東京地方裁判所 平成17年(行ウ)8号 判決 2006年3月23日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 第1事件
第1事件被告が第1事件原告に対して平成15年7月8日付けでした別表1記載の平成12年2月分から平成14年12月分までの各月分の源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分(ただし,平成13年10月分及び平成14年1月分については平成15年11月26日付け異議決定により一部取り消された後のもの)及びこれに伴う不納付加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。
2 第2事件
第2事件被告が第2事件原告に対して平成15年6月30日付けでした別表2記載の平成12年4月分から平成14年12月分までの各月分の源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分及びこれに伴う不納付加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告らが,その経営する各パブクラブで使用する各ホステスに対して,半月毎に報酬の支給額を計算して報酬を支払っていたので,当該報酬の額から,同ホステスが欠勤や遅刻をした場合に「罰金」として差し引かれることとされていたペナルティの額及び所得税法(昭和40年法律第33号)205条2号,同法施行令(昭和40年政令第96号)322条の控除額として同ホステスの出勤日数にかかわらず5000円に上記半月の日数を乗じた額を差し引いた残額に100分の10を乗じて計算した金額を同法204条1項6号,205条2号の源泉徴収に係る所得税額(以下「源泉所得税額」という。)であるとして納付したのに対して,被告らが,上記ペナルティは控除しつつも,同法205条2号,同法施行令322条の控除額は5000円に同ホステスの出勤日数を乗じた額にとどまるとして,原告らに対し,差額分の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を行ったことから,原告らが,その取消しを求めている事案である。
1 法令等の定め
(1) 所得税法204条1項6号
所得税法204条1項本文は,居住者に対し国内において次に掲げる報酬若しくは料金,契約金又は賞金の支払をする者は,その支払の際,その報酬若しくは料金,契約金又は賞金について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までに,これを国に納付しなければならない旨規定し,同項6号は,当該報酬若しくは料金,契約金又は賞金の1つとして,キャバレー,ナイトクラブ,バーその他これらに類する施設でフロアにおいて客にダンスをさせ又は客に接待をして遊興若しくは飲食をさせるものにおいて客に侍してその接待をすることを業務とするホステスその他の者のその業務に関する報酬又は料金(以下「ホステス報酬」という。)を規定している。
(2) 所得税法205条2号
所得税法205条2号は,ホステス報酬については,その金額から政令で定める金額を控除した残額に100分の10の税率を乗じて計算した金額が上記(1)の規定により徴収すべき所得税の額である旨規定している。
(3) 所得税法施行令322条
所得税法施行令322条は,ホステス報酬について所得税法205条2号に規定する政令で定める金額を,「同一人に対し1回に支払われる金額」につき,「5000円に当該支払金額の計算期間の日数を乗じて計算した金額(当該報酬又は料金の支払者が当該報酬又は料金の支払を受ける者に対し法第28条第1項に規定する給与等の支払をする場合には,当該金額から当該期間に係る当該給与等の額を控除した金額)」である旨規定している。
2 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 第1事件原告は,東京都杉並区α××番15号のパブクラブ「P1」を経営する者である。
イ 第2事件原告は,バー・キャバレー・ナイトクラブの経営等を業とする株式会社であり,その代表取締役は第1事件原告である。第2事件原告は,東京都武蔵野市β×番5号のパブクラブ「P2」,東京都品川区γ××番7号のパブクラブ「P3」並びに川崎市δ×番1号のパブクラブ「P4」及び「P5」を経営している。
(2) 原告らの業務内容等
ア 原告らの業務
原告らの業務は,原告らが経営する各パブクラブにおいて,顧客に対し,接待をして遊興又は飲食をさせるものであり,原告らは,当該各パブクラブにおいて接待をすることを業務とするホステスを使用している。
イ 営業日
原告らは,原則として年中無休でパブクラブを開け営業しているが,毎年1月1日,同月2日及び12月31日は休業としている。
ウ ホステスの採用及び出勤状況等の管理
(ア) 原告らは,ホステスの採用に際して,原告らにおけるホステス報酬の計算方法等を説明し,ホステスから,氏名,生年月日及び現住所地等を記載した応募申込書を徴しており,当該申込書には,ホステスの出勤可能な曜日及び出勤時間等の勤務方法並びに入店時の保証報酬としての1時間当たりの金額が記載されている。
(イ) 原告らは,ホステスから提出された上記応募申込書の出勤可能な曜日欄を目安に,各営業日の開店前までに,各ホステスに対して各当日の出勤の可否を電話等で確認するなどして,当日勤務するホステスの必要人数を確保しており,ホステスの実際の出勤の有無についても,各人別,各日毎に管理している。
(ウ) 原告らは,ホステスの出勤日における同伴の有無及び指名個数等について,リスト表等を作成し,日々管理している。
エ ホステスへの報酬の支払等
(ア) 原告らは,毎月1日から15日までの報酬をその月の25日(この日が土曜日,日曜日又は祝日に当たるときはこれらの日の翌日)に,16日から月末日までの報酬を翌月の10日(この日が土曜日,日曜日又は祝日に当たるときはこれらの日の翌日)に,各ホステスに対してそれぞれ支払っている(なお,以下,第1事件原告がその使用する各ホステス(以下「第1事件各ホステス」という。)に対して報酬を支払う集計期間を「第1事件各集計期間」,第2事件原告がその使用する各ホステス(以下「第2事件各ホステス」といい,これと第1事件各ホステスとを併せて,「本件各ホステス」という。)に対して報酬を支払う集計期間を「第2事件各集計期間」といい,これと第1事件各集計期間とを併せて,「本件各集計期間」という。)。
(イ) 原告らは,本件各ホステスに支払うホステス報酬の額について,次のa「1時間当たりの報酬額」にb「勤務した時間数」を乗じて算出した額に,c「手当」の額を加算して算出している。
a 1時間当たりの報酬額
1時間当たりの報酬額は,原則として,本件各集計期間における本件各ホステスの指名個数等の合計を実際の出勤日数で除して算出した平均指名個数等に応じて決定される金額に精勤手当等を加えて原告らが算定する金額である。なお,入店して間もないホステスについては,一定金額が1時間当たりの報酬額として保証されている。
b 勤務した時間数
前記ウ(イ)のとおり,原告らが日々管理している,本件各集計期間のうち本件各ホステスが出勤した日におけるそれぞれの勤務時間数の合計である。
c 手当
本件各ホステスが,本件各集計期間において客との同伴出勤をした回数に応じて支給される同伴手当が主なものである。
(ウ) 原告らは,上記(イ)で算出した報酬の額から,主に次のaないしdとして算出される金額を控除して支給額を算出し,当該差引支給額を本件各ホステスに支払っている。
a 「税,厚生費」の額
本件各集計期間における本件各ホステスの報酬の額に11パーセント又は12パーセントを乗じたもので,本件各ホステスの報酬に係る源泉所得税額と厚生費の額とを併せた概算額である。
b 「ペナルティ」の額
本件各ホステスが欠勤,遅刻等をした場合の「罰金」である。
c 「日払い」の額
本件各ホステスからの要望に応じて勤務当日に1万円を限度として仮払いされた金額である。
d 「寮費」,「水道光熱費」,「スーツ代」,「送り代」等の額
各項目毎に本件各ホステスが各人で負担すべき金額を原告らが支払ったものであり,本件各ホステスの報酬の額から差し引かれる金額である。
(3) 処分に至る経緯等
ア(ア) 第1事件原告は,別表3記載のとおり,前記(2)エ(イ)のとおり算出した第1事件各ホステスの報酬の額(同別表のA)から,5000円に第1事件各集計期間の合計日数を乗じた金額(同別表のB)及び前記(2)エ(ウ)bの「ペナルティ」の額(同別表のC,以下「第1事件各ペナルティ」という)を控除し,控除後の金額(同別表のD)。)に100分の10を乗じて第1事件の各月分の源泉所得税額を算出して,その金額に近似する額(同別表のF)を各法定納期限までに納付した。
(イ) 第2事件原告は,別表4記載のとおり,前記(2)エ(イ)のとおり算出した第2事件各ホステスの報酬の額(同別表のA)から,5000円に第2事件各集計期間の合計日数を乗じた金額(同別表のB)及び前記(2)エ(ウ)bの「ペナルティ」の額(同別表のC,以下「第2事件各ペナルティ」といい,これと第1事件各ペナルティとを併せて,「本件各ペナルティ」という。)を控除し,控除後の金額(同別表のD)に100分の10を乗じて第2事件の各月分の源泉所得税額を算出して,その金額に近似する額(同別表のF)を各法定納期限までに納付した。
イ(ア) 第1事件被告は,第1事件各ホステスの報酬の額の計算について,実際に出勤した日における勤務した時間数が計算の基礎とされているから,実際に出勤した日がホステス報酬の支払金額の算定要素と認められるので,第1事件各ホステスの第1事件各集計期間中の実際の出勤日数が所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」に該当することになるとして,平成15年7月8日付けで,第1事件原告に対し,第1事件各ホステスの報酬に係る平成12年2月分から平成14年12月分までの各月分の源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)について,別表1の「納税告知処分」欄の「原処分の額」欄記載のとおり各納税告知処分及び「賦課決定処分」欄の「原処分の額」欄のとおり不納付加算税の賦課決定処分(以下「第1事件各不納付加算税賦課決定処分」という。)を行った(第1事件各ペナルティを,第1事件各ホステスの報酬の額から控除することは認めた。)。
(イ) 第2事件被告は,上記(ア)と同様の理由で,平成15年6月30日付けで,第2事件原告に対し,第2事件各ホステスの報酬に係る平成12年4月分から平成14年12月分までの各月分の源泉所得税について,別表2の「納税告知処分」欄記載のとおり各納税告知処分(以下「第2事件各納税告知処分」という。)及び「賦課決定処分」欄記載のとおり不納付加算税の賦課決定処分(以下「第2事件各不納付加算税賦課決定処分」といい,これと第2事件各納税告知処分とを併せて,「第2事件各処分」という。)を行った(第2事件各ペナルティを,第2事件各ホステスの報酬の額から控除することは認めた。)。
ウ(ア) 第1事件原告は,平成15年8月27日,第1事件被告に対し,上記イ(ア)の各処分を不服として異議申立てをしたところ,第1事件被告は,同年11月26日付けで,別表1の「納税告知処分」欄の「異議決定」欄記載のとおり平成13年10月分及び平成14年1月分の各納税告知処分について各1円を取り消すとともに,その余の異議申立てをいずれも棄却する旨の決定を行った(なお,上記異議決定により一部取り消された後の各納税告知処分を,以下「第1事件各納税告知処分」という。)。
(イ) 第2事件原告は,平成15年8月27日,第2事件被告に対し,上記イ(イ)の第2事件各処分を不服として異議申立てをしたところ,第2事件被告は,同年11月26日付けで,第2事件原告の異議申立てをいずれも棄却する旨の決定を行った。
エ(ア) 第1事件原告は,平成15年12月26日,国税不服審判所長に対し,上記ウ(ア)の各処分を不服として審査請求を行ったが,国税不服審判所長は,平成16年10月15日付けで,前記イ(ア)と同様の理由に加えて,第1事件各ペナルティの額は報酬の算定要素ではなく約定に基づく損害賠償金にすぎないから,第1事件各ホステスの報酬の額から控除することはできず,これを控除せずに算出した第1事件各ホステスの報酬に係る各源泉所得税額は,別表5記載のとおり,いずれも第1事件各納税告知処分の額を上回るなどとして,第1事件原告の審査請求をいずれも棄却する旨の裁決を行った。
(イ) 第2事件原告は,平成15年12月26日,国税不服審判所長に対し,上記ウ(イ)の各処分を不服として審査請求を行ったが,国税不服審判所長は,平成16年10月15日付けで,上記(ア)と同様の理由で,第2事件各ホステスの報酬に係る各源泉所得税額は,いずれも第2事件各納税告知処分の額を上回るなどとして,第2事件原告の審査請求をいずれも棄却する旨の裁決を行った。
オ そこで,平成17年1月14日に,第1事件原告は第1事件を,第2事件原告は第2事件を,それぞれ提起し,第2事件は,第1事件の平成17年3月29日の第1回口頭弁論期日において,同事件に併合された。
カ(ア) 第1事件各納税告知処分についての,同処分時における課税対象金額及び第1事件原告が納付すべき源泉所得税額の計算は,別表6記載のとおりであり,本訴における第1事件被告による課税対象金額及び第1事件原告が納付すべき源泉所得税額の計算は,別表5記載のとおりである。また,第1事件被告による国税通則法(昭和37年法律第66号,以下「通則法」という)118条3項の規定に基づき1万。円未満の端数を切り捨てた後の金額を基礎として算出された同法67条1項の不納付加算税額の計算は,別表1記載のとおりである。
(イ) 第2事件各納税告知処分についての,同処分時における課税対象金額及び第2事件原告が納付すべき源泉所得税額の計算は,別表2記載のとおりであり,本訴における第2事件被告による課税対象金額及び第2事件原告が納付すべき源泉所得税額の計算は,別表7記載のとおりである。また,第2事件被告による通則法118条3項の規定に基づき1万円未満の端数を切り捨てた後の金額を基礎として算出された同法67条1項の不納付加算税額の計算は,別表2記載のとおりである。
(ウ) なお,所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」を本件各集計期間のうち本件各ホステスの実際の出勤日数としつつ,本件各ホステスの報酬の額につき本件各ペナルティの控除を認めなかった場合の源泉所得税額の計算は,別表5及び7各記載のとおりとなる。また,本件各ペナルティの控除を認めた場合の源泉所得税額の計算は,別表6及び8各記載のとおりとなる。そして,上記「当該支払金額の計算期間の日数」を本件各集計期間の全日数としつつ,本件各ホステスの報酬の額につき本件各ペナルティの控除を認めた場合の源泉所得税額の計算は,別表3及び4各記載のとおりとなる。さらに,上記「当該支払金額の計算期間の日数」を本件各集計期間のうち本件各ホステスの実際の出勤日数とした場合の通則法67条1項の不納付加算税額の計算は,別表1及び2各記載のとおりとなる。
3 争点
本件の主要な争点は,次のとおりであり,これに関して摘示すべき当事者の主張は,後記第3「争点に対する判断」において掲げたとおりである。
(1) 所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」の意義(同条の「当該支払金額の計算期間の日数」は,本件各集計期間のうち本件各ホステスの実際の出勤日数か,本件各集計期間の全日数か。)
(2) 本件各ペナルティの控除の可否(本件各ホステスの報酬に係る源泉所得税の課税対象金額は,本件各ホステスへの総支給額から所得税法205条2号,同法施行令322条所定の控除額を控除した残額か,本件各ホステスへの総支給額から本件各ペナルティの額を控除した残額から同法205条2号,同法施行令322条所定の控除額を控除した残額か。)
第3争点に対する判断
1 争点(1)(所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」の意義)について
(1) 被告らは,所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」とは,本件における原告らとホステスとの契約内容,源泉徴収制度及び基礎控除方式の趣旨及び目的,並びに,租税負担の適正及び公平の観点からすれば,ホステス報酬の支払金額の計算の対象となった日の合計数(当該支払金額の計算期間の出勤日数)たる本件各集計期間のうちの出勤日数と解すべきである旨主張する。
他方,原告らは,一般に「期間」とはある時点からある時点までの継続した時の区分であるから,上記「当該支払金額の計算期間の日数」とは,当該支払金額の計算の対象となる起算点から満了点までの継続した日数であって,本件各ホステスの報酬の計算期間の日数は本件各集計期間の全日数である旨反論するので,以下,この点につき検討する。
(2)ア 本件における原告らと本件各ホステスとの契約内容に基づく報酬の支払態様については前記前提事実(第2の2)(2)のとおりであるところ,これによれば,原告らは本件各ホステスに対して本件各集計期間毎に報酬を支払っているが,本件各ホステスは入店当初に出勤可能な曜日として応募申込書に記載した曜日について出勤すべき日として業務上の拘束を受けるものではなく,各営業日の開店前までに,原告らとの間で電話等で各当日の出勤について合意した営業日についてのみ業務上の拘束を受けることとされており,当該業務上の拘束を受ける営業日における本件各ホステスの勤務時間数を基に上記報酬の額が算定されているものである。
そして,原告らの経営する各パブクラブでは,以上を前提に,本件各ホステスの客からの指名個数等を,出勤日毎に把握した上で本件各集計期間毎に集計し,これをその期間内の出勤日数で除して求めた平均指名個数等により1時間当たりの報酬額を決定した上で,本件各ホステスの勤務した時間数を,出勤日毎に把握して本件各集計期間ごとに集計し,これに上記1時間当たりの報酬額を乗じて本件各ホステスの報酬の額を算出して支払っているものであり,本件各ホステスに対する報酬の日払いも行われているところである(乙16)。
イ この点,原告らは,報酬の算定要素となるものは勤務時間数のみであって,実際の出勤日ではない旨主張するが,上記のとおり本件各ホステスが原告らとの間で業務上の拘束を受ける営業日について個別に事前の合意がなされた上で契約に基づきホステス業務が行われる関係にある上,本件各ホステスに対する報酬の額も出勤日毎の管理を基にして算定される契約が締結されている以上は,単に勤務時間数のみを業務上の拘束日から切り離して概念することはできないものというべきである。
(3)ア そこで,上記の本件各ホステスへの報酬支払形態を前提に,本件各ホステスに係る所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」について考察する。
イ 所得税法施行令322条によれば,上記の「当該支払金額」とは「同一人に対し1回に支払われる金額」であるところ,その「計算期間」が,「同一人に対し1回に支払われる金額」の集計期間,すなわち,本件各集計期間を指すのか,「同一人に対し1回に支払われる金額」の計算要素となった期間,すなわち,報酬の算定要素となる業務上の拘束を受ける日(業務上の拘束を受けていたとしても,欠勤した場合には当該欠勤日における報酬が支払われないこととされていた場合には,業務上の拘束を受ける日のうちの実際の出勤日)を指すのかについては,上記「当該支払金額の計算期間の日数」という形式的な文言だけからは,一見すると,判然としていないようにもみえる。
ウ しかしながら,所得税法204条1項6号,205条2号を含む源泉徴収制度の趣旨は,申告納税制度に対する特例制度たる一種の所得税の前払ないし予納制度として,税収の確保,徴税手続の簡便さや徴税費等の節約を図るとともに,源泉徴収義務者に著しい煩わしさをかけることなく,源泉納税義務者にとっても申告等の煩雑さを避けるという納税の便宜上の利点にあるものと解される。
また,ホステス報酬に係る源泉徴収制度は,昭和42年の税制改正により新たに導入された制度であるが,これは,この種の報酬については収入が固定的に発生するものではないので確定申告の際に一時に納税するよりは,収入があった都度一定の所得税を天引して納めておく方が納税しやすくなるという事情等を考慮したことによるものであり,また,ホステス報酬のうちには,少額なものがあったり,異常な経費がかさむものもあるので,一定の控除額を設け,その納税の実情に即するよう配慮されて,併せて基礎控除方式が採用されることとなったものである。
なお,ホステス報酬以前から源泉徴収制度が採用されていた外交員,集金人等の特定の報酬等に係る源泉徴収については,上記昭和42年の税制改正前には,支払金額が一定限度以下である場合には源泉徴収を要しないこととするいわゆる免税点方式が採用されていたが,この免税点方式では,報酬等の額が免税点を若干でも超えると全体の金額について10パーセントの税率による源泉徴収が行われることとなり,還付の手数を省略しようとする免税点方式の本来の趣旨につき徹底を欠くきらいがあったため,上記昭和42年の税制改正により,基礎控除方式に改められているところである。
エ このような観点からすれば,ホステス報酬に係る源泉徴収制度は,収入があった都度一定の所得税を天引して納めておく方が納税しやすくなるという事情を背景に,源泉徴収義務者に著しい煩わしさをかけることなく源泉納税義務者の申告等の煩雑さを避け,かつ,その納税の実情に即するよう配慮することによって還付の手数の省略を図ることをも念頭に置きつつ,このような簡便な徴税手続の下で徴税費等の節約を図りながら税収を確保するために設けられた制度であるということができる。
そうすると,かかる源泉徴収制度における基礎控除方式は,手続上の便宜と税収の確保の調整の観点から,いずれ必要となる確定申告時において,還付又は不足分の納税という事務手続をする必要が出来る限り発生しないように,また,発生してもその調整額が低額となるように,源泉徴収の段階で確定的な税額に近い額を源泉徴収税額として徴収するために設けられた制度であるということができる。
オ この点について,原告らは,基礎控除方式の趣旨を,源泉徴収制度の趣旨から全く切り離して,不足分の納税よりも格段に手数のかかる還付という事態が発生することを極力防止することのみにある旨主張する。
しかし,ここでの基礎控除方式はホステス報酬に係る源泉徴収制度の一内容として設けられているものであって,両者を全く切り離して考察することができないことはもとより,基礎控除方式が設けられたことによって,源泉徴収制度の趣旨の一内容たる税収の確保の意義が全く失われたことにもならないから,原告らの主張は採用できない。
カ 以上の観点から所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」の意義についてみると,ホステス等の個人事業者の場合,その課税所得金額は,その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額(所得税法27条2項)であるから,源泉徴収においても,「同一人に対し1回に支払われる金額」から可能な限り実際の必要経費に近似する額を控除することが,ホステス報酬に係る源泉徴収制度における基礎控除方式の趣旨に合致するというべきである。
そして,本件のように,報酬の算定要素となるのが業務上の拘束を受ける日(本件においては,業務上の拘束を受けていたとしても,欠勤した場合には当該欠勤日における報酬が支払われないこととなるので,実際の出勤日と同義である)における勤務時間である場合には,当該。拘束日(出勤日)についてのみ稼働に伴う必要経費が発生するととらえることが自然であって,これによるのが,非拘束日(非出勤日)をも含めた本件各集計期間の全日について必要経費が発生すると仮定した場合よりも,実際の必要経費の額に近似することになるものと思われる。
よって,所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」とは,「同一人に対し1回に支払われる金額」の計算要素となった期間の日数を指すものというべきである。そして,本件事案における契約関係を前提とした場合,本件各ホステスに係る所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」とは,本件各集計期間の日数ではなく,実際の出勤日の日数であるということができる。
キ なお,被告らの主張には,所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」とは,「計算期間」を集計期間と同義であると理解しつつ,当該支払金額の計算期間の出勤日数を指すものとも受け取れる部分が存する。しかし,本件事案における報酬支払形態に照らして,結論として出勤日数になることは上記カのとおりであるとしても,同条の「当該支払金額の計算期間」が本件各集計期間に当たることを前提としている点については,これを肯定できない。
なぜならば,被告らの見解を前提とした場合には,同条の「(当該報酬又は料金の支払者が当該報酬又は料金の支払を受ける者に対し法第28条第1項に規定する給与等の支払をする場合には,当該金額から当該期間に係る当該給与等の額を控除した金額)」にいう「当該期間」も本件各集計期間に当たることとなるが,これではホステス報酬から控除すべき金額が必要以上に減額されてしまうことになって,妥当でないからである。
(4) 上記(3)のとおり,本件各ホステスに係る所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」とは,「同一人に対し1回に支払われる金額」の計算要素となった期間の日数を指すものというべきであって,本件事案における契約関係を前提とした場合,本件各集計期間の日数ではなく,実際の出勤日の日数であるということができる。そして,この点に関して,原告らは,様々な角度から主張をしているので,更に検討を加えることとする。
ア まず,原告らは,「期間」という文言の一般的な意義が「ある時点からある時点までの継続した時の区分」であることを根拠に,所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」とは本件各集計期間の全日数である旨主張する。
しかし,「期間」の一般的な意義が原告ら主張のとおりであるとしても,本件のように,報酬の算定要素となる業務上の拘束日(出勤日)が必ずしも一連の継続した日でない場合にも,当該計算期間を拘束日(出勤日)と拘束日(出勤日)に挟まれた非拘束日(非出勤日)をも含めた一繋がりの全日と解することは,前記(3)エ及びカのホステス報酬に係る基礎控除方式の源泉徴収制度の趣旨に反し,妥当ではない。むしろ,本件においては,報酬の算定要素となる業務上の拘束日(出勤日)がそれぞれ隔離した日となり得ることが契約上想定される以上,そのそれぞれが「計算期間」に当たると解することもでき,これによれば,本件各集計期間内における業務上の拘束日(出勤日)の総数が「計算期間の日数」に当たることとなって,上記の趣旨に合致する。
イ また,原告らは,労働基準法(昭和22年法律第49号)108条の賃金台帳の必要的記載事項として,労働基準法施行規則(昭和22年厚生省令第23号)54条1項が,本件各集計期間に相当する「賃金計算期間」と実際の出勤日数に相当する「労働日数」とを各別に規定している以上,同じく計算期間との文言を使用する所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間」も労働基準法施行規則54条1項の「賃金計算期間」と同義であると解すべきである旨主張する。
しかし,労働基準法108条が賃金台帳の調製を定めている趣旨は,国の労働基準監督機関が各事業場の労働者の労働条件を随時把握することができるようにするとともに,労働の実績と支払賃金との関係を明確に記録することによって,使用者のみならず労働者にも労働とその対価である賃金に対する認識を深めさせることにある。このように,ホステス報酬に係る源泉所得税額の計算において,支払金額から控除する金額を算出するための所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間」とは,その趣旨が異なる以上,それぞれの文言の一部に「計算期間」という共通した用語が用いられているからといって,両者の意義が同一であると解さなければならないことにはならないから,原告らの上記主張は採用できない。
ウ さらに,原告らは,国税庁又は国税局の職員が編者となった書物(甲19,20)において,所得税法施行令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」とはホステスの稼働日数にかかわらず,店の休日を除いた営業日数を指す旨記載されていることからすれば,課税当局も原告らの見解を採用していることになる旨も主張する。
しかし,上記書物は,国税庁又は国税局の職員が,あくまでも読者の源泉徴収事務の参考に供するために,当該職員の個人的見解を掲載して作成したものにすぎず,国税庁又は国税局が,納税者一般に対し,課税当局の見解を示したものとはいえないから,原告らの上記主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。また,上記書物の記載内容を見ても,「一般的な場合の控除額の計算方法」(甲19)とか「一般的には」(甲20)などとして紹介されているものにすぎず,この「一般的」な場合とは,ホステスが,バー等の店舗の営業日の全日数について勤務することを前提としているとも解され,また少なくとも,必ずしも本件各ホステスに対する報酬の支払形態を前提としているとはいえない点において,前記(3)カのとおり解釈することの妨げとなるものとはいえない。
エ 加えて,原告らは,所得税法施行令308条2項の「給与等の計算の基礎となつた日数で除して計算した金額」の意義について定める所得税基本通達185-4は,これを「あらかじめ定められた支給期が到来するごとに支払う給与等については,その給与等に係る計算期間の日数(当該計算期間中における実際のか働日数のいかんを問わない。)」と規定しており,「給与等の計算の基礎となつた日数」ですら実際の出勤日に限られないのであるから,まして同令322条の「当該支払金額の計算期間の日数」であればより稼働日数からは離れた規定振りであるからなおさらである旨主張する。
しかし,上記通達は所得税法205条2号の規定に関するものではなく,同法28条1項に規定する給与等に関するものであり,支給期が到来する毎に支払う給与等の日割額を計算する際には,一般に雇用契約においては労働基準法所定の休日等を含めた一定期間の就労の対価として,実際の稼働日数にかかわらず,給与等を支給しているものであって,稼働日数と給与等との連結性が一般的に希薄であるために,支給期間の全日数によって除することとしたものにすぎない。また,「その給与等に係る計算期間の日数」で除するとの通達の規定文言だけでは,上記連結性が一般的に希薄であるが故に,日数に疑義が生じかねないことから,支給期間の全日数によることを明確にすべく,括弧書きで「当該計算期間中における実際のか働日数のいかんを問わない。」旨が明記されたものと考えられる。さらに,同通達は,続けて,「あらかじめ雇用契約の期間が定められている場合において当該期間の終了により支払う給与等」の場合についても同様の定義規定を設けた上で,これら以外の給与等については「その支払う給与等の計算の基礎となった実際のか働日数」で除する旨規定しており,上記連結性が一般的に希薄である雇用契約の場合には全日数とし,連結性が明確な雇用契約の場合には実際のか働日数で除することを明らかにしているところである。したがって,所得税法施行令308条2項及びこれに関する上記通達は,本件事案に係る同令322条とは規定の趣旨を異にすることになるから,原告らの上記主張は,前記(3)カのとおり解釈することに影響を与えるものではないというべきである。
(5) 以上によれば,本件各ペナルティの控除の可否にかかわらず,第1事件各ホステスに係る源泉所得税について第1事件原告が納付すべき税額は,別表5又は6各記載のとおりとなり,第1事件各納税告知処分に係る源泉所得税額(別表1)と同一か又はこれを超えることになり,また,第2事件各ホステスに係る源泉所得税について第2事件原告が納付すべき税額は,別表7又は8各記載のとおりとなり,第2事件各納税告知処分のうち平成12年5月分から8月分まで,同年10月分から12月分まで,平成13年2月分,同年3月分,同年6月分,同年9月分から平成14年4月分まで,同年6月分,及び,同年8月分から12月分までにつき,これらに係る源泉所得税額(別表2)と同一か又はこれを超えることになるから,上記各処分は適法であり,これを前提とした第1事件各不納付加算税賦課決定処分,及び,第2事件各不納付加算税賦課決定処分のうち上記各月分の各納税告知処分に対応した分も適法ということができる。
2 争点(2)(本件各ペナルティの控除の可否)について
(1) そこで,進んで,本件各ペナルティの控除が認められることによって,第2事件各納税告知処分のうち平成12年4月分,同年9月分,平成13年1月分,同年4月分,同年5月分,同年7月分,同年8月分,平成14年5月分,及び,同年7月分に係る源泉所得税額が,これらに係る適正な源泉所得税額を上回る可能性があるので,その適法性について判断するために,争点(2)(本件各ペナルティの控除の可否)について検討する。
(2) 前記前提事実(2)エ(ウ)bのとおり,本件各ペナルティとは本件各ホステスが欠勤,遅刻等をした場合の「罰金」であるとされている。
そして,証拠(乙16)及び弁論の全趣旨によれば,本件各ペナルティは,具体的には,遅刻・早退の場合は15分を1単位として500円,当日欠勤の場合は連絡の時間帯により5000円,8000円又は1万5000円,無断欠勤の場合は1万5000円などというように,本件各ホステスが一定の契約違反をした場合に,一定額の「罰金」が科されるものとされていることが認められる。
(3) この点に関して,第2事件原告は,本件各ペナルティは当該違約が発生した日の報酬を限度に報酬から減算されるにすぎず,報酬の多寡にかかわらず報酬とは別個に約定額の違約金全額が発生するわけではないから,報酬算定の際の減額要素にすぎない旨主張する。
しかし,これを認めるに足りる証拠はないばかりか,第2事件原告の主張を前提としたのでは,そもそもペナルティが発生するはずの欠勤時には報酬が発生しない以上,およそ減算要素を規定する意味はなくなることになり,本件各ペナルティを科すことができないという矛盾が生じることになる。また,証拠(乙8の1ないし8の4,17の1ないし17の4,21の1及び21の2)及び弁論の全趣旨によれば,第2事件原告が第2事件各ホステスに報酬を支払う際に作成したホステス別の報酬支払明細書には,その上段欄に,ホステス報酬の額の算定根拠となる「時給」,「出勤日数」,「勤務時間数」,「平均個数」,「基本給」,「手当」及びそれらの合計である「総支給額」の各項目が,また,下段欄に,「税,厚生費」,「ペナルティ」,「寮費」,「水道光熱費」,「スーツ」,「日払い」,「送り代」,「その他」及びそれらの合計である「控除合計」の各項目が,それぞれ記載されており,第2事件原告は,上記上段欄の「総支給額」から下段欄の「控除合計」を差し引いた残額を「差引支給額」として第2事件各ホステスに支払っていることが認められる。第2事件原告も,第2事件各ペナルティを,「税,厚生費」等と並ぶ,ホステス報酬の総支給額から控除する「控除合計」として構成している。したがって,第2事件原告が,本件各ペナルティを本件各ホステスの報酬算定の際の減額要素と認識してはいなかったことは明らかである。さらに,証拠(乙17の1ないし17の4)及び弁論の全趣旨によれば,第2事件原告は,第2事件各ホステスのうち,「総支給額」から「ペナルティ」を控除した「差引支給額」がマイナスとなるホステスについても,約定に従った「税,厚生費」として総支給額の11パーセント(乙16)を控除していることが認められる。このように「ペナルティ」の有無にかかわらず,第2事件原告が「総支給額」に対する源泉所得税額相当分をホステスから預り金として控除していることからしても,第2事件各ペナルティは,報酬算定の際の減額要素ではなく,契約違反の場合に定額で科される「罰金」(違約金)であることが明らかである。よって,上記第2事件原告の上記主張を採用することはできない。
(4) そうすると,第2事件各ペナルティは,第2事件原告と第2事件各ホステスとの間で定められた違約金にすぎないというべきであるから,その性質にかんがみれば,第2事件各ホステスの事業所得の計算上,必要経費となるべきものではあっても,これを第2事件各ホステスの報酬算定の際の減算要素であると解することはできないものといわざるを得ない。
よって,第2事件各ホステスの報酬に係る源泉所得税額を計算するに当たっては,第2事件各ペナルティの額を第2事件各ホステスの報酬の総支給額から控除することはできないこととなる。
(5) 以上によれば,第2事件各ホステスに係る源泉所得税について第2事件原告が納付すべき税額は,別表7記載のとおりとなり,第2事件各納税告知処分のうち平成12年4月分,同年9月分,平成13年1月分,同年4月分,同年5月分,同年7月分,同年8月分,平成14年5月分,及び,同年7月分につき,これらに係る源泉所得税額(別表2)を超えることになるから,上記各処分は適法であり,これを前提とした第2事件各不納付加算税賦課決定処分のうち上記各月分の各納税告知処分に対応した分も適法ということができる。
3 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの本訴各請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 大門匡 裁判官 関口剛弘 裁判官 菊池章)