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東京地方裁判所 平成18年(ワ)14557号 判決 2007年12月25日

主文

一  被告らは、連帯して、原告らに対し、一五五一万円及びこれに対する平成一八年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これ四分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告らに対し、五六三〇万一三六〇円及びこれに対する平成一八年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告らから宅地を買い受けた原告らが、同宅地上に住宅を建築しようとしたのに対して、隣家の住人から脅迫的な言辞をもって設計変更を要求されるなどしたところ、そのような住人が隣家に居住していることは同宅地の隠れた瑕疵に当たる、又は、被告らがそのような住人が隣家に居住していることを原告らに説明しなかったのは説明義務違反に当たると主張して、被告らに対し、瑕疵担保又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、損害金五六三〇万一三六〇円及びこれに対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

(1)  原告らは、平成一七年三月二三日、被告らから、原告らが居住するための住宅を建築する目的で、別紙物件目録記載一ないし三の宅地(以下「本件売買土地」という。)を代金五一七〇万円で買い受けた(以下「本件売買契約」という。)。

(2)  別紙物件目録記載一の土地(以下「本件敷地部分」という。)は、建物の敷地として使用できる部分であり、同二の土地(以下「本件セットバック部分」という。)は、本件敷地部分の北西側に接し、建築基準法四二条二項の規定により道路とみなされる部分であり、同三の土地持分は、本件セットバック部分の北西側に接する私道(幅員約四m。以下「本件私道」という。)の共有持分である。本件敷地部分、本件セットバック部分、本件私道及び本件隣地は、南西側において、幅員約四・五mの区道に接している。

(4)  本件私道を挟んで本件敷地部分及び本件セットバック部分の反対側(北西側)の宅地(以下「本件隣地」という。)の上の建物には、A(以下「A」という。)が居住している。

(5)ア  原告らは、平成一八年三月二一日、被告らに対し、本件売買土地に隠れた瑕疵(本件敷地部分における建物の建築を脅迫的言辞をもって妨害する者が本件隣地に居住していること。以下「本件瑕疵」という。)があり、本件売買契約を締結した目的を達することができないとして、これを解除する旨の意思表示をするとともに、本件瑕疵の存在による損害の賠償として五七五〇万〇四一〇円を一週間以内に支払うよう催告した。

イ  原告らは、平成一八年七月一四日、被告らに対し、本件売買契約締結の際に被告らに債務不履行(本件敷地部分における建物の建築を脅迫的言辞をもって妨害する者が本件隣地に居住していることを説明しなかったこと。以下「本件債務不履行」という。)があったとして、これを解除する旨の意思表示をするとともに、本件債務不履行による損害の賠償として五六三〇万一三六〇円を支払うよう催告した。

二  争点

(1)  本件売買土地には、本件売買契約締結当時、本件敷地部分における建物の建築を脅迫的言辞でもって妨害する者が本件隣地に居住していること、という隠れた瑕疵があったか。

(原告らの主張)

原告らは、本件敷地部分に建築確認を受けた住宅を建築しようとしたところ、Aから、脅迫的言辞をもって、本件敷地部分の南東側部分(本件セットバック部分に沿った幅五〇ないし五五cmの三坪程度の部分。以下「Aによる建築禁止要求部分」という。)に住宅を建築しないように要求された。このように、本件隣地には、本件売買契約締結当時から、本件敷地部分における建物の建築を脅迫的言辞をもって妨害する者が本件隣地に居住しており、原告らは、そのことを知らずに本件売買契約を締結したものであるから、本件売買土地には、民法五七〇条にいう隠れた瑕疵がある。原告らは、本件瑕疵が存在するために、本件敷地部分に建物を建築することができない状況にあり、本件売買契約を締結した目的を達することができない。

(被告らの主張)

原告らの主張は否認する。

Aは、本件隣地上のA宅の日照を確保するために、本件セットバック部分に加え、Aによる建築禁止要求部分にも、建物を建築しないでほしいとの希望を有し、そのことを被告らに伝えていた。原告らは、本件売買契約締結の際、被告らからAが上記のような希望を有していることを聞かされ、これを了知して本件売買土地を購入しながら、Aの希望を無視して設計した建物の建築図面をAに示したものであり、原告らとAとの間にトラブルが生じた原因は、原告らのAに対する約束違反や非礼な態度にある。

(2)  被告らが本件売買契約締結に際して本件敷地部分における建物の建築を脅迫的言辞をもって妨害する者が本件隣地に居住していることを説明しなかったことは、不動産の売主としての説明義務違反に当たるか。

(原告らの主張)

原告らは、幼い子と共に本件売買土地に永住する予定であったのであるから、被告らは、本件売買土地の売主の付随義務として、本件売買土地の隣人から本件敷地部分における建物の建築に関して妨害を受けること、また、仮に本件敷地部分に建物を建築したとしても原告らがその建物に居住するのに支障が生じる蓋然性が高いことを原告らに説明する義務があった。ところが、被告らは、原告らに対し、それらの事実を秘匿して、本件売買土地を売却したものであるから、被告らには、説明義務違反の債務不履行がある。

(被告らの主張)

原告らの主張は否認する。

原告らとAとの間のトラブルは、原告らが前記のようなAの希望を無視し、Aに対して非礼な態度を取ったことに起因するから、被告らに説明義務違反が生じる余地はない。

(3)  原告らに生じた損害

(原告らの主張)

原告らは、本件瑕疵又は本件債務不履行により、下記のとおり、合計五六三〇万一三六〇円の損害を被った。

① 本件売買土地の代金 五一七〇万円

② 所有権移転登記手続費用 五九万八七〇〇円

③ 平成一七年度固定資産税・年計画税清算金 一五万九九四〇円

④ 平成一八年度固定資産税・年計画税 二八万二五〇〇円

⑤ 設計費用 三三三万円

⑥ 諸費用(別紙諸費用一覧表のとおり) 二三万〇二二〇円

第三当裁判所の判断

一  認定事実

(1)  前記争いのない事実、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

ア 本件売買土地は、小田急線経堂駅から徒歩で約四分(約三〇〇m)の距離の住居専用地域内の地点にある。本件隣地は、Aの妻であるBの所有名義であり、その上の建物にAが居住している。

イ 被告らは、平成一六年五月二〇日、株式会社aの仲介により、有限会社bから、有限会社cの所有名義であった本件売買土地を代金四八五〇万円で購入し、その上に被告らが居住するための住宅を建築しようとした。なお、c社はBが代表取締役を務めており、b社の住所(《住所省略》)はAの住民票の住所と同じであることから、両社は、Aが実質的に経営する会社であることがうかがわれる。

ウ 被告らから住宅の設計を依頼された設計士は、平成一六年九月ころ、本件敷地分の上に被告らの住宅を建築することについて近隣に挨拶回りをした際にAに設計図面(乙一六)を見せたところ、Aから、本件敷地部分にその設計図面どおりの建物が建築されれば本件隣地上にあるA宅の日照が遮られるとして、Aによる建築禁止要求部分に建物を建築しないように設計を変更することを脅迫的な言辞をもって要求された。Aからこのような要求がされたと聞いた被告らは、そのような理不尽な要求をして脅迫をするAの意向に逆らって本件敷地部分に建物を建築すれば、Aからどのような危害を加えられるかも知れないと考えて畏怖し、本件敷地部分に住宅を建築することを断念して本件売買土地を転売することとし、a社にその仲介を依頼した。a社は、このように問題のある物件を被告らに紹介したことに責任を感じ、被告らの依頼を引き受けることにした。

エ 本件売買契約は、売主の被告らから依頼を受けた仲介業者であるa社と買主の原告らから依頼を受けた仲介業者であるd株式会社の共同仲介行為により成立したものであるが、本件売買契約書には、a社が仲介業者として記載されていない。これは、a社が、Aから前記のような脅迫的言辞をもって本件敷地部分における建物の建築につき理不尽な要求がされたことを原告らに説明しないで本件売買土地の売却を仲介したとなれば、不動産仲介業者として、原告らや行政当局から責任を追及されるおそれがあったことから、これを回避するためには、本件売買契約の関係書類に仲介業者として名前を出さないのが得策であると考えたためであった。

オ 本件売買契約書の重要事項説明書(甲二)には、被告らがAから本件敷地部分における建物の建築について前記認定のような態様、内容の要求を受けたことをうかがわせるような記載はない。また、被告らが本件売買契約締結の際に記入して原告らに交付した物件状況等報告書(甲三)においては、「その他買主に説明すべき事項」の項の「周辺環境に影響を及ぼすと思われる施設等(一般的な観点から気になると思われるもの)」の欄に「知らない」との回答が、「その他」の欄に「特になし」との回答がそれぞれ記入され、「近隣との申し合わせ事項」の欄は空欄のままとなっている。もっとも、本件売買契約締結に立ち会ったa社の担当者Cは、原告らが本件売買土地を購入して本件敷地部分上に住宅を建築しようとすれば、早晩Aから被告らに対してされたのと同様の要求が原告らに対してもされ、そうなれば、原告らや行政当局から責任を問われることがあり得るものと予想し、その場合に備えて、被告らがAからそのような要求を受けた事実を原告らに説明したことの口実にするために、本件売買契約締結当日の契約書等への署名押印直前の段階になって、d社の担当者Dと原告らに対し、口頭で、本件隣地に居住するAからAによる建築禁止要求部分には建物を建築しないで欲しいとの希望が出されている旨を告げたが、Aの要求の態様が脅迫的なものであったことは説明しなかったし、Aによる建築禁止要求部分の範囲を明示した図面を交付することもしなかった。

カ 本件売買土地を購入した原告らは、平成一七年一一月一五日に本件敷地部分に建築する予定の建物について建築確認を受け、同月二四日に地鎮祭を行い、建築工事を請け負った有限会社e工房の代表者Eと一緒に、近隣に挨拶回りをした。Eは、その日の夜、Aから電話を受け、脅迫的な口調で、「事前に施工者として、図面を持って説明に来るのが筋だろう。明日の午前九時三〇分までに来い。」という趣旨の申入れを受けた。Eと原告A・Bは、同月二六日と二七日にA宅を訪れ、建築確認を受けた建物(木造二階建て、建築面積五四・七〇m2、高さ七・二八九mの建物)の設計図面(甲九)を示すなどして説明したが、Aは、Eにその建物を本件敷地分に建てた場合に生じる日影の状況を実験させるなどした上、その日影がA宅の建物の縁側に届くなどとして怒り、Eと原告A・Bに対して、「ばか野郎」などと繰り返し怒鳴りつけながら、「法律も区の判断もどうでもいい。自分の家の縁側に影がかからないことがすべてだ。」、「この図面はインチキだろう。俺をだまそうとしているのだろう。若い奴らが動くぞ。」、「俺は有名な右翼だ」、「俺はおまえのようなやつを殺したことがある。」、「こんな家を建てさせてやらない。これでは絶対許さない。」、「建築士の馬鹿野郎。何もわかっていない。」、「俺の家に影がかかるのは許さない。」などと脅迫的で威圧的な暴言を並べ立て、設計の変更を強く迫った。

キ Aからこのような要求を受けた原告らは、警察署、近隣住民、建築会社などからAに関する情報を入手し、Aが暴力団関係者である可能性があり、その意向を無視して本件敷地部分における建物の建築を強行すれば、Aやその意を受けた者から、どのような危害を加えられるかも知れないと考えて畏怖し、その建築を中断した。そのため、本件敷地部分は、今日まで更地のままとなっている。

(2)ア  被告らは、被告らが本件売買土地を所有していた当時は、Aから脅迫的言辞をもって本件敷地部分における建物の建築を妨害されたことはなく、Aとの間でトラブルもなかったかのような主張をし、被告Y1は、本人尋問において、これに沿う供述をしている。

しかし、被告らが、約五〇〇〇万円もの代金で本件売買土地を購入しながら、Aから前記認定のような理不尽な内容の「希望」を告げられたのに対して、法律上の義務もないのに、争うこともせずにこれに従い、わずか九か月ほどの間に、本件売買土地を転売したというのは、いかにも不自然であって、到底信用し難い。被告らが本件売買土地上に予定していた建物の建築を断念したのは、Aの要求が脅迫的、威圧的なものであって、これに逆らえば、どのような危害を加えられるかも知れないと畏怖したからこそであると考えるのが自然である。

よって、被告らの上記主張は採用することができない。

イ  証人Cの証言中には、本件売買契約の契約書等に売主側の仲介業者としてa社の名前が出ていないのは、本件売買契約の代金額が当初の売り出し価格五三八〇万円よりも低額であり、被告らから仲介報酬の支払を得ることができなかったからであるとする供述がある。

しかし、本件売買契約の契約書等に仲介業者として名前を出したからといって、被告らとの間の報酬支払の有無、額がそれによって当然に決まるものではなく、その点については、別途、被告らとa社との間で合意すれば足りることであるから、上記供述は、不自然というほかなく、到底信用できない。a社が上記契約書等に名前を出さなかったのは、後に買主である原告らや行政当局からの責任追及をかわすためであったと考えるのが自然である。

ウ  証人Cの証言中には、本件売買契約締結の際、Aが本件敷地部分における建物の建築について前記認定のような要求をしていることは、図面を示すなどして原告ら又はd社の担当者Dに説明したとする部分がある。

しかし、前記認定のとおり、本件売買契約の重要事項説明書(甲二)や物件状況等報告書(甲三)には、Aがそのような要求をしていること、しかもそれが、脅迫的なものであることをうかがわせるような記載や図面の添付は、全くない。また、a社は、不動産仲介業者なのであるから、Aのそのような要求が法的根拠を欠いた理不尽なものであることは十分認識していたはずであり、そうとすれば、そのような要求を明確に買主側に伝えても理解が得られるはずもなく、本件売買契約が不成立に終わることにもなりかねないことを認識していたはずである。さらに、証人Cの証言によっても、Aの「希望」の申入れがあたかも穏便な態様でされたものであるかのような説明をしたことが認められるに止まり、前記認定のような脅迫的なものであることについて、説明したことは認定できない。

以上のとおり、a社の担当者Cは、本件売買契約締結の際に原告らとd社の担当者がいる席において、口頭で、Aの「希望」の内容に言及した可能性はあるとしても、Aの要求が脅迫的なものであったことを説明したとは、到底認められないというべきである。

エ  前記認定の事実によれば、Aは、Aが実質的に経営するb社が所有していた本件売買土地を購入した者からこれを不当に低廉な代金額で自己又は自己の関係者において買い戻すことを意図して、本件敷地部分における建物の建築を妨害している疑いもあるというべきであり、被告らは、本件売買土地がc社の所有名義であったにもかかわらず、b社から本件不動産を購入したものであり、本件売買土地が第三者名義になっていることを意に介した形跡もないことからすると、被告らは、Aと通じて、第三者に本件売買土地を買い取らせるために、これを被告らの名義にしたのではないかという可能性も全くないとはいえない。

しかし、被告らが本件売買土地をb社から買い受ける前からAと関係を有していたとまで認めるに足りる証拠はないこと、《証拠省略》によれば、被告らは実際にb社に対して本件売買土地の代金を支払ったものと認められることからすると、被告らがAと通じて当初から第三者に本件売買土地を買い取らせるつもりでこれを被告らの名義にしたものとまでは認定することができない。

オ  他に、(1)の認定を左右するに足りる証拠はない。

二  争点(1)(本件売買土地には、本件売買契約締結当時、本件敷地部分における建物の建築を脅迫的言辞でもって妨害する者が本件隣地に居住していること、という隠れた瑕疵があったか。)について

(1)  売買の目的物に民法五七〇条の瑕疵があるというのは、その目的物が通常保有すべき品質・性能を欠いていることをいい、目的物に物理的欠陥がある場合だけでなく、目的物に経済的・法律的な欠陥がある場合を含むと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記認定のとおり、Aは、本件売買契約前から、被告らに対しても、脅迫的な言辞をもって、本件セットバック部分だけでなく、Aによる建築禁止要求部分にも建物を建築してはならないという、誠に理不尽な要求を突きつけていたのであり、このような脅迫罪や強要罪等の犯罪にも当たり得る行為を厭わずに行う者が本件私道のみを隔てた隣地に居住していることが、その上に建物を建築、所有して平穏な生活を営むという本件売買土地の宅地としての効用を物理的又は心理的に著しく減退させ、その価値を減ずるであろうことは、社会通念に照らして容易に推測されるところである。しかも、前記認定のとおり、Aは、自己が実質的に経営する会社の所有していた本件売買土地を購入した被告らや原告らに対して、脅迫的言辞による要求を突きつけて本件敷地部分における建物の建築を妨害していることからすると、Aは、本件売買土地を購入した者から不当に低廉な代金額でこれを自己又は自己の関係者においてい戻すことを意図して、そのような要求をしているのではないかと疑われるのであり、そうであるとすれば、そのようなAによる要求は、一時的なものではあり得ず、今後も継続することが予想されるところである。

そうすると、本件売買土地は、宅地として、通常保有すべき品質・性能を欠いているものといわざるを得ず、本件売買土地には、本件瑕疵、すなわち、脅迫的言辞をもって本件敷地部分における建物の建築を妨害する者が本件隣地に居住しているという瑕疵があるというべきである。

(2)  原告らが本件売買契約締結当時に本件売買土地に本件瑕疵があることを知っていたとの事実を認めるに足りる証拠はない。また、本件隣地に脅迫的言辞をもって本件敷地部分における建物の建築を妨害する者が居住しているなどということは、一般に予想し得ない事柄であり、原告らにおいて、本件売買契約の締結に先立ち、近隣住民の素性、言動等をあらかじめ調査する義務があったともいえないから、原告らが本件売買契約締結時に本件瑕疵の存在を知らなかったことに過失があるともいえない。

そうすると、本件瑕疵は、隠れた瑕疵に当たるというべきである。

(3)  原告らは、本件売買土地に本件瑕疵が存在することによって、本件売買契約を締結した目的を達することができないと主張する。

確かに、Aによる脅迫的言辞による要求が続く限り、本件売買土地上に建物を建築して平穏に居住することには、物理的又は心理的に相当な困難が伴うことは否定できない。

しかし、上記のようなAによる要求が法律上理由のないものであり、原告らがこれに従う義務のないことはいうまでもない。

また、Aによる上記のような要求は、その態様、程度によっては、脅迫罪や強要罪等の犯罪にも当たり得る行為であり、そのような場合には、刑事手続による検挙、処罰によってこれを抑止することも期待できるし、民事上も、Aがそのような要求を繰り返して本件敷地部分における建物の建築を妨害するならば、仮処分手続等によってその差止めを求めることも考えられるのであって、本件瑕疵の存在によって本件敷地部分の上に建物を建築して平穏に居住することがおよそ不可能になっているとまでいうことはできない。

したがって、本件瑕疵の存在によって本件売買契約を締結した目的を達することができなくなったとする原告らの主張は、採用することができない。

(4)  以上によれば、原告らは、本件瑕疵の存在を理由に民法五七〇条、五六六条による瑕疵担保責任に基づき、被告らに対して損害賠償請求をすることはできるが、本件売買契約の解除をすることまではできないというべきである。

三  争点(2)(被告らが本件売買契約締結に際して本件敷地部分における建物の建築を脅迫的言辞をもって妨害する者が本件隣地に居住していることを説明しなかったことは、不動産の売主としての説明義務違反に当たるか。)について

(1)  原告らは、被告らには、本件売買契約締結の際に本件瑕疵の存在を原告らに告知しなかった点において、本件不動産の売主としての説明義務に違反した債務不履行があったと主張する。

(2)  しかし、売買契約の目的物に存する瑕疵の存在が要素の錯誤に当たる場合やその存在について売主に告知義務がある場合に、その売買契約が無効事由又は取消し事由のあるものになり、あるいは、売主に不法行為が成立し得ることはあるとしても、売買契約成立前の締結過程において瑕疵の存在を告知しなかったことが、売買契約の売主としての債務不履行になるとはいえないというべきである。

(3)  本件において、被告らは、原告らに対して、本件瑕疵の存在、すなわち、本件敷地部分における建物の建築を脅迫的言辞でもって妨害する者が本件隣地に居住している事実を告知しなかったのではあるが、そのような事実が存在しないとの虚偽の事実を積極的に告知したものではないから、被告らには作為による説明義務違反が成立する余地はないというべきである(本件売買契約の重要事項説明書(甲二)や物件状況等報告書(甲三)にAによる妨害の事実に関する記載がないことは、前記認定のとおりであるが、それによって、被告らがAによる妨害の事実が存在しないとの虚偽の事実を積極的に告知したものということはできない。)。

また、本来、土地や建物の不動産を買い受けようとする者は、それを買い受けるかどうかについての意思決定の自由を有し、基本的には、自己の責任において近隣の状況を含む不動産の性状・品質を調査すべきものと考えられるところ、本件において、本件敷地部分における建物の建築を脅迫的言辞でもって妨害する者が本件隣地に居住していること、という本件売買土地の瑕疵は、被告らが作出したものとは認められないし(被告らがAと意を通じて原告らから本件売買土地を廉価に買い戻すためにこれを原告らに買い取らせたものと認めることができないことは、前記説示のとおりである。)、原告らによる調査を被告らが妨げたことを認めるに足りる証拠もない。そうすると、被告らは、上記のような本件売買土地の瑕疵の存在を認識していたとしても、積極的にそれを原告らに告知するまでの義務を負うものではなく、したがって、被告らには不作為による説明義務違反成立の前提となる作為義務があったとはいえないというべきである。

(4)  以上によれば、本件売買契約締結の際に被告らに売主としての説明義務違反の債務不履行あったとする原告らの主張は、理由がない。

四  争点(3)(原告らに生じた損害)について

(1)  原告らは、本件瑕疵によって原告らに生じた損害の額として、本件売買土地の代金額のほか、本件売買土地の所有権移転登記手続費用、公租公課、建築予定の建物の設計費用、別紙諸費用一覧表記載の諸費用の相当額を請求している。

(2)  しかし、本件瑕疵が本件売買契約を締結した目的の達成を不能ならしめるものではなく、したがって、本件売買契約の解除が認められないことは、前記説示のとおりであるところ、本件売買土地の所有権移転登記手続費用、公租公課、建築予定の建物の設計費用、別紙諸費用一覧表記載の諸費用は、有効な本件売買土地の取得及び利用に要する費用として、原告らが負担すべきものである。また、仮に、本件瑕疵の存在を前提として本件売買契約の代金額が定められていたとしても、本件売買土地の所有権移転登記手続費用、公租公課、建築予定の建物の設計費用、別紙諸費用一覧表記載の諸費用の額に変化はないと考えられる。したがって、これらの費用の支出をもって本件瑕疵によって生じた損害ということはできない。

(3)  そうすると、原告ら主張の損害のうち本件瑕疵によって生じたと認められるのは、本件売買土地の代金のうち本件瑕疵の存在を前提とした本件売買土地の価格相当額を超える部分の支出に限られるというべきである。

原告ら提出の不動産鑑定士による不動産鑑定評価書(甲三三)において、本件瑕疵が存在しないとした場合における本件売買土地の本件売買契約締結時の価格は五〇八〇万円とされていることからすると、本件売買契約の代金額五一七〇万円は、本件瑕疵が存在しないとした場合には、本件売買土地の本件売買契約締結時の市場価格を反映した妥当なものであったということができる。

原告ら提出の不動産鑑定士による意見書(甲三四)には、本件瑕疵の存在を前提にした場合における本件売買土地の価格は、それが存在しないとした場合の価格から四〇%を減じた額とみるのが相当であるとする部分がある。そして、証拠(甲三四)によれば、上記意見書を作成した不動産鑑定士は、本件敷地部分に共同住宅を建築してこれを賃貸するとした場合の本件売買不動産の価格(収益価格)を時価の約三〇%減、不動産競売市場において売却困難物件として売却するとした場合の本件売買不動産の価格を時価の約五〇%又はそれ以上の減と見積もるなどした上、Aによる脅迫的言辞を弄しての本件敷地部分における建物の建築の妨害が今後も変わることなく続く状況下で本件売買不動産を売りに出した場合の売却困難性等の市場性も考慮して、本件瑕疵の存在による減価率を四〇%と決定したことが認められる。

しかし、上記のようなAによる妨害行為は、刑事上又は民事上の手続によって、ある程度抑止又は排除することが可能であると考えられる(そもそも、本件瑕疵は、専ら、Aによる妨害行為に由来するのであり、原告らとしては、本来、原告らに対する瑕疵担保責任の追及だけでなく、刑事上又は民事上の手続によるAの妨害行為の抑止、排除によって本件瑕疵を除去し、本件売買土地の減価による損害の回復を図るべきものであるといえる。)。また、上記意見書が本件瑕疵の存在による減価率の決定に当たって競売市場での売却を想定した理由も明らかでない。

そして、一般に、土地や建物の不動産の売買においては、本件におけるようなAによる脅迫的言辞を弄しての地上建物の建築妨害は論外としても、ある程度の迷惑行為を行う住民が近隣に居住していることは、必ずしも珍しいことではないと考えられ、不動産の買主はそのような迷惑行為を行う住民が近隣に居住するリスクも考慮し、近隣の住民や環境についての調査をした上で、購入するのが通常であり、そのようなリスクは、不動産の価格相場形成の一因として織り込み済みのものであるということができる。

したがって、上記意見書が本件瑕疵の存在による本件売買土地の減価率を四〇%としたのは、いささか減価率を過大に見積もった嫌いがあるというべきところ、前記の諸事情にかんがみると、本件瑕疵の存在による本件売買土地の減価率は、三〇%と認めるのが相当である。

そうすると、原告らは、本件瑕疵の存在によって、本件売買契約の代金額五一七〇万円の三割相当額である一五五一万円の損害を被ったものというべきであり、本件売買土地の共同の売主である被告らは、原告らに対して、連帯してその損害の賠償をする義務を負うものというべきである(なお、《証拠省略》によれば、本件売買契約には、それに基づく被告らの債務は連帯債務とする旨の約定があることが認められる。)。

なお、瑕疵担保責任に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であるから、催告によって遅滞に陥るものというべきところ、前記認定の事実によれば、原告らは、被告らに対して、平成一八年三月二八日までに本件瑕疵の存在に基づく損害賠償債務を履行するように催告したことになるから、被告らはその翌日である同月二九日以降遅滞の責めを負うことになる。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、被告らに対して、民法五七〇条、五六六条に規定する瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、一五五一万円及びこれに対する催告期限の翌日である平成一八年三月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある。

別紙 物件目録《省略》

別紙 諸費用一覧《省略》

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