東京地方裁判所 平成17年(刑わ)3624号 判決 2006年4月20日
主文
被告人を懲役2年に処する。
未決勾留日数中150日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第1 分離前の相被告人Aと共謀の上、金融機関から同A名義の預金通帳及びキャッシュカードを詐取しようと企て、
1 平成15年12月9日、千葉県柏市旭町1丁目5番1号所在の株式会社りそな銀行柏支店において、上記Aが、同支店行員C(当時33歳)に対し、真実は、自己名義の預金口座開設後、同口座に係る自己名義の預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘し、自ら利用するように装って、自己名義の普通預金口座の開設並びに同口座開設に伴う自己名義の預金通帳及びキャッシュカードの交付方を申し込み、上記Cらをして、上記Aが、同銀行の総合口座取引規定等に従い、上記預金通帳等を第三者に譲渡することなく利用するものと誤信させ、よって、そのころ、同所において、上記Cから、上記A名義の普通預金口座開設に伴う同人名義の普通預金通帳1通の交付を受け、さらに、同月15日ころ、同県流山市大字a291番地の155所在の上記A方に送付を受けて、同銀行行員から、上記A名義のキャッシュカード1枚の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させ、
2 同月9日、同県柏市末広町7番3号所在の三菱信託銀行株式会社柏支店において、上記Aが、同支店行員D(当時33歳)に対し、真実は、自己名義の預金口座開設後、同口座に係る自己名義の預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘し、自ら利用するように装って、自己名義の普通預金口座の開設並びに同口座開設に伴う自己名義の預金通帳及びキャッシュカードの交付方を申し込み、上記Dらをして、上記Aが、同銀行の普通預金規定等に従い、上記預金通帳等を第三者に譲渡することなく利用するものと誤信させ、よって、そのころ、同所において、上記Dから、上記A名義の普通預金口座開設に伴う同人名義の普通預金通帳1通の交付を受け、さらに、同月11日ころ、前記A方に送付を受けて、同銀行行員から、上記A名義のキャッシュカード1枚の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させ、
3 平成16年1月6日、同市中央町1番1号所在の株式会社京葉銀行柏支店において、上記Aが、同支店行員E(当時38歳)に対し、真実は、自己名義の預金口座開設後、同口座に係る自己名義の預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘し、自ら利用するように装って、自己名義の普通預金口座の開設並びに同口座開設に伴う自己名義の預金通帳及びキャッシュカードの交付方を申し込み、上記Eらをして、上記Aが、同銀行の総合口座取引規定等に従い、上記預金通帳等を第三者に譲渡することなく利用するものと誤信させ、よって、そのころ、同所において、上記Eから、上記A名義の普通預金口座開設に伴う同人名義の普通預金通帳1通の交付を受け、さらに、同月9日ころ、前記A方に送付を受けて、同銀行行員から、上記A名義のキャッシュカード1枚の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させ、
4 同月6日、同市中央1丁目1番1号所在の株式会社千葉銀行柏支店において、上記Aが、同支店行員F(当時22歳)に対し、真実は、自己名義の預金口座開設後、同口座に係る自己名義の預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘し、自ら利用するように装って、自己名義の普通預金口座の開設並びに同口座開設に伴う自己名義の預金通帳及びキャッシュカードの交付方を申し込み、上記Fらをして、上記Aが、同銀行の普通預金規定等に従い、上記預金通帳等を第三者に譲渡することなく利用するものと誤信させ、よって、そのころ、同所において、上記Fから、上記A名義の普通預金口座開設に伴う同人名義の普通預金通帳1通の交付を受け、さらに、同月9日ころ、前記A方に送付を受けて、同銀行行員から、上記A名義のキャッシュカード1枚の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させ、
5 同月7日、同県松戸市新松戸2丁目113番2所在の株式会社みずほ銀行新松戸支店において、上記Aが、同支店行員G(当時23歳)に対し、真実は、自己名義の預金口座開設後、同口座に係る自己名義の預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘し、自ら利用するように装って、自己名義の普通預金口座の開設並びに同口座開設に伴う自己名義の預金通帳及びキャッシュカードの交付方を申し込み、上記Gらをして、上記Aが、同銀行の普通預金規定等に従い、上記預金通帳等を第三者に譲渡することなく利用するものと誤信させ、よって、そのころ、同所において、上記Gから、上記A名義の普通預金口座開設に伴う同人名義の普通預金通帳1通の交付を受け、さらに、同月15日ころ、前記A方に送付を受けて、同銀行行員から、上記A名義のキャッシュカード1枚の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させ、
第2 分離前の相被告人A及び同Bと共謀の上、金融機関から上記B名義の預金通帳及びキャッシュカードを詐取しようと企て、平成17年2月17日、千葉県松戸市本町15番地1所在の株式会社UFJ銀行松戸支店において、上記Bが、同支店行員H(当時22歳)に対し、真実は、自己名義の預金口座開設後、同口座に係る自己名義の預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘し、自ら利用するように装って、自己名義の普通預金口座の開設並びに同口座開設に伴う自己名義の預金通帳及びキャッシュカードの交付方を申し込み、上記Hらをして、上記Bが、同銀行の普通預金規定等に従い、上記預金通帳等を第三者に譲渡することなく利用するものと誤信させ、よって、そのころ、同所において、上記Hから、上記B名義の普通預金口座開設に伴う同人名義の普通預金通帳1通の交付を受け、さらに、同月25日ころ、同銀行行員から、同市b648番地所在の浩気寮○○○号室の当時の上記B方にB名義のキャッシュカード1枚の送付を受け、もって人を欺いて財物を交付させ
たものである。
(証拠の標目)省略
(補足説明)
第1 弁護人の主張
弁護人は、<1>被告人が、本件各公訴事実においてそれぞれ共犯者とされている分離前の相被告人A及び同Bとの間で共謀の事実はない上、<2>そもそも、A及びBが行った、他人に譲渡する目的で預金口座を開設して同口座の預金通帳及びキャッシュカード(以下「通帳等」という。)の交付を受ける行為は、詐欺罪を構成するものではないと主張し、被告人も捜査及び公判を通じて、これに沿った供述をしているところ、裁判所は判示事実を認定し、詐欺罪の成立を認めたので、以下補足して説明する。
第2 被告人の共謀の存否について(弁護人の主張<1>について)
1 争いのない事実関係
前掲関係各証拠によれば、以下の各事実が認められる。すなわち、平成15年の12月ころ、被告人がAに対し銀行口座を買い取る旨の話をし、Aが通帳等の売却をすることになったこと、Aは判示第1各記載のとおり、各銀行においてそれぞれ普通預金口座を開設し、自己名義の通帳等をそれぞれ取得したこと、Aが判示第1の2記載の三菱信託銀行株式会社柏支店において口座を開設した際、被告人もこれに同行していたこと、Aは、判示第1各記載の通帳等をそれぞれ取得した後、これらを銀行届出印とともに被告人に手渡し、被告人から5口座分の通帳等の対価として現金合計10万円を受領していることがそれぞれ認められる。また、判示第2の事実については、Bが判示第2記載の銀行において普通預金口座を開設し、自己名義の通帳等を取得したことが認められる。被告人もこれらの点については特に争うものではない。
2 Aの供述内容及びその信用性
(1) Aは、当公判廷において、証人として、要旨以下のとおり供述する。
判示第1の1及び2の事実に関して、Aは、平成15年12月ころ、被告人から、預金通帳を作れば金になる、1通2万円で買い取ると告げられた。また、被告人は、口座を作る目的をバイトとすれば問題ないんじゃないか、口座開設に必要な印鑑は100円ショップで購入すれば安いなどとも言っていた。Aは、平成15年12月9日、りそな銀行柏支店と三菱信託銀行柏支店で口座を開設したが、被告人も三菱信託銀行柏支店までAに同行し、途中100円ショップで印鑑を購入し、同支店で新規口座を開設した。Aは、三菱信託銀行柏支店で口座を開設した際、銀行員から口座の使用目的を尋ねられたが、このとき、側にいた被告人は、Aに対し、バイトだろうと告げてきた。
判示第1の3ないし5の事実に関して、Aは、平成16年1月より少し前ころに、被告人から、更に預金通帳を作る気があるか尋ねられ、3通が限界である旨告げたところ、被告人は、「じゃ、それでお願い」と言っていた。そして、Aは、同月6日から7日にかけて、京葉銀行柏支店、千葉銀行柏支店、みずほ銀行新松戸支店において、それぞれ口座を開設して通帳等を受取った。
判示第2の事実に関して、Aは、平成16年12月ころ、被告人から、「だれか預金通帳を売ってくれる人いないかな」などと聞かれBが預金通帳を作れるのではないかと思い、その旨被告人に告げた。Bが預金通帳を作ることを承諾した後、Aは、被告人に対し何通作るかを確認したが、すぐに被告人は回答してくれなかった。そこで、Aは、被告人に電子メールを送り、何通作ればよいのかを早く知らせるように催促した。また、被告人からは、できれば大手の銀行の預金口座を開設するようにとの指示もあった。さらに、Aは、被告人からいつごろ通帳等ができるのか尋ねられたことがあった。BがUFJ銀行松戸支店で口座を開設し、キャッシュカードの郵送を受けた後、Aは、Bから連絡を受けて、被告人と共に車でBの住んでいた寮まで通帳等を受け取りに行った。そして、Aは、被告人から、A及びBに対する報酬として現金合計6万円を受領した。
(2) Aの上記供述は、被告人がAに対し、預金通帳の売却を持ちかけた経緯、その間のやりとり、三菱信託銀行柏支店に被告人と一緒に行った際の状況について非常に具体的な内容となっている。前記1のとおり、Aが平成15年12月9日に三菱信託銀行柏支店で口座を開設した際、被告人も同支店までAに同行したことについては被告人も認めており、また、その際、被告人自身も同支店で新たに口座の開設をしていることは関係証拠から明らかであって、Aの上記供述は客観的にも裏付けられている。これに加え、被告人は、Aと相前後して同支店において新規口座を開設した上で、Aがその際開設した同口座に係る通帳等を後日受領しているのであるから、被告人がAに対し、口座を新たに開設することを前提としてその売却を持ちかけ、これを了承したAと行動を共にしていたと考えるのが自然であるところ、Aの上記供述はこれに沿った合理的な内容となっている。判示第2の事実については、平成17年12月14日作成のAの検察官調書添付の「Y赤色携帯電話受信メール(その1)」と題する書面によって、Aが被告人に対して、通帳等の通数や作成する銀行について問い合わせをしていたことが認められるが、この点は、被告人がAに対して預金通帳の作成を引き受ける者の紹介を依頼し、通帳等を作成する銀行を被告人が指定したとするAの上記供述内容と整合性を有するものとなっている。また、Aは、当公判廷においても、自己の犯罪行為について素直に認め、反省の態度を示し、友人である被告人に対して不利なことを言うのは心苦しいが、しっかりと真実を話したいという気持ちで証言しているとその心境を述べている上、記憶している部分と記憶があいまいな部分とを明確に区別して供述しているなど、真摯な供述態度が認められる。さらに、反対尋問によっても、供述の中心的な部分については揺らぐことなく一貫している。加えて、判示第2に関するAの供述は、被告人から持ちかけられた話をBに伝えた状況、Bが作った通帳等を被告人に渡した際の状況など後述のBの供述との整合性も認められ、相互に供述の信用性を補強し合っている。以上のとおり、Aの上記供述の信用性は高いものと認められる。
なお、弁護人は、Aの供述について、以下の点を指摘し、信用性がない旨主張する。すなわち、判示第1の1及び2の事実に関しては、(ⅰ)三菱信託銀行柏支店で口座の開設をした際に被告人も同行していたという事実をAが当初から供述していないこと、(ⅱ)同支店の銀行員の供述調書には、被告人がAに対して「バイトでしょ」と告げたとの記載がないこと、判示第1の3ないし5の事実に関しては、(ⅲ)Aが印鑑の購入先に関する供述を二転させていること、(ⅳ)Aは、捜査段階で被告人が黒いポーチから報酬を取り出した旨供述するが、同ポーチは、当時被告人が所持していなかったことが明らかであること、判示第2の事実に関しては、(ⅴ)Aは、平成17年3月中旬ころに、被告人からBの口座を凍結してよい旨被告人から告げられた旨供述するが、被告人は同年3月4日に逮捕されており、指示ができるはずがないことなどをそれぞれ指摘し、同人の供述は信用できない旨主張する。
しかしながら、上記(ⅰ)の点については、Aは、引き当たり捜査の過程で、同銀行に向かった状況から被告人が同行していたことを思い出した旨供述しており、特に不自然とは言えない。また、上記(ⅱ)の点については、銀行係員の供述調書にこのような記載がなされていないことが、そのような事実がなかったことを推認させるものでもなく、Aの上記供述の当該部分の信用性の判断に直接影響を与えるものでないことは明らかであるし、上記(ⅲ)ないし(ⅴ)の点については、このような周辺部分の供述に関し、一部その記憶に混同があったり、記憶違いがあったとしても、Aの上記供述の核心部分の信用性を減殺するものとは言えず、上記の信用性の判断を左右するものではなく、弁護人の主張は採用できない。
3 Bの供述内容及びその信用性
(1) 判示第2の事実に関して、Bは、当公判廷において、証人として、要旨以下のとおり供述する。
Bは、平成16年1月か2月ころ、Aから預金通帳を売るよう依頼され、既に使わなくなっていた三井住友銀行及び郵便局の各通帳を売却したことがあった。その後、同年11月ころ、被告人と一緒に飲んだ際、被告人から「また預金通帳が必要になったら頼むね」と言われた。Bは、その後、平成17年1月ころ、Aから預金通帳の売却を持ちかけられた。Aは、都市銀行の通帳を4つくらい作ってほしいなどと言っていた。それ以前に、Aからは、被告人がまた預金通帳を欲しがっているとの話を何度も聞かされたことがあった。Bは、その後、同年2月17日にUFJ銀行松戸支店で口座を開設し、同月25日にキャッシュカードが郵送されると、同日中にAに連絡をした。すると、Aと共に、被告人も当時Bが住んでいた大学の寮の門のところまで来ていた。Bは、このとき、Aに対し、預金通帳を交付した。すると、被告人は、帰り際に「Bさん金は後でね」と言っていた。
(2) Bの上記供述は、Aから口座の開設を依頼された状況、通帳等を被告人に渡した際の状況等に関し、具体的かつ詳細であって、この点信用性の高いAの前記供述に概ね合致するものであるばかりか、弁護人からの反対尋問によっても、上記の点に関する供述等その供述の核心部分については、揺らいでいない。加えて、Bについても、当公判廷において、判示第2の事実に関する自己の犯行を素直に認め、反省の情を示している上、記憶している部分とそうでない部分とを明確に区別して供述するなど供述態度は真摯であり、Bの上記供述の信用性は高いものと認められる。
4 被告人の共謀について
(1) 上記のとおり信用性の高いAの供述によれば、判示第1の1及び2の事実に関しては、平成15年12月ころ、被告人がAに対して通帳等を買い取る旨の話をしたとき、被告人は「預金通帳を作れば金になる。」「口座を作る目的をバイトとすれば問題ないんじゃないか。」「印鑑は100円ショップで購入すれば安い。」旨述べていたと認められ、被告人は、Aに対して、口座や通帳等を作ること、すなわち新規に口座を開設して入手した通帳等を売却するように持ちかけたものと認めることができる。そして、被告人自身も上記のとおり、同年12月9日三菱信託銀行柏支店までAに同行し、Aが新規に口座を開設した際側にいて、口座の使用目的について「バイト」と答えるように助言するなどし、自らも新規に口座の開設をしているという事情からみても、Aが同支店で新規に口座を開設することを前提として、通帳等を買い取る旨持ちかけたことは明らかであると認められる。また、判示第1の3ないし5の事実についても、信用できるAの供述によれば、平成16年1月に3組の通帳等を作る前に、被告人は、Aに対して「もうちょっと作る気ある。」と述べて、被告人の方から通帳等の買取りを持ちかけたことが認められる。この時点において、被告人は既に平成15年12月に、上記のとおり、Aが同支店で新規に口座を開設することを前提として、通帳等を買い取る旨Aに対して持ちかけた上、Aが平成15年12月9日に開設した2口座に係る通帳等2組をAから既に受領していたのである。特にそのうちの1組の通帳等に関しては同行して自らも口座を新規に開設した三菱信託銀行柏支店のものであり、新規に口座を開設した通帳等であることは当然認識していて然るべきものであったから、この時点においても、被告人は、Aが新たに口座を開設することを前提として、通帳等の買取りを持ちかけたことは明らかである。判示第2の事実については、信用性の高いA及びBの供述によれば、Aから被告人に対して何通作るのか確認したり、被告人からAに対して、大手の銀行で作るように指示していたことが認められるから、これも新規に口座を開設することを前提としての通帳等の買取りを被告人が持ちかけていることを認めることができる。
(2) これに対して、被告人は、当公判廷において、要旨次のとおり供述する。Aに対し、預金通帳を売るように持ちかけたことはあるが、口座を新たに開設するように指示したことはない。被告人は、平成16年1月に、Aから口座を買ってくれないかと依頼されたことから、I及びJに預金通帳3通を売却することを取り次ぎ、合計6万円をAに手渡した。また、判示第2のBが詐取した預金通帳に関しては、Aから口座を売りたがっている者がいると言われ、口利きを依頼され、K、Lという人物を紹介し、Aと両者の間を取り次いだにすぎない旨供述する。
しかしながら、被告人の上記供述は、信用性の高い前記A及びBの各供述の主要な部分において反している。そればかりか、前記2のとおり、Aが口座の開設をした際、被告人も三菱信託銀行柏支店までこれに同行して自ら口座の開設をしていることなどから、Aが新たに口座を開設することを前提として被告人がAに口座売却の話を持ちかけ、これを承諾したAと被告人が一緒に行動していたものと考えるのが自然であるところ、被告人の判示第1の1及び2に関する上記供述はこの点にも反している。被告人は、同支店までAと同行し、同人と共に新規に口座を開設したことについて、当公判廷において、単に記憶がない旨供述するにとどまり、Aに同行し、新規に口座を開設した理由を明らかにしていない。のみならず、被告人は捜査段階においては、判示第1の事実に関して、警察官に対し、Aに対して同人名義の口座を開設し預金通帳等を販売するように持ちかけた旨供述していたところ(乙78)、その後、突然に、預金通帳等の売却の話は持ちかけたものの、口座の開設は指示していない旨供述するに至ったが、被告人は、このように供述を変遷させた理由について合理的な説明をしていない。また、Aが被告人に渡していた判示各事実に係る通帳等はそのころ新規に開設された口座のものであることは客観的に明らかであり、そのことは通帳の記載を見れば容易に分かることであるし、Aが被告人に渡した各通帳等にはそれぞれ別々の印鑑が付されていたのであるから、この点からも各通帳等がその都度新たに開設された口座のものであると容易に理解できるものであったと言わざるを得ないところ、被告人は、当公判廷において、Aから受領した通帳の内容を確認したかどうか記憶がないと述べ、受領した通帳が新規に作成されたものであったかどうかの認識についてもあいまいな供述をしている。被告人の上記供述は到底信用できない。
(3) 以上のとおりであるから、判示各事実に関して、被告人がAに対して、上記(1)に認定した文言を述べて、Aが各銀行で新規に口座を開設することを前提とする通帳等の売却の話を持ちかけたことは明らかであり、被告人が本件各犯行の実行役であるA及びAを介してBをそれぞれ本件各犯行に誘い込んでいると認められる。また、A及びBにおいて本件各犯行が終了し、通帳等の交付を受けるや、同人らから、通帳等を受領しており、被告人は、本件各犯行の結果にも重大な関心を持っていたと認められる。さらに、被告人が通帳等の売却の仲介をした動機について、合法ドラッグを譲り受ける便宜や金銭を得る目的であったと供述しているところから、本件各犯行をAに持ちかけた動機が同様の目的であったものと推認され、結局、Aらの本件各犯行により被告人が受領した通帳等により、このような自らの利益を図る目的であったことが認められる。
(4) そうすると、判示各事実に関して、被告人と実行行為者であるAやBとの間に共謀が成立していたことは優に認めることができる。
第3 詐欺罪の成否について(弁護人の主張<2>について)
1 株式会社りそな銀行の総合口座取引規定及びキャッシュカード規定、三菱信託銀行株式会社の普通預金規定及びキャッシュカード規定、株式会社京葉銀行の総合口座取引規定及びキャッシュカード規定、株式会社千葉銀行の普通預金規定及びキャッシュカード規定、株式会社みずほ銀行のみずほ普通預金規定及びキャッシュカード規定並びに株式会社UFJ銀行の普通預金規定及びキャッシュカード規定(以下いずれも単に「規定」という。)、電話聴取書(甲185ないし188)、各銀行の係員らの供述によれば、判示各銀行は、本件各犯行当時、いずれも各規定により、預金契約者に対して、名義人以外の第三者に預金契約に関する一切の権利及び通帳等の譲渡または質入れをすることを禁止していた事実が認められる。これらの各規定等からすれば、各銀行が、他者に通帳等を譲渡する目的での口座開設やそれに伴う通帳等の交付の申込みを拒否するのは当然である。また、本件各犯行当時に施行されていた「金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律」(以下「本人確認法」という。)3条1項によると、金融機関は、預金の受入れを内容とする契約を顧客と締結するに際して、氏名、住居及び生年月日(以下これらを「本人特定事項」という。)によって、顧客の本人確認を行わなければならないこととされており、さらに同条4項によれば、顧客は上記本人特定事項を偽ってはならないこととされている。同法の趣旨が金融機関の口座がテロ資金の供与やマネーロンダリング等に不正使用されることを防止するために顧客管理体制の整備を図ることにあったことからすれば(同法1条)、これらの定めにより、顧客等が金融機関に対して本人特定事項を偽ることが禁止されているのみならず、開設された口座の利用を名義人である顧客自ら行うことが法律上も要請されているものと解される。このような本人確認法の趣旨からも、金融機関が顧客と預金契約を締結するか否かの判断にあたり、当該口座が名義人自身によって利用されるか否かは重大な要素であったことが認められる。したがって、交付された通帳等を他人に譲渡する意思であるにもかかわらず、これを秘した上、自らが利用するかのように装って、預金口座を開設して通帳等の交付を申し込む行為は、詐欺罪における欺罔行為になることは明らかである。
2 弁護人は、(ⅰ)本件預金通帳は100円程度の預金の対価として交付されたものであって、預金通帳自体に客観的に可罰的な財産価値がない、(ⅱ)預金通帳を譲渡する目的があるかどうかは、金融機関側にとって重要な錯誤を生じさせるものではなく、処罰に値する欺罔行為には当たらない、(ⅲ)改正前及び改正後の本人確認法(なお、改正後の同法の名称は「金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金口座等の不正な利用の防止に関する法律」であるが、「改正後の本人確認法」という。)は、いずれも、正当な理由がない預金通帳の売買行為のみが処罰の対象となっているのであり、他人に譲渡する目的を秘して口座を開設する行為、通帳等の交付を受ける行為については処罰規定が設けられておらず、それは、これらの行為を放任する趣旨であって、本件は詐欺罪に問擬されるべきではない、(ⅳ)預金口座、通帳等の譲渡目的自体を処罰することは、思想良心の自由を侵害するなどと指摘し、本件について、詐欺罪は成立しない旨主張している。
しかしながら、(ⅰ)の点について、預金通帳がそれ自体所有権の対象となるばかりか、これを利用して、預金の預け入れ、払い戻しを受けられるなどの財産的価値を有していることから、刑法246条1項の財物に当たると解されることは、最高裁第二小法廷平成14年10月21日決定(刑集56巻8号670頁)の判示するところに徴し、明らかである。この点弁護人は、預金通帳の財物性を認めた上記判例の事案が他人名義の預金通帳を詐取した事例であり、同判例が判示するところは本件のような自己名義の預金通帳の事案については妥当しない旨主張するが、上記判例が財物性を認める理由とするところは、預金通帳の名義が他人名義であるか否かにより異なるものでないことは明らかである。また、上記のような預金通帳の財産的価値をみれば、これが可罰性を欠くほどに僅少であるとは到底認められない。
次に、(ⅱ)の点について、金融機関が預金契約を締結するに当たり、口座及び通帳等が名義人本人によって使用されるかについて、重大な関心を有していることは前述したとおりであり、他人に譲渡する目的を秘して口座を開設し、通帳等の交付を申し込むことは重要な錯誤を生じさせる行為であって、詐欺罪における欺罔行為に当たることは明らかであるから弁護人の主張は到底採用できない。
(ⅲ)の点については、確かに、改正前の本人確認法及び改正後の本人確認法は、いずれも他人に譲渡する目的を秘した口座の開設行為及び通帳等の交付を受ける行為自体について、特段の罰条を定めていないが、同法が、口座の開設行為自体を罰する規定を設けていないからといって、法が上記の行為自体を放任していると解することができないことは明らかであって、このような行為が詐欺罪における欺罔行為に当たると解することを妨げるものではない。
(ⅳ)の点については、本件において処罰されるのは、預金口座、預金通帳等を譲渡する目的自体でないことは明白であり、思想良心の自由を侵害するものでないことは論をまたない。
弁護人の主張はいずれも採用の限りでない。
3 結論
以上のとおりであり、被告人に対し、詐欺罪が成立することは明らかである。
(確定裁判)
被告人には、平成17年5月25日東京地方裁判所で覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反の各罪により懲役1年8月(4年間刑の執行猶予)に処せられ、その裁判は同年6月9日確定したものであって、この事実は検察官作成の前科調書(乙82)によって認める。
(法令の適用)
罰条 いずれも刑法60条、246条1項
併合罪の処理 刑法45条後段、50条、45条前段、47条本文、10条(犯情の最も重い判示第2の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の処理 刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
本件は、被告人が、共犯者らと共謀の上、約1年2か月間のうちに、6回にわたり、他に譲渡する目的を秘して銀行から共犯者名義の預金通帳及びキャッシュカードを詐取したという事案である。
被告人らが開設した口座は合計6口座にも上るところ、被告人らが開設した口座の中には、実際に、「振り込め詐欺」の犯行に利用されたことが窺われるものも存在するのであって、このような口座の預金通帳等を詐取して他に譲渡することにより、「振り込め詐欺」等の犯罪グループの犯行が容易になった点においても、被告人らの責任は軽視できない。そして、被告人は、共犯者であるAやBに対し報酬額の提示を行うなどして、本件犯行に共犯者を積極的に誘引し、口座を開設するに当たっての具体的方法を指示するなどしたのであるから、本件各犯行において、被告人の果たした役割は大きく、被告人の責任は重大である。被告人は、不合理な弁解に終始して本件各犯行を否認しており、反省の姿勢は窺われない。被告人は、本件各犯行を否認し、通帳等の売買を仲介したにすぎないと主張し、本件各犯行の動機について全く供述していないが、被告人の供述するところでも、少なくとも、知人から合法ドラッグの便宜を図ってもらうことや、金銭を得るため仲介行為を行った旨供述していることからすると、本件犯行に至った動機についても、同様の利欲的動機に基づくことが窺われる。その他本件犯行の動機や本件犯行に至る経緯において被告人に酌むべきものは特に見あたらない。以上からすれば、犯情は悪質であり、被告人の刑事責任は重い。
他方、被告人には、前記の確定裁判があり、本件によって、その執行猶予の言渡しが取り消されることが予想され、長期にわたり服役することが見込まれていることなど、被告人のために酌むべき事情も存在する。
そこで、以上の諸情状を総合考慮し、被告人に対しては、主文掲記の刑が相当であると判断した。
(求刑 懲役2年6月)