東京地方裁判所 平成17年(ワ)9408号 判決 2006年8月30日
原告
X
被告
Y1
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して六一六〇万五三五七円及びこれに対する平成一七年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(1) 被告らは、原告に対し、連帯して七三四二万二六二四円及びこれに対する平成一六年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(3) 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(1) 事故の発生
原告は、次の事故(以下「本件事故」という。)に遭った。
日時 平成一四年二月二四日午前一時三〇分ころ
場所 千葉県浦安市明海一三番先路上
事故の態様 原告が停車中の普通乗用自動車(<番号省略>。以下「被告車両」という。)のボンネットに覆いかぶさるように乗ったところ、被告Y2が被告車両を発進させて一〇メートルくらい走行し、急に停止したため、原告がボンネットから落下した。
(2) 責任原因
ア 被告Y1は、本件事故の当時、被告車両を保有し、自己のために運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき、原告が本件事故により被った損害を賠償すべき責任を負う。
イ 被告Y2は、本件事故の当時、被告車両を借用して、自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条本文に基づき、原告が本件事故により被った損害を賠償すべき責任を負う。
(3) 本件事故による被害の程度
ア 傷病名
原告は、本件事故の結果、脳挫傷の傷害を負った。
イ 治療経過
原告は、前記傷害等を治療するため、次のとおり入通院した。
(ア) 順天堂大学医学部附属順天堂浦安病院(以下「順天堂浦安病院」という。)
平成一四年二月二四日から三月一六日まで二一日間入院及び同月二七日から平成一五年一二月一五日まで通院(通院実日数一四日)
(イ) 財団法人河野臨床医学研究所(以下「河野臨床医学研究所」という。)
原告は、平成一五年四月一一日、外出先で転倒して意識を喪失するてんかん発作に襲われ、救急車で河野臨床医学研究所に搬送され、一日入院した。
(ウ) 順天堂大学医学部附属順天堂医院(以下「順天堂医院」という。)
原告は、平成一五年九月二三日及び一二月二六日にも、転倒して意識を喪失するてんかん発作が発症したほか、本件事故後、嗅覚が減退する症状があり、同年九月二三日から平成一七年四月一六日まで順天堂医院に通院する(通院実日数一九日)とともに、平成一六年一一月一四日から一八日まで五日間順天堂医院に入院した。
ウ 後遺障害
原告は、前記傷害について、平成一五年一二月二七日に症状が固定したところ、てんかんの後遺障害が残存し、損害保険料率算出機構において、後遺障害等級七級四号該当との認定を受けた。
(4) 損害
ア 治療費(文書料を含む。) 七九万六二〇〇円
(ア) 順天堂浦安病院入院分 五九万七七〇円
(イ) その余の分 二〇万五四三〇円
イ 慰謝料 一二〇〇万円
(ア) 傷害慰謝料 二〇〇万円
(イ) 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万円
ウ 後遺障害による逸失利益 六四七二万七一九四円
原告は、本件事故の当時、a大学経営学部に在籍し、平成一七年三月に卒業して就職する予定であったところ、前記後遺障害の結果、就労可能な二四歳から六七歳までの四三年間にわたり労働能力を五六パーセント喪失したから、平成一五年賃金センサス男子労働者大卒全年齢平均賃金を基礎とし、中間利息をライプニッツ方式で控除して、本件事故と相当因果関係のある逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり六四七二万七一九四円となる。
658万7500円×0.56×17.546≒6472万7194円
エ 弁護士費用 七〇〇万円
(5) まとめ
よって、原告は、被告らに対し、自賠法三条本文に基づき、連帯して、前記損害から弁済を受けた五九万七七〇円を控除した残額のうち七三四二万二六二四円及びこれに対する不法行為の日の後である平成一六年八月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)のうち、千葉県浦安市明海一三番先路上において、平成一四年二月二四日、原告が停車中の被告車両のボンネットに覆いかぶさるように乗ったところ、被告Y2が被告車両を発進させて停止したこと、原告がボンネットから落下したことは認め、その余は否認する。
(2)ア 請求原因(2)アのうち、被告Y1が、本件事故の当時、被告車両を保有していたことは認める。
イ 同イのうち、被告Y2が、本件事故の当時、被告車両を借用していたことは認める。
(3)ア 請求原因(3)アは認める。
イ 同イのうち、(ア)は認め、その余は知らない。
ウ 同ウは認める。
(4)ア 請求原因(4)アのうち、(ア)は認め、その余は知らない。
イ 同イは争う。
ウ 同ウのうち、原告が、本件事故の当時、a大学経済学部に在籍していたことは認め、その余は不知ないし争う。
原告は、大学を卒業していないし、友人と飲み歩くことができるのに修学ができないとは考えられず、基礎収入として大卒賃金センサスを用いるのは相当でなく、高卒賃金センサスを使用するのが相当である。
エ 同エは知らない。
三 抗弁―過失相殺
(1) 原告は、抗てんかん薬を服用する場合に避けるべきアルコールの摂取の継続や、抗てんかん薬の怠薬という受療態度が原告のてんかん発作の頻度を増やしている可能性があり、損害の公平な分担の見地から、原告の損害につき二〇パーセント程度の減額がされるべきである。
(2) 本件事故は、泥酔した原告をアルバイト先の上司宅に泊まらせるため、被告Y2が被告車両で原告及び上司を送った帰り際に発生した事故である。被告Y2は、上司宅で原告及び上司を降ろした後、少し先の道路上に停車し、窓を開けて換気をしていたところ、原告が走り寄り、ボンネット上にうつ伏せに乗った。被告Y2は、運転席から原告に声を掛けたものの、原告に降りる気配がなかったことから、被告車両を動かせば降りると思って、ゆっくり発進させ、五、六メートル動いてブレーキを踏んだところ、原告が滑るように道路に落ちた。以上のとおり、被告Y2は、原告を振り落とそうという意図はなく、原告がボンネット上から降りるように促そうとしたにすぎず、発進もゆっくりで、動いた距離も五、六メートルにすぎず、急ブレーキを掛けたわけでもない一方、原告は、被告車両の乗車装置でない部分に意図的に乗った上、被告Y2が声を掛けても降りようとしなかったのであり、極めて危険で、本件事故を誘因した行為に及んだといわざるを得ない。したがって、五〇パーセントの過失相殺がされるべきである。
四 抗弁に対する認否
全部否認ないし争う。
第三証拠関係
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因(1)(本件事故の発生)について
請求原因(1)のうち、千葉県浦安市明海一三番先路上において、平成一四年二月二四日、原告が停車中の被告車両のボンネットに覆いかぶさるように乗ったところ、被告Y2が被告車両を発進させて停止したこと、原告がボンネットから落下したことは、当事者間に争いがなく、これに、証拠(甲一、一九、二〇、乙二、三、証人A、原告、被告Y2)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 原告は、東京都港区台場にあるレストランにおいて、被告Y2とともにアルバイトをしていたところ、平成一四年二月二三日午後一一時五〇分ころ、仕事が終わると、総支配人であるB、被告Y2らとともに、別の飲食店において飲食をした。その際、被告Y2は、被告車両を運転することからビールをグラス(四〇〇ミリリットル)一杯飲むにとどめたが、原告は、相当量の飲酒をした。原告は、翌日の同月二四日も出勤する予定であったところ、かなり酔っていたことから、Bの自宅に泊まることとなり、被告Y2が運転する被告車両で、Bとともにその自宅に向かった。
なお、被告Y2は、約六か月前から、月に一、二回程度の割合で被告車両を運転して通勤していたところ、Bの自宅が帰り道にあることから、Bを被告車両で送ることがあった。
(2) 被告Y2は、同月二四日午前二時ないし三時ころ、千葉県浦安市明海所在のBの自宅(マンション)の入口前に被告車両を停止させると、降車してB及び原告を降ろしたところ、Bから原告とともに自宅に泊まっていくよう勧められた。被告Y2が断ると、原告から引き止められたものの、被告Y2は、被告車両に乗り込んだ。
(3) 被告Y2は、被告車両を発進させ、左折してマンションの敷地から道路に出ると、車内が酒やたばこのにおいで充満していたことから、換気などをするために直ちに被告車両を停止させた(エンジンはかけたままでギアはドライブに入っていた。)ところ、原告がいきなり左後方から駆け寄って来て被告車両のボンネットにうつ伏せに乗った。
原告は、被告Y2に対し、フロントガラス越しに、「おい、帰らないで泊まっていけ。降りて飲め。」などと言ってきたところ、被告Y2は、どうしても帰宅したかったことから、原告に対し、運転席(窓は開いていた。)から「頼むから帰してくれ。」、「降りろ。」などと言い返したが、相当酔った状態の原告は、「うるさい。」などと答えて、ボンネットから降りようとしなかった。これらのやり取りがされたのは、三〇秒ないし一分の間であった。
そこで、被告Y2は、被告車両を動かせば、帰る意思が固いことが分かるし、驚いて降りるだろうと考え、事前に原告に声を掛けるなど警告を発することなく、ブレーキから足を離しアクセルを軽く踏んで被告車両を発進させて五、六メートル程度進み、ブレーキペダルをやや強く踏んで止まったところ、原告は、ボンネットから滑るように仰向けのまま道路に転落し、頭から血を流して路上に倒れていた。
二 請求原因(2)(責任原因)について
(1) 同ア(被告Y1)について
同アのうち、被告Y1が、本件事故の当時、被告車両を保有していたことは、当事者間に争いがない。
そうすると、被告Y1は、本件事故の当時、被告車両を自己のために運行の用に供していたということができ、自賠法三条本文に基づき、原告が本件事故により被った損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
(2) 同イ(被告Y2)について
同イのうち、被告Y2が、本件事故の当時、被告車両を借用していたことは、当事者間に争いがない。
そして、前示のとおり、被告Y2は、本件事故の当時、被告車両を通勤に使用していたことからすると、被告車両を自己のために運行の用に供していたということができ、自賠法三条本文に基づき、原告が本件事故により被った損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
三 請求原因(3)(本件事故による被害の程度)について
(1) 同ア(傷病名)について
同アの事実は、当事者間に争いがない。
(2) 同イ(治療経過)について
ア 同(ア)(順天堂浦安病院)について
同(ア)の事実は、当事者間に争いがない。
イ 同(イ)(河野臨床医学研究所)について
前示事実関係に証拠(甲四、一一)を総合すると、同(イ)の事実が認められる。
ウ 同(ウ)(順天堂医院)について
前示事実関係に証拠(甲三の一ないし一七・一九ないし二三、八ないし一一、乙五)を総合すると、原告は、平成一五年九月二三日及び一二月二六日にも、転倒して意識を喪失するてんかん発作が発症し、同年九月二三日から平成一七年四月一六日まで順天堂医院の脳神経内科に通院する(通院実日数一九日)とともに、平成一六年一一月一四日から一八日まで五日間順天堂医院の脳神経内科に入院したことが認められ、(3)において判示する症状固定日(平成一五年一二月二七日)より後の入通院も含まれてはいるものの、証拠(甲一〇、一一、乙四)によると、原告が発症したてんかん発作は、意識喪失や全身けいれんを伴う重度のものであることが認められ、症状固定後の入通院についても本件事故との間に相当因果関係を認めるのが相当である。
これに対し、証拠(甲三の一八、七、乙五)によると、原告は、同年五月二五日、嗅覚障害を訴えて、順天堂医院の耳鼻科を受診したこと、順天堂医院の耳鼻科の医師が原告について同日付けで作成した診断書には、診断名として嗅覚障害とあるほか、「二年前交通外傷後より嗅覚障害を自覚。本日当科初診。アリナミンテストにてごくわずかに反応を認める。内服・点鼻にて加療を開始する。今後定期的な通院を要す。」との記載があることが認められるものの、原告が本件事故後に自覚していた嗅覚障害の程度等を的確に裏付ける証拠に欠け、嗅覚障害を訴えて実際に通院したのが本件事故から二年三か月も後であることに照らすと、嗅覚障害と本件事故との間の相当因果関係には疑問があり、他にこの点を認めるに足りる証拠はなく、順天堂医院の耳鼻科の通院について本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。
(3) 同ウ(後遺障害)について
同ウの事実は、当事者間に争いがない。
四 請求原因(4)(損害)について(その一)
(1) 治療費(文書料を含む。) 七九万六二〇〇円
ア 順天堂浦安病院入院分 五九万七七〇円
請求原因(4)ア(治療費)(ア)(順天堂浦安病院入院分)の事実は、当事者間に争いがない。
イ その余の分 二〇万五四三〇円
証拠(甲二の一ないし一五、三の一ないし一七・一九ないし二三、四、五の一・二、六)及び弁論の全趣旨によると、原告は、順天堂浦安病院の通院治療費として二万五二三〇円、河野臨床医学研究所の入院治療費として二万八九〇円、順天堂医院の脳神経内科の入通院治療費として一二万九一五〇円、治療期間中の薬代として二万八一一〇円、大人用紙おむつ代として二〇五〇円、合計二〇万五四三〇円を支出したことが認められる。
(2) 慰謝料 一一二四万円
ア 傷害慰謝料 一二四万円
前示した原告の受傷の部位、程度、入通院経過その他諸般の事情を考慮すると、原告の傷害についての慰謝料は、一二四万円が相当である。
イ 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万円
前示した後遺障害の内容、これに伴う日常生活への影響等を考慮すると、原告の後遺障害についての慰謝料は、一〇〇〇万円が相当である。
(3) 後遺障害による逸失利益 五八七〇万八九五九円
請求原因(4)ウ(後遺障害による逸失利益)のうち、原告が、本件事故の当時、a大学経営学部に在籍していたことは、当事者間に争いがなく、これに、前示事実関係及び証拠(甲一一、一三、一四、一七、一九、二〇、証人C、原告)を総合すると、原告は、昭和○年○月○日生まれの男子で、平成一二年にa大学に入学し、本件事故の当時、第二学年に在籍して(既に留年が決まっており、卒業見込みは平成一七年三月であった。)、症状固定当時二二歳であったこと、原告は、平成一七年三月三一日当時、同大学経営学部国際経営学科第四学年に在籍していたところ、休学理由を「交通事故の被害による後遺症の症状発生による。通学が現状では困難になった為」、休学期間を通年休学(平成一七年四月一日から平成一八年三月三一日まで)とする平成一七年三月三一日付け休学願を提出し、a大学長から、平成一七年五月三〇日付けをもって、休学期間(同年四月四日から平成一八年三月三一日まで)とする休学願の承認通知を受けたこと、原告は、休学理由を「交通事故の被害による後遺症の症状発生による。通学が現状では困難な状態の為」、休学期間を通年休学(平成一八年四月一日から平成一九年三月三一日まで)とする平成一八年三月二三日付け休学願を提出したことが認められ、前示後遺障害の結果、就労可能な二四歳から六七歳まで四三年間にわたり労働能力を五六パーセント喪失したというべきであるから、本件事故と相当因果関係のある逸失利益は、賃金センサス平成一五年第一巻第一表による産業計・男性労働者・大卒・全年齢平均年収額を基礎とし(被告らは、高卒賃金センサスを使用するのが相当であると主張するが、前示のとおり、原告は、既に大学の第四学年に在籍していることに照らすと、本件事故に遭わなければ、賃金センサスによる大卒全年齢平均年収額程度の収入を得ていた蓋然性が高いというべきであり、被告らの主張は採用しない。)、中間利息をライプニッツ方式で控除して、次の計算式のとおり算出した五八七〇万八九五九円と認めるのが相当である。
658万7500円×0.56×(17.7740-1.8594)≒5870万8959円
(4) 小計 七〇七四万五一五九円
以上の損害額を合計すると、七〇七四万五一五九円となる。
五 抗弁(過失相殺)について
(1) 抗弁(1)(受療態度)について
ア 前示事実関係に証拠(甲一〇、一一、乙四ないし六)を総合すると、次の事実が認められる。
(ア)a 原告は、平成一五年一二月二六日午後九時ころ、アルバイト先で急に意識を失って転倒し、目をむいて全身がけいれんして、救急車で順天堂医院に搬送され、翌日の同月二七日にも受診して、血中濃度を測定された。その結果は、バルプロ酸五五・二μg/mlであった。
バルプロ酸(商品名デパケン、ハイセレニン、セレニカ)は、成人における抗てんかん薬であるところ、有効血中濃度は、五〇ないし一〇〇μg/mlとされている。
b 原告は、平成一六年二月一二日午後八時ころ、アルバイト先で休憩中にいすに座っていたところ、突然意識を失ってその場に倒れ、目をむいて全身がけいれんし、救急車で順天堂医院に搬送され、翌日である同月一三日にも受診して、血中濃度を測定された。その結果は、フェニトイン〇・六μg/ml、バルプロ酸一・四μg/mlであった。同日に再び測定されたところ、その結果は、フェニトイン五・二μg/ml、バルプロ酸三〇・一μg/mlであった。
フェニトイン(商品名アレビアチン、ヒダントール)も、成人における抗てんかん薬であるところ、有効血中濃度は、一〇ないし二〇μg/mlとされている。
c 原告は、同年五月一三日午後八時三〇分ころ、アルバイト先で起立中に突然転倒して意識を失い、目をむいて全身がけいれんし、救急車で順天堂医院に搬送されたところ、順天堂医院の診療録には、「肝機能障害Pt(患者・引用者注)の話によると、アルコール飲用しており、ここ最近量が増えていた…γ―GTP(ガンマ・グルタミルトランスペプチターゼ・引用者注)←の可能性はアルコールの可能性あり Ptには飲酒、喫煙やめるように話した。」との記載がある。同日の検査の結果によると、フェニトインの血中濃度は四・七μg/ml、バルプロ酸の血中濃度は五二・七μg/mlであった。
d 原告は、同年七月三日、順天堂医院において血中濃度を測定されたところ、その結果は、カルバマゼピン七・二μg/ml、バルプロ酸八六・七μg/mlであった。カルバマゼピン(商品名テグレトール)も、成人における抗てんかん薬であるところ、有効血中濃度は、六ないし一〇μg/mlとされている。
また、同月一七日の検査の結果では、カルバマゼピンの血中濃度は八・九μg/mlであった。
e 原告は、同年一〇月一〇日、順天堂医院を受診したところ、診療録には、「怠薬気味。本人も怠薬すると調子悪いと自覚。怠薬しないよう促す。」との記載がある。
f 原告は、同年一一月一四日午後三時ころ、歩行中に急に目がかすみ、全身がけいれんして歩けなくなり、順天堂医院を受診して同月一八日まで入院したところ、診療録の同月一四日の欄には「昨夜一〇時頃よりふらつきあり、タクシーにて自宅に帰る。お酒を二杯ぐらい飲んでいたが、一二時頃にテグレトール二T(二錠・引用者注)内服。その後午前五時頃にデパス一T内服した。」との記載がある。入院中の検査の結果では、カルバマゼピンの血中濃度は三〇・三μg/mlであった。
g カルバマゼピンの血中濃度は、同年一二月四日の検査の結果では一一・九μg/ml、平成一七年四月一六日の検査の結果では六・三であった。
h なお、順天堂医院の診療録には、「もともとけいれん発作にて当科外来follow(経過観察・引用者注)中。平成一七年一月五日夜八時ごろから友人と飲酒。朝四時頃に友人とケンカになり腰部けられ歩けなくなった為当院b整形外科受診。腰の方はu.p(異常なし・引用者注)ということであったが、本人がてんかんの方が心配だということで当科受診希望あり診察」との記載がある。
(イ) 医学博士Dは、原告の診療録、レントゲンフィルム等を参照して、原告のてんかんについて平成一八年三月一〇日付け意見書(以下「本件意見書」という。)を作成したところ、そこには、次のような記載がある。
a 外傷性てんかんについて
外傷性てんかんが発生する場合、初発は事故後六か月以内が約五〇パーセント、二年以内が約八〇パーセントであり、大半が二年以内に集中している。しかし中には外傷後一〇年もたってから発作が起きることもある。また、外傷性てんかんは自然に減弱、治癒に向かう傾向を持ち、二年目、三年目から発作は急に少なくなるといわれている。そして一〇ないし一五年には約四六パーセントに発作の停止をみたという報告もある。そこで無難な治療方針として、脳波異常を参考にしながら約二年を目安に、抗けいれん剤を減量するのがよいとされている。しかし個々の症例により二年よりも長くなったり、短くなったりすることがあり、治療については担当する医師によっても異なることが多い。また、抗てんかん薬を投与すれば必ず発作を予防できるというわけではないため、予防を目的とした投薬治療を行わない医師もいるが、ひとたび発作を起こした場合には、発作を抑えるために抗てんかん薬を処方するのが一般的である。治療薬としては、アレビアチン、デパケン、テグレトールなどを、薬物血中濃度を測定しながら、発作の頻度を見極めつつ、服薬量を増減して外来管理を行う。できれば単一の薬剤で発作がほとんどみられなくなる状況が好ましいが、なかなか発作が抑えられない症例の場合には、複数の薬剤を試みて、患者に最適な治療薬を選択していくことになる。
b 画像所見について
受傷から二年以上が経過した平成一六年一一月一六日の頭部MRIによると、右前頭葉に四〇ミリメートル、右側頭葉に三〇ミリメートル、左前頭葉に一五ミリメートルほどの脳挫傷こんがあり、週一回の小発作を含め、すべての発作を説明できる画像所見である。
c 発作の頻度について
平成一五年四月一一日、同年九月二三日、同年一二月二六日、平成一六年二月一二日、同年五月一三日及び同年一一月一四日と、これまで六回、意識消失を伴うてんかん発作がある。また、「眼球が上方へ引っ張られていき同時に目がかすみ頭がふらふらしてぐるぐる廻る感覚に襲われ、思考力がなくなり意識を失いそうになるがしゃがんだり安静にしていると短い時は五分位、長い時は十分位でおさまる」という発作が一週間に一回の頻度である。いずれも、画像などの所見も考え合わせると典型的なてんかん発作である。意識消失を伴う発作は大発作であり、週一回程度の意識消失を伴わない発作は側頭葉てんかんと考えられる。いずれも本件事故に伴う症候性てんかんととらえるべきであろう。
d 外来通院の問題点
原告は、てんかんの発作により満足のいく就労がかなわず、事前認定では七級の後遺障害と判断された。これは一般平均人の半分程度の労働能力という評価であり、これまでの発作の頻度から考えると、やむを得ない認定であると思われる。
その一方で、順天堂医院の外来診療録をみると、<1>アルコールを飲んで容態が悪くなり複数回救急室を受診していること、<2>抗けいれん薬の怠薬がみられることの二点を指摘することができる。
まず、アルコールについてであるが、平成一六年五月一三日に意識消失を伴うてんかん発作を起こし、救急外来を受診している。このときの血液検査で肝機能障害を指摘され、担当医師はアルコールによる影響を考えている。原告からも「アルコール飲用しており、ここ最近量が増えていた」という申告がみられた。そのため担当医師からは、「飲酒、喫煙をやめるように話した」とカルテに記載されている。テグレトールを始めとする抗けいれん薬には、併用注意の薬物としてアルコールが掲げられている。その理由は、「相互に作用が増強されるおそれがある。過度のアルコール摂取は避ける」と明記されていて、抗てんかん薬を処方する患者には、アルコールを控えるように服薬指導するのが一般的である。ところが、それ以後も、平成一六年一一月一三日や平成一七年一月五日に飲酒をして、アルコールが原因の病状悪化がみられる。
次に怠薬であるが、外来診療録に記載された抗てんかん薬血中濃度をみる限り、おおむね有効血中濃度範囲内にあるものの、平成一六年二月一三日には、アレビアチン、デパケンともに有効濃度にははるかに届かないレベルであり、怠薬していた可能性が高い。さらに、同月一〇月一〇日に「昨日はてんかんの予兆のようなものがあった」ということで順天堂医院の救急室を受診したときには、「怠薬気味。本人怠薬すると調子悪いと自覚。怠薬しないよう促す」と外来診療録に記載されている。
このように医師のアドバイスを聞かずにアルコールを飲用し、薬を飲み忘れることがあるなど普段の服薬管理もいま一つのようであり、そのことが発作の頻度を増やしている可能性は否定できない。
e 将来的の見通しについて
外傷性てんかんは、自然に減弱、治癒に向かう傾向をもつため、きちんとした医学管理下に置かれた場合には、将来的に改善する可能性は考えられる。しかし、これまでの発作の頻度は比較的多く、数種類の抗てんかん薬を処方しても毎週のように発作を繰り返している現状をみると、原告の外傷性てんかんは難治性と考えられ、これからも治療に抵抗する可能性がある。しかし、原告の受療態度にも問題があり、満足のいく治療環境が整備され、あるいは別の薬剤に変更するなどの試みによって、発作の頻度が減少する余地は残されているのではないかと思われる。
f 結論
これまでにみられた大発作は六回だが、軽い発作も含めれば週一回ペースで出現していると考えられる。診療録によると、これまで抗けいれん薬を怠薬して発作を起こしたり、アルコールは控えるように指導されていながら抗けいれん薬服薬中にもアルコールを飲むなど、通院状況は良好とはいい難い。今の服薬状況が続く限り、発作の頻度に大きな変化はないと思われるが、受療態度を改めたり、あるいは異なる種類の抗けいれん薬に変更するなどの対応によって、発作の頻度が減少する可能性は皆無とはいえない。
イ 以上の事実関係によると、原告は、医師の指導に反して抗けいれん薬の服薬中にアルコールを摂取し、抗けいれん薬を怠薬するなど、その受療態度は良好とはいえないものの、そのような受療態度は、いずれも前示した症状固定後に認められており、本件意見書によると、原告の頭部MRIの画像所見は、すべての発作を医学的に説明することができるとされている一方、受療態度を改めることによって発作の頻度が減少する可能性が皆無とはいえないというにとどまることを併せ考えても、原告の前示受療態度をもって直ちにその損害額を減じるべき事由があるとまではいえないというべきである。
(2) 抗弁(2)(事故態様)について
前示事実関係によると、原告は、停止中とはいえ、いつ発進するとも限らない被告車両のボンネットにうつ伏せに乗り、被告Y2から降りるように促されたにもかかわらず、これを拒んだ結果、本件事故の発生を招いたということができ、本件事故の発生につき相応の落ち度があるというべきであるところ、原告がボンネットに乗ったのは、あくまで被告車両の停止中であること、被告Y2は、原告が相当酔った状態にあることを知っており、警告もなしに被告車両を発進させれば、原告をボンネットから転落させる可能性のあることを予見し得たこと、原告を被告車両から降ろすのに、被告車両を発進させる以外に方法がなかったとはいえないこと(被告Y2は、単に原告に降りるよう声を掛けたにすぎず、降車して原告を被告車両から引き離そうとするなどの試みをしていないし、そのような試みをすることが困難であった事情もうかがわれない。)など前示事実関係に照らすと、過失割合は、二割とするのが相当である。
そうすると、過失相殺後の損害額は、五六五九万六一二七円となる。
六 請求原因(4)について(その二)―弁護士費用
原告は、五九万七七〇円の損害のてん補を受けていることを自認しているから、これを前示損害額から控除すると、五六〇〇万五三五七円となる。
そして、弁論の全趣旨によると、原告は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約束していることが認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めることができる弁護士費用は、五六〇万円が相当である。
七 結論
証拠(甲一五、一六)及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故に係る自動車損害賠償責任保険金一〇五一万円の支払を受けたことが認められるところ、これをまず、前示損害額六一六〇万五三五七円に対する不法行為の日である平成一四年二月二四日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金に充当するとすると、平成一七年七月二四日までの遅延損害金に充当されることとなる(6160万5357円×0.05×(3年+151日÷365日)≒1051万5106円)。
よって、原告の請求は、被告らに対し、連帯して六一六〇万五三五七円及びこれに対する平成一七年七月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においていずれも理由があるから認容し、その余はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小林邦夫)