すると診断され,以後,職場復帰と安静との繰り返しを余儀なくされた。
エ 原告は,平成16年10月9日段階で,103日(約5か月)分の時効となった有給休暇請求権を有していた。しかし,被告学園は,本件覚書第4項を適用することなく,平成16年10月9日以降,原告に対し,無給扱いの休職を命じた。
オ 被告学園は,本件覚書第5項の適用要件を満たす以上,同第4項を適用すべきである。ところが,被告学園は,前記ウのとおり原告が本件覚書第5項の要件を満たしているにもかかわらず,原告について同第4項を適用しておらず,当該被告学園の措置は違法であるというべきである。
【被告ら】
ア 一般的運用基準
被告学園においては,年次有給休暇は,付与されてから2年以内に消化しなければならないと規定されており,期間を経過した年次有給休暇は,順次消滅する扱いとなっている(本件覚書第3項)。職員は,原則として,消滅した年次有給休暇の請求権を利用することなく退職の日を迎える。しかし,例外的に,長期療養による欠勤の場合で,本件覚書第5項を適用しても,長期療養3か月後に年次有給休暇が残っていないときに同第4項を適用して,被告学園の裁量で既に消滅した年次有給休暇の総数を考慮し,その一部を復活させることを承認して,休職開始時期を調整することがある。すなわち,本件覚書第4項は,長期療養のため,欠勤を余儀なくされた職員の生活を救済する目的で,例外的に定められたものであるから,同項が適用されるのは,あくまでも職員を救済する必要性が極めて高い場合に限定される。換言すると,本件覚書第4項が適用されるのは,主として,職員が勤務を継続する意向があり,被告学園としても当該職員の雇用継続を希望する場合において,当該職員が療養期間の長期化のため,雇用対価を受け得なくなり,かつ,当該職員本人及び扶養家族等の生活費が必要な場合等である。
イ 原告の場合
原告は,平成16年10月9日以降の欠勤につき,休職期間が開始する予定であった。そこで,被告学園は,平成16年10月9日時点における原告の勤務状況や生活状況を調査した。その結果,原告は,被告学園が腰痛の症状に配慮した業種への配置転換を提案したにもかかわらず,これに応じることなく休業を続けたこと,原告には扶養家族がいないこと等が判明した。また,被告学園において過去に腰痛だけで3か月以上欠勤した例はなく,原告から欠勤に際し診断書が提出されているものの,腰痛という他覚症状の少ない病気の性質上,相当程度深刻な病状といえるかどうか疑わしいものであった。しかも,原告は,平成16年10月当時,被告学園との間で,民事調停の場で,退職条件を協議していた。そこで,被告学園は,年次有給休暇の復活を認める事由が存在しないと判断した。
(4) 原告が被った損害は幾らか(争点4)
【原告】
原告は,本件昇給停止等により,次のとおりの損害を被った。
ア 昇給停止による損害
(ア) 平成8年度昇給停止による損害
原告は,昇給停止により月額6100円の損害を,手当,賞与を含めると,年間115万0612円の損害を被った。
(イ) 平成9年度昇給停止による損害
原告は,昇給停止により,101万4887円の損害を被った。
(ウ) 平成10年度昇給停止による損害
原告は,昇給停止により,87万9162円の損害を被った。
(エ) 合計
以上,(ア)ないし(ウ)によれば,原告は,本件昇給停止により,合計304万4661円の損害を被った。
イ 退職金差額の損害
原告の退職金は,退職時の俸給月額に支給率51を乗じた額であるところ,原告の退職時の俸給月額は,本来の額より1万8300円低い額であった。したがって,原告は,退職金について,93万3300円(6100×3×51=93万3300円)の損害を被った。
ウ 年次有給休暇分の損害
原告は,時効にかかった有給休暇請求権を103日有していたところ,これを金銭に換算すると,103日を5か月として計算すると,310万5625円の損害を被ったことになる。
エ 慰謝料
本件昇給停止をはじめとする,平成8年から退職した同16年までの約8年間に原告が受けた嫌がらせによる精神的損害は,1年につき150万円として,1200万円を下らない。
オ 弁護士費用
前記アないしエの損害額の合計は1908万3586円であるところ,これを被告らから支払ってもらうためには弁護士に依頼し本訴を提起する必要があるところ,被告らは,原告に対し,前記損害額の1割である190万8358円の弁護士費用の支払義務がある。
【被告ら】
【原告】の主張アないしオはいずれも争う。
(5) 消滅時効の成否(争点5)
【被告ら】
ア 原告が被告らに対し請求する平成8年から同16年までの間の不法行為に基づく損害賠償請求権のうち,原告が被告らに対し,民事調停を申し立てた平成16年7月9日の時点で既に3年が経過した同13年7月8日以前の被告らの行為に基づく損害賠償請求権は,時効により消滅している。
イ 被告らは,平成17年12月21日の口頭弁論期日において,原告に対し,前記アの消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
【原告】
ア 【被告ら】の主張アは争い,イは認める。
イ 時効の起算点である被害者が損害を知った時とは,被害者が弁護士に相談し,損害賠償請求をすることができることを確知したときであると解すべきである。
ウ これを本件についてみるに,原告は,被告らの嫌がらせによる損害賠償請求権の成立を原告訴訟代理人弁護士に相談するまで知らず,仮に知っていたとしても,被告らと雇用関係にあり,これを行使することは立場上不可能であった。したがって,原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権(嫌がらせ行為を原因とするもの)の時効の起算点は,原告が原告訴訟代理人弁護士に本件を相談した平成16年3月22日とすべきであり,そうだとすると,時効は完成しておらず,被告らの主張は理由がない。
第3争点に対する判断
1 争点1(本件昇給停止の適法性の存否)について
(1) 被告学園の規程等
前記争いのない事実(1)(2),証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告は,被告学園の職員であったところ,平成元年7月から同15年3月までの間,被告保険組合に出向していた。原告の給与を昇給させるか否かの決定は,被告保険組合出向中も,被告学園の人事委員会が行っていた。
イ 被告学園の昇給についての規定
被告学園は,職員給与規程により,一般職員の昇給に関し,次のような規定を設けている。
(一般職員の昇給)
第13条 一般職員が,現に受けている号俸を受けるに至った日から1年間を良好な成績で勤務した場合は,その号俸から2号俸(1級より6級に含まれる号俸の場合)または1号俸(7級以上の号俸)上位の号俸に昇給させることができる。
2 一般職員が標準級またはそれ以下の級にある間は,現に職員が属している級の最高号俸を受けるに至ってから1年を良好な成績で勤務した場合には,1級上位の級へ昇給することができる。
(昇給の期日)
第15条 昇給は原則として,毎年4月1日に行う。
(昇給の停止)
第17条 職員が就業規程第49条,第50条による制裁をうけた場合,就業に対して不真面目な場合,もしくは出勤状況が良好と認められない場合には,昇給を停止または昇給の減額をさせることができる。
なお,就業規程第49条は譴責について,同第50条は減給または出勤停止について規定している。
(2) 被告学園の職員に対する人事考課の方法等
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 人事考課期間は,4月1日から翌年3月31日までであり,年度内に異動があった場合には,異動先が考課する。
イ 職員の人事考課者は,第1次考課者が直属の上司であり,第2次考課者は原則として考課責任者である。被告保険組合における原告に対する考課者は,第1次考課者が同組合の副部長であり,第2次考課者が同組合の理事長(理事)である。
ウ 人事考課に当たり考課する要素は,発揮能力,執務態度,保有能力,活用能力について15項目(平成10年4月1日以降は14項目)であり,これらの項目について考課する。
エ 評価は5段階評価で,5が抜群に良い,4がすぐれている,3が普通,2が劣っている,1が非常に劣るという評価になっている。一般的な評価は2から4で行う。
オ 人事考課表には,考課者のコメント欄があり,特記事項,所見,教育訓練,昇任・昇格について,考課者が意見を記載することになっている。
(3) 本件昇給停止以前の原告に対する人事考課
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,被告らの原告に対する平成元年4月1日から同7年3月31日までの間の人事考課は,次のとおりであったことが認められる。
ア 平成元年4月1日から同2年3月31日までの人事考課等
原告は,平成元年7月,被告保険組合に出向した。被告保険組合では,F部長(以下「F部長」という),原告,Cの3名で被告保険組合の事務を処理していた。平成元年4月から同2年3月31日までの間の原告に対する第1次考課者はF部長であったが,その評価は15項目のうち2項目について4,その余は3と成績は良好であり,F部長は,「堅実に業務を推進しているので,課長待遇に昇任を」申請している。しかし,F部長も,原告について,人事考課表に「社会性」を強化してほしい,「社会性の涵養」が教育訓練として必要である旨記載している。
イ 平成2年4月1日から同3年3月31日までの人事考課等
(ア) 被告保険組合では,この時期に,F部長に代わり,G副部長(以下「G副部長」という)が原告の上司として着任し,また,被告学園が経営していた「装苑モード」事業から撤退したことに伴い,当該部門で働いていたDも配属された。その結果,被告学園では,本来3人でできる仕事を4人体制で行うようになり,職員間で確執が起きるようになった。
(イ) 当該期間の原告に対する第1次考課者はG副部長,第2次考課者はHであった。G副部長は,原告について,人事考課表の考課要素15項目のうち,3項目について1,9項目について2,3項目について3と評価した。そして,見識,感性,社会性,寛容性,信頼性のすべての項目に強化してほしい特性であると評価した。また,G副部長は,原告について,「他人とのコミュニケーションの方法を持たない子供大人としかいいようがない」「上記のような評定がつく管理職は有りえないのではないかと思います」との厳しい所見を記載している。
ウ 平成3年4月1日から同4年3月31日までの人事考課等
当該期間の原告に対する第1次考課者はG副部長,第2次考課者・責任者はJ理事(以下「J理事」という)であった。G副部長は,原告について,人事考課表の考課要素15項目のうち,1項目について1,11項目について2,3項目について3と評価した。そして,見識,感性,社会性,寛容性,信頼性のすべての項目に強化してほしい特性であると評価した。また,G副部長は,原告の特記事項として,「管理職の定義はむずかしいとは思いますが,リーダーシップは多少の持ち合わせがなければやって行けないと思うのです。管理職としての自覚がまったく見られない現状を人事委員会はどう考えているのでしょうか。」と記載している。
また,J理事は,原告について,人事考課表の考課要素15項目のうち,12項目について2,3項目について3と評価し,「担当は4名の少人数であり,業務は公的なものであるので,相互の理解が特にほしい」との所見を記載している。
エ 平成4年4月1日から同5年3月31日までの人事考課等
当該期間も,前期同様原告に対する第1次考課者はG副部長,第2次考課者・責任者はJ理事であった。G副部長は,原告について,人事考課表の考課要素15項目のうち,2項目について1,10項目について2,3項目について3と評価し,「依然として自説に固執しており改善のきざしはない」「目標となるものが見つからない」との所見を記載している。
また,J理事は,原告について,人事考課表の考課要素15項目のうち,2項目について1,12項目について2,1項目について3と評価し,「業務に直接関係のない対人態度はまあ普通程度である」としながらも「46才(ママ)の幹部でありながらこの考課内容では今更教育訓練は考えられない」との所見を記載している。
オ 平成5年4月1日から同6年3月31日までの人事考課等
当該期間の原告に対する第1次考課者はG副部長,第2次考課者はJ理事からB理事長(以下「B理事長」という)に代わった。G副部長は,原告について,人事考課表の考課要素15項目のうち,2項目について1,残りの13項目について2と評価した。そして,見識,感性,社会性,寛容性,信頼性のすべての項目に強化してほしい特性であると評価した。また,G副部長は,前期とほぼ同様な内容である「自己の信念に固執して他者と調整があい変わらずできない」「どのように目標をあたえるべきか見つからない」との所見を記載している。
また,B理事長は,原告について,人事考課表の考課要素15項目のうち,3項目について1,残りの12項目について2と評価した。そして,見識,感性,社会性,寛容性,信頼性のすべての項目に強化してほしい特性であると評価した。
カ 平成6年4月1日から同7年3月31日までの人事考課等
当該期間も,前期同様原告に対する第1次考課者はG副部長,第2次考課者はB理事長であった。G副部長は,原告について,人事考課表の考課要素15項目のうち,4項目について1,残りの11項目について2と評価し,「自己の信念とやらに固執して他人との調整が出来ない。依然変化なし」「どんな目標をあたえれば良いのか解りません」との所見を記載している。
また,B理事長の原告に対する評価は,G副部長よりも厳しく,人事考課表の考課要素15項目のうち,10項目について1,残り5項目について2と評価し,見識,感性,社会性,寛容性,信頼性のすべての項目に強化してほしい特性であると評価した。
キ 平成元年4月から同7年3月までの原告に対する評価
原告が被告保険組合に着任した当初の評価は良好であったが,G副部長が原告の上司となった平成2年4月以降は,原告の評価は低下を続けた。ことに,第2次考課者は,H,J理事,B理事長と代わったが,原告に対する評価は低下の一方であり,平成6年4月から同7年3月までは人事考課表の考課要素15項目のうち10項目までが1と評価されている。また,被告学園の考課者は,原告について,一貫して,自己の信念に固執し,他者との協調,コミュニケーションがとれないと評価している。しかし,被告学園は,平成2年から同7年の各4月1日,原告の昇給を停止する措置まではとらず,通常どおり昇給させてきた。この結果,原告は,平成7年4月1日には,9級9号に昇給していた。
(4) 平成7年4月1日から同8年3月31日までの考課,昇給停止
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 平成7年7月1日,被告保険組合では,G副部長に代わり,A副部長が原告の上司として着任し,A副部長,原告,C,Dの4人で被告保険組合の仕事をするようになった。原告は,レセプト業務に従事していたが,同業務は1週間もあれば完了する仕事量であるところ,原告は,それ以外を(ママ)業務を担当していなかった。
イ A副部長は,平成7年暮れないし同8年初めころ,原告に対し,将来事務長になったら,もっと働いてほしい旨告げたところ,原告は,「仕事は楽な方がいい」と答えた。また,A副部長が,原告に対し,「一体何をしに会社に毎日来てるんだ。仕事をもらって給料をもらっているんじゃないのか。」との問いかけに,「そりゃ,そうですけど。Dがえらくなってくれればいいです。」と仕事への意欲が感じられない返答であった。
ウ 平成7年4月1日から同8年3月31日までの間の原告に対する人事考課の第1次考課者はA副部長,第2次考課者は前期と同様B理事長であった。A副部長は,原告の仕事がレセプト業務しかしておらず,人事考課をするだけの判断材料がないと考え,原告の人事考課表に「(原告)は,前上司から,ほとんど仕事を与えられておらず,考課の仕様がありません。今後につきましては,対応を検討中です。」と記載し,考課することを回避した。これに対し,第2次考課者であるB理事長は,原告の人事考課について,前期の評価は10項目について1,5項目は2であったのが,更に厳しい評価である15項目すべてについて1と評価した。また,B理事長は,教育訓練の項に「仕事を与え,半年間仕事振りを見た上で,自宅勤務等の処分を考える」と記載している。
エ 被告学園の人事委員会は,原告に対する前記ウの考課を踏まえ,原告の平成8年4月1日の昇給を停止し,9級9号のままとするとの決定をした。これに対し,原告は,平成8年6月3日,被告学園の苦情処理委員会に対し,苦情を申し立てた。苦情処理委員会は,被告学園理事長の指名する学園側から常任委員5名,文化服装学院労働組合からの常任委員5名からなる機関であるが,原告からの苦情申立てを受け,3回委員会を開催し,A副部長らから事情聴取のうえ,平成8年7月3日,全員一致で,原告に対する昇給停止は当然の措置であるとして,原告の苦情を却下した。ちなみに,原告は,平成9年3月19日,A副部長から退職を勧奨された際のやりとりで,自ら,「私は1ならいいけどすべての項目1というのは,はっきりいって納得がいかないんです」と述べており,(<証拠略>),自らの勤務態度が悪かったと受け取れる発言をしている。
(5) 平成8年4月1日から同9年3月31日までの考課,昇給停止
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告は,平成8年4月1日以降,レセプト業務のみを担当していた。被告保険組合では,平成8年7月ころ,手作業で行われていた事務処理をシステム化することになり,レセプト業務もパソコン入力によるシステム化を図ることになり,同業務は,原告から当時システム化全般を担当していたDに移行することになった。
A副部長は,原告に対し,レセプト業務のシステム化に伴い,原告の担当する仕事がなくなることを告げ,どうするか問いかけた。これに対し,原告は,何の返答もしなかった。
イ A副部長は,原告から自発的に仕事に就くことを申し入れてくるか様子を見ていたが,原告からはそのような申出はなかった。原告は,朝出社して自席に座り,定時になると退社する毎日を繰り返し,被告保険組合の仕事をすることのない毎日を過ごしていた。
ウ A副部長は,被告学園の人事部に対し,原告がまったく仕事をしていないことを報告した。被告学園は,原告に退職してもらいたいと考え,平成9年3月19日,A副部長を通じ,退職勧奨をした。被告学園と原告は,平成9年8月ころまで,退職を巡る交渉をしたが,退職に当たり支払う額について合意ができず,交渉は物別れに終わった。
エ 平成8年4月1日から同9年3月31日までの間の原告に対する人事考課については,前期同様,第1次考課者はA副部長,第2次考課者はB理事長であった。A副部長は,今回は考課に加わり,原告について,人事考課表の考課要素15項目のうち,11項目について1,2項目について2,2項目(目標達成の項及び監督の項)は空白の判定をした。そして,見識,感性,社会性,寛容性,信頼性のすべての項目に強化してほしい特性であると評価した。また,A副部長は,特記事項として,「自分から進んで働こうとする意欲が全く感じられないので,上司としては,仕事を分担させる気になれません」と記載し,「就業意欲に欠け,協調性もない。組織の中で働く資質に欠ける。」との所見を記載した。
他方,第2次考課者であるB理事長の原告に対する評価はA副部長よりも厳しく,考課要素15項目中,2項目(目標達成の項及び監督の項)は空白であるが,残る13項目はすべて1と評価した。そして,B理事長は,見識,感性,社会性,寛容性,信頼性のすべての項目に強化してほしい特性であると評価し,所見欄に,「右に同じ(A副部長の所見と同じ意味)。自己中心に物事を考え,上司の忠告にも耳をかさず,サラリーマンとして不可。」と記載している。
オ 被告学園の人事委員会は,原告に対する前記工の考課を踏まえ,原告の平成9年4月1日の昇給を停止し,9級9号のままとするとの決定をした。これに対し,原告は,被告学園の苦情処理委員会に対し,苦情を申し立てなかった。
(6) 平成9年4月1日から同10年3月31日までの考課,昇給停止
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告が被告保険組合で同組合の仕事をすることのない状態は,平成9年4月1日から同10年3月31日まで続いた。
イ 平成9年4月1日から同10年3月31日までの間の原告に対する人事考課については,前期同様,第1次考課者はA副部長,第2次考課者はB理事長であった。A副部長,B理事長は,いずれも,原告の当該年度の人事考課表の15項目の考課要素に5段階の評価を記載せず,A副部長は,特記欄に「本部にはすでにご報告済みですが,現在は,仕事を与えておりません。従って考課いたしません。」と記載し,B理事長は,所見欄に「性格は変えられないが,今一度,仕事を与え,真面目に業務が遂行できるか否かやらせてみるしか方策がないと(ママ)」と記載し,教育訓練欄に「他の異動もママならぬ現状からみて,結果はともかく試行してみる。」と記載している。
ウ 被告学園の人事委員会は,原告に対する前記イの考課を踏まえ,原告の平成10年4月1日の昇給を停止し,9級9号のままとするとの決定をした。これに対し,原告は,被告学園の苦情処理委員会に対し,苦情を申し立てなかった。
(7) 平成10年4月1日から同11年3月31日までの考課
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告と関係の悪化していたCが平成10年7月被告学園の人事厚生課に異動となり,被告保険組合は,A副部長,原告,Dの3名で同組合の業務を担当することになった。A副部長は,原告及びDを呼び,Cの異動を知らせ,その後の仕事の事務分担の話合いを行った。その結果,原告は,平成10年7月1日以降,歳出簿,歳入簿,現金出納簿,日計表の仕事,給付関係(レセプト整理,過誤調整等)の仕事,保健事業関係(成人病検診,歯科検診等)の仕事を担当することになった。
イ 原告は,平成10年7月1日から同11年3月31日までの間,これまでと見違えるような仕事振りであった。原告は,経理の専門的知識を活かし,Dとも協働して仕事をこなした。
ウ 平成10年4月1日から同11年3月31日までの間の原告に対する人事考課については,前期同様,第1次考課者はA副部長,第2次考課者はB理事長であったが,その考課は,前期とはまるで正反対の考課であった。すなわち,A副部長は,原告について,人事考課表の考課要素14項目のうち,9項目について3,5項目について4の評価をしている。そして,A副部長は,所見欄に,「仕事ぶりは,今迄の態度をすっかり改め,専門的知識を十二分に発揮し,的確かつ迅速に職務を遂行しています。他の部署の評判も大変良くなりました。」と記載し,特記事項として,「今迄の諸々のトラブルは決して彼だけの責任ではなかったように思います。」と記載し,これまでの昇給停止措置の是正を希望すると記載している。
また,B理事長も,原告について,A副部長と同様の評価をし,所見欄に「心機一転。本人の努力にもよるが昨年度迄の同一人物かと思われる程に変化したことを認めてあげたい。」「元々力のある人物故,この際,過去のことは棚上げし,前向きに善処していただきたい。」と記載し,A副部長同様,これまでの昇給停止措置の是正を希望すると記載している。
エ 被告学園は,前記ウの考課を考慮して,平成11年4月1日,原告を昇給させた。しかし,これまでの昇給停止措置の是正までは行わなかった。
(8) 平成11年4月1日から同15年3月31日までの考課
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告は,平成11年4月1日から同12年3月31日までは,前期に続いて,仕事に精励した。その結果,第1次考課者であるA副部長,第2次考課者であるB理事長の原告に対する当該年度の評価は高く,原告の人事考課表において,考課要素14項目のうち,5項目について3,9項目について4の評価をしている。そして,A副部長,B理事長ともに,被告学園に対し,原告を副参事に昇格する上申をしている。
イ 原告は,前記アの仕事振りが評価され,平成12年4月1日,昇給するとともに,被告保険組合の事務長に任命された。
原告は,事務長に就任後,Dに対し,形式的なことで頻繁に注意するようになり,Dとの関係が悪化し,再び,被告保険組合の職場環境が悪化した。
このため,原告の平成12年4月1日から同13年3月31日までの間の人事考課は,前年度より低下し,第1次考課者のA副部長は,原告の人事考課表において,考課要素14項目のうち,3項目について2,9項目について3,2項目について4の評価をしている。そして,A副部長,(ママ)は,所見欄に「几帳面な反面,自己主張が強く,柔軟性に欠ける」と記載し,教育訓練欄に「少ないスタッフで効率よく仕事を処理するための協調性を高めたい」と記載している。また,第2次考課者であるB理事長も,A副部長とほぼ同様の評価をしており,教育訓練欄に「積極的に物事を進めてほしい。サービス的な面も併せて努力してほしい」と記載し,昇任・昇格欄には「1年様子をみたい」と記載している。
ウ 原告は,平成13年4月1日,昇給した。しかし,原告とDとの関係は益々悪化し,両者間のトラブルは解消されないまま推移した。その結果,原告の平成13年4月1日から同14年3月31日までの間の人事考課は,前年度より低下し,第1次考課者のA副部長は,原告の人事考課表において,考課要素14項目のうち,13項目について2,1項目について3の評価をしている。そして,A副部長は,所見欄に「自己中心的で,協調性,積極性に欠ける」と記載し,昇任・昇格欄に「部下(D)とのトラブルを解消できません。昇任・昇格はとうてい考えられません。」と記載している。
エ 原告は,平成14年4月1日,昇給した。Dは,原告とのトラブルに耐えきれず,被告学園に異動を申し出,平成14年4月1日,被告学園のEDP室に異動した。Dが異動後,被告保険組合は,派遣社員を雇用した。原告は,被告保険組合に派遣社員として勤務していたKを叱責するなどトラブルを引き起こしたため,同人は退職し,その後の派遣社員も被告保険組合に定着することなく,短期で辞めていった。
そこで,原告の平成14年4月1日から同15年3月31日までの人事考課の責任者であったM本部長は,原告の人事考課表において,考課要素14項目のうち,5項目について2,9項目について3の評価をしている。そして,M本部長は,所見欄に「組織人として,又管理職として期待していたが,前年のトラブル同様,自己中心的で協調性,積極性に欠き(ママ),組織(上司,部下)を上手に活用出来ず,人的トラブルの続出で安定的業務遂行が不能であり,大勢の中の一員として再訓練教育を行う。」と記載している。
(9) 裁判所の判断
ア 平成8年4月1日の原告に対する昇給停止の適法性の有無
(ア) 前記(1)(2)及び弁論の全趣旨によれば,被告学園の職員の給与は,毎年4月1日に自動的に昇給するのではなく,1年間の仕事振りをみて,「就業に対して不真面目な場合,もしくは出勤状況が良好と認められない場合」には,被告学園は職員の給与について昇給を停止することができると解するのが相当である。そうだとすると,問題は,原告の平成7年4月1日から同8年3月31日までの勤務振りが,「就業に対して不真面目な場合,もしくは出勤状況が良好と認められない場合」に当たるか否かという点である。
(イ) これを本件についてみるに,前記(4)(7)(8)で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,<1>原告は平成7年4月1日から同8年3月31日までの間,毎月,一週間程度の仕事量しかないレセプト業務しかしていなかったこと,<2>原告は,A副部長に対し,仕事は楽な方がいいといって,仕事に積極的姿勢を示さなかったこと,<3>B理事長は,原告が仕事に精励している期間の平成10年4月1日から同12年3月31日までの間の人事考課は高い評価をしていることに照らすと,同7年4月1日から同8年3月31日の(ママ)評価も公平に評価していると見うること,<4>原告自身,「1ならいいけど,すべての項目1というのは,はっきりいって納得いかない」として,自己の評価が低くてもやむを得ないと受け取れる発言をしていること,<5>被告学園の苦情処理委員会で,原告に対する昇給停止が相当か否かを審理したが,同委員会には労働組合側の委員が5名と半分を占めていたのに,全員が被告学園の昇給停止措置に賛成したことが認められる。これらの事実に照らすと,原告の平成7年4月1日から同8年3月31日までの勤務振りは,「出勤状況が良好と認められない場合」に当たるということができ,そうだとすると,被告学園の原告に対する平成8年4月1日の昇給停止は,人事考課,成績査定の権限を濫用・逸脱しているとは到底いえず,被告学園の昇給停止は相当というべきであり,この点の原告の主張は理由がないというほかない。
イ 平成9年4月1日の原告に対する昇給停止の適法性の有無
(ア) 前記ア(ア)で示した基準に照らし,原告の平成8年4月1日から同9年3月31日までの勤務振りが,「就業に対して不真面目な場合,もしくは出勤状況が良好と認められない場合」に当たるか否かについて検討することにする。
(イ) 前記(5)(7)(8)で認定した事実,前記アでの判断及び弁論の全趣旨によれば,<1>原告は平成8年7月ころ以降,これまで担当していたレセプト業務がパソコン入力によるシステム化によりDの担当となり,以後,原告は被告保険組合の仕事をすることのない毎日を送っていたこと,<2>平成8年4月1日から同9年3月31日までの原告の人事考課については,B理事長に加えA副部長までほとんどの考課要素について最低の評価である1を付けていること,<3>B理事長,A副部長は,原告が仕事に精励している期間の平成10年4月1日から同12年3月31日までの人事考課は高い評価をしていることに照らすと,同8年4月1日から同9年3月31日までの間の評価も公平に評価していると見うること,<4>被告学園の原告に対する平成8年4月1日の昇給停止は相当であることがそれぞれ認められる。これらの事実に照らすと,原告の平成8年4月1日から同9年3月31日までの勤務振りは,「出勤状況が良好と認められない場合」に当たるということができ,そうだとすると,被告学園の原告に対する平成9年4月1日の昇給停止は,人事考課,成績査定の権限を濫用・逸脱しているとは到底いえず,被告学園の昇給停止は相当というべきであり,この点の原告の主張は理由がないというほかない。
ウ 平成10年4月1日の原告に対する昇給停止の適法性の有無
(ア) 前記ア(ア)で示した基準に照らし,原告の平成9年4月1日から同10年3月31日までの勤務振りが,「就業に対して不真面目な場合,もしくは出勤状況が良好と認められない場合」に当たるか否かについて検討することにする。
(イ) 前記(6)ないし(8)で認定した事実,前記ア,イでの判断及び弁論の全趣旨によれば,<1>原告は平成9年4月1日から同10年3月31日までの間,被告保険組合の仕事をすることなく,毎日を過ごしていたこと,<2>平成9年4月1日から同10年3月31日までの原告の人事考課については,B理事長,A副部長は,原告が被告保険組合の仕事をしていないので,人事考課表の評価については空白のまま被告学園に提出したこと,<3>B理事長,A副部長は,原告が仕事に精励している期間の平成10年4月1日から同12年3月31日までの人事考課は高い評価をしていることに照らすと,同9年4月1日から同10年3月31日で(ママ)の間の評価も公平に評価していると見うること,<4>被告学園の人事委員会は,原告の前記<1>の勤務態度を考慮して,平成10年4月1日の昇給を停止したこと,<5>被告学園の原告に対する平成8年4月1日,同9年4月1日の各昇給停止は相当であることが認められる。これらの事実に照らすと,原告の平成9年4月1日から同10年3月31日までの勤務振りは,「出勤状況が良好と認められない場合」に当たるということができ,そうだとすると,被告学園の原告に対する平成10年4月1日の昇給停止は,人事考課,成績査定の権限を濫用・逸脱しているとは到底いえず,被告学園の昇給停止は相当というべきであり,この点の原告の主張は理由がないというほかない。
2 争点2(嫌がらせ等違法行為の存否)について
(1) 原告は,被告らから,平成8年から同16年までの間,種々の違法な嫌がらせを受けたと主張するので,以下,原告の主張に沿ってその成否について検討することにする。
(2) 平成8年度
ア 原告は,被告学園が平成8年4月1日原告の給与を昇給させなかったことをもって,原告に対する嫌がらせであり,違法であると主張する(前記第2の2(2)【原告】の主張ア(ア))。
しかし,既に,前記1(9)アで判断したとおり,被告学園の原告に対する平成8年4月1日の昇給停止は,被告学園において人事考課,成績査定の権限を濫用・逸脱しているとはいえず,相当の措置であった。そうだとすると,原告の上記主張はその余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
イ(ア) 原告は,被告学園の苦情処理委員会が,原告の昇給停止の(ママ)関する苦情について,原告に対する聴聞等を一切行なわずに判断したことをもって,原告に対する嫌がらせであり,違法であると主張する(前記第2の2(2)【原告】の主張ア(イ))。
(イ) そこで,検討するに,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 被告学園の苦情処理委員会規則によれば,<1>委員会は,苦情処理内容によっては委員長もしくは労組が必要と認めた者を1回につき5名以内参考人として呼び意見を求めることができる(苦情処理委員会規則6条2項),<2>委員会は委員会の決定により苦情内容の実情調査を行うことができる(同7条)と規定するのみで,苦情申立者本人から直接事情聴取しなければならない旨の規定はない。
b 被告学園の苦情処理委員会は,平成8年6月3日,原告から,同年4月1日の昇給停止処分に不服があるとして,苦情の申立てを受けた。被告学園の苦情処理委員会は,3度にわたって委員会を開き,A副部長を呼び,実情を調査の上,前記昇給停止処分は当然の措置であるとして,原告にその旨回答した。なお,被告学園の苦情処理委員会は,原告から直接事情聴取をしなくても原告の苦情の当否を判断できるとして,原告から直接事情聴取を行っていない。
(ウ) 以上によれば,<1>被告学園の苦情処理委員会は,職員からの苦情処理に当たって,苦情を申立てた本人から直接事情聴取をするか否かは委員会の裁量であって,必ず調べなければならないとの規定は存在しないこと,<2>当該委員会は,原告の本件苦情については,原告から直接事情を聴かなくても判断できるとして,原告から事情を聴取していないことが認められる。以上の事実に,本件全証拠を検討するも,被告学園の苦情処理委員会の前記措置が同委員会の裁量権の範囲を逸脱した措置であると認めるに足りる証拠がない本件にあっては,被告学園の苦情処理委員会の原告に対する措置が原告に対する嫌がらせであり,違法であるとの原告の主張は理由がないというほかない。
ウ(ア) 原告は,A副部長が,<1>原告の業務をすべて取り上げ,C及びDの両名に配分したこと,<2>ほぼ毎日のように,原告に対し,「組合(被告保険組合)は人数が1人分多過ぎる。君の仕事はない。」「君は毎日職場に来てもやる仕事がないのに,どうするつもりなんだ。」等と言い続けたこと,<3>原告を9大学の健康保険組合の職員が参加する懇談会や勉強会に参加させなかったことをもって,原告に対する嫌がらせであり,違法であると主張する(前記第2の2(2)【原告】の主張ア(ウ))。
(イ) まず,最初に,A副部長が原告の業務をすべて取り上げた点について判断する。
この点の経緯は,前記1(4)(5)で判断したとおりである。すなわち,原告は,平成8年ころレセプト業務のみを担当していたが,被告保険組合では,同年7月ころ,手作業で行われていた事務処理をシステム化することになり,レセプト業務もパソコン入力によるシステム化をすることになり,同業務は,原告から,当時システム化全般を担当していたDに移行することになった。そこで,A副部長は,原告に対し,レセプト業務のシステム化に伴い,原告の担当する仕事がなくなることを告げ,どうするか問いかけた。これに対し,原告は,何の返答もしなかった。A副部長は,原告から自発的に仕事に就くことを申し入れてくるか様子を見ていたが,原告からはそのような申出はなく,原告は,被告保険組合の仕事をすることのない毎日を過ごすこととなった。
以上の経過によれば,A副部長が,原告が担当していたレセプト業務をDに担当させるようになったことにはそれなりの理由があったというべきであり,その後の原告の対応を考慮すると,被告保険組合において,原告に同組合の事務を担当させなかったことが違法とまで評価することは困難であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。よって,この点の原告の主張は理由がない。
(ウ) 次に,A副部長が,原告に対し,ほぼ毎日のように,「組合(被告保険組合)は人数が1人分多過ぎる。君の仕事はない。」「君は毎日職場に来てもやる仕事がないのに,どうするつもりなんだ。」等と言い続けたという点について判断する。
原告は,A副部長が上記のような発言を続けたと陳述し(<証拠・人証略>),A副部長はこれを否定する証言等をする(<証拠・人証略>)。いずれの陳述・証言等に信用性があるかが問題となる。
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成8年4月1日の昇給停止があって以来,仕事場に会話を録音できる機器(マイクロカセットレコーダー)を持ち込み,A副部長との会話を隠し撮(ママ)りしていたのであるから,A部長が毎日のように「君は毎日職場に来てもやる仕事がないのに,どうするつもりなんだ。」等と言い続けたというのであれば,そのような会話を録音し,これを本訴訟の場に提出するのは容易であるのに,原告はこのような証拠を提出していないことが認められる。
以上のような事実に照らすと,原告の陳述よりもA副部長の証言等の方を信用するのが相当であり,その他,原告の主張を証明するに足りる的確な証拠は存在しない。したがって,原告の上記主張は理由がないというべきである。
(エ) 最後に,A副部長が,原告を9大学の健康保険組合の職員が参加する懇談会や勉強会に参加させなかった点について判断する。
証拠(<証拠・人証略>)によれば,上記原告主張の事実が認められる。しかし,前記ウ(イ)でも判断したとおり,当時,原告は,被告保険組合の仕事に従事していなかったのであるから,被告保険組合において,仕事に関連する懇談会や勉強会への原告の出席を認めなかったとしても,この措置が違法であるとまでいうことは困難である。よって,原告のこの点の主張も理由がない。
エ 退職勧奨について,
なお,原告は,平成9年3月19日から同月末ころにかけて,被告らが原告に対し行った退職勧奨が違法であると主張するが(前記第2の2(2)【原告】の主張ア(エ)),これについては,後記(3)イで併せて判断することにする。
(3) 平成9年度
ア 原告は,平成9年度中も,<1>前年度と同様一切の仕事からはずされ,会合にも参加できなかったこと,<2>被告学園は平成9年4月1日原告の給与を昇給させなかったことをもって,原告に対する嫌がらせであり,違法であると主張する(前記第2の2(2)【原告】の主張イ(ア))。
しかし,原告が被告保険組合の仕事をしなくなった経緯は前記(2)ウ(イ)で認定したとおりであり,また,原告が会合に参加することができなかった経緯も前記(2)ウ(エ)で認定したとおりである。そして,被告保険組合が原告に同組合の仕事をさせなかったこと及び原告に会合への参加を認めなかった措置に違法な点がないことは,前記(2)ウ(イ)(エ)で判示したとおりである。ところで,原告は,平成8年度の前記状態が同9年度も続いていることをもって違法であると主張しているが,平成8年度の状態が違法でない以上,特段の事情がない限り,同9年度の同様の状態も違法ということができないところ,本件全証拠を検討するも,特段の事情を認めるに足りる証拠は存在しない。したがって,原告の前記<1>の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
また,原告は,被告学園が平成9年4月1日原告の給与を昇給させなかったことをもって違法であると主張するが,被告学園の原告に対する昇給停止が被告学園において人事考課,成績査定の権限を濫用・逸脱しているとはいえず,相当の措置であったことは既に前記1(9)イで判示したとおりである。よって,この点の原告の主張もその余の点を判断するまでもなく理由がない。
イ また,原告は,A副部長が平成9年3月19日から同月末日ころの間,同年8月8日原告に対し退職勧告をしたを(ママ)もって,原告に対する嫌がらせであり,違法であると主張する(前記第2の2(2)【原告】の主張ア(エ),イ(イ))ので,以下,この点について判断することにする。
証拠(<証拠・人証略>)によれば,次の事実が認められる。
被告学園は,平成8年7月ころから,被告保険組合の仕事に従事していない原告に対し,A副部長を通じて退職勧奨した。すなわち,A副部長は,平成9年3月19日,原告に対し,退職勧奨をした。原告は,金額によっては退職してもよいとの意向を示し,A副部長も被告学園の指示を仰ぎながら原告との交渉を進めた。A副部長は,平成9年8月8日,原告に対し,退職に応じるならば4000万円までは出すと条件を提示した。これに対し,原告は,4000万円では応じられないと回答した。被告学園は,4000万円以上出す考えはなく,原告との退職を巡る交渉は打ち切りになった。なお,原告とA副部長との退職を巡る交渉は,退職金額を巡る交渉が主であり,退職しない場合に制裁等加える等,違法な交渉状況ではなかった。
以上によれば,被告学園としては,被告保険組合の仕事をせず余剰状態になっている原告に対し,退職勧奨することは,法人として許された行為であり,しかも交渉内容も主として退職金額を巡るものであり違法な内容とはいえない。そうだとすると,被告学園においてA副部長を通じ,退職勧告したことをもって違法ということはできず,この点の原告の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
(4) 平成10,11年度
ア 原告は,<1>平成10年4月,被告学園の新校舎落成に伴い,被告保険組合の事務所も新校舎内に移った際,他の職員の席は部屋の中心部分に配置されたのに対し,原告の席だけは壁に側面をつけられ,目の前にはパーテーションが設置されたこと,<2>前年度に引き続き,原告に仕事を担当させず,会合への参加も認めなかったこと,被告学園が平成10年4月1日原告の給与を昇給させなかったことがいずれも原告に対する嫌がらせであり,違法であると主張する(前記第2の2(2)【原告】の主張ウ)。
イ まず,最初に,原告の前記<1>の主張について検討する。
証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる
(ア) 被告学園の新校舎が平成10年4月落成し,被告保険組合の事務所も新校舎内に移転した。被告保険組合の事務室は一部屋であり,当時在籍していた職員等の配置は,平成10年4月から同年6月末ころまでは,別紙「健康保険組合」記載のとおりであった。これによれば,事務室の入口から見て,奥に,理事長,A副部長の席があり,中央にCとDの席があり,右側の壁面に沿って原告の席があった。原告の席の前にはパーテーションがあったが,原告の席から,A副部長,C,Dの姿は見え,これらの者と会話しようと思えばできる位置関係にあった。
(イ) A副部長が,被告保険組合の職員の位置関係をこのようにしたのは,当時,原告は被告保険組合の仕事に従事していなかったこと,原告とCらとの関係が険悪な状態にあったので,席を離した方が業務遂行が円滑にいくと考えたからであった。
(ウ) 以上によれば,A副部長による原告の席の位置は,原告に対する配慮がいささか欠けていた面がないではない。しかし,当時,原告は被告保険組合の業務に従事していなかったこと,Cらとの関係が険悪な状況にあったこと,当該席の位置関係は3か月で解消されたことに照らすと,原告の席の位置を前記のとおり配置したことをもって損害賠償義務が発生するまでの違法であったとまで評価することは困難というべきである。
ウ 次に,原告の前記<2>の主張について検討する。
(ア) 原告は,前年度に引き続き,原告に仕事を担当させず,会合への参加も認めなかったことが違法であると主張する。しかし,原告が被告保険組合の仕事をすることなく毎日を過ごし,また,被告学園が原告に会合に参加させなかったのは,平成8年7月ころ以降続いていた状態である。そして,平成8年7月ころから同10年3月31日ころまでの間のこのような状態が違法とはいえないことは,既に,前記(2)ウ(イ)(エ),(3)アで述べたとおりである。ところで,原告は,平成8年7月ころから同10年3月31日までの前記状態が同10年4月1日以降も続いていることをもって違法であると主張しているが,平成8年7月ころから同10年3月31日までの前記状態が違法でない以上,特段の事情がない限り,同年4月1日以降の同様の状態も違法ということができないところ,本件全証拠を検討するも,特段の事情を認めるに足りる証拠は存在しない。したがって,原告の前記主張はその余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
(イ) また,原告は,被告学園が平成10年4月1日原告の給与を昇給させなかったことをもって違法であると主張するが,被告学園の原告に対する昇給停止が被告学園において人事考課,成績査定の権限を濫用・逸脱しているとはいえず,相当の措置であったことは既に前記1(9)ウで判示したとおりである。よって,この点の原告の主張もその余の点を判断するまでもなく理由がない。
(5) 平成12年度
ア 原告は,平成12年ころ,被告保険組合が毎年組合員に配布している家庭常備薬について,A副部長に対し,納入業者を変更するよう提案したが,同人がこれを拒否したこと,M本部長に対し,A副部長の行動が被告保険組合の組合員の利益に背くものであると訴えたところ,M本部長が激怒したことをもって,原告に対する嫌がらせであり,違法であると主張する(前記第2の2(2)【原告】の主張エ)。
イ 原告は,平成12年ころ,被告保険組合が毎年組合員に配布している家庭常備薬について,A副部長に対し,納入業者を変更するよう提案したが,同人がこれを拒否したこと,M本部長に対し,A副部長の行動が被告保険組合の組合員の利益に背くものであると訴えたことは当事者間に争いがない。
ウ また,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告保険組合は,30年以上も前から,毎年組合員に配布している家庭常備薬を,a産業から購入していた。原告は,平成12年4月,被告保険組合の事務長に就任し,家庭常備薬の発注担当となった。原告は,別の業者から購入すれば,a産業よりも割安の価格で購入することができることが分かったので,A副部長に対し,家庭常備薬の納入業者をa産業から新たな業者に変更してはどうかと提案した。
(イ) A副部長は,a産業が,被告保険組合を東京六大学のうちb大学以外の五大学や他の三私立大学が加盟している私大健保協議会(私立大学健康保険組合協議会)に加盟させてもらうことに尽力してもらった経緯があること,新規業者は取引の最初は安く納入し,その後値上げする可能性もあることから,原告の提案に同意しなかった。そして,A副部長は,a産業に対し,他の業者の見積書を示すなどして価格値下げ交渉をし,2年後には,他の業者と同等近くの納入価格にまで値下げさせた。
(ウ) 原告は,A副部長の行動が被告保険組合の組合員の利益に背くものであると考え,M本部長に対し,その旨,申し述べたが,M本部長は,原告の考えに同調せず,A副本部長の行動を支持した。なお,原告は,この際,M本部長は,激怒したと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
エ 以上によれば,被告保険組合が毎年組合員に配布している家庭常備薬の納入業者を巡り,これまでの納入業者でよいとするA副部長と新たな業者に変更すべきであるとする原告との間で考えの相違があったことが認められるが,A副部長の考えにももっともな理由があり,A副部長,M本部長が,原告の提案を受けいれなかったことをもって,原告に対する違法行為,あるいは嫌がらせということはできず,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
(6) 平成13年度
ア 原告は,平成13年度中,A副部長が他の部署の職員らに対し原告の悪口を言って回ったことをもって,原告に対する嫌がらせであり,違法であると主張する(前記第2の2(2)【原告】の主張オ)。
イ しかし,本件全証拠を検討するも,A副部長が他の部署の職員らに対し原告の悪口を言って回ったことを認めるに足りる的確な証拠は存在しない(かえってこれを否定する証人A【13頁】の証言が存在する)。A副部長が,原告主張のような行為をしたのであれば,原告は他の部署の誰からどのような悪口を聞いたのか明らかにすべきところ,原告はこの点の具体性のある主張立証をできていない。
ウ 以上によれば,原告の上記主張は,その余の点を判断するまでもなく理由がない。
(7) 平成15年度
ア 原告は,被告学園が平成15年4月1日原告の課長職を解任し平職員として被告学園EDP室システム2課に異動させ,印刷,用紙のカット,各種用紙の入ったダンボールの運搬等の作業を担当させ,原告を変形性腰椎症に罹患させたことは,原告に対する嫌がらせであり,違法であると主張する(前記第2の2(2)【原告】の主張カ)。
イ 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告学園は,平成元年7月から同15年3月31日までの間,原告を被告保険組合に出向させた。原告は,平成2年7月1日,被告保険組合において,課長待遇に昇格した。
(イ) 原告は,平成2年7月ころ以降同15年3月31日ころまでの間,同10年7月ころから同12年3月ころまでの間を除き,被告保険組合の職員と諍いを繰り返した。すなわち,原告は,G副部長,C,D,派遣社員らと協調して被告保険組合の業務を遂行することができなかった。
(ウ) そこで,被告学園は,原告をこのまま被告保険組合に在籍させておくことは相当ではないと考え,被告学園EDP室システム2課に異動させることにした。被告学園EDP室システム2課は,印刷,用紙のカット,各種用紙の入ったダンボールの運搬等の作業を担当するところであった。原告は,本件異動に伴い,課長待遇からは外れているものの,専門職として,従前と同じ給与のままであった。原告は,EDP室システム2課の仕事内容を知りながら,本件異動について何ら異議を述べることなく,被告学園の異動命令に従った。
ウ 以上によれば,被告学園の原告に対する異動命令は,被告学園の人事権の裁量の範囲内であり何ら違法な点はない。また,原告は,本件異動に当たり,被告学園EDP室システム2課の仕事内容を知りながら,本件異動に従ったのであり,しかも,給与等の減額はなかったのであり,そうだとすると,被告学園が原告を被告保険組合から被告学園EDP室システム2課へ配転した行為が,原告に対する違法な嫌がらせであるとする原告の主張は理由がないということになる。
(8) 平成16年度
ア 原告は,被告学園が原告に対し,本件覚書第4項に規定する時効となった年次有給休暇の請求権日数を長期療養に引当てる制度を適用しなかったことをもって,原告に対する嫌がらせであり,違法であると主張する(前記第2の2(2)【原告】の主張キ)。
イ しかし,被告学園が,原告に対し,本件覚書第4項に規定する年次有給休暇の請求権日数を長期療養に引当てる制度を適用しなかったことが,何ら違法でないことは後記3で述べるとおりである。よって,この点の原告の主張も理由がない。
(9) 小括
ア 以上(2)ないし(8)によれば,原告は被告らから平成8年から同16年までの間種々の違法な嫌がらせを受けたとの主張は,いずれも理由がない。よって,この点の原告の主張は棄却を免れない。
イ なお,原告の被告らから受けた嫌がらせを原因とする損害賠償請求は,不法行為に基づく請求と解される。不法行為に基づく損害賠償請求権の時効の起算点は,被害者である原告が「損害及び加害者を知った時」であるところ,本件においては,原告が,嫌がらせを受けた時に損害及び加害者を知ったと認められる(弁論の全趣旨)。そして,原告が本訴に先立ち民事調停の申立てをしたのが平成16年7月9日であることは当裁判所の(ママ)顕著である。そうだとすると,原告の不法行為に基づく損害賠償請求は,民事調停申立てから3年前である平成13年7月8日以前の被告らの行為を前提とする請求部分は3年の経過により既に時効が完成しているというべきであり,これを援用する被告らの主張はこの点でも理由がある。この点について,原告は,時効の起算点は,原告が原告訴訟代理人弁護士に相談した時期であると主張するが,独自の主張であり,採用することができない。
ウ 以上の検討結果によれば,原告に対する嫌がらせを原因とする原告の損害賠償請求は理由がなく,棄却を免れない。
3 争点3(年次有給休暇処理の違法性の存否)について
(1) 原告は,被告学園が原告に対し,本件覚書第4項に規定する時効となった年次有給休暇の請求権日数を長期療養に引当てる制度を適用しなかったのは違法であり,原告がこれに被(ママ)った損害を賠償すべきであると主張する。
(2) 確かに,<1>原告は,平成16年10月9日段階で,103日分の時効となった有給休暇請求権を有していたこと,<2>しかし,被告学園は,本件覚書第4項を適用することなく,平成16年10月9日以降,原告を(ママ)無給扱いの休職を命じたことは当事者間に争いがない(前記争いがない事実(3))。
そうだとすると,前記被告学園の原告に対する措置が違法か否かという点が問題となる。以下,検討を進めることにする。
(3) 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 被告学園は,職員の年次有給休暇について,次のような規定を設けている。
(ア) 職員就業規程
(年次有給休暇)
第30条 年次有給休暇は,労働基準法第39条に基づき,次のとおり定める。
(1) 採用1年目の一般職員には,試用期間2か月を除き,10日間の有給休暇を与えることができる
(2) 1年間継続勤務,全勤務日の8割以上出勤した者に対して11日間
(3) 2年以上継続勤務者には,1年につき1日を加える
ただし,総日数22日を超えてはならない
(イ) 本件覚書
(年次有給休暇の扱い)
1,2省略
3 職員就業規程30条3号は,その年次に新たに発生する請求権日数であり,請求権の時効は2年である。
4 時効になった請求権日数は,別途記録しておき,長期療養を要する場合に考慮することができる。
5 長期病欠3か月後に休職扱いとなる時点で,その者に有給休暇の請求権日数が残っている場合,休職開始日を延期することができる。
6 省略
7 時効になった日数を使用した場合,賞与・昇給等については欠勤として扱う。
イ 被告学園の有給休暇の扱いの運用
被告学園は,職員就業規程30条,本件覚書に従い,時効消滅した有給休暇の請求権については,次のような扱いをしている。
被告学園の職員は,原則として,時効消滅した年次有給休暇の請求権を利用することなく退職の日を迎える。
しかし,被告学園は,職員が長期療養による病欠の場合で,本件覚書第5項を適用しても,長期療養3か月後に年次有給休暇が残っていない場合に,例外的に,裁量で,同覚書第4項を適用して,既に時効消滅した年次有給休暇の総数を考慮し,その一部を復活させることを認め,休職開始時期を遅らせる運用をしていた。すなわち,被告学園は,本件覚書第4項を,長期療養のため,欠勤を余儀なくされた職員の生活を救済する目的で,例外的に定められたものと理解し,同項が適用されるのは,職員を救済する必要性が極めて高い場合に限定されると理解し,運用してきた。そして,被告学園が,これまで本件覚書第4項を適用するのは,主として,職員が勤務継続する意向があり,被告学園としてもその職員の雇用継続を希望する場合において,当該職員が療養期間の長期化のため,当該職員本人及び扶養家族等の生活を救済する必要性がある場合であった。したがって,当該職員において勤務を継続する意思がなく,被告学園も当該職員の雇用継続を希望しないような場合には,本件覚書第4項を適用しない運用であった。ちなみに,被告学園の職員で,退職するまでの間に,本件覚書第4項の適用を受けた職員は僅かに約2%にすぎない。
ウ 原告の場合
(ア) 原告は,被告学園EDP室システム2課に配転後,腰痛が出るようになり,平成16年4月30日,被告学園に対し,c総合病院整形外科L医師(以下「L医師」という)の「変形性腰椎症」で約1か月の休業・安静を要するとの診断書を提出し,欠勤した。原告は,その後,出勤と欠勤を繰り返した。原告は,その後,被告学園に対し,L医師の次のような診断書を提出している。すなわち,平成16年5月28日付診断書では変形性腰椎症の症状が軽快し,就労可能との記載が,同年6月11日付診断書では変形性腰椎症のため3か月の休業・安静を要する見込みとの記載が,同年9月9日付診断書ではさらに約3か月の休業・安静を要する見込みとの記載がされている。
(イ) 被告学園は,原告が腰痛に悩まされていることを考慮し,原告に対し,EDP室における印刷用紙の上げ下ろしを免除する旨申し入れたが,原告は被告学園の申し入れを受け入れることなく,欠勤を継続した。
(ウ) このような中,原告は,平成16年7月9日,被告学園を相手方として,東京簡易裁判所に対し,本件と同趣旨の民事調停事件を提起し(東京簡易裁判所平成16年(ノ)第784号),前記手続の中で,退職条件を巡る話し合いがされた。
(エ) 被告学園は,原告の年次有給休暇がなくなったので,平成16年10月9日,原告に対し,同日以降,無給扱いの休職を命じた。これに対し,原告は,平成16年10月9日段階で,103日分の時効となった有給休暇請求権を有していたので,本件覚書第4項を適用を(ママ)し,休職開始時期を延期してほしいと申し入れたが,被告学園はこれを拒否した。
(オ) 原告と被告学園との間の前記民事調停は,平成16年10月19日で調停不成立で終了した。原告は,調停不成立の1週間後の平成16年10月26日,被告学園に対し,同年11月30日をもって退職したいと申し入れた。なお,原告には扶養家族はいない。
(4) 以上の認定事実及び弁論の全趣旨によれば,<1>本件覚書第4項,第5項の文言は,被告学園は,「・・・することができる。」と規定しており,被告学園において本件覚書第4項を適用するか否かの裁量権を有していると解されること,<2>被告学園は,これまで,本件覚書第4項を適用するのは,主として,職員が勤務継続する意向があり,被告学園としてもその職員の雇用継続を希望する場合において,当該職員が療養期間の長期化のため,当該職員本人及び扶養家族等の生活を救済する必要な(ママ)場合であるとして運用してきたこと,<3>被告学園の前記運用には一応の合理的理由が存在すること,<4>被告学園は平成16年10月9日段階で,原告の平成16年5月以降の勤務態度,前記民事調停でのやりとり(退職を視野に入れての交渉)等に照らし,原告に被告学園に勤務する意思があるのか疑問に考えたこと,そして,被告学園において原告の雇用継続を希望しないことにもそれなりの理由があること,<5>原告には扶養家族がいないことがそれぞれ認められ,これらの事実を考慮すると,被告学園が原告に対し,本件覚書第4項に規定する年次有給休暇の請求権日数を長期療養に引当てる制度を適用しなかった措置は違法ということができず,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
以上によれば,被告学園が原告に対し,本件覚書第4項に規定する時効となった年次有給休暇の請求権日数を長期療養に引当てる制度を適用しなかったのが違法であるとの原告の主張は,その余の点を判断するまでもなく理由がないというべきである。
4 結論
以上の検討から明らかなとおり,原告の請求はいずれも理由がないので,これを棄却することにする。
(裁判官 難波孝一)