東京地方裁判所 平成18年(合わ)681号 判決 2007年10月10日
主文
被告人を懲役25年に処する。
未決勾留日数中400日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 日野太郎,天海一郎,雨宮二郎,風間薫,星野三郎,月島四郎及び空山五郎と共謀の上,自動車による交通事故を仮装して保険会社から保険金の支払名下に金員を詐取しようと企て,平成15年11月15日午後零時5分ころ,東京都町田市鶴川<番地略>先路上において,空山が日本興亜損害保険株式会社との間で自動車保険契約を締結している被保険車両である普通乗用自動車を月島が空山から借り受け,これを月島が運転し,同車を前方に停車中の日野,被告人,雨宮,風間及び星野が乗車し日野が同社との間で自動車保険契約を締結している被保険車両である普通乗用自動車後部に故意に衝突させる交通事故を作出した上,
1 平成15年11月15日,東京都町田市旭町<番地略>所在の警視庁町田警察署において,同社東京西支店小平支社の担当者である黒田和夫に対し,上記追突事故により5名が負傷した旨の虚偽の事故報告をした上,そのころから平成16年2月23日ころまでの間,東京都新宿区西新宿<番地等略>所在のA地所株式会社において,日本興亜損害保険株式会社首都圏損害サービス部新宿損害サービスセンターの担当者である白井正夫らに対し,真実は被告人らが故意に作出した交通事故であるため空山が同社との間で締結している自動車保険契約に基づく保険金の支払を受けられない場合であるのにその事実を秘し,あたかも月島の過失によって上記交通事故が発生し,日野,被告人,雨宮,風間及び星野が傷害を負ったかのように装いつつ,社員7人のうち5人がけがをして動けない,倒産したらどうするんだなどと嘘を言い,自動車保険金請求書,休業損害証明書等を提出するなどして,前記保険契約に基づく対人賠償保険金等の支払を請求し,新宿損害サービスセンター・センター長赤木明夫らをしてその旨誤信させてその支払を決定させ,よって,別表1記載のとおり,平成15年11月27日から平成16年2月25日までの間,前後20回にわたり,東京都豊島区西池袋<番地略>所在の株式会社三井住友銀行池袋支店に設けた星野名義の普通預金口座ほか5口座に合計644万9550円を振込入金させ,
2 平成15年11月15日,川崎市内から東京都文京区関口<番地等略>所在の日本興亜ホットライン24株式会社に電話をかけ,同社の事故受付担当者である青山治子に対し,前記第1の1と同様に虚偽の事故報告をした上,そのころから平成16年2月23日ころまでの間,A地所株式会社において,白井に対し,真実は被告人らが故意に作出した交通事故であるため日野が日本興亜損害保険株式会社との間で締結している自動車保険契約に基づく保険金の支払を受けられない場合であるのにその事実を秘し,前記第1の1と同様に嘘を言い,自動車保険金請求書等を提出するなどして,前記保険契約に基づく搭乗者傷害保険金の支払を請求し,赤木をしてその旨誤信させてその支払を決定させ,よって,別表2記載のとおり,同月25日,前後5回にわたり,星野名義の普通預金口座ほか4口座に合計169万円を振込入金させ,
もって,それぞれ人を欺いて財物を交付させ,
第2 日野,天海,雨宮,土井六郎,地村七郎,石山八郎,岩崎九郎及び甲野昭夫と共謀の上,自動車による交通事故を仮装して保険会社から保険金の支払名下に金員を詐取しようと企て,平成17年2月23日午後6時5分ころ,東京都千代田区神田和泉町<番地略>先路上において,緑川慶夫がニッセイ同和損害保険株式会社との間で自動車保険契約を締結している被保険車両である普通乗用自動車を岩崎が緑川から借り受け,これを石山が運転し,同車を前方に停車中の被告人,天海,雨宮,土井,地村及び甲野が乗車し土井が株式会社損害保険ジャパンとの間で自動車保険契約を締結している被保険車両である普通乗用自動車後部に故意に衝突させる交通事故を作出した上,
1 平成17年2月23日,東京都内から神奈川県横浜市中区本町<番地略>所在のニッセイ同和損害保険株式会社事故受付センターに電話をかけ,同センターの事故受付担当者である紫村元子に対し,上記追突事故により6名が負傷した旨の虚偽の事故報告をした上,そのころから同年10月26日ころまでの間,東京都内から東京都中央区明石町<番地等略>所在のニッセイ同和損害保険株式会社東京損害サービス部東京第一損害サービスセンター等に電話をかけるなどし,同センターの担当者である灰原文子らに対し,真実は被告人らが故意に作出した交通事故であるため緑川がニッセイ同和損害保険株式会社との間で締結している自動車保険契約に基づく保険金の支払を受けられない場合であるのにその事実を秘し,あたかも石山の過失によって前記交通事故が発生し,被告人,天海,雨宮,土井,地村及び甲野が傷害を負ったかのように装いつつ,ボーっとしていたため相手方の車が信号待ちをしているのに気付かず追突した,保険でできるだけのことをしてあげてくださいなどと嘘を言い,自動車保険金請求書,休業損害証明書等を提出するなどして,前記保険契約に基づく対人賠償保険金の支払を請求し,同社東京損害サービス部第2損害サービスセンター課長代理水野久夫らをしてその旨誤信させてその支払を決定させ,よって,別表3記載のとおり,同年3月4日から同年10月28日までの間,前後27回にわたり,東京都台東区駒形<番地略>所在の株式会社UFJ銀行浅草支店に設けた被告人名義の普通預金口座ほか5口座に合計1515万3472円を振込入金させ,
2 平成17年2月24日,東京都内から東京都杉並区天沼<番地略>所在の株式会社損保ジャパン・ホットラインに電話をかけ,同社の事故受付担当者である金本政子に対し,前記第2の1と同様に虚偽の事故報告をした上,そのころから同年3月14日ころまでの間,東京都豊島区東池袋<番地等略>所在の株式会社損害保険ジャパン東京サービスセンター部池袋サービスセンター課等に電話をかけ,同課の担当者である一色弘夫らに対し,真実は被告人らが故意に作出した交通事故であるため,土井が株式会社損害保険ジャパンとの間で締結している自動車保険契約に基づく保険金の支払を受けられない場合であるのにその事実を秘し,前記第2の1と同様に装いつつ,話をしているときに追突された,右半分の首,腰,脇に痛みがあり,通院4日目であるなどと嘘を言い,自動車保険金請求書等を提出するなどして,前記保険契約に基づく搭乗者傷害保険金の支払を請求し,同課長二宮安夫らをしてその旨誤信させてその支払を決定させ,よって,別表4記載のとおり,同月4日から同月16日までの間,前後6回にわたり,東京都板橋区東坂下<番地略>所在の城北信用金庫志村支店に設けた土井名義の普通預金口座ほか5口座に合計36万円を振込入金させ,
もって,それぞれ人を欺いて財物を交付させ,
第3 日野,天海,砂川十郎及び雨宮と共謀の上,
1 甲野昭夫を殺害して海外旅行傷害保険契約に基づく保険金を得ようと企て,平成17年7月28日午後11時50分ころ(日本時間同月29日午前零時50分ころ),フィリピン共和国バタンガス州サント・トマス内サン・バルトロメ地区路上において,甲野(当時41歳)に対し,殺意をもって,けん銃で弾丸を発射して同人の後頸部に命中させ,よって,そのころ,同所において,同人を後頸部射創に基づく脳幹部挫滅により死亡させて殺害し,
2 甲野が被告人ら以外の第三者により殺害されたように仮装して保険会社から保険金の支払名下に金員を詐取しようと企て,平成17年7月16日,エイアイユーインシュアランスカンパニーとの間に,甲野を被保険者,日野が代表取締役であるA地所株式会社を死亡保険金受取人,保険期間を同月25日より同月27日までとする海外旅行傷害保険契約を締結させ,さらに,同月27日,エイアイユーインシュアランスカンパニーとの間で,同保険契約の保険期間を同月29日までに変更する契約を締結した上,真実は,被告人らが前記第3の1のとおり甲野を殺害したものであり,同保険契約に基づく保険金の支払を受けられない場合であるのに,その情を秘し,同月29日,東京都内から富山県富山市牛島新町<番地等略>所在の同社富山カスタマーサポートセンターに電話をかけ,同センター係員三井保子に対し,事故報告をした上,いずれも,情を知らない弁護士四谷徳夫をして,東京都墨田区錦糸<番地等略>所在の同社本店に,同年8月29日,同保険契約に基づく死亡保険金及び死亡特別保険金の支払を請求する旨の内容証明郵便を提出させ,平成18年1月23日ころ,「海外旅行傷害保険保険金請求書(一般用)」を提出させ,もって,同社本店損害サービス部インベスティゲーションセンター所長五木貞夫らに対し,同保険契約に基づく死亡保険金及び死亡特別保険金合計1億円の支払を請求し,その支払名下に金員を交付させようとしたが,五木らが,被告人らが甲野を殺害したものと認めてこれに応じなかったため,その目的を遂げず,
第4 日野及び天海と共謀の上,平成17年11月22日ころ,前記A地所株式会社事務所において,行使の目的をもって,ほしいままに,パーソナルコンピューターを用いて,同社代表取締役である日野宛に死亡保険金支払手続の進捗状況等を回答する内容の「回答書」と題する文書を作成し,その末尾に「エイアイユーインシュランスカンパニー日本における代表者六角永夫」と記載し,その名下に「エイアイコーインシュアランスカンパニー日本支社長印」と刻した角印を押捺して,もってエイアイユーインシュアランスカンパニーの日本における代表者六角永夫作成名義の回答書1通を偽造した上,同月29日,埼玉県所沢市東所沢<番地等略>所在の株式会社Bグループ事務所において,七瀬康夫らに対し,前記偽造に係る回答書を真正に成立したもののように装って提示して行使し
たものである。
(証拠の標目)<省略>
【争点に対する判断】
第1 争点
弁護人は,①殺人及び詐欺未遂の事件(判示第3の1,2)について,被告人には共謀が認められず,無罪である,②有印私文書偽造,同行使の事件(判示第4)について,被告人は行使の目的を有しておらず,その責任も従犯に止まる旨主張する。弁護人主張の各点が本件の争点である(なお,判示第3の1,2の殺人及び詐欺未遂事件を「本件保険金殺人」と,判示第4の有印私文書偽造,同行使の事件を「本件私文書偽造等」と,それぞれ略称する。また,引用した証拠番号は,Ⅱ事件のそれである。)。
第2 本件保険金殺人に至る経緯等
前掲関係各証拠を総合すれば,本件保険金殺人が敢行され,その後本件私文書偽造等が行われた経緯として,以下の事実が認められ,この認定に反する証拠は後述するように信用できない(なお,本項中の年月日の記載は,特記しない限り,平成17年のそれを指称する。)。
1 被告人は,日野が経営するA地所株式会社(以下「A地所」という。)の従業員であり,天海,砂川及び雨宮も,A地所の従業員か,あるいは,日野の知合いで同社に出入りする者であった。A地所は,日野のワンマン会社で,一応不動産仲介会社を営んでいたが,内実は違法行為によって経費や給料等を捻出していた。判示第1ないし第2の各自動車保険金詐欺(以下「本件自動車保険金詐欺」という。)は,そうした違法行為の一環として行われていたもので,これには,被告人も共犯者として関与していた。
2 日野は,4月下旬ころ,被告人に対し,A地所の従業員を狙った保険金殺人を持ちかけて被告人の賛同を得た上,会社の慰安旅行の名目で,被告人に土地勘のある佐渡島に従業員を連れ出し,保険金殺人を実行する計画を立てたが,移動時間の関係等から断念することにした。
さらに,日野は,6月10日前後ころ,日野運転の車中で,被告人に対し,A地所の従業員の一人である甲野昭夫(以下「被害者」という。)をターゲットとし,海外で保険金殺人を行うことを持ちかけた。被告人は,分け前欲しさからこれに賛同し,自ら,殺害候補地として,フィリピンを提案するなどした。
3 ところで,日野は,フィリピン情勢に通じている砂川と雨宮も引き入れることにし,6月下旬ころ,両名に対し,保険金目的による殺害計画を打ち明けた。これに賛同した両名は,現地の殺し屋に依頼し,強盗に見せ掛けて被害者を殺害する計画を立案し,フィリピンに赴き,下準備に着手することにした。さらに,日野は,7月8日から11日ころ,天海に対し,本件保険金殺人の計画の概要を説明した上,雨宮と砂川も仲間であり,両名が予めフィリピンに行って,殺害の下準備をする予定であることを打ち明け,天海も,仲間に加わることになった。
4 他方,被告人は,日野から,被害者殺害の段取りを雨宮に依頼したことを聞かされ,雨宮が本件保険金殺人に関与していることを知った。また,日野から,社員旅行に参加し,雨宮,天海と共に被害者をフィリピンに連れ出すよう依頼された。さらに,被告人は,被害者殺害の上,受け取った保険金5000万円は,A地所,被告人,天海,雨宮で山分けする旨説明されたこともあって,天海も本件保険金殺人に関与していることを察した。
5 天海は,7月12日,旅行日程3日間(同月25日から27日まで)のフィリピン旅行ツアー4名分(被害者,被告人,天海及び雨宮)を申し込んだ。日野は,翌13日ころ,被害者に対し,被告人と天海が同席するところで,エイアイユーインシュアランスカンパニー(以下「AIU」という。)の海外旅行傷害保険に入るよう勧めた。その際,日野,被告人,天海の3名は,被害者に対し,呼吸を合わせ,海外旅行傷害保険の受取人をA地所と指定するよう仕向け,被告人及び天海は,自らの保険申込書の保険金受取人欄にはA地所と記載した。後日,被害者も同様に記載した保険契約申込書を天海に渡した。
6 天海が被害者らの海外旅行傷害保険を旅行会社に提出し,7月16日,AIUとの間で,被保険者被害者,被告人を含む4名,死亡保険金受取人A地所を内容とする保険金額5000万円の海外旅行傷害保険契約(以下「本件保険契約」という。)が締結された。一方,雨宮及び砂川は,7月15日ころ,フィリピンに渡航し,殺し屋の手配をするなどした上,日野に対し,段取りがついたことなどを連絡し,同月20日雨宮一人で帰国した。
7 被告人は,7月21日か22日ころ,日野から,同人との連絡役や被害者らの監視役を頼まれ,一方,同月26日には被害者と行動を共にしないよう告げられ,26日が殺害実行日であることに気付くと同時に,自分が殺害の実行役でないことに安堵した。
8 被告人らは,被害者を伴い,予定どおり7月25日,フィリピンに出国した。到着後,被告人は,被害者らに対し,自分が班長であるから,勝手な行動を取らないようにと釘を刺した。
9 雨宮と天海は,7月26日,被害者の殺害を実行するため,被害者を連れ出した。被告人は,それに先立ち,国際電話を日野にかけ,雨宮らが被害者を連れ出すことを報告した上,予定どおり,自分は27日に帰国する旨告げた。ところが,雨宮らは,依頼していた殺し屋に裏切られたため,被害者殺害に失敗した。同行せずにホテルで待機していた被告人は,天海から,帰りのタクシーの手配を頼まれ,計画が失敗に終わったことを悟った。
10 被害者と共に宿泊先のホテルに戻った天海が,7月27日早朝,日野に対し,計画失敗の連絡をすると,滞在を延ばしてでも殺害を実行するよう強く指示された。被告人が,同月28日に予定されている取引相手との面談を口実に,延泊することを断ったことから,被害者,天海,雨宮の3名のみが滞在を延ばすことにし,天海は,被告人に現地の旅行会社に相談してもらうなどして,3名の延泊等の手配をした。被告人は,7月27日午後,帰国し,一方,日野は,3名について本件保険契約の期間を29日まで延長した。
11 残った天海と雨宮は,7月28日朝,砂川と会い,被害者殺害計画を練り直した。その後,雨宮及び天海において,殺害場所の下見を行い,天海は,日野に,雨宮が被害者を射殺する予定である旨連絡し,了解を取った。一方,雨宮は,同日午後,砂川と共に,けん銃を購入した。
12 7月28日夜,雨宮及び天海は,被害者を連れ出し,雨宮において,判示第3の1のとおり,被害者をけん銃で射殺した。ホテルに戻った天海は,翌29日未明,日野に,殺害を電話で報告するなどし,同日午後,雨宮及び砂川と共に帰国した。
13 被告人は,7月29日早朝,日野から,被害者殺害に成功したことを知らされた。その後,被告人は,日野が,被害者の親族等の関係者に保険金殺人が発覚しないよう虚偽の説明をするのに同席したり,8月5日には,日野が被害者の実父から,保険金請求のための書類に署名押印を取り付ける際に同行したりした。
14 日野は,8月中旬ころ,被告人及び天海に対し,AIUへの保険金請求手続を弁護士に依頼することを提案した上,同月29日,日野から依頼された弁護士によりAIUに保険金請求の手続がなされた。
15 一方,日野は,AIUから保険金の支払いが遅れることを告げられ,それまでの資金繰りのため,被告人や天海に対し,被害者の保険金を担保にして融資をしてくれる者を探すように指示していたが,11月に入り,融資者として,株式会社Bグループの七瀬康夫が浮上した。
日野は,同月22日ころ,判示第4のとおり,被害者の保険金が約3か月後には支払われる予定である旨の虚偽の内容の本件偽造文書を偽造し,その際,被告人と天海は,日野の指示で,誤字脱字等のチェックをした。
被告人は,以前,日野に対し,融資を受けるには保険金が確実に支払われるという文書が必要だなどと進言していたことや,文書の内容,体裁から,日野が,本件偽造文書を融資者に提示して行使しようと考えていることを察した。
16 日野は,11月29日,天海と共に,判示第4のとおり,七瀬に対して,本件偽造文書を提示して行使した。
第3 証拠評価
1 問題の所在
当裁判所は,既述した認定事実中,事件全体の流れについては,天海及び砂川の各検察官調書に,被告人と日野間のやり取りについては,被告人の検察官調書4通(乙17ないし20。以下「当該検察官調書」という。)に,主として依拠したものであるが,その他,被告人の共謀を肯認する方向の証拠として,雨宮作成の上申書(甲5ないし8)及び同人の警察官調書(甲9。以下「雨宮調書」という。また,雨宮作成の上申書とまとめて「雨宮上申書等」という。)もある。
弁護人は,当該検察官調書及び雨宮上申書等について,証拠能力及び証拠価値を強く論難しているので,これらを中心に,当裁判所の前掲各証拠に対する証拠評価を明らかにする。
2 天海及び砂川の各検察官調書
まず,天海及び砂川の各検察官調書については,弁護人も信用性自体を争うものではないが,いずれも,各自の本件保険金殺人への関与を含め,事実経過を具体的かつ詳細に供述するもので,客観的な証拠とも合致し,相互の間でもそごしておらず,信用性が認められる。
3 当該検察官調書の任意性の存否
(1) 供述の推移
関係各証拠によれば,捜査段階において,被告人が本件保険金殺人への関与等を認めるに至った経緯等は,次のとおりであり,これに反する証拠はない。
すなわち,被告人は,平成18年5月10日前後,警視庁刑事部捜査第1課北川平夫警部補(以下「北川警部補」という。)から,本件保険金殺人に関する取調べを初めて受けたが,頑強に関与を否定し,本件私文書偽造等の容疑で再逮捕された後も同様の状態であった。しかしながら,同年10月14日,東京地方検察庁南野成夫検察官(以下「南野検事」という。)に対し,本件保険金殺人への関与を初めて認め,引き続き,北川警部補に対しても,翌15日午前零時過ぎにかけて,警察官調書(弁2)や上申書(弁1)において,本件保険金殺人の共謀に関与した事実を供述した。その後,同年10月28日から12月10日にかけて,当該検察官調書が作成され,本件保険金殺人と本件私文書偽造等の事実に関し,事実関係を認める供述を行った。さらに,被告人は,平成18年11月及び同年12月,本件保険金殺人で起訴されたが,平成19年3月ころ,再び否認に転じた。
(2) 弁護人が任意性を否定する理由
弁護人は,当該検察官調書の任意性について,同調書を作成した南野検事による取調べ自体を問題視するわけではなく,主として,それに先立つ警察における違法な取調べが,当該検察官調書の任意性を否定することに繋がるとし,問題視する取調べを2段階に分けて論難する。まず,第1段階は,平成18年5月10日ころから同月16日ころまでの間の取調べ(以下「第1段階の取調べ」という。)であり,第2段階は,同年10月の取調べ(以下「第2段階の取調べ」という。)である。そこで,弁護人の論難する理由を第1段階の取調べと第2段階の取調べに分けて詳述すると,次のとおりである。
① 第1段階の取調べ
北川警部補の取調べは,留置規則に規定されている就寝時間を無視した深夜に及ぶものであり,その最中,被告人は,被害者及び被告人の両親の写真等を見ることを強要され,心理的に圧迫を受けた。また,雨宮上申書を見せられた上,「雨宮は自白した。雨宮はお前の名前も書いたぞ。」などと告げられ自白を迫られた挙げ句,その後雨宮が供述を翻したことも知らされず,自白に追い込まれた。
② 第2段階の取調べ
被告人は,この間,北川警部補から,雨宮の自殺を知らされ,「否認しても無駄だ。このまま否認すると無期懲役になるぞ。自白すれば10年ではないか。このままでは日野と同列に扱われるぞ。日野はお前を悪者にするのではないか。」などといかにも自白をすれば,刑を軽減される旨をちらつかされた。また,平成18年10月14日には,南野検事からも,日野と同レベルの量刑になる旨を示唆された。被告人は,雨宮が自殺してしまった以上,「雨宮の口から真実は語られない。否認すれば5月のような苛酷な取調べが復活するのではないか。」などと恐れ,同日から15日午前零時過ぎまでの長時間にわたる,南野検事とそれに引き続く北川警部補による取調べにおいて,謀議の日時場所などを適当にでっちあげた虚偽の自白に追い込まれた。その後,被告人は,自白を覆そうとしたが耳を傾けてもらえず,北川警部補から,一度自白したら撤回できないぞなどと言われ,15日午前零時過ぎにかけて,警察官調書(弁2)と上申書(弁1)が作成された。
(3) 第1段階の取調べの検討
① 取調べ時間等
(ア) 取調べ状況報告書等の関係証拠によれば,平成18年5月10日は,午前10時15分ころから,翌11日午前2時37分ころまで,11日は,午後2時5分ころから,午後8時55分ころまで,12日は,午後7時20分ころから翌13日午前零時30分ころまで,13日は,午後1時55分ころから,午後8時ころまで取調べが行われ,14日は取調べはなく,15日は,午前10時12分ころから午後3時20分ころまで,16日は,午後2時40分ころから午後3時10分ころまで取調べが行われている。
(イ) この取調べ時間の推移に,北川警部補の取調べ状況に関する証言を加味して検討すると,取調べが午前零時を超え深夜に及んでいるのは2回に止まり,その間も休憩時間等を取りつつ行われ,被告人からの中止の訴えもないのみならず,翌日はいずれも午前中の取調べは行われていない。そうすると,捜査官側の一定の配慮が見て取れ,任意性を否定するほど問題視することはできない。
(ウ) 被告人は,11日午前2時30分ころまで続いた取調べについて,取調官4名に囲まれ,バインダーで机をたたかれたり,白状しろなどと怒声を浴びせられるという状況であり,到底取調べの中止を求めるような状況ではなかったなどと供述する。
しかしながら,北川警部補は,そのような事実はなかったことを一貫して明確に証言しているのに比し,被告人の上記供述は,具体性を欠き,当時の状況についてあいまいといわざるを得ない。また,被告人は,11日から12日午前零時過ぎにかけても取調べがあったと供述しているが,取調べ状況報告書に反し,誇大に供述している。
以上に照らせば,北川警部補の証言は信用でき,被告人の供述は信用できない。
② 被害者等の写真の提示
関係各証拠によれば,北川警部補が,平成18年5月10日ころの取調べにおいて,被告人に対し,被告人の父親や亡くなった母親,その墓所,被害者の写真を見せたことは事実である。
しかしながら,北川警部補の証言及び被告人の供述によれば,まず,被告人の父母の写真については,被告人が,高齢で病身の父親を心配していたことから,同警部補において被告人の父親を訪問し,その写真を撮影し,父親から母親の写真を借り,それらを被告人に見せたものである。墓所の写真については,被告人の依頼に基づき同警部補が墓参し,その際写真を撮ってきたのである。さらに,被害者の写真については,被告人が,被害者の納骨式にだれも行かなかったことを気にしていたことから,被害者の写真に手を合わせたらどうだということで見せたものであり,北川警部補は被害者の顔を直視できるかなどとは発言していない。このように,その当否は別として,北川警部補は,被告人とのやり取りの中,それなりの理由から各写真を被告人に示したにすぎず,被告人を心理的に追い込むような状況下で写真を利用したとは認められない。
これに反し,被告人は,写真を見せられたことで心理的圧迫を受けたと抽象的に供述しているが,その供述は,自己の追いつめられた状況について,具体性を欠き,直ちに与することはできない。
③ 雨宮上申書
雨宮上申書を示されて自白を迫られたという点であるが,北川警部補は,同上申書を10月に見せたことは認めているが,5月に被告人に見せたことを明確に否定しており,その理由について,捜査の初期の段階で,裏も取れていない共犯者の上申書を示しても,真実を話してくれるかどうかわからないから,そのような段階で示すことはしない,などと一応納得できる説明をしている。
これに対し,被告人は,弁護人の質問に対しては,5月の段階で既に雨宮上申書を見せられたと供述するものの,検察官の質問に対しては,その供述が動揺し,あいまいになっており,雨宮上申書を見せられて自白を迫られたという被告人の供述は信用できない。
④ 弁護人との接見状況
ところで,被告人には,平成18年5月当時から,起訴済みの本件自動車保険金詐欺事件で弁護人が選任されており,同弁護人と接見していたにもかかわらず,本件保険金殺人についての取調べの問題について,同弁護人に相談したか否かについて,弁護人を呼んで相談するということに気が回らなかったとか,5月のひどい取調べが終わった後,5月の半ばぐらいに話したと思うとか,よく考えてみると,たしか弁護人を呼んでもらったが弁護人が来なかったとか,供述を場当たり的に変転させ,その内容も不自然である。
そうすると,当時,取調べによって心理的に追い込まれていた旨の被告人の供述は信用することができない。
(4) 第2段階の取調べの検討
① 自白に至った状況
(ア) 北川警部補は,第2段階の取調べにおいて,自白した状況について,「被告人は,南野検事には関与を認めたのに,自分には再び否認した。そこで,被告人を心配している知人の言葉を伝えたり,検事の前で正直に話したのならおれの前で話したっていいじゃないか,なぜ供述が違うのかなどと説得した。すると,被告人は,大粒の涙を流して,北川さんに先に自白すべきことを,最初に検事さんに言ってしまって申し訳ないなどと言い,改めて事件への関与を認める供述を始めた。その後,心情的に落ち着いた後に,警察官調書及び上申書を作成した。」などと証言している。
(イ) この北川警部補の証言内容は,平成18年10月18日付け検察官調書(乙38)や南野検事による取調べ状況を撮影したDVD(甲23)において,被告人が自白経緯や自白理由について供述しているところと,概ね一致し,信用性が高い。
(ウ) ところで,本件では,平成18年11月21日に南野検事が被告人を取り調べている状況がDVD(甲23)に撮影され,検察官は,当該検察官調書の任意性を立証するに際し,有用な証拠と位置付けている。
しかしながら,本件DVDは,被告人が平成18年10月14日から15日にかけて自白に至った時点よりも,約1か月後である時期において,しかも,全体で10分余りの間,自白した理由,心境等を簡潔に述べているのを撮影したものにすぎず,弁護人が問題視する,10月14,5日の正に自白に転じるまでの経緯を撮影したものではない。したがって,本件DVDの証拠価値を当該検察官調書の任意性についての有用な証拠として過大視することはできず,北川警部補の証言の信用性を支える資料に止まると評価すべきである。
② 被告人の公判供述の信用性
(ア) これに対し,被告人は,公判廷において,①平成18年9月から10月にかけて,雨宮が自殺したことや,日野が被告人に罪をかぶせるかもしれないなどと言われた上,北川警部補から,日野と一緒に無期懲役になるとか,少しでも関与をしゃべれば10年もしないくらいだなどと量刑について言及され,南野検事からも,日野と同レベルの量刑になることを示唆されたため,自白に追い込まれた,②北川警部補に対し,自白を撤回しようとしたところ,供述は撤回できないなどと机をたたいて脅され,あきらめた,③否認することで,また同年5月のような苛酷な取調べが復活するのを恐れたなどと,弁護人の主張に沿う供述をしている。
(イ) しかしながら,北川警部補は,日野が罪をかぶせるかもしれないとか,量刑について述べたことなどはない,罵声や暴言をあびせるような調べはしないと明確に否定している。
これに比して,被告人の上記供述は,平成18年5月に苛酷な取調べがあったという点が信用できないことは既述のとおりであるし,捜査官の言う量刑や自白を撤回できないなどとの言葉を,弁護人に相談したり訴えたりすることもせず盲信していて,突然,平成19年3月になって,他の事件で自白の信用性が否定されたという報道に接したことから,弁護人に相談したなどというのであって,唐突で不自然というほかない。
(5) 結論
以上によれば,第1段階の取調べについても,第2段階の取調べについても,当該検察官調書の任意性が否定されるような点はない。その他の弁護人の主張や被告人の供述等を考慮しても,左右される点はない。
なお,弁護人は,被告人が,捜査官から,雨宮が一旦本件への関与を認める供述をしたのに,その後その供述を翻したが,それを被告人に告げなかったから,当該検察官調書は違法収集証拠であるなどと主張するが,南野検事が,当該検察官調書を作成する際,ことさら被告人が雨宮の供述の変化を知らなかったことを利用した節もうかがわれないし,そもそも捜査官が,雨宮の供述が変わったことを告げなかったからといって,違法ではない。
4 当該検察官調書の信用性
(1) 信用性を否定する弁護人の主張
弁護人は,被告人作成の上申書(弁1)及び警察官調書(弁2)と当該検察官調書を比較すると,共謀の日と場所,共犯者の範囲という根幹的な部分で異なっており,しかも,その理由について合理的な説明が加えられておらず,当該検察官調書は信用できない旨主張する。
(2) 弁護人の主張の検討
なるほど弁護人が指摘するとおり,当該検察官調書と,被告人作成の上申書(弁1)や警察官調書(弁2)とを比較すると,上申書では,被告人と日野との共謀の日と場所は,「平成17年7月18日ころ,A地所事務所において」とされ,共犯者の範囲は「日野と雨宮」とされているのに対し,当該検察官調書では,共謀の日と場所は,「平成17年6月10日前後ころ,日野運転の車中で」とされ,共犯者の範囲は「日野,雨宮,天海たち」とされており,被告人と日野との共謀の日と場所,共犯者の範囲において,異なっているのは,事実である。
① 共謀の日と場所
しかしながら,まず,共謀の日については,その後,北川警部補が,業務日誌やカレンダーなどを見せるなどして記憶を喚起させた結果,被告人が変更を申し立てたものである。
次に,共謀の場所についても,被告人が,A地所の事務所ではなく車の中だったかもしれない,事務所の中にだれかいたらそんな話はできないから,車の中でやるほうが自然だ,などと言って,変更を申し立てたものである。
② 共犯者の範囲
共犯者の範囲については,初め日野から聞かされて雨宮の関与は知ったが,天海の関与は知らなかったから,上申書に出てくるのは日野と雨宮の名前であるが,その後,被告人は,同警部補に対し,保険契約は全て天海がやっているので天海も加担しているのではないかとにおわす供述はしていたというのである。
以上は,北川警部補の証言によるものであるが,同警部補の証言は,被告人の供述内容が変わった経緯や理由として,一定の合理性が認められるし,同警部補は,変遷理由について調書を作成していないが,その理由について,たとえば,共謀の日の点については,後の供述の方に裏付けがあったから,変遷理由を録取しなかったなどと,一応の説明をしているから,北川警部補の証言の信用性を疑うべき点はない。
③ 結論
そもそも,上申書(弁1)や警察官調書(弁2)は,被告人が初めて自白に転じた直後に作成されたごく初期段階の供述であり,いずれも簡単に結論を記載したものにすぎない。ことに,本件保険金殺人の共謀は,最初に,被告人と日野との間で相談がなされた後,日野を介して共犯者が順次増えていき,その方法も徐々に具体化されていったという特徴を有している。したがって,被告人の供述が整理される過程で,その内容が変化し,より正確になったとしても不自然とはいえない。
以上によれば,弁護人が指摘する自白内容の変遷が,その信用性を疑わせる事柄とはいえない。
(3) 当該検察官調書の信用性
翻って,当該検察官調書では,事実経過が,当事者の会話内容にわたるまで,具体的,詳細に供述されており,その内容は,天海及び砂川の供述とも,共通の事実経過については各供述が一致し,個別の体験においては,相互の間に矛盾やそごを来していない。その他の関係者の供述とも,事実経過において一致している。
また,日野が関与を否定しており,雨宮が雨宮上申書等のみを残して死亡していることに照らせば,被告人と日野あるいは被告人と雨宮との具体的なやり取りは,被告人が供述しなければ判明しないところ,そうした状況も克明に供述されている。
さらに,被告人が供述しなければ分からない被告人の内心の状況や一見多義的に見える被告人の行動の意味が,多々説明されている。
その内容は,事実経過に照らして自然で迫真性を備えており,日野の被告人に対する言動も,被告人の言動も,被告人と日野との共謀を前提とすれば合理的な内容である。
5 雨宮上申書等
(1) 雨宮上申書等の内容
雨宮は,上申書を自筆で作成し,自己が被害者を殺害したことのほか,本件保険金殺人には,日野,天海,砂川及び被告人が関与していた旨を述べ,さらには,殺害行為に使用されたけん銃やそのけん銃を捨てた場所を図示したり,具体的な殺害状況などにも言及している。これに対し,翌々日作成された雨宮調書では,共犯者の役割や殺害状況への言及はあるものの,自己が被害者を殺害したことについて直接には触れられていない。
(2) 弁護人の主張
弁護人は,①雨宮の捜査段階における供述調書は,雨宮調書1通しか存在しないばかりか,雨宮自身,その後捜査段階で自ら命を絶っている,②上申書中には,雨宮の家族は保険金殺人に無関係である旨明らかな虚偽が記載されているのは,自分の家族をかばうために,捜査官に迎合して,被告人を共犯者として名指しした疑いがある,③天海や砂川は,被告人を共犯者と認識していないにもかかわらず,雨宮がその事実を知っているのは,いかにも不自然であるなどと指摘をし,雨宮上申書等の信用性のみならず,任意性も否定されるべきであると主張する。
(3) 当裁判所の見解
① しかしながら,警視庁刑事部捜査第1課東山大夫警部補の証言(以下「東山警部補証言」という。)によれば,雨宮への取調べや自白を始めた状況に,問題があったとはいえない。
すなわち,東山警部補は,雨宮が上申書を作成した翌日,自己が殺害を実行したという点を否定したため,雨宮が認める限度で雨宮調書を作成し,その後は,雨宮が作成に応じなくなったため,供述調書を作成しなかったなどと証言しており,同警部補が,雨宮の意に反して取調べを行ったり,供述調書を作成したという節は認められない。
② 弁護人は,雨宮上申書等が作成された以後,同人の供述調書が作成されていないことを捉えて,盛んに問題視するが,供述調書の作成に応じなくなったからといって,直ちに,既になされた供述内容が真実ではなかったとはいえない。また,東山警部補証言によれば,雨宮の供述は,その後も,被告人らが関与しているとの点において動揺を来していたわけではなかったのであるから,雨宮が自ら命を絶ったことを踏まえて考えてみても,供述調書が1通しか作成されていないことが,直ちに雨宮上申書等の任意性等の欠如に繋がるものではない。
③ 次に,家族の点であるが,砂川は,雨宮がその妻に対し,被害者の殺害が保険金目的であることを説明してはいなかったなどと供述している点などからしても,弁護人がいうように明らかな虚偽と断ずることはできないし,東山警部補証言によれば,東山警部補が,被告人の関与を認める供述と引き替えにしたとも認められないから,弁護人の推測に過ぎない。
④ さらに,天海や砂川が被告人を共犯者と認識していなかった点であるが,日野が天海や砂川に被告人の関与を伏せていたこと,被告人も日野の意向に従って他の共犯者に自分の関与を隠していたことなどが認められるのであるから,天海や砂川が,被告人を共犯者として認識していなかったとしても,それほど不自然ではない。
⑤ 以上のとおり,弁護人のその余の主張等を踏まえても,雨宮上申書等について,その任意性に疑いはない。しかしながら,雨宮上申書等は,いわば結論のみを供述する簡潔なもので,弁護人も指摘するとおり,被告人の関与について,それを知った経緯など具体的な記述がない。そうすると,雨宮上申書等の被告人の関与に関する証明力については慎重であるべきで,被告人が共犯者であるとの認定を一定程度支えるに過ぎないというべきである。
第4 共謀等の存否
1 当裁判所の見解
(1) 前記認定した事実経過によれば,平成17年6月10日前後ころ,日野と被告人の間で,本件保険金殺人について共謀が成立し,さらに,同年6月下旬ころ,日野及び雨宮,砂川の間で,同年7月8日ころから同月11日ころの間に,日野と天海の間で,それぞれ本件保険金殺人について共謀が成立し,これによって,順次,共犯者全員について本件保険金殺人について共謀が成立したと評価すべきである。なお,検察官は,同年7月27日ホテルにおいて,被告人と雨宮との間で,本件保険金殺人の共謀が成立した旨主張する。しかしながら,雨宮上申書等から,その共謀を認定するには慎重であるべきことは,既述のとおりである。また,同日の被告人と雨宮との会話内容は,多義的であって,必ずしも共謀の成立を裏付けるものではなく,その他,両者の間の直接謀議を認定するに足りる証拠はない。
(2) 同じく前記認定事実によれば,本件私文書偽造等について,同年11月22日ころ,被告人,日野及び天海の間で,共謀を遂げたというべきであり,被告人自身が文書偽造等における行使の目的を有していたことは,明らかである。
2 弁護人の反論
(1) 弁護人は,天海の供述によれば,フィリピンに旅行する話が出たのは平成17年7月に入ってからのことで,同年6月10日ころには旅行の話は全く出ていないのであるから,同日ころには,フィリピンを舞台とする保険金殺人計画の謀議などできないという。
しかしながら,6月10日ころ,被告人と日野との間でフィリピンの話が出ていたことは上記のとおり明らかであって,後は,どのようにして被害者をフィリピンに連れ出すかという方法の点が残されていただけなのであるから,弁護人の主張は理由がない。
(2) 弁護人は,日野は,被告人との共謀を否定する供述をしている,また,天海と砂川は被告人の共犯者性を終始認識していなかったのであるから,被告人は関与していなかったと認定されるべきであるという。
しかしながら,まず,日野の供述は,信用できる天海及び砂川の各検察官調書や当該検察官調書に反しており,これを信用することができない。
次に,天海及び砂川が,当時,被告人が共犯者であるとの認識を有していなかったと認められることは弁護人指摘のとおりである。
しかしながら,既に判示したとおり,本件では,被告人の謀議は日野との間で行われたもので,天海及び砂川に対しては,被告人が共犯者であることは伏せられていたのであるから,天海らにおいて,その点の認識を欠いていたことが,被告人の共謀の存在を否定する事実とはいえない。
(3) ところで,被告人は,自分や日野の他にも,天海や雨宮が共犯者であることを知っており,自分や日野以外の者が被害者殺害を実行することを前提としていたのであるから,全ての共犯者を具体的に了知していなくとも,少なくとも複数の共犯者が本件保険金殺人に関与していることを了知していたのであるから,順次共謀者全体を共犯者と断じる妨げには何らならないというべきである。この点は,天海や砂川の側から見ても,具体的に被告人が共犯者の一員であることを知らなかったとしても,本件保険金殺人の共犯者が複数人いることを前提としていた事実に動揺を来さないのであるから,共謀の認定に影響を与えない。弁護人のその他の主張や指摘する事実を検討しても,上記の結論を左右するものではない。
(累犯前科)
被告人は,(1)平成6年7月20日東京地方裁判所で詐欺罪により懲役5年に処せられ,平成11年10月7日その刑の執行を受け終わり,(2)その後犯した傷害罪により平成12年6月6日東京地方裁判所で懲役10月に処せられ,平成13年3月9日その刑の執行を受け終わったものであって,これらの事実は,検察事務官作成の前科調書(Ⅰ乙19)及び上記各前科に係る判決書謄本(Ⅰ乙20,21)によって認める。
(法令の適用)
被告人の判示第1の1及び2,同第2の1及び2の各所為は,いずれもそれぞれ包括して刑法60条,246条1項に,判示第3の1の所為は,刑法60条,199条に,同第3の2の所為は,刑法60条,250条,246条1項に,判示第4の所為中,有印私文書偽造の点は,刑法60条,159条1項に,同行使の点は,刑法60条,161条1項,159条1項にそれぞれ該当するところ,判示第4の有印私文書偽造と同行使との間には手段結果の関係があるので,刑法54条1項後段,10条により1罪として犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断することとし,判示第3の1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,被告人には前記の各前科があるので,判示第1の1及び2の各罪は前記(1)(2)の各前科との関係で3犯であるから,刑法59条,56条1項,57条により,また判示第2の1及び2,第3の1及び2,第4の各罪は前記(2)の前科との関係で再犯であるから,同法56条1項,57条によりそれぞれ累犯の加重をし(同第3の1の罪の刑については同法14条2項の制限内で),以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により法定の加重をすることとするが,平成16年法律第156号の施行前に犯したものと施行後に犯したものがある場合で,これらの罪のうち同法の施行後に犯したもののみについて同法による改正後の刑法14条の規定を適用して処断することとした場合の刑が,これらの罪のすべてについてその改正前の刑法14条の規定を適用して処断することとした場合の刑より重い刑となるときであるから,平成16年法律第156号附則4条ただし書により,同法の施行後に犯したもののうち最も重い判示第3の1の罪の刑に刑法14条2項の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役25年に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中400日をその刑に算入し,訴訟費用は刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,共犯者である日野,天海,砂川及び雨宮と共謀の上,保険金目的で被害者を殺害しようと企て,被害者に,日野が代表取締役を務めるA地所を保険金受取人に指定させて海外旅行傷害保険契約を締結させた上,社員旅行を装ってフィリピン共和国に連れて行き,同国において,被害者を殺害したが,保険会社に被害者殺害の疑いを抱かれて,死亡保険金等の詐取は未遂に終わったという殺人及び詐欺未遂(判示第3の1,2。すなわち,本件保険金殺人),本件保険金殺人に関連して,日野及び天海と共謀して行った有印私文書偽造,同行使(同第4。すなわち,本件私文書偽造等),日野,天海及び雨宮ら各共犯者と共謀の上,虚偽の交通事故を作出し,自動車保険契約に基づく保険金を騙し取った詐欺4件(同第1の1,2,同第2の1,2。すなわち,本件自動車保険金詐欺)から成る事案である。
2 被告人及び天海は,日野のワンマン会社であるA地所の従業員として同人の下で働いていた者,雨宮及び砂川は,日野の知人で,その誘いに応じてA地所に出入りする者であったが,A地所は,不動産会社とはいうものの,その実態は,日野を中心に,会社ぐるみで,違法行為によって会社の経費や従業員の給料,遊興費等を調達しており,本件自動車保険金詐欺は,その一環として行われたもので,被告人もこうしたA地所の実態を十分に知っていた。
そして,本件保険金殺人は,日野が,更なる大金の取得を目論み,遂に,他人の生命を犠牲にして一攫千金を狙うという人命を一顧だにしない冷酷な犯行に行き着き,被告人も,日野に持ちかけられ,分け前を目当てに加わったものであって,その安易で身勝手な動機,経緯に酌むべき点はない。
3 本件保険金殺人の計画は,日野において,海外ならば警察力も弱く発覚しにくいだろうなどと安易に考え,フィリピンで殺害を行うこととし,A地所の従業員の中から,存在感が薄く,頻繁に同国に渡航するなどしていた被害者であれば,社員旅行名目で同国に連れ出すことも容易であるなどとして,同人を標的とし,被告人を皮切りに各共犯者と順次共謀して引き込み,謀議を重ねて計画を具体化させ,巧みに被害者にA地所を受取人と指定させて海外旅行傷害保険契約を締結させ,事前にフィリピンに赴いて殺し屋を手配するなどの準備を整える者,同国において被害者の行動を監視し,日本に残る日野との連絡役となる者,被害者を殺害現場までおびき出し,その殺害を見届ける者,けん銃を調達する者,殺害を実行する者などと役割を分担し,一旦は,殺害に失敗したにもかかわらず,断念せず,滞在期間及び保険期間を延長し,計画を練り直し,準備を整えて,被害者を殺害するに及んだものである。そして,被害者殺害後は,遺族から保険金請求等に必要な書類を集めたり,保険会社の調査に対応するために口裏合わせをしたり,フィリピンの捜査当局から有利な書面を入手すべく画策したり,保険金の詐取に向け,共犯者らが一致協力している。
このように,本件保険金殺人は,日野の首謀,主導の下,強固な犯意に基づき,周到に計画された組織的で巧妙な犯行である。
4 被害者殺害の態様は,夜間,口実を設けて人通りの少ない路上におびき出し,無警戒の被害者に対し,いきなり至近距離からその後頸部に発砲して即死させたもので,非情かつ卑劣であり,凶悪,残酷で悪質極まりない。
被害者の尊い人命が奪われた結果の重大性はいうまでもない。被害者には,保険金目的で殺害されなければならないような落ち度はなく,同僚や知人らに裏切られ,未成年の子供達を残し,いまだ壮年で,突然射殺された苦痛や無念の程は察するに余りある。遺族の悲憤は深く,被告人を含め,本件犯行に関与した者らに対し,峻烈な処罰感情を有しているのも当然である。
また,保険金目的の殺人とこれと一体となった保険金の詐欺未遂という凶悪な犯行が与えた社会的影響も看過することはできない。
5 本件保険金殺人の一連の犯行の中で,被告人は,最初に,日野から,保険金殺人の計画を持ちかけられ,分け前を目的として参加することとし,日野の相談に乗って,殺害候補地として佐渡島やフィリピンを提案したり,日野と呼吸を合わせて,被害者が保険金受取人にA地所を指定するように仕向けたり,日本に残る日野との連絡役や現地での被害者の監視役を引き受け,A地所の従業員として,社員旅行を装い,被害者をフィリピンに連れ出し,殺害の失敗を知りながら,延泊手続を手助けし,雨宮ら共犯者が殺害を完遂することを期待しつつ先に帰国し,被害者殺害後は,保険金請求のために奔走する日野と行動を共にし,当初の目論見よりも保険金の支払に時間を要する事態となるや,つなぎの資金等を他からの融資で得ようと考えた日野らと共謀して,本件私文書偽造等の犯行にも及んだ。そして,被告人は,これら一連の犯行に関して,日野から,20万円を受領するなどしたものである。
このように,被告人は,金銭目的で本件保険金殺人に参加し,日野が被告人の関与を他の共犯者に伏せていたことから,自己の手は汚さずに,甘い汁を吸おうと考え,表面には出ずに,重要な役割を積極的に果たし,狡猾で卑劣でもある。
6 加えて,被告人は,本件自動車保険金詐欺にも参加している。本件自動車保険金詐欺は,2回にわたり,共犯者らが加害車両と被害車両を装った車両2台に分乗して虚偽の交通事故を作出し,対人賠償保険金と搭乗者傷害保険金を騙し取ったもので,計画的かつ組織的で悪質な犯行であり,被害額は合計2300万円余りと多額である。被告人は,いずれの犯行においても,被害者役を務め,保険金を請求するなど,重要かつ不可欠な役割を果たし,相応の分け前を取得している。
7 しかるに,被告人は,本件自動車保険金詐欺については,事実を認めるものの,本件保険金殺人及び本件私文書偽造等については,起訴後,捜査段階での態度を翻して否認に転じており,反省の態度に乏しいといわざるを得ない。しかも,被告人は,前記の累犯前科を有していながら,本件自動車保険金詐欺,更には本件保険金殺人,本件私文書偽造等と犯行を重ねているのであって,規範意識の欠如は明らかである。
8 ところで,検察官は,被告人は,主犯である日野に次ぐ,いわば黒幕的人物で準主犯ともいうべき立場にあったと主張する。
(1) 検察官が指摘するとおり,被告人は,日野の最初の相談相手として,当初から計画に参加し,被害者を保険金目的でフィリピンで殺害し,保険金を詐取するという計画の大枠の決定に関与していること,他の共犯者には被告人の存在が伏せられ,被告人には自らの手を汚さずに分け前を取得したいとの思惑があったこと,被害者に保険金受取人をA地所と指定させるに当たって重要な役割を演じていること,日野から指示された監視役や連絡役を相応に果たしていたこと,先に帰国する際には,共犯者が殺害を完遂することを期待していたこと,被害者殺害後は,保険金の詐取に向けて日野と行動を共にしていたこと,本件私文書偽造等にも関わっていることなど,被告人にとって本件保険金殺人に深く関わっていた事情が多々あることは否めない事実である。
こうした事情に照らせば,被告人は,本件保険金殺人の計画段階から,一連の犯行全体に終始関わり,重要な役割を果たしていたものであって,被害者殺害に直接ないし密接に結び付くような行為等を行ってはいないものの,その刑事責任には相応のものがあるといわざるを得ない。
(2) しかしながら,被告人が当初から計画の大枠の決定に関与したとはいえ,日野から計画を持ちかけられ,それに賛同したというにすぎない。その後,他の共犯者を選定して引き入れ,役割を割り当て,各共犯者との間で具体的な計画を練り上げ,各共犯者に指示していたのは,本件の首謀者である日野であり,被告人は,そこには関与しておらず,計画の全容を知らされてはいない。また,滞在期間を伸ばしてでも被害者殺害を行うようにとの日野の重要かつ根本的な指示は,天海を介してなされている。さらに,被告人の関与が他の共犯者に伏せられていたのも,日野の考えであるし,被告人の保険金の詐取に向けての行動も,日野の意向に沿ったにすぎない。被告人自身,より多くの分け前を期待していた様子が伺えるものの,その分け前の具体的な額は,日野が自ら決定し,被告人は自己の取り分の決定に関与していないし,被告人が手にした金額も他の共犯者らに比し決して多い額ではない。
(3) そうすると,被告人は,首謀者である日野の計画に従って,その役割を果たしていたものであり,その点において,他の共犯者と質的な差異はなく,被告人を準主犯と認めることはできず,検察官の主張には与しない。
9 以上縷々述べてきたような諸事情に鑑みると,被告人の本件各犯行に関わった刑事責任は重大であって相当の責任を果たさなければならない。一方,本件保険金殺人及び本件自動車保険金詐欺は,いずれも日野が首謀,主導者であり,被告人は日野に追従する者にすぎないこと,本件保険金殺人のうち,保険金の詐欺については未遂に終わっていること,被告人は,本件自動車保険金詐欺は認めて謝罪の気持ちを表していること,本件自動車保険金詐欺につき他の共犯者により相当額の被害弁償がなされていること,老齢の父親がいることなど,被告人にとって酌むべき事情もあるので,これらを斟酌の上,他の共犯者との刑の均衡にも思いを致し,被告人に対しては,主文の刑が相当であると判断した次第である。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙木順子 裁判官 松田道別 裁判官 平野貴之)
別表1?4<省略>