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東京地方裁判所 平成18年(行ク)154号 決定 2008年3月05日

申立人

中央労働委員会

被申立人

医療法人南労会

主文

1  被申立人は,被申立人を原告,国を被告とする当庁平成17年(行ウ)第546号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決の確定に至るまで,申立人が中労委平成9年(不再)第37号事件について発した命令主文第I項の2に従い,全国金属機械労働組合港合同及び全国金属機械労働組合港合同南労会支部に対し,平成3年8月5日の勤務時間変更を理由として行った同組合員に対する賃金カットの明細並びに平成7年5月2日の週休2日制導入,勤務時間変更及び生理休暇の取扱い変更を理由として行った同組合員に対する賃金カットの明細を明らかにするとともに,前記組合員に対し,平成7年4月1日からこれら賃金カットが中止されるまでの間,平成3年8月5日変更前の勤務時間に基づく勤務が命じられたならば得られたであろう賃金相当額(実際の勤務時間に基づく超過勤務手当を含む)と既に受け取った賃金額との差額を支払わなければならない。

2  申立人のその余の申立てを却下する。

3  申立費用は,これを2分し,その1を被申立人の負担とし,その余を申立人の負担とする。

理由

第1本件申立てに至る経過

一件記録(本案事件の記録を含む。以下同じ。)によれば,次の事実が認められる。

1  被申立人は,理事長Y1が個人で開設した診療所(以下「松浦診療所」という。)を昭和55年1月26日に法人化した医療法人であり,肩書地に本部を置き,松浦診療所,紀和病院(和歌山県橋本市に昭和59年に開設された。)等を経営している。

申立外全国金属機械労働組合港合同南労会支部(以下「申立外支部」という。)は,被申立人の職員で組織されている労働組合であり,昭和60年1月に松浦診療所の職員によって結成された南労会労働組合を前身としており,平成3年9月28日に申立外全国金属機械労働組合港合同(以下「申立外組合」という。)に加盟して,現在の名称となった(以下,申立外組合加盟前の南労会労働組合も「申立外支部」という。)。申立外支部の下部組織には,松浦診療所に同診療所分会(以下「松浦分会」という。)と紀和病院に同病院分会(以下「紀和分会」という。)がある(申立外組合加盟前の南労会労働組合松浦診療所分会,紀和病院分会もそれそれ「松浦分会」,「紀和分会」という。)。

2  被申立人と松浦分会は,昭和61年3月13日,総評大阪地評港地区協議会立会のもと,「①地域労働者の共有財産である松浦診療所を維持し,被申立人を発展させていくという共通の目標を再確認し,今後も努力を尽くすことを労使双方確約する。②今後の労使双方の信頼関係確立のために,今後,経営計画,組織の変更等,労働条件の変更を伴う事項については事前に労使は協議し,双方合意の上実行することを確認する。また,被申立人の運営に関しても同様の精神で努力する。」旨の協定(以下「事前協議合意協定」という。)を締結した。

3  被申立人は,平成3年1月29日,松浦診療所の経営改善を図るべく,松浦診療所における勤務時間・診療時間の変更及びこれに伴う余剰人員の紀和病院への配置転換等を中心とした松浦診療所第2次再建案(以下「第2次再建案」という。)を策定し,同年3月以降,申立外支部と間で,同案に基づく診療時間及び勤務時間の変更等を実施するための協議及び事務折衝を重ねた。

しかしながら,被申立人は,同年7月,組合員であるX1の松浦診療所での常勤化が第2次再建案の実施への同意の条件であるとする申立外支部との協議を打ち切り,同年8月5日,申立外支部の同意を得ないまま,当時の就業規則(以下「旧就業規則」という。)を変更しないで,松浦診療所の診療時間及び勤務時間を変更した(以下「3年変更」という。)。そして,被申立人は,同月以降,前記変更に従わない申立外支部の組合員の賃金から被申立人の指示する勤務時間のうち同組合員らが勤務していない時間相当分をカットして支給するようになった。

申立外支部は,同年8月20日,大阪府地方労働委員会(以下「地労委」という。)に対し,被申立人が事前協議合意協定を無視して一方的に3年変更を行ったこと等は不当労働行為であるとして,不当労働行為救済申立てをした(地労委平成3年(不)第35号事件)。

また,申立外組合及び申立外支部(以下,両者を併せて「申立外組合ら」という。)は,平成4年2月17日,地労委に対し,被申立人が3年変更に伴い組合員らに対し賃金カットを行ったことは不当労働行為であるとして,不当労働行為救済申立てをした(地労委平成4年(不)第4号事件)。

4  被申立人は,申立外支部に対し,平成4年4月25日付け内容証明郵便により,事前協議合意協定を90日後に破棄する旨通知した。

5  被申立人は,申立外組合らに対し,平成6年6月,旧就業規則を改正したい旨告げ,同年7月,週休2日制を導入した1か月単位の変形労働時間制(その勤務パターンは3年変更によって実施されたものとも異なっていた。)等が規定された新しい就業規則(以下「新就業規則」という。)を手交した。

そして,被申立人は,平成7年5月2日,申立外支部の明確な同意を得ないまま,新就業規則を実施し,松浦診療所において週休2日制を導入するとともに勤務時間及び生理休暇の取扱いを変更した(以下「7年変更」という。)。そして,被申立人は,同月以降,前記変更に従わない申立外支部の組合員の賃金から被申立人(松浦診療所)の指示する勤務時間のうち同組合員らが勤務していない時間相当分をカットして支給するようになった。

申立外組合らは,平成7年7月10日,地労委に対し,被申立人が組合員らに対して,十分に説明することなく7年変更を行ったこと及びそれに伴い組合員らに対し賃金カットを行ったことは不当労働行為であるとして,不当労働行為救済申立てをした(平成7年(不)第50号事件)。

6  地労委は,前記3及び5各記載の救済申立てを併合審理し,平成9年7月30日付けで命令(以下「本件初審命令」という。)を発した。

7  被申立人は,同年8月14日,申立人に対し,本件初審命令を不服として,再審査申立てをした(中労委平成9年(不再)第37号事件)。

その後,申立外組合らは,平成13年1月27日,前記救済申立てのうち,「平成3年8月5日から同7年3月末日までの賃金カット分及び同期間の時間外割増賃金並びにこれらに対する年率5分を乗じた金員の支払いを求める部分に限り,取り下げる」旨の取下書を申立人代表者あてに提出した。

申立人は,平成17年9月21日付けの命令(以下「本件命令」という。)を発し,同命令書の写しが同年10月21日に被申立人に交付された。

8  被申立人は,平成17年11月16日,東京地方裁判所に本件命令の取消を求める旨の行政事件訴訟(本案事件)を提起した。

9  被申立人は,本件命令を任意に履行する態度を示していない。

そこで,申立人は,平成18年2月15日開催の第28回第一部会において,労働組合法27条の20に基づき,本件申立てを行うことを決議した。

第2本件申立てとこれに対する被申立人の意見

1  申立人は,3年変更から本案事件の判決が確定するまでの間,被申立人が診療時間,勤務時間等についての協議をせず,本来得られるべき賃金相当額(と既払額との差額)を支払わないことより,申立外組合らの被る団結権の侵害並びに申立外組合らの組合員の被る経済的損失及び精神的苦痛は顕著であり,この状態が継続することになれば,申立外組合らの団結権の侵害等を回復させることが困難になることは明らかであって,本案事件が申立外組合らと被申立人との労使紛争の端緒となった事案であり,これに引き続いてされた申立外組合らによる多数の不当労働行為救済申立事件の解決促進等のためにも必要であることを理由として,本件命令主文第I項の履行を求める本件申立てに及んだ。

2  被申立人は,本件命令が事実を誤認した違法なものであるし,申立外組合らの組合員の経済的損失は大きくなく,精神的苦痛もあるとはいえないから,緊急命令を発する必要性もないとして,本件申立ての却下を求めた。

第3当裁判所の判断

1  本件命令の適法性について

(1)  3年変更及び7年変更について(本件命令主文第I項の1)

ア 誠実交渉義務違反の判断基準

(ア) 労働組合法7条2号は,使用者が,雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことを不当労働行為として禁止しているが,同号は,労使間の円滑な団体交渉関係の樹立を目的として規定されたものであるから,使用者には,合意を求める労働組合(又は労働者の代表者)と誠実に団体交渉にあたる義務があり,この義務に違反したと認められる場合も,団体交渉の拒否として不当労働行為となると解するのが相当である。

そして,使用者が誠実に団体交渉にあたったかどうか(誠実交渉義務を果たしたかどうか)は,他方当事者である労働組合の合意を求める努力の有無・程度,要求の具体性や追求の程度,これに応じた使用者側の回答又は反論の提示の有無・程度,その回答又は反論の具体的根拠についての説明の有無・程度,必要な資料の提示の有無・程度等を考慮して,使用者において労働組合との合意達成の可能性を模索したといえるかどうかにより決せられるものというべきであり,使用者の負う誠実交渉義務の具体的内容も,これらの具体的事情により定まるというべきである。

(イ) そして,使用者が労働条件の変更を含む経営上の措置を実施するためには事前に労働組合との協議を経てその合意を得るものとする旨の協定(いわゆる労使協議協定)についても,これはいかなる場合においても常に使用者が一方的に経営上の措置をとることを許さないものとする趣旨ではなく,主として企業の経営についても使用者側の独断専行を避け,労働組合と協議してその意見を十分に使用者側に反映させると共に,他方使用者の趣旨とするところを労働組合側に了解させ,できる限り両者相互の理解と納得の上に事を運ばせようとする趣旨を定めたものであると解すべきであり,少なくとも,ある経営上の措置が使用者にとって必要やむを得ないものであり,かつ,これについて労働組合の了解を得るために使用者として尽くすべき処置を講じたにもかかわらず,労働組合の了解を得るに至らなかったような場合において,使用者が一方的にその経営措置を実施することを妨げるものではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和29年1月21日第一小法廷判決・民集8巻1号123頁参照)。

したがって,本件においても,労使協議協定である事前協議合意協定があるからといって,被申立人と申立外支部との事前合意がなければ直ちに被申立人の経営上の措置(3年変更,7年変更)が不当労働行為となるものではない。そして,一件記録によれば,被申立人と申立外支部が被申立人の経営に協力し合うことを約束したことを前提として事前協議合意協定が締結されたことが認められるから,この経緯をふまえ,具体的事情に照らし,当該経営上の措置が被申立人にとって必要やむを得ないものであり,かつ,これについて申立外組合らの了解を得るために被申立人として尽くすべき処置を講じているかどうかを検討し,被申立人が申立外組合らと誠実に交渉したといえるか(また,申立外支部の自主的運営に影響を及ぼしたといえるかどうか)を判断すべきである。

(ウ) さらに,前記の事前協議合意協定の性質からして,これを破棄したことによって同協定が失効したかどうかは,被申立人の7年変更に関する誠実交渉義務違反の判断又は支配介入の判断に直接影響することはないものというべきである。

イ 3年変更について

一件記録によれば,被申立人と申立外支部との間で,3年変更実施前の協議等において,X1の松浦診療所での常勤化以外には実質的に協議を終え事実上合意に達していたという状態にはなかったと認められる。

しかしながら,一件記録によれば,松浦診療所の経営状態が悪く,これを改善する必要性が存在しており,この改善は,診療所を経営する側の立場からすれば急を要するものであったこと,これに対する方策としての第2次再建案の実施は合理的なものであったことが認められるのであって,これらのことからすると,第2次再建案すなわち3年変更の実施は,被申立人にとって,急を要し,必要やむを得ないものであったということができる。

そして,一件記録によれば,被申立人は,単に自らの提案に固執して申立外支部の要求を拒むのではなく,3か月以上の時間をかけ,その間に,20回以上の協議等を行い,書面をもって具体的に内容を説明し,その前提となる経営上の必要性についても具体的に説明し,申立外支部の要求についても一定程度譲歩するなどしたことが認められることから,申立外支部との合意達成に向けて相応の努力したものといえる。

他方,一件記録によれば,申立外支部は,第2次再建案の協議をする以前からX1の松浦診療所での常勤化を求めていたところ,これを第2次再建案の実施と関連づけて協議するよう被申立人に要求するようになり,その後,一旦は,第2次再建案の実施と切り離す旨表明したが,被申立人が第2次再建案の実施に関連した申立外支部の具体的要求に譲歩する姿勢を見せるようになった後,再びX1の松浦診療所での常勤化の実現を理由として第2次再建案のための協議を継続するような交渉態度に変わったことが認められるのであって,このような交渉態度は,これを同意権の濫用というかどうかはともかく,第2次再建案への合意の成立を急ぐ被申立人の要請に理解を示さないもので,少なくとも,第2次再建案について被申立人との合意達成に向けて努力したとはいいがたいものというほかない。

さらに,一件記録によれば,被申立人と申立外支部との労使関係は,平成元年8月以降長期間にわたって対立関係にあったものの,話合いや譲歩する余地が全くなかったという状態ではなかったことが認められる。

以上の事情を総合考慮すると,第2次再建案すなわち3年変更の実施は,被申立人にとって,急を要し,必要やむを得ないものであった一方,事前協議合意協定の趣旨をふまえて,経営状態に関する説明会を含む多数回に及ぶ協議又は事前折衝を重ねて第2次再建案についての理解を求める努力を尽くし,それでもなお申立外支部との合意に至ることができなかったのであるから,使用者である被申立人は,3年変更前の協議等において,労働組合である申立外支部との第2次再建案についての合意達成の可能性を模索したものというのが相当であり,誠実交渉義務を尽くしていないということはできない。

そして,被申立人は,被申立人が事前合意がないまま3年変更を実施したことが事前協議合意協定を無視した,申立外支部の自主的運営を阻害するものであるともいえない。

したがって,3年変更における被申立人の対応については,労働組合法7条2号及び3号の不当労働行為に当たるということはできない。

ウ 7年変更について

一件記録によれば,松浦診療所と紀和病院との勤務体制や賃金体系が異なることから,人事異動等が円滑に行われず,被申立人も申立外支部も,これを統一する必要があることの認識を遅くとも昭和63年ころには共有していたこと,平成元年以降は週休2日制の導入について被申立人と申立外支部とは話合いを始めており,3年変更前の再建案協議でも,申立外支部の方が週休2日制の導入を求めていたこと,申立外組合らは,被申立人が旧就業規則を改正しないで3年変更に基づく勤務時間を指示していたことを問題視していたことが認められるから,松浦診療所と紀和病院と勤務体制を統一すべく,週休2日制を導入する新たな就業規則を制定することは,被申立人の経営上必要なことでもあり,かつ,申立外組合らの要求に応えることでもあったといえる。

また,一件記録によれば,被申立人は,平成6年6月から平成7年5月2日に新就業規則を実施する(7年変更)までの間,新就業規則に関し,5回にわたって申立外組合らと団体交渉を行っていることが認められるところ,このうち,平成6年8月2日の申立外支部との団体交渉において,被申立人は,既に手交していた新就業規則下における変形労働時間制の勤務パターンに関し,「所定労働時間が分からないので,新就業規則における勤務の組み合わせを例示してもらいたい。」という申立外支部からの質問に対し「推測で判断すればよい。」と回答していることも認められるが,一件記録によれば,被申立人は,申立外組合らに一定の周知期間を予告し,平成7年4月7日及び同月18日の各団体交渉において,業務指示書を示して各組合員ごとの具体的な勤務時間を示していることが認められることからすると,前記のような対応をもって,直ちに不誠実なものということはできない。

これに対し,一件記録によれば,申立外支部は,その組合員らをして被申立人がした3年変更に従うことなく申立外支部の決めた別の勤務時間割(以下「組合ダイヤ」という。)に従って勤務させ,申立外組合と共に,被申立人が導入した部課長職制度に反対し,賃上げ問題等を巡っても被申立人と対立してきたこと,申立外支部は,新就業規則に関する団体交渉が行われた時期に,これと並行して,被申立人のY2理事やY3事務長の自宅付近でビラ配布やシュプレヒコールを行い,裁判所からの妨害禁止仮処分命令を発せられていること,申立外支部は,3年変更前から交渉の主導権を握ることを重視し,7年変更前には,被申立人との妥協というよりも,被申立人を経営危機に追い込みかねないような攻撃をし,松浦診療所の支配権を奪取するかのような方針を掲げて進んでいることが認められるから,7年変更前の協議において,申立外組合らが被申立人の提案する労働条件(新就業規則)について反対を表明し,具体的な回答を求めているけれども,もはや,申立外組合らとしては,被申立人との合意を模索するような姿勢はなかったものといわざるを得ない。

以上の事情を総合考慮すると,被申立人が申立外組合らに対し,団体交渉等を通じて,既に週休2日制を導入していた紀和病院との勤務体制の統一を図る,という説明をし,勤務パターンを示し,一定の周知期間をおいた後,個々の組合員の具体的な勤務時間を明示して,新就業規則を導入しようとし,他方,申立外組合らにおいては,被申立人との妥協というよりも,被申立人を経営危機に追い込みかねないような攻撃をし,松浦診療所の支配権を奪取するかのような方針を掲げて被申立人と交渉していたのであり,その結果,被申立人と申立外支部との合意に至ることができなかったのであるから,使用者である被申立人は,7年変更前の協議等において,申立外組合らの前記姿勢に照らし,労働組合である申立外支部との新就業規則についての合意達成の可能性を模索したものと解するのが相当であり,誠実交渉義務を尽くしていないということはできない。

そして,被申立人は,被申立人が事前合意がないまま7年変更を実施したことが申立外支部の自主的運営を阻害するものであるともいえない。

(2)  賃金カットについて(本件命令主文第I項の2)

前記(1)で判断したとおり,3年変更及び7年変更を巡る被申立人の対応が不当労働行為であるとはいえない。しかも,申立外支部が組合ダイヤを定め,これに基づいて組合員に松浦診療所において勤務させたことは,単に業務指示に従わないというにとどまらず,使用者である被申立人の設備を占有して積極的に管理したもので,一種の生産管理といえなくもなく,違法な争議行為である可能性を否定できない。

しかしながら,本来,賃金の全額払いの原則からして,賃金カットをする場合には,その対象となる時間を特定して行うべきところ,一件記録によれば,被申立人は申立外支部の個々の組合員の勤務実態を直接確認することなく,一定の算定方法で賃金カットを行っていることが認められるのであって,賃金カットの具体的根拠が不明確である。

加えて,被申立人の指示(なお,一件記録によれば,3年変更による個々人の時間割は具体的に指示されていないと認めるのが相当である。)と申立外支部の個々の組合員の勤務実態とがどのように食い違うのかが明らかでないこと(一件記録によれば,7年変更でも,各組合員に対し業務指示書こと出されているものの,超勤部分について具体的勤務実態に基づいて算定されていないことが認められるので,申立外支部の組合員にとっても,どの勤務について賃金が支払われたのか明らかであるとはいいがたい。),申立外支部及び組合員らが被申立人(松浦診療所)に対し実際に勤務した時間のうちどの時間帯を賃金カットの対象としているのかについて説明を求めたところ,被申立人が「自明である」などとして説明を拒否していることが認められるところ,使用者である被申立人が,労働条件を明示すべき義務を怠っているものであって,このように,被申立人が,申立外支部の組合員が組合ダイヤによって勤務することを黙認し,これによって収益を上げていながら,3年変更以降は賃金カットの挙に出たばかりか,その内容についてすら説明拒否の態度をとっていることは,3年変更及び7年変更による勤務時間に従わない申立外支部への嫌悪を明確に示すものといわざるを得ない。

したがって,被申立人が行った3年変更及び7年変更に関連する賃金カットは,3年変更及び7年変更が前記のとおり不当労働行為に当たらないとしても,これに反対する申立外支部の活動を嫌悪し,明確な根拠すら示さないまま賃金カットを続けたのであるから,これにより,申立外支部の組合員であることを理由として不当に不利益に取り扱い,これを通じて申立外支部の自主的運営を阻害してその弱体化を企図したものというほかなく,労働組合法7条1号及び3号の不当労働行為に当たると解するのが相当である。

(3)  まとめ

本件命令は,本件初審命令の命じた救済方法を一部変更して,被申立人に対し,3年変更及び7年変更に関する救済として,診療時間,勤務時間等に関する今後の取扱いについての労使協議を命じ(主文第I項の1),賃金カットに関する救済として,被申立人に対し賃金カットの明細を明らかにすること及びバックペイを命じ(主文第I項の2),また,3年変更及び7年変更及び賃金カットに関する救済として,文書交付を命じた本件初審命令を是認して被申立人の再審査申立てを棄却している(主文第Ⅱ項)ところ,前記(1)で判断したとおり,3年変更及び7年変更に関する被申立人の対応は不当労働行為とはいえないから,これらに対する救済を命じた部分は違法である(なお,本件初審命令が手交を命じた文書には3年変更及び7年変更後の賃金カット部分についても記載があるが,同文書の3年変更及び7年変更がいずれも不当労働行為であることの記載がある以上,文書全体として相当でない。)。

これに対し,賃金カットについては,前記(2)のとおり不当労働行為が成立するから,その救済を命じた部分は適法である。

2  緊急命令を発する必要性について

被申立人は,本件命令主文第I項の2を任意に履行していない(前記第1の9)ところ,被申立人のした不当労働行為の内容,程度(前記第3の1(2))からすれば,申立外組合らと被申立人との健全な労使関係の運営と憲法28条で保障された団結権の侵害並びに申立外組合らの組合員の被る経済的損失及び精神的苦痛について,これらの回復を図るためには,本件命令主文第I項の2を直ちに履行させることを要するというべきであるから,その限度で緊急命令を発する必要性も肯定することができる。

3  結語

以上の次第であり,申立人の本件申立ては,本件命令主文第I項の2の履行を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余の部分は理由がないから却下することとする。

よって,主文のとおり決定する。

東京地方裁判所 民事第11部

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