東京地方裁判所 平成18年(ワ)1139号 判決 2006年5月30日
原告
A
被告
タイホー工業株式会社
同訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
井上裕史
同訴訟代理人弁理士
福田賢三
同
福田伸一
被告
B
同訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
井上裕史
被告
ジョンソン株式会社
同訴訟代理人弁護士
渡部喬一
同
小林好則
同
仲村晋一
同
近藤勝彦
同
守田大地
同
松井章義
同
松田一彦
被告
C
同訴訟代理人弁護士
岡田春夫
同
森博之
主文
1 原告の被告タイホー工業株式会社及び被告Bに対する訴えを却下する。
2 原告の被告ジョンソン株式会社及び被告Cに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
被告らは,原告に対し,それぞれ金520万円を支払え。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 被告タイホー工業株式会社(以下「被告タイホー」という。)及び被告B
ア 本案前の答弁
主文1項と同旨。
イ 本案の答弁
原告の被告タイホー及び被告Bに対する請求をいずれも棄却する。
(2) 被告ジョンソン株式会社(以下「被告ジョンソン」という。)及び被告C
主文2項と同旨。
第2当事者の主張
1 原告の主張(請求原因)
(1) 被告タイホーに対する請求
ア 原告は,昭和52年6月21日,考案者を原告,考案名称を「車両のエアーワイパ」とする考案について実用新案登録の出願(実願昭52-82155)をした。同出願は,昭和54年1月22日に出願公開(実開昭54-9438)され,昭和57年12月13日に出願公告(実公昭57-58027)された後,登録された(登録番号第1501677号。以下「本件実用新案権」という。)。
イ 被告タイホーは,昭和54年12月24日,発明者をDら,発明名称を「防曇剤」とする発明について特許出願(特願昭54-166942)した。同出願は,昭和56年7月23日に出願公開(特開昭56-90876)され,昭和62年10月7日に出願公告(特公昭62-47227)された後,登録された(登録番号第1441167号。以下「本件特許権1」という。)。
ウ 本件特許権1の特許請求の範囲は,その先願である本件実用新案権の実用新案登録請求の範囲に含まれるものである。被告タイホーが,本件実用新案権を盗用したのは明らかである。
エ 被告タイホーは,①名称「自動車用ガラスコーティング剤」,商品番号第20886号(クリンビューガラスコート撥水剤),②名称「自動車用くもり止め剤」,商品番号20970号(フロントガラス撥水剤)を販売している。前記各製品は,シリコンオイルを使用した油膜取りクリンビューであって,本件特許権1の実施品である。
オ 本件実用新案権の後願となる本件特許権1は無効である。したがって,被告タイホーが,前記エの各製品を販売して得た何億円もの利益は,本件実用新案権を有する原告が取得すべきものである。
よって,原告は,被告タイホーに対し,不当利得金の内金として400万円を支払うことを求める。
(2) 被告Bに対する請求
ア 原告は,弁理士である被告Bに対し,昭和52年3月20日ころ,油の膜で撥水剤と湯膜を防止する防曇剤の考案に関し,実用新案登録出願を依頼した。
イ 被告Bは,発明者及び出願人を分離前被告E(以下「E」という。)名義で,発明名称を「艶出し撥水剤」とする発明について特許出願し(特願昭49-16487。出願日昭和49年2月9日),同出願は登録された(登録番号第925546号。以下「本件特許権2」という。)。この出願は,原告の行ったシリコンオイル油,撥水剤の考案を冒認出願したものである。
被告Bは,原告から開示された考案を出願せず,また,依頼人の秘密を保持するという職務上の義務に違反して,考案内容を漏洩した。その結果,本件特許権2が冒認出願され,また,被告タイホーは本件特許権1の発明を実施する商品(油膜取りクリンビュー)を販売して利得した。
ウ よって,原告は,被告Bが依頼内容に沿った出願をしなかったことあるいは考案内容を漏洩したことを原因として,得べかりし利益400万円の支払を求める。
(3) 被告ジョンソンに対する請求
ア Eが有していた本件特許権2は,本件実用新案権を盗用して取得されたものである。
イ 被告ジョンソンの販売する「レインダッシュスーパーロング」は,本件特許権2の技術的範囲に含まれる。
ウ 被告ジョンソンは,「レインダッシュスーパーロング」の販売をして不当な利益を上げているので,民法703条,704条,708条に基づき,その販売額10年分を原告に支払う必要がある。
被告ジョンソンは,本件特許権2について,Eから実施許諾を得て,商品名「レインダッシュスーパーロング」という撥水剤を販売して,何億円もの利益を上げている。本件特許権2は冒認出願であって,本来は原告が被告ジョンソンから実施料を受けるべきである。
よって,原告は,被告ジョンソンに対し,不当利得金の内金として400万円の支払を求める。
(4) 被告Cに対する請求
ア 弁理士亡Fは,本件実用新案権について,故意に第10年分の登録料を支払わず,本件実用新案権を失効させた。
イ 被告Cは,亡Fの子であり,上記行為に関する亡Fの権利義務関係を承継する者である。
ウ よって,原告は,被告Cに対し,10年目の登録料を払っていれば得たであろう400万円の支払を求める。
(5) 被告らに対する請求
原告が,前記(1)ないし(4)記載の各被告らの行為によって被った精神的苦痛を金銭評価すれば,少なくとも各120万円を下らない。
よって,原告は,各被告らに対し120万円の支払を求める。
2 被告らの主張
(1) 被告タイホー
ア 被告タイホーに対する請求原因のうち,イは認め,ウは否認し,アは知らない。エ及びオのうち,本件特許権1による眼鏡用防曇剤を製造販売し,また,別の特許権により「自動車くもり止め剤」をクリンビューの商品名で製造販売し,利益を得た事実はあるが,その余は否認する。
イ 本件は本人訴訟とはいえ,二度にわたり,大阪地裁,大阪高裁,最高裁において理由がないとされた事件について,何ら調査研究をすることなく,また,専門家と相談することなく,漫然と被告に精神的・経済的に著しく負担を掛けることを目的としてなされたものである。したがって,裁判制度の目的に照らし,著しく相当性を欠くものであり,本件訴えの提起は不適法であり,訴権を濫用するものである。したがって,本件訴えの却下を求める。
ウ 本件における原告の主張は,大阪地方裁判所平成16年(ワ)第3264号と訴訟物を同じくするものであり,前訴の確定判決の既判力により棄却を免れない。
(2) 被告B
ア 被告Bに対する請求原因は否認する。
イ 本件は本人訴訟とはいえ,三度にわたり,大阪地裁,大阪高裁,最高裁において理由がないとされた事件について,何ら調査研究をすることなく,また,専門家と相談することなく,漫然と被告に精神的・経済的に著しく負担を掛けることを目的としてなされたものである。したがって,裁判制度の目的に照らし,著しく相当性を欠くものであり,本件訴えの提起は不適法であり,訴権を濫用するものである。したがって,本件訴えの却下を求める。
ウ 本件における原告の主張は,大阪地方裁判所平成11年(ワ)第2664号と訴訟物を同じくするものであり,前訴の確定判決の既判力により棄却を免れない。
(3) 被告ジョンソン
ア 被告ジョンソンに対する請求原因のうち,アは知らない。イ及びウのうち,被告ジョンソンが「レインダッシュスーパーロング」をかつて販売していたことは認め,その余は否認する。被告ジョンソンは,本件特許権2についてEから実施許諾を得た事実はない。また,被告ジョンソンは,平成15年12月31日に,自動車製品事業から撤退しており,現在は「レインダッシュスーパーロング」の販売を行っていない。
イ 被告ジョンソンは,レインダッシュスーパーロングの販売において,いかなる意味においても原告の技術を使用していない。
ウ 原告の請求は,大阪地方裁判所平成11年(ワ)第2664号及び同平成16年(ワ)第3264号の蒸し返しにすぎず,速やかに棄却されるべきものである。
(4) 被告C
ア 被告Cに対する請求原因のうち,イは認め,ア及びウは否認する。
イ 亡F(平成10年5月31日死亡)は,原告から第10年分の登録料支払の委託を受けていなかった。このことは,次の各点から明らかである。
a) 本件実用新案権の登録料は第9年分まで納付されている。
b) 原告は,大阪地方裁判所平成14年(ワ)第1323号事件において,亡Fの原告宛領収書を提出した。当該領収書の日付(平成2年12月1日)及び金額(3万5240円)を登録原簿記載の第9年分の登録料に関する納付状況(金額2万7000円,納付日平成2年12月7日)と対比すると,これは,第9年分の登録料の支払委託に係る領収書である(なお,当該領収書の金額3万5240円の内訳は,第9年分の登録料2万7000円,手数料8000円及びその消費税(3%)240円である。)。さらに,領収書の日付が登録原簿記載の納付日よりも前であることから,亡Fは,単発の顧客である原告には,登録料及び手数料を前払してもらってから特許庁に登録料を納付していたことが分かる。したがって,原告が第10年分の納付も亡Fに委託していたとするのなら,同様に当該年度分に対応する金額の前払が原告よりなされ,当該支払に関する亡Fの領収書が証拠として提出されてしかるべきである。しかし,原告は,本訴においても,前訴においても,肝心の第10年分の登録料の支払委託に係る領収書を提出していない(むしろ,前訴の訴状の請求の原因第4項1ないし4行目において,その領収書がないことを自認している。)。
c) なお,平成5年改正前の実用新案法の下では,実用新案権の存続期間は,「出願公告から10年。但し,出願から15年を超えない。」とされていた(平成5年法律第26号による改正前の実用新案法15条1項)。つまり,原告は,仮に平成3年12月に第10年分の登録料を納付しても,出願から15年(すなわち,平成4年6月21日)でもって権利の存続期間が満了し,残り半年しか権利を享受しえないため,第10年分の登録料の納付を希望しなかったのではないかと推測される。
ウ 原告の被告Cに対する損害賠償請求の法律構成は不法行為又は契約違反と考えられる。
不法行為については,原告は,本件訴訟と実質的に同一の主張に基づき亡Fに対して平成14年2月に損害賠償請求訴訟を提起しているのであるから,遅くとも当該訴訟提起から3年の経過(すなわち,平成17年2月)により消滅時効が完成する。
契約違反については,第10年分の納付期限は平成3年12月13日(ないし遅くとも追納が許される平成4年6月13日。平成5年法律第26号による改正前の実用新案法33条1項参照)である。したがって,遅くても追納期限である平成4年6月13日が起算点となるので,消滅時効の完成は明らかである。
被告Cは,消滅時効を援用する。
理由
1 原告がこれまでに提起した訴訟について
後掲各証拠によれば,原告がこれまでに提起した訴訟について,次のとおり認められる。
(1) 大阪地裁平成11年(ワ)第2664号(丙1・丁1,丁2)
ア 原告の求めた裁判
被告ジョンソンに対し,商品名「レインダッシュスーパーロング」の販売の差止め及び620万円(損害賠償500万円及び慰謝料120万円)の支払
被告Bに対し,620万円(損害賠償500万円及び慰謝料120万円)の支払
イ 請求原因
原告は,昭和52年3月ころ,弁理士である被告Bに対し,特許権ないし実用新案権の登録出願手続を依頼する目的で,①車両のエアワイパーについてのアイディア,②ウインドウガラスに油状,ワックス状,油紙又は他の液状,固体状,グリス状のものを塗布することにより,ウインドウガラスに付着する雨・水等の水滴を粒状にして吹き飛ばし,ウインドウガラスに残さないようにしたアイディア,③加熱装置を設置して,熱風をウインドウガラスに吹き出して凍結を防止するアイディアを開示した。しかし,被告Bは,依頼人の秘密を保持するという職務上の義務に違反して,上記アイディア②を盗用し,Eの名義を用いて,「艶出し撥水剤」の名称で特許出願(特願昭50-15722号)し,これが登録された。被告Bは,被告ジョンソンとの間で,上記特許権について実施契約を締結し,被告ジョンソンは,上記特許権を実施して,商品名「レインダッシュスーパーロング」として商品化して販売している。被告Bは,上記実施契約により,年間数億円の利益を得ており,原告は同額の損害を被り,また,被告らの行為によって原告の被った精神的苦痛を金銭に換算すると,120万円を下らない。
ウ 訴訟の結果
大阪地方裁判所は,平成11年7月13日,被告Bが原告のアイディアを盗用したと認めるに足りる証拠はなく,請求原因は理由がないとして,原告の請求をいずれも棄却した。控訴審である大阪高等裁判所は,同年12月21日,控訴を棄却し,同判決は確定した。
(2) 大阪地裁平成14年(ワ)第1323号(乙1,戊1ないし3)
ア 原告の求めた裁判
被告Bに対し,520万円(財産的損害400万円及び慰謝料120万円)の支払
被告タイホーに対し,520万円(財産的損害400万円及び慰謝料120万円)の支払
亡Fに対し,520万円(財産的損害400万円及び慰謝料120万円)の支払
イ 請求原因
被告タイホーが「クリンビュー」と称する商品を製造,販売する行為は,本件実用新案権及び原告の有する特許第2566512号の特許権を侵害し,被告タイホーは,これによって何億円かの利益を得ている。
原告は,昭和52年3月ころ,弁理士である被告Bに対し,①車両のエアワイパーについてのアイデア,②ウインドウガラスに油状,ワックス状,油紙又は他の液状,固体状,グリス状のものを塗布することにより,ウインドウガラスに付着する雨・水等の水滴を粒状にして吹き飛ばし,ウインドウガラスに残らないようにしたアイデア,③加熱装置を設置して,熱風をウインドウガラスに吹き出して凍結を防止したり,油膜を除去するアイデア,④防曇剤のアイデアを開示した。被告Bは,前記①についてのみ本件実用新案権に係る実用新案登録出願をし,他のアイデアを第三者に漏らし,このアイデアに基づいて,被告タイホーが本件特許権1に係る出願をした。
亡Fは,本件実用新案権の10年目分の登録料を故意に支払わなかった。
ウ 訴訟の結果
大阪地方裁判所は,平成14年4月30日,被告タイホーに対する請求は,同被告が本件実用新案権及び原告の有する特許権の技術的範囲に属する車輌用エアワイパーを販売している事実を認めるに足りる証拠はないとして,被告Bに対する請求は,同被告が原告主張の技術を第三者に漏らした事実も,その結果,被告タイホーが本件特許権1を出願するに至った事実についてもこれを認めるに足りる証拠はないとして,いずれも棄却した。
亡Fに対する訴えは,第1回口頭弁論期日(平成14年3月28日)に取下げによって終了した。
(3) 大阪地裁平成16年(ワ)第3264号(乙2,乙3・丁3,丁4,丁5)
ア 原告の求めた裁判
国に対し,5000万円の支払
G,H,被告B,E,被告ジョンソン及び被告タイホーに対し,各自金400万円の支払
イ 請求原因
原告は,昭和52年3月ころ,車両のエアーワイパーを考案したので,弁理士である被告Bに対し,実用新案登録出願の手続を依頼した。その際,原告がハスの葉に水をかけても水滴が葉に残らないことにヒントを得て考案した,油膜を車両のウインドガラスの内外にコーティングする撥水剤及び防曇剤の考案についても,口頭で,実用新案登録出願の手続を依頼した。被告Bは,本件実用新案権に係る出願をしたものの,前記撥水剤及び防曇剤の考案については,原告から出願の依頼を受けながらこれを出願せず,また,依頼人の秘密を保持するという職務上の義務に違反して,その内容を第三者に漏洩した。
被告タイホーは,フロントガラス撥水剤(名称「自動車用くもり止め剤」,商品番号20970)を販売している。同製品は本件特許権1の実施品である。しかし,本件実用新案権の実用新案登録請求の範囲には,油膜を防止する防曇剤も含まれており,本件実用新案権より後願である本件特許権1は無効であるから,被告タイホーが同製品の販売によって得た何億円もの利益の一部は,原告が取得すべきものである。被告Bが前記防曇剤の考案について出願していれば,又はその考案の内容を第三者に漏洩しなければ,被告タイホーに本件特許権1が付与されることはなかった。原告は,その結果,本来原告が得たであろう400万円を得ることができなかった。
本件特許権2の出願は,原告が被告Bに実用新案登録出願の依頼をしていた内容について,E名義で冒認出願されたものである。
被告ジョンソンは,Eから本件特許権2の実施許諾を受けて,商品名「レインダッシュスーパーロング」という撥水剤を販売し,何億円もの利益を得た。被告Bが前記防曇剤の考案について出願していれば,又はその考案の内容をEに漏洩せず,Eがこれを冒認出願しなければ,本件特許権2は原告に付与され,原告は被告ジョンソンから実施許諾料等を受けることができた。原告は,その結果,本来原告が得たであろう400万円を得ることができなかった。
他に本件特許権1及び同2の特許庁担当審査官及び国に対し,違法に特許査定がなされたとして損害賠償を求める。
ウ 訴訟の結果
大阪地方裁判所は,平成16年7月29日,原告が被告Bに対し,本件実用新案権の出願手続を依頼した際に,撥水剤及び防曇剤の考案についても開示して,実用新案登録出願の手続を依頼したとの事実を認めることはできない,原告主張の被告タイホーの行為が不法行為を構成するとはいえない,被告ジョンソンの行為が不法行為を構成するとは認められないなどとして,原告の請求をいずれも棄却した(なお,原告の被告ジョンソンに対する請求及び被告Bに対する請求のうち本件特許権2に関する部分は,前訴(判決注:大阪地裁平成11年(ワ)第2664号)の確定判決の既判力により棄却を免れないとした。)。控訴審である大阪高等裁判所は,同年12月24日,控訴を棄却し,最高裁判所第一小法廷は,平成17年6月30日,上告を棄却した。
2 被告タイホーに対する請求
原告の請求は,要するに,被告タイホーの本件特許権1は,原告の本件実用新案権を盗用して得たものであり,また,本件実用新案権の後願として無効とされるべきものであるから,本件特許権1の実施品である被告タイホー製品の製造販売によって得た利益を,不当利得として原告に支払うべきであり,また,慰謝料の支払を求めるというものである。
前記1(2)及び(3)に認定したとおり,原告は,本訴請求と実質的に同一の請求を既に2回行って敗訴しているのであるから,本訴請求は過去の訴訟の蒸し返しといわざるを得ない。そして,その請求内容をも併せ考えれば,かかる訴え提起は正当な権利行使とはもはやいうことはできず,被告の地位を不当に長く不安定な状態におき,ことさらに応訴のための負担を強いるものといわざるを得ないのであって,民事訴訟制度を濫用するものというべきである。したがって,本件訴えは,訴権の濫用にあたり,訴えの利益を欠くものとして,訴えを却下するのが相当である。
3 被告Bに対する請求
原告の請求は,要するに,被告Bが原告から実用新案登録の出願の依頼を受けたにもかかわらず,これを他人名義で出願するか,漏洩したことによって,本件特許権1及び同2が成立し,それによって原告の得られたはずの利益が得られなかったとして,その利益及び慰謝料の支払を求めるものである。
前記1(1)ないし(3)に認定したとおり,原告は,本訴請求と実質的に同一の請求を既に3回行って敗訴しているのであるから,本訴請求は過去の訴訟の蒸し返しといわざるを得ない。そして,その請求内容をも併せ考えれば,かかる訴え提起は正当な権利行使とはもはやいうことはできず,被告の地位を不当に長く不安定な状態におき,ことさらに応訴のための負担を強いるものといわざるを得ないのであって,民事訴訟制度を濫用するものというべきである。したがって,本件訴えは,訴権の濫用にあたり,訴えの利益を欠くものとして,訴えを却下するのが相当である。
4 被告ジョンソンに対する請求
原告の請求は,要するに,被告ジョンソンの製造販売する製品が,原告が発明したにもかかわらず冒認出願された本件特許権2の実施品であるとして,同製品の製造販売による利益を得るのは本来は原告であるとして,不当利得の返還及び慰謝料の支払を求めるものである。
原告は昭和52年に弁理士である被告Bに自ら行った発明を開示したところ,当該発明が冒認出願された(昭和49年出願の本件特許権2)と主張するのであって,各行為の先後関係をみれば,その主張内容自体が不合理なものである。さらに,原告は,被告ジョンソンに対し,前記1(1)及び(3)の各訴訟を提起していずれも敗訴しているところ,前記各訴訟は不法行為に基づく損害賠償請求権,本訴は不当利得返還請求権というように法律構成に相違はあるものの,請求原因とされた社会的事実は実質的に同一というべきである。したがって,原告の主張内容自体の不合理さに,実質的に同一の社会的事実に基づく不法行為を原因とする損害賠償請求権の不存在について既判力が働くことをも併せ考えれば,原告の本訴請求は理由がないものというべきである。
5 被告Cに対する請求
原告は,本件実用新案権の登録料の支払を,弁理士の亡Fに依頼していたところ,亡Fは第10年分の登録料を支払わず,本件実用新案権を失効させて原告に損害を与えた旨主張する。
戊4によれば,本件実用新案権は,昭和52年6月21日に出願され,昭和57年12月13日に出願公告されて,昭和58年8月10日に登録されたこと,第1年分ないし第3年分の登録料合計9000円が昭和58年5月4日に支払われたこと,第4年分ないし第6年分の登録料合計2万7000円が昭和60年2月5日に支払われたこと,第7年分及び第8年分の登録料合計5万4000円が昭和63年12月7日に支払われたこと,第9年分の登録料2万7000円が平成2年12月7日に支払われたこと,平成3年12月13日第10年分登録料不納を原因として,平成5年2月25日に抹消登録されたことが認められる。また,戊5によれば,亡Fは平成2年12月1日に原告から3万5240円を受領したことが認められる。
平成2年12月1日に原告が亡Fに支払った3万5240円は,前記第9年分の登録料及び諸経費(手数料8000円及びその消費税相当額(税率3%)240円)と一致することに照らせば,原告は亡Fに対し第9年分の登録料支払を委託してその支払をしたものと推認される。これに対し,原告が第10年分の登録料を亡Fに支払ったことを証する書面は何ら提出されていない。かかる事実関係に加え,平成5年法律第26号による改正前の実用新案法の下では,実用新案権の存続期間は,「出願公告の日から10年をもって終了する。ただし,実用新案登録出願の日から15年をこえることができない。」(平成5年法律第26号による改正前の実用新案法15条1項)とされ,本件実用新案権は,10年目の中途の平成4年6月には存続期間が満了することになっていたことをも併せ考えれば,原告が亡Fに対し,本件実用新案権の第10年分の登録料の支払を委託したとは認め難く,これを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
6 結論
以上によれば,原告の被告タイホー及び被告Bに対する訴えは訴権の濫用に該当するのでこれを却下し,原告の被告ジョンソン及び被告Cに対する請求は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 古河謙一 裁判官 吉川泉)