東京地方裁判所 平成18年(ワ)21692号 判決 2008年7月31日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して1億5324万5040円及びこれに対する平成17年8月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して1億5159万5040円及びこれに対する平成17年8月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告医療法人C(以下「被告C」という。)が開設するD病院(以下「被告病院」という。)において,被告E医師の診療を受けていたFが,平成17年8月12日に肝細胞癌で死亡したことについて,Fの相続人である原告らが,被告E医師には,平成16年9月3日に撮影したダイナミックCT画像に基づき,Fが肝細胞癌であるとの確定診断をすべき義務があるのに,それを怠った過失があるなどと主張し,被告E医師に対しては,不法行為に基づき,被告Cに対しては,不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行に基づき,損害賠償及びこれに対するFが死亡した日である平成17年8月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(証拠を掲げていない事実は,当事者間に争いがない事実である。)
(1) 当事者等
ア F(昭和36年5月15日生)は,平成14年5月23日,被告病院を初めて受診し,その後,被告病院を何度か受診した(乙A1)。平成17年8月12日,Fは死亡した(甲A1の1,2,A5,A6の1,2)。
イ 原告Aは,Fの妻であり,原告Bは,Fと原告Aの子である(甲A1の1,2)。
ウ 被告Cは,被告病院を開設している。
エ 被告E医師は,被告病院に勤務する医師である。
(2) 診療経過の概要
本件の診療経過の概要は以下のとおりであり,その詳細は,別紙診療経過一覧表のとおりである(なお,診療経過一覧表中,証拠を掲記した事実は当該証拠により認定したものであり,その他は当事者間に争いのない事実である。)。
ア 平成14年5月23日,Fは,被告病院の内科を受診した(乙A1の10頁)。その後,Fは,何度か被告病院整形外科を受診した。
イ 同年9月11日,Fは,被告病院内科を受診し,お酒をたくさん飲むので,肺や肝臓の検査を希望した。同日,Fに対し,腹部CT検査等が実施され,同月18日,G医師は,Fに対し,腹部CT画像上,アルコール性肝硬変と思われること,禁酒する必要があること,2から3か月に一回エコー検査,CT検査による経過観察が必要であることなどを説明した(乙A1の15頁)。
ウ 平成15年12月25日,Fは,被告病院外科を受診し,被告E医師は,翌26日のエコー検査を指示した(乙A1の28頁)。同月26日,被告病院のH医師により,Fに対し,腹部エコー検査が実施された(乙A1の29頁)。
エ 平成16年2月4日,Fは,被告病院整形外科を受診した(乙A1の29頁)。翌5日,Fは,被告病院外科を受診し,ダイナミックCT検査が実施された。同月10日,被告E医師は,同月5日に撮影したダイナミックCT画像上,占拠性病変(SOL)はなく,肝硬変,脾臓が著明に腫大していると判断し,その旨Fに説明した(乙A1の30頁,A5)。なお,ダイナミックCT検査とは,造影剤を急速投与し,造影剤が目標領域に到達するタイミングを見計らって撮像する方法である(甲B5)。
オ 同年8月5日,Fは,被告病院外科を受診し,肩関節痛を訴えた。同日,被告E医師は,腹部エコー検査と内視鏡検査を予約し(乙A1の34頁),同月10日,Fに対し,腹部エコー検査等が実施された(乙A1の35頁)。
カ 同年9月2日,Fは,被告病院外科を受診した。Fは,肝硬変であり,肝機能は悪く,血中AFPは31.1と増加傾向であった。同日,被告E医師は,翌3日のダイナミックCT検査を予約した(乙A1の35,38頁)。同月3日,Fに対し,ダイナミックCT検査が実施された(乙A3の38,85頁)
キ 同月13日,被告E医師は,Fに対し,同月3日に撮影したダイナミックCT画像(以下「本件CT画像」という。)について説明し,同月17日の腹部エコー検査を予約をした(乙A1の38,39頁)。同月17日,Fに対し,腹部エコー検査が実施された(乙A1の39,94ないし100頁)。同日の腹部エコー検査は,H医師が担当した(乙A5,A6,A7)。
ク 平成17年4月16日,Fは,被告病院を時間外受診した。Fは,10日前から腹部痛があることなどを訴えた。同日,Fを診察した被告病院の医師は,肝硬変があることから,外科受診を勧めた(乙A1の39頁)。同月21日,Fは,上腹から心窩部痛,嘔吐があると訴え,被告病院外科を受診した(乙A1の40頁)。
ケ 同年6月6日,原告Aは,被告病院外科に来院した。原告Aは,近医で治療困難な肝癌と診断されたと述べ,「昨年9月の時点で,どうして言ってくれなかったかのか」など,平成16年9月3日に撮影したダイナミックCT検査についての説明を求めた(乙A1の41,42頁)。
コ 同年8月12日,Fは,肝細胞癌で死亡した(甲A5)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は,次の4点である。
(1) 本件CT画像に基づき,Fが肝細胞癌であるとの確定診断をすべき義務があるか。
(2) 本件CT画像上の占拠性病変について,MRI検査,血管造影等の検査を行い,動脈血流増加を確認し,肝細胞癌の確定診断をすべき注意義務違反があるか。
(3) 因果関係の有無
(4) 損害額
3 争点に関する当事者の主張は,次のとおりである。
(1) 争点(1)(本件CT画像に基づき,Fが肝細胞癌であるとの確定診断をすべき義務があるか)について
(原告らの主張)
ア Fは,肝細胞癌を発症する危険性が極めて高いB型肝炎による肝硬変の患者であり,AFP(アルファフェトプロテイン)も陽性であったことに加え,本件CT画像の所見からすれば,Fが肝細胞癌であるとの確定診断をすべきであったにもかかわらず,被告E医師は,Fが肝細胞癌であるとの確定診断をしなかった。
イ 肝細胞癌のダイナミックCT画像の造影パターンは,正常肝との血行支配の相違を反映し,①動脈優位相で強い濃染部位がみられ,②門脈優位相では①で認められた濃染部位が周囲肝実質組織とほぼ同程度又は低吸収となり,③平衡相から遅延相では①で認められた濃染部位が低吸収領域として描出される。
本件CT画像においては,動脈優位相では肝内の早期濃染像がみられ(①),門脈優位相では濃染のウォッシュアウトにより,動脈優位相で認められた早期濃染像の領域が周囲の正常肝組織に比べ低吸収域となり,平衡相から遅延相では動脈優位相の早期濃染像に一致した明らかな低吸収域が検出されている。
以上の所見は,原発性肝細胞癌に典型的なダイナミックCTの所見である。そして,肝癌診療ガイドラインによれば,肝細胞癌の診断が画像診断で確定される場合には組織診断(生検)の必要はないとされていることから,被告E医師は,本件CT画像に基づき,臨床的に確定診断をして,治療を開始すべきであった。
ウ 被告らは,本件CT画像は,有意所見なしととることもできる他,APシャント(肝動脈門脈短絡),限局性結節性過形成,アルコール性多血性結節性病変,偽血管性病変の可能性も同時に考慮すべき所見であるから,本件CT画像に基づく確定診断はできない旨主張する。
しかし,APシャントの場合,肝実質組織に腫瘍性変化を伴わないため,平衡相等において肝細胞癌でみられる「早期濃染像に一致する低吸収領域」は検出されないところ,本件CT画像では,かかる低吸収領域が検出されている。限局性結節性過形成は,肝硬変のない肝に生じる病変であって,中心部から辺縁に向かって放射状に延びる線維性隔壁(線維性星芒状瘢痕又は中心瘢痕)がみられるのが特徴であり,動脈優位相では,この中心部の瘢痕は星芒状の低吸収を示すところ,本件CT画像では,このような低吸収域は認められない。また,本件CT画像では,限局性結節性過形成の場合に平衡相で認められる中心部の造影所見が全く認められていない。アルコール性多血性結節性病変は,慢性アルコール性肝障害にしばしば生じる単発又は多発性の結節性病変であり,アルコール多飲者にみられるところ,Fは,本件CT画像撮影の少なくとも1年5か月前から禁酒をしている。また,アルコール性多血性結節性病変では,動脈優位相において見られる濃染部位が平衡相においては等吸収となるところ,本件CT画像では,平衡相に低吸収が認められており,アルコール性多血性結節性病変の所見とは異なる。偽血管性病変については,その示すものは多数存在し,被告らが何を指して肝細胞癌との鑑別を要するとするのかが不明である。
以上のことからすれば,本件CT画像から,被告ら主張の他の疾患を除外することは可能であり,本件CT画像に基づき,確定診断ができたというべきである。
(被告らの主張)
ア 本件CT画像では,有意所見なしととることもできる他,APシャント,限局性結節性過形成,アルコール性多血性結節性病変,偽血管性病変の可能性も同時に考慮すべき所見である。
具体的には,本件CT画像では,早期相(造影剤注入から通常30から40秒後に撮影)で淡く濃染する大きさが2cm強の領域がかすかに認められるにすぎず,後期相(造影剤注入から120から180秒後に撮影)では濃染した領域は周囲の肝組織と比べてやや低吸収域(より黒く写ってくる)になっているにすぎない。したがって,本件CT画像は,肝細胞癌に典型的な早期相の濃染,後期相での低吸収領域を呈していない。
また,本件CT画像だけでは,肝細胞癌と確定できない理由として,肝細胞癌以外にも肝臓には様々な腫瘍,腫瘍に類似した病態が出現することが挙げられる。早期相で濃染する肝細胞癌に類似した病態としては,過形成結節,APシャント(動脈-門脈瘻),炎症性偽腫瘍,限局性結節性過形成(FNH),血管筋脂肪腫,肝腺腫などの良性疾患や,胆管細胞癌,転移性肝腫瘍等の悪性疾患がある。これらの病態は,肝細胞癌との鑑別が難しいことが多々あるとされている。
イ 本件では,腫瘍マーカーとしてアルファフェトプロテイン(AFP)が測定されているが,30ng/dℓとごく軽度高値であり,この程度の上昇は,慢性肝炎や肝硬変でもしばしば認められるため,肝細胞癌の診断として有意なものではない。
ウ B型肝硬変があるという事実からは,経過中に肝細胞癌が発生するリスクを考えなければならないが,肝細胞癌と区別が必要な様々な病態が発生する可能性もあり,B型肝硬変に合併した病態がすべて肝細胞癌ではない。
エ 以上のように,本件CT画像上,肝細胞癌の可能性はあったとしても,確定診断にまでは至らないこと,腫瘍マーカーも有意に上昇しておらず,臨床所見としても肝細胞癌の確定はできなかったことからすれば,本件CT画像をもって,確定診断をすることは困難である。
(2) 争点(2)(本件CT画像上の占拠性病変について,MRI検査,血管造影検査等の検査を行い,動脈血流増加を確認し,肝細胞癌の確定診断をすべき注意義務違反があるか)について
(原告らの主張)
ア 肝細胞癌については,定期のCT検査によって占拠性病変(SOL)を疑った場合は,MRI検査,腹部血管造影検査,CT-A(肝動脈CT),CT-AP(門脈CT)を実施して,疑っている病変部位の動脈血流増加を確認し,肝細胞癌の確定診断を行うべきとされているところ,被告E医師は,本件CT画像について,診療録に,「S4一部気になる。」,「肝細胞癌完全に否定できないか。」,「S4のLDA?(低吸収域?)をチェック予定」と記載するなど,本件CT画像上の占拠性病変の所見を認めていたのであるから,進んで,上記検査を行い,肝細胞癌の確定診断をすべき義務があった。それにもかかわらず,被告E医師は,肝細胞癌の確定診断のための検査を行わなかった。
イ 被告らは,平成16年9月17日に腹部エコー検査を行うよう指示しており,被告E医師は,肝細胞癌の確定診断に努めていたのであるから,過失はない旨主張する。
しかし,前記アのとおり,占拠性病変を疑った場合には,その病変部位の動脈血流増加の確認を行うべきであり,エコー検査ではその確認ができないから,被告E医師に過失がないということはできない。
被告らは,I医師)の意見書(乙B7)に「腹部エコーで確認する」との記載があることを根拠とするようであるが,この記載は,同検査は無益であるが,侵襲性が低く,安価であり,無害であるから実施しても別にかまわないという意味であるから,エコー検査を行ったことをもって,過失がない旨の被告らの主張には根拠がない。
また,被告らは,被告E医師は,MRIや血管造影といった検査を積極的に排除したわけではなく,侵襲性の低く,安価で即座に行えるエコー検査をまずは予約し,その検査結果を受けて追検査の必要性を判断するつもりであった旨主張するけれども,実際には,被告E医師は,追検査の必要性の判断すら行っていないから,MRI検査等を行う義務を履践しなかったことは明らかである。
ウ また,被告らは,Fが平成16年9月17日のエコー検査の結果を聞きに来ることはなく,その後約7か月間にわたり,被告病院の受診を怠ったなどと主張する。
しかし,医師が専門家であり,高度の情報を有すること,患者は医学に関して素人であることにかんがみれば,医師には,信義則上,患者の疾患に関する高度の説明義務があり,かかる義務を尽くした上でなお患者が受診を拒否したという場合に限って,受診懈怠を理由として注意義務違反の否定が認められるべきである。
本件では,診療録の記載(乙A1の38頁)や,平成17年6月11日及び同年8月18日の原告Aと被告E医師らとの面談内容等からすれば,平成16年9月13日の被告E医師によるFや原告Aへの説明は,「今のところ大丈夫。今後の方針は,半年に1回,超音波とCTで経過を観察する」程度のものであったと考えられ,この程度の説明しか受けなかったFに頻回の診察を受けるべきことを期待するのは酷である。
また,H医師がエコー検査中に「大丈夫」と述べたこと,同日のエコー検査後にJ医師の診察を受けたものの,J医師は後日の予約をとることもなく診察を終了したこと,従前,被告病院では,検査結果を改めて聞きに来ることはなかったこと,被告E医師が検査結果を聞きに来るように言わなかったことなどにかんがみれば,平成16年9月17日のエコー検査の結果を聞きに来なかったことをもって,Fに受診懈怠があったということはできない。
被告らは,H医師が腹部エコー検査のレポートに「肝細胞癌S4にみられます」と記載したことから,Fが腹部エコー検査の結果を聞きに来れば,早期に肝細胞癌が発見されたなどと主張する。しかし,平成17年4月21日に被告病院を受診したFに対し,被告E医師は,鎮痛薬や胃潰瘍薬の処方しかしておらず,また,本件CT画像中の病変部位について「お酒の毒かもしれない」と述べるなど,H医師作成の上記レポートを見ていないことは明らかであり,上記レポートがあることをもって,早期に肝細胞癌が発見できたという被告らの主張は理由がない。
(被告らの主張)
ア 被告E医師は,平成16年9月13日の診察の際,診療録に「S4 一部気になる HCC完全に否定できないか?」と記載し,超音波検査の伝票にも「CT S4(?)にHCCを否定できない」と記載している。これらのことから,被告E医師が,本件CT画像の所見より,肝細胞癌を疑っていたことは明らかである。
そして,被告E医師は,本件CT画像所見より,比較的小さな肝細胞癌の可能性を認めたが,肝細胞癌と判断するだけの根拠に欠けると判断し,4日後の同月17日に腹部エコー検査の予約をしたのである。このような被告E医師の対応は,「腹部エコーで確認するか,MRI検査か血管造影を行うべきであります」との意見を述べるI医師(乙B7)により是認されているところであり,被告E医師の対応に注意義務違反はない。
また,被告E医師は,MRIや血管造影といった検査を積極的に排除したわけではなく,侵襲性が低く,より安価でかつ即座に行える検査をまずは予約し,その検査結果を受けて追検査の必要性を判断するつもりであった。このように,侵襲性が低く,より安価で4日後に行えるなど即座にできる検査から先に行い,より多くの情報収集に努めながら更なる検査を検討するという判断は合理的である。
イ このように,被告E医師が本件CT画像の所見から肝細胞癌を疑い,進んで検査を実施したにもかかわらず,Fの肝細胞癌が治療不可能なほどに進展したのは,Fが受診を懈怠したからに他ならない。すなわち,Fは,被告E医師の指示に従い,平成16年9月17日にエコー検査を受け,このエコー検査の結果の説明は,後日に主治医である被告E医師からなされる予定であったところ,Fは検査結果を聞きに来ず,そればかりか,3か月から6か月に1回の割合で定期的に受診するよう指示されていたにもかかわらず,平成17年4月16日まで被告病院を受診していない。
原告らは,平成16年9月13日の被告E医師によるFや原告Aへの説明は十分ではなく,説明義務違反がある場合に受診懈怠を理由として注意義務違反を否定することができない旨主張するけれども,同日,被告E医師は,Fに対し,本件CT画像上,肝細胞癌を否定することはできないと説明し,念のためすぐにエコー検査を受けるよう指示しており,説明義務違反はない。
また,原告らは,エコー検査を実施したH医師が大丈夫であると述べたことなどから,Fは,被告病院を受診しなかったなどと主張するけれども,H医師は,非常勤医師であり,常勤医である主治医を差し置いて確定的に「大丈夫」などと述べる立場にはなく,そのような発言をすることは考え難い。
ウ 被告病院の医師らは,従前より,Fに対して,検査の必要性を説明しており,平成16年9月2日には,被告E医師が2か月から3か月ごとの受診等が必要である旨説明し,同月13日には,肝細胞癌は否定しきれないとしてエコー検査を指示した。H医師がそのエコー検査の結果について説明しておらず,当該エコー検査を踏まえた主治医である被告E医師の総合的な診断を説明していないのであるから,Fが検査結果を聞きに来ることは当然予定されている。したがって,被告病院において検査結果を聞きに来ているかどうかを確認すべき義務などない。
そして,H医師が記載した腹部エコー検査のレポートの「CT拝見しましたが,肝細胞癌S4にみられます」との記載があることから,Fがきちんと被告病院を受診しておれば,MRI検査等の実施などにより,早期に肝細胞癌を発見し得たのである。それにもかかわらず,検査結果を聞きに来ず,定期検査も受けなかったのはあくまでもF自身の判断によるものであるから,その判断の帰結はF自身が甘受すべきものであり,被告らには何ら責任はない。
(3) 争点(3)(因果関係の有無)について
(原告らの主張)
ア 本件CT画像が撮影された時点では,肝細胞癌の腫瘍径は2cm以下の17.8mmであり,単発であって,本件CT画像には,脈管侵襲の所見は見られない。そして,リンパ節転移及び遠隔転移も認められていないのであるから,当該時点のFの肝細胞癌の進行度は,「T1M0N0」のステージⅠである。
また,原発性肝癌取扱い規約では,手術の適否を決めるための肝機能条件の評価に,臨床病期を用いている。臨床病期はⅠ,Ⅱ,Ⅲに分類され,総ビリルビン,アルブミン,プロトロンビン時間,ICG-R15,腹水の程度,の5項目のうち2項目以上の合致をもって患者の臨床病期としている。
本件では,本件CT画像撮影時点において,Fは,総ビリルビン,アルブミン,プロトロンビン時間,腹水の程度,の4項目について検査結果が出ており,その結果をもって,臨床病期Ⅰと決定できる。
イ このように,本件CT画像撮影時点におけるFの肝細胞癌の進行度はステージⅠであり,臨床病期Ⅰであったことから,肝切除術の適応があり,肝切除術の治療成績については,5年生存率は94.1%,10年生存率は86.3%と予後は極めて良好である。
また,ラジオ波焼灼術(RFA)の対象となる肝細胞癌は,腫瘍径3cm以下かつ腫瘍個数3個以下が適応として選択される場合が一般的であり,適応外となる肝予備能としては,①利尿剤でコントロール不可能な腹水を有する,②総ビリルビン値が3.0mg/dℓ以上,③プロトロンビン時間が基準値(10から12秒)から3秒以上の延長,④血小板数が5万/mm3未満とされる。
Fは,①腹水なし,②総ビリルビン値0.5mg/dℓ,③プロトロンビン時間11.2秒と正常,④血小板数6万3000,と肝予備能はRFAの適応を満たすものであった。そして,RFAの治療予後は90%の5年生存率となっている。
したがって,本件CT画像に基づく確定診断がなされておれば,肝切除術又はRFA治療により,Fの肝癌は根治され,平成17年8月12日にFが肝細胞癌で死亡することはなかった。
ウ なお,I医師は,Fの肝細胞癌が多中心性発癌の一斉蜂起である旨言及しているけれども,これはI医師が「単発の病変」と認定した部分と矛盾し,かかる言及はあくまでも一般論を述べたにすぎない。
また,I医師の前記言及が,同時に発生したという趣旨ではなく,異時性多中心性発癌の可能性に言及する趣旨であったとしても,異時性多中心性発癌に対しては,肝予備能に応じて,発生した癌に対する肝切除術等を行うことによって根治可能であるとされており,その予後も初回治療例と変わらない。
(被告らの主張)
ア 本件では,病理所見がないため,臨床所見でステージを推測するしかなく,本件CT画像所見を参考にするしかないところ,リンパ節転移の可能性や,遠隔転移の可能性も否定できない。また,本件CT画像からは,脈管浸潤の有無を判定することは不可能であり,本件CT画像撮影からわずか9か月後にステージⅣにまで病状が進行していたことからすれば,本件CT画像撮影時点では,既に門脈浸潤を来していたと考えるのが妥当であり,その場合ステージⅢと判断される。
イ 肝細胞癌は,多中心性発癌が多いため,現存する癌を治癒させても別の部位に新たな癌が発生することがあり,また,切除範囲も,癌のステージのみならず,肝機能によって決定され,肝機能不良例では癌の進行度に見合った十分な切除ができない。肝障害度をよく反映し,かつ,切除範囲を決定する検査項目は,ICG-R15であるが,本件では当該検査は実施されておらず,必ずしも肝切除が可能であったとは言い切れない。
ウ 以上のことから,本件CT画像撮影時点において,Fは,軽くてもステージⅡないしⅢの状態にあり,その場合,8年以上の生存率は40%未満であったというべきであり,リンパ節転移,遠隔転移が認められ,ステージⅣ-Bと判断された場合には3年以上の生存は不可能であったというべきである。
(4) 争点(4)(損害額)について
(原告らの主張)
ア Fの損害
以下のとおり,Fは合計2億7562万7347円の損害を被り,原告A及び原告Bは,それぞれFの損害額の2分の1の損害賠償請求権を相続した。
(ア) 逸失利益 2億4762万7347円
Fは,製靴業の個人事業を営んでおり,平成15年1月から平成17年8月までの2年8か月間の売上高の合計は1億1960万6783円であり,同期間の経費は,4967万円であった。材料は注文者が持ち込むものであり,工場は原告Aが所有者であるから,賃料債務等はない。そうすると,同期間の合計所得額は,6993万6783円となり,年平均額は2622万6293円である。Fは,少なくとも67歳まで生存を享受できた可能性は高く,就労可能年数は23年(ライプニッツ係数は13.4885)と考えるのが妥当であり,生活控除30%として,逸失利益は次式により算出される。
2622万6293円×0.7×13.4885=2億4762万7347円
(イ) 慰謝料 2800万円
イ 原告Aの損害 1543万1367円
(ア) 葬儀費用 150万円
(イ) 弁護士費用 1393万1367円
ウ 原告Bの損害 1378万1367円
弁護士費用 1378万1367円
(被告らの主張)
争う。
第3争点に対する判断
1 診療経過等
前記前提となる事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件の診療経過等について,次の事実が認められる。
(1) 平成14年5月23日,Fは,被告病院の内科を受診し,両足のむくみと脱力感を訴えた。同日,Fから採血し,血液学検査及び生化・血清学検査等が実施され,その結果は同月24日から27日までの間に被告病院に報告された(乙A1の10,54,56,57頁)。
また,Fは,右手をぶつけたと訴えたので,被告病院内科のK医師は,整形外科の受診を指示し,同日,被告病院整形外科外来を受診した。同科のL医師は,右膝関節痛,右手関節痛,右肩甲関節遠位にのう胞性の疾患があると判断した(乙A1の10,11頁)。
(2) 同年6月6日,7日,9日,12日,25日,Fは,被告病院整形外科を受診した。なお,同月7日の診療の際,Fに対し,同年5月23日の生化・血清学検査の結果,GOT55,GPT79,γ-GTP432など基準範囲を超えたものもあったことなどが伝えられ,Fは,被告病院内科の受診を希望した(乙A1の3,12ないし14,57頁)。
(3) 同年9月11日,Fは,被告病院内科を受診し,同科のG医師に対し,お酒をたくさん飲むので,肺や肝臓などいろいろ検査してほしい旨述べた。同日,Fに対し,胸部X線検査,腹部X線検査,腹部CT検査等が実施された。また,Fから採血し,血液学検査,生化・血清学検査等が実施され,その結果が同月12日,13日に被告病院に報告された(乙A1の15,55,58,59頁)。
(4) 同月18日,G医師は,Fに対し,同月11日に実施した検査結果を説明した。その際,G医師は,同月11日撮影の腹部CT画像上,アルコール性肝硬変と思われるので,禁酒する必要があること,2か月から3か月に1回は腹部エコー検査,腹部CT検査による経過観察が必要であることなどを説明した(乙A1の15頁)。
同日,Fは,被告病院整形外科を受診した(乙A1の16頁)。
なお,原告らは,G医師は,定期検査のために6か月から1年に1回は来て下さいと述べた旨主張し,原告Aもこれに沿う陳述をするけれども(甲A2),診療録に2から3か月に1回と明記されており(乙A1の15頁),あえてG医師が診療録の記載内容と異なる説明をするとは考え難く,他方,数年前の事柄であり,原告Aの記憶があいまいになっている可能性が高いと考えられることに照らし,原告Aの供述は採用できず,その他前記認定を覆すに足りる証拠はない。
(5) 同年10月2日,16日,平成15年3月20日,同月27日,Fは,被告病院整形外科を受診した。なお,同月3月20日及び27日には,Fから採血し,血液学検査及び生化・血清学検査等が実施され,その結果が同月22日以降,被告病院に報告された(乙A1の17ないし19,60ないし66頁)。
(6) 同年4月8日,Fは,被告病院整形外科を受診し,その際,同科の道野医師は,Fに対し,3月27日の血液学検査等の結果(GOT88,GPT283,γ-GTP609,Plt9.1万)から,内科受診を指示した(乙A1の19頁)。
同日,Fは,整形外科で内科受診を指示されたため,被告病院内科を受診した。同科のM医師は,血液検査と腹部エコー検査を勧めたが,日本語が通じなかったため,次回,通訳が来たときに検査する予定とされた(乙A1の20頁)。
(7) 同年6月4日,Fは,右肩甲部痛を訴え,被告病院整形外科を受診した。同日,Fから採血し,血液学検査及び生化・血清学検査等が実施され,その結果が同月5日,6日に被告病院に報告された(乙A1の20,21,67ないし69頁)。
(8) 同年6月17日午前6時5分ころ,Fは,被告病院を時間外受診した。Fは,同月16日午後10時ころから気分不快あり,朝までに下痢を4回したなどと訴え,水溶性下痢も認められたため,急性胃腸炎の診断で入院することになった。Fは,一旦,被告病院の第2病棟に入院したものの,その後,入院を拒否し,同日退院した。その際,被告E医師は,翌18日から5日間外来で点滴を受けること,翌々日の19日午後に外科外来を受診するよう説明したが,Fは来院しなかった(乙A1の21ないし23,82頁,A5)。
(9) 同月23日,Fは,関節リウマチの診断がほしいなどと訴え,被告病院整形外科を受診した(乙A1の23頁)。
同年11月7日,Fは,右手関節痛などを訴え,被告病院整形外科を受診した(乙A1の23,24頁)。
同日,Fは,両足の浮腫を訴え,腎機能の検査を希望し,被告病院泌尿器科を受診した。同日,Fから採血し,血液学検査及び生化・血清学検査等が実施され,その結果が同月8日から10日までの間に被告病院に報告された(乙A1の24,71ないし73頁)。
同月14日,Fは,被告病院泌尿器科を受診し,N医師から,肝機能障害を指摘された。同日,Fは,被告病院整形外科を受診した(乙A1の25頁)。
同年12月5日,Fは,右手関節痛,母指指間痛を訴え,被告病院整形外科を受診した(乙A1の25頁)。同科のO医師は,Fに対し,定期的な血液検査が必要である旨指導した(乙A1の25頁,A5)。
(10) 同月24日,Fは,被告病院整形外科を受診した。Fは,食後に心窩部痛から上腹部痛,右季肋部痛,頚から肩,両肘痛を訴えた。同科のP医師は,Fに対し,肝臓,胆嚢,膵臓のチェックが必要であり,血小板数が低く,γ-GTPが増加し,右季肋部痛が出現していることから,外科の被告E医師を受診するよう指導し,被告E医師に対しては,その精査を依頼した(甲A2,乙A1の26,27頁,A5)。
(11) 同月25日,Fは,被告病院外科を受診し,右季肋部痛を訴えた。被告E医師は,翌26日に腹部エコー検査をすることにした(乙A1の28頁)。
(12)ア 同月26日,Fに対し,腹部エコー検査が実施された。腹部エコー検査は,H医師が担当した(乙A1の29,101ないし104頁)。H医師は,腹部エコー検査が終了すると,レポートに再生結節と肝癌との鑑別は困難であり,ダイナミックCTを指示して下さい,肝硬変,多発性肝癌疑いなどと記載した(乙A1の101頁)。Fは,この腹部エコー検査の後,腹部エコー検査の結果を聞きに被告E医師のところに行かなかった(乙A5,被告E)。
イ なお,原告Aは,腹部エコー検査の後,Fが被告E医師のところにカルテを持って行き,平成16年2月5日のCT検査を予約した旨供述している。
しかしながら,CT全身スキャン依頼票(乙A2の1)の依頼日が平成16年2月5日と印字されていることからすれば,CT検査の予約が行われたのは,平成16年2月5日であることは明らかであり,これに反する原告Aの供述は採用できない。
また,被告病院では,H医師が腹部エコー検査後に作成したレポートはカルテとともにケースに入れて患者に渡されるようになっていることから(証人Q),腹部エコー検査後にFが被告E医師のところにカルテを持って行ったのであれば,ダイナミックCTを指示して下さいなどと記載されたレポートを見た被告E医師が,ダイナミックCTを予約しないということは考え難く(後記(14)のとおり,次にFが被告E医師を受診した平成16年2月5日に被告E医師はダイナミックCTを予約している),原告らは,準備書面(1)において,検査中にモニター画面を見せられながら,医師から「異常はない」と説明されたと主張していたことなども考慮すれば,原告Aのそのころの記憶はあいまいであって,同日の腹部エコー検査後に,Fが被告E医師のところに行ったという原告Aの供述は採用できない。
(13) 平成16年2月4日,Fは,頚部痛を訴え,被告病院整形外科を受診した。同科のP医師は,Fに対し,被告E医師の診療を受けるよう指示した(乙A1の29頁)。
なお,原告らは,同日,整形外科の医師から被告E医師を受診せよとの指示は受けていない旨主張し,原告Aも平成15年12月26日に平成16年2月5日のダイナミックCT検査を予約したなどと供述する。
しかしながら,前記(12)イのとおり,2月4日の時点で翌日のダイナミックCT検査の予約がされていないにもかかわらず,翌5日にFが被告病院外科を受診していること(後記(14)),P医師は,2月4日の診療録に,肝硬変状態,内視鏡した方が,E医師と相談,などと記載していること,前記(12)イのとおり,そのころの原告Aの記憶があいまいであることなどからすれば,P医師が被告E医師を受診するよう指示したものと認めるのが相当であり,これに反する原告Aの供述は採用することができず,その他前記認定を覆すに足りる証拠はない。
(14) 同月5日,Fは,被告病院外科を受診した。被告E医師は,Fに対し,肝硬変であるとことを告げ(乙A1の30頁,A8),ダイナミックCT検査を予約し,同日,ダイナミックCT検査が実施された(乙A1の30頁,A2の1,A2の2の1,2,A2の3の1,2,A2の4の1,2)。また,被告E医師は,内視鏡検査を予約した(乙A1の30,86頁)。同日,Fから採血し,血液検査が実施され,その結果が同月7日に被告病院に報告された。同検査の結果,HBs抗原が陽性であると判定され,FがB型肝炎ウィルスキャリアであることが判明した(乙A1の74,75頁,被告E)。
(15) 同月10日,Fは,被告病院を受診し,内視鏡検査が実施された。被告E医師は,同月5日に撮影したダイナミックCT画像上,占拠性病変(SOL)はなく,肝硬変があり,脾臓が著明に腫大していると判断し,その旨Fに説明した(乙A1の30,86頁,A5)。被告E医師は,Fに対し,今後も定期的に外来を受診し,血液検査,エコー検査,CT検査を受けるよう指示した(乙A5)。
(16) 同月23日,Fは,撓骨遠位端骨折のため,被告病院整形外科を受診し,ギプス処置が施された(乙A1の32頁)。
同年3月2日,Fは,被告病院整形外科を受診し,「仕事ができない。ずれてもいいから,ギプスとってほしい」と訴えた。その際,同科のR医師は,Fに対し,肝機能障害があることを指摘した(乙A1の33頁)。
同月10日,Fは,被告病院整形外科を受診した(乙A1の33頁)。
(17) 同年8月5日,Fは,被告病院外科を受診した。Fの主訴は,肩関節痛であった。同日,被告E医師は,腹部エコー検査と内視鏡検査を予約した(乙A1の34,89頁)。同日,Fから採血し,血液学検査,生化・血清学検査及びAFP等の検査が実施され,その結果が同月6日,7日に被告病院に報告された(乙A1の34,76ないし78頁)。
なお,原告らは,2月10日に6か月から1年に1回の受診と指示されたから,8月5日に被告病院外科を受診した旨主張し,原告Aもこれに沿う供述をするけれども,同日の診療録には肩関節の痛みと記載されていること(乙A1の34頁),原告Aの陳述書(甲A2)では,お腹の痛みを訴えて受診したと述べるなど変遷が見られることからすれば,原告Aの当時の記憶はあいまいであって,その供述は採用することはできず,その他前記認定を左右するに足りる証拠はない。
(18) 同月10日,Fに対し,腹部エコー検査及び内視鏡検査が実施された(乙A1の35ないし37,89頁)。
(19)ア 同年9月2日,Fは,被告病院外科を受診した。被告E医師は,Fに対し,8月5日に採血した血液検査,8月10日の腹部エコー検査及び内視鏡検査等の結果を説明した。具体的には,肝硬変,肝機能は悪く(GOT29,GPT41,Plt6.3万),AFPは31.1と増加傾向であるため,2から3か月に1回の外来受診,定期検査が必要であることなどを説明した。また,腹部エコー検査では,肝臓の占拠性病変は確認されなかったものの,被告E医師は,翌3日のダイナミックCT検査を予約した(乙A1の35,38頁,A3の1)。
同日,Fは,被告E医師に対し,関節の痛み,関節リウマチ治療をしていたが,今はやめていると述べた(乙A1の38頁)。
イ なお,原告らは,2から3か月に1回の外来受診等が必要であるとの説明は受けていない旨主張し,原告Aも「大丈夫」としか言わなかった旨陳述する(甲A2)。
しかしながら,同日の診療録には,「本人にも定期的(2-3ヶ月に1回)な検査要と話をする」と記載されていることからすれば,かかる説明があったものと認めるのが相当であり,これに反する原告Aの陳述は採用できない。
ウ また,原告らは,平成17年8月18日の被告E医師と原告Aの面談の際に,被告E医師が「超音波,CTで半年にいっぺん」と述べたことをもって(甲A10),2から3か月に1回の定期検査について説明がなかった旨主張する。
しかしながら,上記診療録の記載は平成16年9月2日になされたものであるところ,約1年後の上記面談の際の発言よりも被告E医師の診療録の記載の方が正確である可能性が高いこと,上記診療録の記載が虚偽であることをうかがわせる事情も認められないこと,上記面談の際,被告E医師は,原告Aから,何度も6か月,1回来なさいと言ったじゃないですか先生などと詰め寄られ,それを受けて応答したことがうかがわれることからすれば(甲A10),上記面談の際に被告E医師が上記のような発言をしたことをもって,2から3か月に1回という上記診療録の記載と異なる説明をしたと認めることはできず,その他前記アの認定を覆すに足りる証拠はない。
(20) 同月3日,Fに対し,単純CT検査及びダイナミックCT検査が実施された(乙A3の38,85頁,A3の1,A3の2の1,2,A3の3の1,2,A3の4の1,2,A3の5の1,2)
(21)ア 同月13日,Fは,被告病院外科を受診した。被告E医師は,F及び原告Aに対し,同月3日に撮影したダイナミックCT検査の結果等について,CT画像上,肝細胞癌とは確定診断できないが,肝癌を否定できない気になる影があること,念のためにエコー検査をすること,3か月から6か月以内の経過観察が必要であること,外来受診での血液検査等は頻回,定期的に行う必要があることなどを説明し,同月17日の腹部エコー検査を予約した(乙A1の38,39,94頁,A5,A6,被告E医師)。
イ なお,原告らは,同日の被告E医師は,「今のところ大丈夫。今後の方針は半年に1回,超音波とCTで経過を観察する」程度のものであった旨主張し,原告Aも,被告E医師は,「大丈夫」と述べるだけであったので,原告Aが他に検査はないのかと尋ねたところ,とりあえずエコー検査をしましょうと述べたなど原告らの主張に沿う供述をする(甲A8,原告A)。
しかしながら,被告E医師は,同日の診療録に「S4一部気になる」,「HCC(訳:肝細胞癌)完全に否定できないか?」と記載し(乙A1の38頁),特殊検査所見報告書の所見として,「S4(→S8)のHCC否定できない」と記載したこと(乙A1の85頁),エコー検査の目的として,「CTにS4(?)にHCCを否定できない」と記載したこと(乙A1の94頁)からすれば,被告E医師は,本件CT画像所見からは,肝細胞癌を否定できないと考えていたことは明らかであり,そのような考えの被告E医師が「大丈夫」というだけであったとは考え難く,これに反する原告Aの供述は採用できない。
ウ また,原告らは,平成17年8月18日の被告E医師と原告Aの面談の際に,被告E医師が「超音波,CTで半年にいっぺん」と述べたことをもって(甲A10),被告E医師医師が半年に1回,超音波とCTで経過観察する程度の説明しなかったことの根拠として主張する。
しかしながら,前記(19)ウのとおり,約1年後の面談の際に,原告Aに詰め寄られたのに対し,被告E医師が半年にいっぺんなどと発言したことをもって,平成16年9月13日の診察の際に,被告E医師が,3から6か月という診療録の記載と異なる説明をしたと認めることはできない。
エ さらに,原告らは,平成17年6月11日の被告E医師と原告Aの面談の際に,被告E医師が「カルテにちゃんと書いていないのは悪いんだけど」と述べたことからすれば(甲A9),同日の診療録の「外来血液検査等は頻回,定期的に行う必要あり」との記載は後で書き加えられた可能性も否定できず,被告E医師はこのような説明はしていない旨主張する。
しかしながら,本件CT画像所見から,被告E医師が肝細胞癌を否定できないと考えていたことと,頻回の定期検査が必要である旨説明したということは矛盾せず,被告E医師は,3から6か月後の経過観察で可か,とも記載しており,少なくとも経過観察の必要性は認識していたことも併せ考えると,「カルテにちゃんと書いていない」との被告E医師の発言をもって,診療録に虚偽の記載をしたということはできず,その他前記アの認定を左右するに足りる証拠はない。
(22)ア 同月17日,Fは,被告病院外科を受診した。同日,H医師により腹部エコー検査が実施された(乙A1の39,94ないし100頁,A5,A6,A7)。H医師は,腹部エコー検査が終了すると,レポートに季肋下走査はほとんどみえませんなどと記載し,また,その際,本件CT画像を読影し,当該レポートに「CT拝見しましたがHCC S4 にみられます」と記載した(乙A1の94頁)。
この腹部エコー検査の後,Fは,平成17年4月16日まで被告病院を受診せず,F及び原告Aは,当該腹部エコー検査の結果について聞きに来ることはなかった(乙A5)。
イ なお,原告らは,H医師がエコー検査中に「大丈夫ですよ」と述べた旨主張し,原告Aも,H医師が「大丈夫」と述べたなどと原告らの主張に沿う供述をする。
しかしながら,H医師は,当該エコー検査の所見として,「肝硬変パターン」,「季肋下走査はほとんどみえません」などとレポートに記載しており(乙A1の94頁),何ら問題ない所見とは言い難いこと,H医師は,当時,被告病院に週1回の割合で勤務する非常勤医師であって,その業務内容は専ら超音波検査を行うものであったことからすれば(乙A7,証人H),主治医でもないH医師が腹部エコー検査結果について大丈夫と述べることは考え難く,H医師が検査結果について大丈夫であると述べたという原告Aの供述は採用できず,その他前記認定を覆すに足りる証拠はない。
ウ また,原告らは,エコー検査後にFを診察したJ医師は予約を取ることもなく診療を終了した旨主張し,原告Aは,エコー検査後に診察をした医師も「大丈夫だ,何もないね」と述べたなどと原告らの主張に沿う供述をする。
しかしながら,当時,被告病院の看護科長であった証人Qは,被告病院において,一般的には検査の後に外来を受診することはない旨証言していることからすれば,検査後に外来を受診した可能性も低く,また,仮に腹部エコー検査後に外来を受診していたとしても,H医師作成の「CT拝見しましたがHCC S4 にみられます」との記載のあるレポートがあるにもかかわらず,主治医でもないJ医師が「大丈夫」などと検査結果を改めて聞きに来る必要がないかのような発言をすることはあり得ないというべきであり,検査後に診察をした医師が「大丈夫」と述べた旨の原告Aの供述は採用できない。
(23) 平成17年4月16日,Fは,被告病院を時間外受診し,10日前からの腹部の疼痛があることなどを訴えた。同日,Fを診察した被告病院の医師は,肝硬変があることから,外科受診を勧めた(乙A1の39頁)。
(24) 同月21日,Fは,上腹から心窩部痛,嘔吐があると訴え,被告病院外科を受診した。被告E医師は,昨年の肝臓の占拠性病変の疑いの経過も気になったが,とりあえず現症状(胃腸症状)に対する精査,加療を優先し,消化管の精査のため,腹部エコー検査,内視鏡検査,注腸検査を予約したが(乙A1の40頁),Fはこれらの検査を受けなかった(乙A5)。
なお,原告らは,エコー検査,内視鏡検査,注腸検査の予約はされていない旨主張するけれども,同日の診療録にその旨記載されており,かかる記載が虚偽であることをうかがわせる事情も認められないことからすれば,原告らの主張は採用できない。
(25) 同年5月17日午前2時45分ころ,Fは,被告病院を受診し,1か月前から疼痛があり,午前1時20分ころより上腹部痛があると訴えた。被告病院の当直医は,胃腸薬を処方して,同日の日中に再診させることにした(乙A1の41頁)。
(26) 同年6月6日,原告Aは,被告病院外科に来院した。原告Aは,近医で治療ができない肝癌と診断されたと述べ,「昨年9月の時点で,どうして言ってくれなかったのか」など,平成16年9月3日に撮影したダイナミックCT検査についての説明を求めた(甲A2,乙A1の42,43頁)。被告E医師は,昨年9月の時点では,肝癌S4怪しいと考えていたが,エコー上ははっきりせず,しばらく経過観察でよいと判断したと説明した。これに対し,原告Aは,納得せず,その時,どうして1か月後毎に診察に来いと言ってくれなかったのかと述べた。被告E医師は,外来に来院しないということで,説明と定期検査のチャンスを失ったこと,結果論としては,9月のCTの占拠性病変疑いは肝癌であるが,その時点で確定し治療にもってゆくには無理があったなどと説明した(乙A1の41,42頁)。
(27) 同月7日,Fは,被告病院外科を受診した。被告E医師は,翌8日のダイナミックCT検査を予約した(乙A1の43頁,A4の1)。
(28) 同月8日,Fに対し,単純CT検査及びダイナミックCT検査が実施された(乙A1の44頁,A4の1,A4の2の1,2,A4の3の1,2,A4の4の1,2,A4の5の1,2)。被告E医師は,F,原告A及びその友人に対し,同日撮影したCT検査及び治療方針について説明した。具体的には,肝両葉の肝癌多発であること,根治的治療は無理だがTAE(塞栓術)は可能であること,未治療の場合は6から12か月の余命であることなどを説明し,ヒ素中毒症状が出現しており,治療に影響が出るためヒ素の服用は中止するよう指示した(乙A1の44,46,88頁)。
なお,被告E医師は,Fに病識があまりないので,治療に本当に納得してくれるのか確認できない旨診療録に記載したが,この点については同人に話さなかった(乙A1の46頁)。
(29) 同月11日,原告Aは,被告病院に来院し,被告E医師は,原告Aと面談した。原告Aは,ヒ素の服用は続けたいこと,昨年9月のCTフィルムを借りたいこと,被告病院で予定したTAE治療はキャンセルしたいことなどを述べ,相談の上,S大学肝胆膵外科へ紹介する予定となった(甲A9,乙A1の47頁)。
(30) 同月13日,原告Aが被告病院に来院し,S大学には行かないこと,T病院を紹介してほしいことなどを述べたため,被告E医師は,紹介状を作成した(乙A1の47,114頁)。
(31) 同年8月12日,Fは,肝細胞癌で死亡した(甲A5)。
(32) 同月18日,原告Aが被告病院に来院し,被告E医師は,原告Aと面談した(甲A10)。
2 医学的知見
証拠(甲B1,B2,B4,B5,B7ないしB10,B19,B20)によれば,肝細胞癌及びその診断等について,以下の医学的知見が認められる。
(1) 肝細胞癌について
肝細胞癌とは,肝細胞由来の上皮性悪性腫瘍である。肝細胞癌の原因としては,C型肝炎ウィルス,B型肝炎ウィルス,アルコール,カビ毒の一種であるアフラトキシン,経口避妊薬などが挙げられる。我が国の肝細胞癌は,その90%が肝炎ウィルスを病因としており,HCV抗体陽性が約75%,HBs抗原陽性が約15%である。B型肝炎ウィルスの場合は,必ずしも慢性肝炎から肝硬変を経て発癌に至る例だけではなく,比較的線維化の程度の軽い慢性肝炎の段階や,時にはほぼ正常肝からも発癌がみられる(甲B1)。
(2) 肝細胞癌の診断方法について
ア 『今日の消化器疾患治療指針』(2002(平成14)年10月15日第2版発行。甲B2)には,肝細胞癌の診断について,「各種画像診断のなかでも超音波検査(エコー)の進歩と普及により肝細胞癌(肝癌)の診断能は飛躍的に向上し,腫瘍径2cm以下の早期の小肝癌を診断する機会が増加してきている」と記載されている。
また,同文献には,「肝癌の危険因子(リスクファクター)を有する例をハイリスクグループとして設定し,次いでハイリスク例について,定期的に画像診断,血清診断を施行,さらに疑わしい病変が発見された際に,より精度の高い検索を進める」と記載され,その危険因子としては,肝炎ウィルス,慢性肝病変(特に肝硬変又はそれに近い進行した慢性肝炎),年齢(50歳以上がほとんどを占める)が挙げられている。
同文献には,肝癌のスクリーニングと検査の進め方について,肝硬変の場合は,腹部超音波検査は3か月に1回,ヘリカルCTは6か月に1回,腫瘍マーカーは2か月に1回とされ,画像検査によりSOL検出時及び腫瘍マーカーの異常変動時には,MRI検査,DSA,CT-A,CT-APを行う旨の記載がある。また,肝細胞癌は,単純CTでは低濃度領域として描出されること,腫瘍マーカーについては,AFP,PIVKA-Ⅱともに陽性率は10%程度と低いが,時に高値を示すことなどが記載されている。
イ 『内科学第八版』(2003(平成15)年3月1日発行。甲B1)には,「αフェトプロテイン(AFP):AFPは,古くから最もよく使用されているマーカーであるが,近年の画像診断の進歩により,小さな肝癌が発見され,陽性率が低下してきている」,「慢性肝疾患のみであっても100ng/dℓ程度のAFP上昇はしばしばみられ,特異度の低さも問題である」などと記載されている。
ウ 徳原真,羽木裕雄,森俊幸,杉山政則,跡見裕,原留弘樹,高原太郎「肝細胞癌の画像診断 画像診断の進め方」『消化器外科 第24巻第5号 2001年4月臨時増刊号』(甲B4)には,「肝細胞癌の画像診断の modality は超音波,CT,MRI,血管造影(CTA,CTAP,US angiography を含む),核医学検査などがある」,「肝細胞癌の画像診断には血管造影のように侵襲を伴う検査が必要となることが多いが,さまざまな modality が選択できる現在,侵襲の低い検査から行っていく配慮も必要であろう」と記載されている。
また,同文献には,肝細胞癌の存在診断(スクリーニング)は,数多くの人に繰り返し行うため,低侵襲で検査が簡便であり,検出力(感度)が高いことが要求され,多くの施設では超音波(Bモード)が第一選択として実施されているが,その欠点を補うためにダイナミックCTやダイナミックMRIも取り入れられていることが記載されており,CTやMRIについては,腫瘍マーカー高値例や肝硬変に対しては年1回の検査実施が望ましい旨記載されている。また,肝細胞癌の確定診断(鑑別診断,質的診断)については,血管造影(DSA)が主な役割を担ってきたが,小型の結節性病変の血流病態や門脈血流の描出において限界があり,現在は血管造影と断層画像を組み合わせた方法,つまりUS angiography,CTA,CATPなどが積極的に用いられるようになったことが記載されている。
同文献には,超音波検査は,侵襲がなく,簡便に実施できることが最大の利点であり,近年の装置の進歩により,1cm以下の小病変でもかなり高率に検出することが可能であること,欠点としては,検者の力量(熟練度)に診断の精度が大きく影響を受けるため,検出能にばらつきが生じることがあること,肥満例では観察がしづらく,病変が死角(横隔膜下など)や,肝表面に存在する症例,B型肝硬変のメッシュパターンのような肝実質エコーが粗い症例,肝萎縮が強い症例など超音波のみでは見落としやすいことなどが記載されている。
また,同文献には CTは,超音波に比べて,客観性,再現性が高く,肝内に死角がないなどの利点を有していること,高速ヘリカルCTの導入で,造影剤を急速静注することにより,呼吸停止下に動脈相,平衡相,門脈相などに分けて評価することが可能になり,検出能も向上していること,X線被爆や造影が必要であるという問題はあるが,前述した超音波で見落としやすい症例や腫瘍マーカーの変動が見られた症例ではダイナミックCTをスクリーニングに行うとよいことなどが記載されている。また,ダイナミックCTでは,古典的肝細胞癌は動脈血流優位で hypervascular であることが多いため,動脈相で濃染されること,高速 helical CTの導入により,全肝で動脈相,平衡相,門脈相と読影可能になり,古典的肝細胞癌の確定診断は dynamic CTで可能なことも多いことなども記載されている。
エ 『科学的根拠に基づく肝癌診療ガイドライン2005年版』(2005(平成17)年2月28日第1版発行。甲B19)には,「腫瘍径が大きく,肝細胞癌の組織学的分化度が低下すれば,画像診断のみで診断可能となる例が多くなり,肝細胞癌高危険群の患者で20mm以上の大きさの多血性病変を認める場合には,生検せずに確定診断できる。腫瘍径が小さく,乏血性腫瘤の場合に,確定診断できない例が増加し,この時に,初めて経皮的針生検による組織診が考慮される」と記載されている。
オ 上嶋康洋,高瀬修二郎「肝細胞癌の生検診断」『消化器外科 第24巻第5号 2001年4月臨時創刊号』(甲B20)には,「画像診断法の進歩により,小さな肝腫瘍の発見頻度が高くなり,その診断精度も向上してきている。しかし,腫瘍径が小さいものでは,超音波装置でしか描出されない場合や,画像上典型的な所見を呈さないことがあり,また,高分化型肝細胞癌の診断や腺腫様過形成,大再生結節などの境界病変との鑑別に苦慮することがある。このような場合には超音波下腫瘍生検が選択されるようになり,最近では肝細胞癌の14.5%が腫瘍生検によって確定診断されている」と記載されている。
(3) 肝細胞癌等の肝疾患のダイナミックCT所見等について
ア 肝細胞癌について
造影CTの早期相(動脈相)では高吸収域に,後期相(門脈相)では低吸収域として描出される(甲B1)。
腫瘍血管が発達し血流豊富ないわゆる古典的肝細胞癌は,動脈優位相で強い濃染がみられ,門脈優位相で周囲肝実質とほぼ同程度の濃度となり,平衡相では低吸収域として描出されることが多い(甲B5)。
イ APシャント(動脈門脈短絡)について
小林聡,蒲田敏文,松井修,寺山昇,眞田順一郎,山城正司「肝偽病変」『画像診断 Vol.25 No.3 2005』(甲B7)には,「APシャントは,ダイナミックCTやダイナミックMRIにおいては肝内の早期濃染像として描出され」,「濃染の形状が点状あるいは類円形を呈する場合,多血性肝腫瘍との鑑別が問題となる。基本的にはAPシャント自体は肝実質変化を伴っていないため,濃染サイズが比較的大きい場合には,非造影CT,非造影MRI,超音波検査などの画像において濃染部に一致するサイズの病変が確認できないことから,診断可能である場合が多い」,「肝硬変症例では,しばしばダイナミックCTやダイナミックMRIで早期濃染を呈するAPシャントが観察される」などと記載されている。
飯室護,杉木大輔,川島実穂,古田雅也,野崎美和子,二川憲昭,上田善彦,高田洋,鈴木壱知,高橋盛男,桑山肇「画像上,小肝細胞癌との鑑別が困難であった偽病変(動脈門脈短絡)の1切除例」『Liver Cancer第8巻第2号 2002年11月』(甲B8)には,「遅延相において,AP shunt は周囲肝実質と等濃度になるが,肝癌では被膜が染まり,内部が周囲肝実質よりも低濃度になるのが重要な鑑別点であるが,肝癌の遅延相で周囲肝実質とコントラストのつかないものも多く,遅延相のみでは確実な判断は下せない腫瘤性病変の診断では,これら偽腫瘤と呼ぶべき限局性異常を的確に診断し,さらに検査を追加する必要があるか否かを判断することが重要となる」と記載されている。
ウ 限局性結節性過形成(FNH)について
宮山士朗,三井毅,全陽「限局性結節性過形成」『画像診断 Vol.25No.3 2005』(甲B9)には,「動脈優位相では早期濃染を示し,平衡相では低濃度からやや高濃度とさまざまな濃度を呈する。中心瘢痕は単純CTや動脈優位相では低濃度を呈し,平衡相ではやや強く造影されるが,描出頻度は約50~60%程度であり,指摘困難である場合も少なくない」と記載されている。また,同文献には,「組織学的にFNH内に巨視的な中心瘢痕が認められる頻度は2/3程度であり,約1/3の結節では中心瘢痕は観察されない」,「FNHの鑑別診断としては,悪性腫瘍では肝細胞癌,転移性肝癌,良性腫瘍として海綿状血管腫,肝細胞腺腫などが挙げられる。特に肝細胞癌との鑑別が重要」などと記載されている。
『腹部のCT』(2001(平成13)年4月2日第1版発行。甲B5)には,「限局性結節性過形成(FNH)は,肝硬変のない肝に生じる実質性の腫瘍類似病変の一つ」,「ダイナミックCT動脈優位相で強い濃染像がみられる。このとき中心部の瘢痕は低吸収のままであり,診断に役立つ。平衡相では,周囲肝実質と等吸収の腫瘤となるが,瘢痕は遅い相で次第に染まってくる」などと記載されている。
エ アルコール性多血性結節性病変について
中島収,神代正道,隈部力「慢性アルコール性肝障害にみられる過形成結節の臨床病理像」『消化器画像 第8巻第5号 2006年9月』(甲B10)には,アルコール性多血性結節性病変について,「多血性の結節性病変であり背景に慢性肝病変を有するため臨床的には肝癌との鑑別が問題となる」と記載され,そのダイナミックCT所見については,「動脈血に富む多血性の結節性病変でダイナミックCTの早期相では高吸収域として描出され後期相では等吸収域となり欠損像は示さないことが多い」と記載されている。
オ 転移性肝腫瘍及び胆管細胞癌について
前掲『腹部のCT』(甲B5)には,転移性肝腫瘍のダイナミックCTの所見について,「線維化懐死に陥った中心部が低吸収域として認められ,その周囲の viable な腫瘍細胞に富む領域が動脈優位相で濃染する(リング状濃染)。平衡相および遅延相では,辺縁部の腫瘍細胞に富む領域が比較的低吸収域になり,中心部の線維性懐死部は濃染する」と記載されている。
同文献には,胆管細胞癌のダイナミックCT所見について,「動脈優位相での腫瘍濃染はほとんどみられず,平衡相では不均一な淡い増強効果を認める」と記載されている。
3 争点(1)(本件CT画像に基づき,Fが肝細胞癌であるとの確定診断をすべき義務があるか)について
前記1の事実及び前記2の医学的知見等に基づいて,本件CT画像に基づき,Fが肝細胞癌であるとの確定診断をすべき義務があるか否かについて検討する。
(1) 前記2(3)アの医学的知見によれば,肝細胞癌のダイナミックCTの所見は,早期相(動脈相)では高吸収域に,後期相(門脈相)では低吸収域として描出され,腫瘍血管が発達し血流豊富ないわゆる古典的肝細胞癌は,動脈優位相で強い濃染がみられ,門脈優位相で周囲肝実質とほぼ同程度となり,平衡相では低吸収域として描出されることが多いとされているところ,本件CT画像においては,早期相(動脈優位相)に約17.8mm径の濃染像があること,その濃染部位が門脈優位相では周囲肝実質組織と同程度又は低吸収となっていること,その部位が後期相(平衡相及び遅延相)では低吸収領域として描出されていることが認められる(甲A7,B18,乙A3の3の1,2,A3の4の1,2,A3の5の1,2,B7)。
このように,肝細胞癌のダイナミックCT画像についての医学的知見と,本件CT画像上に認められる所見が矛盾しないこと,前記1(14)のとおり,FはB型肝炎ウィルスキャリアであったところ,前記2(1)及び(2)アのとおり,B型肝炎ウィルスキャリアは肝細胞癌の危険因子であること,前記1(19)アのとおり,AFPが31.1ng/dℓと基準範囲(10ng/dℓ以下(乙A1の78頁))を超えていたことなどからすれば,本件CT画像を読影した医師は,Fが肝細胞癌であることを疑うべきであったというべきである。
(2) 前記(1)のとおり,本件CT画像を読影した医師は,肝細胞癌を疑うべきであったけれども,平成16年9月13日の被告E医師の診療時において,本件CT画像及びFの状態などから,さらに進んで,Fが肝細胞癌であるとの確定診断まですべき義務があるか否かについて検討する。
ア 前記2(2)アのとおり,肝細胞癌は,単純CTでは低濃度領域として描出されるところ,本件CT画像と同じく平成16年9月3日に撮影された単純CT画像には,明らかな低濃度領域を呈する所見は認められない(乙A3の2の1,2,B7)。
また,前記(1)のとおり,本件CT画像上,早期相(動脈優位相)で濃染像,後期相(平衡相及び遅延相)で低吸収域を呈するという所見があることは認められるけれども,I医師は,本件CT画像上,早期相(動脈優位相)に認められる濃染像とその他の部位及び後期相(平衡相及び遅延相)の低吸収域とその他の部位,つまり腫瘍と非腫瘍とのコントラストは明瞭でないと思われる旨指摘している(乙B7)。
イ 前記2(3)イないしオの医学的知見によれば,APシャント,限局性結節性過形成,アルコール性多血性結節性病変,転移性肝腫瘍及び胆管細胞癌などは,ダイナミックCTの早期相(動脈優位相)で濃染を示すなど肝細胞癌のダイナミックCTの所見と一致するところがあり,これらの疾患と肝細胞癌との鑑別が問題となることが指摘されているところ,I医師も,肝細胞癌とAPシャント,限局性結節性過形成などの疾患との鑑別が難しいことがあり,いずれの疾患も典型的な症例であれば鑑別は可能であるが,それ以外の場合には画像だけでの肝細胞癌との鑑別には限界があり,背景肝(B型,C型肝炎の罹患)の状態や腫瘍マーカーを参考にしたり,最終手段として肝生検が必要になることがあると指摘している(乙B7)。
ウ 前記1(19)アのとおり,AFPは,31.1ng/dℓと基準範囲(10ng/dℓ以下)を超えるものであったことが認められるけれども,前記2(2)ア及びイの医学的知見によれば,慢性肝疾患であっても100ng/dℓ程度に上昇することがしばしば見られ,AFPの陽性率の低下などが指摘されているところ,I医師も,AFPの31.1はごく軽度高値であり,慢性肝炎や肝硬変でしばしば認められる旨指摘し(乙B7),AFPが数百以上であり,かつCT画像上典型的な所見を呈していれば肝細胞癌との診断をする旨証言していることからすれば,AFP31.1という数値は,肝細胞癌を疑わせるものではあるけれども,肝細胞癌の確定診断をする根拠となる数値とまでは言い難い。
エ 前記2(2)エの医学的知見によれば,腫瘍径が大きく,肝細胞癌の組織学的分化度が低下すれば,画像診断のみで診断可能となる例が多くなり,肝細胞癌高危険群の患者で20mm以上の大きさの多血性病変を認める場合には,生検せずに確定診断できるとされ,I医師も,CTだけで診断がつくものは肝細胞癌がある程度大きなものであり,10mmとか20mmとか小さな腫瘍の確定診断は相当慎重でなければならない旨証言しているところ,本件CT画像上の腫瘍部位は,約17.8mmの大きさであったことが認められ(甲A7),その腫瘍サイズからすれば,CT画像だけでの確定診断は容易であったとは言い難く,むしろCT画像だけでの確定診断をすることは慎重でなければならないというべきである。
オ 以上のとおり,単純CTでは肝細胞癌の所見が認められず,I医師が本件CT画像上の腫瘍と非腫瘍とのコントラストが明瞭でないと思われる旨指摘していること,肝細胞癌はAPシャントや限局性結節性過形成など他の疾患との鑑別が困難であるところ,本件CT画像上の腫瘍部位のサイズが約17.8mmと20mm以下の小さなものであり,腫瘍サイズが大きなものと比べて画像だけでの確定診断が容易であるとは言い難いこと,AFPは31.1と基準範囲を超えているものの,ごく軽度高値にすぎず,肝細胞癌であるとの確定診断の根拠たり得る値とまでは言い難いことなどにかんがみれば,本件CT画像及び当時のFの状態から,肝細胞癌であるとの確定診断をすることが容易であったとはいえない。
そして,肝細胞癌でない患者に対して肝切除術などの治療を行うことは避けるべきであるところ(証人I),前記のとおり,本件CT画像から肝細胞癌であるとの確定診断をすることが容易であったとはいえないことからすれば,本件CT画像上の腫瘍と思われる部位が約17.8mmと小さな段階で直ちに確定診断をせず,確定診断に向けてさらに検査等を行うとの判断が医療水準を逸脱したものであったということはできない。
したがって,本件CT画像撮影後の最初の診療時である平成16年9月13日の時点で,被告E医師に,Fが肝細胞癌であるとの確定診断をすべき義務があったということはできず,その時点から直ちに肝切除など肝細胞癌に対する治療を開始すべき義務があったということもできない。
(3) なお,原告らは,本件CT画像に基づき,肝細胞癌であるとの確定診断をすべきであったとして,前記第2の3(1)記載の主張をするけれども,いずれも採用することができない。その理由は,次のとおりである。
ア 原告らは,APシャントのダイナミックCT所見は,平衡相において肝細胞癌で見られる低吸収領域が検出されないところ,本件CT画像では,低吸収領域が検出されていることから,APシャントとの鑑別は可能であり,限局性結節性過形成のダイナミックCT所見は,動脈優位相において中心部に低吸収が見られるものであるが,本件CT画像ではそのような所見がないから,限局性結節性過形成との鑑別は可能であるなど,他の疾患との鑑別は可能である旨主張し,中沢哲也医師も,APシャント等の他の疾患は除外でき,確定診断は可能であると原告らの主張に沿う意見を述べる(甲B18)。
しかしながら,前記2(3)ウのとおり,限局性結節性過形成のダイナミックCT所見は,動脈優位相で早期濃染を示し,平衡相では低濃度から高濃度と様々な濃度を呈することがあり,中心瘢痕の描出頻度は50から60%程度であるとされているところ,I医師も限局性結節性過形成には非典型例も多数あると指摘していることからすれば(乙B7),限局性結節性過形成であっても,原告ら主張の中心部の低吸収が出現しないケースも十分あり得るものと認められる。そうすると,限局性結節性過形成が非肝硬変の患者に合併しやすいものであることを考慮しても(前記2(3)ウ,乙A5),本件CT画像上,限局性結節性過形成の可能性を否定することはできない。
その他,APシャント,アルコール性多血性結節性病変など他の疾患についても,典型例であれば,本件CT画像から鑑別することは可能であるとしても,非典型例もあり得ることからすれば,肝細胞癌以外の疾患を除外することはできない。したがって,これらの疾患の鑑別が容易であったとは言い難く,肝細胞癌であるとの確定診断を下すことが容易であったということはできないから,前記(2)のとおり,確定診断義務があったということはできない。
イ 原告らは,Fが肝細胞癌を発症する危険性が極めて高いB型肝炎による肝硬変患者であったことから,本件CT画像の所見に基づき,Fが肝細胞癌であるとの確定診断は可能である旨主張する。
前記2(1)及び(2)アのとおり,B型肝炎ウィルスは肝細胞癌の危険因子であることが認められ,B型肝炎ウィルスキャリアに対しては肝細胞癌のスクリーニング検査等を行うべきであり,CT画像の読影の際にも肝細胞癌を見逃さないよう意識すべきであるとはいい得るけれども,B型肝炎ウィルスキャリアであるから肝細胞癌であるということはできない。そして,肝細胞癌の確定診断は,あくまでもCT画像や腫瘍マーカー等に基づくべきであるから(乙B7,証人I),FがB型肝炎ウィルスキャリアであり,B型肝炎ウィルスキャリアは肝細胞癌の危険因子であるという一般的な医学的知見があることをもって,本件において,確定診断ができたという根拠とはならない。
4 争点(2)(本件CT画像上の占拠性病変について,MRI検査,血管造影検査等の検査を行い,動脈血流増加を確認し,肝細胞癌の確定診断をすべき注意義務違反があるか)について
(1) 前記3(2)のとおり,被告E医師には,平成16年9月13日の時点で肝細胞癌であるとの確定診断をすべき義務までは認められないものの,前記3(1)のとおり,本件CT画像の所見が肝細胞癌の所見と矛盾しないこと,FはB型肝炎ウィルスキャリアであったこと,AFPが31.1ng/dℓと基準範囲を超えていたことなどから,肝細胞癌を疑うべきであったというべきである。そして,証人Iが,本件CT画像から第1に肝細胞癌を考慮すべき所見であるとし(乙B7),更にこれが間違いなく肝細胞癌であるかどうかを確認するための作業に入ると証言していることからすれば,同時点において,被告E医師には,肝細胞癌を疑い,Fに対し,肝細胞癌であるか否かを確認をするために検査を尽くす義務があったというべきである。
(2) 本件では,前記1(21)ア及び(22)アのとおり,平成16年9月13日,被告E医師は,本件CT画像上,肝細胞癌の可能性が否定できなかったため,Fに対し,その4日後の同月17日に腹部エコー検査を受けるよう指示したこと,17日に腹部エコー検査が実施された後,F及び原告Aは,平成17年4月16日まで被告病院を受診せず,当該腹部エコー検査の結果を聞くために受診しなかったことが認められる。
以下,このような本件の事実関係の下で,被告E医師が,前記(1)の肝細胞癌か否かを確認するために検査を尽くす義務を怠ったといえるか否かについて検討する。
ア 前記2(2)アのとおり,スクリーニングとして,エコー検査が挙げられているものの,SOL(占拠性病変)の検出時や腫瘍マーカーの異常変動時には,MRI検査や,DSA,CT-A,CT-APなどの血管造影検査を行うことを指摘する文献があること,前記2(2)エのとおり,腫瘍径が小さい場合など確定診断できないときには生検が考慮されるとの文献があること,前記2(2)ウのとおり,古典的肝細胞癌の確定診断はダイナミックCTでも可能なことが多いことなどが認められる。
これらの文献等からすれば,肝細胞癌か否かを確認するために行う検査としては,MRI検査,血管造影検査(DSA,CT-A,CT-APなど),生検,ダイナミックCT検査などが考えられ,本件においても,本件CT画像の所見に基づき,病変が存在することを前提として,肝細胞癌か否かを確認するために,MRI検査,血管造影検査等を行うという選択肢も考えられるところである。
イ 他方,被告E医師は,MRI検査や血管造影検査ではなく,主としてスクリーニングに用いられる腹部エコー検査を指示しているけれども,以下のとおり,本件において,被告E医師が,MRI検査や血管造影検査等ではなく,4日後の腹部エコー検査を選択しことが医療水準を逸脱した判断であったということはできない。
すなわち,前記2(2)ウのとおり,エコー検査は,侵襲の大きい血管造影と比べ,侵襲がなく簡便に実施できるものであり,小病変でもかなりの高率で検出することができる検査であるところ,前記3(2)アのとおり,本件CT画像上,腫瘍と非腫瘍とのコントラストが明瞭でないとのI医師の指摘があること,前記3(2)エのとおり,本件CT画像で問題となっている病変が約17.8mmと小さいこと,前記3(2)イのとおり,本件CT画像上,APシャントの可能性も否定できず,エコー検査をすればAPシャントの鑑別は容易であること(乙B7)などからすれば,病変の存在の有無を確認するために,まずは腹部エコー検査を4日後に行い,病変の存在を確認した上で,最終的な確定診断に向けて,侵襲の大きい血管造影検査(CT-A,CT-APなどを含む),生検,ダイナミックCT検査などを行うという選択も不合理なものとはいえず,証人Iが「腹部エコーでそこの病変を確認する作業が必要だと思います」と証言していることも考慮すれば,被告E医師が4日後の腹部エコー検査を選択した判断が医療水準を逸脱したものであったということはできない。
また,MRI検査については,被告病院にはMRI検査装置がないこと(証人I),証人Iが,MRI検査は2cm以下の肝細胞癌に対しての感度が決して高くなく,よい機械を使わないと小さな肝細胞癌はきれいに描出できない旨証言していることからすれば,高性能のMRI検査装置を有する外部の病院にMRI検査を依頼するにしても,前記のとおり,まずは腹部エコー検査を行い,病変の存在を正確に把握した上で行うという判断も不合理なものとはいえない。
ウ 前記(1)のとおり,被告E医師は,肝細胞癌を疑い,肝細胞癌であるか否かを確認をするために検査を尽くす義務を負っていたところ,前記1(22)アのとおり,平成16年9月17日の腹部エコー検査で腫瘍性病変の有無が確認できず,肝細胞癌の可能性が否定されていないのであるから,被告E医師には,同日の腹部エコー検査実施後も,引き続き,肝細胞癌であるか否かを確認するために検査を尽くす義務があったというべきである。
これを本件についてみると,前記1(22)ア及び(23)のとおり,腹部エコー検査を受けた後,Fは,平成17年4月16日まで被告病院を受診していない。このように,腹部エコー検査の実施から約7か月もの間,Fが被告病院を受診していない以上,その間,被告E医師は,Fに対し,肝細胞癌であるか否かを確認するための検査を行うことはできない。
エ 原告らは,腹部エコー検査後にFが被告病院を受診しなかった点について,医師が高度の説明義務を尽くした上で,なお患者が受診を拒否した場合に限り,受診懈怠を理由として注意義務違反が否定されるけれども,本件では説明義務が尽くされていないから,受診懈怠を理由として,被告E医師の注意義務違反が否定されることはない旨主張する。
そこで,平成16年9月17日の腹部エコー検査に至るまでの被告E医師らの説明内容など,本件の事実関係にかんがみ,被告E医師は,肝細胞癌があるか否かを確認するために検査を尽くす義務を怠ったといえるか否かについて検討する。
本件では,平成16年2月5日にダイナミックCT検査が実施され(前記1(14)),同月10日,被告E医師は,ダイナミックCT画像上,占拠性病変はないが,肝硬変であり,定期的な検査を受けることが必要である旨説明し(前記1(15)),同年9月2日,被告E医師は,エコー検査では占拠性病変が確認されなかったが,AFPが31.1と増加傾向であり,2から3か月に1回の定期検査が必要である旨説明していたことが認められるところ(前記1(19)ア),前記2(2)アのとおり,AFPやダイナミックCT検査などが肝細胞癌のスクリーニングのために実施される検査であることからすれば,被告E医師が,これらの検査を実施する理由や定期検査が必要な理由について何ら説明していないとは考え難く,上記診療の際に,ダイナミックCTや腹部エコー検査などの検査が肝細胞癌のスクリーニングのための検査であることや,肝細胞癌のスクリーニングのために定期検査等が必要である旨の説明をしていたものと推認される。
このように,同年9月13日の診療に至る前の診療においても,被告E医師は,Fに対し,肝細胞癌のスクリーニングのために検査等を実施していることを説明していたものと推認されることに加え,9月13日の診療の際には,韓国語の通訳が可能なQ看護師の立会いの下(乙A8,原告A),前記1(21)アのとおり,本件CT画像上,肝細胞癌との確定診断はできないが,肝癌を否定できない気になる影があり,念のためにエコー検査をするなどと説明されていることが認められ,このような説明がなされた場合,その説明を受けた患者は,腹部エコー検査の後,主治医から検査結果を聞くために速やかに当該病院を受診するのが通常であるというべきである。そうすると,被告E医師のFに対する説明が,肝細胞癌が疑われる患者に対して受診を促す説明として不十分なものであったということはできない。
それにもかかわらず,Fは,腹部エコー検査の結果を聞くために受診することがなかったのであるから,本件において,同月17日の腹部エコー検査以降,Fに対して検査がなされなかったことをもって,被告E医師が,肝細胞癌であるか否かを確認するために検査を尽くす義務を怠ったということはできない。
(3) なお,原告らは,被告E医師は,MRI検査,血管造影検査などを行い,肝細胞癌の確定診断をすべき義務を怠ったとして,前記第2の3(2)記載の主張をするけれども,いずれも採用することができない。その理由は,次のとおりである。
ア 原告らは,肝細胞癌の確定診断には,血管造影検査等の動脈血流を確認できる検査が必要であるにもかかわらず,これらの検査は行われず,被告E医師は,腹部エコー検査の後の追検査の必要性の判断もしていないから,MRI検査,血管造影検査等を行う義務を履践しなかったことは明らかであるなどと主張する。
しかしながら,前記(2)アのとおり,本件において,腹部エコー検査を4日後に行い,病変の存在を確認した上で,最終的な確定診断に向けて,侵襲の大きい血管造影検査(CT-A,CT-APなどを含む)や生検などを行うという選択も不合理な選択であるとはいえない。
また,被告E医師は,「エコーの結果が,まず,完全にもう肝癌が腫瘤病変が描出されるという結果で返ってきたらば,私としては,これは肝癌の確定診断に近いものとして,治療に移ります。それから,エコーが否定的,肝の腫瘤はありません,病変がありませんという結果で返ってきたらば,ただ,私としては,CTである程度疑ってますので,そこでもう1度CTの造影の検査をやるか,次の検査,MRIその他の検査をやるかという判断をすると思います」,「エコーの検査が不鮮明,要するに判定不能ということですね。あるのかないのかはっきりしない,そういうこともございます。その場合はどうしたかというと,その場合も,やはりこれはエコー検査で新事実,新しい情報が得られませんので,また,新たな再検査なり次の精密検査に進むというふうに考えております」と供述しているところ,肝細胞癌の可能性が否定できないことを理由として,腹部エコー検査を指示しておきながら,腹部エコー検査後の検査の要否について,被告E医師が何も考えていなかったということは考え難く,当時の被告E医師は,その供述どおり,腹部エコー検査の結果次第では追検査を実施することも想定していたものと推認するのが相当である。
そして,本件では,前記1(22)アのとおり,H医師が腹部エコー検査のレポートに「CT拝見しましたがHCC S4 にみられます」と記載としていたことからすれば,Fが腹部エコー検査の結果を聞くために受診しておれば,被告E医師は,その説明のために当該レポートを読み,肝細胞癌の確定診断へ向けたさらなる検査を行ったであろうことは容易に推測されることである。
以上のように,被告E医師が追検査の必要性を判断していなかったということはできず,また,Fが腹部エコー検査の結果を聞くために受診しておれば,確定診断に向けた検査が実施された可能性は高いというべきであり,上記原告らの主張は採用できなない。
なお,原告らは,平成17年4月21日に被告病院を受診したFに対し,被告E医師は,鎮痛薬や胃潰瘍薬の処方しかしておらず,また,本件CT画像中の病変部位について「お酒の毒かもしれない」と述べるなどしたことから,H医師作成のレポートを見ていないことは明らかである旨主張する。
確かに,平成17年4月21日の時点において,被告E医師は,H医師作成の腹部エコー検査のレポートを見ていなかったことが認められる(乙A6)。
しかしながら,前記1(24)のとおり,同日の診療は,腹部エコー検査から約7か月が経過した後であり,また,Fは,心窩部痛などを訴え,被告病院を受診したのであり,腹部エコー検査の結果を聞きに来たものではない。そして,平成16年9月13日の腹部エコー検査の直後に,その検査結果を聞きにFが受診したとすれば,その結果を説明するにあたって,被告E医師が,その検査を行ったH医師作成のレポートを見るのは当然であり,腹部エコー検査の実施から間もないころにFが腹部エコー検査の結果を聞きに来た場合にも,平成17年4月21日と同様,被告E医師が,当該レポートを見ずに診療に臨むということは考え難い。また,前記1(21)アのとおり,被告E医師が,本件CT画像の所見から,肝細胞癌が否定できないと考えていたことは明らかであり,その後に,本件CT画像の病変部位について,「お酒の毒かもしれない」と発言することは考え難く,原告らの上記主張は採用できない。
イ 原告らは,被告E医師は,半年から1年に1回のCTで経過観察するという程度の説明しかしていなかったのであるから,Fの受診を期待するのは酷である旨主張する。
平成16年9月13日において,被告E医師は,肝細胞癌の可能性を疑っていたものの,本件CT画像所見からすれば,肝細胞癌の可能性は,どちらかと言えば否定的であると考えていたことが認められ(被告E医師),平成17年8月18日の原告Aとの面談において(甲A10),「もっと強く言えばいいのかもしれないけれども,安心させるために強く言わなかったことが半年間ここに来なかったことなんです」と発言していたことからすれば,平成16年9月13日の診療の際に,肝細胞癌の可能性等について強く言わなかったことがうかがわれる。
しかしながら,前記1(21)アのとおり,平成16年9月13日,被告E医師は,3か月から6か月以内の経過観察が必要であることのみならず,肝細胞癌との確定診断はできないが,肝癌を否定できない気になる影があり,念のためにエコー検査をするなどと説明していたことからすれば,同日,腹部エコー検査の結果がどのようなものであっても,その結果を聞きに来る必要はなく,半年又は1年後にCT検査を受ければよいという趣旨の説明がなされたとは認められず,半年から1年に1回のCTで経過観察するという程度の説明しかしなかったことを前提とする原告らの主張は採用できない。
ウ 原告らは,H医師が,腹部エコー検査中に「大丈夫」であると述べ,同日の腹部エコー検査後にJ医師の診察を受けたものの,後日の予約を取ることなく診察を終了したのであるから,Fが検査結果を聞きに来なかったことを受診懈怠ということはできず,被告E医師の検査義務は尽くされていないなどと主張する。
しかしながら,前記1(22)アのとおり,腹部エコー検査の結果は,何ら問題のない所見とはいえないものであり,主治医でもないH医師が腹部エコー検査結果について大丈夫と述べることは考え難く,また,主治医でもないJ医師が,H医師作成のレポートがあるにもかかわらず,「大丈夫」などと検査結果を改めて聞きに来る必要がないかのような発言をすることもあり得ないというべきであり,H医師らが大丈夫等と述べたことを前提とする原告らの主張は採用できない。
エ 原告らは,平成16年9月17日の腹部エコー検査を受ける以前の検査の際は,改めて検査結果を聞くために来院することはなく,被告E医師が検査結果を聞きに来るように言わなかった以上,同日の腹部エコー検査の結果を聞きに来なかったFの受診態度を責めることはできない旨主張する。
確かに,被告E医師が,Fに対し,同日の腹部エコー検査の結果を聞きに来る日時を予約等したという事実は認められない。
しかしながら,被告病院の看護科長であった証人Qは,被告病院では検査以外の予約診はとらず,検査結果を聞く場合,主治医が担当する曜日に患者が来院することになっている旨証言しているところ,前記1(12)ア,(13),(14),(18)のとおり,実際,Fは,9月17日の腹部エコー検査以前に腹部エコー検査を受けた際も,検査当日には検査結果を聞いていなかったことからすれば,被告病院では,検査日以降に検査結果を聞きに来ることが前提となっていたものというべきであり,従前は改めて検査結果を聞きに来ることはなかったことを前提とする原告らの主張は採用できない。
また,前記1(21)アのとおり,被告E医師は,Fに対し,肝細胞癌が否定できないから,念のために腹部エコー検査を行う旨の説明をしている以上,その腹部エコー検査の結果を聞きに来るのは当然であり,被告E医師が腹部エコー検査の結果を聞きに来る日時を指定しなかったから,Fは受診しなかった旨の原告らの主張は採用できない。
5 以上のとおりであって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浜秀樹 裁判官 松田浩養 裁判官 松井俊洋)