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東京地方裁判所 平成17年(ワ)961号 判決 2006年2月27日

原告

株式会社みづほ

代表者代表取締役

芦葉利充

訴訟代理人弁護士

岡田隆

被告

甲野太郎

訴訟代理人弁護士

小関勇二

主文

1  被告は,原告に対し,金100万円及び内金75万円に対する平成16年11月15日から,内金25万円に対する平成17年3月4日から,各支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを14分し,その13を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,金1410万円及び内金1057万5000円に対する平成16年11月15日から,内金352万5000円に対する平成17年3月4日から各支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,原告が従前被告が原告に対して提起,追行した訴訟が,裁判制度の趣旨目的に反し著しく相当性を欠くものであり,原告に対する不法行為を構成するとして,被告に対し損害賠償を求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠によって認定した事実は末尾に証拠を掲記する。)

(1)  当事者

ア 原告は,平成10年9月11日,発行済み株式総数300株,資本金1500万円で設立された,不動産の売買,カプセルホテルの経営及び不動産のテナントへの賃貸などを業とする株式会社である(甲2,26)。

イ 被告は,行政書士兼土地家屋調査士である。

(2)  被告が平成14年に提起した訴訟の経過

ア 被告は,原告,訴外松田差多及び訴外赤木一生(以下,それぞれ「差多」,「赤木」という。)を相手方として,平成14年12月11日,被告と原告,差多及び赤木との間において,被告が原告の設立に際し発行された300株の株式(以下「本件株式」という。)の株主であることの確認を求める訴訟を提起した(東京地方裁判所平成14年(ワ)第27097号株主権確認請求事件。以下「別件前訴」という。)。

別件前訴の提起時において,被告,原告,差多及び赤木等の間には,既に本件株式の帰属や,その後本件株式が譲渡されたか否かなどに関して訴訟が提起されており,別件前訴はそれらの訴訟と併合され審理された(甲1,2)。

イ 別件前訴の第1審裁判所は,平成15年12月24日,被告の原告に対する請求を棄却した。

ウ その後被告らが控訴し(東京高等裁判所平成16年(ネ)第627号),控訴審において,平成16年6月24日,原告,被告,差多,松田光博(差多の養子であり,別件前訴の第1審で併合された別事件の当事者,以下「光博」という。)及び赤木との間で,本件株式について,現時点では被告が何らの権利を有しないことを確認することを含む裁判上の和解が成立した(以下「別件和解」という。)。

ところが,被告は,同年9月8日,別件和解は無効であるとし,口頭弁論期日指定の申立てを行ったが,控訴審裁判所は,同年11月25日,別件前訴は,同年6月24日に成立した別件和解により終了した旨を宣言する判決をした(甲4)。

エ 被告は,同年12月8日,上記控訴審判決を不服として,上告及び上告受理申立てをした(最高裁判所平成17年(オ)第343号,同年(受)第385号)。

最高裁判所は,平成17年4月5日,上記上告及び上告受理申立てについて,上告棄却決定及び上告不受理決定をした。

(3)  被告が平成16年に提起した訴訟の経過

ア 被告は,平成16年11月15日,原告及び訴外蔦村照明(以下「蔦村」という。)を相手方として,①被告と原告及び蔦村との間で,被告が本件株式の株主であることの確認,②被告と原告及び蔦村との間で,被告の蔦村に対する平成12年9月17日付け株式譲渡契約が存在しなかったことの確認を求める訴えを提起した(東京地方裁判所平成16年(ワ)第24102号株主権確認等請求事件,以下「別件後訴」という。)(甲8,11)。

イ 別件後訴の第1審は,平成17年2月14日,①原告に対する株主権確認請求については,被告と原告との間に訴訟物を同じくする別件前訴が現在も係属しているとして,二重起訴に当たり不適法である,①蔦村に対する株主権確認請求については,原則として株主権確認の訴えは会社を相手方とすべきであり,また会社を相手方とすれば足りるが,現在同一の株主の地位を争っている者を相手方とする場合には,例外的に確認の訴えの利益が認められる場合が存するところ,被告と蔦村は現在同一の株主の地位を争っている関係にはないので,被告適格ないし確認の利益が認められないため不適法である,③蔦村に対する株式譲渡契約の不存在確認請求については,過去の事実関係について確認を求めるものであり確認の利益がなく不適法であるとして,訴え却下判決をした(甲11)。

ウ その後被告は,同年3月4日,控訴したが(東京高等裁判所平成17年(ネ)第1620号株主権確認等請求控訴事件),同年7月14日,控訴審において,①原告に対する株主権確認請求については,別件前訴がもはや係属していない以上二重起訴には当たらないものの,別件和解が有効に成立した後に和解の対象となった株式の帰属について実体的権利変動があったとの主張はないことから,当該請求は理由がなく,②蔦村に対する株主権確認請求及び③蔦村に対する株式譲渡契約の不存在確認請求については第1審判決を維持するとして,控訴棄却判決が言い渡された(甲19)。

同判決は,同年8月2日の経過により,確定した(甲21)。

(4)  被告の原告らに対する平成17年訴訟

被告は,平成17年6月8日,別件前訴に関連して,原告,蔦村,光博,赤木及び原告代表者芦葉利充を相手方として,連帯して,1億円の損害賠償金の支払を求める訴えを提起した(東京地方裁判所平成17年(ワ)第11416号損害賠償請求事件,以下「平成17年訴訟」という。)(甲14,15)。

2  争点

(1)  別件後訴提起の違法性―不法行為の成否

(原告の主張)

ア 別件後訴は,別件前訴と当事者も審判対象も同一で全く同一の事件であって,二重起訴禁止に違反する不適法な訴訟であるから,別件後訴で被告が主張した権利等は事実的,法律的根拠を欠く。

仮に,別件後訴の提起後に別件前訴が終了したとしても,別件後訴の提起時には二重起訴状態であった事実が遡ってなくなるものではない。

イ 別件後訴の提起時(平成16年11月15日)において,別件後訴と訴訟物を同じくする別件前訴が係属中であり,別件後訴における原告(本訴被告)の訴訟代理人と,別件前訴における原告(本訴被告)の口頭弁論期日指定の申立て(同年9月8日)以降の手続を代理した訴訟代理人は同一である。したがって,被告は,自ら極めて近接した日時に,同一の訴訟代理人に委任し,訴訟物を同じくする後訴を提起し追行したのであるから,当然に別件後訴が二重起訴に当たり,主張した権利等が事実的,法律的根拠を欠くものであると知っていた。仮に知らなかったとしても,通常人であれば容易に別件後訴が二重起訴に当たると知り得たといえる。

また,形式的に二重起訴に当たらないとしても,別件前訴の控訴審の口頭弁論終結日(平成16年10月19日)から1か月もしない間に同一の訴えを提起し追行しているのであるから,やはり事実的,法律的根拠を欠くことを提訴者が知り又は容易に知り得たといえる。

ウ それにもかかわらず,被告はあえて別件後訴を提起し追行したのであるから,別件後訴の提起は,紛争を蒸し返し長引かせる目的であえて行われたものといえる。このような不当な目的をもった訴え提起は,裁判制度の趣旨目的に照らしても行き過ぎた不相当な行為であり,著しく相当性を欠くものであって,不法行為を構成する。

別件後訴での株式譲渡契約の不存在確認請求について,被告は確認の利益がある旨主張するが,当該請求も二重起訴であることはもちろんであるが,それ以前に,被告は過去の事実関係には確認の利益がないことを知り又は通常人であれば容易に知り得たにもかかわらず,あえて紛争を蒸し返し,長引かせる目的で別件後訴を提起し追行した。

エ 平成17年訴訟の提起は,別件前訴が和解により終了したにもかかわらず,紛争を蒸し返す目的でなされたものであり,被告は,訴訟提起という方法で原告に対する権利侵害を繰り返しているといえる。当該訴えの提起は,別件後訴も不法行為に当たることを裏付けるものである。

(被告の主張)

ア 別件前訴は,上告棄却及び上告不受理決定によって,結果的に平成16年6月24日に終了していたことになり,同年11月15日の別件後訴の提起は,二重起訴に当たらない。

イ 本件株式の株主権確認請求部分について

被告は,被告と原告の間の一連の紛争の根幹は,被告から蔦村への株式譲渡契約の存否にあり,蔦村に対して株主権の確認を求めざるを得ないと考えていた。しかし,訴訟手続上,株主権の確認請求には形式的に原告を巻き込む必要があるから,蔦村と共に付随的に原告をも相手方として訴えを提起したのであり,同一当事者に対する訴え提起ではない。

ウ 被告と蔦村間の株式譲渡契約の不存在確認請求について

別件和解は,被告から蔦村への株式譲渡契約が存在したことを前提になされたものであるから,当該事実又は法律関係が無効と確定すれば,和解の基礎に重大な過誤があったことになるし,有効と確定すれば,次の段階として被告から関係者に対する損害賠償請求,不当利得返還請求の問題へと発展する。

以上のように,被告から蔦村への株式譲渡契約の存否が一連の紛争の根底にあるのであって,当該事実又は法律関係を確定することは,現存する紛争の直接的かつ抜本的な解決のため適切かつ必要といえるから,当該請求の確認の利益は認められるべきである。このような,紛争を直接的かつ抜本的に解決しようとする姿勢が不法行為として非難されることは,裁判を受ける権利を保障した憲法32条からも妥当でない。

(2)  損害

(原告の主張)

ア 経済的ないし無形的損害

(ア) 原告の得べかりし売上高―1200万円

別件後訴は訴額が高額であり,相手方に弁護士が付いていることから,別件後訴に応訴するために,原告の役員らが弁護士等との協議を余儀なくされ,また,会社業務が停滞,混乱及び阻害され,本来であれば当然得るべき売上げが得られず,経済的ないし無形的損害を受けた。

原告の業務の実態は,代表取締役と監査役の2名が,その他の社員及びアルバイト等を指導及び管理して売上げを計上しており,実質的には代表取締役と監査役の2名が年間売上高(平成16年6月期の年間売上高は約3億4300万円である。)の全てを稼ぎ出している。

したがって,両者が応訴のために時間を費やさなければ,本来以下のとおり1200万円の売上げが得られていたはずであり,これが被告の不法行為と相当因果関係がある損害である。

社員やアルバイト等への指導及び管理の比率については,代表取締役と監査役は2対1の割合であり,原告において代表取締役と監査役が上げる年間売上高は,それぞれ約2億2800万円,約1億1400万円となる。これらを代表取締役及び監査役の年間執務時間(それぞれ1440時間,720時間)で除して算出される,両者の1時間当たりの売上高(それぞれ約15万円とする。)に,両者が別件後訴に応訴するため弁護士等との協議のために費やした時間(別件後訴第1審について合計各30時間,同控訴審について合計各10時間)を乗じて得られる合計1200万円(第1審については900万円,控訴審については300万円)が,本来得られるべき売上げとなる。

(イ) 予備的に代表取締役らの報酬相当額―66万9960円

仮に,通常であれば得られるべき売上高の減少分が損害として認められないとしても,代表取締役及び監査役が応訴のために費やした時間について,原告は以下のとおり66万9960円の報酬を支出しており,少なくともこれは不当訴訟がなければ必要なかった出捐として,実質的な経済的ないし無形的損害となる。

代表取締役及び監査役の年間報酬(それぞれ1452万円,480万円)を各年間執務時間(それぞれ1440時間,720時間)で除して算出される,各1時間当たりの報酬(それぞれ1万0083円,6666円)に,それぞれが応訴のために費やした合計各40時間を乗じて算出した合計66万9960円(代表取締役が40万3320円,監査役が26万6640円)。

イ 弁護士費用 合計210万円

原告は,別件後訴に応訴するため,第1審及び控訴審ともに弁護士に訴訟追行を委任し,第1審については着手金及び報酬金合計157万5000円,控訴審については同合計52万5000円の支払を約した。これは,別件後訴の訴額が高額であること,相手方に弁護士が付いていること,訴訟追行には別件前訴の検討が不可欠であるところ,別件前訴が複雑困難で訴訟資料も大部であることから,かかる費用は適正額であり,被告の不法行為と相当因果関係がある損害である。

ウ したがって,原告の請求する損害は合計1410万円となり,このうち第1審の損害分は1057万5000円(経済的ないし無形的損害900万円,弁護士費用157万5000円),控訴審の損害分は352万5000円(経済的ないし無形的損害300万円,弁護士費用52万5000円)となる。

(被告の主張)

ア 経済的ないし無形的損害について

原告は,別件前訴を熟知していた別件前訴の訴訟代理人に別件後訴も委任すれば,打合せなどをする必要はなかったはずである。

仮に原告の役員等が訴訟の準備のために打合せをするなどの労力を費やしたとしても,それは代表取締役については通常業務の範囲内であり,監査役については逆に通常業務の範囲外であるから,それぞれ相当因果関係の範囲外である。

役員等が訴訟対応に追われたとしても,現実に会社の売上げの減少などの損害が生じなければ損害があったとはいえないし,そもそも原告の営業はカプセルホテルの運営と賃貸であり,代表取締役も監査役も営業に従事してはおらず,役員の時間的拘束により売上げが変動することはないから,仮に不法行為があったとしても原告主張の損害との間に相当因果関係はない。また,原告は監査役が年間約1億1400万円の売上げを上げていると主張するが,これは監査役の職務と矛盾する。

控訴については,原告の主張するように別件後訴の請求の不法行為性が明白であるとすれば,第1審で却下判決が出ていることもあり,役員が準備する必要もないから,損害は生じていない。

イ 弁護士費用について

別件後訴の提起が,原告が主張するように明らかに不相当な起訴であるとするならば,審理期間が短いこともあり,弁護士費用の一般的基準は当てはまらないというべきである。

第3  当裁判所の判断

1  証拠(甲1,2,4ないし6,8ないし12,14,19,22,26,乙1)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(1)  別件前訴について

ア 別件前訴は,第1審において,関連する5件の訴訟(東京地方裁判所平成14年(ワ)第5379号株主権確認等請求事件,同年(ワ)第15457号株主権確認請求事件,同年(ワ)第17128号建物明渡等請求事件,同年(ワ)第19894号新株発行無効確認等請求事件,同年(ワ)第24145号株主権確認請求事件)と併合して審理されたが,当該一連の訴訟において主要な争点とされたのは,本件株式の原告設立時の株主が誰か,その後本件株式が蔦村に有効に譲渡されたかどうかの2点であった。

イ 別件前訴の第1審における被告の主張は,おおむね以下のとおりである。

被告は,資本金を全て出資して原告を設立し,被告が本件株式を引き受けて株主になった。被告は原告設立時の代表取締役となったが,その後,原告が銀行融資を必要とするようになった際,金融機関から信用を得ている蔦村を原告の代表者とし,蔦村に株式を譲渡する計画を立てた。被告は,原告の取締役会において,被告が蔦村に対して本件株式を譲渡することの承認決議を得,かつ蔦村を原告の代表者とする手続をした。しかし,その後被告と蔦村の関係が悪化したこと,蔦村の協力によらないで原告が銀行融資を受けることができたことから,結局被告は,本件株式を蔦村に譲渡しなかった。

ウ 別件前訴の第1審判決が認定した事実はおおむね以下のとおりである。

被告は,原告設立時に資本金を全額払い込み,本件株式を引き受けて原告設立時の株主となった。平成12年ころ,被告と光博は,金融機関から融資を得るために,原告の株式を蔦村に譲渡して,蔦村に代表取締役になってもらう旨合意し,その後本件株式は,被告から蔦村に無償で譲渡された。その後,本件株式は平成14年4月に蔦村から訴外岸良保に,同年8月に同人から赤木にそれぞれ譲渡され,現時点での本件株式の株主は赤木である。

エ 別件前訴の控訴審における口頭弁論期日指定の申立ての際,被告は,①被告は別件和解当時の訴訟代理人らに対し,別件和解を成立させる権限を与えたことはなく,同代理人らは被告の意向を無視して勝手に和解を成立させた,②別件和解は,被告から蔦村に本件株式が譲渡されたという第1審判決の認定事実を基礎として和解条件が示され成立したものであるが,当該株式譲渡の事実はないとして,別件和解は無効であると主張した(なお,被告は,口頭弁論期日指定の申立ての際には,新たな弁護士を訴訟代理人として選任していた。)。

オ 別件前訴の控訴審判決は,その理由において,被告の上記主張①に対しては,被告は別件和解当時の訴訟代理人に和解を行う権限を授与していたことが認められ,仮に被告が主張するように同代理人が被告の意向を無視して和解を成立させた事実があったとしても,当事者は授権した訴訟代理権について制限することはできないのだから,和解の効力が左右されることはない旨,被告の上記主張②に対しては,和解条件提示の前提として一定の事実が想定されていたとしても,当事者はそれに拘束されることなく,自由に和解の内容を定めることができるのであるから,被告が主張する事情があったとしても,それが直接和解の効力に影響を及ぼすものとはいえない旨それぞれ判示し,別件和解は無効とは認め難いと判示した。

(2)  別件後訴について

ア 被告は,別件後訴の第1審において,請求原因として,①被告が資本金の全額を出資して原告を設立したこと,②別件前訴において,被告の有する原告の全株式が平成12年9月17日付けで蔦村に譲渡されたと主張されていることを主張した。

また,被告は,請求に関連する重要な事実として,原告が銀行融資を受けざるを得ない状況にあった際,金融機関にパイプを持つ蔦村の力を借りるために,蔦村に代表取締役になってもらったこと,原告が蔦村の会社であるという外観を作出するために,取締役会において蔦村に本件株式を譲渡することの承認を予め得たこと,結局蔦村以外のつてから融資が得られたために,最終的に蔦村に本件株式を譲渡するに至らなかったことを主張した。

他方,原告は,訴訟物を同じくする別件前訴が最高裁判所に上告兼上告受理申立て中であるから,別件後訴における被告の原告に対する訴えは,二重起訴に当たり不適法である旨主張した。

また,蔦村は,現在の原告の株主権の帰属については被告と争うものではない旨陳述した。

イ 別件後訴の第1審は,平成17年2月14日,①原告に対する株主権確認請求については,被告と原告との間に訴訟物を同じくする別件前訴が現在も係属しているので,二重起訴に当たり不適法である,②蔦村に対する株主権確認請求については,原則として株主権確認の訴えは会社を相手方とすべきであり,また会社を相手方とすれば足りるが,現在同一の株主の地位を争っている者を相手方とする場合には,例外的に確認の訴えの利益が認められる場合が存するところ,被告と蔦村は現在同一の株主の地位を争っている関係にはないので,被告適格ないし確認の利益が認められないため不適法である,③被告と蔦村との間の株式譲渡契約の不存在確認請求については,過去の事実関係について確認を求めるものであり確認の利益がなく不適法であるとして,訴えを却下する旨の判決を言い渡した。

ウ 別件後訴の控訴審において,被告は,第1審での主張に加えて,別件前訴において上告棄却及び上告不受理決定がなされたことから,別件後訴は二重起訴に該当しない旨,被告と蔦村との株式譲渡契約の存否の確定が本件株式の帰属を巡る紛争の抜本的解決のために必要であり,確認の利益が認められる旨主張した。

他方,原告は,第1審での主張に加えて,仮に原告に対する株主権確認請求が二重起訴の禁止に違反せず適法だとしても,別件前訴の控訴審の口頭弁論終結時(平成16年10月19日)より後の事由に基づく被告の新しい主張がない以上,裁判所は同請求を棄却すべきである旨主張した。

エ 別件前訴における口頭弁論期日指定の申立て以降の手続を代理した被告の訴訟代理人と,別件後訴における被告の訴訟代理人は同じ弁護士である。

オ 被告は,別件後訴の訴額を1500万円とした。

(3)  被告は,陳述書(乙1)において,以下のように別件後訴を提起,追行した動機等を述べている。

別件和解は,当時の訴訟代理人が被告の意思に反して勝手に成立させたものであり,被告は,口頭弁論期日指定の申立て及び上告審において,別件和解が有効と判断されたことを不服として,別件後訴等の訴訟を継続しているものである。

別件和解当時の被告の訴訟代理人は,別件前訴において被告の陳述書や被告の主張の裏付けとなる証拠書面を提出しなかったが,これらが提出されていれば,被告から蔦村への本件株式の譲渡契約の存在が裁判で認められることはなかった。

(4)  平成17年訴訟での被告の主張

被告は,別件前訴において,原告らが,被告が既に原告の株主ではない旨主張したこと及び被告が蔦村へ本件株式を譲渡したという虚偽の事実を主張立証するなどしたことが不法行為に該当し,当該不法行為によって被告は本件株式を失うという損害を受けた旨主張した。

(5)  報酬について

原告は,別件後訴の訴訟代理人との間で,平成16年11月22日,別件後訴第1審に関して着手金を52万5000円,報酬金を105万円とする弁護士委任契約を,平成17年4月13日,別件後訴控訴審に関して着手金を26万2500円,報酬金を26万2500円とする弁護士委任契約をそれぞれ締結した。

2  別件後訴提起の違法性

(1) 民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において,訴えの提起が相手方に対する違法な行為となるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られると解するのが相当である(最高裁判所昭和63年1月26日第3小法廷判決)。

そこで,被告の別件後訴の提起(控訴の提起を含む。)が,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるかを検討する。

(2)  原告に対する株主権確認請求について

原告に対する株主権確認請求は,その当事者及び訴訟物は別件前訴と同一であり,また,当該請求の請求原因も,別件前訴における原告に対する株主権確認請求の請求原因と同じといってよい。

したがって,別件前訴における口頭弁論期日指定の申立ての審理の結果,別件和解は有効に成立したとの判断がなされた場合,別件後訴においては,本件株式の帰属について,別件和解の成立後に実体的な権利変動があったとの新たな主張はなされていないのであるから,別件後訴における原告に対する株主権確認請求は,別件和解の既判力によって請求棄却となることは明らかである。

一方,上記審理の結果,仮に別件和解の有効性が否定され,別件前訴の審理が継続されることとなった場合には,別件後訴における原告に対する株主権確認請求は,別件前訴と二重起訴状態になるのであるから,不適法な訴えとして却下を免れないことが明らかである。

そうすると,別件後訴における原告に対する株主権確認請求は,別件前訴における口頭弁論期日指定の申立ての審理の結果に関わらず,事実的,法律的根拠がないことが明らかである。

このような別件後訴の提起が,別件前訴における口頭弁論期日指定の申立てを担当した訴訟代理人と同じ訴訟代理人によって,別件前訴の同申立てに基づく口頭弁論の終結時から1か月も経たずになされたことからみれば,被告は,前記の事情(別件前訴の審理の結果がいずれであっても別件後訴に事実的,法律的根拠がないこと)を認識していながら,あえて別件後訴を提起したことが優に認められる。

(3)  被告と蔦村との間の株式譲渡契約の不存在確認請求について

別件後訴の第1審判決,控訴審判決が判示するとおり,当該請求は,過去の事実関係について確認を求めるものであり,蔦村に対してのみならず原告に対しても確認の利益がなく不適法である点で,法律上の根拠がないといえる。

被告は,当該株式譲渡契約の存否が,原告らと被告との間の一連の紛争の根底にあり,この事実又は法律関係を確定することが,現存する紛争の直接的かつ抜本的な解決のため適切かつ必要であるから確認の利益は認められるべきと主張するが,別件後訴における被告の主張内容と,別件前訴の口頭弁論期日指定の申立てにおける被告の主張とを比較すれば,その内容はほぼ同じであり,別件後訴での被告の意図も,別件和解の前提となったと被告が考える当該株式譲渡契約の不存在を主張することで,結局別件和解の効力を否定しようとするものに過ぎないといえる。したがって,このような意図の下になされた当該株式譲渡契約不存在確認請求が,現存する紛争の直接的かつ抜本的な解決のために必要ということはできず,むしろ別件前訴における紛争を,蒸し返す意図の下になされたものということができる。

したがって,被告は,当該請求に事実的,法律的根拠がないことを認識していながらあえて別件後訴を提起したことが認められる。

(4)  以上のとおり,別件後訴において被告が主張した権利又は法律関係は事実的,法律的根拠を欠いており,また,被告はそのことを知りながら,あえて別件後訴を提起したものであるから,別件後訴の提起は,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められ,違法というほかなく,不法行為を構成するものというべきである。

また,別件後訴における控訴提起も,前記認定のとおり,別件後訴の提起と同じ意図の下になされたものということができ(このことは乙第1号証で,被告が別件後訴等の訴訟を継続しているのは,別件前訴において別件和解が有効と判断されたことが不服であるためであると被告自身が認めるところでもある。),同じく違法といえ,不法行為に該当する。

したがって,被告は,原告に対し,不法行為責任を負うべきである。

3  損害

(1)  原告の経済的ないし無形的損害について

ア 原告の得べかりし売上高の主張について

原告は,代表取締役及び監査役の,社員やアルバイト等に対する指導,管理の比率と両者の年間執務時間から,両者の1時間当たりの売上高が導かれると主張するが,本件全証拠に照らしても,代表取締役及び監査役の執務時間と会社としての売上げとの間に,直接の関連性があるものとは認められず,原告の主張は採用できない。

イ 代表取締役らの報酬相当額の予備的主張について

会社が役員の執務時間に対応して,報酬相当額の利益を上げられるという保証はないこと,前記認定のとおり,別件後訴の訴額は1500万円と高額とはいえ,その請求が実質的には別件前訴の蒸し返しであって事実的,法律的理由がないことは明らかであり,応訴のための準備や調査にさほどの時間を要するとは考えられないこと等を考慮すれば,原告が主張する損害と不法行為との間には相当因果関係が認められず,原告の予備的主張も採用できない。

(2)  弁護士費用について

前記認定のとおり,原告は別件後訴における訴訟代理人に対し,第1審及び控訴審の着手金,報酬金として合計210万円を支払う旨約したことが認められるところ,別件後訴における応訴の難易度,審理経過,審理期間及び結果等の諸事情を考慮すれば,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,第1審分として75万円,控訴審分として25万円の合計100万円と評価するのが相当である。

第4  結論

以上によれば,原告の請求は,被告が原告に対し,金100万円並びに内金75万円に対する別件後訴の訴え提起日である平成16年11月15日から,内金25万円に対する控訴の提起日である平成17年3月4日から各支払済みまで,それぞれ民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その部分について認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・荒井勉,裁判官・竹内浩史,裁判官・吉田豊)

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