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東京地方裁判所 平成18年(モ)4320号 決定 2006年8月18日

申立人(原告)

株式会社クボタ

同代表者代表取締役

申立人(原告)

橋本総業株式会社

同代表者代表取締役

上記両名訴訟代理人弁護士

鈴木祐一

高部道彦

栗原正晴

渡部夕雨子

安江一平

中澤智憲

相手方(被告)

株式会社八十二銀行

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

田路至弘

筬島裕斗志

沖田美恵子

吉野彰

栗原さやか

主文

相手方は、相手方が、平成16年3月、同年7月及び同年11月時点において、二幸機材株式会社の経営状況の把握、同社に対する貸出金の管理及び同社の債務者区分の決定等を行う目的で作成・保管していた自己査定資料一式を提出せよ。

理由

第1申立ての趣旨

主文と同旨

第2当事者の主張

1  申立人らの主張

(1)  証拠の必要性について

申立人らは、本案訴訟において、相手方は、二幸機材株式会社(以下「二幸機材」という。)が経営難の状況にあり、経営破たんに陥る可能性が大きいことを認識し、二幸機材を全面的に支援する意思を有していなかったにもかかわらず、これを秘して、申立人らに対し、二幸機材を全面的に支援すると説明し、申立人らを欺もうしたと主張し、さらに、相手方は、申立人らに対し、二幸機材の経営状態について、できる限り正確な情報を提供すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったと主張しているところ、相手方が、二幸機材の経営状態について、いかなる認識及び情報を有していたかを立証するためには、相手方が、平成16年3月、同年7月及び同年11月時点において、二幸機材の経営状況の把握、同社に対する貸出金の管理及び同社の債務者区分の決定等を行う目的で作成・保管していた自己査定資料一式(以下「本件文書」という。)が必要である。

(2)  文書提出義務について

本件文書は民事訴訟法(以下「法」という。)220条4号に規定する文書であって、同号イないしホの除外事由には当たらない。

ア 法220条4号ハについて

二幸機材については、既に民事再生手続開始決定がされ、破たんの事実が公表されているのであり、さらに過去の財務状況等がより具体的に明らかになったとしても、二幸機材の被る不利益は小さいから、本件文書の開示によって、相手方の営業に深刻な影響を与える可能性は低く、以後その遂行が困難になるとはいえない。

したがって、本件文書は、法220条4号ハ所定の文書には当たらない。

イ 法220条4号ニについて

本件文書は、相手方が二幸機材の経営状況の把握、同社に対する貸出金の管理及び同社の債務者区分の決定等を行う目的で作成・保管しているものであるところ、このような資産の査定については、相手方のような金融機関の業務の公共性にかんがみて、業務の健全かつ適切な運営を確保するために行われる検査(銀行法25条等)の対象となっており、その検査に関する通達等(平成11年7月1日付け金融監督庁検査部長通達(金検第177号)「預金等受入機関に係る検査マニュアルについて」等)によって、相手方のような金融機関には、本件文書のような資料を作成することが実務上義務づけられている。

とすると、本件文書は、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書とはいえない。

したがって、本件文書は、法220条4号ニ所定の文書には当たらない。

2  相手方の主張

(1)  証拠の必要性について

ア 申立人らの本案訴訟における請求原因の一つは、相手方の確定的故意による欺もう行為であるところ、欺もう意思の有無の判断の要素となるのは、相手方が二幸機材を支援する意思を有していたか否かであって、相手方が二幸機材についてどのような判断を行っていたのかではない。

そして、相手方は、平成16年3月以降、二幸機材に対する融資残高を増額させるなどしており、二幸機材を支援する意思を有していたことは明らかであり、他に、相手方において不当な回収を行った事実もないのであるから、この点について合理的な反論をしないまま、本件文書の提出を求める申立人らの本件申立ては合理性を欠くものであり、本件文書を証拠として取り調べる必要性はない。

イ また、申立人らは、本案訴訟における請求原因として、注意義務違反も主張しているところ、相手方には、申立人らの主張する法的注意義務は存在しないから、かかる主張は主張自体失当であり、本件文書を証拠として取り調べる必要性がないことは明らかである。

(2)  文書提出義務について

ア 法220条4号ハについて

(ア) 法220条4号ハが引用する法197条1項3号所定の「職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいう。

(イ) この点、本件文書には、相手方が守秘義務を負うことを前提に二幸機材から提供された財務状況等に関する情報のほか、相手方がこれを基礎に行った分析・評価の過程、相手方の二幸機材に対する端的な信用評価及びこれを踏まえた今後の業績見通しや融資方針等が記載されているところ、これが広く開示されると、現に事業を継続している二幸機材が不測の不利益を被り、これにより相手方が二幸機材との取引の機会を失うおそれがある。

また、本件文書には、相手方における自己査定のノウハウが記載されているところ、これが広く開示されると、相手方における自己査定のノウハウが同業他社等に流出する危険が生じるのみならず、融資先までが相手方における自己査定のノウハウに精通することが予想され、この情報を悪用して相手方における適切な査定を妨害し、結果として適切な融資先の査定が阻害されるおそれがある。

さらに、金融機関の自己査定資料一式である本件文書に文書提出義務があるとすれば、融資先はこれが広く開示されることをおそれ、金融機関に対する情報提供を控えたり、自己に都合の良い情報をし意的に選別して提供するなどのおそれがあり、金融機関による適切な情報入手が極めて因難となり、結果として各融資先への適切な評価が不可能となるおそれがある。

(ウ) 以上より、本件文書の開示が相手方の業務に与える影響は、極めて深刻で、今後の業務遂行が著しく困難になることも明白であるから、本件文書は、法220条4号ハ、197条1項3号所定の「職業の秘密に関する事項」が記載されている文書に当たる。

イ 法220条4号ニについて

(ア) ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(以下「自己利用文書」という。)に当たると解されている。

(イ) この点、本件文書の作成目的は、相手方内部における与信管理を適切に行って相手方自身の経営の安定を確保することにあり、本件文書には、その目的を達するため、相手方の各融資先に対する分析・評価、これに基づいた融資方針及び各融資先に関する相手方の将来性や回収見込みに対する考えなどが率直に記載されているのであるから、本件文書は、その性質上、専ら相手方内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書といえる。

(ウ) また、本件文書には、相手方における独自の自己査定のノウハウが記載されているところ、これが開示されると、このノウハウが同業他社に流出し、その財産的価値が失われるばかりでなく、これらが不良・悪質な事業者に悪用され、相手方における融資先査定方法を誤らせたり、回収を逃れようとするなどの事態も十分に想定され、さらには、融資先において、自己の高度な信用情報・経営情報等が自己が当事者となっていない訴訟の過程で明らかとなることを忌避すべく、相手方との取引を避けるなどの事態も想定され、これらの状況が、相手方にとって看過し難い不利益であることは明らかである。

加えて、本件文書は、相手方における健全な経営を確保することを目的とするものではあるが、自己査定の過程において、融資先の経営状況等に対する評価が行われ、相手方において、融資先に対するその後の融資・回収についての方針を決定する際にも参考となる文書であり、その記載内容は、相手方及び融資先についての高度なプライバシー情報を含むものであるから、これが開示され、自己査定の過程がすべて事後的に明らかにされる可能性があるということとなれば、相手方及び融資先のプライバシーが侵害され、ひいては開示可能性を意識して、本件文書の作成者をして、忌たんのない意見を記載することをちゅうちょさせ、その結果、相手方の団体内部における自由な意思形成が阻害されるおそれもある。

(エ) 以上より、本件文書は法220条4号ニ所定の自己利用文書に当たる。

第3当裁判所の判断

1  証拠の必要性について

(1)  本件文書は、相手方が、平成16年3月、同年7月及び同年11月時点において、二幸機材の経営状況の把握、同社に対する貸出金の管理及び同社の債務者区分の決定等を行う目的で作成・保管していた自己査定資料一式であり、本件文書には、相手方が二幸機材から提供された情報を基礎に行った平成16年3月、同年7月及び同年11月時点における二幸機材の財務状況・事業状況についての分析結果、二幸機材に対する評価及びこれを踏まえた今後の業績見通しや融資方針等が記載されているところ、申立人らは、本件文書の提出を受けることにより、相手方が、平成16年3月、同年7月及び同年11月時点において、二幸機材の経営状態について、いかなる認識及び情報を有していたかを明らかにして、これにより相手方は、二幸機材が経営破たんに陥る可能性が大きいことを認識し、二幸機材を全面的に支援する意思を有していなかったにもかかわらず、これを秘して、申立人らに対し、二幸機材を全面的に支援すると説明した事実等を立証しようとするものであるから、欺もう意思の有無等が主要な争点となっている本案訴訟を解明する上で、本件文書を証拠として取り調べる必要性は認められるというべきである。

(2)  これに対し、相手方は、欺もう意思の有無の判断の要素となるのは、相手方が二幸機材を支援する意思を有していたか否かであって、相手方が二幸機材についてどのような判断を行っていたのかではない旨主張する。しかしながら、上記(1)のとおり、申立人らが本件文書の提出を求めるのは、本件文書により、相手方が、平成16年3月、同年7月及び同年11月時点において、二幸機材の経営状態について、いかなる認識を有していたかを明らかにして、これにより相手方が二幸機材を支援する意思を有していなかった事実を立証しようとするものであり、相手方が二幸機材についてどのような判断を行っていたのかを明らかにし、ひいては相手方の経営判断の過程を立証しようとするものではないから、相手方の主張はこの点で前提を誤っており、失当である。

また、相手方は、平成16年3月以降、二幸機材に対する融資残高を増額させるなどしており、二幸機材を支援する意思を有していたことは明らかであり、他に、相手方において不当な回収を行った事実もないのであるから、本件文書を証拠として取り調べる必要性はない旨主張する。しかしながら、申立人らは、相手方は、二幸機材に対する貸付金の金利引上げを実施しているほか、長期貸付金と短期貸付金の割合を逆転させるなどしている上、定期預金と貸付金を相殺して貸付金の回収を図り、さらに割引手形の割合を増加させるなどおよそ支援とはいい難い態度をとっているなどと主張して争っている上、相手方の主張するように、平成16年3月以降、二幸機材に対する融資残高を増額させたからといって、直ちに相手方において二幸機材を支援する意思を有していたことが明らかであるとまで断定することはできない。したがって、相手方の主張は、本件文書を証拠として取り調べる必要性がないことの理由とはならない。

さらに、相手方は、相手方には、申立人らの主張する法的注意義務は存在しないから、注意義務違反の主張は主張自体失当であり、本件文書を証拠として取り調べる必要性がないことは明らかである旨主張する。しかしながら、法的注意義務の存否の判断は別としても、少なくとも相手方においても、図利加害目的をもって積極的に虚偽の事実を述べるなどの特段の事情が認められる場合には、不法行為責任を負うことは認めているのであり、かかる事実を立証するために本件文書を証拠として取り調べる必要性が認められることは上記(1)のとおりであるから、相手方の主張は、本件文書を証拠として取り調べる必要性がないことの理由とはならない。

なお、相手方は、本案訴訟における申立人らの主張によれば、平成16年3月の時点で、相手方の申立人らに対する欺もう行偽は具体化していたのであるから、同年7月及び11月時点における本件文書については、証拠として取り調べる必要性はない旨主張する。しかしながら、申立人らは、本案訴訟において、平成16年3月以降も継続して欺もうされ続けたと主張しているのであるから、相手方の主張は採用できない。

2  文書提出義務について

申立人らは、本件文書は法220条4号に規定する文書であって、同号イないしホの除外事由に当たらない旨主張するのに対し、相手方は、本件文書は同号ハ、197条1項3号所定の「職業の秘密に関する事項」が記載されている文書及び法220条4号ニ所定の自己利用文書に当たる旨主張するので、以下検討する。

(1)  法220条4号ハについて

ア 法197条1項3号所定の「職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該職業に深刻な影響を与え、以後その遂行が困難になるものをいうと解するのが相当である(最高裁平成12年3月10日決定・民集54巻3号1073頁参照)。

イ これを本件についてみると、本件文書には、相手方が守秘義務を負うことを前提に二幸機材から提供された財務状況等に関する情報のほか、相手方がこれを基礎に行った財務状況・事業状況についての分析・評価の過程、二幸機材に対する評価及びこれを踏まえた今後の業績見通しや融資方針等が記載されていることから、本件文書により、相手方における自己査定のノウハウが明らかになる可能性があるほか、相手方が行った二幸機材の財務状況・事業状況についての分析結果及び二幸機材に対する評価等が明らかになる可能性が高い。したがって、本件文書が広く開示されるとすれば、現在も事業を継続している二幸機材にとっては、その不利益は小さいとはいい難く、その結果、二幸機材の相手方に対する信頼が損なわれ、相手方が二幸機材との取引の機会を失うおそれがあることは否定できず、その他、相手方における自己査定のノウハウが流出する危険性があることも否定できない。

ウ しかし、二幸機材は、実質的に経営が破たんし、既に民事再生手続開始決定がされて破たんの事実が公表され、過去の財務状況等も明らかにされているから、さらに本案訴訟において過去の財務状況等がより具体的に明らかになったとしても、これによる不利益が大きいとはいえず、相手方の有する二幸機材の財務状況等に関する情報の秘密性の程度は、相当程度低くなっているというべきであり、本件文書の開示によって、直ちに相手方が主張するような事態に陥るとは認められない。

また、本件文書の開示によって、相手方における自己査定のノウハウが流出する危険性があるとしても、相手方における自己査定の方法が、他の金融機関において行われている自己査定の方法と比べて、特別の保護を与えるべき秘密性を有しているとは認められず、かえって相手方における自己査定も、他の金融機関において行われているのと同様の方法によって行われていると考えるのが自然であるから、本件文書の開示によって、直ちに相手方が主張するような不利益が生じるとは認められない。

さらに、本案訴訟の主要な争点である相手方の欺もう意思の有無を判断し、事案を解明するためには、申立人らが欺もう行為を行ったと主張する時点における相手方の二幸機材の経営状態についての認識が記載された本件文書を証拠として取り調べる必要性が高い。

エ 以上より、本件文書が開示されたとしても、相手方の職業に深刻な影響を与え、以後その遂行が困難になるものとは認められないから、本件文書は、法220条4号ハ、197条1項3号所定の「職業の秘密に関する事項」が記載されている文書には当たらない。

なお、相手方は、金融機関の自己査定資料一式である本件文書に文書提出義務があるとすれば、融資先はこれが広く開示されることをおそれ、金融機関に対する情報提供を控えたり、自己に都合の良い情報をし意的に選別して提供するなどのおそれがある旨主張するが、上記で検討したとおり、本件文書のような自己査定資料一式については、一律に文書提出義務が認められるというわけではなく、融資先について民事再生手続が開始されていることなどの諸般の事情を総合考慮した上で、文書提出義務の存否を決するのであるから、これと異なる前提に立つ相手方の主張は理由がない。

(2)  法220条4号ニについて

ア ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は法220条4号ニ所定の自己利用文書に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年11月12日決定・民集53巻8号1787頁参照)。

イ これを本件についてみると、本件文書は、金融機関である相手方の業務の健全性及び適切性を確保するために、金融監督庁の通達等によって作成が要求されている文書であり、これらの通達等は、金融機関内の資産内容の査定方法や適正な償却・引当の方法について明らかにするとともに、金融検査官が金融機関による資産査定の適正性を検査する際には、通達等に基づいて作成された本件文書のような自己査定資料一式を資料として検証すべきことを定めている。したがって、金融機関である相手方は、自己査定に当たって本件文書を作成し、金融検査官の検査に当たって本件文書を提供することが実務上義務づけられているといえる。

よって、本件文書は、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書とはいえない。

ウ 以上より、本件文書は、法220条4号ニ所定の自己利用文書には当たらない。

(3)  以上のとおりであるから、本件文書は法220条4号ハ及びニのいずれにも当たらず、同号に該当する文書として提出命令の対象になるものと認められる。

第4結論

よって、本件申立ては理由があるからこれを認容し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 橋本昌純 裁判官 間部泰 川原田貴弘)

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