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東京地方裁判所 平成18年(ワ)11210号 判決 2006年8月31日

神奈川県相模原市<以下略>

原告

株式会社イー・ピー・ルーム

東京都港区<以下略>

被告

住友石炭鉱業株式会社

同訴訟代理人弁護士

鈴木修

横井康真

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

被告は,原告に対し,10万円及びこれに対する平成18年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2当事者の主張

1  原告の主張(請求原因)

(1)  告は,以下の特許権を有していた(以下「本件特許権」という。)。

特許番号 第2640694号

発明の名称 放電焼結装置

出願日 平成2年9月18日

公開番号 特開平4-9405

公開日 平成4年1月14日

優先日 平成2年2月2日

登録日 平成9年5月2日

特許請求の範囲は,下記(2)のウ記載のとおり。

(2)  本件特許権は,以下の補正を経て登録に至っている

ア 出願当初明細書に記載された特許請求の範囲

「1.大径のピストンを有する油圧シリンダと,この大径のピストンを往復移動する為に油路を切り換え中立位置で油路をブロックする切換弁と,低圧高圧を発生する油圧源と,油圧シリンダ内の油を加圧するロットと,このロットの加圧力を変えるロット駆動装置と,前記ロットによって押し出した油圧シリンダ内の油をタンクに戻す切換弁とからなる加圧装置。」

「2.加圧台と,この加圧台の先端に設けた絶縁体と,この絶縁体を介して前記加圧台に取り付けた電極とを一対備え,加圧装置で被加圧体を加圧し通電する一対の電極の端面の平行度を前記加圧台のねじ又は楔で調整する加圧及び通電装置。」

「3.加圧台と,この加圧台に設けた絶縁体と,この絶縁体を介して前記加圧台に取り付けた電極とを一対備え,この加圧台に高周波振動子を備えた加圧及び通電装置。」

「4.被加圧体を収容するチャンバと,このチャンバと電極とを絶縁体を介してベローズで接続した加圧及び通電装置。」

イ 平成7年3月14日付け補正書に記載された特許請求の範囲

「1.先端部にジャケットを設けこのジャケットに冷却水を送る給水路と排水路とを備えた一対の電極と,一方の電極に移動出来るように嵌合したテフロン等電気絶縁性のフランジと,このフランジで電極と電気的に絶縁して支持し周囲に流れる水壁と端部に水平な接合面とを有するチャンバーと,このチャンバーを鉛直方向に移動するチャンバーの移動装置と,他方の電極に嵌合する電気絶縁性のフランジと,このフランジで電極と電気的に絶縁して支持し前記チャンバーの水平な接合面と接合してチャンバー内の雰囲気を変える装置を接続するチャンバー受け台と,を備えた放電焼結装置。」

「2.電極の基端部を電気的に絶縁して固定した揺動板と,この揺動板に設けた押しねじと,引きねじと,で電極の先端面の傾きを調整する放電焼結装置。」

「3.チャンバーをチャンバーの移動装置と,電極の移動装置と,で移動する放電焼結装置。」

ウ 平成8年12月24日付け補正書に記載された特許請求の範囲

「【請求項1】先端部にジャケット33,51を設けこのジャケット33,51に冷却水を送る給水路34,52と排水路35,53とを備えた一対の電極32,41と,一方の電極32に嵌合した電気絶縁性のチャンバーフランジ60と,このチャンバーフランジ60に一端部を支持し,内部に冷却水を通す空間62cを有し,他端部にチャンバー端部フランジ65を有するチャンバー61と,このチャンバー61を電極32に対して相対的に移動させるための移動装置71と,他方の電極41に嵌合した電気絶縁性の受け台フランジ78と,この受け台フランジ78に一端部を支持し,他端部に前記チャンバー61のチャンバー端部フランジ65と接合してチャンバー61内を気密に保つ受け台端部フランジ76を有し,側部にチャンバー61内の雰囲気を変える装置を接続する接続口79,81,86を有するチャンバー受け台77と,を備えた放電焼結装置。」

「【請求項2】電極32,の基端部を電気的に絶縁して固定した揺動板30と,この揺動板30に電極32の先端面38の傾きを調整する引きねじ37と,押しねじ39と,を備えていることを特徴とする請求項1記載の放電焼結装置。」

「【請求項3】チャンバー61を移動する電極32の移動装置23,24と,チャンバー61を電極32に対して相対的に移動させるための移動装置71と,を備えていることを特徴とする請求項1記載の放電焼結装置。」

(3)  原告は,本件特許権の登録を得たことから,平成6年1月14日に被告との間で締結した基本契約の前文における「原告被告間における請負又は物品の売買取引に関し,相互の利益を尊重し,かつ信義誠実の原則に従った契約の履行を確保するため,この取引基本契約を締結する。」旨の定めにより,被告に対し,本件特許権の実施権の設定を申し込んだ。

一方,被告は,平成10年2月13日,本件特許権の請求項1ないし3に係る特許(以下「本件特許」という。)に対し,特許異議の申立てをした(平成10年異議第70682号。以下「本件特許異議申立て」という。)。特許庁は,平成13年7月4日,本件特許を取り消す旨の決定をし(以下「本件取消決定」という。),同決定は,平成15年10月9日,上告不受理決定等により確定した。

(4)  本件取消決定の理由は,平成7年3月14日付けの手続補正は,明細書又は図面の要旨を変更するものであり,本件特許の出願日は平成7年3月14日とみなされるから,本件特許に係る発明は,その出願前に頒布された刊行物(特開平4-9405号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたというものである。

(5)  しかし,放電焼結装置において,チャンバーを電極に対して相対的に移動させるために,一方の電極に固定したフランジにベローズを介してチャンバーの一端部を支持する代わりに,電極に嵌合したチャンバーフランジにチャンバーの一端部を支持する構造とすることは,実公昭46-5289号「直接通電式加圧焼結炉」により公知であり,当業者であれば容易に想到できるものである。

一方,補正前の明細書に明らかに示唆するものと解することができる記載の補正は,要旨変更に該当しない(東京高裁昭和39年6月2日判決)。

したがって,平成7年3月14日付け手続補正は要旨変更に該当せず,本件取消決定における本件特許を取り消した理由は存在しないのであって,本件特許異議申立ては,権利の濫用として許されない。

(6)  被告は,本件特許権の技術的範囲に含まれる放電プラズマ焼結機(①SPS-510L,②SPS-1020,③SPS-2040,④SPS-3.20,⑤型番不明(成形圧力50トンのもの),⑥SPS7.40Mk-V/Mk-Ⅶ)を製造販売している。それによって,被告は少なくとも15億円の利益を得たものと推測され,原告は同額の損害を被った。

(7)  よって,原告は,被告に対し,本件特許異議申立てによる不法行為に基づき,上記損害金15億円の一部請求として10万円及びこれに対する平成18年6月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

(1)  請求原因に対する認否

ア 原告が本件特許権を有していたこと,本件特許権は平成7年3月14日付け手続補正及び平成8年12月24日付け手続補正を経て登録に至ったものであること,原告が被告に対し,実施権の設定を申し込んだこと,被告が,平成10年2月13日,本件特許に対し特許異議を申し立て,特許庁が,平成13年7月4日,本件特許を取り消す旨決定し,同決定が平成15年10月9日に確定したことは認める。

イ 本件特許異議申立てが,権利の濫用に該当するとの主張は否認し,争う。

ウ 被告が,本件特許権の技術的範囲に含まれる製品を製造販売していること,それによって,被告が少なくとも15億円の利益を得たことは,否認ないし争う。

(2)  被告の主張

ア 被告は,特許法113条2号の規定に基づき,本件特許に対して適法に異議申立てをしたものであり,被告の行為に何らの違法性もない。したがって,本件特許異議申立てを不法行為と評価し得る余地はない。

イ 本件訴訟は,当庁平成18年(ワ)第4428号,第6631号と訴訟物が同一である。したがって,前訴の既判力により,直ちに棄却されるべきである。

理由

1  原告の本訴請求は,要するに,本件特許について取消理由が存しないにもかかわらず,特許異議を申し立てた被告の行為は,権利の濫用であり,不法行為が成立するというものである。

平成6年法律第116号による改正後の特許法(以下,特に断りのない限り,単に「特許法」という。)113条は,「何人も,特許掲載公報の発行の日から六月以内に限り,特許庁長官に,特許が次の各号の一に該当することを理由として特許異議の申立てをすることができる。」と規定し,申立期間内であれば,利害関係の有無を問わず,何人であっても特許異議を申し立てることができるものとしていた。そして,特許法119条,150条が,職権で証拠調をすることができる旨規定していたこと,特許法120条が,特許権者,特許異議申立人等が申し立てない理由についても,審理することができる旨規定していたことに照らせば,特許異議においては,職権による審理が許容されていたのであって,当事者の提出した主張や証拠に拘束されることなく特許庁の判断がなされるものであった。

このように,特許異議の申立ては所定の期間内であれば何人であってもでき,その審理範囲は当事者の主張立証した範囲に限られるものではなかった。そして,原告被告間の契約の前文に「原告被告間における請負又は物品の売買取引に関し,相互の利益を尊重し,かつ信義誠実の原則に従った契約の履行を確保するため,この取引基本契約を締結する。」旨の定めがあるからといって,この契約において特許権の不争条項を特に設けたといった事情もないのであるから(乙1),特許異議申立てが禁止されていたとは到底いえないのであって,被告による異議申立てを,法によって万人に認められた異議申立権を濫用したものということはできず,本件特許異議申立てが原告に対する不法行為に該当するということはできない。

2  なお,被告は,本訴と当庁平成18年(ワ)第4428号,第6631号との訴訟物が同一であるから,本訴は前訴の既判力により直ちに棄却されるべきものと主張する。

しかし,本訴は,前記不法行為による損害金15億円の一部である10万円を請求するというものであるから,直ちに前訴の訴訟物と本訴の訴訟物とが同一のものであるということはできない。

3  よって,本件特許異議申立てが権利の濫用として原告に対する不法行為に該当する旨の原告の主張は理由がないのであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 古河謙一 裁判官 杉浦正典)

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