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東京地方裁判所 平成17年(行ク)203号 決定 2005年11月25日

主文

1  東京入国管理局主任審査官が申立人に対して平成17年7月19日付けで発付した退去強制令書に基づく執行は、その送還部分については、本案事件(平成17年(行ウ)第346号退去強制令書発付処分取消等請求事件)の第一審判決の言渡しまでの間、その収容部分については、平成17年11月25日午後3時以降、平成18年2月28日までの間(ただし、本案事件の第一審判決の言渡し時が先に到来した時は、第一審判決言渡しまでの間)、これを停止する。

2  申立人のその余の申立てを却下する。

3  申立費用は、これを3分し、その2を相手方の負担とし、その余を申立人の負担とする。

理由

第1申立ての趣旨

東京入国管理局主任審査官が申立人に対して平成17年7月19日付けで発付した退去強制令書に基づく執行は、本案に関する判決確定までの間、これを停止する。

第2申立ての理由等

1  申立人は、中国国籍を有する外国人男性であり、平成元年3月18日、平成元年法律第79号による改正前の出入国管理及び難民認定法(以下平成元年法律第79号による改正前のものを「旧法」といい、平成16年法律第73号による改正後のものを「法」という。)4条1項16号、旧法施行規則2条3号(現在の在留資格「就学」に該当する。)所定の在留資格、在留期間6月の上陸許可を得て本邦に上陸し、その後、同在留資格で2回の在留期間更新許可、在留資格「就学」への在留資格変更許可、在留資格「留学」への在留資格変更許可及び同在留期間更新許可を得て本法に在留していたが、最終の在留期限である平成5年3月14日以降不法残留状態となり、平成17年3月9日、法70条1項5号違反の事実で、さらに、同年4月28日、法73条の2第1項1号違反の事実で起訴され、同年6月14日、東京地方裁判所において、○、○、○の刑の言渡しを受け、同日収容令書の執行を受けて東京入国管理局収容場に収容され、法務大臣の権限の委任を受けた東京入国管理局長から同年7月19日付けで法49条1項の異議の申出に理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)を受け、東京入国管理局主任審査官から同日付けで退去強制令書の発付処分(以下「本件処分」という。)を受けた者である。

2  申立人は、本件申立ての理由として、申立人は来日して以来長期にわたり、平穏に在留を継続し、この間に日本人女性Aと婚姻し、Aの2人の子供を含めた4人で家族を形成し、日本での生活の基盤を築いてきたものであるから、本件裁決は、申立人に在留特別許可が与えられるべき事情を看過し、その裁量権を逸脱、濫用した違法なものであって、取り消されるべきであり、これを前提とする本件処分も、違法なものとして、取り消されるべきであること、平成17年7月5日に東京入国管理局特別審理官が行った法48条による口頭審理の手続は違法であるから、これを前提とする本件処分も違法なものとして取り消されるべきであるところ、本件処分の取消しの前にその執行がされると、申立人に重大な損害が生ずることとなるから、本件処分の執行を停止する緊急の必要がある旨主張する。

3  相手方は、本件申立ては、行政事件訴訟法25条4項に定める「本案について理由がないとみえるとき」、「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」との執行停止をすることができない要件に該当する上、少なくとも収容部分の執行につき、同条2項に定める「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」との執行停止をすることができる要件を満たさないから、理由がないと主張する。

第3当裁判所の判断

1  「本案について理由がないとみえるとき」について

前示のとおり、申立人について退去強制事由が存することは明らかであるといわざるを得ないが、他方、現段階において双方当事者から提出されている疎明資料によれば、上記の申立人の主張事実は、第一審における本案審理を経る余地がないほどに理由がないとまで断定することは困難であるというほかない。

2  「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」について

(1)  本件処分の送還部分の執行について

ア 本件処分の送還部分が執行されると、申立人は、その意思に反して本国に送還されることとなるから、それ自体が甚大な不利益である。その上、仮に、申立人が本案において勝訴判決を得たとしても、送還前に置かれていた原状を回復する制度的な保障はない。さらに、申立人が送還されると、自ら法廷において尋問に応ずることが不可能となって立証活動に著しい支障を来し、訴訟代理人との間で訴訟追行のための十分な打合せができなくなるなど、本案事件の訴訟を追行することも著しく困難となるおそれがある。このような不利益は、回復の困難の程度が大きいものであり、「重大な損害」に当たるというべきである。

イ 執行停止の期間について

前記1の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかどうかの判断については、本案事件の第一審判決の結論いかんにより影響を受けるものである。そして、本案事件の第一審判決において仮に申立人敗訴の判決が言い渡された場合にも、当然に「本案について理由がないとみえるとき」に該当しないとまでいうことは困難であり、この点については、本案事件の第一審判決の帰趨を待って改めて判断すべきものと解される。

したがって、本件処分に基づく送還部分の執行停止の期間は、第一審判決言渡しの時までとするのが相当である。

(2)  本件処分の収容部分の執行について

ア 本件処分の収容部分が執行されると、申立人は、身柄を収容され、その行動に制約を受けることとなり、このような身体の自由に対する制約は、その性質上、不利益の程度が高いものであるということができる。しかし、申立人が本邦に在留する資格を有しないことは明らかであるところ、法は、このように在留資格を有しない外国人が本邦において活動をすることを認めてはいないのであるから、申立人が本邦において活動をすることができないことや、その活動を阻止するために身柄が拘束されることにはやむを得ない側面があることも否定し難いところなのであって、このような事情を考慮することなく、身柄拘束の不利益性のみに着目して、それを「重大な損害」に当たると解することは相当ではないものというべきである。したがって、「重大な損害」に当たるといえるためには、収容が継続されることによって当該外国人に健康上重大な支障が生じるなど、身柄の拘束に伴う通常の損害を超えた特別の損害が生じているとか、申立人に対しては在留特別許可を与えられるべきであることが明らかであること(その意味で、通常の在留資格のない外国人とは同列に論じることができないこと)などの事情が存する必要があるものというべきである。

イ ところで、本件記録によれば、申立人の健康状態について以下の事実が認められる。

(ア) 平成17年8月1日及び同月8日に収容場内で診療を受け、痛風との所見により尿酸を抑える処方薬ザイロリック錠を7日分継続投薬を受けた(疎乙26)。

(イ) 右足裏の痛みを訴え、同月29日、収容場内で診療を受け、痛風発症中との医師の所見を得、継続投薬されていたザイロリック錠の投薬を中止し、代わって痛風発作時の対応薬であるコルヒチンとボルタレンが6日分投薬された。このうちコルヒチンについては、ひどい下痢になった場合は投薬を中止するようにとの指示が出された(疎乙34)。

(ウ) 同年9月2日、収容場内で診療を受け、白癬に対するマイコスポール軟膏の投薬継続を受けた(疎乙34)。

(エ) 同月5日、収容場内で診療を受け、胃痛と高血圧の対処のため、アルサルミンとアダラートレを7日分投薬継続された(疎乙34)。

(オ) 同月12日、収容場内で診療を受け、高血圧と痛風の対処のため、アダラートレとボルタレンを14日分の投薬継続された(なお同月5日投与されたアルサルミンについては申立人の希望で投薬を中止した。疎乙34)。

(カ) 同月29日、吐き気とめまいを訴え、同月30日に収容場内で診療を受け、胃薬であるマーロックスの処方を受けるとともに、外部病院への受診を指示された(疎乙36の2)。

(キ) 同年10月3日にα病院内科において問診、触診、腹部レントゲン検査、血液検査、尿検査を受けたが、検査結果は概ね基準値の範囲内であり、顕著な異常は認められなかった。同病院医師からは、ボルタレンについては胃潰瘍の原因となるので痛むときに服用し、マーロックスについては確実に服用するように指示を受けた(疎乙36の2)。

同月28日には、食欲低下が続くため、再度同病院で診察を受け、胃上部内視鏡検査により胃炎があると認められた。また、申立人の家族に対し、同病院医師が同日付けで作成交付した診断書には以下の記載がなされている。「病名 胃炎、脱水、高尿酸血症」「腹痛、嘔吐にて当院し、血液検査にて脱水、高尿酸血症認めた。胃痛もあり胃炎疑われた。胃薬既に処方されており、服薬中止されていたため再開するよう指示されていた。しかし、食欲低下続くため再診。脱水軽快傾向にあったが、上部内視鏡施行したところ、胃炎あり。制酸剤既に処方されているが、食欲低下続いている。精神的に情緒乏しく精神的な原因も食欲低下の原因の一つと考えられます。精神科への受診をして下さい。」(疎甲75)。

(ク) また、申立人が車椅子を使って移動する状態にあり、(中略)、吐き気と嘔吐の症状があり、同年9月29日、同年10月5日には吐血することもあったこと、収容前から体重が約20kg減少している状況にあることについては相手方は特に争っていない。

ウ 申立人は、収容生活のストレスから食事ができず、嘔吐を繰り返し、持病の痛風が悪化し、歩行も困難な状況にある等体力が低下し、脱水症状から来る急性腎不全、あるいは胆のう炎等の内臓疾患を発症している可能性があり、その健康状態が収容に耐え難い状況にある旨主張するところ、上記のとおり申立人には、胃炎、脱水、高尿酸血症の症状が認められるが、収容場内での診療と投薬治療の他、必要に応じて外部診療も行われていること、脱水症状は軽快傾向にあること、腹部レントゲン検査、血液検査、尿検査、上部内視鏡検査が行われたが申立人が主張するような内臓疾患を疑わせるような検査データは検出されていないことからすると、現段階において直ちに収容に耐え難い身体的状況にあると断定することは困難であるといわざるを得ない。

他方、α病院内科の医師は、平成17年10月28日付け作成の診断書の中で「精神的に情緒、乏しく精神的な原因も食欲低下の原因の一つと考えられます。精神科への受診をして下さい。」と記載し(疎甲75)、同年11月2日、再度診察した際にも「家族のもとを離れ、環境の変化で精神に不調を来すことは入院患者にも見られる。家族が心配していることもあり、精神科の受診を勧める。」との発言があったというのであり(疎乙37の2)、同医師は、問診、触診、上記の各種検査結果のデータ等を踏まえ、申立人が精神科を受診することが必要な精神状態にあると診断していることが明らかである。

ところが、相手方は、同医師が精神科の受診を勧めたのは医学的見地からの必要性に基づくものではなく、家族の心配に配慮して受診を勧めたものに過ぎず、精神科への受診の必要性はないとして受診させていないし、申立人が平成17年9月20日付けでした仮放免許可申請に対しても未だ応答をしていない状況にある。しかし、同医師は診断書において明確に精神科の受診をするよう指示し、その後の診察においても精神科の受診を勧めているというのであるから、仮に同医師の上記診断が申立人の家族が心配している状況を配慮したものであるとしても、そのような事情のみをもって、医学的見地からの必要性に基づくものではないと断定する根拠はなく、かえって上記のとおり申立人は、医師によって情緒低下が見られると診断されている上、胃炎、食欲低下、嘔吐、吐血、体重の顕著な減少といった身体症状も、申立人の精神症状に起因する可能性があり得ることからすると、このまま放置した場合には、申立人の精神状態が更に悪化し、それが、身体状態の更なる悪化にもつながっていくおそれがあることは否定し難いのであるから、少なくとも申立人を精神科に受診させ、その精神状態が収容に耐えられる状況にあるかについて慎重に判断することが必要な状況にあると認めるのが相当である。

そうすると、申立人は、少なくとも精神科の受診が必要な状況にあるにもかかわらず、その診察を受けられない状況にあり、相手方の対応ぶりからすると、このまま収容を継続させた場合には申立人の適切な診療を受ける機会を失い、精神的、肉体的打撃を受けるおそれがあるものというべきであり、これは、身柄の拘束に伴う通常の損害を超えた特別の損害、すなわち重大な損害に当たるものというべきである。

エ 執行停止の期間

現段階において申立人の精神状態が収容の継続に耐え難い状況にあるとまで認めるのも困難な状況にあり、この点については、申立人が精神科に受診した結果を踏まえて改めて判断すべきであるから、そのために必要な期間である本件決定の日から約3か月後である平成18年2月28日まで収容部分の執行を停止するのが相当である。なお、前記(第3、2、(1)、イ)と同様に「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかどうかについては本案事件の第一審判決の結論により影響を受けるものであるから、上記期間よりも本案事件の第一審判決の言渡しの時が先に到来した場合は、第一審判決の言渡しの時まで執行停止を認めるのが相当である。

3  「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」について

本件における「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」として相手方の主張するところは、要するに、執行停止による一般的な影響をいうものであって、具体性がなく、本件処分の執行を停止すると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるというべき事情が疎明されているということはできない。

第4結論

よって、本件申立てのうち、本件送還部分の執行の停止については、本案事件の第一審判決の言渡しがあるまでの間、本件処分の収容部分の執行停止については、平成18年2月28日までの間(ただし、本案事件の第一審判決の言渡し時が先に到来した時は、第一審判決言渡しまでの間)、執行の停止を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 古田孝夫 裁判官 潮海二郎)

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