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東京地方裁判所 平成18年(ワ)4507号 判決 2006年9月12日

原告

まるま運輸株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

松原厚

被告

株式会社高橋繊維

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

安藤建治

渕上玲子

中村新

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告の請求

(1)  原告と被告とは、別紙租税立替金明細一覧表《省略》(1)ないし(65)記載の各貨物通関の都度、計65回にわたって、被告が国に納付すべき公租合計2331万7600円を原告が立替払いしたことによる原告の被告への上記同額に及ぶ立替金返還請求権が民事再生債権優先債権であることを確認する。

(2)  被告は、原告に対し、金2331万7600円及びこれに対する平成18年4月5日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用の被告負担

(4)  第2項につき仮執行宣言

2  被告

(1)  請求棄却

(2)  訴訟費用の原告負担

第2事案の概要

本件は、原告が、後に民事再生手続開始決定を受けた被告が負っていた租税債務を立替払いしたが、右立替金返還請求権は民事再生法上の一般優先債権に該当すると主張して、被告に対し、その旨の確認を請求すると共に右立替金の返還及びこれに対する訴状送達日の翌日からの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。

1  争いのない事実

(1)  原告は、我が国の貨物輸入業者からの依嘱によって外国から我が国に輸入される貨物に係る通関業務を代行し、また、場合により、上記依嘱者が当該貨物の我が国への輸入にあたって国に支払うべき関税、消費税の公租を当該依嘱者に代わって立替払いをする業務をも行うものである。

(2)  被告は、主として中華人民共和国から婦人用下着、雑貨等を我が国に輸入し、当該輸入貨物を我が国販売業者に転売することを業とするものである。

(3)  被告は、平成17年12月9日、東京地方裁判所に対し、民事再生手続の申立てを行い、同庁より同月19日、民事再生手続開始決定を発せられた。

(4)  被告は、別紙租税立替金明細一覧表(以下「別紙一覧表」という)記載のとおり、同年9月8日以降同年12月7日まで計65回にわたって行った貨物輸入に関して、その都度同一覧表記載の金額に及ぶ関税等の租税を支払うべき義務を負担した(合計額2331万7600円)。

(5)  原告は、以上の計65回にわたる被告の貨物輸入行為に伴って、被告がその都度負担すべき関税その他の租税を被告の依頼によって、被告に代わって租税当局に支払った。その明細は別紙一覧表金額・関税・消費税欄記載のとおりであり、その合計は2331万7600円に達する。

(6)  原告は、被告に対する民事再生手続において、本訴請求債権を再生債権としても届け出ており、それについては異議無く確定している。また、右民事再生手続においては再生計画が既に認可されている。

2  争点

前記2331万7600円の租税の立替金返還請求権が民事再生法122条1項所定の一般優先債権に該当するか。

(原告の主張)

(1) 前記2331万7600円の租税債権が一般優先債権であることは当然であり、原告はそのような特質を有する租税債権(債務)を立替払いしたのであるから、その立替行為は、民法307条1項所定の、被告の「各債権者の共同の利益のためにされた債務者の財産の保存」行為に該当し、右立替金返還請求権については民法306条1号により一般の先取特権が認められる。よって、右立替金返還請求権は、民事再生法122条1項所定の一般優先債権に該当する。

(2) 右立替払いに係る租税債権にはもともと優先権があり、その分再生債権者に対する配当原資は減少していたはずであるから、原告の右立替金返還請求権に対して優先権を認めたとしても、他の再生債権者に不利益はなく(原告が立替払いをしなかった場合と比べ、再生債権者に対する配当額に変わりはない)、再生債権者間の実質平等は維持される。

(3) 仮に、2331万7600円全額が一般優先債権に該当しないとしても、少なくとも平成17年11月1日以降同年12月7日の間に立替払いした分の合計1017万6800円(別紙一覧表35番ないし65番)については一般優先債権として扱うべきである。被告は、平成17年11月の時点で取引金融機関からLC取引を停止されており、この時点こそ被告の経済的窮状が客観化した時点と言わなければならない。被告は、この時点で民事再生手続を申し立てなければならなかったし、原告もこの時点で被告との取引を中止したとみなされるべきである。そうすると前記1017万6800円については、本来は原告から立替払いされずに優先権のある租税債権として残存したはずであるから、その限度で原告に優先権を認めても再生債権者との平等を阻害せず、かえって公平の原則に合致する。

(被告の主張)

民法307条1項の「債務者の財産の保存行為」とは、債務者の財産の現状を維持する行為と解されており、債務者の租税債務を債務者に代わって支払う行為は債務者の財産の現状を維持する行為ではない。したがって、原告の被告に対する租税の立替金返還請求権は共益債権ではなく、民事再生法122条1項の一般優先債権ではない。

その余の原告の主張は争う。

第3争点に対する判断

1  民法307条1項は、各債権者の共同利益のためにされた債務者の財産の保存に関する費用につき共益費用の先取特権が存在すると規定する。

しかしながら、原告が被告の租税債務を立替払いしたことは被告の財産を保存する行為ではないし、一般優先債権である租税債権が立替払いにより消滅する代わりに原告の被告に対する租税の立替金返還請求権が一般優先債権になるとすれば、その立替払いは原告以外の債権者にとって利益になるものではないから、各債権者の共同利益のための行為とも言えない。したがって、民法307条1項の規定(債務者の財産の保存に関する費用)を根拠として、右立替金返還請求権が民事再生法122条1項所定の一般優先債権に該当すると解することはできない。

2  原告は、もともと優先権を有する租税債権を立替払いしたのであるから、右立替金返還請求権に優先権を認めても、他の債権者に不利益はないことを根拠に右立替金返還請求権を一般優先債権と扱うべきであると主張している。他の債権者に不利益がないということ自体はそうであるとしても、そのことが右立替金返還請求権が一般優先債権であるという法的根拠となるものではない。この原告の主張は、結局は、一般優先債権である租税債権を立替払いした場合には当然にその立替金返還請求権も一般優先債権として扱うべきであるとの主張と解されるが、租税債権が一般優先債権とされる趣旨は国家の租税収入の確保を図ることにあり、私人が租税債務を立替払いした場合の立替金返還請求権についてまでその趣旨が及ぶものではない(なお、この点は、私人が債務者との関係で有償で立替払いを行ったのか、無償で立替払いを行ったのかによって左右される問題ではない)から、右原告の主張は理由がない。

3  原告は、少なくとも被告の経済的窮状が客観化した平成17年11月1日以降同年12月7日の間に立替払いした分の合計1017万6800円(別紙一覧表35番ないし65番)については一般優先債権として扱うべきであるとも主張するが、これは時期を絞っただけで、その実質は上記第3の2で記載した原告の主張と同じである。よって、その主張に理由がないことも前記第3の2で述べたとおりである。

4  以上によれば、右立替金返還請求権は民事再生法122条1項所定の一般優先債権ではなく、再生債権というべきであり、原告の請求は理由がないから棄却する。

(裁判官 藤澤孝彦)

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