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東京地方裁判所 平成17年(ワ)7097号 判決 2006年7月14日

原告

被告

東京都

主文

一  被告は、原告に対し、金九九万五四六三円及びこれに対する平成一三年六月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金九五万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三七九万七九三六円及びこれに対する平成一三年六月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告の運転する自動車(以下「原告車両」という。)に、警視庁所属の警察官であるAが運転する自動車(以下「被告車両」という。)が追突した交通事故に関し、原告が被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、原告に生じた人身損害及び事故日から支払済みまでの遅延損害金について、損害賠償を請求している事案である。

二  前提となる事実(特に証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いがない。)

(1)  交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

ア 日時 平成一三年六月一八日午後五時四〇分ころ

イ 場所 東京都千代田区霞が関二丁目一番先路上

ウ 原告車両 原告運転の普通貨物自動車(<番号省略>)

エ 被告車両 A運転の普通乗用自動車(<番号省略>)

オ 態様 Aは、本件事故当時、警視庁交通総務課(以下、単に「交通総務課」という。)安全教育係に勤務する警部補であり、交通安全指導所において行われた「自転車安全教育指導者養成講習」を終了し、被告車両を運転して、東京都千代田区<以下省略>所在の警視庁に帰庁途中、上記場所で停止中の原告車両に、被告車両を追突させた。

(2)  原告の受傷内容及び通院経過

原告は、本件事故後、救急車で東京慈恵会医科大学附属病院(以下「慈恵医大病院」という。)に搬送され、同病院医師により、「頸椎捻挫、腰部挫傷で全治七日間を要する見込み」との診断を受けた。

その後、原告は次のとおり通院して診療を受けた(甲三、四の一ないし四、甲五の一ないし一六、甲七の一ないし六。なお、本件事故による相当な治療期間等については争いがある。)。

ア 慈恵医大病院(脳神経外科及び整形外科)

平成一三年六月一八日から平成一四年八月二一日まで(実通院日数二四日)

イ 医療法人a会bクリニック(以下「bクリニック」という。)

平成一三年七月二六日から平成一四年八月二三日まで(実通院日数一六九日)

(3)  原告は、損害保険料率算出機構から、自賠責保険(共済)の後遺障害等級に該当しない旨の通知を受け、異議申立をしたが、改めて後遺障害等級非該当との回答を受けた(乙二〇)。

(4)  被告の責任原因

本件事故は、公権力を行使する被告の公務員であるAの前方注視義務違反という職務上の過失によって発生したものであり、被告は、本件事故によって原告に生じた損害について、原告に対し、国家賠償法一条一項に基づき賠償責任を負う。

(5)  示談交渉の経過

ア 本件事故後、原告と、交通総務課に勤務していたB(以下「B警視」という。)との間で、原告の人身損害について示談交渉が重ねられた。

イ B警視は原告に対し、平成一三年六月二七日から平成一四年二月一五日にかけて八回にわたり(乙一四)、治療費、通院交通費等として、合計九一万二三〇〇円(以下「本件既払金」という。)を支払い、原告はこれをいずれも受領した。

B警視は原告から、治療費(薬代を含む。)相当分については、各医療機関が発行した領収書の原本(乙一の一ないし三、乙二の一ないし一九、乙三の一ないし九、乙四の一ないし一五、乙五の一ないし一四、乙六の一ないし七、乙七の一ないし一〇、乙八の一ないし八九、乙九の一ないし七)を、通院交通費相当分については、通院交通費明細書の原本(乙一三の一ないし三)を、それぞれ受領した。

また、B警視は、原告に対し、平成一五年一一月二七日付けの「請求書」と題する書面(甲一二)にて、本件既払金の受領書を提出するよう求めたが、原告は受領書を提出しなかった(乙一四)。

B警視は、平成一四年二月に交通総務課から別の部署へ異動した(乙一四)。

ウ 平成一六年三月一一日、交通総務課の警部C(以下「C警部」という。)は、原告及び当時原告の代理人であったD弁護士に対し、被告の原告に対する賠償金額を一七九万〇四七〇円とする旨の示談案(乙一八)を提示したが、本件既払金をめぐり折り合いが付かなかった。

原告はその後、D弁護士を解任した。

エ 原告は、同年五月二六日、東京簡易裁判所に、被告及びAを相手方として、本件事故による損害賠償として原告に対し相当額を支払うよう求める調停(以下「本件調停」という。)を申し立てたが、本件調停は、調停不成立により終了した(甲二)。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  争点一(治療期間)

(原告)

bクリニックの医師の診断書によれば、原告の症状は、後頭部はりつき感等は残るものの、しびれは緩和されていると効果を認め、医師は、治療を継続している。

平成一四年八月二一日診断による同月二八日発行の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書によれば、「左後頭神経圧痛<+>」と、他覚症状を認めている。

原告の当初の診断書は、加療七日の見込みであるが、見込みであり実際ではない。

損害保険料率算出機構の自賠責保険(共済)審査会は、後遺障害等級認定は非該当としつつ、本件事故による傷害の一部症状は、終診時まで残存していたことを認めている。

一般に症状があり医師が治療するとき、その症状が軽減又は解消するまで治療を継続することは、患者にとって、ごく日常的なことである。

本件事故による被告車両と原告車両の損傷状況から、本件事故の衝撃は、原告車両のエンドプレートからバックパネル等を破損し、左メインバーリブを変形させた激しいものである。本件事故は、原告が、横断者の途切れるのを待って内堀通りへ向け進行し、合流線に停止した直後、ガーンと激しい衝撃を受け、内堀通りへ突き出されたものであり、「アクセルを踏むことなく、いわゆるクリープ現象を利用する状態でゆっくりと被告車両を前進させた」との被告の説明には根拠がない。

以上から、本件事故に起因する原告の傷害の治療が、平成一四年八月三一日まで継続したことに理由があることは、明らかである。

(被告)

bクリニックの医師の平成一四年二月二一日付け診断書によれば、原告は、当時、指のしびれ、左後頭部から左頸部の違和感を訴えていたものの、頸部の運動(首を回す)を行っても痛みがなかったこと、神経根障害もなかったことが、それぞれ認められる。

また、同日以降の診断書及び自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書によっても他覚症状は認められないこと、原告は、本件事故直後、加療七日の見込みと診断されていること、本件事故による被告車両及び原告車両の損傷状況などからすれば、本件事故に起因する原告の傷害は、遅くとも平成一四年二月二一日までに治癒していたものと認められる。

このことは、平成一六年一二月二四日付け後遺障害等級認定票によっても明らかである。すなわち、損害保険料率算出機構の自賠責保険(共済)審査会は、原告の後遺障害の有無につき、「左大後頭神経圧痛<+>、他所見なし」との所見が認められるのみであり、他覚症状が認められないこと、頭痛については、本件事故を契機に発現したものとは捉え難いことなどを理由に、後遺障害非該当との判断をしている。

(2)  争点二(本件既払金のてん補性)

(被告)

ア 原告は、本件既払金について、被告において法令等に基づく支出手続がされたものではなく、B警視個人が立替払をしていると主張するが、この点に関しては、被告の内部における賠償金支払手続に代わるものとしての、当、不当の問題となることがあるとしても、原告との関係において、賠償金を支出したか否かの問題とはならない。

イ B警視は、被告が本訴で提出した陳述書において、原告の申出につき検討した結果、やむを得ず、原告が既に支払った治療費を、個人的に立替払することにした旨を明らかにしているし、被告も、本訴において、本件既払金につき、被告が支払うべき賠償金の一部であることを自認している。

ウ したがって、本件既払金は、被告が原告に支払うべき賠償金の一部である。

(原告)

ア 被告は、B警視が立て替えた本件既払金が被告の負担によらないB警視個人の支払であることを認め、一貫して、B警視の行為を追認していない。

イ 本件既払金の内訳に、耳鼻科治療費と薬代、眼科治療費と薬代、文書料、耳鼻科と眼科の通院に要した交通費がある。

ウ 平成一三年四月から平成一五年三月末までの期間、被告議会定例会会議録別冊抜粋にある警視庁保管自動車の事故による損害賠償(法律上の義務に属する損害賠償額の決定)に、原告に対する賠償額の記載はない。

エ 被告は、自らの支出の根拠を示していない。

オ したがって、B警視個人の本件既払金は、被告の賠償金の一部とはならない。

(3)  争点三(原告の損害額)

(原告)

ア 治療費 八四万二一三〇円

原告の治療費は、平成一四年八月三一日までの八四万二一三〇円である。

イ 通院交通費 六万三六二〇円

原告は、平成一三年六月一九日より平成一四年八月二一日まで合計二二日、慈恵医大病院に通院し、要した交通費は二万九一八〇円である。

また、原告は、平成一三年七月二六日より平成一四年八月二三日まで合計一六九日、bクリニックに通院し、要した交通費(バス代)は、三万四四四〇円である。

したがって、本件事故に起因する原告の交通費は、合計六万三六二〇円である。

ウ 休業損害 三九万二一八六円

原告は、平成一三年六月一九日から平成一四年八月三一日までの間に、本件事故直後の体調不良又は交通総務課の担当者が認めた通院を目的に、有給休暇二六日を取得した。また、平成一三年六月二七日、同年七月二日、同月一四日及び同年八月九日に、通院又は体調不良のため、遅刻又は早退した。したがって、休業日数は、有給休暇日数二六日に、遅刻及び早退の四回を二日分として加えた、二八日である。

原告の休業損害は、事故日前三か月の収入金額一二六万〇六〇〇円を九〇で除し、休業日数の二八日を乗じた、三九万二一八六円である。

エ 慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円

本件の慰謝料は、日額四一〇〇円に、原告の認定治療日数三八四日を乗じた一五七万四四〇〇円に、Aが本件事故発生当時、交通総務課安全教育係という交通安全の専門知識を持つ指導的立場でありながら、本件事故発生状況について、警視庁管理物品損傷報告書にある事故発生状況とかけ離れた主張を行っていることを被告が黙認し、それを被告の主張としている被告の不誠実さに対する慰謝料を加えた、二〇〇万円である。

オ 弁護士費用 五〇万〇〇〇〇円

被告が主張する既払金は被告の行為ではないこと、被告が自らの支出について根拠を示さず争ったことからすれば、五〇万円の請求は当然である。

カ 合計 三七九万七九三六円

既払金は認められないから、本件事故につき被告が原告に支払うべき賠償金は、三七九万七九三六円となる。

(被告)

ア 治療費 六〇万〇七六〇円

原告の治療費は、平成一四年二月二一日までの、慈恵医大病院に係る三〇万三七三〇円と、bクリニックに係る二九万七〇三〇円の合計六〇万〇七六〇円である。

なお、本件既払金のうち、治療費相当額は、上記金額を上回る六八万四七六〇円であるが、これは、原告が、交通総務課の担当者に対し、本件事故との因果関係につき疑義がある慈恵医大病院耳鼻咽喉科及び同病院眼科の診察料及びこれらの診察に係る薬代も請求したことから、示談交渉を円滑に進めるために一時的に立替払を行ったためである。

イ 通院交通費 二万一一一〇円

(ア) 慈恵医大病院分

交通総務課の担当者が本件既払金を支払った際、原告から受領した通院交通明細書によれば、原告の平成一四年二月一三日までの慈恵医大病院への通院交通費の合計は、三万二五四〇円となる。しかし、同明細書には、通院の事実が認められない平成一三年六月二六日、同月二七日、同年七月二日、同年八月九日、同年九月二日、同月一三日、同年一二月二一日、同月二六日及び平成一四年一月二四日の分が記載されており、これらの合計金額は一万一四三〇円となるから、原告の通院交通費は、三万二五四〇円から一万一四三〇円を減じた二万一一一〇円である。

なお、本件既払金のうち、交通費相当額は三万二五四〇円であるが、これは、前記アで述べたのと同様、示談交渉を円滑に進めるために一時的に立替払を行ったためである。

(イ) bクリニック分

原告は、本件事故の示談交渉の際には、交通総務課の担当者に対し、bクリニックへの通院交通費として、自宅最寄りバス停である住宅南から、bクリニック最寄り駅の帝都高速度交通営団(現東京地下鉄株式会社)有楽町線江戸川橋駅(以下「江戸川橋駅」という。)間の通院交通費を請求した。しかし、原告の勤務先とbクリニックの所在地が近接していることから、交通総務課の担当者は、原告に対する通勤手当の支給の有無につき、原告の勤務先に確認したところ、自宅から江戸川橋駅までの通勤定期代が原告に支給されていることが判明したため、原告に対し、bクリニックの通院交通費は損害として認定されない旨を通知した。

また、原告は、本件調停の際、慈恵医大病院に係る通院交通費のみを請求し、bクリニックへの通院交通費は請求していない。

加えて、原告の勤務先とbクリニックは、直線で約四〇〇メートルの距離にあり、江戸川橋駅とbクリニックは、更に近接していること、通院交通費明細書(甲第一三号証の二)は、被告が、平成一四年二月一三日までの慈恵医大病院への通院交通費を認める旨記載した被告準備書面二を陳述した平成一七年七月二五日の本件弁論準備手続期日後の、同年一一月二六日になって作成されていることなどからすれば、同明細書が提出されたからといって、原告がbクリニック通院時にバスを利用していたと認めることはできない。

したがって、bクリニックへの通院交通費の請求は理由がない。

ウ 休業損害 一八万二〇七八円

本件事故と相当因果関係があると認められるのは、平成一四年二月二一日までに慈恵医大病院整形外科及び同病院脳神経外科に通院した一三日間である。なお、原告は、bクリニックに通院した日には、休暇を取得していない。

原告の本件事故前三か月の収入は一二六万〇六〇〇円であるから、これを九〇で除した一万四〇〇六円に一三を乗じた一八万二〇七八円が原告の休業損害の額である。

エ 慰謝料 九一万八四〇〇円

原告が治癒したと認められる平成一四年二月二一日までの原告の治療期間総日数は二四九日、実治療日数は一一二日であり、損害保険料率算出機構による傷害の場合の慰謝料算出基準によれば、本件の慰謝料は、日額四一〇〇円(事故発生日が平成九年一〇月一日以降平成一四年三月三一日以前の場合)に、原告の認定治療日数の二二四日(実治療日数の二倍)を乗じた九一万八四〇〇円である。

オ 弁護士費用について

本件事故の示談交渉には、交通総務課の担当者が誠実な対応を行っていたこと、原告が、本件調停の申立てを行い、本件既払金の受領を否認するに至ったことなどからすれば、原告が、被告に対する損害賠償請求につき、弁護士に依頼して訴訟を提起することになったのは、すべて本件事故の示談交渉における原告自身の不誠実な対応の結果である。

したがって、原告が主張する弁護士費用は、本件事故との相当因果関係が認められず、理由がない。

カ 小計 一七二万二三四八円

キ 既払金(前記二(5)イ、三(2)〔被告の主張〕) 九一万二三〇〇円

ク 合計 八一万〇〇四八円

前記カからキを控除したもの。

第三当裁判所の判断

一  争点一(治療期間)について

(1)  争いのない事実、証拠(文中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故後の原告の治療経過について、次の事実が認められる。

ア 本件事故当日である平成一三年六月一八日、原告は、慈恵医大病院へ救急搬送され、頸椎捻挫・腰部挫傷の病名で、全治に七日を要する見込みと診断された。翌一九日から同年七月二五日までは、合計六回、同病院整形外科を受診した(なお、診療報酬明細書上は、腰部挫傷の診断名が削除され、頸椎捻挫のみとされている。)ほか、頭部打撲の傷病名で同年六月二一日から同年七月九日までの間に合計三回、同病院脳神経外科を受診し、画像検査などを受けた。(甲五の一ないし四、乙一一、原告本人)

イ 原告は、より近くで通院しやすい病院を希望し、同年七月二六日、bクリニックを受診した。同日の初診時、頸椎の可動域制限は認められず、運動痛、後頭部痛と、左上肢のしびれ、だるさ、痛みを訴えた。

その後、同日から同年八月二八日までの間に合計一〇回、同クリニックを受診し、頸部の温熱療法を続けた。同月三一日からは頸椎牽引に変更され、同年九月は一一回、同年一〇月及び一一月は各一五回、同年一二月は一三回、翌平成一四年一月は一五回、同年二月は一七回、同クリニックに通院した。

同月二〇日の診断では、左第二指のしびれ、左後頭部から左頸部のはりつき感、左頸ないし左前腕伸側の痛みを訴えているが、頸部の可動域制限はなく、運動痛もなく、スパーリングテストの結果でも痛み等を訴えていない。

また、この間の平成一三年八月から平成一四年二月まで、慈恵医大病院整形外科にも月一回ないし二回(合計一〇回)通院した。

(甲四の一、五の五ないし一一、七の一ないし四、原告本人)

ウ 原告は、平成一四年三月も合計一四回bクリニックを受診し、頸椎牽引が行われ、保温とリラクゼーションの指導を受けた。同月三一日の診断では、頸部の張り付くような違和感と左第五指のしびれを訴えているが、頸椎の可動域制限はなく、痛み(運動痛)はなく、スパーリングテストの結果でも痛み等を訴えていない。

同年四月には合計一三回、同年五月及び六月は各一四回、bクリニックに通院し、頸椎牽引が行われ、保温とリラクゼーションの指導を受けているが、頸部の張り付くような違和感と左指のしびれは続き、他方、頸椎の可動域制限、痛み(運動痛)、スパーリングテストの結果のいずれについても異常所見は認められていない。

同年七月は一二回、同年八月は同月二三日までに五回、bクリニックに通院し、頸椎牽引が行われ、保温とリラクゼーションの指導を受けている。同日時点でも、頸部の張り付くような違和感がとれず、左第二指のしびれが残っているが、気にならなくなっているとされ、頸部の可動域制限、痛み(運動痛)、スパーリングテストの結果については、いずれも異常は認められていない。そして、bクリニックの治療は同年八月末には中止とされている。

また、同年三月から同年八月二一日まで、慈恵医大病院整形外科にも月一回ずつ通院した。同日の診断では、自覚症状として左後頭部痛と張り付き感があるとされ、左大後頭神経の圧痛が認められるほか、「他所見なし」とされ、症状固定日を同日とする自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書が発行された。

(甲三、四の二ないし四、五の一二ないし一六、七の四ないし六)

エ 前記のとおり、原告は、自賠責保険から、後遺障害等級非該当の認定を受けているが、その際、左後頭部の張り付き感について、後遺障害診断書に左大後頭神経の圧痛と記載があるだけで、反射異常、筋力低下、筋萎縮、知覚異常などの神経学的異常所見が認められず、症状を裏付ける異常所見に乏しいとされている。(乙二〇)

オ なお、原告は、平成一三年七月九日から平成一四年八月二一日までの間に、慈恵医大病院眼科に一七回、同病院耳鼻咽喉科に七回通院しているが(甲六の一ないし三)、これらについては、医師から本件事故によるものとの診断を受けたわけではなく(原告本人)、本件事故による受傷に対する治療としての通院であることを認めるに足りる証拠はない。

(2)  前記(1)の原告の治療経過によると、原告は、bクリニックの初診時には、運動痛、後頭部痛と、左上肢のしびれ、だるさ、痛みを訴えていたが、平成一四年二月二〇日には、頸部の張り付くような違和感と左指のしびれを訴えるのみで、運動痛もなく、スパーリングテストの結果でも痛み等を訴えていない。そして、その後、基本的症状に変化は見られず、頸部の張り付くような違和感と左指のしびれに若干の軽快が見られるものの、これらの症状は、痛みやしびれといった自覚症状のみであって(後遺障害診断書に記載された「左大後頭神経の圧痛」は、痛みという本人の自覚症状を記載したものというべきであって、これをもって他覚的所見であるとはいえない。)、これを裏付ける他覚的所見は認められていない。また、治療内容も、同日以降基本的に変化はない。

以上に加えて、当初の診断が、頸椎捻挫・腰部挫傷であり、このうち後者についてはその後の治療経過で全く指摘がないこと、当初全治七日の見込みとされたことからも、原告の受傷の程度が重篤であるとはいい難く、受傷から約八か月で緩解したとしても不自然ではないこと等を併せて考慮すると、本件事故による治療期間としては、平成一四年二月二〇日までを認めるのが相当である。

(3)  原告は、平成一四年八月までの通院を要した理由の一つとして、本件事故により原告の受けた衝撃が激しいものであったことを挙げている。

しかし、本件事故の態様は、詳細について必ずしも明らかではないものの、被告車両が原告車両に引き続き停止した状態から発進し、その直後に原告車両に衝突したと認められること(甲一〇の一ないし三、一〇の六)、本件事故後に撮影されたと認められる原告車両の写真(乙一二の三及び四)では、後部に軽度の凹損が見られるほか、大きな損傷は認められないことからして、車両の骨格部分等の内部に損傷を与える程度の大きな衝撃があったとは考え難く、少なくとも衝突時の衝撃の程度が、原告の頸部に本件事故の約一年二か月後である平成一四年八月までの通院を要する傷害を与えるものであったと認めることは困難である。原告は、原告車両の写真(甲一一の一ないし六)から、衝突の衝撃が大きかったとも主張するが、同写真上、認められる損傷が、本件事故によるものであるか否かが明らかであるとはいえない。

したがって、原告の主張は採用できない。

二  争点二(本件既払金のてん補性)について

(1)  前記のとおり、原告がB警視から本件既払金を受領したことは争いがないところ、これは、B警視から原告に対し、被告が損害賠償責任を負う旨説明の上、人身損害分については原告に損害資料の提出を依頼し、かつ、賠償金を示談締結後一括して支払いたい旨申し出たのに対し、原告が、人身損害分の損害資料は通院中であり、提出することができないが、既に病院に支払った治療費分はすぐに支払ってもらいたいと申し出たことを受けて、支払がなされたものであることが認められる(乙一四)。また、B警視は、原告から請求を受けた金額を支払い、その際、同額の病院の領収書原本や通院交通費明細書原本を受け取っている(乙一の一ないし三、二の一ないし一九、三の一ないし九、四の一ないし一五、五の一ないし一四、六の一ないし七、七の一ないし一〇、八の一ないし八九、九の一ないし七、一三の一ないし三、一四)。なお、文書料分として原告から請求を受け、B警視が支払った一九万五〇〇〇円(乙一四)については、領収書等が作成されていないが、これについて、B警視が原告に対し、本件事故の治療費等の一部として支払ったものであることを明らかにした上、受領書の作成を求める請求書を原告に交付している(甲一二)。

(2)  こうした経緯によれば、原告は、本件既払金を、本件事故による治療費(文書代、薬代を含む。)及び通院交通費等、賠償金の一部として受領することを了承して受領し続けたものであるというべきである。また、その中には、本件事故との関連性が認められない眼科及び耳鼻咽喉科分が含まれるが、その通院期間及び医療機関が同一であり、その当時直ちに関連性があるか否かが明らかではないといえるため、本件既払金の中に眼科及び耳鼻咽喉科分が含まれることをもって直ちに、本件既払金が本件事故と無関係であるとはいえない。そもそも、B警視は、本件既払金を支払う際、被告車両の運転者であったAと同じ交通総務課の警察官であり、そのことを原告も認識しており、本件事故前に原告と知り合いだったこともなく(原告本人)、本件事故による損害が、警察官の職務執行中に発生した事故により原告に発生していること以外に、B警視が本件既払金を原告に支払う理由が認められない。加えて、本件訴訟においても、被告は、本件既払金につき、被告が支払うべき賠償金をB警視が立替払したものであって、被告の原告に対する損害賠償金の一部であることを認めている。以上からすれば、被告以外の者が被告の支払うべき賠償金の一部を支払ったとしても、それは賠償金の弁済として有効であるというべきである。

なお、B警視による本件既払金の支出は、原告と被告との紛争が示談の成立等により解決するまでは法令に基づく決裁手続を行うことができないという手続的制約による、やむを得ないものであるから、本件既払金の支出手続が法令等に基づくものではないことは、弁済の有効性を左右するものとはいえない。

(3)  したがって、本件既払金が、原告の被告に対する損害賠償請求権の金額から控除されるべきであることは明らかであり、原告の主張は採用できない。

三  争点三(原告の損害額)について

(1)  治療費(文書代、薬代を含む。) 六〇万七七二〇円

(内訳)

ア 慈恵医大病院(平成一四年二月分まで)(甲五の一ないし一一) 二四万〇一五〇円

イ 御成門薬局(整形外科・平成一四年二月分まで)(甲六の一及び二) 六万三五八〇円

ウ bクリニック

平成一四年一月分まで(甲七の一ないし三)二三万九一六〇円

平成一四年二月分診断書料・明細書料(甲四の一、七の四) 一万〇〇〇〇円

平成一四年二月一日から同月一五日まで(乙八の八一ないし八九) 二万三〇六〇円

平成一四年二月一八日から同月二〇日まで 六九六〇円

証拠上金額は明らかではないが、通院したことは明らかであり、一回当たり少なくとも二三二〇円は要したと解されるので(甲七の四、乙八の八一ないし八九)、少なくとも六九六〇円は要したものとみるのが相当である。

エ やまぶき薬局(平成一三年分・甲八)二万四八一〇円

(2)  通院交通費 二万三九五〇円

(内訳)

ア 慈恵医大病院通院分 二万三九五〇円

ただし、平成一四年二月分まで(甲一三の一、乙一三の一ないし三)。なお、甲第一三号証の一は、本件訴訟提起後に原告が作成したものであることが認められるが、公共交通機関を利用した分であること、乙第一三号証の一ないし三に記載した通院交通費と通院日が異なるほか一回当たりの料金は同一であることから、平成一四年二月以前の分については損害として相当と認める。

イ bクリニック通院分 〇円

原告は、本件既払金を受領した際にB警視に渡した通院交通費明細書(乙一五の一ないし一二)には、△△(原告の自宅の最寄りのバス停であることがうかがわれる。)から江戸川橋駅までの通院交通費を記載していたところ、本件訴訟係属中である平成一七年一一月二六日付けで原告が作成した通院交通費明細書(甲一三の二)には、江戸川橋駅から▲▲(bクリニックの最寄りバス停であることがうかがわれる。乙一六)までのバス代を記載している。

この点、平成一六年三月一一日、C警部が原告及びD弁護士に示談案を提示した際、原告の自宅から勤務地までの通勤手当(一般的には、定期代であると解される。)が支給されていることを理由に、通院交通費を追加認定しない旨の通知をしており(乙一八)、原告が当初請求していた△△から江戸川橋までの通院交通費には理由がないというべきこと、本件調停の申立書では、通院交通費として五万一一二〇円を主張しており、その内容は、慈恵医大病院への通院交通費であることがうかがわれること(甲二、乙一九)から、本件訴訟における原告のbクリニックへの通院交通費の主張(江戸川橋駅から▲▲までのバス代)は、本件訴訟になって初めて主張したものであって、原告の主張には変遷が認められる。加えて、原告の勤務地は江戸川橋駅のすぐ近くにあり、江戸川橋駅からbクリニックまで約五〇〇メートルほどにすぎないこと(乙一六)などを総合すると、原告が江戸川橋駅から▲▲まで通院のためバスを利用したことは認め難いというべきである。

したがって、bクリニック通院のための交通費は認めることができない。

(3)  休業損害 一九万六〇九三円

ア 休業日について

原告は、体調不良又は通院を目的に有給休暇二六日を取得したと主張するところ、事故直後から休暇よりも稼働日の方が圧倒的に多いこと(甲九の一)、前記のとおり、平成一三年七月二六日時点で運動痛、後頭部痛と、左上肢のしびれ、だるさ、痛みを訴えていたことは認められるが、稼働することが困難であるほどの症状であったことについてはこれを認めるに足りる証拠はないことからすると、体調不良を理由とする有給休暇については、本件事故との相当因果関係を認めることができない。また、bクリニックが原告の勤務先から近くであること(乙一六)からすると、同クリニック通院のために有給休暇を取得する必要性は認められず、実際、bクリニックへの通院日には、有給休暇を取得したとは認められない(甲七の一ないし四、九の一ないし四、乙八の一ないし八九)。

他方、慈恵医大病院(整形外科及び脳神経外科)への通院のために有給休暇を取得することについては、前記一の治療経過に照らし、平成一四年二月までは、その必要性が認められる。

したがって、原告の主張する有給休暇のうち、慈恵医大病院への通院日と同一日である平成一四年二月までの一四日分について(甲九の一ないし四)、本件事故による休業日と認める。

イ 計算式(甲九の一)(一円未満切り捨て)

一日当たりの収入を一二六万〇六〇〇円を九〇(日)で除した金額とすることは争いがないので、次のとおり算定される。

(1,042,800+217,800)円÷90日×14日=196,093円

(4)  慰謝料 一〇三万〇〇〇〇円

本件事故の態様、原告の受傷内容及び治療経過(前記一)、本件事故後の経緯、本件訴訟の経緯等を総合し、一〇三万円を相当と認める。なお、本件において、被告側に不誠実な対応があったことについては、これを認めるに足りる証拠がない。

(5)  小計 一八五万七七六三円

(6)  既払金 九一万二三〇〇円

前記二のとおり。

(7)  弁護士費用 五万〇〇〇〇円

前記(5)から前記(6)を控除した残額は、九四万五四六三円であるところ、原告は本件訴訟を提起するに当たり、D弁護士とは別の弁護士に依頼して提訴したこと、本件訴訟は弁論終結までに合計八回の口頭弁論又は弁論準備期日が開かれたが、弁護士は訴状を作成したほか当初三回の期日に出頭した段階で辞任し、その後の訴訟活動は、主として原告が行っていたことなどを考慮し、五万円の限度で相当と認める。

(8)  合計 九九万五四六三円

前記(5)から(6)を控除し、(7)を加えた金額。

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、九九万五四六三円及びこれに対する本件事故発生の日である平成一三年六月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとする。

(裁判官 湯川浩昭 浅岡千香子 蛭川明彦)

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