大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成18年(行ク)330号 決定 2008年4月23日

申立人

中央労働委員会

披申立人

医療法人南労会

主文

1  被申立人は,被申立人を原告,国を被告とする当庁平成18年(行ウ)第238号不当労働行為再審査申立棄却命令取消請求事件,同第462号再審査命令取消請求事件の判決の確定に至るまで,

(1)  申立人が中労委平成12年(不再)第3号及び第4号併合事件について発した命令主文第I項に従い,

ア  被申立人は,平成4年ないし平成8年の夏季及び年末の各一時金について,下記の(ア)ないし(ウ)の各点を条件とすることなく,申立外全国金属機械労働組合港合同南労会支部と誠実に団体交渉を行わなければならない。

(ア) 平成4年ないし平成8年の間の夏季及び年末の各一時金について,同支部組合員が平成3年8月4日以前の勤務時間制度にもとづいて勤務していたことによって,同月5日以降の勤務時間として被申立人が実施した勤務時間制度(平成7年年末一時金並びに平成8年夏季一時金及び同年年末一時金については,平成7年5月2日以降の勤務時間として業務指示書により指定された勤務時間制度)を同支部組合員に適用した場合に生じる勤務開始及び終了時刻の差異による時間を遅刻あるいは早退と捉え,これを対象として遅刻早退を理由とする控除を行うこと

(イ) 平成5年ないし平成7年の夏季及び年末の各一時金について,被申立人が平成5年夏季一時金ないし平成7年年末一時金において回答した内容及び方法(①ワッペン着用就労した各日を欠勤扱いとする,②算定対象期間の全日にワッペン着用していた場合には,一時金は半額支給とする,③同支部組合員は算定対象期間の全日にワッペン着用就労しているものとして取り扱う,④ワッペン着用就労していない日がある場合には同支部組合員が自主申告し,着用していなかったことを証明する)によって,ワッペンを着用して就労したことを理由とする控除を行うこと

(ウ) 平成7年年末一時金,平成8年夏季一時金及び同年年末一時金について,同支部組合員が平成3年8月4日以前の勤務時間制度にもとづいて勤務していたことを理由とする警告書交付や懲戒処分を理由に控除を行うこと

イ  被申立人は,上記アの団体交渉によって同項の各一時金について妥結が成立した場合には,当該妥結の内容に従って,同支部組合員に対し,上記各一時金を支給しなければならない。

(2)  申立人が中労委平成12年(不再)第45号及び第47号併合事件について発した命令主文第I項に従い,

ア  被申立人は,平成9年の夏季及び年末の各一時金について,下記の(ア)及び(イ)の各点を条件とすることなく,同支部と誠実に団体交渉を行わなければならない。

(ア) 平成9年の夏季及び年末の各一時金について,同支部組合員が平成3年8月4日以前の勤務時間制度にもとづいて勤務したことによって,平成7年5月2日以降の勤務時間として業務指示書により指定された勤務時間制度を同支部組合員に適用した場合に生じる勤務開始及び終了時刻の差異による時間を遅刻あるいは早退と捉え,これを対象として遅刻早退を理由とする控/除を行うこと

(イ) 平成9年の夏季及び年末の各一時金について,同支部組合員が平成3年8月4日以前の勤務時間制度にもとづいて勤務したことを理由とする警告書交付や懲戒処分を理由に控除を行うこと

イ  被申立人は,上記アの団体交渉によって同項の各一時金について妥結が成立した場合には,当該妥結の内容に従って,同支部組合員に対し,上記各一時金を支給しなければならない。

2  申立人のその余の申立てを却下する。

3  申立費用は,これを2分し,その1を申立人の負担とし,その余を被申立人の負担とする。

理由

第1申立て

申立人の平成18年(行ク)第330号緊急命令申立事件に係る申立て(以下「本件第1申立て」という。)の趣旨は,「第1 申立ての趣旨」記載のとおりである。

また,申立人の平成18年(行ク)第364号緊急命令申立事件に係る申立て(以下「本件第2申立て」といい,本件第1申立てと併せて「本件申立て」という。)の趣旨は,「第1 申立ての趣旨」記載のとおりである。

第2事案の概要

1  一件記録(本案事件の記録を含む。以下同じ。)によれば,本件申立てに至る経過について,以下の事実が認められる。

(1)  当事者等

ア 被申立人の理事長Y1は,昭和51年8月,労働災害,職業病を扱う労働者のための医療機関として,個人で,大阪市港区に診療所(以下「松浦診療所」という。)を開設した。

被申立人は,昭和55年1月26日,松浦診療所の開設の趣旨に賛同した労働組合等の協力の下に(労働組合の幹部が理事等に就任して経営に参画している。)同診療所を法人化した医療法人であり,肩書地に本部を置き,松浦診療所,紀和病院(和歌山県橋本市に昭和59年に開設された。)等を経営している。

イ 申立外全国金属機械労働組合港合同(以下「申立外組合」という。)は,主として大阪府下の金属機械関係の職場で働く労働者で組織された労働組合である。

ウ 申立外全国金属機械労働組合港合同南労会支部(以下「申立外支部」という。)は,被申立人の職員で組織されている労働組合であるが,昭和60年1月に松浦診療所の職員によって結成された南労会労働組合を前身としており,平成3年9月28日に申立外組合に加盟し,現在の名称となった(以下,申立外組合加盟前の南労会労働組合も含めて「申立外支部」という。)。

申立外支部の下部組織には,松浦診療所に同診療所分会(以下「松浦分会」という。)と,紀和病院に同病院分会(以下「紀和分会」という。)がある(申立外組合加盟前の南労会労働組合松浦診療所分会,同紀和病院分会もそれそれ「松浦分会」,「紀和分会」という。)。

エ 被申立人には,申立外支部のほかに,紀和病院に紀和病院労働組合(以下「紀和労組」という。)がある。

(2)  就業規則等の規定

ア 被申立人が昭和55年3月15日に大阪西労働基準監督署(以下「西監督署」という。)に届け出た松浦診療所の就業規則(以下「旧就業規則」という。)に基づく賃金規程では,「昇給は毎年4月に行う」とされ,原則として賞与(一時金)について,同診療所の業績,職員の勤務成績等を勘案し,夏季一時金は,前年11月1日から4月30日までを対象期間として7月10日に,年末一時金は5月1日から10月31日までを対象期間として12月10日に,それぞれ支給するものとされていた。

また,紀和病院の賃金規程では,賞与(一時金)について,同病院の業績,職員の勤務成績等を勘案し,夏季一時金は,前年11月16日から5月15日までを対象期間として7月に,年末一時金は5月16日から11月15日までを対象期間として12月に,それぞれ支給するものとされていた。

イ 平成6年8月8日に西監督署に届け出て平成7年5月2日に実施された就業規則(以下「新就業規則」という。)に基づく賃金規程でも,松浦診療所に関する限り,昇給時期,賞与(一時金)の算定については,同様であった。

なお,新就業規則では,週休2日制を導入した上で週労働時間を労働日5日を原則に37時間30分とした1か月単位の変形労働時間制(12の勤務パターン(始業・終業時刻)があった。)が定められていた。

(3)  事前協議合意協定等

ア 被申立人と申立外支部(松浦分会)は,昭和61年3月13日,総評大阪地評港地区協議会(以下「港地協」という。)立会いの下,「①地域労働者の共有財産である松浦診療所を維持し,被申立人を発展させていくという共通の目標を再確認し,今後も努力を尽くすことを労使双方確約する。②今後の労使双方の信頼関係確立のために,今後,経営計画,組織の変更等,労働条件の変更を伴う事項については事前に労使は協議し,双方合意の上実行することを確認する。また,被申立人の運営に関しても同様の精神で努力する。」旨の協定(以下「事前協議合意協定」という。)を締結した。

イ 被申立人と申立外支部は,同年10月,松浦診療所において,旧就業規則が定めていた勤務時間に代えて,新たな勤務時間(拘束11時間・実働9時間30分勤務をすることがある。)による勤務体制を家族に病弱者や幼児のいる職員に配慮した形で導入する旨合意した。

そして,被申立人は,旧就業規則を変更しないまま,同月から松浦診療所において前記勤務体制を実施した(以下「61年変更」という。)。

(4)  3年変更,7年変更及びこれらに伴う賃金カット等

ア 被申立人は,平成3年8月5日,申立外支部の明確な同意を得ないまま,旧就業規則を変更しないで,松浦診療所の診療時間及び勤務時間を変更した(以下「3年変更」という。)。そして,被申立人は,同月以降,'前記変更に従わない申立外支部の組合員の賃金から被申立人の指示する勤務時間のうち同組合員らが勤務していない時間相当分をカットして支給するようになった。

申立外支部は,同月20日,大阪府地方労働委員会(以下「地労委」という。)に対し,3年変更は事前協議合意協定に違反する不当労働行為であるとして団体交渉等を求める救済申立て(同年(不)第35号事件)した。また,申立外組合及び申立外支部(以下,併せて「申立外組合ら」という。)は,平成4年2月17日,地労委に対し,3年変更に基づく賃金カット等は不当労働行為であるとして差額賃金の支払等を求める救済申立て(同年(不)第3号事件)をした。

イ 被申立人は,申立外支部に対し,平成4年4月25日付け内容証明郵便により,事前協議合意協定を90日後に破棄する旨通知した。

申立外組合らは,同年7月1日,地労委に対し,被申立人がした事前協議合意協定の破棄は不当労働行為であるとして,救済申立て(同年(不)第27号事件)をした。

ウ 被申立人は,平成7年5月2日,申立外支部の明確な同意を得ないまま,新就業規則を実施し,松浦診療所において週休2日制を導入するとともに勤務時間及び生理休暇の取扱いを変更した(以下「7年変更」という。)。そして,被申立人は,同月以降,前記変更に従わない申立外支部の組合員の賃金から被申立人(松浦診療所)の指示する勤務時間のうち同組合員らが勤務していない時間相当分をカットして支給するようになった。

申立外組合らは,同年7月10日,地労委に対し,被申立入が組合員らに対して,十分に説明することなく7年変更を行ったこと及びそれに伴い組合員らに対し賃金カットを行ったことは不当労働行為であるとして,差額賃金の支払等を求める救済申立て(同年(不)第50号事件)をした。

(5)  申立外組合らによる賃上げ及び一時金に関する救済申立て等の経緯

ア 被申立人は,平成4年4月11日,幹部会議において,職員の賃金体系に職能資格制度をベースにした職能給を導入することを決議し,同月から管理職に限り職能資格制度を導入した。

イ 申立外組合らは,平成4年7月8日,地労委に対し,被申立人が,平成3年度賃上げ,同年夏季一時金及び同年年末一時金に関し,紀和労組と異なる扱いをしたのは不当労働行為であるなどとして,同年度賃上げの実施等を求める救済申立て(平成4年(不)第30号事件)をした。

ウ 申立外組合らは,平成4年7月21日,地労委に対し,被申立人が,同年夏季一時金に関し,算定期間内に12回を超える遅刻又は早退があった場合に超えた1回につき1000円を一時金から控除する扱い(以下「遅刻早退控除」という)を妥結条件とし,これを受諾しないこと等を理由に同一時金を支給しないのは不当労働行為であるとして,同一時金の仮払い等を求める救済申立て(同年(不)第33号事件)をした。

また,申立外組合らは,平成5年1月14日,地労委に対し,被申立人が,平成4年年末一時金に関し,遅刻早退控除を妥結条件とし,これを受諾しないこと等を理由に同一時金を支給しないのは不当労働行為であるとして,同一時金の仮払い等を求める救済申立て(平成5年(不)第2号事件)をした。

エ 被申立人は,平成5年11月12日,申立外支部及び紀和労組に対し,松浦診療所と紀和病院とで異なっていた賃金体系を一本化し,平成6年4月1日をもって,職能資格制度を導入した新たな賃金体系(以下「新賃金体系」という。)に移行したい旨提案した。

この賃金体系は,職員の賃金について,基本給を本人給(年齢に応じて支給)と職能給(職能資格制度による資格等級に応じて支給)とに分類し,昇格(資格等級が繰り上がること)は勤続年数と人事考課によって行うというものであり,移行期における調整手当の支給も行われるほか,扶養手当の支給区分及び額も併せて改定されていた。

オ 申立外組合らは,平成6年4月26日,地労委に対し,被申立人が,平成5年夏季一時金及び同年年末一時金に関し,遅刻早退控除のほか,ワッペンを着用して就労した日を欠勤扱いとし,算定期間の全日にワッペンを着用して就労した場合には一時金を半額とする扱い(以下「ワッペン控除」という)を妥結条件とし,これらを受諾しないこと等を理由に同一時金を支給しないのは不当労働行為であるなどとして,同年各一時金の仮払い等を求める救済申立て(平成6年(不)第19号事件)をした。

カ 申立外組合らは,平成7年3月28日,地労委に対し,被申立人が,平成6年夏季一時金及び同年年末一時金に関し,遅刻早退控除及びワッペン控除を妥結条件とし,これらを受諾しないこと等を理由に同一時金を支給しないのは不当労働行為であるなどとして,同一時金の仮払い等を求める各救済申立て(同年(不)第27号事件,第28号事件)をした。

キ 申立外組合らは,平成7年7月20日,地労委に対し,被申立人が,十分な協議を行わないまま新賃金体系の導入を強行しようとしたこと及び平成7年賃上げに関し,新賃金体系への移行に同意すること及び賃上げは妥結月から実施すること(以下「妥結月実施」という。)を妥結条件とし,これを受諾しないこと等を理由に賃上げを実施しないこと等が不当労働行為であるとして,新賃金体系の実施をしないこと等を求める救済申立て(平成7年(不)第53号事件)をした。

また,申立外組合らは,平成8年7月5日,地労委に対し,被申立人が,平成7年夏季一時金に関し,遅刻早退控除及びワッペン控除を妥結条件とし,これらを受諾しないこと等を理由に同一時金を支給しないこと,並びに,同年年末一時金について,遅刻早退控除及びワッペン控除のほか,算定期間内に懲戒処分を受けた者は総額の10%,警告書を交付された者は1枚につき総額の3%をそれぞれ控除し,控除は併せて10%を上限とするとの扱い(以下「処分等控除」という。)を妥結条件とし,これらを受諾しないこと等を理由に同一時金を支給しないことが不当労働行為であるとして,同年各一時金の支払等を求める救済申立て(平成8年(不)第28号事件)をした。

ク 申立外組合らは,平成9年4月15日,地労委に対し,被申立人が,平成8年度賃上げに関し,新賃金体系への移行に同意すること及び妥結月実施を妥結条件とし,これを受諾しないこと等を理由に同一時金を支給しないこと等が不当労働行為であるとして,申立外組合らの妥結の意思表示に基づき平成8年4月から賃上げを実施すること等を求める救済申立て(平成9年(不)第16号事件)をするとともに,被申立人が,平成8年夏季一時金及び同年年末一時金に関し,遅刻早退控除及び処分等控除を妥結条件とし,これを受諾しないこと等を理由に同年各一時金を支給しないこと等が不当労働行為であるとして,申立外組合らの妥結の意思表示に基づく前記各一時金の支払を求める救済申立て(平成9年(不)第17号事件)をした。

ケ 申立外組合らは,平成10年5月18日,地労委に対し,被申立人が,平成9年度賃上げに関し,新賃金体系への移行に同意すること及び妥結月実施を妥結条件とし,これを受諾しないこと等を理由に同年賃上げを実施しないこと,及び平成9年夏季一時金及び同年年末一時金に関し,遅刻早退控除及び処分等控除を妥結条件とし,これを受諾しないこと等を理由に同年各一時金を支給しないこと等が不当労働行為であるとして,申立外組合らの妥結の意思表示に基づく前記賃上げ及び各一時金の支払等を求める救済申立て(平成10年(不)第27号事件)をした。

(6)  本件訴訟提起に至る経緯

ア 地労委は,平成9年7月30日,前記(4)ア,ウ各記載の救済申立てにつき,これらを併合した上,被申立人に対し,3年変更等がなかったものとして取り扱うとともに,診療所における勤務時間等についての労使協議を行うこと及びこれに伴い差額賃金等(遅延損害金を含む。)を支払うこと等を命ずる旨の一部救済命令を発した。

被申立人が,この命令を不服とし,申立人に対し再審査申立て(中労委平成9年(不再)第37号事件)をしたところ,申立入は,平成17年9月21日付けで,3年変更及び7年変更並びに被申立人が3年変更前の勤務時間に基づき勤務していた組合員の賃金をカットをしたことは不当労働行為に該当するとして,被申立人に対し,診療所における診療時間,勤務時間等に関する今後の取扱いについて,被申立人は申立外組合らと労使協議を行うこと及び3年変更及び7年変更に伴って生じた差額賃金(遅延損害金を除く。)の一部を支払うこと等を命ずる旨の命令を発した。

イ 地労委は,平成11年12月27日,前記(5)イ,ウ,オないしク各記載の各救済申立てにつき,これらを併合した上,申立外組合らの申立てを一部容れ,被申立人に対し,誠実団交等を命じる旨の(一部)救済命令(以下「本件第1初審命令」という。)を発した。

申立外組合らが平成12年1月7日,被申立人が同月11日,申立人に対し,それぞれ再審査申立て(中労委同年(不再)第3号事件,第4号事件)をしたところ,申立人は,平成18年3月15日付けで,本件第1初審命令の一部を変更する旨の命令(以下「本件第1命令」という。)を発し,同命令の写しが同年4月27日に被申立人に送付された。

そこで,被申立人は,同年5月24日,本件第1命令の取消しを求める訴えを東京地方裁判所に提起した(同年(行ウ)第238号事件)。

ウ 地労委は,平成12年7月17日,前記(5)ケ記載の救済申立てにつき,申立外組合らの申立てを一部容れ,被申立人に対し,誠実団交等を命じる旨の(一部)救済命令(以下「本件第2初審命令」という。)を発した。

申立外組合らと被申立人が,平成12年7月31日,申立人に対し,それぞれ再審査申立て(中労委同年(不再)第45号事件,第47号事件)をしたところ,申立人は,平成18年7月5日付けで,本件第2初審命令の一部を変更する旨の命令(以下「本件第2命令」という。)を発し,同命令の写しが同年7月7日に被申立人に送付された。

そこで,被申立人は,同年8月31日,本件第2命令の取消しを求める訴えを東京地方裁判所に提起した(同年(行ウ)第462号事件)。

(7)  本件申立ての経緯

ア 被申立人は,本件第1命令を任意に履行する態度を示していない。

そこで,申立人は,平成18年10月4日開催の第41回第一部会において,労働組合法27条の20に基づき,本件第1申立てを行うことを決議した。

イ 被申立人は,本件第2命令を任意に履行する態度を示していない。

そこで,申立人は,平成18年11月22日開催の第45回第一部会において,労働組合法27条の20に基づき,本件第2申立てを行うことを決議した。

2  申立人は,本件申立てについて,「第2 申立ての理由」記載のとおり,本件第1命令主文I及び本件第2命令主文Iの各履行を求めた。

これに対し,被申立人は,意見を述べて,本件申立ての却下を求めた。

第3当裁判所の判断

1  本件命令の適法性について

(1)  平成4年から平成9年までの各年の夏季一時金(賞与)及び年末一時金(賞与)について(本件第1命令主文第I項1号,2号及び6号,本件第2命令主文第I項1号,2号及び5号)

一件記録から認められる事実を総合考慮すると,平成4年ないし平成9年の各一時金に関する団体交渉等において,被申立人が提案した遅刻早退控除,ワッペン控除,処分等控除という妥結の条件は,その方法又は程度において合理性を欠いており,にもかかわらず,これに固執し,当該各条件を受け入れなかった申立外組合らと妥結に至らないものとして,各一時金を支給していないことは,労働組合法7条1号及び3号に該当する不当労働行為であるというのが相当である。

(2)  平成7年ないし平成9年の各賃上げについて(本件第1命令主文第I項3号ないし6号,本件第2命令主文第I項3号ないし5号)

ア 平成7年度の賃上げに関する団体交渉等における新賃金体系の導入のための協議態様について,一件記録から認められる事実を総合考慮すると,被申立人が申立外組合らに対し,団体交渉等を通じて,既に新賃金体系(職能給)を導入していた紀和病院との勤務体制の統一を図る,という説明をし,個人別に新体系を適用した場合の賃金関係の計算書を示すなどし,実質的な導入スケジュールについても説明して,新賃金体系への理解を求めている一方,申立外組合らにおいては,被申立人との妥協というよりも,被申立人を経営危機に追い込むような攻撃をし,松浦診療所の支配権を奪うような姿勢をもって被申立人と交渉していたのであり,その結果,被申立人と申立外支部との合意に至ることができなかったのであるから,使用者である被申立人は,新賃金体系の団体交渉において,申立外組合らの前記姿勢に照らし,労働組合である申立外支部との新就業規則についての合意達成の可能性を模索したものというのが相当であり,誠実交渉義務を尽くしていないということはできない。

イ また,被申立人は,平成8年度賃上げ及び平成9年度賃上げに関する団体交渉等において,申立外組合らに対し,前年度において合意の成立しなかった新賃金体系への同意を妥結の条件とし,更に妥結月実施を条件とすることを提案している。

新賃金体系は,職能給を内容とするものである(前記第2の1(5)エ)が,それ自体不合理であるとはいいがたいし,各職員の賃金支払基準を定めるものであるという性質からすれば,実質的に,被申立人の職員の賃金配分に影響し,その導入の有無は賃上げの原資捻出と関連性があるほか,これに同意しないことについて組合員に対する懲戒処分で代替することはできないし,賃金額(又はその基準)に変動が生じる可能性がある以上,仮に被申立人の裁量で導入できるとしても,職員にとっては労働条件の不利益変更となり得るのであれば,労使間協議が全く行われないときには新賃金体系の適用が否定され得るのであり,被申立人が申立外組合らとの合意を求めるべく,賃上げ交渉において,新賃金体系の導入への同意を賃上げの妥結条件として提案することは不合理ではない。

そして,妥結月実施という条件は,被申立人と申立外支部との間で,平成8年ないし平成9年度において,それまで長期にわたり賃金・一時金の未妥結状態が続いていたことが一件記録により認められるから,年々未妥結部分が増えていく事態を放置することは財務上好ましいことではないと被申立人が判断し,申立外組合らとの妥結促進のための交渉材料として提案することも不合理とまではいえない。

他方,新賃金体系への同意という条件については,前記アのとおり,それを提案した被申立人側において誠実な団体交渉を行おうとしなかったとはいえず,そのことで申立外支部としてはその条件を受諾することが著しく困難となったということもできない。したがって,前記各年度の賃上げが妥結しなかったのは,被申立人からの説明を受けてもなお新賃金体系の導入に反対した申立外支部の選択の結果といわざるを得ない。

そうすると,妥結月実施という条件のもと,賃上げの利益の享受の遅れ,すなわち,申立外支部の組合員の不利益の増大という結果が生じているけれども,それは使用者側である被申立人の責めに帰すべき事由によるものではなく,新賃金体系の導入に反対する方針を採った申立外組合ら側の選択によるものというほかない。

加えて,一件記録によれば,申立外支部は,妥結月実施の条件を否定してきたが,差額賃金の存在が否定される判決が確定するや,平成11年5月に,被申立人との間で,平成8年度及び平成9年度の賃上げについては,被申立人の最終回答金額を平成11年4月1日から実施することで妥結しているのであるし,平成11年度以降においても,遅刻早退控除及び処分等控除を受け入れて,賃上げについても妥結月から実施することで合意するに至っていることが認められるのであって,これらのことからすると,前記判決確定までは,未払(未妥結)賃金債権を被保全権利として被申立人の診療報酬債権を仮差押え等することで被申立人との交渉を優位に進めるため,あえて未妥結状態を作り出そうとしてきたものとの疑いも禁じ得ないところである。

以上の事情を総合考慮すると,被申立人が平成8年度賃上げ及び平成9年度賃上げについて,前年度において合意の成立しなかった新賃金体系への同意を妥結の条件とし,更に妥結月実施を条件としたことが,申立外組合らの弱体化を企図したものであり,その運営に支配介入したものとはいえず,その結果,賃上げ分の支払が遅れたとしても,これを申立外組合の組合員であることを理由に不利益に取り扱ったものということもできない。

ウ 以上のとおり,平成7年ないし平成9年の各賃上げに関する団体交渉等において,被申立人の新賃金体系の導入のための協議態様に誠実交渉義務違反はなく,新賃金体系の導入への同意及び妥結月実施を妥結の条件としたことについて,申立外組合らへの支配介入であるといえず,これに同意しなかった結果,賃上げ分の支払が遅れたとしても,これを申立外組合の組合員であることを理由に不利益に取り扱ったものということもできない。

(3)  まとめ

ア 本件第1命令は,被申立人に対し,平成7年賃上げ及び平成8年賃上げについて労使協議を命じた上(主文第I項3号,4号),妥結に至った場合の前記各年度の夏季及び年末の各一時金に係る差額の清算(同項5号)と,これを記載した文書の手交(同項6号)を命じているところ,前記各年度の賃上げに関する対応が不当労働行為であるとはいえないから,その部分は違法である(手交を命じている前記文書には平成4年から平成8年までの各一時金に関する記載もあるが,不当な部分を含むものである以上,文書全体として相当でない。)。

これに対し,本件第1命令で,被申立人に対し,平成4年から平成8年までの夏季及び年末の各一時金についての労使協議(主文第I項1号)及び妥結に至った場合の前記各年度の夏季及び年末の各一時金の支給を命じている部分(主文I項2号)は,前記(1)のとおり,前記各年度において被申立人が提示した妥結条件が不合理であり,これに固執して妥結を認めず,各年度の一時金の支給をしなかったことについて不当労働行為が成立するから,適法である。

イ 本件第2命令は,被申立人に対し,平成9年賃上げについて労使協議を命じた上(主文第I項3号),妥結に至った場合の前記年度の夏季及び年末の各一時金に係る差額の清算(同項4号)と,これを記載した文書の手交(同項5号)を命じているところ,前記各年度の賃上げに関する対応が不当労働行為であるとはいえないから,その部分は違法である(手交を命じている前記文書には平成9年の各一時金に関する記載もあるが,不当な部分を含むものである以上,文書全体として相当でない。)。

これに対し,本件第2命令で,被申立人に対し,平成9年の夏季及び年末の各一時金についての労使協議(主文第I項1号)及び妥結に至った場合の前記年度の夏季及び年末の各一時金の支給を命じている部分(主文I項2号)は,前記(1)のとおり,前記年度において被申立人が提示した妥結条件が不合理であり,これに固執して妥結を認めず,各年度の一時金の支給をしなかったことについて不当労働行為が成立するから,適法である。

2  緊急命令を発する必要性について

被申立人は,本件第1命令及び本件第2命令をいずれも任意に履行していない(前記第2の1(7))ところ,被申立人のした不当労働行為の内容,程度(前記第3の1(1))からすれば,申立外組合らと被申立人との健全な労使関係の運営と憲法28条で保障された団結権の侵害並びに申立外組合らの組合員の被る経済的損失及び精神的苦痛について,これらの回復を図るためには,本件第1命令主文第I項1号及び2号並びに本件第2命令主文第I項1号及び2号を直ちに履行させることを要するというべきであるから,その限度で緊急命令を発する必要性も肯定することができる。

3  結語

以上の次第であり,申立人の本件申立ては,本件第1命令主文第I項1号及び2号並びに本件第2命令主文第I項1号及び2号の各履行を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余の部分は理由がないから却下することとする。

よって主文のとおり決定する。

東京地方裁判所 民事第11部

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例