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東京地方裁判所 平成18年(ワ)1918号 判決 2006年10月06日

原告

X1

原告

X2

原告

X3

原告

X4

原告

X5

原告ら訴訟代理人弁護士

鴨田哲郎

山内一浩

佐々木亮

被告

財団法人日本システム開発研究所

同代表者理事

同訴訟代理人弁護士

古瀬駿介

中村新造

主文

1  被告は,原告X1に対し,金359万8300円及び別紙支払期日一覧表1の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告X1に対し,平成18年2月から本判決確定の日まで,毎月25日限り,金65万円を,平成18年以降本判決確定の日まで,毎年7月25日及び12月9日限り,金210万円を支払え。

3  被告は,原告X2に対し,金242万5000円及び別紙支払期日一覧表2の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告は,原告X2に対し,平成18年2月から本判決確定の日まで,毎月25日限り,金83万3000円を,平成18年以降本判決確定の日まで,毎年3月25日限り,金4000円を支払え。

5  被告は,原告X3に対し,金114万5700円及び別紙支払期日一覧表3の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  被告は,原告X3に対し,平成18年2月から本判決確定の日まで,毎月25日限り,金70万円を,平成18年以降本判決確定の日まで,毎年7月25日及び12月9日限り,金130万円を支払え。

7  被告は,原告X5に対し,金100万6000円及びこれに対する平成17年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

8  被告は,原告X5に対し,平成18年以降本判決確定の日まで,毎年12月9日限り,金200万円を支払え。

9  上記各原告らのその余の請求(本判決確定後の各支払部分)を却下する。

10  被告は,原告X4に対し,金37万8750円及び別紙支払期日一覧表<5>の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

11  被告は,原告X4に対し,平成18年2月から本判決確定の日まで,毎月25日限り,金7万5750円を支払え。

12  原告X4のその余の請求を棄却する。

13  訴訟費用は,いずれも被告の負担とする。

14  この判決は,第1項から第8項及び第10,第11項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告X1に対し,金359万8300円及び別紙支払期日一覧表1の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告X1に対し,平成18年2月以降,毎月25日限り,金65万円を,平成18年以降,毎年7月25日及び12月9日限り,金210万円を支払え。

3  被告は,原告X2に対し,金242万5000円及び別紙支払期日一覧表2の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告は,原告X2に対し,平成18年2月以降,毎月25日限り,金83万3000円を,平成18年以降,毎年3月25日限り,金4000円を支払え。

5  被告は,原告X3に対し,金114万5700円及び別紙支払期日一覧表3の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  被告は,原告X3に対し,平成18年2月以降,毎月25日限り,金70万円を,平成18年以降,毎年7月25日及び12月9日限り,金130万円を支払え。

7  被告は,原告X5に対し,金100万6000円及びこれに対する平成17年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

8  被告は,原告X5に対し,平成18年以降,毎年12月9日限り,金200万円を支払え。

9  被告は,原告X4に対し,金58万0750円及び別紙支払期日一覧表4の請求金額欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

10  被告は,原告X4に対し,平成18年2月以降,毎月25日限り,金7万5750円を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告の研究室長及び研究室員である原告らが,被告が一方的に組織編成及び年俸賃金の制度を改定した上で,原告らの給与(賞与を含む)を減額したことから,従前の年俸賃金との差額賃金(年2回の賞与を含む)を請求するとともに将来分においても現在減額支給を受けている賃金額との差額を請求している事案である。

これに対し,被告は,被告の財団法人としての特質,経営事情,年俸制の特質及び過去の賃金決定過程の経緯等から賃金改訂の必要性及び公正性,客観性があることを理由に本件賃金制度改定及びそれに基づく原告らの給与等の減額は有効であるとして争っている。

1  前提となる事実(当事者間に争いがない事実)

(1)  被告法人について

被告は,昭和45年に設立された公益法人であり,「学界,官界及び財界のすぐれた頭脳を広く動員することによりシステムズ・アナリシス,ピーピービーエス等の科学的手法を開発・応用し,我が国経済・社会が要求する国家的課題に対し有効な方策を提供し,もって行財政の効率化に資することを目的」とした財団法人である。

具体的な事業内容は,中央官庁や地方公共団体,独立行政法人及び民間企業からの受託調査・研究と予算や会計システムの販売・導入である。事業規模は,約16億円(平成17年度)であり,職員77名(うち年間契約職員は18名),役員17名(うち常勤役員は8名)である。

(2)  原告らについて

原告X1は,昭和59年8月に研究員として雇用され,被告と期限の定めのない労働契約を締結した。平成元年7月に副主任研究員,平成2年7月に雪氷・水資源研究室長,平成7年7月に地域資源研究室長・主任研究員となり,平成17年9月に研究部第三研究ユニット長となって現在に至っている。

原告X2は,昭和63年4月に研究員として雇用され,被告と期限の定めのない労働契約を締結した。平成4年6月に副主任研究員・環境システム研究室長となり,平成9年7月に主任研究員に昇格し,平成17年9月に研究部第一研究ユニット・環境研究グループ長となって現在に至っている。

原告X3は,昭和59年1月に研究員として雇用され,被告と期限の定めのない労働契約を締結した。平成元年7月に副主任研究員,平成2年7月に交通経済研究室長,平成4年6月に主任研究員に昇格し,平成17年9月に研究部第二研究ユニット長となって現在に至っている。

原告X5は,昭和61年4月に研究員として雇用され,被告と期限の定めのない労働契約を締結した。平成4年6月に副主任研究員・沿岸域計画研究室長となり,平成13年7月に主任研究員に昇格し,平成17年9月に研究部第三研究ユニット次長となって現在に至っている。

原告X4は,平成10年4月に研究員として雇用され,被告と期限の定めのない労働契約を締結した。平成13年3月まで「まちづくり・防災研究室」に所属し,同年4月から,研究部「地域資源研究室」所属となり,平成15年9月に研究員Aに昇格し,平成17年9月より研究部第三研究ユニット所属となって現在に至っている。

(3)  被告の賃金体系について

ア 賃金の種類及び支給方法

被告における原告らの賃金の種類は,本給と諸手当に分類され,諸手当は,(イ)役職手当,(ロ)資格手当,(ハ)研究・技術・事務手当,(ニ)住宅手当,(ホ)通勤手当,(ヘ)期末手当,(ト)時間外勤務手当,(チ)夜食手当に分類されている(なお,(ハ)研究・技術・事務手当に当たる「研究手当」については,評価ランクによって,支給額が変わる)。

賃金の締切期間は,本給と上記(イ)~(ホ)は当月1日から末日までであり,上記(ト)及び(チ)については,前月14日から当月15日までである。

賃金の支払日は,毎月25日払いであり,当日が休日の場合は前日に繰り上げられることとなる。

また,賞与については,夏期と冬期に支給があり,夏期が毎年7月,冬期が毎年12月に支給される。支給日は,事前に通知がある。なお,平成17年度の夏期賞与は,平成17年7月25日に,冬期賞与は平成17年12月9日に支給された。また,これに加え,被告では,4月に,前年度の実績が良かった部署の職員に,臨時賞与(「一時金」と呼ばれている)が支給される場合がある。

イ 年俸制

被告では,いわゆる「年俸制」が導入されている。

被告では,20年以上前から,就業規則を変更しないまま満40歳(希望により35歳)以上の研究職員を対象に個別の交渉によって賃金の年間総額と支払方法を決定してきた。原告らでいうと,原告X1,同X2,同X3及び同X5は年俸者であり(以下「年俸者原告ら」という。),原告X4は非年俸者となる。

年俸者の賃金は,給与明細上は「基本給」「残業手当」及び「通勤費」の種目に分類されているところ,「年俸」として労使の個別交渉で年間総額と支払方法を決定したものは,「基本給」という名目で支給されている。「年俸」の支払方法は,各年俸者で異なり,単純に12分割する場合もあれば,夏期・冬期など非年俸者が賞与を支給される時期に毎月の支給額と分けてもらう者もいる。年俸者の場合でも,賃金の支給日は,毎月25日であり,当日が休日の場合は前日に繰り上げられることとなる。夏期・冬期分の支給日は非年俸者の賞与支給日と同一日である。

被告と労働者との年俸交渉は,毎年6月に行われ,その年度(当年4月1日~翌年3月31日)の年間の賃金総額と支払方法が決定されてきた。ここで決定された賃金額及び支払方法に基づいて,7月から新賃金が支給されることになるが,既に6月まで支給されてきた賃金と清算されるシステムになっていた。そのため,年俸が下がる者は,4~6月までの賃金に遡及して減額される。

(4)  被告における賃金の決定過程

ア 非年俸者

(ア) 被告は,毎年6月,その年度の春闘相場などを参考にし,給与改定基準及び賞与支給基準を決め,これを労働者に通知してきた。この通知は,「平成○年度給与改定基準」と題する文書にされ,労働者に配布される。そして,これらの基準及び個人業績評価に基づき,非年俸者の当該年度の基本給及び手当額が決定し,それとともに夏期・冬期賞与額も決定されてきた。

(イ) 個人業績評価とは,個人の定性評価と所属研究室単位での定量評価により前年度の個人業績を評価するものであり,研究手当(基本給に対する一定割合の額)及び賞与支給額の積算根拠となる評価ランクを決定するものである。

個人業績評価の方法は,具体的には次のとおりである。まず,<1>定性評価については,『業績評価法』という冊子に従い,労働者本人が自己評価をし,それを上司(室長)に申告する。それを踏まえて労働者本人と上司とが面接し,上司が労働者を評価する。そして,この上司の評価を部長,常務理事に提出し,これを踏まえて,直属の上司と役員2名が査定会議を行って,労働者の評価を決定する。<2>定量評価については,所属研究室(もしくは個人)の前年度目標達成率から評価が決定される。<3>それぞれ決定された定量評価と定性評価のマトリクスから個人の業績評価を決定する。

なお,『業績評価法』は,被告に雇用される時,これに基づいて評価をされるとの前提で,労働者全員に配布されるものであり,かつ,実際に上記のとおりこれに基づいた評価を労働者は受けてきた。

上記の個人業績評価は,前年の業績を元に例年5月に実施され,6月中に当該年度の評価ランクが決定されるため,決定した評価ランクに基づき新たな賃金が支給されるのは,7月からであった。しかし,被告は既に6月まで支給されてきた賃金があるという理由で,新たな賃金との差額分を4月まで遡及して再計算し,7月の賃金で,賃金が下がる者は遡及して減額し,上がる者は遡及して増額するということをしてきた。

(ウ) また,上記<2>の研究室ごとの目標額の設定と達成率の査定は次のように行われてきた。

ⅰ 例年,7月頃に,被告は,人件費や賃料などの経費を部署(部や研究室)ごとに推算し,これに応じて,8月から9月頃,当該年度の目標付加価値額を部署ごとに算定して,これを部長や室長に通知する

ⅱ 例年5月中旬頃までに,各種の受託事業から直接経費等を除いた前年度分の付加価値額を各部署で積算し,ⅰの目標額に対する付加価値の達成率を割り出す。この達成率によって,部署ごとの定量評価ランクが決まる。

イ 年俸者

年俸者の賃金の決定過程は次のとおりである。

<1> 例年5月中旬頃までに,個人業績評価を行う

<2> <1>の個人業績評価と非年俸者についての給与改定基準表を参考にして,被告役員が,交渉開始の目安となる提示額を計算する

<3> 毎年6月,役員2名(専務理事と常務理事)と労働者1名との個別交渉が約30分から1時間ほどの時間をかけて行われる

<4> 交渉では,<2>を開始額として,前年度の成績や職務遂行状況,当該年度の成績見込みと期待する職務等を前提として,役員と労働者が協議し,最終的な合意額と支払方法を決定する。

(5)  年俸者原告らへの支給

被告は,年俸者に対し,平成16年6月になっても,同年度の年俸交渉の申し入れを行うことをしなかった。

平成17年6月にも,被告と労働者との年俸交渉は行われなかった。

その後,被告は,平成17年9月になって,年俸者に対し,「9月支給分の賃金から調整する」と通告し,年俸交渉を申し入れてきた。

そして,平成17年9月9日から同月15日の間に,約30名の職員を対象に年俸交渉が実施された。

しかし,年俸者原告らを含む7名の労働者は,被告の提示した額に対し合意しなかった。

その後,年俸者原告らは,被告に対し説明を求め,速やかに支給額を元に戻し,かつ,差額分を支払うよう求めたが,被告はこの要求を拒絶した。

(6)  非年俸者である原告X4への支給

平成17年12月1日,急遽,翌日に全体会議を開くとの通知がなされ,同月2日の全体会議の場で,非年俸者の冬期賞与について被告から説明がされた。しかし,原告X4は海外出張のためこの全体会議に出席できなかった。

同月6日,「非年俸者職員各位」として,平成17年度冬期賞与を同年12月9日に支払うこと及び同年度の賞与支給基準(評価ランク別賞与月数)を示した文書が,各部署担当の事務職員に1部ずつ配布された。

同月9日,賞与明細とともに平成17年度の評価ランクの決定通知が個人別に配布された。しかし,評価ランクが下がった者は,上記文書で示された賞与額から,平成17年4月から11月までに支払われた研究手当を,新たに通知したランクで遡及して適用し,当該賞与から引き去った。さらに,12月分の給与からも同ランクを適用し,賃金の減額を行った。

2  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  年俸者原告らの賃金減額の有効性

【原告の主張】

本件において,被告が原告らに行った一方的な賃金の減額措置は,いずれも就業規則に基づかないものである。

被告は,平成17年6月までに,労働者と年俸交渉を行わなかったのであるから,同月の経過をもって,平成17年度の賃金については,平成16年度と同内容で更新されている。

したがって,本件賃金の切り下げは無効である。

【被告の主張】

平成16年度以前の賃金決定方法では,研究室長による「付加価値計算資料」及び「業績評定表」の提出がなければ,個人業績評価できず賃金も決定できなかった。被告においては,例年,理事会が5月に開催されることから,4月から5月にかけて,研究室長が,研究室ごとの収支をとりまとめ,「定量評価」を算出し「付加価値計算資料」として被告に提出することとなっていた。しかし,平成16年度,平成17年度においては,原告X1を含む研究室長らが,被告理事の再三の要請を無視して,この「付加価値計算表」提出を拒んだため,被告は「定量評価」の確定ができなくなった。

また,「定性評価」についても,研究室長らは,被告理事の再三の要請を無視し,各職員による一次評価及び上司(研究室長等)による二次評価の結果を記載した「業績評定表」の提出を拒んだため,被告は「定性評価」の確定ができなくなった。

このように,被告は,「定量評価」及び「定性評価」のいずれも確定できなくなったことから,個人業績評価ができなくなってしまった。したがって,平成16年度と平成17年度の賃金が凍結された状態となり,被告収支が悪化しているにも関わらず,これに見合わない賃金が支給され続けてきた。このことが,まさに被告の財政危機を招く直接の原因となった。

被告は,平成17年度における賃金決定方法を次のとおり変更した。

ア 理事自ら「定量評価」及び「定性評価」を行うことにした

イ 「定性評価」を廃止した

ウ 研究室制度を廃止し恣意的な個人業績評価がなされる余地をなくした

具体的には,平成17年9月1日付で新組織を発足し,従来までの受託業務を継承した「研究ユニット」と,研究ユニットの枠を超えた横断型組織としての「企画開発センター」を置き,研究室という組織自体を廃止した。

被告は,上記のような平成16年度までの賃金決定方式の問題点を踏まえ,凍結された期間の個人業績評価を行うこと,業績評価方法の見直し,業績評価の透明化を行うことを,平成17年7月4日の全体会議で伝えるとともに,人件費の一律10パーセント削減を要請した。

その後,被告理事は,同年7月から8月にかけて,各職員の業績評価資料の作成を行った。そして,被告は,同年9月8日から15日にかけて年俸者との間で年俸交渉面談を実施した。

原告らは年俸交渉に応じなかった。そして,平成17年9月の給与支給日である同月22日が到来したため,被告が今回提示した年俸額に基づいた額を振り込むこととした。

(2)  非年俸者である原告X4に対する賃金減額の有効性

【原告の主張】

被告が,原告X4に対して行った研究評価ランクに関する「評価」は,法的根拠がなく,無効である。

使用者が労働者を評価する場合,その評価基準や評価プロセスが労働者に明示かつ周知されていなければならず,使用者は明示されている評価基準や評価プロセスに従って労働者を評価しなくてはならない。

被告は,これまでの非年俸者に対する評価基準や評価プロセスを全く無視した「評価」を行った。

原告X4の研究評価ランクは現在もランク7である。

被告が,原告X4の賃金の減額を平成17年4月にまで8か月分遡及して,平成17年冬期賞与から30万3000円を引き去った行為は,賃金全額払いの原則に反するものである(ママ),違法・無効である。

【被告の主張】

被告は,非年俸者に対し危機的財政状況にあることを十分説明したうえで賃金減額に着手した。具体的には,平成17年7月4日の臨時全体会議で,非年俸者に対しても,理事自ら個人業績評価を実施すること,「定性評価」を廃止すること,研究室制度を廃止すること等を伝えるとともに,人件費の一律10パーセント削減を要請し,当面の問題として夏期賞与について1か月分の削減を要請した。

夏期賞与については,その後,被告従業員会(労働組合)との団交を実施した結果,0.7か月分の削減となった。また,平成17年度冬期賞与については,被告従業員会との交渉の結果,0.8か月削減するということで協力を要請し,評価1ランクの非年俸者については,支給額が1か月分に満たなくなるので0.3か月分だけの削減に留める等の配慮をした。

第3当裁判所の判断

1  証拠等によって認定できる事実

前提となる事実,証拠(各認定事実の末尾に掲記したもの)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認定することができる。

(1)  被告の従前の給与体系

被告の就業規則によれば,第4章の給与で,第43条に,「職員の給与及び退職金については,別にこれを定める。」とあり,給与規則が昭和48年7月2日より実施するとあり,その後改訂を重ねて,平成11年7月5日の実施分まで同給与規則は改定されている。(<証拠略>)

そして,同給与規則によれば,被告の給与体系は,本給と諸手当に大きく分けられ,本給は月額とし,昇給は原則として毎年1回行うとある。

諸手当には,(イ)役職手当,(ロ)資格手当,(ハ)研究・技術・事務手当,(ニ)住宅手当,(ホ)通勤手当,(ヘ)期末手当,(ト)時間外勤務手当,(チ)夜食手当があり,このうち,期末手当は,毎年7月及び12月に業績に応じ勤務成績等を考慮して支給することとされている。

ところで,被告は,上記のような給与規則の存在にもかかわらず,昭和58年ころから,職員の給与については,主として40歳以上(基準としては35歳から希望すれば可能なようであるが)の者について,年俸制による給与条件に関する交渉を毎年行って労使の合意のもとに給与改定を行ってきた。(<証拠略>)

年俸者の賃金決定方法は,前記前提となる事実(4),イのとおり,<1>ないし<4>のように給与改定基準表を参考にして,交渉開始の目安となる提示額を計算するところ,「本給」,「諸手当」及び「臨時賞与支給に関する内規」に基づく「一時金(臨時賞与)」の額を合計して年間支給総額を算定し,年俸交渉してきた。(<証拠略>)

「本給」はベース改定,定期昇給改定を行い,「諸手当」のうち,「研究・技術・事務手当」については,前年度の業績に応じ勤務成績を考慮して個人業績評価を定め,研究室ごとに算出された「定量評価」により7から1までのランクをつけ,さらに,職員個人ごとに算出された「定性評価」によりプラスマイナス1の変動を施す方法によって算出していた。(<証拠略>)

被告は,非年俸者の賃金については,給与規則に基づき,「本給」「諸手当」「一時金」とし,「諸手当」のうち「研究・技術・事務手当」については,個人業績評価により年俸者と同様に「定量評価」と「定性評価」により算出していた。(<証拠略>)

(2)  被告の給与決定方法の詳細

「定量評価」とは,各研究室ごとの業績を評価するもので,「付加価値額(研究室の受託金額から業務経費を控除した額)」を,「基礎(目標)付加価値額(あらかじめ設定された目標の付加価値額)」で除した値(業績評価資料における「粗目標比率」)により算出され,最終的にはこの達成度を7ランクに分けて評価ランクを決めていた。なお,「基礎(目標)付加価値額」とは,所属部署の人件費と研究所間接費の負担額によって構成され,過去10年以上にわたって人件費の2.1~2.2倍となっている。(<証拠略>)

被告においては,例年,4月から5月にかけて,研究室長が,研究室ごとの収支をとりまとめ,「定量評価」を算出し,「付加価値計算資料」として被告に提出することになっていた。(<証拠・人証略>)

「定性評価」とは,各研究員個人の業績を評価するもので,算出方法は,各職員が評価項目ごとに5ランクで自己採点し,次いで上司(研究室長等)の採点,理事の採点を経て,最終的な評価値を定める。(<証拠略>)

この「定性評価」は,「定量評価」そのままのランクとするか,プラスマイナス1とするかの判定に用いられていた。(<証拠略>)

年俸の支払方法は,毎年4月から年俸交渉月までに支払われた支給額を年俸額から差し引き,残りを希望に応じて按分する支給方法が定着しており,夏期と冬期の賞与に各1か月分を配分して14分割としたり,12分割で均等月割りとしたり,賞与分に多く配分する者など様々であった。

(3)  平成15年度,平成16年度の給与支給状況

被告における従来の賃金決定方法では,「付加価値計算資料」及び「業績評定表」の提出が研究室長らからなければ個人業績評価ができなかったところ,平成15年度,平成16年度においては,原告X1を含む研究室長らが,「付加価値計算表」の提出を拒んだ。(<証拠略>)

そのため,被告は,「定量評価」及び「定性評価」がいずれも確定できず,個人業績評価ができなかったことから,平成15年度と平成16年度の賃金については,平成14年度の給与のまま凍結されて支給された。(<人証略>)

(4)  被告における平成17年度の給与支給に関する対応

ア 被告の経営事情が悪化し,債務超過の状態にあることが平成17年度の7月に判明したことから(<証拠略>),被告は,人件費が被告の経営を圧迫しているとの認識に立ち,組織体制を従来の研究室制を廃止して,研究ユニットと企画開発センターに改編した上で,給与体系も,個人業績評価の仕方を改め,従前は研究室長らが作成していた「付加価値計算資料」及び「業績評定表」を理事自ら作成することとして「定量評価」をし,「定性評価」を廃止した。(<証拠略>)

イ 被告は,平成17年9月からの新体制への移行を期し,同年7月以降,人件費以外の経費節減にも努め(<証拠略>),同年7月4日には全体会議を開いて平成17年度の収支見込みや削減項目の大要を示し(<証拠略>),理事長から決算状況が赤字で支出を圧縮する必要のあること,非年俸者の夏期賞与は1か月程度とし,年俸者もそれに対応する措置を取ること,就業規則の見直しをすること,続いてA常務理事から組織再編についていましばらくかかること,夏期賞与の支給についての詳細などの説明があり,職員からの質問には理事長とAが答えており,役員の責任問題や新室長問題が議論され,賞与について従業員会(組合)と団交中であることや役員の賞与カットが10パーセントなのに従業員に1か月分カットが妥当なのかなどの疑問が提起されている。(<証拠略>)

ウ 被告は,同年7月19日に,平成17年度夏期賞与を同月25日に非年俸者には1.3か月分を支給すること,年俸者とはこれを踏まえて年俸交渉をすることなどを職員各位に宛てて通知している。(<証拠略>)

エ 被告は,その後,職員個人との意見交換を重ね,同年8月22日には臨時研究部会議を開催し基本方針と今後の予定を説明・提示している。(<証拠略>)

オ しかし,職員の給与制度改定については,被告からはこの時点までには明確な説明あるいは文書による説明がなされていない。

カ 被告は,平成15年6月及び8月ころに年俸制に関する規程を作成して全体会議で給与規則を改定する試案を出しているようであるが,規程は正規には改定されていない。(<証拠略>)

キ このような状況下で,被告は,平成17年9月9日から15日にかけて年俸者と年俸交渉をし,同年10月以降は,交渉で合意に至らなかった者との交渉をし,非年俸者とは同年12月に希望者と面接を実施している。

その間,被告の理事は,同年7月から8月にかけて,総務部の決算データをもとに個人業績評価を実施し,平成15年度,平成16年度及び2年度通算の3種類の評価をしている。(<証拠略>)

(5)  原告ら(X4を除く)の平成14年度から平成16年度までの給与

原告X1の年俸は,一時金を除いて,平成14年が980万円で月額支払額が65万円,夏期と冬期の賞与支払額が各100万円,平成15年と平成16年が,いずれも1200万円で月額支払額が65万円,夏期と冬期の賞与支払額が各210万円であった。(<証拠略>)

原告X3の年俸は,一時金を除いて,平成14年が960万円で月額支払額が65万円,夏期と冬期の賞与支払額が各90万円,平成15年と平成16年が,いずれも1100万円で月額支払額が70万円,夏期と冬期の賞与支払額が各130万円であった。(<証拠略>)

原告X5の年俸は,一時金を除いて,平成14年が890万円で月額支払額が57万円,夏期の賞与支払額が80万円と冬期の賞与支払額が126万円,平成15年と平成16年が,いずれも800万円で月額支払額が50万円,冬期の賞与支払額が200万円であった。(<証拠略>)

原告X2の年俸は,一時金を除いて,平成14年が900万円で月額支払額が57万円,夏期の賞与支払額が105万円と冬期の賞与支払額が111万円,平成15年と平成16年が,いずれも1000万円で月額支払額が83万3000円であった。(<証拠略>)

(6)  原告らの平成17年度の給与

ア 年俸者原告らについて

被告は,平成17年3月31日付で,研究部幹部並びに研究員に宛てて平成17年度の年俸交渉に向けて,業務成績等の提出を同年4月8日までに提出するよう業務命令を発した。(<証拠略>)

しかし,研究室長らからの上記書類の提出が得られなかったので,被告は,受託実績収支をもとに個人業績評価を被告の理事が自ら行い(<証拠略>),年俸者らとの交渉に当たった。

被告は,年俸交渉で合意に達しなかった年俸者原告らの給与を,今後の交渉による確定・清算を予定しつつも,次のとおりに被告において暫定的に積算した上で支給している。(<証拠略>)

(ア) 原告X1について(<証拠略>)

原告X1の賃金は,従前は年額1200万円であった。支払方法は,毎月65万円を支給し,夏期と冬期の賞与時期に,各210万円を加算して支払うというものであった(実際に平成17年4月から8月までの月額給与支払額と同年7月の賞与は当該額で支給されている。)。

被告は,平成17年9月,同年度の原告X1の賃金総額を752万9000円とした。

そして,同年4月から8月までに既に支払われている535万円(65万円×5か月+夏期加算分210万円)を752万9000円から控除した217万9000円を,平成17年度に被告が原告X1に支払う賃金残額とし,21万3000円を原告X1の賃金月額としている。

また,被告は,原告X1の冬期加算分の賃金を,従来の210万円から68万6700円に減額した。

しかし,原告X1は,被告の賃金減額に同意していない。

(イ) 原告X2について(<証拠略>)

原告X2の賃金は,従前は年額1000万円であった。支払方法は,毎月83万3000円を支給し,差額4000円は年度末の3月分のみ83万7000円を支払うというものであった(実際に平成17年4月から8月までの月額給与支払額は当該額で支給されている。)。

被告は,平成17年9月,同年度の原告X2の賃金総額を660万3258円とした。

そして,同年4月から8月までに既に支払われている416万5000円(83万3000円×5か月)を660万3258円から控除した243万8258円を,平成17年度に被告が原告X2に支払う賃金残額とし,34万8000円を原告X2の賃金月額としている。

しかし,原告X2は,被告の賃金減額に同意していない。

(ウ) 原告X3について(<証拠略>)

原告X3の賃金は,従前は年額1100万円であった。支払方法は,毎月70万円を支給し,夏期と冬期の賞与時期に,各130万円を加算して支払うというものであった(実際に平成17年4月から8月までの月額給与支払額は当該額で支給されている。)。

被告は,平成17年9月,同年度の原告X3の賃金総額を951万9500円とした。

そして,同年4月から8月までに既に支払われている480万円(70万円×5か月+夏期加算分130万円)を951万9500円から控除した471万9500円を,平成17年度に被告が原告X3に支払う賃金残額とし,53万3000円を原告X3の賃金月額としている。

また,被告は,原告X3の冬期加算分の賃金を,従来の130万円から98万9300円に減額した。

しかし,原告X3は,被告の賃金減額に同意していない。

(エ) 原告X5について(<証拠略>)

原告X5の賃金は,従前は年額800万円であった。支払方法は,毎月50万円を支給し,冬期の賞与時期に,200万円を加算して支払うというものであった。

被告は,平成17年9月,同年度の原告X5の賃金総額を699万3760円とした。

そして,同年4月から8月までに既に支払われている250万円(50万円×5か月)を699万3760円から控除した449万3760円を,平成17年度に被告が原告X5に支払う賃金残額とし(月例賃金50万円は変わっていない。),冬期加算分の賃金を,従来の200万円から99万4000円に減額した。

しかし,原告X5は,被告の賃金減額に同意していない。

イ 非年俸者(原告X4)について(<証拠略>)

被告は,平成17年12月6日付で,非年俸者職員各位に宛てて冬期賞与の支給について12月9日に支給すること,平成15年,16年の業績評価に基づき査定し,研究所の平成17年度の収支に鑑み甲第14号証ないし(証拠略)別表賞与支給基準の評価ランクごとに支給する旨通知している。

被告は,同年12月9日付書面で,原告X4へは平成17年度の業績評価ランクが4(研究手当が15.0パーセント)となる旨通知している。(<証拠略>)

原告X4の賃金は,従前は基本給25万2500円,資格手当1万7000円,研究管理手当7万5750円,住宅手当2万2200円,通勤費1万0170円の合計37万7620円であった。

被告は,平成17年12月9日,原告X4の研究評価ランクをランク7から,ランク4へと評価を変更した。

この結果,原告X4の賃金の内,研究管理手当は,平成17年12月支給分の給与から,これまでの7万5750円から3万7875円へと半減された。

しかし,原告X4は,被告の賃金減額に同意していない。

また,原告X4の冬期賞与は,ランク4を前提に,基本給25万2500円×2.5か月分の63万1250円とされ,平成17年4月から同年11月までの8か月分につき従前との賃金減額月額差額である3万7875円に8をかけた30万3000円を賞与から引き去った後の32万8250円が支給されている。(<証拠略>)

2  争点(1)(年俸者)について

(1)  前提となる事実,前記認定事実及び文中に掲記した証拠からは以下の事実が認められる。

ア 被告には,給与規則が就業規則の一部として存在し,給与体系が本給と諸手当に大きく分類されている(その他臨時に業績と評価に基づき一時金が支給されることがある。)。本給は毎年定期に昇給されるのが原則とされ,諸手当のうち,研究手当については,個人業績評価により年俸者及び非年俸者ともに「定量評価」と「定性評価」により算出されていた。

イ 被告では,そのような個人業績評価の方法については給与規則に規定化されていないものの,相当以前から実施されており,当該評価資料は研究室長らが「付加価値計算資料」及び「業績評定表」を一定時期までに提出し,これに基づいて被告が職員各人のうち40歳以上(希望すれば35歳から)の年俸者とそれ以外の非年俸者ごとに各年度の基準基本給表及び目標付加価値額達成成績表をもとに算定していた。そして,年俸者とはこれら算定資料に基づき個別に面談して年俸につき毎年合意を交わしていたことが認められる。

ウ ところが,平成15年ころから被告からの各研究室長への個人業績評価のための資料を要求しても提出が拒まれるに至った。そのため,被告は,平成15年度及び平成16年度の2カ年間は,職員への個人業績評価を実施せず,従前の給与水準をそのまま維持する形で給与を支給してきている。

エ しかし,被告の収入状況が悪化し,平成17年度には大幅な赤字が予想されたことから,被告は,様々な経費圧縮を試みる中で,人件費についても相当程度の圧縮が必要であり,そうであるにもかかわらずここ2年間は研究室長らが必要な資料を提出せずに業績査定ができなかったり,年俸交渉ができない状況が続いていた。

そのため,被告は,平成17年7月以降,組織体制を改めて理事が直接に年俸者及び非年俸者の給与を取り決めることとした。

ところが,年俸者原告らは,被告が決めた給与体系に基づく今回の年俸金額交渉に同意しなかった。

(2)  以上の事実経過から検討するに,被告においては,労使間に給与の取り決め方において,相当以前から年俸による給与交渉を毎年一定時期に行い合意によって取り決めてきたことが認められ(前提となる事実(3),イ),当該年俸制は給与規則には規定がないものの,労使慣行になっていたものと認められる。

ところが,そのような慣行のもと,研究室長らが年俸(あるいは非年俸者の個人業績評価)の取り決めのための基礎資料等の提出を拒むようになったことや受託実績収支に基づく被告の収入が大幅に減少したことから,被告は組織編成替え並びに給与体系及び給与支給決定方法の変更に着手している。その際に,従来も就業規則の一部である給与規則の改定をせずに行っていた給与体系及び給与支給決定方法の変更を平成17年7月以降にとりかかり,全体会議,臨時研究部会議といった場を通じて説明し,職員の同意を得ようとしたが,急な提案であったことから原告らのように一部の者らからは了解を得られない状況にあることが窺える。

(3)  本来,被告において給与支給をするための資料を提出すべきなのにこれを出さない研究室長らは業務命令違反であり,そうであるにもかかわらず資料が得られない場合に,被告としては,被告の経営事情に照らした合理性のある給与金額を算定できる余地は十分にあるものと思われる。

ところで,経営者が,経営事情から組織改編や給与制度を変更することは経営権の行使として当然にありうることである。ただし,そのような変更が労働者の労働条件にとって不利益となる場合には,就業規則があればこれによるべきであり,そうでなければ少なくとも当該不利益を受ける労働者の同意がなければ変更はできないことになる(労働組合があれば,労働協約を締結すべきであるし,少なくとも労働者の代表者との合意が必要となる。)。特に既に労働契約の内容となっていて,労働条件の中核をなす給与の減額については,制度として変更する場合にはその必要性及び合理性が強く求められているものと考えられる。

しかるに,前記認定事実及び証拠(<証拠略>)によれば,被告は,平成14年7月に新宿労基署によって年俸制による給与支給取り決めを一部の労働者としているにもかかわらず就業規則(給与規則)に定めず労基署にも届け出ていないことにつき是正勧告を受けていること,その後平成15年6月から8月にかけて被告は年俸制に関する規程の試案を作成しているが給与規則なり就業規則の改定には至っていないことが認められる。

(4)  そのような場合に,被告が今回のように給与規則なり就業規則を変更することなく組織編成を改め,給与支給方法や取り決め方を改めることがこれに同意していない労働者に対する関係で認められるかが問題となる。

被告は,経営における収支の状況から,収入に照らして人件費の割合が高くなってきていてこれを圧縮する必要性があることを主張し,これを立証しようとするが,今回の組織編成替え,給与体系及び給与支給決定方法の変更について従業員会(組合)とどのように話し合ったのか状況の詳細が明らかではないこと,被告の言い分によっても未だ被告が取り決めた今回の給与支給方法及び金額が確定的なものではなく,話し合いの途上にある中で暫定的に試算したものを実際の支給に適用していること,しかも,例年確かに被告の決算年度である期初の4月に遡って期中である7月に変更された各職員についての給与金額を一定時期の給与なり賞与から控除あるいは加算することにより精算することがなされていたようであるものの,今回はそのような精算がいつの分の給与からなされるのかなどについて事前に労働者に周知徹底が図られていないように見受けられる。

被告は,このような就業規則の変更によらなくとも,さらには労働者との個別の合意がなくとも,必要性,合理性があり,説明義務を尽くしていれば組織編成替え,給与体系及び給与支給決定方法の変更並びにこれに基づく給与減額は可能であると主張するが,従業員らの同意なり組合あるいは労働者の過半数を代表する者との協定なり合意がないにもかかわらず,被告が規定の整備・改定といった本来やれるべきことをせずに一足飛びに従来の慣行を一方的に改めることは難しいものといわなければならない。とりわけ,労働契約の中で最も重要な労働条件である賃金(給与)を減額する場合は,従業員の同意を得ることなく一方的に不利益に変更することはできないというべきであるから,被告のこの点の主張は採用できない。

この点,被告は,年俸制であることを理由に期初からの減額は可能であると主張する。

そもそも給与体系及び給与支給決定方法を変更した上で,それに則り年俸者原告らの給与を大幅に減額しているのであるから,まず,給与計算の前提となる給与体系及び給与支給決定方法の変更について合意を取り付けた上で年俸額を決定すべきであり,改定した年俸額も従来は交渉による合意に基づいて行っていたのであるから,最大限合意に向けた努力をすべきであるはずである。

しかるに,前提となる事実(5)及び前記認定事実(3),(6)によれば,平成15年度,平成16年度と賃金支給額を凍結しておいて,平成17年7月になって被告は一方的に組織編成替え,給与体系及び給与支給決定方法の変更をしていること,上記について原告らと合意に達することなく,これに則り年俸額を減額して取り決めていることが認められる。

このような被告の対応・措置は,年俸制であることをもって正当性を説明できるものではなく,変更後の制度の合理性も基礎付けることができていないものといわなければならない。

また,被告において今回の改定あるいは給与支給額決定方法,取り決められた給与支給額を遡って精算する方法等についての説明義務も十分尽くしたとは見ることができない。

そして,実際に原告らに適用された給与の支給が,前記認定事実(6)からすると,大幅な減少となっていて,これを緩和するような配慮が被告からなされていない。

(5)  このように被告によるやむを得ない状況下での給与支給決定経過であったとしても,慣行化していた給与決定方法や給与支給方法が何ら明文化されておらず,これまでの被告の制度構築の仕方に問題があったこと,平成15年,平成16年と経営状況にかかわらず給与支給金額と方法について凍結状態のままで支給が続けられて来ている状況からすると,それまでの被告の対応からは平成17年度の被告の対応が唐突で職員らに対して説得力に欠けるものであったことが窺われる。

それゆえ,労働者である年俸者原告らの同意がない以上,被告が一方的に給与支給額決定方法の変更,支給(精算)の仕方を取り決めて,結果として給与を大幅に減額して支給していることには年俸者原告らに対する関係で有効性が認められず,年俸者原告らは期限の定めのない雇用契約を締結して継続的な労働契約を被告と交わしていること,年俸制といってもその給与体系の内訳は本給は定期に昇給することが原則とされており,給与の支給条件においても前年度の積み重ねの上に条件決定がなされるであろう合理的期待が生じていると思われること,実際に被告は,平成15年度及び平成16年度における給与の支給を前年と同様に実施していることからすると,平成17年度も給与条件についての労働者の過半数を代表する者との合意あるいは就業規則の改定による条件が整わない場合には,前年度実績の給与をとりあえず継続して支給すべきことになるものというべきである(被告は必要性と合理性に裏付けられた制度の整備,これに基づく給与制度の改定の周知徹底が急がれるものである。)。

(6)  それゆえ,年俸者原告らは,既支給分については従前の給与金額との差額を請求できるとともに,少なくとも平成17年度及び平成18年度の交渉妥結なり年俸金額確定までは前年度実績による給与を支給すべきことになる。

3  争点(2)(原告X4)について

前提となる事実(4),ア及び前記認定事実(1)ないし(3)によれば,非年俸者である原告X4の給与については,年俸者と同様な個人業績評価に基づき研究手当が決められて支給されていたこと,平成15年度及び平成16年度については,同原告の上司である研究室長の原告X1が評価資料を提出しなかったために,いずれも前年度実績に基づく支払がなされてきたことが認められる。

しかるに,前提となる事実(6)によれば,平成17年度については,冬期賞与支給を取り決める際の業績評価によるランクを同年12月9日に研究評価ランク4(研究手当15.0パーセント)として通知し,その後,これまで研究管理手当が月額7万5750円で支給されていたところを同年12月以降の月例給与から月額3万7875円に減額した上で,平成17年4月から11月までの同研究管理手当の過払いを冬期賞与支給額からまとめて控除している。

被告は,このような措置を取ることを各職員に全体会議あるいは個別に説明しているというが,「定性評価」の廃止を事前に明確に説明しているかどうか疑問であり,精算方法についても事前に説明した様子が窺われない。

確かに,前記2,(3)のように使用者には,従業員の勤務評価をして給与額を決定する権限があり,本件における研究手当については,非年俸者についても「定量評価」と「定性評価」を組み合わせた年俸者と同様な個人業績評価の労使慣行が形成されていたことが認められる。しかし,従前のそのような労使慣行は労働者との契約内容に取り込まれていて,使用者が一方的に変更を自由にできるものとまではいえない。特に,制度・体系の労働者にとっての不利益な変更がある場合には前記2,(4)で判断したように就業規則なり給与規則の改定,その周知徹底及び改定の内容が必要性に裏付けられていて合理的なものでなければならない。

本件では,被告が行った給与体系の変更とりわけ定量評価の一次評価が直属の上司である研究室長あるいは組織改編後のユニット長にはなくなり,理事が評価すること,「定性評価」を廃止することについて,事前の説明が明確に行われているとは認められない。また,12月からの給与減額のほかに,平成17年度の4月から11月までの研究手当の過払い分を12月の冬期賞与の支給額から控除して精算することについても十分周知されていたかどうかは疑問である。そして,従前の労使慣行による前提となる事実(3),イと同様の精算が非年俸者について有効になされているとしても,このことゆえに今回の被告の措置が正当化できるものとは考えられない。

したがって,被告の原告X4に対する平成17年12月以降の賃金減額は無効であり,現実の支給額と従前に支給を受けていた金額との差額(平成17年12月分と平成18年1月分)を被告は原告X4に支払うべきであり,その後の月例給与についても従前の支払額が支給されるべきである。ただし,賞与については,前記認定事実(6),イのようなランク4による冬期賞与の計算方法によったとしても,原告X4が主張するような従前の3.3か月分(基本給については変化なし)が保証されているわけではないので,その性質上,会社の業績状況から金額について被告である使用者が必要に応じて加減できるものであることからすると,平成17年12月の支給総額自体には違法な減額とまでは見ることができないものというべきである。

そうすると,原告X4については,平成17年12月と平成18年1月の給与における研究手当の各差額分3万7875円及び平成17年12月の賞与の支給額63万1250円から引き去った30万3000円の被告の取り扱い分には賃金の未払があることになる。

4  以上によれば,原告らの請求のうち,年俸者原告らの請求にはいずれも理由があることになるのでこれを認容し(但し,本判決確定後の履行期到来後の賃金支払に関する請求部分はあらかじめ請求する必要があるとはいえず確認の利益がないので却下する。),原告X4の請求のうち30万3000円と3万7875円の2か月分(平成17年12月と平成18年1月)の合計額37万8750円及び別紙支払期日一覧表<5><略-編注>の請求金額欄記載の各金額に対する遅延損害金並びに平成18年2月以降も減額前の研究手当との差額支給を求める限度で理由があるのでこれを認容し,その余は理由がないので棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 福島政幸)

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