東京地方裁判所 平成17年(行ウ)351号 判決 2006年7月14日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
湯川芳朗
被告
東京都
上記代表者兼処分行政庁
東京都人事委員会
上記委員会代表者委員長
B
上記訴訟代理人弁護士
金岡昭
上記指定代理人
久野純子
同
原弘樹
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
東京都人事委員会が平成一七年三月二二日付で原告に対して行った、原告が平成一六年四月一九日付でした措置の要求を棄却するとの判定を取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告が平成一五年当時勤務していたa児童相談所において、業績が良好でないとして普通昇給を延伸され、同児童相談所長が複数回にわたって退職勧奨ないし名誉毀損発言を繰り返して退職強要されたとして、東京都人事委員会に対し、地方公務員法四六条に基づく措置要求を行ったところ、同委員会が原告の要求に理由がないとして棄却する判定をしたことから、原告が被告に対して当該判定の取消を請求した事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか証拠等により容易に認定できる事実)
(1) 原告は、昭和五五年四月に千葉県(以下略)所在の東京都福祉局東京都b学園に配属され、勤務中に転倒したことで過去に公務上の災害と認定された。
(2) 東京都は、平成一六年八月三一日、身体障害者福祉法に基づき、原告に障害名を「頸髄損傷による両上肢機能障害」とする身体障害者手帳を交付した。
(3) 原告は、平成九年二月二四日、職場に復帰し、平成一二年三月三一日までb学園に勤務し、同年四月一日から平成一四年三月三一日まで福祉局子ども家庭部育成課に勤務し、同年四月一日から平成一六年三月三一日までa児童相談所に勤務し、同年四月一日からはc区所在の東京都児童会館管理係に勤務している。
(4) 原告には欠勤があるため、昇給延伸が行われているところ、評定者は、平成一五年度の原告に対する業績評価を実施した結果に基づき業績に基づく普通昇給を三か月延伸することを決定した。(書証略)
a児童相談所長のC(以下「C」という)は、平成一六年三月三日に原告に対し、評定者の業績評価結果により昇給を三か月延伸することを告げた。(書証略)
(5) 原告は、平成一六年四月一九日、東京都人事委員会(以下、単に「人事委員会」ともいう)に対し、地方公務員法四六条に基づき、「1福祉局総務部長は、要求者の三か月昇給延伸を取り消すこと。2a児童相談所所長は、要求者に退職強要を行った事実を認め、謝罪すること。福祉局長は、今後退職強要が起きないようにするための措置を講ずること。3福祉局長は、要求者の公務災害による障害に配慮しその生活の安定と福祉の向上に努め、要求者の健康に配慮してその従事する作業を適切に管理するように努め、要求者の障害者としての尊厳を守り雇用の安定に努めること」を趣旨とする措置要求は(以下「本件措置要求」という)を行った。
(6) 地方公務員法四六条は、同法が職員に対し労働組合法の適用を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、また争議行為をなすことを禁止し、労働委員会に対する救済申立の途をとざしたことに対応し、職員の勤務の適正を確保するために、職員の勤務条件につき人事委員会または公平委員会の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利乃至法的利益として保障する趣旨のものである。
(7) 原告の本件措置要求に対し、東京都人事委員会は、原告の要求に理由がないとして、平成一七年三月二二日、措置の要求をいずれも棄却する判定(以下「本件判定」という)をした。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 業績評価による昇給延伸の有効性
【原告の主張】
本件判定によれば、業績評価の判定者は、業績評定やプロセス評定の各要素の評定及び総合評定を五段階絶対評価の方法で行い、業績が良好でないと判断された者の昇給を三月延伸するとされているが、業績評価の基準は、職員の意欲・能力をできる限り具体的に測るものでなければならず、また必要とされる意欲・能力が客観的に示され、その基準に該当するか否かを職員が客観的に予見可能で、該当の有無について紛争を招くことのないようなものでなければならない。
しかるに、原告に対する平成一五年度の業績評価の結果は開示されておらず、本件判定をみても、かかる業績評価が具体性・客観性ある基準のもとで行われた形跡は認められない。
原告に対する業績評価は上司の主観的な選択に過ぎず、およそ客観性を欠いたものであった。また、本件判定において採用されている東京都福祉保健局の意見などのほとんどは、業績に基づく昇給延伸時に原告に対して説明されておらず、事後に作成・作文したものといわざるを得ない。
本件措置要求から本件判定までの事実の経過からすると、被告が任命権者と原告の双方から事情・意見聴取する仕方において、「求釈明を行う形式」、ヒアリングの有無等において原告に不公平な取り扱いをしている。
そして、被告は任命権者の意見をほぼそのまま採用していることからすると本件審査手続は違法である。
【被告の主張】
業績評価は、業績評価実施要領に基づいて実施しているが、同要領において具体的・客観的な評定基準として「評定要素の着眼点と具体的な行動」及び評語の水準を定めている。また、「評定要素の着眼点と具体的な行動」及び評語の水準は、職員に対し広く公表・周知しており、評価基準に該当するか否かは、職員が客観的に予見可能となっている。
原告に対する平成一五年度の業績評価についても、これら具体的・客観的な基準に基づいて適正になされているものであって、評定結果については、原告に対する昇給延伸の告知の面接時に、評定根拠とした事実について説明を行っている。
(ア) 原告及び任命権者から提出された書面並びに当人事委員会が調査したところによると、原告は、パソコンによる簡易な資料作成について、通常一時間程度で済んでしまうような事務であっても、一日中かかりきりになってしまったり、二年間ほぼ同一の事務内容であり、基本事項はマスターしていて当然と判断できるものについても、マニュアルを長時間目で追っている状況であることが認められ、本人の病状や事務の仕事に不慣れなことを考慮しても、標準的なレベルにあったとは認められない。
(イ) 見学者や実習生向けの案内に活用するための「所のしおり」の改訂を検討した際、原告が担当者であり、他の職員が協力を申し出たにもかかわらず、「大変だから」と主張し、この業務に取り組むことをしなかった。見学者や実習生の対応は原告の業務であるから、そこで使用する「所のしおり」の改訂は、全く原告の業務でないとは言い切れない。他の同僚職員が手助けを申し出ている中で、この業務に取り組まなかったことは、課題に対して消極的な姿勢であったといわざるを得ない。
(ウ) 原告の担当している業務の一部が電算化されたことを機に、係長が事務分担を見直し、原告が以前担当していた旅費の支給業務を割り振ろうとした際にも、係の他の職員の業務が手一杯の状況にあったにもかかわらず、それに耳を貸さない態度は協調性に欠けていたと認められる。
(エ) 出勤当日の朝になって、突然、休暇を申し出ることがあったが、単に電話で休暇を取ることをいうのみで、業務関係の進捗状況等に全く触れないため、休暇当日に、提出期限が過ぎていた原告の分掌事務について、本庁から文書の提出を催促されても、関係書類が見つからず、回答に苦慮するなど、係の業務運営に支障が生じることがあったことが認められる。
(2) 退職勧奨等による退職強要の有無
【原告の主張】
原告は本件措置要求をする理由として、a児童相談所のC所長が平成一五年六月三〇日から平成一六年三月一五日まで次のとおり四回、名誉毀損を伴う「退職勧奨」を行っており、法的には退職強要にほかならない。
<1> 平成一五年六月三〇日
「本庁にも三〇年ぐらい、精神疾患で、運搬の仕事だけをしている者がいるが、コストから考えてみて、また、都民感情からみたとき、どうかと思う」「あなたの場合も、再雇用の人と同じくらいしか働いていない。勧奨退職があるので、退職して、再雇用などをしたらどうか。あなたのような勤務をしているのを都民感情からみた場合、どうかと思う。終身雇用の時代は終わった。今は、みんな終身雇用は望んでいないでしょう」
「地方公務員法には、分限処分がある。能力がないと判断したときは、分限処分になる。そのことは、あなたも知っているよね」
「あなたはちつとも楽しそうに仕事をしていない」
「公務災害ということに甘えているのではないか」など
<2> 平成一五年七月一日
「あなたも五〇歳近いんでしょ。今すぐのことではないけど、体のこととか考えて退職することもあるでしょ。妻が保母で腰痛がある。五三になるので早く退職するほうがいいかなと思っているところなんだ。あなたも旦那さんと経済のこととか相談してみたらどうか」
「能力がない。職場のみんなと離反している」など
<3> 平成一六年三月三日
「あなたは前に退職強要だといったけど、その様な体であるならば、短時間の仕事、勤務日の少ない仕事についたらどうですかと、そういう方法もあると言ったまでだ。そういう方法を取ったらどうか」など
<4> 平成一六年三月一五日
「本人の異動希望はなかったが異動の内示が出た」
「能力がないんだよ。いつも言っているだろ」など
ところが、本件判定は、違法な権利侵害を全体として判断せず、平成一五年六月三〇日の退職勧奨発言のみに問題を矮小化し、その一回のみをもって労働者の自由な意思決定が妨げられるほどの状況ではなかったと判断しており、四回にわたる原告の名誉感情をも害する所長の発言に対する判断を回避した。
【被告の主張】
原告は、所長から複数回の退職勧奨があったと主張する。
しかし、所長は、平成一五年六月三〇日、原告に対し、「健康が優れない状態が続くようなら、将来的な選択肢の一つとして、勧奨退職制度を利用し、勤務日数の少ない再雇用職員として働くこともできるのではないか」と発言したことが認められるが、この発言によれば、原告に対して、必ずしも退職を強要しているとは認められず、したがって、原告の自由な意思決定が妨げられるほどの状況にあったとまでは認められない。
原告は、他の機会にも退職勧奨があったと主張するが、原告から、当人事委員会に対し、そのような事実を認めるに足りる証拠の提出がなかったことから、当人事委員会は、当該事実を認定しなかっただけであり、判断を回避したものではない。
しかも、その当時、原告は、東京都の勧奨退職対象者の年齢(五〇歳)には達していなかったから、所長の発言の趣旨は、将来の選択肢の一つとして考慮したらどうかというものと解されるのであって、当該発言をもって、原告に対する勧奨退職の強要があったということにはならない。
第三当裁判所の判断
1 証拠等によって認定できる事実
証拠(各認定事実の末尾に掲記した)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認定することができる。
(1) 本件事案の前提となる制度は次のとおりである。
ア 東京都では、職員の給与に関する条例に基づき普通昇給制度があるところ、職員の昇給の欠格基準を設けており、そのうちの一つの業績評価に基づく昇給の延伸がある。
イ 業績に基づく延伸には、「東京都職員の人事考課に関する規程」により実施する業績評価のうち、定期評定における結果等に基づき、業績が良好でないと判断された者は、昇給を三月延伸すると定めており、一般職員については、第一次評定総合及び第二次評定総合の結果に基づくと規定されている。(書証略)
ウ 一般職の場合、評定者は、第一次評定者が課長、第二次評定者が部長、最終評定者が人事主管部長(出納帳又は局長)となっており、評定基準日及び評定対象期間は、毎年度一月一日を評定基準日とし、前回の評定基準日から今回の評定基準日の前日までの評定対象期間とし、評定様式には、職名別に定められた業績評価シートを使用している。(書証略)
エ 平成一五年度の業績評価実施要領によれば、平成一六年一月一日を評定の基準日とし、平成一五年一月一日から同年一二月三一日までを評定対象期間としている。業績評価の評定方法は、業績評定(仕事の成果)、プロセス評定(仕事への取り組み姿勢、知識・技術の活用、課題への対応、チームメンバーとしての対応等の各評定要素で構成)及び総合評定からなる。(書証略)
オ 評定結果の本人開示については、職員の能力開発に繋げていくことを目的として所属課長が職員と面談を行い、文書により通知するとされているところ、開示の対象者は、被評定者のうち、開示を希望する職員とするが、平成一四年度以降、係長級職以上の職員とされている。(書証略)
(2) 原告についてなされた平成一五年度の業績評価は次のとおりである。
ア 第一次評定者が把握している事実関係(書証略)
(ア) 仕事の成果
与えられた業務を効率的・計画的にこなしてゆくことができず、やり残したことを係長等が埋め合わせすることが多々生じていた。
(イ) 仕事への取り組み姿勢
原告の病状等には十分な配慮をしたうえで業務の指示を行っているが、「あれはできない、これは無理」と従わないことが度々あり、その都度「自分は被害者なのだから守られるべきだ」という趣旨の発言があった。これに対してC所長は、「業務上のことと裁判(別件の療養補償不支給決定処分取消請求事件のことと思われる。書証(略)のこととは分けて考えてほしい」と再三伝え、本人もその場は「分かった」と言うものの、具体的な指示をすると同様の発言を繰り返し、その姿勢には改善が見られなかった。
(ウ) 知識・技術の活用
病状のことや異職種従事という立場を考慮すれば、事務的な知識・技術の蓄積が乏しいなどのハンデは認めることができる。しかし、二年間ほぼ同一の事務内容であり、比較的軽度な事務処理分野となっているので、基本的事項はマスターしていて当然と判断できるものまでも、二年間基礎的なマニュアルを長時間目で追っている姿ばかりが目についた。また、処理方法がわからないと、非常に簡易なことでも人に尋ねるので、係長から「自分で調べてみなさい」と助言を受けた。このことを原告は硬直的に捉え、その後気軽に教えを請うことを意地になって忌避している傾向も見受けられた。所長からすべて人に聞かないのではなく、自分で調べてもわからないものは人に聞くなど、自己研鑽と上司・同僚等からの援助をうまく組み合わせて、執務能力の向上に努めるべきであると助言した。
(エ) 課題への対応
取り組み姿勢との関係もあり、日頃から自己の都合を優先する態度を貫いているため、自分の所属する所や係の置かれている状況・課題へ配慮する態度は、見られなかった。象徴的な例として、平成一五年度当初に相談係会議で係としての重点目標の一つとして見学者や実習生向けの案内に活用する「所のしおり」の改定が話題になった。最近の児童虐待問題の深刻化や地域ネットワークの構築等の動向に配慮した内容に変えていくべきだということで、ここ数年の検討課題になっていたもので、担当は原告であった。他の職員が、皆で手助けするから、原告へ是非やろうと投げかけても、頑として大変だからやりたくないと主張し、取り組まなかった。
(オ) チームメンバーとしての対応
上司である係長の指示・助言に対し、組織人としてふさわしくない不適切な言動が何度となく見られた。特に、上司の話をきちんと最後まで聞かず、あいまいな理解のまま抗弁をするため、不必要な感情的軋轢が生じ、円滑なコミュニケーションが取れなくなる場面がしばしば見られた。また、原告の事務分担を軽減しているため、係の他職員が手一杯の状況があり、本人の担当している業務の一部が電算化したことを機に、係長が事務分担を見直し、別の業務を割り振ろうとした際にも一切耳を貸そうとしないなど、協調性が欠けていた。係の複数の同僚から係長に、「Xさんは余裕があると思うので、もう少しやって貰っていいのでは」等の進言・苦情の声が寄せられることもあった。更に、体調を崩して急に休暇をとることもしばしばあったが、単に電話で休むことを伝えるのみで業務関係の進捗状況や処理依頼事項にまったく触れないため、係の業務運営に支障が生じることもあった。
イ 第二次評定及び最終評定(証拠略)
第二次評定者(福祉局子ども家庭部長)は事務所長からのヒアリングに基づき評定し、最終評定者(福祉局保健部長)もこれら第一次、第二次評定を参考に最終評定している。
(3) 地方公務員法は第三章、第八節、第三款の勤務条件に関する措置の要求で次のとおり規定している。
(四六条)
職員は、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会又は公平委員会に対し、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができる。
(四七条)
前条に規定する要求があったときは、人事委員会又は公平委員会は、事案について口頭審理その他の方法により審査を行い、事案を判定し、その結果に基づいて、その権限に属する事項については、自らこれを実行し、その他の事項については、当該事項に関し権限を有する地方公共団体の機関に対し、必要な勧告をしなければならない。
(四八条)
前二条の規定による要求及び審査、判定の手続並びに審査、判定の結果執るべき措置に関し必要な事項は、人事委員会規則又は公平委員会規則で定めなければならない。
上記地公法四八条を受けて、東京都人事委員会は「勤務条件についての措置の要求に関する規則」(平成八年七月一二日人事委員会規則第七号)を次のとおり定めている。(書証略)
(事案の審査)
第八条 人事委員会は、必要があると認めるときは、事案の審査のため、要求者若しくはその代理人、要求者の所属の長(以下「所属長」という)若しくはその代理者又はその他の関係者から意見を徴し、これらの者に対し資料の提出を求め、若しくはこれらの者の出頭を求めてその陳述を聴き、又はその他の必要な事実の調査を行うことができる。
2 人事委員会は、必要があると認めるときは、事案の審査のため、非公開の口頭審理を行うことができる。
(証人による証拠調べ)
第九条 人事委員会は、必要があると認めるときは、事案の審査のため、証人を呼び出して尋問することができる。
2 人事委員会は、証人に対し、口頭による証言に代えて口述書を提出させることができる。
(4) 原告から本件措置要求を受けて、東京都人事委員会は、各当事者に対し、以下のように対処した。
ア 福祉局関係に対するもの
福祉局に対し、平成一六年四月一九日付け措置要求書の副本を送付し、調査書の提出を求めたのに対して、福祉局から同年六月一四日に調査書が提出されている。(書証略)
人事委員会は、同年七月五日、a児童相談所長(C所長)に対し、調査書に基づきヒアリングを行った。(書証略)
人事委員会は福祉局に対し求釈明を行ったのに対し、同年八月一〇日、福祉保健局が補足説明をしている。(書証略)
イ 原告に対するもの
人事委員会は、同年七月五日、同年四月一九日付で措置要求書を受理したこと、同通知書添付の書面でもって求釈明事項への回答を要求し、原告は、同年七月二二日付の書面で、これに回答した。(書証略)
原告は、同年九月一七日、人事委員会に対し、追加資料として身体障害者手帳(写し)を提出した。(書証略)
原告は、同年一二月一八日、人事委員会に対し、追加資料2として継続雇用制度の対象者基準に関する文献を提出した。(書証略)
2 争点(1)(業績評定)について
(1) 原告は、同人に対する業績評価が具体性・客観性ある基準のもとで行われた形跡は認められず、原告の実績について評定要素毎に反論するとともに、個々の評定要素の評定が開示されないままになされたものであること、業績評価の理由が評価当時存在しなかったこと、調査書などで事後に理由を補充したことなどから、昇給延伸は違法であるという。
証拠(各末尾記載)及び前記認定事実によれば以下の事実が認められる。
当時のa児童相談所の職員は、非常勤職員(嘱託医)二名を含む二五名体制であったところ、三つある係の一つが原告の所属する相談係であり、D係長以下七名おり、内二名は再雇用の嘱託員であった。(人証略)
Cが所長として赴任した当時の一年くらい前から原告は当該部署で勤務していたところ、Cは前任者から原告の健康状態に配慮することを引き継いでいた。このためあまり処理期限の厳しいものなどは外し、係長初め他の職員がフォローしやすいような事務分掌を考え、原告には軽度の事務分担にしていた。(人証略)
具体的には、平成一五年度の原告の担当業務は、職員の福利厚生、職員研修、安全衛生委員会・事故防止委員会、実習生の受入れ・見学者の受入れ、児童の遺留品の保管・処理、消防計画、相談受理ケースの進行管理及び相談関係文書の整理であり、この中で安全衛生委員会、事故防止委員会は年に二、三回、実習生の受入れも年一、二回、見学者の受入れも年間とおして一〇回以内、消防契約は年一回のようである。(証拠略)
第一次評定者が原告の業績を評定した内容は、前記認定事実(2)のとおりであるところ、原告は、各項目について反駁しているので以下検討する。
(ア) 仕事の成果
原告は、仕事の成果において、一例として挙げたパソコン操作について反論してC所長が原告のいつの行為かを特定できていないから評価に裏付けがないというが、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、日にちは特定できずとも、外部向けの文書を作るのに一日かかりで係長が雛形を作ったとあるのはある程度具体的であること、第一次評定者は原告が与えられた業務を効率的・計画的にこなしてゆくことができないことの一つの例として原告による日ごろのパソコン操作状況を挙げたのであってこれが全てではないのは供述から明らかであること、業務を効率的・計画的にこなせないものとしては、前記認定事実(2)、ア、(オ)のように当日急に休んで他の職員が対応に苦慮したことも含まれるであろうことが認められ、上司である係長や他の職員がそれをカバーせざるを得なかったことが職場の監督者であるCの供述(証拠略)から窺える。
(イ) 仕事への取り組み姿勢
評価者の評価と原告がその主張あるいは陳述で自分はこれだけ頑張って来たんだと言っていることとの各局面が異なっており、第一次評価者の評価が不当であることの証左にはならない。
(ウ) 知識・技術の活用
評定者は、原告が簡単なことでも人に尋ねるため係長から「自分で調べてみなさい」と言われたことを硬直的に捉え、その後教えを請うことを忌避したというのに対して、原告は係長の誤解・態度を取り上げ批判するのみで、評定者の評価の基礎とした事実に対して誤認と決め付けているものであり、原告が知識・技術の活用において積極的に評価できるものであったことにはならないし、上司の主観・恣意のみに評価者が依存しているかどうかは原告の指摘事実だけでは明らかではない。そして、所長から指摘されたとされる「すべて人に聞かないのではなく、自分で調べてもわからないものは人に聞くなど、自己研鑽と上司・同僚等からの援助をうまく組み合わせて執務能力の向上に努めるべきである」とする助言に耳を傾けた様子が窺われない。
(エ) 課題への対応
原告は、「所のしおり」について、デジカメを使う必要性のないことであるとか各年度事業概要との取り違え・混乱といった事柄に執心・強調し、評定の着眼点の複数に該当するものではないという。また、原告は、「所のしおり」の改訂については上司のD係長の分掌であり自分の業務ではないという。
しかし、評定者が重視しているのは、原告が実習生や見学者の受け入れを担当しているのであるから、自己の担当業務に役立つ、業務に深く関係する「所のしおり」の改訂を上司から示唆され、他の職員からも補助の申し出があったにもかかわらず頑なに取り組みを拒否し続けたことにあるものと思われる。(人証略)
(オ) チームメンバーとしての対応
原告は、上司に素直でないとか反抗的であるという評価が全人格的服従義務を要求するものと極論しており、それ自体が挑戦的かつ反抗的であるものといわざるを得ない。
原告が積極的に他の職員に協力したとする具体的事実が原告の自己満足、自己中心的評価を超えて職場の他の職員にどれだけ受け入れ評価されているかは不明である。
むしろ、人間関係が大きな割合を占めて双方意思疎通の中で展開されるべきことゆえ、原告だけを責めることはできないものの、直属の上司であるD係長をはじめとする周囲の者への反抗的態度が散見されることは証拠(略)に照らして明らかである。また、他の同僚職員の多忙さに配慮する態度に欠けると所長が評価していることも、証拠(略)によれば、前年度の旅費の事務に代えて原告が担当していた相談受理ケースの進行管理の仕事の一部が電算化されて事務量が軽減したことから、平成一五年一二月に原告のかかりつけの医師にも相談した上で、他の職員との業務のバランスから過去に担当していた旅費事務の担当を打診したのに対して、これを受け入れようとしない原告の態度及び上記のような「所のしおり」改訂における原告の態度から明らかである。
そして、評価期間中の原告の実績評価についてみるに、前記認定事実(2)、アのように原告は、第一次評価で業績評定、プロセス評定ともに低い評価を受け、証人Cの尋問における供述もこれにほぼ沿った認識・内容であるところ、これを受けて同認定事実(2)、イのように第二次評定者による評定及び最終評定もなされているものと考えられる。
原告は、評定者が評定した当時には前記認定事実(2)、アのような指摘事由は存在せず、本件措置要求がなされてから後付けで作出されたものであると主張するが、評価シートに評定当時認識していた事柄を書き込めるものとはなっておらず(書証略)、原告への口頭告知においても詳細にわたって説明できるものではないと思われ(人証略)、評価者からの調査書の内容が後で取って付けたものであるというような受け止め方そのものが原告独自のものといわざるを得ない。
また、原告は、開示されない業績評定に基づき昇給延伸することは許されないというが、個人情報保護法の趣旨から各項目の評語が開示されていないのは同法に照らして合理性があり、前記認定事実(1)、オ及び証拠(略)によれば、評定結果を一般職員である原告に開示することは同法で要請されていないことからすると、評定者による評定が違法であることの理由にはならない。
その他、本件証拠上、評定者による平成一五年度における査定期間の原告の業績評価には違法、不当な事情は見当たらない。
したがって、原告に対して評定者が行った平成一五年度の普通昇給の延伸が無効であるとする原告の主張には理由がない。
(2) 次に、原告は、被告が本件措置要求に対して本件判定をするには、双方に公平に意見・事情聴取しなければならないところ、不公平な聴取の仕方をしており、被告が任命権者の意見に偏した審査手続をしたとして違法であると主張するので検討する。
措置要求があったときに人事委員会が対応すべきところは前記認定事実(3)のとおりであり、東京都人事委員会は規則を設けて事実の審査及び証人による証拠調べの規程を設けている。
本件における人事委員会は前記認定事実(4)のとおりの対応をしており、ヒアリングを実施するのに必ずしも双方からしなければならないものとはされておらず、事案の内容と当事者主張に沿った裁量権の範囲内における適法な判定を行えば足りるのであって、本件において被告が採った手続方法に裁量権を逸脱した違法・不当あるいは不公平な対応があったと認めるに足りる事情は特に見受けられない。
それゆえ、原告の本件措置要求に対して被告が行った審査手続が違法である旨の原告の主張には理由がない。
3 争点(2)(退職強要)について
原告は、C所長から繰り返し退職強要があったとし、原告のメモや所長に宛てた書面(書証略)を提出しており、原告本人はその主張に沿った供述をしているが、他方、C所長はこれを否定し、原告が受け止めたのとは違うニュアンスで述べたとしている(書証(略)の調査書、別添「要求の理由に関する事実関係について」と題する書面、書証(略))。
ところで、証拠(略)の各供述を照らし合わせても、C所長が原告の体調や勤務状況を顧慮して同人に退職の勧奨をにおわせたところはあるにしても、四回にわたる各期日に原告が主張するところの言い方・文言をC所長が真実したのかどうかは定かではなく、これを直ちに退職の強要ということに結びつけることができるかどうかは疑問である。すなわち、原告が主張する前記【原告の主張】における<1>ないし<4>のC所長の文言のうち、<1>については、Cの言い分では将来的な選択肢の一つとして勧奨退職制度の利用を示唆し、原告が持っている能力を十分には発揮していないとして分限処分の話しをしたとしていることからすると、退職の勧奨と受け止められても仕方のないところはあるが、これが直ちに退職の強要であるとは言えず、<2>ないし<4>では、原告はCが能力がない旨言ったとするが、同人は能力を発揮していない旨の発言であるとし、<2>の年齢のことは勧奨退職年齢との関係でCは問うたとしており、<3>は原告における退職強要であるという受け止め方への所長からの弁解で、<4>は異動の話しであることからすると、これらを直ちに退職強要の言動とは見ることができない。
また、原告が主張する四回にわたる退職勧奨があったとするC所長と原告の面談は、証拠(略)に照らしても一対一の面談の場での話ゆえ、公然性との関係で名誉毀損といったことは考え難く、双方のその余の<1>から<4>までの議論は水掛け論の域を出ていないものといわなければならない。
むしろ、原告がC所長以外にも上司であるD係長との人間関係を悪くしている様子(書証略)や原告が周囲の人間の言葉をその都度メモを取るなどして自己への侵害的言辞としてしか受け止めようとしない姿勢(人証略)が見受けられることからすると、原告は職場の周囲の者と対立的な状況にあることが窺え、C所長の言辞を原告独自に悪意に解釈して受け止めている可能性も否定できない。
それゆえ、C所長による原告に対する退職強要の事実があったと認めるに足りる的確な証拠はない。
さらには、原告は、平成一〇年五月から週一回病気休暇の取得を任命権者から承認されており(書証略)、前記2、(1)に認定したように、Cが所長として赴任した当時の一年くらい前から原告は当該部署で勤務していたところ、Cは前任者から原告の健康状態に配慮すること引き継いでおり、このためあまり処理期限の厳しいものなどは外し、係長をはじめ他の職員がフォローしやすいような事務分掌を考え、原告には軽度の事務分担にしていたこと、平成一五年一二月には原告の主治医に面会を求めて職場での留意点等の助言も得て対応していること(証拠略)、実際に前記認定事実(1)のような平成一五年度に原告が受け持っていた分掌事務からすると(書証(略)のa児童相談所相談係事務分担表を平成一四年度のものと平成一五年度のものを比較すると、旅費事務が抜けて相談受理ケースの進行管理及び相談関係文書の整理に関することが加わっている)、原告が措置要求として求めているところの同人の公務災害による障害や原告の健康に対する一定の配慮がなされており、このような配慮がないといった実情も証拠上見受けられない。その他、原告が前提事実(5)のように本件措置要求書の要求の趣旨3で求めるような措置を要するような事情は証拠上見受けられない。
4 以上によれば、原告の本件措置要求に対する人事委員会の本件判定には、取消事由となるような違法は見受けられない。
よって、原告の請求には理由がないのでこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 福島政幸)