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東京地方裁判所 平成18年(ヨ)21051号 決定 2006年5月17日

債権者

甲山太郎

債権者

乙川次郎

上記両名代理人弁護士

古川景一

川口美貴

債務者

A運輸株式会社

同代表者代表取締役

丙野三郎

同代理人弁護士

田村徹

主文

1  債務者は,債権者甲山太郎に対し,20万円及び平成18年5月から同19年3月まで,毎月20日限り,20万円を仮に支払え。

2  債務者は,債権者乙川次郎に対し,30万円及び平成18年5月から同19年3月まで,毎月20日限り,30万円を仮に支払え。

3  債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

4  申立費用は債務者の負担とする。

理由の要旨

第1 申立て

1 債権者らが,債務者に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2 債務者は,債権者甲山太郎に対し,平成18年1月から本案判決確定に至るまで,毎月20日限り,29万8000円を仮に支払え。

3 債務者は,債権者乙川次郎に対し,平成18年1月から本案判決確定に至るまで,毎月20日限り,34万2000円を仮に支払え。

第2 事案の概要

本件は,債権者らが,債務者が債権者らに対してした平成17年12月14日付け懲戒解雇(以下「本件解雇」という。)は無効であると主張して,債務者に対し,労働契約に基づき,それぞれ,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める旨求めるほか,同18年1月から本案判決確定に至るまで,賃金支払日である毎月20日に賃金仮払いを求める事案である。

1 争いのない事実等(証拠等により認定した事実は,当該証拠等を文章中又は文末の括弧内に掲記した。)

(1) 当事者等

ア 債務者

債務者は,一般貨物自動車運送事業,一般貸切旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社である。債務者は,本店のほかに千葉営業所及び茨城営業所を設置している。なお,債務者は,登記簿上の本店には転送電話を設置しているのみであり,実際上の本店は千葉営業所と同じ場所に置いている。

イ 債権者ら

(ア) 債権者甲山太郎

債権者甲山太郎(以下「債権者甲山」という。)は,平成16年8月10日,債務者との間で労働契約を締結し,茨城営業所に所属して,長距離トラック運転に従事していた。債権者甲山は,平成17年9月17日に結成された連合ユニオン東京A運輸ユニオン(以下「A運輸ユニオン」という。)の委員長である。

債権者甲山と債務者との間の労働契約には,「飲酒運転は,絶対にしないこと。」「会社の車を私用に使わない事。」「上記事項,確認承諾いたしました。なお雇用条件を尊守(注・遵守の誤記と解される。)できなかった場合は,即時解雇されても異議はありません。」との記載がされていた(甲52の1)。また,債権者甲山が,平成16年8月10日,債務者に差し入れた誓約書には,「今般,私はA運輸(株)に入社するに当たり,下記の事項を充分に守り間違いを起こさぬことを誓約致します。」「また,問題を起こした場合は,即時解雇されても異議はありません。」「飲酒して車を運転しない事。」との記載がされていた(甲52の2)。

(イ) 債権者乙川次郎

債権者乙川次郎(以下「債権者乙川」という。)は,平成14年5月1日,債務者との間で労働契約を締結し,千葉営業所に所属して,地場廻りと呼ばれる首都圏の中短距離トラック運転に従事していた。債権者乙川は,A運輸ユニオンの書記である。

(2) 解雇事由の定め

債務者の就業規則には,概略,以下の規定が存在する(甲51,以下「本件就業規則」という。なお,本件に関係のない条項の記載は省略する。)。

第10条(解雇)

従業員が次の各号の1に該当する場合は30日前に予告するか,または労働基準法第12条の規程する平均賃金の30日分の予告手当を支給して解雇する。

(3) 勤務成績又は能率が不良で就業に適さないと認められる場合

(4) その他前各号に準ずる事由がある場合

第15条(服務規律)

従業員は,次の事項を守らなければならない。

(7) 会社の資材,燃料油脂類その他消耗品は無駄を排して極力節約すること

(8) 会社の許可なく車両を使用しないこと

第17条(就業禁止)

会社は次の場合は就業を禁止することができる。

(1) 社内の風紀秩序を紊すと認められたとき

(3) 労働安全衛生規則により就業を禁止されたとき

(4) 飲酒又は過労等のため就業することが適当でないと認めたとき

第38条(制裁)

従業員が次の各号の1に該当する場合には,次条の規程により制裁を行う。

(2) 法令違反または本規則にしばしば違反するとき

(3) 素行不良で社内の風紀を紊したとき

(6) 故意又は過失により災害事故をひき起し,または会社の設備器具等を破壊し,その他会社に損害を与えたとき

(8) 許可なく会社の車両及び物品を持ち出し,又は持ち出そうとしたとき

(12) 業務上の指示命令に反したとき

第39条(制裁の種類)

制裁は,その情状により次の区分によって行なう。

(1) 譴責……始末書をとり将来を戒める

(2) 減給……1回の額が平均賃金の1日の半額,総額が1賃金支払期の賃金の総額の10分の1の範囲内で賃金を減額する

(3) 出勤停止…7日以内の出勤を停止し,その期間中の賃金を支払わない

(4) 懲戒解雇…予告期間を設けることなく即時解雇する。この場合において所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは,解雇予告手当を支給しない

(3) 本件解雇

債務者は,平成17年12月14日付けで,雇用契約書違反,誓約書違反,本件就業規則10条(3),(4),17条(3),(4),38条(2),(3)違反を理由に,債権者らをいずれも懲戒解雇した(本件解雇)。

(4) 賃金

平成17年の賃金額は,債権者甲山が357万8297円であり,債権者乙川が410万4974円であった。なお,債務者の賃金支払は,毎月末日締め,翌月20日払いである。(甲103,203,審尋の全趣旨)

2 主要な争点

(1) 被保全権利の存否について

ア 債務者は,債権者らに対し,懲戒権を有するか。

イ 本件解雇は,懲戒解雇として客観的に合理的な理由を有し,社会通念上相当といえるか。

(2) 保全の必要性の存否について

本件申立ては,「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため」(民事保全法23条2項)にされたものか。

3 当事者の主張

前記主要な争点に対する債権者らの主張は,仮処分命令申立書,準備書面(1)ないし(4)のとおりであり,債務者の主張は,答弁書,2006年4月12日付け準備書面,準備書面(2)のとおりである。

第3 主要な争点に対する判断

1 争点(1)(被保全権利の存否)について

(1) 債務者は,本件就業規則は千葉営業所及び茨城営業所に常備されており,従業員の申出があればいつでも見られる状況にあり周知されていたから,債権者らに対し,本件就業規則に基づき,懲戒権を有するとともに,労働契約及び誓約書の即時解雇条項に基づき,懲戒権を有する旨主張する。そして,債務者は,本件解雇の理由について,債権者らは,平成17年12月8日午後7時30分ころから同日午後9時ころまでの間に千葉営業所の車庫から業務用トラックを私用で乗り出し,コンビニエンスストア「ミニストップ」(以下単に「ミニストップ」という。)の駐車場まで飲酒運転をしたうえ,同店駐車場において,同日午後9時5分ころまでの間,前記トラックをアイドリング状態にしていたのであり,債権者らのかかる行為は,就業規則15条(7),(8)に違反し,就業規則38条(2),(3),(6),(8),(12),39条(4)の懲戒解雇事由に該当するとともに,債権者らと債務者との間の労働契約及び誓約書の即時解雇条項にも該当するから有効である旨主張する。以下,債務者が債権者らに対し懲戒権を有するか否か,仮にこれが認められる場合,本件解雇は,懲戒解雇として客観的に合理的な理由を有し,社会通念上相当といえるか否かについて検討する。

(2) 認定事実

証拠(文章中又は文末の括弧内に掲記したもの)及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア A運輸ユニオン結成の経緯等

(ア) 債務者では,平成17年8月31日に運転手丁木四郎に対して解雇予告をしたことを契機に,一部の従業員が日本労働組合総連合会傘下の連合ユニオン東京に加入した。そして,連合ユニオン東京が,平成17年9月2日,債務者に対し,団体交渉を申し入れたところ,債務者は,同月7日,前記解雇予告を撤回した。その後,連合ユニオン東京に加入した債務者従業員らは,平成17年9月17日,A運輸ユニオンを結成し,債権者甲山が委員長,債権者乙川が書記に就任した。そして,A運輸ユニオンは,債務者に対し,給与体系の明確化,社会保険への加入,長時間労働の改善等を求めることとし,平成17年10月8日,債務者との間で第1回団体交渉を行った。(甲1ないし5,24,53)

(イ) 債務者では,平成17年10月15日,A運輸ユニオンの組合活動等に反発する班長らが中心となって,従業員の親睦会組織であるA運輸共栄会が結成された。その後,A運輸共栄会が基となって,全労連全国一般労働組合千葉地方本部A労働組合分会(以下「A分会」という。)が結成された。(甲6,7,24,50)

(ウ) 債務者及びA分会は,A運輸ユニオン組合員が,団体交渉及び学習会参加のため,土曜日に集団で有給休暇を取得し,これによりトラック輸送部門の売上が激減したとして,その活動を非難していた(甲24,50)。

イ 本件就業規則について

債務者は,平成7年3月20日,江戸川労働基準監督署長に対し,本件就業規則を届け出ている。また,債務者は,平成17年12月19日以降,茨城営業所及び千葉営業所において,就業規則をカウンターに備え付け,従業員の閲覧を可能にした。(甲17,18,24,25【9,10頁】,51)

ウ 平成17年12月8日,同月9日の経緯等

(ア) 債務者では,運転手毎にそれぞれ使用する業務用トラックが決まっていた。債務者のトラック運転手は,長距離運送をしたり,早朝出発したりするため,各々使用の業務用トラックの運転席後部にある仮眠用ベッドで寝ることが度々あった(甲24,25)。

(イ) 債権者らは,平成17年12月8日,業務を終えて各使用の業務用トラックを千葉営業所の車庫に入れた後,同日午後5時ころ退社した。債権者らは,平成17年12月8日午後5時30分ころ,組合の打合せと食事を兼ねて,居酒屋「B」(以下,単に「B」という。)に赴き,その後A運輸ユニオン組合員3名と合流した。「B」は,千葉営業所から約800mの距離にあるかつて債務者代表者が経営していた飲食店であり,代金をいわゆる「つけ」にして,債務者の給与から天引で決済することができるため,債務者従業員が頻繁に利用していた。なお,「B」では,注文者別に伝票が起こされ,同伝票には債務者従業員の氏名まで記載されていた。(甲24,25)

(ウ) 債権者甲山は,平成17年12月9日午前5時ころ,千葉営業所を出発する予定であったため,前記ウ(イ)のとおり,「B」で債権者乙川と食事をする時点で,同月8日の夜は自ら使用する業務用トラックの運転席後部にある仮眠用ベッドで寝るつもりでいた。他方,債権者乙川は,平成17年12月9日午前6時ころ,千葉営業所を出発する予定であったが,同月8日は「B」で食事をした後,自家用オートバイで帰宅する予定であった。このため,債権者甲山は,平成17年12月8日,「B」で飲酒したが,債権者乙川は飲酒をしなかった。(甲24,25)

(エ) 債権者乙川は,平成17年12月8日午後7時30分ころ,「B」で食事をした後,債権者甲山から頼まれて,同人が使用する業務用トラックを千葉営業所の車庫から約50m離れた「ミニストップ」駐車場まで移動した。その後,債権者乙川は,債権者甲山から一緒に酒を飲むように誘われたことから,帰宅せずに同人と共に酒を飲み,自ら使用する業務用トラックの仮眠用ベッドで寝ることにした。そこで,債権者乙川は,徒歩で千葉営業所まで戻り,同人使用の業務用トラックを同営業所の車庫から「ミニストップ」駐車場まで移動した。そして,債権者甲山及び債権者乙川は,平成17年12月8日午後8時ころから同日午後9時ころまでの間,「ミニストップ」駐車場に駐車した債権者甲山使用の業務用トラック内において,同店で買ったビール,債権者甲山が業務用トラックに常備している焼酎を飲んだ。この際,債権者甲山は,暖を取るため同人使用の業務用トラックのエンジンをかけており,他方,債権者乙川は同人使用の業務用トラックのエンジンを切っていた。なお,債権者らが,自ら使用する業務用トラックを千葉営業所の車庫から「ミニストップ」駐車場に移動させたのは,「ミニストップ」駐車場の方が買物等に便利であることなどからであった。

(オ) 債権者甲山は,平成17年12月8日午後9時ころ,債権者乙川と酒を飲んだ後,自ら使用する業務用トラックのエンジンを切って,同車の仮眠用ベッドで就寝した。他方,債権者乙川は,債権者甲山と酒を飲んだ後,自ら使用する業務用トラックに戻り,就寝前に暖を取るため同車のエンジンをかけてアイドリング状態にしていた。すると,A分会副組合長である配車係長戊谷五郎(以下「戊谷配車係長」という。)が,債権者乙川使用のトラックのところに来てドアをノックし,債権者乙川に対し,「なぜ,こんなところにいる。」「問題にするぞ。」「社長を呼ぶ。」などと言って立ち去った。債権者乙川は,債権者甲山使用のトラックまで行って,同人に対し,戊谷配車係長が来たことを伝えたが,債権者甲山は,「何も悪いことはしていないから,放っておけ。」などと述べていた。その後,戊谷配車係長は,共にA分会副委員長である己田六郎班長(以下「己田班長」という。)及び辛浜七郎班長(以下「辛浜班長」という。)とともに債権者乙川使用のトラックのところに戻り,債権者乙川に対し,「飲んでいるのか。」「車を動かしたのか。」と尋ねたところ,同人が「飲みました。」「動かしました。」と答えたことから,同人に対し,「飲酒運転だ。」「聴聞会を開く。」などと責め立てたうえ,同所から立ち去った。(甲24,25)

(カ) 債権者甲山は,平成17年12月9日午前5時ころ,業務に向けて「ミニストップ」駐車場を出発し,債権者乙川は,同日午前6時ころ,業務に向けて同所を出発した。(甲24,25,乙1の3,4,同22の2,審尋の全趣旨)

エ 本件解雇に至る経緯等

(ア) 発畑部長は,平成17年12月9日午後2時30分ころ,千葉営業所2階事務室において,戊谷配車係長,A分会書記長である子原八郎班長(以下「子原班長」という。),同組合副組合長である己田班長とともに,債権者乙川の聴聞を行い,同組合長である丑藤九郎班長(以下「丑藤班長」という。)が途中からこれに加わった。発畑部長は,平成17年12月9日午後3時ころ,債権者乙川に対し,同人及び債権者甲山に対する各2005年12月9日付け「無期限就業禁止の通告」を交付した。この際,発畑部長は,債権者乙川から債務者の就業規則の開示を求められたが,同人に対し,本件就業規則の一部をコピーして渡しただけで,同規則の全部を開示しようとしなかった。なお,発畑部長は,平成17年12月9日午後3時15分ころ,債権者乙川から,前記「無期限就業禁止の通告」のうち債権者甲山に対するものを取り戻した。(甲12,17,25)

(イ) 寅沢茨城営業所長,乾千葉営業所長,子原班長,戊谷配車係長,丑藤班長は,17年12月10日午後3時過ぎころから,千葉営業所2階事務室において,債権者甲山に対し,聴聞を行ったうえ,2005年12月9日付け「無期限就業禁止の通告」を交付した。この際,戊谷配車係長は,債権者甲山から債務者の就業規則の開示を求められたが,同人に対し,「社長の許可がないと(就業規則の全部は)見せられない」などと述べて,本件就業規則の一部をコピーして渡した。なお,子原班長及び丑藤班長は,債権者甲山の上司ではなく,直接指揮監督を行う立場にはなかった。(甲11,24)

(ウ) 債務者は,平成17年12月14日,債権者らに対し,それぞれ同日付け懲戒解雇通知を送達し,債権者らは,同月15日,これを受領した。(甲15,16の1,2,同24,25)。

(エ) 連合ユニオン東京は,平成17年12月19日,東京都労働委員会に対し,本件解雇に関し,不当労働行為救済申立てをした(甲23,24)。

(3) 債務者の債権者らに対する懲戒権の存否について

労働者は,労働契約を締結したことにより,当然に企業秩序遵守義務を負うが,そうであるからといって使用者が労働者に対し,労働契約に基づいて当然に懲戒権を有すると解することはできない。したがって,使用者が労働者に対し懲戒処分をするためには,あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要し,また,就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには,その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものと解するのが相当である(最二小判平成15年10月10日判タ1138号71頁参照)。

これを本件についてみるに,前記認定事実イによれば,債務者は,平成7年3月20日,江戸川労働基準監督署長に対し,本件就業規則を届け出たこと,同17年12月19日以降,茨城営業所及び千葉営業所において,本件就業規則をカウンターに備え付け,従業員の閲覧を可能にしたことが認められる。しかし,前記認定事実エ(ア),(イ)によれば,債務者は,債権者らに対する聴聞においてさえ,本件就業規則の一部を明らかにするのみで,就業規則の全部を明らかにすることを拒んでいたことが認められ,本件全証拠によるも,債務者が本件解雇以前に本件就業規則をその適用を受ける債権者ら従業員に対し周知させる手続を採っていたと認めるに足りる証拠はない。また,前記争いのない事実等(1)イ(ア)によれば,債権者甲山と債務者との間の雇用契約書及び誓約書には,飲酒運転,社用車の私用を行わないこと,雇用条件を遵守しない場合には即時解雇されても異議はない旨の記載がされていたことは認められるものの,かかる記載が使用者である債務者がその従業員である債権者甲山に対して行う懲戒処分に関し,懲戒の種別及び事由を定めたものと解することも困難である。

したがって,債務者が債権者らに対し,本件就業規則,労働契約及び誓約書に基づき,懲戒権を有するということはできない。

(4) 本件解雇の理由について

ア 前記(3)で検討したとおり,債務者が債権者らに対する懲戒権を有すると解することはできないところ,仮に債務者が債権者らに対し,懲戒権を有するとしても,懲戒権の行使は,規律違反・利益侵害に対する制裁として,その規律違反・利益侵害の種類・程度その他の事情に照らして相当なものでなければならず,相当性を欠く場合には懲戒権の濫用として,当該懲戒処分は無効となるものと解される。

以下,かかる見地から,本件解雇の理由について検討する。

イ 飲酒運転について

債務者は,本件解雇の理由として,債権者らは平成17年12月8日午後7時30分ころから同日午後9時ころまでの間に,各使用のトラックを飲酒運転した旨主張し,その根拠として,①債権者乙川は,平成17年12月8日午後9時ころ,「ミニストップ」駐車場において,辛浜班長から飲酒運転をしたか尋ねられたのに対し,何度も「申し訳ありません。」と謝罪し,飲酒運転をしたことを認めていた,②債権者乙川は,聴聞の際,同人と債権者甲山がそれぞれ千葉営業所の車庫から各使用のトラックを乗り出し,「ミニストップ」駐車場まで飲酒運転したことを認めていた旨主張し,戊谷配車係長,己田班長,辛浜班長,子原班長,丑藤班長,債務者営業事務卯松春子(以下「卯松事務員」という。)がそれぞれこれに沿う陳述をしている(乙4ないし6,8,17,18)。

しかし,債権者らは,いずれも,平成17年12月8日午後7時30分ころから同日午後9時ころまでの間に,業務用トラックを飲酒運転したことを強く否認するとともに,債権者乙川は「ミニストップ」駐車場及び聴聞において,債権者らが業務用トラックを飲酒運転したことを認める発言をしたことも強く否認しているところ,本件全証拠によるも,債権者甲山が「B」での飲酒後自ら使用する業務用トラックを運転したこと,同乙川が自ら使用する業務用トラックを運転する前に飲酒したことを直接裏付ける的確な証拠は存在しない。また,戊谷配車係長らが,平成17年12月8日午後9時ころ,債権者乙川から同人が飲酒運転をしたことのほか,債権者甲山と飲酒した旨聞いたというのであれば(乙5),同じ場所に業務用トラックを駐車していた債権者甲山についても飲酒運転を疑ってしかるべきであるにもかかわらず,同日,債権者甲山に対しては何ら事情聴取を行っていない。むしろ,戊谷配車係長らは,債権者らの聴聞時までは,債権者らがトラック内で飲酒していたことをもって,飲酒運転と捉えていたものとうかがわれる(甲24,25)。さらに,債務者は,本件第1回審尋期日において,債権者乙川につき,解雇理由として飲酒運転の点は主張しない旨釈明したにもかかわらず,同第2回審尋において,これを撤回し,債権者乙川は,「ミニストップ」駐車場において飲酒した後,千葉営業所車庫から「ミニストップ」駐車場まで自ら使用する業務用トラックを飲酒運転した旨主張を変遷させているのであって(2006年4月12日付け債務者準備書面,審尋の全趣旨),債権者乙川が当初から飲酒運転をしたことを認め,これを複数の債務者関係者が聞いていたというのであれば,かかる主張の変遷自体不自然というほかない。加えて,上記のとおり,債務者の主張に沿った陳述をしている者は,卯松事務員を除きいずれもA分会の役員であるところ,債務者における労使事情,A分会結成の経緯,同組合のA運輸ユニオンに対する態度等(前記認定事実ア(ア)ないし(ウ))に照らすと,これらの者がA運輸ユニオンの中心的存在であった債権者らについて,殊更不利益な陳述をする可能性があることを否定することができない。以上によれば,上記債務者の主張及びこれに沿う戊谷配車係長,己田班長,辛浜班長,子原班長,丑藤班長,卯松事務員の陳述はいずれも採用することができない。

ウ 業務用トラックの私用等について

前記争いのない事実等(1)イ(ア),(2),前記認定事実ウ(イ),(ウ)によれば,債務者は,その従業員に対し,業務用トラックの私用を禁止していたこと,債権者らは飲酒したため自家用車ないし自家用オートバイで帰宅することができなくなり,業務用トラックを業務と無関係に移動したうえ,アイドリング状態にして燃料を私的に消費したことが認められる。

しかし,前記認定事実ウ(ア),(ウ),(エ),(カ)によれば,債務者においては,トラック運転手が長距離運送をしたり,早朝出発する場合には,業務用トラックの仮眠用ベッドを利用して睡眠をとっていたこと,債権者らは,平成17年12月8日,翌朝の出発に備えて業務用トラックの仮眠用ベッドで就寝するため,債務者から約50メートル離れた「ミニストップ」までこれを乗り出したものであること,燃料の私的消費についても,前記移動及び2時間程度のアイドリング分だけであることが認められ,私事旅行や通勤等に業務用トラックを用いた場合などと比べるとその違反の程度は軽微なものと評価することができる。そうだとすると,債権者らの業務用トラックの私用及び燃料の私的消費について,懲戒処分として,懲戒解雇を選択することは,処分として重きに失するというべきである。

エ その他の解雇理由について

債務者は,本件解雇の理由として,上記した業務用トラックの飲酒運転,私用等のほか,①債権者らが再三の業務指示に反して,タコグラフチャート紙を提出しなかったこと,②債権者乙川は,事故を起こさないように再三注意を受けていたにもかかわらず,事故を繰り返し,その度に始末書を提出していたこと,③債権者甲山は,本件解雇後,債務者の再三の指示に反して,トラックの鍵とETCカードを長期間返還しなかったことを付加して主張している。

この点,懲戒当時使用者が認識していなかった非違行為は,特段の事情のない限り,当該懲戒の理由とされたものではないことが明らかであるから,その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることは許されないところ(最一小判平成8年9月26日判タ922号201頁参照),債権者甲山が本件解雇後にトラックの鍵及びETCカードの返却を遅滞したことをもって,本件解雇の理由とすることはできない。

また,証拠(乙13,14)によれば,債権者らは度々タコグラフチャートの提出を怠っていたこと,債権者乙川は平成14年9月5日から同15年12月19日までの間,6回にわたり,交通事故等を起こして始末書を提出していることが認められる。しかし,証拠(甲11,12,15,16の1,50,乙14,25)及び審尋の全趣旨によれば,債権者乙川の交通事故等は本件解雇より約2年も前の出来事であること,債務者は,本件審尋に至るまで,本件解雇の理由について,業務用トラックの飲酒運転,私用以外を主張していなかったことが認められる。そうだとすると,債務者は,債権者らのタコグラフチャートの未提出,債権者乙川の交通事故等を本件解雇の理由と考えていたとはいえず,事後的にこれらの事由を懲戒解雇の理由として付加することは許されないというべきであるし,仮にこれを懲戒解雇の理由として付加することが許されるとしても,懲戒処分として,懲戒解雇を選択することは,処分として重きに失するというべきである。

(5) 小括

以上検討したところによれば,本件解雇は債務者が債権者らに対して懲戒権を有していないにもかかわらず行われたものであり,仮に債務者が債権者らに対して懲戒権を有するとしても,本件解雇には客観的に合理的理由がなく,社会通念上相当とはいえず,懲戒権の濫用に当たるから,本件解雇は無効である。

2 争点(2)(保全の必要性の存否)について

賃金仮払の仮処分は,「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため」(民事保全法23条2項)に必要な限度で発令すべきものであるから,仮払いされるべき賃金額は,債権者らが人並みに生活を維持していくのに必要な額と解される。これを債権者甲山についてみると,証拠(甲24,100ないし106)及び審尋の全趣旨によれば,債権者甲山は,妻及び子2人(13歳及び10歳)と同居していること,かつて個人で運送事業を営んでいたときに負った借金の支払が滞り,平成17年4月15日,千葉地方裁判所において破産開始決定(同時廃止)を受けていること,債権者甲山の妻夏子も,同18年2月13日,同地裁において破産開始決定(同時廃止)を受けていること,債権者甲山の収入は債務者から支払われる賃金のほかにないこと(同17年は357万8297円,ただし,本件解雇以降,生計を維持するため配送のアルバイトを行っている。),同人の妻夏子の平成17年の年収は131万1155円であること,家賃10万円のほか相当程度生活費がかかること,預貯金等特段の財産がないことが認められる。また,債権者乙川についてみると,証拠(甲25,200,201及び202の各1,2,同203ないし205)及び審尋の全趣旨によれば,債権者乙川は,妻及び子2人(16歳及び8歳)と同居していること,債権者乙川及びその妻秋子は,平成14年10月11日及び同年11月7日,千葉地方裁判所において,それぞれ破産開始決定(同時廃止)を受け,同15年1月7日及び同年2月19日,それぞれ免責許可決定を受けていること,債権者乙川の収入は債務者から支払われる賃金のほかになく(同17年は410万4974円,ただし,本件解雇以降,生計を維持するため配送のアルバイトを行っている。),同人の妻秋子は無職であること,家賃等6万7000円のほか相当程度生活費がかかること,預貯金等特段の財産はないことが認められる。以上の諸事情に照らすと,債権者らが人並みに生活を維持していくのに必要な額は,債権者甲山につき1か月20万,同乙川につき1か月30万円と認めるのが相当である。

賃金の仮払期間についてみると,証拠(甲150,151)及び審尋の全趣旨によれば,A運輸ユニオンは,債権者らの生活費に充てるため,連合ユニオン東京から,平成18年1月7日に20万円,同月14日に20万円の貸し付けを受け,これをそれぞれ債権者らに貸し付けたこと,前記貸付金の返済日はいずれも同年6月30日であることが認められるところ,本案訴訟に要する期間等も考慮すれば,同年4月以降1年間に限って,その必要性を肯定すべきである。

ところで,債権者らは,本件解雇が不当労働行為に当たるとして,債権者らの団結権,団体行動権を保障するためには,労働契約上の地位保全を要すると主張するが,本件全証拠に照らしても,債権者らについて,賃金仮払のほかに労働契約上の地位の保全を必要とするほどの「著しい損害又は急迫の危険」(民事保全法23条2項)を認めることができない。

第4 結論

以上のとおりであって,債権者らの申立ては主文の限度で理由があるから,担保を立てさせないで,主文のとおり決定する。

(裁判官・知野明)

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