東京地方裁判所 平成17年(行ウ)45号 判決 2005年12月16日
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、目黒区建築審査会が15目建審請第6号審査請求事件について原告に対して平成15年12月24日付けでした、審査請求をいずれも棄却する旨の裁決が違法であることを確認する。
二 被告は、目黒区建築審査会に対し、目黒区建築審査会が15目建審請第6号審査請求事件について原告に対して平成15年12月24日付けでした、審査請求をいずれも棄却する旨の裁決を取り消すことを命ぜよ。
三 被告は、目黒区建築審査会が16目建審請第3号審査請求事件について原告に対して平成16年11月10日付けでした、審査請求をいずれも却下する旨の裁決が違法であることを確認する。
四 被告は、目黒区建築審査会に対し、目黒区建築審査会が16目建審請第3号審査請求事件について原告に対して平成16年11月10日付けでした、審査請求をいずれも却下する旨の裁決を取り消すことを命ぜよ。
五 被告が、別紙2物件目録記載の建築物について、建築基準法9条1項に基づき、以下の命令を発しないことが違法であることを確認する。
1 高さ10メートルを超える部分を除却せよ。
2 法律の定める容積率の制限を超える床面積の部分を除却せよ。
3 窓先空地を設置せよ。
六 被告は、別紙2物件目録記載の建築物について、建築基準法9条1項に基づき、以下の命令をせよ。
1 高さ10メートルを超える部分を除却せよ。
2 法律の定める容積率の制限を超える床面積の部分を除却せよ。
3 窓先空地を設置せよ。
第二事案の概要
一 事案の骨子
参加行政庁は、「J-patio」建設組合(以下「本件建設組合」という。)に対し、平成15年9月29日付けで、別紙2物件目録記載の建築物(以下「本件建築物」という。)について、建築基準法6条の2第1項に基づく確認の処分(以下「第2建築確認処分」という。)をし、次いで、同年12月19日付けで、第2建築確認処分に係る計画の変更について、同項に基づく確認の処分(以下「第2建築確認変更処分」という。)をし、さらに、平成16年8月11日付けで、本件建築物について同法7条の2第5項に基づき、検査済証の交付処分(以下「本件検査済証交付処分」という。)をした。本件建築物の近隣に居住する原告ほか9名は、目黒区建築審査会に対し、第2建築確認処分について審査請求(15目建審請第6号審査請求事件。以下「第2次審査請求」という。)をしたが、平成15年12月24日付けで、いずれも棄却する旨の裁決(以下「第2次裁決」という。)を受けた。さらに、原告ほか1名は、目黒区建築審査会に対し、第2建築確認変更処分及び本件検査済証交付処分について、審査請求(16目建審請第3号審査請求事件。以下「第3次審査請求」という。)をしたが、平成16年11月10日付けで、いずれも却下する旨の裁決(以下「第3次裁決」という。)を受けた。
本件は、以上の経緯の下、原告が、建築基準法9条1項に基づく命令(以下、この命令一般を「違反是正命令」という。)との関係で同法2条32号の特定行政庁とみなされる東京都目黒区長を被告として、①第2次裁決の違法の確認、②第2次裁決についての取消命令を発することの義務付け、③第3次裁決の違法確認、④第3次裁決についての取消命令を発することの義務付け、⑤本件建築物について、請求の趣旨第五項の1から3までの建築基準法9条1項に基づく違反是正命令(同第六項の1から3までの命令と同一である。以下、いずれも「本件違反是正命令」という。)を発しないことの違法確認及び⑥本件建築物について、本件違反是正命令を発することの義務付けをそれぞれ求める事案である。
なお、①及び③の訴えは、いずれもいわゆる無名抗告訴訟である。
二 関係法令の定め
1 建築基準法
6条(建築物の建築等に関する申請及び確認)
1項 建築主は、第1号から第3号までに掲げる建築物を建築しようとする場合…(中略)…においては、当該工事に着手する前に、その計画が建築基準関係規定(この法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築基準法令の規定」という。)その他建築物の敷地、構造又は建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定で政令で定めるものをいう。以下同じ。)に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け、確認済証の交付を受けなければならない。当該確認を受けた建築物の計画の変更(…略…)をして、第1号から第3号までに掲げる建築物を建築しようとする場合…(中略)…も、同様とする。
1号及び2号 (省略)
3号 木造以外の建築物で2以上の階数を有し、又は延べ面積が200平方メートルを超えるもの
(以下省略)
6条の2(国土交通大臣等の指定を受けた者による確認)
1項 前条第1項各号に掲げる建築物の計画(…略…)が建築基準関係規定に適合するものであることについて、第77条の18から第77条の21までの規定の定めるところにより国土交通大臣又は都道府県知事が指定した者の確認を受け、国土交通省令で定めるところにより確認済証の交付を受けたときは、当該確認は前条第1項の規定による確認と、当該確認済証は同項の確認済証とみなす。
(以下省略)
7条(建築物に関する完了検査)
1項 建築主は、第6条第1項の規定による工事を完了したときは、国土交通省令で定めるところにより、建築主事の検査を申請しなければならない。
2項及び3項 (省略)
4項 建築主事が第1項の規定による申請を受理した場合においては、建築主事又はその委任を受けた当該市町村若しくは都道府県の吏員(…略…)は、その申請を受理した日から7日以内に、当該工事に係る建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合しているかどうかを検査しなければならない。
5項 建築主事等は、前項の規定による検査をした場合において、当該建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合していることを認めたときは、国土交通省令で定めるところにより、当該建築物の建築主に対して検査済証を交付しなければならない。
7条の2(国土交通大臣等の指定を受けた者による完了検査)
1項 第77条の18から第77条の21までの規定の定めるところにより国土交通大臣又は都道府県知事が指定した者が、第6条第1項の規定による工事の完了の日から4日が経過する日までに、当該工事に係る建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合しているかどうかの検査を引き受けた場合において、当該検査の引受けに係る工事が完了したときについては、前条第1項から第3項までの規定は、適用しない。
2項及び3項 (省略)
4項 第1項の規定による指定を受けた者は、同項の規定による検査の引受けを行つたときは、当該検査の引受けを行つた第6条第1項の規定による工事が完了した日又は当該検査の引受けを行つた日のいずれか遅い日から7日以内に、第1項の検査をしなければならない。
5項 第1項の規定による指定を受けた者は、同項の検査をした建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合していることを認めたときは、国土交通省令で定めるところにより、当該建築物の建築主に対して検査済証を交付しなければならない。この場合において、当該検査済証は、前条第5項の検査済証とみなす。
(以下省略)
7条の6(検査済証の交付を受けるまでの建築物の使用制限)
1項 第6条第1項第1号から第3号までの建築物を新築する場合…(中略)…においては、当該建築物の建築主は、第7条第5項の検査済証の交付を受けた後でなければ、当該新築に係る建築物…(中略)…を使用し、又は使用させてはならない。(以下省略)
9条(違反建築物に対する措置)
1項 特定行政庁は、建築基準法令の規定又はこの法律の規定に基づく許可に付した条件に違反した建築物又は建築物の敷地については、当該建築物の建築主、当該建築物に関する工事の請負人(請負工事の下請人を含む。)若しくは現場管理者又は当該建築物若しくは建築物の敷地の所有者、管理者若しくは占有者に対して、当該工事の施工の停止を命じ、又は、相当の猶予期限を付けて、当該建築物の除却、移転、改築、増築、修繕、模様替、使用禁止、使用制限その他これらの規定又は条件に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる。
(以下省略)
56条の2(日影による中高層の建築物の高さの制限)
1項 別表第4(い)欄の各項に掲げる地域又は区域の全部又は一部で地方公共団体の条例で指定する区域(…略…)内にある同表(ろ)欄の当該各項(…略…)に掲げる建築物は、冬至日の真太陽時による午前8時から午後4時まで(…略…)の間において、それぞれ、同表(は)欄の各項(…略…)に掲げる平均地盤面からの高さ(…略…)の水平面(…略…)に、敷地境界線からの水平距離が5メートルを超える範囲において、同表(に)欄の(一)、(二)又は(三)の号(…略…)のうちから地方公共団体がその地方の気候及び風土、土地利用の状況等を勘案して条例で指定する号に掲げる時間以上日影となる部分を生じさせることのないものとしなければならない。(以下省略)
別表第4 日影による中高層の建築物の制限(第56条、第56条の2関係)
(い)
(ろ)
(は)
(に)
地域又は区域
制限を受ける建築物
平均地盤面からの高さ
敷地境界線からの水平距離が10メートル以内の範囲における日影時間
敷地境界線からの水平距離が10メートルを超える範囲における日影時間
一
第一種低層住居専用地域又は第二種低層住居専用地域
軒の高さが7メートルを超える建築物又は地階を除く階数が3以上の建築物
1.5メートル
(一)
(省略)
(省略)
(二)
4時間(道の区域内にあつては、3時間)
2.5時間(道の区域内にあつては、2時間)
(三)
(省略)
(省略)
(以下省略)
2 東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例(昭和53年東京都条例第63号)(以下「東京都日影規制条例」という。)
2条(用語の定義)
この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
1号から4号 (省略)
5号 規制値 法第56条の2第1項の規定により、法別表第4(に)欄の各号のうちから次条の規定により指定された号をいう。
6号 測定面 法第56条の2第1項の規定により、法別表第4(は)欄の各項に掲げる平均地盤面からの高さのうちから次条の規定により指定されたものをいう。
3条(対象区域、規制値及び測定面)
1項 対象区域は、別表第1地域欄の各項に掲げる地域のうち、当該地域の区分に応じ同表容積率欄及び高度地区欄に掲げる容積率及び高度地区が定められている区域(…略…)とし、その規制値及び測定面は、同表対象区域欄に掲げる地域、容積率及び高度地区の区分に応じ、それぞれ同表規制値欄及び測定面欄に掲げるものとする。
(以下省略)
別表第1(第3条関係)
対象区域、規制値及び測定面
対象区域
規制値
測定面
地域
容積率
高度地区
一
第一種低層住居専用地域又は第二種低層住居専用地域
(省略)
(省略)
(一)
1.5メートル
10分の10又は10分の15
第一種高度地区又は第二種高度地区
(二)
(省略)
(省略)
(三)
(以下省略)
三 前提事実
本件の前提となる事実は、次のとおりである。なお、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることのできる事実並びに当裁判所に顕著な事実は、その旨付記しており、それ以外の事実は、当事者間に争いのない事実である。
1 当事者等
(一) 原告は、東京都目黒区α18番10号に所在する建物(以下「原告建物」という。)に居住する者である(位置関係は、別紙3の図面のとおりであり、「⑩P1邸」と記載されたものが、同建物である。)。
(二) 被告は、東京都目黒区において、建築基準法9条1項等の事務について特定行政庁とみなされるものである。
(三) 参加行政庁は、本件の各処分当時、建築基準法77条の21第1項所定の指定確認検査機関であったものである。
(四) 本件建築物の敷地は、都市計画により、第一種低層住居専用地域及び第一種高度地区の指定を受けている。また、本件建築物の敷地は、都市計画により、建築物の高さについて10メートルに、容積率について10分の15(150パーセント)にそれぞれ制限されている。(弁論の全趣旨)
(五) 本件建築物の敷地の北側には幅員7メートル強の道路があり、原告建物の敷地(以下「原告敷地」という。)は、上記道路の北側にあり、本件建築物のほぼ北東に位置する(甲12、丙9、10)。
2 事案の経緯
(一) 本件建設組合は、参加行政庁に対し、平成15年2月18日、本件建築物に係る建築基準法6条の2第1項の確認の申請を行い、参加行政庁は、同年4月25日付けで、eHo.第A-2268号をもって、同項に基づく確認の処分をした(以下、この処分を「第1建築確認処分」という。また、以下、同項又は同法6条1項に基づく確認の処分一般を「建築確認」という。)。さらに、本件建設組合は、同年5月21日、参加行政庁に対し、第1建築確認処分を受けた建築物の計画の変更の申請を行った。これに対し、参加行政庁は、同年6月3日付けで、eHo.第A-2268-変02号をもって、同法6条の2第1項に基づく建築確認の変更処分をした。
(二) 原告は、目黒区建築審査会に対し、平成15年6月6日、第1建築確認処分を不服として、審査請求(15目建審請第1号審査請求事件。以下「第1次審査請求」という。)をした。これに対し、目黒区建築審査会は、同年9月10日付けで、第1建築確認処分を取り消す旨の裁決(以下「第1次裁決」という。)をした。(甲1)
(三) 参加行政庁は、本件建設組合に対し、平成15年9月29日付けで、eHo.第A-2268号をもって、本件建築物に係る第2建築確認処分をした。さらに、本件建設組合は、参加行政庁に対し、同年10月22日付けで、第2建築確認処分を受けた建築物の計画の変更の申請を行った。これに対し、参加行政庁は、同年12月19日付けで、eHo.03.A-2268変-01号をもって、第2建築確認変更処分をした。
(四) 原告ほか9名は、目黒区建築審査会に対し、平成15年11月11日、第2建築確認処分を不服として、第2次審査請求をした。これに対し、目黒区建築審査会は、同年12月24日付けで、第2次審査請求をいずれも棄却する旨の第2次裁決をした。(甲2)
(五) 本件建設組合は、参加行政庁に対し、平成16年8月4日、本件建築物の完了検査を申請した。参加行政庁は、本件建築物の完了検査を行った後、同月11日付けで、検査済証を交付した(これが本件検査済証交付処分である。)。
(六) 本件建築物の建築工事は、平成16年8月ころには完了し、本件建築物は、遅くとも同年9月ころには使用が開始された(弁論の全趣旨)。
(七) 原告ほか1名は、目黒区建築審査会に対し、平成16年10月4日、第2建築確認変更処分及び本件検査済証交付処分を不服として、第3次審査請求をした。これに対し、目黒区建築審査会は、同年11月10日付けで、第3次審査請求をいずれも却下する旨の第3次裁決をした。(甲3)
四 本案前の争点
1 第2次裁決について違法確認及び取消命令を発することの義務付けを求める各訴えの適法性
2 第3次裁決について違法確認及び取消命令を発することの義務付けを求める各訴えの適法性
3 本件違反是正命令の不作為の違法確認の訴えの適法性
4 本件違反是正命令の義務付けを求める訴えの適法性
五 本案前の争点及び本案に関する当事者の主張の要旨
別紙1のとおり
第三争点に対する判断
一 争点1(第2次裁決について違法確認及び取消命令を発することの義務付けを求める各訴えの適法性)について
1 第2次裁決は、参加行政庁がした第2建築確認処分に対して、原告ほか9名がした第2次審査請求を目黒区建築審査会が却下した裁決である。
2 しかし、前記前提事実のとおり、第2建築確認処分がされた後、本件建設組合は、参加行政庁に対し、第2建築確認処分を受けた建築物の計画の変更の申請を行い、これに対し、参加行政庁は、第2建築確認変更処分をしたものである。
上記経緯からすると、第2建築確認処分は、新たな行政処分である第2建築確認変更処分によって取り消され、既に消滅したものと解すべきである。
そうすると、第2建築確認処分についての審査請求は、その対象を欠き、不適法なものということになる。
3(一) 次に、上記の点をさておくとしても、前記前提事実のとおり、本件建築物は、その工事が既に完了しているところ、次のとおり、建築物の工事が完了した場合においては、建築確認について不服を申し立てる審査請求については、申立ての利益が失われ、審査請求は不適法になると解すべきである。
(二) すなわち、建築基準法によれば、建築主は、6条1項の建築物の建築等の工事をしようとする場合においては、上記工事に着手する前に、その計画が建築基準関係規定(建築基準法並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築基準法令の規定」という。)その他建築物の敷地、構造又は建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定で政令で定めるものをいう。以下同じ。)に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事又は指定確認検査機関の確認を受けなければならず(6条1項及び6条の2第1項)、建築確認を受けない建築物の建築等の工事は、することができないものとされ(6条6項)、また、建築主は、上記工事が完了した場合においては、建築主事に検査を申請するか(7条1項)、指定確認検査機関に検査を引き受けてもらわなければならず(7条の2第1項)、建築主事又はその委任を受けた当該市町村若しくは都道府県の吏員又は指定確認検査機関(以下「建築主事等」という。)は、当該建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合しているかどうかを検査し(7条4項及び7条の2第4項)、適合していることを認めたときは、建築主に対し検査済証を交付しなければならないものとされている(7条5項及び7条の2第5項)。そして、特定行政庁は、建築基準法令の規定又は建築基準法の規定に基づく許可に付した条件に違反した建築物又は建築物の敷地については、建築主等に対し、当該建築物の除却その他これらの規定に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる(9条1項)、とされている。
これらの一連の規定に照らせば、建築確認は、建築基準法6条1項の建築物の建築等の工事が着手される前に、当該建築物の計画が建築基準関係規定に適合していることを公権的に判断する行為であって、それを受けなければ工事をすることができないという法的効果が付与されており、建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的としたものということができる。しかしながら、上記工事が完了した後における建築主事等の検査は、当該建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合しているかどうかを基準とし、特定行政庁の違反是正命令は、当該建築物及びその敷地が建築基準法令の規定及び建築基準法の規定に基づく許可に付した条件に適合しているかどうかを基準とするものであり、いずれも当該建築物及びその敷地が建築確認に係る計画どおりのものであるかどうかを基準とするものでない。しかも、違反是正命令を発するかどうかは、特定行政庁の裁量にゆだねられている。したがって、建築確認の存在は、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発する上において法的障害となるものではなく、また、たとえ建築確認が違法であるとして取り消されたとしても、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発すべき法的拘束力が生ずるものではない。
したがって、建築確認は、それを受けなければ工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきであるから、建築物の工事が完了した場合においては、建築確認について不服を申し立てる審査請求の利益は失われたものといわざるを得ない(訴えの利益の消滅につき、最高裁昭和58年(行ツ)第35号同59年10月26日第二小法廷判決・民集38巻10号1169頁参照)。
4 以上からすると、このような不適法な審査請求に対する裁決について、違法確認及び取消命令を発することの義務付けを求める法律上の利益及び必要性があると考えることはできないので、第2次裁決について違法確認及び取消命令を発することの義務付けを求める各訴えは、その余の訴訟要件について判断を進めるまでもなく、いずれも不適法な訴えというべきである。
二 争点2(第3次裁決について違法確認及び取消命令を発することの義務付けを求める各訴えの適法性)について
1 第3次裁決は、参加行政庁がした第2建築確認変更処分及び本件検査済証交付処分に対して、原告ほか1名がした第3次審査請求を目黒区建築審査会が却下した裁決である。
2(一) しかし、前記前提事実のとおり、本件建築物は、その工事が既に完了し、使用も開始されている。そうすると、前記一3(二)記載のとおり、建築物の工事が完了した場合においては、建築確認について不服を申し立てる審査請求の利益は失われるので、第3次審査請求のうち、第2建築確認変更処分に対する審査請求の部分は不適法といわざるを得ない。
(二) そうすると、このような不適法な審査請求に対する裁決の部分について、違法確認及び取消命令を発することの義務付けを求める法律上の利益及び必要性があると考えることはできないので、この部分に係る訴えは、その余の訴訟要件について判断を進めるまでもなく、いずれも不適法な訴えというべきである。
3(一) 次に、第3次審査請求のうち、本件検査済証交付処分に対する審査請求の部分について検討する。
(二) 建築基準法7条5項の検査済証(同法7条の2第5項により、同法7条5項の検査済証とみなされるものを含む。)は、建築主事等が同法6条1項の建築等の工事が完了した建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合しているかどうかを検査し、適合していると認められる場合に交付されるものであり、同項1号ないし3号の建築物(以下「法定建築物」という。)の新築の場合についていえば、建築主は、同法7条の6第1項1号及び2号に当たる場合を除き、検査済証の交付を受けた後でなければ当該新築に係る建築物を使用し、又は使用させてはならないものとされている(同項)。そして、建築基準法9条1項によれば、特定行政庁は、建築基準法令の規定又は建築基準法の規定に基づく許可に付した条件に違反した建築物又は建築物の敷地については、建築主等に対し、当該建築物の使用禁止、使用制限を含む違反是正命令を発することができるとされている。
そうすると、検査済証の交付は、建築等の工事が完了した建築物及びその敷地が建築基準関係規定に適合していることを公権的に判断する行為であって、法定建築物の新築の場合にあっては、それを受けなければ、原則として当該建築物の使用を開始することができないという法的効果が付与されているものということができる。しかしながら、建築基準法は、当該建築物の使用が開始された後においては、たとえその使用の開始がそもそも違法な場合であったとしても、その使用を禁止し、又は制限するには、専ら違反是正命令によりこれを是正することとしているものであると解することができる。そして、検査済証の交付の存在は、違反是正命令を発する上で法的障害となるものではなく、検査済証の交付が違法であるとして判決でこれを取り消してみても、違反是正命令を発すべき法的拘束力が生ずるものではない。
したがって、検査済証は、それを受けなければ、当該建築物の使用を開始することができないという法的効果を付与されているにすぎず、それを受けなかったからといって、いったん開始された使用につき、その継続を許さないとする法的効果までをも有するということはできない。そうすると、当該建築物の使用が開始された後においては、検査済証の交付に対する不服を申し立てる審査請求の利益は失われ、審査請求は不適法になるというべきである。
(三) これを本件について見ると、前記前提事実のとおり、本件検査済証交付処分がされた後、本件建築物の使用が開始されているから、第3次審査請求のうち本件検査済証交付処分に対する審査請求の部分は不適法である。
(四) そうすると、このような不適法な審査請求に対する裁決の部分について、違法確認及び取消命令を発することの義務付けを求める法律上の利益及び必要性があると考えることはできないので、この部分に係る訴えは、その余の訴訟要件について判断を進めるまでもなく、いずれも不適法な訴えというべきである。
三 争点3(本件違反是正命令の不作為の違法確認の訴えの適法性)について
1 本件違反是正命令の不作為の違法確認の訴えは、本件建築物について、建築基準法9条1項に基づき、必要な措置をとることを命ずるべきであるにもかかわらず、これをしないことの違法の確認を求める訴えであるから、行政事件訴訟法3条5項及び37条所定の不作為の違法確認の訴えと解するのが相当である(なお、原告も、第1回口頭弁論期日において、請求の趣旨第五項の請求は、行政事件訴訟法所定の不作為の違法確認の訴えである旨陳述している。)。
2 行政事件訴訟法37条は、「不作為の違法確認の訴えは、処分又は裁決についての申請をした者に限り、提起することができる。」と規定している。したがって、不作為の違法確認の訴えの原告適格を有する者は、法令に基づく申請をした者に限られるというべきである(最高裁昭和43年(行ツ)第3号同47年11月16日第一小法廷判決・民集26巻9号1573頁参照)。
3 これを本件について見ると、建築基準法を始めとする法令上、違反是正命令を求める法令上の申請権は規定されておらず、違反是正命令は、特定行政庁が職権で行うものであるということができる。
そうすると、原告は、違反是正命令について法令に基づく申請をした者と認める余地はない。
4 以上によると、本件訴えのうち、本件違反是正命令の不作為の違法確認の訴えは、原告適格を欠く者による訴えといわざるを得ないから、不適法というべきである。
四 争点4(本件違反是正命令の義務付けを求める訴えの適法性)について
1 本件違反是正命令の義務付けを求める訴えは、本件建築物について、請求の趣旨第六項の1から3までの本件違反是正命令を発することを命ずるように求める訴えである。そして、前記三記載のとおり、違反是正命令は法令に基づく申請により発せられるものではないことからすると、この訴えは、行政事件訴訟法3条6項1号、37条の2所定のいわゆる非申請型の義務付けの訴えであると解すべきである(なお、原告も、第1回口頭弁論期日において、請求の趣旨六項の請求は、抗告訴訟としての義務付けの訴えである旨陳述している。)。
2(一) 行政事件訴訟法37条の2第1項は、「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれ」があることを非申請型の義務付けの訴えの適法要件としている。
そこで、以下、本件違反是正命令が発せられないことにより「重大な損害を生ずるおそれ」があるか否かにつき検討することとする。
(二) この点について、原告は、本件違反是正命令が発せられないことにより、①本件建築物により、日影規制に違反する日影が生じること、②近隣地域の日照時間が減少し、近隣地域の住環境に悪影響を及ぼすこと、及び③本件建築物の窓先空地が不十分なため、本件建築物の火災の際の消火活動や災害時等の救急活動等に支障が生じ、周辺に火災等の拡大をもたらすおそれがあることを指摘して、これらを理由として「重大な損害を生ずるおそれ」がある旨主張する。
(三) しかし、行政事件訴訟法37条の2第1項が同法3条6項1号のいわゆる非申請型の義務付けの訴えにおいて、「重大な損害を生ずるおそれ」があることを訴えの適法要件としたのは、このような内容の義務付けの訴えを認めることは、法令上の申請権がない者にあたかも申請権を認めることと同じような結果となることから、このような内容の訴訟上の救済を認める場合とは、義務付けの訴えによる救済の必要性が高い場合に限られるべきであると考えられたからであると解すべきである。
そうすると、行政事件訴訟法37条の2第1項にいう「重大な損害を生ずるおそれ」があることとは、義務付けの訴えによって救済されることが必要であると主張する原告自身に「重大な損害を生ずるおそれ」があることをいい、第三者に損害が生ずるおそれがある場合を含まないと解すべきである。
(四) これを本件について見ると、前記(二)の①から③までのいずれの点についても、周辺住民等原告以外の第三者に損害が生ずるおそれがあることを主張している部分は、そのような損害を理由として、行政事件訴訟法37条の2第1項にいう「重大な損害を生ずるおそれ」を認めることはできない。
(五)(1) そこで、前記(二)の①の本件建築物が日影規制に違反する日影を生ずること及び同②の近隣地域の日照時間が減少し、近隣地域の住環境に悪影響を及ぼすことを理由として、原告に「重大な損害を生ずるおそれ」があるということができるかについて検討する。
(2) まず、原告敷地に日影規制に違反する本件建築物の日影が生ずるか否かについて検討する。
建築基準法56条の2第1項は、「別表第4(い)欄の各項に掲げる地域又は区域の全部又は一部で地方公共団体の条例で指定する区域(…略…)内にある同表(ろ)欄の当該各項(…略…)に掲げる建築物は、冬至日の真太陽時による午前8時から午後4時まで(…略…)の間において、それぞれ、同表(は)欄の各項(…略…)に掲げる平均地盤面からの高さ(…略…)の水平面(…略…)に、敷地境界線からの水平距離が5メートルを超える範囲において、同表(に)欄の(一)、(二)又は(三)の号(…略…)のうちから地方公共団体がその地方の気候及び風土、土地利用の状況等を勘案して条例で指定する号に掲げる時間以上日影となる部分を生じさせることのないものとしなければならない。」と規定している。
上記規定を受けて、東京都日影規制条例3条1項は、建築基準法56条の2第1項の「地方公共団体の条例で指定する区域」は、別表第1地域欄の各項に掲げる地域のうち、当該地域の区分に応じ同表容積率欄及び高度地区欄に掲げる容積率及び高度地区が定められている区域とし、その建築基準法別表第4(に)欄の号及び(は)欄の平均地盤面からの高さは、東京都日影規制条例別表第1の対象区域欄に掲げる地域、容積率及び高度地区の区分に応じ、それぞれ同表規制値欄及び測定面欄に掲げるものとすると規定している。
本件建築物の敷地は、前記前提事実のとおり、第一種低層住居専用地域及び第一種高度地区に指定されており、容積率は10分の15と規制されている。そうすると、本件建築物の敷地については、東京都日影規制条例3条1項及び別表第1の1項により、建築基準法別表第4(に)欄及び(は)欄は、(二)号及び1.5メートルがそれぞれ該当することとなる。
以上に、建築基準法56条の2第1項及び別表第4の1項を当てはめると、本件建築物は、地階を除く階数が3以上の建築物に当たるから、本件建築物の日影規制は、本件建築物により、冬至日の真太陽時による午前8時から午後4時までの間において、平均地盤面からの高さ1.5メートルの水平面に、本件建築物の敷地境界線から5メートルを超え、かつ、10メートルの範囲においては4時間以上、10メートルを超える範囲においては2.5時間以上、それぞれ日影となる部分を生じさせてはならないというものであるということができる。
(3) そこで、検討を進めると、甲第12号証によると、原告敷地は、同号証中に記載の位置にあるものと認められ、これは、丙第10号証中の「⑩P1邸」の周囲の部分に合致する。
そして、丙第10号証によると、本件建築物によって、冬至日の真太陽時による午前8時から午後4時までの間において、平均地盤面からの高さ1.5メートルの水平面に、2.5時間以上日影を生じさせる部分(以下「本件日影を2.5時間以上生じさせる部分」という。)は、同号証中の塗りつぶした範囲である。そうすると、丙第10号証によると、原告敷地には、本件建築物によって、冬至日の真太陽時による午前8時から午後4時までの間において、平均地盤面からの高さ1.5メートルの水平面に、2.5時間以上日影を生じさせる部分は、ないといわざるを得ない。
これに対して、原告は、丙第10号証は、平均地盤面の高さについて、丙第1号証によって算定した数値を用いているところ、その数値に誤りがあるから、丙第10号証の記載は誤りである旨主張する。そして、原告は、丙第1号証は、平均地盤面の算定について、①北側道路に接する地盤面として、地盤とは何ら関係のないフラワーポット天端を地盤面の計算根拠としている点、及び②隣地と接する敷地境界では、万年塀とのわずかな隙間に土盛りをして、地盤面の計算根拠としている点の2点において、違法である旨主張する。そして、原告は、平均地盤面は、甲第1号証の添付図面記載の数値が正しい旨主張する。
しかし、仮に、原告の主張どおり、上記①及び②の点に違法が認められるとしても、本件建築物の平均地盤面は、丙第1号証における平均地盤面から、数十センチメートル程度低くなるにすぎない。また、仮に、本件建築物の平均地盤面について、甲第1号証の添付図面記載の数値が正しいものであるとしても、丙第1号証の平均地盤面に比べて約0.42メートル程度低くなるにすぎない(甲第1号証の設計上の地盤面は、丙第1号証の設計上の地盤面より0.2メートル低く設定している。また、甲第1号証の平均地盤面は、同号証の設計上の地盤面より約0.73メートル低く、丙第1号証の平均地盤面は、同号証の設計上の地盤面より約0.51メートル低い。そうすると、甲第1号証の平均地盤面は、丙第1号証の平均地盤面より、0.42メートル低いこととなる(0.2+0.73-0.51=0.42)。)。
他方、丙第10号証によると、本件日影を2.5時間以上生じさせる部分は、本件建築物の東側から北側に伸び、本件建築物の北東側には生じておらず、本件日影を2.5時間以上生じさせる部分は、原告建物と相当距離が離れていることが認められる。
そして、丙第10号証によると、本件日影を2.5時間以上生じさせる部分の北側の端を、本件建築物から仮に1割程度(0.42メートルは、本件建築物の北側の部分の高さの1割に満たない。)北側に延長したとしても、本件日影を2.5時間以上生じさせる部分が原告敷地にかかることはないことが明らかである。
そうすると、平均地盤面の算定について、仮に原告の主張を前提としたとしても、原告建物及び原告敷地に、本件日影を2.5時間以上生じさせる部分がないことは容易に推認することができるというべきである。このことは、前記前提事実のとおり、原告敷地は、幅員7メートル以上ある道路を挟んで、本件建築物のほぼ北東に位置しており、本件建築物が地上3階建てで、その高さが10メートル程度であることとも符合する。
(4) また、原告は、第1次裁決の裁決書(甲1)を引用し、本件建築物により、原告敷地に4時間45分の日影が生ずる旨主張する。
しかし、そもそも第1次裁決は、第1建築確認処分についてした裁決であるから、第2建築確認変更処分を前提として建築された本件建築物による日影とは前提が異なるというべきである。
そして、前記(3)に検討したことからすると、本件建築物により、原告建物及び原告敷地に4時間45分の日影が生ずることは、あり得ないというべきである。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
(5) 以上からすると、原告敷地については日影規制に違反する日影が生ずると認めることはできない。
(6) そして、原告敷地には、日影規制に違反する日影が生じないのであり、また、原告建物及び原告敷地に対する本件建築物による日影の影響が前示の程度にとどまることからすると、本件建築物により日影時間が減少し、住環境に悪影響を及ぼすことを理由として、原告に「重大な損害を生ずるおそれ」を認めることはできない。
(六) また、原告は、前記(二)の③の点につき、窓先空地の不十分な本件建築物については、火災の際の消火活動や災害時等の救急活動等に支障が生じ、周辺に火災等の拡大をもたらすおそれがあることを理由として、「重大な損害を生ずるおそれ」があると主張するので、この点についても検討することとする。
前記前提事実によると、本件建築物と原告敷地との間には、幅員7メートル強の道路があることから、火災の際の消火活動や災害時等の救急活動等に支障が生ずるとは認め難いし、その他本件全証拠を検討しても、本件建築物の窓先空地が不十分であることをもって、原告宅に火災等の拡大をもたらすおそれがあると認めることはできない。
そうすると、窓先空地の不十分な本件建築物については、火災の際の消火活動や災害時等の救急活動等に支障が生じ、周辺に火災等の拡大をもたらすおそれがあることを理由として、原告について「重大な損害を生ずるおそれ」があると認めることはできない。
(七) 以上によると、原告の主張するいずれの事由を理由としても、原告に、「重大な損害を生ずるおそれ」を認めることはできず、また、他に原告に「重大な損害を生ずるおそれ」があることを認めるに足りる証拠もない。
したがって、本件違反是正命令が発せられないことにより、原告に「重大な損害を生ずるおそれ」があるということはできない。
3 以上からすると、本件違反是正命令の義務付けを求める訴えは、原告適格等その余の点について判断するまでもなく、不適法というべきである。
五 文書提出命令について
原告は、本件訴えの口頭弁論終結後に、①第1次審査請求に係る目黒区建築審査会の全議事録及び②第1建築確認処分に係る建築確認申請の申請書添付図書一式について、文書提出命令を申し立てている。
しかし、裁判所は、口頭弁論終結日までに提出された主張及び証拠により、判決をするものとされているから、口頭弁論終結後の書証の提出は、判決に影響を及ぼさないというべきである。また、本件訴えの適否については、前示のとおり判断をすることができ、上記①及び②の書類等によりその判断が左右されるものではない。
したがって、原告の文書提出命令の申立ては、必要性を欠くものとして却下する。
第四結論
以上によれば、本件訴えは、いずれも不適法であるから、これらを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菅野博之 裁判官 市原義孝 裁判官 近道暁郎)
別紙1
本案前の争点及び本案に関する当事者の主張の要旨
1 争点1(第2次裁決について違法確認及び取消命令を発することの義務付けを求める各訴えの適法性)について
(一) 原告の主張
(1) 第2次裁決の違法確認を求める訴えについて
ア 被告の後記(二)(1)アの主張について
建築審査会は、建築基準法78条1項により設置が義務付けられた地方自治法上の「附属機関」であり、目黒区建築審査会も特定行政庁である東京都目黒区長の附属機関にすぎない。第2次裁決の違法確認を求める訴えの被告は、平成16年法律第84号による改正前の行政事件訴訟法(以下「平成16年改正前の行政事件訴訟法」という。」)11条1項及び2項により、特定行政庁である東京都目黒区長である。
イ 被告の後記(二)(1)イの主張について
原告は、第2次裁決の違法事由として、①裁決書には、「修正申請」及び「修正申請書」なる語が用いられているが、そのような語は法律上用いられていないこと、②第1次裁決が取り消されたにもかかわらず、行政不服審査法43条の公示を行わなかったのに、この点について適切な判断をしていないこと、及び③第2建築確認処分が、第1建築確認処分の確認申請と同一受付日、同一確認番号を使用して確認済証の交付をしたにもかかわらず、「事務処理上の便宜の問題」と判断されていることを主張しているのであり、これらはいずれも「裁決固有の瑕疵」である。
(2) 第2次裁決について取消命令を発することの義務付けを求める訴えについて
ア 被告の後記(二)(2)アの主張について
平成16年改正前の行政事件訴訟法11条1項及び2項により、附属機関としての目黒区建築審査会についての訴訟に関する被告は、目黒区建築審査会の事務が帰属する特定行政庁である東京都目黒区長である。
イ 被告の後記(二)(2)イの主張について
本件訴訟は、複数の請求が1件にまとめられており、後記2(一)(2)イに準ずる。原告は、被告の主張するような抗告訴訟を提起することができなかったものである。
(二) 被告の主張
(1) 第2次裁決について違法確認を求める訴えについて
ア 第2次裁決は、目黒区建築審査会が行政庁としてしたものであるから、目黒区建築審査会を被告として訴えを提起すべきである。東京都目黒区長を被告とする第2次裁決の違法確認を求める訴えは、不適法である。
イ 裁決の無効等確認の訴えは、裁決固有の瑕疵がある場合にのみ認められる(行政事件訴訟法38条2項、10条2項)。原ところが、原告が主張する違法事由は、第2建築確認処分の違法のみであるから、第2次裁決について違法確認を求める訴えは不適法である。
(2) 第2次裁決について取消命令を発することの義務付けを求める訴えについて
ア 被告である特別区の区長には、建築審査会の裁決を取り消す権限はない。したがって、被告に対して第2次裁決について取消命令を発することの義務付けを求める訴えは不適法である。
イ 原告は、建築審査会のした裁決の無効確認ないし取消しを求める抗告訴訟を提起することができるのであるから、第2次裁決について取消命令を発することの義務付けを求める訴えは、義務付けの訴えの要件を欠き、不適法である。
2 争点2(第3次裁決について違法確認及び取消命令を発することの義務付けを求める各訴えの適法性)について
(一) 原告の主張
(1) 第3次裁決について違法確認を求める訴えについて
ア 被告の後記(二)(1)アの主張について
前記1(一)(1)アのとおり、目黒区建築審査会は特定行政庁の附属機関にすぎず、「行政庁」ではない。そのため、被告となるのは、特定行政庁である東京都目黒区長である。
イ 被告の後記(二)(1)イの主張について
原告は、第3次裁決の違法事由として、公開による口頭審査を一切行うことなく裁決をしており、これが建築基準法94条3項に違反することを主張している。このような原告が主張する違法事由は、「裁決固有の瑕疵」に該当する。
(2) 第3次裁決について取消命令を発することの義務付けを求める訴えについて
ア 被告の後記(一)(2)アの主張について
平成16年改正前の行政事件訴訟法11条1項及び2項により、附属機関としての目黒区建築審査会についての訴訟に関する被告は、目黒区建築審査会の事務が帰属する特定行政庁である東京都目黒区長である。
イ 被告の後記(二)(2)イの主張について
原告は、取消訴訟については、3か月の出訴期間の制限があることから、義務付けの訴えのみを提起したものである。
(二) 被告の主張
(1) 第3次裁決について違法確認を求める訴えについて
ア 第3次裁決は、目黒区建築審査会が行政庁としてしたものであるから、目黒区建築審査会を被告として訴えを提起すべきである。東京都目黒区長を被告とする第3次裁決の違法確認を求める訴えは、不適法である。
イ 裁決の無効等確認の訴えは、裁決固有の瑕疵がある場合にのみ認められる(行政事件訴訟法38条2項、10条2項)。ところが、原告が主張する違法事由は、建築確認処分の違法のみであるから、第3次裁決の違法確認を求める訴えは、不適法である。
(2) 第3次裁決について取消命令を発することの義務付けを求める訴えについて
ア 被告である特別区の区長には、建築審査会の裁決を取り消す権限はない。したがって、被告に対して第3次裁決について取消命令を発することの義務付けを求める訴えは、不適法である。
イ 原告は、建築審査会の裁決の無効確認ないし取消しを求める抗告訴訟を提起することができる。したがって、第3次裁決について取消命令を発することの義務付けを求める訴えは、義務付けの訴えの要件を欠き、不適法である。
3 争点3(本件違反是正命令の不作為の違法確認の訴えの適法性)について
被告の主張
原告は、被告が違反是正命令を発しないことの違法確認を求めているが、不作為の違法確認の訴えは、申請に対して行政庁が何ら応答をしない場合等に認められる(行政事件訴訟法37条)。したがって、本件違反是正命令の不作為の違法確認の訴えは、不作為の違法確認の訴えの要件を欠き、不適法である。
4 争点4(本件違反是正命令を発することの義務付けを求める訴えの適法性)について
(一) 原告の主張
以下のとおり、原告適格及び行政事件訴訟法37条の2第1項の「重大な損害を生ずるおそれ」が認められる。
(1) 本件建築物の高さ制限の違反について
ア 本件建築物は、第1次裁決時の建築基準法55条に違反する建築物である。
そこで、第1次裁決が指摘するとおり、本件建築物においては、敷地境界線から水平距離が5メートルを超え、かつ、10メートル以内の範囲においては、本来、生じさせてはならない日影となる部分が4時間であるべきところ、4時間45分となって、日影規制値を超え、日影条例等に違反するのである。第1次裁決も、「本件建築物は、北側に位置する請求人の家屋にも日影の影響を及ぼす。」と指摘している。なお、この「請求人」とは原告のことである。
また、本件建築物の位置する第一種低層住居専用地域は、低層住宅に係る良好な住居の環境を保護する地域で、住居系の七つの用途地域の中で、住環境保護のため、最も厳しく規制がされている地域である。この観点からも、本件建築物の違反は重大であって、これを放置すると、最も良好に維持されなければならないこの地域全体の住環境の維持保全に悪影響を及ぼしかねない事態を招くおそれがある。
上記2点による被害は重大であり、原告には、回復すべき法律上の利益がある。
イ 被告は、本件建築物については、適法に建築確認(第2建築確認変更処分)がされた旨主張するが、被告が建築確認を公に正式な手続を経て適法にしたことはなく、不適法である。
(2) 本件建築物の容積率違反について
ア 本件建築物は、容積率の制限150パーセントを超え、建築基準法52条に違反する。
そこで、容積率の制限の150パーセントを遵守するためには、第1建築確認処分において不算入とされていた本件建築物の地下部分の床面積を算入しなければならないこととなるから、地上部分の床面積を減少しなければならないこととなる。そうすると、本件建築物の地上部分の床面積を減少させるために、体積も減少することとなり、本件建築物の地上部分の縮小は、日影時間の減少をもたらし、近隣の日照時間の拡大につながる。
本件建築物の容積率の制限の違反は重大で、これを放置すると最も良好に維持されなければならない地域全体の住環境の維持保全に悪影響を招く。
イ 被告は、原告敷地への日影の影響は建築物の高さのみならず、複合的な要素によって決まる旨主張する。
しかし、被告の上記主張は建築計画段階では正論であっても、既に建築されてしまった本件建築物についていえば、不適当である。
ウ 被告は、原告建物と本件建築物の敷地との間に、幅員7メートル強の道路が存在することを主張する。
しかし、道路が存在するかどうかは、本件建築物と原告敷地境界線との距離の問題であり、日影規制とは全く関係がない。
(3) 本件建築物の窓先空地等の設置義務違反について
ア 東京都建築安全条例(昭和25年東京都条例第89号)の窓先空地等の設置義務の規定は、居住者の安全避難の目的のみで設けられたものではなく、災害時の救急活動及び火災時の消火活動をスムーズに行うための経路確保の目的でも設けられたものである。すなわち、設置義務の規定は、救急・消火活動を速やかにし、被害を最小にとどめることをも目的としている。
本件建築物の窓先空地については、避難経路が出入口と同一方向に設けられており、上記設置義務の規定に違反するところ、このような違反建築物においては、救急・消火活動を速やかに行うことができず、火災等の拡大をもたらす。さらに、消火活動等に支障を来すことにもなる。また、災害・火災時に、近隣居住者の敷地の使用が不可欠となり、原告を含む近隣居住者に多大な迷惑をかける。
そうすると、窓先空地を設置せよとの判決は、原告及び近隣居住者に安全な住環境をもたらすのであって、回復すべき法律上の利益がある。
イ 被告は、窓先空地等の設置義務の規定は、火災の際の消火活動の円滑化を直接目的とするものではない旨主張する。
しかし、第1次裁決に記載のとおり、窓先空地等の設置義務は、火災を含む災害時に避難手段及び救急、消火活動として多方向のアクセスが必須であるとの趣旨の規定である。また、多方向への避難経路の確保が、迅速な避難活動を可能とし、結果として、居住者及び近隣居住者の生命、身体の安全を図るものである。
(二) 被告の主張
(1) 本件違反是正命令を発することの義務付けを求める訴えは、行政事件訴訟法37条の2の義務付けの訴えであると解される。このような訴えは、処分がされないことにより「重大な損害を生ずるおそれ」があるときに限り提起することができるとされている(同条1項)が、以下のように、原告には「重大な損害を生ずるおそれ」はない。
(2) 原告は、建築基準法55条の高さの制限の違反により、本来、原告の敷地に日影を生ずる時間が4時間までであるべきところ、4時間45分となっている旨主張する。
しかし、第1次裁決の裁決書(甲1)4頁34行目以下の記載を根拠とする原告の主張は、その前提を誤っている。
すなわち、本件建築物については、第1建築確認処分が目黒区建築審査会により取り消された後に、改めて計画が変更され、適法に建築確認(第2建築確認処分)がされた後に、再度その内容の一部が変更され、適法に建築確認(第2建築確認変更処分)及び完了検査がされたものである。原告の主張は、実際に建築された本件建築物を前提として日影時間の増大を論ずるものではなく、これと異なる既に取り消された第1建築確認処分の内容を前提として主張しているものである。既に取り消された建築確認を理由として、原告敷地が本件建築物による日影の影響を受けることを根拠付けることはできない。
(3) 原告は、建築基準法52条の容積率の制限の違反により、本件建築物の体積が増加し、近隣の日影時間の増加につながる旨主張する。
しかし、原告の敷地への日影の影響は建築物の高さのみならず、建築物の形や配置、周辺敷地の位置、高低差など複合的な要素によって決まるものであり、本件建築物の容積率の減少が必ずしも原告敷地の日影時間の拡大に結びつくものではない。
しかも、原告建物は本件建築物の北東方向に位置しており、原告建物と本件建築物との間には、幅員7メートル強の道路が存在するのであるから、本件建築物の容積率の増加が原告敷地の日影に直接重大な影響を来すことは考えにくい。
さらに、原告は近隣の日照時間の減少についても主張するが、行政事件訴訟法37条の2の義務付けの訴えの要件としての「重大な損害」は、原告自身に係るものと解すべきであるから、原告の上記主張は失当である。
(4) 原告は、本件建築物が東京都建築安全条例19条に違反している旨主張し、これが原告にとっての「重大な損害」である旨主張する。
しかし、東京都建築安全条例19条は、非常の際に当該建築物に居住している者等の避難路を確保することによってその者の生命、身体の安全を図るための規定であって、火災の際の消火活動の円滑化を直接目的とするものではない。しかも、仮に、東京都建築安全条例19条が、火災の際の消火活動の円滑化を目的とするものであるとしても、本件建築物と原告建物との間には、幅員7メートル強の道路が存在するのであるから、東京都建築安全条例19条違反をもって、原告に「重大な損害」が生じるおそれがあると認めることはできない。
5 本案に関する主張について
(一) 原告の主張
(1) 第2次裁決の違法性について
ア 行政不服審査法43条3項は、法令の規定により公示された処分が裁決で取り消されたときは、処分庁は、当該処分が取り消された旨を公示しなければならないと規定している。
本件では、第1建築確認処分は、第1次裁決により取り消されたにもかかわらず、処分庁はその旨を公示しないで、むしろ、第1建築確認処分に係る申請と同一指定確認検査機関において、同一受付日及び同一確認番号を使用して、確認済証を交付したのである。これは、行政不服審査法43条3項に違反する。
イ 行政不服審査法43条2項及び建築基準法6条1項によると、裁決により確認済証交付処分が取り消された場合には、新たな確認済証交付処分は、新たな確認申請に基づいてしなければならないというべきである。
本件では、第1建築確認処分は、第1次裁決により取り消されたにもかかわらず、第1建築確認処分に係る申請と、同一指定確認検査機関において、同一受付日及び同一確認番号の申請により、第2建築確認処分がされている。これは、行政不服審査法43条2項及び建築基準法6条1項に違反する。
ウ 建築基準法の関連法規及び条例にも、「修正申請」及び「修正申請書」などの語は、存在しない。それにもかかわらず、第2次裁決の裁決書には、「修正申請」及び「修正申請書類」の語が多く用いられている。目黒区建築審査会は、このように法に定めのない独自の新語を用いて、あいまいな判断を行ったものであって、不当である。
(2) 第3次裁決の違法性について
建築基準法94条3項は、建築審査会が、審査請求に対する裁決を行う場合には、公開による口頭審査を行わなければならないと規定している。それにもかかわらず、第3次裁決は、公開による口頭審査を経ずに行われたのであって、同項に違反する。
(3) 本件建築物の違法性について
ア 本件建築物は、高さ10メートルを超えている。
(ア) 第1次裁決は、①本件建築物の中庭部分について、地面を掘り下げた部分の面積が約80平方メートルと大きく、かつ、窓先空地や避難経路という屋外用途に供しているから、中庭というよりコの字形の建築物の空間に近似している、②このことからすると、本件建築物の中庭部分が周囲の地面に接する位置を、本件建築物の高さを測定するための平均地盤面に算入すべきである、③そうすると、本件建築物の平均地盤面は、第1建築確認処分が認定した平均地盤面より約0.73メートル低くなるから、本件建築物の高さは約10.38メートルとなり、建築基準法55条1項及び同項に基づく都市計画決定で定められた10.00メートルの高さ制限を超えると判断し、第1建築確認処分を取り消した。
(イ) 第1次裁決の後、平成15年10月31日付けで、本件建築物の設計者から近隣居住者に対して、本件建築物について、第1次裁決に沿うように変更することとし、地盤面の算定の点に関しては、中庭の1階部分に床を設置するとする内容の変更を行って、建築確認を再取得した旨の報告がされた。
(ウ) また、第2次裁決の判断中には、「本件修正申請においては、①吹き抜けとなっていた1階中庭には床を張り、中庭を地下1階から地上1階としたこと」との記載があり、目黒区建築審査会は、中庭部分の吹き抜けは、地下1階からではなく、1階部分に床が設置されたものと判断している。
(エ) しかし、実際には、本件建築物は、前記(イ)及び(ウ)にかかわらず、中庭部分について地下1階からの吹き抜けのコの字形のままの違反建築物が建築されてしまった。
(オ) すなわち、本件建設組合は、参加行政庁に対し、平成15年10月22日、第2建築確認処分を受けた建築物の計画の変更の申請を行っているが、この変更確認申請の内容は、中庭の1階部分に床を設置するという前記(イ)の近隣の住民に対する説明とは異なっていた。
(カ) さらに、設計者が、指定確認検査機関である参加行政庁に対し、平成15年10月22日に、変更確認申請をしているにもかかわらず、設計者及び参加行政庁は、第2建築確認処分に対する審査請求の審査において、計画変更の内容について何の報告も説明もしないまま、計画変更前の確認申請の内容で審査を受けた。そして、参加行政庁は、第2次審査請求の審査中であるにもかかわらず、平成15年12月19日に、第2建築確認変更処分を行った。さらに、目黒区建築審査会は、これらの行為を知っていながら、見て見ぬ振りをした。
(キ) 以上のとおり、本件建築物は、第1次裁決によって取り消された第1建築確認処分の内容である、中庭が地下1階からの吹き抜けのコの字形のままの建築物である。そうすると、本件建築物についての平均地盤面は、第1次裁決の裁決書(甲1)添付の平均地盤面算定図のとおりとなる。そうすると、本件建築物の高さは10.38メートルであり、建築基準法55条1項及び同項に基づく都市計画決定で定められた10.00メートルの高さ制限を超えているのであり、この高さ制限に抵触する。
(ク) 参加行政庁は、平均地盤面の算定において、有利に働くような故意的な盛土は認められない旨主張する。
しかし、①北側道路に接する地盤面として、地盤とは何ら関係のないフラワーポット天端を地盤面の計算根拠としている点(甲14)、及び②隣地と接する敷地境界において、万年塀とのわずかな隙間に土盛りをして、地盤面の計算根拠としている点(甲15)において、地盤面の算定として、不自然かつ技巧的であり、著しく妥当性を欠く。
イ 本件建築物の容積率が150パーセントを超えることについて
(ア) 第2次裁決は、容積率の点について、「請求人は、甲1号証記載の断面図A-断面図Fによれば、地下1階から地上階に向けて吹き抜けと推定される部分が多く、この部分については容積率算定から除外する法的根拠はないので、この部分を不算入としているのは違法であるとするが、容積の算定から除外するのは、建築物の地階で、その天井が地盤面からの高さ1m以下にあるものの住宅の用に供する部分の床面積であるから、請求人の主張は理由がない。」と判断した。
また、参加行政庁は、本件建築物のすべての住宅の用途に供する地下階の面積を容積率算定の対象となる床面積に算入していないことを認めている。
(イ) しかし、建築物の地階でその天井が地盤面からの高さ1メートル以上にあるものの住宅の用途に供する部分の床面積は、対象延べ床面積に算入しなければならないはずである。
本件建築物の断面図(甲9)によると、本件建築物には、地下2階又は地下1階を取り込んだ1階又は2階までのメゾネット住戸内の吹き抜け部分があるが、この吹き抜けの天井は地盤面からの高さ1メートルよりも上にある。
そうすると、この部分の床面積については、建築基準法52条3項の「建築物の地階でその天井が地盤面からの高さ1メートル以下にあるものの住宅の用途に供する部分」に該当しないことになり、この吹き抜け部分の床面積は、容積率算定の基礎となる床面積に算入されなければならないこととなる。
この部分を床面積に算入すると、容積率限度の150パーセントを超えるから、建築基準法52条の容積率の制限に違反する。
ウ 本件建築物は、窓先空地設置義務を怠っており、東京都建築安全条例に違反する。
(ア) 第2次裁決は、「『15目建審請第1号審査請求事件』の裁決において、東京都建築安全条例(…略…)19条に規定する本件建築物に設置された窓先空地等の改善の必要性を付言したが、本件修正申請においては、①吹き抜けとなっていた1階中庭には床を張り、中庭を地下1階から地上1階としたこと、②中庭上部の階段及び廊下を狭めたこと、③エントランス横の道路に面する位置に非常用出口を設置したこと、④当初の確認申請では、避難経路がエントランスを経由していたため、日常的な動線と重複・合流し、出入口の扉も避難上支障をきたす可能性があったが、修正申請では、エントランス横に非常用出口を設置したことにより、エントランスを経由しないで、道路に避難することが可能となったこと、⑤当初の申請では避難経路となるエントランスの道路に面する部分に格子壁が設置されており、その開放性に疑義があったが、修正申請においては、本件確認申請書添付の平面図(AK-07)および立面図(AK-11。これは平成12年3月付で誤記訂正されたもの)によれば、格子壁は撤去されていること、これらを綜合して判断すると、避難通路の開放性も高まっており、窓先空地等の瑕疵は、安全条例19条の趣旨にのっとって、改善されたと認められる。」と判断している。
しかしながら、本件建築物は、中庭部分の1階(地上)に床はなく、地下1階からの吹き抜けであり、吹き抜け部分中央には地下から大木が植樹されている(甲7)。
そうすると、本件建築物は、第1次裁決時の違反のままであり、東京都建築安全条例19条に違反する。
(イ) 第1次裁決は、「共同住宅の住戸には、一般に本来の出入口が設けられているが、安全条例19条に規定する窓先空地等の設置義務は、災害時の避難手段として多方向避難の確保を意図したものと考えられる。」と判断している。本件建築物は、この判断を厳守しなければならないはずである。
それにもかかわらず、本件建築物は、地下と地上1階までのメゾネットの3戸、2階の1戸及び3階の1戸の合計5戸については、多方向避難の確保がされていない(甲9)。
そうすると、本件建築物は、東京都建築安全条例に違反する。
(ウ) 参加行政庁は、独自の見解を主張するが、①窓先空地の位置及び②窓先空地からの避難通路の確保の2点で、違法である。
エ 被告は、原告の主張する建築基準法違反は、第2建築確認処分における違法をいうところ、本件建築物は第2建築確認変更処分に基づいて建築されたものであるから、原告の主張には理由がない旨主張する。
しかし、原告は、第2建築確認変更処分自体が建築基準関係規定に違反していることを問題としているのであるから、被告の主張は失当である。
(二) 被告の主張
(1) 本件違反是正命令の不作為の違法確認の訴えについて
原告は本件建築物に対する違反是正命令を発しないことが違法である旨主張するが、原告の主張する建築基準法違反というのは、第2建築確認処分における違法をいうものであって、本件建築物は、第2建築確認処分後に建築計画の変更申請が行われ、第2建築確認変更処分がされ、それに基づいて建築されたものであるから、原告の主張には理由がない。
(2) 本件違反是正命令の義務付けを求める訴えについて
原告は、前記(1)と同様、第2建築確認処分における建築基準法違反を主張するのみであるから、原告の主張には理由がない。
(三) 参加行政庁の主張
(1) 本件建築物が高さの制限を超えていないことについて
ア 建築物の高さは、「地盤面からの高さによる」(建築基準法施行令2条1項6号)とされており、「地盤面」とは、「建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面をい」う(同条2項前段)とされている。なお、本件建築物にあっては、「その接する位置の高低差が3メートルを超える場合」ではないから、建築基準法施行令2条2項後段の適用はない。
第2建築確認変更処分に係る建築申請書に添付の平均地盤面計算書(丙1)によれば、中庭に面する外壁部分(基点12ないし28)についても計算に入れて、地盤面を算出している。したがって、平均地盤面の算出の仕方に、何ら違法はない。
本件建築物にあっては、L字型側溝の天端プラス200ミリメートルを設計上の地盤面とし、そこから0.506メートル下がったところが平均地盤面である(丙1、丙2)。そうすると、本件建築物の高さは10メートルを超えていない。
したがって、建築基準法上の高さ制限違反はない。
イ 参加行政庁は、地盤面について、写真(丙4)その他の提出や説明を受け、平均地盤面計算書(丙1)記載のとおり、L字型側溝の天端プラス200ミリメートルを設計上の地盤面とした。丙第5号証は、本件建築物竣工後において、原地盤面が維持されていることを確認した写真である。
原告は、参加行政庁がフラワーポット天端を地盤面の計算根拠としている旨主張するが、そのような事実はない。
ウ 本件建築物について、平均地盤面の算定において、有利に働くような故意的な盛土は認められない。
原告は、万年塀とのわずかな隙間に土盛りがされた旨主張するが、そのような事実はない。丙第4号証の写真にあるように、万年塀に原地盤面の位置の痕跡が残っている。
本件では故意的な盛土は一切認められないが、仮に、多少の盛土があったとしても、土地の利用方法として社会通念上一般に許容されない程度・態様のものでなければ、盛土も許容されるというのが、建築審査における一般的な考え方である。
本件では、旧建築物の地盤を基準として、正当に平均地盤面を算出しているのであり、原告の主張は、論ずるまでもなく失当である。
(2) 本件建築物が容積率の制限に違反していないことについて
ア 本件建築物は、第一種低層住居専用地域にあり、その容積率は都市計画において150パーセントと定められているところ、原告は容積率違反である旨主張している。
イ しかし、本件建築物の延べ面積は、1570.58平方メートルであるところ、そのうち、431.07平方メートルは地階の住居部分であり、129.86平方メートルは共同住宅の共用の廊下等の部分であり、111.60平方メートルは自動車車庫等の部分であり、これらの部分の床面積の合計672.53平方メートルは容積率に算入されない(建築基準法52条3項及び5項、建築基準法施行令2条1項4号)。そこで、本件建築物の延べ面積から、これらの除外対象の面積を差し引くと、容積率の算定の基礎となる延べ床面積は898.05平方メートルである。そうすると、898.05平方メートルを本件建築物の敷地面積である602.98平方メートルで除した数値は、148.94パーセントであるから、容積率は150パーセントを超えない。
(3) 本件建築物が東京都建築安全条例に違反しないことについて
ア 東京都建築安全条例19条1項は、本件建築物のような共同住宅にあっては、「道路に直接面する窓」又は「窓先空地(通路その他の避難上有効な空地…(中略)…に直接面する窓)」を設けることとしている。また、東京都建築安全条例19条2項は、窓先空地から道路、公園、広場その他これらに類するものまでを幅員2メートル以上の屋外通路(屋外に十分開放され、かつ、避難上有効に区画された通路を含む。)で避難上有効に連絡させなければならないと規定する。
イ 本件建築物のうち、「道路に直接面する窓」を有しないのは5戸であるが、いずれも、本件建築物中央の中庭部分に直接面する窓を有している。この中庭部分は、天空の開放空間であり、2メートル角以上の幅員を有するから、「通路その他の避難上有効な空地」と評価することができる窓先空地である。なお、本件建築物は耐火建築物であり、道路に直接面する窓を有する住戸など、有効に除外することができる床面積を除いた住戸等の床面積は、531.38平方メートルである(東京都建築安全条例19条1項2号ロの表及び3項1号)。
さらに、本件建築物の中庭部分にある窓先空地自体が、本件建築物の北側道路まで、屋外に十分に開放され、かつ、区画された幅員2メートル以上の通路により、避難をするのに有効に連絡されており、当該道路出口について、非常用出口が設置されている(丙7、8)。上記屋外通路は、設計変更の過程において、通路上部に存在する階段及びその廊下について、その幅員を狭めて重なり(覆い)部分を減らし、開放性をより高め、また、上記非常用出口を設置することによりエントランスを経由しないで道路に避難できるようにしており、単なる適法な窓先空地である以上に、避難をするのに有効に道路に連絡する屋外通路と評価することができる。
(4) 日影規制について
ア 建築基準法56条の2によると、日影の規制される時間帯は、1年中で最も日影の長くなる冬至の真太陽時の午前8時から午後4時までの間となっている。なお、真太陽時とは、東京の真南に太陽が来た時(南中時刻という。)を12時とする時刻法であり、一般に使われている中央標準時(兵庫県明石市の南中時刻を12時とする時刻法)とはズレが生じる。東京の南中時刻は、冬至日では午前11時39分ころである。
規制の対象となる日影は、実際の地面上にできる日影ではなく、当該敷地の用途地域に応じて異なる基準によることになる。本件建築物の敷地である第一種低層住居専用地域では、平均地盤面から1.5メートルの高さの水平線(測定面という。)上の日影を規制対象とする。この1.5メートルというのは、1階の窓の高さの中央部にほぼ相当する。
実際の日影の規制に当たっては、規制範囲と規制時間の組み合わせで決められることになっている。すなわち、敷地境界線から水平距離が5メートルと10メートルの二つの線を設定し、それぞれの線を超える範囲において、一定時間以上の日影を生じさせてはならないとされている。
イ 本件建築物の敷地の日影時間の規制値は、建築基準法別表第4及び東京都日影規制条例別表第1により、①敷地境界線から水平距離が5メートルを超え、10メートル以内における日影時間は4時間(240分)を超えてはならず、また、②敷地境界線から水平距離が10メートルを超える距離においては日影時間は2.5時間を超えてはならないとされている。本件建築物は、この2つの規制を同時に満足させなければならない。
本件では、日影図(丙10)によると、4時間の日影のライン(上記①の規制)がこの規制測定線5メートルに近接しているか所のA、B、C各点の日影時間は、それぞれ236分、237分、225分であり、240分の規制値の範囲内である。また、2.5時間の日影のライン(上記②の規制)については、そもそも10メートルを超える範囲においては、2.5時間以上日影が生ずる部分は存しないから、やはり規制値の範囲内である。
ウ 原告建物には、午後2時20分ころから日影の影響が始まり、午後4時までの約1時間40分の日影が生じることになるが、これは何ら法に抵触していない。