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東京地方裁判所 平成17年(ワ)6641号 判決 2006年3月27日

原告

株式会社ドン・キホーテ

同代表者代表取締役

安田隆夫

同訴訟代理人弁護士

五十嵐啓二

西口伸良

牛久保美香

飯嶋康宏

被告

甲野太郎

同訴訟代理人弁護士

木下潮音

平越格

被告

株式会社商業界

同代表者代表取締役

結城義晴

同訴訟代理人弁護士

中山慈夫

男澤才樹

中島英樹

増田陳彦

高仲幸雄

主文

一  被告らは,原告に対し,連帯して金220万円及びこれに対する平成17年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の,その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は,第一項に限り,仮に執行することができる。

ただし,被告甲野太郎が金110万円の担保を供するときは,同人はその仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは,原告に対し,連帯して金2200万円及びこれに対する平成17年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  被告らは,原告に対し,月刊誌「商業界」に別紙取消・謝罪広告目録記載の謝罪広告を,別紙掲載要領目録1記載の掲載要領で掲載せよ。

三  被告らは,原告に対し,日経流通新聞に別紙取消・謝罪広告目録記載の謝罪広告を,別紙掲載要領目録2記載の掲載要領で掲載せよ。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は,家電用品,日用雑貨品,食品,時計,ファッション用品及びスポーツ・レジャー用品等の販売を主たる業とする株式会社である原告が,被告株式会社商業界(以下「被告商業界」という)発行の平成17年2月1日発売の月刊誌である商業界2005年(平成17年)3月号(以下「本件雑誌」という)において,被告甲野太郎(以下「被告甲野」という)が「ドン・キホーテ連続放火事件」という見出しの下に執筆した,平成16年12月13日に埼玉県さいたま市緑区大字中尾<番地略>所在の原告の店舗であるドン・キホーテ浦和花月店(以下「本件店舗」という)で発生した放火事件(以下「本件火災」という)について,原告が浦和花月店の営業に関して危険な商品陳列方法を採用していた上,従業員への防災教育を怠り,十分な防災設備すら備えていなかったため,本件火災により原告の従業員3名(以下,右の3名を「原告従業員ら」という)が焼死したとの記事が掲載されたことにより,原告の名誉,信用が著しく毀損され,多大な損害を被ったと主張して,被告らに対し,不法行為に基づき連帯して2200万円の損害賠償請求(うち弁護士費用200万円を含む)並びに本件雑誌への別紙掲載要領目録1記載の掲載要領による別紙取消・謝罪広告目録記載の謝罪広告の掲載及び日経流通新聞への別紙掲載要領目録2記載の掲載要領による別紙取消・謝罪広告目録記載の謝罪広告の各掲載を求めた事案であり,附帯請求は,2200万円の損害賠償請求に対する不法行為日である平成17年2月1日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求である。

二  前提事実(証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない)

1  原告は,家電用品,日用雑貨品,食品,時計,ファッション用品及びスポーツ・レジャー用品等の販売を主たる業とし,平成16年12月末当時においては,資本金は約86億8228万円,従業員数8382人,店舗数102店を数える東証一部上場企業である(甲一,弁論の全趣旨)。

2  被告甲野は,新聞記者を経て流通小売業のコンサルタントとして活動する者であり,同人の執筆する記事は被告商業界の出版する雑誌にほぼ毎号掲載されている。また,被告甲野は,それ以外にも多数の書籍を執筆して自身の意見を広く世間に発表している。

3  被告商業界は,本件雑誌のほか,流通小売業,外食業及びサービス業を対象とする経営についての雑誌及び書籍の出版等を主たる業とする株式会社である。本件雑誌は,小売業において大多数を占める中小店を対象にした経営情報を具体的に提案するものであり,月1回発行されている。

4  本件店舗において,平成16年12月13日に放火によって本件火災が発生し,これによって,原告従業員らが死亡した。

5  被告商業界は,本件雑誌において,「ドン・キホーテ連続放火事件」という見出しの下に,「極めて残念なのは,亡くなった3人のドン・キホーテの従業員がなぜお客の誘導に戻ってしまったのか,ということです。あの状況では誘導に行ってはいけないんです」,「しかもドン・キホーテの品揃えからいうと,売り場の真ん中辺りに爆発しやすい商品が集まっている」,「だから,火事のときは絶対に逃げなければいけないのです。持ち場へ戻って避難誘導するよりも,逃げることです。それを教えていなければならないのです」,「(ただ,当初私は,亡くなった従業員たちはガス中毒だと思ったのですが,消防署が遺体を調べたところ血液中の一酸化炭素と青酸ガスの含有率は低かった。)ということは焼死であり,飛び込んで行った従業員の上に商品が崩れてきたか,地震のときのようにゴンドラがのしかかったか,天井が落ちてきたか,これしかないということです。非情です(なお,括弧書きの記述は,原告が名誉毀損に該当すると指摘している部分以外の記述である。以下の引用においても同じ)」,「今回のドン・キホーテの場合も,スプリンクラーが動けば,避難誘導に行かなくてもお客は逃げていたはずです。これが一番簡単な対策なのです」,「もう一つ,火災報知器が鳴っていないということも問題です。火災報知器の設置はあったのに作動していないというのは,誤作動のときに止めたままだったのではないかと思います。とんでもないことです」との被告甲野が執筆した形式をとる記事を掲載した(甲三。以下「本件記事」という)。

6  本件記事は,被告甲野が,本件雑誌の編集長である乙山次郎(以下「乙山」という)からのインタビューに回答し,右回答内容を録音したものを乙山が記事の体裁にして被告甲野に渡し,被告甲野が右の文書を校正するという方法で作成された(乙二の1,一一,丙四,被告甲野〔2頁〕)。なお,右のインタビューは平成16年12月16日に行われた(乙一一)。

三  争点及び当事者の主張

1  本件記事は,原告の社会的評価を低下させ,名誉を毀損するものといえるかについて(請求原因)

(一) 原告の主張

本件記事は,読者に対し,原告が浦和花月店の営業に関して危険な商品陳列方法を採用していた上,従業員への防災教育を怠り,十分な防災設備すら備えていなかったとするものであり(なお,火災報知器に関しては,それが鳴っていなかったとの虚偽の事実のみならず,その原因についても,誤作動のときに原告が止めてしまってそのままにしていたとの虚偽の事実をも摘示している),本件火災による原告従業員らの焼死という結果について,その原因が原告にあるかのような印象を与えるものであり,原告の社会的評価を低下させ,その名誉を毀損するものである。

(二) 被告らの主張

本件記事において被告甲野が主張しているのは,本件火災を教訓として小売店舗を有する各企業において,(ア)火災発生時の従業員教育が見直されるべきであること,(イ)消防法によるスプリンクラーの設置義務が防災措置の最低の線であることが認識されるべきであること,(ウ)危険物の商品陳列の再検討や避難通路を確保する商品陳列の必要性が再認識されるべきであることについての意見論評という性格の事柄であり,原告の社会的評価の低下をもたらすものではない(なお,原告主張の火災報知器の点については,それが鳴っていなかったとの事実は誤りであったが,その余の表現については,「誤作動のときに止めたままだったのではないか」と単なる意見を述べたものにすぎない)。

2  本件記事の掲載は,(ア)公共の利害に関する事実に係り,専ら公益を図る目的でなされたものであり,また,本件記事中,(イ)事実を摘示した部分については,その事実が真実又は被告らにおいてこれを真実と信ずるについて相当な理由があるから,違法性又は故意・過失が否定され,(ウ)意見論評を行った部分については,真実又は被告らにおいてこれを真実と信ずるについて相当な理由がある事実を前提とした意見論評であるから,いわゆる公正な論評として違法性又は故意・過失が否定される,との被告らの主張の当否について(抗弁)

(一) 公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図ることにあるかについて

(1) 被告らの主張

本件記事は,広く社会の耳目を集めた本件火災を契機として,小売店舗の火災対策のあり方に関し死亡事故の再発を防ぐという目的の下で執筆・掲載されたものであり,公共の利害に関する事項について,公益を図る目的で執筆・掲載されたものである。

(2) 原告の主張

被告甲野は,従来から,原告による営業活動,特に深夜営業や圧縮陳列と呼称される商品陳列方法等について批判的見解を有しており,本件記事は,被告甲野が,本件火災につき,原告に対する従来からの批判的見解を改めて公表する機会と考えてこれを利用し,原告従業員らの死亡の原因が本件店舗における商品陳列方法等によるものとの虚偽の事実を摘示したものであり,原告に対する反感ないし敵対感情からする表現であるから,公益目的は否定される。

また,被告らは,十分な取材・調査活動をすることなく本件雑誌に本件記事を掲載したものであり,右事実からも公益目的は否定される。

(二) 本件記事中,事実を摘示した部分については,その事実が真実又は被告らにおいてこれを真実と信ずるについて相当な理由があるか否か,意見論評を行った部分については,真実又は被告らにおいてこれを真実と信ずるについて相当な理由がある事実を前提とした意見論評であるか否かについて

(1) 被告らの主張

① 「極めて残念なのは,亡くなった3人のドン・キホーテの従業員がなぜお客の誘導に戻ってしまったのか,ということです。あの状況では誘導に行ってはいけないんです」との記述は,原告従業員らが客の避難誘導のために火災中の本件店舗内に戻ったとの事実を基礎として,火災中の本件店舗内に客の避難誘導に戻るべきでないとの意見論評を行ったものである。

原告従業員らが客の避難誘導のために火災中の店舗内に戻ったとの事実は,真実であるし,右事実を基礎とした前記意見論評は,何らその域を逸脱するものではない。

② 「ドン・キホーテの品揃えからいうと,売場の真ん中辺りに爆発しやすい商品が集まっている」との記述は,本件店舗中央部に爆発しやすい商品が集まっていたとの事実を摘示したものであり,本件記事における爆発しやすい商品とはスプレー缶商品を指すところ,本件店舗中央部には,薬品,スポーツ用品,大工用品,カー用品の各売場が設けられ,薬品売場にはヘアースプレー,シェービングフォーム,化粧水,泡状整髪料,制汗消臭剤,消炎鎮痛剤,水虫薬等の,スポーツ用品売場にはグリップの滑り止め等の,大工用品売場には塗料,潤滑剤,防錆剤等の,カー用品売場には塗料,くもり止め,タイヤクリーナー等のスプレー缶商品が陳列されていたのであるから,右摘示事実は真実である。

なお,本件火災によって,本件店舗中央部の屋根が崩れ落ちていたことからすると,本件店舗の中央部分が激しく炎上したことが窺われ,そのことからしても本件店舗中央部に爆発しやすい商品が集まっていたことが推認される。

③ 「だから,火事のときは絶対に逃げなければいけないのです。持ち場へ戻って避難誘導するよりも,逃げることです。それを教えていなければならないのです」との記述は,従業員に対し,火災中の店舗内に避難誘導に戻るよりも逃げるように教育しなければならないとの意見論評を行ったものであり,右意見論評は,何らその域を逸脱するものではない。

④ 「(ただ,当初私は,亡くなった従業員たちはガス中毒だと思ったのですが,消防署が遺体を調べたところ血液中の一酸化炭素と青酸ガスの含有率は低かった。)ということは焼死であり,飛び込んで行った従業員の上に商品が崩れてきたか,地震のときのようにゴンドラがのしかかったか,天井が落ちてきたか,これしかないということです。非情です」との記述は,原告従業員らの死因が一酸化炭素中毒死と区別される概念としての焼死であったとの事実を基礎として,原告従業員らが焼死したのであれば,その事故態様は,(ア)飛び込んで行った原告従業員らの上に商品が崩れてきた,(イ)地震のときのように商品陳列台であるゴンドラがのしかかった,あるいは,(ウ)天井が落ちてきたために下敷きになり,そのために焼死したと考えられるとの意見論評を行ったものである。

原告従業員らの死体検案書(甲一二の1ないし3)によれば,死因はいずれも火傷死であり,同人らの死因が一酸化炭素中毒ではなく,被告甲野のいうところの焼死であったと認められるので,原告従業員らの死因が焼死であったとの事実は真実である。

また,仮に原告従業員らの死因が焼死であるとの事実が真実でないとしても,「三人の遺体は検視の結果,いずれも一酸化炭素の血中濃度が低く,県警の捜査本部は三人が煙を吸って死亡したのではなく,焼死した可能性が高いとみている」(乙六),「県警の司法解剖で3人の死因は焼死と判明した」(乙七)などの新聞報道がされていたのであるから,被告らにおいて原告従業員らの死因が焼死であったとの事実を真実であると信ずるについて相当の理由があったといえる。

さらに,右事実を基礎とした前記意見論評は,崩落した屋根の下や燃えた商品の下から原告従業員らの遺体が発見されたとの新聞報道(乙五)を前提として事故態様を選択的に推論したものであり,合理的かつ妥当な推論といえ,何ら意見論評の域を逸脱するものではない。

⑤ 「今回のドン・キホーテの場合も,スプリンクラーが動けば,避難誘導に行かなくてもお客は逃げていたはずです。これが一番簡単な対策なのです」との記述は,本件店舗にはスプリンクラーが設置されていなかったとの事実を基礎として,スプリンクラーを設置することが一番簡単な事故防止対策であるとの意見論評を行ったものである。

本件店舗にスプリンクラーが設置されていなかったとの事実は真実であり,右事実を基礎とした前記意見論評は,何らその域を逸脱するものではない。

(2) 原告の主張

① 「極めて残念なのは,亡くなった3人のドン・キホーテの従業員がなぜお客の誘導に戻ってしまったのか,ということです。あの状況では誘導に行ってはいけないんです」,「ドン・キホーテの品揃えからいうと,売場の真ん中辺りに爆発しやすい商品が集まっている」,「だから,火事のときは絶対に逃げなければいけないのです。持ち場へ戻って避難誘導するよりも,逃げることです。それを教えていなければならないのです」との記述は,本件店舗においてはその中央部に爆発しやすい危険な商品が配置されていたにもかかわらず,原告が従業員教育等の防災対策を怠っていたために原告従業員らが火災中の本件店舗内に戻り,そのために死亡したとの事実を摘示するものである。

(ア) 真実であるかについて

右の事実のうち,死亡した原告従業員らが顧客の誘導に戻ったとの点は真実とは認められない。また,被告らの主張するように,「爆発しやすい商品」がスプレー缶商品を指すというのは一般的な理解とはいえないし,本件店舗中央部に爆発しやすい商品が集まっていたとの点も真実とは認められない。さらに,原告は,防災訓練を行い,防災マニュアル等を備え,これを各店舗に配布し,従業員らに見せるなどして防災教育を行っていたのであるから,火災事故の際における防災教育を行っていなかったとの点も真実とは認められない。

(イ) 真実であると信ずるについて相当な理由があるかについて

被告甲野が本件記事作成の根拠としたものは,本件火災発生後にその経過を報じた新聞報道とテレビ報道だけであるところ,そもそも,新聞報道やテレビ報道だけを根拠にするだけでは真実であると信ずるについて相当な理由があるとは認められない。

具体的には,原告従業員らが顧客の誘導に戻ったとの事実については,「女性2人は一度店外へ出たが,再び店に入ったとみられる」と報道した平成16年12月14日付のasahi.comニュース特集(乙四。以下「asahi.comの記事」という)や「初期の消火や客の退避誘導の後,猛煙猛火に巻き込まれたらしい」(乙六)との新聞報道を根拠にしているようであるが,asahi.comの記事(乙四)は,推測を述べたのみのものであるし,新聞記事(乙六)も顧客の誘導のために店舗に戻ったなどとは述べていないのであるから,右のasahi.comの記事(乙四)及び新聞記事(乙六)は,右事実が真実であると信ずるについて相当な理由があることを認めるべき根拠とはなりえない。

また,本件店舗中央部に爆発しやすい商品が集中して陳列されているとの事実については,被告甲野は,本件店舗に行ったことがないにもかかわらず,チェーン店である原告の商品陳列はどの店舗でも同じであるなどと強弁しており,その取材不足は明らかであって右事実が真実であると信ずるについて相当な理由があるとは到底認められない。

さらに,防災対策を怠っていたとの事実についても,被告甲野は,原告が行っていた防災訓練や防災マニュアルの存在について何ら認識していないのであるから,右事実が真実であると信ずるについて相当な理由があるとは認められない。

② 「(ただ,当初私は,亡くなった従業員たちはガス中毒だと思ったのですが,消防署が遺体を調べたところ血液中の一酸化炭素と青酸ガスの含有率は低かった。)ということは焼死であり,飛び込んで行った従業員の上に商品が崩れてきたか,地震のときのようにゴンドラがのしかかったか,天井が落ちてきたか,これしかないということです。非情です」との記述は,原告が,商品倒壊等の危険があるにもかかわらず,本件店舗において圧縮陳列等の商品陳列方法を採用していたことから,商品・ゴンドラ・天井のいずれかが崩れ落ち,原告従業員らがその下敷きとなったために逃げられなくなって焼死したとの事実を摘示したものである。

(ア) 真実であるかについて

死体検案書(甲一二の1ないし3)によれば,原告従業員らの死因は「広義の火傷死―気道内の煤片吸飲,血液・諸臓器の鮮紅色調」というものであって,これは,煙(一酸化炭素)を吸ったことにより呼吸困難となって死亡したことを意味し,焼け死んだわけではないのであるから,原告従業員らが焼死したとの点は真実とは認められないし,原告従業員らが,商品・ゴンドラ・天井の下敷きになったために焼死したとの点も真実とは認められない。

(イ) 真実であると信ずるについて相当な理由があるかについて

死因を焼死であると記述した根拠については,被告甲野は,「三人の遺体は検視の結果,いずれも一酸化炭素の血中濃度が低く,県警の捜査本部は三人が煙を吸って死亡したのではなく,焼死した可能性が高いとみている」(乙六),「県警の司法解剖で三人の死因は焼死と判明した」(乙七)との新聞報道によるものであると供述するところ,前記のとおり,そもそも新聞報道のみを根拠にしただけでは右事実が真実であると信ずるについて相当な理由があったと認められる余地はないし,また,乙七によれば司法解剖の主体が県警とされているのに,本件記事には「消防署が遺体を調べた」と記載されており,右記述は,新聞報道とも異なっていることからすると,新聞報道を参考にしたとの被告甲野の弁解も信用できない。

また,原告従業員らが商品・ゴンドラ・天井の下敷きになって焼死したと記載した根拠について,被告甲野は,「早朝からの捜索で,崩落した屋根の下からあおむけの遺体を発見。続いて五十センチほど離れた場所で,燃えた商品などの下からもう一体が見つかった」(乙五)との新聞報道によるものであると主張するが,右報道は,死亡時の状況ではなく,遺体が発見された際の状況を示すものにすぎず,右報道によって原告従業員らが死亡した状況を推定することはできないのであるから,前記事実が真実であると信ずるについて相当の理由があるとは認められない。

③ 「今回のドン・キホーテの場合も,スプリンクラーが動けば,避難誘導に行かなくてもお客は逃げていたはずです。これが一番簡単な対策なのです」との記述は,本件店舗は消防法上スプリンクラーの設置が義務づけられているのにこれが設置されていなかったという事実を摘示したものであり,ひいては本件店舗が十分な防災設備を備えていなかったために本件放火によって原告従業員らが焼死するに至ったとの事実を摘示したものである。

(ア) 真実であるかについて

消防法上のスプリンクラーの設置義務は,延床面積が3000平方メートル以上の店舗に課せられているところ,本件店舗の延床面積は2189.68平方メートルである(甲二一)から,本件店舗には消防法上のスプリンクラー設置義務はなかった。したがって,本件店舗にスプリンクラーが設置されていなかったことは真実であるが,スプリンクラーの設置が義務づけられているとの点は真実とは認められない。

(イ) 真実であると信ずるについて相当な理由があるかについて

前記のとおり,消防法上のスプリンクラーの設置義務は延床面積が3000平方メートル以上の店舗に課せられているにもかかわらず,本件記事には,「売場面積1000坪(3000平方メートル)以上」などと誤った記述がなされており,被告らが消防法上のスプリンクラーの設置義務の範囲といった基本的事項さえ確認していないことなどからすれば,前記事実が真実であると信ずるについて相当な理由があるとは認められない。

3  損害額及び謝罪広告の要否について(請求原因)

(一) 慰謝料額について

(1) 原告の主張

本件記事は,原告店舗の安全性及び原告の営業販売手法に悪質な誹謗中傷を加えるものであって,原告が店舗の安全対策をおろそかにし,店舗内の顧客及び従業員の安全よりも商品販売を優先させているかのような印象を与え,一般社会及び原告関係者に誤った認識を植え付ける極めて悪質なものであり,原告は,本件記事によって,新規の従業員獲得が困難となり,既存店舗の運営等に著しい支障が生じるなどして,その名誉,信用を著しく毀損された。

また,被告甲野は,流通業界内では著名人であり,その発言には一定の影響力がある上,本件雑誌は主な読者が流通小売業,外食業及びサービス業の関係者であり,その発行部数が8万3000部に及ぶ月刊誌であることからすると,その影響力は重大であるといえる。

以上からすると,原告が被った有形無形の損害は甚大であり,金銭的に評価すれば2000万円は下らない。

(2) 被告らの主張

前記のとおり,本件記事によって何ら原告の社会的評価は低下していないし,名誉毀損も成立しない。なお,仮に本件火災時に火災報知器が鳴らなかったとの事実の摘示によって原告の社会的評価が低下したとしても,商業界2005年(平成17年)5月号159頁における訂正記事によって,原告の社会的評価は回復している(丙三)。

(二) 弁護士費用について

(1) 原告の主張

被告らの本件記事の掲載により原告の名誉が毀損されたことから,原告は本件訴訟の提起を余儀なくされ,その訴訟追行を原告代理人弁護士らに委任したところ,原告が訴訟代理人らに支払った弁護士費用のうち200万円は被告らによる名誉毀損行為と相当因果関係のある損害である。

(2) 被告らの主張

争う。

(三) 謝罪広告の要否について

(1) 原告の主張

前記のとおり,本件記事による摘示事実は,原告の努力による急成長の成果により得られた企業価値につきあたかも安全性と引き換えに獲得したものであるかのごとく歪曲化して,その価値を否定するものである。

本件記事が掲載された本件雑誌が業界内で広く読まれている経営情報誌であることに照らせば,原告が受けた損害を金銭的な賠償のみで回復することは到底不可能であり,原告の社会的評価を回復するには謝罪広告を掲載させることが必要不可欠である。

(2) 被告らの主張

争う。

第三  争点についての判断

一  本件記事は,原告の社会的評価を低下させ,名誉を毀損するものといえるかについて(請求原因)

1 ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは,当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものである(最二小判昭和31年7月20日民集10巻8号1059頁参照)。

2  本件記事は,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準とすると,(ア)本件火災においては,原告従業員らが燃えている本件店舗内に客の避難誘導に戻り死亡したところ,本件のような店舗火災においては,避難誘導に戻ることは適切ではなく,本件店舗のように爆発しやすい商品が店舗中央部に集まっているという商品配置からするといっそう適切でないといえる。火事のときは避難誘導に戻るのではなく,まず逃げることを教育していなければならない,とする部分(以下「本件記事部分1」という),(イ)本件火災による原告従業員らの死因は焼死であり,その具体的態様としては,飛び込んで行った原告従業員らの上に商品が崩れてきたか,地震のときのように商品陳列台であるゴンドラが倒壊したか,天井が崩落したために同人らが下敷きになって焼死したことくらいしか考えられない,とする部分(以下「本件記事部分2」という),(ウ)本件火災においても,スプリンクラーが動けば,避難誘導に行かなくてもお客は逃げていたはずであり,スプリンクラーを設置することが火災事故に対する一番簡単な対策であるとし,また,本件火災においては火災報知器が鳴っていなかったところ,火災報知器の設置があったのに作動していないのは誤作動のときに止めたままだったのではないかと思われる,とする部分(以下「本件記事部分3」という)から構成され,全体として本件火災による原告従業員らの死亡に関して原告の問題点を指摘したものといえるから,本件記事は,原告の社会的評価を低下させ,その名誉,信用を毀損するものと認められる。

二  本件記事の掲載は,(ア)公共の利害に関する事実に係り,専ら公益を図る目的でなされたものであり,また,本件記事中,(イ)事実を摘示した部分については,その事実が真実又は被告らにおいてこれを真実と信ずるについて相当な理由があるから,違法性又は故意・過失が否定され,(ウ)意見論評を行った部分については,真実又は被告らにおいてこれを真実と信ずるについて相当な理由がある事実を前提とした意見論評であるから,いわゆる公正な論評として違法性又は故意・過失が否定される,との被告らの主張の当否について(抗弁)

1 事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,右行為には違法性がなく,仮に右証明がないときにも,行為者において右事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される。一方,ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,右行為は違法性を欠くものというべきであり,仮に右証明がないときにも,行為者において右事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば,その故意又は過失は否定されると解される(最三小判平成9年9月9日民集51巻8号3804頁参照)。

そこで,以下,右抗弁の当否について検討する。

2  公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図ることにあるかについて

(一) 本件記事が公共の利害に関する事実であるかについて

本件記事が公共の利害に関する事実についての記事であることについては,原告も明確に争っておらず,これが肯定される。

(二) 本件記事の掲載の目的が専ら公益を図ることにあるかについて

証拠(乙二の1,一一,丙二の1,被告甲野〔調書2頁〕)によれば,本件記事は,被告甲野が,本件火災を機会に店舗火災における従業員と客の事故防止のため,企業の運営,従業員教育及び店舗設備のあり方について提言することを目的として掲載したものであることが認められる。

なお,この点につき原告は,被告甲野が本件火災につき,原告に対する従来からの批判的見解を改めて公表する機会と考えてこれを乱用し,原告従業員らの死亡の原因が本件店舗における商品陳列方法等によるものとの虚偽の事実を摘示したものであり,原告に対する反感ないし敵対感情からする表現であって,公益を図る目的があるとは言えないと主張し,右事実に沿う証拠として,本件記事の前段階であるインタビューの反訳書(甲一五)を挙げている。そして,確かに,甲一五の記載それ自体には,原告に対する敵対感情を窺わせる表現が散見されないではない。しかし,証拠(乙二の1,一一,丙四,被告甲野〔調書2頁〕)及び前記前提事実によれば,本件記事は,本件雑誌の編集長である乙山が被告甲野に対して口頭でインタビューした結果を記事の体裁にした上,被告甲野による校正を経て作成されたと認められるところ,右のインタビューにおける雑談の中で被告甲野が原告に対する敵対感情を表すような表現をある程度用いたからといって,直ちにそれが本件記事に反映するものではなく,実際,本件記事の内容それ自体は,これを全体として見れば,ことさら原告に対する敵対感情を表すような記事であるとまで認めることはできない。

また,原告は,被告らが十分な取材・調査活動をすることなく本件雑誌に本件記事を掲載したことからすると,被告らに本件記事の掲載について公益目的があったとはいえないとも主張する。確かに後記のとおり被告らの取材・調査活動には部分的には不十分な点があったことは否定できないが,それは真実性,相当性の関係で問題になる事柄であり,右の事実によって本件記事の公益目的が否定されるものではない。

以上によれば,本件記事の掲載につき被告らには公益を図る目的があったものと認められる。

3  本件記事の内容は事実の摘示か意見論評かについて

(一)  前記のとおり,ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは,当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであるところ,そのことは,事実を摘示したものであるか,意見論評であるかの区別に当たっても妥当するものというべきであり,特定の記述に用いられている言葉のみを通常の意味に従って理解した場合には,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事実を摘示しているものと直ちに解することができないときにも,当該部分の前後の文脈や,記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮した上で,右部分が,推論の形式を採用するなどによりつつ,間接的ないしえん曲に前記事実を主張するものと理解されるならば,同部分は,事実を摘示するものとみるのが相当である(最三小判平成9年9月9日民集第51巻8号3804頁参照)。

以下,この基準に従って本件記事部分1ないし3が事実を摘示したものであるか,意見論評であるかについて検討する。

(二) 本件記事部分1について

本件記事部分1については,前後の文脈等を総合的に考慮すると,原告従業員らが客の避難誘導のために燃えている本件店舗内に戻って死亡したとの事実を基礎として,原告は,従業員に対して避難誘導よりもまず逃げることを優先する教育をしていなければならなかったとの意見論評を行ったものと認められる。また,右の事実及び意見論評と関連して,本件店舗においては,店舗中央部に爆発しやすい商品が集まっていたとの事実をも摘示したものと認められる。

この点について,原告は,本件記事部分1は,原告が防災対策を怠っていたとの事実を摘示していると主張するが,本件記事部分1についてその前後の文脈を考慮しても,従業員に対して逃げることを教育していなければならないとの意見を超え,原告が一般的な従業員教育等の防災対策を怠ったとの事実を摘示をしているとまでは解し難い。

(三) 本件記事部分2について

本件記事部分2については,前後の文脈,特に本件記事91頁には「陳列量と陳列の型が大問題」との小見出しの下に「さらにドン・キホーテ店内の実際の通路幅は1mもないのがあります。それは突き出し陳列などをしているためですが,狭い通路に,2mを超す背の高い陳列をしていたのでよく燃えたのでしょう。そもそもあの積み方ではかなりの商品が落ちてきます」,「それでも,道路幅が2m10cm以上あればよかったのですが,狭さが被害を大きくしました。もちろん圧縮陳列より,島陳や突き出し陳列によって通路がふさがれることのほうがより危険です」との記述があることや本件記事部分2においても,「ということは焼死であり,飛び込んで行った従業員の上に商品が崩れてきたか,地震のときのようにゴンドラがのしかかったか,天井が落ちてきたか,これしかないということです。非情です」との断定的表現が用いられていることからすれば,表現としては一応推論の形式を採っているものの,全体としてみるならば,本件店舗が圧縮陳列等の危険な商品陳列方法を採用していたため,火災中の本件店舗内に戻っていった原告従業員らの上に商品が崩れてきた,地震のときのように商品陳列台であるゴンドラがのしかかった,あるいは,天井が落ちてきたために原告従業員らが下敷きになり,その結果焼死したとの事実を摘示したものと認められる。

(四) 本件記事部分3について

本件記事部分3のうちスプリンクラーについて記述してある部分については,前後の文脈,特に,本件記事の小見出し部分に「消防法による設置義務はあくまで『最低の線』 売場面積50坪以上ならスプリンクラーと自動警報装置を必ず設置せよ」との記述があり,本文中でも,消防法によるスプリンクラー設置義務に従うのみでは安全対策として不十分であり,売場面積が50坪以上の店舗についてはスプリンクラーを設置すべきであるということが中心的に論じられていることからすれば,本件店舗にはスプリンクラーが設置されていなかったとの事実を基礎として,消防法の設置義務に関係なく売場面積が50坪以上の店舗についてはスプリンクラーを設置すべきであり,また,スプリンクラーを設置することが最善の防災対策になるとの意見論評を行ったものであると解される。

なお,本件記事部分3のうち火災報知器について記述する部分については,被告らは基礎事実を誤認していたことを認めており,この抗弁を主張するとは解されないが,同部分についての摘示事実と意見論評の区別については争いがあるので,この点について判断するに「もう一つ,火災報知器が鳴っていないということも問題です。火災報知器の設置はあったのに作動していないというのは,誤作動のときに止めたままだったのではないかと思います。とんでもないことです」との断定的な記述内容からすれば,表現としては一応推論の形式を採っているとはいえ,全体としてみるならば,本件火災の際,火災報知器が作動していなかったところ,その原因は過去に火災報知器が誤作動をした時に,原告が火災報知器を停止し,以後そのまま放置していたとの事実を摘示したものであると解される。

また,原告は,スプリンクラーについて記述する部分につき,本件店舗は消防法上のスプリンクラーの設置義務があるにもかかわらず,これを怠っていたとの事実を摘示していると主張するところ,前記のスプリンクラーについての中心的な記述内容(そこには本件店舗が消防法上のスプリンクラー設置義務に違反していることを窺わせる記述はない)からすれば,本件店舗が消防法上のスプリンクラー設置義務を怠っていたとの事実を摘示したものとは解し難い。

4  本件記事の摘示事実あるいは意見論評の基礎事実が真実であり,又は真実であると信ずるについて相当な理由があるか,また,意見論評がその範囲を逸脱していないかについて

(一) 本件記事部分1について

(1) 真実であるかについて

①  原告従業員らが燃えている本件店舗内に客の誘導に戻っていったとの事実について

原告従業員らが燃えている本件店舗内に客の誘導に戻っていったことを窺わせる証拠として,asahi.comの記事(乙四)が存在するが,右の記事のみではそのことが真実であると認めるに足りず,他に,その真実性を認めるに足りる的確な証拠もない。

②  本件店舗中央部に爆発しやすい商品が集まっているという事実について

証拠(甲五の1及び2,乙一一ないし一四)によれば,(ア)スプレー缶が爆発しやすい商品であり,スプレー缶商品には,生活用品,薬品としてヘアースプレー,シェービングフォーム,化粧水,泡状整髪料,制汗消臭剤,消炎鎮痛剤,水虫薬等の,スポーツ用品としてグリップの滑り止め等の,大工用品として塗料,潤滑剤,防錆剤等の,カー用品として塗料,くもり止め,タイヤクリーナーの商品があるとの事実及び(イ)本件店舗中央部に薬品売場,スポーツ用品売場,大工用品売場,カー用品売場が存在するとの事実が認められるが,他方,甲一八によれば,本件店舗中央部にスプレー缶商品が集まっているとの事実は窺えず,そうすると,本件店舗中央部に,スプレー缶商品等の爆発しやすい商品が集まっていたとまで認めることはできず,他に右事実を認めるに足りる的確な証拠もない。

(2) 真実であると信ずるについて相当な理由があるかについて

①  原告従業員らが燃えている本件店舗内に客の誘導に戻っていったとの事実について

被告甲野は,原告従業員らが客を避難誘導するために本件店舗内に戻っていったとの事実については,新聞記事等の報道を根拠にしたと供述をしているところ(調書〔4ないし5頁〕),前記のとおり原告従業員らが本件店舗内に戻ったことを窺わせる報道としては乙四,六の各記事(ことに乙四)が存在する。

この点に関連しては,ある者についての犯罪の嫌疑が新聞等により繰り返し報道されて社会的に広く知れ渡っていたとしても,それによって,その者が真実その犯罪を犯したことを真実と信ずるについて相当の理由があったとすることはできないとする最二小判平成10年1月30日(判例時報1631号68頁,判例タイムズ967号120頁)及び社会の関心と興味をひく私人の犯罪行為やスキャンダルないしこれに関連する事実を内容とする分野における報道について,新聞社が通信社から配信を受けて他人の名誉を毀損する内容を有する記事を新聞紙に掲載した場合には,通信社から配信された記事に基づくものであるとの一事をもってしては,摘示された事実が真実であることを信ずるについて相当の理由があるとはいえないとする最三小判平成14年1月29日民集56巻1号185頁の判例が存在するところではある。しかし,原告従業員らが燃えている本件店舗内に戻っていったか否かについての報道が対象としている事実は,火災事件に関わる客観的経過というそれ自体の倫理的評価についてはいわば無色の事実であって,前記各最高裁判所判例において問題となった私人の犯罪事実の報道のようにそれ自体として人の名誉信用に関わる事実ではないから,その内容自体では直ちに原告の名誉を毀損するものとはいえないし,また,このような事実については,犯罪事実の報道の場合のように報道が過熱し,取材に慎重さを欠いた不正確な報道がされるおそれも低いというべきであることからすれば,ジャーナリストである被告甲野がその論評の基礎事実としてその種の報道を信頼することは許容されるべきであると考えられる。よって,被告甲野が前記各記事に基づき原告従業員らが客を避難誘導するために本件店舗内に戻ったとの事実が真実であると信じたことについては,相当な理由があるというべきである。

②  本件店舗中央部に爆発しやすい商品が集まっているという事実について

本件店舗中央部に爆発しやすい商品が集まっているとの事実については,証拠(被告甲野)によれば,被告甲野は,本件店舗を訪れたことすらなく(調書25ないし26頁),本件店舗の売場配置について何ら調査をしていない事実が認められるところ,被告甲野が本件店舗中央部に爆発しやすい商品が集まっていたと考えた根拠は,同人がかつて視察したことのある原告の別の店舗の売場配置の傾向から推測した結果にすぎない(調書11,20,26頁)というのであるから,被告らには右摘示事実が真実であると信ずるについて相当の理由があったとはおよそ認め難い。

(3) 意見論評がその範囲を逸脱していないかについて

本件記事部分1のうち,原告従業員らが燃えている本件店舗内に客の避難誘導に戻っていったために死亡したとの事実を基礎事実として,原告はその従業員に対して店舗火災の場合には客の避難誘導よりもまず逃げることを優先する教育をしていなければならなかったとの意見論評を行った部分については,証拠(乙一一)によれば,右の意見論評は,火災中の店舗に客の避難誘導に戻るべきではないという被告甲野の従来からの意見を表明したものと認められ,また,その表現も原告に対する直接的な攻撃に及ぶものであるとは認められないから,意見論評の範囲を逸脱したものであるということはできない。

よって,この部分については,被告甲野が真実であると信ずるについて相当の理由のある基礎事実に基づいて公正な論評を行ったものであると認められ,名誉毀損は成立しない。

(二) 本件記事部分2について

(1) 真実であるかについて

①  原告従業員らの死因が焼死であるとの事実について(この点についての評価は後記(3)のとおりであるが,当事者がこの点についても強く争っているので,独立して判断を加えておく)

本件記事(甲三)によれば,本件記事部分2にいう「焼死」は,その直前の「ただ,当初私は,亡くなった従業員たちはガス中毒だと思ったのですが,消防署が遺体を調べたところ血液中の一酸化炭素と青酸ガスの含有率は低かった。ということは,」に続く文章中にて記載されていることからすると,一酸化炭素中毒死と区別される概念として用いられているものと認められる。

そして,原告従業員らの死体検案書(甲一二の1ないし3)によれば,直接死因は「火傷死」と記載され,一酸化炭素中毒を窺わせる明確な記載までは存在しないことからすると,原告従業員らの死因については一酸化炭素中毒死とは区別される概念としての焼死であったことが認められる。

よって,原告従業員らの死因が焼死であるとの事実については,それ自体としてみれば,真実であると認められる。

②  原告従業員らが,同人らの上に商品が崩れてきた,地震のときのように商品陳列台であるゴンドラがのしかかった,あるいは,天井が落ちてきたために,その下敷きになり,その結果焼死したとの事実について

原告従業員らが崩れてきた商品や商品陳列台,落ちてきた天井の下敷きになって焼死したとの事実が真実であると認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

(2)  前記(1)②の事実を真実であると信ずるについて相当な理由があるかについて

被告甲野は,原告従業員らが,同人らの上に商品が崩れてきた,地震のときのように商品陳列台であるゴンドラがのしかかった,あるいは,天井が落ちてきたために,その下敷きになり焼死したとの事実が真実であると信じた理由は,「崩落した屋根の下からあおむけの遺体を発見。続いて五十センチほど離れた場所で,燃えた商品などの下からもう一体が見つかった」との報道をした平成16年12月14日付日本経済新聞夕刊(乙五)によるものであったと供述する(被告甲野〔調書7頁〕)が,同記事は本件火災が発生した日の翌朝の捜索によって原告従業員らの遺体が発見された際の状況を報じたものにすぎず,前記のとおり,原告従業員らが焼死したと考えられることを併せ考慮しても,前記の報道のみから焼死の具体的原因や態様までを推測することには無理があるから,被告甲野において,この摘示事実が真実であったと信ずるについて相当な理由があったとは認められない。

(3)  本件記事部分2の重要部分は,前記のとおり,原告従業員らが単に焼死したことではなくその原因の方にあることは明らかである(その原因が原告の商品の陳列方法と結び付けて述べられているからである)。そうすると,前記焼死の点だけについて真実性の立証があっても,その原因の点について真実性,相当性の立証ができなかった以上,本件記事部分2の全体について被告らの抗弁は成立しないと解することが相当であると考えられる。

(三) 本件記事部分3について

(1) 真実性について

本件店舗にはスプリンクラーが設置されていないこと(論評の基礎事実)が真実であることは,当事者間に争いがない。

(2)  意見論評がその範囲を逸脱していないかについて

本件記事部分3は,前記のとおり,本件店舗にスプリンクラーが設置されていなかったことを基礎事実(そこには原告が消防法上のスプリンクラー設置義務に違反したとの事実の摘示は含まれていない)として,消防法の設置義務に関係なく売場面積が50坪以上の店舗は,スプリンクラーを設置すべきであり,スプリンクラーを設置することが最善の防災対策になるとの意見論評を行ったものであり,その内容上,公正な意見論評の範囲に属するものと認められる。

よって,本件記事部分3のうち,スプリンクラーについて記述した部分は,違法性を欠き,名誉毀損は成立しない。

5  まとめ

以上によれば,(ア)本件記事部分1のうち,本件店舗中央部に爆発しやすい商品が集まっていると記述した部分,(イ)本件記事部分2全体,(ウ)本件記事部分3のうち火災報知器について記述した部分については,被告らの抗弁が認められず名誉毀損が成立するが,本件記事のその余の部分については,被告らの抗弁が認められ,名誉毀損は成立しない。

三  損害額及び謝罪広告の要否

1  損害額について

前記のとおり,原告は,本件記事中の,(ア)本件店舗中央部に爆発しやすい商品が集まっていたという事実,(イ)本件店舗が圧縮陳列等の危険な商品陳列方法を採用していたため,火災中の本件店舗内に戻っていった従業員の上に商品が崩れてきた,地震のときのように商品陳列台であるゴンドラがのしかかった,あるいは,天井が落ちてきたために下敷きになり,その結果焼死したという事実,(ウ)本件火災の際,火災報知器が作動していなかったところ,その原因は過去に火災報知器が誤作動をした時に,原告が火災報知器を停止し,以後,そのまま放置していたことにあるとの事実の各記載によって,その名誉,信用を毀損されたものと認められるところ,証拠(甲四)及び弁論の全趣旨によれば,被告甲野は,流通小売業の経営コンサルタントとして合計82冊の著書(共著を含む)を出版した経験を持つ上に,前記業界に対する一定の影響力を有する者であると認められる。また,前記のとおり,本件記事は,本件火災において原告従業員らが死亡したことに関連して原告の問題点を指摘する内容であるにもかかわらず,摘示事実及び論評の基礎事実のかなりの部分について,被告らにおいて真実であることの証明ができず,また,真実であると信ずるについて相当な理由があることも立証できないものであり,その取材や記述のあり方において相当性を欠くものであったといえる。

しかし,他面において,前記のとおり,本件記事は,基本的には本件火災を機会に店舗火災の再発を防ぐという目的の下に記述されたものであること,本件雑誌は小売業において大多数を占める中小店を対象にした経営情報を具体的に提案する専門誌であり,購読者が一定の分野に限られていること,火災報知器が作動しなかった点等については被告商業界において一応の訂正記事を出していること(丙三)等の事情も認められるところである。以上の事情を中心としてその他本件に現れた一切の事情を併せて考慮すると,原告の損害額は200万円と評価するのが相当であり,また,弁護士費用のうち20万円については本件記事の掲載による名誉毀損と相当因果関係のある損害と認めることができる。

2 謝罪広告の要否について

前記1において述べたところによれば,本件記事によって原告が受けた損害は金銭の支払を受けることによって慰謝されるものであると解され,原告の名誉を回復するために謝罪広告を必要とするとまで認めることはできない。

第四  結論

以上によれば,原告の請求は,主文記載の限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却する。

(裁判長裁判官・瀬木比呂志,裁判官・藤澤孝彦,裁判官・飯塚隆彦)

別紙

取消・謝罪広告目録<省略>

掲載要領目録1,2<省略>

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