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東京地方裁判所 平成18年(ワ)20585号 判決 2007年3月26日

原告

株式会社 三愛

代表者代表取締役

佐藤義明

訴訟代理人弁護士

熊谷明彦

和田希志子

松永暁太

被告

西松建設株式会社

代表者代表取締役

國澤幹雄

訴訟代理人弁護士

高野康彦

五百田俊治

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(1)  訴外学校法人東北文化学園大学が被告に対して行った、平成一六年三月二五日の四億円、同月三一日の九億四九五〇万円、同年四月二二日ころの三億円の弁済を、原告の債権額金四億五一二〇万八三五五円の限度において取り消す。

(2)  被告は原告に対し、金四億五一二〇万八三五五円を支払え。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

(4)  この判決第二項は、仮に執行することができる。

二  被告の本案前の答弁

(1)  本件訴えを却下する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告の本案の答弁

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(1)  被保全権利

原告は、平成一六年三月二三日、訴外学校法人友愛学園(以下「友愛学園」という。)に対し、返済期を平成一六年一一月三〇日、利息を年七%と定めて、一五億円の金員を貸し付けた。

訴外学校法人東北文化学園大学(以下「東北文化学園大学」という。)は、同日、友愛学園の上記債務につき、原告に対し、連帯保証した。

(2)  詐害行為

東北文化学園大学は、被告に対し、未払い請負代金の弁済として、平成一六年三月二五日に四億円、同月三一日に九億四九五〇万円、同年四月二二日ころに三億円を支払った。

(3)  債務者の無資力

(2)記載の弁済時点で、東北文化学園大学は債務超過の状態にあった。東北文化学園大学は、この弁済の結果、事業の継続が不可能となり、平成一六年六月二一日に東京地方裁判所に再生手続開始の申立てをし、同月二八日に再生手続開始の決定を受けた。なお、東北文化学園大学の再生手続においては、再生計画認可の決定が確定し、現在、民事再生法一八六条の規定により再生計画の遂行中である。

(4)  債務者の悪意及び被告の悪意

東北文化学園大学は被告と通謀して、他の債権者を害する意思をもって、(2)記載の弁済行為をした。

(5)  よって、原告は、詐害行為取消請求権に基づき、東北文化学園大学の被告に対する平成一六年三月二五日の四億円、同月三一日の九億四九五〇万円、同年四月二二日ころの三億円の弁済を、原告の(1)の残債権額である四億五一二〇万八三五五円の限度において取り消すこと及び、同額を原告に支払うことを求める。

二  被告の本案前の主張

(1)  原告は、以下の理由により、当事者適格を有しないので、本件訴えは不適法であり却下されるべきである。

(2)  民事再生法一三五条一項が監督委員又は管財人のみが否認権限を有すると定め、同法四〇条の二が再生手続開始当時係属する再生債権者からの詐害行為取消訴訟及び否認の訴訟の訴訟手続が中断すると定めていることから、法は、再生手続における統一的、画一的処理の実現のため、監督委員又は管財人のみが、総債権者の利益のために、再生債権者を害する行為を否認することを予定していると考えられ、個々の再生債権者が民法四二四条の規定によって訴訟を提起することは認められない。

(3)  破産手続係属中の破産債権者による民法四二四条の規定による訴え提起は不適法とする判例(大審院昭和四年一〇月二三日判決民集八巻一一号七八七頁)があり、民事再生法においてもこれと同様に解するべきである。

ア 民事再生手続においては、再生計画案の可決・認可にむけて集団的な利害調整が行われ、再生計画案の認可に必要な可決は、再生債権者相互、再生債権者と再生債務者の集団的な利害調整の結果の反映であるが、個別の再生債権者に詐害行為取消請求権を認めると、再生計画案への同意等の前提が失われ、このような事態は、民事再生法等の倒産処理法の予定しないところである。

イ 再生債権者が「再生債権者を害する行為」があると判断した場合には、監督委員や裁判所に否認権の行使を求めれば足り、再生債権者による詐害行為取消請求権を認めなくても再生債権者を不当に害することとはならない。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

(1)  否認権が行使されないまま否認権行使の除斥期間(民事再生法一三九条)が経過し、再生手続が終了した場合には、再生債権者は詐害行為取消訴訟の除斥期間(民法四二六条)内であれば訴え提起は可能であると考えられる(民事再生法第一四〇条三項、四項参照)。

再生手続終了までの間に詐害行為取消権の除斥期間が経過して訴え提起が不可能になることもあることを考えると、監督委員が選任された再生手続における再生計画認可決定後や否認権の除斥期間経過後は、再生債権者からの詐害行為取消請求は可能になると解するのが妥当である。

(2)  民事再生法一三九条の否認権の除斥期間経過後については、統一的、画一的処理という民事再生法一三五条、四〇条の二の趣旨は妥当しない。

(3)  否認権限を有する監督委員が詐害行為取消訴訟等を受継した後に再生手続が終了すると、当該訴訟手続は再度中断し、再生債権者が受継する(民事再生法一四〇条四項)。これは、再生手続進行中に未解決の詐害行為取消訴訟が継続し、再生手続終了後にそれが続行することがありうることを前提とする規定である。詐害行為取消訴訟が再生手続終了後も残ることはあり得るのである。

(4)  行使すべき否認権を監督委員が行使しない場合には、再生債権者の利益が不当に害されることになる。

四  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1)の事実は知らない。

(2)  請求原因(2)の事実は認める。

(3)  請求原因(3)の事実のうち、東北文化学園大学の再生手続開始の申立て及びその後の再生手続の進行状況に関する部分は認め、その余の事実は知らない。

(4)  請求原因(4)の事実は否認する。被告は、東北文化学園大学から弁済を受けた当時、原告を害すべき事実を知らなかった。

理由

一  本件の経緯

甲号各証及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

(1)  平成一六年三月二三日、原告は、友愛学園に対し、弁済期を平成一六年一一月三〇日、利息を年七%と定めて、一五億円の金員を貸し付けた(甲一)。

東北文化学園大学は、同日、原告との間で、東北文化学園大学が友愛学園の前記債務を連帯保証する旨の契約を締結した(甲一)。

なお、東北文化学園大学と原告は、平成一六年三月三一日、東北文化学園大学がその所有不動産につき原告のために根抵当権(極度額一五億円、債権の範囲は原告の友愛学園に対する金銭消費貸借契約に基づく債権)を設定することを内容とする契約を締結した(甲二)。

(2)  東北文化学園大学は、被告に対し、未払い請負代金の弁済として、平成一六年三月二五日に四億円、同月三一日に九億四九五〇万円、同年四月二二日ころに三億円を支払った(当事者間に争いがない。)。

(3)  平成一六年六月二一日、東北文化学園大学は、東京地方裁判所に再生手続開始の申立てをし、平成一六年六月二八日、再生手続開始決定があった(当事者間に争いがない。)。なお、友愛学園についても、東北文化学園大学と同時に再生手続開始の申立て及び再生手続開始決定があった。

(4)  東京地方裁判所は、平成一六年六月二一日、東北文化学園大学につき、民事再生法五四条の規定による監督命令を発し、奈良道博弁護士が監督委員に選任された。

(5)  原告は、平成一六年七月二四日、東北文化学園大学の再生手続において、前記(1)の連帯保証契約に基づく一五億円の債権につき再生債権の届出をした。当該届出においては、別除権行使によって弁済を受けることができないと見込まれる額(民事再生法九四条二項)は〇円とした。

(6)  東北文化学園大学の再生手続においては、平成一六年一一月一八日に再生計画案が提出され(民事再生法一六三条)、同年一二月二二日に債権者集会において再生計画案が可決され(民事再生法一七二条の三)、その後東京地方裁判所は再生計画認可の決定(民事再生法一七四条)を行い、当該決定は平成一七年一月二七日に確定した。

(7)  原告の東北文化学園大学に対する(1)の連帯保証債権は、別除権の実行に代わる弁済(主債務者である友愛学園からの原告に対する弁済を含む。)によっても、なお、全額の満足を得ることができない状態にある。(6)記載の再生計画においては、原告は、別除権不足額が確定していない債権者(民事再生法一六〇条参照)とされ、別除権不足額が確定したときに権利変更の一般的基準(民事再生法一五六条、本件においては五〇万円以下全額弁済、一〇億円以下五%、一〇億円超四%を認可後三箇月以内に一〇〇万円、残余を平成一八年から同二一年まで毎年四分の一ずつ弁済とするもの)の定めを適用するものとされた。

(8)  東北文化学園大学の再生手続は、監督委員が選任されている場合に該当し、かつ、再生計画認可決定確定後三年経過していないので、まだ終結していない(民事再生法一八八条二項)。

二  争点に対する判断

(1)  本件においては、再生手続中に再生債権者による詐害行為取消権の行使が認められるかどうかが問題となる。当裁判所は、再生手続開始決定があった後再生手続が進行中の状態の下においては、再生債権者の有する再生債権に基づく詐害行為取消権は、行使することができなくなるものと判断する。その理由は、(2)以下のとおりである。

(2)  詐害行為取消権と否認権は、いずれも、債務者が無資力状態にあり、かつ、債権者を害する行為があった場合に、債務者の財産を保全して総債権者の利益を図ることを目的とする規定である。

民事再生法等のいわゆる倒産法制に属する法律においては、否認権についての規定がある。このことからすると、民法四二四条の詐害行為取消権は、債務者が経済的破綻状態にあるが、法的倒産手続に入っていない場合における債務者の財産の保全を図ることを目的とした規定であるとみられる。

民事再生法による再生手続などの法的倒産手続においては、画一的、統一的な処理を図ることにより債権者間の公平を図っている。倒産手続開始決定後は、各債権者の個別的権利行使による無秩序な債権回収競争を防ぐため、債権者の個別的な権利行使は原則として禁止されている(民事再生法三九条から四一条まで等)。債権者を害する行為についても、個別の債権者による権利行使は予定されておらず、否認権の行使権限を倒産手続の機関(監督委員など)に帰属させて、すべての債権者に平等に債務者の財産の保全の効果が及ぶようにしている(民事再生法五六条、一三五条等)。破産配当や再生計画案の作成の基礎となる債務者の財産状況がすべての債権者について同一でなければ、集団的な利害調整を経た公平・平等な破産配当や再生計画の策定ができないからである。

また、法的倒産手続は、目的を遂げて成功裡に終わる場合もあれば、目的を遂げずに失敗に終わる場合(民事再生法一八九条の規定による再生計画の取消、同法一九一条から一九四条までの規定による再生手続の廃止等)もある。ところで、法的倒産手続が成功に向けて進行している場合又は成功裡に終了する場合には、倒産手続中又は手続終了後に倒産債権者(再生債権者、破産債権者など)に倒産債権(再生債権、破産債権など)に基づく詐害行為取消権の行使を認める必要性は、通常は見当たらない。まず、再生手続においては、再生債権は再生計画認可決定の確定により、実体法上、再生計画の定め(通常は民事再生法一五六条の一般的基準)に従って変更されてしまい(通常は一部が消滅し、残部が履行期の到来していない将来債権となる。例えば九〇%免除の上残一〇%を五年間の均等割賦弁済。民事再生法一七九条)、このような変更後の再生債権の履行の見込みがないときは再生計画は認可されない(民事再生法一七四条二項二号)こととされている。このように実体法上変更された再生債権が認可された再生計画に従って履行されている限りは、再生債権者の有する変更後の債権につき債務不履行(履行遅滞)はなく、将来の履行期到来時に弁済されないおそれがあると判断されることもないのが通常であり、詐害行為取消権の要件を満たすことはないとみられるからである。この点は更生手続においても、基本的に同様である。破産手続においては、破産配当後、個人破産者は免責されるのが通例であり、法人破産者は法人が消滅するのであるから、破産債権に基づく詐害行為取消権は、行使する余地がなくなるのが通例である。また、再生手続認可の決定の確定前であっても、再生手続が成功に向けて進行している途中においては、再生手続成功の暁には前記のように詐害行為取消権を行使できなくなるのが通例であるから、その準備段階においても詐害行為取消権の行使を認める必要性がないとみるのが無理のないところである。

民事再生法一八九条の規定により再生計画が取り消され、同条七項の規定により再生債権者の権利が原状に復した場合であって、民事再生法二五〇条の規定による破産手続開始決定もないときには、後記(5)説示のような別途の考慮をすれば足りるものと考えられる。

民事再生法四〇条の二が、再生手続開始前に提起された詐害行為取消訴訟が中断すると規定しているのも、再生手続中は詐害行為取消権は新規には行使できないこととして、必要があれば否認権(又は民事再生法一四〇条一項の監督委員等による詐害行為取消訴訟の受継)によって対応しようという考え方によるものと考えられる。

(3)  民事再生法中には、再生手続終了後に再生手続開始当時係属していた詐害行為取消訴訟を再生債権者が受継することを定めた規定(民事再生法四〇条の二第七項等)がある。しかしながらこの場合の「再生手続終了」とは、再生の目的を遂げずに失敗したことによる終了(再生手続の廃止など)の場合であることは、解釈論上明らかである。再生手続が目的を遂げずに終了し、かつ、民事再生法二五〇条の規定による破産手続開始決定もないが、なお債務者が経済的破綻状態にあり、詐害行為もあると主張する債権者が存在する場合には、その債権者による詐害行為取消権に基づく訴訟の遂行を認めざるを得ないというに過ぎないのである。

(4)  再生手続開始後は、詐害行為や否認すべき行為があると考える債権者は、監督委員や裁判所に対して否認権の行使を促せば足りるものと考えられる。行使すべき重要な否認権を行使しないことを前提とした再生債務者の財産状況を基礎として作成された再生計画は、再生債権者の一般の利益に反する(民事再生法一七四条二項四号)ものとして、裁判所の認可が得られず再生の目的を達することができないものと考えられ、監督委員や裁判所もこの点を考慮して否認権の行使の当否を検討するはずであるからである。もちろん、否認権行使の費用対効果や行使の結果確定までに要する時間その他の事情を考慮した上での否認権を行使しないという決断が監督委員や裁判所によってされたとしても、その判断内容が合理的なものであれば、そのことが債権者の一般の利益に反するものではないことは、当然のことである。

(5)  債権者が詐害行為取消権を行使することを決断して訴訟提起準備中(訴訟提起前)に再生手続開始決定があり、当該再生手続が再生の目的を遂げずに終了した(民事再生法二五〇条の規定による破産手続開始決定もなかった。)が、その時には民法四二六条所定の二年の時効期間が経過してしまっていた場合には、当該債権者の権利が害されるとも考えられる。

しかしながら、このような場合には、民法一五八条から一六〇条までの規定の趣旨を準用して、再生手続終了後六箇月が経過するまでは民法四二六条所定の二年の時効は完成しないものと解すれば足り、このようにして当該債権者の利益が守られるのである。

(6)  以上のとおり、本件のように、再生手続開始決定があった後、再生手続が進行中の状態の下においては、再生債権者は再生債権に基づき詐害行為取消権を行使することは、実体法上許されないものと解すべきである。したがって原告の請求は、理由がないことに帰する。

(7)  なお、本件で問題となるのは、原告の有する詐害行為取消権の行使の要件についての実体法の解釈問題であり、当事者適格の点は問題とならない。原告は、他人の権利を裁判上行使すると主張するものではなく、自己の権利としての詐害行為取消権の存在を主張して、形成判決と給付判決を求めている(確認判決を求めているものでないから、確認の利益も問題とならない。)ものであるから、その当事者適格には格別の問題は存しない。被告の本案前の主張は失当である。

三  以上によれば、原告の被告に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野山宏 裁判官 村田渉 遠山敦士)

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