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東京地方裁判所 平成18年(ワ)23550号 判決 2010年6月23日

静岡県菊川市<以下略>

原告

P1

同訴訟代理人弁護士

升永英俊

江口雄一郎

柳沢知樹

東京都千代田区<以下略>

被告

株式会社日立製作所

同訴訟代理人弁護士

城山康文

岩瀬吉和

山本健策

池田孝宏

主文

1  被告は,原告に対し,6302万6136円及び別紙認容金額内訳表の金額欄記載の各金額に対する同認容金額内訳表の起算日欄記載の各日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告に対し,6億円及び別紙請求金額内訳表の金額欄記載の各内金額(ただし,同請求金額内訳表の起算日欄記載の日の早いものから順次6億円に満つるまで。)に対する同請求金額内訳表の起算日欄記載の各日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  仮執行宣言

第2事案の概要

本件は,被告の従業員であった原告が,被告に在職中に行った発明に係る日本国特許6件,アメリカ合衆国(以下「米国」という。)特許17件及び大韓民国(以下「韓国」という。)特許5件についての特許を受ける権利を被告に承継させたことによる相当の対価として,平成16年法律第79号附則2条1項,同法による改正前の特許法35条3項及び4項に基づき,15億8799万5473円の一部である6億円及び別紙請求金額内訳表の金額欄記載の各内金額(ただし,同請求金額内訳表の起算日欄記載の日の早いものから順次6億円に満つるまで。)に対する同請求金額内訳表の起算日欄記載の各日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  争いのない事実等(争いのない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)

(1)  当事者等

ア 原告は,昭和52年4月に被告に入社し,平成14年6月に被告を退職した。

イ 被告は,半導体,家電,重電を含む総合電機メーカーである。

ウ 株式会社ルネサステクノロジ(以下「ルネサス」という。)は,被告と三菱電機株式会社(以下「三菱電機」という。)が,それぞれの半導体事業部門につき,共同して新設分割をすることにより,平成15年4月1日に設立された株式会社である(弁論の全趣旨)。

(2)  特許を受ける権利の譲渡

原告は,被告に在籍中,被告の業務範囲に属し,かつ,原告の職務に属する,後記(3)の各特許に係る発明(以下,これを「本件発明」と総称する。)を行い,被告に対し,本件発明に関するすべての権利を譲渡した。

(3)  本件各特許等

ア 被告は,本件発明につき,日本,米国及び韓国において,別紙特許目録記載の各特許の出願又は分割出願をし,それぞれ特許を受けた(特許番号及び登録日を除き,甲2ないし4(各枝番を含む。)。以下,同特許目録記載の各特許,各特許に係る特許権及び各特許に係る発明を,それぞれ特許された国及び登録番号の末尾3桁により特定し(例えば,「日本967号特許」,「日本967号特許権」及び「日本967号発明」といい,同様に「米国417号特許」,「韓国796号特許」等という。),これらの各特許,各特許権及び各特許に係る発明を総称して,それぞれ「本件各特許」,「本件各特許権」及び「本件各特許発明」と,日本国特許を総称して「日本各特許」と,米国特許を総称して「米国各特許」と,韓国特許を総称して「韓国各特許」という。)。

イ 日本748号特許,同749号特許,同477号特許,同052号特許及び同468号特許は,いずれも,日本967号特許の出願(特願昭63-295350)から分割出願されたものである。

ウ 米国各特許及び韓国各特許は,いずれも日本967号特許の出願(特願昭63-295350)につき優先権を主張するものである。

エ 米国417号特許は,再発行特許RE35315の登録により,放棄されたものとみなされた。当該再発行特許の期間満了日は,2009年11月16日である。(以上,弁論の全趣旨)

オ 本件各特許権を含む被告の半導体部門が管理する特許権等(一部を除く。)に関する一切の権利義務は,前記(1)ウの新設分割により,被告からルネサスに承継された。しかしながら,被告の従業員であった発明者であって,前記(1)ウの分割期日(平成15年4月1日)より前に退職した者等に対する特許を受ける権利の譲渡対価支払債務は,ルネサスと被告との間の合意により,被告がこれを負担すること,ルネサスは,被告に対し,ルネサスが発明者に対する支払として十分であると認める金額を補償することとされた。これにより,本件発明についての特許を受ける権利の譲渡対価支払債務は,ルネサス設立後においても,被告が負担することとなった。(以上,弁論の全趣旨)

(4)  実績報奨金の支払

被告は,原告に対し,日本967号特許の実績報奨金として,次のとおり,支払った。なお,年度とは,4月1日から翌年3月31日までをいう(以下同じ。)

支払年

実績年度(4月1日~3月31日)

実績報奨金の額

平成14(2002)年

平成12(2000)年

160万円

平成15(2003)年

平成13(2001)年

400万円

平成16(2004)年

平成14(2002)年

420万円

平成17(2005)年

平成15(2003)年

500万円

平成18(2006)年

平成16(2004)年

743万0932円

合計

2223万0932円

(5)  日本各特許発明に係る特許を受ける権利の譲渡は,いずれも平成16年法律第79号の施行(平成17年4月1日)前にされたものであるから,当該譲渡に係る対価については,同法附則2条1項により,同法による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)35条3項及び4項が適用される。

また,米国各特許発明及び韓国各特許発明に係る特許を受ける権利の譲渡に係る対価についても,旧特許法35条3項及び4項が類推適用されると解される(最高裁平成16年(受)第781号同18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁)。

なお,旧特許法35条3項及び4項の規定は,次のとおりである。

第35条 (略)

2 (略)

3 従業者等は,契約,勤務規則その他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ,又は使用者等のため専用実施権を設定したときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。

4 前項の対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。

2  争点

(1)  本件発明により被告が受けるべき利益の額

ア 本件各特許発明の技術的範囲

イ 被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許により得た利益の額

(2)  本件発明がされるについて被告が貢献した程度

(3)  本件発明の相当の対価の額

(4)  消滅時効の成否

第3争点についての当事者の主張

1  争点(1)ア(本件各特許発明の技術的範囲)について

(原告の主張)

(1) 原告の主張の骨子

本件各特許は,ハーフトーン型位相シフトマスクを用いた半導体集積回路の製造方法を含み,光の波長を下回るパターンのウエハ上での形成を可能とする半導体集積回路の製造方法の基本特許である。

(2) 日本967号特許の明細書の記載等

ア 日本967号特許の請求項1の構成要件の分説

日本967号特許の請求項1は,次のとおり,構成要件に分説される(以下,各構成要件を,それぞれ「構成要件A」等という。)。

A: マスク基板の一主面上に形成された回路パターンを,集積回路が形成されるべき半導体ウエハ上のフォトレジスト膜に縮小投影露光装置により露光する集積回路装置の製造方法であって,

B: (a)第1光透過領域及びその第1光透過領域と境界を接する第2光透過領域よりなる回路パターンを有する上記マスク基板を上記縮小投影露光装置の所定の部位に配置する工程,

C: (b)上記フォトレジスト膜が形成された上記半導体ウエハを上記縮小投影露光装置の所定の部位に配置する工程,

D: (c)上記所定の部位に配置した上記マスク基板に所定の波長を有する露光光を照射し上記第1光透過領域及び上記第2光透過領域のいずれか一方に設置された位相シフト手段により上記露光光の内,上記第1光透過領域と上記第2光透過領域を透過した光の位相が相互に反転するようにして透過させる工程,

E: (d)上記マスク基板を透過した上記露光光を上記縮小投影露光装置により集光し,上記マスク基板上の回路パターンの実像を上記第1光透過領域の上記第2光透過領域側において上記実像の端部が鮮明になるように上記所定の部位に配置した上記半導体ウエハ上のフォトレジスト膜に投影し,露光する工程よりなること

F: を特徴とする集積回路装置の製造方法。

イ ポリメチルメタアクリレートを用いた透明膜について

(ア) 日本967号特許の明細書(以下「日本967号明細書」という。)には,「(日本967号発明の位相シフト手段の透明膜は,)ポリメチルメタクリレートなどでも良い」と記載されている(20欄35行~38行)。そして,ポリメチルメタアクリレートは,有機高分子膜であり,露光光の波長によって,透過率が著しく変わるものであって,現在,縮小投影露光装置として広く実用化されている(すなわち,日本967号発明がなされた当時,当業界の専門家の間で検討されていた。)ArFエキシマレーザ露光装置(波長193nm)についていえば,ポリメチルメタアクリレートを用いた透明膜は,光透過率が1%程度になる。これは,ハーフトーン型位相シフト膜の通常の光透過率(5~6%)を下回る。

また,金属膜や完全遮光する遮光領域は,日本967号特許の請求項1の構成要件ではない。

したがって,日本967号特許の請求項1は,ハーフトーン型位相シフトマスクを用いた縮小投影露光法の集積回路製造方法を含むと解される。

(イ) 被告は,ポリメチルメタアクリレートは,透明膜の一例として挙げられていることをもって,これをハーフトーン型位相シフト膜として利用することは開示されていないと主張する。

これは,透過領域は透明膜を用いたものでなければならず,そこにおける透明膜は,光透過率がほぼ100%のものに限られることを前提とするものと解される。

しかしながら,そもそも,日本967号特許の請求項1は,「第1光透過領域」と「第2光透過領域」のいずれについても,その光透過率について何らの制限も加えていないから,その光透過率が何%であっても,位相が反転した光が干渉しあい,端部が鮮明になるという効果を奏するものであれば,日本967号発明の技術的範囲に含まれると合理的に考えられる。

また,透明膜という文言は,日本967号特許の請求項1では用いられておらず,実施例の中の説明文,図面の中で用いられているにすぎない。

したがって,被告の前記主張は,第1に,そもそも透明膜はほぼ100%の光透過率である必要はないという点において,また,第2に,仮に,透明膜とはほぼ100%の光透過率を有するものを意味するとしても,そもそも日本967号特許の請求項1においては,透明膜とは一切記載されていない点で,誤っている。

(ウ) また,被告は,「新規ArFレジスト用光酸発生剤の設計とその性能」と題する論文(乙25。以下「乙25論文」という。)を根拠に,波長193nmの光を用いたとしても,ポリメチルメタアクリレートの光透過率は,100%に近いと主張する。

しかしながら,乙25論文は,平成13(2001)年発表の論文であるところ,ポリメチルメタアクリレートの光透過率を向上させることは,かなり以前から研究されてきており,その光透過率は10年程度の間に飛躍的に向上してきた。したがって,乙25論文は,この成果を反映させたものであって,日本967号特許の出願時における当業者の認識とは異なる。

他方で,1988年12月6日に出願された米国特許5008156号(甲60。以下「甲60公報」という。)のFig.4によれば,ポリメチルメタアクリレート(膜厚0.85μm(850nm))の光透過率は,波長が250nmから220nmにかけて,10%程度まで急激に低下しており,これを見た当業者は,193nmの波長において,光透過度が100%近くになるとは考えない。また,「有機物の紫外線吸収と分解」(“Ultraviolet laser ablation and decomposition of organic materials”)と題する論文(甲64。以下「甲64論文」という。)も,波長193~220nmにかけて,ポリメチルメタアクリレートの紫外線の吸収が格段に低下(光透過率が格段に増加)するものではないことを示している。

もっとも,透明膜の透過度は,日本967号発明の特許請求の範囲の構成要件として掲げられておらず,また,透過度に基づく限定解釈は不要であるから,ポリメチルメタアクリレートの透過度は,本件においては,重要な問題ではない。

ウ Cr層について

(ア) 日本967号特許の特許公報(以下「日本967号公報」という。)の第3図には,次のことが開示されている。

① 透過領域内において,マスク透過光の位相を反転させて,境界を接する部分において,当該第3図の(d)に示す光強度の暗部(実像の端部が鮮明になる部分)が生じる。

② ウエハに像が形成されるのは,当該第3図の(d)の光強度の山がある部分である。

③ 遮光膜3(「金属層3」とも記載されている。)と位相シフト膜4a(「透明膜4a」とも記載されている。)を含んだ領域が実効的な遮光領域を形成する層(例えば,光透過率数%の層)になる。

(イ) 前記(ア)③の「実効的な遮光領域を形成する層」は,日本967号明細書によれば,次のとおりである。

① 「実効的な遮光領域を形成する層」のない窓部(前記第3図のBの部分)の透過光の位相と遮光体の一部(前記第3図の4aの両端部分)からの透過光の位相が,両者の境界において,互いに反転する(前記第3図の(b)参照)。

② 「実効的な遮光領域を形成する層」の一部を透過する光が,ウエハ上のレジストを感光しないように制御することが可能である。

③ 「実効的な遮光領域を形成する層」の一部を構成する金属層3について,日本967号明細書には,「例えば,厚さ500~3000Å(注:50~300nm)の金属層3が所定の形状にパターン形成されている。金属層3は,例えば,Cr層から,あるいはCr層の上に酸化Cr層が積層され構成されて」いる(9欄7行~10行)と記載されており,「Cr層に酸化Cr層を積層した全体の層の厚さが,50nmであること」が開示されている。また,酸化Cr層の厚さは,通常約20nmであるから,ここに開示されているCr層(金属層)の厚さは,30nmということができる。

そして,Cr層(金属層)の厚さが30nmの場合に,露光光として実施例に記載された紫外線領域のi線(波長365nm)を用いたときは,当該Cr層は,3%程度の光を透過する(甲37)。逆に言えば,実施例で示す30nmのCr層は,97%の光を遮光するので,正に,被告が主張するハーフトーンである。

(ウ) したがって,日本967号公報(第3図及び発明の詳細な説明9欄7行~10行)は,薄い厚さのCr層と酸化Cr層(透明媒質層)との積層構造によって,ハーフトーン型位相シフトマスクを構成し得ることを開示している。

エ 被告の主張について①(日本967号発明は,3領域で構成されることを必須とするか。)

(ア)a 被告は,日本967号発明で使用される位相シフトマスクは,第1光透過領域と第2光透過領域とから成る透過領域と遮光領域との3領域で構成される回路パターンを有するものであって,位相を反転させない光透過領域と光をわずかに透過するとともにその透過光の位相を反転させる遮光領域の2領域で構成されるハーフトーン型位相シフトマスクを使用する集積回路の製造方法は,同発明の技術的範囲には含まれないと主張する。

b しかしながら,日本967号特許の請求項1は,「第1光透過領域」と「第2光透過領域」とは別に,「遮光領域」なる領域があることを構成要件とはしていない。また,第1光透過領域及び第2光透過領域のいずれについても,その光透過率は構成要件とされておらず,それらが透明膜であることも構成要件とはされていない。

そして,日本967号発明の本質は,①境界を接する第1光透過領域と第2光透過領域において,②光の位相を相互に反転させ,③縮小投影露光をすることにより,④「端部が鮮明」になるということであって,これが同発明の技術的思想である。このような同発明の効果を奏するためには,遮光領域を設ける必要はなく,また,透過領域の光透過率がほぼ100%である必要もない。そして,所定の構成を採ることにより,端部が鮮明になるという効果を奏する以上,ハーフトーン型位相シフトマスクを除く理由はない。

また,日本967号公報の第16図は,第1光透過領域と第2光透過領域の境界で,光の位相が相互に反転することを明瞭に図示しており,被告が主張する「完全なる遮光膜」の存在が,光の位相を第1光透過領域と第2光透過領域との境界で相互に反転させ,端部を鮮明にするという日本967号発明の効果を生じさせるために必要であることなど,一切図示していない。

c そもそも,ハーフトーン型位相シフトマスクは2領域でなければならないという被告の主張は,誤りである。

すなわち,ハーフトーン型位相シフトマスクとは,端部が鮮明になる等の技術的効果を狙って,光透過率が低い(例えば,1~20%)位相シフト膜を用いるものをいい,ハーフトーン型位相シフトマスクであっても,必要に応じて遮光領域を設けることは,単なる設計事項にすぎない。実際,特許第3037941号の特許公報(甲61。以下「甲61公報」という。)には,ハーフトーン型位相シフトマスクにつき,透光部と半透光部(「半」であっても光を透過する領域である。)を有し,更に遮光膜を設けるものが開示されており,また,1996年11月の時点で,遮光膜,ハーフトーン膜及び石英ガラス基板の3領域から成る2層構造のハーフトーン型位相シフトマスクが商業的に実施されていた(甲86)。

したがって,2領域であること及びそのためにパターン形成が1回で済むことをハーフトーン型位相シフトマスクの要件とする被告の主張は,根拠を欠くものである。

d 以上のことから,前記aの被告の主張は,誤りである。

(イ) 遮光領域の存在について

a 日本967号明細書の実施例の記載に基づき遮光領域が必要であるとの被告の主張は,日本967号発明の技術的範囲は,実施例に限定されると主張するに等しく,相当ではない。

b また,被告は,日本967号明細書の作用欄の記載(「本発明の集積回路装置の製造方法によれば,露光の際,一つの透過領域内において,透明膜,あるいは位相シフト溝を透過した光と,これらが形成されていない部分を透過した光とが,透過領域と遮光領域との境界部分,または遮光領域の端部において弱めあうように干渉させることにより,マスク上のパターンの転写精度を向上させる」(8欄29行~36行))を根拠に,遮光領域が必要であると主張する。

この作用欄の記載は,遮光領域と透過領域との境界付近において端部が鮮明になるとの記載であるが,実際に端部が鮮明になるのは,透過領域の中の第1光透過領域と第2光透過領域との境界であると記載すべきであった。そして,この記載が誤記であることは,日本967号特許の請求項1における,「回路パターンの実像を上記第1光透過領域の上記第2光透過領域側において上記実像の端部が鮮明になる」との記載や,端部が鮮明になることを示した図である,日本967号公報の図3や図16の記載からも明らかである。

したがって,前記作用欄の記載をもって,遮光領域の存在が必須であるということはできない。

c さらに,被告は,遮光領域を設けずに,2つの光透過領域のみで回路パターンを形成した場合には,目的とする回路パターンを得ることができないと主張するが,これは,2つの光透過領域の光透過率を100%であると仮定した上での主張であって,その前提を欠く以上,無意味な主張である。

d 以上のことから,日本967号発明が遮光領域の存在を前提としているということはできない。

(ウ) 光透過領域の意義について

被告は,日本967号特許の特許請求の範囲の「光透過領域」とは,少なくともフォトレジスト膜を感光する程度の光透過率を有する領域を意味すると主張する。

しかしながら,前記のとおり,日本967号特許の請求項1は,「第1光透過領域」と「第2光透過領域」のいずれについても,その光透過率について何らの制限も加えておらず,その光透過率が何%であっても,位相が反転した光が干渉しあい,端部が鮮明になるという効果を奏するものであれば,日本967号発明の技術的範囲に含まれると合理的に考えられるから,被告の前記主張は,失当である。

オ 被告の主張について②(日本967号特許はエッジ強調型位相シフトマスクに関するものか。)

被告は,日本967号特許は,エッジ強調型位相シフトマスクに関するものであると主張する。

しかしながら,被告の主張によれば,エッジ強調型位相シフトマスクは,完全遮光する遮光領域を有するものであるが,前記エのとおり,日本967号特許の請求項1は,完全遮光する遮光領域をその構成要件の中に含んでいない。

また,被告は,「エッジ強調型位相シフトマスクは,開口(光透過)領域内の周辺部に補助的な透明シフタ領域(透過率90%以上)を配置したものである。」と主張するところ,日本967号公報の第16図には,開口(光透過)領域内の周辺部に補助的な透明シフタ領域(透過率90%以上)を配置しない技術を開示しており,また,日本967号特許の請求項1は,「開口(光透過)領域内の周辺部に補助的な透明シフタ領域(透過率90%以上)を配置すること」をその構成要件の中に含んでいない。

さらに,後記(3)のとおり,被告の平成9(1997)年12月26日付けの戦略特許取得速報(甲27。以下「被告戦略特許取得速報」という。)において,日本967号特許がハーフトーン型位相シフトマスクをカバーすることを自認している。

したがって,被告の前記主張は,誤りである。

(3) 被告戦略特許取得速報の記載

ア 日本967号特許の取得につき,●(省略)●被告特許部が,平成9(1997)年当時,当該特許がハーフトーン型位相シフト技術をカバーしていると判断していたことを示している。

イ また,●(省略)●

ウ したがって,ハーフトーン型位相シフトマスクを含まないとの被告の主張は,被告戦略特許取得速報の記載と矛盾する。

(4) P2特許その他の特許との比較

ア P2特許について

(ア) 日本967号発明は,縮小投影露光法(縮小投影露光装置を用いて,集積回路の回路パターンを形成する集積回路装置の製造方法)に関するものであって(構成要件A及びC),「上記マスク基板上の回路パターンの実像を上記第1光透過領域の上記第2光透過領域側において上記実像の端部が鮮明になる」(構成要件E)との効果を得るように,「第1光透過領域と第2光透過領域を透過する光の位相を相互に反転」させること(構成要件D)を規定しており,商用活用レベルで,光の波長を下回る微細な寸法の回路パターンの作成を可能とするものである。

他方で,被告が指摘するP2論文(P2「Use of a pi-phase shifting x-ray mask to increase the intensity slope at feature edges」(乙11)をいう。以下同じ。)に開示されている露光法は,近接等倍率露光法である。この近接等倍率露光法は,反影ボケによる光学像の劣化現象を伴う技術であるから,P2論文は,日本967号発明のように,縮小投影露光装置を用いて,回路パターンの実像の端部を,第1光透過領域の第2光透過領域側において鮮明にするという技術を開示・示唆するものではない。したがって,P2論文が開示する近接等倍率露光法によっては,光の波長を下回る微細な寸法の回路パターンを作成することは,不可能である。

このように,日本967号発明の露光法とP2論文の露光法とが異なることは,①P2論文における露光光の波長は365nm,露光によって形成されるパターン寸法は100μmであり,日本967号発明において焼き付けられるパターン寸法は,これより3桁も小さいこと,②被告は,この近接等倍率露光と縮小投影露光とが異なる露光法であることを認め,日本967号特許の特許出願をし,また,出願したすべての国(日本,米国及び韓国)の特許庁の審査により,近接等倍率露光法と縮小投影露光法との技術の違いが確認され,特許登録されたこと,③P2論文は,近接等倍率露光法における,フレネル回折による光強度のボケの改善法を開示したものであるのに対し,日本967号発明は,縮小投影露光法におけるフラウンホーファー回折による光強度のボケの改善法を提示したものであること等から,根拠付けられる。

(イ) 被告は,P2論文に,ハーフトーン型位相シフトマスクの縮小投影露光法への適用が開示されていると主張する。

しかしながら,被告がその主張の根拠とするP2論文の記載中,「optical projection(光投影)」という用語自体,マスクを透過した光をウエハに投影するということを意味するにすぎない一般的な用語であって,縮小投影法を意味するものではない。被告は,P2論文中,「optical projection(光投影)」という用語が用いられている他の部分の引用論文をもって,縮小投影露光装置を意味するものと主張するが,両者は別の項に記載されたものであって,これを同義に解する必然性はない。

また,被告は,P2論文が「マスク」と「レチクル」という用語を使い分けていることも,その主張の根拠とするが,「レチクル」という用語が,必然的に縮小投影露光法を意味するという科学常識は存在しない(甲62参照)。

そもそも,P2論文は,X線を用いた技術をテーマとした論文であるところ,X線を縮小投影することを可能とするレンズは,いまだ存在しないから,同論文が,X線PTPS法(ハーフトーン型位相シフト法)に縮小投影法を適用することを開示していると解することはできない。

以上のとおり,P2論文に,ハーフトーン型位相シフトマスクの縮小投影露光法への適用が開示されているということはできない。

(ウ) このようにP2論文に記載された発明と日本967号発明とは異なっている。そして,前記(ア)のとおり,P2論文に記載された発明に係るP2特許(後記被告の主張(1)オ(ア)参照)は,近接等倍率露光に適したマスク特許でしかなく,縮小投影露光装置を用いた集積回路の製造方法に係る記載は全くないから,ハーフトーン型位相シフトマスクを用いた半導体集積回路の製造方法を含む半導体集積回路の製造方法の基本特許ではない。

イ P3特許について

後記被告の主張(1)オ(イ)のP3特許は,日本967号特許及びP2特許の双方が公開された後に出願された後発の特許でしかなく,また,その米国特許出願については,被告は,P2特許の存在により,これを放棄している。

したがって,P3特許は,ハーフトーン型位相シフトマスクを用いた光の波長を下回る寸法の回路パターンのウエハ上の焼付けを可能とする集積回路製造方法の基本特許ではない。

ウ 他方で,日本967号特許の出願並びにこれに対応する複数の米国及び韓国での特許出願は,P2論文の発表後の出願であるにもかかわらず,ハーフトーン型を含む位相シフトマスクを用いた集積回路の製造方法の特許として,特許登録されている。そして,前記アのとおり,P2論文は,近接等倍率露光法を開示しているだけであるのに対し,日本967号特許は,縮小投影露光法を用いることが明記されている。

したがって,日本967号特許は,ハーフトーン型を含む位相シフトマスクを用いた光の波長を下回る寸法の回路パターンのウエハ上の焼付けを可能とする半導体集積回路製造方法の基本特許である。

(5) 小括

以上のとおり,ハーフトーン型位相シフトマスクは,日本967号発明の技術的範囲に含まれるものであって,日本967号特許は,ハーフトーン型を含む位相シフトマスクを用いた光の波長を下回る寸法の回路パターンのウエハ上の焼付けを可能とする半導体集積回路製造方法の基本特許である。

(被告の主張)

(1) 位相シフトマスクの歴史について

本件発明は,位相シフトマスクに関するものであるところ,位相シフトマスクの歴史は,次のとおりである。

ア 位相シフトマスク以前(バイナリマスク)

位相シフトマスクが登場する以前の光リソグラフィ用マスクは,ガラス基板上に遮光領域を構成する遮光材料(金属クロム)で被膜し,これにマスク上の回路パターンに応じて開口領域を加工し,完全遮光(光透過率が0.1%程度)された被膜領域(遮光領域)と光を透過する開口領域とにより回路パターンを構成するバイナリマスクが用いられた。しかしながら,回路パターンが微細化して開口(光透過)領域が近接してくると,通常の露光法では,それぞれの開口(光透過)領域からの光が周囲に広がってしまい,ウエハ上では開口(光透過)領域を分離することができなくなるという問題があった。

イ レベンソン型位相シフトマスク

このようなバイナリマスクの問題を解決したのが,位相シフトマスクであり,位相シフトマスクの歴史は,レベンソン型位相シフトマスクと呼ばれるものに始まる。

レベンソン型位相シフトマスクは,バイナリマスクと同じく,完全遮光された遮光領域と光を透過する開口領域とで回路パターンを構成しながら,隣接する開口(光透過)領域の一方の位相を一様に反転させることにより,位相の異なる隣り合った開口(光透過)領域の中間では,必ず暗部が形成され,隣り合った開口(光透過)領域は分離されることとなって,バイナリマスクの課題を解決するものである。レベンソン型位相シフトマスクに係る発明(以下「レベンソン発明」という。)は,日本でも昭和58年10月12日に公開され(特開昭58-173744。乙1の1),昭和62年12月10日に公告された(特公昭62-59296。乙1の2)。また,レベンソン発明は,1982年12月に「The Institute of Electrical and Electronics Engineers」で論文発表された(乙2)。

同様の発明は,日本光学工業株式会社のP4においてもなされ,同人の発明(以下「P4発明」という。)に基づく特許出願は,昭和57年4月14日に公開され(特開昭57-62052。乙3の1),昭和62年10月27日に公告され(特公昭62-50811。乙3の2),特許第1441789号として登録された。

ウ P5発明(補助開口型位相シフトマスク)

(ア) 被告においては,レベンソン発明及びP4発明が公開された昭和50年代末より,位相シフトマスクの改良及び実用化に向けた研究開発活動を開始し,被告の中央研究所(以下「被告中央研究所」という。)のP5らは,光を透過する開口領域の周辺に位相が反転した補助開口部を設けることで開口領域の解像を改善することを特徴とする発明(以下「P5発明」という。)をした。このP5発明は,昭和60年9月20日に特許出願,昭和62年3月27日に公開(特開昭62-67514。乙4の1),平成6年11月14日に公告(特公平6-90506。乙4の2)がそれぞれされ,特許第2128166号として登録された。

なお,日本967号明細書(甲2の1)中の実施例3を示す第8図として,P5発明と同一の位相シフトマスクが記載されている。また,同明細書中の実施例4も,位相を反転させる手段が異なるだけであり,前記実施例3と同じく,P5発明の公開時の特許請求の範囲に含まれる。

(イ) P5発明は,一般に,補助開口型位相シフトマスクと呼ばれている。

P5発明は,完全遮光された遮光領域と光を透過する開口領域とで回路パターンを構成するという構成を維持している点では,バイナリマスクやレベンソン型位相シフトマスクと同じであるところ,このマスクの利点は,レベンソン型位相シフトマスクが適用できない孤立した開口領域や複雑な回路パターンにも適用できるところにあった。しかしながら,P5発明は,微細な補助領域の加工が隘路となり,商業化されなかった。

エ P6発明及び本件発明(エッジ強調型位相シフトマスク)

(ア) 続いて,完全遮光する遮光領域と光を透過する開口領域との境界領域に位相を反転する透明膜又は溝を設けて,解像度の向上効果を得る位相シフトマスクが発明され,エッジ強調型位相シフトマスクと呼ばれている。これは,東芝のP6らと原告とがそれぞれ独立して,同様の発明をしたものである。

a P6らの第1の発明は,平成元(1989)年2月13日に特許出願され(特願平1-31084),平成2(1990)年8月22日に公開された(特開平2-211451。乙5)。さらに,P6らの第2の発明(以下,このP6らの第2の発明を「P6発明」という。)は,平成元(1989)年7月13日に特許出願され(特願平1-180920),平成3(1991)年2月27日に公開され(特開平3-45951。乙6の1),平成10(1998)年12月4日に特許第2859894号として登録された(乙6の2)。また,P6発明は,平成元(1989)年12月に国際電子デバイス会議(IEDM)で発表された(乙7)。

P6発明の公開時の特許請求の範囲は,次のとおりである。

「透光性基板と,前記透光性基板上に配設された遮光性材料からなるマスクパターンと,前記マスクパターン上に,前記マスクパターンよりも開口部に張り出すように大きく形成され,かつ該マスクパターンの開口部を透過するリソグラフィ光に対して位相をシフトするように構成された位相シフタ層とを具備したことを特徴とする露光用マスク。」

b 他方で,日本967号発明は,前記争いのない事実等(3)のとおり,昭和63(1988)年11月22日に特許出願されているが,出願時の特許請求の範囲は,次のとおりである(乙8)。

「遮光領域,及び透過領域を備え,少なくとも部分的にコヒーレントな光の照射によって所定パターンを転写するマスクであって,前記透過領域の一部に透明膜を形成し,前記透明膜を透過した光と,前記透明膜が形成されていない透過領域を透過した光との間に位相差が生じ,前記光の干渉光が,前記透過領域と遮光領域との境界部分において弱め合うように,前記透明膜を配置したことを特徴とするマスク。」

この発明は,露光の際,1つの透過領域内において,透明膜を透過した光と,これらが形成されていない部分を透過した光とが,透過領域と遮光領域との境界部分において弱め合うように干渉させることにより,マスク上のパターンの転写精度を向上させることができるものである。

(イ) 平成2(1990)年から平成3(1991)年ごろにかけて,各社でエッジ強調型位相シフトマスクの研究がなされた。この事実に基づいて,被告においてもエッジ強調型位相シフトマスク技術が重要であると評価され,本件発明が戦略特許賞「金賞」に認定された。

このエッジ強調型位相シフトマスクは,バイナリマスクやレベンソン型位相シフトマスク,P5発明と同じく,完全遮光する遮光領域と光を透過する開口領域とで回路パターンを構成するものであり,回路パターンの解像を向上させるため,開口(光透過)領域内の周辺部に補助的な透明シフタ領域(光透過率90%以上)を配置したものであるが,エッジ強調型位相シフトマスクには,レベンソン型位相シフトマスクのような各開口部への複雑な位相割当てが不要であるという利点がある。

しかしながら,エッジ強調型位相シフトマスクは,補助開口型位相シフトマスクと同様に,微細な補助的な透明シフタ領域の加工が隘路となり,商業化されなかった。

オ ハーフトーン型位相シフトマスク

(ア) P2発明

マサチューセッツ工科大学のP2は,1988年1月に発表したP2論文(乙11)に,X線リソグラフィ及び光リソグラフィのマスクにおいて,ハーフトーン型位相シフト法を採用した発明(以下「P2発明」という。)を記載した。なお,P2発明については,1987年2月25日に特許出願され,米国特許第4890309号として成立している(乙12。以下,この特許を「P2特許」という。)。

ハーフトーン型位相シフトマスクは,遮光領域自体を位相シフト領域として,遮光特性を維持しつつ,わずかな光を反転透過させることで,遮光領域と開口(光透過)領域とで構成された回路パターンの解像を向上させるものである。これは,バイナリマスクや前記各位相シフトマスクとは異なり,回路パターンを構成するためには完全遮光する領域が必須であるという従来の光リソグラフィ用マスクの固定観念を廃し,遮光領域において10%程度光を透過させたとしても,ウエハ上のフォトレジストは感光せず,また,その透過光の位相が反転していれば,わずかに透過した反転光により回路パターンの解像度が向上することに着目した点で,画期的なものであった。

このハーフトーン型位相シフトマスクは,前記各位相シフトマスクの商業化に当たって隘路となった微細加工を必要とせず,バイナリマスクと同様に,遮光領域と開口領域のみで回路パターンを構成できる(パターン形成が1回で済む。)ところに,最大の利点がある。

(イ) P3発明

被告中央研究所では,前記P5らの研究開発に触発され,P3らが中心となって,位相シフトマスクの研究開発活動が積極的に続けられた。P3らは,P2発明を知らずに,平成2(1990)年9月28日,ハーフトーン型位相シフトマスクについて特許出願し,平成4(1992)年5月11日に公開され(特開平4-136854。乙13の1),平成12(2000)年9月1日に特許第3105234号として登録された(乙13の2。以下,これを「P3特許」といい,当該特許に係る発明を「P3発明」という。)。

P3発明の公開時の請求項1は,次のとおりである。

「透明基板上に,露光光に対して半透明な領域と,透明な領域とを少なくとも有し,該半透明な領域と,該透明な領域とをそれぞれ透過する光の位相差が実質的に180°となる構成とし,該透明な領域のパタンは,単一なホール,ドット,スペース又はラインのパタンであることを特徴とするホトマスク。」

カ 以上のとおり,ハーフトーン型位相シフトマスクは,バイナリマスクと同様,遮光領域と透過領域の2領域からなる単純な構造であるため,その製作も,バイナリマスクと同様,パターン形成が1回で済む。

これに対し,レベンソン型,補助開口型及びエッジ強調型の各位相シフトマスクは,いずれも,遮光領域と,位相を互いに反転させた2つの透過領域との,合計三領域で構成されているため,バイナリマスクやハーフトーン型位相シフトマスクと比較すると,明らかに複雑な構造となっており,パターンレイアウトが複雑となる。そして,マスク製作過程においては,遮光領域と透過領域とを設ける1回目のパターン形成をした後に,透過領域の一部に位相を反転させた領域を設ける2回目のパターン形成をすることが必須となる。

そのため,商業的には,レベンソン型位相シフトマスクが一部用いられたほかは,ハーフトーン型位相シフトマスクのみが実施されることとなった。そして,商業的に実施されたハーフトーン型位相シフトマスクは,光透過率がわずか5%ないし6%の遮光領域と光透過領域とで回路パターンを構成し,それらの領域をそれぞれ透過する光の位相が反転する構成となっている。

(2) レベンソン型位相シフトマスクと本件発明について

本件発明は,レベンソン型位相シフトマスクが刊行物等により公知となった後になされ,かつ,特許出願されたものであるから,本件発明が,その技術的範囲にレベンソン型位相シフトマスクを含むことはあり得ない。

(3) ハーフトーン型位相シフトマスクと本件発明について

ア 被告への譲渡対象として原告が特定した発明の内容

原告は,本件発明を被告に譲渡するに当たり,出願依頼書兼譲渡証(乙16。以下「本件出願依頼書」といい,本件出願依頼書に記載された発明を「本件当初発明」という。)を提出したが,そこで,譲渡対象である発明について,自ら次のとおり特定し,完全遮光するクロム等の遮光膜が回路パターンの構成に必須であることを明らかにしている。

●(省略)●

そして,日本967号特許の出願時の特許請求の範囲の請求項1も,前記(1)エ(ア)bのとおり,「遮光領域,及び透過領域を備え,少なくとも部分的にコヒーレントな光の照射によって所定パターンを転写するマスクであって,前記透過領域の一部に透明膜を形成し,前記透明膜を透過した光と,前記透明膜が形成されていない透過領域を透過した光との間に位相差が生じ,前記光の干渉光が,前記透過領域と遮光領域との境界部分において弱め合うように,前記透明膜を配置したことを特徴とするマスク。」というものであって,遮光領域と透過領域とで回路パターンを構成し,透過領域の一部(境界領域)の位相を変化させることが明記されていた。

また,日本967号特許の出願の願書に添附された明細書(乙8。以下「本件出願時明細書」という。)にも,回路パターンの描画方法につき,「遮光領域Aと透過領域Bとによって集積回路パターンの原画が構成されている。」(14頁3行~5行)と記載され,また,マスク構造と直接関係のない第6図を除くすべての図面に金属層3(遮光膜)が明記されている。さらに,同明細書の作用欄には,「上記した請求項1,3,6または7記載の手段によれば,露光の際,一つの透過領域内において,透明膜,あるいは位相シフト溝を透過した光と,これらが形成されていない部分を透過した光とが,透過領域と遮光領域との境界部分,または遮光領域の端部において弱め合うように干渉させることにより,マスク上のパターンの転写精度を向上させる」(11頁13行~末行)と記載されており,回路パターンの描画される領域における遮光領域の存在を当然の前提としている。

以上によれば,原告が被告に対して特許を受ける権利を譲渡した発明は,レベンソン型位相シフトマスクやP5発明の位相シフトマスクと同じく,遮光領域を必須の構成要素とし,遮光領域と透過領域とで構成される回路パターンを有するものであって,そのうちの透過領域の一部(境界領域)の位相を反転させるものであることは明らかである。

したがって,遮光領域をわずかに透過する光の位相を反転させるハーフトーン型位相シフトマスクは,譲渡対象として原告が特定した発明の技術的範囲には含まれない。

イ P2発明の公開との先後関係

(ア) 本件発明がなされ,特許庁に出願されたのは,光リソグラフィ用ハーフトーン型位相シフトマスクの基本発明であるP2論文が発行された後であるから,本件発明が,その技術的範囲に当該論文に開示されたハーフトーン型位相シフトマスクを含むことは,あり得ない。

(イ)a 原告は,P2論文には近接等倍率露光法が開示されているのみであって,日本967号特許が対象とする縮小投影露光法は開示されていないとして,両者が異なるものと主張する。

しかしながら,P2論文には,「PTPS法(注:ハーフトーン型位相シフト法)が光学投影システムへも応用可能であることはおそらく特筆に値する」と記載されている(乙11の152頁右欄32~33行(訳文7頁15行))。そして,ここでいう「光学投影システム」とは,この用語がP2論文で用いられた他の部分についての引用論文等をみれば,縮小投影露光装置(GCA Mann4800)を意味するものと理解される。

なお,原告は,P2論文の前記記載部分は,X線PTPS法について述べるものであって,X線PTPS法は縮小投影露光法には適用できないことから,等倍投影露光法に限られると主張する。

しかしながら,そもそも,同記載部分は,X線PTPS法について述べたものと解する理由はなく,また,X線PTPS法を等倍投影露光法に適用することは,何ら光学投影システムへの応用ではないことから,原告の主張は,失当である。

そして,P2論文では,X線等倍露光への適用を論じる場合には,「マスク」という用語を用いているのに対し,光学投影システムへの適用を論じる際には,マスクの中でも,特に縮小投影露光法に用いる光リソグラフィ用マスクを意味する「レチクル」という用語を用いて,両者を使い分けている(乙28,38)。

また,P2論文が発表された1988年当時,微細加工を行うには縮小投影露光法が既に一般に用いられていた(乙24)から,位相シフト法を用いるほどの微細加工を行う場合における「光学投影システム」とは,当業者にとって,縮小投影露光法を意味したものというべきである。

b 原告が露光法の違いの根拠として主張する線幅の違いについても,P2論文は,線幅100μmの回路パターンを形成する技術のみを開示するものではなく,線幅100μmの回路パターンでの「実験的モデリング」により,線幅0.25μm(250nm)の線幅の回路パターンへの適用が可能であることを示しているから,この線幅の違いをもって,P2論文と日本967号発明が異なるということはできない。

また,回折の相違についても,ハーフトーン型位相シフトマスクを近接等倍率露光法に用いる場合には,フレネル回折から生じる問題を改善でき,これを縮小投影露光法に用いる場合には,フラウンホーファー回折から生じる問題を改善できるというだけであって,P2論文に,ハーフトーン型位相シフトマスクとその縮小投影露光法への適用が開示されているということと矛盾するものではない。

c 以上のとおり,P2論文には,ハーフトーン型位相シフトマスクを縮小投影露光法に適用することが開示されているから,原告の主張は,失当である。

ウ 特許請求の範囲の解釈等について

(ア) 遮光領域の存在

a 本件各特許の特許請求の範囲のほとんどの請求項は,「遮光領域」の語を明示的に含んでいる(日本967号特許の請求項7~17及び同特許を除く他の日本各特許のすべての請求項)。そして,「遮光領域」との語を明示的には含まない請求項においても,「第2光透過領域はその幅が…その独立したパターンを…転写しないように第1光透過領域の幅よりも狭くされている回路パターン」(日本967号特許の請求項4~6),「第1光透過領域及びその第1光透過領域と境界を接する第2光透過領域よりなる回路パターン」(同特許の請求項1~3)というように,回路パターンが描画される領域においては,第1光透過領域及び第2光透過領域の輪郭の外の領域(遮光領域)が存在することを前提としている。

b また,日本967号明細書には,①回路パターンの描画方法について,「遮光領域Aと透過領域Bとによって集積回路パターンの原画が構成されている。」(9欄12行~14行)と記載され,マスク構造と直接関係のない第6図以外のすべての図面に遮光膜が記載されており,かつ,②課題を解決するための手段欄に,請求項1と同じ集積回路装置の製造方法を記載した後(8欄2行~28行),作用欄に,「上記した本発明の集積回路装置の製造方法によれば,露光の際,一つの透過領域内において,透明膜,あるいは位相シフト溝を透過した光と,これらが形成されていない部分を透過した光とが,透過領域と遮光領域との境界部分,または遮光領域の端部において弱め合うように干渉させることにより,マスク上のパターンの転写精度を向上させる」(8欄29行~36行)と記載されていることから,請求項1の集積回路装置の製造方法においても,回路パターンの描画される領域における遮光領域の存在を前提としていることが明らかである。

さらに,遮光領域を設けずに,2つの光透過領域のみで回路パターンを形成した場合には,いずれの透過領域を透過した光も半導体ウエハ上のフォトレジスト膜を感光させてしまうため,目的とする回路パターンを得ることができない。

したがって,日本967号発明が遮光領域の存在を前提としていることは,明らかである。

c なお,原告は,前記作用欄中の「遮光領域」の記載は,誤記であると主張する。

しかしながら,日本967号明細書の実施例の作用・効果においても,透明膜又は位相シフト溝を透過した光と通常の透過領域を透過した光とが,透過領域と遮光領域との境界部分において弱め合うため,ウエハ上に投影される遮光領域の端部のぼけが大幅に改善される旨の記載がされている(実施例1につき,11欄1行~10行,同欄42~49行。実施例2につき,14欄48行~15欄7行,同欄27行~34行。)。また,発明の効果欄においても,「一つの透過領域内において,透明膜,あるいは位相シフト溝を透過した光と,これらが形成されていない部分を透過した光とが,透過領域と遮光領域との境界部分,または遮光領域の端部において弱め合うように干渉させることによりマスク上のパターンの転写精度を向上させる」(21欄1行~8行)との記載がされている。さらに,これらの各記載は,ぞれぞれ図面とも対応している。

このように,日本967号明細書には,一貫して,端部の鮮明化は,透過領域と遮光領域との境界部分又は遮光領域の端部に生ずる旨開示されており,前記作用欄の記載が誤記であるということはできない。

(イ) 光透過領域の意義について

a 日本967号明細書には,「一つの透過領域Bは,透明膜4aに被膜された部分と透明膜4aの形成されていない部分とにより構成されている」(9欄19行~21行)と記載されている。そして,日本967号公報の第3図(b)(マスク透過直後の光の振幅のグラフ)は,この透過領域中の第1光透過領域と第2光透過領域とで,マスク透過直後の光の振幅がプラスマイナス反対方向ではあってもほぼ同じ高さとなっており,第1光透過領域と第2光透過領域のいずれも光透過率がほぼ100%であることを示している。

また,同明細書では,第1光透過領域又は第2光透過領域のいずれかに配置される位相シフタを「透明膜」と呼んでいる。通常の用語例及び日本967号発明の目的とに照らして解釈すれば,「透明」といえるためには,少なくとも,透過光がフォトレジスト膜を感光する程度の光透過率を有することを必須とするものと解される。なお,同明細書の実施例2では,透明膜ではなく,基板に溝を掘り込むことで位相を反転させる技術が開示されているが(第4図参照),この位相シフト溝は,光透過率を低下させるものではないから,この実施例2における光透過領域の光透過率は,いずれも100%である。

したがって,日本967号特許の特許請求の範囲の「光透過領域」とは,少なくともフォトレジスト膜を感光する程度の光透過率を有する領域を意味し,当該特許請求の範囲は,回路パターンが,このような光透過率を有する2つの領域(「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」)を有することを構成要件としているものと解釈される。

b なお,原告は,日本967号特許の特許請求の範囲には,「透明膜」との記載はなく,また,光透過領域の光透過率にも制限を加えていないから,透明膜の光透過率は問われないと主張する。

しかしながら,日本967号明細書に開示されているのは,光透過領域がほぼ100%の第1光透過領域及び第2光透過領域のみである。また,仮に,原告が主張するように,同明細書において,レジスト感度以下の光透過率しか有しない光透過領域が開示されているとすると,特許法36条4項1号又は同6項1号に違反することになる。

(ウ) 日本967号明細書の実施例をみても,これに開示されているのは,次に述べるとおり,すべて3領域から成るエッジ強調型又は補助開口型の位相シフトマスクであって,回路パターンが2領域から成る位相シフトマスクは,開示も示唆もされていない。

a 実施例1

実施例1の構造は,回路パターンが完全遮光領域,第1光透過領域及び第2光透過領域の3領域から成るエッジ強調型位相シフトマスクであることは明らかである(9欄及び第1図参照)。

また,その製作工程も,遮光領域と透過領域を設ける1回目のパターン形成(10欄3行~6行)の後に,透明膜を設け(10欄8行~12行),所定部分をエッチングして除去することにより2つの透過領域を設ける2回目のパターン形成(10欄30行~34行)が必要であることが記載されている。

さらに,その作用についても,金属膜で被膜された遮光領域は,完全に遮光され,他方で,透過領域は,位相シフタが設けられている領域及びこれが設けられていない領域のいずれも,ほぼ100%の光を透過させている(日本967号公報第3図参照)。

なお,実施例1の別態様(同第16図参照)も,3領域で構成されること,2回のパターン形成が必要であること及び金属層は完全に遮光し,2つの光透過領域はほぼ100%の光透過率を有することは同様である。

したがって,実施例1は,いずれの態様も,エッジ強調型位相シフトマスクである。

b 実施例2

実施例2は,実施例1が透明膜を用いて位相を反転させたのに対し,ガラス基板を掘り込んで位相を反転させたものであるが,回路パターンは,3領域から成り,製造工程においても,2回のパターン形成が必要であり,作用としても,2つの光透過領域の光透過率がほぼ100%であるから,エッジ強調型位相シフトマスクである。

c 実施例3及び4

実施例3及び4は,いずれも,回路パターンが3領域から成る補助開口型位相シフトマスクである。

(エ) 以上のとおり,日本967号発明で使用される位相シフトマスクは,第1光透過領域と第2光透過領域とから成る透過領域と遮光領域の3領域で構成される回路パターンを有し,第1,第2の各光透過領域の光透過率は,いずれもほぼ100%であり,そのいずれか一方の透過光の位相を反転させるものであって,エッジ強調型位相シフトマスクであることは明らかである。

これに対し,ハーフトーン型位相シフトマスクは,透過光の位相を反転させない光透過領域と,光をわずかに透過するとともにその透過光の位相を反転させる遮光領域の2領域で構成される回路パターンであって,かつ,ハーフトーン遮光膜で被膜した領域は,5~6%の光透過率しか有しておらず,2つの光透過領域を有していない。

したがって,ハーフトーン型位相シフトマスクを使用する集積回路装置の製造方法は,日本967号発明の技術的範囲には含まれない。

(オ) 日本967号明細書に関するその他の原告の主張について

a 原告は,位相シフタとして用いる透明膜の材料の一例として記載されたポリメチルメタアクリレートが,波長193nmの紫外線(ArF)では,光透過率が1%程度であるということをもって,日本967号明細書には,ハーフトーン型位相シフトマスクが開示されていると主張する。

しかしながら,同明細書において,ポリメチルメタアクリレートは,あくまでも透明膜の一例として挙げられているにすぎない(20欄35行~38行)。

また,同明細書には,出願当時に一般的であったi線(波長365nm)を用いることが明記されており(9欄33行~34行),波長193nmの光を用いることは,開示も示唆もされていない。そして,i線を用いた場合には,ポリメチルメタアクリレートの光透過率は,ほぼ100%である。

仮に,波長193nmの光を用いたとしても,ポリメチルメタアクリレートの光透過率は100%に近い(乙25。なお,これが,日本967号特許の出願後の光透過率向上の成果を反映させたもので,当該出願時の当業者の認識を示すものではないとの原告の主張は,ポリメチルメタアクリレートが単一の化学物質であって,その光透過率を向上させるということ自体,論理的に矛盾しており,失当である。)。

原告の主張が依拠する証拠(甲53)は,厚さ2mmの場合の透過率を示すものであり,膜厚200nm弱の位相シフタとは,その厚さが1万倍も異なる。また,ポリメチルメタアクリレート等の飽和脂肪族系の樹脂は,樹脂中に芳香環(ベンゼン環)構造を有していないから,「樹脂中の芳香環(ベンゼン環)構造はArFエキシマレーザー光の波長付近に極めて大きな吸収極大を持(つ)」(甲53添付書類2の5欄9行~11行)ものではない。

そして,甲60公報のFig.4も,透過率は異なるが,波長220nm~300nm付近の曲線の変化は,乙25論文と同等であって,これは,膜厚の違いによるものと推測される(原告が主張する膜厚(850nm)は,甲60公報には明示されておらず,その根拠が不明である。)。また,同Fig.4には,波長220nm以下は示されていないが,乙25論文から明らかなとおり,波長220nm以下では透過率が再び上昇する。したがって,同Fig.4も,原告の主張を裏付けるものではない。

また,甲64論文の図1も,そこに示された波長193nmのときの吸収係数を基に,膜圧を200nmとして計算すれば,透過率は91%となるから,これも原告の主張を裏付けるものではない。

b 原告は,日本967号明細書には,厚さ30nmのCr層(金属層)が開示されており,その場合に,露光光としてi線(波長365nm)を用いたときは,当該Cr層は,3%程度の光を透過するとして,このCr層がハーフトーンであると主張する。

しかしながら,同明細書に記載された金属膜の膜圧は,すべて500~3000Å(50~300nm)であり,膜圧30nmの金属クロム層は,記載されていない。

また,金属クロム層は,あくまで遮光領域を形成するものとされており,第3図等では,遮光領域における光の振幅は0であるから,これが完全遮光することが示されている。

c 原告は,甲61公報や「2層構造HT-PSMの実用化について」と題する書面(甲86。以下「甲86書面」という。)を挙げて,ハーフトーン型位相シフトマスクは2領域のものでなければならないという技術常識はないと主張する。

しかしながら,被告が主張するのは,半導体業界において実用化されたハーフトーン型位相シフトマスクは,透過領域と遮光領域の2領域から構成される回路パターンを有するということであって,実際に,3領域から成るハーフトーン型位相シフトマスクは実用化されていない。また,甲86書面に記載された3領域から成るハーフトーン型位相シフトマスクとは,チップの最外周のみを完全遮光領域としたものであって,当該領域が回路パターンを構成するものではない。

エ 無効理由の存在

(ア) P2論文に基づく新規性又は進歩性の欠如

前記イのとおり,本件各特許の出願前に発行されたP2論文は,光リソグラフィに用いるマスクとして,完全遮光膜を有するマスクに代えて,光をわずかに透過させ位相を反転させた遮光領域を有するマスクを開示している。したがって,日本967号発明がハーフトーン型位相シフトマスクを含むとすれば,当該発明とP2発明とは同一となって,新規性を欠くことになる。

(イ) 記載要件違反

日本967号明細書には,第1光透過領域と第2光透過領域のみから成り回路パターンの領域に遮光領域が存在しないマスクは,一切記載されていない。また,そのようなマスクで回路パターンの転写を行うためには,第2光透過領域の光透過率が5~6%程度であってレジスト感度以下となることが不可欠であるが,日本967号明細書には,そのような発明の実施に不可欠な情報が全く記載されておらず,むしろ,反対に,第2光透過領域の位相シフト膜も透明でなければならない旨が随所に記載されている。

したがって,仮に,日本967号発明が,遮光領域を有しない2領域から成る位相シフトマスクや,ハーフトーン型位相シフトマスクを含むものとすれば,特許法第36条6項1号及び同条4項に違反することになる。

(ウ) これらのことからしても,ハーフトーン型位相シフトマスクは,日本967号発明の技術的範囲から除外されるものと解される。

オ 原告のその他の主張について

原告は,被告戦略特許取得速報の記載をもって,被告が,日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれることを自認していると主張する。

同速報が作成された平成9(1997)年当時,その作成者である被告担当者らが,日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれ得るとの認識又は願望を有していたことは否定しない。しかしながら,客観的に検討すれば,同発明の技術的範囲にはハーフトーン型位相シフトマスクは含まれないものであって,前記認識又は願望は誤りである。なお,被告においては,日本967号特許の出願時や,平成3(1991)年夏に日本967号特許につき戦略特許賞の推薦が被告社内でなされた時点では,日本967号発明は,あくまでもエッジ強調型位相シフトマスクの発明と認識されていた(甲35の3参照)。

そして,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲,明細書及び図面の記載に基づいて客観的に行うべきであり,被告の過去における誤った認識や願望を斟酌すべきでないことは明らかであるから,原告の前記主張は誤りである。

(4) 小括

以上のとおり,本件各特許発明の技術的範囲には,商業的に実施された位相シフトマスクは含まれず,仮に,それらを含むとすると,本件各特許は無効といわざるを得なくなる。

したがって,本件各特許発明は,商業的に実施された位相シフトマスクを,その技術的範囲に含むということはできない。

2  争点(1)イ(被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許により得た利益の額)について

(原告の主張)

(1) 被告が包括クロスライセンス契約により得た実施料収入及び本件各特許により得た利益の額について

ア 算定方法について

(ア) 本件各特許は,前記1のとおり,ハーフトーン型位相シフトマスクをカバーするから,被告が本件各特許によって得た利益の額は,被告が,本件訴訟が提起される前に,本件各特許がハーフトーン型位相シフトマスクをカバーする可能性があることを前提として,自ら本件各特許に配分していた額によって算定する以外に,合理的な算定方法は存在しない。

(イ) 被告の主張について

a 被告は,本件各特許の寄与は,特許ポートフォリオにおける本件各特許の割合にすぎないと主張する。

しかしながら,このような被告の主張は,本件各特許がハーフトーン型位相シフトマスクをカバーしないことを前提とするものであって,その前提において誤っている。

b また,被告は,ルネサス分社化後の平成15(2003)年4月1日以降は,被告の受けるべき利益は,被告が有するルネサスの株式の保有割合である55%に応じて減額されるべきであると主張する。

しかしながら,このような被告の主張は,①被告は,ルネサス全体の利益につき,55%の配当を受けるのであって,本件各特許がルネサス全体の利益の55%の配当を得る地位を享受し得たことに寄与した場合には,株式保有割合に応じて減額されるべきではないこと,②前記争いのない事実等(3)オの被告とルネサスとの間の合意内容に照らして,従業員等が行った発明により使用者等が受けるべき利益の額につき,株式保有割合に応じて減額することは,合意されておらず,平成17(2005)年度支払分の実績報奨金明細書(甲19)にも,ルネサスの報奨金制度に基づいて算定された額を満額支払うことが記載されていること,③被告の主張によれば,ルネサスに転籍した者は100%の額の支払を受けるのに対し,その余の者は55%の額に減額されるという,いわれなき差別を受けることになってしまうこと等から,理由がない。

仮に,被告がルネサスの株式保有割合に応じた支払義務を負うとしても,被告がそのような主張を行うことは,被告が100%の金額を支払っても,その支払額はルネサスから補償されること(前記争いのない事実等(3)オ参照),前記③のとおり,ルネサスへの転籍者とそれ以外の者とで区別する合理的な理由はないこと等から,信義則に違反し,また,権利の濫用であって,許されない。

(ウ) そこで,以下,被告が自ら本件各特許に配分していた額によって,被告が本件各特許によって得た利益額を算定する。

イ 平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度分について

(ア) 被告は,平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度に,特許料収入として●(省略)●円,クロス効果として●(省略)●円の合計●(省略)●円を得て,このうち,●(省略)●円を本件各特許に対して配分している,

したがって,被告は,平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度の2年間に,本件各特許により●(省略)●円の利益を得ている。

(イ) 被告は,原告に対し,実績報奨金として,平成12(2000)年度に得た利益から160万円を,平成13(2001)年度に得た利益から400万円をそれぞれ支払っていることからすれば,被告が平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度に本件各特許から得た利益●(省略)●円のうち,平成12(2000)年度に被告が本件各特許から得た利益は,●(省略)●円×160万円÷(160万円+400万円)=●(省略)●円であると合理的に推定される。

これと同様に,平成13(2001)年度に被告が本件各特許から得た利益は,●(省略)●円×400万円÷(160万円+400万円)=●(省略)●円であると合理的に推定される。

ウ 平成14(2002)年度~平成16(2004)年度分について

(ア) 被告又はルネサスは,平成14(2002)年度~平成16(2004)年度に,①本件各特許の提示・議論がされた相手方との契約による特許料収入として●(省略)●円,クロス効果として●(省略)●円の合計●(省略)●円を得て,このうち,●(省略)●円を本件各特許に対して配分し,②本件各特許の提示・議論がされなかった相手方との契約による特許料収入として●(省略)●円,クロス効果として●(省略)●円の合計●(省略)●円を得て,このうち,●(省略)●円を本件各特許に配分している。

したがって,被告又はルネサスは,平成14(2002)年度~平成16(2004)年度の3年間に,本件各特許により,この配分額の合計●(省略)●円の利益を得ている。

(イ) 被告又はルネサスは,原告に対し,実績報奨金として,平成14(2002)年度に得た利益から420万円を,平成15(2003)年度に得た利益から500万円を,平成16(2004)年度に得た利益から743万0932円をそれぞれ支払っていることからすれば,被告又はルネサスが平成14(2002)年度~平成16(2004)年度に本件各特許から得た利益●(省略)●円のうち,平成14(2002)年度に被告が本件各特許から得た利益は,●(省略)●円×420万円÷(420万円+500万円+743万0932円)=●(省略)●円であると合理的に推定される。

同じく,平成15(2003)年度に被告又はルネサスが本件各特許から得た利益は,●(省略)●円×500万円÷(420万円+500万円+743万0932円)=●(省略)●円であり,平成16(2004)年度に被告又はルネサスが本件各特許から得た利益は,●(省略)●円×743万0932円÷(420万円+500万円+743万0932円)=●(省略)●円と合理的に推定される。

エ 平成17(2005)年4月1日~平成20(2008)年11月21日の分

日本967号特許の特許期間満了日は,平成20(2008)年11月22日である。そして,当該特許以外の本件各特許には,同日以降も有効な特許が存在するが,原告は,日本967号特許の満了日の前日である平成20(2008)年11月21日までの期間に対応して被告又はルネサスが得たと認められる利益に基づき,相当対価の額を主張する。

(ア) 特許料収入額

被告又はルネサスは,原告に支払った実績報奨金の算出の基礎としたライセンス契約に基づき,①平成17(2005)年度に●(省略)●円及び●(省略)●米ドル,②平成18(2006)年度に●(省略)●円及び●(省略)●米ドル,③平成19(2007)年度に●(省略)●円及び●(省略)●米ドル,④平成20(2008)年度の前半(平成20(2008)年4月1日~同年9月30日)に●(省略)●円及び●(省略)●米ドルの実施料の支払を受けた。

そして,平成20(2008)年度の後半(平成20(2008)年10年1日~平成21(2009)年3月31日)に被告又はルネサスが支払を受けた実施料の額のうち,平成20(2008)年度前半の売上げに対応する実施料として支払われた分(F社分)及び平成20(2008)年11月21日を跨ぐ期間に対応する実施料として固定額で支払われた分(C社及びG社分)から,同日以前の分を日割り計算により算定した額とを合算すると,●(省略)●円及び●(省略)●米ドルとなる。

このうち,被告又はルネサスが米ドルにより受領した額については,被告が「3月期決算短信補足資料」で公表した為替レート(平成17(2005)年度分は1ドル114円,平成18(2006)年度分は1ドル117円,平成19(2007)年度分は1ドル114円,平成20(2008)年度前半分は1ドル101円)で日本円に換算して合計すれば,被告らが現実に支払を受けた実施料の額は,①平成17(2005)年度分が●(省略)●円,②平成18(2006)年度分が●(省略)●円,③平成19(2007)年度分が●(省略)●円,④平成20(2008)年4月1日~同年11月21日分が●(省略)●円となり,その合計額は,●(省略)●円となる。

(イ) クロス効果の額

a 前記ウのとおり,被告又はルネサスが,平成14(2002)年度~平成16(2004)年度に,特許料収入として●(省略)●円を得,クロス効果として●(省略)●円を得ている。すなわち,被告又はルネサスは,平成14(2002)年度~平成16(2004)年度において,当該期間に得た特許料収入の●(省略)●倍(≒●(省略)●円÷●(省略)●円)に相当するクロス効果を得たと算定している。

そして,これと同様に,平成17(2005)年4月1日~平成20(2008)年11月21日におけるクロス効果についても,特許料収入の●(省略)●倍に相当する額を得ているというべきであるから,被告又はルネサスが当該期間において得たクロス効果の額は,当該期間における特許料収入の●(省略)●倍の額である●(省略)●円(=●(省略)●円×●(省略)●)と合理的に算定される。

b 被告が当該期間のクロス効果の額の根拠とする平成21年第131号実施料配分表に関する事実実験公正証書(乙46)の基礎となった平成18(2006)年度~平成20(2008)年度の各年度の実施料配分表は,いずれも本件訴訟提起後に作成された文書であり,そのデータの入力行為も本件訴訟提起後にされたものであるから,信用性を欠く。

(ウ) 本件各特許に配分すべき額(本件各特許の寄与度)

前記ウのとおり,被告又はルネサスが平成14(2002)年度~平成16(2004)年度に得た特許料収入及びクロス効果の合計額である●(省略)●円のうち,本件各特許から得た利益額は●(省略)●円であることからすれば,被告又はルネサスが平成14(2002)年度~平成16(2004)年度に得た利益のうち,本件各特許からの利益が占める割合(すなわち,本件各特許の寄与度)は,●(省略)●%(=●(省略)●円÷●(省略)●円)である。

そして,被告又はルネサスが平成17(2005)年4月1日~平成20(2008)年11月21日に得た利益に対する本件各特許の寄与度が,その直前の時期である平成14(2002)年度~平成16(2004)年度に被告又はルネサスが得た利益に対する本件各特許の寄与度よりも低いと評価しなければならない合理的根拠はない。

したがって,被告又はルネサスが平成17(2005)年4月1日~平成20(2008)年11月21日に得た利益に対する本件各特許の寄与度は,●(省略)●%と解するのが相当であるから,被告又はルネサスが当該期間に本件各特許により得た利益の額は,●(省略)●円(=(●(省略)●円+●(省略)●円)×●(省略)●%)である。

オ 平成9(1997)年10月24日~平成12(2000)年3月31日の分

日本967号特許の登録日は平成9(1997)年10月24日である。そして,当該特許以外の本件各特許については,同日以前に登録がされた特許が存在するが,原告は,日本967号特許の登録日である同日以降の期間に対応して被告が支払を受けたと認められる利益に基づき,相当対価の額を主張する。

(ア) 特許料収入額

被告は,原告に支払った実績報奨金の算出の基礎としたライセンス契約に基づき,①平成9(1997)年度の後半(平成9(1997)年10月1日~平成10(1998)年3月31日)に●(省略)●円及び●(省略)●米ドル,②平成10(1998)年度に●(省略)●円及び●(省略)●米ドル,③平成11(1999)年度に●(省略)●円及び●(省略)●米ドルの実施料の支払を受けた。

そして,前記①の平成9(1997)年度の後半に被告が支払を受けた実施料の額のうち,平成9(1997)年10月24日(日本967号特許の登録日)より前の期間の売上げに対応する実施料として支払われた分(E社及びF社分)を除外し,更に同日を跨ぐ一定期間の実施料として固定額で支払われた分(A社,C社,G社,H社及びI社分。H社の頭金分は含めない。)につき日割り計算により同日以降の分を算定すると,●(省略)●円及び●(省略)●米ドルとなる。

このうち,被告が米ドルにより受領した額については,被告が米国SECに提出した「Form 20-F」に記載している通年の平均為替レート(平成9(1997)年度は1ドル123.57円,平成10(1998)年度は1ドル128.10円,平成11(1999)年度は1ドル110.02円)で日本円に換算して合計すれば,被告が現実に支払を受けた実施料の額は,①平成9(1997)年10月24日~平成10(1998)年3月31日分が●(省略)●円,②平成10(1998)年度分が●(省略)●円,③平成11(1999)年度分が●(省略)●円であり,その合計額は,●(省略)●円となる。

(イ) クロス効果の額

前記イのとおり,被告は,平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度に,特許料収入として●(省略)●円,クロス効果として●(省略)●円を得ており,被告は,平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度に,同時期に得た特許料収入の●(省略)●倍(≒●(省略)●円÷●(省略)●円)に相当するクロス効果を得たと算定している。

そして,平成9(1997)年10月24日~平成12(2000)年3月31日の期間におけるクロス効果についても,平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度の特許料収入とクロス効果の割合である特許料収入の●(省略)●倍に相当する額を得ているというべきであるから,被告が当該期間に得たクロス効果の額は,①平成9(1997)年10月24日~平成10(1998)年3月31日分が●(省略)●円(=●(省略)●円×●(省略)●),②平成10(1998)年度分が●(省略)●円(=●(省略)●×●(省略)●),③平成11(1999)年度分が●(省略)●円(=●(省略)●円×●(省略)●)であると合理的に算定され,その合計額は,●(省略)●円となる。

(ウ) 本件各特許に配分すべき額(本件各特許の寄与度)

前記イのとおり,被告が平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度に得た特許料収入及びクロス効果の合計額である●(省略)●円のうち,本件各特許から得た利益の額は●(省略)●円であることからすれば,被告が平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度に得た利益のうち,本件各特許からの利益が占める割合(本件各特許の寄与度)は,●(省略)●%(=●(省略)●円÷●(省略)●円)である。

そして,本件各特許は,①被告が「交渉材料として用いた特許」であるか,又は,②従前締結済みの包括クロスライセンス契約が継続しており,契約更新の交渉をする機会がなかった場合か若しくは契約更新に際して特許を提示する機会がなかった場合において,被告が「交渉したならば交渉材料としたであろうと評価した特許」であって,平成9(1997)年10月24日~平成12(2000)年3月31日の間に被告が得た利益に対する本件各特許の寄与度が,その直後の時期である平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度に被告が得た利益に対する本件各特許の寄与度よりも低いと評価しなければならない合理的根拠はない。

したがって,被告が平成9(1997)年10月24日~平成12(2000)年3月31日の間に得た利益に対する本件各特許の寄与度は,●(省略)●%と解するのが相当であるから,被告が当該期間に本件各特許から得た利益の額は,●(省略)●円(=(●(省略)●円+●(省略)●円)×●(省略)●%)である。

(2) 被告が得た実施料収入に対する本件各特許の寄与を基礎付ける事実

ア ●(省略)●

イ ●(省略)●

ウ ●(省略)●

エ 被告は,原告に対し,前記争いのない事実等(4)のとおり,実績報奨金を支払っている。そして,●(省略)●,被告が日本967号特許により多額の実施料を得ていることを裏付けている。

●(省略)●

オ 原告は,被告の平成3年度戦略特許賞「金賞」を,代表で受賞した(甲35の1ないし3,36)。

(ア) ●(省略)●

したがって,原告が戦略特許賞「金賞」の代表であることを否認する被告の主張は,事実でない。

(イ) ●(省略)●

(3) 被告の主張について

ア 特許を受ける権利を譲り受けたことによる利益について

被告は,①ハーフトーン型位相シフトマスクが本件各特許発明の技術的範囲に含まれないこと,又は②P2論文はハーフトーン型位相シフトマスクの縮小投影露光法への適用を開示していたことのいずれか一方又は双方が認められれば,直ちに,被告が本件発明について特許を受ける権利を譲り受けたことによる利益は存在しないことを意味すると主張する。

(ア) しかしながら,前記1のとおり,①ハーフトーン型位相シフトマスクは本件各特許発明の技術的範囲に含まれるし,また,②P2論文はハーフトーン型位相シフトマスクの縮小投影露光法への適用を開示していない。

(イ) 仮に,これらのいずれか一方又は双方が認められるとしても,そのことから直ちに,被告が本件発明に係る特許を受ける権利を譲り受けたことによる利益は存在しないということにはならない。

すなわち,旧特許法35条3項に照らせば,相当対価請求権は,職務発明の承継があったことのみをもって発生し,また,同条4項には,「特許権による法律上の排他的地位にあったこと」を要件とする文言が存在しないから,同条3項の相当対価請求権は,特許権による法律上の排他的地位にあったことにより使用者等が利益を受けることを要件としていないと解される。

したがって,他社技術が当該職務発明に係る特許権に抵触するか否か,また,当該特許権に無効原因があるか否かにかかわらず,使用者等が承継した発明により事実上の排他的利益を得たのであれば,当該使用者等は,当該事実上の排他的利益のうち,旧特許法35条4項を考慮して算出される従業員発明者への分配額を従業員発明者に支払わなければならないと解される。

よって,被告の前記主張は,失当である。

(ウ) 以上のことからすれば,実施料分についての相当の対価の請求の場合にあっては,ライセンス契約締結時に,相手方が,被告の特許に無効事由があると主張し,又は,相手方製品は非侵害であると主張したために,実施料が減額又はゼロとなったというような事情がない限り,このような主張がされたことのみをもって,相当の対価の減額事由とする必要はない。

また,使用者が無効事由を対価請求訴訟において初めて主張した場合には,特許無効が確定するまでに当該特許により獲得した超過利益を誰にも返還する義務を負わないのであるから,当該無効事由の存在により,相当の対価を減額し,又はゼロとすべきではない。

(エ) 被告が日本967号特許に無効原因があると主張することは,信義則に違反する。

すなわち,被告は,譲渡を受けた発明に基づいて特許を得た後,その特許年金を支払ってこれを維持し,明白な特許無効事由がないことにより,特許の対世的な排他的独占力を享受している。さらに,被告は,当該特許に基づいてライセンシーから実施料という超過利益を得,かつ,原告に,日本967号特許につき,実績報奨金を支払っている。

他方で,被告は,譲渡を受けた発明の「相当の対価」の支払が問題になると,当該特許には無効原因等があること及び公知例等の存在によりクレームは縮小解釈されるべきであることを理由の1つとして,発明の譲渡の相当の対価額はゼロである旨主張する。

このような被告の主張は,信義則に反するものであって,許されるべきではない。

イ 包括クロスライセンス契約の実施料について

被告は,相手方がライセンス交渉で提示された特許以外の特許に対しても脅威を感じて実施料の支払に応じることがあると主張する。

しかしながら,ライセンス交渉の相手方が被告の特許を実施していなければ,被告は,実施料を得ることはできない。また,当該相手方が被告の特許を実施していることが推測の域にある特許については,被告が,相手方が同特許を実施していることを実証し,又は相手方が同特許を実施せざるを得ないことを示さない限り,相手方が,同特許につき脅威を感じて実施料の支払に応じるということはあり得ない。

他方で,相手方が被告の特許を実施している場合には,被告が,その特許を特定して交渉相手に提示し,「同特許に代替手段がなく,相手方は,同特許を実施せざるを得ないこと」を立証しなければ,相手方から同特許についての実施料を得られない。

したがって,相手方から特許の実施料を獲得するために必要なことは,被告の所有する特許が2万件に上るといった特許の数の大小の問題ではなく,①交渉相手が被告の特定の特許を実施しているか否か,②同特許に代替手段がないか否か,③同特許が有効であるか否かの3つである。

そして,現に,被告は,実施料獲得のために,特許ライセンスの交渉材料として,日本967号特許を用い,相手方は,同特許のライセンスを受け,実施料を支払っている。

また,被告は,ライセンス交渉の相手方から,ハーフトーン型位相シフトマスクは本件各特許の権利範囲に含まれないとの主張や,日本967号特許は無効であるとの主張がされたと主張するが,現に,同特許がこれまで無効審判や侵害訴訟等で無効と判断され,取得した実施料を返還したわけではなく,また,被告が,当該相手方の主張を認めて,実施料を減額し,又はゼロとしたというわけでもないから,被告は,同特許により実施料の支払を受けて,独占の利益を得ているのであり,この支払を受けた実施料を相当対価算定の基礎とすべきであって,前記の相手方の主張があったことのみをもって,減額事由と解すべきではない。

ウ ハーフトーン型位相シフトマスクの商業的実施について

被告は,平成9(1997)年10月24日~平成12(2000)年3月31日の期間においては,ハーフトーン型位相シフトマスクは商業的に実施されていなかったと主張する。

しかしながら,大日本印刷株式会社は,平成8(1996)年10月の時点で,半導体メーカーからハーフトーン型位相シフトマスクを受注し,出荷していたこと(甲85),同年11月の時点で,3領域から成る2層構造のハーフトーン型位相シフトマスクが商業的に実施されていたこと(甲86)から,原告の主張は,失当である。

(被告の主張)

(1) 本件発明により被告が受けた利益又は受けるべき利益について

ア 被告が受けた利益又は受けるべき利益は存在しないこと。

(ア) 旧特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該発明を実施する権利を排他的に独占することによって得られる利益(独占の利益)の額であると解される。そうすると,何人によっても当該発明が実施されておらず,かつ,当該不実施が当該発明に係る特許の禁止権に基づくものでない場合には,使用者等に独占の利益は認められないことになる。

そして,前記1のとおり,これまで商業的に実施された位相シフトマスクは,レベンソン型位相シフトマスクが一部用いられたほかは,ハーフトーン型位相シフトマスクのみである。

しかしながら,前記1のとおり,レベンソン型位相シフトマスクは,本件各特許発明の技術的範囲には含まれない。また,ハーフトーン型位相シフトマスクも,本件各特許発明の技術的範囲に含まれず,公知のP2論文は,ハーフトーン型位相シフトマスクとその縮小投影露光法への適用を開示しており,ハーフトーン型位相シフトマスクが本件各特許発明の技術的範囲に含まれるとすれば,日本967号特許は無効となってしまう。

以上のとおり,被告も,第三者も,本件各特許発明を実施しておらず,また,今後実施する見込みもない。また,本件各特許発明が実施されていないのは,エッジ強調型位相シフトマスクよりも,ハーフトーン型位相シフトマスクの方が実用的であるとの理由に基づくものであるから,本件各特許による禁止権とは何の関連性もない。

したがって,被告が本件発明について特許を受ける権利を譲り受けたことにより,これまで受けた独占の利益又は今後受けるべき独占の利益は存在しないということができる。

(イ) 原告は,事実上の排他的利益を得た限り,旧特許法35条4項を考慮して算出される従業員発明者への分配額を従業員発明者に支払わなければならないと主張する。

しかしながら,旧特許法35条3項は,法的権利である「特許を受ける権利若しくは特許権」を承継させたことの対価であると定めており,「事実上の排他的利益」の対価の支払を義務付けた規定であると解釈する根拠はない。また,法律上の排他的地位があるからこそ,事実上の排他的地位を実現できるのであって,法律上の排他的地位なしに,事実上の排他的地位を確立することはできない。更には,形式的に特許登録があれば,無効原因の有無や実施の有無にかかわらず,事実上の排他的地位があるとする原告の主張は,論外である。

実際に,本件各特許発明は,被告によっても,第三者によっても実施されたことはない。そして,使用者等に承継された権利に係る発明が実施されなかった場合には,「使用者等が受けるべき利益」は,存在しない。

また,ライセンス交渉において,その相手方から,本件各特許発明を実施していないことや,無効原因を具体的に主張されたのであるから,被告が締結した包括クロスライセンス契約による実施料の受領に対する本件各特許の寄与を観念する余地はなく,日本967号特許の登録と包括クロスライセンス契約締結による利益との間に因果関係はない。

したがって,被告は,本件各特許の法律上の排他的地位により利益を受けていないのみならず,事実上の排他的地位による利益も受けていない。

イ 包括クロスライセンス契約の締結について

(ア) 被告は,その半導体グループが管理する約2万件の特許(本件各特許を含む。)のすべてを包括して,ルネサスはその保有する約4万件の特許(本件各特許を含む。)のすべてを包括して,それぞれ国内外の半導体メーカーに対するライセンス供与を行ってきており,個別の特許を実施許諾の対象としたことはない。

(イ) そもそも,包括ライセンス契約に基づく実施料は,法的にも,実質的にも,その対象とされた約2万件のすべての特許の実施許諾に対する対価として支払われるものであって,契約交渉の交渉材料として権利者が提示した特許の実施許諾のみに対する対価として支払われるのではない。そして,数万件の特許権のすべてについて,その実施の有無を検証し,特許発明との抵触を回避することは,ほぼ不可能であるから,相手方から交渉材料として提示された特許以外の特許に対して脅威を感じ,そのために実施料の支払に応じることもしばしばである。これが,数万件の特許権からなるポートフォリオの持つ力であり,ポートフォリオを構成する個々の特許権の価値の合計を超えた独自の価値をもつ。だからこそ,大手電機メーカー各社は,このポートフォリオを育成・維持することにしのぎを削っているのであって,それに成功して初めて,個別特許の特許議論に多大な時間を費やすことなく,ライセンス契約の締結に至ることができる。

そして,このような包括ライセンス契約の交渉において,ライセンスの対象となる特許1件ごとにライセンス料を定め,それを積み上げて実施料総額を定めるということは行っておらず,約2万件の特許から構成されるポートフォリオを対象として,その価値を適正に評価すべく当事者間で交渉が行われるのである。そして,このようなライセンス契約により実施料の授受があったとしても,ポートフォリオを構成する個々の特許の存在と実施料の授受との間に直接の因果関係を認めることはできないし,相手方に提示され,相手方からも代表特許として認められたものを除いては,個々の特許について,実施料の取得に対する寄与を直接認めることは,著しく困難である。ライセンス交渉において,1件の特許発明の不実施又は無効が明らかになったにもかかわらず,実施料が減額されたり,実施料の返還を求められることがなかったという事実は,当該不実施又は無効の主張が成り立たなかったからではなく,むしろ,当該特許権が包括ライセンス契約締結及び当該契約に基づく実施料の授受に直接には寄与していないことを意味する。

(ウ) 被告は,包括ライセンス契約締結の交渉に当たって,本件各特許を交渉材料の1つとして用いたことがある。

しかしながら,本件各特許を提示特許としたのは,当該特許の評価に関する被告の誤解に基づくものであり,このような被告の評価は,これを斟酌すべきではない。

また,ライセンス交渉の中で,本件各特許が議論の対象となった際,一部の相手方からは,微細プロセスは使用しないので位相シフトマスクは実施していない旨の主張がされ,その他の相手方からは,ハーフトーン型位相シフトマスクは本件各特許の権利範囲に含まれない旨の主張がされた。後者の相手方からは,①本件各特許の特許請求の範囲にハーフトーン型位相シフトマスクを含むものと仮定すると,本件各特許発明は,P2論文に基づき新規性又は進歩性を欠くこと,②本件各特許の特許請求の範囲がハーフトーン型位相シフトマスクを含むものと仮定すると,明細書の記載は特許法所定の記載要件に違反することを理由に,本件各特許は無効である旨の主張もされた。したがって,これらの交渉の相手方は,本件各特許を脅威に感じていなかったことは明らかであって,提示特許とされたことをもって,ライセンス契約に対する貢献であると認めることはできない。

さらに,その他の場合には,本件各特許は議論の対象にすらなっておらず,結局,本件各特許は,被告のライセンス収入に対して一切寄与していなかった。

ウ 原告に対する実績報奨金の支払について

(ア) 包括ライセンス契約の対象に含まれる全2万件にも及ぶ特許に対して,内規により実績報奨金の支払を決定するに際して,対象とされた各特許発明のそれぞれについて,商業的に実施されている技術との関係や公知例との関係等を厳密かつ客観的に検証することは,時間,手間及びコストのいずれの観点からも非現実的であり,この厳密な検証を行うことが合理的であるとは認められないため,実際行っていない。また,その結果として,旧特許法35条4項に定める相当な対価を超過する金額を自主的に支払うことになったとしても,発明意欲の鼓舞という目的に反することはない。

そのため,被告の内規による実績報奨の半導体分野における運用として,約2万件の特許のうち,相手方との交渉材料として用いた特許については,その事実を評価し,その後に非侵害や無効が明白になったという事情のない限り,実績報奨の対象としている。また,既に締結済みの包括ライセンス契約に関しても,特許が登録され,かつ,相手方の実施が推認されるようになった時点で,その時点で契約交渉をしたならば同様に交渉材料として用いるであろうという相手方からの収入については,実際には交渉していない場合でも,実績として考慮している。

(イ) 本件各特許に対する実績報奨について

a 平成13(2001)年度支払分の実績報奨

被告では,平成11(1999)年11月から平成12(2000)年6月ころにかけて,相手方との包括ライセンス契約の交渉材料の候補の1つとして,本件各特許を選んだ。そこで,被告は,前記(ア)の運用に従い,本件各特許を実施している可能性があると思われた包括ライセンス契約締結済みの相手方との関係でも,交渉したならば交渉材料としたであろうと認められる特許であると本件各特許を評価し,本件各特許に対する平成13(2001)年度支払分の実績報奨金として,160万円を支払った。

●(省略)●

b 平成14(2002)年度支払分の実績報奨

被告は,平成13(2001)年10月,相手方とのライセンス交渉を開始し,交渉材料として選択した20ファミリ以上の特許群の1つとして,本件各特許を実際に用いたところ,相手方からの非侵害及び特許無効の主張を受けた。しかしながら,その時点では,非侵害や無効が明白になったという事情が判明せず,平成14(2002)年度支払分も,前年度の方針が踏襲され,本件各特許に関し,原告に対する実績報奨金の支払がされた。

c 平成15(2003)年度ないし平成17(2005)年度の各年

度支払分の実績報奨被告において交渉を担当していた担当者が他部へと異動になったり,ルネサスが設立され,特許部門の組織が変更されたこともあって,その後も,前記bの相手方からの主張を厳密に検討することはなかった。また,独自に精査して客観的な判断をすることもなかった。そのため,平成15(2003)年度ないし平成17(2005)年度の各年度支払分も,平成14(2002)年度支払分と同様に評価して,本件各特許に関し原告に対する実績報奨金の支払がされた。

d 客観的評価

本件訴訟の提起を受けて,被告において,厳密かつ客観的に検討した結果,前記1のとおり,本件各特許は,ハーフトーン型位相シフトマスクをカバーしていないことが明らかとなり,かつ,少なくとも原告が被告に譲渡対象とした発明には,ハーフトーン型位相シフトマスクが含まれていなかったことも明らかとなった。

したがって,被告の原告に対する実績報奨金の支払は,検討が十分になされなかったことに基づくものであり,誤りであった。

エ 原告の主張について

(ア) 「(半)(デセ)特許評価責任者説明会」と題する資料(甲30)について

●(省略)●また,同資料自体,厳密な検討に基づく正確な記載がされたものではなく,日本967号特許が,平成11(1999)年11月から平成12(2000)年6月にかけて,包括ライセンス契約の交渉材料の候補の1つとして選ばれ,その後,厳密な検討に基づく見直しがされたことがなかったために,「主要活用特許」であるとの誤解に基づき,記載されたものにすぎない。

(イ) 本件特許リストの記載について

本件特許リスト作成当時,被告は,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれると誤信していたところ,●(省略)●

(ウ) ●(省略)●

(エ) 戦略特許賞「金賞」受賞について

a 日本967号特許につき戦略特許賞「金賞」が与えられ,また,仮に,それが,原告の主張するような意味での「代表」しての受賞であったとしても,それは,ハーフトーン型位相シフトマスクが商業的に利用されるようになる以前は,業界全体が日本967号特許に係るエッジ強調型位相シフトマスクを有望な技術であると考えていたためである。そして,同特許の発明者は,原告のみとされているのであるから,原告が「代表」として選定されるのは,むしろ当然である。

b 戦略特許賞推せん説明書兼決済伺書(甲35の3)は,ハーフトーン型位相シフトマスクがまだ商業的に利用されていなかった時点で作成されたものである。そして,ハーフトーン型位相シフトマスクが登場する以前は,日本967号特許に係るエッジ強調型位相シフトマスクは有望な技術であると考えられていたのであるから,そのような時期に,被告が,同特許につき,●(省略)●との認識を有していたことや,他社にライセンスするなど,事業戦略のために活用する予定であったことはそのとおりである。しかしながら,同特許に係るエッジ強調型位相シフトマスクは,結局商業的に実施されたことはなかったのであって,ハーフトーン型位相シフトマスクが一般的になっている現時点から振り返ってみれば,被告を含む業界全体が当時有していた予測がはずれたことになる。

したがって,戦略特許賞推せん説明書兼決済伺書(甲35の3)に基づく原告の主張は,誤りである。

c なお,職務発明の承継による相当の対価は,本来,特許を受ける権利の承継時に定められるべきものであるところ,実際上は,承継時に使用者が受けるべき利益の額を算定することは極めて困難であることから,承継後の事情を参考資料として,その上で使用者利益を算定することが一般的である。

これは,承継時に職務発明の評価を正確に行うことは極めて困難であり,使用者等が当初行った発明の評価に誤りがあることも珍しくないことを端的に示すものであって,だからこそ,使用者等が当初行った発明の評価に誤りがあり,実際よりも低く評価してしまった場合には,発明者は裁判所が認定した相当の対価との差額を請求できるのである。

そして,これとは逆に,使用者等が当初は実際よりも高く評価してしまう場合も十分にあり得,その場合に,後の精査によって使用者等が行った当初の高い評価が誤りであることが判明した場合であっても,使用者等は当初の誤った判断に拘束されなければならないとすれば,著しく正義に反することは明らかである。

本件においても,前記のとおり,被告は,日本967号特許に対して戦略特許賞「金賞」を授与した当時は,当時の技術水準に基づき,日本967号発明が将来有望であると評価し,その後も本件各特許について厳密な検討による再評価を行うことなく,原告に対する高い評価を維持してしまったものであって,このような誤った評価に被告が拘束され続けなければならない理由はない。

オ 小括

以上のとおりであるから,被告が本件発明から得た利益はゼロであるか,せいぜい本件各特許を含む包括ライセンス契約により得られた実施料収入の2万分の28(平成14(2002)年度まで)又は4万分の28(平成15(2003)年度以降)とするべきである。

したがって,原告が本件発明について特許を受ける権利を被告に承継させたことに対する相当な対価は,仮にこれが認められるとしても,既に被告が原告に支払った額を超えるものではない。

(2) 本件発明により被告が得た利益の額について

ア 平成9(1997)年10月24日~平成12(2000)年3月31日の分

本件各特許発明が対象とするエッジ強調型位相シフトマスクは,商業的に実施されたことがなく,また,当該期間においては,ハーフトーン型位相シフトマスクについても,商業的に実施されていないことから,当該期間に本件発明から被告が受けた利益はない。

なお,原告は,「ハーフトーン位相シフトレチクル状況御報告」と題する書面(甲85。以下「甲85書面」という。)及び甲86書面をもって,当該期間においても,ハーフトーン型位相シフトマスクが商業的に実施されていたと主張する。しかしながら,甲85書面は,その記載内容等に照らして,ハーフトーン型位相シフトマスクの実用化に向けた検討段階のものであって,被告は,その実用化のために必要な評価のために,ハーフトーン型位相シフトマスクを発注していたにすぎない。また,甲86書面も,「準備進行中」等の記載が随所にあることから,商業的に実施されていなかったことを示すものである。したがって,原告の主張は,誤りである。

イ 平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度分

本件各特許発明は,ハーフトーン型位相シフトマスクを含んでおらず,商業的に実施されていないから,本件発明により被告が受けた又は受けるべき利益は存在しない。

なお,被告が誤解により本件各特許発明はハーフトーン型位相シフトマスクをカバーする可能性があると誤信していたことにかんがみ,仮に,ハーフトーン型位相シフトマスクが商業的に実施されるようになったことを評価するとしても,被告の特許ポートフォリオに対する割合的な貢献(28(本件各特許の件数)/2万件(被告の特許ポートフォリオの件数))程度にすぎない。

ウ 平成14(2002)年4月1日~平成20(2008)年11月21日の分

(ア) 原告が主張する当該期間における被告又はルネサスが包括クロスライセンス契約により得た利益のうち,平成17(2005)年4月1日~平成20(2008)年11月21日の間において,ルネサスが,ライセンス契約の相手方からのクロス効果の額として取り扱っていたのは,●(省略)●円である(乙48)。

(イ) 本件各特許発明は,ハーフトーン型位相シフトマスクを含んでおらず,商業的に実施されていないから,本件発明により被告又はルネサスが受けた又は受けるべき利益は存在しない。

前記イと同様,仮に,ハーフトーン型位相シフトマスクが商業的に実施されるようになったことを評価するとしても,被告の特許ポートフォリオに対する割合的な貢献(28(本件各特許の件数)/2万件(被告の特許ポートフォリオの件数))程度にすぎない。

また,仮に,ライセンス契約の交渉時において,本件各特許が相手方に提示され,又はそれに基づいて議論がなされたことを考慮するとすれば,ライセンス契約の交渉時に本件各特許が提示又は議論された相手方からの収入に対する寄与度は,それ以外の相手方からの収入に対する寄与度よりも大きい可能性がある(もっとも,その割合は1%を超えるものではない。)。

なお,ルネサス分社化後の平成15(2003)年4月1日以降は,被告の受けるべき利益額は,被告のルネサスに対する株式の保有割合(55%)に応じて減額されるべきである。すなわち,会社分割により本件各特許はルネサスに承継され,本件各特許を対象に含む包括クロスライセンス契約に基づく実施料(実収入及びクロス効果)も,ルネサスが受領しているところ,このようなルネサスが受領した実施料を間接的な被告の「利益」として考慮しようとすれば,その「利益」は,被告がルネサスの株主として享受する利益の額として算定するのが最も合理的である。したがって,本件各特許がルネサスに承継された後においては,ルネサスが実施料を受領したことによって被告が受けるべき利益の額は,被告のルネサスに対する株式の保有割合に応じて算定されるべきである。原告の主張のうち,被告とルネサスとの間の合意に基づくものは,本件訴訟において原告が請求する旧特許法35条3項に基づく支払義務と,被告とルネサスとの間の合意に基づく支払義務とを混同するものであり,失当である。

(3) 結論

したがって,被告が原告から本件発明について特許を受ける権利を譲り受けたことにより被告が受けた利益又は今後受けるべき利益は,一切存在しない。

3  争点(2)(被告が貢献した程度)について

(原告の主張)

(1) 原告の貢献度の基礎となる事実

① 本件発明当時,被告においては,●(省略)●原告は,新しいマスク構造の技術開発を目的とするような組織には所属しておらず,工場の現場で半導体のマスク製造のための技術サポートを担当していた。そして,原告は,研究者ではなく,工場の現場での製造業務に従事する技術者として,そもそも発明することをその業務内容とする地位にはなかった。

② 原告は,平成3(1991)年に,平成3年度戦略特許賞「金賞」を複数の関係発明者の「代表」として受賞した。

③ 前記1のとおり,本件各特許は,基本特許であり,かつ,基本発明である。

④ 本件発明は,原告の所属グループの研究開発テーマではなかった。本件発明時,被告社内では,更なるマスク技術開発を打ち切り,原告の所属グループを消滅させる計画があった。そのため,原告の所属グループは,原告を含めて,マスク技術開発に関し,実験を確認するための設備,研究費が使えなかった。

⑤ 原告は,被告から本件発明に係る企画を示されることなく,本件発明につき,上司からのヒントも,同僚,部下からのアシストもなく,全くの個人的努力により,本件発明を成し遂げた。●(省略)●。

⑥ 原告は,被告に対し,何度も技術開発のための設備導入を提案し続けたが,被告はこれを拒絶した。また,原告は,本件発明の完成のために,被告の実験装置・設備,研究費,業務時間を一切使用していない。

⑦ 原告は,後記のとおり,本件発明の権利化に貢献した。

以下,被告の主張に対する反論も交えて,個別に主張する。

(2) 本件発明がされるについての被告の貢献

ア 本件発明がされる以前における位相シフトマスクに関する原告の提案

(ア) 原告が,位相をシフトさせることにより,転写パターンの解像度を向上させることができると着想したのは,大学時代の卒業研究において,「位相を利用すると振幅歪が改善するということ」を研究していたことにさかのぼる。

そして,原告は,本件発明以前である昭和58(1983)年11月に,位相シフトマスクに関する発明(以下「本件旧発明」という。)を行い,所属部門の上司等の評価を受けていた(甲40)。しかしながら,本件旧発明は,被告の特許関係部門により●(省略)●(出願しない方がよいレベル)と評価され,結局,特許出願はされなかった。

なお,本件旧発明は,原告と,当時,被告においてマスクレジストの技術開発を行っていたP7との共同提案となっている。これは,原告が,本件旧発明の出願依頼書兼譲渡証(甲40。以下「本件旧発明出願依頼書」という。)を作成する1週間ほど前に,P7からその著書の謹呈を受けたことから,将来,P7と円滑に仕事を進めたいという気持ちがあって,P7を共同発明者として記載したものである。現に,原告は,本件旧発明出願依頼書提出後,P7と共同していくつかの仕事を行っている。

(イ) 被告は,本件旧発明出願依頼書と本件出願依頼書がほぼ同一の内容であって,本件旧発明がP7との共同発明である以上,本件当初発明も同様であり,仮に,本件当初発明が原告の単独発明であるとしても,P7,ひいては被告の貢献が大きいと主張する。

しかしながら,本件出願依頼書には,●(省略)●本件旧発明出願依頼書には,そのようなアイディアはなく,また,本件当初発明は,縮小投影露光により,透過領域の位相シフタの境界(エッジ)部の影が形成されることを逆に利用して,転写パターンの像を鮮明にするものであるが,本件旧発明には,このようなアイディアは含まれていない等,本件旧発明と本件当初発明とは,ほぼ同じではない。

また,P7は,本件発明の完成より1年以上前に日立を退職しており,本件発明の完成において,原告とP7との共同開発の実体は皆無である。

さらに,本件旧発明自体,そもそも,原告の単独発明であることは,前記(ア)のとおりである。被告は,これを不自然であると主張するが,職務発明制度についての一般の認識も高くなかった本件旧発明がされた当時においては,何ら不自然なことではなかった。

イ 本件発明に至る経緯

(ア)a 原告は,昭和63(1988)年春ころ,M-680用論理LSI生産のためのマスク生産技術サポートに追われながら,次期大型計算機(J-10)用マスク技術の検討のため多忙であった。また,原告は,昭和63(1988)年当時,FIB装置及びホストコンピュータによるネットワークシステムの提案に関するテーマに取り組んでおり(完成は,同年8月末),そのことが理由の1つとなって,多忙であった。

したがって,被告が主張するように,原告の上司であるP8から,ルーチンワークのほかは,すべての時間を位相シフトマスクの検討に費やして構わない等の指示を受けたことはない。

また,P8との間の位相シフトマスクに関するやりとりも,被告中央研究所で位相シフトマスクの研究を行っているとの教示が,本件出願依頼書の提出日である昭和63(1988)年5月17日の1,2日前にされたにすぎず,位相シフトマスクの調査,検討及び特許出願の指示を受けたことはない。仮に,被告が主張するとおり,昭和63(1988)年春ころにそのような指示があったとしても(もっとも,P3らの研究報告第18038号(乙17。以下「P3研究報告」という。)の発表が,昭和63(1988)年5月13日であることからすれば,P8から原告に話がされた時期は,同月とみるのが合理的である。),1か月前後で本件発明を完成させることはできないから,これをもって,本件発明への被告の貢献があるとはいえない。

さらに,原告は,昭和58(1983)年以来,本件旧発明につき,本来業務のかたわら時間を見つけてアイディアを進化させて,本件発明の完成に至ったものであり,遅かれ早かれ出願依頼書を提出する予定であったから,P8が,埋没していた本件旧発明を発見したというものでもない。

b 被告は,原告が,FIB設備試作プロジェクトを通じて得た知識を本件発明に活かしているとし,その根拠として,日本967号公報中の図面が特願昭63-172722に添付された図面と同じであることを挙げる。

しかしながら,同図面は,原告が作成した仕様書に基づき,米国マイクリオン社が作成したものである。また,日本967号明細書には,位相シフト溝を形成する工程でFIB装置を用いることが記載されているが,位相シフト溝自体,当業者において既に周知のものであり,当該FIB装置の構成図を記載することが,本件発明の記述に必須であったものではないから,原告がFIB設備試作プロジェクトを通じて得た知識を本件発明に活かしているという事情は,存在しない。

(イ) 被告は,本件発明の発端は,P9が被告中央研究所における位相シフトマスクに関する最新の研究成果を聴取してきたことにあると主張する。しかしながら,●(省略)●からすれば,P9が,位相シフトマスクを用いる縮小投影露光技術の重要性を認識し,開発を進めることを判断したのは,同月以降であるということができる。いかに予算措置を講ずる前に熟慮を要するとしても,●(省略)●のは不可解である。

また,原告の担当業務が,平成元(1989)年8月に,被告のデバイス開発センタ内で,マスク技術担当から電子ビーム直接描画技術担当に変わったことは,P9又はP8が,この時点において,原告が位相シフトマスクも含むマスク技術を担当することが重要であるとは考えていなかったことを示している。

そして,このことは,P9又はP8が,昭和63(1988)年の時点で,位相シフトマスクの開発が重要であると認識して,原告に位相シフトマスクの開発を命じたり,示唆したことなどあり得ないことを裏付けている。

(ウ) 被告は,原告が,本件出願依頼書提出前に,P3に会ったと主張するが,そのような事実はない。

本件出願依頼書に●(省略)●と記載したのは,同依頼書提出の1,2日前に,P8から,被告中央研究所で位相シフトマスクの研究が進められていることを聞き,このような記載をして被告中央研究所の顔を立てておけば,被告中央研究所から消極的な意見が出て,本件発明の特許出願が見送られることはないと政治的に考えたことによる。

そして,被告が指摘するP3研究報告の報告日は,昭和63(1988)年5月13日であって,校正等を経て印刷物が被告社内に配布されるまで約1か月を要するから,原告が,同研究報告の印刷版に関する資料の写しを入手したのは,同研究報告の報告日から約1月後の昭和63(1988)年6月13日以降であると合理的に推察される。仮に,その発表直後に同研究報告の内容を入手していたとしても,本件出願依頼書を提出した同年5月17日までの間に,それを基に本件発明を完成させることは不可能である。

また,仮に,被告が主張するように,P8の指示でP3と面談して,その結果,本件発明が生まれたとしたら,当時の被告社内の特許出願事務の慣行によれば,本件発明は,当然,原告とP3との共同発明となっていたはずである。それにもかかわらず,本件発明は,原告の単独発明とされていることからすれば,原告が本件出願依頼書の提出前に,P3に会ったという事実はないということができる。

したがって,本件発明は,原告の単独発明であり,P8の指示によって行われたものではないことは明らかである。

ウ 原告は,日本967号明細書の原稿(乙18。以下「本件明細書原稿」という。)の作成につき,被告中央研究所の成果に依拠していない。

そもそも,本件明細書原稿の作成に当たっては,被告の知財部スタッフはほとんど関与せず,特許事務所の弁理士もほとんど造作を加えておらず,この点に関する原告の貢献を軽視すべきではない。

(ア) 被告は,本件明細書原稿において,P3研究報告中の図をコピーしていること等を主張する。

しかしながら,原告が,昭和63(1988)年6月にP3に会った際,P3からP3研究報告に関する資料の写しを受け取り,これに記載された図と実質的に同一の図が,公開済みのレベンソン特許の明細書に既に記載されていることから,それを本件明細書原稿に利用しても問題ないことを確認した上で,これを利用したものである。そもそも,公知の図面を従来技術の説明図として用いることが,被告の本件発明についての貢献ということ自体,無理がある。

他方で,同研究報告中,非公開の図面については,本件出願時明細書には記載しなかったから,日本967号特許の出願に同研究報告を利用していない。

そもそも,従業員発明者は,その所属する会社のために明細書原稿を作成しているのであるから,当該会社の立場・視点から,明細書に用いることに問題があるか否かという基準により,会社に関係する図面を用いるかどうかを検討すれば足りるのであり,原告が被告の図面を無断借用しているという被告の主張自体が,的外れである。

(イ) また,被告は,本件明細書原稿中,P5発明に係る公開特許公報の特許請求の範囲に記載された発明に含まれる記載があると主張する。

しかしながら,P5発明は,公開情報である以上,これを使用したことをもって,被告が本件発明に貢献したというのは,論理の飛躍がある。

(ウ) 日本967号明細書は,原告が,被告中央研究所の大型電子計算機を利用して得たデータ等を一切記載することなく,原告が手計算によって確認し,思索によって確証を得たことのみを記載している。

なお,前記アのとおり,原告が位相シフトマスクについて個人的に研究していたのは,被告中央研究所が位相シフトマスクの研究開発に着手する前であるし,本件発明は,その発明時において,被告中央研究所の研究成果にないものである。

(エ) したがって,原告は,本件明細書原稿の作成において,被告中央研究所の研究成果に依拠していない。

エ 発明の変更について

(ア) 被告は,本件当初発明についての評価を担当したP10が●(省略)●とコメントしていることをもって,被告の貢献と主張する。

しかしながら,原告は,●(省略)●論理的には可能であるが,実務的には,技術的な問題やコストの点で,採用される可能性は乏しいと自発的に考え,これを本件明細書原稿や日本967号明細書等の中には,記載しなかった。そして,この問題は,本件発明の多くの実施例のうちの1つの問題でしかなく,これ以外にも多くの実施例が存在し,当該実施例が必須なものであったわけではないから,被告の前記主張は,論理の飛躍がある。

(イ) また,被告は,原告が,本件明細書原稿を作成した時点で,位相シフト法に関する基本的な光学原理を誤解していたと主張する。

a しかしながら,被告が指摘する本件明細書原稿の●(省略)●これをもって,被告の貢献度が大きいということはできない。

また,●(省略)●本件発明の原理である,位相を反転させて光の強度がゼロになるように設計することでエッジを鮮明するという技術内容を有するものではなく,本件発明の原理に合わないということによるものであって,光学原理の誤解に気付いたからではない。

b また,仮に,原告が光学原理を誤解していたことに気付いたのであれば,原告は,●(省略)●しかしながら,原告は,前記aのとおり,●(省略)●このことは,被告の主張と整合しない。

c 被告が主張する「ウェーハ上振幅の波が水平基準線を跨ぐ箇所でウェーハ上光強度はゼロになるはずである。」という光学上の原理は,露光光が理想的な単色光(波長と位相が均一である。)を用いて結像する場合に,初めて成り立つ現象である。

しかしながら,実際は,集積回路の製造の場合の縮小投影露光光は,理想的な単色光ではなく,部分的な単色光(波長と位相が少し異なる光も含む。)を用いている。日本967号明細書では,実際の露光で用いられている露光光が部分的な単色光である状況でも,関係図が光学上間違いであると言われないようにするために,特許出願において,あえて,被告が光学原理上誤りであると指摘する図を維持した。

したがって,被告の前記主張は,集積回路製造における縮小投影露光技術の業界での現状に照らすと,的外れである。

(ウ) 被告は,原告が被告中央研究所の研究報告を借用したことをもって,本件発明に対する被告の貢献と主張する。しかしながら,当該借用の日は,本件明細書原稿を被告特許部に提出した日より後である。また,●(省略)●原告は,この被告中央研究所の研究にかかわりなく,当該現象を手計算と思索によって確証を得て,この現象を利用する具体的手法を,これらの研究報告を借り受ける前に本件明細書原稿に記載しているから,前記被告の主張は,論理の飛躍がある。

(3) 特許出願後の被告の貢献について

ア 本件発明に対する被告特許部門の評価は,当初は●(省略)●であったが,特許出願後に●(省略)●に変更されている(甲38及び乙16の各「特許部門総合評価」欄参照)。

このように,被告は,本件出願依頼書の時点で,特許部門の総合評価として●(省略)●と判定している以上,日本967号特許につき,被告の特許部の貢献は,乏しかったといわざるを得ない。

イ 被告は,本件発明をマスクの発明から集積回路装置製造方法の発明に変更したことをもって,本件発明に対する被告の貢献と主張する。

しかしながら,原告は,本件発明に含まれる技術内容と実施される可能性が高い技術内容とを鋭意検討する等して,「外国出願要否検討依頼の件」と題する書面(甲50)の日付である平成元(1989)年2月7日の時点では,本件発明を,マスク製造法に限定することなく,半導体デバイスに適用する微細加工方式をカバーするように広く権利化すべきであると考えており,被告特許部の担当者に対し,その旨を強く主張していた。現に,原告は,前記「外国出願要否検討依頼の件」において,●(省略)●と記載し,本件発明がマスク又はその製造方法に限らず,集積回路の製造方法をカバーしていることを指摘している。

そして,平成3(1991)年から平成7(1995)年11月までの間に,米国において,本件発明に関して,集積回路の製造方法の請求項を含む多数の特許が成立したのは,原告が,被告の特許担当者に対し,集積回路の製造方法として権利化することを強く要求した結果である。日本967号特許の審査請求は,既に成立していた米国特許の請求項を日本語に書き直すだけの作業にすぎない。

仮に,集積回路の製造方法の請求項とすることが被告特許部の発意によるものであったとしても,必要に応じて発明の主題を変更することは,特許権利化の実務においては常道であり,重大な貢献であるとはいえず,全体の数%として考慮されるようなものではない。

ウ 被告は,位相シフトマスクの改良及び実用化を進めた被告中央研究所の研究成果をもって,被告の貢献であると主張する。しかしながら,原告が,外国出願の必要性をアピールしたからこそ,本件発明につき外国出願がされたのであるから,原告の貢献度の方がはるかに高いということができる。

(4) ライセンス契約締結段階での貢献について

被告は,ライセンス交渉の専門部隊の育成等を行ったことをもって,被告の貢献であると主張するが,このような被告の主張は,一般論でしかなく,被告の顕著な貢献とする事情ではない。

また,ライセンス契約には,ライセンス交渉部隊が,特許の技術的内容を把握することが前提であり,それには特許に関連した発明者のサポートが不可欠である。現に,原告は,平成12(2000)年及び平成13(2001)年の2年連続で,半導体のマスク露光に関連する特許ライセンスへの貢献として,被告の半導体事業部門の最高責任者より,特別に表彰を受けており(甲87,88),このことに照らしても,原告の半導体のマスク露光に関連する特許ライセンスへの貢献が多大であったということができる。

(5) その他の被告の主張について

被告が摘示する事項は,被告の優秀な人材から原告が学んだ,被告の設備から原告が学んだ,特許出願や権利取得を被告のコストで行った,被告が原告の誤解を正したということにすぎない。そして,仮に,被告の主張が正しく,かつ,これらの「被告の貢献」に要した被告のコストが数値化して把握することができるものであったとしても,このようなコストは,被告が受けた利益を計算する際に,既に参酌されていると考えるべきであり,このようなコストを超えた特別の貢献でなければ,相当の対価額を減額すべき事由となるべきではない。また,仮に,このような事情によって何らかの被告の貢献度による減額をするとしても,「著しい貢献」と評価し得るものではない。

したがって,被告の主張する事情をもって,「被告の貢献が著しく大きい」ということはできない。

(6) 小括

以上に述べたところからすれば,本件発明に対する原告の貢献度は,20%を下ることはないと解される。

(被告の主張)

(1) 本件発明がされるについての被告の貢献

ア 原告の技術習得等について

職務発明と一言で言っても,発明をなすために必要な知識及び経験を既に身につけた従業者を使用者等が採用して職務に従事させた場合と,そうではなく,使用者等により与えられた職務を通じて従業者が発明をするために必要な知識及び経験を身につけた場合とでは,使用者等の貢献の程度には,差異がある。

原告は,大学及び大学院での学習及び研究では,縮小投影露光法,光リソグラフィ用マスクを含む半導体マスクやその他の描画装置との接点を何ら有していなかった。

しかしながら,原告は,被告に入社した当初から,コンピュータ事業本部デバイス開発センタの試作部に配属されてマスク業務を担当し,デバイス開発センタ試作部内に設置されたマスクグループに所属し,その職務を通じて,縮小投影露光法及び光リソグラフィ用マスクの基本技術を習得し,ユーザーのニーズ及び技術課題を知り,技術開発の動向についての最新情報に触れ,上司及び同僚と議論し,試行錯誤を行うことにより,本件発明に必要な基本技術や最新情報を習得することができた。したがって,原告は,被告に入社しなければ,本件発明を行う可能性は皆無であったといえ,それを可能にしたのは,原告を取り巻く被告における環境であるから,被告の貢献度は大きい。

イ 本件発明に至る経緯

(ア) 昭和63(1988)年春,被告のデバイス開発センタプロセス開発部MOSプロセスグループ主任技師(当時)のP9は,被告中央研究所における位相シフトマスクに関する最新の研究成果を聴取し,同開発部マスク技術グループ主任技師のP8に対し,位相シフトマスクの検討をするように勧めた。これを受けて,P8は,その部下であって,当時取り組むべき検討テーマを持っていなかった原告に対して,被告中央研究所の研究者らにコンタクトする等して情報を収集し,デバイス開発センタ開発部のマスク技術グループとしても位相シフトマスクの検討を開始するよう,具体的な指示をした。P8は,原告に対し,ルーチンワークのほかは,すべての時間を位相シフトマスクの検討に費やして構わないこと,また,成果については特許出願を心がけることを指示した。

そして,その後約1月以上の期間を費やして,原告は本件出願依頼書を提出した。その間,原告は,少なくとも被告中央研究所のP3と面談し,また,P3研究報告(「位相シフト法を用いた0.3μmフォトリソグラフィの検討」)に関する資料の写しを入手している。原告自身,本件出願依頼書において,●(省略)●として,●(省略)●として,被告中央研究所の成果に言及している。

このように,本件発明につき特許出願する契機を作り,また,被告中央研究所において,位相シフトマスクに関する研究成果を蓄積していた被告の貢献は大きい。

(イ) 原告の主張について

a 原告は,本件発明がされた昭和63(1988)年当時,FIB設備試作プロジェクトやホストコンピュータによるネットワークシステムの提案に関するテーマに取り組んでおり,多忙であった旨主張する。

●(省略)●したがって,原告が,昭和63(1988)年当時,FIB(集束イオンビーム)装置及びホストコンピュータによるネットワークシステムの提案に関するテーマで多忙であったという原告の主張は誇張である。

また,日本967号明細書では,実施例2及び4において,マスク上に位相シフト溝を形成する工程でFIB装置を用いることが記載されており,その製造方法は,マスク全体の製造時間をより短縮する発展的な技術として,日本967号特許の中に位置付けられていることから,位相シフト溝を形成する工程は,位相シフトマスクの製造工程において重要な工程といえる。したがって,FIB装置が日本967号特許において果たす貢献度は大きい。そして,日本967号公報の第6図で図示されたFIB装置は,日本967号特許出願時には未公開であった被告がした特許出願(特願昭63-172722。原告も共同発明者の一人。)に添付された図面と同じである。したがって,原告は,FIB設備施設プロジェクトを通じて得た知識を,本件発明に活かしている。

b 仮に,原告が主張するとおり,P8らから原告に対して,本件出願依頼書の内容面に関する指示がなかったとしても,原告は,本件旧発明につき本件旧発明出願依頼書を作成・提出した昭和58(1983)年から,それとほぼ同一内容の本件出願依頼書を提出した昭和63(1988)年までの約5年間にわたり,自発的に本件旧発明のアイディアを進化又は具体化させることなく,放置していた(だからこそ,P8の指示があってから,1か月程度で,本件出願依頼書を提出することができた。)のであるから,本件出願依頼書が提出されるに至ったきっかけは,P9の被告中央研究所での見聞及びP8からの調査・検討の指示であって,被告中央研究所,P9及びP8らの貢献,すなわち,被告の貢献度は極めて大きいといえる。

c 原告は,位相シフトマスク技術関連の装置の導入時期に基づき,P9が,位相シフトマスクを用いる縮小投影露光技術の重要性を認識し,開発を進めることを判断したのは,平成3(1991)年10月以降であると主張する。

しかしながら,実際に装置を導入する決断をする相当以前から,予算を投じるに値する技術であるか否かの検討を行った上で予算措置を講ずるのが大企業における研究開発の常識であるから,装置の導入時期が●(省略)●であることは,P9が昭和63(1988)年春に被告中央研究所の成果を聞き,位相シフトマスクに興味をもったことと,何ら矛盾するものではない。

d 原告は,本件出願依頼書に被告中央研究所におけるP3らの研究に言及したことについて,被告中央研究所の顔を立てておけば,被告中央研究所から消極的な意見が出て,本件発明の特許出願が見送られることはないと政治的に考えたことによると主張する。

しかしながら,昭和63(1988)年当時,被告デバイス開発センタの研究者から提出された出願依頼書について,被告中央研究所からクレーム等が出されて,それを理由として出願が見送られたということはない。そもそも,被告デバイス開発センタの研究者から提出された出願依頼書について,被告中央研究所の研究者や被告中央研究所を担当している知財担当者が,評価をしたり,レビューをしたりする機会はないから,原告の説明は不自然かつ不合理である。

かえって,本件出願依頼書の記載内容からすれば,原告がその作成に先立ち,被告中央研究所におけるP3らの研究データを入手し,検討したと考えるのが,自然かつ合理的である。

ウ 明細書原稿の作成について

(ア) 原告は,本件明細書原稿の作成に際しても,被告中央研究所の成果に大きく依拠している。

a 本件明細書原稿中の図面の幾つかは,P3研究報告中の図をコピーし,そのまま又は一部修正して貼り付けたものである。

b 本件明細書原稿中,「遮光領域内位相シフト」として記載されたものは,P5発明に係る公開特許公報(乙4の1)の特許請求の範囲に記載された発明に含まれるものである。

(イ) 原告の主張について

a 原告は,引用した図面につき,公開されている図面と実質的に同一であると確認したものは,そのまま引用し,非公開のものは,削除したと主張する。

しかしながら,公開された図面があるのであれば,P3研究報告を引用する必要はない。また,非公開の図面を最終的に削除したとしても,その図面が,発明の完成と明細書の作成に寄与したことは,明らかである。

そして,原告が,何のはばかりもなく,P3研究報告の図面を引用することができる環境にあったこと自体,被告の貢献ということができる。

b 原告は,P5発明は公開情報であったと主張する。しかしながら,原告は,被告従業員であったからこそ,P5発明へのアクセスが格段に容易であったといえる。また,原告は,本件明細書原稿提出後に,P5らが作成した研究報告を借り出し(後記エ(ウ)参照),遅くともそのときにその内容を知りながら,補助開口型位相シフトマスクを自分の発明のように記載したまま,特許出願をしている。

エ 発明の変更について

(ア) ●(省略)●

しかしながら,この図面の構成を採用すると,開口部の中心部に位相シフト層の端部(位相の反転する領域とそうでない透明領域との境界部)が位置することとなり,当該端部(境界部)の光がゼロになって暗部になり,本来一体でなければならない開口領域が,分離されてしまう。この問題点については,本件出願依頼書にも,被告の半導体事業部武蔵工場製造部マスク製作グループの主任技師であり,本件当初発明についての評価を担当したP10により,●(省略)●とコメントされている。原告は,この問題について,本件出願依頼書では,●(省略)●

(イ) また,原告は,本件明細書原稿においても,いまだ,この未解決の問題点を包含する発明を記載していた。原告は,●(省略)●このことは,原告が,本件明細書原稿を作成した時点で,位相シフト法に関する基本的な光学原理を誤解していたことを如実に示している。

(ウ) その後,原告は,被告中央研究所の研究報告を借り出し,自らの誤解に気付き,昭和63年10月13日になされた筒井国際特許事務所の担当者との打ち合わせにおいて,●(省略)●そして,最終的に,本件発明は,関係する請求項及び図面その他の記載を削除し(乙8),特許出願がされるに至った。

(エ) そもそも,本件当初発明は,互いに位相を反転させて隣接する2つの光透過領域の境界を暗部にする発明ではなく,位相シフト層の端部にテーパを設けることで,光透過領域中に暗部が生じることのないこと,すなわち,2つの光透過領域の間に設けられた遮光膜部に暗部を設けることが企図されていた。また,本件明細書原稿においても,●(省略)●と記載されており,この点で,当該発明は,遮光膜を挟む一対の透過光のうち,一方の位相を180°ずらすレベンソン型位相シフトマスクと発想が同一である。

●(省略)●原告は,この研究報告書(乙20)を借り出し,その後に,本件明細書原稿の前記記載を大幅に書き換え,軌道修正を図ったのであるから,被告中央研究所の貢献が大きいことは明らかである。

(オ) 原告の主張について

a ●(省略)●

b また,原告は,実際は,集積回路を製造する場合の縮小投影露光光は,理想的な単色光ではなく,部分的な単色光(波長と位相が少し異なる光も含む。)を用いているとするが,前記第2図のように,開口領域の幅と位相シフタの幅を同じにした場合には,光強度のピークが2つでき,その結果,その谷間の部分で光強度がゼロになって,暗部が形成される。

c さらに,原告は,被告中央研究所の研究報告は,現象の発見にとどまると主張する。

しかしながら,現象を具体化するためには,数多くの実験を行い,多種多様な数式データを集めることが不可欠であり,そのような実験データを提供した被告の貢献度が大きいことは明らかである。

(2) 特許出願後の被告の貢献

ア マスクの発明から集積回路装置製造方法の発明への変更

(ア) 本件発明は,出願時には,発明の名称を「マスクおよびその製造方法」とし,特許請求の範囲は,すべて「マスク」又は「マスクの製造方法」についてのものであった(乙8)。しかしながら,本件発明について審査請求がされた平成7年11月21日に,発明の名称とすべての特許請求の範囲とが,「集積回路装置の製造方法」に補正され,同時に,日本477号特許,日本748号特許及び日本749号特許の分割出願がされた。

この補正・分割を提案し,補正・分割の特許請求の範囲を作成・主導したのは,原告ではなく,被告の知財担当者らである。被告の知財担当者らは,その経験から,マスク及びその製造方法についての発明では,マスクメーカーに対しては権利行使ができるものの,半導体集積回路の生産販売に対して権利行使をすることが著しく困難な場合があるということを懸念し,本件発明のマスクを利用した半導体集積回路装置の製造方法を対象とすべく特許請求の範囲を大幅に書き直し,請求項を増やし,かつ,分割出願することで,権利行使が少しでも容易になるように創意工夫を行った。

そして,このような創意工夫が可能となったのは,そもそも被告がマスクの製造のみではなく,半導体の設計・生産までを広く手がけていたことも大きな要因である。

(イ) 原告の主張について

原告は,「外国出願要否検討依頼の件」と題する書面(甲50)に●(省略)●と記載していたことをもって,原告が集積回路の製造方法をカバーするように考えており,被告の特許担当者に対し,その旨要求したと主張する。

しかしながら,この記載は,●(省略)●を意味しているにすぎず,これをもって集積回路の製造方法をカバーする発明であると原告が考えていたということは,論理の飛躍がある。

また,原告は,被告の特許担当者に対し,集積回路の製造方法を含めるように要求したことの証拠を示しておらず,仮に,そのように要求していたとしても,原告の当該要求の有無にかかわらず,被告の特許担当者間では,集積回路の製造方法を含めるように補正をする方針を固めていたから,原告の要求と当該補正との間に因果関係はない。

したがって,当該補正に対する原告の貢献はない。

イ 戦略特許賞「金賞」受賞と出願戦略

本件発明は,当時有望と考えられたエッジ強調型位相シフトマスクをカバーする発明として,被告社内において高く評価され,平成3(1991)年に,被告の社内表彰として戦略特許賞「金賞」を受賞した。そのため,被告の知財担当者らは,これらに注力することを求められたのであって,そのことと日本967号特許がハーフトーン型位相シフトマスクをカバーしていないこととの間には,何らの関係もない。

また,日本967号特許が対象とするエッジ強調型位相シフトマスクは実施されていないから,被告が得た利益と,原告が戦略特許賞「金賞」を受賞したこととの間には,論理的な関連性はない。

ウ 本件発明の利用価値

本件発明の利用価値が認識されたのは,本件発明後に,位相シフトマスクの重要性が認識されるようになったからである。そして,位相シフトマスクの改良及び実用化に当たっては,被告中央研究所におけるP5やP3らの研究成果によるところが大きかったから,これをもって,被告の貢献があったというべきである。

エ ハーフトーン型位相シフトマスクをカバーしようとした被告の努力

平成6(1994)年前後から,被告の知財担当者の間で,本件発明について,ハーフトーン型位相シフトマスクをカバーしていないことが懸念されるようになり,ハーフトーン型位相シフトマスクをカバーするように,継続出願や分割出願を行っていく必要性が認識され,ハーフトーン型位相シフトマスクをカバーするための検討が行われた。そして,その検討結果に基づき,国内外の特許出願が進められた。このような検討や出願は,被告の知財担当者を中心に進められたものであるから,仮に,日本967号特許がライセンス契約交渉で相手方に提示された事実を評価するとすれば,このような被告の検討・努力による貢献度は大きい。

(3) ライセンス契約締結段階での被告の貢献

ア ライセンス部隊の活動

国内外の大企業を含むライセンシーとの間で被告に優位にライセンス交渉を進めるには,膨大な知識に関する資質及び高度の交渉技術を持った多数の優秀な人材が不可欠であるところ,被告においては,ライセンス交渉の専門部隊を設け,その育成,ノウハウの蓄積を図っている。そして,被告は,そのために,これまで多大な人的・金銭的な投資を行っており,この点は,ライセンス契約締結段階での被告の貢献として多大な影響を有する。

イ 膨大な特許ポートフォリオを有していること。

前記2(被告の主張)(1)のとおり,被告半導体部門は約2万件の,ルネサスは約4万件の特許を保有しており,その特許ポートフォリオの力で,有利な条件で契約締結に至ることができたのであって,被告は,このポートフォリオの育成・維持のために,莫大な研究開発費及び特許出願・維持費用を費やしてきたのであって,被告が膨大な特許ポートフォリオを有していることは,ライセンス契約締結段階での被告の貢献として多大に評価されるべきである。

ウ 原告の主張について

原告は,他社特許対策賞(甲87)及びグループ長知的所有権賞(甲88)を受賞したことに基づき,原告のライセンスへの貢献が多大であると主張するが,他社特許対策賞(甲87)は,本件各特許とは関係がなく,グループ長知的所有権賞(甲88)も,表彰の対象となった代表特許は,P5らの発明であって,原告は共同発明者ですらないから,原告の主張は失当である。

(4) その他の原告の主張について

ア 本件旧発明について

(ア) 本件旧発明出願依頼書の内容は,本件出願依頼書の内容とほぼ同一である。そして,本件旧発明出願依頼書には,P7が共同発明者として記載されているところ,P7を共同発明者として記載した理由に関する原告の主張は,明らかに不自然であるから,本件旧発明は,原告とP7との共同発明であるということができる。

これらのことに照らせば,仮に,本件当初発明が,原告が単独で本件旧発明を改良したものであったとしても,本件当初発明に対するP7の貢献が多大であることは明らかであり,本件出願依頼書においても,P7を共同発明者として記載すべきであった。

そして,このことは,P7のような有用な人的資源を抱え,発明への寄与を許した被告の多大な貢献を示すものである。

(イ) 原告は,本件当初発明と本件旧発明とは,異なるものであると主張する。

しかしながら,原告が相違点として主張するもののうち,本件当初発明では,●(省略)●を提案しているとの点については,そもそも,前記(1)エのとおり,P10の指摘により追記されたものにすぎず,また,原告自身が認めるとおり,技術的な問題等で採用される可能性は乏しいものであって,重要性は乏しく,日本967号発明の構成要件ともなっていないものである。

また,原告が相違点として主張する,本件当初発明は,縮小投影露光により,透過領域の位相シフタの境界(エッジ)部の影が形成されることを逆に利用して,転写パターンの像を鮮明にするものであるが,本件旧発明には,このようなアイディアは含まれていないという点についても,そもそも,本件出願依頼書には,そのような記載は何らされていないものである。

以上のことに加えて,本件出願依頼書と本件旧発明出願依頼書の各「発明の要旨」欄の記載は,ほぼ同一であることからすれば,本件当初発明と本件旧発明の相違点は,本質的な差異とはいえない。

イ 本件発明に対する評価の変更について

原告は,被告が本件発明の評価を●(省略)●に変更したことをもって,被告の貢献が乏しかったと主張する。しかしながら,評価を引き上げたことは,権利化手続に際して,被告がより注力するようにしたことを意味しており,本件発明に関する被告の貢献がむしろ高かったことを示す。

また,そもそも,本件出願依頼書が提出された時点における知財部門の総合評価が,被告の知財部門ではなく,外部の特許事務所のサポートにより出願する必要があることを意味する●(省略)●であったとしても,外部の特許事務所は,被告の委託を受けて業務を行う以上,特許事務所のサポートも,被告の知財部門のサポートも,被告の貢献という点では同じである。

(5) 小括

以上のとおり,本件発明がされるについても,本件発明の権利化についても,被告の貢献は莫大であるから,エッジ強調型位相シフトマスクを技術的範囲とする本件発明についての被告の貢献は,99%を下回ることはない。

被告は,エッジ強調型位相シフトマスクの発明についての原告の貢献をすべて否定するものではないが,エッジ強調型位相シフトマスクは,被告においても,ライセンス契約の相手方である半導体装置メーカーにおいても,商業的に実施されることは一切なかった。

これに対し,仮に,本件各特許発明が,本件各特許の特許請求の範囲の文言上,エッジ強調型位相シフトマスク以外の方式の位相シフトマスクをも,その技術的範囲に含むのであれば,それは,公知のレベンソン発明,P4発明,P5発明及びP2発明並びに被告中央研究所の各研究報告及びそれらを生んだ研究者の努力等に代表される被告の貢献にそのすべてを負うものであって,その範囲についての原告の貢献は,一切認められない。

4  争点(3)(本件発明の相当の対価の額)について

(原告の主張)

(1) 相当の対価額の算定

以上のことからすれば,本件発明の譲渡に伴う相当の対価額は,次のとおりとなる。

ア 平成9(1997)年10月24日(日本967号特許の登録日)~平成12(2000)年3月31日の間に被告が本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

(ア) 平成9(1997)年10月24日~平成10(1998)年3月31日の間に被告が本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円

(計算式)(●(省略)●円+●(省略)●米ドル×123.57円)×(1+●(省略)●)×●(省略)●%×20%

(イ) 平成10(1998)年度に被告が本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円

(計算式)(●(省略)●円+●(省略)●米ドル×128.10円)×(1+●(省略)●)×●(省略)●%×20%

(ウ) 平成11(1999)年度に被告が本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円

(計算式)(●(省略)●円+●(省略)●米ドル×110.02円)×(1+●(省略)●)×●(省略)●%×20%

イ 平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度に被告が本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

(ア) 平成12(2000)年度に被告が本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円(ただし,既払の160万円を含む。)

(計算式)●(省略)●円×160万円÷(160万円+400万円)×20%

(イ) 平成13(2001)年度に被告が本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円(ただし,既払の400万円を含む。)

(計算式)●(省略)●円×400万円÷(160万円+400万円)×20%

ウ 平成14(2002)年度~平成16(2004)年度の間に被告又はルネサスが本件発明から得た利益に基づく相当の対価

(ア) 平成14(2002)年度に被告又はルネサスが本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円(ただし,既払の420万円を含む。)

(計算式)●(省略)●円×420万円÷(420万円+500万円+743万0932円)×20%

(イ) 平成15(2003)年度に被告又はルネサスが本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円(ただし,既払の500万円を含む。)

(計算式)●(省略)●円×500万円÷(420万円+500万円+743万0932円)×20%

(ウ) 平成16(2004)年度に被告又はルネサスが本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円(ただし,既払の743万0932円を含む。)

(計算式)●(省略)●円×743万0932円÷(420万円+500万円+743万0932円)×20%

エ 平成17(2005)年4月1日~平成20(2008)年11月21日(日本967号特許の満了日の前日)の間に被告又はルネサスが本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

(ア) 平成17(2005)年度に被告又はルネサスが本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円

(計算式)(●(省略)●円+●(省略)●米ドル×114円)×(1+●(省略)●)×●(省略)●%×20%

(イ) 平成18(2006)年度に被告又はルネサスが本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円

(計算式)(●(省略)●円+●(省略)●米ドル×117円)×(1+●(省略)●)×●(省略)●%×20%

(ウ) 平成19(2007)年度に被告又はルネサスが本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円

(計算式)(●(省略)●円+●(省略)●米ドル×114円)×(1+●(省略)●)×●(省略)●%×20%

(エ) 平成20(2008)年4月1日~同年11月21日の間に被告又はルネサスが本件発明から得た利益に基づく相当の対価額

=●(省略)●円

(計算式){●(省略)●円+●(省略)●円+(●(省略)●米ドル+●(省略)●米ドル)×101円}×(1+●(省略)●)×●(省略)●%×20%

オ 以上合計 16億1022万6405円(ただし,既払額2223万0932円を含む。)

(2) 遅延損害金について

被告は,原告に対し,前年度の利益に基づく報奨金を翌年度の1月末日までに支払ってきたことからすれば,各年度の利益に基づく相当の対価額に対する遅延損害金は,その翌年度の2月1日から起算するのが,相当である。ただし,平成16(2004)年度分については,実際の報奨金の支払時期に準じて,平成18(2006)年6月1日から起算する。その詳細は,別紙請求金額内訳表記載のとおりである。

(3) 小括

よって,原告は,被告に対し,(1)オの合計額から既払金を控除した残額である金15億8799万5473円の内金6億円及び別紙請求金額内訳表の金額欄記載の各内金額(ただし,同請求金額内訳表の起算日欄記載の日の早いものから順次6億円に満つるまで。)に対する同請求金額内訳表の起算日欄記載の各日からそれぞれ支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

(1) 原告が主張する各期間における相当対価の額について

ア 平成9(1997)年10月24日~平成12(2000)年3月31日の分

前記2のとおり,本件発明により被告が受けた又は受けるべき利益は存在しないから,相当対価額は,0である。

イ 平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度分

前記2のとおり,本件発明により被告が受けた又は受けるべき利益は存在しないから,相当対価額は,0である。

仮に,特許ポートフォリオに対する割合的貢献を考慮して相当の対価額を試算すると,当該期間における相当の対価額は,●(省略)●円である。

(計算式)●(省略)●円(特許料収入及びクロス効果額の合計額)×28/2万(本件各特許の寄与度)×1%(原告の貢献度の最大割合)

ウ 平成14(2002)年度~平成16(2004)年度分

前記2のとおり,本件発明により被告が受けた又は受けるべき利益は存在しないから,相当対価額は,0である。

仮に,特許ポートフォリオに対する割合的貢献や,ライセンス交渉時に相手方に提示されて,又はそれに基づいて議論されたことを考慮して相当の対価額を試算すると,次のとおりである。なお,試算に当たって,被告のルネサスに対する株式の保有割合(55%)に応じて減額することとし,3年度分の平均である70%(=(100%+55%+55%)÷3)を乗じる。また,特許ポートフォリオの割合的貢献として,3年度分の平均である28/33333(=(28/2万(被告の特許ポートフォリオの件数)+28/4万(ルネサスの特許ポートフォリオの件数)+28/4万)÷3)を乗じる。

(ア) 本件各特許の提示・議論がされたライセンス契約の相手方

=●(省略)●円

(計算式)●(省略)●円(特許料収入及びクロス効果額の合計額)×1%(本件各特許の寄与度)×1%(原告の貢献度の最大割合)×70%(ルネサス分社化前後の平均値)

(イ) (ア)の相手方以外のライセンス契約の相手方

=●(省略)●円

(計算式)●(省略)●円(特許料収入及びクロス効果額の合計額)×(28/33333)(本件各特許の寄与度)×1%(原告の貢献度の最大割合)×70%(ルネサス分社化前後の平均値)

エ 平成17(2005)年4月1日~平成20(2008)年11月21日の分

前記2のとおり,本件発明により被告が受けた又は受けるべき利益は存在しないから,相当対価額は,0である。

仮に,特許ポートフォリオに対する割合的貢献や,ライセンス交渉時に相手方に提示されて,又はそれに基づいて議論されたことを考慮して相当の対価額を試算すると,次のとおりである

(ア) 本件各特許の提示・議論がされたライセンス契約の相手方

=●(省略)●円

(計算式)(●(省略)●円(これらの相手方から受領した実収入額の合計額)+●(省略)●円(これらの相手方からのクロス効果額の合計額])×1%(本件各特許の寄与度)×1%(原告の貢献度の最大割合)×55%(ルネサス分社化後の被告の保有株式割合)

(イ) (ア)の相手方以外のライセンス契約の相手方

=●(省略)●円

(計算式)(●(省略)●円(これらの相手方から受領した実収入額の合計額)+●(省略)●円(これらの相手方からのクロス効果額の合計額))×28/4万(本件特許の寄与度)×1%(原告の貢献度の最大割合)×55%(ルネサス分社化後の被告の保有株式割合)

(2) 小括

したがって,仮に,特許ポートフォリオに対する割合的貢献や,ライセンス交渉時に相手方に提示されて,又はそれに基づいて議論されたことを考慮したとしても,相当の対価額は,合計で147万7937円を超えることはない。

そして,被告は,原告に対して,既に2223万0932円を支払っているから,原告に支払うべき相当の対価はない。

5  争点(4)(消滅時効の成否)について

(被告の主張)

(1) 仮に,原告が主張する遅延損害金請求権が発生するとしても,当該遅延損害金請求権は,遅くとも,原告に対する実績報奨金の履行期である別紙請求金額内訳表記載の「起算日」の翌日から,それぞれその消滅時効の進行を開始する。

したがって,同別紙記載の「起算日」を平成11年2月1日とする金●(省略)●円及び「起算日」を平成12年2月1日とする金●(省略)●円の各内金額に対応する遅延損害金請求権は,それぞれ平成21年1月31日及び平成22年1月31日の経過により,それぞれ時効期間が満了した。

(2) 被告は,消滅時効を援用する。

(原告の主張)

原告は,本件において,当初から,訴状送達日の翌日(平成18年11月8日)からの遅延損害金の請求をしていたのであるから,本件のように事実関係が複雑で元本債務が遅滞になる時期が不明瞭な事案にあっては,それより前の遅延損害金債権についても裁判上の催告(民法153条参照)をしていたといえる。そして,本件における訴えの変更申立書の提出によって確定的に時効中断の効力が生じた(知財高裁平成21年2月26日判決・判例時報2053号74頁参照)。

したがって,いまだ時効期間は満了していない。

第4争点に対する判断

1  争点(1)ア(本件各特許発明の技術的範囲)について

(1)  判断の順序

原告は,本件各特許が,ハーフトーン型位相シフトマスクを用いた半導体集積回路の製造方法を含み,光の波長を下回るパターンのウエハ上での形成を可能とする半導体集積回路の製造方法の基本特許であることを前提として,本件各特許により被告が得た利益は大きい旨主張することから,まず,本件各特許発明の技術的範囲を検討する。そして,本件各特許発明の技術的範囲を検討するに当たっては,まず,日本各特許につき分割出願の基となったものであり,また,米国各特許及び韓国各特許につき優先権主張がされている日本967号発明中,原告及び被告の双方が主としてその主張の対象としている請求項1に係る発明(以下「日本967-1発明」という。)の技術的範囲について検討する。

(2)  日本967-1発明の技術的範囲について

ア 日本967号明細書の記載等

(ア) 特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づき定めなければならず,特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載及び図面を考慮して解釈すべきである(特許法70条1項及び2項参照)ところ,日本967号特許の請求項1は,次のとおりである(前記争いのない事実等(3)ア参照)

「【請求項1】 マスク基板の一主面上に形成された回路パターンを,集積回路が形成されるべき半導体ウエハ上のフォトレジスト膜に縮小投影露光装置により露光する集積回路装置の製造方法であって,

(a) 第1光透過領域及びその第1光透過領域と境界を接する第2光透過領域よりなる回路パターンを有する上記マスク基板を上記縮小投影露光装置の所定の部位に配置する工程,

(b) 上記フォトレジスト膜が形成された上記半導体ウエハを上記縮小投影露光装置の所定の部位に配置する工程,

(c) 上記所定の部位に配置した上記マスク基板に所定の波長を有する露光光を照射し上記第1光透過領域及び上記第2光透過領域のいずれか一方に設置された位相シフト手段により上記露光光の内,上記第1光透過領域と上記第2光透過領域を透過した光の位相が相互に反転するようにして透過させる工程,

(d) 上記マスク基板を透過した上記露光光を上記縮小投影露光装置により集光し,上記マスク基板上の回路パターンの実像を上記第1光透過領域の上記第2光透過領域側において上記実像の端部が鮮明になるように上記所定の部位に配置した上記半導体ウエハ上のフォトレジスト膜に投影し,露光する工程よりなることを特徴とする集積回路装置の製造方法。」

(イ) また,日本967号明細書(甲2の1)には,日本967-1発明における「遮光領域」や「光透過領域」の意義に関して,次のような記載がある。なお,実施例3及び4は,第1光透過領域と第2光透過領域とが境界を接するものではないから,日本967-1発明の実施例であるとは認められない。

a 〔従来の技術〕欄

「位相推移マスクについては,例えば,特公昭62-59296号公報に記載があり,上記公報には,遮光領域と透過領域とを備えたマスクにおいて,遮光領域を挟む一対の透過領域の少なくとも一方に透明材料を設け,露光の際に各々の透過領域を透過した光の間に位相差を生じさせ,これらの光がウエハ上の本来遮光領域となる領域において干渉して強め合わないようにしたマスク構造について説明されている。」(6欄45行~7欄2行)

b 〔発明が解決しようとする課題〕欄

「従来の技術においては,一対の透過領域の各々を透過した光の間に位相差が生じるように透明材料を配置させるため,言い換えると,一対の透過領域の一方に透明材料を配置すると他方には透明材料を配置できないため,実際の集積回路パターンのようにパターン形状が複雑な場合,部分的に充分な解像度が得られないパターンが生じてしまう。

(中略)このため,複雑な集積回路パターンの形成されたマスク基板上に透明材料を配置するには,上記した透明材料の配置の制約を考慮しながら,透明材料用の特別なパターンを設計,図面化せねばならないため,そのパターンの設計が非常に困難である。

したがって,透明材料が設けられたマスクの製造に多大な時間を要してしまう。」(7欄24行~41行)

c 〔作用〕欄

「本発明の集積回路装置の製造方法によれば,露光の際,一つの透過領域内において,透明膜,あるいは位相シフト溝を透過した光と,これらが形成されていない部分を透過した光とが,透過領域と遮光領域との境界部分,または遮光領域の端部において弱め合うように干渉させることにより,マスク上のパターンの転写精度を向上させるため,すなわち,個々の透過領域を透過した光のなかで位相差を生じさせ,パターン転写精度を向上させるため,マスクに形成されたパターンが複雑であっても,それに対応して透明膜,あるいは位相シフト溝を形成することができる。このため,マスク上のパターンが複雑であっても,そのパターン全ての転写精度を向上させることができる。」(8欄30行~42行)

d 〔実施例1〕欄

(a) 実施例1の構成

「マスク1aを構成する透明なマスク基板(以下,単に基板という)2は,例えば,屈折率1.47の合成石英ガラスからなり,その主面上には,例えば,厚さ500~3000Åの金属層3が所定の形状にパターン形成されている。

金属層3は,例えば,Cr層から,あるいはCr層の上に酸化Cr層が積層され構成されており,露光の際には,遮光領域Aとなる。また,金属層3が除去されている部分は,露光の際,透過領域Bとなる。そして,これら遮光領域Aと透過領域Bとによって集積回路パターンの原画が構成されている。

本実施例1においては,上記した金属層3のパターン幅よりも僅かに幅広となるようにパターン形成された透明膜4aが配置されている。すなわち,マスク1aには,各々の金属層3の輪郭部から透過領域Bに一部はみ出した透明膜4aがパターン形成されている。言い換えると,一つの透過領域Bは,透明膜4aに被覆された部分と透明膜4aの形成されていない部分とにより構成されている。」(9欄5行~21行)

(b) 実施例1の作用

「次に,本実施例1の作用を第3図(a)~(d)により説明する。

第3図(a)に示す本実施例1のマスク1aにおいては,マスク1a上の所定の集積回路パターンの原画を縮小露光法などによりウエハ上に転写する際,マスク1aの各々の透過領域Bにおいて,透明膜4aを透過した光と,通常の透過領域Bを透過した光との間には180度の位相差が生じる(第3図(b),(c))。

そして,透明膜4aは,各金属層3の端部に配置されているため,一つの透過領域Bを透過した光のうち,透明膜4aを透過した光と通常の透過領域Bを透過した光とが,透過領域Bと隣接する遮光領域A,Aとの境界部分において弱め合う。

したがって,ウエハ上の光強度分布のモジュレーション(modulation)が大幅に改善される(第3図(d))。特に,ウエハ上に投影される各々の遮光領域Aの端部のぼけが大幅に低減され,パターン転写精度を大幅に向上させることができる。

なお,光強度は,光の振幅の2乗となるため,ウエハ上における光振幅の負側の波形は,第3図(d)に示すように,正側に反転される。」(10欄43行~11欄13行)

「本実施例1のマスク1aにおいては,一つの透過領域を透過した光のなかで位相差を生じさせ,パターン転写精度を向上させる技術であるため,マスク1aに形成されたパターンが複雑であっても,それに対応して透明膜4aを配置できる。」(11欄31行~35行)

(c) 実施例1の効果

「このように本実施例によれば以下の効果を得ることができる。

(1).マスク1aの各々の透過領域Bにおいて,透明膜4aを透過した光と,通常の透過領域Bを透過した光との間に180度の位相差が生じ,これらの光が遮光領域Aと透過領域Bとの境界部分において弱め合うため,ウエハ上の光強度分布のモジュレーションが大幅に改善される。特に,ウエハ上に投影される遮光領域Aのパターン像の端部のぼけが大幅に低減され,パターン転写精度を大幅に向上させることができる。

(2).上記(1)により,マスク上に形成されたパターンが,微細,かつ複雑な集積回路パターンであっても,部分的にパターン転写精度が低下することがなく,パターン全ての転写精度を向上させることができる。

(3).位相をシフトさせる透明膜4aは,一つの透過領域Bを透過した光の位相差のみを考慮する技術であるため,複雑な集積回路パターンであっても,その配置が容易となる。」(11欄40行~12欄7行)

e 〔実施例2〕欄

(a) 実施例2の構成

「第4図に示す本実施例2のマスク1bにおいては,露光の際に透過領域Bを透過した光に位相差を生じさせる手段として,実施例1の透明膜4aに代えて,露光の際,透過領域Bとなる基板2に位相シフト溝7aが形成されている。

位相シフト溝7aは,露光の際,遮光領域Aとなる金属層3の端部に沿って,すなわち,金属層3の輪郭部に沿って形成されている。」(12欄24行~31行)

(b) 実施例2の作用

「次に,本実施例2のマスク1bの作用を第7図(a)~(d)により説明する。

第7図(a)に示すマスク1b上の所定の集積回路パターンの原画を転写する露光工程の際,マスク1bの各々の透過領域Bにおいて,位相シフト溝7aを透過した光と,通常の透過領域Bを透過した光との間には,180度の位相差が生じる(第7図(b),(c))。

そして,位相シフト溝7aは,各金属層3の端部に配置されているため,一つの透過領域Bを透過した光のうち,位相シフト溝7aを透過した光と通常の透過領域Bを透過した光とが,透過領域Bに隣接する遮光領域A,Aとの境界部分において弱め合う。

したがって,ウエハ上の光強度分布のモジュレーションが大幅に改善される(第7図(d))。特に,ウエハ上に投影される各々の遮光領域Aの端部のぼけが大幅に低減され,ウエハ上に投影されるパターンの転写精度が大幅に向上する。

なお,光強度は,光の振幅の2乗となるため,ウエハ上における光振幅の負側の波形は,第7図(d)に示すように,正側に反転される。

また,本実施例2のマスク1bにおいても,実施例1と同じように,一つの透過領域Bを透過した光における位相差のみを考慮する技術であるため,マスク1b上に複雑な集積回路パターンが形成されていても,位相シフト溝7aの配置が容易であり,位相シフト溝7aのパターンデータを集積回路パターンを構成する遮光領域A,または透過領域Bのパターンデータに基づいて自動的に作成することが可能となる。」(14欄41行~15欄18行)

(c) 実施例2の効果

「このように実施例2によれば以下の効果を得ることができる。

(1).マスク1bの各々の透過領域Bにおいて,位相シフト溝7aを透過した光と,通常の透過領域Bを透過した光との間に180度の位相差が生じ,これら光が遮光領域Aと透過領域Bとの境界部分において弱め合うため,ウエハ上の光強度分布のモジュレーションが大幅に改善される。特に,ウエハ上に投影される遮光領域Aのパターン像の端部のぼけが大幅に低減され,パターン転写精度を大幅に向上させることができる。

(2).上記(1)により,マスク上に形成されたパターンが,微細,かつ複雑な集積回路パターンであっても,部分的にパターン像の転写精度が低下することがなく,パターン全ての転写精度を向上させることができる。

(3).位相シフト溝7aは,一つの透過領域Bを透過した光の位相差のみを考慮する技術であるため,複雑な集積回路パターンであっても,その配置が容易である。」(15欄25行~42行)

f 実施例1及び2の変更例

「例えば,実施例1のマスクにおいては,位相をシフトさせる透明膜を金属層の輪郭部から透過領域に一部はみ出すように配置させた場合について説明したが,これに限定されるものではなく,例えば,第14図に示すマスク1eのように,透過領域Bの中央付近に透明膜4cを配置しても良い。

この場合においても,第16図(a)~(d)で示すように,マスク1e(第16図(a))の各々の透過領域B,Bにおいて,透明膜4cを透過した光と,通常の透過領域Bを透過した光との間には180度の位相差が生じ(第16図(b),(c)),一つの透過領域Bを透過した光のうち,透明膜4cを透過した光と通常の透過領域Bを透過した光とが,透過領域Bと隣接する遮光領域A,Aとの境界部分において弱め合うため,ウエハ上の光強度分布のモジュレーション(modulation)が大幅に改善される(第16図(d))。

(中略)

また,実施例2のマスクにおいては,位相シフト溝を金属層の端部に沿って配置した場合について説明したが,これに限定されるものではなく,例えば,第15図に示すマスク1fのように,透過領域Bの中央付近に位相シフト溝7cを形成,配置しても良い。この場合も,第16図(b)~(d)で示した作用と同じ作用が得られる。」(19欄44行~20欄19行)

g 〔発明の効果〕欄

「上記した本発明の集積回路装置の製造方法によれば,露光の際,一つの透過領域内において,透明膜,あるいは位相シフト溝を透過した光と,これらが形成されていない部分を透過した光とが,透過領域と遮光領域との境界部分,または遮光領域の端部において弱め合うように干渉させることによりマスク上のパターンの転写精度を向上させるため,すなわち,個々の透過領域を透過した光のなかで位相差を生じさせ,パターン転写精度を向上させるため,マスクに形成されたパターンが複雑であっても,それに対応して透明膜,あるいは位相シフト溝を形成することができる。

このため,マスク上のパターンが複雑であっても,そのパターン全ての転写精度を向上させることができる。」(20欄50行~21欄12行)

イ 遮光領域の存在について

(ア) 日本967-1発明における遮光領域の存在及びその意義について

a 日本967-1発明における遮光領域の要否

前記アの日本967号明細書の記載から明らかなとおり,日本967-1発明によるマスクは,従来技術である「一対の透過領域の各々を透過した光の間に位相差を生じさせる位相推移マスク」(遮光領域を挟んで「二つの透過領域」が隣接することから,レベンソン型位相シフトマスクをいうものと解される。)では,パターン形状が複雑な場合に部分的に充分な解像度が得られないパターンが生じてしまうということを技術課題とし,これを解決するために,「一つの透過領域」を境界を接する「第1光透過領域」と「第2光透過領域」とによって構成し,そのいずれか一方に位相シフト手段を設けることとし,「一つの透過領域」である第1光透過領域及び第2光透過領域を透過した光の位相を相互に反転させ,位相の反転した光を,遮光領域の端部付近であって,第1光透過領域と第2光透過領域の境界部分において弱め合うように干渉させるという構成を採用することにより,マスク上のパターンが複雑であっても,その転写精度を向上させるという作用・効果を有するものであると解される。

そして,このような「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」から成る「一つの透過領域」という構成を採用した上で,複雑な回路パターンを形成しようとすれば,当該「一つの透過領域」と「他の透過領域」とを分離するための領域として,遮光領域が存在することが必要であると認められる。

また,前記アで認定したとおり,日本967号明細書の作用欄,発明の効果欄の記載においては,遮光領域が存在することが明記されており,各実施例においても,金属層が配置された遮光領域が開示されている。他方で,日本967号明細書の発明の詳細な説明の記載中には,特許請求の範囲の請求項1と同様の記載がされた課題を解決するための手段欄以外に,日本967-1発明における位相シフトマスクにつき遮光領域が存在しないことを前提とする記載はない。

したがって,日本967-1発明における位相シフトマスクにおいては,遮光領域が存在することが必要であると認められる。

b なお,原告は,特許請求の範囲に遮光領域の存在が記載されておらず,また,端部が鮮明になるのは第1光透過領域と第2光透過領域の境界であって,透過領域と遮光領域の境界において端部が鮮明になるとの前記日本967号明細書の作用欄の記載は誤記であるとして,日本967-1発明は,遮光領域の存在を要件としていないと主張する。

しかしながら,平成2年法律第30号による改正前の特許法36条4項2号の規定にかかわらず,特許発明の構成要件の解釈に当たって,明細書等の記載に基づき,特許請求の範囲に記載されていない事項の存在を前提に解釈することも許容されると解されるから,特許請求の範囲に遮光領域の存在が記載されていないからといって,当該特許発明において当然にその存在が要件とならないわけではない。そして,前記aのとおり,日本967号明細書の記載によれば,遮光領域の存在を前提として発明の作用・効果が説明され,実施例が開示されており,また,遮光領域が存在することは,技術的に他の記載とも整合することから,日本967-1発明においては,遮光領域の存在が不可欠であると解される。したがって,作用欄の記載を誤記であるとして,遮光領域の存在は要件としていないとする原告の主張は,到底採用することができない。

(イ) 遮光領域の存在とハーフトーン型位相シフトマスクとの関係

a 証拠(甲10,61,乙11~13)及び弁論の全趣旨によれば,ハーフトーン型位相シフトマスクとは,マスクを透過する露光光間に位相差を生じさせることにより,転写パターンの解像度を向上させる位相シフトマスクの一種であり,透光領域と,遮光部として,実質的に露光に寄与しない強度の光を透過させると同時に透過光の位相をシフトさせる半透光領域とを有し,両者を透過した光がその境界部分において互いに打ち消し合うことにより,境界部の解像度を向上させるものをいうと認められる。

もっとも,証拠(甲61,86)によれば,透光領域及び半透光領域に加えて,遮光領域を有するハーフトーン型位相シフトマスクも技術的に可能であると認められることから,遮光領域が存在するからといって,当然にハーフトーン型位相シフトマスクではないということはできない。したがって,ハーフトーン型位相シフトマスクとは,この透光領域と半透光領域の2領域から成るものであって,遮光領域を含む3領域から成るものは,ハーフトーン型位相シフトマスクに含まれないとの被告の主張は,その限りにおいて採用することができない。

b しかしながら,ハーフトーン型位相シフトマスクは,遮光部として,「実質的に露光に寄与しない強度の光を透過させると同時に透過光の位相をシフトさせる半透光領域」を用いるものであって,遮光領域の存在は,必ずしも必要ではない。遮光領域が存在するハーフトーン型位相シフトマスクを特許発明として開示する甲61公報も,透光部と半透光部の2領域から成るハーフトーン型位相シフトマスクの「欠点である露光光の漏れをほぼ完全に防止する」ために遮光膜を設けるものであり(4欄31行~32行),ハーフトーン型位相シフトマスク一般について,遮光膜の存在が必ず必要であるとするものではない。

(ウ) 小括

したがって,日本967-1発明における位相シフトマスクは,遮光領域が存在することを必要とし,当該遮光領域によって区分される「一つの透過領域内」に位相シフト手段を設ける点で,位相シフト手段を設けた部分(半透光領域)を遮光部とし,別途の遮光領域を要しないハーフトーン型位相シフトマスクとは異なると認められる。

ウ 半透光領域の開示の有無

(ア) 「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」の意義(これらが半透光領域を含むものといえるか。)

a 前記イ(イ)のとおり,ハーフトーン型位相シフトマスクには,「実質的に露光に寄与しない強度の光を透過させると同時に透過光の位相をシフトさせる半透光領域」が存在することが必要である。

しかしながら,日本967号明細書には,日本967-1発明にいう「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」について,これらのいずれかが,ハーフトーン型位相シフトマスクであれば必要とされる「実質的に露光に寄与しない強度の光を透過させると同時に透過光の位相をシフトさせる半透光領域」であることを示唆する記載は,全くない。

かえって,第1の実施例のマスクの透過領域を透過した光の振幅及び強度を示す第3図の(b)及び第2の実施例のマスクの透過領域を透過した光の振幅及び強度を示す第7図の(b)では,マスクの透過領域を透過した直後の光の振幅は,位相を反転させた光と位相を反転させない光とでほぼ同等に記載されている(甲2の1)。

したがって,日本967-1発明にいう第1光透過領域又は第2光透過領域のいずれかが,ハーフトーン型位相シフトマスクに必要な半透光領域であることを含むものであると認めることはできない。

b 「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」に関する原告の主張について

(a) これに対し,原告は,特許請求の範囲には第1光透過領域及び第2光透過領域のいずれについても,その光透過率の記載はないから,光透過率が何%であっても,相互の透過光の干渉により端部が鮮明になるのであれば,ハーフトーン型位相シフトマスクを含めて,日本967-1発明の技術的範囲に含まれると主張する。

確かに,日本967特許の請求項1には,第1光透過領域及び第2光透過領域の光透過率についての記載はない。しかしながら,発明とは,自然法則を利用した技術的思想の創作である(特許法2条1項)ところ,前記のとおり,日本967号明細書には,実質的に露光に寄与しない強度の光を透過させると同時に透過光の位相をシフトさせるという半透光領域に関する技術的思想は,全く開示されていない。

したがって,特許請求の範囲に第1光透過領域及び第2光透過領域の光透過率の記載がないからといって,日本967-1発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれると解することはできず,ましてや,光透過率いかんにかかわらず,端部が鮮明になるような位相シフトマスクでありさえすれば,日本967-1発明の技術的範囲に含まれるということもできないから,原告の前記主張は理由がない。

(b) また,原告は,日本967号明細書には,位相シフト手段である透明膜をポリメチルメタアクリレートとすることが記載されており,これを用いた透明膜は,現在,広く実用化されているArFエキシマレーザ露光装置(波長193nm)においては,光透過率が1%程度になることを理由として,日本967-1発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれると主張する。

しかしながら,日本967号明細書は,露光の際に照射される光としてi線(波長365nm)を用いることが例示されているのみであって(9欄33行~34行,12欄42行,16欄35行,18欄30行),ArFエキシマレーザを用いることを前提として,透明膜をポリメチルメタアクリレートとすることを開示しているとは認められない。そして,日本967号明細書では,ポリメチルメタアクリレートを透明膜として用いることが記載されており,他方で,同明細書には,「実質的に露光に寄与しない強度の光を透過させると同時に透過光の位相をシフトさせるという半透光領域」を形成するために透明膜を用いることを示唆する記載は存在しない。

以上のことからすれば,日本967-1発明において,ポリメチルメタアクリレートをハーフトーン型位相シフトマスクにおけるハーフトーン膜として用いることは想定されておらず,かつ,そのことの開示もされていないと認められる。

したがって,日本967号明細書に透明膜をポリメチルメタアクリレートとすることが記載されていることをもって,日本967-1発明がハーフトーン型位相シフトマスクを含むと認めることはできず,原告の前記主張は理由がない。

(c) そして,仮に,原告が主張するとおり,日本967-1発明における第1光透過領域又は第2光透過領域のいずれかがハーフトーン膜が存在する領域であるとした場合には,「一つの透過領域」内にハーフトーン膜が存在することになって,「一つの透過領域」と「他の透過領域」とを分離する領域が存在しないことになり,回路パターンを形成することができなくなる。なお,原告は,ハーフトーン膜が存在する領域をもって,「一つの透過領域」と「他の透過領域」とを分離する領域であると主張するものとも解されるが,そうであれば,「第1光透過領域」と「第2光透過領域」により「一つの透過領域」を構成するという日本967号明細書の作用欄や発明の効果欄の記載と矛盾することになり,いずれにしても,原告の主張を採用する余地はない。

c 小括

したがって,日本967-1発明の「第1光透過領域」又は「第2光透過領域」が,ハーフトーン型位相シフトマスクにおける「半透光領域」を含むものと認めることはできない。

(イ) 他の領域における半透光領域の開示の有無

このほか,原告は,日本967号明細書には,遮光領域として30nmのCr層と20nmの酸化Cr層から成る金属層が記載されており,露光光としてi線を用いた場合におけるこの金属層の光透過率は3%程度であるとして,同明細書には,ハーフトーン型位相シフトマスクが開示されていると主張する。

しかしながら,同明細書には,当該金属層は,「遮光領域」となるものとして記載されており,当該「遮光領域」が光を透過させることを示唆する記載はないこと,また,当該金属層を透過する光と「透過領域」を透過した光とを相互に干渉させることを示唆する記載もないことから,当該金属層は,光を透過させない層として記載されているものと認められる。また,そもそも,日本967号明細書には,位相シフトマスクに「実質的に露光に寄与しない強度の光を透過させると同時に透過光の位相をシフトさせるという半透光領域」を形成することを示唆する記載はない。

したがって,原告の前記主張は,理由がない。

エ 本件出願時明細書との関係

後記3(2)イ(イ)のとおり,本件出願時明細書に記載された発明は,エッジ強調型位相シフトマスク及び補助開口型位相シフトマスクに関するものであって,ハーフトーン型位相シフトマスクはこれに含まれないものと認められる。そして,後記3(2)ウのとおり,日本967号特許の請求項1は,出願後の補正により現在の内容になったものであるところ,仮に,日本967-1発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるとすると,当該補正は,本件出願時明細書の要旨を変更するものとなってしまう(平成5年法律第26号附則2条2項,同法律による改正前の特許法40条参照)。

オ その他の原告の主張について

原告は,所定の構成を採ることにより端部が鮮明であるという効果を奏する以上,ハーフトーン型位相シフトマスクを除く理由はないと主張する。

しかしながら,前記イ及びウのとおり,遮光領域の存在を必要とし,「一つの透過領域」内に位相シフト手段を設ける点及び半透光領域を設ける構成が開示されていない点において,日本967-1発明の構成は,ハーフトーン型位相シフトマスクの構成とは異なることから,ともに端部が鮮明であるという効果を奏するからといって,日本967-1発明がハーフトーン型位相シフトマスクを含むものではないことは,明らかである。

カ 小括

以上のことからすれば,原告が縷々主張するその他の点を判断するまでもなく,日本967-1発明の技術的範囲に,ハーフトーン型位相シフトマスクが含まれると認めることはできない。

そして,日本967-1発明の技術的範囲に含まれる位相シフトマスクは,前記イのとおり,「第1光透過領域」と「第2光透過領域」とで構成される「一つの透過領域」及び「遮光領域」とから成り,「一つの透過領域」である第1光透過領域及び第2光透過領域を透過した光が,遮光領域の端部付近であって,第1光透過領域と第2光透過領域の境界部分において弱め合うように干渉させることによりマスク上のパターンの転写精度を向上させるという作用・効果を有するものとされていることからすれば,エッジ強調型位相シフトマスクであると認められる。

(3) その余の本件各特許発明について

日本967号発明中の請求項1以外の請求項に係る各発明は,その特許請求の範囲の記載に照らして,前記(2)のとおり,同請求項1に係る発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるとは認められない以上,その技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれると認めることはできない。

そして,日本967号発明以外の日本各特許発明,米国各特許発明及び韓国各特許発明についても,同様であって,他に,これらの特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれると認めるに足りる証拠はない。

したがって,日本967-1発明以外の本件各特許発明の技術的範囲に,ハーフトーン型位相シフトマスクが含まれると認めることはできない。

(4)  小括

以上のとおり,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれると認めることはできない。

そして,弁論の全趣旨によれば,光の波長を下回るパターンのウエハ上での形成を可能とする半導体集積回路の製造方法において商業的に実用化された位相シフトマスクは,レベンソン型位相シフトマスクとハーフトーン型位相シフトマスクであると認められ,また,エッジ強調型位相シフトマスク及び補助開口型位相シフトマスクが商業的に成功しなかったことは当事者間に争いがないから,本件各特許が,当該製造方法における基本特許であると認めることはできず,また,本件各特許が被告又は半導体メーカー等の第三者において実施されていたと認めることもできない。

2  争点(1)イ(被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許により得た利益の額)について

(1)  旧特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の意義

使用者等は,職務発明について特許を受ける権利又は特許権を承継することがなくとも,当該発明について特許法35条1項が規定する通常実施権を無償で有することにかんがみれば,旧特許法34条4項にいう「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該特許発明を実施することによって得られる利益の額ではなく,当該特許発明を独占的に実施することができることによる利益の額(第三者に対する実施許諾をすることによって得ることができる実施料収入等の利益の額を含む。以下同じ。)であると解すべきである。

そして,その利益の額は,本来,職務発明についての特許を受ける権利の承継時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益の額をいうと解されるが,特許を受ける権利自体が,将来特許登録されるか否か不確実な権利である上,当該発明により使用者等が将来得ることができる利益を,その承継時において算定することは,極めて困難であることにかんがみれば,その発明により使用者等が実際に受けた利益の額に基づいて,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を事後的に算定することは,「利益の額」の合理的な算定方法の1つであり,同項の解釈として当然許容し得るところというべきである。

以上説示したところは,職務発明として,旧特許法35条3項及び4項が類推適用されるべき外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合の対価請求においても,妥当するものといえる。

(2)  被告が包括クロスライセンス契約により得た額

ア 本件において,被告が,半導体メーカ各社との間で,本件各特許もその対象として,包括クロスライセンス契約を締結していたことは,当事者間に争いがない。

そして,包括クロスライセンス契約は,当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾し合う契約であるから,当該契約において,一方当事者が自己の保有する特許発明等の実施を相手方に許諾することによって得るべき利益とは,それによって相手方から現実に支払を受ける実施料及び相手方が保有する複数の特許発明等を無償で実施することができることによる利益,すなわち,相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れることによる利益であると解することができる。もっとも,営利企業が包括クロスライセンス契約を締結する場合には,相互に支払うべき実施料の総額が均衡すると考えて契約条件を定めたものと解するのが合理的であるから,「相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れることによる利益」に代えて,相手方が自己の特許発明を実施することにより,本来,相手方から支払を受けるべきであった実施料を基準として算定することも,合理的である。

イ 証拠(乙39,40,46~48)及び弁論の全趣旨によれば,被告又はルネサスは,半導体メーカ各社との間で締結した包括クロスライセンス契約により,以下の利益額を得たと認められる。

(ア) 平成9(1997)年10月24日~平成10(1998)年3月31日

a 支払を受けた実施料 ●(省略)●円

弁論の全趣旨によれば,被告が,当該期間の売上げに対応する実施料として支払を受けた額は,日本円で●(省略)●円及び米ドルで●(省略)●ドル(被告が米国SECに提出した「Form20-F」に記載している平成9(1997)年度の平均為替レートである1ドル123.57円で計算すると,●(省略)●円(四捨五入。以下同じ。)となる。)の合計●(省略)●円であると認められる(なお,原告が主張する額は,●(省略)●円であるが,違算と認められる。)。

b クロス効果の額(被告又はルネサスが包括クロスライセンス契約を締結したことにより,被告又はルネサスが相手方メーカに支払わずに済んだ財産的効果を金銭的に評価したもの。以下同じ。) ●(省略)●円

弁論の全趣旨によれば,当該期間に被告が得たクロス効果の額は,●(省略)●円と認められる。

c a及びbの合計額 ●(省略)●円

(イ) 平成10(1998)年度

a 支払を受けた実施料 ●(省略)●円

弁論の全趣旨によれば,被告が,平成10(1998)年度の売上げに対応する実施料として支払を受けた額は,日本円で●(省略)●円及び米ドルで●(省略)●ドル(被告が米国SECに提出した「Form20-F」に記載している平成10(1998)年度の平均為替レートである1ドル128.10円で計算すると,●(省略)●円となる。)の合計●(省略)●円であると認められる。

b クロス効果の額 ●(省略)●円

弁論の全趣旨によれば,平成10(1998)年度における被告が得たクロス効果の額は,●(省略)●円と認められる。

c a及びbの合計額 ●(省略)●円

(ウ) 平成11(1999)年度

a 支払を受けた実施料 ●(省略)●円

弁論の全趣旨によれば,被告が,平成11(1999)年度の売上げに対応する実施料として支払を受けた額は,日本円で●(省略)●円及び米ドルで●(省略)●ドル(被告が米国SECに提出した「Form20-F」に記載している平成11(1999)年度の平均為替レートである1ドル110.02円で計算すると,●(省略)●円となる。)の合計●(省略)●円であると認められる。

b クロス効果の額 ●(省略)●円

弁論の全趣旨によれば,平成11(1999)年度における被告が得たクロス効果の額は,●(省略)●円と認められる。

c a及びbの合計 ●(省略)●円

(エ) 平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度

a 支払を受けた実施料 ●(省略)●円

被告が,受領した実施料及びクロス効果の額を日本967号特許に配分をした包括クロスライセンス契約によって,この2年間に支払を受けた実施料の額は,合計●(省略)●円であると認められる(乙39,40)。

b クロス効果の額 ●(省略)●円

被告が得た,aの包括クロスライセンス契約による,この2年間のクロス効果の額は,合計●(省略)●円であると認められる(乙39,40)。

c a及びbの合計 ●(省略)●円

(オ) 平成14(2002)年度~平成16(2004)年度

被告又はルネサスが,受領した実施料及びクロス効果の額を日本967号特許に配分をした包括クロスライセンス契約によって,当該期間に支払を受けた実施料及びクロス効果の額は,次のとおりである。

a 支払を受けた実施料 ●(省略)●円

(a) A社,B社,C社及びD社から受領した実施料被告又はルネサスが,当該期間に,これらの各社から支払を受けた実施料の合計額は,●(省略)●円であると認められる(乙39)。

(b) その余の包括クロスライセンス契約の相手方から受領した実施料

被告又はルネサスが,当該期間に,これらの相手方から支払を受けた実施料の合計額は,合計●(省略)●円であると認められる(乙39)。

b クロス効果の額 ●(省略)●円

(a) A社,B社,C社及びD社に対するクロス効果の額

当該期間におけるA社ないしD社に対するクロス効果の額は,合計●(省略)●円であると認められる(乙39)。

(b) その余のライセンス契約の相手方に対するクロス効果の額

当該期間におけるこれらの相手方に対するクロス効果の額は,合計●(省略)●円であると認められる。

c a及びbの合計 ●(省略)●万円

(カ) 平成17(2005)年4月1日~平成20(2008)年11月21日

a 支払を受けた実施料 ●(省略)●円

(a) 平成17(2005)年度 ●(省略)●円

弁論の全趣旨によれば,ルネサスが,平成17(2005)年度の売上げに対応する実施料として支払を受けた額は,日本円で●(省略)●円及び米ドルで●(省略)●ドル(被告が3月期決算短信補足資料で公表した平成17(2005)年度の為替レートである1ドル114円で計算すると,●(省略)●円となる。)の合計●(省略)●円であると認められる。

このうち,受領した実施料及びクロス効果の額を日本967号特許に配分をした包括クロスライセンス契約によるものは,●(省略)●円である(乙46)。

(b) 平成18(2006)年度 ●(省略)●円

弁論の全趣旨によれば,ルネサスが,平成18(2006)年度の売上げに対応する実施料として支払を受けた額は,日本円で●(省略)●円及び米ドルで●(省略)●ドル(被告が3月期決算短信補足資料で公表した平成18(2006)年度の為替レートである1ドル117円で計算すると,●(省略)●円となる。)の合計●(省略)●円であると認められる。

(c) 平成19(2007)年度 ●(省略)●円

弁論の全趣旨によれば,ルネサスが,平成19(2007)年度の売上げに対応する実施料として支払を受けた額は,日本円で●(省略)●円及び米ドルで●(省略)●ドル(被告が3月期決算短信補足資料で公表した平成19(2007)年度の為替レートである1ドル114円で計算すると,●(省略)●円となる。)の合計●(省略)●円であると認められる。

(d) 平成20(2008)年4月1日~平成20(2008)年11月21日 ●(省略)●円

弁論の全趣旨によれば,ルネサスが当該期間中に支払を受けた実施料の額につき,同日までの日割りで計算した額は,日本円で●(省略)●円及び米ドルで●(省略)●ドル(被告が3月期決算短信補足資料で公表した平成20(2008)年度の為替レートである1ドル101円で計算すると,●(省略)●円となる。)の合計●(省略)●円であると認められる(なお,原告が主張する額は,●(省略)●円であるが,違算と認められる。)。

b クロス効果の額 ●(省略)●円

証拠(乙46,48)によれば,平成17(2005)年度においてルネサスが支払を受けた実施料及びクロス効果の額を日本967号特許に配分をした包括クロスライセンス契約によってルネサスが得たクロス効果の額は,●(省略)●円であること,この額を含めて,ルネサスが平成17(2005)年4月1日から平成20(2008)年11月21日までの間に得たクロス効果の額は●(省略)●円(平成17(2005)年度分を除くと●(省略)●円)であり,うち,A社ないしD社との間の包括クロスライセンス契約によって得た額は●(省略)●円であることが認められる。

なお,原告は,クロス効果の額は,平成14(2002)年度ないし平成16(2004)年度におけるクロス効果の額の,被告又はルネサスが同期間において支払を受けた実施料の額に対する割合によって計算すべきであると主張し,事実実験公正証書(乙46,48)の基礎となった実施料配分表は,本件訴訟提起後に作成されたもので,信用性を欠くと主張する。

しかしながら,証拠(乙46~48)及び弁論の全趣旨によれば,当該事実実験公正証書(乙46,48)に記載されたクロス効果の額は,ルネサスのコンピュータサーバ内に保存されていたライセンス契約等に係る客観的データに基づくものであって,その算定に当たり,何らかの作為が加えられたことを疑わせる具体的事情があるとは認められないから,原告の主張は理由がない。

c a及びbの合計額 ●(省略)●円

(内訳)平成17(2005)度分 ●(省略)●円

平成18(2006)年4月1日~平成20(2008)年11月21日分 ●(省略)●円

(3)  被告が包括クロスライセンス契約により得た利益の額のうち,本件各特許が寄与した割合

ア 弁論の全趣旨によれば,被告又はルネサスが半導体メーカー各社と締結した包括クロスライセンス契約において,被告は自己が保有する約2万件の特許をその対象としていたこと,ルネサスはその保有する約4万件の特許をその対象としていたことが認められる。

このような包括クロスライセンス契約の締結交渉において,多数の特許のすべてについて,逐一,その技術的価値や相手方による実施の有無等を相互に評価し合うことは現実的に不可能であるから,相手方が実施している可能性が高いと推測している特許や技術的意義が高いと認識している基本特許を,相互に一定件数の範囲内で相手方に提示し,それらの特許に相手方の製品が抵触するか否か,当該特許の技術的価値の程度及び実施していると認められた製品の売上高等について具体的に協議し,相手方の製品との抵触性及び技術的価値が確認された特定の特許と対象となる製品の売上高を重視した上で,互いに保有する特許の件数,出願中の特許の件数も比較考慮することにより,包括クロスライセンス契約の諸条件が決定されているものと認められる(以下,単に相手方に提示された特許を「提示特許」といい,提示特許のうち,相手方製品との抵触性及びその技術的価値が確認された特定の特許を「代表特許」という。)。

そうすると,多数の特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては,相手方への提示特許又は代表特許として認められた特許以外の個別の対象特許(以下「ライセンス対象特許」という。)については,多数の特許のうちの1つとして,その他の多数の特許とともに厳密な検討を経ることなく当該ライセンス契約の対象とされていたものというべきである。したがって,ライセンス対象特許については,包括クロスライセンス契約の対象特許である以上,同契約締結に対する何らかの寄与度は認められるものの,それは,提示特許又は代表特許による寄与度を除いた残余の寄与度にすぎないと解される。そして,提示特許又は代表特許が包括クロスライセンス契約締結に対する寄与度の相当部分を占めるものと評価すべき場合が多いと考えられること,及び,ライセンス対象特許の数が前記のとおり極めて多いことからすれば,ライセンス対象特許は,多数の特許群を構成するものとしてのみその価値を評価すべきものであって,包括クロスライセンス契約に対する特段の寄与度を認める必要はないものというべきである。

ただし,代表特許又は提示特許と扱われたものでないライセンス対象特許であっても,包括クロスライセンス契約締結当時において相手方が実施していたこと又は実施せざるを得ないことが認められるような特許については,当該ライセンス契約締結時にその存在が相手方に認識されていた可能性があり,また,特許権者が包括クロスライセンス契約の締結を通じて禁止権を行使しているものということができることから,代表特許又は提示特許に準じるものとして,当該ライセンス契約締結に対する一定の寄与度を認めるべきである。

そして,被告又はルネサスにおいて,本件各特許に対する実績報奨金を支払う際に認定した本件各特許の寄与率又は本件各特許への配分額は,被告又はルネサスが,原告と被告との間で職務発明に係る相当の対価請求について争いが生じる以前に,他の配分の対象となった特許の内容,交渉の経過等を総合的に考慮して客観的に算定したものであると認められるから,本件各特許の寄与率を判断するに当たり,これを参考にし得るものということができる。もっとも,参考にするに当たっては,その認定に明らかな誤りがないか否か,明らかに不公正又は偏った認定となっていないか否か等の認定に関する具体的事情を考慮すべきであり,認定に関する具体的事情いかんによっては,これを直ちに参考にすることが相当でない場合もあるというべきである。

そこで,以下,被告又はルネサスが認定した本件各特許の寄与度及び本件各特許への配分額の算定の基礎となる具体的事情を検討する。

イ 本件各特許の寄与度の算定の基礎となる具体的事情

(ア) 被告又はルネサスにおける支払を受けた実施料及びクロス効果の額についての日本967号特許への配分額及び包括クロスライセンス契約における経過

証拠(乙39,40,45ないし48)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

なお,平成19年第355号実施料配分表に関する事実実験公正証書(乙39)には,実施料配分表に記載された配分額は,日本967号特許及びその関連特許に対するものであるとの記載があるが,これを裏付ける証拠はないことから,その配分額は,日本967号特許に対するものと認めるのが相当である。

a 平成9(1997)年度から平成11(1999)年度まで

被告は,平成9(1997)年度においては●(省略)●個の特許に,平成10(1998)年度においては●(省略)●個の特許に,平成11(1999)年度においては●(省略)●個の特許に,支払を受けた実施料及びクロス効果の額を配分したが,これらの配分を受けた特許には,本件各特許は含まれていない(乙46)。

また,当該期間の包括クロスライセンス契約において,本件各特許が代表特許又は提示特許とされたと認めるに足りる証拠はない。

b 平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度について

(a) 被告は,日本967号特許に対し,前記(2)イ(エ)の当該各年度に支払を受けた実施料及びクロス効果の額の合計●(省略)●円のうち,●(省略)●円(実施料及びクロス効果の額の全体の●(省略)●%(小数点2位未満切り捨て。以下同じ。))を配分した。なお,被告においては,平成12(2000)年度においては●(省略)●個の特許に,平成13(2001)年度においては●(省略)●個の特許に,実施料及びクロス効果の額を配分した(乙39)。

(b) 被告は,包括クロスライセンス契約の相手方であるA社に対して,日本967号特許を含む●(省略)●件の特許を提示したが,A社から,位相シフトマスクを実施していないとの反論を受けたため,A社から支払を受けた実施料額及びクロス効果の額については,日本967号特許に配分しなかった(乙39)。

c 平成14(2002)年度ないし平成16(2004)年度について

証拠(乙39)によれば,当該期間における包括クロスライセンス契約の相手方のうち,①A社との間では,新たな契約締結や契約更新の交渉は行われなかったが,交渉材料として用いられたことを評価するというルネサスの運用に従い,A社との関係でも,日本967号特許に対し,実施料及びクロス効果の額を配分することとなったこと,②B社との間での契約交渉において,B社に対して,日本967号特許を含む●(省略)●件の特許が提示されたが,B社から,日本967号特許については非抵触及び無効であるとの反論がされたこと,③C社との間での契約交渉において,C社に対して,日本967号特許を含む●(省略)●件の特許が提示されたが,C社から,位相シフトマスクを実施していないとの反論がされたこと,④D社との間の契約交渉において,D社に対して,日本967号特許を含む●(省略)●件の特許が提示されたが,いずれについても具体的な議論の機会が持たれなかったこと,⑤被告又はルネサスは,日本967号特許に,前記(2)イ(オ)のA社ないしD社から支払を受けた実施料及びクロス効果の額の合計●(省略)●円のうち●(省略)●円(A社ないしD社からの実施料及びクロス効果の額の●(省略)●%)を,前記(2)イ(オ)のその余の包括クロスライセンス契約の相手方から支払を受けた実施料及びクロス効果の額の合計●(省略)●円のうち●(省略)●円(当該相手方からの実施料及びクロス効果の額の●(省略)●%)をそれぞれ配分したこと(配分額の合計額は●(省略)●円で,実施料額及びクロス効果の額の合計●(省略)●円の●(省略)●%である。)が認められる。

なお,証拠(乙39)によれば,被告又はルネサスにおいては,平成14(2002)度においては●(省略)●個の特許に,平成15(2003)年度においては●(省略)●個の特許に,平成16(2004)年度においては●(省略)●個の特許に,支払を受けた実施料及びクロス効果の額を配分したことが認められる。

d 平成17(2005)年度ないし平成20(2008)年度について

証拠(乙46)によれば,①ルネサスは,前記(2)イ(カ)の支払を受けた実施料及びクロス効果の額につき,平成17(2005)年度においては●(省略)●個の特許にこれを配分し,日本967号特許に対しては,●(省略)●円(平成17(2005)年度の支払を受けた実施料及びクロス効果の額の合計●(省略)●円の●(省略)●%)を配分したこと(乙46には,「2006年度」に配分された額として記載されているが,その前後の文脈に照らして,平成17(2005)年度の誤記と認められる。),②ルネサスは,平成18(2006)年度においては●(省略)●個の特許に,平成19(2007)年度においては●(省略)●個の特許に,支払を受けた実施料及びクロス効果の額を配分したが,本件各特許についてはこれらを配分しなかったことが認められる。

(イ) 被告又はルネサス内部における本件各特許に対する評価

証拠(甲1,23,30,31,36)及び弁論の全趣旨によれば,①日本967号特許が,平成3年度における被告の社内表彰である戦略特許賞「金賞」を受賞したこと(甲36),②平成11(1999)年6月8日付けの被告「半2G」作成の本件特許リストにおいて,日本967号特許につき,●(省略)●と記載されていること(甲31),③平成14(2002)年9月18日付けの被告の「(知本)半導体特許開発センタ」作成の特許評価責任者説明会資料に,●(省略)●③●(省略)●が認められる。

(ウ) ルネサスが設立された平成15年4月1日まで,包括クロスライセンス契約の対象となった特許は,約2万件であり,ルネサスが設立された後は約4万件である。なお,ルネサスにおける被告の出資割合は,55%である(いずれも弁論の全趣旨)。

(エ) 前記1のとおり,本件各特許発明の技術的範囲には,ハーフトーン型位相シフトマスクは含まれず,本件各特許発明が対象とする位相シフトマスクは,商業的には実用化されなかったことから,本件各特許を包括クロスライセンス契約の相手方が実施していたとは認められない。

ウ 前記イ(ア)の日本967号特許に対する配分額及び配分率並びに前記イ(ア)及び(イ)の各事実からすれば,被告内部においては,本件各特許は,被告の特許戦略上,重要なものとされており,平成12(2000)年度以降のライセンス契約締結の際の交渉において,提示特許とされる等して,ライセンス交渉に寄与するものとして高い評価を受けていたと認められる。

他方で,①このような高い評価は,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるとの被告又はルネサスの認識(又は被告若しくはルネサスにおいて,意図的にそのようなものとして取り扱ったこと)に基づくものと認められるところ,客観的には,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれると認められないことは前記1のとおりであること,②日本967号特許は,包括クロスライセンス契約の契約交渉において,提示特許とされているが,包括クロスライセンス契約の相手方が,日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれる等その価値を高く評価して,包括クロスライセンス契約を締結したと認めるに足りる証拠はないこと,③現に,包括クロスライセンス契約の交渉相手から,日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれることに疑義が示されている例もあることが認められる。

以上の具体的事情(特に前記①の事情)からすれば,前記イ(ア)の被告又はルネサスが認定した本件各特許の寄与率又は配分額は,本件各特許の寄与率を認定するに当たり,一定程度参考にし得るものといえるものの,これをそのまま認定することは相当でないと認められる。

以下,前記で認定した本件各特許の寄与度の算定の基礎となる具体的事情を基に,本件各特許の寄与率を検討する。

(ア) 平成9(1997)年度から平成11(1999)年度まで 0.007%

前記イ(ア)aのとおり,被告は,当該期間においては,支払を受けた実施料及びクロス効果の額を本件各特許に配分しておらず,本件各特許が代表特許又は提示特許とされた等の本件各特許の寄与率を高く評価すべき事情も認められない。なお,前記イ(イ)のとおり,平成11(1999)年6月8日付けの本件特許リストにおいて,日本967号特許につき,●(省略)●と記載されているが,●(省略)●という記載の趣旨自体,必ずしもライセンス交渉に当たって交渉材料に用いたこと等を意味するとは認められないから,この記載のみをもって,本件各特許の寄与率が高いと認めることはできない。

したがって,平成9(1997)年度から平成11(1999)年度までの間は,本件各特許は,多数の特許群の一部を構成するものとしてのみ価値が認められるにすぎず,その寄与率は極めて小さいといわざるを得ない。

そして,被告が支払を受けた実施料及びクロス効果の額に対して代表特許又は提示特許以外の特許群が貢献した割合は,5%を上回ることはないとみるのが相当であるから,本件各特許に配分すべき割合は,28(本件各特許の数)÷2万件(包括クロスライセンスライセンスに供された特許の数)×5%=0.007%とみるのが,相当である。

(イ) 平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度 2%

前記イ(ア)bのとおり,被告が日本967号特許に配分した割合は●(省略)●%であるが,これをそのまま認定することが相当でないことは,前記のとおりである。

もっとも,被告は,日本967号特許に対し,相当に高率の配分をしていることに照らして,A社のみならず,他社との関係でも代表特許又は提示特許としていることが推測されること,A社に対しては●(省略)●個の特許が提示されており,他社についても,同数程度の特許が提示されていると推測されること(特許1個当たり,平均で約●(省略)●%の配分率となる。以下,特許1個当たりの平均の配分率を「1個平均」という。),被告が実施料及びクロス効果の額を配分した特許の数は,平成12(2000)年度においては●(省略)●個(1個平均●(省略)●%),平成13(2001)年度においては●(省略)●個(1個平均●(省略)●%)であることに加えて,このような特許1個当たりの平均的な配分率に比して,被告は,日本967号特許に高率の配分をしていたことも考慮すれば,平成12(2000)年度及び平成13(2001)年度における日本967号特許の寄与率は,2%とするのが相当である。そして,同特許以外の本件各特許の寄与率は,極めて小さく,ほぼ無視し得ることからすれば,日本967号特許の寄与率に包含されるとするのが相当である(以下,(ウ)及び(エ)において同じ。)。

(ウ) 平成14(2002)年度ないし平成16(2004)年度 3%

前記イ(ア)cのとおり,当該期間において被告又はルネサスが日本967号特許に配分した割合は●(省略)●%(A社ないしD社については●(省略)●%,その余の相手方については●(省略)●%)であるが,これをそのまま認定することが相当でないことは,前記のとおりである。

しかしながら,被告又はルネサスは,当該期間においては,他の期間と比べて,日本967号特許に対し,高率の配分をしていたということができる。そして,A社との間では,新たな契約締結や更新の交渉は行われなかったこと,B社に対しては,日本967号特許を含む●(省略)●件の特許が提示されたこと(1個平均●(省略)●%),C社に対しては,日本967号特許を含む●(省略)●件の特許が提示されたこと(1個平均●(省略)●%),D社に対しては,日本967号特許を含む●(省略)●件の特許が提示されたこと(1個平均●(省略)●%),被告又はルネサスが受領した実施料及びクロス効果の額を配分した特許の数は,平成14(2002)度が●(省略)●個(1個平均●(省略)●%),平成15(2003)年度が●(省略)●個(1個平均●(省略)●%),平成16(2004)年度が●(省略)●個(1個平均●(省略)●%)であることも考慮すれば,当該期間における,他の●(省略)●件を含む本件各特許の寄与率は,3%とするのが相当である。

(エ) 平成17(2005)年度ないし平成20(2008)年度 2%

a 平成17(2005)年度について

前記イ(ア)dのとおり,ルネサスが平成17(2005)年度に日本967号特許に配分した割合は●(省略)●%であるが,これをそのまま認定することが相当でないことは,前記のとおりである。

しかしながら,ルネサスが受領した実施料及びクロス効果の額を配分した特許の数は●(省略)●個(1個平均●(省略)●%)であって,ルネサスは,日本967号特許に対し,高率の配分をしていたこと,他の期間における日本967号特許に対する配分率等を考慮すれば,平成17(2005)年度における,他の27件を含む本件各特許の寄与率は,2%とするのが相当である。

b 平成18(2006)年度及び平成19(2007)年度

前記イ(ア)dのとおり,ルネサスは,当該期間においては,日本967号特許に対して受領した実施料及びクロス効果の額を配分していないが,平成18(2006)年度及び平成19(2007)年度において,平成17(2005)年度の配分率を変更する特段の事情があるとは認められないこと(本件訴訟の提起は,平成18年(2006年)10月であることからすれば,この日本967号特許への配分額の変更は,原告による本件訴訟の提起を理由とするものと推認される。),ルネサスが受領した実施料及びクロス効果の額を配分した特許の数は,平成18(2006)年度が●(省略)●個(1個平均●(省略)●%),平成19(2007)年度が●(省略)●個(1個平均●(省略)●%)であることからすれば,当該期間における,他の27件を含む本件各特許の寄与率は,平成17(2005)年度と同等の2%とするのが相当である。

c 平成20(2008)年4月1日から同年11月21日まで

当該期間における日本967号特許に対する配分額や,ルネサスが当該期間において受領した実施料及びクロス効果の額を配分した特許の数は明らかではないが,前年度における配分率を変更する特段の事情もないことからすれば,平成18(2006)年度及び平成19(2007)年度と同様に,当該期間における他の27件を含む本件各特許の寄与率は,2%とするのが相当である。

エ 被告の主張について

(ア) 被告は,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれていないこと及びレベンソン型位相シフトマスクとハーフトーン型位相シフトマスク以外の位相シフトマスクは商業的には実用化されておらず,被告及び第三者が本件各特許発明を実施していないことや,本件各特許のライセンス契約に対する貢献はないことを主張して,被告が本件各特許発明により受けた利益はゼロであると主張する。

しかしながら,前記イ及びウのとおり,被告又はルネサスは,他社との包括クロスライセンス契約交渉において,当該交渉を有利に進めるために日本967号特許を交渉材料として用いており,現に包括クロスライセンス契約によって得た実施料及びクロス効果の額の一部を日本967号特許に対して配分していたのであるから,自社又は他社における実施の有無にかかわらず,被告が当該ライセンス契約において本件各特許発明により受けた利益がゼロということはできず,前記ウのとおりの寄与率を認めるのが相当である。

したがって,被告の前記主張は,採用することができない。

(イ) 被告は,平成15年4月1日にルネサスを分社化した後は,本件各特許の寄与率も,被告の出資比率55%を乗じた割合によるべきであると主張する。

しかしながら,①前記イ(ア)のとおり,ルネサスを分社化したことにより,包括クロスライセンス契約の対象となる特許が約4万件と増加した後も,日本967号特許への配分額は,減少していないこと,②日本967号特許の寄与率自体を,包括クロスライセンス契約の対象となる特許数が増加した全特許数を基準に算定しながら,更に被告の出資割合に応じて減額することは相当ではないことから,被告の前記主張を採用することはできない。

(4)  小括

以上のとおり,被告は,本件各特許(本件発明)により,前記(2)の額につき前記(3)の寄与率を乗じた額の利益を得たものと認められる(なお,額の算定は,職務発明に係る相当の対価額の算定を行う際に,まとめて行うこととする。)。

3  争点(2)(被告が貢献した程度)について

(1)  被告が貢献した程度を認定するに当たって考慮することができる事情

旧特許法35条3項及び4項の規定は,職務発明に係る特許を受ける権利等が使用者等に承継される場合に,当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ,その承継時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち,同条4項所定の基準(その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度)に従って定められる一定範囲の金額について,これを当該発明をした従業者等において確保できるようにして,当該発明をした従業者等を保護し,もって発明を奨励し,産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであって,従業者等と使用者等の利害関係を調整する規定であると解するのが相当である。

このように,旧特許法35条3項及び4項が従業者等と使用者等の利害関係を調整する規定であることや,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の算定に当たってその発明により使用者等が実際に受けた利益の額に基づいて事後的に算出することが許容されること(前記2(1)参照)との均衡からすれば,「使用者等が貢献した程度」を認定するに当たっては,使用者等が「その発明がされるについて」貢献した事情のほか,特許の取得・維持やライセンス契約の締結に要した労力や費用,特許発明の実施品に係る事業が成功するに至った一切の要因・事情等を,使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した事情として考慮すべきものと解するのが相当である。

そこで,以下,被告が本件発明により利益を受けるについて貢献した事情を検討する。

(2)  被告の貢献度の基礎となるべき具体的事情について

ア 発明に至る経緯

証拠(甲1,38,40,52,乙16,17,23)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア)a 原告は,被告に入社以来,マスクの製造・開発を行う部門に所属し,昭和58(1983)年11月ころ,本件旧発明を行い,原告を代表発明者,P7を共同発明者として,本件旧発明出願依頼書を作成・提出した(甲40)。

●(省略)●

しかしながら,当該記載及び本件旧発明出願依頼書中の図面に照らして,本件旧発明は,透過領域内部の透明膜とそれが設けられていない部分の境界部分で正位相光と逆位相光による光の干渉が生じ,当該部分においてフォトレジストが露光しない領域が発生してしまうという重大な問題があったと認められる。

そして,本件旧発明出願依頼書のコメント欄における部長又は関係先意見として記載されているように,●(省略)●との評価を受け,結局,本件旧発明は,特許出願には至らなかった。

b 被告は,本件旧発明につき,P7が共同発明者とされていることをもって,被告の貢献であるとするが,本件旧発明が前記のような問題を含む内容であることや,仮に,P7が真実共同発明者であるとすると,後記のように本件旧発明出願依頼書とほぼ同一の内容を有する本件出願依頼書において,P7が共同発明者とされていないことは不自然であること等から,P7が,共同発明者であったと認めることはできない。

(イ)a 本件当初発明について本件出願依頼書が作成された昭和63(1988)年ころ,被告中央研究所において,P3らが位相シフトマスクに関する研究をしており,昭和63年5月13日に,被告社内において,P3らの研究成果が報告された。

原告は,昭和63年3月ころ,上司であるP8から,このような被告中央研究所における研究動向を伝えられるとともに,位相シフトマスクについて検討するように指示を受けたことを契機として,本件当初発明を行い,昭和63年5月17日に,本件出願依頼書を作成・提出した(甲38,乙16)。

●(省略)●

この本件当初発明に対して,本件当初発明の評価担当者であったP10は,●(省略)●と本件出願依頼書にコメントを記載した。この指摘を受けて,原告は,●(省略)●

このような本件出願依頼書の記載内容に照らして,本件当初発明は,本件旧発明とほぼ同一のものと認められる。もっとも,原告は,本件出願依頼書作成時には,前記(ア)の本件旧発明の問題点を認識していたものと認められ,当初は,現像条件等を最適化することで対応しようとしていたところ,P10の指摘を受けたことから,●(省略)●を提案したと認められる。なお,原告は,本件当初発明は,本件旧発明とは異なると主張する。しかしながら,原告が相違点として主張するもののうち,●(省略)●という点は,前記のとおりP10の指摘を受けて修正したものであって,当初から,そのような案が提案されていたものではない。また,透過領域の位相シフタの境界部の影が形成されることを利用して転写パターンの像を鮮明にするという点は,本件出願依頼書の記載からは,本件当初発明がそのような内容を含むものと認めることはできない。かえって,前記効果が得られる理由の記載(●(省略)●との記載)からすれば,本件当初発明は,遮光領域を挟んで隣り合った1対の透過領域の一方の位相を反転させ,1対の透過領域の相互の透過光を干渉させることにより,パターン精度を向上させるというレベンソン発明(乙1の1参照)と同様の技術思想に基づくものと認められ,日本967-1発明の作用である,1つの透過領域を形成する第1光透過領域と第2光透過領域を透過した光を互いに干渉させることにより,パターン転写精度を向上させるということを含むものではないと認められる。

また,本件出願依頼書には,本件当初発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれることをうかがわせる記載もない。

b 原告は,P8から被告中央研究所の研究動向を聞いたのは,本件出願依頼書提出直前であり,P8から位相シフトマスクの検討の指示を受けたことはないと主張する。

しかしながら,原告は,本件出願依頼書の●(省略)●の欄に,●(省略)●と記載し,また,P8も,●(省略)●に●(省略)●と記載していることに照らして,P8から被告中央研究所の研究動向を伝えられたのは,昭和63年3月ころであると認められる。

そして,原告は,前記aのとおり,本件旧発明の問題点について●(省略)●で対応しようとしている点を除き,本件旧発明とほぼ同一内容の本件当初発明に係る本件出願依頼書を,P8から位相シフトマスクに関する話があった後に提出していることからすると,本件旧発明が特許出願に至らなかった後,他から指示を受けることなく自主的に検討を続けて,改めて出願しようと思っていたという原告の主張は,不自然であり,P8から位相シフトマスクを検討するように指示がされたものとみるのが合理的である。

したがって,P8から位相シフトマスクの検討の指示を受けたことはないとの原告の前記主張は,採用することができない。

イ 本件出願依頼書提出後特許出願まで

証拠(甲1,乙4,8,9,16ないし22(枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 本件明細書原稿の作成

a 本件当初発明は,本件出願依頼書を提出した当初は,●(省略)●であったことから,原告が自ら明細書原稿を作成することとなり,昭和63年6月30日付けで,本件明細書原稿を作成した(乙18)。

そして,本件明細書原稿には,次のような記載がある。

(a) 「特許(実用新案登録)請求の範囲」欄

「1.遮光膜パターンが基板本体上に形成されたマスクにおいて,近接した透過領域間で双方の透過光が干渉して本来遮光領域となる領域で強め合うことがないように双方の透過領域を通過した光に位相差が生じるよう上記遮光膜パターンと同一の透明膜パターンをXY両方向に上記近接した透過領域距離の約1/2だけシフトさせて重ねたマスク。」

「4.遮光領域内に露光により転写されない程度の大きさの微少な透過領域が複数追加してあって,本来の転写を目的とする透過領域を通過した光が上記微少な透過領域光と干渉して,遮光領域端で弱まるように,本来の透過領域と微少な透過領域とを通過した光の間に位相差が生じるようこれらの一方に透明膜を付けるか又は基板本体に溝を掘ったマスク。」

「6.透過領域にあって,その周辺部に露光によって転写の影響を受けない程度の微小幅の領域とこれ以外の中央領域に分け,周辺領域と中央領域を通過した光が干渉して,周辺領域と中央領域との境界で弱まるように,周辺領域と中央領域とを通過した光との間に位相差が生じるようこれらの一方に透明膜を付けるか又は基板本体に溝を掘ったマスク。」

「8.透過領域が近接し,かつそれらが繰り返している場合は,交互に透過領域の基板本体を深さd,材料の屈折率n,露光波長λが,d=λ/2(n-1)の関係を有するように基板本体に溝を掘ったマスク。」

「9.位相推移マスクの製法に関して,位相推移のためのパターンは,遮光膜のマスクパターンと同一,パターン幅を太らせる,ポジネガ反転させて細らせる又は太らせる,パターンエッヂのみ取り出し,くり返し部の抜き出し等の簡単なデータ変換したパターンデータを使用して,作成したマスク。」

「10.上記特許請求範囲第1項から第9項に記載したマスクを用いて,微細Lsiパターンの露光を行う方法および製作したLsi。」

●(省略)●

b このような本件明細書原稿の記載に照らして,本件明細書原稿には,本件当初発明(請求項1,実施例(1)及び(2)),補助開口型位相シフトマスク(請求項4,実施例(3)及び(4)),エッジ強調型位相シフトマスク(請求項6,実施例(5)ないし⑻),レベンソン型位相シフトマスク(請求項8,実施例⑼)が記載されていると認められる。

しかしながら,本件当初発明と同一の内容である請求項1に係る発明に関しては,前記アの本件旧発明及び本件当初発明の問題点に対する対応手段は,●(省略)●と記載するのみであって,前記のP10から指摘を受ける前の本件出願依頼書の当初の記載内容と同様の記載をするのみであって,他の対応手段は,●(省略)●ことを含めて,何ら記載されていない。

また,補助開口型位相シフトマスクは,昭和62年3月27日に公開されたP5発明に係る公開特許公報(特開昭62-67514。乙4-1。)に開示されている発明(特許請求の範囲は,「透明基板上に遮光膜を設け,その遮光膜を部分的に除去した開口パタンを形成したホトマスクにおいて,第1の開口パタンの周辺部分に微細な第2の開口パタンを形成し,上記第1の開口パタン,上記第2の開口パタンのどちらか一方に位相シフト層を設けたことを特徴とするホトマスク。」)とほぼ同一の内容であり,P5発明を参考にしたものと強く推認される。

さらに,本件明細書原稿の図1は,社外秘であるP3研究報告(乙17)中の図2.1(4頁)と同一であり,本件明細書原稿の図4も,同研究報告中の図3.1(5頁)に手書きで書き加えをしたものであると認められることからすれば,原告は,本件明細書原稿を作成するに当たって,同研究報告を参考にしたものと認められる。

他方で,エッジ強調型位相シフトマスクについては,原告が,P5発明やP3研究報告等を参考にしつつ,独自に発想するに至ったものと認められる。

なお,本件明細書原稿には,ハーフトーン型位相シフトマスクに関するものと認めるに足りる記載はない。

(イ) 特許出願に至るまで

原告は,本件明細書原稿を提出した後,社外秘であるP5らの研究報告第17582号(乙19)及び同第17936号(乙20)を借り出す(乙22の1及び2)などして検討を加えて,出願に当たっての特許事務所の担当者との打合せ時に,本件当初発明を説明する本件明細書原稿中の第2図の左側の図につき,「原理的におかしいので特許提案からのぞく」としてこれを削除することとした(乙22)。そして,本件当初発明やレベンソン型位相シフトマスクに係る特許請求の範囲の記載や実施例の記載等を削除した上で,昭和63年11月22日,本件発明につき特許出願するに至った(乙8。以下,この出願を「本件特許出願」という。)。

なお,本件出願時明細書に記載された発明の名称は,「マスクおよびその製造方法」というものであり,また,その特許請求の範囲には,次のような記載がある。

「1.遮光領域,及び透過領域を備え,少なくとも部分的にコヒーレントな光の照射によって所定パターンを転写するマスクであって,前記透過領域の一部に透明膜を形成し,前記透明膜を透過した光と,前記透明膜が形成されていない透過領域を透過した光との間に位相差が生じ,前記光の干渉光が,前記透過領域と遮光領域との境界部分において弱め合うように,前記透明膜を配置したことを特徴とするマスク。」

「3.遮光領域,及び透過領域を備え,少なくとも部分的にコヒーレントな光の照射によって所定パターンを転写するマスクであって,前記透過領域の一部に位相シフト溝を形成し,前記位相シフト溝を透過した光と,前記位相シフト溝が形成されていない透過領域を透過した光との間に位相差が生じ,前記光の干渉光が,前記透過領域と遮光領域との境界部分において弱め合うように,前記位相シフト溝を配置したことを特徴とするマスク。」

「6.遮光領域,及び透過領域をマスク基板に備え,少なくとも部分的にコヒーレントな光の照射によって所定パターンを転写するマスクであって,前記遮光領域の一部に,前記マスク基板の主面に達する溝を形成するとともに,前記溝を透過した光と前記透過領域を透過した光との間に位相差が生じ,前記光の干渉光が,前記遮光領域の端部において弱め合うように,前記溝の上方に透明膜を設けたことを特徴とするマスク。」

このような特許請求の範囲の記載に照らして,本件出願時明細書に記載された発明は,エッジ強調型位相シフトマスク及び補助開口型位相シフトマスクに関するものであることは明らかであると認められ,本件出願時明細書の発明の詳細な説明欄の記載に照らしても,本件出願時明細書に記載されていた発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれると認めることはできない。

ウ 本件特許出願後特許査定に至るまで

前記争いのない事実等,証拠(甲1,27,50,乙8,9)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 被告は,平成7(1995)年11月21日,手続補正書を提出し,発明の名称を「集積回路装置の製造方法」に変更するとともに,特許請求の範囲につき,その請求項1を日本967号特許の請求項1と同一の内容のものに変更し,他の請求項についても「マスク」の発明ではなく「集積回路の製造方法」の発明とする等の補正を行い(乙9),平成9(1997)年10月24日に特許登録を受けた。

また,被告は,本件特許出願につき分割出願をするとともに,本件特許出願につき優先権を主張して米国及び韓国に特許出願等を行い,日本967号特許以外の日本各特許,米国各特許及び韓国各特許の特許登録を受けた。

(イ) 被告が前記(ア)のように本件出願時明細書の特許請求の範囲の記載を補正したことにつき,原告の関与を認めるに足りる証拠はない。

他方で,被告の「中研知本許3半導体第1Gr.」が提出元として平成9年12月20日ころに作成した被告戦略特許取得速報には,●(省略)●,また,被告は,前記2(3)のとおり,日本967号発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるとしてライセンス交渉を行っているところ,このように特許請求の範囲を補正して,「遮光領域」等の文言を削除し,ハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるかのようにも解される特許請求の範囲の記載を作成したのは,被告(その知的財産権担当者)であると認められる。

なお,原告は,「外国出願要否検討依頼の件」(甲50)中の●(省略)●との記載をもって,本件発明が集積回路の製造方法をカバーしていることを指摘していると主張する。

確かに,前記イ(ア)のとおり,本件明細書原稿の特許請求の範囲には,「10.上記特許請求範囲第1項から第9項に記載したマスクを用いて,微細Lsiパターンの露光を行う方法および製作したLsi。」との記載があることから,原告においても,日本967号発明の技術的範囲に,集積回路の製造方法まで含めることを検討していたと認めることはできるが,前記のとおり,ハーフトーン型位相シフトマスクが含まれているかのような特許請求の範囲に補正したことにつき,原告の貢献があると認めるに足りる証拠はないから,原告が集積回路の製造方法まで含めることを検討していたことをもって,原告の貢献が大きいということはできない(原告自身,これが重大な貢献となるものではないことを自認している。)。

エ ライセンス交渉について

(ア) 前記2(3)のとおり,被告は,他社との間の包括クロスライセンス契約の締結に当たっての交渉において,日本967号特許にはハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるものとして,これを提示特許として用いたこと,一部の交渉相手から日本967号特許は無効である等の指摘を受けたことはあったものの,結果として,日本967号特許に対し,被告又はルネサスが支払を受けた実施料及びクロス効果の額につき比較的高い割合で配分を行っていることに照らして,本件各特許により被告が前記2の利益を得ることができたのは,客観的にはハーフトーン型位相シフトマスクを含まないと認められる日本967号特許を,それを含むものと主張して交渉を進めた被告のライセンス契約交渉担当者の貢献によるところが大きいものと認められる。

(イ) なお,原告は,原告が「他社特許対策賞」(甲87)及び「グループ長知的所有権賞」(甲88)を受賞したことをもって,ライセンス契約への原告の貢献が多大であると主張する。

しかしながら,これらの受賞が,どの特許のどのような点が評価された結果によるものかは明らかではない。そして,仮に,これらの賞が本件各特許に基づくものであったとしても,被告内部における本件各特許に対する高い評価は,本件各特許にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれることを前提としたものであって,そのことについての原告の貢献が認められないことは前記ウのとおりである。

このほか,ライセンス交渉において,原告が具体的にいかなる貢献をしたのかを認めるに足りる証拠もない。

したがって,原告の前記主張は,採用することができない。

オ その他の原告の主張について

(ア) 原告は,日本967号特許が,戦略特許賞「金賞」を受賞したことをもって,原告の貢献は大きいと主張する。

しかしながら,証拠(甲35の3)及び弁論の全趣旨によれば,日本967号特許に係る出願が戦略特許賞「金賞」を受賞したのは,これがエッジ強調型位相シフトマスクに係る発明であることが評価されたことによると認められるところ,エッジ強調型位相シフトマスクは,結局は,商業的に実用化されておらず,その後,被告社内において日本967号特許が高く評価されたのは,これがハーフトーン型位相シフトマスクを含むものと考えられたことによるから,戦略特許賞「金賞」を受賞したことをもって,原告の貢献を大きく評価することはできないというべきである。

(イ) また,原告は,本件発明につき,上司からのヒント等はなく,●(省略)●と主張する。

しかしながら,被告社内において上司等から本件当初発明の問題点の指摘がされていること,本件当初発明がされた当時,被告中央研究所において位相シフトマスクの研究が行われており,原告もこれを参考にしたと認められることは,前記ア,イのとおりであるから,原告の前記主張は,採用することができない。

(ウ) その他,原告は,原告の貢献として縷々主張するが,いずれも被告の受けた利益に対する原告の貢献として認めるに足りる有意的な事情と認めることはできない。

(3)  検討

以上のとおり,本件発明自体は,原告の研究開発によりなされたものと認められるが,これにより被告が前記2の利益を得ることができたのは,日本967号発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれ得るかのように特許請求の範囲を補正し,かつ,日本967号発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれることを前提にライセンス交渉が行われたことによるところが大きいものと認められる。そして,前記(2)のとおり,このような補正を行い,かつ,ハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるものとしてライセンス交渉において積極的に活用したのは,被告の貢献によるところであるのに対し,他方で,これらの点における原告の貢献は,そのような補正及び活用の基礎となる本件発明をしたという限度にとどまるものと認められる。

これに加えて,前記(2)のとおり,原告が行った本件当初発明は問題点を包含しており,これを解消するに当たっての被告内部における問題点の指摘や,被告内部において進められていた位相シフトマスクに関する研究成果の蓄積を無視することはできないこと,結局は,本件当初発明に係る請求項は,補正により削除されるに至っていること,原告が行った発明には,ハーフトーン型位相シフトマスクは含まれていないこと等の本件発明が特許を取得するに至る経緯及び日本967号発明の本来の技術的範囲等その他の一切の事情を考慮すれば,本件発明により受けるべき利益の額及び本件発明がされるについて,被告が貢献した程度は,96%とするのが相当である。

4  争点(3)(本件発明の相当の対価の額)について

(1)  各年度における相当の対価の額

前記2及び3で述べたところに基づき,原告が請求する各期間における相当の対価の額を算出し,その額から被告が原告に対し支払った実績報奨金の額(前記争いのないの事実(4)参照)を控除した額は,次のとおりであると認められる。

なお,各年度中,複数年度の実施料及びクロス効果の額の合計額のみを認定している年度であって,被告が原告に対し実績報奨金を支払った年度は,実績報奨金の額(前記争いのない事実等(4)参照)に応じて按分して,各年度の相当の対価の額を算出する。また,実績報奨金の支払がない平成18(2006)年度ないし平成20(2008)年度の各年度におけるクロス効果の額は,被告が支払を受けた実施料の額に応じて按分して算出する(いずれにおいても,小数点以下は,四捨五入する。)。

ア 平成9(1997)年10月24日~平成10(1998)年3月31日 ●(省略)●円

(計算式)

相当の対価額:●(省略)●円×0.007%×(100-96)%=●(省略)●円

イ 平成10(1998)年度 ●(省略)●円

(計算式)

相当の対価額:●(省略)●円×0.007%×(100-96)%=●(省略)●円

ウ 平成11(1999)年度 ●(省略)●円

(計算式)

相当の対価額:●(省略)●円×0.007%×(100-96)%=●(省略)●円

エ 平成12(2000)年度 ●(省略)●円

(計算式)

相当の対価額:●(省略)●円×160万円/(160万円+400万円)×2%×(100-96)%=●(省略)●円

既払金の控除:●(省略)●円-160万円=●(省略)●円

オ 平成13(2001)年度 ●(省略)●円

(計算式)

相当の対価額:●(省略)●円×400万円/(160万円+400万円)×2%×(100-96)%=●(省略)●円

既払金の控除:●(省略)●円-400万円=●(省略)●円

カ 平成14(2002)年度 ●(省略)●円

(計算式)

相当の対価額:●(省略)●円×420万円/(420万円+500万円+743万0932円)×3%×(100-96)%=●(省略)●円

既払金の控除:●(省略)●円-420万円=●(省略)●円

キ 平成15(2003)年度 ●(省略)●円

(計算式)

相当の対価額:●(省略)●円×500万円/(420万円+500万円+743万0932円)×3%×(100-96)%=●(省略)●円

既払金の控除:●(省略)●円-500万円=●(省略)●円

ク 平成16(2004)年度 ●(省略)●円

なお,被告は,原告に対し,同年度分の実績報奨金として,日本967号特許を対象とした743万0932円のほか,米国213号特許を対象として,14万円を支払っている(甲19)。

●(省略)●

仮に,被告の主張が正しいとしても,米国213号特許を提示した包括クロスライセンス契約によってルネサスが得た利益の額及び当該特許への配分額等は,平成19年第355号実施料配分表に関する事実実験公正証書(乙39)その他の本件各証拠に照らしても明らかではないこととの均衡,及び,被告においても,この米国213号特許に対する実績報奨金の支払を既払額としては主張していないことに照らして,当該支払の額は,相当の対価額からは,控除しないこととするのが相当である。

(計算式)

相当の対価額:●(省略)●円×743万0932円/(420万円+500万円+743万0932円)×3%×(100-96)%=●(省略)●円

既払金の控除:●(省略)●円-743万0932円=●(省略)●円

ケ 平成17(2005)年度 ●(省略)●円

(計算式)●(省略)●円×2%×(100-96)%=●(省略)●円

コ 平成18(2006)年度 ●(省略)●円

(計算式){●(省略)●円+●(省略)●円×●(省略)●円/(●(省略)●円+●(省略)●円+●(省略)●円)}×2%×(100-96)%=●(省略)●円

サ 平成19(2007)年度 ●(省略)●円

(計算式){●(省略)●円+●(省略)●円×●(省略)●円/(●(省略)●円+●(省略)●円+●(省略)●円)}×2%×(100-96)%=●(省略)●円

シ 平成20(2008)年4月1日~同年11月21日

●(省略)●円

(計算式){●(省略)●円+●(省略)●円×●(省略)●円/(●(省略)●円+●(省略)●円+●(省略)●円)}×2%×(100-96)%=●(省略)●円

ス アないしシの合計額 6302万6136円

(2)  小括

よって,原告は,被告に対し,合計6302万6136円の対価請求権を有している。

5  争点(4)(消滅時効の成否)について

(1)  消滅時効期間の完成について

ア 弁論の全趣旨によれば,原告が請求する対価請求権の支払期日は,各年度ごとに別紙請求金額内訳表の起算日欄記載の日の前日と認められる。

このうち,平成11(1999)年1月31日を支払期日とする平成9(1997)年10月24日ないし平成10(1998)年3月31日の間に被告が得た利益に基づく対価請求についての遅延損害金,及び,平成12年1月31日を支払期日とする平成10(1998)年度に被告が得た利益に基づく対価請求についての遅延損害金のうち,原告が訴えの変更申立書を当裁判所に提出して別紙請求金額内訳表の起算日欄記載の日からの遅延損害金の支払につき裁判上の請求を拡張した時である平成22(2010)年3月12日までに,その支払期日から10年が経過している平成12(2000)年3月11日(同月12日午前0時から時効期間が進行するから,平成22(2010)年3月11日の経過により,消滅時効が完成する。)以前の分は,消滅時効が完成していると認められる。

イ 原告は,知財高裁平成21年2月26日判決・判例時報2053号74頁を根拠に,当初から訴状送達日の翌日以降の遅延損害金の請求をしていたことをもって,それ以前に発生した遅延損害金についても裁判上の催告をしていたものと解されるとして,訴えの変更申立書の提出により確定的に時効中断の効力が生じると主張する。

しかしながら,本件訴訟における請求は,訴え提起当初から一部請求としてされたものであって,時効中断の効果は,その一部の範囲についてのみ生じ,残部には及ばないと解される(最高裁昭和31年(オ)第388号同34年2月20日第二小法廷判決・民集13巻2号209頁参照)から,本件訴訟提起時にはその請求の対象とはされなかった訴状送達日(平成18(2006)年11月7日)以前の遅延損害金について,裁判上の催告がされていたとみることはできない。また,前記知財高裁平成21年判決は,「事実関係が複雑で元本債務が遅滞になる時期が不明瞭な事案」であることを前提としたものであるのに対し,本件は,前記争いのない事実等(4)のとおり,原告は,平成12(2000)年度分以降,各年度の実績報奨金を受け取っていたことを前提に,本件訴訟を提起していることからすれば,実績報奨金の支払時期は明瞭であって,原告も支払時期を認識していたというべきであるから,「元本債務が遅滞になる時期が不明瞭な事案」であるということはできず,本件とは事案を異にする。

したがって,本件においては,訴状送達日以前の遅延損害金債権について裁判上の催告がされていたということはできないから,原告の前記主張は,採用することができない。

(2)  消滅時効の援用被告は,平成22(2010)年3月17日の本件口頭弁論期日において,消滅時効を援用した(顕著な事実)。

(3)  小括

よって,平成9(1997)年10月24日ないし平成10(1998)年3月31日の間に被告が得た利益に基づく対価請求及び平成10(1998)年度に被告が得た利益に基づく対価請求についての各遅延損害金のうち,平成12(2000)年3月11日以前の分は,消滅時効により消滅したと認められる。

6  結論

よって,原告の請求は,6302万6136円及び別紙認容金額内訳表の各金額欄記載の各金額に対する同認容金額内訳表の起算日欄記載の各日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるから,その限度でこれを認容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 坂本三郎 裁判官 岩崎慎)

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