東京地方裁判所 平成18年(行ウ)63号 判決 2006年9月15日
主文
1 本件訴えのうち,東京入国管理局長が原告aに対して平成17年8月16日付けでした在留資格認定証明書交付申請不交付処分の取消しを求める原告らの請求に係る部分をいずれも却下する。
2 本件訴えのうち,東京入国管理局長が原告bに対して平成17年8月16日付けでした在留資格認定証明書交付申請不交付処分の取消しを求める原告aの請求に係る部分を却下する。
3 原告bのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 東京入国管理局長が原告bに対して平成17年8月16日付けでした在留資格認定証明書交付申請不交付処分を取り消す。
2 東京入国管理局長が原告aに対して平成17年8月16日付けでした在留資格認定証明書交付申請不交付処分を取り消す。
第2事案の概要
1 事案の骨子
本件は,イラン・イスラム共和国(以下「イラン」という。)の国籍を有する男性である原告b及びその妻であるブラジル連邦共和国(以下「ブラジル」という。)の国籍を有する原告a(以下,原告bと併せて「原告ら」という。)が,出入国管理及び難民認定法(以下「出入国法」という。)7条の2に基づく在留資格認定証明書交付申請(以下「本件申請」という。)をしたところ,法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長からこれを不交付とする旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,本件処分を原告bに対する処分及び原告aに対する処分であると解した上,本件処分が違法であると主張して,それらの取消しを求める事案である。
2 前提事実
本件の前提となる事実は,次のとおりである。証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実等は,その旨付記した。その余の事実は,当事者間に争いがない。
(1) 原告らの身分事項及び入国状況等
ア 原告bは,イラン国籍を有する外国人の男性である。(乙1,2)
イ 原告aは,ブラジル国籍を有する外国人の女性であり,原告bの配偶者である。(乙3,8,9)
ウ cは,イラン国籍を有する原告らの子である。(乙4,弁論の全趣旨)
エ 原告bは,平成3年11月18日,新東京国際空港(以下「成田空港」という。)に到着し,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田支局入国審査官から,在留資格「短期滞在」及び在留期間「90日」とする上陸許可を受けて,本邦に上陸し,在留期限である同4年2月16日を超えて本邦に不法に残留した。(乙1,2)
(2) 原告bの退去強制手続等
ア 原告bは,平成9年10月2日に現行犯逮捕され,同年12月5日に長野地方裁判所伊那支部において出入国法違反の罪により○執行猶予○年の判決を受け,同判決は,同月20日に確定した。(乙12,20)
イ 東京入管入国警備官は,原告bに関する違反調査を行った結果,同人が出入国法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け,平成9年12月5日,同令書を執行して同人を東京入管収容場に収容し,同人を同号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。(乙13ないし15,弁論の全趣旨)
ウ 東京入管入国審査官は,平成9年12月8日,原告bに関する違反審査を実施し,同人が出入国法24条4号ロ(不法残留)に該当する旨の認定を行い,同人にこれを通知した。原告bは,同日,上記認定に服し,口頭審理の請求を放棄した。(乙16ないし18,弁論の全趣旨)
エ 東京入管主任審査官は,平成9年12月8日,原告bに対する退去強制令書を発付し,同人は,同月18日,退去強制令書の執行を受け,イランへ向け強制送還された。(乙2,19)
(3) 本件申請及び本件処分
本件申請は,原告bの氏名等を記載し,「申請人又は代理人」欄に原告aの氏名等を記載した平成17年4月21日付けの在留資格認定証明書交付申請書を提出してされた。これに対し,東京入管局長は,同年8月16日,本件処分をしてこれを原告aに通知した。(甲1,乙5)
(4) 本件訴えの提起
原告らは,平成18年2月14日,本件処分の取消しを求める訴えを提起した。(当裁判所に顕著な事実)
3 争点
(1) 本件処分は原告aに対する処分を含むものか。
(2) 原告aは本件処分の取消しを求める訴えの原告適格を有するか。
(3) 本件処分は適法か。
4 当事者の主張の要旨
(1) 争点(1)について
(原告らの主張)
本件処分は,原告aに対する処分を含むものである。
確かに,本件処分の名あて人は原告bであるが,名あて人のみをもって処分の対象が決定されるものではない。
(被告の主張)
本件申請の申請者及び本件処分の名あて人はいずれも原告bであって,原告aではないから,本件処分は原告aに対する処分ではなく,原告aに対する処分は存在しない。
(2) 争点(2)について
(原告らの主張)
出入国法の目的は,「公正な管理」(1条)にあるのであるから,単に「管理」するだけではなく,在留資格認定証明書交付申請に関する処分に際して「公正な」判断をしなければならない。すなわち,出入国法は,文字どおり公平で正義に基づく人権及び人道に配慮した執行をしなければならないことを明記しているのである。
また,原告aが,出入国法7条の2第2項,出入国管理及び難民認定法施行規則(以下「出入国法施行規則」という。)6条の2第3項,別表第四の定住者の項の下欄所定の「本邦に居住する本人の親族」に当たり,代理人として認められていることからも,出入国法及び出入国法施行規則は,家族が同居するという利益を保護するという趣旨を含んでいると解する余地もある。
さらに,在留資格認定証明書交付申請不交付処分が出入国法に違反してされた場合に「家族全員そろって幸せに生活する」という利益が害される程度が甚だしいことを考慮すると,在留資格認定証明書交付申請不交付処分においては,憲法24条1項で保障される家族同居の利益が考慮されるべきである。
以上の諸点をすべて考慮するならば,原告aは,本件処分により,自己の権利又は法律上保護された利益,すなわち,家族同居の権利(憲法24条1項)や子に対する共同親権(民法818条3項本文)を行使する重要な法益などを直接に侵害され,それらの被害回復が絶望的な状況に置かれている。
したがって,原告aは,本件処分の取消しを求める訴えの原告適格を有すると認められるべきである。
(被告の主張)
出入国法1条が規定する「出入国の公正な管理」とは,日本国と日本国民の利益の保持を目的として行われる外国人の出入国管理の実施に当たっては,法律に定める外国人の受入方針に基づき,外国人の人権に配慮した適正な手続により行わなければならないという意味であるところ,同条が「第1章総則」中に規定されており,具体的な出入国管理の手続については,第2章以下に規定が設けられていることに照らすと,同条は,出入国法の原理及び理念を掲げたものにすぎず,法律上,本邦に在留する外国人の種々の具体的な権利又は利益について規定したものではない。
そして,在留資格認定証明書交付申請の代理人として,「本邦に居住する本人の親族」が規定されている趣旨は,本邦に上陸しようとする外国人本人が通常外国にいることを考慮し,その便宜を図るため,外国人を受け入れようとする本邦の機関の職員その他の法務省令で定める者を代理人として申請することが認められているにすぎず,代理人固有の権利又は利益を保護したものではない。
そのほか,本邦に上陸しようとする外国人の配偶者であって,本邦に在留する外国人に関して,家族としての同居の利益を保護すべきものとする趣旨を含むと解される法の規定やこれと目的を同じくする関係法令の規定は存在せず,出入国法7条の2に基づく在留資格認定証明書交付申請不交付処分の関係法条が,本邦に在留する外国人に関して,家族としての同居の利益を保護すべきものとする趣旨を含むと解すべき根拠はない。
さらに,行政事件訴訟法9条2項に掲げられた各事項を十分に参酌し,又は勘案しても,本邦に上陸しようとする外国人の配偶者であって,本邦に在留する外国人が,同条1項に規定する「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」に該当するとは考えられない。
したがって,本邦に上陸しようとする外国人の配偶者であって,本邦に在留する外国人が,出入国法7条の2に基づく在留資格認定証明書交付申請不交付処分の取消しを求める訴えにつき,原告適格を有するということはできない。
(3) 争点(3)について
(原告らの主張)
ア 原告bは,平成9年12月に○,執行猶予○年の刑の言渡しを受けているが,刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく執行猶予期間の○年が経過している。したがって,同原告は,出入国法5条1項4号の「刑に処せられた者」に該当しない。
イ(ア) 仮に,原告bが出入国法5条1項4号の「刑に処せられた者」に当たり,上陸拒否事由に該当するとしても,法務大臣ないし入国管理局長はそのすべての事例について入国を拒否できるものではなく,入国を拒否することができるのは,個別の事情を考慮した結果,我が国に害悪を及ぼすおそれのある外国人の入国を拒否するという同号の趣旨に合致する場合に限られるものと解される。
(イ) そして,原告bは,刑の言渡しの後,執行猶予期間である○年が経過し,その猶予期間満了時から更に○年以上という長期間が経過して現在に至っている。したがって,8年以上も前の当該刑の言渡しを基に同原告の上陸を拒否する実質的意味はなく,本件処分は法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱した違法な処分というべきである。
(ウ) 原告bが本邦に長期間入国できないことにより,原告ら及びcは十分な苦痛や不利益を受けているのであり,人道的見地からみても,本件処分を許容することはできない。
(エ) cにとって,父親である原告bと一緒に暮らすことが必要であり,また,経済的にも原告aの収入だけでは生活が苦しく,原告bの力が必要である。さらに,原告らが共に暮らすことは憲法24条1項により保障されている。
(オ) 児童の権利に関する条約(以下「児童権利条約」という。)3条1項は,「児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と規定しているところ,cにとっての「最善の利益」とは,本邦において,原告らの下で健康な生活を送ることである。本件処分は,「児童の最善の利益が主として考慮される」べきものとする同項に反する措置である。
また,経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「A規約」という。)10条1項は,人権の保障はその個人の家族の保護にまで及ばなければ十分とはいえないことにかんがみて,家族それ自体が社会及び国による保護を受ける権利を享有することを規定し,家族離散の防止を求めており,特に「扶養児童の養育及び教育」について国家による保護及び援助が必要であることを強調している。cは,上記「扶養児童」に当たるということができ,その養育及び教育について,我が国は原告らを通じて積極的に保護し,又は援助する義務がある。
さらに,市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)23条1項は,「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」と規定しているところ,親子を離れ離れにすることは同項に反するものである。
(被告の主張)
ア 在留資格認定証明書は,本邦に上陸しようとする外国人の本邦において行おうとする活動が出入国法7条1項2号に規定する上陸のための条件に適合しているかどうかについて,法務大臣が事前に審査を行い,審査の結果この条件に適合すると認められる場合に交付されるものであり,上陸申請に係る外国人の提出資料に基づく上記条件適合性の立証が不十分であるため法務大臣が在留資格に係る上陸のための条件に適合すると認定できないときには,同証明書は交付されない。また,これらの条件を具備していても,出入国法7条所定のほかの上陸の条件に適合しないことが明らかである時には交付しないことができる(出入国法施行規則6条の2第5項ただし書)。もとより,在留資格認定証明書は,当該外国人が出入国法7条1項2号に規定する在留資格に係る条件に適合していることを証明するものであって,同項に規定するほかの上陸のための条件に適合していることを証明するものではない。しかし,同号の在留資格認定証明書制度は,入国審査官が上陸審査を行うことを前提として,入国審査手続の簡易迅速化と効率化を図ることを目的としたものであるから,申請を行った外国人が,同項1号,3号又は4号に掲げる条件に適合しないことが明らかとなり,上陸の申請をしたとしても,上陸が許可される見込みがないという場合には,同項2号に規定する条件が立証されて在留資格認定証明書が交付されたとしても,結局のところ,在留資格認定証明書が無意味となるだけでなく,上陸審査が混乱して,入国審査手続の簡易迅速化と効率化に資するところがないか,むしろ反することになる。さらに,同項4号に掲げる条件に適合しないことが明らかである場合には,その者に対しては査証が発給されないことが予想されるのであって,このような場合に在留資格認定証明書を交付することは,同証明書制度の目的に照らして何らの必要性もなく,かえってこれを本来予定した目的以外に悪用される危険性も否定し得ないのである。
以上のとおり,外国人が在留資格認定証明書の交付申請を行い,本邦において行おうとする活動が同項2号に規定する上陸のための条件を具備する場合であっても,同条所定のほかの上陸の条件に適合しないことが明らかであるときには交付されないところ,原告bは,平成9年12月5日に出入国法70条1項5号の罪で,○,執行猶予○年とする有罪判決を受け,同判決は,同月20日に確定しているので,出入国法5条1項4号所定の上陸拒否事由に該当する。
イ 出入国法5条1項4号にいう「刑に処せられた」とは,歴史的事実として刑に処せられたことをいう。刑の確定があれば足り,刑の執行を受けたか否か,刑の執行を終えているか否かを問わない。これは,出入国法がある外国人が反社会的行為を行ったという過去の事実を重視し,かような過去の反社会的行為はその者の反社会性を如実に徴表するものとして,これを一律に上陸拒否事由としたことによるものである。そして,原告bは,平成9年12月5日に出入国法70条1項5号の罪で,○,執行猶予○年とする有罪判決を受け,同判決は,同月20日に確定しているのであるから,同人は,出入国法5条1項4号に定める「刑に処せられた者」に該当する。
ウ 本邦に上陸しようとする外国人は,その者が上陸しようとする出入国港において,上陸の申請をして,上陸のための審査を受けなければならない。そして,出入国法7条1項2号の在留資格認定証明書制度は,入国審査官が上陸審査を行うことを前提として,入国審査手続の簡易迅速化と効率化を図ることを目的としたものであるところ,同項4号の定める上陸条件に適合しない外国人について,在留資格認定証明書を交付しないこととしても,それによって当該外国人が上陸審査手続を受け,上陸特別許可を受ける機会を奪われるという関係にはない。このことは,在留資格認定証明書が,外国人が査証の発給を受けるための不可欠の文書ではなく,同証明書の交付がなくとも,直接査証の発給を申請することが可能であることに照らしても,明らかである。もとより,当該外国人が同号の定める上陸のための条件に適合しない場合には,一般に査証は発給されず,結局,その外国人は本邦に渡航し上陸審査を受けることはできないが,そのことと在留資格認定証明書の有無とは何ら関係がない。
これを本件についてみると,原告bが,本件処分により在留資格認定証明書の交付を受けなかったことは事実であるが,上陸しようとする出入国港において上陸の申請をして,上陸のための審査を受けた事実はない。在留資格認定証明書が交付されなかった場合においても,外国人は,査証の申請を行い,査証の発給を受けることもでき,上陸しようとする出入国港において,上陸の申請をして,上陸のための審査を受けることも可能であるから,本件処分により,原告bが,本邦への上陸を拒否されたものではない。原告らは,本件処分に伴う東京入管局長の裁量権の逸脱又は濫用,入国を拒否したことに伴う裁量権の逸脱又は濫用を主張するが,在留資格認定証明書の不交付と,上陸のための審査における法務大臣の裁決及び主任審査官の退去命令とを同一視したものであり失当である。
仮にこの点をおくとしても,東京入管局長は,原告bが出入国法7条1項4号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるから本件処分をしたのであり,本件処分に裁量権の逸脱又は濫用はない。
エ 憲法24条1項は,外国人が我が国に入国することについては何ら規定していない上,国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別な条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付すかを当該国家が自由に決定できるものとされていること,更にはB規約には外国人が自由に入国する権利を有することを定めた規定は存在せず,B規約においても,外国人の入国の自由は保障されていないというべきであることも考慮すれば,本邦に在留する外国人の配偶者をもって,当然に本邦において当該配偶者との同居が保障されているかのような原告らの主張は失当である。そして,児童権利条約9条4項も,父母の一方若しくは双方又は児童の退去強制の措置に基づき父母と児童が分離されることのあることを予定していることからも明らかなように,上記国際慣習法上の原則を前提とし,その原則を基本的に変更するものとは解されない。また,A規約は,方針規定としての性格が強く,個人に対して即時に具体的な権利を付与すべきことを定めたものではないと解すべきであるから,A規約に基づく原告らの主張には理由がない。
第3争点に対する判断
1 認定事実
前記前提事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨(各事実の後に付記する。)によると,以下の事実を認めることができる。
(1) 原告らの身分事項及び入国状況等
ア(ア) 原告bは,イラン国籍を有する外国人の男性である。(前記前提事実)
(イ) 原告bは,平成3年11月18日,成田空港に到着し,東京入管成田支局入国審査官から,在留資格「短期滞在」及び在留期間「90日」とする上陸許可を受けて,本邦に上陸し,在留期限である同4年2月16日を超えて本邦に不法に残留した。(前記前提事実)
イ(ア) 原告aは,ブラジル国籍を有する外国人の女性である。(前記前提事実)
(イ) 原告aは,平成8年6月27日に成田空港に到着し,東京入管成田支局入国審査官から在留資格「短期滞在」及び在留期間「90日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸し,同年10月8日に在留資格「定住者」及び在留期間「1年」とする在留資格の変更を受けた。(乙3)
(2) 原告bの退去強制手続等について
ア 原告bは,平成9年10月2日に現行犯逮捕され,同年12月5日に長野地方裁判所伊那支部において出入国法違反の罪により○執行猶予○年の判決を受け,同判決は,同月20日に確定した。(前記前提事実)
イ 東京入管入国警備官は,原告bに関する違反調査を行った結果,原告が出入国法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け,平成9年12月5日,同令書を執行して原告bを東京入管収容場に収容し,同人を同号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。(前記前提事実)
ウ 東京入管入国審査官は,平成9年12月8日,原告bに関する違反審査を実施し,同人が出入国法24条4号ロ(不法残留)に該当する旨の認定を行い,同人にこれを通知した。原告bは,同日,上記認定に服し,口頭審理の請求を放棄した。(前記前提事実)
エ 東京入管主任審査官は,平成9年12月8日,原告bに対する退去強制令書を発付し,同人は,同月18日,退去強制令書の執行を受け,イランへ向け強制送還された。(前記前提事実)
(3) 原告らの婚姻等
ア 原告aは,平成10年2月26日に再入国の許可を受けて出国し,原告b及び原告aは,同年7月6日,イランのテヘラン市の役場に婚姻届を提出した。(乙9)
イ cは,平成▲年▲月▲日,原告b及び原告aの子としてイランのテヘラン市において出生した。cは,イラン国籍を有する女児である。(乙4,24)
(4) 原告a及びcの入国
原告a及びcは,平成16年5月6日,成田空港に到着し,東京入管成田支局入国審査官から,それぞれ在留資格「定住者」及び在留期間「3年」とする上陸許可を受けて,本邦に上陸した。(乙3,4)
(5) 本件申請
原告bは,東京入管局長に対し,平成17年4月21日,原告bが「定住者」の在留資格を有する原告aの配偶者であることを理由に,在留資格を「定住者」とする在留資格認定証明書の交付を求める本件申請をした。本件申請に係る申請書には,申請者の「氏名」欄には原告bの氏名が記載されており,「申請人又は代理人」欄の「氏名」欄には原告aの氏名が記載され,「本人との関係」欄には「WIFE」と記載されており,「申請人(代理人)の署名」欄には原告aの署名が記載されている。(前記前提事実,乙5)
(6) 本件処分
法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成17年8月16日付けで本件処分をした。本件処分の通知書には,原告bの国籍及び氏名が記載され,「あなたの(上記の者に係る)在留資格認定証明書交付申請については,下記理由により不交付と決定したので,通知します。」,「本邦に上陸しようとする外国人は,出入国管理及び難民認定法第5条第1項に定める上陸拒否事由に該当しています。」との処分理由が記載されている。そして,当該通知書は,原告aあてとされている。(前記前提事実,甲1)
(7) 本件訴えの提起
原告らは,平成18年2月14日,本件処分の取消しを求める本件訴えを提起した。(前記前提事実)
2 争点(1)について
(1)ア 出入国法7条の2第1項は,「法務大臣は、法務省令で定めるところにより、本邦に上陸しようとする外国人(本邦において別表第一の三の表の短期滞在の項の下欄に掲げる活動を行おうとする者を除く。)から、あらかじめ申請があつたときは、当該外国人が前条第1項第2号に掲げる条件に適合している旨の証明書を交付することができる。」と規定し,同条2項は,「前項の申請は、当該外国人を受け入れようとする機関の職員その他の法務省令で定める者を代理人としてこれをすることができる。」と規定している。
イ 本邦に上陸しようとする外国人は,その上陸しようとする出入国港において入国審査官に対し上陸の申請をし,出入国法7条1項各号所定の上陸のための条件に適合することを自ら立証しなければならないところ,同項2号所定の条件に適合することについては,出入国港において短時間で立証することは必ずしも容易ではない。そこで,入国審査手続の簡易迅速化及び効率化を図るため,本邦に上陸しようとする外国人からあらかじめ申請があったときは,法務大臣が当該外国人が同号所定の条件に適合するか否かを審査し,適合していると認める場合にその旨の証明書を交付する制度として,上記在留資格認定証明書制度が設けられているものと解することができる。そして,出入国法7条の2第2項は,在留資格認定証明書の交付申請をする当該外国人は外国にいるのが通常であることから,当該外国人の手続上の便宜のため,当該外国人を受け入れようとする機関の職員その他法務省令で定める者を代理人として上記申請をすることを認めたものと解することができる。
ウ このように,出入国法7条の2第1項が「本邦に上陸しようとする外国人(…(略)…)から、あらかじめ申請があつたとき」と規定し,同条2項が「前項の申請は、…(略)…代理人としてこれをすることができる」と規定していること,及び同項の上記趣旨からすると,在留資格認定証明書の交付申請者は本邦に上陸しようとする外国人であり,当該申請に対する処分は当該外国人に対するものであることは明らかであって,当該外国人の代理人が申請者であり処分の対象者であるということはできない。
(2) 前記認定事実(5)及び(6)からすると,本件申請に係る申請者は本邦に上陸しようとする外国人である原告bであり,原告aは原告bの代理人にすぎないというべきであるから,本件申請に対する処分である本件処分は当該外国人である原告bに対するものであって,原告aに対するものではないといわざるを得ない。
(3) したがって,本件訴えのうち,本件処分が原告aに対する処分であることを前提としてその取消しを求める原告らの請求に係る部分は,取消しの対象である処分を欠く点において不適法なものである。
3 争点(2)について
(1) 行政事件訴訟法9条は取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮すべきであり,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項参照)(以上につき,最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。
(2)ア 以上を前提に,出入国法7条の2第1項に基づく在留資格認定証明書交付申請不交付処分の取消訴訟につき,当該処分の対象者の配偶者である者が原告適格を有するか否かについて検討する。
イ(ア) 原告らは,出入国法7条の2第2項及び出入国法施行規則6条の2第3項別表第四が配偶者を在留資格認定証明書交付申請の代理人として認めていることから,出入国法及び出入国法施行規則は家族が同居するという利益を保護するという趣旨を含んでいるとして,在留資格認定証明書交付申請不交付処分の対象者の配偶者にも当該処分の取消しを求める訴えにつき法律上保護された利益があると主張する。
(イ) しかし,前記2(1)イによると,本件申請に対する在留資格認定証明書の交付処分あるいは不交付処分は,外国人の上陸を許可するか否かを決めるに当たって適合の有無を審査しなければならないとされている条件のうち,出入国法7条1項2号に掲げる条件,すなわち,本邦において行おうとする活動が,虚偽のものでなく,出入国法別表第二の表のうち在留資格「定住者」の下欄に掲げる身分又は地位(ただし,同号により,法務大臣が「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の規定に基づき同法別表第二の定住者の項の下欄に掲げる地位を定める件」(平成2年法務省告示第132号)をもって定めるものに限られる。)を有する者としての活動に該当するかどうかを審査した結果される処分ということができる。
そして,憲法22条1項は日本国内における居住及び移転の自由を保障するにとどまっており,憲法は,外国人の日本へ入国する権利や在留する権利等について何ら規定しておらず,日本への入国又は在留を許容すべきことを義務付けている条項は存在しない。このことは,国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別な条約がない限り,外国人を受け入れるかどうか,受け入れる場合にいかなる条件を付するかについては,当該国家が自由に決定することができるとされていることと考えを同じくするものと解される。したがって,憲法上,外国人は,日本に入国する自由が保障されていないことはもとより,在留する権利ないし引き続き在留することを要求する権利を保障されているということはできない。このように外国人の入国及び在留の許否は国家が自由に決定することができるのであるから,我が国に在留する外国人は,出入国法に基づく外国人在留制度の枠内においてのみ憲法に規定される基本的人権の保障が与えられているものと解するのが相当である(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁,最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁参照)。そして,出入国法7条は,憲法の上記の趣旨を前提として,外国人に対し原則として一定の期間を限り特定の資格により我が国への上陸又は在留を許すものとしているものと解される。
このような外国人の本邦への入国及び在留の法的位置付け並びに出入国法1条の趣旨を加えて検討すると,出入国法7条1項2号の定める,「活動が虚偽のものでなく」,「別表第二の下欄に掲げる活動(…(略)…)に該当」「すること」という各要件は,外国人の入国及び在留が,真実,在留資格を認め得る所定の活動をするためのものか否かを判断するとともに,この申請をした外国人の法的地位をあらかじめ明らかにする目的のために,設けられた要件と解される。
出入国法7条1項2号がこのような内容,趣旨又は目的の規定であることからすると,本件申請は代理人によるものであるが,同号が,本件申請の許否を決するに当たって,代理人が処分によって受ける利害についても考慮の対象とし,又は,同号にいう「その他の事情」に代理人の利害が含まれていると解することはできない。そして,このことは,本件申請の代理人が本件申請をした者の配偶者であっても,同様である。
(ウ) また,前述のとおり,出入国法7条の2第2項は,在留資格認定証明書の交付申請をする外国人は外国にいるのが通常であることから,当該外国人の手続上の便宜のため,当該外国人を受け入れようとする機関の職員その他法務省令で定める者を代理人として申請をすることを認めたものと解することができるが,そうであるとすると,同項及び出入国法施行規則6条の2第3項が代理人の範囲をその外国人を受け入れようとする機関の職員等一定の者に限定しているのも,本邦にいない外国人に便宜を図る趣旨と手続を適正に行う要請を考慮して,代理人となり得る者の範囲を定めたものと解するのが相当である。したがって,出入国法7条の2第2項及び出入国法施行規則6条の2第3項が,在留資格認定証明書を交付する旨の処分によってその代理人が受ける利益をその代理人の個有の利益として保護しようとしていると認めることはできない。
(エ) 以上によれば,出入国法7条の2第2項及び出入国法施行規則6条の2第3項の規定をもって,在留資格認定証明書不交付処分の対象者の配偶者の権利及び利益を保護する趣旨を含む規定と解することはできない。
ウ また,原告らは,外国人である配偶者については出入国法2条の2所定の「家族滞在」あるいは「定住者」として在留資格が認められているとして,当該規定を根拠に在留資格認定証明書交付申請不交付処分の対象者の配偶者にも当該処分の取消しを求める法律上保護された利益があると主張しているものと解される。しかし,出入国法2条の2第2項及び7条1項2号によると,出入国法は,個々の外国人が我が国において行おうとする活動に着目し,一定の活動を行おうとする者のみに対してその活動内容に応じた在留資格を取得させ,我が国への上陸及び在留を認めることとしているのであり(最高裁平成11年(行ヒ)第46号同14年10月17日第一小法廷判決・民集56巻8号1823頁参照),出入国法2条の2所定の在留資格は,外国人の身分又は地位に応じて,在留中に日本で行うことができる活動及び在留期間をあらかじめ定めておくために設けられた資格の分類にすぎないから,当該規定が当該処分の対象者の配偶者の権利又は利益を保護すべきであるとする趣旨を含むと解することはできない。
エ さらに,原告らは,外国人が日本人の配偶者となった場合には出入国法20条に基づき在留資格の変更が認められること及び外国人である配偶者についても出入国法21条の在留期間の更新が認められるとして,当該規定を根拠に在留資格認定証明書交付申請不交付処分の対象者の配偶者にも当該処分の取消しを求める法律上保護された利益があると主張しているものと解されるが,在留資格の変更は,外国人が本邦に在留することができる根拠となるべき在留資格について,法務大臣の裁量により変更を受けることができることを規定したものにすぎず,また,在留期間の更新は,在留期間内に所期の在留目的を全うすることができない場合に,法務大臣の裁量により在留期間の更新を受けることができることを規定したものであるから,上記規定が在留資格認定証明書交付申請不交付処分の対象者の配偶者の権利又は利益を保護すべきであるという趣旨を含むと解することは困難である。
オ そのほかに,原告らは,出入国法1条,50条1項4号,憲法24条1項及び民法818条3項本文を根拠に,在留資格認定証明書交付申請不交付処分の対象者の配偶者に当該処分の取消しを求める法律上保護された利益を認めるべきである旨主張するが,これらの規定が当該処分の対象者の配偶者の権利及び利益を保護する趣旨を含むと解することはできず,結局,出入国法及びその関連法令には,当該処分の対象者の配偶者の権利及び利益を保護すべきであるとする趣旨を含むと解される規定は存在しないといわざるを得ない。
(3) 以上のとおりであるから,原告bに対する本件処分の取消しを求める訴えにおける原告適格を,同人の配偶者である原告aが有するということはできない。したがって,本件訴えのうち,原告bに対する本件処分の取消しを求める原告aの請求に係る部分は,不適法であるといわざるを得ない。
4 争点(3)について
(1) 原告bの出入国法5条1項4号該当性について
ア 出入国法7条の2第1項は,本邦に上陸しようとする外国人からあらかじめ申請があったときは,法務大臣が「当該外国人が前条第1項第2号に掲げる条件に適合している旨」の在留資格認定証明書を交付することができる旨規定している。
ところで,出入国法施行規則6条の2第5項は,本邦に上陸しようとする外国人から在留資格認定証明書の交付の申請があった場合,「地方入国管理局長は、当該申請を行つた者が、当該外国人が法第7条第1項第2号に掲げる上陸のための条件に適合していることを立証した場合に限り、在留資格認定証明書を交付するものとする。ただし、当該外国人が法第7条第1項第1号,第3号又は第4号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは交付しないことができる。」と規定しているところ,これは,在留資格認定証明書は当該外国人が同項2号所定の在留資格に係る条件に適合していることを証明するものであって,同項に規定する他の上陸のための条件に適合していることを証明するものではないが,たとえ当該外国人が同項2号所定の在留資格に係る条件に適合している場合であっても,審査の過程において,上陸拒否事由に該当するなど他の上陸のための条件に適合しないことが明らかとなり,上陸の申請をしたとしても上陸が許可される見込みがないという場合についてまで,在留資格認定証明書を交付することは,前述の在留資格認定証明書の目的に照らし何らの必要性もなく,かえって在留資格認定証明書を本来予定した目的以外に悪用される危険性も否定し得ないことを考慮したものと解するのが相当である。
したがって,本邦に上陸しようとする外国人が出入国法7条1項4号,5条1項4号に該当することが明らかである場合には,法務大臣又は法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長は,在留資格認定証明書を交付しないことができる。
イ 出入国法5条1項4号本文は,「日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、1年以上の懲役若しくは禁錮又はこれらに相当する刑に処せられたことのある者」は本邦に上陸することができない旨規定している。このように,出入国法が一定の刑に処せられたことがあることを上陸拒否事由としているのは,過去に有罪の確定判決を受けて一定の刑に処せられたことがあるという事実は,その者の反社会性を表すものであり,そのような者は自国にとって好ましくない者として一律に上陸を拒否すべきであるとの考えに基づくものであると解するのが相当である。したがって,上記の「刑に処せられた」とは,歴史的事実として刑に処せられたことを意味するのであって,刑の執行猶予の言渡しを受けたかどうか,執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予期間を経過して刑の言渡しが効力を失ったかどうかといったことを問わないものと解すべきである。このことは,出入国法24条4号の2が退去強制事由の1つとして刑法等に定める一定の罪により「懲役又は禁錮に処せられたもの」を挙げているところ,これはたとえ執行猶予の言渡しを受けた場合であっても退去強制事由に該当する趣旨の規定であると解されていること(乙27,28)からも裏付けられる。
もっとも,刑法27条は,犯罪者の改善更生を助長するために,刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したときは,刑の言渡しは効力を失う旨規定しており,その場合にはもはや同法25条2項等が規定する「刑に処せられた」という要件には該当しないと解されている。しかしながら,出入国法5条1項4号本文は,前述のとおり,過去に一定の刑に処せられたことがあるという事実に着目し,そのような刑に処せられたことのある外国人は自国にとって好ましくない者であるとして,一律にこれを上陸拒否事由としたものと解するのが相当であるから,上記刑法上の解釈と同様に解すべき必然性は認められないというべきである。
ウ これを本件についてみると,前記認定事実のとおり,原告bは,平成9年12月5日に長野地方裁判所伊那支部において出入国法違反の罪により○執行猶予○年の判決を受け,同判決は同月20日に確定したのであるから,執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予期間を経過していたとしても,出入国法5条1項4号所定の日本国の法令に違反して1年以上の懲役に処せられたことのある者に該当するというべきである。
エ これに対し,原告らは,本件に出入国法5条1項4号本文を適用する限りにおいて,憲法13条,14条及び24条に反して違憲である旨主張するが,前述のとおり,本邦に上陸しようとする外国人が出入国法7条1項4号,5条1項4号に該当することが明らかである場合には,在留資格認定証明書を交付しないこととする取扱いには合理性があると認められ,本件処分も上記取扱いに基づいて適法に行われている上,原告に在留資格認定証明書が交付されないからといって,それによって直ちに原告bが上陸審査手続を受ける機会を奪われるわけではないのであるから,本件処分が適用違憲であるとの原告らの主張を採用することはできない。
また,原告らは,出入国法5条1項4号本文の規定が同項9号の2の規定と比較して均衡を失するものである旨主張するが,この主張を直ちに採用することはできない。
オ 以上のことからすると,原告bが出入国法5条1項4号に該当し,出入国法7条1項4号所定の条件に適合しないことは明らかであるから,法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長が原告bに対し本件処分をしたことは適法であるというべきである。
(2) 本件処分が東京入管局長の裁量権を逸脱するものであるとの主張について
ア 原告らは,仮に原告bが出入国法5条1項4号に該当するとしても,本件処分は東京入管局長に与えられた裁量権の範囲を逸脱したもので違法であると主張する。
イ しかし,前述のとおり,在留資格認定証明書制度は,入国審査手続の簡易迅速化及び効率化を図るため,法務大臣が本邦に上陸しようとする外国人からあらかじめ申請があったときに,当該外国人が出入国法7条1項2号所定の条件に適合するか否か,また,同項1号,3号及び4号所定の条件に適合しないことが明らかであるか否かを審査するというものであり,仮に在留資格認定証明書を交付しないこととしても,それによって直ちに当該外国人が上陸審査手続を受ける機会を奪われるという関係にはない。
以上のことからすると,法務大臣は,在留資格認定証明書の交付に当たっては,当該外国人が同項2号所定の条件に適合するか否か,同項1号,3号及び4号所定の条件に適合しないことが明らかであるか否かを判断すれば足りるものであって,原告らが主張するような当該外国人が我が国に害悪を及ぼすおそれがあるか否かといった事情については,上陸審査手続の段階において出入国法11条所定の異議の申出があった際に考慮し得るものであるというべきである。したがって,本件処分には原告らの主張に係る裁量権の逸脱はない。
ウ また,原告らは,本件処分が憲法24条1項,A規約10条1項,B規約23条1項及び児童権利条約3条1項等に違反するものであると主張するが,以下のとおり,本件処分が上記各規定に違反するものであるということはできない。
(ア) 前述のとおり,我が国に在留する外国人は,出入国法に基づく外国人在留制度の枠内においてのみ憲法に規定される基本的人権の保障が与えられているものと解される。
(イ) また,A規約,B規約及び児童権利条約には外国人が自由に入国する権利を有することを定めた規定は存在せず,かえってB規約13条は合法的に在留する外国人について法律に従った退去強制が行われることを前提としていること,及び児童権利条約9条4項は退去強制により児童と父母が分離されることがあり得ることを前提としていることを考慮すると,これらの条約においても外国人の入国の自由は保障されていないものといわざるを得ない。
(ウ) 以上のことからすると,出入国法が,その入国を認めることが我が国にとって好ましくないと認められる外国人について一定の類型を定め,その類型に当たる外国人は原則として本邦に上陸することができないものとすることは,何ら憲法又はB規約その他の国際法に抵触するものではないし,出入国法5条1項4号に該当するような者が,一般に我が国にとって好ましくないと認められる外国人であるとすることには合理性があるから,このような外国人について期間を定めることなく,原則として上陸を拒否すべき類型に属するとすることにも,憲法又はB規約その他の国際法に違反する点はないというべきである。
原告らが主張するとおり,A規約10条1項が扶養児童の養育及び教育について,B規約23条1項が家族の保護について,児童権利条約3条1項が児童の最善の利益について,また,児童権利条約7条1項が児童の父母による養育される権利についてそれぞれ規定しているが,前示のとおり,A規約,B規約及び児童権利条約は,外国人の入国の自由を一般的に保障するものではなく,また,出入国法5条1項4号所定の上陸拒否事由の定めが,それ自体として合理性を有するものであることは上記のとおりであるから,仮に夫婦の一方あるいは児童の父母の一方が当該上陸拒否事由に該当する結果,我が国において同居することができなかったとしても,そのことにより直ちにA規約10条1項,B規約23条1項並びに児童権利条約3条1項及び7条1項により保障された権利及び自由が侵害されたということはできない。
(エ) もとより,個別の事案によっては,出入国法5条1項4号に規定する上陸拒否事由に該当する外国人であっても,特別に上陸を許可すべき事情がある場合があり得るが,そのような特別な事情については,前述のとおり,出入国法11条所定の異議の申出があった際に考慮すれば足りるものであり,在留資格認定証明書の交付申請があった段階において,出入国法5条1項4号の規定する上陸拒否事由を制限的に解釈する必要はないものというべきである。
(3) 小括
以上のことからすると,原告bが出入国法5条1項4号に該当し,出入国法7条1項4号所定の条件に適合しないことは明らかであり,他に本件処分が違法であることをうかがわせる事情は認められないから,東京入管局長が原告bに対してした本件処分は適法であるというべきである。
第4結論
以上のとおり,本件訴えのうち,原告aに対する本件処分の取消しを求める原告らの請求に係る部分及び原告bに対する本件処分の取消しを求める原告aの請求に係る部分はいずれも不適法であるからこれを却下し,原告bのその余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉原則彦 裁判官 鈴木正紀 裁判官 松下貴彦)