東京地方裁判所 平成18年(モ)9933号 決定 2006年9月15日
申立人
伊藤ライフサイエンス株式会社
上記代表者代表取締役
佐藤靜治
上記申立人代理人弁護士
新保克芳
同
髙﨑仁
相手方
甲野一太
相手方
乙川昭男
主文
相手方らは,別紙営業秘密目録記載の営業秘密を,当庁平成17年(ワ)第12363号・同18年(ワ)第6363号事件の追行の目的以外の目的で使用し,又は本決定と同内容の命令を受けた者以外の者に開示してはならない。
理由
第1 申立ての趣旨
主文と同旨
第2 事案の概要
1 申立人は,基本事件である東京地方裁判所平成17年(ワ)第12363号特許権侵害差止等請求事件及び平成18年(ワ)第6363号不正競争行為差止請求事件の被告である。相手方らは,基本事件の原告であるイタリア法人オポクリン エッセ ピ アの訴訟代理人弁護士である。
2 申立人は,基本事件において,別紙営業秘密目録記載の乙第50号証ないし乙第53号証を証拠として提出することを予定しているところ,上記証拠のうち別紙営業秘密目録記載の部分(以下「本件情報」という。)は,申立人の保有する営業秘密に該当すると主張して,特許法105条の4第1項及び不正競争防止法10条1項に基づき,本件情報につき秘密保持命令の申立てをするものである。
第3 当裁判所の判断
1 事実関係
一件記録によれば,次の事実が認められる。
(1) 乙第50号証ないし乙第53号証の内容
乙第50号証ないし乙第53号証(以下「本件審査資料」という。)は,ミニヘパ注500の原薬であるパルナパリンナトリウム「イトウ」(以下「申立人製品」という。)の平成14年法律第96号による改正前の薬事法22条所定の輸入承認申請書の添付資料として,厚生労働省及び医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構(以下「旧機構」という。)に提出されたものである(疎甲1,疎甲12)。なお,旧機構は,その後廃止されたが,その業務は,平成16年4月1日に独立行政法人医薬品医療機器総合機構法の規定に基づき設立された独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下「機構」という。)に統合された(疎甲12,疎甲13)。
本件審査資料の作成名義は,訴外伊藤ハム株式会社(以下「訴外会社」という。)ヘルスサイエンス事業部であるが,同事業部に属する営業は,平成15年10月1日,訴外会社の子会社である申立人(基本事件被告)に対して譲渡され,本件審査資料に関する権利も,以後申立人に帰属している(疎甲4)。
申立人製品は,基本事件原告が薬事法上の承認を受けたローヘパ注500(以下「原告製品」という。)の後発医薬品として輸入承認されたものであるところ,乙第50号証は物理的化学的観点から,乙第51号証は酵素化学的観点から,乙第52号証は毒性学的観点から,乙第53号証は免疫化学的観点から,原告製品と申立人製品の同等性を検証するための資料である。すなわち,本件審査資料は,原告製品と申立人製品との同等性を検証するため,それぞれ特定の試験項目及び試験方法を選択した上で試験を実施し,その試験データが両製品においてそれぞれ一致することを示すための資料であり,これらの資料には,①試験項目及び試験方法,②その実施結果である試験データ及びその検討結果,③使用機器,その操作法及び試験実施者等に関する情報等,申立人製品に関する技術上の情報が記載されている(疎甲1)。
(2) 本件審査資料の申立人における管理状況
ア 申立人は,申立人の社員カード保持者のみが入室できるスペース内において,管理職である薬事業務責任者の机近くに設置された鍵付きのロッカーの内部に本件審査資料を施錠して保管している。本件審査資料を閲覧する場合には,鍵を管理している当該薬事業務責任者の了解を要する(疎甲1)。
イ 申立人のすべての社員は,もと訴外会社ヘルスサイエンス事業部に所属する社員であり,申立人への営業譲渡後は,その出向社員であって,いずれも訴外会社の企業秘密漏洩防止細則3条1項に規定する開発部門在勤の者に該当する。したがって,申立人のすべての社員は,同細則の規定に基づいて,本件審査資料を含む企業秘密の保持に係る誓約書を訴外会社に提出している(疎甲1,疎甲10の1及び2)。
(3) 本件審査資料の厚生労働省等における取扱い
ア 本件審査資料は,厚生労働省においても保有されているものであるが,その職員には,守秘義務がある(国家公務員法100条1項)。なお,厚生労働大臣は,薬事法14条1項の承認のための審査を機構(平成16年3月31日以前にあっては旧機構)に行わせることができるが(同法14条の2第1項),機構又は旧機構のいずれの職員にも守秘義務がある(独立行政法人医薬品医療機器総合機構法13条,医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構法25条)。
本件審査資料は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律2条2項に規定する行政文書に該当するから,何人も,同法3条の規定に基づき,本件審査資料の開示を請求することができる。ただし,このような開示の請求があった場合であっても,公にすることにより,法人等の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある情報など,同法5条各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)が本件審査資料に記録されているときは,これを開示しないことができるものとされている。
イ 厚生労働省は,上記不開示情報の該当性について,次のとおりの基準を定めている(疎甲2,疎甲3)。
(ア) 承認申請書等に記載されている個人名等の取扱い
治験責任医師,治験調整医師,効果安全性判定委員会委員,治験総括医師等の氏名,申請企業の連絡担当者の氏名等,特定の個人を識別することができる等の情報は,不開示とする。
(イ) 他の者による承認申請等を容易にする情報の取扱い
承認申請書等に添付する安全性試験又は臨床試験成績等,公にすることにより,当該情報を入手した他の者による承認申請や医療機関等への情報提供活動等を容易にする情報は,当該申請者等の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるため,不開示とする。
承認申請書等に添付する各種資料は,当該申請者等が多大なコストをかけて収集・作成したデータ類であることに留意する必要がある。
(ウ) 医療用医薬品の承認申請書に添付する資料の取扱い
a 元素分析,構造決定にかかる各種スペクトル等,公とすることにより,他者による創製又は製造が容易になる等,当該申請者の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある情報は,不開示とする。
b 物理化学的性質にかかる情報等,公にすることにより,他者による製造が容易になる等の理由により,当該申請者の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある情報は,不開示とする。
ただし,外観・性状,溶解性,吸湿性,光安定性,融点(分解点)等,酸塩基解離定数,分配係数,pH,施光性,吸光度,水分及び定性反応等に係る数値等は,医療機関等への情報提供活動等により,既に公になっている場合には,原則,開示する。
c 規格及び試験方法等,公にすることにより,他者による製造が容易になる等,当該申請者の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある情報は,不開示とする。
d 急性毒性,亜急性毒性,慢性毒性,催奇形性その他の毒性については,原則,開示する。ただし,特殊な試験動物種・系統,試験方法,試験設定根拠等,当該医薬品の創製等に係わっており,公にすることにより,当該申請者の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある情報は,不開示とする。
ウ 厚生労働省は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律の規定に基づいて,行政文書について開示の請求があった場合には,当該行政文書を提出した医薬品メーカーに対して,当該行政文書中にノウハウその他の知的財産が記載されているか否かを照会した上,上記イの基準の外に,照会結果を尊重して,厚生労働省が不開示情報の該当性を判断するとされている(疎甲3)。
なお,申立人は,仮に本件審査資料について厚生労働省から上記照会があった場合には,厚生労働省に対して,本件審査資料が重要な技術上の秘密情報であることを理由として,すべて不開示とすべきであると回答し,とりわけ,本件審査資料のうち本件情報については,必ず不開示とすべきであると強く要望する予定である(疎甲1ないし疎甲3)。
エ 機構は,不開示情報の該当性について,厚生労働省の上記イ及びウの基準に準じて判断している(疎甲3,疎甲6)。
2 営業秘密について
(1) 特許法105条の4第1項1号所定及び不正競争防止法10条1項1号所定の「営業秘密」とは,不正競争防止法2条6項に規定する営業秘密をいうところ,上記営業秘密とは,a 秘密として管理されている情報であること,b 事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること,c 公然と知られていない情報であることの各要件に該当する情報である。
(2) 秘密管理性について
前記1(2)認定のとおり,本件情報は,申立人のすべての社員に守秘義務が課され,申立人社内において秘密に管理されている。申立人の前身である訴外会社ヘルスサイエンス事業部においても同様であった。
また,前記1(3)認定のとおり,本件情報は,非公開で行われる薬事法上の承認審査に要するものであって,厚生労働省,旧機構及び機構の担当職員に守秘義務が課され,その性質上一般には公開されていないものである。仮に,第三者から開示の請求がされた場合であっても,本件情報は,前記1(3)イの基準のいずれかの不開示事由に該当するものであるから,同ウの照会結果をも考慮して,行政機関等において開示されないものと認められる。
なお,前記1(3)イ(ウ)dの基準によれば,毒性については,原則開示するものとされているが,乙第52号証中の本件情報は,検体の入手方法(1頁),検体を投与する動物の種類及び飼育環境その他の条件(2頁),検体の投与方法並びに観察及び剖検方法(3頁),同等性試験の結果並びに検体の投与量及び動物数(4頁)等に関するものであって,同基準ただし書に規定する試験方法に該当する(疎甲11)。同様に,前記1(3)イ(ウ)bの基準によれば,外観・性状,溶解性,吸湿性,光安定性,融点(分解点)等,酸塩基解離定数,分配係数,pH,施光性,吸光度,水分及び定性反応等に係る数値等について,医療機関等への情報提供活動等により,既に公になっている場合には,原則開示するものとされているが,乙第50号証中の本件情報が,医療機関等への情報提供活動等によって既に公になっているという事情はない(疎甲1,疎甲14)。よって,これらを含め,本件情報は,いずれも不開示事由に該当する。
したがって,本件情報は,客観的に秘密として管理されているということができる。
(3) 非公知性について
上記(2)の事情に加えて,申立人は,本件情報を対外的に公表したことはなく,守秘義務のある申立人の社員並びに厚生労働省,旧機構及び機構の職員以外の者がこれを取得又は保有したことはない(疎甲1)。そして,その他本件情報が外部に流出したことをうかがわせる事情は認められない。
したがって,本件情報は,公然と知られていないものと認められる。
(4) 有用性について
前記1(1)認定のとおり,本件審査資料には,①試験項目及び試験方法,②その実施結果である試験データ及びその検討結果,③使用機器,その操作法及び試験実施者等に関する情報が記載されている。
②については,申立人製品の内容及び規格を直接規定する情報であるから,申立人製品の製造開発を行う申立人にとって極めて重要な技術上の情報であることは明らかである。
①については,申立人製品の内容及び規格を直接規定するものではないが,後発医薬品の承認審査において同等性を立証し得る試験項目及び試験方法について,申立人が試行錯誤を繰り返した上で選択した専門的知識に基づく技術情報である。とりわけ,申立人製品のような生物由来の後発医薬品については,同等性の立証に関するノウハウを有する会社が極めて少なく,実際にも,原告製品の後発医薬品メーカーは申立人の外には存在しない。したがって,①は,元素分析,溶解性その他通常実施が想定される試験項目及び試験方法を除き,パルナパリンナトリウムに関する唯一の後発医薬品メーカーである申立人にとって,②と同様に重要な技術上の情報であると認められる。
③については,承認審査において提出した試験データその他試験成績の信頼性を確保するために必要な情報であるから,今後医薬品メーカーとして同種の承認申請を行う申立人にとって重要な情報であると認められる。
以上のとおり,本件情報は,いずれも営業秘密として保護の対象とするに足りる事業活動に有用な技術上の情報であると認められる。
(5) 以上によれば,本件情報は,前記(1)の各要件のいずれにも該当する情報であるから,不正競争防止法2条6項に規定する営業秘密であると認められる。
よって,基本事件において取り調べられるべき乙第50号証ないし乙第53号証中の本件情報の内容には,申立人の保有する営業秘密が含まれるものと認められるから,特許法105条の4第1項1号及び不正競争防止法10条1項1号の要件に該当する。
3 使用開示の制限の必要性について
本件情報は,申立人製品の内容及び規格を規定するものその他申立人製品の輸入承認等の許可を得るために必要なものであって,後発医薬品メーカーその他同業他社による同種製剤の製造販売又はその承認等の許可を容易にする情報であると認められる。しかも,申立人製品のような生物由来の後発医薬品については,これに関するノウハウを有する会社が極めて少なく,実際にも,原告製品の後発医薬品の販売は申立人の外には行っていない。
そうすると,本件情報が本件訴訟の追行の目的以外の目的で使用され又は開示されることにより,申立人において他の後発医薬品メーカー等との間の競争上の地位が害されるなど申立人の事業活動に支障を生ずるおそれがあり,これを防止するため当該営業秘密の使用又は開示を制限する必要があると認められる。
よって,特許法105条の4第1項2号及び不正競争防止法10条1項2号の要件に該当する。
4 除外事由について
相手方らが,本件秘密保持命令の申立ての時までに,準備書面の閲読又は証拠の取調べ若しくは開示以外の方法により,本件情報を取得し,又は保有していた事情は認められない。
よって,特許法105条の4第1項柱書ただし書及び不正競争防止法10条1項柱書ただし書に該当しない。
5 結論
以上のとおり,本件情報は,特許法105条の4第1項各号及び不正競争防止法10条1項各号にいずれも該当し,特許法105条の4第1項柱書ただし書及び不正競争防止法10条1項柱書ただし書にそれぞれ該当しないから,本件秘密保持命令の申立ては理由があるものと認め,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 髙部眞規子 裁判官 平田直人 裁判官 中島基至)
別紙営業秘密目録
1. 乙第50号証(パルナパリンナトリウム「イトウ」の物理的化学的同等性に関する資料)
ページ
行・表など
表紙より2枚目
7行及び9〜10行
目次
9〜10行
目次
14,16及び18行
1
8〜19行
1
21〜最終行
2
2〜最終行
2
表1
2
図1
3
図2
3
1〜最終行
3
表2
4
図3
4
図4
5
1〜最終行
5
図5
5
図6
6
1〜最終行
6
図7
6
図8
7
2〜最終行
7
表3(ただし,本品の水及びエタノール95に対する溶解性に関する部分を除く。)
7
図9
8
図10
8
図11
9
1〜最終行
9
図12
9
図13
10
1〜最終行
10
表4
10
表5
11
4行目の「変化した」直後から最終行
11
図14
11
図15
12
図15続き
13
1〜最終行
13
表6
13
図16
14
図17並びに氏名及び押印部分
別添目次
3〜4行
別添(1)
表紙を含まない
別添(2)
表紙を含む
別添(3)
表紙を含む
2. 乙第51号証(パルナパリンナトリウム「イトウ」の酵素化学的同等性に関する資料)
ページ
行・表など
表紙より2枚目
8行及び10行
目次
7〜9行
1
7〜17行
1
21行
2
2〜最終行
3
2〜最終行
4
図1
5
図2
6
図3
7
表1
7
1〜最終行
8
図4
8
1〜最終行
9
表2
9
1〜最終行
10
1〜最終行
10
表3
10
図5
11
表4
11
表5
12
表5続き
13
2〜17行
13
19〜28行並びに末尾の氏名及び押印部分
3. 乙第52号証(パルナパリンナトリウム「イトウ」の毒性学的同等性に関する資料)
ページ
行・表など
表紙より3枚目
8行及び10行
1
6〜16行
2
3〜9行
2
11〜13行
2
15〜最終行
3
3〜5行
3
7行
3
9行
3
11〜12行
3
14〜最終行
4
5〜6行
4
8〜26行
4
28〜最終行
5
2〜20行並びに末尾の氏名及び押印部分
6
表1
7
表2
8
表3
9
図1
9
図2
4. 乙第53号証(パルナパリンナトリウム「イトウ」の免疫化学的同等性試験に関する資料)
ページ
行・表など
1
1〜最終行
2
1〜最終行
3
2〜14行並びに末尾の氏名及び押印部分