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東京地方裁判所 平成17年(行ウ)252号 判決 2006年1月30日

原告

宮崎紙業株式会社

上記代表者代表取締役

A

上記訴訟代理人弁護士

小寺史郎

北嶋紀子

井上俊治

井上隆彦

和田徹

増田眞里

宇田隆史

喜多裕之

林尚美

津川裕介

被告

上記代表者法務大臣

B

処分行政庁

中央労働委員会

上記委員会代表者会長

C

上記指定代理人

菅野和夫

西野幸雄

田中正則

四ツ倉吉昭

被告補助参加人

宮崎紙業労働組合

上記代表者執行委員長

D

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、補助参加によって生じた費用を含め、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告に所属する中央労働委員会が、中労委平成一六年(不再)第四一号不当労働行為再審査申立事件について、平成一七年四月二〇日付けでした命令を取り消す。

第二事案の概要

本件事案の概要は、次のとおりである。

原告は、平成一五年度賃上げ交渉において、正社員の基本給を一律三万円値上げの要求をした被告補助参加人宮崎紙業労働組合(平成一六年六月二〇日に「総評全国一般大阪地連松屋町労働組合宮崎紙業分会」から名称変更、以下「補助参加人組合」という)に対し、生活関連手当のみ三〇〇円増額するとの回答を行った(以下「本件賃上げ回答」という)。これに対し、補助参加人組合は、原告に対し、本件賃上げ回答の根拠について、売上額等の経営状況に関する具体的数値に基づく説明を求めたところ、原告は、平成一四年度の売上が同一三年度に比べて一〇%半ばの減少となるといった概括的な説明はしたが、売上額等の具体的数値を開示した上での説明はしなかった。補助参加人組合は、上記のような原告の団体交渉における態度が誠実交渉義務に違反するなどとして、平成一五年七月二八日、大阪府地方労働委員会(以下「大阪府労委」という)に対し、原告を被申立人として不当労働行為救済申立てをした(大阪府労委平成一五年(不)第五二号事件、以下「本件初審」又は「本件初審申立て」という)。大阪府労委は、平成一六年五月二八日、原告が平成一五年度賃上げ交渉において誠実に団体交渉を行ったとはいえず、補助参加人組合に対する対応は労働組合法七条二号所定の不当労働行為(誠実交渉義務違反)に当たるとして、別紙のとおり、救済命令(以下「初審命令」という)を発した。原告は、平成一六年六月一〇日、初審命令を不服として、被告に所属する中央労働委員会(以下「中労委」という)に対し再審査を申し立てたところ(中労委平成一六年(不再)第四一号事件。以下「本件再審査申立て」という)、中労委は、同一七年四月二〇日、同再審査申立てを棄却するとの命令(以下「本件命令」という)を発した。本件は、原告が中労委が所属する被告に対し、本件命令の取消しを求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  当事者等

ア 原告

原告は、のし紙、祝儀袋等の紙製品の製造販売を業とする株式会社であり、本件初審終結時の従業員数は約二〇名であった。

イ 被告

本件命令を発した中労委は被告に所属している。

ウ 補助参加人組合

補助参加人組合は、昭和五八年四月五日、原告の従業員により結成された労働組合であり、本件初審終結時の組合員数は三名であった。

エ 併存組合

原告には、補助参加人組合のほか、宮崎紙業従業員組合があり、同組合の本件初審終結時の組合員数は一五名であった。

(2)  本件初審命令発令に至る経緯

ア 補助参加人組合は、平成一五年三月一〇日、原告に対し、平成一五年度賃上げ要求として、同月から正社員の基本給を一律三万円値上げせよとの要求をした。

イ 原告と補助参加人組合は、平成一五年三月二七日、同年四月二四日、同年五月一五日、同月二九日、同年六月一七日、同年七月三日、同年八月五日に、それぞれ平成一五年度賃上げに関する団体交渉を開催した(以下、開催順にそれぞれ「第一回団交」「第二回団交」などといい、これらの団体交渉を併せて「本件団交」という)。原告は、第三回団交(平成一五年五月一五日開催)において、補助参加人組合に対し、生活関連手当のみを三〇〇円増額するとの本件賃上げ回答をしたが、その後の団体交渉を経ても妥結には至らなかった。

ウ 補助参加人組合は、本件団交において、原告に対し、本件賃上げ回答が低すぎるとして増額を求めるとともに、同回答の根拠について、売上額等の経営状況に関する具体的数値に基づいて説明するよう求めた。これに対し、原告は、平成一四年度の売上が同一三年度の売上と比べて一〇%半ば減少となること、同減少分は賃上げ対象人員が減ることで填補できる見込みであること、最大の得意先であるコクヨ近畿販売株式会社(以下「コクヨ近畿販売」という)が原告の商品の取扱いを中止することなどを説明したものの、売上額、利益等の経営資料、同一四年度の賃上げ交渉までは開示していた従業員の基本給平均額、平均年齢、平均勤続年数を開示しなかった。

エ 補助参加人組合は、平成一五年七月二八日、大阪府労委に対し、原告を被申立人として、原告が平成一五年度賃上げ要求に関する団体交渉において、経営資料の開示を拒否したり、賃上げ問題が未解決の状況で一か月間団体交渉を引き延ばしたことが労働組合法七条二号(誠実交渉義務違反)、三号(支配介入)の不当労働行為に当たるとして、<1>平成一五年度賃上げ要求に関する誠実団交応諾、<2>謝罪文掲示を求める本件初審申立てをした。

オ 大阪府労委は、平成一六年五月二八日、本件初審申立てについて、前記事案の概要の冒頭部分で述べたとおりの本件初審命令を発した。

(3)  本訴提起に至る経緯

ア 原告は、平成一六年六月一〇日、中労委に対し、本件初審命令の取消しを求める本件再審査申立てをした。中労委は、平成一七年四月二〇日、本件再審査申立てを棄却する旨の本件命令を発し、同命令は、同年五月一六日、原告に交付された。

イ 原告は、平成一七年六月一一日、本件命令の取消しを求め、当裁判所に本訴を提起した。

2  争点及びこれに対する当事者の主張

原告が、本件団交において、補助参加人組合に対し、賃上げ回答の根拠について、人件費、売上額等の具体的数値に基づく説明をしなかったことは、労働組合法七条二号所定の不当労働行為(誠実交渉義務違反)に当たるか。

【被告及び補助参加人組合】

(1) 原告の誠実交渉義務違反について

本件賃上げ回答における賃上げ額は、原告における近年の最低額である三〇〇円であり、補助参加人組合が入手した大阪府内に所在する四二〇の労働組合の平成一五年度賃上げ妥結状況に関する調査結果などと比べても低いものであり、また、原告には定期昇給制度(以下「定昇制度」という)がないところ、本件賃上げ回答は一時金及び退職金の支給額の基礎になる基本給部分に反映しない生活関連手当だけの増額であり、このような形態での賃上げ回答はこれまでなかった。そうだとすると、補助参加人組合が、本件賃上げ回答をするに至った原告の経営状況についてこれまで以上に深く関心を持つことは当然であり、原告は、補助参加人組合の理解を求め、協力を得るため、賃上げ回答額の根拠となる原告の経営状況を可能な限り具体的に資料を提示して説明するなど、補助参加人組合を納得させる努力が以前にも増して求められていた。それにもかかわらず、原告は、補助参加人組合に対し、過去の賃上げ、一時金交渉において経営状況に関して売上額等具体的数値を示したことはないとして、前年度の売上が一〇%半ば減少になるとの概括的説明に終始し、従来開示してきた従業員の基本給平均額、平均年齢、平均勤続年数等人件費に関する基礎数値の開示を拒否するなど、むしろ資料開示を後退させる姿勢を示した。さらに、原告は、補助参加人組合に対し、第三回団交(平成一五年五月一五日開催)で本件賃上げ回答の提示とともにこれが最終回答であると述べ、また、具体的な理由を説明せずに第七回団交(同年八月五日開催)を約一か月間開催しなかった。このような原告の補助参加人組合に対する平成一五年度賃上げ交渉における一連の対応は、本件賃上げ回答額の根拠を納得させる努力を尽くしたものとはいえない不誠実なものであり、団体交渉における実質的な協議を回避して賃上げにかかる原告回答を補助参加人組合に押し付けようとしたものといえ、労働組合法七条二号所定の不当労働行為(誠実交渉義務違反)に当たる。

(2) 原告が主張する経営資料不開示の理由に対する補助参加人組合の反論

ア 補助参加人組合が出荷数の減少からある程度売上の減少が推測できるとしても、売上額の実数を把握することはできない。

イ 補助参加人組合のビラ配布等の情宣活動は、いずれも社会的相当性を有する正当な組合活動であり、これにより原告の経営に悪影響を及ぼしたことはない。また、補助参加人組合がビラに掲載した原告の経営状況に関する数字は公刊物で公開されている程度のものであり、原告が問題としているビラは、本件団交から二年以上前か、本件団交後に配布されたものであり、これらのビラが経営状況に関する具体的資料を開示しない理由になることはない。さらに、原告は、補助参加人組合が平成一一年五月六日に原告の主要取引銀行の店舗前において原告の経営内容を批判するビラを通行人に配布した以降も、補助参加人組合に対し、従業員の基本給平均額等人件費に関する基礎数値を開示してきたところ、突如、本件団交においてこれらの数値の開示を拒否するようになったのであり、補助参加人組合のビラ配布をもって原告が経営状況を表す数値を開示しなかったことが正当化されることはない。

(3) 被救済利益の存否等について

補助参加人組合は、本件賃上げ回答が異例の低額回答であったことから、その根拠の具体的説明として、従業員の基本給平均額のみならず、平均年齢、平均勤続年数を含む人件費に関する基礎的な数値の開示を求めているのであり、事後的に平均一五年度の従業員基本給平均額が明らかになったからといって補助参加人組合の被救済利益が失われたことにはならない。

【原告】

(1)原告の誠実交渉義務違反について

原告は、平成一五年度賃上げ交渉において、補助参加人組合の要求に応じて七回の団体交渉を行った。そして、原告は、補助参加人組合に対し、本件賃上げ回答の根拠について、経営に関する具体的数値は開示していないものの、前年度対比の売上額の増減割合を示し、業界における背景説明、今後の業績の見通し等を詳細に説明するなどして、可能な限りの情報をもって必要十分な説明を行った。したがって、原告の補助参加人組合に対する本件団交における一連の対応は、労働組合法七条二号所定の不当労働行為(誠実交渉義務違反)には当たらない。

(2)経営資料不開示の理由について

ア 原告が、本件団交において、補助参加人組合に対し、経営に関する具体的数値を示さなかったのは、以下の理由からである。すなわち、賃上げ額は、給与原資に加え、人事管理・経営管理上の諸要素を考慮した上で判断されるものであり、売上額等から自動的に賃上げ額が判明するわけではないこと、原告は前年度までも売上額の具体的数値を示しておらず、単年度の売上の数値を示すよりも、対前年比の売上額の増減割合を示した方が現状を正しく捉えられるものと判断したこと、補助参加人組合の組合員は、出荷業務に携わっており、出荷数・配送数量の減少、商品単価の低下を認識しており、平成一四年度売上額の概算を既に把握していたこと、原告の経営状況は、補助参加人組合の実感とかけ離れたものではなく、あえて売上額等の数値を開示しなくても、補助参加人組合は本件賃上げ回答の根拠を十分理解できると考えたこと、補助参加人組合も、本件団交において、本件賃上げ回答の根拠に深く言及しなかったことによる。なお、原告は、中労委平成一四年(不再)第五七号事件の平成一五年五月二二日開催の第一回審問終了後の補助参加人組合と参与員のやりとりから、平均基本給等については補助参加人組合の組合員のものだけを開示すれば足りると判断し、従前の取扱いを変えたものである。

イ 補助参加人組合は、これまで原告の売上額の具体的数値、原告の経営方針について知った場合、これらを記載したビラを作成し、原告の取引銀行や取引先周辺で配布し、原告を批判する情宣活動を行ってきた。補助参加人組合が本件団交において、原告の売上額等経営状況に関する具体的数値の開示を求めた真の目的は、原告発表の数字を記載したビラを作成・配布し、原告を批判する情宣活動をしたり、原告の経営に政策提言したりするなどの組合活動に利用したいことにある。原告が本件団交において補助参加人組合に対し売上額等の数値を開示しなかったのは、このような過去の経緯に照らし、補助参加人組合が同数値を労使交渉を有利にすすめるための政治的手段として利用したり、誤解のおそれのあるビラを取引先等に配布するなどして、原告の営業活動に支障が生じ、経営に打撃を受けるおそれがあると考えたからである。なお、原告は、第五回団交(平成一五年六月一七日開催)において、補助参加人組合に対し、信頼関係がないので経営情報を開示できないと明確に説明している。

(3) 被救済利益の存否等について

ア 原告は、平成一六年夏季一時金に関する同年七月六日開催の団体交渉において、補助参加人組合に対し、同年度の従業員の基本給平均額を伝えているところ、同年度の賃上げ回答は基本給部分に三〇〇円の賃上げを行うというものであった。そうだとすると、平成一六年度の従業員の基本給平均額から三〇〇円を差し引けば同一五年度の従業員の基本給平均額を算出することができ、同年度の人件費の状況については説明済みといえる。

イ 本件初審命令は、「売上額等の数値を具体的に示して説明するなど」と命ずるが、どのような数値を示す必要があるのか不明である。

第三争点に対する判断

1  憲法二八条により保障されている団体交渉は、労使が話合いを通じて、相互理解を深め、労使間に生ずる諸問題を自主的に解決するための手続であり、労働組合法七条二号は、使用者が正当な理由がなく雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを拒むことを不当労働行為として禁止している。このような団体交渉の目的からすれば、使用者は、単に労働者の代表者との団体交渉に応ずれば足りるのではなく、労働者の代表者と誠実に団体交渉に当たる義務があり、この義務に違反したと認められる場合も、誠実交渉義務違反として労働組合法七条二号所定の不当労働行為に当たると解するのが相当である。そして、使用者が誠実交渉義務を果たしたか否かは、交渉事項の内容、労働者側の態度等の具体的事情に応じて、客観的具体的根拠を示して説明するなど労使間の対立を可能な限り解消させる努力を行っていたか否かという観点から判断するのが相当である。以下、このような観点から原告の本件団交における補助参加人組合に対する対応が誠実交渉義務を果たしたものといえるか否かについて検討することにする。

2  前提事実

証拠(文章中又は文末の括弧内に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いのない事実である)。

(1)  原告における労使事情

ア 原告と補助参加人組合間における労使紛争

原告と補助参加人組合との間では、補助参加人組合結成から度々労使紛争が発生していた。このため、補助参加人組合は、結成から本件初審終結時までに、大阪府労委に対し、原告を被申立人として、賃金カット、労働条件に関する労使紛争について、合計二三件(うち八件が後記ウ(オ)の立合人辞退後の申立て)の不当労働行為救済申立てをした。このうち、後記ウ(ア)の労使合意までに、四件が取下、五件が関与和解、一件が無関与和解、二件が命令交付により終結し、同合意の際に三件が無関与和解で終結し、後記ウ(オ)の立合人辞退後本件初審発令までに二件が関与和解、一件が無関与和解、三件が命令交付により締結した。また、補助参加人組合は、これまで、大阪地方裁判所に対し、原告を相手方として三件の訴訟を提起している(原告も補助参加人組合を相手方として訴訟を提起したことがある)。

イ 本件合意前の補助参加人組合の情宣活動

(ア) 補助参加人組合は、平成四年一月、紙製品工業会主催の見本市会場周辺において、「会社は、更なる組合破壊攻撃として、組合が絶対受け入れないことを予測して、何と八割査定という無茶苦茶な人事考課の導入を提案し、固執し続けています」「日頃、組合つぶしのプロを雇い入れて反社会的な組合つぶしを策す企業が、……公の見本市に堂々と出展するがごときは、社会常識ではとても考えられません」「主宰者団体の姿勢にも目を疑います。組合は、大阪府知事、大阪紙製品工業会に対して要請行動をとるなどして、九年に及ぶ労使紛争の関係改善、正常化を切に求めています」などと記載された原告を批判するビラを配布し、また、同工業会及び大阪府知事宛に出展禁止の要請行動を行った。また、補助参加人組合は、平成五年一月にも、紙製品工業会主催の見本市会場周辺において、原告を批判するビラを配布し、同工業会及び大阪府知事宛に出展禁止の要請行動を行った。なお、原告は、平成四年度の見本市には出展したものの、同五年度の見本市には出展しなかった。(書証略)

(イ) 補助参加人組合は、平成五年七月一七日、原告が当時所属していた業界団体であるオピックグループの二〇周年記念行事の会場周辺において、仕入先等の招待者を含む参加者に対し、原告を批判するビラを配布した。なお、前記ビラには、原告を含むオピックグループ所属会社の資本金・売上額等の数値(東京商工リサーチ、帝国データバンク調べ)が記載され、同グループ所属の会社等の労働者に対し労働組合結成を呼びかける記載があった。また、前記ビラには、原告から補助参加人組合に対し開示された従業員の平均賃金、平均年齢、平均勤続年数が記載されていた。(書証略)

ウ 本件合意成立から立合人辞退までの経緯

(ア) 補助参加人組合と原告は、平成九年四月七日ころから大阪府労委労働者委員E(以下「E」という)、同元労働者委員F(以下「F」という)を立合人として労使関係を正常化するための交渉を行い、同年一〇月一日、「宮崎紙業労使関係正常化に関する合意書」(書証(略)、以下「本件合意」又は「本件合意書」という)を締結した。

(イ) 本件合意書には以下の合意内容が記載されていた。

「(4)紛争の回避と立合人の仲裁

<1> 労使双方共、本合意成立後、少なくとも三年間は争議行為を行わず、また、労働委員会あるいは裁判所に提訴しない。

<2> また、「対外宣伝」については、過去の裁判等を通じて、認知されているものであるが、宮崎紙業の労使問題に直接かかわるものについては、諸交渉において会社が誠意を持って対応することを前提に、組合はこれを行わない。

<3> 前記<1>、<2>と関連し、労使間での十分な協議または団体交渉を経ても合意に達しない場合は、その解決を立合人に委ね、労使双方共、立合人の裁定は、無条件で受諾する」

(ウ) 補助参加人組合と原告は、本件合意当時大阪府労委ないし中労委に係属していた三件の不当労働行為救済申立事件について無関与和解をし、補助参加人組合はこれらの申立てを取り下げた。

(エ) 補助参加人組合の組合員は、本件合意後、所属する職場の改革に取り組み、職場の整備、配送の合理化等経費節減を果たしたものの、適正在庫等について度々原告と対立するようになった。また、補助参加人組合は、一時金、賃上げ交渉において、原告の経営状況、資産公開を迫るようになった。しかしながら、原告は、それまでの労使紛争の経緯から、補助参加人組合に対する不信感を払拭できず、具体的経営状況を明らかにしなかった。このような状況の中、補助参加人組合は、平成一一年の賃上げ交渉において、原告の回答が従業員一人平均二〇〇〇円であったこと及びその根拠を明らかにするよう求めたが原告が明らかにしなかったとして、次のような抗議行動を行った。すなわち、補助参加人組合は、平成一一年五月六日、原告の当時の主要取引銀行であった大阪市中央区所在の三和銀行上町支店周辺において、「取引銀行・三和銀行 宮崎紙業は累積赤字の経営体質に埋没?」との見出し、同年度の賃上げ交渉の内容のほか、「累積赤字の経営体質に埋没している」「わずか二〇〇〇円の原資すら銀行の融資とは」「突然倒産という話も」「企業倒産の類型」などと記載したビラを通行人に配布した。(書証略)

(オ) 本件合意交渉の立合人であったE及びFは、平成一一年七月七日、原告及び補助参加人組合に対し、前記(エ)のビラ配布行為が本件合意に反するものであり、これ以上立合人を継続できないとして、立合人を辞退するとの書面を送付した(書証略)。

エ 本件合意の立合人辞退後の補助参加人組合の情宣活動

(ア) 補助参加人組合は、平成一二年三月及び同年四月、原告の得意先周辺において、「宮崎紙業は、お得意先の歩引き制の見直し、廃止によって赤字経営の立て直しを考えています」などと記載したビラを配布した(書証略)。

(イ) 補助参加人組合は、平成一二年一〇月一二日、当時原告の主要取引先であったユーキ株式会社(以下「ユーキ」という)ほか紙文具関連企業が多数集まっている大阪紙文具流通センターの最寄り駅である地下鉄中央線長田駅周辺において、「ユーキ(株)の会長(G)さんって、そんな人!ユーキが宮崎紙業との取引を解消するって本当?」との表題の下、原告が補助参加人組合に対しユーキとの取引が解消されるおそれがあるとしてユーキ主催の見本市会場周辺でのビラ情宣計画を中止するよう求めたことが記載されたビラを配布した。また、補助参加人組合は、平成一二年一〇月一三日、ユーキの代表取締役社長であるHに対し、公開要請書と題する書面を送付し、原告が補助参加人組合に対しユーキ主催の見本市会場周辺でのビラ配布等の情宣活動を中止するよう求めたことについて同社の考えを質し、同会場周辺での宣伝活動を許容すること、原告と補助参加人組合との間の労使紛争の解決に向けて原告に働きかけることを要請した。これに対し、ユーキは、補助参加人組合の前記要請を拒否するとの通知をするとともに、原告に対し、個人名を記載するビラは困る、次にこのようなビラが配布されれば、ユーキとしても考えなければならない旨通知をした。なお、ユーキは、平成一三年一〇月に大阪コクヨ株式会社他五社と統合してコクヨ近畿販売を設立し、Hが同社常務取締役に就任した。そして、コクヨ近畿販売と原告との間の取引量は漸次減少し、同一五年四月末日、主要商品の取扱いが停止となった。(書証(略)、弁論の全趣旨)

(ウ) 補助参加人組合は、平成一二年一一月、地下鉄中央線長田駅周辺において、「企業存続、働く者の雇用・生活をかけた闘い」「紙文具業界卸大手、(株)アケボノクラウンにも要請!」との表題の下、補助参加人組合が原告の取引先であった大阪紙文具流通センター所在の株式会社アケボノクラウン(以下「アケボノクラウン」という)に対し、原告と補助参加人組合との間の労使紛争解決に向けた要請活動を行っていると記載したビラを配布した。また、補助参加人組合は、平成一二年一二月、「回答書に見る(株)アケボノクラウンの経営姿勢、さすが!」「(株)アケボノクラウンの経営理念に敬服!労働者の生活の安定と雇用の確保は、使用者の使命と言い切る!」などと記載したビラ、「宮崎紙業は労使対等、立場の違いを尊重して話し合え!」「(株)アケボノクラウン、I社長の理解、労務に関わる姿勢に期待し、面会を求める!」などと記載したビラをそれぞれ配布した。さらに、補助参加人組合は、アケボノクラウンのI社長が面会を拒否したところ、平成一三年二月、「アケボノクラウン(株)、冷たい回答の中にも、理解を示す!」「辣腕のI社長の業界の地位、指導性に期待する!」と記載したビラを配布し、同年三月、「アケボノクラウン、I社長の理解・真意を質す!」などと記載したビラを配布した。なお、原告とアケボノクラウンとの間の取引は、平成一四年一二月以降途絶えた。(書証(略)、弁論の全趣旨)

(2)  原告における平成一四年度以前の賃上げ実績等

ア 原告における平成一〇年度から同一四年度までの従業員一人平均の賃上げ実績は、以下のとおりであった。

平成一〇年度 三五六一円

平成一一年度 二三〇〇円

平成一二年度 一一〇七円

平成一三年度 一〇〇〇円

平成一四年度 一〇〇〇円

なお、原告には定昇制度はなく、また、平成一四年度以前に基本給部分を賃上げせずに手当部分だけを増額する賃上げをしたことはなかった。(書証略)

イ 原告は、平成一四年度賃上げ交渉までは補助参加人組合から求められれば、従業員の基本給平均額、平均年齢、平均勤続年数について回答していた(書証略)。

(3)  本件団交の経緯及び本件賃上げ回答

ア 平成一五年度賃上げ要求

補助参加人組合は、平成一五年三月一〇日、原告に対し、要求書を提出し、同年度の賃上げとして正社員の基本給を同年三月から一律三万円値上げすることを要求するとともに、未解決要求事項である退職金の支給率引き上げ及び永年勤続者に対する報奨措置を要求し、併せてこれらの要求事項について、同月一七日までに書面で回答すること、同月一八日午後五時三〇分から原告の食堂において団体交渉を開催することを求めた(書証略)。

イ 第一回団交

原告と補助参加人組合は、平成一五年三月二七日、同年度賃上げに関し、第一回団交を開催した。原告は、第一回団交において、補助参加人組合に対し、賃上げ額については回答せず、例年三月には賃上げの金額を回答したことはないこと、平成一五年度の回答は例年よりも遅くなること、経営の先行きが不透明なことから同年度は賃上げができるかどうかは決算数字を見てみないと分からないこと、賃上げの時期は例年と同じであることなどを説明した。これに対し、補助参加人組合は、賃上げ額等を検討するため、原告の売上、利益等の経営状況を具体的に示すこと、業績を回復していくため原告においてどのような検討がされているのか説明することを求めた。しかし、原告は、これまでの賃上げ交渉では前記のような説明をしなくても妥結してきているので、説明の必要はないと答えた。なお、第一回団交においては、平成一五年度賃上げのほか、事業の縮小・閉鎖・解散、従業員の人員整理・勤務場所変更等に関する同意約款協定の締結、就業規則既定条項(非事故扱い、勤務時間、住宅手当・配偶者手当の継続支給、労災補償、定年延長・退職金、年次有給休暇、協定の有効期間延長)について協議がされた。(書証略)

ウ 第二回団交等

(ア) 補助参加人組合は、平成一五年四月上旬ころ、原告の食堂の提示板に、補助参加人組合が所属する八尾地域の労働組合で構成する八尾地区労作成の「二〇〇三年春季賃上げ回答状況」と題する機関誌を掲示した。前記機関誌には、<1>大阪府総合労働事務所の調査によれば、平成一五年四月二日当時、大阪府内の企業の賃上げの平均回答額が四一八五円であり、平均妥結額が四六〇二円であること、<2>八尾地区労に加盟する組合を含む労働組合が存在する一七企業の賃上げの要求額と回答額が記載されていた。

(イ) 原告と補助参加人組合は、平成一五年四月二四日、同年度賃上げに関し、第二回団交を開催した。原告は、第二回団交においても、補助参加人組合に対し、賃上げ額について回答しなかったが、次回団交においては有額回答すると述べるとともに、原告の経営状態について、平成一四年度は同一三年度に比べて、売上が一〇%半ばの減少となり、経常利益も一〇%以上減少となったこと、この減少分は賃上げ対象人員が二〇名から一八名に減少したことにより補填できる見込みであること、売上減の商品割合は自社商品一〇に対し取次商品二〇であること、最大の得意先であるコクヨ近畿販売との取引が同一五年四月で取りやめになること、同一四年度における同社との取引は総売上高の一〇%強を占めること、この売上減少分を他の得意先である東光、紀寺等の卸問屋に対する売上増でカバーすることに期待しているが、その見通しは非常に厳しいことなどを説明した。これに対し、補助参加人組合は、大阪府内企業の平成一五年度賃上げに関する平均妥結額を示すとともに、原告におけるこれまでの賃上げ額は非常に低く抑えられており、賃上げ額は定昇がないことを考慮すべきであると抗議するとともに、原告に対し、賃上げ額を検討するため、原告の賃上げ原資に関連して、人件費前年対比、自己資本比率、原材料・取次商品の仕入高、売掛金の回収率、販売力強化等の経営努力について説明するよう求めた。しかし、原告は、補助参加人組合が求める事項についての説明をせずに、原告のような中小・零細企業では、大阪府内の平均的な数字を参考にすることはできず、数日前の新聞記事では平成一五年度の賃上げができる企業は一〇数%しかないと報道されていたなどと述べるにとどまった。(書証略)

エ 第三回団交

原告と補助参加人組合は、平成一五年五月一五日、同年度賃上げに関し、第三回団交を開催した。原告は、第三回団交において、補助参加人組合に対し、平成一五年度賃上げ回答として、生活関連手当のみ三〇〇円増額するとの本件賃上げ回答をした。そして、原告は、本件賃上げ回答について、経営状況が厳しく、退職金等に反映されることになる基本給には配分できないので、手当部分にだけ賃金を上積みすることとし、これは最終回答であると述べた。これに対し、補助参加人組合は、原告に対し、本件賃上げ回答は大阪府内の平均賃上げ額等と比較して低すぎること、具体的な経営内容を説明すべきであると抗議し、賃上げ額の増額を求めた。しかし、原告は、賃上げ額の増額を拒否するとともに、経営内容に関する説明について、これまでそのような説明をしなくても妥結しているのであるから行うつもりはないと述べた。(書証略)

オ 第四回団交

原告と補助参加人組合は、平成一五年五月二九日、同年度賃上げに関し、第四回団交を開催した。原告は、第四回団交において、補助参加人組合が要求した賃上げ額の増額に対する回答はしなかった。これに対し、補助参加人組合は、原告に対し、本件賃上げ額回答が低額であるので具体的な経営内容を明らかにするよう再度要求した。しかし、原告は、補助参加人組合に対し、経営内容について説明できるのは売上げが前年度に比べ一〇%半ば減少しているという限度であり、これ以上説明するつもりはないと述べた。補助参加人組合は、原告に対し、再度経営内容に関する具体的数値の提示を求めたが、原告はこれに応じなかった。なお、原告は、第四回団交において、補助参加人組合に対し、平成一五年夏季一時金について、同年四月、五月の売上げが非常に厳しいので例年のように六月一五日に支給することはできず、同年七月一〇日ころ支給する予定であること、現段階では金額の回答はできないことを伝えた。(書証略)

カ 第五回団交等

(ア) 補助参加人組合は、平成一五年六月一二日、原告に対し、「経営再建委員会(仮称)設置・開催の提言(要求)」と題する書面(以下「本件提言」という)を提出した。補助参加人組合は、本件提言において、平成一五年度賃上げ額が低く、夏季一時金の支給困難をほのめかしているにもかかわらず、原告が経営状況や具体的な経営再建策を全く説明しないことに抗議し、経営の再建が経営陣の責任、課題という域を超えて従業員全体の雇用、生活に直接影響する問題であり、全社的に解決に取り組んでいかなければならない緊急の課題であることを提言した。そして、補助参加人組合は、本件提言において、原告に対し、経営再建を直ちに具体的に実行していくため、原告と補助参加人組合とで経営再建のための協議の場を設けるよう要求した。これに対し、原告は、補助参加人組合に対し、本件提言のような協議の場は必要ないと回答した。

(イ) 原告と補助参加人組合は、平成一五年六月一七日、同年度賃上げに関し、第五回団交を開催した。原告は、第五回団交において、補助参加人組合に対し、賃上げ額はこれまで提示した額と同じであり、賃上げ額の理由についてもこれまで説明している以上に補足して説明することはないと述べた。これに対し、補助参加人組合は、原告に対し、売上数値を開示するよう求めたが、原告は、従来これを開示していないとして回答を拒否した。また、補助参加人組合は、第五回団交において、原告に対し、従前原告が開示してきた従業員の基本給平均額、平均年齢、平均勤続年数を明らかにするよう要求したが、原告は特段理由を述べることなく今回からは補助参加人組合の組合員に関する平均値のみを明らかにすることにしたとして、従業員全体の平均値は明らかにしなかった。原告は、第五回団交において、補助参加人組合に対し、例年賃上げの精算支給日は五月二五日の賃金支払日であるので、平成一五年六月二〇日までに賃上げについて妥結すれば、同月二五日の賃金支払日に精算支給すると述べた。さらに、原告は、第五回団交において、補助参加人組合が夏季一時金に関しても決算内容及び各種経営指標の公開を求めてきたのに対し、平成一五年度の賃上げ交渉と同程度の説明を行った。なお、補助参加人組合は、第五回団交において、原告に対し、賃上げ回答が三〇〇円となった理由を組合方で検討することができないので、早急に次回団交を開催するよう求めたが、原告は、平成一五年六月終わりか同年七月初めに次回団交を開催することとし、開催一週間前に連絡すると答えた。これに対し、補助参加人組合は、平成一五年六月二三日、「六月一七日団交に関して(1)」と題する書面を提出し、二、三日以内に次回団交期日を返答するよう求めたが、原告は回答しなかった。(書証略)

キ 第六回団交等

(ア) 大阪府総合労働事務所は、平成一五年六月二七日、「平成一五年春季賃上げ妥結状況(最終報)」(以下「本件資料」という)を発表した。本件資料によれば、大阪府所在の四二〇の労働組合の平成一五年度春季賃上げ妥結状況は、妥結額平均四八三六円、賃上げ率一・六三%とされていた。補助参加人組合は、平成一五年六月二七日以降、本件資料を入手した。

(イ) 補助参加人組合は、平成一五年六月三〇日、原告に対し、「抗議並びに団交開催の申入書」と題する書面を提出し、同年度賃上げ、夏季一時金が未解決であるにもかかわらず、原告が補助参加人組合の団交申入れに回答することなく無視し続けているとして抗議するとともに、同年度夏季一時金については原告の回答を受諾すると通知し、併せて次回団交期日について早急に回答するように要求した。

(ウ) 原告と補助参加人組合は、平成一五年七月三日、同年度賃上げに関し、第六回団交を開催した。原告は、第六回団交において、補助参加人組合に対し、平成一五年度賃上げについては最終回答どおりであること、その理由については第五回団交までに十分説明していること、同月二〇日ころまでに合意に達すれば、同月二五日の賃金支払日に賃上げ額を精算支給することを伝えたが、妥結には至らなかった。また、補助参加人組合は、第六回団交において、原告に対し、同社の平成一四年度売上げは東京商工リサーチの調査資料によれば五億円半ばくらいではないかと尋ねたが、原告は同数値は関知していないと答えた。さらに、原告は、第六回団交において、補助参加人組合に対し、基本給部分の賃上げは実施しないので、賃上げについて妥結していない場合でも平成一五年夏季一時金について合意すれば一時金は支給すると述べた。なお、補助参加人組合は、第六回団交において、原告に対し、次回団交は一五回以内に開催するよう求めたが、原告は平成一五年七月末か同年八月初めに次回団交を開催することとし、開催一週間前くらいに連絡すると答えた。これに対し、補助参加人組合は、団交を一か月近くも引き延ばすことは不誠実であるとして、原告に対し、一五日以内に次回団交を開催することを検討し、平成一五年七月一一日までに回答するよう求めたが、原告は回答しなかった(書証略)。

(エ) 原告は、平成一五年七月一〇日、全従業員に対し、同年夏季一時金を支給した。

(オ) 補助参加人組合は、平成一五年七月二二日、原告に対し、「抗議書」を提出し、原告が補助参加人組合の団交申入れを無視して事実上団交拒否を続けていると抗議するとともに、同月二五日までに次回団交期日を回答するよう申し入れたが、原告は回答しなかった。そこで、補助参加人組合は、平成一五年七月二八日、大阪府労委に対し、原告を被申立人として、前記争いのない事実(2)エのとおり本件初審申立てをした。

ク 第七回団交等

(ア) 原告は、平成一五年七月三〇日、補助参加人組合に対し、同年八月五日に団交を開催すると通知し、補助参加人組合はこれを受諾した。

(イ) 原告と補助参加人組合は、平成一五年八月五日、同年度賃上げに関し、第七回団交を開催した。原告は、第七回団交においても、補助参加人組合に対し、平成一五年度賃上げ額の増額回答はしなかった。補助参加人組合は、第七回団交において、原告に対し、経営に関する数値の説明を受けた場合、その説明内容を非公開にすることについて協議に応ずると提案した。しかし、原告は、補助参加人組合に対し、そのような協議をするつもりはないと回答し、経営に関する数値の説明をしなかった。(書証略)

ケ 本件団交後の事情

(ア) 原告と補助参加人組合は、本件初審終結時においても、平成一五年度賃上げについて妥結しておらず、原告は補助参加人組合の組合員に対し賃上げを実施していなかった。

(イ) 原告は、平成一六年七月六日開催の同年夏季一時金に関する団交において、補助参加人組合に対し、同年度における従業員全員の基本給平均額を開示した。また、補助参加人組合の平成一六年度賃上げ要求に対する原告の回答は、基本給を三〇〇円引き上げるというものであった。

3  当裁判所の判断

(1)  本件団交の団交事項について

本件団交の団交事項は、補助参加人組合の組合員の賃上げ額に関するものであり、義務的団交事項に当たることはもちろん、労働者にとって最も重要な労働条件に関するものであるから、使用者である原告は客観的具体的根拠を示して説明するなどして可能な限り労働者の同意を得る努力をすべきといえる。とりわけ、原告には定昇制度がないことからすれば、これがある会社と比べて各年度における賃上げ交渉がより重要性を持っているといえる。この点、原告では、平成一〇年度以降年々賃上げ額が減少していたものの、同一四年度までは基本給額を三五六一円、二三〇〇円、一一〇七円、一〇〇〇円、一〇〇〇円と各年度賃上げを行っていた(前記2(2)ア)。ところが、原告は、本件賃上げ回答において、一時金及び退職金の基礎金額とならない生活関連手当についてのみ、賃上げ額も三〇〇円と前年度賃上げ額に比較して三分の一以下であり、大阪府内の他企業と比較しても著しく低額な回答を行った(前記2(3)ウ(ア)、エ、キ(ア))。

以上によれば、使用者である原告は、このような低額かつ異例な賃上げ回答をせざるを得なかった理由について、従業員で組織された補助参加人組合に対し、客観的具体的根拠を示し、補助参加人組合の同意を得る努力をすべき義務があったというべきであり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。

(2)  補助参加人組合の交渉態度について

ところで、前記二で認定した前提事実によれば、補助参加人組合は、本件賃上げ回答について反発していたものの、基本給額を賃上げしないことについては事実上同意し、生活関連手当の増額を求めていたこと(補助参加人組合はこれを前提に原告との間で平成一五年夏季一時金について妥結している、前記2(3)キ(イ)、(ウ)、書証(略)、弁論の全趣旨)、原告に対し大阪府内の他企業の妥結状況を具体的に示すなどの努力をしていたこと(前記2(3)ウ(ア)、(イ))、繰り返し本件賃上げ回答の根拠を明らかにするよう求めていたことが認められ、これら認定事実によれば、補助参加人組合は、原告の賃上げ回答について妥結の意思が全くないとの態度を示していたとまではうかがうことは困難である。

なお、証拠(略)によれば、補助参加人組合代表者であるD(以下「D」という)は、第三回団交において、原告専務取締役Jに対し、「わずか三〇〇円で、妥結もくそもないで、こんなもん」「こんなもん言うたら、それで、別に解決せんでもええような金額やからね」「この三〇〇円、そんな、生活関連手当言われたらね、これ以上、交渉すすまんかったら、それこそ、もう、一年、二年解決せんでもね、別に、お互い、痛くも痒うもないんやったら、そしたら、この交渉したのね、中身がどうかっていうことね、つきつめるほうが、組合としては、そら、政治的にはそう考えるわな」などと述べ、本件賃上げ回答について妥結の余地がないかのような発言をしていることが認められる。しかしながら、前記Dの発言は、原告の本件賃上げ回答が低額かつ生活関連手当のみ賃上げという異例なものである上、これについて原告側が客観的具体的根拠を示そうとせずに最終回答であると述べるなどしたことに腹を立てたうえでの発言であり、その後の団体交渉における補助参加人組合の交渉態度に照らしてみても、これにより補助参加人組合が本件賃上げ回答について妥結の意思が全くないとの態度を示していたということはできない。

(3)  原告の交渉態度について

他方、前記前提事実によれば、原告の交渉態度は以下のとおりであったことが認められる。すなわち、原告は、平成一四年度賃上げ交渉までは補助参加人組合から求められれば、従業員の基本給平均額、平均年齢、平均勤続年数について回答していた(前記2(2)イ)。ところが、原告は、本件団交において、原告の経営状況、賃上げ額について、売上及び経常利益の対前年度比、賃上対象人員の減少、売上減の商品割合、最大の取引先との取引停止及びこれによる影響について概括的説明はしたものの(前記2(3)ウ(イ))、これ以外の経営資料については、これまで具体的な経営内容について説明しなくても賃上げについて妥結してきておりこれ以上説明する意思がないと繰り返し延べ、従前補助参加人組合に対し開示してきた全従業員の基本給平均額、平均年齢、平均勤続年数についても、特段理由を述べることなく、補助参加人組合の組合員の平均値についてのみ明らかにするとの態度をとった(前記2(3)カ(イ))。このような原告の交渉態度は、本来であれば本件賃上げ回答の内容に照らし、従前以上に丁寧に原告の経営状況等の賃上げ額の根拠を説明すべきであるのに、むしろその説明を後退させたものといえる。加えて、原告は、本件賃上げ回答について、第三回団交から最終回答であると述べたり(前記2(3)エ)、補助参加人組合からの団交申入れに迅速に応じなかったりする(前記2(3)カ(イ)、キ(イ)、(ウ))など、その交渉態度自体も補助参加人組合の同意を得ようとする真摯な努力をしていたと評価することが困難な内容であった。

(4)  経営資料の開示の必要性について

ところで、原告は、補助参加人組合が本件賃上げ回答の諾否を検討するのに、本件団交において原告が補助参加人組合に対して示した以上の経営資料を開示する必要はないと主張するので、以下、この点について検討する。

確かに、原告の主張するとおり、賃上げ額は、売上額、人件費等から直ちに明らかとなるものではない。しかしながら、原告としては、本件賃上げ回答額が経営上譲歩できる最大限のものであることにつき、可能な限り具体的数値を明らかにして説明することが補助参加人組合の理解を得るうえで不可欠のものといえる。そして、補助参加人組合としてもこのような観点から原告の経営に関する具体的数値の開示を求めていたものであり、このような補助参加人組合の要求が必要性を欠くものとはいえない。

また、補助参加人組合の組合員が出荷業務に携わるに際して、出荷数・配送数量等の減少を認識し、そこから原告の経営状態がある程度推測できたとしても、客観的具体的な数値まで把握できるわけではなく、原告では仕入先からの直送等もあることなどに照らすと、補助参加人組合が原告の売上額の概算を把握していたともいえない(書証略)。

さらに、補助参加人組合は、本件団交において、継続して本件賃上げ回答の根拠となる経営資料の開示を求めており(前記2(3)イ、ウ(イ)、エ、オ、カ(ア)、(イ)、キ(ウ)、ク(イ))、補助参加人組合が本件とは別の不当労働行為救済申立事件において、一時金の交渉の対象は組合員だけであると言明した(書証略)からといって、補助参加人組合が本件賃上げ回答について求める経営資料が組合員のものに限定されることにはならい。

以上によれば、前記原告の主張には理由がなく、むしろ、原告は、本件団交において、補助参加人組合に対し、原告の売上額、人件費等本件賃上げ回答の根拠となる客観的具体的数値を示すことにより、同組合の理解を得るよう最大限の努力をすべきであったといえる。

(5)  経営資料開示による弊害について

また、原告は、補助参加人組合に対し、本件団交において経営資料を開示しなかった理由として、補助参加人組合が原告の経営資料の開示を求めたのは会社批判のビラ作成等のためであり、原告は同資料を開示することにより営業活動に支障が生じ、経営に打撃を受けるおそれがあると考えたからであると主張するので、以下、この点について検討する。

確かに、前記前提事実によれば、原告と補助参加人組合との間では、補助参加人組合結成以来、度々労使紛争が生じ、労働委員会に対する不当労働行為救済申立て及び訴訟提起に至っていたこと(前記2(1)ア)、補助参加人組合は見本市会場周辺等において原告の経営等を批判するビラを配布していたこと(前記2(1)イ(ア)、(イ))、労働委員会委員等の立合による本件合意により一度は労使紛争が沈静化したものの、補助参加人組合のビラ配布を巡って立合人が辞退した後、補助参加人組合は再び原告の取引銀行や取引先周辺において原告の経営等を批判するビラを配布していたこと(前記2(1)ウ(ア)ないし(オ)、エ(ア)ないし(ウ))などが認められる。

しかし、原告が主張する補助参加人組合のビラ配布行為は、本件団交よりも二年以上前の出来事であり、補助参加人組合の配布したビラにより原告が取引銀行から融資を打ち切られたとか、取引先との契約が解消されたなどの損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。確かに、コクヨ近畿販売が原告の主要商品について取扱いを中止しているが、その理由はコクヨグループ流通販社の扱い品目の標準化、営業の集中化に基づくものであり、約三〇〇社の取扱いメーカーの見直しであったことが認められ、補助参加人組合のビラ配布行為が原因とは認められない(書証(略)、弁論の全趣旨)。また、原告とアケボノクラウンの取引も停止されているが、停止は補助参加人組合が同社に関するビラを配布してから約二年経過後のことであり(前記2(1)エ(ウ))、補助参加人組合のビラ配布行為等が取引停止の原因であったとは認め難い。

また、補助参加人組合の配布したビラに原告の売上、資本金、従業員の平均賃金・平均年齢・平均勤続年数が記載されたものがある(前記2(1)イ(イ))。しかし、本件全証拠を検討するも、これにより原告が何らかの不利益を受けたと認めるに足りる証拠は存在しない。

以上検討した事情に加えて、補助参加人組合が配布したビラの内容等に照らすと、補助参加人組合のビラ配布等の情宣活動は、組合活動として相当な範囲を逸脱するものとは認められず、原告が補助参加人組合に対し経営に関する資料を開示することにより営業活動に支障が生じ、経営に打撃を受けるおそれがあるとは認め難い。また、補助参加人組合が原告の経営資料の開示を求めたのは、前記で述べたとおり、本件賃上げ回答が前年度までの回答と比べて低額な回答であったためであり、原告批判のビラ作成等のためであったということは困難である。加えて、補助参加人組合が、第七回団交において、開示された経営資料を非公開とすることについて協議に応ずるとの態度を示したにもかかわらず、原告は直ちにこれを拒否している(前記2(3)ク(イ)、書証略)。

以上によれば、原告が本件団交において補助参加人組合に対し経営資料を開示することにより弊害が生ずるとは認められず、前記原告の主張には理由がない。

(6)  小括

以上検討した本件団交の交渉事項、これに対する原告及び補助参加人組合の交渉態度、経営資料開示の必要性及び弊害の有無に照らしてみると、原告の本件団交における補助参加人組合に対する説明は、本件賃上げ回答について経営に関する具体的数値等の根拠を示すものではなく、客観的具体的根拠を示して説明するなど労使間の対立を可能な限り解消させる努力を尽くしたとは認められず、誠実性を欠くものであったというのが相当である。したがって、原告の本件団交における交渉態度は労働組合法七条二号所定の不当労働行為(誠実交渉義務違反)に当たるというべきである。

(7)  被救済利益等について

原告は、平成一六年度夏季一時金に関する団交において、補助参加人組合に対し、同年度の従業員の基本給平均額を伝えており、同年度の賃上げ額である三〇〇円を差し引けば同一五年度の従業員の基本給平均額を算出することができ、同年度の人件費の状況については説明済みであると主張する。しかし、原告が本件団交において果たすべき誠実交渉義務は、従業員の基本給平均額を明らかにすることに尽きるものでなく、そもそも原告は平成一五年度の従業員の基本給平均額を積極的に明らかにしたものでもなく、同一六年度においても従業員の基本給平均額以外の経営資料を明らかにしていない(書証略)から、これをもって本件命令の一部が履行済みであるということはできない。

また、原告は、本件初審命令のうち「売上額等の数値を具体的に示して説明するなど」とする部分が不特定であると主張する。しかし、本件初審命令は、原告に対し、本件賃上げ回答額の根拠となる原告の経営状況に関して、具体的数値を示して説明するなど誠意をもって速やかに応ずべきと命じ、その際、原告が補助参加人組合に示すべきものとして、売上額や従前提示してきた従業員の基本給平均額を例示しているのであって、原告としては売上額、従業員の基本給平均額及びこれに準ずる原告の経営状況が客観的に明らかになる数値を示し、本件賃上げ回答の根拠について具体的説明を行うべきものであると理解することができ、何ら特定性に欠けることはない。

よって、この点の原告の主張は理由がない。

第四結語

以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 難波孝一 裁判官 山口均 裁判官 知野明)

<別紙>

1 被申立人は、平成一五年度賃上げ要求に関する団体交渉について、賃上げ回答額の根拠となる被申立人の経営状況に関して、従前提示してきた基本給平均額など人件費の状況や売上額等の数値を具体的に示して説明するなど、誠意をもって速やかに応じなければならい。

2 被申立人は、申立人に対し、下記の文書を速やかに手交しなければならない。

平成 年 月 日

総評全国一般大阪地連松屋町労働組合宮崎紙業分会

分会長 D様

宮崎紙業株式会社

代表取締役 A

当社が、平成一五年度賃上げ要求に関する団体交渉において、賃上げ回答額の根拠となる被申立人の経営状況に関して、従前提示してきた基本給平均額など人件費の状況や売上額等の数値を具体的に示して説明しなかったこと等は、大阪府地方労働委員会において、労働組合法第七条二号に該当する不当労働行為であると認定されました。今後、このような行為を繰り返さないようにいたします。

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