東京地方裁判所 平成17年(行ウ)586号 判決 2008年11月27日
原告
東京海上日動火災保険株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
根岸重治
同
米田隆
同
手塚裕之
同
太田洋
同
錦織康高
同
尾﨑恒康
同
弘中聡浩
同
手塚崇史
同
福田匠
同
大槻由昭
同
中原千繪
同
鈴木卓
同
土田勇
同
上島正道
被告
国
同代表者法務大臣
森英介
処分行政庁 麹町税務署長
小松則男
被告指定代理人
保木本正樹<他9名>
主文
一 処分行政庁が平成一五年五月二七日付で原告に対してした、平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日までの事業年度の法人税の更正処分のうち所得金額一一五四億八〇三六万一三五八円及び納付すべき税額三六三億一五二三万二三〇〇円を超える部分並びに上記事業年度の法人税に係る重加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。
二 処分行政庁が平成一五年五月二七日付で原告に対してした、平成一〇年四月一日から平成一一年三月三一日までの事業年度の法人税の更正処分のうち所得金額一四七〇億一五〇九万七一二八円及び納付すべき税額四二七億七五四三万三九〇〇円を超える部分並びに上記事業年度の法人税に係る重加算税賦課決定処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。
三 処分行政庁が平成一五年五月二七日付で原告に対してした、平成一一年四月一日から平成一二年三月三一日までの事業年度の法人税の更正処分のうち欠損金額八五億五三六六万四六七二円及び翌期に繰り越す欠損金額八五億五三六六万四六七二円を超える部分を取り消す。
四 処分行政庁が平成一五年五月二七日付で原告に対してした、平成一二年四月一日から平成一三年三月三一日までの事業年度の法人税の更正処分のうち所得金額二五七億五七〇二万八四四八円及び納付すべき税額五億七八八七万四八〇〇円を超える部分並びに上記事業年度の法人税に係る重加算税賦課決定処分の全部及び過少申告加算税賦課決定処分のうち一五九万円を超える部分をいずれも取り消す。
五 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 主文第一項、第二項と同じ
二 処分行政庁が平成一五年五月二七日付で原告に対してした、平成一一年四月一日から平成一二年三月三一日までの事業年度の法人税の更正処分のうち欠損金額八五億七九九四万四九九四円及び翌期に繰り越す欠損金額八五億七九九四万四九九四円を超える部分を取り消す。
三 処分行政庁が平成一五年五月二七日付で原告に対してした、平成一二年四月一日から平成一三年三月三一日までの事業年度の法人税の更正処分のうち、所得金額二五七億〇四〇〇万八〇八二円及び法人税額五億六二九六万八八〇〇円を超える部分並びに上記事業年度の重加算税賦課決定処分及び過少申告加算税をいずれも取り消す。
第二事案の概要
本件は、損害保険業等を営む原告が、その海外子会社との間で締結した再保険契約に基づき支払った再保険料を損金の額に算入して法人税の確定申告を行ったところ、処分行政庁が、上記再保険料には預け金に当たる部分があるとして当該部分を損金の額に算入することを認めず、また、預け金に係る運用収益が益金の額に計上されていないとして更正処分をし、原告が預け金部分を上記再保険契約に基づく再保険料であるかのように装って損金の額に算入し、預け金に係る運用収益を益金の額に計上しなかったことが、国税通則法六八条一項所定の「隠ぺい」又は「仮装」に当たるとして重加算税賦課決定処分をし、過少申告加算税賦課決定処分をしたことから、原告がこれらの各処分の取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実等(証拠等により容易に認められる事実については、各項末尾に証拠等を掲記した。)
(1) 原告(旧商号は東京海上火災保険株式会社。平成一六年一〇月一日に同社と日動火災海上保険株式が合併して現商号に変更された。本判決では、合併前後を通じて「原告」という。)は損害保険業等を営む株式会社である。
(2) Tokio Marine Global Re Limited(旧商号はTokio Marine(Ireland)Limited。平成一一年一〇月に現商号に変更)は、アイルランドにおいて平成八年一二月に設立された、原告が一〇〇パーセントを出資する子会社である(以下「アイルランド子会社」という。)。同社は、原告及び原告グループ会社から再保険契約の引受けを行っている。
(3) 原告は、《省略》までに、アイルランド子会社並びに《省略》(以下「本件再保険会社四社」という。)との間で、それぞれ原告を出再者(再保険契約における被保険者をいう。以下同じ。)、アイルランド子会社及び本件再保険会社四社を受再者(再保険契約における保険者をいう。以下同じ)とし、原告が引き受けた日本国内における地震、津波、火山性噴火に係る危険等による損害を再保険の対象とし、年間保険料をアイルランド子会社及び本件再保険会社四社の合計で《省略》(アイルランド子会社との間は《省略》)のいわゆる掛捨型保険契約として、別紙一の内容のWorldwide Earthquake Excess of Loss Treaty(以下、「ELC再保険契約」という。なお、原告とアイルランド子会社との間で締結されたELC再保険契約を「本件ELC再保険契約」という。)を締結した。
(4) アイルランド子会社は、《省略》までに、《省略》及び《省略》(以下両社を合わせて「《省略》」という。)との間で、それぞれアイルランド子会社を出再者、《省略》を受再者とし、アイルランド子会社が受再者となった再保険契約で本件ELC再保険契約など《省略》が承認したものを再保険の対象とし、年間保険料を合計で《省略》として、別紙二の内容のファイナイト(Finite)型再保険契約(契約の正式名称はMISCELLANEOUS CAT XL Treaty。以下、「本件ファイナイト再保険契約」という。)を締結した。
本件ファイナイト再保険契約には、別紙二記載のとおり、成績勘定残高(EAB)に関する取り決めがあり、《省略》
(5) 原告は、アイルランド子会社に対し、本件ELC再保険契約に基づく再保険料(以下「本件ELC再保険料」という。)として、平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日まで、平成一〇年四月一日から平成一一年三月三一日まで、平成一一年四月一日から平成一二年三月三一日まで及び平成一二年四月一日から平成一三年三月三一日までの各事業年度(以下、上記各事業年度を、順に、「平成一〇年三月期」、「平成一一年三月期」、「平成一二年三月期」及び「平成一三年三月期」という。)に、それぞれ年額《省略》を支払い、平成一〇年三月期には同額を、平成一一年三月期及び平成一二年三月期には《省略》を、平成一三年三月期には《省略》を損金の額に算入し、別表「本件各処分に関する経緯」中の各事業年度の「確定申告」欄の所得金額、納付すべき税額又は翌期へ繰り越す欠損金額を記載した確定申告書を申告期限内に税務署長に提出した。
(6) 処分行政庁は、平成一五年五月二七日付けで、原告に対し、各事業年度の法人税の更正処分をし、また、平成一〇年三月期の法人税に係る重加算税賦課決定処分を、平成一一年三月期及び平成一三年三月期の各法人税に係る重加算税賦課決定処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした。更正処分の内容は、別表「本件各処分に関する経緯」中の平成一〇年三月期、平成一一年三月期及び平成一三年三月期の「更正処分等五」欄の所得金額、納付すべき税額並びに平成一二年三月期の「更正処分等五」欄の所得金額、翌期へ繰り越す欠損金額のとおりであり、また、重加算税賦課決定処分及び過少申告加算税賦課決定処分の内容は、上記別表中の平成一〇年三月期、平成一一年三月期及び平成一三年三月期の「更正処分等五」欄の加算税額のとおりである。
(7) 被告が、前記(6)記載の各処分の理由として主張する内容は別紙三記載のとおりである。すなわち、被告は、各事業年度に、原告がアイルランド子会社に対する支払再保険料であるとして損金の額に算入した額のうち、本件ファイナイト再保険契約のEAB繰入額に相当する《省略》は、預け金であるから損金に算入することはできず、また、同預け金の運用収益に相当する本件ファイナイト再保険契約のEAB加算額に相当する額は、原告の益金であるとして原告に対し更正処分をした。
二 争点
(1) 本件ELC再保険料のうち、本件ファイナイト再保険契約のEAB繰入額に相当する部分(以下「EAB繰入額相当部分」という。)の損金該当性及びEAB加算額相当額の益金該当性
(2) 重加算税賦課決定処分の適法性
(3) 過少申告加算税賦課決定処分の適法性
三 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件ELC再保険料のうちのEAB繰入額相当部分の損金該当性及びEAB加算額相当額の益金該当性)について
(被告の主張)
ア アイルランド子会社は、本件ファイナイト再保険契約の締結によって、保険事故が発生した場合でも発生しなかった場合でも、受領時期は異なるものの、《省略》からEAB繰入額を受領することになるのであり、本件ファイナイト再保険契約に係る再保険料のうち、EAB繰入額の性質は預け金であって、損金に該当しない。また、EAB繰入額の運用収益に当たるEAB加算額は、益金に該当する。
イ 原告は、アイルランド子会社との間で本件ELC再保険契約を締結したが、原告は、利益の平準化、税負担の繰延べ・回避、第二の異常準備金の創設という目的を達成するための一連の計画として、相互に密接に関連した不可分一体のものとして本件ELC再保険契約と本件ファイナイト再保険契約を企図し実行したものであり、アイルランド子会社は、原告がファイナイト再保険契約を直接に締結せずに、メリットを享受するための「受け皿」あるいは「導管」にほかならないから、原告が本件ELC再保険契約の再保険料名目でアイルランド子会社に支出した金員のうちのEAB繰入額相当部分については、本件ファイナイト再保険料のEAB繰入額についての損金・益金性の判断と同じに扱われるべきことになる。
ウ すなわち、原告は、アイルランド子会社に対し、本件ELC再保険契約の再保険料の名目で金員を支払って損金に計上するとともに、そのうちのEAB繰入額相当部分の金員を、本件ファイナイト再保険契約を利用してアイルランド子会社が《省略》から受領し、これをアイルランド子会社にファンドとして積み立てさせると共に、原告は、本件ELC再保険契約の締結の際に、アイルランド子会社との間で、このファンド部分の金員は、原告が選択する適宜の時期に、適宜の金額を原告に返還する旨の合意(以下「本件返還合意」という。)をすることで、たとえば収益が減少した年度に原告に還流させるなどして原告の利益を平準化し、税負担の繰延べ・回避を図り、法定の異常危険準備金以外に、原告の判断によって自由に積み立て、自由に取り崩すことができる第二の異常危険準備金を創設したものである。
エ したがって、原告がアイルランド子会社に支払った本件ELC再保険契約に基づく再保険料のうち、本件ファイナイト再保険契約のEAB繰入額相当部分は預け金であるから損金に該当せず、また、EAB繰入額相当部分に係る運用収益であるEAB加算額相当額は、原告の益金に該当する。
(原告の主張)
ア 原告は、企業向け地震保険(主に企業向け火災保険に地震危険担保特約を付帯する保険であり、地震、津波及び火山の噴火に係る危険による建物等の構築物及びその収容物等の損害を補償の対象とするもの)の引受けを開始するに当たり、地震リスクは、短期的にはその発生が不確実であり、他方で、そのリスクが現実化すれば巨額の損失額が生じ得ることから、そのリスクを種々の方法で分散することにより、原告の単年度決算収支の著しい悪化を避け、原告グループ会社で中長期的にリスクを保有すると共に、収益獲得の機会を最大限にするように策定したものであって、租税回避等の目的で行われたものではない。
イ 原告は、自社で地震リスクに対応できる《省略》を超える損害で、《省略》までの《省略》分の損害について、掛捨型の再保険契約であるELC再保険契約を締結することによって、完全に保険リスクをアイルランド子会社及び本件再保険会社四社に移転し、原告単体としての決算収支の著しい悪化を避けて平準化を図ることとした。そして、それだけでは大規模地震の発生によって、本件ELC再保険契約に基づく保険金をアイルランド子会社が支払うことにより、アイルランド子会社が債務超過となるおそれがあり、そうすると原告グループ会社の連結決算収支が著しく悪化することになりかねないことから、それを避けるために、原告グループ会社外の再保険会社との間で本件ファイナイト再保険契約を締結することにした。すなわち、本件ファイナイト再保険契約につき、保険として会計処理することが認められれば、保険事故が発生した場合には、保険金を収益として計上することによって原告グループ会社の連結決算収支の著しい悪化を防ぐことができる。そして、他方で、本件ファイナイト再保険契約の場合は、保険事故発生の有無に応じて保険料の事後調整が行われることから、保険リスクのうち、時間リスクは《省略》に移転するものの、引受リスクの移転は一定限度に止まることから利益獲得を極大化できる。このようなことから本件ELC再保険契約及び本件ファイナイト再保険契約が締結されたのであって、これらの各契約は私的経済取引として合理性があり、租税回避、繰延べの目的で行われたものではない。
ウ なお、原告とアイルランド子会社が、本件ELC再保険契約の締結の際に、本件ファイナイト再保険契約の終了により《省略》からアイルランド子会社に支払われるEAB繰入額及びEAB加算額について、原告が選択する適宜の時期に、適宜の金額を原告に返還する旨の合意をした事実はない。
また、法人税は個々の法人を課税単位として課税されるのであり、原告とアイルランド子会社は別個の法人としてそれぞれ存在しているのであるから、本件ELC再保険契約と本件ファイナイト再保険契約の不可分一体性、あるいはアイルランド子会社が導管であり利益の受け皿であるというような法人税法に根拠のない曖昧な理由によって、本件ELC再保険料の損金該当性が、原告が当事者となっていない本件ファイナイト再保険契約の再保険料の損金該当性の判断に影響されたり、本件ファイナイト再保険契約の一定部分が原告の益金となることはあり得ない。
エ したがって、原告がアイルランド子会社に掛捨ての保険料として支払った本件ELC再保険料は全額が損金に該当し、また、EAB加算額相当額が原告の益金となることはない。
(2) 争点(2)(重加算税賦課決定処分の適法性)について
(被告の主張)
原告は、ファイナイト再保険料が税務当局から損金と認められない可能性が高いことを認識しながら、税負担を回避する目的でアイルランド子会社に本件ファイナイト再保険契約を締結させており、当初から所得を過少に申告することを意図していた。また、原告は、あえてアイルランド子会社を受け皿として介在させて、本件ELC再保険契約、本件ファイナイト再保険契約を締結するという複雑でわかりにくい租税回避スキームを意図的に構築し、税務調査においても調査担当者に虚偽あるいはあいまいな回答をするなどして、所得を過少に申告する意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしていた。さらに、原告は、所得を過少に申告する意図に基づき、各事業年度の確定申告をした。以上の事実からすれば、原告の行為は国税通則法六八条一項の「隠ぺい」又は「仮装」行為に当たるというべきであり、重加算税賦課決定処分は適法である。
(原告の主張)
本件ELC再保険契約、本件ファイナイト再保険契約は、租税回避を意図して複雑な取引を構築したなどというものではなく、原告に所得を過少に申告する意図はなく、原告が税務当局の担当者に対して虚偽ないしあいまいな回答をしたことはないのであって、原告の行為は、国税通則法六八条一項の「隠ぺい」又は「仮装」に当たらず、重加算税賦課決定処分は違法である。
(3) 争点(3)(過少申告加算税賦課決定処分の適法性)について
(被告の主張)
平成一一年三月期の更正処分は、航空プール保険に関する運用収益の計上漏れがあることも理由として、平成一三年三月期の更正処分は、航空プール保険に関する運用収益の計上漏れがあること及び損金の額に算入することができない交際費等があることも理由としてそれぞれ行われたものであり、これらは過少申告加算税の対象となるから、上記各事業年度の過少申告加算税賦課決定処分は適法である。
(原告の主張)
平成一一年三月期の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分は、除斥期間の三年間(平成一六年法律第一四号による改正前の国税通則法七〇条一項)を経過してされた違法なものである。
また、平成一三年三月期に航空プール保険に関する運用収益の計上漏れと、損金の額に算入することができない交際費等があることは認めるが、過少申告加算税額は争う。
第三争点に対する判断
一 争点(1)(本件ELC再保険料のうちのEAB繰入額相当部分の損金該当性及びEAB加算額相当額の益金該当性)について
(1) 前記争いのない事実等のとおり、本件ELC再保険契約は、原告を出再者、アイルランド子会社を受再者とする契約であり、また、本件ファイナイト再保険契約は、アイルランド子会社を出再者、《省略》を受再者とする契約である。そして、それぞれの契約の当事者となっている法人が、それぞれの設立国の法令に従って有効に設立された法人であることも当事者間に争いはない。そうすると、本件ELC再保険契約と本件ファイナイト再保険契約は、少なくとも法形式上、それぞれ別個の当事者間における、異なる内容を有する契約である。
そして、そもそも租税法は、経済活動ないし経済現象を課税の対象としているところ、経済活動ないし経済現象は、第一次的には私法によって規律されているものであり、租税法律主義の目的である法的安定性を確保するためには、課税は、原則として私法上の法律関係に即して行われるべきことになると解される。もとより、税負担を回避ないし軽減することを目的として行われる行為が、たとえば仮装行為であったり通謀虚偽表示であって、外形上存在するようにみえる意思の合致が実際には存在しないと判断されるような場合などには、その行為が不存在又は無効であることを前提として課税が行われるべきであり、そのような場合には、税負担の回避ないし軽減の効果は生じないことになる。
この点につき、被告は、本件ELC再保険契約と本件ファイナイト再保険契約は、相互に密接に関連した不可分一体のものとして、原告の税負担の繰延べや回避等を目的として行われたものであり、アイルランド子会社は、原告が直接に本件ファイナイト再保険契約を締結せずにメリットを享受するための「受け皿」又は「導管」にほかならないと主張する。この受け皿ないし導管ということの法的な意味は必ずしも明らかではないが、仮に、本件ELC再保険契約及び本件ファイナイト再保険契約が、経済的取引としての合理性を欠くものであって、専ら租税回避等の目的によって作出されたものであるならば、その法形式による真の合意の存在や有効性には疑問が生じ得るが、それらの契約に経済的取引としての合理性が肯認できるのであれば、そのような法形式を選択した当事者の意思に基づく法律関係を前提として課税がされるべきことになる。
そこで、まず、本件ELC再保険契約及び本件ファイナイト再保険契約が、原告が企図した企業向け地震保険の再保険として、経済的取引としての合理性を欠くものであるか否かを検討する。
(2) 原告が企業向け地震保険の引受けを開始した経緯や原告が検討した地震保険の保険リスク分散の手法等について検討するに、前記争いのない事実等、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
ア 企業向け地震保険は、政府による再保険制度が存在せず、大規模な地震が発生した場合には巨額の保険金の支払いにより経営の健全性が損なわれるおそれがあったことなどから、原告を含む我が国の損害保険会社は、企業向け地震保険の引受けに躊躇していた。しかし、平成七年一月に発生した兵庫県南部地震を契機に、企業の地震リスクの管理に関心が高まったことや、保険市場の自由化を受けて平成八年末に我が国に事務所を開設することを予定していた英国のロイズ保険組合が我が国において企業向け地震保険の引受けを行うと報じられたことなどから、原告は、それまでの方針を変更し、平成九年一月二八日の経営会議で、企業向け地震保険の本格的な引受けをすることを正式に決定した。
イ 《省略》
(ア) 《省略》
(イ) 《省略》
b 《省略》
c 《省略》
d 《省略》
なお、本件全体スキームの概要を図示すると、下記のとおりである。
《省略》
ウ 《省略》
(3) 以上の事実が認められるところ、これらの事実によれば、まず、原告とアイルランド子会社との間の本件ELC再保険契約は、企業向け地震保険を引き受けるに当たり、原告自身でリスク引受けができる部分以外の保険リスクを、再保険等によって移転するための方法の一つとして選択されたものであると認められる。
そして、本件ELC再保険契約及び本件ファイナイト再保険契約が対象とする上記の損害額《省略》から《省略》までの部分は、かなり大規模の地震による損害を填補するものであるが、《省略》程度の複数年度であればある程度の発生予測が可能であることから、適切な保険料を定めることによって損害額《省略》以下の部分に次いで収益が期待できる部分であり、原告は自らリスク引受けができないことから再保険に出再するものの、できるだけ収益を確保するために再保険先を原告グループ会社として支払保険料を原告グループ内に留保し、他方で、保険事故が発生した場合にも、受再者の原告グループ会社が、巨額の保険金支払費用の計上によって収支が著しく悪化することを避けるため、その原告グループ会社が、企業会計ないし税務上、保険として認められている国においてさらにファイナイト型再保険契約を締結することによって、保険事故が発生した場合には同再保険契約の受再者からの保険金支払により原告グループ会社の収支の悪化を防ぐと共に、できる限り原告グループ会社から外部への支払保険料が流出しないようにすることを企図して、原告が、ファイナイト再保険契約が保険として認められているアイルランドにおいて設立したアイルランド子会社との間で本件ELC再保険契約を締結し、さらにアイルランド子会社が《省略》との間で本件ファイナイト再保険契約を締結したことには、損害保険会社である原告が、保険事故が生じた場合にグループ会社を含めて単年度決算収支の著しい悪化を回避しつつ、利益を最大にすることを目的として採用したスキームとして十分に経済的な合理性が認められる。
そうすると、本件ELC再保険契約及び本件ファイナイト再保険契約等によって原告らが行った法律上の行為には経済的な合理性があり、これらが専ら租税回避等の目的で外形を作出したものにすぎないと認めることは到底できないのであるから、本件においては、原告らが行った法律行為に従った法的効果が生じると解すべきである。
(4) これに対し、被告は、本件ファイナイト再保険契約に係る再保険料のうち、EAB繰入額の性質は預け金であるところ、原告は、アイルランド子会社に対し、本件ELC再保険契約の再保険料の名目で金員を支払い、そのうちのEAB繰入額相当部分の金員を本件ファイナイト再保険契約を利用してアイルランド子会社にファンドとして積み立てさせ、原告とアイルランド子会社との間で本件ELC再保険契約を締結する際に、このファンド部分を、原告が選択する適宜の時期に、適宜の金額を原告に返還する旨の本件返還合意し、原告に還流させていたのであるから、本件ELC再保険契約の再保険料名目で支出した金員のうちEAB繰入額相当部分の損金該当性は、本件ファイナイト再保険料のEAB繰入額の損金該当性の判断に従うべきであると主張する。
たしかに、本件ファイナイト再保険契約の再保険料のうちのEAB繰入額は、預け金としての性格を有するものとも解し得るが、前記のとおり、本件ELC再保険契約及び本件ファイナイト再保険契約を中心とする一連のスキームは、原告が、保険事故が生じた場合にグループ会社を含めて単年度決算収支の著しい悪化を回避しつつ、利益を最大にすることを目的として採用したものとして十分に経済的な合理性が認められるのであるから、そもそも本件ファイナイト再保険契約とは、全く異なる当事者間における全く異なる内容の契約である本件ELC再保険契約に基づいて原告が支払った金員の損金該当性について、本件ファイナイト再保険契約に基づいて支出された金員の損金該当性と全く同一に判断しなければならない理由はない。
また、原告とアイルランド子会社との間で、被告主張のような本件返還合意が明示的にされたことを認めるに足りる証拠はなく、また、黙示の本件返還合意についても、《証拠省略》によれば、アイルランド子会社は、平成八年一二月に設立されて以降、原告及び原告の子会社であった香港のThe Wuphoon Insurance Company Lim-ited(ウーフン社)がグループ内会社から引き受けていた再保険契約を順次引き受け、《省略》時点では、《省略》の再保険契約を引き受けて《省略》(日本円で《省略》)の当期利益を上げていることが認められるから、アイルランド子会社に資金需要があることも十分に想定されるのであって、アイルランド子会社が原告の一〇〇パーセント子会社であるからといって直ちに、本件ELC再保険契約の際に原告とアイルランド子会社との間で、黙示の本件返還合意がされたと推認することはできない。そして、そもそもアイルランド子会社は原告の一〇〇パーセント子会社であるから、あえて被告主張のような本件返還合意をしなくとも、本件ファイナイト再保険契約の契約期間が終了し、アイルランド子会社に《省略》から金員が支払われた後、各社の資金需要等を踏まえて、原告とアイルランド子会社が別個に合意したり、利益配当するなどして、資金を原告に移動することも実際上十分に可能であるから、本件ELC再保険契約締結時に、予め本件返還合意をする必要性は乏しいというべきであり、他に、原告とアイルランド子会社が、本件ELC契約締結時に、黙示の本件返還合意をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって、この点についての被告の主張は理由がない。
(5) また、被告は、原告が、税金のかからない「第二の異常危険準備金」の創設という目的を達成するため、アイルランド子会社をあえて介在させて本件各契約を行ったものであり、経済取引としての合理性が認められないと主張する。
この点、《証拠省略》によれば、たしかに原告がアイルランド子会社に本件ELC再保険料を支払い、アイルランド子会社が《省略》に本件ファイナイト再保険料を支払い、契約期間中無事故の場合には、《省略》がアイルランド子会社にEAB繰入額とEAB加算額の累積額を支払い、これをアイルランド子会社で留保すれば同国の法人税(本件ファイナイト再保険契約開始当時で二六パーセント)の課税を受けるにとどまるのであって、原告が支払った本件ELC再保険料のうちのEAB繰入額相当部分が日本の法人税等(本件ファイナイト再保険契約開始当時で四五パーセント)の課税を受けることなく、日本より税率の低いアイルランドで留保されている状態になることになると認められる。そして、《証拠省略》によれば、原告は、本件ファイナイト再保険契約が終了し、《省略》からアイルランド子会社に金員が支払われる場合には、原告がアイルランド子会社に法定の異常危険準備金ではないいわゆる「第二の異常危険準備金」としての機能を有する金員を留保でき、また、アイルランド子会社には我が国の租税特別措置法六六条の六第一項のいわゆるタックスヘイブン対策税制が適用されないため、日本で上記金員を留保するよりも税務上のメリットがあることを認識していたことが認められる。
しかしながら、原告が、アイルランド子会社に本件ファイナイト再保険契約を締結させたのは、前記のとおり、ファイナイト型再保険契約は、日本では会計処理ないし税務上保険として扱われるかどうかが不明確であったが、アイルランドでは保険として扱われていたことから、保険事故発生の際にファイナイト型再保険契約に基いてアイルランド子会社が受領する保険金を収益として扱うことができ、それゆえにアイルランド子会社の単年度決算収支及び原告グループ会社の単年度連結決算収支が著しく悪化することを避けるという経済的合理性のある目的を達成するためであったと認められるのであって、専ら租税を回避する目的で行ったものと解することはできない。
また、そもそも保険業法一一六条、保険業法施行規則七〇条に基づき異常災害に備えて積み立てることを義務付けられている異常危険準備金は、これを当期未処分利益から利益処分によって積み立てる場合には、商法上株主総会による決議を経る必要があり(平成一七年法律第八七号による改正前の商法二八三条一項四号)、積立額が法定され(保険業法施行規則七〇条)、積立金を損金算入できる金額も限定されている(租税特別措置法五七条の五)などの制約があり、また、取り崩しについても異常災害損失が現実に生じた場合に限定されていることから、原告が、そうした厳しい制約がない自由な「第二の異常危険準備金」をアイルランド子会社において留保し、異常災害発生時等に生じ得る原告及び原告グループ会社の資金需要に応じて機動的な対応をすることを企図したとしても、それ自体経済的な合理性が認められるのであって、非難されるべきことではない。そして、アイルランド子会社には、我が国の租税特別措置法六六条の六第一項のいわゆるタックスヘイブン対策税制が適用されないため、原告グループ社にとっては、日本でこれを保留するよりも税務上のメリットがあるとしても、それはいわゆるタックスヘイブン対策税制の適用がない以上当然の結果であって、それ自体は何ら違法の問題は生じない。
(6) 小括
以上によれば、原告とアイルランド子会社との間の本件ELC再保険契約及びアイルランド子会社と《省略》との間の本件ファイナイト再保険契約は、それぞれ異なる法人間の異なる内容の契約であるところ、これらの契約内容にはそれぞれ経済的な合理性が認められるのであって、これらの契約が、専ら租税回避等の目的で法的な外形を作出したものであると認めることはできないから、当事者が選択した当該法形式に基づく法律関係を前提として課税がされるべきことになる。
そうすると、本件ELC再保険契約に基づきアイルランド子会社に支払った掛捨ての再保険料は経費に該当し、その全額が損金の額に算入されると解すべきであり、また、本件ファイナイト再保険契約におけるEAB加算額が、当該契約の当事者ではない原告の益金に該当するということはないと解すべきである。
したがって、本件ELC再保険料のうち、本件ファイナイト再保険契約のEAB繰入額相当部分が損金に該当せず、かつ、EAB繰入額相当部分に係る運用収益であるEAB加算額相当額は原告の益金に該当するとして、処分行政庁が原告に対してした平成一五年五月二七日付けの更正処分は違法である。
二 争点(2)(重加算税賦課決定処分の適法性)について
各事業年度の重加算税賦課決定処分は、原告が本件ELC再保険料のうちのEAB繰入額相当部分が支払再保険料であるかのように装って損金の額に算入し、また、EAB加算額相当額を運用収益に計上せずに確定申告をしたことが、国税通則法六八条一項所定の「隠ぺい」又は「仮装」に当たるとしてされたものであり、争点(1)についての当裁判所の判断のとおり、EAB繰入額相当部分は支払再保険料であって損金の額に算入することができるものであり、EAB加算額相当額は原告の益金に当たらないから、その余の点を判断するまでもなく、重加算税賦課決定処分は違法である。
三 争点(3)(過少申告加算税賦課決定処分の適法性)について
(1) 平成一一年三月期についての過少申告加算税賦課決定処分は、平成一五年五月二七日付で行われており、平成一六年法律第一四号による改正前の国税通則法七〇条一項二号所定の除斥期間を経過した後に行われたこと、すなわち、上記事業年度の確定申告書の提出期限から三年を経過した日以後に行われたものであることは明らかである。そして、本件では、争点(1)についての当裁判所の判断のとおり、原告が本件ELC再保険料を全額損金の額に算入したこと及びEAB加算額相当額を益金に計上しなかったことには誤りがなく、原告が同事業年度の確定申告書を提出したことについて「偽りその他不正の行為」(国税通則法七〇条五項)があったとは認められないから、同項所定の七年の除斥期間が適用される場合に当たらない。
そうすると、上記過少申告加算税賦課決定処分は、上記三年の除斥期間が経過した後にされたものであるから、全部違法である。
(2) また、平成一三年三月期についての過少申告加算税賦課決定処分は、原告は、平成一三年三月期に航空プール保険に関する運用利益の計上漏れと、損金の額に算入することができない交際費等があることは認めているが、争点(1)についての当裁判所の判断に従って再計算をすると、過少申告加算税額が一五九万円となる(後記四の「当裁判所の認定」のとおり)から、過少申告加算税賦課決定処分は同額を超える部分が違法である。
四 各事業年度の各処分の適法性について
(1) 平成一〇年三月期
平成一〇年三月期についての更正処分は、本件ELC再保険料のうちのEAB繰入額相当部分が損金に該当せず、EAB加算額相当額が原告の益金に該当することを理由としてされたものであるから違法である。
また、平成一〇年三月期の法人税に係る重加算税賦課決定処分は全部違法である。
したがって、更正処分のうち、所得金額一一五四億八〇三六万一三五八円、法人税額三六三億一五二三万二三〇〇円(別表「本件各処分に関する経緯」の平成一〇年三月期の「更正処分等三」による「所得金額」欄、「納付すべき税額」欄の各金額)を超える部分は違法であり、上記事業年度の法人税に係る重加算税賦課決定処分は全部違法である。
(2) 平成一一年三月期
平成一一年三月期についての更正処分は、①本件ELC再保険料のうちのEAB繰入額相当部分が損金に該当せず、EAB加算額相当額が原告の益金に該当すること、②航空プール保険に関する運用収益の計上漏れがあることを理由にされたものであり、上記①を理由としてされた部分の更正処分は違法である。また、上記②を理由としてされた部分の更正処分も、前記三(1)と同様に、三年の除斥期間を経過して行われたものであり、七年の除斥期間が適用されるべき場合であるとはいえないから、上記②を理由としてされた部分の更正処分も違法である。
また、平成一一年三月期の法人税に係る重加算税賦課決定処分及び過少申告加算税賦課決定処分もいずれも全部違法である。
したがって、更正処分のうち、所得金額一四七〇億一五〇九万七一二八円、法人税額四二七億七五四三万三九〇〇円(別表「本件各処分に関する経緯」の平成一一年三月期「更正処分等三」による「所得金額」欄、「納付すべき税額」欄の各金額)を超える部分が違法である。また、上記事業年度の法人税に係る過少申告加算税及び重加算税賦課決定処分はいずれも全部違法である。
(3) 平成一二年三月期
平成一二年三月期についての更正処分は、①本件ELC再保険料のうちのEAB繰入額相当部分が損金に該当せず、EAB加算額相当額が原告の益金に該当すること、②航空プール保険に関する運用収益の計上漏れがあること及び損金の額に算入することができない交際費等があることを理由としてされたものであり、上記①を理由としてされた部分の更正処分は違法である。他方、上記②の部分は航空プール保険の計上漏れ及び交際費等を損金の額に算入できないことについて争いがないから、上記②を理由としてされた部分の更正処分は適法である。
したがって、上記更正処分は、欠損金額八五億五三六六万四六七二円、翌期に繰り越すべき欠損金額八五億五三六六万四六七二円を超える部分が違法である(別紙四「当裁判所の認定」のとおり)。
(4) 平成一三年三月期
平成一三年三月期についての更正処分は、①本件ELC再保険料のうちのEAB繰入額相当部分が損金に該当せず、EAB加算額相当額が原告の益金に該当すること、②航空プール保険に関する運用収益の計上漏れがあること及び損金の額に算入することを理由にされたものであり、上記①を理由としてされた部分の更正処分は違法である。他方、上記②の部分は航空プール保険の計上漏れ及び交際費等を損金の額に算入できないことについて争いがないから、上記②を理由としてされた部分の更正処分は適法である。
また、平成一三年三月期の法人税に係る重加算税賦課決定処分は全部違法であり、過少申告加算税賦課決定処分は、一五九万円を超える部分が違法である。
したがって、更正処分のうち、所得金額二五七億〇四〇〇万八〇八二円及び納付すべき税額五億七八八七万四八〇〇円を超える部分は違法であり、上記事業年度の法人税に係る重加算税賦課決定処分は全部違法であり、過少申告加算税賦課決定処分のうち一五九万円を超える部分が違法である(別紙四「当裁判所の認定」のとおり)。
第四結論
原告の請求のうち、平成一〇年三月期及び平成一一年三月期の各事業年度に関する各処分の取消しを求めるもの並びに平成一三年三月期の法人税に係る重加算税賦課決定処分の取消しを求めるものは全部理由があるからいずれも認容し、平成一二年三月期及び平成一三年三月期の各事業年度の各更正処分並びに平成一三年三月期の法人税に係る過少申告加算税の取消しを求めるものは一部理由があるからいずれもその限度で認容し、原告のその余の請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 定塚誠 裁判官 中山雅之 佐々木健二)
別表 本件各処分に関する経緯《省略》
別紙一 ELC再保険契約の概要《省略》
別紙二 本件ファイナイト再保険契約の概要《省略》
別紙三 各処分の根拠《省略》
別紙四 当裁判所の認定《省略》