東京地方裁判所 平成17年(ワ)5666号 判決 2006年4月28日
原告
X1
原告
X2
原告
X3
原告ら訴訟代理人弁護士
森本宏一郎
被告
株式会社廣川書店
同代表者代表取締役
W
同訴訟代理人弁護士
浅岡省吾
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告X1に対し10万円,同X2に対し3万円,同X3に対し5万円及びこれらに対する平成16年9月30日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,平成16年夏季賞与について,原告X1と同X2については私傷病による欠勤等を理由として,原告X3については業務ミスを理由として,被告からそれぞれ減額査定を受けたため,当該賞与査定は権利濫用で無効であるなどとして減額を受けなかった場合の賞与額との差額を各人が被告に請求した事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか証拠等により容易に認定できる事実)
(1) 被告は,自然化学部門の大学用教科書の出版などを事業目的とする会社である。平成17年1月末現在の同社の社員数は21名(うち課長以上の管理職社員は6名)である。
(2) 原告X1は,昭和52年4月被告に入社し,平成16年9月当時(以下同じ)同社の営業部に所属する,原告X2は,昭和46年4月被告に入社し,同社経理部に所属する,原告X3は,昭和49年9月被告に入社し,同社営業部に所属する被告の社員である。
(3) 原告ら3名は,いずれも,被告の社員により構成される訴外廣川書店労働組合(以下「訴外組合」という。平成16年9月当時の組合員数15名,当時の執行委員長は訴外A)の組合員であるところ,訴外組合と被告との間で,平成16年9月21日,同年の夏季賞与に関し,次の内容を要旨とする協定(以下「本件協定」という。)が締結された(なお,以下「会社査定部分」を除く賞与部分を「基礎賞与部分」という。)。
(協定要旨)
1 支給額:(30万円×本人就労日数÷121日>±20万円(会社査定)
2 (会社査定)部分は,プラス・マイナス20万円の範囲で,会社業務への貢献度を会社が勘案して,会社が決定する。
(4) 平成16年9月29日,原告ら3名を含む被告の社員のうちの訴外組合に所属する社員に対し,同年夏季賞与(以下「本件賞与」という。)が支給されたが,上記会社査定部分につき,原告X1についてはマイナス10万円とし,同X2については同査定部分をマイナス3万円とし,同X3についてはマイナス5万円とし,いずれも前記算定式に基づき各賞与が支給された。その結果,原告X1には所得税などを控除した後の16万8143円が,原告X2には,同じく,23万0688円が,原告X3には,同じく,21万0848円がそれぞれ支給された。
(5) 被告は,原告らからの問い合わせに対し,各人の「減額査定」理由として,原告X1及び同X2に対してはいずれも病気での「入・通院」による欠勤を理由としてあげ,原告X3に対しては「業務上のミス」をあげて説明していた。
(6) 本件賞与に係る査定対象期間中の原告X1の「私傷病」による不就業回数は24回,不就業時間は5221分(87時間)であり,同人の年収は691万6249円である。
(7) 本件夏季一時金に係る査定対象期間中の原告X2の「私傷病」による不就業回数は9回,不就業時間は1647分(27時間27分)であり,同人の年収は783万5912円である。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
本件賞与査定における被告の査定の濫用の有無
【原告らの主張】
本件賞与は,原告ら社員の賃金の一部を構成するものであり,使用者たる被告は社員各自への賞与の給付に際し,その恣意により合理的な理由なく差別的な取扱いをしてはならない。とりわけ,「本件協定」に基づく本件賞与算定基準においては,所定の「会社査定部分」の算定のいかんによっては,その査定額が,最大限,「基礎賞与部分」(就労日数により自ずから定まる)の70パーセント弱をも占める結果となることからして,そこにおける「会社業務への貢献度」の判定にあたっては,その判定は,被告の恣意にわたることのないよう合理的かつ客観的な基準(客観性原則)に基づき,かつ個々の支給総額との関係においても合理性のある比例の取れたもの(比例原則)であるべきである。
しかるに,被告は,「本件賞与」の個別の支給額を確定するに際しては,原告X1については,「会社査定」として「基礎賞与部分」の約34パーセント減にも及ぶ10万円の減給を,原告X2については,同じく10パーセント強にも及ぶ3万円の減給を,原告X3については,同じく17パーセントにも及ぶ5万円の各減給を各々行い支給した。そして,原告らに対する各「会社査定」を理由とする「減給」は,いずれも前記「査定」における上記「客観性原則」をも「比例原則」をも無視し,被告が,合理的な理由もなく恣意的に行ったものである。
訴外組合と被告との間では,昭和57年4月6日付の協定をもって,「(組合員の)私傷病疾に伴う遅刻,早退,通院時間,欠勤について(は)完全有給(を)保障する」旨の合意がなされている。上記完全有給保障とは,月例賃金及び季節賞与の全てを有給保障する意であり,従来そのように実施されていた。したがって,仮に原告X1及び原告X2につき被告の言うような事由が存在したとしても,その「減額」の程度の相当性(比例原則の充足の有無)もさることながら,そもそも当該事由をもって「減額」の理由とすることは出来ないことは明らかである。また,原告X3についても,被告が減額の理由とする「業務上のミス」の内容自体明確でない。
被告の原告らに対する「本件賞与」の減額にはいずれも根拠がないから,本来支給されるべき本件賞与部分である原告X1については10万円の,同X2については3万円の,同X3については5万円の各未払賃金と,これらに対する本件賞与支給日の翌日である平成16年9月30日から支払済みまで,商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金との支払請求権を有する。
【被告の主張】
訴外組合と被告との間では,賞与については,かねてから毎期(年2回),賞与の金額・支給方法を協定して支給してきているが,平成11年夏季からは,会社査定部分が協定によって導入されている。これは,その対象期間における各人の具体的な貢献度を認定判断する権限を被告に認めたもので,被告にその裁量権がある。
原告ら3名に対する本件査定は,その理由においても,この相当性の観点からも,適正妥当なものであって,不当なものではない。
原告ら主張の昭和57年協定は,その5項においては,「5,私傷病疾に伴う遅刻,早退,通院期間,欠勤については 1)(ママ):完全有給保障する」と規定しているもので,明らかにその月次給与の賃金の保障を定めている条項であって,賞与について言及しているものではない。このことは,この協定の用語自体からも明らかである。即ち,同協定では,4項において「4,賞与・一時金の控除・減算式について」と題して,賞与に言及するときには,賞与と明示して規定していることと対比しても自明である。
従って,本件平成16年夏季協定においても,2項の支給額の算式を定めている条項においても,就労日数について,「また,上記本人就労日数(時間)の計算においては,有給休暇,私傷病,生理休暇,天災,交通機関の遅延による不就労期間に関しては,就労したものと見做す。」とわざわざ規定しているのである。
(ア) 原告X1と同X2の査定理由
(a) 原告X1
本件査定期間中の原告X1の不就業回数は24回,不就業時間は5221分(87時間)で,賞与減額は10万円とされた。
同人の不就業状況は,勤務日数でいえば,12日余りに当たり,本人の基本給額で約31万9000円の欠務に相当する。
(b) 原告X2
本件査定期間中の原告X2の不就業回数は9回,不就業時間は1647分(27時間27分)で,賞与減額は3万円とされた。
同人の不就業状況は,勤務日数でいえば,4日弱(3.92日)に当たり,本人の基本給額でいえば約11万4000円の欠務に相当する。
(イ) 原告X3の査定理由
原告X3の査定理由は,その担当している伝票処理業務においてミスが多く,その都度注意されても改まらず,ミスを繰り返したことである。
原告X3の業務不良の状況からいって,同人に対する本件賞与査定減額5万円は決して多額ではなく,本人の年収(776万8103円)に比してもそうである。
【原告らの主張】
昭和57年4月6日付協定書5項「私傷病疾に伴う遅刻,早退,通院時間,欠勤について,ⅰ)完全有給保障する」と定め,当該記載から「完全有給保障」の対象については無限定とされ,被告主張の月次給与のみを対象とするとの限定や,「一時金を除外する」とする旨の除外規定も付されていないことは明らかである。
仮に「その適用対象については,一時金は除外する趣旨」であるとするならば,本協定では当該年次の「一時金」についての「減算」(査定)方式の定めもなされていたのであるから,その定めの中で当然「5項の定めは4項の一時金の査定には適用されない」との趣旨の除外規定が設けられたはずである。
また,「有給休暇,生理休暇,天災,交通機関の遅延による不就労時間」については,減算対象事項としたり「会社査定」の名目で減算事由とすること自体が労基法上許容されないものである。「私傷病による不就労」も同様に一時金の減算対象とはしえない。
なお,平成16年夏季「一時金協定」に定めるような「会社貢献度査定」の制度が導入されたのは,平成11年夏季一時金以降であるが,その都度「労組」は被告との団体交渉の場において,「会社業務への貢献度等」について具体的に明らかにするよう求め続けてきており,その内容をめぐって交渉は常に難航してきた。「労組」は,毎回,その内容において不分明な「査定」制度をもととする「一時金」の算定に反対の意向を表明しつつ,やむを得ず「一時金協定」に応じてきているというのが実態である。
「昭和57年4月の協定(本協定)」締結以前では,「私傷病による不就労」が「一時金」においては減額査定の対象とされていたことから,労使間においてその取扱いについて鋭意交渉が重ねられ,結局,「私傷病による不就労」を月次給与の減額対象とはしないというそれまでの労使慣行を確認した上でさらに「一時金」の査定においても減額対象とはしないとの合意に達し,その結果「本協定」で「私傷病による欠勤などについては『完全有給保障する』」とし,その手続を定める「本協定」が締結されたのである。
「本協定」締結(昭和57年4月)後,平成10年「冬季一時金」の交渉時期までの間は,「一時金」に関する協定についてもそれまでの査定方式について一部改められ,一時金支給基準額の一定割合(それまでは全額が査定対象であった)につき勤怠査定を導入することとされた。その一定割合は,昭和57年は9割であったが次第に割合が減じられ昭和60年以降は4割とされた。そして,「一時金」額の算定に係る勤怠査定部分での「欠勤日数,遅刻,早退時間など」には,「本協定」締結後は,同協定に定める「私傷病」は算入しないことで算定されてきていた。その後,平成10年冬季一時金をめぐる交渉の場において,突然被告から,本協定の存在を無視して,「欠勤日数など」に「『有給休暇,慶弔休暇などの特別休暇及びストライキ』を除くすべての欠勤など」を含むものとする旨の提案がなされた。被告が本協定を無視した提案をしたことから交渉は紛糾し,最終的に被告は上記提案を撤回したものの,結局,交渉の妥結は平成11年3月まで大幅にずれ込むこととなった。
以上のように,本協定締結後,少なくとも平成10年冬季一時金までの間の一時金の算定においては,被告も本協定に従い従業員各自の勤怠査定においては私傷病による不就労日数などについては「不就労日など」としては扱わないこととして査定が行われてきた。
平成11年夏季一時金以降は,被告から「勤怠査定」に加えて「会社査定」なる項目を付加した算定方式が提案され,支給基準額につき勤怠査定による減額を行ったうえで,さらに会社査定なる査定項目により20万円の範囲内で加減算をするというものであった。「勤怠査定」の基礎となる各人の就労日数の計算については,「有給休暇取得日数は『就労日数』に算入するものの,それ以外の『私傷病による不就労』を含む不就労日は『就労日数』などには算入しない」というものであった。また,「会社査定」に関しては,被告から「販売促進での特別貢献度,能率の向上状況,業務改善の状態,勤務態度不良を注意されたにも拘わ(ママ)らず反抗をし,業務に大幅な支障をきたした場合,支援ストに参加した場合」などで取締役会において決定する旨説明がなされたが,それ以上の「査定」に係る具体的な基準や個々の査定額の算定方法については一切説明しようとしなかった。
このような被告からの提案に対し,労組側は,「勤怠査定」で本協定に定める私傷病による不就労日などを「不就労日・時間」として算定することは本協定などに反することとなり,「会社査定」については,対象が不分明で査定基準も不明確であるとして勤怠査定については見直しを,会社査定については基準の明確化などを求めて交渉を継続した。その結果,被告は勤怠査定については「有給休暇,私傷病・・による不就労時間などについては就労したものとみなして計算する」ものとする旨その提案内容を変更したが,会社査定については査定基準を最後まで明確にすることはなかった。そのため,労使交渉は6か月以上も継続することになり,結局,一時金の支給遅れによる組合員の生計への影響などを懸念した労組側が折れる形で,平成11年10月に至りようやく決着した。そして,平成11年夏季一時金以降,各期の一時金については,被告側の提案は,現在に至るまで常に会社査定項目を組み込んだ形での算定方法によるものとしてなされている。
原告X3の減額理由のうち,「旧コンピューター」への3件の転記入力ミスとされているものは,他の営業部員による定期的な点検チェックの際に発見され訂正された,その結果被告にその主張するがごときの損失を与えたものではない。他の3件のミスとされているものも,「外注返品に係る外注業者による入力ミス」に起因するその入力ミスの見落としという誰にも起こりうる極めて軽易なミスに過ぎない。
【被告の主張】
本件賞与以前の勤怠不良による賞与減額については,労組の組合員である従業員の賞与については,各季とも,その都度労使協定をもって合意決定のうえ支給してきている。
賞与に査定が導入されたのは平成11年夏季賞与からであるが,労組協定で「会社査定分」を「±〇〇万円」と定め,支給基準額について,会社査定をもってプラス〇〇万円からマイナス〇〇万円の範囲で加・減することを定めている。
本件賞与以前の勤怠不良を理由とする賞与の減額査定も4季で8名に対して行われている。賞与の査定減額については,支給の都度,上司から直接対象者に,本人の勤怠不良を理由としたものであることを説明している。従って,会社が賞与の会社査定において勤怠を理由とする査定を行っていることを対象者や労組が知らなかったとか,会社から説明を受けたこともないというのは事実に反する。
原告X3については,B経理室長は,業務ミスが見つかった都度,注意し,修正入力等を指示して正しく入力させている。また,原告X3は,外注先入力のチェックについても注意して行えば,少なくとも見直しさえすれば当然防げることである。前任者(C)も一人担当であったのであるが,原告X3のような業務ミスを出してはいない。
第3当裁判所の判断
1 証拠等によって認定できる事実
証拠(<証拠・人証略>のほかは各認定事実の末尾に掲記した。)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認定することができる。
(1) 組合結成と活動状況
原告らが加入する訴外組合は昭和49年に結成され,訴外Aが執行委員長を現在務めている。
訴外組合は結成後,会社と交渉して労働条件の整備に努め,春闘,夏と冬の一時金について従業員の生活保障という観点から長年交渉に当たってきている。
(2) 昭和52年協定
訴外組合と被告との間で,昭和52年6月23日付の協定が次のとおり交わされている。((<証拠略>)―以下「昭和52年協定」という。)
1.夏季賞与・夏期一時金について
a)省略
b)支払対象期間を昭和51年11月21日から昭和52年5月20日とする。
c)省略
d)人事考課に基づく増減額査定は行わない。
e)遅刻・早退による不働時間については次式により控除・減算する。
遅刻・早退による不働時間(分)/実働日数(125日)×480(分)×支給額
f)省略
2.長期傷病欠の取扱いについて
a)暦日7日以上に及ぶ傷病による欠勤で医師の診断書を提出した者については原則として賞与・一時金からの控除・減算の対象としない。
b)この適用は昭和51年11月21日からとする。
c)適用に疑義が生じた場合は甲乙協議の上決定する。
(3) 昭和57年協定及び当該協定前後の協定状況
(ア) 訴外組合と被告との間で,昭和56年12月11日付の協定が次のとおり交わされている。(<証拠略>)
1.昭和56年冬季賞与・冬期一時金について
ⅰ)省略
ⅱ)支給・支払対象期間を昭和56年5月21日から昭和56年11月20日とする。
ⅲ)省略
ⅳ)遅刻・早退・欠勤による控除・減算は次式とする。
a)遅刻・早退による不働時間(分)/129日×480分×本年度基本給×4.2ヶ月(42割)
b)<省略>
2.D,Eの別途支給金・冬期一時金を次式とする。
200,300円×4.2ヶ月(42割)×8/10
3.雇用保険料について(省略)
4.育児時間について(省略)
5.年末・年始特別有給休暇について(省略)
(イ) 訴外組合と被告との間で,昭和57年4月6日付の協定が次のとおり交わされている。((<証拠略>)―以下「昭和57年協定」という。)
1.昭和57年度基本給・賃金・校正料について(省略)
2.昭和57年度企業内最低賃金は次のとおりとする。(省略)
3.17時30分~18時の超過勤務について(省略)
4.賞与・一時金の控除・減算式について
基本給・時間額×90/100をベースとする。
5.私傷病疾に伴う遅刻,早退,通院時間,欠勤について
ⅰ)完全有給保障する。
ⅱ)事後速やかに総務までその内容を文書にて届け出る。
ⅲ)暦日7日以上の長期欠勤は医師の診断書を必要とする。
ⅳ)適用対象を社員,長期アルバイト,パート,嘱託,D,Eとする。
6.昭和50年12月4日付協定における“執行委員会の時間内保障について”の改訂について(省略)
7.日本出版労働組合連合会の決定機関出席について(省略)
(ウ) 訴外組合と被告との間で,昭和57年11月30日付の協定が次のとおり交わされている。(<証拠略>)
1.1982年冬季賞与・別途支給金・冬期一時金つ(ママ)いて
ⅰ)省略
ⅱ)省略
ⅲ)支給・支払対象期間を1982年5月21日~1982年11月20日とする。
ⅳ)省略
ⅴ)遅刻,早退,欠勤,育児時間による控除・減算は次式とする
a)遅刻・早退,育児時間による不働時間(分)/127日×480分×9/10×本年度基本給×4.5ヶ月(45割)
b)<省略>
2.省略
(エ) その後も,訴外組合と被告との間では,毎期ごとに賞与・一時金に関する協定が交わされている。(<証拠略>)
(4) 平成11年協定及び当該協定前後の協定状況
(ア) 訴外組合と被告との間で,平成11年3月19日付の協定が次のとおり交わされている。(<証拠略>)
1.平成10年冬季賞与・一時金つ(ママ)いて
ⅰ)省略
ⅱ)支給額・支払額は次式とする。
100万円+平成10年度基本給月額
ⅲ)支給・支払対象期間を平成10年5月21日より平成10年11月20日とする。
ⅳ)省略
ⅴ)遅刻,早退,欠勤,育児時間による控除・減算は次式とする
a)遅刻・早退による不労時間(分)/128日×480分×4/10×(100万円+1998年度基本給月額)
b)欠勤日数/128日×4/10×(100万円+1998年度基本給月額)
c)育児時間による不労時間(分)/128日×480分×4/10×(100万円+1998年度基本給月額)
(イ) 訴外組合と被告との間で,平成11年10月4日付の協定が次のとおり交わされている。((<証拠略>)―以下「平成11年協定」という。)
1.平成11年夏期賞与・一時金つ(ママ)いて
ⅰ)省略
ⅱ)支給額・支払額は次式とする。
(100万円×本人就労日数÷119日)±20万円(会社査定)ただし,1日に満たない就労については,本人就労時間(分)÷(119日×7時間×60分)により算定する。
上記査定部分は,+(プラス)20万円から-(マイナス)20万円の範囲で,当該賞与を支給される本人の会社業務への貢献度等を勘案して,各人毎に,会社が決定する。
また,今次夏期賞与について,上記本人就労日数(時間)の計算においては,有給休暇,私傷病,生理休暇,天災,交通機関の遅延による不就労時間に関して,就労したものと見做して計算する。
ⅲ)支給・支払対象期間を平成10年11月21日~平成11年5月20日とする。
ⅳ)省略
(ウ) 訴外組合と被告との間では,平成11年冬季賞与,平成13年夏季賞与,同年冬季賞与においても支給額については平成11年協定と同様に次のとおりの内容で協定が交わされている。(<証拠略>)
支給額・支払額は次式とする。
(100万円×本人就労日数÷当該期間中の就労日数)±20万円(会社査定)
ただし,1日に満たない就労については,本人就労時間(分)÷(当該期間中の就労日数×7時間×60分)により算定する。
上記査定部分は,+(プラス)20万円から-(マイナス)20万円の範囲で,当該賞与を支給される本人の会社業務への貢献度等を勘案して,各人毎に,会社が決定する。
また,有給休暇,私傷病,生理休暇,天災,交通機関の遅延による不就労時間に関して,就労したものと見做す。
(5) 原告X1及び同X2の勤務状況と本件賞与査定経緯(<証拠略>)
従業員のタイムカードによる勤怠管理は経理室で行っている。(<人証略>)
本件賞与査定期間中の原告X1の勤怠状況内訳は次のとおりである。
<省略>
本件賞与査定期間中の原告X2の勤怠状況内訳は次のとおりである。
<省略>
(6) 原告X3の勤務状況と本件賞与査定経緯(<証拠略>)
原告X3は,平成9年から営業部に所属し,平成14年から伝票処理業務を担当していた。(<人証略>)
被告においては,従来は,オフィス・コンピューターでもって伝票管理等をしていたところ(以下「旧システム」という。),平成15年8月からウィンドウズというオペレーション・システム(いわゆるOS)上で動作する伝票管理ソフトを使った新コンピューターを導入した(以下「新システム」という。)。しかし,新システムの信頼性等に不安があったことから,被告は,本件賞与査定期間を含む,平成16年9月までは新システムと旧システムとを併用し,とりわけ経理室では請求関係は旧システムに依存していた。(<人証略>)
そのような状況下で原告X3は旧システムへのデータの入力及び返品業務に関しては外注先が入力したデータのチェックを担当していたところ,本件賞与査定期間中に原告X3には次のような業務上のミスがあった。
(ア) 日販への納品伝票の商品コードを誤って入力したため,書籍の書名・金額が別の書籍の書名・金額になっていた。
(イ) 日販への納品伝票の起票の際に,請求先区分を「注文口」ではなく「教科書口」として入力した。
(ウ) aへの納品伝票に対して,aとせず別の会社であるb社として入力した。
(エ) 外注業者がaからの返品伝票の返本数を7冊とすべきところを3冊と誤って入力しているのを見落とした。
(オ) aからの返品伝票の入力の際に,外注業者が相手先伝票番号の入力番号を誤って入力しているのを見落とした。
(カ) 日販からの返品伝票が全く入力されていないのを見落とした。
上記(ア)から(ウ)までは営業部において訴外Fがチェックした結果を経理室長のB(以下「訴外B」という。)が報告を受け,各会社へ請求書を発効(ママ)するに当たり,再度チェックを要した。(<人証略>)
上記(エ)から(カ)までは,経理室の訴外Bによって原告X3のチェックミスが発見されたが,同様に取引先へ請求書を発行するに際して訴外Bにおいて再度伝票なり取次明細をチェックする作業が必要となった。(<人証略>)
2 争点(本件賞与査定が権利濫用か否か)について
(1) 原告X1及び同X2の本件賞与査定について
前提事実(6)(7)及び前記認定事実(5)のとおり,原告X1及び同X2には本件賞与査定期間中に私傷病による欠勤等が相当回数及び時間に渡って存在する。
そして,前提事実(3)ないし(5)からすると,被告は,当該原告らの勤務状況等を勘案して本件賞与について会社査定部分である±20万円の範囲内で,原告X1についてはマイナス10万円,同X2についてはマイナス3万円を査定したものであることが認められる。
原告らはこのような被告の査定が,昭和57年協定に反するから権利濫用に当たり無効であるという。その理由とするところは,昭和57年協定において,私傷病による遅刻,早退,欠勤は完全有給保障することを被告と訴外組合との間で協定したにもかかわらず,被告が原告らに対して私傷病による遅刻,早退,欠勤(以下「私傷病によるもの」ともいう。)を本件賞与の減額の理由としているのは協定に反するということにある。
ところで,私傷病による遅刻,早退,欠勤についての昭和57年協定が基本給に限定されるものか,それとも賞与にも適用のあるものかについては争いがあり,また,賞与に適用があるとして,昭和57年協定における私傷病に関する上記合意は各回ごとの賞与にしか適用がないのか,それともその後の賞与計算方法の合意内容にもなっているのかどうかという点にも当事者間で争いがあるが,以下に判断するところによって本件争点は判断することが可能であると考えられるので,これらの点についてはこれ以上立ち入ることはしない。
前記認定事実1,(4),(イ),ⅱ)からすると,訴外組合と被告との間では平成11年協定によって同年夏の賞与から,それまでにはなかった会社査定という賞与の計算方法が導入され,これにより±20万円の範囲で賞与を支給される本人の会社業務への貢献度等を勘案して,各人毎に会社が決定することとなっている。そして,同認定事実によれば,それ以外の基礎賞与部分については,「本人就労日数(時間)の計算においては,・・・,私傷病,・・・不就労時間に関して,就労したものと見做して計算する。」とあることから,従来の訴外組合との協定を遵守しているものと考えられる。
原告らは,平成11年協定から導入された会社査定において私傷病による遅刻,早退,欠勤を減額査定することも昭和57年協定に反すると主張するが,昭和57年協定において被告を拘束するのは会社査定が導入される前の賞与計算方法において出勤率に私傷病によるものを含めないという限度であり,その後に新たに導入された会社査定までも拘束することを予定したものとは解されない。
また,原告らは,会社査定で私傷病によるものが減額査定されると実質的に昭和57年協定の上記合意内容を反故にするに等しいものであると主張するが,会社査定部分以外の基礎賞与部分では依然として私傷病によるもので減(ママ)額査定がなされないようになっていること,本件協定に(ママ)基礎賞与部分の基準金額が30万円と会社査定部分の金額よりも大きいものであることからすると,そうとまではいえない。
結局のところ,会社査定で私傷病によるものを減額査定の対象とすることについては,昭和57年協定の想定外のものといわざるを得ない。
また,証拠(各文末掲記)によると,以下の事実関係が認められる。
(ア) 被告から,平成10年11月27日付「回答書」と題する文書で,平成10年度冬期賞与について,支給額を100万円+基本給月額とし,ただし,就業規則第40条にある年次有給休暇,第41条の特別有給休暇,並びにストライキ以外の遅刻・早退・欠勤等による不就労控除を賞与支給率による減額対象とした回答が訴外組合宛に出された。(<証拠略>)
(イ) 平成11年2月10日の訴外組合による折衝で,勤怠査定について,組合と会社の言い分が平行線を辿っていること,同月26日の団交の結果,平成10年冬の一時金について,会社の常務から勤怠査定については今回は従来に戻します。但し,次回からは引きますという旨のことを言われていること,同年3月12日の団交の結果,会社の常務が勤怠査定の項は従来どおりとする旨発言していること,その結果,平成10年の冬季賞与・一時金について前記認定事実1,(4),(ア)のとおり従来と同様な算式で合意している。(<証拠略>)
(ウ) その後,被告から,平成11年夏期賞与について,支給額(100万円×本人就労日数÷119日)±20万円(会社査定),会社査定部分は,プラス20万円からマイナス20万円の範囲で,当該賞与を支給される本人の会社業務への貢献度等を勘案して,各人毎に,会社が決定すると同年5月21日付書面で回答している。(<証拠略>)
これに対して,訴外組合は,勤怠査定の減額式は協定違反と分析し,被告があくまで賞与(恩恵)として,経営の自由裁量で支給することで,経営への忠誠心を求め,管理強化の道具に使う意図が見えみえ。その思惑をはねかえす旨機関誌でコメントしている。(<証拠略>)
(エ) 訴外組合は,平成11年9月24日付抗議文で同年夏季一時金について人事考課なる名目で±20万円の大幅査定の回答を行ったことに納得していない旨表明しつつも,「こうした時節のあるものごとに関していつまでも労使間で問題を引きずることは必ずしも賢明ではないと判断し,組合はこれまでの貴経営の対応に抗議しつつも,大局的見地に立って,労使交渉における現到達内容で今春夏闘を妥結することとする。」として,前記認定事実1,(4),(イ)の平成11年協定を締結するに至っている。(<証拠略>)
このような事実経過に前記認定事実1,(4),(ウ)によるその後の各期の賞与に関する訴外組合と被告との協定においても上記会社査定は同様に合意されていること,そして本件協定もその延長上にあることをも考え併せると,最終的には平成11年協定において,会社査定が導入されたことに訴外組合は不満を表明しつつも当該算定内容で平成11年夏の賞与が計算されることに同意しており,前記のように会社査定部分にまでは昭和57年協定における私傷病によるものを賞与計算における出勤率の減額対象としない旨の約束が拘束力を持つとは考えられないこと,基礎賞与部分の出勤率の計算とは別に会社査定部分において勤怠状況について私傷病によるものを当該査定期間中の会社への貢献度の1つとして考慮することもあながち不当とはいえないことからすると,前記認定事実1,(5)のような原告らの勤怠状況を被告が会社査定において考慮して,原告X1についてマイナス10万円,同X2についてマイナス3万円としたことには一定の合理性があり,金額的に見ても会社の人事考課における裁量の範囲を特に逸脱したものとは考えられず権利濫用と見ることは難しいものと言わざるを得ない。
その他,本件証拠上,原告らが主張するような原告X1及び同X2の本件賞与査定について無効であることを基礎付けるに足りるものは見当たらない。
(2) 原告X3の本件賞与査定について
前提事実(3)ないし(5)によれば,原告X3は,本件賞与について,対応する査定期間中の業務処理状況から,本件賞与支給に際して被告が会社査定の±20万円の範囲内でマイナス5万円と査定したものであることが認められる。
前記認定事実1,(6)及び証拠(<証拠・人証略>)によれば,原告X3は,本件賞与査定期間中に6件のデータの入力ミスないしチェックミスをしており,これにより経理室の訴外Bにおいて請求書発行に当たって,ミスのあった請求先の納品伝票と取次明細を照合チェックしたりするなどの対応が必要となった事情が認められる。そして,原告X3に対する上記業務処理状況から被告が本件賞与の会社査定部分においてマイナス5万円と査定したことも基本的には会社の人事考課における裁量の範囲内のものと考えることができる。
原告らは,原告X3のミスは軽易なものに過ぎず,査定権限の濫用である旨主張するが,営業部とは別に経理室で請求書発行のために再チェックが必要とされたり,返品業務に関する外注先のインプットミスの原告X3による見過ごしを経理室でカバーせざるを得なかった事実は訴外Bの供述から一定程度裏付けられているものと考えられることからすると,原告X3と同じ営業部のFの供述をもってしても被告のこの点の査定権限の濫用を基礎付けることは有効にはできていないものと言わざるを得ない。その他,本件証拠上,原告らが主張するような被告による原告X3の本件賞与査定について無効であることを基礎付けるに足りるものは見当たらない。
3 以上によれば,原告らの請求にはいずれも理由がないのでこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 福島政幸)