東京地方裁判所 平成17年(ワ)5859号 判決 2006年4月05日
原告
ソニー損害保険株式会社
被告
有限会社美咲商事
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して、金二二六五万七三九〇円及びこれに対する平成一七年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して金四四〇一万八六四三円及びこれに対する平成一七年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、Aが運転する自動車(以下「原告車両」という。)と被告有限会社美咲商事(以下「被告会社」という。)の従業員である被告Y1が運転する自動車(以下「被告車両」という。)が衝突した交通事故に関し、Aと損害保険契約を締結していた原告が、Aに対し、同事故によるAの人的損害相当額を支払ったことにより、Aの被告らに対する民法七〇九条ないし七一五条に基づく損害賠償請求権を商法六六二条に基づき代位取得したとして、原告が被告らに対し、求償金を請求している事案である。
二 前提となる事実(特に証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いがない。)
(1) 交通事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 日時 平成一四年三月一八日午前七時ころ
イ 場所 埼玉県富士見市大字東大久保二二一一番地一先路上
ウ 原告車両 普通乗用自動車(<番号省略>)
エ 被告車両 大型貨物自動車(<番号省略>)
オ 態様 上記場所付近のセンターラインが引かれた片側一車線の道路を志木市方面から川越市方面に進行していた被告車両が、先行車両を追い抜くため右側車線にはみ出して走行し、左側車線へ戻る際、川越市方面から志木市方面に進行していた原告車両と、衝突した(甲一〇。なお、詳細については当事者間に争いがある。)。
(2) 本件事故によるAの受傷内容
右大腿骨顆部骨折、両側肋骨骨折、肺挫傷、腹腔内出血、腸間膜損傷、右肩打撲等
(3) Aの治療経過
Aは、次のとおり入院又は通院して診療を受けた。
ア 埼玉医科大学総合医療センターに、平成一四年三月一八日から同年九月四日まで入院(入院日数一七一日)した。
イ 上尾甦生病院に、同年九月四日から平成一五年三月一六日まで入院(入院日数一九四日)し、同年一〇月一五日から平成一六年六月九日まで通院(通院期間二三九日、実通院日数四日)した。
ウ 鶴瀬病院に、平成一五年三月一八日から平成一六年五月二八日まで通院(通院期間四三八日、実通院日数一六七日)した。
エ 埼玉医科大学総合医療センターに、平成一五年四月二五日から同年一〇月一〇日まで通院(通院期間一六九日、実通院日数五日)した。
(4) Aの後遺障害(甲六、七)
A(昭和○年○月○日生)は、平成一六年六月九日症状固定と診断され、その後、Aの後遺障害について、自賠責保険の損害調査事務所から右膝関節の用廃八級七号、右下肢の短縮障害一〇級八号、右下肢の醜状障害一四級五号、以上を併合して併合七級と認定された。なお、長管骨の変形、腹部の醜状障害、右肩関節の機能障害については、後遺障害等級には該当しないものと判断された。
(5) 被告らの責任原因
ア 被告Y1は、先行車両を追い抜くに際し、対向車線を走行する車両との十分な距離を保持し、正面衝突を避けることができるよう確認して進行すべきところ、これを怠った安全運転義務違反の過失があるから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。
イ 被告会社は、業務を行うにつき被告Y1を使用し、被告車両を運転させたものであり、使用者責任(民法七一五条)に基づく損害賠償責任を負う。
(6) 原告とAとの保険契約の締結と保険金支払
ア 原告は、平成一四年一月三〇日、Aとの間で、限度額を一億円とする人身傷害保険を含む自動車保険契約を締結した。
イ 原告は、前記アの契約に基づき、Aに対し、本件事故によるAの人的損害について、平成一六年一二月一五日までに合計五一七五万八六四三円(うち三万円は臨時費用)を支払った。
(7) 訴状送達日
本件訴訟の訴状は、平成一七年四月一三日までに被告らに送達された。
(顕著な事実)
三 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 争点一(事故態様及び過失相殺)
(原告)
ア 被告Y1は、先行車両が停止したのを見て、速度を減速ないし停止することなく、時速五〇キロから六〇キロの速度で進行し、無理に反対車線に完全に入る形で追い抜こうとした。
イ Aは、直近に迫った被告車両を避けるため、とっさの判断で右にハンドルを切ったが、これはやむを得ない措置であり、過失相殺の対象となる行為とはいえない。
ウ 原告車両に若干の速度規制違反の事実はあるが、この点は被告車両も同様であり、過失割合の修正要素としては相殺される。
エ Aとしては、被告車両との車間距離や被告車両との大きさの違い等から、本件事故発生を回避することは不可能だったのであり、全責任は被告側にある。仮にいくらかの過失が認められたとしても、主たる責任は被告側に存する。
(被告ら)
ア 被告Y1は、駐車車両の後部に停車した先行車両の後方へ止まる寸前の低速で接近し、対向車のないことを確認して、右ウインカーを出して右にハンドルを切り、対向車線に出、ハンドルを戻して左ウインカーを出し、原告車両を発見したが、予定通り自車線に戻れば危険がないと考え、左にハンドルを切って進行したところ、原告車両が迫っていることに気付き、更に左にハンドルを切って急ブレーキを掛けたが、その後に急に右にハンドルを切った原告車両と衝突した。
被告Y1は駐車車両があったため右側部分にはみ出して走行したのであり、道路交通法一七条五項三号の規定に従って走行していた。減速しなかったとの原告主張は事実と相違する。
イ Aは、最高速度四〇キロ規制のところ、時速八〇キロの速度で運転し、ブレーキを掛けることなく、前方をよく確認しないまま、被告車両に近接してから急に右にハンドルを切った後、逆に左にハンドルを戻そうとした。Aが制限速度を遵守し、前方を注視して、急停車等の措置を講じていれば、自車線に戻りつつあった被告車両の左側を安全に通り抜けることができたものである。
ウ したがって、Aの過失行為が本件事故に五〇パーセント以上寄与したとみるのが相当である。
(2) 争点二(Aの損害額及び求償の範囲)
損害のうち、争いがあるのは、後遺障害逸失利益及び弁護士費用である。
(原告)
ア 治療関係費用 三一八万三三三四円
(内訳)埼玉医科大学総合医療センター(入院) 一九九万〇二〇〇円
上尾甦生病院(入院) 一〇二万二〇七一円
鶴瀬病院(通院) 一一万六〇一四円
上尾甦生病院(通院) 二万四一九〇円
埼玉医科大学総合医療センター(通院) 七九五〇円
舞薬局 一万六四五〇円
肩用サポーター 六四五九円
イ 入院諸雑費 四〇万〇四〇〇円
ただし、一日当たり一一〇〇円として、三六四日分。
ウ 通院交通費 一三万二〇二〇円
ただし、平成一五年三月二五日から平成一六年六月九日までの通院交通費(タクシー代及び電車代)七万〇六五〇円と、その他の期間の電車代一日当たり三八〇円として一六一・五日分(平成一五年八月二三日はタクシー代として片道分のみ請求があり、片道分の請求がないため、この日は片道分のみ計上した。)。
エ 文書料(交通事故証明書) 六〇〇円
オ 休業損害 一二九〇万二三九五円
ただし、治療期間中の賞与減額分三四一万六〇〇〇円のうち、平成一五年一月分と平成一六年一月分を除いた金額二八五万一〇〇〇円と、一日当たりの基礎収入額を一万二三三三円として平成一四年三月一八日から症状固定日である平成一六年六月九日までの八一五日分を合算した金額。
カ 傷害慰謝料 二四〇万三五二〇円
ただし、原告が任意保険基準の範囲内により査定したもの。
キ 家屋改造費 一一九万一二二五円
ただし、浴室改造及び手すり工事費八四万円、トイレ改造費三五万一二二五円の合計額。
ク 後遺障害逸失利益 二六五一万五一四九円
ただし、基礎収入(年収)額を五九八万三二〇〇円(五六歳平均賃金センサス)として、後遺障害七級相当であることから、労働能力喪失率を五〇パーセント、労働能力喪失期間を一二年(ライプニッツ係数八・八六三二)と査定したもの。
(計算式)
5,983,200×0.50×8.8632=26,515,149
なお、原告とAとの合意により、基礎収入額を五六歳平均賃金センサスで認めることを条件に労働能力喪失率を五〇パーセントと定めたものであるが、後遺障害等級七級の労働能力喪失率は五六パーセントとされているから、被告の主張する基礎収入額によったとしても、二六七四万八七一二円となり、原告がAに支払った二六五一万五一四九円を上回る。
ケ 後遺障害慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円
コ 自賠責保険からの回収分 -一一七一万〇〇〇〇円
ただし、傷害分一二〇万円、後遺障害分一〇五一万円。
サ 未回収の人身損害賠償分 四〇〇一万八六四三円
上記アないしケの合計額五一七二万八六四三円からコを差し引いた残額。
シ 弁護士費用 四〇〇万〇〇〇〇円
ス 合計 四四〇一万八六四三円
(被告ら)
ア 原告の主張アないしキ、ケ、コは認める。
イ 後遺障害逸失利益について
五六歳から五九歳までは現実収入によるのが相当であり、その額は九五五万四七八二円である。六〇歳から六八歳までは平均賃金によるのが相当であって、その額は一三三一万〇二六五円である。したがって、逸失利益の額は二二八六万五〇四七円である。
(計算式)
5,389,200×0.50×3.5459=9,554,782
5,006,400×0.50×(8.8632-3.5459)=13,310,265
Aの後遺障書の内容は、八級七号(一下肢の三大関節の一関節の用を廃したもの)、一〇級八号(一下肢を三センチメートル以上短縮したもの)、一四級五号(下肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの)である。八級七号と一〇級八号は同一系列に属するものであるから喪失率は八級によって判断するのが相当であり、一四級五号はAの年齢等からみて労働制限事由とはならないから、八級の喪失率が四五パーセントであることを考慮すると喪失率を五〇パーセントとした算定方法を不当なものということはできない。むしろ、四五パーセントとする余地のある事案である。いずれにしても、喪失率を五六パーセントとして算定する余地はない。
ウ 弁護士費用について
原告は、保険金の支払の限度でAの損害賠償請求権を代位取得するものであって、弁護士費用は取得しないから、これを認めることはできない。
エ 合計額は争う。
第三当裁判所の判断
一 争点一(事故態様及び過失相殺)について
(1) 争いのない事実、証拠(文中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様等について、次の事実が認められる。
ア 本件事故の現場は、南北にほぼ直線の見通し良好な片側一車線の二車線道路(県道川越新座線)であり(以下「本件道路」という。)、車道部分の幅員は約六メートルで、道路の西側に幅約二・一メートルの歩道が設置され、車道と歩道の間は縁石で区切られている。本件道路の東側は民家や荒地、西側はビニールハウスとなっている。交通規制としては、最高速度時速四〇キロメートルで、黄色のセンターラインによる追越しのための右側部分はみ出し禁止、駐車禁止の規制がある。本件事故当時、天候は晴れで路面は乾燥していた。(甲一〇、一一、一七、乙二)
イ 被告車両は、長さ七・八七メートル、幅二・四九メートル、高さ三・七メートルのコンクリートミキサー車である。
原告車両は、長さ三・九九メートル、幅一・六九メートル、高さ一・二五メートルのスポーツカータイプの普通乗用自動車(ホンダCR―Xデルソル)である。(甲一〇、一八)
ウ 被告Y1は、被告車両を運転して、本件道路を志木市方面(南)、から川越市方面(北)に向かい進行していたところ、本件事故の現場の手前付近に、被告車両より前を走行していた四トンくらいのコンテナ車(以下「四トントラック」という。)が被告車両の走行する車線の相当部分をふさぐ形で駐車していた。その後方に、被告車両の直前を走行していた軽自動車(以下、単に「軽自動車」という。)が停止し、軽自動車は四トントラックの後方まで進行したものの追い越す様子がなかったため、被告Y1は、軽自動車及び四トントラックを追い越すこととし、軽自動車の六・八メートル後方で、停止はしなかったがほとんど止まる状態にまで減速した。そして、追越しのため右にハンドルを切り、対向車線に進入して被告車両のギアを二速から三速、四速へ入れ加速しながら進行し、駐車している四トントラックのほぼ真横付近まで進行したところ、対向車線の前方約七二・一メートル先に原告車両が対向方向から進行するのが見えた。しかし、被告Y1は、原告車両との距離が離れているため、自車線に戻る余裕があると考え、時速三五ないし四〇キロメートルで進行したが、原告車両との距離が接近したため、危険を感じてハンドルを左に切るとともにブルーキを掛けたが間に合わず、被告車両が進行方向に向かって左斜めを向いた状態で、かつ、前部が自車線に、後部が反対車線に入った位置で、被告車両の右前部角付近から右前輪にかけての部分と原告車両とが衝突した。衝突地点は、センターラインから被告車両の元の走行車線側に約七〇センチメートル入った地点であった。衝突後、被告車両は約四メートル前進し、左前部が縁石を乗り越え歩道に入った状態で停止した。
Aは、原告車両を運転して、本件道路を川越市方面から志木市方面に向かって進行していたが、衝突地点の二一メートル手前かややそれより後方の地点(衝突地点の二〇ないし三〇メートル手前)で、四〇ないし五〇メートル前方に被告車両が自車線をふさぐような形で進行してくるのを発見し、とっさにハンドルを右に切った(ブレーキは掛けなかった。)ところ、被告車両もAから見て同じ方向へハンドルを切ったような動きをしたことから、衝突すると思い左にハンドルを戻そうとしたが間に合わず、原告車両の右前部が被告車両に衝突し、その後、衝突地点の左真横へ八・二メートル離れた路外の荒地内で左斜め前方を向く形で停正した。(甲一〇、一六、乙一、三、証人A、被告本人)
エ 被告Y1は、本人尋問の際、追越しを開始する前に四トントラック及び軽自動車の後方で、対向車線を走行する車両のないことを確認して対向車線に出たと供述し、被告Y1の平成一七年一二月三日付け陳述書(乙三)にも同趣旨の記載がある。
しかし、同人は、本件事故により近接した時期である、本件事故当日の本件事故現場における実況見分の時及び同日の東入間警察署での取調べの時(甲一〇)、さらには、事故の約三か月後に行われた検察庁での取調べの時(乙一)には、追越し前に安全確認した事実は全く述べておらず、むしろ、警察署での取調べの際には、追い越す時安全確認が足りなかったと述べ、検察庁でも、対向車線から走行してくる車両の安全確認を十分してから通過すれば本件事故を防げたと述べているのであり、事故から三年八か月以上経過し、本件訴訟において、裁判所が過失割合に関する見解(被告Y1の安全確認の有無の点を含む。)を示した和解案を提示した後になって、被告Y1が安全確認したと述べていること(顕著な事実)からすると、後者の供述はにわかに信用し難い。また、被告Y1の本人尋問の際の供述は、結局、対向車線に出る前に窓から顔を出して確認したのか、それともセンターラインを越えてから確認したのかが判然とせず、仮に、陳述書(乙三)記載のように、四トントラック及び軽自動車の後方で安全確認をしたとすれば、その二台の車両及び道路のカーブの状況からして、十分な安全確認はできなかったと解される。そうすると、被告Y1が追越し前に対向車線の安全確認を行った事実を認めることはできない。
オ 被告Y1が左へハンドルを切った地点について、同人は、本人尋問の際、駐車車両を追い越してすぐ自車線に戻るためハンドルを左に切っていたかのように述べ、陳述書(乙三)でも同様に述べている。
これに対し、被告Y1は、事故により近接した時点である捜査段階(甲一〇、乙一)では、原告車両を前方に認めた地点(駐車車両のほぼ真横の地点)から一四・八メートル先まで反対車線を進行したところ、その地点で原告車両の接近により危険を感じてハンドルを左に切った旨述べており、それ以前にハンドルを左に切って自車線に戻ろうとしたことは全く述べておらず、むしろ、検察庁では、事故の原因として、四トントラックの右側を通過するとき原告車両よりも先に通過できると軽く判断して対向車線を走行してしまったからである旨の供述をしている。また、本人尋問でも、警察では「直前で右にハンドルを切ったんだ」(なお、「右」は「左」の誤りであると解される。)という説明はしたと述べている(ただし、Aは、証人尋問の際、被告車両を発見したとき被告車両が反対車線をまるきりふさぐような形であったと証言しているが、その時点で被告車両が客観的にどの位置であったのかは、必ずしも明らかではない。)。同人の捜査段階での供述を前提にした場合に、路面に残されたスリップ痕及び衝突位置と整合性があるかどうかについては、捜査段階でハンドルを左に切ったと述べた地点から衝突地点まで一〇・九メートルあること、被告車両の大きさ(前記イ)、衝突位置がセンターラインから約七〇センチメートル被告車両走行車線側に入った地点であることなどを総合すると、必ずしも矛盾するとまでは認められず、むしろ、より手前で左へハンドルを切っていたならば、より左車線へ進入した地点で衝突したと解される。また、被告車両は長さが七・八七メートルもある大型車であるから、四トントラックの右横を通り過ぎてから一四・八メートル前方へ進行するまで左へハンドルを切らなかったとしても特段不思議はなく、むしろ、被告車両の運転席付近が四トントラックの右横を通り過ぎてすぐにハンドルを切ることは無理なはずである。
そうすると、被告Y1が左へハンドルを切った地点は、実況見分調書(甲一〇)記載の位置、すなわち、四トントラックの真横からさらに一四・八メートル前方へ進行した地点と解され、また、同人は、原告車両との衝突の危険を感じて左へハンドルを切って自車線に戻ろうとしたと認めるのが相当である。
カ 四トントラック等を追越し中の被告車両の速度について、原告は、時速五〇ないし六〇キロメートルくらいの速度は出していたと主張する。
しかし、被告Y1は、捜査段階から一貫して、時速三五キロメートルであると述べ、本人尋問の際も、時速三五キロメートルから四〇キロメートルであったと述べている。また、実況見分調書(甲一〇)によれば、被告車両が危険を感じて左ハンドルを切りブレーキをかけたとする地点から衝突後停止するまでの距離が一〇・九メートルであり(停止位置について、車両の図面上の表示は必ずしも正確ではない可能性があるが、本件事故直後に被告車両を移動させることなく確認して測定したことがうかがわれるので、距離の測定結果についてはおおむね正確であるものと解される。)、路面に残されたスリップ痕が右後輪について七・六メートル、左後輪について七・四メートルであることからすると、衝突後に停止しているため正確ではないものの、空走距離及び制動距離に照らし、原告車両と被告車両の車種の違い等も考慮すると、実況見分調書の記載は、時速三五キロメートルから四〇キロメートルとする供述と矛盾しないものといえる。さらに、被告車両は、追越し前に軽自動車の六・八メートル後方で完全に停止はしなかったものの、ほとんど止まる速度まで減速し、右にハンドルを切って追越しを開始しているのであり、その後ギアを順次四速まで入れながら加速進行し、衝突の危険を感じた地点まで三一・八メートル進行しているが(甲一〇)、対向車線に出るまでは急激な加速は困難であると解されることや、上記進行距離を考慮すると、それほど高速度が出ていたとは考えにくい。
他方、Aは、時速五〇ないし六〇キロメートルで進行していた原告車両(ただし、原告車両の速度については後述する。)と被告車両はほぼ同じ速度であったと証言するが(証人A)、対向方向から進行してくる被告車両の速度を正確に認識することは一般的にも困難であると解され、実際より速く感じる可能性も否定できない上、Aは、突然進行方向をふさがれたという認識であり、駐車していた四トントラックの存在を認識しておらず、被告車両が追越しを掛けていることも見ていないのであるから(証人A)、なおのこと、Aの被告車両の速度に関する証言が正確なものであるとは認められない。被告会社の加入する保険会社が作成した調査報告書(甲一四)には、平成一四年三月二二日及び同月二五日に警察を取材した際、被告車両が進行した速度については、時速約五〇ないし六〇キロメートルくらいと見ているとされたことが記載されているが、その根拠は明らかではなく、むしろ、かかる速度が実況見分調書の記載や被告Y1の供述にも反すること、警察官は本件事故を直接経験ないし目撃したわけではないことからすると、上記記載をもって被告車両が時速五〇ないし六〇キロメートルで進行していたことを認めることはできない。
以上から、最高速度時速四〇キロメートルの本件道路において、被告車両が時速四〇キロメートルを越える速度で進行していた事実は認めることができない。
キ 原告車両の速度について、Aは、捜査段階から一貫して時速五〇ないし六〇キロメートルであったことは認めていること(甲一〇、一六、証人A)、被告Y1が原告車両を被告車両の七二・一メートル先に発見したことについては、電柱の位置を目安に特定しており(証人A)、見通し状況(甲一〇、乙二)及び被告Y1の捜査段階における供述が全体として道路状況等に合致しており信用できることから考えて、おおむね正確であると認められること、被告車両が原告車両を発見した地点から時速三五ないし四〇キロメートルで一四・八メートル、さらに衝突地点まで途中ブレーキを踏みつつ一〇・九メートル進行する間に、原告車両がブレーキを踏むことなく約五一・七メートル進行していることからすると、時速六〇キロメートル以上の速度で進行していた可能性が高いこと、本件事故現場がほぼ直線の道路であり、原告車両の前方に先行する車両がなかったこと(甲一〇、一六)、原告車両は衝突後、衝突地点から八・二メートル先の路外の荒地(アスファルト舗装された本件道路と異なり、土の上に草がところどころに生えている。)内に停止していること、原告車両は本件事故により前部が大破していることなどを総合すると、原告車両の速度は少なくとも時速六〇キロメートル以上の速度であったと認めるのが相当である。
(2) 以上の事実を前提に、双方の過失及び過失割合について判断する。
ア 被告Y1は、黄色センターラインにより追越しのための右側部分はみ出し禁止の本件道路において、前方に駐車車両があったため追越しをすることはやむを得ないものであったといえるが、追越しに際し、前方の安全を十分に確認することなく、追越しを開始し、対向する原告車両との十分な距離を保持せず進行した過失がある。
イ 他方、Aは、前方七二・一メートルは見通しが可能な本件道路において、被告車両が前方四〇ないし五〇メートルに接近するまで被告車両に気付かなかったのであるから、前方不注視の過失は明らかというべきであり、かつ、最高速度時速四〇キロメートルの規制がある本件道路において、これを少なくとも時速二〇キロメートル超過する速度で進行した過失がある。また、被告車両を発見した後、ブレーキ操作をしていなかったため、高速度のまま被告車両に衝突し、原告車両の前部を大破させるとともにAは前記第二の二(2)記載の傷害を負う結果を生じさせたものであるから、ブレーキ操作の不適切さもAの損害の拡大に寄与しているというべきである。
さらに、Aは被告車両を発見して右にハンドルを切っているところ、原告車両の左側は、本件道路から荒地に少し入った位置に数メートル間隔で樹木があるが、本件道路とそれほど段差のない荒地となっていて、左へ避ける余地が全くなかったとはいえないこと(甲一七、乙二)、右前方には四トントラックが駐車していたこと、被告車両のスリップ痕の位置や、原告車両の右前部と被告車両の右前部角付近から右前輪にかけての部分が衝突していること(甲一〇、一七)からすると、原告車両が左へハンドルを切っていた場合には衝突を回避し得たか、衝撃のより少ない形での衝突となった可能性があるといえ、原告車両が時速六〇キロメートル以上で走行中に自車線の前方に被告車両を発見したためAが慌てたとしてもやむを得ない面はあるものの、Aが衝突回避措置として右へハンドルを切ったことが損害を拡大させた可能性も否定し得ない。
ウ 以上の双方の過失を考慮すると、Aが三割、被告Y1が七割とするのが相当である。
二 争点二(Aの損害額及び求償の範囲)について
(1) 治療関係費用 三一八万三三三四円
(2) 入院諸雑費 四〇万〇四〇〇円
(3) 通院交通費 一三万二〇二〇円
(4) 文書料(交通事故証明書) 六〇〇円
(5) 休業損害 一二九〇万二三九五円
(6) 傷害慰謝料 二四〇万三五二〇円
(7) 家屋改造費 一一九万一二二五円
(上記(1)ないし(7)はいずれも争いがない。)
(8) 後遺障害逸失利益 二三八八万二七七八円
ア 基礎収入(年収)額について
原告は、五六歳平均賃金センサスの五九八万三二〇〇円を基礎収入額としているが、Aは本件事故当時五四歳、症状固定時五六歳であること、同人の本件事故の前年である平成一三年の年収は五三八万九二〇〇円であり(甲四の一)、原告主張の五九八万三二〇〇円を上回ることを認めるに足りる証拠はないことから、五三八万九二〇〇円をもって基礎収入(年収)額と認める。
なお、被告は、六〇歳以降は賃金センサスの平均賃金によるべきであると主張するが、Aの勤務先である有限会社アスカの定年が六〇歳であるかどうかは証拠上明らかではないこと、Aは同会社で本件事故まで一四、五年勤務しており、本件事故当時は工場長の立場にあったことが認められ(甲四の二及び三、証人A)、一般的にみて昇進・昇給可能性がないとはいえないものと解されるが、事故前年の実収入をもとに逸失利益を算定する場合にはこれらの可能性は考慮されないこと、本件事故前年の収入は同年齢の賃金センサスの年収額より約六〇万円少ない金額であることからすると、仮に六〇歳が定年であるとしても、定年後について本件事故前年の実収入を前提に計算した逸失利益の金額が不当に高いとまではいい難いことなどを考慮し、六〇歳以降も上記実収入五三八万九二〇〇円を基礎として計算するのが相当である。
イ 労働能力喪失率について
Aの後遺障害の内容及び程度は、右膝関節の機能障害について、自動車損害賠償保障法施行令二条別表八級七号(一下肢の三大関節の一関節の用を廃したもの)、右下肢の短縮障害について、同表一〇級八号(一下肢を三センチメートル以上短縮したもの)、右下肢の醜状障害について、一四級五号(下肢の露出面にてのひらの大きさの醜いあとを残すもの)であることに争いはなく、これらを併合すると七級相当である。なお、八級七号(一下肢の三大関節の一関節の用を廃したもの)と一〇級八号(一下肢を三センチメートル以上短縮したもの)の後遺障害は、自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級の評価において同一の系列とされるべき後遺障害であるとはいえない。もっとも、上記のうち、右下肢の醜状障害は、Aの職業がプラスチックなどで電気製品や光学製品の試作品を作る工場の工場長であったこと(証人A)からすると、労働能力に直接影響するものとはいえない(ただし、同障害がなくても併合七級であることに変わりはない。)。
そして、原告は、Aの後遺障害について保険会社として調査した上で(弁論の全趣旨)、Aとの間で、基礎収入を平均賃金センサスとすることを条件にしつつも労働能力喪失率を五〇パーセントとする合意をしていること、一〇級八号の下肢短縮障害と八級七号の膝関節の機能障害は同一の系列の後遺障害ではないものの、いずれも右下肢の障害であることを考慮すると、労働能力喪失率を五〇パーセントとすることが不合理であるとはいえないから、本件においては、原告がAとの間で合意した五〇パーセントを労働能力喪失率と認める。
ウ 労働能力喪失期間
一二年とすること自体は争いがない。
エ 計算式
5,389,200×0.50×8.8632(12年のライプニッツ係数)=23,882,778(一円未満切り捨て。以下同じ。)
(9) 後遺障害慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円
争いがない。
(10) 小計 四九〇九万六二七二円
上記(1)ないし(9)の合計額。
(11) 過失相殺後の金額 三四三六万七三九〇円
上記(10)の金額から前記一により三〇パーセントを相殺した残額。
(12) 自賠責保険からの回収分 -一一七一万〇〇〇〇円
争いがない。
(13) 弁護士費用 〇円
弁護士費用は、不法行為の被害者が、自己の権利擁護のため訴えの提起を余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、それに要する弁護士費用が相当と認められる金額の範囲内で不法行為と相当因果関係のある損害となり得る。しかし、本件のように、保険会社が商法六六二条一項により代位取得した損害賠償請求権を行使する場合には、これに要する弁護士費用について、当然に当該不法行為と相当因果関係のある損害として相手方に請求し得るものではないというべきである。また、本件において、弁護士費用が本件事故と相当因果関係のある損害であると認めるべき事情は認められないから、結局、弁護士費用は原告の損害として認めることはできない。
(14) 合計 二二六五万七三九〇円
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自二二六五万七三九〇円及びこれに対する被告両名への訴状送達日の翌日以降である平成一七年四月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとする。
(裁判官 浅岡千香子)