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東京地方裁判所 平成18年(行ク)257号 決定 2006年10月20日

本案 当庁 平成18年(行ウ)第484号 仮滞在許可義務付け等請求事件

主文

1  本件申立てを却下する。

2  申立費用は申立人の負担とする。

理由

第1申立ての趣旨

処分行政庁は,申立人に対し,仮に本邦に滞在することを仮に許可せよ。

第2事案の概要

本件申立ては,本邦に上陸しようとしたが上陸を許可されなかった外国人である申立人が,難民の認定を申請した上,この申請をした以上,処分行政庁は,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)61条の2の4第1項に基づき,申立人に対し,仮に本邦に滞在することを許可しなければならないと主張して,処分行政庁に対するこの許可(以下「仮滞在許可」ともいう。)の義務付けの訴えを本案とし,その仮の義務付けを求めるものである。

特に明示すべき本件申立ての理由の要旨は,後記第3「当裁判所の判断」の各該当箇所に記載するとおりである。

第3当裁判所の判断

1(1)  義務付けの訴えの提起があった場合において,その義務付けの訴えに係る処分又は裁決がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり,かつ,本案について理由があるとみえるときは,裁判所は,申立てにより,決定をもって,仮に行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることができる(行政事件訴訟法37条の5第1項)。

(2)  そして,疎明資料及び本案事件の記録によれば,本件事案の経緯は別紙記載のとおりであることが一応認められる。

2  仮滞在許可の制度について

国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは,専ら当該国家の立法政策にゆだねられており,当該国家が自由に決定することができるものとされているところであって,我が国の憲法上も,外国人に対し,我が国に入国する自由又は在留する権利(引き続き在留することを要求し得る権利を含む)を保障したり。,我が国が入国又は在留を許容することを義務付けたりしている規定は存在しない。そして,我が国は,入管法を定め,一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ,その活動内容に応じた在留資格を与えて,その入国及び在留を認める制度をとっているものである。

仮滞在許可の制度は,このような在留資格制度の下で,難民認定申請をした在留資格未取得外国人の法的地位の安定を図るため,平成16年法律第73号による入管法の改正によって設けられたものである。従来は,難民認定手続と退去強制手続は別個独立の手続とされ,両者が並行して進められたため,在留資格を有しない外国人が難民認定申請をした場合,退去強制手続が進められ,その身柄が収容されることとなり,人権上問題があるとの批判があった。そこで,仮滞在許可の制度が創設され,難民認定申請をした在留資格未取得外国人については,一定の除外事由がある場合を除いて,仮滞在を許可し,退去強制手続を停止して難民認定手続を先行して行うこととしたものである(入管法61条の2の4)。

法務大臣は,仮滞在の許可をする場合には,仮滞在期間を決定した上,その外国人に対し,住居及び行動範囲の制限,活動の制限,呼出しに対する出頭の義務その他必要と認める条件を付し,かつ,必要があると認める場合は,指紋を押なつさせることができる(同法61条の2の4第2,第3項)。仮滞在期間は,3月を超えない範囲内で定められるが(入管法施行規則56条の2第2項),更新することができる(入管法61条の2の4第4項)。

仮滞在の許可を受けた在留資格未取得外国人については,仮滞在期間が経過するまでの間は,退去強制の手続は停止される(同法61条の2の6第2項)。仮滞在期間は,定められた期間が満了する場合のほかに,難民認定申請について難民の認定をしない処分が確定する等最終的な結論が出た場合又は仮滞在許可が取り消された場合にも,終期が到来したものとされる(同条5項)。

なお,難民認定申請をした外国人で,仮滞在許可を受けていないもの又は仮滞在期間が経過することとなったものについては,退去強制の手続は停止しないが,難民認定申請についての最終的な結論が出るまでの間は,退去強制令書の執行としての送還は停止される(同法61条の2の6第3項)。

3  以上を前提に,申立人につき,仮滞在許可がされないことにより生ずる「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」がある(行政事件訴訟法37条の5第1項)と認められるか否かについてまず検討する。

(1)  申立人は,仮滞在許可がされないことにより生ずる損害として以下のとおり主張する。

ア 申立人は,(退去強制手続により収容される前は,)成田空港内の上陸防止施設(エアポートレストハウス)の一室に置かれ,廊下に待機する警備員によって監視され,外出すれば不法上陸者として検挙されるという威嚇を受けて同室内に軟禁され,精神的苦痛を被る。この損害は事後的に償い得ない。

イ 仮滞在許可がされなければ,退去強制手続が進行して申立人は収容されてしまい,その精神的苦痛は事後的に償い得ない。特に申立人は未成年者であるから,収容はその福祉に反する償い得ない重大な損害であるし,児童の権利に関する条約37条(b)及び(c)に違反する。

ウ 仮滞在許可がされなければ,申立人に対して退去強制令書が発付されかねず,そうなれば仮滞在許可を受けられなくなってしまう(入管法61条の2の4第1項8号)という重大な結果が生じる。

エ 難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)31条2項は難民の移動の自由を保障しており,難民認定申請者はそもそも身体の自由を制約されるべきではない。また,身体の自由を奪われたまま難民認定手続が進行することにより,申立人は大変不利な状況に置かれることになり,これは償うことのできない損害である。

(2)  仮の義務付けの要件としての「償うことのできない損害」とは,行政処分の執行停止や,義務付けの訴え及び差止めの訴えの要件として定められている「重大な損害(行政事件訴訟法25条2項,37条の2第1項」,37条の4第1項)よりも損害の性質及び程度が著しいものであり,事後的な金銭賠償によっては償うことのできない損害のほか,金銭賠償のみによって損害を甘受させることが社会通念上著しく不相当と評価される損害がこれに当たると解される。

そして,上記(1)に掲げた申立人の主張する損害は,その性質に応じて次のように分類することができる。

① 上陸防止施設(エアポートレストハウス)に留め置かれること(以下「損害①」という。)

② 退去強制令書が発付されること(以下「損害②」という。)

③ 退去強制手続において,収容令書又は退去強制令書の執行により入国管理局収容場等に収容され,身体が拘束されること(以下「損害③」という。)

④ 入国管理局収容場等に収容されたままの状態で難民認定手続が進行すること(以下「損害④」という。)

以下,これらの損害について順に検討する。

ア 損害①について

本邦に上陸しようとする外国人は,上陸の手続が完了するまでの間,上陸が禁止されるので,仮上陸の許可も受けられない場合,上陸防止施設に当然に留め置かれることになる。したがって,これによって移動の自由に制約を受けることになるが,仮にその制約が違法な場合であっても,この損害は,社会通念上,金銭賠償による回復をもって甘受することもやむを得ないものというべきであり,当然には「償うことのできない損害」に当たるとはいえない。

また,そもそも申立人に対しては既に退去強制手続が開始され,申立人は収容令書の執行により東京入国管理局成田空港支局収容場に収容されているから,もはや上記上陸防止施設に留め置かれてはいない。したがって,申立人の主張する損害を避ける上での前提をも欠くものというべきである。

イ 損害②について

申立人は,退去強制令書の発付自体をも損害ととらえているようであるが,たとえ申立人に対して退去強制令書が発付されたとしても,その執行としての収容あるいは送還が行われない限り,申立人の人身の自由が制約されるわけではないから,その性質上,これを「償うことのできない損害」というのは困難である。

申立人は,また,退去強制令書が発付されると仮滞在の許可が受けられなくなることをも損害として主張するようであるが,申立人に対しては本件申立て前に既に本件仮滞在不許可処分が行われているのであり,申立人の主張する損害を避けるための前提を欠いていることになるというべきである。

ウ 損害③について

(ア) 申立人に対しては既に退去強制手続が開始されており,現在,申立人は,収容令書の執行により東京入国管理局成田空港支局収容場に収容され,身体の拘束を受けている。

この状況は,退去強制令書の執行により収容されている場合と同様であるから,「退去強制令書の収容部分の執行により被収容者が受ける損害は,当然には行政事件訴訟法25条2項(注・平成16年法律第84号による改正前のもの)に規定する回復の困難な損害に当たるとはいえない」として,退去強制令書の収容部分の執行の停止の申立てを却下した最高裁判所第一小法廷平成16年5月31日決定(判タ1159号123頁)の法理が本件にも妥当し,申立人が収容場に収容されることによって受ける損害は,当然には「償うことのできない損害」に当たるとはいえない。

(イ) そこでさらに,申立人の置かれた状況をみると,一般に,被収容者には,入国者収容所又は収容場の保安上支障がない範囲内において,できる限りの自由が与えられなければならないとされている(入管法61条の7第1項)。同法61条の7第2項から5項まで及び6項に基づいて定められた被収容者処遇規則(昭和56年法務省令第59号)に規定された処遇内容は,上記の趣旨にそったものとなっており,弁護士との面会は許可され(同規則33条),保安上又は衛生上支障がないと認められるときは家族等との面会も許可される(同規則34条1項)。

次に,疎明資料(疎乙1,12)によれば,東京入国管理局成田空港支局収容場(平成18年8月1日に新しい庁舎に移転した後のもの)の状況は次のaないしiのとおりであることが一応認められ,この疎明は疎甲6によって,左右されない。

a 運動

他の被収容者に迷惑にならなければ,居室内で体操や腕立て伏せなどの運動を行うことができる。40.26平方メートルの戸外運動場があり,平成18年9月9日以降,原則として土曜日及び日曜日に試験的に戸外運動を実施しており,同年10月1日からは,原則として土曜日,日曜日及び祝祭日を除く毎日,戸外運動を実施している。

b 入浴

居室内にシャワールームが設置され,閉庁日も含め午後3時から午後8時まで自由に使用できる。

c 洗濯

翌日に出所を控えた者及び日曜日を除き,職員が被収容者から洗濯物を回収し,洗濯機兼乾燥機を運転している。

d 物品購入

閉庁日を除く隔日に,日用品や食料品を自由に購入する機会がある。

e テレビ

居室内にテレビ1台が設置され,午前9時から午後9時まで自由に視聴できる。

f 電話

午前9時から午後5時30分まで居室に電話機が設置され,国内外を問わず自由に使用できる。

g 診療

体調不良を訴える被収容者に対しては,職員が近隣の病院へ連行して受診させている。

h 喫煙

居室は,喫煙室と非喫煙室に分けて分煙化を図っている。未成年者は非喫煙室に収容される。20歳以上の被収容者で喫煙を希望する者は,午前7時から午後10時まで着火具の貸与を受け自由に喫煙できる。

i 児童への配慮

管理運営上可能な範囲で親以外の成人被収容者と分離し,監護に当たる親一人と同一の居室に収容するよう努めており,親以外の成人被収容者からの悪影響が及ばないよう,居室の割り振りに配慮している。以上のとおりの収容場の状況を踏まえ,かつ,申立人について,収容されるに当たり特筆すべき身体的又は精神的困難があるという特段の事情の疎明がないことを併せて考えれば,申立人が16歳の未成年者であることを考慮してもなお,収容場に収容されることによって申立人が受ける損害は,やはり,社会通念上,金銭賠償による回復をもって甘受することもやむを得ないものというべきであり,「償うことのできない損害」に当たるとはいえない。なお,難民条約31条の解釈上,庇護希望者の身体の拘束が常に許されないということはできない。

申立人は,児童である申立人を収容するのは児童の権利に関する条約37条(b)違反であり,収容場における申立人の取扱いは同条(c)違反であると主張する。しかし,同条(b)によれば,法律に従って行われ,最後の解決手段として最も短い適当な期間のみ用いられるのであれば,児童の逮捕,抑留又は拘禁も許される。前記認定の本件事案の経緯に照らせば,本件における申立人の収容がこの規定に違反するということはできない。また,上記認定の収容場の状況に照らせば,同条(c)の定める取扱いに違反した取扱いが申立人に対して行われているということもできない。申立人の上記主張はいずれも採用することができない。

申立人は,申立人の収容が児童福祉法1条2項,2条,3条に違反するとも主張するが,その趣旨が明確でないし,これらの条項違反の事実も認めることができないから,このような申立人の主張も採用できない。

エ 損害④について

収容場に収容されたままの状態で難民認定手続が進行すれば,難民認定申請者は,難民認定のための準備に一定の困難を来すことが想定され,これを損害ととらえることはできる。しかし,上記ウにおいて認定した収容場の状況に照らせば,保護者のいない児童に対しては難民認定手続において特別な配慮が必要とされることを考慮しても,なお,難民認定のための準備に著しい困難を来すとまではいえないから,この損害も,その性質からして,社会通念上,金銭賠償による回復をもって甘んじて受け入れることもやむを得ないものというべきであり,「償うことのできない損害」に当たるとはいえない。

申立人は,児童の権利に関する条約22条によれば,難民認定申請をした児童には当然に仮滞在が許可されるべきであるとも主張するが,同条の定める「適当な保護」及び「適当な措置」が当然に仮滞在の許可でなければならないとは解されないから,上記申立人の主張は採用できない。

4  以上の検討によれば,申立人につき,仮滞在の許可がされないことにより生ずる「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があるということはできないから,その余の点について判断するまでもなく,本件申立ては理由がない。よって,本件申立てを却下することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大門匡 裁判官 関口剛弘 裁判官 倉地康弘)

別紙本件事案の経緯

1 申立人は,トルコ共和国の国籍を有する男性(▲年▲月▲日生)であり,平成18年7月25日,同国イスタンブールから航空機で成田国際空港(以下「成田空港」という。)に到着し,「観光」の渡航目的で,本邦滞在予定期間を3日間として上陸許可を申請した。

東京入国管理局成田空港支局入国審査官は,申立人が入管法7条1項2号の「申請に係る本邦において行おうとする活動が虚偽のものでな(い)」との上陸のための条件に適合していると認定できないとして,申立人を同支局特別審理官に引き渡した。同支局特別審理官は,口頭審理を行った上,同日,申立人が同法7条1項2号に規定する上陸のための条件に適合していないと認定し,これを申立人に通知したところ,申立人は法務大臣に対して異議を申し出た。

2 エアポートレストハウスに上陸防止となった申立人は,同月▲日,東京入国管理局成田空港支局において,クルド人であることを理由として迫害を受けるなどとして難民の認定を申請した(以下「本件難民認定申請」という。)。

3 法務大臣は,同年8月▲日,前記1の特別審理官の認定に対する申立人の異議申出には理由がないとの裁決をし,東京入国管理局成田空港支局主任審査官は,同年9月▲日,申立人に対し,出国便を同日のA航空51便と指定して本邦からの退去を命じた。

申立人がこの退去命令に従わなかったため,同支局入国警備官は,違反調査をした上,同日,同支局主任審査官から収容期間を同月▲日までとする収容令書の発付を受け,これを執行して申立人を同支局収容場に収容した。

同支局入国審査官は,同年9月▲日,申立人が入管法24条5号の2(不法残留)に該当すると認定し,これを申立人に通知したところ,申立人は,同支局特別審理官に対し口頭審理を請求した。

4 法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長は,同月▲日,入管法61条の2の4第1項9号所定の「逃亡するおそれがあると疑うに足りる相当の理由があるとき」に該当するとして,申立人に対し,本邦に仮に滞在することを許可しない処分(以下「本件仮滞在不許可処分」という)をし,こ。れを申立人に通知した。

5 他方,東京入国管理局成田空港支局難民調査官は,申立人から事情を聴取する等の調査をし,法務大臣は,同月▲日,本件難民認定申請について,難民の認定をしない処分をし,同月▲日,これを申立人に通知した(以下「本件難民不認定処分」という。)。また,法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長は,同日,申立人に対し,入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない処分をし,これを申立人に通知した。

申立人は,同日,本件難民不認定処分に対し異議申立てをした。

6 申立人は,同月8日,本件申立てをした。

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