東京地方裁判所 平成17年(ワ)95号 判決 2006年7月28日
原告
X1
ほか三名
被告
Y1
ほか三名
主文
一 被告Y1、被告Y2研機株式会社及び被告Y3は、原告X1に対し、連帯して二八七四万三四六〇円及びこれに対する平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告Y1、被告Y2研機株式会社及び被告Y3は、原告X2に対し、連帯して二七一四万三四六〇円及びこれに対する平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告Y1、被告Y2研機株式会社及び被告Y3は、原告X3に対し、連帯して一一〇万円及びこれに対する平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告Y1、被告Y2研機株式会社及び被告Y3は、原告X4に対し、連帯して一一〇万円及びこれに対する平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は、原告らと被告Y1、被告Y2研機株式会社及び被告Y3間に生じたものは、これを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その七を被告Y1、被告Y2研機株式会社及び被告Y3の負担とし、原告らと被告Y4間に生じたものは原告らの負担とする。
七 この判決は、第一項ないし第四項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは各自、原告X1に対し、三七八三万三四六〇円及びこれに対する平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは各自、原告X2に対し、三六二〇万三四六〇円及びこれに対する平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは各自、原告X3に対し、三七二万円及びこれに対する平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告らは各自、原告X4に対し、三七二万円及びこれに対する平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、Aが被告Y1の運転する車両に衝突されるという交通事故により死亡したことから、Aの両親、兄弟である原告らが、(a)被告Y1に対し民法七〇九条に基づき、(b)上記車両の所有者であり被告Y1の使用者である被告Y2研機株式会社に対し民法七一五条一項本文、又は自動車損害賠償保障法三条に基づき、(c)事故直前まで被告Y1と飲酒していた被告Y3及び被告Y1の妻である被告Y4に対し民法七一九条二項に基づき、損害賠償及びこれに対する事故日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提となる事実(当事者間に争いのない事実又は文章末尾の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) (当事者)
原告X1及び原告X2は、A(昭和○年○月○日生。)の親である。原告X3はAの長兄、原告X4はAの次兄である。
被告Y1は被告Y2研機株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員であり、被告Y4は被告Y1の妻である。
被告会社は普通貨物自動車(<番号省略>。以下「本件車両」という。)の保有者であって、同車両を自己のために運行の用に供していた者である。
被告Y3は、後述のとおり、被告Y1と本件事故の直前まで一緒に飲酒していた者である。
(2) (本件事故前の飲酒状況等)
被告Y1は、被告Y3、B、C及び被告会社の取引先の社長であるDらと共に、平成一三年一二月二八日午後七時三〇分ころから午後一〇時三〇分ころまでの間、埼玉県川越市内にある居酒屋「能登」で、その後、同日午後一一時ころから翌二九日午前〇時ころまでの間、坂戸駅付近の居酒屋「柳屋」において、更に同日午前二時前ころまでの間、キャバクラ「ファラオ」において飲食した。被告Y1は、「能登」でビール大瓶四本程度、「柳屋」でビール大瓶二本程度、「ファラオ」で焼酎ボトル一本程度を、飲んだ。【甲四、一〇、一一、丙一】
(3) (本件事故)
被告Y1は、上記「ファラオ」を出たころには、飲酒の影響により、前方注視及び運転操作が困難な状態であったのであるから、運転を回避すべきであったにもかかわらず、本件車両を運転して帰宅途中の平成一三年一二月二九日午前二時五分ころ、埼玉県坂戸市花影町八番五〇号先道路上において、本件車両を時速約六〇kmで走行させながら、仮眠状態に陥ったため、本件車両の前部をAら三名に衝突させた。Aは、脳挫傷等の傷害を負い、同日午前四時九分、死亡した。
(4) (刑事処分)
被告Y1は、平成一四年六月一八日、本件事故を起こしたことなどを理由として、危険運転致死傷、救護、報告義務違反の罪により、懲役七年の刑を言い渡された。【甲一の二】
(5) (損害のてん補)
原告X1は、Aの相続人として、平成一五年一月二一日、自賠責保険から三〇〇〇万円の支払を受けた。
二 争点
被告Y1及び被告会社が本件事故に関し、損害賠償責任を負うことについては当事者間に争いがなく、本件の争点は、次の(1)ないし(3)のとおりである。
(1) 被告Y3の責任の有無
(2) 被告Y4の責任の有無
(3) 損害の算定
三 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(被告Y3の責任の有無)について
ア 原告らの主張
被告Y3は、被告Y1を飲酒に誘い、被告Y1と長時間にわたり飲酒を共にし、被告Y1の本件車両の運転による事故発生の危険性を認識していたのであるから、事故発生を回避するため、被告Y1が本件車両を運転するのを制止すべき義務を負っていた。しかしながら、被告Y3は、同義務を怠り、「早く家に帰って休みたかった」との理由で、被告Y1の運転を制止するための措置を講じることはなかった。その結果、本件事故が生じたのであるから、被告Y3は、被告Y1の飲酒運転による被害者への加害行為を助長、援助したものとして、民法七一九条二項に基づき、本件事故によって原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。
なお、被告Y3は、被告Y1に対して、意見を言える立場になかったと主張するが、被告Y3は被告Y1のことを友人と思っていたのであるから、責任逃れの言い訳にすぎない。
イ 被告Y3の主張
被告Y3が被告Y1を飲酒に誘った事実はない。被告Y3が飲酒に誘ったのはBであり、同人から飲酒していることを聞いた被告Y1が自発的に「能登」に来たのである。
被告Y1は、被告Y3よりも三歳年上で、電気関係の仕事の経験も被告Y3より長く、被告Y3は被告Y1に対し直接意見を言える立場になかった。そこで、被告Y3は、本件事故当日、Dに、被告Y1に対して注意をしてもらった。
したがって、被告Y3は、被告Y1が「被害者への加害行為」をする意思を決定させたこと(教唆行為)もないし、当該行為を容易にしたこと(幇助行為)もなく、民法七一九条二項の責任を負うものではない。
なお、原告らは被告Y1及び被告会社への請求が認容されることによって損害のてん補を受けられることが確実であることによると、原告らの被告Y3に対する請求は、懲罰目的の損害賠償請求であるというべきであり、被害者救済を目的とする民法七一九条の趣旨になじまず、不当な請求である。
(2) 争点(2)(被告Y4の責任の有無)について
ア 原告らの主張
被告Y4は、被告Y1と円満な家庭を築き日常生活を共にしていたのであるから、被告Y1の飲酒運転が重大事故を引き起こすことの危惧感を抱いてしかるべきであり、また、唯一、被告Y1の日常的な飲酒運転を止めさせることができる地位にあった者である。したがって、被告Y4には、本件事故前に被告Y1が日常的に繰り返していた飲酒運転を止めさせる義務があった。
しかしながら、被告Y4は、この義務を怠り、被告Y1が日常的に繰り返す飲酒運転を認識し、かつ本件事故前にも「一杯飲んでくるから遅くなる。」との連絡を受けていながら、被告Y1に飲酒運転を止めさせることはしなかった。被告Y4が、被告Y1に連絡をとり、タクシーで帰宅するとか、車の代行業者に依頼するとかの指示をすれば、飲酒運転を防止できたのである。
被告Y4が上記の行為をしなかった結果、本件事故は生じたのであるから、被告Y1の飲酒運転による被害者への加害行為を助長、援助したものとして、被告Y4は、民法七一九条二項に基づき、本件事故によって原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負う。
イ 被告Y4の主張
被告Y4は、被告Y1に対し、飲酒運転を止めるよう、繰り返し注意をしていた。
また、被告Y1は、被告会社から本件車両を貸与されて、通勤や建設現場を回るためにこれを使用していたから、被告Y4が、被告Y1の出勤の際、車の使用を止めさせることは、事実上不可能であった。
したがって、被告Y4は、被告Y1が「被害者への加害行為」をする意思を決定させたこと(教唆行為)もないし、当該行為を容易にしたこと(幇助行為)もなく、民法七一九条二項の責任を負うものではない。
(3) 争点(3)(損害の算定)について
ア 原告らの主張
(ア) (Aの損害)
<1> 逸失利益 四八六八万八二九一円
基礎収入:四五三万〇一〇〇円(賃金センサス平成一三年第一巻第一表・女子労働者学歴計大卒の平均年収額)
生活費控除:三〇%
中間利息控除:ライプニッツ係数一五・三五三九(就労可能年数四五年)
<2> 慰謝料 三〇〇〇万円
<3> 上記合計七八六八万八二九一円の損害賠償請求権につき、原告X1及び原告X2が相続によりそれぞれ二分の一ずつの割合で承継した。
なお、原告X1及び原告X2は、Aの相続人として、平成一五年一月二一日、自賠責保険から三〇〇〇万円の支払を受けたところ、これに対する本件事故のあった平成一三年一二月二九日から上記平成一五年一月二一日までの年五分の割合による遅延損害金一五九万八六三〇円を三〇〇〇万円から控除すると二八四〇万一三七〇円となる。
そこで、Aの損害について、原告X1及び原告X2は、2514万3460円((7868万8291円÷2)-(2840万1370円÷2))の損害賠償請求権を有する。
(イ) (原告X1の損害)
<1> 葬儀費用等 一五〇万円
<2> 慰謝料 五〇〇万円
<3> 弁護士費用 六一九万円
(内訳)着手金 二〇六万円
報酬 四一三万円
<4> 原告X1は、上記合計一二六九万円に(ア)<3>の二五一四万三四六〇円を加えた三七八三万三四六〇円の損害賠償請求権を有する。
(ウ) (原告X2の損害)
<1> 慰謝料 五〇〇万円
<2> 弁護士費用 六〇六万円
(内訳)着手金 二〇二万円
報酬 四〇四万円
<3> 原告X2は、上記合計一一〇六万円に(ア)<3>の二五一四万三四六〇円を加えた三六二〇万三四六〇円の損害賠償請求権を有する。
(エ) (原告X3の損害)
<1> 慰謝料 三〇〇万円
<2> 弁護士費用 七二万円
(内訳)着手金 二四万円
報酬 四八万円
<3> 原告X3は上記合計三七二万円の損害賠償請求権を有する。
(オ) (原告X4の損害)
<1> 慰謝料 三〇〇万円
<2> 弁護士費用 七二万円
(内訳)着手金 二四万円
報酬 四八万円
<3> 原告X4は上記合計三七二万円の損害賠償請求権を有する。
イ 被告Y1及び被告会社の主張
(ア) (ア)(Aの損害)について
逸失利益については認める。慰謝料については、増額事由があるとしても、遺族分を含め二四〇〇万円程度を上限とするのが相当である。
(イ) (イ)(原告X1の損害)について
葬儀費用等は不知。慰謝料については(ア)のとおり。弁護士費用は不知。
(ウ) (ウ)(原告X2の損害)、(エ)(原告X3の損害)及び(オ)(原告X4の損害)について
慰謝料については(ア)のとおり。弁護士費用は不知。
ウ 被告Y3及び被告Y4の主張
(ア) (ア)(Aの損害)について
逸失利益については不知。慰謝料については金額を争う。
(イ) (イ)(原告X1の損害)について
葬儀費用等は不知。慰謝料については金額を争う。弁護士費用は不知。
(ウ) (ウ)(原告X2の損害)、(エ)(原告X3の損害)及び(オ)(原告X4の損害)について
慰謝料については金額を争う。弁護士費用は不知。
第三当裁判所の判断
一 前記のとおり、本件事故によってAが死亡したこと、被告Y1には前記一(3)のとおりの過失があったこと、被告会社は本件車両の運行供用者であったことについては当事者間に争いがないから、被告Y1は民法七〇九条に基づき、被告会社は自動車損害賠償保障法三条に基づき、それぞれ原告らに対し損害を賠償すべき責任がある。
他方、被告Y3及び被告Y4は、その責任の有無を争っていることから、まず、この点について、検討する。
二 証拠(文章末尾に記載のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 被告Y1は、平成一二年一月五日から、被告会社に勤務するようになったが、同日から、被告会社より本件車両を貸与され、以後、本件車両を使用して通勤するなど、本件車両を自由に使用していた。【甲四、二三】
(2) 被告Y1は、仕事帰りに飲酒し、その後、本件車両を運転して帰宅することがあり、その回数は多い月では七、八回、少ない月でも一、二回に及んでいた。
被告Y4は、被告Y1が飲酒した後に本件車両を運転して帰宅していることを知っており、飲酒運転について注意をしていたものの、被告Y1は、「そんなにお酒を飲んでも酔っぱらう方ではないから、心配しなくていい。」などと言っていた。また、被告Y4は、被告Y1から事前に飲んで帰るとの連絡を受けた際には、なるべく飲まないで早く帰るように言っていたが、被告Y1が「飲んでも大丈夫だ。」などと答えていたので、それ以上、注意をすることはなかった。【甲一〇、一九、二三、三四、三五、丙一】
(3) 被告Y3は、被告会社に勤務するようになったのは被告Y1より早かったものの、被告Y1の方が三歳年上で、電気関係の仕事の経験も長かった。
被告Y3は、平成一三年一二月二八日、仕事納めのため、午後二時ころに退社して帰宅したが、午後六時ころ、後輩のBを飲みに誘い、同人の車で、居酒屋「能登」に向かった。そして、同店でBと飲み始めたが、同人に被告Y1から電話がかかってきたので、Bが被告Y1に同店で飲んでいることを告げたところ、被告Y1も同店に来ることになった。その後、DやCも一緒になって同店で飲んだ。【甲二〇の一、二一、丙二】
(4) 被告Y4は、平成一三年一二月二八日の数日前に、被告Y1が「二八日は仕事納めだから仲間と一杯やって来る。」と言っていたので、同月二八日は帰りが遅くなるだろうと思い、同日午後六時三〇分ころ、帰りの時間を確認するため、被告Y1の携帯電話に電話をかけたところ、被告Y1は「これから会社に戻って帰りに一杯やるから遅くなる。」と話した。これに対し、被告Y4は、飲酒運転について、特に注意をすることはしなかった。【甲三四】
(5) 被告Y1らは、「能登」で、同日午後一〇時三〇分ころまで飲酒した後、被告Y1は本件車両を自ら運転し、被告Y3らはBの運転する車両等に分乗して、坂戸駅前に向かい、同駅前の駐車場に車を止め、同日午後一一時ころから翌二九日午前〇時ころまで、居酒屋「柳屋」で、その後、同日午前二時前ころまで、キャバクラ「ファラオ」で、それぞれ飲酒した。【甲一〇、一一、二一、丙一】
(6) 被告Y1らは、「ファラオ」を出た後、本件車両等を止めていた駐車場に向かったが、このとき、被告Y1の足下はふらついていた。そして、駐車場において、被告Y3は、被告Y1の顔がいつもより赤いような気がしたので、「被告Y1がかなり酔ってしまった、これで車を運転しては危ない」と思い、Dに対し、「大丈夫ですかね。」と尋ねたところ、同人は、被告Y1に対し、「代行呼んだ方がいいぞ。」などと言ったので、被告Y1は「分かってますよ。」、「大丈夫ですよ。」などと答えた。被告Y3は、被告Y1の答え方が、口調がはっきりしない感じで、ゆっくり答えていると認識した。
しかし、被告Y3は、早く家に帰って休みたかったので、Bの運転する車に乗って、被告Y1より先に駐車場を出た。【甲二〇の一及び二、二一、二二の一及び二、二四の一及び二、丙一、二】
(7) 被告Y1は、本件事故を起こした後、逃走したが、同日午前三時一〇分、逮捕され、その際、飲酒検知により、呼気一リットルにつき約〇・五五ミリグラムのアルコールが検出された。【甲一、四、一一】
三 争点(1)(被告Y3の責任の有無)について
原告らは、被告Y3は、被告Y1を飲酒に誘い、被告Y1と長時間にわたり飲酒を共にし、被告Y1の車の運転による事故発生の危険性を認識していたなどとして、被告Y1に運転をさせない義務があったにもかかわらず、これを怠り、被告Y1の加害行為を教唆、幇助したと主張している。これに対し、被告Y3は、被告Y1を飲酒に誘った事実はなく、本件事故当日、Dにより、被告Y1に注意をしてもらったので、教唆行為も幇助行為もなく、責任を負うものではないなどと反論している。
確かに、前記認定事実のように、被告Y3が直接被告Y1を飲酒に誘った事実は認められず、また、被告Y3は、駐車場において、Dに、被告Y1について、「大丈夫ですかね。」と尋ね、Dが「代行呼んだ方がいいぞ。」などと言ったところ、被告Y1がDに対し「分かってますよ。」などと答えたことから、被告Y1を駐車場に残して帰宅した事実が認められる。
しかしながら、前記認定事実のとおり、被告Y1は、Bとの電話がきっかけで午後七時三〇分ころから被告Y3らと「能登」で一緒に飲酒することになり、その後も、本件車両等に分乗して坂戸駅前に向かい、翌日の午前二時ころまで「柳屋」や「ファラオ」で飲酒を続けていたのであって、その飲酒量は前記前提となる事実のとおりであり、飲酒後、駐車場に向かう被告Y1の足下はふらつき、被告Y1は、駐車場を出て本件車両を運転中に仮眠状態に陥り、逮捕された際にも呼気一リットルにつき約〇・五五ミリグラムのアルコールが検出されたほどであったのである。上記によると、被告Y1が「ファラオ」を出て駐車場に戻ったころ、同被告は正常な運転ができない程度の酩酊状態にあったものと認められる。
前記のとおり、被告Y3は、「能登」から被告Y1と共に飲酒しており、それまでも被告Y1と何度か酒を飲んだことがあり、被告Y1は酒を飲むと顔が赤くなることを認識していたところ(甲二〇の二)、「ファラオ」を出て、本件車両を止めであった駐車場に向かった際には、「私の前を歩いていた被告Y1の顔はいつもより赤かったのです。私は被告Y1がかなり酔ってしまった、これで車を運転しては危ない」と思ったことから、Dに「大丈夫ですかね。」と尋ね、これに対し被告Y1が「大丈夫ですよ。」などと答えたが、口調がはっきりしない感じで、ゆっくり答えていたと認識したというのである。これによると、被告Y3は、駐車場において、被告Y1が飲酒の影響により正常な運転ができない状態にあったことを認識できたものと認められる。
また、被告Y3は、前記のとおり、被告Y1が本件車両を運転して「能登」に来店し、その後も飲酒を続けるために本件車両を運転して坂戸駅前まで移動しており、駐車場においても、Dの「代行呼んだ方がいいぞ。」との忠告に対し、「大丈夫ですよ。」などと答えているのを聞いていることからすると、飲酒を共にしていた被告Y1が駐車場から本件車両を運転して帰宅することを予見できたものと推認することができ、これを覆すに足りる証拠はない。
ところで、道路交通法六五条は、一項において、酒気を帯びて車両等を運転することを禁じるだけでなく、二項において、「前項に違反して車両等を運転することとなるおそれがある者に対し、酒類を提供し、又は飲酒をすすめてはならない。」と規定している。同条の規定を踏まえると、飲酒した後に車両等を運転するおそれのある者に対して飲酒をすすめた者は、その者が飲酒後に運転することを制止すべき義務を負うと解するのが相当である。そして、本件において、前記のとおり、被告Y1と長時間にわたって飲酒を共にしていた被告Y3の行為は、被告Y1に対して飲酒をすすめたことと同視することができる。また、前記前提となる事実のとおり、被告Y1は危険運転致死傷罪等により懲役七年の刑に処せられたのであるが、危険運転致死傷罪は、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を走行させ」た者を処罰する規定であって(刑法二〇八条の二)、飲酒運転等の悪質かつ危険な自動車の運転行為による重大事犯を、従来の過失犯の枠組みを越えて、適切に処罰するために、平成一三年一二月二五日から施行されたものであること(甲一一)にかんがみると、飲酒の影響により正常な運転が困難な状態で運転した者を厳罰に処するのは当然のこととして、車両を運転して帰宅するであろう者を正常な運転が困難となるような状態に陥るまで飲酒をすすめた者に対し、運転を制止すべき注意義務を課し、これを怠った場合に民事上の責任を負わせることには、相当性があるというべきである。
以上に検討したところによると、被告Y3は、前記のとおり、被告Y1と長時間にわたって飲酒を共にし、その結果、被告Y1が正常な運転ができない程度の酩酊状態にありながら、本件車両を運転して帰宅することを認識できたのであるから、被告Y3には被告Y1の運転を制止すべき注意義務があったというべきである。ところが、被告Y3は、早く家に帰って休みたかったばかりに、Dを介して代行運転を頼むことを促すにとどまり、自らタクシーや代行運転を呼ぶことなく、被告Y1を駐車場に残したまま、一緒に飲酒したBの運転する車両に同乗して帰宅したのであるから、被告Y3には被告Y1の飲酒運転を幇助したものとして、民法七一九条二項の責任を認めるのが相当である。なお、被告Y3は、被告Y1が年長であったことなどから注意できる立場になかったなどと主張するが、Dらと一緒にいたことなどに照らすと、被告Y1の運転を制止することができなかったとは到底認められない。また、被告Y3は、原告らの請求は懲罰目的の請求であり、被害者救済を目的とする民法七一九条の予定するところではないと主張するが、原告らの請求が専ら懲罰目的であって、不当な請求であるとまでいうことはできない。
四 争点(2)(被告Y4の責任の有無)について
原告らは、被告Y4は、被告Y1と日常生活を共にする者として、被告Y1の飲酒運転が重大事故を引き起こすことの危惧感を抱いてしかるべきであり、また、唯一、被告Y1の日常的な飲酒運転を止めさせることのできる地位にあったなどとして、被告Y1の飲酒運転を止めさせる義務があったにもかかわらず、これを怠った旨主張する。
確かに、被告Y4は、前記認定事実のように、被告Y1が、勤務先からの帰宅途中に飲酒した後、本件車両を運転して帰ってくることが度々あったことを認識しており、本件事故の前日も、被告Y1が退社後に飲酒することを認識していたのであるから、被告Y1が飲酒後に車を運転して帰ってくることを予想できたものと認められる。
しかしながら、本件事故が出勤途中に生じたのであればともかく、勤務を終えた後の帰宅途中に生じているのであるから、被告Y3の場合と異なり、被告Y4には、被告Y1の運転を制止させ、本件事故を回避する直接的、現実的な方策があったとまでは認められない。また、前記認定事実のとおり、被告Y4は、被告Y1の日常的ともいえる飲酒運転の事実を認識していたのであるが、被告Y1に対して注意をしてこなかったわけではないのである。
したがって、被告Y4の日ごろの被告Y1の飲酒運転への対応は不十分であったというべき余地のあることを否定できないが、被告Y1の本件の飲酒運転を制止しなかったことについて、被告Y4に不法行為責任を問うべき注意義務違反があったとか、教唆、幇助行為があったものとまでは認めることはできない。
よって、被告Y4に対する本件請求は理由がない。
五 争点(3)(損害の算定)について
(1) Aの損害について
ア 逸失利益について
証拠(甲三〇)及び弁論の全趣旨によれば、Aの逸失利益は、原告らの主張のとおり、四八六八万八二九一円であると認められる。
イ 死亡慰謝料について
Aは、本件事故当時一九歳の大学生であり、当日もアルバイト仲間との忘年会からの帰宅途中に本件事故に巻き込まれたのであって、Aに落ち度というべき事情は全く見受けられず、事故の態様も、Aをボンネットに跳ね上げた上、フロントガラスに衝突させ、そのまま疾走して約七五m余り前方の路上に転落させて脳挫傷等の傷害を負わせて死亡させるという、無惨なものである。これに対し、被告Y1は、本件事故後、現場を離れ、救護等の必要な措置を講じていない(甲一の二)。そして、本件事故は、被告Y1が飲酒後の運転中に仮睡状態に陥ったことにより引き起こされたものであるが、被告Y1は、本件事故当時、三軒の店で飲酒を重ねた後に、本件車両を運転していたのであり、飲酒の量も、事故後においても、呼気一リットルにつき〇・五五ミリグラムという高濃度のアルコールが検出されたほどである。このほか、被告Y1の飲酒運転は日常的であったと認められることなど本件に顕れた一切の事情をも併せ総合考慮すると、Aに対する死亡慰謝料は二五〇〇万円が相当である。
ウ 以上によれば、Aの損害は合計七三六八万八二九一円となる。そして、原告X1と原告X2が法定相続人であるから、各自三六八四万四一四五円を取得することになる。
(2) 原告X1の損害について
ア 弁論の全趣旨によれば、Aの葬儀費用等一五〇万円は原告X1の損害であると認められる。
イ 原告X1は、固有の慰謝料として、五〇〇万円を請求している。
原告らの家族は、Aと原告X2が中心的な存在であったところ、Aは、本件事故により、突如、命を奪われ、また、原告X2も、後述のように、四年以上経過した現在もAの死に向かい合うことができず、原告ら家族は本件事故により家族としてのつながりを裁判を通じてしか共有し得なくなっている(甲三八、原告X1)。このほか、前記のような本件事故の態様等本件に顕れた一切の事情をも併せ総合考慮すると、原告X1に対する慰謝料は二〇〇万円が相当である。
ウ ところで、前記前提となる事実のとおり、平成一五年一月二一日、原告X1に対し、自賠責保険から三〇〇〇万円が支払われている。
原告らは、上記三〇〇〇万円から、本件事故日から同保険金を受領した日までの間(三八九日間)の確定遅延損害金(一五九万八六三〇円)を控除すると主張しており、この点について被告Y1、被告会社及び被告Y3は積極的に争っていない。
そうすると、自賠責から保険金が支払われたことにより、原告X1は損害のてん補を受けたものとして、損害額から一四二〇万〇六八五円(三〇〇〇万円から一五九万八六三〇円を控除した残額の二分の一)を控除するのが相当であり、その結果、原告X1の損害金の残額は、次の算式により、二六一四万三四六〇円となる。
(算式)(3684万4145円+350万円)-1420万0685円=2614万3460円
エ 原告X1の弁護士費用については、二六〇万円を損害と認めるのが相当である。
オ よって、原告X1は、二八七四万三四六〇円及びこれに対する不法行為日である平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を請求することができる。
(3) 原告X2の損害について
ア 原告X2は、固有の慰謝料として五〇〇万円を請求している。
原告X2は、本件事故により、突如、Aを失ったのであるが、本件事故の態様は既に述べたとおりである。そして、原告X2にとってAは、生前に「(Aが死んだら)気が狂って死んでしまうね」(甲三一)などと言い合うほどの存在であって、現に、原告X2は、いまだに納骨することなく、Aのためと称してマンションを購入して、その一室にAの遺骨を置き、週に数回同マンションを訪れては、Aの遺骨に話しかけるなどし、また、従前、Aに髪を切ってもらっていたことから、A死亡後は、髪を切ることができず、A名義でAの近況を記した手紙を書くなどしている(原告X1、原告X2)。このように、原告X2は、本件事故から四年以上経過した現在においても、Aの死を正面から認めることができない状態にある。また、原告X2は、抑うつ状態にあると診断されており、家事も以前のようにこなすことができないのであって(甲三六、原告X1)、原告X2のこのような状態についても本件事故による影響を否定することはできない。このほか本件に顕れた一切の事情をも併せ総合考慮すると、原告X2に対する慰謝料は二〇〇万円が相当である。
イ (2)ウで述べたとおり、原告X2についても損害額から一四二〇万〇六八五円を控除するのが相当であり、その結果、原告X2の損害金の残額は、次の算式により、二四六四万三四六〇円となる。
(算式)(3684万4145円+200万円)-1420万0685円=2464万3460円
ウ 原告X2の弁護士費用については、二五〇万円を損害と認めるのが相当である。
エ よって、原告X2は、二七一四万三四六〇円及びこれに対する不法行為日である平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を請求することができる。
(4) 原告X3の損害について
ア 原告X3は、固有の慰謝料として、一〇〇万円を請求している。
原告X3は、本件事故によって、最愛の妹を失い、また、Aとともに、家族の中心的な存在であった原告X2が前記のような状態となったことから、原告ら家族は原告X3にとって「からっぽの家族」(甲三八)となり、もはや家族としてのつながりを取り戻すことはできないと感じるに至っている(原告X3)。このほか、前記のような本件事故の態様等本件に顕れた一切の事情をも併せ総合考慮すると、原告X3に対する慰謝料は一〇〇万円が相当である。
イ 原告X3の弁護士費用については、一〇万円を損害と認めるのが相当である。
ウ 以上により、原告X3は、一一〇万円及びこれに対する不法行為日である平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を請求することができる。
(5) 原告X4の損害について
ア 原告X4は、固有の慰謝料として、一〇〇万円を請求している。
原告X4は、Aよりも三歳年上であるが、幼少のころから対等な立場で遊ぶ関係にあり、Aが原告X4と同じ大学に進学したことから、学生生活も共に楽しんでいた。そして、原告X4は、そのような存在であったAを本件事故により失ったのであるが、このことが遠因となって、在籍していた大学を退学するに至っている(甲三三、原告X4)。このほか、前記のような本件事故の態様等本件に顕れた一切の事情をも併せ総合考慮すると、原告X4に対する慰謝料は一〇〇万円が相当である。
イ 原告X4の弁護士費用については、一〇万円を損害と認めるのが相当である。
ウ 以上により、原告X4は、一一〇万円及びこれに対する不法行為日である平成一三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を請求することができる。
六 以上の次第で、原告らの被告Y1、被告会社及び被告Y3に対する請求はそれぞれ主文第一項から第四項の限度で理由があり、原告らの被告Y4に対する請求はいずれも理由がないといわざるを得ないから、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐久間邦夫 齋藤顕 蛭川明彦)