東京地方裁判所 平成17年(ワ)6761号 判決 2006年12月08日
本訴原告(反訴被告)
X(以下単に「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士
佐々木亮
梅田和尊
本訴被告(反訴原告)
ネットブレーン株式会社(以下単に「被告」という。)
同代表者代表取締役
C
同訴訟代理人弁護士
飯田秀人
主文
1 被告は,原告に対し,392万7155円及び内金38万円に対する平成16年6月16日から同年12月31日まで年6分の割合による金員,内金80万6700円に対する平成17年4月1日から支払済みまで年6分の割合による金員,内金312万0455円に対する平成17年1月1日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の本訴請求を棄却する。
3 被告の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は,本訴反訴を通じてこれを10分し,その9を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
5 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
(本訴)
被告は,原告に対し,454万9926円及び内金38万円に対する平成16年6月16日から同年12月31日まで年6分の割合による金員,内金80万6700円に対する平成17年4月1日から支払済みまで年6分の割合による金員,内金374万3226円に対する平成17年1月1日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
(反訴)
原告は,被告に対し,798万3534円を支払え。
第2事案の概要
1 争いのない事実
(1) 被告は,<1>電気通信事業法に基づく第二種電気通信事業,<2>コンピューター並びに関連機器の設計,導入,運用に関するコンサルティング及び販売,<3>コンピューターのソフトウェアの輸入,開発及び販売,<4>情報処理並びに情報提供に関する業務を業とする株式会社であり,原告は,被告の技術部オープンシステム課に所属していた従業員であった者であり,平成16年12月に退職した。
原告は,平成10年4月に入社し,システム開発(設計,プログラミング開発及び保守等)の業務に従事し,平成11年9月に主任となり,平成14年4月に課長補佐となった。
(2) 被告における賃金は,月額給与(基本給,役付手当及び退職金相当額)及び諸手当の合計で構成される(就業規則60条,賃金規程7条)。被告による賃金の支払は,月額給与及び住宅手当は,毎月末日締め同月25日払いで,諸手当のうち時間外勤務手当,休日手当,深夜就業手当は,毎月末日締め,翌月25日払いである(賃金規程8条)。
また,夏季賞与は,その年の6月上旬に支払われることとなっている(賃金規程14条)。
(3) 被告の賃金規程によれば,中途入退社した者の給与計算は,
基準となる月額給与(月額給与+通勤手当月額+住宅手当)×出勤日数÷1か月平均所定労働日数という算式によることとされている(賃金規程10条)。
また,被告における休日は,日曜日(法定休日),土曜日,祝祭日,年末年始,夏季休暇(3日間)などである(就業規則18条)。
(4) 原告の平成16年9月から同年11月分までの賃金額は,いずれも基本給34万円,役付手当3万円,特別加算金1万円の合計38万円であった。
(5) 被告には,平成9年5月1日制定の退職金支給規程(以下「旧規程」という。)が存在したが,平成14年3月31日,同規程は廃止され,同日,「退職金支給規程廃止に伴う取扱い」(以下「取扱規程」という。)が発効した。これは,旧規程廃止に伴い,廃止時に在籍している従業員に対する退職金の清算方法を定めることを目的とし,清算に際して被告は従業員に対して不利にならないように配慮すべきことが定められ,清算時期については,被告の経営状況等を踏まえ,平成17年3月31日までに実施するものとされている。なお,旧規程13条によれば,退職金の支払期日は,退職の日より1か月以内とされていた。
(6) 被告は,原告に対し,平成16年7月23日,平成16年度の夏季賞与と退職金清算金の支払について,同日付けの「夏季賞与支払い猶予のお願いと債務額の確認」と題する書面(甲A2)にて,被告の支払うべき債務の額の確認を求め,原告は同書面に署名押印した。同書面によれば,退職金清算基礎額については,原告の平成14年3月末現在の勤続年数を前提として旧規程に基づいて算出した金額が記載され,清算時期については,松下電器産業株式会社(以下「松下電器」という。)との紛争解決後,速やかに清算することとされ,「協力に対する御礼」として,「清算時に割増退職金をお支払い致します。ただし,松下電器との紛争が解決し,相応の和解金が得られることを条件とします。」とされている。
(7) 被告は,原告に対し,平成17年1月21日,平成16年度の冬季賞与と平成16年12月分賃金の清算に関し,同日付けの「賞与等の支払いと精算について」と題する書面(甲A1)にて,被告の支払うべき額及びその条件についての確認を求め,同月25日,同書面に,原告は署名押印した。同書面によれば,支払予定時期は平成17年1月28日,退職事由は自己都合による退職で,退職日は平成16年12月17日とされていた。
(8) 被告は,原告に対し,平成16年12月分賃金として,上記(7)記載の書面に記載された金額(9万2626円)を支払った。
2 原告の主張(本訴関係)
(1) 平成16年12月分未払賃金
ア 平成16年12月分賃金に未払があること
被告は,原告に対し,平成16年12月分賃金として上記1(8)記載の金額を支払ったが,これは,上記1(3)記載の算定方法によらない方法によるものであり,同月分賃金に未払が生じている。
イ 有給休暇日数について
まず,被告は,上記1(7)記載の書面において,平成16年11月分の賃金を「精算」しているが,これは,月額賃金を就業規則に反した計算方法で計算し直したもので,かかる「精算」は無効である。原告は,有給休暇を含めて同月は通常どおり出勤しており,賃金月額を減額される理由は全くないのである。
すなわち,同書面の別紙2項によると,平成16年11月の実労働日数と有給休暇日数を合わせると,25日となっているが,これは同年11月の所定労働日数(20日)より5日多い。これは,被告が原告の有給休暇を被告の休日に充当しているために生じている矛盾であり,悪質な使用者による有給休暇の強制的消化である。したがって,同年11月分に被告に勝手に消化された5日分の有給休暇は,当然12月に充当されなければならず,12月の有給休暇日数は,被告が同月の有給休暇日残数として扱った13日に5日を加えた18日となる。
ウ 退職日について
原告は,平成16年10月7日ころ,退職日を同年12月31日とした退職届を被告に提出した。一方,原告が退職した後の平成17年1月25日に,原告が,同人の退職日を平成16年12月17日とする上記1(7)記載の書面に署名押印したことは前記のとおりであるが,その経緯は以下のとおりであり,同書面の当該合意部分は無効である。すなわち,上記書面は,原告の退職日を平成16年12月17日とするもので,原告の認識に反するものであったが,被告が署名押印を迫った上,同書面3項にも記載されているとおり,この書面への署名押印が,平成16年12月分賃金及び12月期賞与の「支払条件」とされていたため,原告は,やむを得ず,平成17年1月25日,同書面に署名押印したのであった。しかし,平成16年12月末日で退職する意思表示が労働者からなされ,同日は経過した後に上記書面を作成させて退職日を遡及させても,それは無効である。
エ 平成16年12月分賃金の額について
就業規則及び賃金規程によれば,原告の平成16年12月分の給与は次のとおり34万2000円となる。
平成16年9月から11月の所定労働日数 60日(91日-31日(休日))
基準月額給与 38万円
平均日額賃金 38万円×3か月÷60日=1万9000円
12月の実労働日数(有給休暇消化日数) 18日
1万9000円×18日=34万2000円
被告は,平成17年1月28日,原告に対し,平成16年12月分の給与として9万2626円を支払ったので(上記1(8)),同月分の未払は,24万9374円である。
(2) 退職金清算金
上記1(6)の合意に基づく原告の退職金清算金の未払分は,80万6700円である。
(3) 平成16年夏季賞与
上記1(6)の合意に基づく原告の平成16年夏季賞与の未払分は,38万円である。
(4) 時間外割増賃金
原告が,平成14年4月に課長補佐となった以降の原告と被告との労働契約の内容は,以下のとおりである。
給与 月額基本給 34万円
役付手当 3万円
特別加算金(退職金相当額) 1万円
月額給与合計 38万円
労働時間等 所定労働時間 7時間40分(フレックスタイム勤務制度規程4条。ただし,午前10時から午後3時の間は,コアタイム,休憩時間は正午から午後1時の1時間)
休日 上記1(3)のとおり
時間外割増賃金等 フレックスタイム勤務制度適用者が所定労働時間を超えて勤務した場合には,その時間を超えて勤務した時間を時間外勤務とし,「賃金規程」で定める割増賃金を支給する(フレックスタイム勤務制度規定6条)
時間外割増賃金の計算式(賃金規程18条2項)
月額給与÷1か月平均所定労働時間×1.25休日出勤手当の計算式(賃金規程19条2項)
<1>法定外休日 月額給与÷1か月平均所定労働時間×1.25
<2>法定休日 月額給与÷1か月平均所定労働時間×1.35
時間外割増賃金は19条2項<1>の場合1.50,同<2>の場合1.60深夜業手当の計算式(賃金規程20条2項)
月額給与÷1か月平均所定労働時間×0.25を時間外割増賃金に付加した金額
なお,賃金規程20条には,「ただし,フレックス使用の者はこれを適用しない。」との記載があるが,同記載部分は,労基法37条3項に違反するので無効である(同法13条)。
また,原告と被告との間で,平成14年4月付け文書(甲A4の2)で,時間外割増賃金は支給しない旨の合意がなされているが,これは労基法37条1項に違反する合意であるから無効である(同法13条)。
したがって,被告は,原告に対して,上記の基準に従い時間外割増賃金等を支払う義務があるところ,原告の労働時間は,別紙1の「所定労働時間」欄の所定労働時間に対して,「実働時間」欄記載のとおりであり,また,そのうち法定休日労働時間,休日労働日の時間外勤務時間及び深夜残業時間は,「内法定休日労働時間」欄,「内休日労働日の時間外勤務時間」欄及び「内深夜残業時間」欄記載のとおりである。これらは,いずれも被告において出退勤を管理するコンピューターソフトに,原告が毎日の出退勤に際して入力した結果に基づく数字である(これをダウンロードして印刷したものが甲A6の1ないし32である。)。上記時間外労働時間について,上記基準に従い時間外割増賃金等を計算すると,平成15年は214万5944円,平成16年は96万7908円,合計311万3852円の時間外割増賃金等が発生する。
(5) 結論
よって,原告は,被告に対し,未払賃金,退職金清算金,夏季賞与及び時間外割増賃金等の合計454万9926円及び内金38万円に対する夏季賞与支給日の翌日である平成16年6月16日から退職の日である同年12月31日まで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金,内金80万6700円に対する取扱規程の定める退職金清算金支払日の翌日である平成17年4月1日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金,内金374万3226円に対する退職の日の翌日である平成17年1月1日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条1項所定の年14.6パーセントの割合による遅延利息の支払を求める。
3 被告の主張(本訴関係)
(1) 原告の主張(1)のうち被告が有給休暇残日数を13日と扱ったこと及び支払額は認め,その余は争う。原告に対しては,平成16年9月分賃金において,同年10月から12月分までの通勤手当及び住宅手当を支払っているから,同年12月で退職した原告について「精算」をする必要があったのであり,これが無効とされる謂われはない。また,就業規則51条(解雇)において,「平均賃金」とは,「労働基準法12条で規程される,算定しなければならない事由の発生した日以前3か月間にその労働者に支払われた賃金の総額をその期間の日数で割った金額」とする旨を規定している。原告に対する平成16年11月分及び12月分は,過去3か月間の平均賃金に基づき算定しており,適法である。勤務実態の伴わない有給休暇消化期間における法定休日の取扱いについては,被告においては規定しておらず,原告の主張する計算方法を採用する理由はない。このとおり被告における計算方法は適正であり,未払賃金は存在しない。また,仮に平成16年12月末日を退職日としても,有給休暇の残がない以上,これに対する賃金の支払義務はない。
(2) 原告の主張(2)は争う。旧規程及び取扱規程には,いずれも最終的な退職金額は退職事由により減額もしくは無支給となる場合がある旨の定めがあるから,退職金清算基礎額についての上記1(6)記載の合意をもって確定金額とすることはできない。原告には,反訴に関して述べるとおり重大な職務遂行義務違反があり,これらは懲戒解雇事由に該当する不法行為である。なお,被告は,原告に対し,平成17年2月24日付けで,平成16年11月30日に遡って懲戒解雇する旨通知するとともに(<証拠略>),平成17年4月20日付けで,懲戒解雇に伴い退職金を支給しない旨の通知をしている(<証拠略>)。被告は,平成16年11月中旬の段階で,原告に懲戒解雇に値する事由があることを把握しており,同人から退職の申出があった時点で懲戒解雇にすることを検討したが,労働争議に発展する可能性があること,再就職に際して不利益となること,無意味な紛争を避けること等から自重したものであるが,原告から時間外割増賃金等の請求を受けるに至り,対抗上上記通知をしたのである。取扱規程2条は,退職金の確定は旧規程に基づくものと定め,旧規程には懲戒解雇の場合は無支給とする旨の定めがある。したがって,被告には原告に対する退職金支給義務はない。また,仮に旧規程の同条項が適用されないとしても,旧規程には,退職事由により支給率が異なる旨の定めがあるところ(10条),原告は自己都合により退職したのであるから,同条項に基づく減額がなされてしかるべきである。すなわち,原告は,被告に対し,平成16年10月6日,「一身上の都合により」と記載された退職願を提出しているのであって,自己都合による退職であることに関して争う余地はない。
また,退職金清算金について被告が支払義務を負うとしても,原告は被告との間で上記1(6)記載の書面(甲A2)により支払猶予の合意をした。被告は,平成12年以降社運をかけて松下電器とともに「マンション・ナビゲーション・プロジェクト」を手がけてきたが,同プロジェクトに関し,平成15年10月にいたり,同社から一方的に事業スキームからの排除を告げられ,最終的に同社に対して損害賠償請求訴訟を提起せざるを得ない状況となり(当裁判所平成16年(ワ)第14468号損害賠償請求事件),同社とのプロジェクトを専担していた原告を統括リーダーとするグループの雇用継続に際しては,定常的な同社からの請負業務に代わる新規業務の開拓が不可欠となっていたが,成果が出せない状況となっていたため,平成16年夏季賞与の支払が不可能となり,従業員全員に夏季賞与の支払猶予のお願いと退職金清算基礎額を含めた債務額を提示し,支払猶予の確認を行ったのである。本確認で清算時期等は,同社との紛争が解決し,相応の和解金が得られることを条件に確定するとしており,裁判については長期化する可能性があることを従業員全員に説明している。上記1(6)記載の書面(甲A2)の調印は決して強制的なものではなく,誠意をもって状況説明を行った結果,従業員全員の理解を得たものである。仮に,従業員から支払猶予について異議が出ていたならば,被告は中核プロジェクトの中止によるやむを得ない事情で,同プロジェクトを担当していた従業員全員の賃金カットあるいは夏季賞与の不支給に踏み切るしか選択肢はなかったのであり,支払猶予はかかる状況において選択しうる最良の策であったものと信じている。また,退職金の清算時期についても,取扱規程において,清算時期は会社の経営状況等を踏まえることを前提としており,平成17年3月31日が確定的に約束された清算時期でないことは明らかである。したがって,同社との紛争が解決していない以上,清算時期の確定は不可能であり,原告は現時点では請求権を有していない。
(3) 原告の主張(3)は認めるが,これについても上記のとおり支払猶予の合意がある。
(4) 原告の主張(4)のうち,原告の主張する計算式が,被告の定めた賃金規程に基づくものであることは認めるが,その余は否認する。
まず,甲A6の1ないし32が被告の出退勤を管理するコンピューターソフトに原告が入力したものをダウンロードして印刷したものであることは認めるが,入力された出退勤の時刻データについては,修正または改ざんが疑われ,信憑性が薄いというべきである。
次に,原告は,課長補佐という監督職の立場にあった者であり,労基法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」に当たる。確かに,会社の経営方針の決定に参画する立場にはなかったものの,課長補佐職への任用に際して役付手当及び基本給の大幅な増額がされていることに加え,被告における中核事業である松下電器とのプロジェクトの統括者として,請負作業の配分,スケジュール調整等の労務管理上の指揮権限を有していること,従業員採用に関しても原告自身の面接結果が合否の条件となっており,実質的に採用権限を有していたこと,始業終業時刻が定められておらず,少なくとも出退勤について就業規則上厳格な制限を受けていないこと等からみて,上記法条の要件を満たすというべきである。仮にそうでないとしても,同人との間で,甲A4の2により,役付手当の支給及び基本給の大幅な増額を条件として,時間外割増賃金等を支給しないこととすることが合意されていることは原告の自認するとおりであり,同合意が無効であるとの主張は争う。また,仮に,同合意が労基法に違反し無効であるとしても,時間外割増賃金等は,時間外割増賃金等の不支給を前提に合意された新月額基本給(38万円)でなく,旧月額給与(27万0100円)に退職金相当額(1万円)を加えた28万0100円に基づき算定されるべきである。これにより,原告が請求しうる時間外割増賃金等は193万2636円であるところ,原告は,時間外割増賃金等の不支給を前提とした月額基本給の大幅増額に合意しており,この結果262万2375円が支払われ,その差額である68万9739円が過払いとなっているから,時間外割増賃金等は既に支払済みである。
また,少なくとも,平成15年3月以前の時間外割増賃金等については,労基法115条の定めるところにより,消滅時効が完成している。被告は,同消滅時効を援用する。
4 被告の主張に対する原告の反論(本訴関係)
(1) 被告の主張(1)は,争う。就業規則51条の「平均賃金」は従業員を解雇する際の解雇予告手当の算定に用いるものであり,原告に対する解雇は無効であるから,原告に同条が適用される余地はない。そして賃金規程10条には,中途入退社者に対する賃金計算方法が定められており,原告は,平成16年12月に中途退社したことになるので,同条に基づいて賃金が支払われるべきである。
(2) 被告の主張(2)については,被告が同通知(<証拠略>)をしたことは認め,懲戒解雇の効力及びそれに基づき減額ないし無支給とされるべき旨の主張は争う。取扱規程2条2項によれば,「清算時期までに退職または解雇された社員に対しては,旧規程で定める退職事由に基づく支給率を適用する」旨の定めがあり,旧規程8条ないし10条において退職事由と支給率の関係について規定しているところ,原告は,平成16年12月末日に会社都合で退職しているのであるから,旧規程9条<4>が適用され,基準額の100パーセントが支給されることが明白であり,その金額は確定している。また,懲戒解雇が無効であることは上記のとおりであるから,旧規程11条は適用されない。なお,原告が,自己退職したことを前提とする上記1(7)記載の書面に署名押印したことは前記のとおりであるが,同文書における原告の意思表示が無効であることは上記2(原告の主張)(1)ウで述べたとおりであり,自己都合退職を認める部分についても同様である。原告が退職するに至った経緯は,平成16年8月ころ,被告の経営状況が不良となり事業継続が困難となったため,事業を他の会社に譲渡することとなり,譲渡先として,株式会社a(以下「a社」という。),株式会社b(以下「b社」という。)が提示され,被告を休眠会社とし,従業員に対しては,上記2社に転籍するか,退職するかを選択するよう申し向け,いずれの選択肢をも選ばない者は解雇する旨申し向けた。そして,被告は,同年12月31日をもって事実上事業を閉鎖した。原告は,被告の示す上記のような選択肢の中からやむなく退職という選択をしたにすぎず,自らの意思に基づく退職とは異なるから,これは会社都合による退職以外の何ものでもない。なお,原告が上記2社に転籍できなかったのは,転籍を希望する従業員だけでは転籍先の業務量が過多となる旨の原告の指摘に対して被告が何らの対応をしなかったため,原告としては転籍という選択を採り得なかったからである。
原告が,退職金清算金の支払猶予に関し,上記1(6)記載の書面による合意をしたことは認めるが,同合意は,労基法93条により無効である。また,取扱規程2条1項の「清算時期は,会社の経営状況等を踏まえ,平成17年3月31日までに実施する」との文言は,同日までに退職金清算金を支払うという意味であることが明白である。
(3) 被告の主張(3)については,被告の主張する合意をしたことは認めるが,これが無効であることは上記のとおりであるばかりでなく,夏季賞与等の清算時期は,「松下電器との紛争解決後速やかに清算すること」とされており,相応の和解金が得られることは条件ではない。
(4) 被告の主張(4)のうち,原告の出退勤の時刻のデータが修正または改ざんされたものであるとの主張は否認する。同データは,松下電器への直行や直帰などのために出退勤時刻を入力できなかった部分について,後日計算の便宜のために入力した部分を含むが,出退勤時刻の改変等は一切していない(後日便宜のために入力する前のデータを書面化したものは甲A8の1ないし32である。)。
甲A第4号証の2のとおり合意したことは認めるが,基本給の大幅増額及び役付手当の支給が時間外割増賃金等不支給の代わりであるとの説明を受けたこともそれについて合意したこともない。管理監督者であることは争う。管理監督者とされるためには,経営者と一体的立場にあることが必要とされるところ,原告は,被告の経営に関わる事項についての決定権限などは有さず,人事権も有しておらず,出退勤時刻についてコンピューターソフトにより管理されていたことは前記のとおりであり,経営者と一体的立場にあるとは到底いえない。
消滅時効の主張については争う。原告は,平成14年4月分以降の未払時間外割増賃金等につき,平成17年2月22日,内容証明郵便にて支払うよう請求し,同書面は同月23日に被告に到達した。したがって,時効により消滅するのは,平成15年2月23日以前に発生した時間外割増賃金等に限られる。なお,被告においては,時間外割増賃金等の支払は,前月1日から前月末日までを翌月25日に支払うことになっているので,上記時効を考慮に入れても,被告は原告に対し,平成15年1月1日以降の時間外労働に対してその時間外割増賃金等を支払う義務がある。
5 被告の主張(反訴関係)
(1) 不法行為
ア 被告の元従業員を威圧した不法行為
被告の元従業員B(以下「B」という。)は,平成14年5月に入社して以来,原告のグループに所属し,原告の統括の下一貫して松下電器とのプロジェクトに従事し,主として検収試験あるいはサービス開始後の障害対応を担当してきた。その後,同プロジェクトが停止された段階で平成16年3月から外部派遣となり,契約が満了した同年11月に復職し,平成17年1月1日付けの業務移管に合わせてa社に転籍した。
被告は,同プロジェクトが停止するに及び,今後の運営体制について従業員に対して状況説明と運営体制の提案を行い,平成16年7月29日に補足説明と質疑の場を設けた。そこにおいては,従業員の雇用継続を第一に,松下電器以外の顧客に迷惑をかけないこと,株主に迷惑をかけないことを基本的な考え方として終始一貫して対応してきた。そして,被告は,従業員の転籍先候補として,b社とa社を提案し,両社の説明会を開催している。原告は,Bと同じ会社に移籍することを嫌い,上記2社の説明会終了後,Bを呼び出し,同人に対して「一緒に仕事をしたくない」との趣旨の発言を行った。そのため,同人は,同年8月6日になって退職の意向を伝えてきたが,被告代表者が同年9月末までの契約期間満了までは在職するよう説得したところ,ようやくこれに応ずることとなった。その後,Bは,同年8月9日,胸に強烈な痛みがあったので,病院で診断を受けたところ,左自然気胸と診断され,即入院後手術となり,同年9月7日まで自宅療養し,その後も週1回の通院と残業不可の状態が継続したが,外部派遣先の契約満了によって復職し,現在は転籍先において前向きかつ明るく業務に邁進している。
原告は,以上のほか,同年9月21日夜にもa社への転籍を排除する目的のショートメールをBに送信したほか,同月22日午前にも相原告であったA(以下「A」という。)をして同趣旨のメールを送信させた。
原告のこれらの行為は,上記Bの自然気胸の原因をなす不当な威圧行為であり,協調協力の就業規則の精神に反し,個人の働く権利を侵害し,著しく従業員としての体面を汚した行為であり,懲戒解雇にも値するものである。被告は,原告の上記行為により,Bの外部派遣により派遣先から得られたであろう収益120万8361円(平成16年8月ないし10月分の収益として,同年5月から7月の平均値である40万2787円の3か月分)に対して55万0243円(同年8月分0円,9月分21万8803円,10月分33万1440円)の収益にとどまった。したがって,両者の差額である65万8118円が被告の損害であるが,被告は,このうち50万円を請求する。
イ 脅迫により退職願を提出した行為
平成16年10月6日夕刻,原告は,いずれも被告の元従業員であり,相原告であったA及びE(以下「E」といい,この3名を合わせて「原告ら」という。)は,被告代表者を呼出し,退職願を提出した。松下電器とのプロジェクトは,原告が統括窓口であり,同社の要望を取りまとめていた。ソフトウエア開発の中核部隊はe事業所であったが,要求仕様等の取りまとめは原告の専担事項であり,同人はe事業所のソフトウエア開発に関して絶大な権限を有していた。
松下電器との紛争が長期化するに至り,被告は,従業員の雇用継続について誠意をもって提案を行ったことは上記アにおいて述べたとおりである,その中で原告が腐心したのは,松下電器とのプロジェクトで有していた自らの権限をいかに継続させるかという点であった。e事業所を説得して一緒にb社への転籍を目論んだが,e事業所は自らの判断でa社への転籍を選択したため,原告は自分1人だけがb社に転籍することを選択し得ず,やむなくa社を選択したものの,自らの地位を確保するため,後述するc社関係業務の中核であるf事業所に同調を求めたのである。原告が提出した退職願(<証拠略>)で日付の部分のみが手書きとなっているのは,常日頃から退職願をちらつかせることを地位確保の手段として用いていたことの証である。すなわち,本当に退職する意思ではなく,被告代表者を脅し,a社での自らの地位を確保することを目的としていた。
これらの行為は,原告ら全員による共同不法行為であり,これにより被告は212万1694円の損害を被った。同金員の内訳は,e事業所の直接人件費4名の2か月分(賞与分を除いた現価)が187万1694円,同間接経費2か月分が25万円である。被告は,このうち100万円について,その6割である60万円を原告に請求する。
ウ c社への請求を不可能とした行為
c株式会社との関連業務については,平成16年9月末完了を目途に,基本部分の開発作業はe事業所が担当していた。原告らが退職願を提出した時点で,同社から追加仕様の要望が出されていたため,<1>システム的には基本部分と追加部分は一体となって開発されているので,最終的な納期をいつとするかの全体的なスケジュール管理,<2>同社の要望による追加仕様による納期遅延であるので,基本部分の対価の早期支払要請等基本部分の契約上の取扱い,<3>追加仕様部分に対する請負契約の締結が課題となり,これらは同業務を統括する原告の職務であった。本請負開発業務については,同社から的確な要求仕様が提出されていたこと,基本部分の開発作業はほぼ終了していたこと,e事業所が引き続き担当することが可能なので,技術面よりは契約面での課題が大きかった。
原告は,追加仕様部分に関して検収が未了であるにもかかわらず,請求書を発行した。同社とは追加仕様に関してはいわゆる随意契約であり,e事業所での実質的作業工数(3人/月)に基づき,被告代表者が同社と直接価格交渉を行っていた。しかしながら,原告は,検収が未了であるにもかかわらず,自己の裁量で「今後の継続業務もある」との理由で,勝手に過少な請求書を同社に対して発行したのである。自らが統括する作業工数を加味することもなく,勝手に請求書を発行した行為は重大な職務遂行義務違反である。
なお,本請負開発業務については,最終的に同社による受入検査で発見された軽微なバグ修正がなされ,問題なく納品されている。ただし,同社に提出した追加仕様部分の請求金額の修正は不可能であったこと,最終的な入金が平成17年1月末となったことも原告の職務遂行義務違反によるものである。
原告の同行為による損害は,被告代表者が同社と折衝して内諾が得られていた1人/月の代金80万円と原告が同社に請求した3日分の作業量に対応する金額である10万9092円との差額である69万0908円である。
エ 松下電器関連の資産を隠蔽した行為
原告は,松下電器とのプロジェクトに関して引継作業を行わなかった。さらに,原告が後任者に対して作成した引継書(<証拠略>)にも松下電器とのプロジェクトに関する記述が一切なく,後任者に引継がなされなかったことも動かし難い事実である。さらに,原告が使用していたパソコン内に「端末ソフトウェア・共通ライブラリのソースコード最終版一式及び松下指定の書式で記載された障害報告書」(<証拠略>参照)が残されていないことも動かし難い事実である。これらの資産は,同社との紛争に際して極めて重要な証拠となるものであり,業務引継を怠った重大な職務遂行義務違反である。
被告は,控訴審における松下電器に対する損害賠償請求額である3億円の100分の1の300万円を,原告の同行為により被告が被った損害として原告にその賠償を求める。
オ d社との開発業務に関する追加支出
d株式会社(以下「d社」という。)との開発業務は,原告が同社と要求仕様条件を協議し,実際の開発は,f事業所がおおむね7割,残りを被告の元従業員Fが担当した。d社に納入する前の社内検査は,統括である原告の下に被告の元従業員であり相原告であったGを加えた体制で進められた。同業務が他の業務と異なるのは,新規開発案件であり,かつ,原告らが主導しており,原告らから退職願が出された時点でもっとも大きな懸案事項となっていた。原告らがa社に転籍するとの意思が確認された平成16年8月,上記の開発分担と納期を同年11月中旬に延期する作業スケジュールの見直しがなされた。そして,本請負開発にかかるソフトウェアは,実際に同月末に納入されたが,d社の都合により同社による検収が開始されたのは,平成17年5月になってからであった。その結果,本ソフトウェアは,基本的な部分が未完成で,顧客に納入する以前の社内検査で容易に把握できるレベルの不具合が存在したことが発覚した。少なくとも,原告とAはこの事実を把握した上で何らの報告も引継もせず,業務を放棄したまま退社したことが判明している。また,Eについても原告及びAに同調したものであり,原告らの行為は共同不法行為となる。
その結果,d社に多大な迷惑をかけたばかりでなく,追加修正作業が現実的に発生した。本件では,追加発生作業量(5人/月)のうち2人/月の作業費に相当する160万円につき,その6割である96万円を原告に請求する。
(2) 不当利得
原告が,退職日として平成16年12月末日にこだわるのは,冬季賞与の受給資格を得ることが目的である。被告は,従業員の生活面での計画性を考慮して賃金規程で賞与として年間,月額給与の2か月分の支給を保証していたが,支給時に在籍していない場合には,不支給とする旨を規定している(賃金規程17条)。一般的に賞与は,過去の労務に報いる意味と将来の頑張りを期待して支給するものであり,同規定自体に何ら問題はない。一方,被告は,平成16年11月末の段階で懲戒解雇に相当する原告らの不法行為の存在を把握していた。11月末での懲戒解雇の場合,少なくとも平成16年冬季賞与及び同年10月ないし12月分賃金の支払義務は免除される。そこで,被告が原告に支給した平成16年冬季賞与及び同年10月ないし12月分賃金については,原告は不当利得として返還義務を負う。その額は,123万2626円(冬季賞与38万円,10月及び11月分賃金76万円,12月分賃金9万2626円)である。
(3) 弁護士費用
被告は,原告らから本訴請求を提起され,これに応訴するとともに,反訴を提起してその損害の回復に努めなければならなくなった。そのために要した弁護士費用のうち300万円の3分の1である100万円を原告に対して請求する。
(4) 結論
よって,被告は,不法行為を原因とする損害賠償請求権及び不当利得返還請求権に基づき,原告に対して,798万3534円の支払を求める。
6 原告の主張(反訴関係)
(1) 被告の反訴は,本訴の目的である請求と関連性が全くない。
また,反訴を,本訴に対する被告の防御の観点から検討しても,被告の抗弁として成り立ち得るのは,反訴にかかる損害賠償請求と原告の賃金等請求権とを相殺するという相殺の抗弁となるが,かかる相殺は労基法24条1項により許されない。このように,実体法上抗弁として成り立たない場合は,それに基づいてされる反訴も不適法である。防御方法が現実に審理されるのでなければ,反訴請求を同一手続内で一括して審理する実益は認められない。
以上から,被告の反訴は,反訴の要件を満たしておらず不適法であるからこれを却下することを求める。
(2) 被告の主張(1)アのうち,Bが自然気胸の診断を受けたこと,原告がBにショートメールを送信したことは認めるが,その余は否認する。
被告の主張(1)イのうち,平成16年10月6日に原告らが退職願を提出したことは認め,その余は争う。
被告の主張(1)ウのうち,原告が被告代表者の許可を得ずに請求書を発行したこと,同請求が被告の主張のとおりの額であることは認め,これが不法行為となるとの主張は争う。請求額については,e事業所に見積もりを出してもらい,これまでにも多くのバグが発生したために通常以上に日数がかかっていたことも考慮して,e事業所の後任者と相談して決めたものであり,被告代表者の許可が得られなかったのは,原告が退職することが決まった後,被告代表者が原告に対して非常に感情的になっており,コミュニケーションを取りたくても取ることが困難であったことが原因である。
被告の主張(1)エは否認する。被告と松下電器との契約については原告の関与するところではなく,「共通ライブラリ」についても不知であって,その管理を原告が業務としていた事実はない。ソースの管理を行っていたことは事実であるが,最新のソースは原告が使用していたパソコン内に現在もあるはずである。
被告の主張(1)オは,原告が引継として社内検査の結果を引継書に記載しなかったという限度で認め,その余は否認する。被告の主張するような不具合は,納入前の社内検査では存在しなかった。同検査は,チェック項目に従い,チェックをし,不具合があった場合にはその内容を不具合票に記入し,担当従業員に渡し,修正後再度チェックしていた。引継書に同経過を記載しなかったのは上記担当従業員も打合せ等に出席し,経緯・内容を把握しており,同人もa社に転籍しているため,殊更記載する必要がなかったからである。
(3) 被告の主張(2)は争う。過去に遡っての懲戒解雇は無効であるが,懲戒解雇を前提とした賃金返還請求の根拠も独自の見解であって到底認められるものではない。
(4) 被告の主張(3)は争う。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
本件の各争点について判断する前提として,原告の退職に至る経緯について認定しておくこととする。争いのない事実及び証拠(<証拠略>,原告本人尋問の結果,被告代表者本人尋問の結果のほか後掲の各証拠)によれば,以下の事実が認められる。
被告は,本社のほかにe事業所(北海道),f事業所(茨城県)を有し,本社の開発責任者の指示に基づいて各事業所において開発業務を行うという事業形態をとっていた。
被告は,平成12年初頭から松下電器と,M-naviシステムと称するマンションの各部屋をLANで結んでマンションの管理人が各部屋に連絡事を一斉配信したり,各部屋の住人同士がコミュニケーションをとることができるシステムを開発する「マンション・ナビゲーション・プロジェクト」を手がけてきた。
原告は,被告における同プロジェクトの統括リーダーとして,松下電器の担当者と面会及び電話等でプログラムの開発依頼を受け,これを被告のe事業所等に指示するなどの職務を担当していた。
ところが,平成15年に至り,被告は,松下電器によって同プロジェクトから一方的に排除されてしまった。
被告は,この事態について,松下電器に対して損害賠償を求めることとし,同社との間で協議をしていたが,これが不調に終わったため,訴訟提起をせざるを得ない状況になった。
他方,被告としては,同プロジェクトに関わっていた従業員の雇用継続を図るため,同プロジェクトに代わる新規業務を開拓すべく努力したが,すぐには見つからなかった。
そのため,平成16年夏季賞与の支払が不可能となり,同年7月20日ころ,従業員全員に対し,同事態を説明し,同年夏季賞与の支払猶予及び退職金清算基礎額を含めた債務額を提示し,これについて支払の猶予を求め,原告を含む従業員全員がこれに応じた(上記第2の1(6))。なお,これに先立ち,被告は,従業員に対し,同年6月23日付け書面(<証拠略>)にて,上記の経緯について説明するとともに,被告の基本的な考え方として,<1>従業員の雇用継続を第一とすること,<2>松下電器以外の他の既存の顧客に迷惑をかけないこと,<3>株主にも迷惑をかけないことを掲げ,これに基づいて取り組む旨を明らかにしていた。
また,松下電器とのプロジェクトが頓挫し,これに代わる新規業務も見つからない状況を踏まえて,今後の運営体制について従業員に周知させるため,従業員に対し,これに先立ち,7月15日付け従業員向けの書面(<証拠略>)にて,現在の本社のオフィスは9月末で解約すること,7月から役員報酬を大幅にカットすること,従業員については他社への転籍を最優先に検討を進め,被告は松下電器との訴訟のみに特化することを告知し,同月28日付け書面(<証拠略>)では,全員が同じ会社に転籍できることを基本とするが,それが無理な場合は現業務の継承方法について調整することとし,転籍先の候補としてb社及びa社の2社を提示した。そして,同月29日に開催した従業員への説明会において,転籍先については一本化することができなかったため,上記2社のいずれかに転籍するか,退職するかを8月13日までに決めてほしい旨告げた(<証拠略>)。そして,8月3日にはb社の,8月5日にはa社のそれぞれ会社説明会が開催された(<証拠略>)。
原告は,これまで一緒に仕事をしてきたe事業所の従業員の多くの者がa社への転籍を希望しており,今後も同人らと仕事をしていきたいと考えていたため,自分も同社への転籍を希望しており,同社との面接後,一旦は同社への転籍を決めた。
しかし,他方,e事業所の従業員の中には退職することにした者もいたため,今後同社に転籍したとしても,従前の事業と同規模の事業を引き続き行うには人員が不足すると思われたため,被告代表者に対し,この人員不足に対応する措置を採って欲しい旨申し入れていた。
これに対し,被告代表者のとった措置は原告の納得のいくものではなかったため,原告は,これではa社への転籍を断念せざるを得ないと考えるに至り,そのためには被告を退職することもやむを得ないと考え,「一身上の都合により」退職する旨の退職願(<証拠略>)を作成し,10月6日,被告代表者にこれを手渡した。
なお,9月下旬には従前の本社事務所から撤退してa社の事務所にこれを統合する一方,10月7日付け書面によれば,被告からa社への転籍者は全員SI事業部に所属することとなり,原告がその全体統括者となることも決まっていた。(<証拠略>)
その後,原告は,11月17日まで勤務を続けたが,その後は有給休暇を使用したため,出勤しなかった。
被告は,平成16年12月分の賃金及び同年冬季賞与を支払わなかったため,原告は,東京労働局へ相談に行った。その後,被告は,12月分賃金については退職日を同年12月17日とした精算,退職事由については自己都合とする内容のメール(<証拠略>)を原告に送信してきた(上記第2の1(7))。同メールは,退職日についても,退職事由についても原告は到底納得できる内容ではなかったが,同文書に署名押印しなかったために賃金及び賞与を全く支払ってもらえないことになっては困るため,原告はやむなく同文書に署名押印し,これに記載された賃金を受領した(同(8))。
以上のとおり認められ,同認定に反する証拠はない。
2 本訴請求について
(1) 平成16年12月分未払賃金
ア 平成16年12月分賃金についての双方の主張
前記認定によれば,原告が平成16年11月18日以降有給休暇を取得して現実には出勤せず,そのまま退職に至ったことが認められ,他方,被告が原告に対し,平成16年12月分賃金として上記第2の1(8)記載の金額を支払ったことは当事者間に争いがない。この点につき,原告は,これは上記第2の1(3)記載の算定方法によらない方法によるものであり,同月分賃金に未払が生じている旨主張するので,以下において判断する。
イ 有給休暇日数について
まず,被告は,上記第2の1(7)記載の書面(甲A1)において,平成16年11月分の賃金を「精算」しているが,同書面の別紙2項によると,実労働日数を14日,有給休暇日数を11日として,これを被告において算出した平均賃金を乗じて計算していることが認められる。そして,同年12月分については実働日数なし,有給休暇日数を13日として計算していることが認められる。ところで,11月の実働日数14日と有給休暇日数11日を合わせると25日となり,これは同年11月の所定労働日数(20日)より5日多く,これは法定休日に有給休暇を充当したことになり,原告の主張するとおり許されないというべきである。
したがって,同年11月の所定労働日数を超える5日分の有給休暇は,当然12月に充当されなければならず,12月の有給休暇日数は,被告が同月の有給休暇日残数として扱った13日に5日を加えた18日となる(その結果,原告の退職日は,12月の所定労働日の18日目である12月27日となる。)。
ウ 平成16年12月分賃金の額について
12月の有給休暇日数を18日とした場合の,就業規則及び賃金規程による原告の平成16年12月分の給与は,原告の主張するとおりの計算方法により34万2000円となり,被告がこのうち9万2626円を支払ったことは当事者間に争いがないから(上記第2の1(8)),被告が支払うべき同月分の未払は,24万9374円である。
エ 被告の主張に対する判断
なお,この点に関し,被告は,原告に対しては平成16年9月分賃金において同年10月から12月分までの通勤手当及び住宅手当を支払っているから,同年12月で退職した原告について精算をする必要があったのであり,これが無効とされる謂われはない旨主張する。しかし,上記第2の1(3)のとおり,被告の賃金規程によれば,中途入退社した者の給与計算において,基準となる月額給与として,月額給与,通勤手当月額及び住宅手当の合計額を用いることとされているから,中途入退社した場合の精算においても,同規程の定める計算方法に加えて通勤手当及び住宅手当について別個の精算をする必要はない。したがって,被告のこの点に関する主張は採用することができない。
また,被告は,平均賃金につき,就業規則51条(解雇)の「労働基準法12条で規程される,算定しなければならない事由の発生した日以前3か月間にその労働者に支払われた賃金の総額をその期間の日数で割った金額」とする旨の規定に基づき原告に対する平成16年11月分及び12月分の賃金を算定しており,適法である旨を主張する。これは上記第2の1(7)記載の書面(甲A1)別紙において,12月分賃金計算において9月から11月の平均賃金に13日を乗じたことに誤りはないと主張する趣旨と解される。しかし,被告においては,中途入退社者についての賃金計算は,上記第2の1(3)所定の計算式において算出することとされていることは上記のとおりであり,被告の主張するような労基法の定める平均賃金を用いる余地はないから,同主張は採用することができない。
さらに,被告は,勤務実態の伴わない有給休暇消化期間における法定休日の取扱いについては,被告においては規定しておらず,原告の主張する計算方法を採用する理由はない旨を主張する。確かに,実働していない11月18日以降有給休暇をどの日に充当するかについての定めは証拠上明らかでなく,被告の主張するように規定がないことがうかがわれるが,法定休日に有給休暇を充当することはその性質に反するといわざるを得ないから,同主張もまた採用することができない。
(2) 退職金清算金
被告が原告との間で,原告の退職金につき,平成16年7月23日付け書面にて確認したことは前記第2の1(6)記載のとおりであり,甲A第2号証によれば,同書面に記載された退職金清算基礎額は80万6700円であることが認められる。
この点に関し,被告は,取扱規程2条及び旧規程によれば懲戒解雇の場合は無支給とする旨の定めがあるところ,平成17年2月24日付けで平成16年11月30日に遡って懲戒解雇する旨の意思表示をしているから原告に対しては退職金を支払う義務はない旨主張する。しかし,過去に遡って懲戒解雇をすることは認められず,被告が懲戒解雇の意思表示をした時点では既に原告は退職していたのであるから,同懲戒解雇が効力を生ずる余地はない。また,このことは平成16年11月30日当時において被告が懲戒解雇事由を認識していたか否かで左右されるものではない。
次に,被告は,被告が退職金支払義務を負うとしてもその金額は,自己都合退職の場合の金額(旧規程(<証拠略>)10条によれば,会社都合退職の場合の60パーセント)である旨主張する。確かに,原告が「一身上の都合により」との文言の記載された退職願を被告に提出して受理されたことは原告においても認めるところであるが,同文言は退職届における一般的文言であり,これのみで自己都合か否かを判断するのは相当でない。前記認定によれば,原告は,これまで事業を共にしてきたe事業所の従業員らとともに一旦はa社への転籍を希望し,同社からの受入れもほぼ決まり,原告を含めた被告の従業員らを迎えた新体制についての構想が動き出したものの,その後に退職者が出たため,事業の将来性に不安が生じ,この点についての人的手当を被告代表者に依頼したものの,これが容れられなかったために退職に至ったという関係が認められるのであって,ここでの原告の希望は会社都合で移籍を余儀なくされる原告にとっては格別理不尽なものとはいえず,これが容れられなかったから退職するのが原告の身勝手によるものと評価することは困難であるし,8月13日までにいずれにも移籍しないとの選択をして会社都合での退職金の支給を受けた者に比して不利益に扱う理由も見出し難い。以上のように,原告の退職に至る経緯をみれば,退職に至ったのは被告の事情によるものと評価しうるのであって,支給額を会社都合退職の場合の60パーセントとすべきとの主張は採用することができない。
また,被告は,原告との間で第2の3(被告の主張)(2)記載のとおり,松下電器との紛争解決後速やかに清算する,ただし松下電器から相応の和解金が得られることを条件とする旨の合意が成立している旨を主張する。取扱規程(<証拠略>)によれば,取扱規程は,平成14年3月31日付けで旧規程を廃止することに伴い,廃止時に在籍している従業員に対する退職金の清算方法を定めることを目的として制定されたものであり(1条),清算時期は,会社の経営状況等を踏まえ,平成17年3月31日までに実施するものとされていることが認められる。取扱規程は就業規則としての性質を有すると認められるから,同日までは支払が猶予されたと認める余地があるものの,松下電器との紛争解決後まで支払を猶予する旨の合意のように不確定期限を付する旨の合意は,就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約であるといわざるを得ないから,労基法93条に違反し無効である。なお,被告は,同合意は決して強制的なものではなく,誠意をもって状況説明を行った結果,従業員全員の理解を得たものである旨を主張するが,同法は,就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約を一律に無効とするものであり,労働契約の締結が強制にわたるか否か,締結に際して従業員が理解したか否かは問題とならないから,同主張は上記判断を左右しない。
したがって,平成17年3月31日を経過している現時点においては,被告は退職金として80万6700円の支払義務を免れない。
(3) 平成16年夏季賞与
原告の平成16年夏季賞与の額が38万円であることは被告も認めるところである。なお,被告は,平成16年夏季賞与についても,上記(2)におけると同様の支払猶予の合意がある旨を主張するが,同主張に理由がないことは上記(2)に説示したとおりである。
したがって,被告は平成16年夏季賞与として38万円の支払義務を負う。
(4) 時間外割増賃金
証拠(<証拠略>,原告本人尋問の結果)によれば,被告においては,従業員の出退勤時刻の管理を,以前はタイムカードにより行っていたが,平成13年ころからCybouzと呼ばれるコンピューターソフトにより行うようになり,従業員が出勤及び退勤の都度パソコン上の画面をクリックすることにより出勤時刻及び退勤時刻が入力され記録されるようになっていること,このうち平成15年及び平成16年における原告の出退勤時刻を出力したものは,別紙2「出社時間」及び「退社時間」欄記載のとおりであったことが認められる。これらは,いずれも毎日の出退勤の都度入力されるものであること,入力結果はその後被告においても目を通していたことが推認されることから原告の出退勤の時刻を正確に反映したものと認めるのが相当である。
この点に関し,被告は,入力された出退勤の時刻データについては,修正または改ざんが疑われ,信憑性が薄い旨を主張するが,改ざんについて具体的な主張立証はなく,同主張は採用することができない。なお,Cybouzについては,自宅からでも入力できることは原告も本人尋問において供述するところであり,現実の出退勤と異なる時刻に入力することは物理的に不可能ではないことが認められるものの,入力された時刻について被告はその都度確認できたのであるから,2年間以上も実際と異なる時刻が気付かれずに放置されることは考え難く,原告がそれをしたとは認められない。
したがって,原告の出退勤時刻については,別紙2記載のとおりと認めるのが相当であるが,出勤時刻から退勤時刻までの間の時間すべてを労働時間と認めてよいかについては疑問が残る。本来,時間外勤務については,当該時間ごとにどのような勤務をしたかについて原告が個別に主張立証すべきものであるところ,本件ではそれはなく,他方,出退勤時刻については明確になっており,出勤後退勤までの間は,基本的に労働していると認めるべきであることからすれば,少なくともそのうちの8割については実働時間とみてこれに基づく金額を被告が支払うべきものとするのが相当である。
そうすると,まず入力された出退勤時刻に基づく時間外割増賃金の額は原告の主張するとおりの算出方法により合計311万3852円(平成15年が214万5944円,平成16年が96万7908円)となることが認められるから,その8割に相当する249万1081円(1円未満切り捨て)が被告の支払うべき金額となる。
なお,被告は,会社の経営方針の決定に参画する立場にはなかったものの,課長補佐職への任用に際して役付手当及び基本給の大幅な増額がされていることに加え,被告における中核事業である松下電器とのプロジェクトの統括者として,請負作業の配分,スケジュール調整等の労務管理上の指揮権限を有していること,従業員採用に関しても原告自身の面接結果が合否の条件となっており,実質的に採用権限を有していたこと,始業終業時刻が定められておらず,少なくとも出退勤について就業規則上厳格な制限を受けていないことから,原告は課長補佐という監督職の立場にあった者であり,労基法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」に当たる旨を主張する。しかし,同号の「監督若しくは管理の地位にある者」とは経営方針の決定に参画し,あるいは労務管理上の指揮権限を有する等経営者と一体的な立場にあり,出退勤について厳格な規制を受けず,自己の勤務時間について自由裁量権を有する者をいうと解するのが相当であるところ,被告は,原告が会社の経営方針の決定に参画する立場にはなかったことを自認しているのであるから,同主張はそれ自体において失当というほかない。また,被告の挙げる他の要素についてみても,松下電器とのプロジェクトの統括者として,請負作業の配分,スケジュール調整等の労務管理上の指揮について一定の権限を有していることは認められるものの,従業員の採用権限を有していたとは認め難く(原告本人尋問の結果によれば,採用面接に立ち会っていたこと,採否についての意見を述べていたことは認められるが,これをもって採用権限まで有していたということはできない。),自己の勤務時間についての裁量権があるとはいえないのであるから(フレックスタイム制を採用している被告において,コアタイム(誰もが勤務しなければならない時間帯のことで,被告においては午前10時から午後3時まで)に勤務しない時間があったとしても1日の勤務の中でそれが補えれば,あえて欠勤扱いしていなかったことが認められるなど出退勤について必ずしも厳格な規制を受けていなかった面があることは否定できないが,これは管理監督者であったからというよりもフレックスタイム制を採用したことに伴うものとみる余地があること,Cybouzによる入力自体は求められていたこと等に照らし,規制がなかったとはいえない。),原告をここにいう「監督若しくは管理の地位にある者」に当たると認めることはできない。
さらに,被告は,原告との間で,平成14年度の給与について合意した書面(甲A4の2)により,役付手当の支給及び基本給の大幅な増額を条件として,時間外割増賃金等を支給しないこととすることが合意されている旨を主張する。同合意が有効とされるためには,労基法13条の「この法律に定める基準に達しない労働条件」に当たらないと認められなくてはならない。そこで検討するに,この点,原告は,同合意は労基法37条1項に違反し無効である旨主張するが,同合意が労基法37条1項に違反するか否かは,同項の趣旨に反する合意か否かを検討する必要がある。同書面によれば,原告が課長補佐に任用される以前の給与は基本給25万2100円,役付手当8000円,SE手当1万円の合計27万0100円であり,課長補佐に任用された平成14年4月以降の給与は基本給34万円,役付手当3万円,特別加算金(退職金相当額)1万円の合計38万円であったこと,平成14年4月以前の毎月の時間外手当の額は9万円を超えることはなかったことが認められ,時間外手当が支給されなくなったことによりこれまでの手取りを下回ることはなかったことが認められるから(<人証略>),被告の主張もそれなりに傾聴すべきものがないではないが,課長補佐に任用されたことにより権限及び責任も重くなることを考慮すると,上記差額の9万円が時間外手当分と重くなった権限及び責任の分をも含むものとは解されない。そうすると,被告が原告に提示した条件は労基法37条1項の定める基準に達していないものといわざるを得ず,これに対する合意は同法13条により無効であるといわざるを得ない。
加えて,被告は,仮に,同合意が労基法に違反し無効であるとしても,時間外割増賃金等は,時間外割増賃金等の不支給を前提に合意された新月額基本給(38万円)でなく,旧月額給与(27万0100円)に退職金相当額(1万円)を加えた28万0100円に基づき算定されるべきであると主張する。しかし,同主張は,自らのした課長補佐への任用を否定するに等しく,結局のところ,課長補佐に任用した以上は支払う必要はないとの主張に等しいのであって,同主張が採用できないことは上記のとおりである。
また,被告は,平成15年3月以前の時間外割増賃金等については,労基法115条の定めるところにより,消滅時効が完成している旨主張するが,証拠(<証拠略>)によれば,原告は,平成14年4月分以降の未払時間外割増賃金等につき,平成17年2月22日,内容証明郵便にて支払うよう請求し,同書面は同月23日に被告に到達したことが認められるから,時効により消滅するのは,平成15年2月23日以前に発生した時間外割増賃金等に限られる。そして,被告においては,時間外割増賃金等の支払は,前月1日から前月末日までを翌月25日に支払うことになっているので(賃金規程8条2項(<証拠略>)),上記時効を考慮に入れても,被告は原告に対し,平成15年1月1日以降の時間外労働に対してその時間外割増賃金等を支払う義務がある。
3 反訴請求について
(1) 反訴の適法性について
原告は,本件反訴について,本訴の目的である請求と関連性が全くなく不適法である旨主張するが,本件においては,本訴も反訴もともに原告の退職に際して発生した紛争であって,両者に関連性が全くないとまではいえないから,これを不適法とまで断定することはできないと解する。
また,原告は,抗弁が労基法24条1項により許されず,実体法上抗弁として成り立たない場合は,それに基づいてされる反訴も不適法である旨も主張するが,反訴はこれが認められても原告の賃金請求権の帰趨に何ら影響しないのであるから,同主張は採用することができない。
(2) 不法行為
ア Bに対する威圧
平成16年9月21日に原告がBに対し,ショートメールを送信したことは争いがなく,証拠(<証拠略>)によれば,その内容は,「B君が何を考えているのかわかりません。B君もそうかも知れませんが…」「NB(被告のこと)でB君とまた仕事がしたいって思っている人はいません。どうしてかわかりますか?」との内容であったことが認められる。そして,その趣旨について,原告は,それまでのBの行動等をみて,もっと同人と一緒に働きたいと思ってもらえるような人間にならないといけないと思ったこと,同人と働きたいという人がいない理由をもう一度自分で考えて欲しかったこと,さもないとa社に移籍してもまた同じことになってしまうと思ったことからである旨供述する(<人証略>)。弁論の全趣旨によれば,Bは,同時点では原告の直属の部下ではなかったものの,平成14年5月から平成16年3月まで原告の統括下で勤務してきたことが認められ,原告がその勤務ぶりについて熟知していることからすれば,勤務態度について指摘をし,奮起を促す趣旨で上記のようなショートメールを送信することは何らおかしなことではなく,またそこにおける言葉遣いにしても通常の上司から部下へのものとして格別厳しい内容であるともいえず,これをもって威圧と評価することはできない。また,同ショートメール以外に同趣旨の発言をしたと認めるに足りる証拠はない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,この点に関する不法行為の主張は理由がない。
イ 脅迫による退職願提出
被告は,松下電器との紛争が長期化するに至り,被告が従業員の雇用継続について誠意をもって提案を行う中で,原告は,松下電器とのプロジェクトで有していた自らの権限をいかに継続させるかという点に腐心し,e事業所を説得して一緒にb社への転籍を目論んだが,e事業所は自らの判断でa社への転籍を選択したため,自分1人だけがb社に転籍することを選択し得ず,やむなくa社を選択したものの,自らの地位を確保するため,c社関係業務の中核であるf事業所に同調を求め,本当に退職する意思ではないにもかかわらず,被告代表者を脅し,a社での自らの地位を確保することを目的として,常日頃から退職願をちらつかせることを地位確保の手段として用いた行為が不法行為に当たると主張する。
しかし,原告のこれらの行為のうちのどの点が不法行為を構成するのか全く明らかでなく,この点に関する被告の主張は失当というほかない。また,原告の退職に至る経緯は前記認定のとおりであり,そこには何らの「脅し」も見いだすことができない上,本件全証拠を総合しても,原告の不法行為を認定することはできない。被告代表者は,その本人尋問において,退職願を出された際に「すごい恐怖」を感じた旨供述するが,採用することができない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,この点に関する不法行為の主張は理由がない。
ウ c社への請求不可能
被告は,原告の,<1>追加仕様部分に関して検収が未了であるにもかかわらず,自己の裁量で勝手に過少な請求書を発行した行為,<2>そのため同社に提出した追加仕様部分の請求金額の修正が不可能であったこと,最終的な入金が平成17年1月末となったことが重大な職務遂行義務違反となる旨主張する。
証拠(原告,相原告Aの各本人尋問の結果),によれば,c社の案件とは,海外に滞在する日本人を対象に,国際電話料金を,加入者ごとの割引内容に応じて課金額を自動的に算出する課金請求システムを開発するというものであったこと,平成16年10月ころ同社から追加仕様の依頼が来たこと,その業務量は2,3人/日程度(1日に2,3人くらいの人が仕事をすれば終わる程度の業務量)であったこと,これまでにも基本部分などでいろいろと不具合が出ていたために同社に迷惑をかけてもいたこと等を考慮し,追加仕様部分についての代金を請求しないこととし,本来代表者に相談すべきではあるが,当時は同人とは口を聞(ママ)かないような状態になっており,相談しづらかったこともあり,相談することなく,追加仕様部分の代金を含めずに請求書を発行したことが認められる。
これらの事実を前提として判断すると,取引相手に対する請求金額の決定については当然代表者に相談すべきものと解されるが,原告が独断でしたのは追加仕様部分についてのみであり,かつ追加仕様部分の業務量がわずか2,3人/日程度であったことに照らすと,これをもって不法行為を構成するような重大な職務遂行義務違反と評価することは困難である。また,上記主張<2>については,趣旨不明であるが,c社からの入金が遅れたことが原告の責任である旨の主張であれば,原告本人尋問の結果によれば,同年11月以降も追加仕様部分に係る改修作業が継続していたことが認められるから(<証拠略>),入金が遅れたこと自体は,不具合が出たことが原因であり,これは原告の責任とみることはできず,これをもって重大な職務遂行義務違反と評価することはできない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,この点に関する不法行為の主張は理由がない。
エ 松下電器関連の資産隠蔽
被告は,原告が松下電器とのプロジェクトに関して引継作業を行わなかったと主張し,その理由として,原告が後任者に対して作成した引継書(<証拠略>)に松下電器とのプロジェクトに関する記述が一切なく,後任者に引継がなされなかったこと,原告が使用していたパソコン内に「端末ソフトウェア・共通ライブラリのソースコード最終版一式及び松下指定の書式で記載された障害報告書」(<証拠略>)が残されていないことを挙げる。
しかし,原告本人尋問の結果によれば,松下電器関係については,e事業所が事情をよくわかっているから資料さえ残しておいてくれれば特に引継は必要ないと言われたこと,これまで原告が使用していた会社のパソコンのデータをそのまま残しておいてほしいと言われてそのまま残してきたことが認められ(<証拠略>),同認定に反する証拠はない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,この点に関する不法行為の主張は理由がない。
オ d社との開発業務追加支出
被告は,原告が,d社との開発業務にかかるソフトウェアに基本的な部分が未完成で,顧客に納入する以前の社内検査で容易に把握できるレベルの不具合が存在したことが発覚したにもかかわらず,何らの報告も引継もせず,業務を放棄したまま退社したことが不法行為に当たると主張する。
原告が社内検査の結果を引継書に記載しなかったことは原告も認めるところであるが,証拠(<証拠略>,原告,相原告Aの各本人尋問の結果)によれば,同社の案件は,インターネットのプロバイダーに対して課金請求するためのシステムの開発であったこと,検査の結果判明した不具合とは印刷位置や項目等の相違等の些細なものであったこと,これらはすべて不具合表に記入して東京の開発担当者に渡して修正依頼をしたこと,同担当者はその後a社に転籍したこと,同業務の関連資料の保存場所等今後の業務に必要なことを同担当者に伝えていたことが認められる(<人証略>)。これらの事実に照らすと,原告のとったこれらの措置に加え,引継書に記載する必要があったとは認められず,原告に業務の放棄があったものと認めることはできない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,この点に関する不法行為の主張は理由がない。
(3) 不当利得
被告は,被告においては,平成16年11月末の段階で懲戒解雇に相当する原告らの不法行為の存在を把握しており,11月末での懲戒解雇の場合,少なくとも平成16年冬季賞与及び同年10月ないし12月分賃金の支払義務は免除されるから,被告が原告に支給した平成16年冬季賞与及び同年10月ないし12月分賃金については,原告は不当利得として返還義務を負う旨を主張する。
しかし,被告のした懲戒解雇が効力を有しないことは前記のとおりであり,被告の主張はその前提を欠き,失当である。
また,被告の上記主張が,懲戒解雇事由を認識していさえすれば,懲戒解雇の効力のいかんにかかわらずこれら冬季賞与及び賃金の支払義務を免除される旨の主張であるとすれば,これもまた失当というほかない。
(4) 弁護士費用
被告は,本訴への応訴及び反訴の提起に要した弁護士費用のうち300万円の3分の1である100万円を原告に対して請求するが,本訴請求のほとんどが理由のあるものである一方,反訴請求はいずれも理由のないものであるから,原告に対して弁護士費用を負担させる理由はない。
第4結論
以上によれば,原告の本訴請求は,392万7155円の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がなく,被告の反訴請求はいずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求を392万7155円の支払を求める限度で認容し,その余は棄却するとともに,被告の反訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する
(裁判官 蓮井俊治)
(別紙1) 2003年
<省略>
2004年
<省略>