東京地方裁判所 平成17年(行ウ)599号 判決 2006年12月14日
主文
1 本件訴えのうち,関東経済産業局長が原告に対し平成17年12月16日付けでした揮発油等の品質の確保等に関する法律17条の2第1項の規定に基づく指示の取消しを求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
(第1事件)
1 関東経済産業局長(以下「処分行政庁」という。)が原告に対し平成17年6月20日付けでした揮発油等の品質の確保等に関する法律(以下「品確法」という。)20条1項の規定に基づく報告徴収処分(以下「本件報告徴収処分」という。)を取り消す。
2 原告が,平成15年法律第50号(以下「平成15年改正法」という。)による品確法の改正後においても,品確法13条に違反することなく,別紙商品目録記載の自動車用燃料を販売すること(以下「本件販売行為」という。)ができることを確認する。
(第2事件)
処分行政庁が原告に対し平成17年12月16日付けでした品確法17条の2第1項の規定に基づく指示(以下「本件指示」という。)を取り消す。
第2事案の概要
本件は,揮発油販売業者である原告が,原告の販売する自動車用燃料について,処分行政庁から,当該燃料は品確法施行規則10条に定める揮発油規格に適合せず,その販売行為は品確法13条に違反するとして,本件報告徴収処分及び本件指示を受けたことから,当該燃料は,アルコール等を主成分とし,精製過程の中で残留した極微量の炭化水素が混入しているにすぎず,品確法の規制対象である揮発油に当たらないと主張して,本件報告徴収処分及び本件指示の取消しと,本件販売行為が適法であることの確認を求める事案である。
1 関係法令の定め
(1) 品確法における「揮発油」及び「炭化水素油」の意義
ア 平成15年改正前の品確法
平成15年改正法による改正前の品確法は,2条1項に「石油製品」の定義として,「この法律において『石油製品』とは,揮発油,灯油,軽油及び重油並びにこれらに準ずる炭化水素油及び石油ガス(液化したものを含む。)であって経済産業省令で定めるものをいう。」と定めるのみで,「揮発油」,「炭化水素油」等の定義規定を置いていなかった。
イ 平成15年改正後の品確法
平成15年改正法(平成15年5月28日公布,同年8月28日施行)による改正後の品確法は,2条1項の「石油製品」の定義規定の中で,「炭化水素油」の意義として,「炭化水素油(炭化水素とその他の物との混合物又は単一の炭化水素を含む。以下同じ。)」と定め,さらに同条2項に「揮発油」の定義として,「この法律において『揮発油』とは,炭化水素油であって,経済産業省令で定める蒸留性状の試験方法による減失量加算90パーセント留出温度が180度を超えない範囲内で経済産業省令で定める温度以下のものをいう。」と定めている。
(2) 品確法(以下特に断りのない限り,平成15年改正法による改正後のものをいう。)における揮発油販売業の規制の概要
ア 揮発油販売業及び揮発油販売業者
品確法において「揮発油販売業」とは,経済産業省令で定める給油設備により自動車に揮発油(揮発油と同じ用途に用いることができる石油製品であって経済産業省令で定めるものを含む。以下アにおいて同じ。)を給油するための施設(給油所)を用いて揮発油を販売する事業をいう(品確法2条3項,4項)。
揮発油販売業を行おうとする者は,経済産業大臣の登録を受けなければならない(品確法3条)。この登録を受けた者を「揮発油販売業者」という(品確法6条1項3号)。
イ 規格に適合しない揮発油の販売の禁止
揮発油販売業者は,揮発油の規格として経済産業省令で定めるもの(以下「揮発油規格」という。品確法施行規則10条)に適合しない物を,自動車の燃料用の揮発油(揮発油と同じ用途に用いることができる石油製品であって経済産業省令で定めるものを含む。)として消費者に販売してはならない(品確法13条)。
品確法13条の規定に違反して販売した者は,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる(品確法25条)。法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従業者がその法人又は人の業務に関し,違反行為をしたときは,行為者のほか,その法人又は人に対しても各本条の罰金刑が科せられる(品確法28条)。
ウ 立入検査
経済産業大臣は,品確法の施行に必要な限度において,その職員に,揮発油販売業者等の事務所,給油所その他の事業場に立ち入り,帳簿,書類その他の物件を検査させ,又は試験のため必要な最少限度の分量に限り揮発油等の必要な試料を収去させることができる(品確法20条2項)。
エ 報告徴収
経済産業大臣は,品確法の施行に必要な限度において,揮発油販売業者等に対し,その業務に関し報告させることができる(品確法20条1項)。
オ 揮発油販売業者に対する指示
経済産業大臣は,揮発油販売業者が品確法13条の規定に違反した場合において,揮発油の消費者の利益が害されるおそれがあると認めるときは,当該揮発油販売業者に対し,その販売に係る揮発油の品質の確保に関し必要な措置をとるべきことを指示することができる(品確法17条の2第1項)。
経済産業大臣は,品確法17条の2第1項の規定による指示をした場合において,その指示を受けた者がこれに従わなかったときは,その旨を公表することができる(品確法17条の2第2項)。
カ 事業停止命令及び登録の取消し
経済産業大臣は,揮発油販売業者が品確法13条の規定に違反したときは,6月以内の期間を定めてその事業の全部又は一部の停止を命ずることができる(品確法11条2項2号)。
経済産業大臣は,揮発油販売業者が品確法11条2項の規定による命令に違反したときは,その登録を取り消すことができる(品確法11条1項3号)。
2 前提となる事実(証拠の付記のない部分は当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,平成12年11月21日,低公害性燃料の製造及び販売等を目的として設立された株式会社であり,平成17年4月27日,品確法3条による経済産業大臣の登録を受けた揮発油販売業者である。
(2) 弁護士錦織淳ほか4名の弁護士は,平成15年5月6日付けの書面により,経済産業省資源エネルギー庁石油流通課に対し,「数種のアルコール及びエーテルの混合物で成り立つ成分組成を有する,炭化水素を一切含有しない非水溶性液体自動車用燃料」(以下「照会対象燃料」という。)が平成15年改正法案(以下「改正案」という。)の規制対象となるか否かについて重大な関心を有しているとして,次のアないしカの内容の照会(以下「本件照会」という。)を行ったところ,同年5月9日,同課担当者から,アないしオについてはいずれも「その通り」,カについては「後者」との回答を得た。(甲4,甲5)
ア 改正案の主たる目的は,「炭化水素油とその他の物との混合物」を規制対象とすることにあるところ,照会対象燃料が改正案の理由にいう「炭化水素油とその他の物との混合物」に該当しない結果,照会対象燃料は,改正案の規制対象にならないと解されるが,如何。
イ 照会対象燃料が改正案2条1項にいう「炭化水素油とその他の物との混合物」に該当せず,したがって,照会対象燃料は,同項にいう「石油製品」に該当しないと解されるが,如何。
ウ 照会対象燃料が改正案2条3項にいう「石油製品」に該当せず,したがって,同燃料を給油するための施設は,同項にいう「給油所」に該当しないと解されるが,如何。
エ 照会対象燃料を給油するための施設が改正案2条4項にいう「前項の施設」に該当せず,したがって,同燃料のみの販売業は,同項にいう「揮発油販売業」に該当しないと解されるが,如何。
オ 照会対象燃料のみの販売は,改正案13条の規制対象にならないと解されるが,如何。
カ 改正案17条の4第4項で「届け出」るのは,揮発油を輸入する契約を締結したときか,それとも揮発油を日本国内に運び入れたときのいずれか。
(3) 関東経済産業局石油製品品質管理検査官は,平成17年4月22日,原告の経営するP1給油所(東京都福生市α-××-7所在)に赴いて立入検査(以下「本件立入検査」という。)を行い,同所において商品名「β」として販売されていた自動車用燃料(以下「本件商品」という。)の一部を収去した。(乙3,弁論の全趣旨)
(4) 関東経済産業局資源エネルギー環境部長は,平成17年5月18日付けの書面により,原告に対し,本件立入検査で収去した本件商品の一部(以下「本件検査収去燃料」という。)について,分析をしたところ,品確法施行規則10条で定める揮発油規格に適合しないことが判明したとして,法令で定める揮発油規格に違反する当該燃料の販売の即時停止を求める要請(以下「本件改善要請」という。)をした。(甲1)
これに対し,原告は,平成17年6月22日付けの書面により,関東経済産業局資源エネルギー環境部長に対し,本件改善要請について抗議をするとともに,本件商品の販売店に対する品確法に基づく規制権限の行使は,正当な業務に対する妨害行為であり,違法な行政処分であるとして,その即時中止を求める申し入れを行った。(甲9の1,2)
(5) 経済産業大臣の権限の委任を受けた処分行政庁は,平成17年6月20日付けの書面により,原告に対し,本件検査収去燃料が品確法施行規則10条で定める揮発油規格に適合しないことが判明したが,その後の本件改善要請に対して十分な対応がなされていないとして,揮発油規格に適合しない燃料の販売停止及び再発防止措置について,同年7月4日午後5時までに報告を提出するよう求める本件報告徴収処分をした。(甲2)
これに対し,原告は,平成17年7月4日付けの書面により,処分行政庁に対し,前記(4)と同様の抗議及び申し入れを行った。(甲10の1,2)
(6) 処分行政庁は,平成17年8月15日付けの書面により,原告に対し,今回明らかとなった揮発油規格に違反する燃料の販売は品確法13条違反であるとして,今後予定している品確法17条の2第1項の規定に基づく必要な措置をとるべき指示について,弁明があれば同年8月29日午後5時までに弁明書を提出するよう求める通知(以下「本件弁明通知」という。)をした。(甲3)
(7) 経済産業大臣の権限の委任を受けた処分行政庁は,平成17年12月16日付けの書面により,原告に対し,原告が品確法13条に違反し,揮発油の消費者の利益を害するおそれがあると認められるとして,品確法17条の2第1項の規定に基づき,揮発油規格に適合しない燃料の販売の即時停止,販売停止した旨の誓約書の提出及び再発防止措置に関する報告書の提出を求める本件指示をした。(甲11)
3 争点及び当事者の主張
(1) 本案前の争点(本件指示の処分性)
本案前の争点として,本件指示の取消しの訴えの適法性に関し,本件指示が取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法3条2項)に該当するか否かが争われている。
ア 被告の主張
品確法17条の2第1項にいう経済産業大臣による指示は,当該揮発油販売業者を法律上拘束する意味を有するものではない一種の行政指導であって,直接国民の権利義務に影響を及ぼすような具体的法律効果を発生させるものではないから,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には当たらない。
当該揮発油販売業者が品確法17条の2第1項の規定に基づく経済産業大臣による指示に従わなかったときは,同条2項の規定に基づき経済産業大臣はその旨を公表することができることとなるが,その公表行為は,同条1項の規定に基づく指示に従わなかった事実を公表するという非権力的な事実行為であって,それ自体によって直接国民の権利義務に影響を及ぼすとまではいえない。上記公表に仮に制裁的機能・侵害的性格が認められるとしても,それ自体が直接法律効果を有するものではない以上,抗告訴訟の対象となると解するのは困難であり,その前提としての行政指導である指示も抗告訴訟の対象とはならないものと解するほかはない。
原告は,本件指示に処分性があるとする主張の根拠として,最高裁判所平成17年7月15日第二小法廷判決・民集59巻6号1661頁(以下「最高裁平成17年判決」という。)を挙げる。しかしながら,同判決は,医療法(平成9年法律第125号による改正前のもの)30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告について,医療法上行政指導として定められているものではあるが,当該勧告に従わない場合には,健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条の3の規定に基づく保険医療機関の指定を受けることができなくなるという法律上の効果があることを前提として,処分性を肯定したものと解される。これに対し,本件においては,品確法上,一種の行政指導として定められている経済産業大臣による指示について,当該指示に従わなかった場合に,同法17条の2第2項の規定に基づきその旨を公表されることがあり得るとしても,これは当該揮発油販売業者に対して事実上の効果を有するものではあるものの,法律上の地位に対する影響を有するものとして規定されているものではないから,上記のような処分性に関する最高裁平成17年判決の考え方を当てはめる前提を欠くものというべきである。したがって,原告の主張は,同判決を正解しないものといわざるを得ず,失当である。
以上によれば,本件指示の取消しを求める訴えは,取消訴訟の対象とすることのできない行政庁の行為を対象とするものであって不適法であり,却下を免れない。
イ 原告の主張
本件指示は,品確法17条の2第1項という法律の定めるところに基づく指示であるだけでなく,当該指示を受けた者がこれに従わなかったときは,同条2項の規定に基づいて経済産業大臣によってその旨を公表されるという不利益措置と結合しているものである。しかも,違法燃料販売業者として公表するという不利益措置は,相当程度の確実さをもって,当該指示に従わなかった者が自動車用燃料販売事業を継続できなくなるという極めて重大な結果をもたらす制裁機能を有するものである。すなわち,我が国における自動車用燃料販売事業者は,零細企業が多く,本件商品のような「100%アルコール系燃料」だけを販売して生計を立てることは困難であり,ガソリンを併売することで生計を維持している。そのため,ひとたび行政当局によって違法燃料販売業者とのレッテルを貼られれば,生命線であるガソリンの販売が困難となり,事実上,自動車用燃料販売店の経営が成り立たなくなってしまうことになる。
行政事件訴訟法上の取消訴訟制度は,広く行政活動の違法性をコントロールし,国民の権利救済を可能な限り行うための積極的な手段であるから,上記の重大な結果をもたらす制裁機能を有する公表という不利益措置と結合している品確法17条の2第1項の規定に基づく指示は,その性格を行政処分とするか行政指導とするかはさておき,取消訴訟の対象である「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるというべきである(最高裁平成17年判決参照)。
したがって,本件指示の取消しを求める訴えは,適法である。
(2) 本案の争点①(本件報告徴収処分及び本件指示の適法性)
本案の争点の第1は,本件報告徴収処分及び本件指示の適法性であり,その前提として,本件商品が品確法の規制の対象となる「炭化水素油」に該当し,「揮発油」に当たるか否かが争われている。
ア 被告の主張
(ア) 品確法における「揮発油」の意義
平成15年改正法による品確法の改正は,揮発油にアルコール等を大量に混合させた「高濃度アルコール含有燃料」がガソリン自動車の安全面,環境性能面で問題があることを踏まえ,当該燃料に対する規制の必要から行われたものである。すなわち,改正後の品確法2条1項は,「石油製品」の範囲を明らかにするため,「揮発油,軽油及び灯油並びにこれらに準ずる炭化水素油(炭化水素とその他の物との混合物又は単一の炭化水素を含む。)」と定義し,これにより,品確法の規制対象となる揮発油等の炭化水素油として,炭化水素以外のものを主成分とする混合物も含まれることが明らかとなった。また,改正後の品確法2条2項以下において,「揮発油」(同条2項),「軽油」(同条5項)及び「灯油」(同条7項)についてもそれぞれ明確な定義規定を置き,いずれも同条1項にある「炭化水素とその他の物との混合物」を含めた意味での炭化水素油の部分集合であることを明らかにした。
以上のような平成15年改正法の趣旨を踏まえれば,改正後の品確法2条2項が「『揮発油』とは,炭化水素油であって,経済産業省令で定める蒸留性状の試験方法による減失量加算90パーセント留出温度が180度を超えない範囲内で経済産業省令で定める温度以下のものをいう。」と規定し,同条1項において「炭化水素油(炭化水素とその他の物との混合物又は単一の炭化水素を含む。)」と規定しているのは,その成分の一部に炭化水素を含む混合燃料であれば「揮発油」に該当し,その規制対象に含む趣旨であると解される。炭化水素成分が微量でも入っていれば「炭化水素油」に当たり,炭化水素成分が0パーセントのものが「炭化水素油」に当たらないということである。
なお,最高裁判所平成18年6月19日第二小法廷判決・裁判所時報1414号303頁(以下「最高裁平成18年判決」という。)は,地方税法(平成16年法律第17号による改正前のもの)700条の3第3項及び東京都都税条例(昭和25年東京都条例第56号)103条の2第4項の各規定について,これらの規定は,軽油以外の「炭化水素とその他の物との混合物」であっても自動車の内燃機関の燃料とされるものについては,その販売等を軽油引取税の課税の対象とすることによって税負担の公平を図ろうとしたものであり,その趣旨や文理に照らせば,これらの規定にいう「炭化水素とその他の物との混合物」とは,炭化水素を主成分とする混合物に限らず,広く炭化水素とその他の物質とを混合した物質をいうものと解するのが相当であると判示した。このことからすれば,「炭化水素とその他の物との混合物」との規定がされている場合に,炭化水素を主成分とする混合物のみならず,広く炭化水素とその他の物質とを混合した物質をいうと解することは,文理上は問題はなく,さらに,高濃度アルコール含有燃料に対する規制という品確法の立法趣旨を考慮すると,品確法における「炭化水素とその他の物との混合物」の規制においては,炭化水素を主成分とするかどうかは問題ではなく,広くガソリン自動車の燃料となり得る炭化水素とその他の物との混合物であることが問題であると解すべきであるから,最高裁平成18年判決の場合と同様に,品確法2条1項の「炭化水素とその他の物との混合物」との規定について,炭化水素を主成分とする混合物に限らず,広く炭化水素とその他の物質とを混合した物質をいうと解釈することに何ら問題はない。
(イ) 本件報告徴収処分の適法性
本件立入検査の際に収去した本件商品の一部である本件検査収去燃料は,分析の結果,少なくとも約2パーセントの炭化水素化合物を含有することが認められたから,品確法2条1項の「炭化水素油」に該当する上,同条2項に規定する留出温度にも適合するから,同項の「揮発油」に当たるものであった。ところが,同燃料は,品確法施行規則10条に規定する揮発油規格に照らし,メチルターシャリーブチルエーテル(MTBE)及び酸素分の各含有量がいずれも規制値を超え,揮発油規格に適合しないものであり,また,原告はこれを踏まえた本件改善要請に対し十分な対応をしなかったことから,処分行政庁は,当該燃料の販売により消費者の利益が害されるおそれがあると認め,本件報告徴収処分を行ったものである。
したがって,本件報告徴収処分は,適法である。
(ウ) 本件指示の適法性
前記(イ)のとおり,本件検査収去燃料は,品確法2条1項の「炭化水素油」に該当し,同条2項の「揮発油」に当たるものであったが,品確法施行規則10条に規定する揮発油規格に適合しないものであるところ,これは原告が商品名「β」として販売していた自動車用燃料であるから,原告は品確法13条の規定に違反したものと認められる。これに原告が本件改善要請に対し十分な対応をしなかったこと,本件報告徴収処分に対し十分な報告をしなかったこと及び本件弁明通知に対し十分な弁明をしなかったことから,処分行政庁は,当該燃料の販売により消費者の利益が害されるおそれがあると認め,本件指示を行ったものである。
したがって,本件指示は,適法である。
(エ) 原告の主張に対する反論
原告は,本件商品が「100%アルコール系燃料」であり,極微量の炭化水素が不可避的に不純物として混入しているにすぎないから,「炭化水素とその他の物との混合物」には当たらず,「揮発油」とはいえないと主張する。しかしながら,本件検査収去燃料を分析した結果,炭化水素が約2パーセント含まれていた以上,これが品確法2条1項に規定する「炭化水素油」に該当することは明らかであり,その精製や流通の過程で不可避的に混入したものかどうかは同条2項に規定する「揮発油」該当性とは全く関係がない。したがって,原告の主張は失当である。
原告は,行政庁が,本件照会に対し,「100%アルコール系燃料」である本件商品について,品確法の規制対象外であると認めていたのに,後に本件報告徴収処分及び本件指示を行ったことは禁反言(エストッペル)の原則に反すると主張する。しかしながら,原告が指摘する本件照会に対する回答は,照会対象燃料(アルコール及びエーテルからなり,炭化水素を一切含まない燃料)が平成15年改正法による改正後の品確法の規制対象に当たらないことを述べたものにすぎない。また,その分析結果から,炭化水素が約2パーセント含まれていた本件検査収去燃料が品確法2条1項に規定する「炭化水素油」に該当することは明らかであり,同燃料に係る本件報告徴収処分及び本件指示は,上記回答に何ら反しない。したがって,原告の主張は失当である。
イ 原告の主張
(ア) 品確法における「揮発油」の意義
品確法の規制対象である「炭化水素油」とは,「単一の炭化水素」又は「炭化水素とその他の物との混合物」を含んだ概念にすぎない。元々炭化水素ではなく含酸素化合物にすぎないアルコール及びエーテルに偶々炭化水素成分が極微量不可避的に不純物として混入していたとしても,それは「混合物」とはいえず,「炭化水素油」とは全く別次元の範疇のものである。
平成15年改正法による品確法の改正においても,「揮発油」は「炭化水素油」の一類型であることが維持された。したがって,「炭化水素油」である「揮発油」とは,「炭化水素成分」が全部ないし過半である必要はないものの,「炭化水素成分」を少なくとも「一定量は含有している」ことが当然の前提である。自動車用燃料が一定量の炭化水素成分を含有しているからこそ,当該自動車用燃料は,社会通念上,「炭化水素とその他の物との混合物」に該当すると評価され,「炭化水素油」,ひいては「揮発油」として評価されるのである。そして,このような「揮発油」の品質を確保することが品確法の立法趣旨であるから,炭化水素成分が一定量に達せず,極少量ないし微量混入しているにすぎない自動車用燃料は,「炭化水素とその他の物との混合物」と評価する必要はない。
被告は,極微量でも炭化水素成分を含有してさえいれば,「炭化水素とその他の物との混合物」に該当すると主張する。しかしながら,被告の主張によれば,社会通念上,「炭化水素油」とは厳然と区別されているアルコールやエタノール燃料でさえも,不純物として微量の炭化水素が混入していることを理由に,「炭化水素とその他の物との混合物」に該当することになり,ひいては,自動車用燃料のすべてが,品確法の対象であるという不当な帰結を導くことになる。
そもそも,アルコール及びエーテルに限らず,およそ自然界に存在する物質で純度100パーセントの物質などは皆無である。それにもかかわらず,不可避的に極微量の不純物が混入していることを取り上げて,当該燃料が炭化水素とその他の物との混合物であり,品確法上の「揮発油」に該当するなどと判断することは,徒に不可能を強いるものであって,法の公正な執行を司る行政の判断としてあってはならない。
したがって,炭化水素成分が極少量ないし微量混入しているにすぎない自動車用燃料は,「炭化水素とその他の物との混合物」に該当せず,「揮発油」に当たらないので,品確法の規制対象外の自動車用燃料である。
なお,最高裁平成18年判決の事案は,炭化水素とその他の物質とを混合し,33.7パーセントないし46.8パーセントもの炭化水素を含有している自動車用燃料について,地方税法700条の3第3項所定の「炭化水素とその他の物との混合物」が,炭化水素を主成分とする混合物に限られるのか否かが争われたものである。つまり,同判決の射程範囲は,炭化水素を一定量含有し「炭化水素と混合した物質」に当たると評価されている自動車用燃料についてのものに限られ,そのような自動車用燃料については炭化水素の含有割合を問わないとされているだけである。したがって,「炭化水素と混合した物質」ではなく,極微量の炭化水素成分が不純物として混入しているにすぎない自動車用燃料については,同判決の射程範囲外である。
(イ) 品確法13条該当性がなく違法
本件商品は,数種類のアルコール及びエーテルを配合したものであって,炭化水素に対してアルコール等を混合した燃料ではない。本件商品の原料となる各アルコール及びエーテルは,元々炭化水素を含有した原油について蒸留・精製を繰り返した後,OH基(水酸基)を結合させてアルコールとし,また,O基(酸素基)を結合させてエーテルとして精製されたものである。したがって,各アルコール及びエーテルのそれぞれの精製過程で,不純物として極微量の炭化水素成分が残留してしまうことは不可避である。
このように,本件商品は,「100%アルコール系燃料」であり,極微量の炭化水素が不可避的に不純物として混入しているにすぎず,炭化水素とその他の物との混合物ではなく「炭化水素油」とはいえないことから,品確法13条の「揮発油」に該当しない。
したがって,本件報告徴収処分及び本件指示は,違法である。
(ウ) 禁反言(エストッペル)の原則に反し違法
行政庁は,本件照会に対する回答をもって,「100%アルコール系燃料」である本件商品は品確法の規制対象外であり,「100%アルコール系燃料」である本件商品の輸入・販売は当然に合法であることを認めていた。原告は,この行政庁による承認を信頼して本件商品の輸入・販売を開始した。
しかるに,行政庁は,実際に本件商品の輸入・販売が開始されるや,「100%アルコール系燃料」である本件商品の輸入・販売が合法であることを認めていたことを翻し,不可避的に不純物が混入していることを捉えて「100%アルコール系燃料」である本件商品を規制しようとしたのであるから,本件報告徴収処分及び本件指示は,禁反言(エストッペル)の原則に反し違法である。
(3) 本案の争点②(本件販売行為の適法性)
本案の争点の第2は,本件販売行為の適法性であり,その前提として,別紙商品目録記載の自動車用燃料が品確法の規制の対象となる「炭化水素油」に該当し,「揮発油」に当たるか否かが争われている。
ア 被告の主張
品確法2条2項によれば,「揮発油」の要件は,①炭化水素油であること,②経済産業省令で定める蒸留性状の試験方法による減失量加算90パーセント留出温度が180度を超えない範囲内で経済産業省令で定める温度以下のものであることの2つであり,揮発油販売業者が同法13条に違反することなく上記「揮発油」を販売するためには,さらに,③品確法施行規則10条所定の揮発油規格のすべてを満たすものであることを要する。
そして,前記(2)ア(ア)のとおり,平成15年改正法による改正後の品確法2条1項において,「炭化水素油(炭化水素とその他の物との混合物又は単一の炭化水素を含む。)」と規定しているのは,その成分の一部に炭化水素を含む混合燃料であれば同項の「炭化水素油」に該当し,その規制対象に含む趣旨であると解されるから,別紙商品目録記載の「2.5質量パーセント以下の炭化水素成分」を含有する自動車用燃料が同項の「炭化水素油」に該当することは明らかである。
しかるに,原告は,別紙商品目録記載の自動車用燃料が,上記②及び③の要件を満たすものであるかどうかについて全く明らかにしていないから,これを品確法13条に違反することなく販売することができるという原告の主張は,主張自体において失当である。
イ 原告の主張
前記(2)イ(ア)のとおり,自動車用燃料に極少量ないし微量の炭化水素成分が不可避的又は無意識的に混入していたとしても,当該炭化水素成分は不純物にすぎず,当該自動車用燃料を「炭化水素とその他の物との混合物」に該当すると評価することはできない。
別紙商品目録記載の「2.5質量パーセント以下」というのは,原告が輸入している本件商品の製造工程上,その範囲内に収めることのできる成分比であり,原料に由来する不純物としての個々の炭化水素成分の合計割合の意味である。そもそも,炭化水素成分の合計割合が「2.5質量パーセント以下」でも十分に微量の不純物といえるが,原料に由来する不純物としての個々の炭化水素成分の割合は,一部の炭化水素成分を除けば,それぞれ1.0質量パーセント未満の極めて微量でしかない。
したがって,本件販売行為は,品確法に反せず,適法である。
なお,被告は,別紙商品目録記載の自動車用燃料が前記アの②及び③の要件を満たすものであるかどうかについて明らかにしていない原告の主張は失当であると主張する。しかしながら,そもそも,原告は,「2.5質量パーセント以下の炭化水素成分が混入しているにすぎない自動車用燃料」は,「炭化水素油」に該当せず,品確法の規制対象である「揮発油」ではないと主張しているのであるから,「揮発油」の上記②及び③の要件について言及する必要は全くないのである。したがって,被告の主張は失当である。
第3当裁判所の判断
1 本案前の争点(本件指示の処分性)について
(1) 取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,公権力の主体である国又は公共団体の機関が行う行為のうち,その行為により直接に国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが,法律上認められているものをいうと解するのが相当である(最高裁判所昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁等参照)。
(2) そこで,この観点から品確法17条の2第1項の規定に基づく経済産業大臣による指示について検討すると,品確法上,当該指示を受けた揮発油販売業者がこれに従わなかった場合の効果については,同条2項において,経済産業大臣がその旨を公表することができると定めているのみで,当該指示に従わなければならない旨を明示した規定はなく,さらに,当該指示に従わなかったことが,同法11条2項の規定に基づく事業停止命令や,同条1項の規定に基づく揮発油販売業者の登録の取消しなどの他の規制権限の発動要件ともなっていない。上記の経済産業大臣による公表についても,その基本的な性質は,国民に対する情報提供であって,これによって当該揮発油販売業者の権利義務関係に何らかの変動を及ぼすような法的効果を生ずるものではなく,実際上,当該公表に,指示内容の履行確保や不服従に対する制裁等の機能が認められるとしても,それは事実上の効果でしかない。
(3) 原告は,違法燃料販売業者として公表するという不利益措置は,相当程度の確実さをもって,当該指示に従わなかった者が自動車用燃料販売事業を継続できなくなるという極めて重大な結果をもたらす制裁機能を有するから,違法な行政活動を是正し,国民の権利救済を積極的に図るという観点から,このような不利益措置と結合した経済産業大臣による指示を取消訴訟の対象とすべきであると主張する。しかしながら,仮に指示や公表が行政処分ではないとすれば,営業権の侵害等を理由に公表の差止めを求める訴訟を提起することも考えられないではないし,公表後に損害賠償ないし名誉回復の措置等を求めて訴訟を提起することはもとより可能なのであるから,指示に行政処分性を認めなければ国民の権利救済を図ることができないとはいえないのであって,原告の主張は必ずしも当を得たものではない。
また,原告は,上記の原告の主張の根拠として,最高裁平成17年判決を挙げる。しかしながら,同判決は,医療法及び健康保険法の規定の仕組みやその運用の実情において,医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告が,これに従わない場合に健康保険法43条の3第2項の規定に基づく保険医療機関等の指定の拒否事由になるという形で,病院開設許可申請者の権利義務関係に法的効果を及ぼしているとの理解を前提に,当該勧告が取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると判示したものと解される。したがって,このような法的効果を生じさせない品確法17条の2第1項の規定に基づく経済産業大臣による指示の場合は,上記最高裁判決と事案を異にするものといわざるを得ない。
なお,前記事実関係によれば,処分行政庁は,本件指示に先立って,原告に対し,弁明書の提出の機会を与える本件弁明通知を行っており,処分行政庁としては,本件指示を行政手続法上の「処分」(行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為。同法2条2号)とみて,不利益処分の事前手続としての弁明の機会の付与(同法13条1項2号,29条ないし31条)を行ったのではないかとも解されるところである。しかしながら,本件指示が行政処分に当たるかどうかは,処分行政庁の主観的認識に関わらず,根拠法令の解釈等から客観的に決せられるべきものである上,上記の行為を行った処分行政庁の主観的認識としても,本件指示は「処分」には当たらないものの,その事実上の不利益効果からみて慎重な事前手続をとることが相当との判断から,弁明の機会を付与したものとも考えられるから,処分行政庁の当該行為は,本件指示の処分性を肯定する決め手となるほどの事情とはいえない。
(4) 以上によれば,本件指示は,これにより直接に国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえないから,取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらないというべきである。したがって,本件指示の取消しの訴えは,取消訴訟の要件を欠き,不適法である。
2 本案の争点について
(1) 前記第2の2の事実のほか,証拠(各付記のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 平成15年改正の経緯
(ア) 平成15年改正法による改正前の品確法は,石油製品を構成する揮発油等の「炭化水素油」の定義規定を持たなかった。そのため,品確法が規定する「炭化水素油」の意義については,税法等の他法令において,単に「炭化水素油」と規定した場合(揮発油税法2条,地方税法700条の2第1項1号等)の解釈例などに照らし,単一の炭化水素又は炭化水素を主成分とする混合物であると解され,炭化水素以外のものを主成分とする混合燃料をその規制対象に含まなかった。
(イ) ところが,平成11年以降,「高濃度アルコール含有燃料」(ガソリンとアルコール等を混合させた燃料で,ガソリン以外の成分が全体の過半を占めるもの)がガソリン自動車用燃料として販売されるようになり,平成13年ころからは,その使用に伴う,燃料系統(エンジン等)の腐食等が原因と思われる,一連の車両事故(車両火災事故を含む。)や不具合が発生した。(甲23,乙2)
そこで,平成13年9月以降,経済産業省は,関係省庁(国土交通省)と協力して,大学,研究機関,関係産業界の技術的専門家からなる「高濃度アルコール含有燃料に関する安全性等調査委員会」を発足させ,高濃度アルコール含有燃料のガソリン自動車への使用に係る安全上の問題点について,調査・検証を行った。その結果,高濃度アルコール含有燃料に含まれているアルコール成分が,自動車の燃料系統部品に一般的に使用されているアルミニウムを腐食させることが確認され,また,ゴム・樹脂に膨潤等の物性低下及びゴム部分の機能低下をもたらし,ガソリン使用時と比較して燃料耐性等を低下させる可能性のあることが明らかとなった。同調査委員会は,これらの調査結果を踏まえ,平成14年10月,「アルコールの使用が想定されていないガソリン用自動車に高濃度アルコール含有燃料を使用することは,自動車の燃料系統部品を腐食・劣化させる危険性が存在し,安全上問題であると結論づけられる。」との最終評価を報告した。(乙1,乙2)
また,アルコール系燃料は,排ガス等環境性能の面でも問題があることが,環境省委託業務結果報告書「アルコール系燃料の排出ガス実態調査」(平成13年3月)の中で指摘されていた。(乙2)
これらを受けて,総合資源エネルギー調査会石油分科会石油部会燃料政策小委員会は,平成15年2月,緊急・短期的課題(1年以内)として,「高濃度アルコール含有燃料のような混合燃料については,従来のガソリンと同じ目的(ガソリン自動車用燃料としての販売・使用)で,既販のガソリン自動車に販売されている状況にある。他方で,このような高濃度アルコール含有燃料のガソリン自動車への販売・使用が,ガソリンを前提として設計されたガソリン自動車の安全面,環境性能面で問題があることが検証されている。以上を踏まえると,消費者保護等の観点から,高濃度アルコール含有燃料について,品確法に基づく適切な品質・販売規制をかけていく必要がある。」との中間報告結果をまとめた。(乙2)
(ウ) 以上のような検討を踏まえ,平成15年5月,平成15年改正法による品確法の改正が行われた。
イ 本件検査収去燃料の分析結果
(ア) 処分行政庁は,平成17年4月25日,社団法人P2に対し,本件検査収去燃料の分析を委託し,同年5月9日,その成分分析等に関する報告を受けた。(乙4の1ないし4)
上記の分析結果によれば,本件商品に係る2試料について,いずれも少なくとも合計1.9ないし2.0体積パーセントの炭化水素化合物(イソブタン,ノルマルブタン,イソペンタン,キシレン)を含有し,品確法2条2項に規定する留出温度に適合すること(経済産業省令で定める蒸留性状の試験方法による減失量加算90パーセント留出温度が180度(品確法施行規則1条の4)以下であるべきところ,いずれも179度以下であったこと)が確認された。(乙4の2,4)
他方,上記の分析結果によれば,本件商品に係る2試料について,品確法施行規則10条1項所定の揮発油規格に照らし,メチルターシャリーブチルエーテル(MTBE)が7体積パーセント以下であるべきところ(同項3号),31体積パーセントを超え,また,酸素分が1.3質量パーセント以下であるべきところ(同項4号),16質量パーセントを超えており,いずれも揮発油規格に適合しないことが確認された。(乙4の2,4)
(イ) なお,原告の委嘱により,社団法人P3が本件検査収去燃料と同一の燃料について成分分析を行った,平成17年5月30日付けの分析証明書によれば,試料に含まれる炭化水素成分の割合(容量パーセント)は,イソブタンが0.5,n-ブタンが1.5,イソペンタンが0.2,ベンゼンとトルエンが各0.0,キシレン類が0.1で,これらの炭化水素成分の合計は2.3であった。(甲57)
(2) 本案の争点①(本件報告徴収処分及び本件指示の適法性)について
ア 前記1のとおり,本件指示の取消しの訴えは不適法として却下されるべきであるから,本案の争点①においては,本件報告徴収処分の適法性のみについて検討する。
イ 前記のとおり,本件報告徴収処分は,本件検査収去燃料(本件商品)が品確法施行規則10条で定める揮発油規格に適合しないことが判明し,当該燃料の販売の即時停止を求める本件改善要請をしたにもかかわらず,これに対して十分な対応がなされていないことを理由として,行われたものである。つまり,本件報告徴収処分は,本件商品が品確法にいう「揮発油」に該当し,揮発油規格に適合しない本件商品の販売行為が品確法13条に違反することを前提としてなされたものということができる。
そこで,品確法にいう「揮発油」であるための要件,中でも揮発油等の上位概念である「炭化水素油」の中に含まれると規定されている「炭化水素とその他の物との混合物」(品確法2条1項)の意義いかんが争われているものである。
ウ 「炭化水素とその他の物との混合物」という場合,「混合物」という用語の通常の意味合いからすると,一定程度以上の炭化水素が含まれている物を指すものと解するのが素直な解釈というべきである。したがって,被告のいうように,炭化水素の含有量がどれほど微量であってもそれが含まれている限りは「炭化水素とその他の物との混合物」に該当するという考え方には疑問があるといわざるを得ない。
他方,法文に「炭化水素とその他の物との混合物」と規定されている場合に,その文理上,炭化水素を主成分とする混合物に限らず,広く炭化水素とその他の物質とを混合した物質をいうと解することに支障がないことは,最高裁平成18年判決の趣旨からしても明らかである。
また,前記のとおり,平成15年改正法による品確法の改正は,高濃度アルコール含有燃料のガソリン自動車への販売・使用が,ガソリンを前提として設計されたガソリン自動車の安全面,環境性能面で問題があることが検証されたことを踏まえ,消費者保護等の観点から,高濃度アルコール含有燃料について,品確法に基づく適切な品質・販売規制をかけていく必要があるものとして,同法の規制対象である揮発油等の炭化水素油の中に「炭化水素とその他の物との混合物」を含むことを法文上明記するに至ったものである。このような法改正の趣旨に照らせば,炭化水素以外の成分であるアルコール等の割合が高い自動車用燃料であるほど,品確法による品質・販売規制の対象とすべき必要性が高いということがいえるのであり,上記法改正のねらいは,炭化水素を主成分とする常識的な意味での「炭化水素油」の範疇を超え炭化水素以外の成分が過半を占める自動車用燃料に対しても,広く規制の網をかけていくことにあったものと解される。
そうすると,以上のような文理上の観点及び立法趣旨からの考察によれば,品確法2条1項にいう「炭化水素とその他の物との混合物」とは,炭化水素を主成分とする混合物に限らず,広く炭化水素とその他の物質とが混合された物質を指し,それが社会通念上「混合物」と評価される限りにおいては,炭化水素とその他の物質との混合割合を問わないものと解するのが相当である。
エ これを本件商品についてみると,前記認定のとおり,本件商品の一部を収去した本件検査収去燃料には,少なくとも合計1.9ないし2.0体積パーセントの炭化水素化合物(イソブタン,ノルマルブタン,イソペンタン,キシレン)が含まれていたというのである。この程度の炭化水素が含まれていれば,社会通念上,炭化水素とその他の物との「混合物」と評価することに差し支えはないし,当該燃料が自動車用燃料としての効用を発揮する上で,本来自動車用燃料に適合的なこれらの炭化水素成分が果たす役割を無視することもできないから,本件商品は,品確法2条1項にいう「炭化水素とその他の物との混合物」に当たるというべきである。
原告は,本件商品中の炭化水素成分は主成分であるアルコール等の精製過程で不可避的に残留してしまう不純物にすぎないと主張する。しかしながら,品確法2条1項は,単に「炭化水素とその他の物との混合物」と規定するのみで,炭化水素とその他の物とが混合される過程を問うものではないから,結果として炭化水素とその他の物質とが混合されていれば,上記の「炭化水素とその他の物との混合物」に該当するものというべきであるところ,1.9ないし2.0体積パーセントという成分割合は,常識的に考えても,極微量の不純物といえるようなものではない。したがって,原告の主張は,本件商品が上記の「炭化水素とその他の物との混合物」に当たると解釈することの妨げにはならない。
また,原告は,本件商品中の炭化水素成分は原料に由来する個々の炭化水素成分の集合であり,個々の炭化水素成分についてみれば含有割合はさらに小さくなる旨を主張する(本案の争点②に関する主張)。しかしながら,品確法2条1項に「炭化水素油」の意義として,特に「単一の炭化水素を含む。」と規定されていることからも明らかなとおり,自動車用燃料として用いられる炭化水素油は,複数の種類の炭化水素の混合物であることがむしろ常態であって,同項にいう「炭化水素とその他の物との混合物」に該当するかどうかの判断に当たっても,数種類のものから成る総体としての炭化水素成分が,社会通念上「混合物」という評価に値する程度に含有されているかどうかを判断すれば足りるというべきであるから,この点に関する原告の主張も失当である。
オ 以上のとおり,本件商品は,品確法2条1項にいう「炭化水素とその他の物との混合物」に当たるものであり,また,前記認定事実によれば,本件商品の一部を収去した本件検査収去燃料について,品確法2条2項に規定する留出温度に適合することも確認されたというのであるから,本件商品が同項にいう「揮発油」に該当するものであることは明らかである。さらに,前記認定事実によれば,本件商品が品確法施行規則10条1項所定の揮発油規格に適合しないものであることも認められる。
そうすると,揮発油販売業者が本件商品を自動車の燃料用の揮発油として消費者に販売することは,品確法13条に違反する行為であるといわざるを得ない。したがって,本件商品を販売する揮発油販売業者である原告に対し,その販売の即時停止を求める本件改善要請が行われたにもかかわらず,原告が本件商品の販売停止等の適切な対応をとらなかった(弁論の全趣旨)という本件の事実関係の下においては,処分行政庁が原告に対し本件報告徴収処分を行ったことはやむを得ない措置というべきであり,これを違法な処分ということはできない。
原告は,行政庁が本件照会に対する回答をもって,本件商品の輸入・販売が合法であることを認めていたのに,本件報告徴収処分によって本件商品の販売を規制しようとするのは禁反言(エストッペル)の原則に反すると主張する。しかしながら,前記のとおり,本件照会に対する行政側の回答は,「炭化水素を一切含有しない」自動車用燃料(照会対象燃料)が品確法の規制対象にならない旨を回答したものにすぎず,炭化水素を含有し,品確法2条1項にいう「炭化水素とその他の物との混合物」に当たると解される本件商品について言及したものではないから,原告の主張はその前提を誤っており,理由がない。
(3) 本案の争点②(本件販売行為の適法性)について
前記(2)に説示したところによれば,「2.5質量パーセント以下の炭化水素成分が混入している」という別紙商品目録記載の自動車燃料は,本件商品と同様に,社会通念上「炭化水素とその他の物との混合物」と評価され得るものであるから,炭化水素成分の具体的な含有割合,品確法2条2項所定の留出温度に対する適合性及び品確法施行規則10条1項所定の揮発油規格に対する適合性に関わりなく,およそ当該燃料を販売する行為が品確法13条に違反しないということはできない。
したがって,原告が品確法13条に違反することなく当該燃料を販売することができることの確認を求める原告の請求は,理由がない。
第4結論
以上の次第で,本件訴えのうち本件指示の取消しを求める部分は不適法であるから却下し,原告のその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 古田孝夫 裁判官 潮海二郎)