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東京地方裁判所 平成17年(ワ)9137号 判決 2006年9月22日

第一、第二事件原告

上記訴訟代理人弁護士

神原元

第一事件被告

コスメイトリックスラボラトリーズ株式会社

上記代表者代表取締役

Y1

第一、第二事件被告

ドクターモコスジャパン株式会社

上記代表者代表取締役

Y1

第二事件被告

Y1

Y2

Y3

Y4

Y5

上記訴訟代理人弁護士

山下俊六

同(第一事件のみ復代理人)

小堀靖弘

主文

一  第一事件について

(1)  原告が被告らに対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(2)  被告コスメイトリックスラボラトリーズ株式会社は、原告に対し、二六九五円及びこれに対する平成一七年四月二六日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員並びに平成一七年五月二五日から毎月二五日限り四二万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(3)  被告ドクターモコスジャパン株式会社は、原告に対し、平成一七年五月二五日から毎月二五日限り一一万円の割合による金員を支払え。

(4)  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

二  第二事件について

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用について

訴訟費用は、第一、第二事件を通じて、これを一〇分し、その一を被告コスメイトリックスラボラトリーズ株式会社及び被告ドクターモコスジャパン株式会社の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、一の(2)、(3)項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

1  第一事件

(1)  原告が被告らに対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(2)  被告コスメイトリックスラボラトリーズ株式会社(以下「被告コスメ」という)は、原告に対し、二四二万三八七〇円及びこれに対する平成一七年四月二六日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員並びに平成一七年五月二五日から毎月二五日限り四二万九〇〇〇円の割合による金員及び平成一七年七月一〇日から毎年七月一〇日、一二月一〇日限り各七九万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(3)  被告ドクターモコスジャパン株式会社(以下「被告モコス」という)は、原告に対し、九九万円及びこれに対する平成一七年四月二六日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員並びに平成一七年五月二五日から毎月二五日限り一一万円の割合による金員を支払え。

(4)  被告コスメは、原告に対し、五〇二九万〇六五四円及びこれに対する平成一六年一〇月一五日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  第二事件

(1)  被告モコスは、原告に対し、二〇九万円及びこれに対する平成一八年二月二六日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員並びに平成一八年三月二五日から毎月二五日限り一一万円の割合による金員を支払え。

(2)  被告Y1、同Y2、同Y3、同Y4及び同Y5は、原告に対し、連帯して、一〇〇万円及びこれに対する平成一六年一一月一七日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告コスメ及び同モコスの両会社と雇用関係にあったことを前提に、第一事件については、被告コスメの代表者から不当な転勤命令を受け、転勤後の被告コスメの役職員からいじめを受けたためにうつ病になり、その後間もなく解雇されたことから、解雇が無効であることによる両会社における従業員としての地位確認、被告コスメに対して不法行為ないし債務不履行によりうつ病になったことによる損害賠償(治療費、慰謝料)並びに被告コスメへの解雇後の未払賃金(月給、賞与)及び転勤後に被告モコスから支払いのなくなった従前に監査役報酬の名目で受け取っていた賃金を請求し、第二事件については、仮に被告モコスからの上記賃金が監査役報酬であるとした場合の未払報酬及び原告が被告モコスの監査役を辞任した旨の虚偽の内容の定時株主総会議事録を作成した行為等が不法行為を構成するとして、これにより役員たる地位及び報酬請求権を失ったことによる慰謝料を被告モコスとその役員らに対して請求した事案である。

これに対して、被告らは、雇用契約は被告コスメとの間のもので、被告モコスにおける原告は監査役であったもので、その後同意のもとに原告は監査役を退任し、転勤命令は必要に基づくもので相当であり、退職勧奨等によるいじめの事実を否認し、転勤先への出社を拒否したことによる原告の解雇は有効であるなどとして、第一、第二事件における原告の請求をいずれも争っている。

1  争いのない事実等(当事者間に争いがないか弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

(1)  被告モコスは化粧品等卸しを業とする、資本金四〇〇〇万円、従業員数六ないし一〇名の株式会社である。

被告コスメは化粧品等製造(OEM生産)を業とする資本金四〇〇〇万円、従業員数一九〇ないし二〇〇名(パート含む)の株式会社である。

被告コスメの発行済株式の一〇〇パーセントを被告モコスが所有している。

被告両会社の代表取締役は、いずれもY1(以下「代表者Y1」という)であり、同人が被告モコスの七割の株式を所有するに至っている。

(2)  原告は、採用後、経費事務を担当し、被告コスメの仕事に従事し(被告モコスとの雇用関係は当事者間に争いがある)、同社から給与を受け取っていた。

原告は、平成一六年一〇月一五日時点で、被告コスメから月額四二万九〇〇〇円の賃金を得ていた。

また、原告は、同年七月時点で被告モコスから月額一一万円を得ていた(従業員としての賃金か役員としての報酬かについては争いがある)。

原告は、本件において後記群馬工場へ配転を命じられるまで、被告両会社本社のある東京都渋谷区千駄ヶ谷に勤務していた。

(3)  平成一六年七月五日、原告は、代表者Y1から群馬県邑楽郡(町名略)にある被告コスメの工場(以下「群馬工場」という)への転勤(以下「本件配転」という)を命じられた。

(4)  その後、原告は、不本意ながら群馬工場への転勤を受け容れ、平成一六年七月一三日に群馬工場総務課へ赴任した。

群馬工場総務課の職員は、G(以下「G」という)と二〇歳の女子社員二名と原告の四名であった。

また、原告は、それまで住んでいたマンションからY3専務(以下「Y3専務」という)及びH次長(以下「H次長」という)とともに群馬工場に近い社宅で共同生活を送ることになった。

(5)  被告両会社からの給与は毎月一五日締め、当月二五日支払であった。

(6)  被告コスメは、平成一六年一〇月一五日付で原告を解雇(以下「本件解雇」という)した。

本件解雇の理由は、上司の許可なく一方的に休み、職場放棄をしたこととされている。

(7)  被告コスメは、原告に対し、平成一六年一〇月分給与として、二か月分(基本給、職能給及び係長手当の合計は従前の本件配転前における本社勤務時の月例給与の総支給額と同様)を支払っている(書証略)。その後同年一一月分以降の賃金の支払いはない。

従前、被告モコスから月々支払われていた一一万円は、群馬工場転勤時である平成一六年八月二五日(八月分)以降支払いがない。

2  争点及びこれに対する当事者の主張(要旨)

(第一事件)

(1) 雇用関係(未払賃金ないし報酬)

【原告の主張】

原告は、平成八年二月五日、被告モコスに雇用され、期間の定めなき雇用契約が成立した。以後、原告は、主に経理事務を担当し、平成一三年八月には経理部経理課係長に任命されている。

原告は、被告コスメの仕事にも従事し、同社から給与も受け取っており、辞令も同社から受けていることから、同時に被告コスメとの間でも雇用契約が成立している。

原告は、平成一六年七月時点で、被告モコスから月額一一万円の賃金を、同年一〇月一五日時点で、被告コスメから月額四二万九〇〇〇円の賃金を得ていた。平成一六年七月時点の原告の基本給は三九万九〇〇〇円であることから同年一二月以降の賞与は月額七九万八〇〇〇円でなければならない。

ところが、被告モコスは、平成一六年八月二五日以降、理由も告げず原告への賃金の支払いを停止した。

被告モコスから原告への解雇通知はないが、これ以降原告に対する賃金の支払いを停止していることからして、同社が原告の労働者たる地位を否定していることは明らかであり、原告としては、同社との間で雇用関係を有することを確認しておく必要がある。

原告が被告モコスの監査役として登記されたのは、あくまでも代表者Y1から「名義を貸してくれ」と頼まれ引き受けたにすぎない。被告両会社の業務及び資産は混同しており、原告は入社当時から被告両会社の業務を遂行し両者の名刺を持っており、それは本件解雇まで変わらなかった。他方、当時原告は月間二〇〇時間近くの残業をサービス残業でしていた。だから、代表者Y1は「残業代の代わりだ」と言ったのである。

【被告らの主張】

原告は、平成八年二月五日、被告モコスと雇用契約を締結し、同被告の従業員となったが、平成九年三月に原告が被告モコスの監査役に就任するに際し、原告と被告モコスとの雇用契約は合意解約により終了し、新たに被告コスメと雇用契約を締結している。従って、平成九年三月分以降は、原告に対する給与は被告コスメから支給されている。

原告が被告モコスから支給を受けていた月額一一万円は監査役報酬であり、賃金ではない。

なお、原告の社会保険及び雇用保険に関しては、被告モコスと同コスメが親子会社の関係にあることから、平成九年三月以降も従前と同様に被告モコスが事業主となっている(但し、雇用保険については、原告が群馬工場に転勤した平成一六年七月からは、被告コスメが事業主となっている)が、このことをもって実体上も原告と被告モコスとの間に雇用関係があるということはできない。

(2) 本件解雇の有効性

ア 本件配転命令

【原告の主張】

被告両会社は、いずれも代表者Y1が経営の実権を握るワンマン会社であったところ、平成一四年三月二五日に息子のI(以下「訴外I」という)が入社し、従業員である訴外J(以下「訴外J」という)へのセクハラを始めた。原告は、訴外Jを同Iのセクハラから守ろうとことあるごとに監視し、声をかける等したことから、次第に訴外Iから忌み嫌われるようになった。訴外Iは社長の息子であることを背景に気に入らない社員をクビにしてやるなどと言っており、実際にそのため社長から解雇された者もいる。

平成一六年七月五日午後三時、原告は社長から業務上の必要性もないのに、突然、群馬工場への本件配転を命じられた。

原告は当初本社勤務で採用され税理士資格を目指して勉強中で都内の学校に通っていること、渋谷に新築マンションを三五年ローンで購入してまだ四年しか住んでいないこと、横浜の母親が病気がちで最近数年に二度入院し、買い物に行くのも困難で土日に原告が買い物や清掃などの面倒を見ていることなどの事情が原告にはあった。

本件転勤命令は必要性、相当性を欠くものである。

【被告らの主張】

代表者Y1は、平成一六年六月下旬ころ、原告に対し、被告コスメの群馬工場への転勤(本件配転)を命じた。その際代表者Y1は、原告に対し、「群馬工場の総務・経理担当として、主として経理を見てもらいたい、また、少し落ち着いたら、新たに導入した生産計画用コンピューターシステムを立ち上げて欲しい、後任との引き継ぎもあるので、七月末ころまでには群馬工場に行ってもらいたい」と話した。また、その際に、代表者Y1は、原告に対し、転勤に伴う労働条件の変更等につき、以下の各事項につき説明した。

<1> 転勤に伴い給与体系が変わること、すなわち、本社勤務時には、基本給が三九万九〇〇〇円、係長手当が二万円(合計四一万九〇〇〇円)であるが、転勤後は、基本給三四万九〇〇〇円、職能手当が六万円、係長手当が二万円(合計四二万九〇〇〇円)となること

<2> 被告モコスの監査役については、同社の決算期が七月末なので、七月末日をもって退任してもらうこと、従って、八月から同社の月額一一万円の監査役報酬は支給されなくなること

<3> 住宅については、会社所有の社宅に住むか、新たに会社で原告用のマンションを借りる方法(借り上げ社宅)にするか、あるいは原告の自宅から通勤するか、いずれか原告の希望どおりにすること

これに対し、原告は代表者Y1に対し、「私でなくては駄目なのですか」と言うので、代表者Y1が「君以外には適任者はいないでしょ」と言うと、原告は「横浜の母が病気がちで買い物に行くのも困難で、土日に私が買い物や掃除などの面倒を見ているのです」と述べた。そこで代表者Y1は、それならば、池袋から群馬工場に通勤している社員と同様に、群馬工場のJRの最寄り駅であるa駅の近くに会社の費用で駐車場を借りてあげるので、自宅から通勤したらどうかと言うと、原告は「少し考える時間を下さい」ということであった。

その後、同年七月五日ころ、原告は代表者Y1に対し、本件配転に同意すること、住宅については、会社の社宅に住む旨回答した。そこで、代表者Y1は原告に対し、本社における原告の後任者との業務引継が終わり次第、群馬工場に赴任するよう伝えた。

原告は、母親の世話を見なければならないことを唯一の理由に挙げて、群馬工場への転勤について躊躇する発言をしたが、原告が主張するその他の事由、すなわち、<1>マンションを三五年ローンで購入したこと、<2>当初原告が本社勤務で採用されたこと、<3>税理士資格を目指して都内の学校に通っていること等は、代表者Y1との話し合いの中には一切出てこなかったものである。

被告コスメの群馬工場の総務部門は、買掛金及び売掛金の管理、パートを含め二〇〇名に及ぶ給与計算等の経理事務、労務管理、源泉税、社会保険料等の税務事務等を担当しているが、作業報告にミスが多く、また、時間もかかりすぎていた。このような総務部門特に経理の強化は被告コスメの数年来の懸案事項であり、原告自身も度々工場の総務部門の指導・応援のため工場と連絡を取り合ったり、工場に出張しており、工場の総務の強化が急務であることは充分に認識していたことである。当時の工場の総務には、Gと若い女性職員が二名いるだけで、Gは途中入社でかつ平成一六年一二月には定年(満六〇歳)を迎えることとなっていたので、同人らに総務の強化を期待することはできない状況であった。また、当時本社の総務の男性社員は原告だけであり、原告以上の適任者はいなかった。さらに工場では生産計画用コンピューターシステムを導入していたが、それを立ち上げ、使いこなすことができる人材がおらず、いわば宝の持ち腐れ状態であった。原告はコンピューターにも詳しいため、代表者Y1としては、経理の強化に目途が立った後に、原告に上記コンピューターシステムの立ち上げを期待したのである。

以上の次第で、原告に対する群馬工場への本件配転命令には業務上の必要性が認められる。

イ 解雇に至る経緯及び本件解雇

【原告の主張】

平成一六年七月一三日、原告は群馬工場総務課に着任した。

原告は、そこにおいて冷遇され、作業着は用意されておらず、デスクは部屋隅の窓際に追いやられ、電話もなく、総務課のGから退職勧奨されるなどのいじめを受けた。

原告は、本件配転後は社宅でY3専務及びH次長と共同で生活していたが、同人らから退職勧奨を執拗に受けた。

そのため、原告は同年九月六日以降、体調を崩し、出勤できず、病院(内科)へ行き、精神科医への紹介状を書いてもらい同月八日には精神科の診察を受けた。同月九日には医師から入院を勧められ、原告は同月一六日から二~三週間の間入院することとした。その後、会社に適時に連絡も入れている。

原告が同年九月九日に電話したときに、原告「体調不良のため、今月一杯休ませていただきたいのですが、その届出は昨日郵送しました」、Y4「何をやってるんだ。もうやる気がないんだろ」、原告「神経性胃炎と胃潰瘍疑いと自律神経失調症です。診断書も頂きました」、Y4「そんな訳ないだろ、そんな診断書嘘だ、そんな診断書出る訳がない」「そんな診断書は受理しない、医者もおかしいから、医者を変えろ」等と被告コスメ群馬工場のY4工場長(以下「Y4工場長」という)が原告に対して暴言を吐いた。

同年一〇月六日に原告は退院した。休暇届けと診断書と有休休暇届けは一〇月一五日までのものを提出済みだった。

同年一〇月一五日午後五時、原告は、本社事務所へ行き、代表者Y1に対し、病状を説明した上で、本社に職場復帰させて欲しい旨告げた。すると、代表者Y1は「職場復帰はだめだ」「工場は、貴方の替わりの人がもう入っている。貴方の居場所はない」「ここに退職届(会社書式で名前を書くだけ)があるから、もう辞めてください」等と言って退職届用紙とペンを差し出し、原告に退職を強要した。

原告が退職を拒絶すると、代表者Y1は、「いや、もう結論は出てる。今日付けで辞めてください」と畳みかけ、原告が「それは会社都合で退職通知ということでしょうか?」と言うと、「そうだ」と原告に対し本件解雇を告げた。

原告は、上記のように平成一六年一〇月一五日、被告コスメとの関係で解雇を言い渡されているが、本件解雇の理由は「上司の許可なく、一方的に休み、職場放棄をした」こととされている。

原告は、同年九月六日から八日にかけて、やむを得ざる病状を理由として、就業規則一七条一項に基づき、適法に会社に届け出をして休暇をとったのであり、九月九日以降は、同条二項に従い診断書を添えた休暇届を提出し、しかも有給休暇を消化する旨通知して会社を休んでいるのであるから、「職場放棄」等と言われるいわれはなく、本件解雇は解雇権の濫用であり、無効であることは明らかである。

また、原告は、平成一六年九月にうつ病を発症しているところ、業務上の疾病によるもので、同月九日から一〇月一五日まで、その療養のため休業していたものであるから、一〇月一五日付け解雇は労基法一九条違反により無効である。

【被告らの主張】

群馬工場へ赴任後の原告の作業着については、同人には本社勤務当時から一着支給されており、工場着任後にもう一着支給されている。被告コスメは原告の希望するパソコン一台をわざわざ原告用に購入した。電話については、回線の都合上総務課に三台(職員は原告のほかGと二名の女子社員)置かれているのであり、各人専用の電話というものではない。総務課のレイアウトについては、原告が決定権を持っていたが、結局原告の意向により変更しなかったにすぎない。

Y3専務、H次長及びGが原告に退職勧奨した事実は全くない。Y3専務及びH次長が原告に対し残業の件で注意をしたことはあるが、それは原告の不要かつ長時間の残業に対する注意である。

平成一六年一〇月一五日の代表者Y1と原告との話し合いの内容は、概ね以下のとおりであった。

Y1「(欠勤が続いているが)どうしたのですか」

原告「調子が悪かったのです」

Y1「今はどうなのですか」

原告「東京(本社)勤務なら大丈夫です。東京に戻ることはできませんか」

Y1「(本社には)既に君の後任がいるし、転勤時に話したように君には工場の総務を見てもらいたいのです」

原告「私が工場勤務を拒否した場合には、会社を辞めるしかないのですか」

Y1「そういうこともあり得ます。工場に行ってくれますか」

原告「行けません」

Y1「それでは会社を辞めてもらうしかありませんね。解雇(会社都合退職)にするか、自己都合退職にするかは、君が良いと思う方を選択して下さい。自己都合の場合には、これを提出して下さい」といって退職願用紙を原告に手渡した。

原告は就業可能な健康状態であったにも拘わらず、長期欠勤をし、かつ、本社勤務の希望が容れられないことを理由として就業場所である群馬工場での就業を拒否したため、被告コスメは、就業規則第四八条(2)及び(4)の規定により、平成一六年一〇月一五日に原告を解雇したものである。

(3) 損害賠償(不法行為ないし債務不履行)

【原告の主張】

原告は、被告両会社の本社である渋谷区千駄ヶ谷に勤務していたが、平成一六年七月五日、被告コスメは原告に対し、業務上の必要性もないのに、群馬工場への本件配転を命じた。同月一二日、原告は、新築マンションにまだ四年しか住んでいないこと、税理士資格を目指して都内の学校に通っていること、横浜の母の面倒を見ていること等を理由にこれを拒否するが、代表者Y1はあくまで本件配転を強要し、拒絶すれば解雇する旨、原告に告げた。このころから、原告の体調は急速に悪化した。

原告は、群馬工場に赴任以降、Y3専務、H次長及びGから退職勧奨等いじめを受けるなどした。

そのため、原告は、頭痛、胃痛、吐き気、眩暈、倦怠感の症状を発症し、九月八日には神経性胃炎、胃潰瘍、自律神経失調症、九月二九日にはうつ病と診断された。

このように、<1>被告コスメのなした本件配転命令による環境の変化と、<2>配転先での隔離といじめ、さらに<3>代表者Y1及び役職員らによる退職勧奨、<4>理由なき解雇によって、その人格権を否定され、かつ、うつ病を発症したものである。

ところで、使用者は、日頃から従業員の業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して従業員の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負う。本件で、被告らは相当の注意を尽くせば原告が精神疾患に罹患していることを知り得たのであり、知れば業務を軽減し、周囲の言動に注意させる等の配慮を執ることができたにもかかわらず、原告の身体への影響に配慮せず、上記<1>ないし<4>の措置をとったところに、被告コスメの安全配慮義務違反がある。

【被告らの主張】

本件配転命令は業務上の必要性に基づくもので、代表者Y1及び役職員らによる原告に対する退職勧奨等のいじめはなく、むしろ、本件配転後の原告の残業が、本来の職務とは関係のない工場ラインにおけるものが大半であったので、Y3専務が本来の総務の業務以外の残業はすべきではない旨注意したものである。

被告コスメによる原告の解雇は正当なものであり、解雇権の濫用には当たらず、原告の被告らに対する損害賠償請求には理由がない。

(4) 損害

【原告の主張】

ア 治療費 二九万〇六五四円

原告はうつ病に罹患したことで、別紙(略)「治療費」のとおり支出した。

イ 慰謝料 五〇〇〇万円

上記(3)の<1>ないし<4>によって原告の人格権は否定され、うつ病にも罹患した。その精神的苦痛を金額に引き直せば五〇〇〇万円を下らない。

原告の障害は、医師の意見書(書証略)によれば、反復性うつ病性障害であり、厚生労働省の「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準」にいうところの「対人業務につけないもの」(九級)と認定すべきである。

そのことによる損害は、(1)後遺症慰謝料六九〇万円、(2)後遺症逸失利益三五二九万八九八〇円(年収×労働能力喪失率〇・三五×一五・五九二八(三一年ライプニッツ係数))で合計四二一九万八九八〇円となり、少なく見積もっても原告の損害は同金額を下回らない。

【被告らの主張】

否認ないし争う。

仮に、本件解雇が無効であったとしても、書証(略)によれば、原告は労災保険から休業補償として合計金二一八万四一七五円の支給を受けているから、当該支給金額を被告コスメに対する本件請求金額から控除すべきである。

(第二事件)

(5) 監査役報酬請求及び不法行為

【原告の主張】

仮に、原告が被告モコスの従業員ではなく、監査役であったとした場合には、被告モコスは、その議事録によれば、平成一六年九月二三日午後一時、会社本店において定時株主総会を開催したとされる。その決議事項で原告が監査役を辞任し、訴外Iが監査役に選任され、同年一一月一七日のその旨の登記がなされている。

しかし、原告は、上記定時株主総会には入院中のため出席していないし、監査役を辞任した事実もない。現実には上記定時株主総会は開催すらされていないのであって、被告Y1(代表者Y1)、同Y2、同Y3、同Y4、同Y5は通謀の上、虚偽の株主総会議事録を作成し、これをもとに虚偽の登記をなした。

原告は平成一六年八月二五日以降、被告モコスに対し、毎月二五日限り一一万円の報酬請求権を有するから、平成一八年二月分までの二〇九万円(一一万円×一九か月)及び平成一八年三月二五日から毎月二五日限り一一万円の割合による金員を求め、被告Y1、同Y2、同Y3、同Y4、同Y5に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として一〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。

【被告らの主張】

代表者Y1は、平成一六年六月下旬ころ、原告に対し、第一事件被告コスメの群馬工場への転勤を命じたが、その際原告に対し、被告モコスの監査役については、同社の決算期が七月末なので、同年七月末日をもって退任してもらうこと、従って、同年八月からは被告モコスの月額一一万円の監査役報酬は支給されなくなることを説明したが、原告はこれに同意したものである。

仮に、上記主張が認められないとしても、原告は、代表者Y1の要請により、被告モコスの監査役に自己の名義を使用することを認めた名義のみの監査役であり、監査役報酬として原告に支給されていた月額一一万円は、名義借り料と解すべきである。そもそも原告は被告モコスの一〇〇パーセント子会社であった同コスメの従業員であるから、モコスの監査役に就任することはできない立場にあったものである。

第三当裁判所の判断

1  前記争いのない事実等に証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(1)  被告両会社による原告の採用経緯と給与等支給状況

原告は、昭和○年生まれで、平成八年二月五日、被告モコスに雇用の期間の定めなく採用され、雇用通知書には、雇用期間、始業終業時刻、休日、給与、賞与、雇用保険社会保険についての労働条件が記載されていたが、職種、勤務地域については何も記載がなされていない。(書証略)

被告モコスは、代表者Y1の認識では被告コスメが化粧品の製造部門であるのに対して販売会社として位置付けられている。そのほかに、代表者Y1はラマーサイエンスという株式会社の代表者にもなっていて、三社を一体的に経営運営していたところ(書証略)、原告は、平成九年三月に、被告モコスから同コスメに雇用関係を移転し、被告モコスにおいては監査役に就任している。(書証略)

原告は、本件配転命令を受けた当時(平成一六年七月時点)、被告コスメから月額四二万九〇〇〇円、被告モコスからは月額一一万円の支払を受けていた。その給与明細書を見ると、被告コスメからは、基本給三九万九〇〇〇円、係長手当二万円が、被告モコスからも同様の明細書で基本給一一万円が支給されている。(書証略)

被告モコスの人員は代表者及び役員を含めて一一名ほどであり、被告コスメの人員は群馬工場に二〇〇人以上の従業員を擁しているという。(証拠略)

被告両会社の経営実態は上記のように代表者が同じで、役員もほぼ同じメンバー構成であり、本店所在地も共通であることから、管理部門の経営は両社が一体化しており、原告は入社後に経理部門に配属となり、L経理部長(以下「L」という)の下で被告両者の経理事務を担当していた。このことは、原告が平成九年三月に被告モコスの従業員から同コスメに従業員籍が変わった前後を通じて業務内容に特に変化が見られないことからも裏付けられる。(代表者Y1【一、一四頁】)

(2)  原告の生活事情

原告は、本件配転の四年ほど前に東京都渋谷区にマンションを三五年ローンで購入し、同マンションと購入外車についてローンを支払っており、母親へ毎月一〇万円の仕送りをするなどしていた。

原告の母親は横浜に住んでいて病弱なため、原告が週に一回程度は母親宅へ行き買い物や掃除など家事の面倒をみていた。(原告【三頁】)

原告は、入社前から税理士資格の取得を目指して勉強しており、本件配転時には都内の学校へ土日に通っていた。(原告【二九、三〇頁】)

本社である千駄ヶ谷のビル内の事務所で経理係長として経理業務を担当していた原告は、被告コスメの群馬工場へ定期的に経理業務の指導のために出張することがあった。(人証略)

このような原告の生活事情のもと、原告は、後記本件配転により生活の拠点を群馬工場近辺に移すことには大きな不満があった。

(3)  本件配転の業務上の必要性と原告の対応

群馬工場には、製造部門のほかに研究部門及び総務経理部門(総務課)があったところ、総務課には中途採用で比較的高齢のGのほか二人の女子職員がいた。

群馬工場では、顧客に出す請求書の作成ミスであるとか売掛金及び買掛金の集計作業のミスが起きており、幾種類もある化粧品の資材、原料を効率よく発注管理してストックする在庫管理をしてコスト削減に務める必要があり、そのためにはコンピューターシステムを導入して管理する生産管理システムの立ち上げが必要であった。(証拠略)

代表者Y1は、かねてから群馬工場の総務部門を強化する必要があり、生産管理システムを立ち上げることも必要であると考え、平成一六年六月初めころの被告コスメの取締役会に原告を本社から群馬工場へ配置転換し、総務経理部門の強化をすることを提案し、同取締役会の同意を得た。(人証略)

その後、同年六月三〇日、代表者Y1は、原告の上長であるLに対して、上記異動の必要性を説明した上で、同人から原告へ異動の打診を依頼した。(人証略)

Lは、当日、原告に群馬工場への異動の話があることを打診し、その際に転勤理由としては工場総務部門の強化に必要があること及び生産管理システムの立ち上げの必要があることを説明している。(人証略)

原告は、どうしても行かなきゃいけないのか、どうしてそういうものを受け容れなきゃいけないのかという反応であった。(証人L【九頁】)

その後、代表者Y1からも原告に対して本件配転についての打診及び説明があり、その際に、給与の体系は変わるが月額給与支給額には変化がなく、本社では残業代が付かなかったところが工場では残業をすれば残業代が付くこと、被告モコスの監査役は七月末で退任してもらうことを告げた。(代表者Y1【四、五頁】)

原告は、本件配転命令を代表者Y1から聞いたとき、その場では同意せず、主として母親の病気を理由に東京勤務の継続を希望したが、代表者Y1はそこを何とか必要だからということでその後に正式に書面で異動の発令をしている。(証拠略)

原告は、本件配転の話を聞き、会社から追い出されるという危機感を抱くとともに、生活の拠点が現在の渋谷から群馬に移ることにショックを受けて、翌日と翌々日の七月一日、二日は会社を休んだ。(原告【一四頁】)

(4)  群馬工場へ転勤後の原告の勤務状況

原告は平成一六年七月五日以降本社で担当していた事務の後任者への引継を命じられ、同月一二日には引継終了の確認を受け、翌一三日から群馬工場へ赴任した。原告は、赴任の前日である七月一二日には代表者Y1と話し合い、その際にも原告の生活事情から東京に留まることを希望したが、受け入れられず、不満ながらも原告は同日に本件配転を受け容れ、その際に工場近辺の社宅に入居することとした。(原告【一五頁】)

当該社宅(一戸建ての家)には、Y3専務とH次長が住んでおり、原告は同人らと共同生活を送ることにした。

群馬工場の総務課には、前記のようにいずれも平社員のGと二名の女子職員がおり、原告は本社でも群馬工場でも係長であったから、職制上は原告が群馬工場総務課で一番上の立場にある。(書証略)

職場の机の配置は従前の上記三人の机のほかに原告の机が入るところ、原告は積極的なレイアウト変更等を実施していない。(書証略)

原告は、群馬工場に赴任後、本社にいた頃とは給与体系が異なり、被告モコスの監査役も退任して月額一一万円の支給もなくなったことから、残業代で生活費及びローン等の支払い支出の不足分を穴埋めするべく、工場生産ラインの人手不足の際には自ら買って出て残業をしている。(証拠略)

(5)  本件解雇の経緯と解雇状況

原告は、同年九月六日、体調の不調を感じ、会社を休むこととし、bクリニックの診断を受け、神経性胃炎、胃潰瘍疑い、自律神経失調症で約一か月程度の通院治療が必要と診断され(書証略)、その翌日(九月七日)も体調が戻らないので、会社へ電話したところ、Gに代わってY4工場長が電話に出て、医者の見立て違いではないか他の医者にもう一度診てもらったほうがよいのではなどといわれたが、その翌々日の九月八日、Y4工場長に宛てて長期休暇届兼有給休暇届を郵送し同月末日まで休む旨診断書を添付して届け出た。(書証略)

その後、原告は、同月一六日から入院し、その間、原告は同月二二日付で代表者Y1宛に九月一六日から入院治療中で入院が二~三週間の予定であること、同月二九日付で代表者Y1宛に退院日が一〇月六日に決まったこと、Y4工場長には休暇届を出していることをいずれも手紙で知らせるとともに、同月二九日付でY4工場長宛にも一〇月一日から同月一五日まで休暇をとること、休暇中は有給休暇を申請することを手紙で申し出ている。Y4工場長への上記手紙にはうつ病で一〇月中旬ころまで療養が適当である旨の診断書が同封されている。(書証略)

原告は、同年一〇月一五日に東京の本社へ出社し、八階の会議室で代表者Y1と会い、少しずつ体調がよくなれば職場復帰したいこと、東京の本社への復帰を希望していることを申し出た。これに対して、代表者Y1は、東京勤務ではなくて群馬工場の方に出勤してほしい旨の話をした。(人証略)

結局、代表者Y1は、同日、原告に対して、解雇を言い渡した。

(6)  原告は、平成一六年九月六日から平成一七年四月八日までの休業補償給付金として、保険給付額一六三万八一七五円及び特別支給金額五四万六〇〇〇円の合計二一八万四一七五円を太田労働基準監督署から平成一八年八月一七日に支給を受けている。(書証略)

2  争点(1)(雇用関係)について

(1)  前記認定事実(1)によれば、原告は当初は被告モコスに採用され、その後被告コスメに移り、その際に被告モコスの監査役となっているが、被告モコスと同コスメはいずれも代表者Y1が社長で、役員の構成も重複していて経営が一体化していること、原告は経理担当として両社の経理部門の事務にたずさわっていること、原告の社会保険は被告モコスの職員として、雇用保険は被告コスメの職員として届け出ていること(書証略、弁論の全趣旨)、給与は支払明細書によれば被告コスメから基本給三九万九〇〇〇円、係長手当二万円が、被告モコスからも同様の明細書で基本給一一万円が支給されていることが認められる。また、同認定事実からは、原告は、被告モコスの監査役になったときの前後で原告の仕事内容に変化が見られなかったこと、原告が被告モコスに入社後わずか一年余りで同社の役員となっていること、また証拠(略)及び弁論の全趣旨からすると、原告、代表者Y1ともに被告モコスにおける監査役としての原告は名目上のものであると認識していたことが窺われる。

このような被告両会社の経営実態及び原告の被告両会社との関係及び弁論の全趣旨からすると、原告の被告モコスにおける監査役としての登記は名義貸しに相当し、実態のないものと評価することができ、他方、原告が被告モコスから監査役報酬の名目のもとに受け取っている前記月額一一万円は、形式的には名義貸料と見ることもできなくはないが、上記のように原告が経営の一体化した被告両社の経理事務を担当していたことからすると、原告は被告両社から上記各金員を賃金として支給されていたものと認定評価するのが相当である。そして、原告自身も被告両社からの給与支給の合計を月額の労働の対価として受け止めて給付を受けて生活しており、前記認定事実(2)からは当該合計額を基礎に原告自身の生活費のほかにマンションや車のローン、母親への仕送り等を生活設計のうえ捻出していたことが窺われる。

このような原告の給与は被告両社と合意の上で労働の対価として労働契約の内容になっていたものと考えるのが相当であるから、被告両会社が一方的に減額したり打ち切ることはできないものといわなければならない。

それゆえ、被告モコスが平成一六年八月二五日以降従来の月額一一万円の支払をしないのは賃金の未払が原告に対する関係であることになる。

(2)  これに対して、被告らは、原告が被告モコスの監査役を有効に退任したことにより当該監査役としての報酬は当然に発生しなくなったのであるから、被告モコスに報酬支払義務はないと主張する。しかし、上記に認定判断したように被告モコスと原告との契約は実質的には雇用契約であり、監査役としての地位は名目上のものに過ぎなかったものであるから、被告らにおける原告を被告モコスの監査役であることを前提とする上記主張は採用できない。

また、被告らは、原告が平成一六年七月一三日以降本件配転により被告コスメの群馬工場に異動したため被告モコスの監査役を退任し、労働条件の変更により専ら被告コスメの従業員として稼働するに至っていることを理由に、被告モコスの支払義務を争っているとも考え得る。しかし、経営の一体化した被告モコスの従業員としての地位が本件配転以降も存在していることからすると、仮に有効に本件配転がなされてそれに伴う労働条件の変更とりわけ賃金待遇の変更がなされる場合には、従来の労働条件よりも不利益に変更するには労働者の同意がなければならない。

後記のように、原告に対する本件配転命令の有効性が認められるとしても、原告が任意に給与条件の減額に同意したものとは認定することができず、むしろ、被告らは、本件配転により原告の給与体系が変わったことにより残業代が付くことになったから原告の労働条件は不利益ではないとするようであるが、残業代は当該時間外労働の対価であり、月例の定額で従来より被告モコスから受け取っていた一一万円とは性質を異にするものゆえ、賃金支給条件の不利益な変更であるものというべきである。そして、原告がこのような不利益な労働条件の変更に任意に応じたと認めることのできる合理的な事情は見当たらないから、被告らによる上記労働条件の変更は無効であることは明らかである。

3  争点(2)(解雇の有効性)について

(1)  本件配転命令の業務上の必要性

前記認定事実(3)からすると、被告コスメの群馬工場では総務課の人員が比較的高齢で中途採用者のGと若い女性事務員二人だけであり、顧客に出す請求書の作成ミスや売掛金、買掛金の集計ミスであるとか、幾種類もある化粧品の資材、原料を効率よく発注管理してストックする在庫管理をしてコスト削減に務める必要があったことが認められる。このような事情に照らすと、群馬工場における総務部門の強化及び生産管理システムの立ち上げにより経営効率を上げようとする代表者Y1の考えには一定の合理性が認められ、そのための要員として前記認定事実(2)でそれまでにも定期的に本社から工場へ出張して指導に当たっており、証拠(略)からするとパソコン操作にも精通している原告が適任者であると考えて同人を本件配転の対象者にしたことも合目的的な人選であると考えることができる。

加えて、前記認定事実(1)及び証拠(略)によれば、原告の採用経緯において職種、勤務地域を限定して労働契約を締結したような事情は見当たらない。

したがって、本件配転命令には業務上の必要性があり、証拠(略)によれば被告コスメの就業規則には第三三条で「会社は業務の都合上、必要がある場合は社員に異動を命ずる」とあり、原告との労働契約の内容になっている会社の人事権が裁量権の濫用にわたるような特段の事情がない限り従業員である原告はこれに従う義務があることになる。

これに対して、原告は、本件配転は、代表者Y1の息子である訴外Iが同Jにセクシャルハラスメントを働くなどの横暴な振る舞いを本社内でしていたのを原告がJを庇うなどしたことから、原告が訴外Iと代表者Y1親子から敵視され、退職強要に向けた左遷人事であると主張し、原告及び証人Lはこれに沿った供述をしている。

しかしながら、まず、訴外Iが同Jにセクハラをしたのかどうかは本件証拠上定かではなく、原告は過去にも何人も訴外Iに嫌われて本社から群馬工場への左遷人事により会社を辞めさせられた人間がいるというが、この点も本件証拠上必ずしも原告が主張するとおりかどうかは双方提出の関係者供述の食い違いあるいは対立状況からは明らかではないこと、また、原告が訴外Jの件で訴外Iと険悪な人間関係にあったのかどうか、仮に険悪であったとしてもそのことゆえに代表者Y1が原告を辞めさせるために群馬工場への本件配転を命じたのかどうかも定かではないこと、そもそも原告なり証人Lは群馬工場への異動を左遷あるいは退職強要に直結する人事と決め付けているかのような語り振りであるが、争いのない事実等(1)及び前記認定事実(1)によれば本社が一一名程度なのに対して群馬工場には二〇〇名程度(パートを含む)の人員がいることからすると、管理部門が群馬工場になくて本社でのみ機能しているとか全く理由のない異動でないかぎりは、被告コスメあるいはこれと経営上一体の関係にある被告モコスの職員であるかぎりは常に異動の可能性はあるものと考えなければならないものといわなければならず、これを左遷人事と決め付けることに問題があるものというべきであることなどからすると、原告及び証人Lの人事異動に対する考え方や認識に問題があるものといわなければならず、彼らの当該供述部分は客観的な裏付けがなく、一方の立場に与しすぎたバランスを欠いた認識評価に基づくものとして信用できない。

とりわけ、前記認定事実(4)、証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、原告は本件配転の当初から群馬工場への転勤について抵抗感と不満を有していたところ、本件配転が原告を退職に追いやるためのものではないかと思い悩み、折しも東京にマンションや車を買ってローンの支払があることや先行きへの不安の念から、ショックを引きずったままで赴任した上で本件配転を自己に対する不当な攻撃と一方的に決め付けて相手を必要以上に敵視しているものと考える余地がある。なぜならば、原告は、以前から本社においても訴外Iからいじめを受けていたというが、本件配転の打診を受けた六月三〇日以降、途端に会社を休み、一旦は転勤への躊躇を示すが代表者Y1からの強い要望に結局のところ従った経緯から、これまでの群馬工場への転勤者には東京の自宅から通勤している者がいることや借り上げ社宅を利用する方法があることを認識していながら、最初から無理と決め付けて工場近くの社宅からの勤務を容易に選択していること、原告本人の供述によっても実際に自己所有のマンションから通った場合にどのくらいの所要時間なのかを試した形跡もないこと、さらには群馬工場の総務課に赴任後の原告の立ち振る舞い、例えば総務課ではその与えられた職制上の立場なり役割からすると原告がリーダーシップを発揮するなりG以下の職員とよく話し合って職務分担なり机の配置等のレイアウトを決めるべきであるのにそのような職制上の対応・行動が見受けられず、むしろ、自己の生活の利便が悪化したこと、特に給与面での不利益に不満を募らせて、それをカヴァーすべく本来的な業務以外の生産ラインの残業を買って出ていることなどに見られるように、群馬工場の自己に与えられた仕事、役割に順応して前向きに行動するのではなく、周囲の状況、自己の境遇を悲観的に捉えて自己の精神状態を自虐的に追い込んでいるように窺えるからである。

それゆえ、本件配転が会社の人事権の濫用であることを認めるに足りる的確な証拠がない以上、これを無効であるとする原告の主張は採用できない。

(2)  解雇に至る経緯及び本件解雇

前記認定事実(5)によれば、原告は九月六日以降体調を崩し、そのため会社を休む旨の連絡をしており、無断で欠勤したというような事情は見受けられないこと、原告が一〇月一五日に本社へ行き代表者Y1と話し合ったときには原告は東京の本社への復帰を希望し、代表者Y1は群馬工場総務課への出勤を要求し、そこでさらに当事者間でどれほどの議論なりが交わされたかは明確ではないが、被告コスメによる同日付けの解雇理由としては、前記争いのない事実等(6)のとおり、上司の許可無く一方的に会社を休み、職場放棄をしたこととあることに照らすと、以下のように、このような事情が原告には見られないものというべきである。すなわち、被告コスメの原告に対する解雇は就業規則第四八条(2)及び(4)に基づく通常解雇であるところ、前記認定事実(5)のように、原告は、同月一六日から入院し、その間、原告は同月二二日付の代表者Y1宛に九月一六日から入院治療中で入院が二~三週間の予定であること、同月二九日付で代表者Y1宛に退院日が一〇月六日に決まったこと、Y4工場長には休暇届を出していることをいずれも手紙で知らせるとともに、同日付でY4工場長宛にも一〇月一日から同月一五日まで休暇をとること、休暇中は有給休暇を申請することを手紙で申し出ている。Y4工場長への上記手紙にはうつ病で一〇月中旬ころまで療養が必要である旨の診断書が同封されていることからすると、被告らが主張するように原告が本件配転命令を就業可能な健康状態であったにもかかわらず長期欠勤をした事実は認められない。また、原告は東京へ戻りたい旨の希望を表明しているが、確定的に群馬工場への本件配転を拒否したものと受け止められるような言辞は証拠上見当たらず、代表者Y1との一〇月一五日の会話の中でもそのような命令拒否と受け止められるような対応を原告が示したと認めるに足りる事情は見受けられない。

仮に、当日の会話の中で原告に命令拒否のような拒絶的な態度・言動が代表者Y1の目から見て観察されたとしても、原告の症状がうつ病と診断されており(書証略)、当該病状の原因の主たるところは上記(1)で認定判断したように、多分に原告自身の自虐的考え方なり受け止め方によるところも見受けられるものの、直接的な契機は本件配転を受けたことによるものと思われること、そのため業務上災害の公的認定を受けていること(書証略)からすると、それら原告の態度・言動はうつ病の影響下における冷静さなり的確な判断力の上に立ったものではない疑いがあるのであるから、そこで直ちに解雇するのは合理性を欠くものとの批判の誹りを免れない。

それゆえ、本件解雇は、解雇の正当性を欠き、解雇権の濫用にわたるものとして無効というべきである。その他、上記認定判断を覆すに足る証拠は本件では見当たらない。

4  争点(3)(損害賠償)について

原告は、本社においては訴外Iから本件配転以前から、群馬工場においては本件配転後にY4工場長、Y3専務、H次長及びGらによって暴言や退職勧奨をはじめとするいじめを受けたと主張し、原告及び証人L(訴外IとGについて)はこれに沿った供述をする一方、被告らは原告への暴言や退職勧奨その他いじめの事実を否定し、証人Y4、同Y3、同H、同G及び同Iはこれに沿った供述をしている。

確かに、群馬工場への赴任後に原告に用意されていた職場の机の大きさや配置、その他衣服や電話なども原告用のものが用意されていなかったところには、原告を受け入れる体制が十分ではなく、受け容れ部署のGにおいてもどの程度親身になって原告の受け容れに配慮したかは疑問であるものの、原告の本件配転の打診が六月三〇日で同人の同意によって赴任日の決まったのが七月一三日であり、間がなかったことからすると、備品等の準備が十分ではなかったことには仕方のないところが見受けられ、前記(1)のようにそのような状態を原告が自虐的にみじめなものとして一方的に受け止めた可能性も否定できないところである。また、証人Lの供述によればGがLに電話で自分が原告をいじめた旨を認めているところもあるようだが、その内容が明らかでなく、原告がうつ病等で会社を休み入院までしたことに対する同じ職場にいる者の反省の弁とも受け止められるし、前記のように職制上はGは原告の指示に従う立場にあり、原告が職場の状況を積極的に改善して自らの総務課内における地位・立場を確立する努力を怠っているところに負うところが大きいと思われることからすると、Gにはいじめに相当するような積極的な不法行為があったものとまでは認定することができない。

その他、本件配転前から原告が訴外Iからいじめを受けていた旨の証人Lの供述にしても、机の上に書類を投げつけるといった程度のものであり、証人Iの供述によれば原告は経理部門に訴外Iは営業部門にいて仕事上の接触の機会が頻繁にあったわけではないようであり、その他訴外Iが訴外Jをめぐって原告に対する悪感情を抱いた経緯・可能性はあるにしても、不法行為を構成するような明らかないじめ行為が原告から主張されているものではなく、原告にしても訴外Iが直接原告をいじめたというのではなく、社長である父親に原告を首にして欲しいと頼んでそれが代表者Y1その他Y4工場長以下職制の人間にも伝わって原告を冷遇したり退職勧奨するなどのいじめとなった旨の主張趣旨であると思われることからすると、L証人の上記指摘事項はいじめの本質をなすものではなく、不法行為には該当しない。そして、肝心の原告の冷遇、退職勧奨といった点については、前記のように本件配転自体は違法不当なものとまではいえないこと、退職勧奨があったかどうかはその言い方にもよるがY3専務以下の人間は否定しており言った言わないの域をでないものであること、Y4工場長の言動は原告が長期に休みそうな連絡を本人から受けて原告が職場から離脱されたら困ることから医者を替えて確かめろという趣旨のものとも受け止められること、原告が群馬工場に赴任した後に周囲の者が明確かつ積極的に原告に嫌がらせなり不法行為を構成するような違法な言動に及んだ事実が原告からも指摘されていないことからすると、本件証拠上、原告に対する不法行為を構成するような違法・不当な行為ないし対応が上記の者らにあったことは認められず、被告会社の使用者としての責任あるいは職場環境配慮義務違反といったものも成り立つ余地はないものといわなければならない。

むしろ、上記争点(2)で認定判断したように、原告に対する本件配転命令は業務上の必要性が認められ有効であり、不満であったことは原告の生活上の希望に照らして想像に難くないが一旦は原告もこれを受け容れて群馬工場に赴任したにもかかわらず、当該不満を必要以上に引きずり、周囲の者の言動を悲観的にいずれも受け止めるなどしてうつ病になったとも考える余地があるものといわなければならない。

また、原告は本件配転に伴う給与減額あるいは本件解雇無効を前提とした当該解雇がいずれも被告コスメないし同モコスによる原告の退職強要に向けた不法行為を構成するものであるとして損害賠償請求をしていると考えられるところ、本件配転は有効でありいじめの一環であると認めるに足りる裏付けはないこと、給与の減額及び本件解雇は前記のように無効といわざるを得ないが、これらは当該無効を回復する金銭的な手当と身分関係の確認をもって原告の不利益の回復はできる性質のものであり、さらにそれを超えて被告両会社の当該対応が不法行為を構成するほど違法不当なものと認めるに足りる事情が窺えないこと、実際に上記に判断したように被告役職員らに原告をいじめて退職に追いやろうと画策したような的確な証拠は本件証拠上窺われないことからすると、この点でも損害賠償の前提となる不法行為あるいは債務不履行が被告両会社にあったものとは認められない。

それゆえ、争点(4)について認定判断するまでもなく原告の損害賠償請求には理由がない。

5  争点(5)(第二事件)について

原告は、第一事件における本件配転後の被告モコスからの給与減額分の請求が認められなかった場合の予備的な請求として第二事件において監査役の地位が有効に存続していることを前提に本件請求をしている。

しかし、争点(1)で判断したように、原告と被告モコスとの間には雇用契約が依然として存続しており、原告は平成一六年八月二五日以降の月額賃金一一万円の支給を受ける権利がある。

それゆえ、請求の前提を欠くものであるからこの点について判断する必要はないものと考える。

なお、原告は、被告モコスの取締役である第二事件の被告らが同人の同意なく被告モコスの株主総会議事録を作成して原告の監査役の退任登記をしたことが不法行為に該当すると主張するが、原告自身も監査役としての実体のない名目上のものであることは十分承知していたものと考えられるから、仮に原告の同意なくして被告モコスの監査役を退任させられたことあるいは原告が承認していないのに同人が承認したかのごとき株主総会議事録が作成されていたとしてもさほどの実害のないものと考えられるのでやはり第二事件の被告らの行為が原告に対する関係で不法行為を構成するとまではいえないものというべきである。

その他、本件証拠上原告の第二事件における不法行為を認定するに足るものは見当たらない。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、本件解雇が無効であること及び本件配転に伴い減額された被告モコスから支給されていた賃金相当分の請求権があることに伴い、第一事件における被告両会社に対する従業員としての地位の確認、被告コスメに対する平成一六年一〇月一六日以降の賃金請求及び被告モコスに対する平成一六年八月二五日以降毎月一一万円の支払請求の限度で理由がある(原告は平成一六年一〇月分から平成一七年四月分までの七か月分については、被告コスメからの既払金である平成一六年一〇月二五日支給の四二万九〇〇〇円(解雇予告手当名目)と九七五〇円(有給買い取り名目)及び同年一二月二一日に受領した九三万八三八〇円(退職金名目)を支払充当した上で残額として二四二万三八七〇円及びこれに対する平成一七年四月分の給与支給日である同月二五日の翌日以降の遅延損害金を請求しているが、争いのない事実等(7)によれば、被告コスメは平成一六年一〇月分の給与支給時に二か月分の支払をしているから一か月分は同年一一月分の給与受け取り分に充当されることになるので、五か月分である二一四万五〇〇〇円から退職金支給分相当額である九三万八三八〇円と有給買い取り名目の九七五〇円を控除した一一九万六八七〇円については理由がある。同様に、被告モコスに対しても平成一六年八月分から平成一七年四月分までの九か月分である九九万円と平成一七年五月分の給与支給日である同月二五日の翌日以降の遅延損害金を請求しているのでこれについては理由がある)。

そして、前記認定事実(6)によれば、原告は平成一六年九月六日から平成一七年四月八日までの休業補償給付金二一八万四一七五円を太田労基署から受領しているので、上記原告の被告両会社への請求金額のうち、被告コスメの平成一六年一二月から平成一七年四月分までの一一九万六八七〇円と被告モコスの平成一六年八月から平成一七年四月分までの九九万円の合計二一八万六八七〇円と損益相殺すると残額が二六九五円となる。原告は便宜これを被告コスメに対して平成一七年四月二六日から年六パーセントの遅延損害金とともに支給を受け得ることとするほか(モコスの分にはすべて相殺済みとする)、その後の給与分である平成一七年五月二五日から被告コスメへの月額四二万九〇〇〇円、被告モコスへの月額一一万円の各支払いの限度で理由があることになる。

ところで、原告は被告コスメに対しては解雇後の毎月の賃金を請求するほかに平成一六年一二月以降の賞与をも請求しているが、原告が同年一〇月一六日以降に実際に被告コスメに勤務しておらず、賞与自体が月例賃金と同様に労務の提供そのものから直ちに一定額が労働契約に基づき発生するのではなく、被告モコスによる原告の勤務査定等を経てはじめて発生するものであることからすると、賞与の請求権は未だ具体的には発生していないものといわなければならず、この点の原告の請求には理由がない。

また、第二事件における原告の被告モコス及び同社の役員である被告らに対する請求はいずれも理由がないことになる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島政幸)

<別紙略>

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